説明

耐硫化性電極材料及び耐硫化性電極

【課題】耐硫化性及び導電性に優れた耐硫化性電極材料及びこれを用いた耐硫化性電極を提供すること。
【解決手段】Mo−X合金からなる耐硫化性電極材料。但し、前記Xは、Moと合金を形成し、Moより室温での硫化物生成自由エネルギーが負に大きく、かつ、アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、希土類金属元素、及び、Tlより元素番号の大きな元素以外の金属元素。前記Xの含有量は、1at%以上20at%以下が好ましい。少なくとも表面から50nmまでの領域が本発明に係るMo−X合金からなる耐硫化性電極。元素Xは、Al及びGaからなる群から選ばれるいずれか1以上の金属元素が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐硫化性電極材料及び耐硫化性電極に関し、さらに詳しくは、Cu2ZnSnS4(CZTS)太陽電池、SnS太陽電池、FeS2太陽電池などの硫化物系太陽電池の電極として好適な耐硫化性電極材料及びこれを用いた耐硫化性電極に関する。
【背景技術】
【0002】
CZTS太陽電池、SnS太陽電池、FeS2太陽電池などの光吸収層として硫化物を用いた硫化物系太陽電池は、資源、安全性、特性の点で注目されている。硫化物系太陽電池は、一般に、基板上に下部電極を形成し、下部電極の上に光吸収層の前駆体を形成し、前駆体を硫化させることにより製造されている。下部電極には、通常、耐硫化性の高いMoが用いられる。しかしながら、従来の硫化物系太陽電池は、作製時の硫化反応により下部電極が硫化され、太陽電池特性が劣化するという問題がある。Moよりも耐硫化性が高い金属としては、Auなどの貴金属が知られているが、貴金属は高価である。また、SiCは、耐硫化性は高いが、電気抵抗が高くて下部電極としては不適切である。
【0003】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、少なくともSiを含有し、Moを70at%以上含む電極材料が開示されている。
同文献には、MoにSiを添加すると、硫化処理時又はセレン化処理時に電極表面において材料中のSiが選択的に硫化又はセレン化し、Moの硫化又はセレン化が抑制される点が記載されている。
【0004】
Mo−Si合金は、Moに比べて耐硫化性及び耐セレン化性が高い。しかも、Si含有量が多くなるほど、耐硫化性及び耐セレン化性が高くなる。しかしながら、Siは、半導体であるため、Mo−Si合金中のSi含有量が高くなるほど、Mo−Si合金の電気抵抗が増大するという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−18464号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、耐硫化性及び導電性に優れた耐硫化性電極材料及びこれを用いた耐硫化性電極を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本発明に係る耐硫化性電極材料は、Mo−X合金からなることを要旨とする。
但し、前記Xは、Moと合金を形成し、Moより室温での硫化物生成自由エネルギーが負に大きく、かつ、アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、希土類金属元素、及び、Tlより元素番号の大きな元素以外の金属元素。
また、本発明に係る耐硫化性電極は、少なくとも表面から50nmまでの領域が本発明に係るMo−X合金からなることを要旨とする。
【発明の効果】
【0008】
Mo−X合金は、MoあるいはMo−Si合金と同等以上の耐硫化性を示す。これは、硫化時に材料表面の元素Xが選択的に硫化され、生成した硫化物が保護膜として機能し、電極内部の硫化が抑制されるためと考えられる。また、元素Xは金属元素であるため、Moと合金化させても電気抵抗の増分は小さい。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 耐硫化性電極材料]
本発明に係る耐硫化性電極材料は、Mo−X合金からなることを特徴とする。
[1.1. 元素X]
元素Xは、
(1)Moと合金を形成可能な元素であること、
(2)Moより室温での硫化物生成自由エネルギーが負に大きい元素であること、
(3)アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、希土類金属元素、及び、Tlより元素番号の大きな元素以外の元素であること、及び、
(4)金属元素であること
が必要である。
【0010】
種々の金属元素に関し、2元系状態図が詳細に調べられており、ある元素がMoと合金を形成可能か否かは、2元系状態図により容易に知ることができる。
