説明

肥満細胞の脱顆粒抑制剤

【課題】肥満細胞の脱顆粒抑制剤、肥満細胞の脱顆粒抑制方法、および肥満細胞の異常に起因する疾患の治療薬を提供する。
【解決手段】マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質、例えばDicer1遺伝子の発現を抑制する物質を有効成分として含有する、肥満細胞の脱顆粒抑制剤、肥満細胞の脱顆粒抑制方法、および肥満細胞の異常に起因する疾患の治療薬に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は肥満細胞の脱顆粒抑制剤、肥満細胞の脱顆粒抑制方法、および肥満細胞の異常に起因する疾患の治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
肥満細胞は各種刺激により活性化され、脱顆粒を起こし、数多くの炎症性メディエーターを遊離、産生することが知られている(非特許文献1および2)。主なものはアミン類、アラキドン酸代謝産物、プロテアーゼ、サイトカイン、ケモカインなど多種多様である。例えば、肥満細胞に抗原が認識されると、脱顆粒によりヒスタミンやトリプターゼが速やかに放出されると共に、プロスタグランジンD2(PGD2)、ロイコトリエン(LT)、血小板活性化因子(PAF)などのケミカルメディエーター、およびマクロファージ炎症性蛋白質(MIP)-1α等の各種のケモカインや顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)等の各種サイトカインが新たに合成され、放出されることが知られている。また、これまで好酸球が作ると考えられていた細胞障害性蛋白質である主要塩基性蛋白質(major basic protein)に関しても、ヒトの場合は肥満細胞が多量につくることが最近明らかになっている(非特許文献3)。
【0003】
このように、肥満細胞は種々のアレルギー疾患の病態形成において主要な役割を演じていると考えられることから、肥満細胞の機能を制御することにより、アレルギー疾患の治療が可能であると考えられる。
【0004】
肥満細胞で発現する遺伝子の情報は、種々のアレルギー疾患の治療薬のターゲットとなり得る点で重要であり、例えば、肥満細胞に発現しているGPCRに作用する薬剤が、ヒト培養肥満細胞からの炎症性メディエーターの産生を顕著に抑制することが知られている。具体的には、β2アドレナリン受容体刺激薬イソプロテレノールは10 nmol/lの低濃度で、ヒト培養肥満細胞からのヒスタミン、LT、PGD2、GM-CSFおよびMIP-1αの遊離を80%以上抑制する(非特許文献4)。
【0005】
マイクロRNA(miRNA)は、蛋白質に翻訳されない約22ヌクレオチドからなる小さな非コード一本鎖RNAであり、ヒトを含む生物に多数存在することが知られている(非特許文献5、6)。マイクロRNAは、単一又はクラスター化されたマイクロRNA前駆体に転写される遺伝子から生合成される。すなわち、まず遺伝子から一次転写産物であるprimary-microRNA (pri-miRNA)が転写され、次いでpri-miRNAから成熟型マイクロRNAへの段階的プロセシングにおいて、特徴的なヘアピン構造を有する約70塩基のprecursor-microRNA (pre-miRNA)がpri-miRNAから生合成される。このプロセシングにはDroshaとDGCR8が関与することが知られている。その後、pre-miRNAは核内からExportin-5を介して細胞質に輸送された後、DicerとTRBPによってプロセシングされ、pre-miRNAから成熟型マイクロRNAが生合成される(非特許文献7)。
【0006】
成熟型マイクロRNAは、標的となるmRNAに相補的に結合してmRNAの翻訳を抑制するか、あるいはmRNAを分解することにより、遺伝子発現の転写後制御に関与していると考えられている。
【0007】
ヒトを含む哺乳類で発現するマイクロRNAが、肥満細胞の脱顆粒に影響を及ぼすことは知られている(特許文献1)が、マイクロRNAの生合成過程を広く阻害した場合に、肥満細胞がどのように反応するかついては知られていない。
【0008】
【特許文献1】国際公開第2008/029790号パンフレット
【非特許文献1】黒沢元博編、「肥満細胞の臨床」、先端医学社、2001年、p142およびp559
【非特許文献2】「クリティカル レビュー イン イムノロジー(Crit. Rev. Immunol.)」、2002年、22巻、p.115-140
【非特許文献3】「ブラッド(Blood)」、2001年、98巻、p.1127-1134
【非特許文献4】「ジャーナル オブ アレルギー アンド クリニカル イムノロジー(J. Allergy Clin. Immunol.)」、1999年、103巻、p.421-426
【非特許文献5】「サイエンス(Science)」、2001年、294巻、p.853-858
【非特許文献6】「セル(Cell)」、2003年、113巻、p.673-676
【非特許文献7】「ネイチャー レビュー ジェネティックス(Nature Reviews Genetics)」、2004年、5巻、p.522-531
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、肥満細胞の脱顆粒抑制剤、肥満細胞の脱顆粒抑制方法、および肥満細胞の脱顆粒制御の異常に起因する疾患の治療薬の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は以下に関する。
〔1〕 マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質を有効成分として含有する、肥満細胞の脱顆粒抑制剤。
〔2〕 マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質がDicer1遺伝子の発現を抑制する物質である、〔1〕に記載の脱顆粒抑制剤。
〔3〕 Dicer1遺伝子の発現を抑制する物質が核酸である、〔2〕に記載の脱顆粒抑制剤。
〔4〕 核酸がsiRNAである、〔3〕に記載の脱顆粒抑制剤。
〔5〕 Dicer1遺伝子の発現を抑制するsiRNAを発現するベクターを有効成分として含有する、肥満細胞の脱顆粒抑制剤。
〔6〕 siRNAが配列番号1〜5のいずれかで表される塩基配列を標的配列とするsiRNAである、〔4〕または〔5〕に記載の脱顆粒抑制剤。
〔7〕 マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質を用いることを特徴とする、肥満細胞の脱顆粒抑制方法。
〔8〕 マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質が、Dicer1遺伝子の発現を抑制する物質である、〔7〕に記載の脱顆粒抑制方法。
〔9〕 Dicer1遺伝子の発現を抑制する物質が核酸である、〔8〕に記載の脱顆粒抑制方法。
〔10〕 核酸がsiRNAである、〔9〕に記載の脱顆粒抑制方法。
〔11〕 Dicer1遺伝子の発現を抑制するsiRNAを発現するベクターを用いることを特徴とする、肥満細胞の脱顆粒抑制方法。
〔12〕 siRNAが配列番号1〜5のいずれかで表される塩基配列を標的配列とするsiRNAである、〔10〕または〔11〕に記載の脱顆粒抑制方法。
〔13〕 〔1〕〜〔6〕のいずれかに記載の脱顆粒抑制剤を有効成分として含有する、肥満細胞の異常に起因する疾患の治療薬。
〔14〕 肥満細胞の異常に起因する疾患が、アトピー性皮膚炎、喘息、慢性閉塞性肺疾患およびアレルギー疾患からなる群から選ばれる疾患である、〔13〕に記載の治療薬。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、肥満細胞の脱顆粒抑制剤、肥満細胞の脱顆粒抑制方法、肥満細胞の異常に起因する疾患の治療薬を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質を有効成分として含有する、肥満細胞の脱顆粒抑制剤を提供する。
【0013】
本発明においてマイクロRNAとは、17〜28塩基長からなる一本鎖RNAをいう。マイクロRNAの該配列を含む周辺ゲノム配列はヘアピン構造を形成し得る配列を有しており、マイクロRNAは該ヘアピンのいずれか片鎖から切り出され得る。マイクロRNAは、その標的となるmRNAに相補的に結合してmRNAの翻訳を抑制し、あるいはmRNAの分解を促進することで遺伝子発現の転写後制御を行う。本発明のマイクロRNAには成熟型マイクロRNAが含まれる。
【0014】
