胚性幹細胞から心筋シートを製造する方法
【課題】胚性幹細胞由来の細胞群を使用して心筋シートを製造する方法を提供する。
【解決手段】胚性幹細胞由来のFlk/KDR陽性細胞、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を混合して培養することを特徴とする心筋シートの製造方法、ならびにこの心筋シートを含む心疾患治療剤。
【解決手段】胚性幹細胞由来のFlk/KDR陽性細胞、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を混合して培養することを特徴とする心筋シートの製造方法、ならびにこの心筋シートを含む心疾患治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胚性幹細胞由来の心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を用いて心筋シートを製造する方法に関する。
【0002】
本発明はまた、上記の方法によって得られた心筋シートを含む心疾患治療剤に関する。
【背景技術】
【0003】
成人の心筋細胞は、ほとんど増殖しないため、虚血性心疾患等で欠損した心筋細胞は不可逆的な損傷となる。現在、臨床的に使用されるどの薬剤も処置も、機能性収縮組織で心筋瘢痕を置換することにおいて、効力を示していない。そこで、正常な心筋細胞を再生するための新規な治療が所望されており、別途製造された心筋細胞を投与する補充療法が提案されている。このような補充療法において、心筋細胞はレシピエントの心臓へ生着させるためシート状にして投与することが検討されている(非特許文献1、特許文献2)。さらに、シートにおける細胞量が不十分であるため期待された治療効果が得られないことから、シートを積層化して投与する必要があると考えられている(非特許文献2)。
【0004】
一方、シート作製のための心筋細胞の供給元として、胎児心筋細胞、筋芽細胞、脂肪組織由来幹細胞由来の心筋芽細胞、胚性幹細胞由来の心筋細胞を用いた方法が例示されている(特許文献2、非特許文献3)。
【0005】
しかし、胚性幹細胞由来細胞のみで形成されたシートの投与による直接的な効果によって心機能が改善されたとの報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第WO2002/008387号パンフレット
【特許文献2】特表2007-528755号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Shimizu, T, et al, Biomaterials 24, 2309-2316, 2003
【非特許文献2】Shimizu T, et al. FASEB J. 20: 708-10, 2006
【非特許文献3】Bel A, et al. Circulation. 122:S118-23, 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、胚性幹細胞由来の心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を用いて心筋シートを製造する方法およびそれによって得られた心筋シートを含む心疾患治療剤に関する。したがって、本発明の課題は、胚性幹細胞から心筋細胞、内皮細胞および壁細胞へ分化誘導して得られた細胞を混合して作製された心筋シートを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、胚性幹細胞をFlk/KDR陽性細胞を製造し、温度応答性ポリマーを被覆した培養皿上でこのFlk/KDR陽性細胞から作製した心筋細胞ならびに内皮細胞および壁細胞を含有する細胞群を混合し培養することで、シートを得られることを見出した。さらに、このシートを移植することで生着し、心機能を改善できることを確認した。
【0010】
以上の結果から、本発明者らは、胚性幹細胞由来の心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を用いて製造された心筋シートによる心筋梗塞モデルを治療することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の特徴を包含する。
[1]以下の工程(a)および(b):
(a)胚性幹細胞からFlk/KDR陽性細胞、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞をそれぞれ製造する工程、および
(b)当該Flk/KDR陽性細胞へ当該心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を混合することによりシートを形成させる工程
を含む、胚性幹細胞由来の心筋細胞、内皮細胞および壁細胞からシートを製造する方法。
[2]前記Flk/KDR陽性細胞が、胚性幹細胞をゼラチン被覆培養器材上で培養することにより誘導される、[1]に記載の方法。
[3]前記工程(a)において、心筋細胞が、シクロスポリンAの存在下で前記Flk/KDR陽性細胞を培養することにより製造される、[1]または[2]に記載の方法。
[4]前記工程(a)において、内皮細胞および壁細胞が、VEGFおよびcAMPの存在下で前記Flk/KDR陽性細胞を培養することにより製造される、[1]または[2]に記載の方法。
[5]前記工程(b)において、Flk/KDR陽性細胞を1〜7日間、好ましくは3日間培養した後に、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を混合させる、[1]〜[4]のいずれかに記載の方法。
[6]前記工程(b)において、温度応答性ポリマーを被覆した培養器材を用いてシートを形成させる、[1]〜[5]のいずれかに記載の方法。
[7]前記工程(b)において、混合後VEGFの存在下でさらに培養することによりシートを形成させる、[1]〜[6]のいずれかに記載の方法。
[8]前記シートを積層化する工程をさらに含む、[1]〜[7]のいずれかに記載の方法。
[9]前記積層化が3層である、[8]に記載の方法。
[10][1]〜[9]のいずれかに記載の方法で得られた心筋シートを含む心疾患治療剤。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】温度感受性皿への共培養前のCM,EC componentのそれぞれのFACSの結果およびシート形成後のFACSの結果を示す。図中、APC; Allophycocyanin, PE; phycoerythrin, SSC; side scatter, GFP; green fluorescent protein, FITC; fluorescein isothiocyanateを表す。
【図2】(A)シリウスレッド染色像(上):細胞培養皿接着部に細胞外マトリクスの層状形成を認める。H-E染色像(中):3-4層の細胞がシートを構成している。cTnT染色像(下):cTnT陽性細胞はシートの主な構成成分として存在している。(B) 多光子レーザー顕微鏡によるシート断面像。(C) シート表面像。CMの間にECが散在を認める。図中、H-E; ヘマトキシリン・エオジン, cTnT; cardiac troponin T, Scale bar=200μmを表す。
【図3】(A)MED64プローブ上に接着されたシート像。(B)各電極での細胞外電位を示す。(C)(B)で測定した電位の分布を示す。peak negative potentialの最も高い電極(図の下部)をゼロ点として、そこから各電極のpeak negative potentialへの時間差(秒)にて色分けを行った。下部より上部に向かう伝導を認める。
【図4】培養上清に対するELISAによる各サイトカインの測定結果を示す。シート形成中(Condition 1)およびシート作成後(Condition 2)において、VEGFが無血清培地と比較し極めて多量であることが示された。図中、SF; serum free, TNFa; tumor necrosis factor-α, IGF-1; insulin-like growth factor-1, VEGF; vascular endotherial cell growth factor, bFGF; basic fibroblast growth factor, IFNr; interferon-γ, EGF; epitherial growth factor, HGF; hepatocyte growth factorを表す。
【図5】細胞シート積層化の方法の模式図を示す。
【図6】心筋細胞(CM)添加もしくは不添加により作製したシートのVEGFの産生量を比較したグラフを示す。(A) 心線維芽細胞(CF)シートにおける定量性RT-PCRの値と比較した結果を示す。 (B)培養上清を用いたELISAの結果を示す。図中、**: p<0.01を表す。
【図7】(A) Group1(左図:心筋シートを回収直後)での代表的未分化コロニー(矢印)およびGroup2(右図;LIFを加えて3日継続培養したもの)の増大コロニーを示す。(B) 各Groupにおける未分化コロニー数を示す。(C) 各Groupにおける平均コロニー面積を示す。(D)各Groupの全コロニーをサイズを順に示す。5,000μm2以上のものを赤で表示した。5,000μm2以上をPositiveとし5,000μm2以下をNegativeとして、各Groupのコロニー数およびその割合を表に示す。有意差検定はFisherの正確確率検定を使用した。図中、Scale bar=100μm, *:p<0.05, ***: p<0.001, N.S.; 有意差なしを表す。
【図8】(A)積層化後シートの肉眼的所見を示す。(B) 積層化後シートの光学顕微鏡像を示す。 (C)シート移植後の肉眼的所見を示す。矢印は積層化シートを指す。
【図9】心臓超音波検査の結果を示す。(A)心筋シート移植群でのMモード図の経時的変化を示す。梗塞壁(図上部)の壁運動が移植後経時的に回復していることを認める。左室内径短縮率(FS)(B)、左室断面変化率(FAC)(C)、収縮期壁厚増加率(D)の経時的変化をそれぞれ示す(いずれも左室収縮能の指標)。(D)では梗塞壁(左図)において治療群での有意な増加を示すのに対し、非梗塞壁(右図)では変化を認めない。治療後4週(Tx4w)において治療群では非梗塞壁とほぼ同様の値まで回復しているのが示されている。(E)非収縮範囲(AL)の経時的変化を示す(梗塞部位範囲の指標)。(F) 治療前(PreTx)に対する拡張期左室内腔面積の変化率を示す(左室拡大の指標)。図中、PreTx; 治療前, Tx2w; 治療後2週目, Tx4w; 治療後4週目, LV; 左室。† : p<0.05, ‡: p<0.01 (vs PreTx, paired t-test), *:p<0.05, **: p<0.01, ***:p<0.001 (vs. Sham(B)(C)(D)またはTx(E)(F), unpaired t-test)を表す。
【図10】左室容量圧曲線測定検査結果を示す(A)Sham群(左図)および治療群(右図)での前負荷減少に伴う容量圧曲線偏移を示す。収縮末期左室弾性率(Ees)は矢印で示す直線の傾きで示される。(B) Sham群(白)および治療群(黒)のEes(左図)および時定数(Tau)(右図)をそれぞれ示す。Eesは左室収縮能を(高値だと収縮能が高い)、Tauは左室拡張能を(低値だと拡張能が高い)それぞれ示す。図中、***: p<0.001, N.S.: 有意差なしを表す。
【図11】(A)移植後1日目(左図)、1週日目(中図)、4週日目(右図)のFISH(マウス由来細胞:黄色)およびcTnT免疫染色像(赤色)を示す。移植後28日目(Tx-d28)の生着部位を矢印で示す。(B)移植後7日目のconnexin43(緑色)免疫染色像を示す。左下の白線で囲まれた図は、正常心筋層の像を示す。正常心筋層のように整った構造にはまだなっていないが、生着心筋塊の内部にconnexin43陽性の部位を認める(矢印)。図中、Cx43; connexin 43、scale bar=200μm(A), 50μm(B)を表す。