種々の金属元素に関し、硫化物生成自由エネルギーが詳細に調べられており、ある元素の室温での硫化物生成自由エネルギーがMoに比べて負に大きいか否かは、便覧等により容易に知ることができる。
【0011】
元素Xは、極端に酸化物生成自由エネルギーが大きくないことが必要である。これは、酸化物生成自由エネルギーが極端に大きいと、(1)その元素が酸化物を形成してMo表面から酸化物粒子が脱落して膜が剥がれるため、及び、(2)Mo膜内部に酸化物微粒子を形成して高電気抵抗層となるため、である。従って、元素Xから、少なくともアルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、希土類金属元素、及び、Tlより元素番号の大きな元素が除かれる。
さらに、元素Xは、金属元素である必要がある。元素Xが金属元素である場合、これをMoに固溶させたときに生ずる電気抵抗の増分は、Siなどの半導体元素を固溶させた場合に比べて遙かに小さい。
【0012】
このような条件を満たす元素Xとしては、具体的には、Al、Gaなどがある。Mo−X合金中には、これらのいずれか1種の元素Xが含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。
Al及びGaは、Moに高い耐硫化性を付与することができ、しかもMoに添加しても電気抵抗を殆ど増大させないので元素Xとして好適である。
【0013】
[1.2. 組成]
元素Xの含有量が多くなるほど、Mo−X合金の耐硫化性が向上する。このような効果を得るためには、元素Xの含有量は、1at%以上が好ましい。元素Xの含有量は、さらに好ましくは、2at%以上、さらに好ましくは、3at%以上である。
一方、元素Xの含有量が過剰になると、Mo−X膜全体が硫化物となり、高電気抵抗層となる。従って、元素Xの含有量は、20at%以下が好ましい。元素Xの含有量は、さらに好ましくは、17at%以下、さらに好ましくは、15at%以下である。
【0014】
耐硫化性電極材料は、Moと元素Xのみを含むものが好ましいが、不可避的不純物が含まれていても良い。但し、耐硫化性電極材料の電極機能を低下させる不純物は、少ないほど良い。
【0015】
[2. 耐硫化性電極]
本発明に係る耐硫化性電極は、少なくとも表面から50nmまでの領域が本発明に係るMo−X合金からなることを特徴とする。
耐硫化性電極は、全体がMo−X合金からなるものでも良く、あるいは、表面のみがMo−X合金からなるものでも良い。
耐硫化性電極が電極基材とMo−X合金からなる表面層の2層構造を取る場合、電極基材の材料は、特に限定されるものではなく、目的に応じて種々の材料を用いることができる。電極基材の材料としては、例えば、Mo、Ti合金、ステンレス鋼、Ni合金などがある。特に、Moはガラス基板との密着性が良いので、電極基材として好適である。
【0016】
耐硫化性電極が電極基材とMo−X合金からなる表面層の2層構造を取る場合において、表面層の厚さが薄すぎると、耐硫化性が低下する。従って、耐硫化性電極が2層構造を取る場合において、表面層の厚さは、50nm以上である必要がある。表面層の厚さは、さらに好ましくは、70nm以上、さらに好ましくは、100nm以上である。表面層の厚さは、厚いほど良い。
ここで、「少なくとも表面からDnmまでの領域がMo−X合金からなる」とは、
(a)電極表面から深さDnmまでの領域中に、電極基材のみからなる層、元素Xのみからなる層などのMo−X合金層以外の層を含まず、かつ、
(b)当該領域中に含まれる元素Xの平均濃度が上述した範囲にあること
を言う。
また、「元素Xの平均濃度」とは、STEM−EDSで測定される値を言う。
【0017】
[3. 耐硫化性電極の製造方法]
本発明に係る耐硫化性電極は、種々の方法により製造することができる。
耐硫化性電極の製造方法としては、具体的には、
(1)基板又は電極基材の表面に、所定の組成を有するMo−X合金をスパッタ成膜する方法、
(2)基板表面に、電極基材となるMo薄膜を形成し、Mo薄膜の上に元素Xの薄膜を形成し、熱処理によってMo薄膜の表面に元素Xを拡散させる方法、
(3)基板表面に、MoとXを同時に蒸着させる方法、
などがある。
【0018】
拡散法によってMo薄膜表面にMo−X合金層を形成する場合、Mo−X合金層の組成及び厚さは、元素Xの薄膜の厚さ、及び熱処理条件により制御することができる。一般に、元素Xの薄膜の厚さが厚くなるほど、Mo−X合金層中の元素Xの平均濃度が高くなる。また、熱処理温度が高くなるほど、及び/又は、熱処理時間が長くなるほど、Mo−X合金層の厚さを厚くすることができる。
【0019】
[4. 耐硫化性電極材料及び耐硫化性電極の作用]
Mo−Si合金は、Si添加量が増大するほど、耐硫化性又は耐セレン化性は高くなるが、体積抵抗率が増大するという問題があった。すなわち、Mo−Si合金において、耐硫化性又は耐セレン化性の向上と導電性の向上とは、トレードオフの関係となっていた。