本発明においてマイクロRNA前駆体とは、約50〜約200塩基長、より好ましくは約70〜約100塩基長の核酸であり、かつ、ヘアピン構造を形成して一方の鎖にマイクロRNAが含有される核酸をいう。本発明のマイクロRNA前駆体には、primary-microRNA (pri-miRNA)、precursor-microRNA (pre-miRNA)が含まれる。
【0015】
マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質としては、マイクロRNA前駆体からマイクロRNAの生合成に必須な因子(以下、マイクロRNAの生合成に必須な因子ともいう。)の機能を阻害する物質であれば、いかなる物質であってもよい。
【0016】
マイクロRNAの生合成に必須な因子としては、例えば、pri-miRNAからpre-miRNAが生合成される過程に関与するDroshaおよびDGCR8、pre-miRNAが核内から細胞質に輸送される過程に関与するExportin-5、pre-miRNAから成熟型マイクロRNAが生合成される過程に関与するDicerおよびTRBPなどがあげられる。
【0017】
マイクロRNAの生合成に必須な因子の機能を阻害する物質としては、例えば該因子をコードする遺伝子の発現を阻害する物質、該因子の蛋白質の機能を阻害する物質であれば、核酸、抗体、低分子物質等、いずれであってもよいが、好ましくは核酸があげられる。
【0018】
マイクロRNAの生合成に必須な因子の機能を阻害する物質として、好ましくはDicerをコードする遺伝子(以下、Dicer遺伝子ともいう。)の発現を阻害する物質や、Dicerの蛋白質の機能を阻害する物質があげられる。
【0019】
Dicer遺伝子としては、Dicer1遺伝子、例えばヒトDicer1遺伝子、およびそれに対応する他生物種の相同遺伝子であるオーソログがあげられ、好ましくは配列番号6あるいは7で表される塩基配列に含まれるヒトDicer1遺伝子があげられる。また、Dicerの蛋白質としては、Dicer1があげられ、好ましくはヒトDicer1があげられる。
【0020】
遺伝子の発現を阻害する物質としては、例えばmRNAの生合成や翻訳を抑制する物質、およびmRNAを切断あるいは分解することによって、結果としてmRNAから翻訳される蛋白質の量を減少させる物質があげられる。
【0021】
マイクロRNAの生合成に必須な因子の機能を阻害する核酸としては、例えば以下の(a)〜(c)に記載の核酸があげられ、好ましくは(a)に記載の核酸があげられる。
(a)該因子をコードする遺伝子の標的核酸の塩基配列を含むsiRNA(短鎖干渉RNA;short interferance RNA)
(b)該因子をコードする遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸
(c)該因子をコードする遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
【0022】
上記核酸としては、ヌクレオチドまたは該ヌクレオチドと同等の機能を有する分子が重合した分子であればいかなるものでもよい。ヌクレオチドとしては、例えばリボヌクレオチドの重合体であるRNA、デオキシリボヌクレオチドの重合体であるDNA、RNAおよびDNAが混合した重合体が、該ヌクレオチドと同等の機能を有する分子が重合した分子としては、例えばヌクレオチド類似体を含むヌクレオチド重合体、核酸誘導体を含むヌクレオチド重合体が、それぞれあげられる。
【0023】
ヌクレオチド類似体としては、例えばRNAまたはDNAと比較して、ヌクレアーゼ耐性を向上または安定化させるため、相補鎖核酸とのアフィニティーをあげるため、あるいは細胞透過性をあげるため、あるいは可視化させるために、リボヌクレオチド、デオキシリボヌクレオチド、RNAまたはDNAに修飾を施した分子であればいかなる分子でもよい。例えば、糖部修飾ヌクレオチド類似体やリン酸ジエステル結合修飾ヌクレオチド類似体等があげられる。
【0024】
糖部修飾ヌクレオチド類似体としては、ヌクレオチドの糖の化学構造の一部あるいは全てに対し、任意の化学構造物質を付加あるいは置換したものであればいかなるものでもよく、例えば、2’−O−メチルリボースで置換されたヌクレオチド類似体、2'−O−プロピルリボースで置換されたヌクレオチド類似体、2'−メトキシエトキシリボースで置換されたヌクレオチド類似体、2'−O−メトキシエチルリボースで置換されたヌクレオチド類似体、2'−O−[2−(グアニジウム)エチル]リボースで置換されたヌクレオチド類似体、2'−O−フルオロリボースで置換されたヌクレオチド類似体、糖部に架橋構造を導入することにより2つの環状構造を有する架橋構造型人工核酸(Bridged Nucleic Acid)(BNA)、より具体的には、2'位の酸素原子と4'位の炭素原子がメチレンを介して架橋したロックト人工核酸(Locked Nucleic Acid)(LNA)、およびエチレン架橋構造型人工核酸(Ethylene bridged nucleic acid)(ENA)[Nucleic Acid Research, 32, e175(2004)]があげられ、さらにペプチド核酸(PNA)[Acc. Chem. Res., 32, 624 (1999)]、オキシペプチド核酸(OPNA)[J. Am. Chem. Soc., 123, 4653 (2001)]、およびペプチドリボ核酸(PRNA)[J. Am. Chem. Soc., 122, 6900 (2000)]等をあげることができる。
【0025】
リン酸ジエステル結合修飾ヌクレオチド類似体としては、ヌクレオチドのリン酸ジエステル結合の化学構造の一部あるいは全てに対し、任意の化学物質を付加あるいは置換したものであればいかなるものでもよく、例えば、ホスフォロチオエート結合に置換されたヌクレオチド類似体、N3'-P5'ホスフォアミデート結合に置換されたヌクレオチド類似体等をあげることができる[細胞工学, 16, 1463-1473 (1997)][RNAi法とアンチセンス法、講談社(2005)]。
【0026】
核酸誘導体としては、核酸の塩基部分、リボース部分、リン酸ジエステル結合部分等の原子(例えば、水素原子、酸素原子)もしくは官能基(例えば、水酸基、アミノ基)が他の原子(例えば、水素原子、硫黄原子)、官能基(例えば、アミノ基)、もしくは炭素数1〜6のアルキル基で置換されたものまたは保護基(例えばメチル基またはアシル基)で保護されたもの、核酸に、例えば脂質、リン脂質、フェナジン、フォレート、フェナントリジン、アントラキノン、アクリジン、フルオレセイン、ローダミン、クマリン、色素など、別の化学物質を付加した分子等があげられる。また、核酸に別の化学物質を付加した分子としては、例えば、5'−ポリアミン付加誘導体、コレステロール付加誘導体、ステロイド付加誘導体、胆汁酸付加誘導体、ビタミン付加誘導体、Cy5付加誘導体、Cy3付加誘導体、6−FAM付加誘導体、およびビオチン付加誘導体等もあげられる。
【0027】
マイクロRNAの生合成に必須な因子をコードする遺伝子の標的核酸の塩基配列を含むsiRNAとしては、ある標的核酸の塩基配列を含む短い二本鎖RNAであり、RNA干渉(RNA interferance;RNAi)により、該標的核酸の発現を抑制できるものであればいずれでもよい。siRNAの一方の鎖を構成する塩基数は、好ましくは17〜30塩基、より好ましくは18〜25塩基、さらに好ましくは19〜23塩基である。
【0028】
siRNAは、RNAのみで構成されていてもよいが、標的核酸の発現を抑制できれば、DNA、RNAおよびDNAが混合した重合体、ヌクレオチド類似体を含むヌクレオチド重合体、核酸誘導体を含むヌクレオチド重合体に置換されたものなど、いずれの核酸であってもよい。
【0029】
またsiRNAには、標的遺伝子発現の阻害を媒介する能力を調節するために、二重鎖分子中にミスマッチ、隆起、ループまたはゆらぎ塩基対を必要に応じて含ませてもよい。このようなミスマッチ、隆起、ループまたはゆらぎ塩基対は、siRNAが標的遺伝子発現の阻害を媒介する能力を有意に障害しないように、siRNAの末端領域または内部領域に配置することが好ましい。
【0030】
具体的には、末端に数塩基のオーバーハングを有する二本鎖RNAはRNAi効果が高いことが知られている。従って本発明で用いられる二本鎖RNAは、末端に数塩基のオーバーハングを有していてもよい。このオーバーハングを形成する塩基の長さ、および配列は特に制限されない。また、このオーバーハングは、DNAおよびRNAのいずれであってもよい。例えば2塩基のオーバーハングであるTT(チミンが2個)、UU(ウラシルが2個)、その他の塩基のオーバーハングがあげられる。例えば19塩基の二本鎖RNAと2塩基(TT)のオーバーハングを有する分子を好適に用いることができる。二本鎖RNAには、このようにオーバーハングを形成する塩基がDNAであるような分子も含まれる。
【0031】