【図12】移植後1日目(Tx-d1)、3日目(Tx-d3)、1週目(Tx-d7)、4週目(Tx-d28)のグラフト由来生着心筋細胞のFISH(マウス由来細胞:黄色)およびcTnT免疫染色像(赤色)を示す。移植後1日目ではcTnT陽性部位が細胞質内に粒上に点在しているが、移植後3日目、1週目と経時的な線維状構造の形成を認める。移植後4週目ではグラフト由来心筋細胞(矢印)とレシピエント心筋細胞(矢頭)は形態的にほぼ同一に観察される。図中、scale bar=25μmを表す。
【図13】(A)Sham群(左)および治療群(Tx:右)のシリウスレッド染色像を示す。治療群において壁菲薄化が抑えられ、梗塞領域の減少を認める。(B) Sham群(白)および治療群(Tx:黒)に対する梗塞領域の割合(左図)と壁厚(右図)を示す。図中、***:p<0.001を表す。
【図14】(A) 移植後1日目(Tx-d1:左図)、3日目(Tx-d3:中図)、7日目(Tx-d7右図)のFISH(マウス由来細胞:黄色)、cTnT免疫染色像(赤色)、von Willebrand factor (vWF)免疫染色像(緑色)を示す。 (B)移植後3日目の蛍光顕微鏡の各拡大像を示す。GFP陽性のグラフト由来心筋細胞塊の内部に管腔構造を伴ったvWF陽性部位が一部認められる。さらに明視野にて観察すると、その管腔内に赤血球が認められる。(C) 移植後3日目のFISHおよびvWF免疫染色による蛍光顕微鏡の各拡大像を示す。新生血管の一部にマウスのシグナル(黄色)を認める。図中、Scale bar=200μm (A), 500μm(B)右上, 50μm(B)右下を表す。
【図15】移植後4週における新生血管密度(capillary density)の測定結果を示す。(A) 移植後4週における治療群のマッソン・トリクローム染色像を示す。図中、梗塞中央部(Central-MI)と梗塞周辺部(Peri-MI)を示す。(B)治療群(Tx)とSham群のそれぞれ梗塞周辺部と中央部のcTnT(赤色)、vWF(緑色)の染色像を示す。周辺部および中央部ともに治療群において管腔構造を伴うvWF陽性部位の著明な形成を認める。(C)図(A)に示す各群におけるCentral-MI およびPeri-MI 部位のcapillary densityを示す。図中、**: p<0.01, ***:p<0.001(unpaired t-test)を表す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明を以下に詳細に説明する。
【0014】
本発明は、上記のとおり、(a)胚性幹細胞からFlk/KDR陽性細胞、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞をそれぞれ製造する工程、および(b)該Flk/KDR陽性細胞を、該心筋細胞、内皮細胞および壁細胞と混合することにより心筋シートを形成させる工程を含む、胚性幹細胞から心筋シートを製造する方法およびこの方法によって得られた心筋シートを含む虚血性心疾患などの心疾患の治療剤に関する。
【0015】
<胚性幹細胞>
ES細胞は、ヒトやマウスなどの哺乳動物の初期胚(例えば胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された、多能性と自己複製による増殖能を有する幹細胞である。
【0016】
ES細胞は、受精卵の8細胞期、桑実胚後の胚である胚盤胞の内部細胞塊に由来する胚由来の幹細胞であり、成体を構成するあらゆる細胞に分化する能力、いわゆる分化多能性と、自己複製による増殖能とを有している。ES細胞は、マウスで1981年に発見され(M.J. Evans and M.H. Kaufman (1981), Nature 292:154-156)、その後、ヒト、サルなどの霊長類でもES細胞株が樹立された (J.A. Thomson et al. (1998), Science 282:1145-1147; J.A. Thomson et al. (1995), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:7844-7848;J.A. Thomson et al. (1996), Biol. Reprod., 55:254-259; J.A. Thomson and V.S. Marshall (1998), Curr. Top. Dev. Biol., 38:133-165)。
【0017】
ES細胞は、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。また、継代培養による細胞の維持は、白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor (LIF))、塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor (bFGF))などの物質を添加した培養液を用いて行うことができる。ヒトおよびサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えばUSP5,843,780; Thomson JA, et al. (1995), Proc Natl. Acad. Sci. U S A. 92:7844-7848; Thomson JA, et al. (1998), Science. 282:1145-1147; H. Suemori et al. (2006), Biochem. Biophys. Res. Commun., 345:926-932; M. Ueno et al. (2006), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103:9554-9559;H. Suemori et al. (2001), Dev. Dyn., 222:273-279;H. Kawasaki et al. (2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99:1580-1585;Klimanskaya I, et al. (2006), Nature. 444:481-485などに記載されている。
【0018】
ES細胞作製のための培養液として、例えば0.1mM 2-メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸、2mM L-グルタミン酸、20% KSR及び4ng/ml β‐FGFを補充したDMEM/F-12培養液を使用し、37℃、2% CO2/98% 空気の湿潤雰囲気下でヒトES細胞を維持することができる(O. Fumitaka et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26:215-224)。また、ES細胞は、3〜4日おきに継代する必要があり、このとき、継代は、例えば1mM CaCl2及び20% KSRを含有するPBS中の0.25% トリプシン及び0.1mg/mlコラゲナーゼIVを用いて行うことができる。
【0019】
ES細胞の選択は、一般に、アルカリホスファターゼ、Oct-3/4、Nanogなどの遺伝子マーカーの発現を指標にしてReal-Time PCR法で行うことができる。特に、ヒトES細胞の選択では、OCT-3/4、NANOG、ECADなどの遺伝子マーカーの発現を指標とすることができる(E. Kroon et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26:443-452)。
【0020】
ヒトES細胞株は、例えばWA01(H1)およびWA09(H9)は、WiCell Reserch Instituteから、KhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。
【0021】
<分化培地>
心筋シートを製造するためのFlk/KDR陽性細胞(Flk+細胞ともいう)、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞の製造に使用される分化培地の例を以下に記載する。
【0022】
培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えばIMDM培地、Medium 199培地、Eagle’s Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Doulbecco’s modified Eagle’s Medium (DMEM)培地、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地などが包含される。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。
【0023】
培地はまた、必要に応じて、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、ならびに、脂質、アミノ酸、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有しうる。
【0024】
<胚性幹細胞からFlk/KDR陽性細胞を製造する方法>
本発明においてFlk/KDR陽性細胞とは、少なくともFlk/KDRを発現している細胞であり、ここでFlk/KDRとは、Flk1またはKDRを意味し、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の受容体である。Flk1は、NCBIのaccession番号NM_010612が例示され、KDRは、NCBIのaccession番号NM_002253が例示される。
【0025】
Flk/KDR陽性細胞は、胚性幹細胞を任意の方法で分化誘導して作製することができ(Yamashita J, et al, Nature. 408, 6808, 2000またはYamashita JK, et al, FASEB J. 19:1534-6, 2005)、例えば、未分化維持をさせない条件(LIFを培地へ加えないまたはフィーダー細胞を用いない)にて、コラーゲン、ゼラチン、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン、ラミニン、フィブロネクチン、マトリゲルTM(ベクトン・ディキンソン)などの物質でコーティングした培養皿を用いて、4日から5日培養することで作製することができる。
【0026】
<胚性幹細胞から心筋細胞を製造する方法>
本発明において心筋細胞とは、少なくとも心筋トロポニン(cTnT)またはαMHCを発現している細胞を意味する。cTnTは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_000364が例示され、マウスの場合、NM_001130174が例示される。αMHCは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_002471が例示され、マウスの場合、NM_001164171が例示される。
【0027】
