説明

肝がん幹細胞阻害剤

【課題】肝がん幹細胞の阻害に効果を有する化合物、および肝がん治療用組成物を提供すること。
【解決手段】培養系および免疫不全マウスを用いた異種移植モデルにおいて用量依存性に肝がん細胞の増殖抑制効果およびアポトーシス誘導作用を示し、かつ、肝がん幹細胞に対しても阻害効果を示すジスルフィラム若しくはその薬理学的に許容される塩またはそれらの溶媒和物からなる肝がん幹細胞阻害剤、並びに該肝がん幹細胞阻害剤を有効成分として含む肝がん治療用組成物を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジスルフィラム若しくはその薬理学的に許容される塩またはそれらの溶媒和物からなる肝がん幹細胞阻害剤、並びに該肝がん幹細胞阻害剤を含む肝がん治療用組成物に関する。また本発明は、肝がん幹細胞の阻害および肝がん治療におけるジスルフィラム若しくはその薬理学的に許容される塩またはそれらの溶媒和物の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
肝がんは、肝臓に発生した悪性腫瘍を意味し、肝臓そのものから発症した原発性肝がんと、他の臓器のがんが肝臓に転移した続発性肝がん(転移性肝がんともいう)に大別される。原発性肝がんはさらに組織の型により肝細胞癌や胆管細胞癌などに分けられる。原発性肝がんのうち、肝細胞癌がその約95%を占めている。
【0003】
厚生労働省人口動態統計(2009年度)によれば、原発性肝がんによる死亡者数は年間3万人を超えており、また治療後の再発も極めて多いことから、原発性肝がんは難治がんの1つとして認識されている。
【0004】
抗がん剤を用いたがん治療法は、手術適応のない進行がん患者のみならず、手術前後の補助療法としても広く用いられており、がん治療における薬物療法の重要性は揺るぎないものである。
【0005】
近年、多くの腫瘍において、限られた分化と自己複製を繰り返しながら、腫瘍構成細胞を供給し続ける「がん幹細胞」の存在が明らかにされている。がん組織に存在するがん細胞はその全てが無限の自己複製能や多分化能を有するわけではない。がんは性質の異なる不均一ながん細胞の集合体であり、その中でがん幹細胞のみが自己複製能や多分化能を有しており、がんを形成する能力を有する。一方、幹細胞としての能力を持たないがん細胞は、一定の増殖能を持つもののその能力は有限で、がん幹細胞をもたない細胞集団はがんを形成することができない。がん幹細胞は白血病において最初に報告され(非特許文献1)、その後、乳がんや脳腫瘍においても一部のがん幹細胞が高い腫瘍形成能を持つという報告がなされている(非特許文献2、3)。さらに、大腸癌、肝細胞癌、膵臓癌でがん幹細胞としての性質を持つ細胞が報告されている(非特許文献4−5、6−7、8)。
【0006】
がん幹細胞は、無血清条件下で足場非依存性に浮遊培養することによりスフェアと呼ばれる球形の非接着性細胞塊を形成する。スフェアは個々の細胞の境界が不明瞭であるという特徴を有する。一方、がん幹細胞以外のがん細胞は、このような条件下で培養すると殆どの細胞が死滅する。このような浮遊(スフェア)培養法は、神経幹細胞の培養・濃縮法として確立されたが、種々のがん幹細胞、例えば乳がん幹細胞、グリオーマおよび髄芽腫幹細胞、メラノーマ幹細胞なども、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)や上皮細胞増殖因子(EGF)などの成長因子を加えた無血清培地中で浮遊細胞塊を形成し、維持・濃縮されていることが報告されている。このように、浮遊(スフェア)培養法は、がん幹細胞の同定方法および単離方法として使用されている。
【0007】
がん幹細胞は、発癌や転移などにおいて中心的役割を果たす。また、がん幹細胞は現行の抗がん剤治療や放射線療法に対して耐性を示すことが多く、治療後再発の主たる要因であるとの指摘もある。そのため、がん幹細胞はがん治療における本質的なターゲットとして認識されつつある。しかしながら、がん幹細胞の起源、機能、および特性、並びに治療抵抗性の分子機構などについては未だ詳細には解明されておらず、また、臨床応用可能ながん幹細胞阻害剤やがん幹細胞阻害方法は報告されていない。
【0008】
ジスルフィラムは、1881年に初めて合成され、ゴムの硫化促進剤として使用されていた。その後、ジスルフィラムがアルデヒドデヒドロゲナーゼ阻害作用を示し、肝臓におけるエチルアルコール代謝を抑制して悪酔いの原因となるアセトアルデヒドを体内に蓄積させることが明らかになった。そのため、ジスルフィラムは、少量の酒でも悪心や二日酔い様症状をもたらす。このような作用を利用して、ジスルフィラムは慢性アルコール中毒に対する抗酒療法に使用されている。
【0009】
また、ジスルフィラムが、乳がん細胞、前立腺癌細胞、メラノーマ細胞のアポトーシスを誘導したことや、担癌マウスにおいて癌の増殖を阻害したことを示す文献が報告されている(非特許文献9、10、11)。さらに、ジスルフィラムが、細胞内活性酸素(Reactive Oxygen Species;ROS)レベルの上昇およびそれによるp38マイトジェン活性化プロテインキナーゼ(Mitogen Activated Protein Kinase;MAPK)の活性化、並びにNFκB経路の調節により、がん幹細胞様の特性を有する乳がん細胞を標的として細胞増殖抑制とアポトーシスを誘導することが報告されている
(非特許文献12)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Bonnet D. et al., "Human acute myeloid leukemia is organized as a hierarchy that originates from a primitive hematopoietic cell", Nature Medicine, Vol.3, PP.730-737 (1997)
【非特許文献2】Al-haji M. et al., "Prospective identification of tumorigenic breast cancer cells", Proceedings of the National Academy of Sciences USA, Vol.100, pp.3983-3988 (2003)
【非特許文献3】Singh S. K. et al., "Identification of human brain tumour initiating cells", Nature, Vol.432, pp.396-401 (2004)