これに対し、Mo−X合金は、MoあるいはMo−Si合金と同等以上の耐硫化性を示すだけでなく、Mo−Si合金に比べて電気抵抗の増分も小さい。Mo−X合金の耐硫化性が高いのは、硫化時に材料表面の元素Xが選択的に硫化され、生成した硫化物が保護膜として機能し、電極内部の硫化が抑制されるためと考えられる。また、元素Xの含有量が増大してもMo−X合金の導電率が高いのは、元素Xが金属元素であるためである。
【0020】
本発明に係る耐硫化性電極材料は、耐硫化性が高く、かつ電気抵抗も低いため、硫化物系太陽電池やその他の硫化物系機能性材料の電極材料として好適である。その使用により、直流抵抗成分が低下するため、太陽電池の場合は、曲線因子(FF)や電流密度の向上などが期待できる。
特に、元素XとしてGaを選択すると、電気抵抗を増大させることなく、耐硫化性が向上する。これは、Gaは低融点であり、かつ耐硫化性が高いため、電極基材(Mo膜)の表面にMo−Ga層を容易に形成するためと考えられる。
同様に、元素XとしてAlを選択すると、電気抵抗を増大させることなく、耐硫化性が向上する。これは、Alの存在により耐硫化性の高い被膜が形成されるためと考えられる。
【実施例】
【0021】
(実施例1〜2、比較例1)
[1. 試料の作製]
スパッタリングにて、ガラス基板上にMo膜を700nm堆積させた。このMo膜表面にAlをEB蒸着により50nm程度堆積させた。その後、水素雰囲気中、600℃で熱処理を施すことにより、Mo−Al合金層を形成した(実施例1)。
【0022】
Mo膜表面にGaを50nm堆積させた以外は、実施例1と同様の条件下で、Mo膜表面にMo−Ga合金層を形成した(実施例2)。
さらに、Mo膜のみ(膜厚:700nm)についても、試験に供した(比較例1)。
【0023】
[2. 試験方法]
[2.1. 膜組成]
膜表面から深さ50nmまでの領域のAl又はGaの平均濃度をSTEM-EDSにより測定した。
[2.2. シート抵抗]
作製した試料を20%H2S−N2雰囲気中で580℃×20min保持した。硫化処理前後の電極膜のシート抵抗を四探針法にて測定した。
【0024】
[3. 結果]
[3.1. 膜組成]
実施例1の場合、Mo−Al合金層中のAlの平均濃度は、10at%であった。また、実施例2の場合、Mo−Ga合金層中のGaの平均濃度は、10at%であった。
【0025】
[3.2. シート抵抗]
表1に、シート抵抗を示す。比較例1(Mo膜)の場合、処理前のシート抵抗は0.4Ω/□であるのに対し、処理後のシート抵抗は、2Ω/□に増加した。
これに対し、実施例1(Mo−Al/Mo膜)の場合、処理前のシート抵抗は7Ω/□であるのに対し、処理後のシート抵抗は、0.3Ω/□に減少した。処理前のシート抵抗が高いのは、Alを含んでいるために、表面に酸化物不働態が形成されたためと考えられる。また、処理後のシート抵抗が低いのは、表面に硫化反応を起こしにくい安定相が形成され、硫化の進行が抑制されたためと考えられる。
また、実施例2(Mo−Ga/Mo膜)の場合、処理前後のシート抵抗は、いずれも0.4Ω/□であった。処理後のシート抵抗が低いのは、表面に硫化反応を起こしにくい安定相が形成され、硫化の進行が抑制されたためと考えられる。
【0026】
【表1】

【0027】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明に係る耐硫化性電極材料及び耐硫化性電極は、硫化物系太陽電池、硫化物系機能性材料の電極材料として使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mo−X合金からなる耐硫化性電極材料。
但し、前記Xは、Moと合金を形成し、Moより室温での硫化物生成自由エネルギーが負に大きく、かつ、アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、希土類金属元素、及び、Tlより元素番号の大きな元素以外の金属元素。
【請求項2】
前記Xの含有量は、1at%以上20at%以下である請求項1に記載の耐硫化性電極材料。
【請求項3】
前記Xは、Al及びGaからなる群から選ばれるいずれか1以上の金属元素である請求項1又は2に記載の耐硫化性電極材料。
【請求項4】
少なくとも表面から50nmまでの領域が請求項1から3までのいずれか1項に記載のMo−X合金からなる耐硫化性電極。

【公開番号】特開2013−112851(P2013−112851A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−260082(P2011−260082)
【出願日】平成23年11月29日(2011.11.29)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【Fターム(参考)】