胚性幹細胞を浮遊培養により細胞塊(胚様体)を形成させて心筋細胞への分化誘導を行うことができる。この他にも胚性幹細胞から心筋細胞を分化誘導する方法としては、公知の方法を用いることができ、特に特定されるものではないが、例えば、BMPシグナル伝達を抑制する物質の存在下で分化誘導を行う方法(WO2005/033298)、Activin AとBMPを順に添加させて分化誘導を行う方法(WO2007/002136)、カノニカルWntシグナル経路の活性化を促す物質の存在下で分化誘導を行う方法(WO2007/126077)および胚性幹細胞からFlk/KDR陽性細胞を単離し、シクロスポリンAの存在下で分化誘導を行う方法(WO2009/118928)を用いて胚性幹細胞から心筋細胞を分化誘導することができる。本発明において、好ましくは、胚性幹細胞を培養器材上で接着培養し、Flk/KDR陽性細胞を製造した後、シクロスポリンAの存在下で分化誘導する方法である。培養器材は、細胞との接着性を向上させる目的で、その表面を、細胞支持物質、例えばコラーゲン、ゼラチン、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン、ラミニン、フィブロネクチン、マトリゲルTM(ベクトン・ディキンソン)などの物質でコーティングすることができる。培養日数は、特に限定されないが、Flk/KDR陽性細胞をシクロスポリンAの存在下で培養後、1日から10日であり、好ましくは4日である。
【0028】
本発明において心筋細胞は、単離精製されていてもよく、他の細胞種と混在していても良い。好ましくは、単離精製された細胞である。単離精製の方法として、特に限定されないが、例えば、N-カドヘリンなどの心筋細胞マーカーを指標として選別する方法(Honda M, et al, BiochemBiophys Res Commun. 29, 351, 877-82,2006)、心筋細胞内のミトコンドリアを指標として選択する方法(WO2006/022377)、低栄養条件で生存することができる細胞を選抜する方法(WO2007/088874)を用いることができる。
【0029】
<胚性幹細胞から内皮細胞および壁細胞を製造する方法>
本発明において内皮細胞とは、少なくともPE-CAM、VE-cadherinおよびフォン-ウィルブラント因子(vWF)のいずれか一つを発現している細胞を意味する。また、壁細胞とは、少なくともSmooth muscle actin(SMA)を発現している細胞を意味する。ここで、PE-CAMは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_000442が例示され、マウスの場合、NM_001032378が例示される。VE-cadherinは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_001795が例示され、マウスの場合、NM_009868が例示される。vWFは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_000552が例示され、マウスの場合、NM_011708が例示される。SMAは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_001141945が例示され、マウスの場合、NM_007392が例示される。
【0030】
胚性幹細胞を浮遊培養により細胞塊(胚様体)を形成させて内皮細胞または壁細胞へ分化誘導を行うことができる。この他にも胚性幹細胞から内皮細胞または壁細胞を分化誘導する方法としては、公知の方法を用いることができ、特に特定されるものではないが、例えば、胚性幹細胞からFlk/KDR陽性細胞を単離し、VEGFおよびcAMPの存在下で分化誘導を行う方法(Yamashita J, et al. Nature. 408: 92-6, 2000)を用いて胚性幹細胞から心筋細胞を分化誘導することができる。培養日数は、特に限定されないが、Flk/KDR陽性細胞をVEGFおよびcAMPの存在下で培養後、1日から10日であり、好ましくは3日である。
【0031】
本発明において内皮細胞または壁細胞は、互いに単離精製されていてもよく、内皮細胞または壁細胞が他の細胞種と混在して存在しても良い。
【0032】
<心筋シートを製造する方法>
心筋シートとは、心臓または血管を形成する各種細胞から成り、細胞間結合により細胞同士が連結されたシート状の細胞集合体である。ここで、心臓または血管を形成する各種細胞とは上述の心筋細胞、内皮細胞および壁細胞が例示される。
【0033】
本発明において好ましい心筋シートは、細胞間の電気的結合および配向性を有しており、VEGFを細胞外へ分泌している。
【0034】
心筋シートは、少なくとも、上述の方法で作製された心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を含む細胞を混合して培養することによって製造される。このとき培養に供する各細胞の細胞数は、例えば1×104〜1×106である。本発明において、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞以外の細胞を含んでも良い。好ましくは、上述の胚性幹細胞由来のFlk/KDR陽性細胞を1日から7日、好ましくは3日培養した細胞へ心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を混合して培養して製造される。ここで、心筋シート移植後の腫瘍の形成を防ぐ目的で多能性を保持している未分化細胞を除外して混合することが望まれる。多能性を保持している未分化細胞は、例えば、NanogまたはOct3/4により認識することが可能である。
【0035】
各細胞を混合後、培養液へVEGFを添加してさらに培養してもよく、この時の培養日数は、1日から10日でよく、好ましくは4日である。
【0036】
上記培養には、(メタ)アクリルアミド化合物、N-(若しくはN,N-ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(特開2010-255001)、又はビニルエーテル誘導体を重合させた温度応答性ポリマーを被覆した培養器材を用いてもよく、好ましくは、ポリ-N-イソプロピルアクリルアミドを固定した培養器材である。尚、本培養器材は、UpCellとしてセルシード社より購入することもできる。
【0037】
本発明において、心筋シートの大きさは培養器材に依拠するが、好ましくは、移植対象の部位を覆うに十分な面積を有する。
【0038】
作製した心筋シートは、積層化して用いても良く、好ましくは、3層重ねた心筋シートである。積層化は、心筋シートを培養液中で重ねた(好ましくは、各心筋シートをずらして重ねた)後、培養液を除去する事によって接合させることができる。複数枚重ねる場合は、一度に同作業を行っても良く、好ましくは、1層ごとに同作業を行う。
【0039】
上記の方法で製造された心筋シートは、例えば、次のような特徴を有している。
・少なくとも、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を含み、心筋シートを構成する細胞構成比は、以下のものに限定されないが、例えば、心筋細胞35〜50%、内皮細胞0.5〜7%、壁細胞45〜63%である。
・内皮細胞が心筋細胞と心筋細胞の間に散在している。
・VEGFを発現し分泌する。
【0040】
<心疾患の治療>
本発明で提供する心筋シートは、動物(好ましくはヒト)の心疾患の治療剤として用いることができる。心疾患の治療方法は、心筋シートを、所望の部分を覆うように配置することによって達成される。ここで、所望の部分を覆うように配置することは、当該分野において周知技術を用いて行うことができる。配置に際し、所望の部分が大きい場合は、組織を取り巻くように配置してもよい。また、心筋シートの配置は、所望の効果を得るため、同部分へ数回の配置を行うこともできる。数回の配置を行う場合、心筋シートが組織へ生着し、血管新生を行うために十分な時間をおいて行うことが望ましい。
【0041】
本発明における心疾患は、心不全、虚血性心疾患、心筋梗塞、心筋症、心筋炎、肥大型心筋症、拡張相肥大型心筋症、拡張型心筋症などの疾患または障害による欠損等が挙げられる。
【実施例】
【0042】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲はそれらの実施例によって制限されないものとする。
【0043】
(実施例1)心筋シート作製
Yamashita JK, et al. FASEB J. 19:1534-6, 2005に記載のaMHCプロモーターによりEGFPの発現が制御されるよう操作されたマウスES細胞株(EMG7)を用いた。
【0044】
Flk+細胞は、これまでに報告された方法により作製した(Yamashita J, et al. Nature. 408:92-6, 2000またはYamashita JK, et al. FASEB J. 19:1534-6, 2005)。簡潔には、EMG7または20D17を、分化培地(10%ウシ胎児血清および5x105mol/Lの 2-mercaptoethanolを添加したαMEM)を用いて、ゼラチンコーティングディッシュ上で4日間培養した後、FACSによりFlk陽性細胞を純化することで作製した。
【0045】
上述の方法で得られたFlk+細胞からこれまでに報告された方法を用いて内皮細胞および壁細胞の混合細胞を作製した(Yamashita J, et al. Nature. 408:92-6, 2000またはYurugi-Kobayashi T, et al. Arterioscler ThrombVasc Biol. 26:1977-84, 2006)。簡潔には、50 ng/mlのVEGFと0.5 mmol/Lの8-bromo-cAMPを添加した分化培地を用いて、ゼラチンコーティングディッシュ上で3日間培養することにより得られた。
【0046】
上述の方法で得られたFlk+細胞からこれまでに報告された方法を用いて心筋細胞を作製した(WO2009/118928またはYan P, et al. Biochem Biophys Res Commun. 379:115-20, 2009)。簡潔には、1-3 μg/mLのCyclosporin-Aを添加した分化培地を用いて、mitomycin C処理をしたOP9細胞上で4日間培養した後、GFP陽性分画を分離することにより得られた。
【0047】
心筋シートは、上記の複数種の細胞を用いて、次の方法により作製された。2.5×104から4.0×104のFlk+細胞を温度感受性培養皿(UpCell、セルーシード社)上に播種し、分化培地を用いて培養した。培養開始3日目に、5.0×105の上述の内皮細胞および壁細胞の混合細胞ならびに5.0×105の上述の心筋細胞を同培養皿へ播種し、VEGFを添加した分化培地を用いて37℃にて培養した。心筋細胞添加4日後(培養開始7日目)に室温に戻すことで培養皿より細胞をシート状に剥離させ、心筋シートを得た。尚、2種の細胞混合後2日目に培地の交換を行った。
【0048】
(実施例2)心筋シートの細胞構成
上述のようにEMG7より作製した心筋シートを0.25%トリプシンを用いて単離し、PE(phycoerythrin)結合の抗CD31抗体にて標識し、FACSを用いてGFP(FITC)およびPEの陽性率により心筋細胞(CM), 内皮細胞(EC), 壁細胞(MC)の割合について定量した結果を図1に示す。その結果、CM: 43.4±6.2%, EC: 3.3±2.6%, MC: 53.3±8.2%と計算された。
【0049】
(実施例3)心筋シートの組織学的評価
組織学的評価を行うため、EMG7より作製した心筋シートを4%PFA(paraformaldehyde)を用いて固定し、1%スキムミルクにてブロッキング後、抗体(一次抗体:mouse anti-cTnT, rat anti-VE-Cadherin、二次抗体:anti-mouse Alexa Flour 546, anti-rat AlexaFlour 488)を用いてCM, ECを標識し、DAPI (4',6-diamino-2-phenylindole) を用いて核染色した後、多光子レーザー顕微鏡(LSM 510, Carl-Zeiss)または蛍光顕微鏡(BZ-9000, Keyence)により観察した(図2BおよびC)。さらに、4%PFAにて固定し、脱水・脱脂・脱アルコールののち、パラフィン浸透ののち包埋した。6μmの切片をヘマトキシリン・エオジン染色、シリウスレッド染色あるいは前述と同様にcTnTに対する免疫染色(HRP/DAB発光)した(図2A)。その結果、細胞外マトリクス(図2A上段、シリウスレッド染色)が保持されたままシートが回収されていることが示された。シートは3-4層の細胞で成り立っていることが示された。またCMは細胞シートの主な構成成分であるが、その間にECが散在している様子が観察された。