【非特許文献4】O'Brien C.A. et al., "A human colon cancer cell capable of initiating tumour growth in immunodeficient mice", Nature, Vol.445, pp.106-110 (2007)
【非特許文献5】Ricci-Vitiani L. et al., "Identification and expansion of human colon-cancer-initiating cells", Nature, Vol.445, pp.111-115 (2007)
【非特許文献6】Chiba T., "Side population purified from hepatocellular carcinoma cells harbors cancer stem cell-like properties", Hepatology, Vol. 44, pp.240-251 (2006)
【非特許文献7】Suetsugu A. et al., "Characterization of CD133+ hepatocellular carcinoma cells as cancer stem/progenitor cells", Biochemical and Biophysical Research Communication, Vol. 351, pp.820-824 (2006)
【非特許文献8】Li C. et al., "Identification of pancreatic cancer stem cells", Cancer Research, Vol.67, pp.1030-1037 (2007)
【非特許文献9】Chen D. et al., "Disulfiram, a clinically used anti-alcoholism drug and copper-binding Agent, induces apoptotic cell death in breast cancer cultures and xenografts via inhibition of the proteasome activity", Cancer Research, Vol.66, pp.10425-10433 (2006)
【非特許文献10】Iljin K. et al., "High-throughput cell-based screening of 4910 known drugs and drug-like small molecules identifies disulfiram as an inhibitor of prostate cancer cell growth", Clinical Cancer Research, Vol.15, pp.6070-6078 (2009)
【非特許文献11】Dazhi C. et al., "Disulfiram induces apoptosis in human melanoma cells: A redox-related Process", Molecular Cancer Therapeutics, Vol.1, pp.197-204 (2002)
【非特許文献12】Yip N.C. et al., "Disulfiram modulated ROS-MAPK and NFκB pathways and targeted breast cancer cells with cancer stem cell-like properties", British Journal of Cancer, Vol.104, pp.1564-1574 (2011)
【非特許文献13】Kimura O. et al., "Characterization of the epithelial cell adhesion molecule (EpCAM)+ cell population in hepatocellular carcinoma cell lines", Cancer Science, Vol.101, pp.2145-2155 (2010)
【非特許文献14】Yamashita T. et al., "EpCAM-positive hepatocellular carcinoma cells are tumor-initiating cells with stem/progenitor cell features", Gastroenterology, Vol.136, pp.1012-1024 (2009)
【非特許文献15】Haraguchi N. et al., "CD13 is a therapeutic target in human liver cancer stem cells", The Journal of Clinical Investigation, Vol.120 pp.3326-3339 (2010)
【非特許文献16】Ma S. et al., "Identification and characterization of tumorigenic liver cancer stem/progenitor cells", Gastroenterology, Vol.132, pp.2542-2456 (2007)
【非特許文献17】Grozdanov P.N. et al., "The oncofetal protein glypican-3 is a novel marker of hepatic progenitor/oval cells", Laboratory Investigation, Vol.86, pp.1272-1284 (2006)
【非特許文献18】Cappuro M. et al, "Glypican-3: a novel serum and histochemical marker for hepatocellular carcinoma", Gastroenterology, Vol.125, pp.89-97 (2003)
【非特許文献19】Sawada Y. et al, "Phase I Trial of a Glypican-3?Derived Peptide Vaccine for Advanced Hepatocellular Carcinoma: Immunologic Evidence and Potential for Improving Overall Survival", Clinical Cancer Research, Vol.18, pp.3686-3696 (2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