標的核酸の発現を抑制させるsiRNAは、例えば該遺伝子に対するsiRNAを配列に基づいて設計するためのアルゴリズム[Nucleic Acids Res., 32, 936 (2004); Nature Biotechnology, 22, 326 (2004); Nature Biotechnology, 23, 995 (2005)]を用いることにより、設計することができる。上記アルゴリズムを用いて設計されたsiRNAはキアゲン社、Applied Biosystems社、Invitrogen社などから市販されており、これらを用いてもよい。
【0032】
上記siRNAとして、好ましくはヒトDicer1遺伝子の標的核酸の塩基配列を含むsiRNAがあげられる。該siRNAとしては、細胞内にsiRNAが導入されることで内在するヒトDicer1遺伝子の発現抑制させるものであればいかなるものでもよい。
【0033】
ヒトDicer1遺伝子等に対するsiRNAも、上記アルゴリズムを用いて設計することができる。ヒトDicer1遺伝子の発現量が低下するまたは抑制されるsiRNAとして、好ましくは、配列番号1、2、3[Molecular Cell 24, 157 (2006)]、4[Nature, 436, 740 (2005)]または5[Nature, 436, 740 (2005)]で表される塩基配列を標的配列とするsiRNAをあげることができる。
【0034】
例えば、上記配列番号1で表わされる塩基配列を標的配列とするsiRNAとしては、例えば以下に示す塩基配列をあげることができる。
【0035】
アンチセンス鎖:5’-CUAGGAUCCAGAUAGCACAdTdT-3’(配列番号:8)
センス鎖:5’-UGUGCUAUCUGGAUCCUAGdTdT-3’ (配列番号:9)
【0036】
また、上記配列番号2で表わされる塩基配列を標的配列とするsiRNAとしては、例えば以下に示す塩基配列をあげることができる。
【0037】
アンチセンス鎖:5’-UCCAGAGCUGCUUCAAGCAdTdT-3’ (配列番号:10)
センス鎖:5’-UGCUUGAAGCAGCUCUGGAdTdT-3’ (配列番号:11)
【0038】
なお上記配列番号:8〜11における「dT」はDNAのT(オーバーハング)であり、その他はRNAである。
【0039】
さらに本発明は、Dicer1遺伝子の発現を抑制するsiRNAを発現するベクターを有効成分として含有する、肥満細胞の脱顆粒抑制剤を提供する。上記siRNAを発現し得るベクターは、当業者においては、一般的な遺伝子工学技術により、容易に作製することができ、例えば後述の3に記載の発現ベクターを用いることができる。
【0040】
マイクロRNAの生合成に必須な因子をコードする遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸としては、該因子をコードする遺伝子またはその一部と相補的な配列を有していることが好ましい。アンチセンス核酸は、該因子をコードする遺伝子の発現を有効に抑制できる限り、完全に相補的でなくてもよいが、該因子をコードする遺伝子の転写産物に対して好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の相補性を有する。アンチセンス核酸を用いて標的遺伝子の発現を効果的に抑制するには、アンチセンス核酸の長さは少なくとも15塩基以上であり、好ましくは100塩基以上であり、さらに好ましくは500塩基以上である。
【0041】
アンチセンス核酸としては、該因子をコードする遺伝子のmRNAの5'端近傍の非翻訳領域に相補的なアンチセンス配列を設計すれば、遺伝子の翻訳阻害に効果的と考えられる。また、コード領域もしくは3'側の非翻訳領域に相補的な配列も使用することができる。
【0042】
アンチセンス核酸は、例えば適当なプロモーターの下流に連結し、好ましくは3'側に転写終結シグナルを含む配列を連結した後に、公知の方法を用いて所望の動物へ形質転換することができる。
【0043】
マイクロRNAの生合成に必須な因子をコードする遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸としては、触媒活性を有するRNA分子であればいずれでもよく、グループIイントロン型やRNase Pに含まれるM1 RNAのように400塩基以上の大きさのもの、ハンマーヘッド型やヘアピン型と呼ばれる40塩基程度の活性ドメインを有するもの等があげられる。
【0044】
ハンマーヘッド型のリボザイムの自己切断ドメインは、G13U14C15という配列のC15の3'側を切断するが、その活性にはU14とA9との塩基対形成が重要とされ、C15の代わりにA15またはU15でも切断され得る[ FEBS Lett., 228, 228 (1988)]。基質結合部位が標的部位近傍のRNA配列と相補的なリボザイムを設計すれば、標的RNA中のUC、UUまたはUAという配列を認識する制限酵素的なRNA切断リボザイムを作出することができる(FEBS Lett., 239, 285 (1988); タンパク質核酸酵素, 35, 2191 (1990); Nucl. Acids Res, 17, 7059 (1989)]。
【0045】
ヘアピン型のリボザイムは、例えばタバコリングスポットウイルスのサテライトRNAのマイナス鎖に見出される(Nature, 323, 349 (1986)]。ヘアピン型のリボザイムから、公知の方法(Nucl. Acids Res, 19, 6751 (1991); 化学と生物, 30, 112 (1992)]を用いることにより、標的核酸の塩基配列に特異的なRNA切断リボザイムを作製してもよい。マイクロRNAの生合成に必須な因子の蛋白質の機能を阻害する物質としては、例えば以下の(a)に記載の抗体、または(b)に記載の低分子化合物をあげることができる。
(a)該因子と結合する抗体
(b)該因子と結合する低分子化合物
【0046】
マイクロRNAの生合成に必須な因子と結合する抗体は、該因子の天然の蛋白質の他、遺伝子組換え技術を利用して作製した組換え蛋白質を用いて、当業者に公知の方法により調製することができる。
【0047】
ポリクローナル抗体であれば、例えば、次のようにして調製することができる。該因子の蛋白質、あるいはGSTとの融合蛋白質として大腸菌等の微生物において発現させた組換え蛋白質、またはその部分ペプチドをウサギ等の小動物に免疫し血清を得る。これを、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、該因子の蛋白質や合成ペプチドをカップリングしたアフィニティーカラム等により精製することにより調製できる。
【0048】
モノクローナル抗体であれば、例えば、該因子の蛋白質、もしくはその部分ペプチドをマウスなどの小動物に免疫を行い、同マウスより脾臓を摘出し、これをすりつぶして細胞を分離し、該細胞とマウスミエローマ細胞とをポリエチレングリコール等の試薬を用いて融合させ、これによりできた融合細胞(ハイブリドーマ)の中から、該因子と結合する抗体を産生するクローンを選択する。次いで、得られたハイブリドーマをマウス腹腔内に移植し、同マウスより腹水を回収し、得られたモノクローナル抗体を、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、該因子の蛋白質や合成ペプチドをカップリングしたアフィニティーカラム等により精製することで、調製できる。
【0049】
上記抗体の形態には、特に制限はなく、該因子に結合する限り、上記ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のほかに、ヒト抗体、遺伝子組み換えによるヒト型化抗体、さらにその抗体断片や抗体修飾物も含まれる。
【0050】
抗体取得の感作抗原として使用される該因子の蛋白質としては、その由来となる動物種に制限されないが哺乳動物、例えばマウス、ヒト由来の蛋白質が好ましく、特にヒト由来の蛋白質が好ましい。ヒト由来の蛋白質は、本明細書に開示される遺伝子配列を用いて得ることができる。
【0051】
上記感作抗原として使用される蛋白質は、完全な蛋白質あるいは蛋白質の部分ペプチドであってもよい。蛋白質の部分ペプチドとしては、例えば、蛋白質のアミノ基(N)末端断片やカルボキシ(C)末端断片があげられる。
【0052】
また、ヒト以外の動物に抗原を免疫して上記ハイブリドーマを得る他に、ヒトリンパ球、例えばEBウイルスに感染したヒトリンパ球をin vitroで蛋白質、蛋白質発現細胞またはその溶解物で感作し、感作リンパ球をヒト由来の永久分裂能を有するミエローマ細胞、例えばU266と融合させ、蛋白質への結合活性を有する所望のヒト抗体を産生するハイブリドーマを得ることもできる。
【0053】