【0050】
(実施例4)心筋シートの電気生理学的評価
電気生理学的評価を行うため、0.1%ゼラチンにてコーティングした電極付き培養皿(MED64 system, アルファメッド・サイエンス)の電極上にEMG7より作製した心筋シートを静置した。続いて、培地を吸引し37℃にて30分インキュベートすることにより電極とシートを固定し、それぞれの電極の電位を測定することにより、シート上での電位の伝導を記録した。その結果を図3に示す。細胞外電位測定により、拍動が電気的に連続して一方向性に伝導することを確認した(図3C)。
【0051】
(実施例5)心筋シートのサイトカイン産生能
EMG7より作製した心筋シートの形成中(Condition 1)および完成後(Condition 2)の培養上清のサイトカイン量をELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)を用いてTNFα、IGF-1、VEGF、IL-6、bFGF、IFNγ、EGF、LeptinおよびHGFを測定した(HGF: mouse HGF EIA kit, IIM, それ以外: mouse angiogenesis ELISA strip, Signosis)。その結果を図4に示す。心筋シートの形成中および完成後のいずれにおいても、angiogenesisに関わるサイトカイン(TNFα, IGF-1, VEGF, IL-6, bFGF, IFNγ, EGF, Leptin, HGF)のうち、VEGFが非常に多く産生されることが示された。
【0052】
・Condition 1: 心筋細胞添加2日後、無血清培地(5×105 mol/Lの 2-mercaptoethanolを添加したαMEM)を用いて2回洗浄し、無血清培地により培養2日後、培養上清を回収し、サイトカイン量の測定に用いた。
・Condition 2: ゼラチンコーティングディッシュ上に上述の方法で作製した心筋シートを広げたて静置し、培地を吸引し培養皿とシートを固定後、培地を加えて37℃にて30分インキュベートする。別の心筋シートを広げてディッシュに固定したシートの上へ静置し、培地を吸引して積層させた。同様に3層分繰り返す。2,3層目は元のシートから少しずつ位置をずらして積層化させた。続いて、ピペットマンを用いて培養皿底面を沿わせるように培地を流し、積層化された細胞シートを培養皿からはがした(図5)。このように積層化した心筋シートを無血清培地を用いて2回洗浄し、無血清培地にて培養を継続し、3時間後培養上清を回収し、サイトカイン量の測定に用いた。
【0053】
(実施例6)心筋シートのVEGF産生能
上述のように作製した心筋シートをRNeasy mini (QIAGEN) を用いてRNAを抽出し、vegf164の発現量を定量性RT-PCRにて測定した(Step One Plus, Appliedbiosystems、vegf164のforward primer: 5’-CCAGCACATAGGAGAGATGAGCTT-3’(配列番号1)およびreverse primer: 5’-CAAGGCTCACAGTGATTTTCTGG-3’(配列番号2)、b-actinのforward primer: 5’-CATCCGTAAAGACCTCTATGCCAAC-3’(配列番号3)およびreverse primer: 5’-ATGGAGCCACCGATCCACA-3’(配列番号4))。この時、対照として、マウス新生仔由来心線維芽細胞(CF)を用いて作成した細胞シートを用いた。その結果を図6Aに示す。EMG7より作製した心筋シートがCFシートに比べvegf164を極めて多く発現することが示された。さらに、上述の心筋シート作製過程において心筋細胞を添加したシート(CM(+))と添加しなかったシート(CM(-))をそれぞれ回収前(室温に下げる前)に培養上清を吸引し、無血清培地にて2回洗浄した後、無血清培地にて3時間培養後の上清を回収し、VEGFの量を測定した(Quantikine mouse VEGF, R&D)。その結果を図6Bに示す。CM(+)シートがCM(-)シートに比べVEGFを極めて多く分泌することが示された。
【0054】
(実施例7)心筋シートへの未分化細胞混入評価
心筋シートを回収後にゼラチンコーティングディッシュ上に静置し、培地を吸引し37℃にて30分インキュベートすることによりデイッュとシートを固定した。次のように3群に分け、各群3枚ずつ作成し、4%PFAによる固定後、%スキムミルクにてブロッキングし、抗体(一次:mouse anti-Oct 3/4, rabbit anti-Nanog、二次:anti-mouse Alexa Flour 488, anti-rat Alexa Flour 546)を用いてNanogまたはOct3/4陽性細胞を標識し、蛍光顕微鏡を用いて計測した。結果を図7に示す。回収直後のシート内(Group1)に未分化細胞の小コロニーが混入していることを確認した。また、LIF(+)の環境下でのシート継続培養(Group2)では混入未分化コロニーのサイズが増大するが、LIF(-)(Group3)ではその増大は抑えられることを確認した。
【0055】
・Group 1: 心筋シートを回収直後に蛍光免疫染色を行う。
・Group 2: 心筋シートを回収後、LIF(白血病阻害因子)を添加したES細胞用培地(Yamashita J, et al. Nature. 408:92-6, 2000)にて3日間継続培養後、蛍光免疫染色を行う。
・Group 3: LIFを添加しないES細胞用培地にて3日間継続培養後、蛍光免疫染色を行う。
【0056】
(実施例8)疾患モデルラットに対する心筋シート移植
10-13週齢、250〜330gの無胸腺免疫不全ラット(F344/N Jcl-rnu/rnu)(日本クレア)より次の方法で亜急性期心筋梗塞(MI)モデル作成した。当該ラットをラット用人工呼吸器にて呼吸管理し、イソフルラン吸引により麻酔した。続いて、少量の酸素による人工呼吸下で左肋間開胸による心膜切開より心臓を露出後、前下行枝を第一中隔枝末梢で6-0ポリプロピレン糸にて結紮した。末梢灌流領域の収縮低下および色調変化を確認(それらを認めない場合再度結紮を施行)した後、4-0ポリプロピレン糸にて閉創した。6日後に心臓超音波検査(Vivid7, GE横河メディカル)にてMIの有無を確認した。左室内径短縮率(FS)が40%を超えるものは不適モデルとして除外した。
【0057】
このようにMI導入後7日目にEMG7より作製した心筋シート(図8)の移植を行った。移植には前述の方法にて3枚の心筋シートを積層化して用いた(図5)。移植は、MIモデルラットに対しジエチルエーテルにて麻酔導入後、ラット用人工呼吸器にて呼吸管理し、イソフルランにて麻酔を維持した。左肋間開胸にて開胸、肺・胸壁との癒着を慎重に剥離し心筋梗塞部を露出させ、積層化心筋シートを梗塞部に移植した。15分静置ののち4-0ポリプロピレン糸にて閉創した。Sham手術群に対しては心筋梗塞部露出を同様に行い、15分後に同様に閉創した。
【0058】
移植後4週まで観察した12例は全て生存した。そのうち肉眼的に心臓を観察した9例全てにおいて、奇形腫の形成を認めなかった。残り3例も心臓超音波検査上奇形腫を認めなかった。
【0059】
(実施例9)心筋シート移植による心機能評価
移植後2週および4週に心臓超音波検査および移植後4週に左室容量圧曲線測定検査(心臓カテーテル検査:MIKRO-TIP catheter system, Millar instruments)により心機能を測定した。治療群とSham群についてそれぞれ評価し比較した。
【0060】
上記の心臓超音波検査は次の方法で行った(各群n=9)。ジエチルエーテルにて麻酔導入後、ラット用人工呼吸器にて呼吸管理し、イソフルランにてRR間隔120〜200msecになるような深度で麻酔維持した。続いて、10Sプローブ(4.0〜11.0MHz)を用いて測定した。Mモードにて拡張期および収縮期の中隔径、左室内腔径、後壁径を測定し、左室内径短縮率(fractional shortening; FS)および収縮期壁厚増加率(systolic thickening)を計算した。Bモードにて拡張期および収縮期の左室内腔面積および左室周囲長を測定し、左室断面積変化率(fractional area change; FAC)および非収縮範囲(akineticlesion; AL)を計算した。測定時には、人工呼吸を停止し、呼吸によるバイアスを除いた。その結果、左室収縮能を示すFS, FACおよびsystolic thickeningは、治療群において、治療後2週および4週で治療前に比べ改善を認め、Sham群に比べ有意に高値であることが示された。またALで示される梗塞範囲についても治療前に比べ2週および4週で縮小し、Sham群と比較して有意に限定されていた。拡張期左室内腔面積(治療前からの変化率)については、2週の段階でSham群は治療群に対して有意に左室拡大を認めた(図9F)。
【0061】
また、上記の左室容量圧曲線測定検査(心臓カテーテル検査)は次の方法で行った(各群n=8)。ジエチルエーテルにて麻酔導入後、ラット用人工呼吸器にて呼吸管理し、イソフルランにて麻酔維持した。コンダクタンスカテーテル(2Fr)を右内頸動脈より挿入し後、左室に誘導し、左室容量圧曲線を測定し時定数(Tau)を計算した。カテーテルを挿入した状態で横隔膜下にて開腹し、下大静脈を圧迫、前負荷減少による容量圧曲線偏移における収縮末期左室弾性率(elastance of end systole; Ees)を計算した。測定時には人工呼吸を停止し、呼吸によるバイアスを除いた。その結果、左室収縮能を示す収縮末期左室弾性率(Ees)は治療群でより高いことが確認され、心臓超音波検査と同様の結果が得られた。一方、拡張能を示す時定数(Tau)については治療群でやや優れる傾向を示すものの、有意差には至らなかった(図10)。
【0062】
(実施例10)心筋シート移植による組織学的評価
経時的なグラフト細胞の生着、生着細胞の局在の評価およびグラフト由来心筋細胞形態の変化(成熟)の評価を移植後1日、3日、1週、4週において次の方法により行った。ジエチルエーテルにて麻酔導入後、ラット用人工呼吸器にて呼吸管理し、イソフルランにて麻酔維持した。正中にて開胸し上大静脈・左上大静脈および下大静脈を確保し遮断した。心尖部に23G針を刺入し、生理的食塩水注入にて左室内血液を流出させると同時に右心房を開放し心臓の過拡張および浮腫を防止した。右心房から生理的食塩水のみ流出することを確認した後、45分間、4%PFAを同様に注入し組織を固定した(灌流固定法)。続いて、心臓を摘出し4%PFAに浸潤、4℃over nightの後、15%スクロース液に浸潤させた(4℃、2回交換、計24時間)。イソペンタンにドライアイスを加えた溶液およびOCTコンパウンドを用いて凍結包埋を行った。さらに、梗塞部位の中心部にて6μm切片を作成し、ブロッキング剤(Protein Block Serum-Free, DAKO)によりブロッキングを行った後、抗体(一次抗体:mouse anti-cTnT, rabbit anti-GFPおよび二次抗体:anti-mouse AlexaFlour 546またはanti-rat AlexaFlour 488)を用いてGFP陽性心筋細胞を標識し、蛍光顕微鏡(BZ-9000, Keyence)を用いて観察した。
【0063】
また、移植後1週モデルに対し、connexin 43を標識し(一次抗体:rabbit anti-connexin43、二次抗体:anti-rabbit AlexaFlour 488)を用いてグラフト部位のgap junctionの発現の有無を蛍光顕微鏡(BZ-9000, Keyence)を用いて観察した。
【0064】