肝がんは年間の死亡者数が多くかつ治療後の再発が極めて多いことから、難治がんの1つとして認識されている。一方、腫瘍の発生、転移、再発などにがん幹細胞が中心的役割を果たすことが報告されている。がん幹細胞は既存の抗がん剤治療や放射線治療に対して抵抗性を示すため、かかる治療によりがんの寛解が得られても残存したがん幹細胞により再発や転移などが引き起こされる。したがって、がん幹細胞の阻害に効果を有する薬剤を開発する必要があるが、現時点で臨床応用に至った薬剤はない。
【0012】
肝がんでも、肝がん幹細胞としての性質を持つ細胞が報告されているが、肝がん幹細胞の阻害に効果のある薬剤は未だ報告されていない。
【0013】
本発明の課題は、肝がん幹細胞の阻害に効果を有する化合物を提供することである。本発明のさらなる課題は、肝がん幹細胞の阻害に効果を有する化合物を含む肝がん治療用組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは上記課題を解決すべく、肝がん幹細胞の阻害に効果を有する化合物に関する探索的研究を進めた。その結果、アルコール依存症治療薬と知られているジスルフィラムが、培養細胞系および免疫不全マウスを用いた異種移植モデルにおいて用量依存性に肝がん細胞の増殖抑制効果およびアポトーシス誘導作用を示すこと、並びに肝がん幹細胞に対しても阻害効果を示すことを見出した。そして本発明者らは、ジスルフィラムの単独投与あるいは既存の抗がん剤との併用投与が、肝がん患者に対する有用かつ新規の治療法となる可能性が高いと考え、本発明を完成した。
【0015】
すなわち、本発明は以下に関する:
1.ジスルフィラム若しくはその薬理学的に許容される塩またはそれらの溶媒和物からなる肝がん幹細胞阻害剤、
2.上記の肝がん幹細胞阻害剤を含む肝がん治療用組成物、
3.ジスルフィラム若しくはその薬理学的に許容される塩またはそれらの溶媒和物からなる肝がん幹細胞阻害剤に、さらに付加的な抗がん活性成分を含む肝がん治療用組成物、
4.ジスルフィラム若しくはその薬理学的に許容される塩またはそれらの溶媒和物の肝がん幹細胞の阻害における使用、
5.ジスルフィラム若しくはその薬理学的に許容される塩またはそれらの溶媒和物の肝がん治療における使用。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ジスルフィラム若しくはその薬理学的に許容される塩またはそれらの溶媒和物からなる肝がん幹細胞阻害剤、および該肝がん幹細胞阻害剤を含む肝がん治療用組成物を提供できる。
【0017】
本発明に係る肝がん幹細胞阻害剤は、肝がん細胞および肝がん幹細胞のいずれにも阻害効果を示すため、肝がんの治療において極めて有効である。肝がん細胞のみに阻害効果を示すが肝がん幹細胞に阻害効果を示さない薬剤は、肝がんの治療において一時的に寛解を得ることができても、残存した肝がん幹細胞により再発や転移が生じる。本発明に係る肝がん幹細胞阻害剤は、肝がん幹細胞に阻害効果を有するため、治療後の再発や転移の可能性が少なく、肝がんの治療に高い効果を示す。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】ジスルフィラムが、4種類のヒト肝がん培養細胞系Huh1、Huh7、PLC/PRF/5、およびHuh6の増殖をすべて用量依存的に抑制したことを示す図である。左上パネルはHuh1、右上パネルはHuh7、左下パネルはPLC/PRF/5、および右下パネルはHuh6に関する結果を示す。横軸は培養開始後の時間(hour)を、縦軸は細胞数(Cell number)を示す。図中、Mockはジスルフィラム非添加のコントロールを意味し、「*」は有意差があることを示す。(実施例1)
【図2】免疫不全マウスにヒト肝がん培養細胞系Huh7を移植した生体内異種移植系において、ジスルフィラムが腫瘍増大を抑制したことを示す図である。図中、「*」は有意差があることを示す。(実施例2)
【図3−A】4種類のヒト肝がん培養細胞系Huh1、Huh7、PLC/PRF/5、およびHuh6の浮遊培養(スフェア培養)におけるスフェア形成を、ジスルフィラムが用量依存的に阻害したことを示す図である。スフェア形成は顕微鏡下で観察した。
【図3−B】4種類のヒト肝がん培養細胞系Huh1、Huh7、PLC/PRF/5、およびHuh6の浮遊培養(スフェア培養)におけるスフェア形成を、ジスルフィラムが用量依存的に阻害したことを示す図である。スフェア形成は顕微鏡下で観察し、スフェア径100ミクロンを超えたものを計数した。縦軸は100ミクロンを超えたスフェアの数(Number of Spheres)を示す。図中、「*」は有意差があることを示す。(実施例3)
【図4】肝がん培養細胞系Huh1およびHuh7で、ジスルフィラム非添加(Mock)培養に比べて、ジスルフィラム(DSF)添加培養により、肝がん幹細胞分画で高発現が認められる細胞表面マーカーである上皮細胞接着分子(Epithelial cell adhesion molecule;EpCAM)、CD13、およびCD133を高発現する分画が有意に減少したことを示す図である。各図中、上段の数字はMock培養の細胞表面マーカー高発現分画の割合を示し、下段の数字はDSF添加培養の細胞表面マーカー高発現分画の割合を示す。(実施例4)
【図5−A】肝がん培養細胞系Huh1およびHuh7で、ジスルフィラム(DSF)処理(2日間)の細胞では、DMSO処理(Mock)の細胞に比して、ROS感受性の色素であるDCFDAおよびMitoSOXTM試薬のいずれの試薬による染色においても、ROSレベルの上昇が観察されたことを示す図である。(実施例5)
【図5−B】肝がん培養細胞系Huh1およびHuh7で、ジスルフィラム(DSF)処理(2日間)の細胞では、ほぼすべての細胞の核において、リン酸化p38 MAPKの発現(すなわちp38の活性化)とDNA結合色素であるDAPIの重複像が観察されたことを示す図である。DSF処理細胞で観察されたp38 MAPKの活性化は、抗酸化剤であるN−アセチル−L−システイン(NAC)の添加により消失した。一方、DMSO処理(Mock)の細胞では、リン酸化p38 MAPKの発現は認められなかった。(実施例5)
【図6】肝がん培養細胞系Huh1およびHuh7のEpCAM陽性細胞で、ジスルフィラム(DSF)処理によりスフェア形成能およびリプレーティング活性(自己複製能)が低下したこと、並びにDSFと同時にp38特異的阻害剤SB203580を添加することにより、スフェア形成能およびリプレーティング活性(自己複製能)の低下が改善傾向を示したが、コントロールであるDMSO処理の細胞の結果と同レベルには至らなかったことを示す図である。(実施例6)