該因子の蛋白質と結合する抗体を人体に投与する目的(抗体治療)で使用する場合には、免疫原性を低下させるため、ヒト抗体やヒト型抗体が好ましい。
【0054】
該因子の蛋白質の機能を阻害し得る物質としては、該因子の蛋白質に結合する低分子量物質もあげられる。該因子の蛋白質に結合する低分子量物質は、天然または人工の化合物であってもよい。通常、当業者に公知の方法を用いることによって製造または取得可能な化合物である。
【0055】
上記の抗体または低分子化合物が結合する因子としては、Dicerが好ましく、Dicer1がより好ましく、ヒトDicer1がさらに好ましい。
【0056】
また本発明は、マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質を用いることを特徴とする、肥満細胞の脱顆粒抑制方法を提供する。
【0057】
本発明の脱顆粒抑制方法において、マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質は、上述の脱顆粒抑制剤におけるマイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質と同様である。
【0058】
また本発明は、Dicer1遺伝子の発現を抑制するsiRNAを発現するベクターを用いることを特徴とする、肥満細胞の脱顆粒抑制方法を提供する。
【0059】
本発明の脱顆粒抑制方法において用いられるsiRNAは、好ましくは、配列番号1〜5のいずれかで表される塩基配列を標的配列とするsiRNAである。
【0060】
また本発明によって提供される肥満細胞の脱顆粒抑制剤は、肥満細胞の脱顆粒を抑制することから、肥満細胞の異常に起因する疾患の治療効果を有することが期待される。従って本発明は、本発明の肥満細胞の脱顆粒抑制剤を有効成分として含有する、肥満細胞の異常に起因する疾患の治療薬(医薬組成物)に関する。本発明の脱顆粒抑制剤は、肥満細胞の異常に起因する疾患の治療だけでなく、診断にも用いることができる。
【0061】
肥満細胞の異常としては、例えば肥満細胞の分化や脱顆粒、炎症性メディエーター産生、サイトカイン産生、ケモカイン産生等の異常があげられる。肥満細胞の異常に起因する疾患としては、具体的には、アトピー性皮膚炎、喘息、慢性閉塞性肺疾患、およびアレルギー疾患等をあげることができる。
【0062】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0063】
1.肥満細胞の活性化の程度を測定する方法
(1−1)肥満細胞の取得、培養
本発明で用いられる肥満細胞は、ヒト肥満細胞であることが好ましい。
【0064】
ヒト肥満細胞は、安全かつ効率的に取得される方法であれば特に限定されないが、例えば、ヒトの肺、皮膚、胎児肝臓などから公知の方法[J. Immunol. Methods, 169, 153 (1994); J. Immunol., 138, 861 (1987); J. Allergy Clin. Immunol., 107, 322 (2001); J. Immunol. Methods., 240, 101 (2000)]により調製することができる。また、公知の方法[J. Immunol., 157, 343, (1996); Blood, 91, 187 (1998); J. Allergy Clin. Immunol., 106, 141 (2000); Blood, 97, 1016 (2001); Blood, 98, 1127 (2001); Blood, 100, 3861 (2002); Blood, 97, 2045 (2001)]に従って、ヒトの臍帯血、末梢血、骨髄、肺あるいは皮膚から調製した単核球を、幹細胞因子(以下、SCFと略す)の存在下で培養し、肥満細胞に分化させることにより、調製することができる。
【0065】
また、ヒト肥満細胞から樹立した細胞株を用いることもでき、ヒト肥満細胞株としては、ヒト肥満細胞の性質をよく保持していることが知られているLAD2[Leuk. Res., 27, 671 (2003); Leuk. Res., 27, 677 (2003)]等があげられる。
【0066】
(1−2)肥満細胞の活性化程度の測定
ある物質が肥満細胞に対し、活性化抑制、脱顆粒抑制、炎症性メディエーター産生抑制、サイトカイン産生抑制およびケモカイン産生抑制のうちの少なくとも1つの作用を有していることは、例えば、本発明のマイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質を肥満細胞に導入し、IgEを添加して培養した後、抗IgE抗体の添加等によりヒト肥満細胞を活性化し、放出された(i)脱顆粒の指標となるヒスタミンやβ−ヘキソサミニダーゼ、(ii)LTC4、LTD4、LTE4、PGD2等の炎症性メディエーター、(iii)TNF-αやGM-CSF等のサイトカイン、(iv)IL-8、I-309、MIP-1α等のケモカイン等を測定し、本発明のマイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質を導入しなかった場合と比較することにより確認できる。
【0067】
肥満細胞の活性化は、脱顆粒の代わりに、TNF-αやGM-CSF等のサイトカイン産生、IL-8、I-309、MIP-1α等のケモカイン産生、LTC4、LTD4、LTE4、PGD2等の炎症メディエーター産生等を測定することによっても調べることができる[Blood, 100, 3861(2002)]。
【0068】
2.肥満細胞で発現するマイクロRNA、マイクロRNA前駆体などの核酸の発現を検出する方法
(2−1)RNAの取得
肥満細胞から全RNAを抽出する方法は、マイクロRNAなどの低分子RNAが含まれる方法であれば特に限定されないが、例えば、モレキュラー・クローニング第3版に記載の方法により行うことができる。あるいは、Trizol(Invitrogen社製)、ISOGEN(ニッポンジーン社製)、mirVanaTM miRNA Isolation Kit(Ambion社製)、miRNeasy Mini Kit(キアゲン社製)などを用いて抽出することもできる。
【0069】
また、低分子RNAを含む全RNAから低分子RNAをクローニングすることもできる。低分子RNAのクローニング法としては、具体的には、Genes & Development, 15, 188-200 (2000)に記載の方法に準じて、15%ポリアクリルアミドゲル電気泳動による低分子RNAの分離及び切り出し、5'末端脱リン酸化、3'−アダプターライゲーション、リン酸化、5'−アダプターライゲーション、逆転写、PCR増幅、コンカテマー化、ベクターへのライゲーションを順次経て、低分子RNAをクローニングし、そのクローンの塩基配列を決定する方法等があげられる。あるいは、例えば、Science, 294, 858-862 (2001)に記載の方法に準じて、15%ポリアクリルアミドゲル電気泳動による低分子RNAの分離および切り出し、5'−アデニル化3'−アダプターライゲーション、5'−アダプターライゲーション、逆転写、PCR増幅、コンカテマー化、ベクターへのライゲーションを順次経て、低分子RNAをクローニングし、そのクローンの塩基配列を決定する方法等があげられる。
【0070】
あるいは、Nucleic Acids Research, 34, 1765-1771 (2006)に記載の方法により、15%ポリアクリルアミドゲル電気泳動による低分子RNAの分離および切り出し、5'末端脱リン酸化、3'−アダプターライゲーション、リン酸化、5'−アダプターライゲーション、逆転写、PCR増幅、マイクロビーズベクターへのライゲーションを順次経て、低分子RNAをクローニングし、そのマイクロビーズの塩基配列を読み取ることで塩基配列を決定することにより低分子RNAを取得することもできる。
【0071】
また、small RNA Cloning Kit(タカラバイオ社製)を用いて低分子RNAをクローニングすることもできる。
【0072】
(2−2)マイクロRNAの同定
低分子RNA配列がマイクロRNAであるかは、RNA, 9, 277-279 (2003)に記載の基準に従うか否かで判定できる。例えば、新たに取得して塩基配列を決定した低分子RNAの場合、以下のようにして行うことができる。
【0073】