続いて、cTnTに対する免疫染色と同時に、種特異的反復配列を認識するFISH(fluorescence in situ hybridization)プローブを用いて、ラット心臓組織中のマウス細胞を次の方法により検出した。上記のプローブはクロモソームサイエンスラボ社製ラットゲノムDNA FISHプローブ(Cy5標識)およびマウスゲノムDNA FISHプローブ(digoxigenin標識)を使用した。組織切片は、次の方法で前処理後使用した。PBSで洗浄後、4%PFA/PBSにて15分固定、PBSで洗浄後、アルコールシリーズにより脱水・乾燥させた。さらに10mM Tris-EDTA(pH 9.0)溶液に浸け、電子レンジを用いて10分加熱後、10秒〜1分間0.02%ペプシン/0.1N HCNで処理し、さらにPBSで洗浄、アルコールシリーズにより脱水・乾燥させた。このように前処理した標本にラットおよびマウスゲノムDNA FISHプローブをアプライした後、ホットプレート上(80℃)にて切片とプローブを同時に10分間変性処理し、37℃でハイブリダイズさせた。ハイブリダイズした染色体標本を37℃の50%ホルムアミド/2×SSCでstringency washした後、anti-Dig-Cy3によりマウスゲノムDNA FISHプローブのシグナルによりラットおよびマウス核シグナル検出した。また、FISH済切片にmouse anti-cTnTをCan Get Signal Solution 1 (TOYOBO)で規定濃度に希釈(1:200)した溶液を滴下し37℃で1時間反応させた。反応後PBSTで5分×3回洗浄し、Can Get Signal Solution2で1:500希釈2次抗体(anti-rabbit-Alexa488およびanti-mouse-Alexa 594)を添加し、30分反応させ免疫染色を行った。反応後PBSTで5分×3回洗浄し、DAPIにより核染色も行った。染色後、ゲノムDNAプローブシグナルおよび蛍光標識抗体をLeica CW-4000システムを用いて顕微鏡観察した。
【0065】
その結果、マウス由来の生着グラフト細胞は経時的に減少し、28日目には少数を認めるのみとなっていた。7日目以降生着している部位は主に、レシピエント心筋層がより多く残っている梗塞周辺部であった。心筋細胞生着部位については、移植後7日目の段階でgap junctionを形成しつつあることが確認された(図11)。さらに、移植後時間が経過するに伴い、心筋細胞サルコメア(超分子集合体)を構成するcardiac troponin T(cTnT)の構造が形態的に成熟してゆくことがcTnTに対する免疫染色にて示され、4週目にはレシピエント心筋細胞とほぼ形態的に同一になっていることが確認された(図12)。
【0066】
(実施例11)心筋シート移植による梗塞後左室リモデリングの評価
移植4週後に、梗塞中心部より50μm間隔で6μm厚にて各個体あたり5枚の切片を作成し、シリウスレッドにより染色し蛍光顕微鏡観察を行った。心室内腔長と梗塞部位長を測定し、梗塞部位の割合を計算した。また、梗塞部位面積を梗塞部位長で割り、梗塞部位平均壁厚を計算した。治療群とSham群でそれぞれ行い(各5個体ずつ)、比較した。その結果、治療群がSham群に比べ梗塞領域が限定され、梗塞部位の壁菲薄化が抑えられることが示された(図13)。これらは治療群において梗塞後左室リモデリングが抑制されているためと示唆された。
【0067】
(実施例12)心筋シート移植によるグラフト部位における血管新生の評価
移植後1日、3日、1週、4週に、前述と同様の方法で作製した切片を用いてvWFに対する免疫染色(1:500)とFISHを同時に行った。4週目での治療群とSham群における新生血管数(capillary density)につき、梗塞部位を中心部(Central-MI)と周辺部(Peri-MI)に分けて計測し比較した(各3個体につき、無作為5視野ずつ)。この時、中心部と周辺部を図示するために、治療群の1例についてはマッソン・トリクローム染色を行った。治療群については1日、3日、1週の段階での新生血管の分布(グラフト由来心筋細胞生着部での血管新生の有無等)を観察した。移植後1日目にはグラフト部位の内部にvWF陽性細胞が散在しており、3日目にはグラフト部位の心筋細胞塊を内側から囲むようにvWF陽性細胞の集積が認められたが、これらは明らかな管腔構造は示していなかった。マウスのシグナルも示していないので、レシピエント(ラット)側からの集積と考えられる。移植後7日目には、3日目に示された集積はすでに認められなかった。さらに高倍率にて3日目の状態を観察すると、グラフト心筋細胞塊の中に一部vWF陽性の管腔構造を認め、またその内部に赤血球を認め、血流を伴った新生血管がグラフト内に増生していることを示した。また同部位にてFISHとvWF免疫染色を同時に行うことにより、その新生血管の一部にマウス由来細胞が取り込まれていることが示された。新生血管形成にはレシピエント細胞のみならずグラフト由来細胞も寄与していることが考えられた(図14)。移植後4週では前述のように、グラフト由来細胞の生着自体はかなり減少しているが、capillary densityの測定により、血管新生は治療群において有意に促進されていることが示された。またその血管新生は治療群において、梗塞周辺部でより多く起こっていることが示された(図15)。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明の心筋シートは、それを患者の心疾患患部に移植することによって、正常な心筋細胞が増殖かつ生着するとともに、血流を伴った血管新生をも促進することができる。このことから、心不全、虚血性心疾患、心筋梗塞、心筋症、心筋炎、肥大型心筋症、拡張相肥大型心筋症、拡張型心筋症などの心疾患の治療のための再生医療に本発明の心筋シートを使用することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0069】
配列番号1〜4: プライマー
【技術分野】
【0001】
本発明は、胚性幹細胞由来の心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を用いて心筋シートを製造する方法に関する。
【0002】
本発明はまた、上記の方法によって得られた心筋シートを含む心疾患治療剤に関する。
【背景技術】
【0003】
成人の心筋細胞は、ほとんど増殖しないため、虚血性心疾患等で欠損した心筋細胞は不可逆的な損傷となる。現在、臨床的に使用されるどの薬剤も処置も、機能性収縮組織で心筋瘢痕を置換することにおいて、効力を示していない。そこで、正常な心筋細胞を再生するための新規な治療が所望されており、別途製造された心筋細胞を投与する補充療法が提案されている。このような補充療法において、心筋細胞はレシピエントの心臓へ生着させるためシート状にして投与することが検討されている(非特許文献1、特許文献2)。さらに、シートにおける細胞量が不十分であるため期待された治療効果が得られないことから、シートを積層化して投与する必要があると考えられている(非特許文献2)。
【0004】
一方、シート作製のための心筋細胞の供給元として、胎児心筋細胞、筋芽細胞、脂肪組織由来幹細胞由来の心筋芽細胞、胚性幹細胞由来の心筋細胞を用いた方法が例示されている(特許文献2、非特許文献3)。
【0005】
しかし、胚性幹細胞由来細胞のみで形成されたシートの投与による直接的な効果によって心機能が改善されたとの報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第WO2002/008387号パンフレット
【特許文献2】特表2007-528755号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Shimizu, T, et al, Biomaterials 24, 2309-2316, 2003
【非特許文献2】Shimizu T, et al. FASEB J. 20: 708-10, 2006
【非特許文献3】Bel A, et al. Circulation. 122:S118-23, 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、胚性幹細胞由来の心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を用いて心筋シートを製造する方法およびそれによって得られた心筋シートを含む心疾患治療剤に関する。したがって、本発明の課題は、胚性幹細胞から心筋細胞、内皮細胞および壁細胞へ分化誘導して得られた細胞を混合して作製された心筋シートを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、胚性幹細胞をFlk/KDR陽性細胞を製造し、温度応答性ポリマーを被覆した培養皿上でこのFlk/KDR陽性細胞から作製した心筋細胞ならびに内皮細胞および壁細胞を含有する細胞群を混合し培養することで、シートを得られることを見出した。さらに、このシートを移植することで生着し、心機能を改善できることを確認した。
【0010】
以上の結果から、本発明者らは、胚性幹細胞由来の心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を用いて製造された心筋シートによる心筋梗塞モデルを治療することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の特徴を包含する。
[1]以下の工程(a)および(b):
(a)胚性幹細胞からFlk/KDR陽性細胞、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞をそれぞれ製造する工程、および
(b)当該Flk/KDR陽性細胞へ当該心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を混合することによりシートを形成させる工程
を含む、胚性幹細胞由来の心筋細胞、内皮細胞および壁細胞からシートを製造する方法。
[2]前記Flk/KDR陽性細胞が、胚性幹細胞をゼラチン被覆培養器材上で培養することにより誘導される、[1]に記載の方法。
[3]前記工程(a)において、心筋細胞が、シクロスポリンAの存在下で前記Flk/KDR陽性細胞を培養することにより製造される、[1]または[2]に記載の方法。
[4]前記工程(a)において、内皮細胞および壁細胞が、VEGFおよびcAMPの存在下で前記Flk/KDR陽性細胞を培養することにより製造される、[1]または[2]に記載の方法。
[5]前記工程(b)において、Flk/KDR陽性細胞を1〜7日間、好ましくは3日間培養した後に、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を混合させる、[1]〜[4]のいずれかに記載の方法。
[6]前記工程(b)において、温度応答性ポリマーを被覆した培養器材を用いてシートを形成させる、[1]〜[5]のいずれかに記載の方法。
[7]前記工程(b)において、混合後VEGFの存在下でさらに培養することによりシートを形成させる、[1]〜[6]のいずれかに記載の方法。
[8]前記シートを積層化する工程をさらに含む、[1]〜[7]のいずれかに記載の方法。
[9]前記積層化が3層である、[8]に記載の方法。
[10][1]〜[9]のいずれかに記載の方法で得られた心筋シートを含む心疾患治療剤。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】温度感受性皿への共培養前のCM,EC componentのそれぞれのFACSの結果およびシート形成後のFACSの結果を示す。図中、APC; Allophycocyanin, PE; phycoerythrin, SSC; side scatter, GFP; green fluorescent protein, FITC; fluorescein isothiocyanateを表す。