【図7】肝がん培養細胞系Huh1およびHuh7のEpCAM陽性細胞で、ジスルフィラム(DSF)処理または5−フルオロウラシル(5−FU)処理後に、発現変動した遺伝子の数を解析した結果を示す図である。DSF処理により両方の肝がん培養細胞系で698遺伝子の発現が上昇し、605遺伝子の発現が低下した。5−FU処理により両方の肝がん培養細胞系で717遺伝子の発現が上昇し、1,350遺伝子の発現が低下した。(実施例7)
【図8】肝がん培養細胞系Huh1およびHuh7のEpCAM陽性細胞で、ジスルフィラム(DSF)処理または5−フルオロウラシル(5−FU)処理後に、発現変動した遺伝子の機能分類を行った結果を示す図である。5−FU処理にて治療に対する細胞応答(cellular response to therapeutics)の機能カテゴリーに分類される遺伝子が最も有意差をもって抽出されたのに対して、ジスルフィラム処理した細胞では、これらの遺伝子群は1つも抽出されなかった。また、発現低下した遺伝子群の機能分類では、ジスルフィラム処理した細胞では、代謝に関わる遺伝子が多く抽出された。(実施例7)
【図9−A】ジスルフィラム処理した肝がん培養細胞系Huh1およびHuh7のEpCAM陽性肝がん細胞において、Glypican3(GPC3)遺伝子が有意に発現低下したことを示す図である。GPC3遺伝子の発現はマイクロアレイ(Microarray)およびリアルタイム(Realtime)RT−PCRにより検出した。図の縦軸はGPC3のmRNA発現のLog2倍率変化(Log2−fold change)を示す。(実施例7)
【図9−B】GPC3に対するショートヘアピンRNA(sh−RNA)を安定発現させた肝がん培養細胞系Huh1およびHuhから純化したEpCAM陽性細胞では、スフェア形成能(下左パネル)およびリプレーティング活性(自己複製能、下右パネル)の抑制が観察されたことを示す図である。(実施例7)
【図10】ジスルフィラム処理(Disulfiram treatment)は、細胞内ROSレベル(ROS level)の上昇に伴うp38 MAPKの活性化(p38 MAPK activation)および、Glypican3の発現抑制(Glypican3 downregulation)により、癌源細胞(Tumor−Iniciating Cell;T−IC)の自己複製を抑制すること(inhibition of self−renewal)、並びにアポトーシスを誘導する(apoptosis induction)ことを説明する図である。T−ICは自己複製せずに分化細胞(differentiated cells)になり、アポトーシス誘導によりアポトーシス細胞(apoptotic cells)が検出される。(実施例7)
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、ジスルフィラム若しくはその薬理学的に許容される塩またはそれらの溶媒和物からなる肝がん幹細胞阻害剤、および該肝がん幹細胞阻害剤を含む肝がん治療用組成物に関する。
【0020】
用語「がん幹細胞(Cancer Stem Cell)」とは、腫瘍内に存在し、自己複製能と腫瘍を構成するさまざまな系統のがん細胞を生み出す能力を併せ持つ細胞を意味する。より詳しくは、がん幹細胞は、亜分画として腫瘍内に存在し、自己複製能、多分化能、および腫瘍形成能を有する細胞を意味する。「自己複製能」とは自己と全く同じ幹細胞を作り出す能力をいう。「多分化能」とは、複数系統の細胞に分化し得る能力をいう。「腫瘍形成能」とは、腫瘍を発生させる性質をいう。がんは悪性の腫瘍であり、腫瘍は生体構成組織において自律性をもって過剰に増殖する組織と定義される。悪性の腫瘍とは、腫瘍を構成する細胞の形態や配列がその由来する正常細胞と異なっており、局部組織への浸潤能力や他の組織や臓器への転移能力を有する腫瘍をいう。「がん幹細胞」は、癌源細胞(Tumor−Initiating Cell;T−IC)とも称される。
【0021】
用語「肝がん幹細胞」は、肝臓腫瘍内に存在し、自己複製能、多分化能、および肝臓腫瘍形成能を有する細胞をいう。
【0022】
用語「肝がん幹細胞阻害剤」は、肝がん幹細胞を標的として、肝がん幹細胞の増殖抑制効果または細胞傷害効果を示す薬剤をいう。肝がん幹細胞阻害剤はまた、肝がん幹細胞の機能、例えば自己複製能、多分化能、および肝臓腫瘍形成能のいずれか1つまたは2つ以上の機能を阻害する薬剤であり得る。
【0023】
ジスルフィラムは、その化学名がテトラエチルチウラムジスルフィド(tetraethylthiuram disulfide)であり、慢性アルコール中毒に対する抗酒療法に使用されている。ジスルフィラムは、日本薬局方収載の処方せん医薬品であり、医療機関にて入手可能である。
【0024】
本発明において、ジスルフィラムが培養細胞系および免疫不全マウスを用いた異種移植モデルにおいて用量依存性に肝がん細胞の増殖を抑制し、抗がん作用を発揮すること、および、幹細胞培養法として知られているスフェア培養およびフローサイトメトリー解析によりジスルフィラムが肝がん幹細胞に対しても効果を発揮することを見出した。ジスルフィラムは肝がん細胞および肝がん幹細胞のいずれにも阻害効果を示すため、肝がんに対する新規治療薬としての有用性および有効性が極めて高い。
【0025】
本発明においてジスルフィラムは、遊離体のままでもよく、薬理学的に許容される塩であってもよい。薬理学的に許容される塩として、酸付加塩および塩基付加塩を挙げることができる。酸付加塩として、塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、ヨウ化水素酸塩、硝酸塩、またはリン酸塩などの無機酸塩、およびクエン酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩、ギ酸塩、プロピオン酸塩、安息香酸塩、トリフルオロ酢酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、メタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、またはパラトルエンスルホン酸塩などの有機酸塩を例示できる。塩基付加塩として、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、またはアンモニウム塩などの無機塩基塩、およびトリエチルアンモニウム塩、トリエタノールアンモニウム塩、ピリジニウム塩、ジイソプロピルアンモニウム塩などの有機塩基塩を例示できる。また、ジスルフィラムは、遊離体および塩のほか、これらの溶媒和物であってもよい。溶媒和物として、水和物やエタノール和物などを例示できるが、医薬品として許容される他の溶媒との溶媒和物であればいずれの溶媒和物であってもよい。