取得した低分子RNA塩基配列に対応するDNA配列を5'末端側および3'末端側にそれぞれ50塩基程度伸ばした周辺ゲノム配列を取得し、そのゲノム配列から転写されることが予測されるRNAの2次構造を予測する。その結果、ヘアピン構造を有し、且つ該低分子RNAの塩基配列がヘアピンの片鎖に位置する場合、該低分子RNAはマイクロRNAであると判定できる。ゲノム配列は一般に公開されており、例えば、UCSC Genome Bioinformatics (http://genome.ucsc.edu/) から入手可能である。また、2次構造予測も様々なプログラムが公開されており、例えば、RNAfold [Nucleic Acids Research, 31, 3429-3431 (2003)]やMfold [Nucleic Acids Research, 31, 3406-3415 (2003)] 等を用いることができる。また、既存のマイクロRNA配列はmiRBase (http://microrna.sanger.ac.uk/) というデータベースに登録されており、ここに記載の配列と同一か否かで、既存のマイクロRNAと同一か否かを判定することができる。
【0074】
(2−3)マイクロRNAまたはその前駆体などの発現量の検出法
マイクロRNAまたはその前駆体などの発現量を検出する方法としては、例えば、(1)ノーザンハイブリダイゼーション、(2)ドットブロットハイブリダイゼーション、(3)in situハイブリダイゼーション、(4)定量的PCR、(5)デファレンシャル・ハイブリダイゼーション、(6)マイクロアレイ、(7)リボヌクレアーゼ保護アッセイ等があげられる。
【0075】
ノーザンハイブリダイゼーションは、検体由来RNAをゲル電気泳動で分離後、ナイロンフィルター等の支持体に転写し、該マイクロRNAまたはその前駆体の塩基配列をもとに適宜標識をしたプローブを作製し、ハイブリダイゼーションおよび洗浄をおこなうことで、該マイクロRNAまたはその前駆体に特異的に結合したバンドを検出する方法であり、具体的には、例えば、Science, 294, 853-858 (2001)に記載の方法等に従って行うことができる。
【0076】
標識プローブは、例えば、ニック・トランスレーション、ランダム・プライミングまたは5'末端のリン酸化等の方法により放射性同位体、ビオチン、ジゴキシゲニン、蛍光基、化学発光基等を、該マイクロまたはそのRNA前駆体の塩基配列と相補的な配列を有するDNAやRNA、あるいはLNAに取り込ませることで調製できる。標識プローブの結合量は該マイクロRNAまたはその前駆体の発現量を反映することから、結合した標識プローブの量を定量することで、該マイクロRNAまたはその前駆体の発現量を定量することができる。電気泳動、メンブレンの移行、プローブの調製、ハイブリダイゼーション、核酸の検出については、モレキュラー・クローニング第3版に記載の方法により行うことができる。
【0077】
ドットブロットハイブリダイゼーションは、組織や細胞から抽出したRNAをメンブラン上に点状にスポットして固定し、プローブとなる標識したポリヌクレオチドとハイブリダイゼーションを行い、プローブと特異的にハイブリダイズするRNAを検出する方法である。プローブとしてはノーザンハイブリダイゼーションと同様のものを用いることができる。RNAの調製、RNAのスポット、ハイブリダイゼーション、RNAの検出については、モレキュラー・クローニング第3版に記載の方法により行なうことができる。
【0078】
in situハイブリダイゼーションは、生体から取得した組織のパラフィンまたはクリオスタット切片、あるいは固定化した細胞を検体として用い、標識したプローブとハイブリダイゼーションならびに洗浄の工程を行い、顕微鏡観察を行うことにより、該マイクロRNAまたはその前駆体の組織や細胞内での分布や局在を調べる方法である[Methods in Enzymology, 254, 419 (1995)]。プローブとしてはノーザンハイブリダイゼーションと同様のものを用いることができる。具体的には、Nature Method, 3, 27 (2006)に記載の方法に従って、マイクロRNAを検出することができる。
【0079】
定量的PCRでは、検体由来RNAから、逆転写用プライマーと逆転写酵素を用いて合成したcDNA(以後、該cDNAを検体由来cDNAともいう)が測定に用いられる。cDNA合成に供する逆転写用プライマーとして、ランダムプライマーあるいは特異的RTプライマー等を用いることができる。特異的RTプライマーとは、該マイクロRNAまたはその前駆体およびその周辺ゲノム配列に対応する塩基配列に相補する配列を有するプライマーをいう。
【0080】
例えば、検体由来cDNAを合成後、これを鋳型とし、該マイクロRNAまたはその前駆体およびその周辺ゲノム配列に対応する塩基配列、あるいは逆転写用プライマーに対応する塩基配列から設計した鋳型特異的なプライマーを用いてPCRを行い、該マイクロまたはそのRNA前駆体を含むcDNAの断片を増幅させ、ある一定量に達するまでのサイクル数から検体由来RNAに含まれる該マイクロRNAまたはその前駆体の量を検出する。鋳型特異的なプライマーとしては、該マイクロRNAまたはその前駆体およびその周辺ゲノム配列に対応する適当な領域を選択し、その領域の塩基配列の5'端20〜40塩基の配列からなるDNAまたはLNA、および3'端20〜40塩基と相補的な配列からなるDNAまたはLNAの組を用いることができる。具体的には、Nucleic Acids Research, 32, e43 (2004)に記載の方法等に準じて行うことができる。
【0081】
または、cDNA合成に供する逆転写用プライマーとして、ステム・ループ構造を有した特異的RTプライマーを用いることもできる。具体的には、Nucleic Acid Research, 33, e179 (2005)に記載の方法、あるいは、TaqMan MicroRNA Assays(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて行うことができる。
【0082】
更に、該マイクロRNAまたはその前駆体を少なくとも1つ以上含む塩基配列に対応するDNAあるいはLNAを固定化させたフィルターあるいはスライドガラスやシリコンなどの基盤に対して、検体由来cDNAをハイブリダイゼーションし、洗浄を行うことにより、該マイクロRNAまたはその前駆体の量の変動を検出することができる。このようなハイブリダイゼーションに基づく方法には、ディファレンシャルハイブリダイゼーション[Trends Genet., 7, 314 (1991)]やマイクロアレイ[Genome Res., 6, 639 (1996)]を用いる方法があげられる。いずれの方法もフィルターあるいは基盤上にU6RNAに対応する塩基配列などの内部コントロールを固定化することで、対照検体と標的検体の間での該マイクロRNAまたはその前駆体の量の違いを正確に検出することができる。また対照検体と標的検体由来のRNAをもとにそれぞれ異なる標識のdNTP(dATP、dGTP、dCTP、dTTPの混合物)を用いて標識cDNA合成を行い、1枚のフィルターあるいは1枚の基盤に2つの標識cDNAを同時にハイブリダイズさせることで、該マイクロRNAまたはその前駆体の定量を行うことができる。例えば、Proc.Natl.Acad.Sci. USA, 101, 9740-9744 (2004)やNucleic Acid Research, 32, e188 (2004)等に記載のマイクロアレイを用いてマイクロRNAを検出することができる。具体的には、mirVana miRNA Bioarray(Ambion社製)と同様にして検出または定量することができる。
【0083】
リボヌクレアーゼ保護アッセイでは、まず該マイクロRNAまたはその前駆体あるいはその周辺ゲノム配列に対応する塩基配列の3'端にT7プロモーター、SP6プロモーターなどのプロモーター配列を結合し、標識したNTP(ATP、GTP、CTP、UTPの混合物)およびRNAポリメラーゼを用いたイン・ビトロの転写系により、標識したアンチセンスRNAを合成する。該標識アンチセンスRNAを、検体由来RNAと結合させて、RNA-RNAハイブリッドを形成させた後、一本鎖RNAのみを分解するリボヌクレアーゼAで消化する。該消化物をゲル電気泳動し、RNA-RNAハイブリッドを形成することにより消化から保護されたRNA断片を、本発明の核酸またはマイクロRNA前駆体として、検出または定量する。具体的には、mirVana miRNA Detection Kit(Ambion社製)を用いて検出または定量することができる。
【0084】
3.マイクロRNAの生合成される過程を阻害する方法
マイクロRNAは、遺伝子から一次転写産物であるprimary-microRNA (pri-miRNA)が転写され、次いでpri-miRNAから成熟型マイクロRNAへの段階的プロセシングにおいて、特徴的なヘアピン構造を有する約70塩基のprecursor-microRNA (pre-miRNA)がpri-miRNAから生合成され、その後、核内からExportin-5を介して細胞質に輸送された後、最終的にpre-miRNAから成熟型マイクロRNAが生合成される。マイクロRNAの生合成を阻害する方法としては、上記過程のいずれかが阻害されて、成熟型マイクロRNA量が減少すれば、いかなる方法でもよい。