【図2】(A)シリウスレッド染色像(上):細胞培養皿接着部に細胞外マトリクスの層状形成を認める。H-E染色像(中):3-4層の細胞がシートを構成している。cTnT染色像(下):cTnT陽性細胞はシートの主な構成成分として存在している。(B) 多光子レーザー顕微鏡によるシート断面像。(C) シート表面像。CMの間にECが散在を認める。図中、H-E; ヘマトキシリン・エオジン, cTnT; cardiac troponin T, Scale bar=200μmを表す。
【図3】(A)MED64プローブ上に接着されたシート像。(B)各電極での細胞外電位を示す。(C)(B)で測定した電位の分布を示す。peak negative potentialの最も高い電極(図の下部)をゼロ点として、そこから各電極のpeak negative potentialへの時間差(秒)にて色分けを行った。下部より上部に向かう伝導を認める。
【図4】培養上清に対するELISAによる各サイトカインの測定結果を示す。シート形成中(Condition 1)およびシート作成後(Condition 2)において、VEGFが無血清培地と比較し極めて多量であることが示された。図中、SF; serum free, TNFa; tumor necrosis factor-α, IGF-1; insulin-like growth factor-1, VEGF; vascular endotherial cell growth factor, bFGF; basic fibroblast growth factor, IFNr; interferon-γ, EGF; epitherial growth factor, HGF; hepatocyte growth factorを表す。
【図5】細胞シート積層化の方法の模式図を示す。
【図6】心筋細胞(CM)添加もしくは不添加により作製したシートのVEGFの産生量を比較したグラフを示す。(A) 心線維芽細胞(CF)シートにおける定量性RT-PCRの値と比較した結果を示す。 (B)培養上清を用いたELISAの結果を示す。図中、**: p<0.01を表す。
【図7】(A) Group1(左図:心筋シートを回収直後)での代表的未分化コロニー(矢印)およびGroup2(右図;LIFを加えて3日継続培養したもの)の増大コロニーを示す。(B) 各Groupにおける未分化コロニー数を示す。(C) 各Groupにおける平均コロニー面積を示す。(D)各Groupの全コロニーをサイズを順に示す。5,000μm2以上のものを赤で表示した。5,000μm2以上をPositiveとし5,000μm2以下をNegativeとして、各Groupのコロニー数およびその割合を表に示す。有意差検定はFisherの正確確率検定を使用した。図中、Scale bar=100μm, *:p<0.05, ***: p<0.001, N.S.; 有意差なしを表す。
【図8】(A)積層化後シートの肉眼的所見を示す。(B) 積層化後シートの光学顕微鏡像を示す。 (C)シート移植後の肉眼的所見を示す。矢印は積層化シートを指す。
【図9】心臓超音波検査の結果を示す。(A)心筋シート移植群でのMモード図の経時的変化を示す。梗塞壁(図上部)の壁運動が移植後経時的に回復していることを認める。左室内径短縮率(FS)(B)、左室断面変化率(FAC)(C)、収縮期壁厚増加率(D)の経時的変化をそれぞれ示す(いずれも左室収縮能の指標)。(D)では梗塞壁(左図)において治療群での有意な増加を示すのに対し、非梗塞壁(右図)では変化を認めない。治療後4週(Tx4w)において治療群では非梗塞壁とほぼ同様の値まで回復しているのが示されている。(E)非収縮範囲(AL)の経時的変化を示す(梗塞部位範囲の指標)。(F) 治療前(PreTx)に対する拡張期左室内腔面積の変化率を示す(左室拡大の指標)。図中、PreTx; 治療前, Tx2w; 治療後2週目, Tx4w; 治療後4週目, LV; 左室。† : p<0.05, ‡: p<0.01 (vs PreTx, paired t-test), *:p<0.05, **: p<0.01, ***:p<0.001 (vs. Sham(B)(C)(D)またはTx(E)(F), unpaired t-test)を表す。
【図10】左室容量圧曲線測定検査結果を示す(A)Sham群(左図)および治療群(右図)での前負荷減少に伴う容量圧曲線偏移を示す。収縮末期左室弾性率(Ees)は矢印で示す直線の傾きで示される。(B) Sham群(白)および治療群(黒)のEes(左図)および時定数(Tau)(右図)をそれぞれ示す。Eesは左室収縮能を(高値だと収縮能が高い)、Tauは左室拡張能を(低値だと拡張能が高い)それぞれ示す。図中、***: p<0.001, N.S.: 有意差なしを表す。
【図11】(A)移植後1日目(左図)、1週日目(中図)、4週日目(右図)のFISH(マウス由来細胞:黄色)およびcTnT免疫染色像(赤色)を示す。移植後28日目(Tx-d28)の生着部位を矢印で示す。(B)移植後7日目のconnexin43(緑色)免疫染色像を示す。左下の白線で囲まれた図は、正常心筋層の像を示す。正常心筋層のように整った構造にはまだなっていないが、生着心筋塊の内部にconnexin43陽性の部位を認める(矢印)。図中、Cx43; connexin 43、scale bar=200μm(A), 50μm(B)を表す。
【図12】移植後1日目(Tx-d1)、3日目(Tx-d3)、1週目(Tx-d7)、4週目(Tx-d28)のグラフト由来生着心筋細胞のFISH(マウス由来細胞:黄色)およびcTnT免疫染色像(赤色)を示す。移植後1日目ではcTnT陽性部位が細胞質内に粒上に点在しているが、移植後3日目、1週目と経時的な線維状構造の形成を認める。移植後4週目ではグラフト由来心筋細胞(矢印)とレシピエント心筋細胞(矢頭)は形態的にほぼ同一に観察される。図中、scale bar=25μmを表す。
【図13】(A)Sham群(左)および治療群(Tx:右)のシリウスレッド染色像を示す。治療群において壁菲薄化が抑えられ、梗塞領域の減少を認める。(B) Sham群(白)および治療群(Tx:黒)に対する梗塞領域の割合(左図)と壁厚(右図)を示す。図中、***:p<0.001を表す。
【図14】(A) 移植後1日目(Tx-d1:左図)、3日目(Tx-d3:中図)、7日目(Tx-d7右図)のFISH(マウス由来細胞:黄色)、cTnT免疫染色像(赤色)、von Willebrand factor (vWF)免疫染色像(緑色)を示す。 (B)移植後3日目の蛍光顕微鏡の各拡大像を示す。GFP陽性のグラフト由来心筋細胞塊の内部に管腔構造を伴ったvWF陽性部位が一部認められる。さらに明視野にて観察すると、その管腔内に赤血球が認められる。(C) 移植後3日目のFISHおよびvWF免疫染色による蛍光顕微鏡の各拡大像を示す。新生血管の一部にマウスのシグナル(黄色)を認める。図中、Scale bar=200μm (A), 500μm(B)右上, 50μm(B)右下を表す。
【図15】移植後4週における新生血管密度(capillary density)の測定結果を示す。(A) 移植後4週における治療群のマッソン・トリクローム染色像を示す。図中、梗塞中央部(Central-MI)と梗塞周辺部(Peri-MI)を示す。(B)治療群(Tx)とSham群のそれぞれ梗塞周辺部と中央部のcTnT(赤色)、vWF(緑色)の染色像を示す。周辺部および中央部ともに治療群において管腔構造を伴うvWF陽性部位の著明な形成を認める。(C)図(A)に示す各群におけるCentral-MI およびPeri-MI 部位のcapillary densityを示す。図中、**: p<0.01, ***:p<0.001(unpaired t-test)を表す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明を以下に詳細に説明する。
【0014】
本発明は、上記のとおり、(a)胚性幹細胞からFlk/KDR陽性細胞、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞をそれぞれ製造する工程、および(b)該Flk/KDR陽性細胞を、該心筋細胞、内皮細胞および壁細胞と混合することにより心筋シートを形成させる工程を含む、胚性幹細胞から心筋シートを製造する方法およびこの方法によって得られた心筋シートを含む虚血性心疾患などの心疾患の治療剤に関する。
【0015】
<胚性幹細胞>
ES細胞は、ヒトやマウスなどの哺乳動物の初期胚(例えば胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された、多能性と自己複製による増殖能を有する幹細胞である。
【0016】
ES細胞は、受精卵の8細胞期、桑実胚後の胚である胚盤胞の内部細胞塊に由来する胚由来の幹細胞であり、成体を構成するあらゆる細胞に分化する能力、いわゆる分化多能性と、自己複製による増殖能とを有している。ES細胞は、マウスで1981年に発見され(M.J. Evans and M.H. Kaufman (1981), Nature 292:154-156)、その後、ヒト、サルなどの霊長類でもES細胞株が樹立された (J.A. Thomson et al. (1998), Science 282:1145-1147; J.A. Thomson et al. (1995), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:7844-7848;J.A. Thomson et al. (1996), Biol. Reprod., 55:254-259; J.A. Thomson and V.S. Marshall (1998), Curr. Top. Dev. Biol., 38:133-165)。
【0017】
ES細胞は、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。また、継代培養による細胞の維持は、白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor (LIF))、塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor (bFGF))などの物質を添加した培養液を用いて行うことができる。ヒトおよびサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えばUSP5,843,780; Thomson JA, et al. (1995), Proc Natl. Acad. Sci. U S A. 92:7844-7848; Thomson JA, et al. (1998), Science. 282:1145-1147; H. Suemori et al. (2006), Biochem. Biophys. Res. Commun., 345:926-932; M. Ueno et al. (2006), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103:9554-9559;H. Suemori et al. (2001), Dev. Dyn., 222:273-279;H. Kawasaki et al. (2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99:1580-1585;Klimanskaya I, et al. (2006), Nature. 444:481-485などに記載されている。
【0018】
ES細胞作製のための培養液として、例えば0.1mM 2-メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸、2mM L-グルタミン酸、20% KSR及び4ng/ml β‐FGFを補充したDMEM/F-12培養液を使用し、37℃、2% CO2/98% 空気の湿潤雰囲気下でヒトES細胞を維持することができる(O. Fumitaka et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26:215-224)。また、ES細胞は、3〜4日おきに継代する必要があり、このとき、継代は、例えば1mM CaCl2及び20% KSRを含有するPBS中の0.25% トリプシン及び0.1mg/mlコラゲナーゼIVを用いて行うことができる。