【0026】
本発明に係る肝がん幹細胞阻害剤は、必要に応じて、医薬用に許容される担体(医薬用担体)を含む医薬組成物として製造できる。
【0027】
医薬用担体は、製剤の使用形態に応じて通常使用される、充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤および賦形剤を例示できる。これらは得られる製剤の投与形態に応じて適宜選択して使用される。より具体的には、水、医薬的に許容される有機溶剤、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、ゼラチン、寒天、グリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン、マンニトール、ソルビトール、ラクトースを例示できる。これらは、目的とする薬剤の剤形に応じて適宜1種類または2種類以上を組み合わせて使用される。そのほか、安定化剤、殺菌剤、緩衝剤、等張化剤、キレート剤、界面活性剤、およびpH調整剤などを適宜使用することもできる。安定化剤は、例えばヒト血清アルブミンや通常のL−アミノ酸、糖類、セルロース誘導体を例示できる。L−アミノ酸は、特に限定はなく、例えばグリシン、システイン、グルタミン酸などのいずれでもよい。糖類も特に限定はなく、例えばグルコース、マンノース、ガラクトース、果糖などの単糖類、マンニトール、イノシトール、キシリトールなどの糖アルコール、ショ糖、マルトース、乳糖などの二糖類、デキストラン、ヒドロキシプロピルスターチ、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸などの多糖類などおよびそれらの誘導体などのいずれでもよい。セルロース誘導体も特に限定はなく、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウムなどのいずれでもよい。界面活性剤も特に限定はなく、イオン性界面活性剤および非イオン性界面活性剤のいずれも使用できる。界面活性剤には、例えばポリオキシエチレングリコールソルビタンアルキルエステル系、ポリオキシエチレンアルキルエーテル系、ソルビタンモノアシルエステル系、脂肪酸グリセリド系などが包含される。緩衝剤は、ホウ酸、リン酸、酢酸、クエン酸、ε−アミノカプロン酸、グルタミン酸および/またはそれらに対応する塩(例えばそれらのナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などのアルカリ金属塩やアルカリ土類金属塩)を例示できる。等張化剤は、塩化ナトリウム、塩化カリウム、糖類、グリセリンを例示できる。キレート剤は、例えばエデト酸ナトリウム、クエン酸を例示できる。
【0028】
本発明に係る肝がん治療用の医薬組成物は、上記肝がん幹細胞阻害剤に加え、がんの治療に有効な付加的な活性成分を組み合わせて含む肝がん治療用組成物であり得る。本発明において活性成分とは、腫瘍細胞、例えばがん細胞および/またはがん幹細胞、好ましくは肝がん細胞および/または肝がん幹細胞に対し、増殖抑制効果、細胞傷害効果、または薬剤に対する細胞の感受性を増強する効果を示す化合物をいう。
【0029】
がんの治療に有効な付加的な活性成分は特に限定されず、腫瘍細胞に対し増殖抑制効果、細胞傷害効果、または薬剤に対する細胞の感受性を増強する効果を示す化合物であればいずれを用いることもできる。がんの治療に有効な付加的な活性成分として、例えば化学療法剤、生物学的応答修飾剤、化学的感作剤などに含まれる活性成分を例示できる。
【0030】
化学療法剤とは、がん細胞を死滅させるまたはそれらの増殖を遅らせるために用いる薬剤を意味する。したがって、細胞傷害性薬と細胞増殖抑制剤の双方が化学療法薬であるとみなされる。化学療法剤の例は、従来タキサン類(例えば、パクリタキセル、ドキセタキセル、RPR109881A、SB−T−1213、SB−T−1250、SB−T−101187、BMS−275183、BRT 216、DJ−927、MAC−321、IDN5109、およびIDN5390)、ビンカアルカロイド類(例えば、ビンクリスチン、ビンブラスチン、ビンデシン、ビンフルニン、ビノレルビン、およびヒドロビンブラスチン)、ドラスタチン類(ドラスタチン−10、ドラスタチン−15、ILX651、TZT−1027、シンプロスタチン1、シンプロスタチン3、およびLU103793)、クリプトフィシン類(例えば、クリプトフィシン1およびクリプトフィシン52)、エポチロン類(例えば、エポチロンA、エポチロンB、デオキシエポチロンB、およびエポチロンBラクタム)、エレウテロビン、ディスコデルモリド、2−エピ−ディスコデルモリド、2−デス−メチルディスコデルモリド、5−ヒドロキシメチルディスコデルモリド、19−デス−アミノカルボニルディスコデルモリド、9(13)−シクロディスコデルモリド、またはラウリマリドである。
【0031】
具体的には、単剤である化学療法剤として、ニトロソウレア系薬剤(Nitrosoureas)、窒素マスタード系薬剤(Nitrogen mustard)、トリアジン系薬剤(Triazenes)、アンスラサイクリン系薬剤(Anthracycline)、ビンカアルカロイド系薬剤(Vinca alikaroids)、エピポドフィロトキシン系薬剤(Epipodophyllotoxins)、タキサン系薬剤(Taxanes)、ホルモン類似体(Hormonal analogs)および白金製剤(Platinum drugs)などを例示できる。ニトロソウレア系薬剤として、カルムスチン(Carmustine、BCNU)、ロムスチン(Lomustine、CCNU)、セムスチン(Semustine)、フォテムスチン(Fotemustine、FTM)およびニムスチン(Nimustine、ACNU)などを例示できる。窒素マスタード系薬剤として、シクロホスファミド(Cyclophosphamide、CPA)を例示できる。トリアジン系薬剤として、ダカルバジン(Dacarbazine、DTIC)およびテモゾロミド(Temozolomide、TMZ)などが例示される。アンスラサイクリン系薬剤として、ドキソルビシン(Doxorubicin、DXR)およびブレオマイシン(Bleomycin、BLM)を例示できる。ビンカアルカロイド系薬剤として、ビンクリスチン(Vincristine、VCR)、ビンデシン(Vindesine、VDS)およびビンブラスチン(Vinblastine、VLB)などを例示できる。エピポドフィロトキシン系薬剤として、エトポシド(Etoposide)を例示できる。タキサン系薬剤として、パクリタキセル(Paclitaxel、PTX)、ドセタキセル(Docetaxel、TXT)を例示できる。ホルモン類似体として、抗エストロゲン剤(Antiestrogen)、タモキシフェン(Tamoxifen、TAM)を例示できる。白金製剤として、シスプラチン(Cisplatin、CDDP)、カルボプラチン(Carboplatin、CBDCA)を例示できる。好ましくは、トリアジン系薬剤を例示できる。