【0085】
具体的には当該方法には、上述のマイクロRNA生合成に必須な因子の機能を阻害する物質を用いることができる。
【0086】
また、発現ベクターに標的塩基配列から選択した塩基配列に相当するDNAを挿入することにより、siRNAを発現するベクターを作製することもできる。発現ベクターとしては、宿主細胞において自立複製可能でかつ染色体中への組込みが可能で、核酸の塩基配列を含むゲノム遺伝子を転写できる位置にプロモーターを含有しているものが用いられる。プロモーターとしては、宿主細胞中で発現できるものであれば、いかなるものでもよく、例えば、RNA polymerase II(pol II)系プロモーターやU6RNAやH1RNAの転写系であるRNA polymerase III(pol III)系プロモーター等をあげることができる。pol II系プロモーターとしては例えば、サイトメガロウィルス(ヒトCMV)のIE(immediate early)遺伝子のプロモーター、SV40の初期プロモーター等をあげることができる。それらを用いた発現ベクターとして、例えば、pCDNA6.2-GW/miR(Invitrogen社製)、pSilencer 4.1-CMV(Ambion社製)等を例示することができる。pol III系プロモーターとしてはU6RNAやH1RNAあるいはtRNAのプロモーターをあげることができる。それらを用いた発現ベクターとして、例えば、pSINsi-hH1 DNA(タカラバイオ社製)、pSINsi-hU6 DNA(タカラバイオ社製)、pENTR/U6(Invitrogen社製)等をあげることができる。
【0087】
更には、上記の選択した塩基配列に相当するDNAを、ウィルスベクター内のプロモーター下流に挿入して組換えウィルスベクターを造成し、該ベクターをパッケージング細胞に導入して組換えウィルスを生産して、該siRNAを発現させることもできる。パッケージング細胞はウィルスのパッケジ−ングに必要な蛋白質をコードする遺伝子のいずれかを欠損している組換えウィルスベクターの該欠損する蛋白質を補給できる細胞であればいずれの細胞でもよく、例えばヒト腎臓由来のHEK293細胞、マウス繊維芽細胞NIH3T3などを用いることができる。パッケージング細胞で補給する蛋白質としては、レトロウィルスベクターの場合はマウスレトロウイルス由来のgag, pol, envなどの蛋白質が、レンチウィルスベクターの場合はHIVウィルス由来のgag, pol, env, vpr, vpu, vif, tat, rev, nefなどの蛋白質、アデノウィルスベクターの場合はアデノウィルス由来のE1A,E1Bなどの蛋白質、また、アデノ随伴ウィルスベクターの場合はRep(p5, p19, p40), Vp(Cap)などの蛋白質を用いることができる。
【0088】
実際にマイクロRNAの生合成が阻害されたかどうかは、任意のマイクロRNAに対する発現量を上記2に記載の方法に従って測定することで、確認することができる。また、マイクロRNAの生合成に必須な因子のmRNA量や蛋白量を、それぞれリアルタイムRT-PCR法やwestern blotting法にて測定し、それらの量が低下したか否かで確認することもできる。
【0089】
4.マイクロRNAの生合成を阻害する物質を用いた肥満細胞の脱顆粒抑制剤
本発明の、マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質は、肥満細胞の脱顆粒抑制剤として利用することができる。マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質は、上記3で記載したように、マイクロRNAが生合成に必須な因子の機能を阻害する物質であれば、いかなる物質でも良いが、例えば、ヒトDicer1遺伝子に対するsiRNAなどがあげられる。
【0090】
本発明のマイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質の肥満細胞の脱顆粒抑制効果については、上記1で記載したように、本発明のマイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質を肥満細胞に導入して、IgEを添加して培養した後、抗IgE抗体の添加等によりヒト肥満細胞を活性化し、放出された(i)脱顆粒の指標となるヒスタミンやβ−ヘキソサミニダーゼ、(ii)LTC4、LTD4、LTE4、PGD2等の炎症性メディエーター、(iii)TNF-αやGM-CSF等のサイトカイン、(iv)IL-8、I-309、MIP-1α等のケモカイン等を測定し、本発明のマイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質を導入しなかった場合と比較することにより確認できる。
【0091】
本発明の肥満細胞の脱顆粒抑制剤の製剤形態や、投与方法などについては、5で後述する、マイクロRNAの生合成を阻害する物質を含有する治療薬と同様である。
【0092】
5.マイクロRNAの生合成を阻害する物質を含有する治療薬
マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質は、肥満細胞の脱顆粒を抑制することにより、肥満細胞の異常等に起因する疾患の治療薬として利用することができる。肥満細胞の異常としては、肥満細胞の分化や脱顆粒、炎症性メディエーター産生、サイトカイン産生、ケモカイン産生等の異常があげられ、それに起因する疾患として、アトピー性皮膚炎、喘息、慢性閉塞性肺疾患、アレルギー性疾患等をあげることができる。
【0093】
マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質を有効成分として含有する治療剤は、単独で投与することもできるが、通常は薬理学的に許容される1つあるいはそれ以上の担体と一緒に混合し、製剤学の技術分野においてよく知られる任意の方法により製造した医薬製剤として投与するのが望ましい。
【0094】
投与経路は、治療に際し最も効果的なものを使用するのが望ましく、経口投与、または口腔内、気道内、直腸内、皮下、筋肉内および静脈内などの非経口投与をあげることができ、望ましくは静脈内投与をあげることができる。
【0095】
投与形態としては、噴霧剤、カプセル剤、錠剤、顆粒剤、シロップ剤、乳剤、座剤、注射剤、軟膏、テープ剤などがあげられる。
【0096】
経口投与に適当な製剤としては、乳剤、シロップ剤、カプセル剤、錠剤、散剤、顆粒剤などがあげられる。
【0097】
乳剤およびシロップ剤のような液体調製物は、水、ショ糖、ソルビトール、果糖などの糖類、ポリエチレングリコール、プロピレングリコールなどのグリコール類、ごま油、オリーブ油、大豆油などの油類、p-ヒドロキシ安息香酸エステル類などの防腐剤、ストロベリーフレーバー、ペパーミントなどのフレーバー類などを添加剤として用いて製造できる。
【0098】
カプセル剤、錠剤、散剤、顆粒剤などは、乳糖、ブドウ糖、ショ糖、マンニトールなどの賦形剤、デンプン、アルギン酸ナトリウムなどの崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、タルクなどの滑沢剤、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ゼラチンなどの結合剤、脂肪酸エステルなどの界面活性剤、グリセリンなどの可塑剤などを添加剤として用いて製造できる。
【0099】
非経口投与に適当な製剤としては、注射剤、座剤、噴霧剤などがあげられる。
【0100】
注射剤は、塩溶液、ブドウ糖溶液あるいは両者の混合物からなる担体などを用いて調製される。座剤はカカオ脂、水素化脂肪またはカルボン酸などの担体を用いて調製される。また、噴霧剤は受容者の口腔および気道粘膜を刺激せず、かつ有効成分を微細な粒子として分散させ吸収を容易にさせる担体などを用いて調製される。
【0101】
担体として具体的には乳糖、グリセリンなどが例示される。上記本発明の脱顆粒抑制剤、さらには用いる担体の性質により、エアロゾル、ドライパウダーなどの製剤が可能である。また、これらの非経口剤においても経口剤で添加剤として例示した成分を添加することもできる。
【0102】
投与量または投与回数は、目的とする治療効果、投与方法、治療期間、年齢、体重などにより異なるが、通常成人1日当たり10μg/kg〜20 mg/kgである。
【0103】
また、マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質などの上記本発明の脱顆粒抑制剤を有効成分として含有する治療薬は、核酸を発現するベクターと核酸治療薬に用いる基剤とを調合することにより製造することもできる[Nature Genet., 8, 42(1994)]。