【0019】
ES細胞の選択は、一般に、アルカリホスファターゼ、Oct-3/4、Nanogなどの遺伝子マーカーの発現を指標にしてReal-Time PCR法で行うことができる。特に、ヒトES細胞の選択では、OCT-3/4、NANOG、ECADなどの遺伝子マーカーの発現を指標とすることができる(E. Kroon et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26:443-452)。
【0020】
ヒトES細胞株は、例えばWA01(H1)およびWA09(H9)は、WiCell Reserch Instituteから、KhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。
【0021】
<分化培地>
心筋シートを製造するためのFlk/KDR陽性細胞(Flk+細胞ともいう)、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞の製造に使用される分化培地の例を以下に記載する。
【0022】
培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えばIMDM培地、Medium 199培地、Eagle’s Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Doulbecco’s modified Eagle’s Medium (DMEM)培地、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地などが包含される。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。
【0023】
培地はまた、必要に応じて、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、ならびに、脂質、アミノ酸、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有しうる。
【0024】
<胚性幹細胞からFlk/KDR陽性細胞を製造する方法>
本発明においてFlk/KDR陽性細胞とは、少なくともFlk/KDRを発現している細胞であり、ここでFlk/KDRとは、Flk1またはKDRを意味し、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の受容体である。Flk1は、NCBIのaccession番号NM_010612が例示され、KDRは、NCBIのaccession番号NM_002253が例示される。
【0025】
Flk/KDR陽性細胞は、胚性幹細胞を任意の方法で分化誘導して作製することができ(Yamashita J, et al, Nature. 408, 6808, 2000またはYamashita JK, et al, FASEB J. 19:1534-6, 2005)、例えば、未分化維持をさせない条件(LIFを培地へ加えないまたはフィーダー細胞を用いない)にて、コラーゲン、ゼラチン、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン、ラミニン、フィブロネクチン、マトリゲルTM(ベクトン・ディキンソン)などの物質でコーティングした培養皿を用いて、4日から5日培養することで作製することができる。
【0026】
<胚性幹細胞から心筋細胞を製造する方法>
本発明において心筋細胞とは、少なくとも心筋トロポニン(cTnT)またはαMHCを発現している細胞を意味する。cTnTは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_000364が例示され、マウスの場合、NM_001130174が例示される。αMHCは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_002471が例示され、マウスの場合、NM_001164171が例示される。
【0027】
胚性幹細胞を浮遊培養により細胞塊(胚様体)を形成させて心筋細胞への分化誘導を行うことができる。この他にも胚性幹細胞から心筋細胞を分化誘導する方法としては、公知の方法を用いることができ、特に特定されるものではないが、例えば、BMPシグナル伝達を抑制する物質の存在下で分化誘導を行う方法(WO2005/033298)、Activin AとBMPを順に添加させて分化誘導を行う方法(WO2007/002136)、カノニカルWntシグナル経路の活性化を促す物質の存在下で分化誘導を行う方法(WO2007/126077)および胚性幹細胞からFlk/KDR陽性細胞を単離し、シクロスポリンAの存在下で分化誘導を行う方法(WO2009/118928)を用いて胚性幹細胞から心筋細胞を分化誘導することができる。本発明において、好ましくは、胚性幹細胞を培養器材上で接着培養し、Flk/KDR陽性細胞を製造した後、シクロスポリンAの存在下で分化誘導する方法である。培養器材は、細胞との接着性を向上させる目的で、その表面を、細胞支持物質、例えばコラーゲン、ゼラチン、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン、ラミニン、フィブロネクチン、マトリゲルTM(ベクトン・ディキンソン)などの物質でコーティングすることができる。培養日数は、特に限定されないが、Flk/KDR陽性細胞をシクロスポリンAの存在下で培養後、1日から10日であり、好ましくは4日である。
【0028】
本発明において心筋細胞は、単離精製されていてもよく、他の細胞種と混在していても良い。好ましくは、単離精製された細胞である。単離精製の方法として、特に限定されないが、例えば、N-カドヘリンなどの心筋細胞マーカーを指標として選別する方法(Honda M, et al, BiochemBiophys Res Commun. 29, 351, 877-82,2006)、心筋細胞内のミトコンドリアを指標として選択する方法(WO2006/022377)、低栄養条件で生存することができる細胞を選抜する方法(WO2007/088874)を用いることができる。
【0029】
<胚性幹細胞から内皮細胞および壁細胞を製造する方法>
本発明において内皮細胞とは、少なくともPE-CAM、VE-cadherinおよびフォン-ウィルブラント因子(vWF)のいずれか一つを発現している細胞を意味する。また、壁細胞とは、少なくともSmooth muscle actin(SMA)を発現している細胞を意味する。ここで、PE-CAMは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_000442が例示され、マウスの場合、NM_001032378が例示される。VE-cadherinは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_001795が例示され、マウスの場合、NM_009868が例示される。vWFは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_000552が例示され、マウスの場合、NM_011708が例示される。SMAは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_001141945が例示され、マウスの場合、NM_007392が例示される。
【0030】
胚性幹細胞を浮遊培養により細胞塊(胚様体)を形成させて内皮細胞または壁細胞へ分化誘導を行うことができる。この他にも胚性幹細胞から内皮細胞または壁細胞を分化誘導する方法としては、公知の方法を用いることができ、特に特定されるものではないが、例えば、胚性幹細胞からFlk/KDR陽性細胞を単離し、VEGFおよびcAMPの存在下で分化誘導を行う方法(Yamashita J, et al. Nature. 408: 92-6, 2000)を用いて胚性幹細胞から心筋細胞を分化誘導することができる。培養日数は、特に限定されないが、Flk/KDR陽性細胞をVEGFおよびcAMPの存在下で培養後、1日から10日であり、好ましくは3日である。
【0031】
本発明において内皮細胞または壁細胞は、互いに単離精製されていてもよく、内皮細胞または壁細胞が他の細胞種と混在して存在しても良い。
【0032】
<心筋シートを製造する方法>
心筋シートとは、心臓または血管を形成する各種細胞から成り、細胞間結合により細胞同士が連結されたシート状の細胞集合体である。ここで、心臓または血管を形成する各種細胞とは上述の心筋細胞、内皮細胞および壁細胞が例示される。
【0033】
本発明において好ましい心筋シートは、細胞間の電気的結合および配向性を有しており、VEGFを細胞外へ分泌している。
【0034】
心筋シートは、少なくとも、上述の方法で作製された心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を含む細胞を混合して培養することによって製造される。このとき培養に供する各細胞の細胞数は、例えば1×104〜1×106である。本発明において、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞以外の細胞を含んでも良い。好ましくは、上述の胚性幹細胞由来のFlk/KDR陽性細胞を1日から7日、好ましくは3日培養した細胞へ心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を混合して培養して製造される。ここで、心筋シート移植後の腫瘍の形成を防ぐ目的で多能性を保持している未分化細胞を除外して混合することが望まれる。多能性を保持している未分化細胞は、例えば、NanogまたはOct3/4により認識することが可能である。
【0035】
各細胞を混合後、培養液へVEGFを添加してさらに培養してもよく、この時の培養日数は、1日から10日でよく、好ましくは4日である。
【0036】
上記培養には、(メタ)アクリルアミド化合物、N-(若しくはN,N-ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(特開2010-255001)、又はビニルエーテル誘導体を重合させた温度応答性ポリマーを被覆した培養器材を用いてもよく、好ましくは、ポリ-N-イソプロピルアクリルアミドを固定した培養器材である。尚、本培養器材は、UpCellとしてセルシード社より購入することもできる。
【0037】
本発明において、心筋シートの大きさは培養器材に依拠するが、好ましくは、移植対象の部位を覆うに十分な面積を有する。
【0038】
作製した心筋シートは、積層化して用いても良く、好ましくは、3層重ねた心筋シートである。積層化は、心筋シートを培養液中で重ねた(好ましくは、各心筋シートをずらして重ねた)後、培養液を除去する事によって接合させることができる。複数枚重ねる場合は、一度に同作業を行っても良く、好ましくは、1層ごとに同作業を行う。
【0039】
上記の方法で製造された心筋シートは、例えば、次のような特徴を有している。
・少なくとも、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を含み、心筋シートを構成する細胞構成比は、以下のものに限定されないが、例えば、心筋細胞35〜50%、内皮細胞0.5〜7%、壁細胞45〜63%である。
・内皮細胞が心筋細胞と心筋細胞の間に散在している。
・VEGFを発現し分泌する。
【0040】
<心疾患の治療>