【0032】
生物学的応答修飾薬とは、疾病と闘う免疫系の能力を刺激するまたは回復させる薬剤を意味する。すべてではないがいくつかの生物学的応答修飾薬は、がん細胞の増殖を遅らせることができ、したがって化学療法剤であるともみなされる。生物学的応答修飾薬として、インターフェロン(α、β、γ)、インターロイキン−2、リツキシマブ、およびトラスツズマブなどを例示できる。
【0033】
化学感作剤とは、化学療法剤の効果に対する腫瘍細胞の感受性をより高くさせる薬剤を意味する。
【0034】
本発明に係る肝がん幹細胞阻害剤の用量範囲は特に限定されず、投与形態、投与経路、疾患の種類、対象の性質(体重、年齢、病状および他の医薬の使用の有無など)、および担当医師の判断などに応じて適宜選択される。適当な用量は、当該分野においてよく知られた最適化のための一般的な常套的実験を用いて決定することができるが、一般的には例えば対象の体重1kgあたり0.01μg乃至1000mg程度、好ましくは約0.1μg乃至100mg程度の範囲である。上記投与量は1日1回乃至数回に分けて投与することができる。
【0035】
本発明に係る肝がん幹細胞阻害剤の好ましい用量は、マウスにおける抗腫瘍効果が50mg/kg隔日投与で認められている(後述する実施例2参照)ことを基準にすると、1日に5mg/kg乃至100mg/kg、より好ましくは10mg/kg乃至50mg/kgである。実際に、患者が60kgであると想定して1日に0.25g乃至1.5gで連日投与内服のプロトコルにて臨床第I相試験を開始している。
【0036】
本発明に係る肝がん治療用組成物に含まれる有効成分の量は、広範囲から適宜選択される。通常約0.00001−70重量%、好ましくは0.0001−5重量%程度の範囲である。
【0037】
投与経路は、全身投与または局所投与のいずれも選択することができる。この場合、疾患、症状などに応じた適当な投与経路を選択する。本発明に係る薬剤は、経口経路および非経口経路のいずれによっても投与できるが、経口投与がより好ましい。非経口経路としては、通常の静脈内投与、動脈内投与のほか、皮下、皮内、筋肉内などへの投与を挙げることができる。あるいは、本発明に係る薬剤は、腫瘍内投与することができる。
【0038】
剤形は、特に限定されず、種々の剤形とすることができる。例えば、溶液製剤として使用できるほかに、これを凍結乾燥化し保存し得る状態にした後、用時、水や生理的食塩水などを含む緩衝液などで溶解して適当な濃度に調製した後に使用することもできる。また持続性剤形または徐放性剤形であってもよい。
【0039】
具体的には、経口投与のためには、錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、丸剤、液剤、乳剤、懸濁液、溶液剤、酒精剤、シロップ剤、エキス剤、エリキシル剤とすることができる。非経口剤としては、例えば、皮下注射剤、静脈内注射剤、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤などの注射剤、経皮投与または貼付剤、軟膏またはローション、口腔内投与のための舌下剤、口腔貼付剤、ならびに経鼻投与のためのエアゾール剤、坐剤とすることができるが、これらには限定されない。これらの製剤は、製剤工程において通常用いられる公知の方法により製造することができる。
【0040】
経口用固形製剤を調製する場合は、上記有効成分に賦形剤、必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、矯臭剤などを加えた後、常法により錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤などを製造することができる。そのような添加剤としては、当該分野で一般的に使用されるものでよく、例えば、賦形剤としては、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、微結晶セルロース、珪酸などを、結合剤としては、水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロース、エチルセルロース、シェラック、リン酸カルシウム、ポリビニルピロリドンなどを、崩壊剤としては乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、乳糖などを、滑沢剤としては精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ砂、ポリエチレングリコールなどを、矯味剤としては白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸などを例示できる。
【0041】
経口用液体製剤を調製する場合は、上記化合物に矯味剤、緩衝剤、安定化剤、矯臭剤などを加えて常法により内服液剤、シロップ剤、エリキシル剤などを製造することができる。この場合矯味剤としては上記に挙げられたもので良く、緩衝剤としてはクエン酸ナトリウムなどが、安定化剤としてはトラガント、アラビアゴム、ゼラチンなどを挙げることができる。
【0042】
注射剤を調製する場合は、上記化合物にpH調節剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、局所麻酔剤などを添加し、常法により皮下、筋肉内および静脈内用注射剤を製造することができる。この場合のpH調節剤および緩衝剤としてはクエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウムなどを挙げることができる。安定化剤としてはピロ亜硫酸ナトリウム、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、チオグリコール酸、チオ乳酸などを挙げることができる。局所麻酔剤としては塩酸プロカイン、塩酸リドカインなどを挙げることができる。等張化剤としては、塩化ナトリウム、ブドウ糖などを例示できる。
【0043】
本発明に係る肝がん幹細胞阻害剤および肝がん治療用組成物は、肝がん、好ましくは原発性肝がん、さらに好ましくは肝細胞癌に適用される。
【0044】
本発明はまた、ジスルフィラム若しくはその薬理学的に許容される塩またはそれらの溶媒和物を含む医薬組成物を投与することを特徴とする肝がん治療方法に関する。