本発明の治療剤に用いる基剤としては、通常注射剤に用いる基剤であればどのようなものでもよく、蒸留水、塩化ナトリウム又は塩化ナトリウムと無機塩との混合物等の塩溶液、マンニトール、ラクトース、デキストラン、グルコース等の溶液、グリシン、アルギニン等のアミノ酸溶液、有機酸溶液又は塩溶液とグルコース溶液との混合溶液等があげられる。また常法に従い、これらの基剤に浸透圧調整剤、pH調整剤、ゴマ油、ダイズ油等の植物油又はレシチンもしくは非イオン界面活性剤等の界面活性剤等の助剤を用いて、溶液、懸濁液、分散液として注射剤を調製してもよい。これらの注射剤を、粉末化、凍結乾燥等の操作により用時溶解用製剤として調製することもできる。本発明の治療剤は、治療の直前に液体の場合はそのままで、個体の場合は必要により滅菌処理をした上記の基剤に溶解して治療に使用することができる。
【0104】
マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質が核酸(例えばsiRNAなど)の場合、該核酸を発現するベクターは、上記3で作製した組換えウィルスベクターウィルスベクターをあげることができ、より具体的には、レトロウィルスベクター及びレンチウィルスベクター等をあげることができる。
【0105】
例えば、上記核酸を、アデノウィルス・ヘキソン蛋白質に特異的なポリリジン−コンジュゲート抗体と組み合わせてコンプレックスを作製し、得られたコンプレックスをアデノウィルスベクターに結合させることにより、ウィルスベクターを調製することができる。該ウィルスベクターは安定に目的の細胞に到達し、エンドソームによる細胞内に取り込まれ、細胞内で分解され核酸を効率的に発現させることができる。
【0106】
また、(-)鎖RNAウィルスであるセンダイウィルスをベースにしたウィルスベクターも開発されており(WO97/16538、WO97/16539)、当該センダイウィルスを用いて、該核酸を組み込んだセンダイウィルスを作製することができる。
【0107】
該核酸は、非ウィルス核酸移入法によっても移入することができる。例えば、リン酸カルシウム共沈法[Virology, 52, 456-467 (1973);Science, 209, 1414-1422 (1980)]、マイクロインジェクション法[Proc.Natl.Acad.Sci. USA,77, 5399-5403 (1980);Proc.Natl.Acad.Sci. USA,77, 7380-7384 (1980);Cell, 27, 223-231 (1981);Nature, 294, 92-94 (1981)]、リポソームを介した膜融合-介在移入法[Proc.Natl.Acad.Sci. USA, 84, 7413-7417 (1987);Biochemistry, 28, 9508-9514 (1989);J. Biol. Chem., 264, 12126-12129 (1989);Hum. Gene Ther., 3, 267-275, (1992);Science, 249, 1285-1288 (1990);Circulation, 83, 2007-2011 (1992)]あるいは直接DNA取り込みおよび受容体-媒介DNA移入法[Science, 247, 1465-1468 (1990);J. Biol. Chem., 266, 14338-14342 (1991);Proc.Natl.Acad.Sci. USA, 87, 3655-3659 (1991);J. Biol. Chem., 264, 16985-16987 (1989);BioTechniques, 11, 474-485 (1991);Proc.Natl.Acad.Sci. USA,87, 3410-3414 (1990);Proc.Natl.Acad.Sci. USA, 88, 4255-4259 (1991);Proc.Natl.Acad.Sci. USA, 87, 4033-4037 (1990);Proc.Natl.Acad.Sci. USA, 88, 8850-8854 (1991);Hum. Gene Ther., 3, 147-154 (1991)]等により移入することができる。
【0108】
リポソームを介した膜融合−介在移入法は、リポソーム調製物を目的とする組織に直接投与することにより、該核酸を当該組織の局所に取り込み、および発現させることができる[Hum. Gene Ther., 3, 399 (1992)]。DNAを病巣に直接ターゲッティングするには、直接DNA取り込み技術が好ましい。
【0109】
受容体−媒介DNA移入は、例えば、ポリリジンを介して、蛋白質リガンドにDNA(通常、共有的に閉環したスーパーコイル化プラスミドの形態をとる)を結合することによって行う方法をあげることができる。リガンドは、目的細胞または組織の細胞表面上の対応するリガンド受容体の存在に基づいて選択する。当該リガンド−DNAコンジュゲートは、所望により、血管に直接注射することができ、受容体結合およびDNA−蛋白質コンプレックスの内在化が起こる標的組織に指向し得る。DNAの細胞内破壊を防止するために、アデノウィルスを同時感染させて、エンドソーム機能を崩壊させることもできる。
【0110】
以下に実施例により、本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0111】
1.マイクロRNAが生合成される過程を阻害するsiRNA
マイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質として、マイクロRNAの生合成に必須な因子の一つであるヒトDicer1遺伝子のsiRNAに着目し、これが実際にDicer1遺伝子発現を低下するかを検討した。
【0112】
HeLa細胞を6穴プレートに1穴あたり2x105個になるように播種し、ヒトDicer1遺伝子に対するsiRNAをリポフェクション法、具体的には、Lipofectamine2000(Invitrogen社製)を用いて、終濃度が20 nMとなるよう導入した。ヒトDicer1遺伝子に対するsiRNAの配列は配列番号1を標的配列とするDicer-siRNA-1および配列番号2を標的配列とするDicer-siRNA-2をキアゲン社より購入して用いた。リポフェクションは、製品に添付された説明書に記載された方法に従った。また、siRNAを添加せずに、HeLa細胞にリポフェクションをおこなった細胞をコントロールとした。
【0113】
siRNAを導入した2日後に、RNeasy(キアゲン社製)を用いてそれぞれの細胞からtotal RNAを抽出し、SuperScriptIII逆転写酵素(Invitrogen社製)を用いてcDNAを合成した。それぞれの実験手順は、製品に添付された説明書に記載された方法に従った。
【0114】
上記で合成したcDNAをPCR反応の鋳型に用い、ABI7900HT Fast(アプライドバイオシステムズ社製)を用いたSYBR-Green PCRによりDicer1特異的なPCR増幅を行い、mRNA量の定量を行った。サンプルのmRNA量はコントロール細胞における、Dicer1のmRNA量を1としたときの相対的な割合として評価した。
【0115】
その結果、Dicer-siRNA-1導入細胞でのDicer1のmRNA相対発現量は0.38、Dicer-siRNA-2導入細胞でのDicer1のmRNA相対発現量は0.24であり、Dicer1に対するsiRNA導入によりDicer1遺伝子の発現量が低下したことが確認された。
【0116】
2.マイクロRNAが生合成される過程を阻害させたヒト肥満細胞における脱顆粒に及ぼす作用
ヒトDicer1遺伝子に対するsiRNAをヒト肥満細胞株であるLAD2に導入し、脱顆粒に及ぼす影響を調べた。
【0117】
LAD2は近年樹立されたヒト肥満細胞株で、ヒト肥満細胞の性質をよく保持していることが知られている[Leuk. Res., 27, 671 (2003); Leuk. Res., 27, 677 (2003)]。National Institute of Allergy and Infectious Diseases, National Institutes of Health (Bethesda, MD 20892-1881, USA)よりLAD2を入手し、100 ng/mLのSCFを含むStem Pro-34培地[Invitrogen社製]で培養した。
【0118】