【0045】
本発明はさらに、肝がん幹細胞の阻害における、ジスルフィラム若しくはその薬理学的に許容される塩またはそれらの溶媒和物の使用に関する。また本発明は、肝がん治療におけるジスルフィラム若しくはその薬理学的に許容される塩またはそれらの溶媒和物の使用に関する。
【0046】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明する。本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0047】
肝がん培養細胞系の増殖に対するジスルフィラムの効果を検討した。具体的には、ジスルフィラムを肝がん培養細胞系の培地中に添加し、肝がん培養細胞系に対する増殖抑制効果を検討した。肝がん培養細胞系として、Huh1、Huh7、PLC/PRF/5、およびHuh6の4種類のヒト肝がん培養細胞系を使用した。ジスルフィラムは肝がん培養細胞系の各培地中に0.1μMまたは1.0μMを添加し、その48時間後、96時間後、および144時間後に細胞数を測定した。
【0048】
図1に結果を示す。ジスルフィラムは、すべての肝がん培養細胞系に対し容量依存性に有意な増殖抑制効果を示した。
【実施例2】
【0049】
生体内(in vivo)におけるジスルフィラムの腫瘍増大抑制効果を検討した。具体的には、免疫不全マウス(NOD/SCIDマウス)の背部皮下正中部分に肝がん培養細胞系Huh7を200万個移植し、ジスルフィラムを50mg/kgまたは100mg/kgの投与量にて腹腔内に週二回投与し、背部皮下腫瘍の体積を移植後6週目に評価した。皮下腫瘍の体積は、腫瘍の短径および長径をそれぞれ測定し、次の近似式を用いて算出した:腫瘍の体積=腫瘍の短径の2乗×長径×1/2。
【0050】
図2に結果を示す。ジスルフィラムは、生体内において有意に腫瘍増大抑制効果を示した。データを示していないが、ジスルフィラムは10mg/kgの投与量で腹腔内に隔日投与したときも、投与後6週目の効果判定時に、ジスルフィラムを50mg/kgの投与量で腹腔内に週二回投与したときとほぼ同様の腫瘍増大抑制効果を示した。
【実施例3】
【0051】
肝がん幹細胞に対するジスルフィラムの阻害効果を検討した。具体的には、肝がん培養細胞系を、細胞数1000個/ウエルで6ウエルプレートに播種し、ジスルフィラムの添加または非添加の条件下で浮遊培養(スフェア培養)し、培養14日目にスフェア径100ミクロンを超えたものを計数した。肝がん培養細胞系として、Huh1、Huh7、PLC/PRF/5、およびHuh6の4種類のヒト肝がん培養細胞系を使用した。ジスルフィラムを添加しないコントロールには、ジスルフィラムの溶剤であるジメチルスルホキシド(DMSO)を添加した。
【0052】
肝がん培養細胞系のスフェア形成に対するジスルフィラムの効果を図3−Aおよび図3−Bに示す。ジスルフィラムは、肝がん培養細胞系のスフェア形成を用量依存的に有意に抑制した。浮遊培養(スフェア培養)は正常幹細胞およびがん幹細胞のアッセイ法として一般的な方法で、幹細胞活性を反映すると言われており、がん幹細胞の検出に使用されている。本結果から、ジスルフィラムは肝がん培養細胞系に含まれている肝がん幹細胞を阻害する効果を有することが判明した。
【実施例4】
【0053】
肝がん幹細胞に対するジスルフィラムの阻害効果を検討した。具体的には、2種類の肝がん培養細胞系、Huh1細胞およびHuh7細胞に、ジスルフィラムを2日間添加した状態で培養し、フローサイトメトリー(FACS)の解析を行った。コントロールとしてDMSOを用い、同様に培養および解析を行った。フローサイトメトリーの解析では、肝がん幹細胞の検出を、抗EpCAM抗体、抗CD13抗体、および抗CD133抗体を使用して行った。EpCAM、CD13、およびCD133はいずれも、肝がん幹細胞としての性質を有する細胞集団で陽性であることが報告されている細胞表面マーカーである(非特許文献13および14、非特許文献15、並びに非特許文献16)。ネガティブコントロールにはいずれの抗体も添加しなかった。
【0054】
肝がん培養細胞系の細胞表面マーカー発現に対するジスルフィラムの効果を図4示す。これらの肝がん培養細胞系では、ジスルフィラム非添加のコントロールに比べて、ジスルフィラム0.1μM添加培養により、いずれの細胞表面マーカーの解析においても波形が左方に移動しており、解析した細胞表面マーカー陽性細胞分画すなわち肝がん幹細胞分画(EpCAM高発現分画、CD13高発現分画、CD133高発現分画)の有意な減少を認めた。
【0055】
実施例1−4の結果から、ジスルフィラムが、培養細胞系および免疫不全マウスを用いた異種移植モデルにおいて用量依存性に肝がん細胞の増殖抑制効果を示すこと、並びに肝がん幹細胞に対しても阻害効果を示すことが明らかになった。
【実施例5】
【0056】
ジスルフィラムは乳がん細胞において、細胞内ROSレベルの上昇に伴うp38MAPKの活性化により、細胞増殖抑制とアポトーシスを誘導することが報告されている(非特許文献12)。
【0057】
そこで、肝がん培養細胞系、Huh1細胞およびHuh7細胞でも同様の所見が得られるか、検証した。これら細胞のジスルフィラム処理は実施例4と同様に行った。細胞内ROSレベルの測定は、ROS感受性の色素である2’,7’−ジクロロジヒドロフルオレセイン ジアセテート(DCFDA;2’,7’−dichlorodihydrofluorescein diacetate)またはMitoSOXTM試薬を用いて実施した。DCFDAまたはMitoSOXTM試薬で細胞を染色後に、フローサイトメトリー解析を行った。
【0058】
結果を図5−Aおよび図5−Bに示す。ジスルフィラム処理(2日間)の細胞では、DMSO処理の細胞に比して、いずれの試薬による染色においても波形が右方に移動することが観察された。このことから、ジスルフィラム処理によりこれら肝がん培養細胞系でROSレベルが上昇することが明らかになった。
【0059】
また、免疫染色を行ったところ、ジスルフィラム処理(2日間)の細胞では、ほぼすべての細胞の核において、リン酸化p38 MAPKの発現(すなわちp38の活性化)とDNA結合色素である4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール(DAPI;4’,6−diamidino−2−phenylindole)の重複像が観察された。しかし、抗酸化剤N−アセチル−L−システイン(NAC;N−acetyl−L−cystein)の添加により、p38 MAPKの活性化は消失した。
【0060】
以上の結果により、肝がん細胞においても、ジスルフィラムによる細胞内ROSレベルの上昇とp38 MAPKの活性化が認められた。
【実施例6】
【0061】
ジスルフィラムによるEpCAM陽性細胞のスフェア形成能およびリプレーティング活性(自己複製能)の抑制におけるp38活性化の依存性を検証した。
【0062】
図6に示すように、ジスルフィラム(DSF)処理によりEpCAM陽性細胞のスフェア形成能およびリプレーティング活性(自己複製能)が低下した。また、DSFと同時にp38特異的阻害剤SB203580を添加することにより、EpCAM陽性細胞のスフェア形成能およびリプレーティング活性(自己複製能)の低下は改善傾向を示したが、コントロールであるDMSO処理の細胞の結果と同レベルには至らなかった。また、細胞増殖能の低下およびアポトーシス誘導に関しても、同様の結果であった(図示せず)。
【0063】
本結果から、ジスルフィラムの肝がん幹細胞に対する効果は、p38の活性化に部分的に依存するものと考えられた。
【実施例7】
【0064】
ジスルフィラム処理したEpCAM陽性細胞(Huh1細胞およびHuh7細胞)と古典的な抗がん剤である5−フルオロウラシル(5−FU)処理後のEpCAM陽性細胞よりmRNAを抽出し、Agilent SurePrint G3 Human GE 8×60Kを用いたマイクロアレイ解析を試みた。
【0065】
ジスルフィラム処理により特異的に発現変動する遺伝子、すなわち発現が上昇した698遺伝子および発現が低下した605遺伝子、並びに5−FU処理により特異的に発現変動する遺伝子、すなわち発現が上昇した717遺伝子および発現が低下した1,350遺伝子に着目した(図7)。
【0066】
上述の遺伝子を、Ingenuity社のIngenuity pathways Analysis(IPA)ソフトウェアにより、機能分類を行なった。図8にTop3の機能カテゴリを示す。発現上昇した遺伝子群では、5−FU処理にてcellular response to therapeutics(PEX2、BAD、BRCA1、CASP9(EG:100140945を含む)、CDKN1A、DCLRE1C、DDB2、FANCC、HELLS、PER2、PERP、SWAP70、TERF2、およびXPAの14遺伝子)が最も有意差をもって抽出されたのに対して、ジスルフィラム処理した細胞では、これらの遺伝子群は1つも抽出されなかった。また、発現低下した遺伝子群の機能分類では、ジスルフィラム処理した細胞では、代謝に関わるものが多く抽出されるなど、5−FU処理とジスルフィラム処理とで、発現変動する遺伝子群に大きな差異を認めた。
【0067】
これらの発現プロファイリングの結果から、Glypican3(GPC3)遺伝子が、ジスルフィラム処理したEpCAM陽性肝がん細胞において有意に発現低下することを見出した(図9−A)。GPC3は正常な肝幹細胞/肝前駆細胞のマーカーである(非特許文献17)と共に、肝がんにおいて高発現しており、治療標的分子としての有用性が報告され、同分子に対するペプチドワクチンの臨床応用も開始されている(非特許文献18)。
【0068】
そこで、レンチウイルスベクターを用いてGPC3に対するショートヘアピンRNA(sh−RNA;Short−hairpin RNA)を安定発現させた肝がん細胞を作成した。これらの細胞より純化したEpCAM陽性細胞では、スフェア形成能およびリプレーティング活性(自己複製能)の抑制が観察され(図9−B)、同時に細胞増殖能の低下およびアポトーシス誘導も観察された(図示せず)。
【0069】
以上の結果を図10にまとめる。ジスルフィラムは、細胞内ROSレベルの上昇に伴うp38の活性化および、GPC3の発現抑制により、EpCAM陽性肝がん細胞(肝がん幹細胞)の増殖能、自己複製を抑制し、肝がん幹細胞治療薬として機能することが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明に係る肝がん幹細胞阻害剤は、肝がん幹細胞に阻害効果を有するため、治療後の再発や転移の可能性が少なく、肝がんの治療に高い効果を示す。さらに、本発明に係る肝がん幹細胞阻害剤は、がん幹細胞でない肝がん細胞に対しても増殖抑制効果を有する。このように、本発明に係る肝がん幹細胞阻害剤は肝がん細胞および肝がん幹細胞のいずれにも阻害効果を示すため、肝がんに対する新規治療薬として極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジスルフィラム若しくはその薬理学的に許容される塩またはそれらの溶媒和物からなる肝がん幹細胞阻害剤。
【請求項2】
請求項1に記載の肝がん幹細胞阻害剤を含む肝がん治療用組成物。
【請求項3】
ジスルフィラム若しくはその薬理学的に許容される塩またはそれらの溶媒和物からなる肝がん幹細胞阻害剤に、さらに付加的な抗がん活性成分を含む肝がん治療用組成物。
【請求項4】
ジスルフィラム若しくはその薬理学的に許容される塩またはそれらの溶媒和物の肝がん幹細胞の阻害における使用。
【請求項5】
ジスルフィラム若しくはその薬理学的に許容される塩またはそれらの溶媒和物の肝がん治療における使用。

【図1】
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【図2】
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【図3−A】
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【図3−B】
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【図4】
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【図5−A】
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【図5−B】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9−A】
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【図9−B】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−100268(P2013−100268A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−224722(P2012−224722)
【出願日】平成24年10月10日(2012.10.10)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】