LAD2を6穴プレートに1穴あたり5x105個になるように播種し、ヒトDicer1遺伝子に対するsiRNA(Dicer-siRNA-1)をリポフェクション法、具体的には、Gene Silencer(Genlantis社製)を用いて、終濃度が25 nMとなるよう導入した。ヒトDicer1遺伝子に対するsiRNAの配列は配列番号1を標的配列とするDicer-siRNA-1(キアゲン社製)を用いた。リポフェクションは、製品に添付された説明書に記載された方法に従った。
【0119】
リポフェクション法によりsiRNAを導入した2日後に、1.0μg/mLのヒトミエローマIgE(コスモバイオ社製)を添加して37℃の5%CO2濃度のインキュベーター中で一晩培養した。翌日、遠心分離により培地を除き、タイロード(Tyrode)緩衝液(126.1 mmol/L NaCl、4.0 mmol/L KCl、1.0 mmol/L CaCl、0.6 mmol/L MgCl2、0.6 mmol/L KH2PO4、10 mM HEPES、5.6 mmol/L D-グルコース、0.1%ウシ血清アルブミン、pH7.4)で洗浄した後、タイロード緩衝液を1.5 mL添加して細胞を懸濁し、96穴プレートに1穴あたり100μLずつ分注した。次いで、終濃度10μg/mLとなるようウサギ抗ヒトIgE抗体(ダコ社製)を加え、37℃の5%CO2濃度のインキュベーター中で20分間インキュベートし、脱顆粒を誘導した。遠心により上清を回収し、上清中のβ-ヘキソサミニダーゼ活性を測定することにより、脱顆粒の程度を測定した。β-ヘキソサミニダーゼ活性は、回収した上清50μLに、40 mmol/Lクエン酸緩衝液(pH 4.5)に溶解した4 mmol/L p-ニトロフェニルN-アセチル-β-グルコサミニド(シグマ社製)を50μLを加え、37℃で1時間インキュベート後、0.2 mol/Lグリシン(pH 10.7)を100μL加えたサンプルの405 nmにおける吸光度をプレートリーダー1420 ARVOsx(パーキンエルマー社製)を用いて測定することにより評価した。また、ウサギ抗ヒトIgE抗体の代わりに最終濃度1%のトリトンX-100を添加して同様の実験を行うことにより、LAD2中の全β-ヘキソサミニダーゼ活性を測定した。脱顆粒の割合を、全β-ヘキソサミニダーゼ活性に対する上清中のβ-ヘキソサミニダーゼ活性の割合(%)で算出し、それぞれについて陰性対照区(Gene Silencerのみ)の脱顆粒の割合を1.0とした時の脱顆粒相対活性を計算した。
【0120】
また、該siRNAを導入した7日後にも、終濃度が1.0μg/mLとなるようヒトミエローマIgE(コスモバイオ社製)を添加し、37℃の5%CO2濃度のインキュベーター中で一晩培養し、翌日、ウサギ抗ヒトIgE抗体添加により脱顆粒を誘導して脱顆粒の割合を測定し、それぞれについて陰性対照区(Gene Silencerのみ)の脱顆粒の割合を1.0とした時の脱顆粒相対活性を計算した。
それぞれ該siRNAを導入した2日後および7日後の翌日(つまり3日後と8日後)における脱顆粒相対活性の結果を表1に示した。
【0121】
【表1】

【0122】
更に、ヒトDicer1遺伝子に対するsiRNAの普遍性を検討するため、配列番号1を標的配列とするsiRNA(Dicer-siRNA-1)および配列番号2を標的配列とするsiRNA(Dicer-siRNA-2)をLAD2細胞に導入し、6穴プレートを用いた脱顆粒活性測定を実施した。
【0123】
LAD2を6穴プレートに1穴あたり5x105個になるように播種し、siRNA体をリポフェクション法、具体的には、Gene Silencer(Genlantis社製)を用いて、終濃度が30 nMとなるよう導入した。リポフェクションは、製品に添付された説明書に記載された方法に従った。
【0124】
リポフェクション法によりsiRNAを導入した6日後に、1.0μg/mLのヒトミエローマIgE(コスモバイオ社製)を添加して37℃の5%CO2濃度のインキュベーター中で一晩培養した。翌日、遠心分離により培地を除き、タイロード(Tyrode)緩衝液(126.1 mmol/L NaCl、4.0 mmol/L KCl、1.0 mmol/L CaCl、0.6 mmol/L MgCl2、0.6 mmol/L KH2PO4、10 mM HEPES 、5.6 mmol/L D-グルコース、0.1%ウシ血清アルブミン、pH7.4)で洗浄した後、タイロード緩衝液を1.5 mL添加して細胞を懸濁し、96穴プレートに1穴あたり100μLずつ分注した。次いで、終濃度15μg/mLとなるようウサギ抗ヒトIgE抗体(ダコ社製)を加え、37℃の5%CO2濃度のインキュベーター中で20分間インキュベートし、脱顆粒を誘導した。遠心により上清を回収し、上清中のβ-ヘキソサミニダーゼ活性を測定することにより、脱顆粒の程度を測定した。β-ヘキソサミニダーゼ活性は、回収した上清50μLに、40 mmol/Lクエン酸緩衝液(pH 4.5)に溶解した4 mmol/L p-ニトロフェニルN-アセチル-β-グルコサミニド(シグマ社製)を50μLを加え、37℃で1時間インキュベート後、0.2 mol/Lグリシン(pH 10.7)を100μL加えたサンプルの405 nmにおける吸光度をプレートリーダー1420 ARVOsx(パーキンエルマー社製)を用いて測定することにより評価した。また、ウサギ抗ヒトIgE抗体の代わりに最終濃度1%のトリトンX-100を添加して同様の実験を行うことにより、LAD2中の全β-ヘキソサミニダーゼ活性を測定した。脱顆粒の割合を、全β-ヘキソサミニダーゼ活性に対する上清中のβ-ヘキソサミニダーゼ活性の割合(%)で算出し、それぞれについて陰性対照区(Gene Silencerのみ)の脱顆粒の割合を1.0とした時の脱顆粒相対活性を計算した。
【0125】
表2に、それぞれのsiRNAを導入した脱顆粒相対活性の結果を示した。
【0126】
【表2】

【0127】
これらの6穴での脱顆粒測定実験結果から、Dicer1遺伝子に対するsiRNA導入により脱顆粒の割合が減少することが認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質を有効成分として含有する、肥満細胞の脱顆粒抑制剤。
【請求項2】
マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質がDicer1遺伝子の発現を抑制する物質である、請求項1に記載の脱顆粒抑制剤。
【請求項3】
Dicer1遺伝子の発現を抑制する物質が核酸である、請求項2に記載の脱顆粒抑制剤。
【請求項4】
核酸がsiRNAである、請求項3に記載の脱顆粒抑制剤。
【請求項5】
Dicer1遺伝子の発現を抑制するsiRNAを発現するベクターを有効成分として含有する、肥満細胞の脱顆粒抑制剤。
【請求項6】
siRNAが配列番号1〜5のいずれかで表される塩基配列を標的配列とするsiRNAである、請求項4または5に記載の脱顆粒抑制剤。
【請求項7】
マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質を用いることを特徴とする、肥満細胞の脱顆粒抑制方法。
【請求項8】
マイクロRNA前駆体からマイクロRNAが生合成される過程を阻害する物質が、Dicer1遺伝子の発現を抑制する物質である、請求項7に記載の脱顆粒抑制方法。
【請求項9】
Dicer1遺伝子の発現を抑制する物質が核酸である、請求項8に記載の脱顆粒抑制方法。
【請求項10】
核酸がsiRNAである、請求項9に記載の脱顆粒抑制方法。
【請求項11】
Dicer1遺伝子の発現を抑制するsiRNAを発現するベクターを用いることを特徴とする、肥満細胞の脱顆粒抑制方法。
【請求項12】
siRNAが配列番号1〜5のいずれかで表される塩基配列を標的配列とするsiRNAである、請求項10または11に記載の脱顆粒抑制方法。
【請求項13】
請求項1〜6のいずれかに記載の脱顆粒抑制剤を有効成分として含有する、肥満細胞の異常に起因する疾患の治療薬。
【請求項14】
肥満細胞の異常に起因する疾患が、アトピー性皮膚炎、喘息、慢性閉塞性肺疾患およびアレルギー疾患からなる群から選ばれる疾患である、請求項13に記載の治療薬。

【公開番号】特開2011−190176(P2011−190176A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−177109(P2008−177109)
【出願日】平成20年7月7日(2008.7.7)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成20年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、機能性RNAプロジェクト委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000001029)協和発酵キリン株式会社 (276)
【Fターム(参考)】