本発明で提供する心筋シートは、動物(好ましくはヒト)の心疾患の治療剤として用いることができる。心疾患の治療方法は、心筋シートを、所望の部分を覆うように配置することによって達成される。ここで、所望の部分を覆うように配置することは、当該分野において周知技術を用いて行うことができる。配置に際し、所望の部分が大きい場合は、組織を取り巻くように配置してもよい。また、心筋シートの配置は、所望の効果を得るため、同部分へ数回の配置を行うこともできる。数回の配置を行う場合、心筋シートが組織へ生着し、血管新生を行うために十分な時間をおいて行うことが望ましい。
【0041】
本発明における心疾患は、心不全、虚血性心疾患、心筋梗塞、心筋症、心筋炎、肥大型心筋症、拡張相肥大型心筋症、拡張型心筋症などの疾患または障害による欠損等が挙げられる。
【実施例】
【0042】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲はそれらの実施例によって制限されないものとする。
【0043】
(実施例1)心筋シート作製
Yamashita JK, et al. FASEB J. 19:1534-6, 2005に記載のaMHCプロモーターによりEGFPの発現が制御されるよう操作されたマウスES細胞株(EMG7)を用いた。
【0044】
Flk+細胞は、これまでに報告された方法により作製した(Yamashita J, et al. Nature. 408:92-6, 2000またはYamashita JK, et al. FASEB J. 19:1534-6, 2005)。簡潔には、EMG7または20D17を、分化培地(10%ウシ胎児血清および5x105mol/Lの 2-mercaptoethanolを添加したαMEM)を用いて、ゼラチンコーティングディッシュ上で4日間培養した後、FACSによりFlk陽性細胞を純化することで作製した。
【0045】
上述の方法で得られたFlk+細胞からこれまでに報告された方法を用いて内皮細胞および壁細胞の混合細胞を作製した(Yamashita J, et al. Nature. 408:92-6, 2000またはYurugi-Kobayashi T, et al. Arterioscler ThrombVasc Biol. 26:1977-84, 2006)。簡潔には、50 ng/mlのVEGFと0.5 mmol/Lの8-bromo-cAMPを添加した分化培地を用いて、ゼラチンコーティングディッシュ上で3日間培養することにより得られた。
【0046】
上述の方法で得られたFlk+細胞からこれまでに報告された方法を用いて心筋細胞を作製した(WO2009/118928またはYan P, et al. Biochem Biophys Res Commun. 379:115-20, 2009)。簡潔には、1-3 μg/mLのCyclosporin-Aを添加した分化培地を用いて、mitomycin C処理をしたOP9細胞上で4日間培養した後、GFP陽性分画を分離することにより得られた。
【0047】
心筋シートは、上記の複数種の細胞を用いて、次の方法により作製された。2.5×104から4.0×104のFlk+細胞を温度感受性培養皿(UpCell、セルーシード社)上に播種し、分化培地を用いて培養した。培養開始3日目に、5.0×105の上述の内皮細胞および壁細胞の混合細胞ならびに5.0×105の上述の心筋細胞を同培養皿へ播種し、VEGFを添加した分化培地を用いて37℃にて培養した。心筋細胞添加4日後(培養開始7日目)に室温に戻すことで培養皿より細胞をシート状に剥離させ、心筋シートを得た。尚、2種の細胞混合後2日目に培地の交換を行った。
【0048】
(実施例2)心筋シートの細胞構成
上述のようにEMG7より作製した心筋シートを0.25%トリプシンを用いて単離し、PE(phycoerythrin)結合の抗CD31抗体にて標識し、FACSを用いてGFP(FITC)およびPEの陽性率により心筋細胞(CM), 内皮細胞(EC), 壁細胞(MC)の割合について定量した結果を図1に示す。その結果、CM: 43.4±6.2%, EC: 3.3±2.6%, MC: 53.3±8.2%と計算された。
【0049】
(実施例3)心筋シートの組織学的評価
組織学的評価を行うため、EMG7より作製した心筋シートを4%PFA(paraformaldehyde)を用いて固定し、1%スキムミルクにてブロッキング後、抗体(一次抗体:mouse anti-cTnT, rat anti-VE-Cadherin、二次抗体:anti-mouse Alexa Flour 546, anti-rat AlexaFlour 488)を用いてCM, ECを標識し、DAPI (4',6-diamino-2-phenylindole) を用いて核染色した後、多光子レーザー顕微鏡(LSM 510, Carl-Zeiss)または蛍光顕微鏡(BZ-9000, Keyence)により観察した(図2BおよびC)。さらに、4%PFAにて固定し、脱水・脱脂・脱アルコールののち、パラフィン浸透ののち包埋した。6μmの切片をヘマトキシリン・エオジン染色、シリウスレッド染色あるいは前述と同様にcTnTに対する免疫染色(HRP/DAB発光)した(図2A)。その結果、細胞外マトリクス(図2A上段、シリウスレッド染色)が保持されたままシートが回収されていることが示された。シートは3-4層の細胞で成り立っていることが示された。またCMは細胞シートの主な構成成分であるが、その間にECが散在している様子が観察された。
【0050】
(実施例4)心筋シートの電気生理学的評価
電気生理学的評価を行うため、0.1%ゼラチンにてコーティングした電極付き培養皿(MED64 system, アルファメッド・サイエンス)の電極上にEMG7より作製した心筋シートを静置した。続いて、培地を吸引し37℃にて30分インキュベートすることにより電極とシートを固定し、それぞれの電極の電位を測定することにより、シート上での電位の伝導を記録した。その結果を図3に示す。細胞外電位測定により、拍動が電気的に連続して一方向性に伝導することを確認した(図3C)。
【0051】
(実施例5)心筋シートのサイトカイン産生能
EMG7より作製した心筋シートの形成中(Condition 1)および完成後(Condition 2)の培養上清のサイトカイン量をELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)を用いてTNFα、IGF-1、VEGF、IL-6、bFGF、IFNγ、EGF、LeptinおよびHGFを測定した(HGF: mouse HGF EIA kit, IIM, それ以外: mouse angiogenesis ELISA strip, Signosis)。その結果を図4に示す。心筋シートの形成中および完成後のいずれにおいても、angiogenesisに関わるサイトカイン(TNFα, IGF-1, VEGF, IL-6, bFGF, IFNγ, EGF, Leptin, HGF)のうち、VEGFが非常に多く産生されることが示された。
【0052】
・Condition 1: 心筋細胞添加2日後、無血清培地(5×105 mol/Lの 2-mercaptoethanolを添加したαMEM)を用いて2回洗浄し、無血清培地により培養2日後、培養上清を回収し、サイトカイン量の測定に用いた。
・Condition 2: ゼラチンコーティングディッシュ上に上述の方法で作製した心筋シートを広げたて静置し、培地を吸引し培養皿とシートを固定後、培地を加えて37℃にて30分インキュベートする。別の心筋シートを広げてディッシュに固定したシートの上へ静置し、培地を吸引して積層させた。同様に3層分繰り返す。2,3層目は元のシートから少しずつ位置をずらして積層化させた。続いて、ピペットマンを用いて培養皿底面を沿わせるように培地を流し、積層化された細胞シートを培養皿からはがした(図5)。このように積層化した心筋シートを無血清培地を用いて2回洗浄し、無血清培地にて培養を継続し、3時間後培養上清を回収し、サイトカイン量の測定に用いた。
【0053】
(実施例6)心筋シートのVEGF産生能
上述のように作製した心筋シートをRNeasy mini (QIAGEN) を用いてRNAを抽出し、vegf164の発現量を定量性RT-PCRにて測定した(Step One Plus, Appliedbiosystems、vegf164のforward primer: 5’-CCAGCACATAGGAGAGATGAGCTT-3’(配列番号1)およびreverse primer: 5’-CAAGGCTCACAGTGATTTTCTGG-3’(配列番号2)、b-actinのforward primer: 5’-CATCCGTAAAGACCTCTATGCCAAC-3’(配列番号3)およびreverse primer: 5’-ATGGAGCCACCGATCCACA-3’(配列番号4))。この時、対照として、マウス新生仔由来心線維芽細胞(CF)を用いて作成した細胞シートを用いた。その結果を図6Aに示す。EMG7より作製した心筋シートがCFシートに比べvegf164を極めて多く発現することが示された。さらに、上述の心筋シート作製過程において心筋細胞を添加したシート(CM(+))と添加しなかったシート(CM(-))をそれぞれ回収前(室温に下げる前)に培養上清を吸引し、無血清培地にて2回洗浄した後、無血清培地にて3時間培養後の上清を回収し、VEGFの量を測定した(Quantikine mouse VEGF, R&D)。その結果を図6Bに示す。CM(+)シートがCM(-)シートに比べVEGFを極めて多く分泌することが示された。
【0054】
(実施例7)心筋シートへの未分化細胞混入評価
心筋シートを回収後にゼラチンコーティングディッシュ上に静置し、培地を吸引し37℃にて30分インキュベートすることによりデイッュとシートを固定した。次のように3群に分け、各群3枚ずつ作成し、4%PFAによる固定後、%スキムミルクにてブロッキングし、抗体(一次:mouse anti-Oct 3/4, rabbit anti-Nanog、二次:anti-mouse Alexa Flour 488, anti-rat Alexa Flour 546)を用いてNanogまたはOct3/4陽性細胞を標識し、蛍光顕微鏡を用いて計測した。結果を図7に示す。回収直後のシート内(Group1)に未分化細胞の小コロニーが混入していることを確認した。また、LIF(+)の環境下でのシート継続培養(Group2)では混入未分化コロニーのサイズが増大するが、LIF(-)(Group3)ではその増大は抑えられることを確認した。
【0055】
・Group 1: 心筋シートを回収直後に蛍光免疫染色を行う。
・Group 2: 心筋シートを回収後、LIF(白血病阻害因子)を添加したES細胞用培地(Yamashita J, et al. Nature. 408:92-6, 2000)にて3日間継続培養後、蛍光免疫染色を行う。
・Group 3: LIFを添加しないES細胞用培地にて3日間継続培養後、蛍光免疫染色を行う。
【0056】
(実施例8)疾患モデルラットに対する心筋シート移植
10-13週齢、250〜330gの無胸腺免疫不全ラット(F344/N Jcl-rnu/rnu)(日本クレア)より次の方法で亜急性期心筋梗塞(MI)モデル作成した。当該ラットをラット用人工呼吸器にて呼吸管理し、イソフルラン吸引により麻酔した。続いて、少量の酸素による人工呼吸下で左肋間開胸による心膜切開より心臓を露出後、前下行枝を第一中隔枝末梢で6-0ポリプロピレン糸にて結紮した。末梢灌流領域の収縮低下および色調変化を確認(それらを認めない場合再度結紮を施行)した後、4-0ポリプロピレン糸にて閉創した。6日後に心臓超音波検査(Vivid7, GE横河メディカル)にてMIの有無を確認した。左室内径短縮率(FS)が40%を超えるものは不適モデルとして除外した。
【0057】
このようにMI導入後7日目にEMG7より作製した心筋シート(図8)の移植を行った。移植には前述の方法にて3枚の心筋シートを積層化して用いた(図5)。移植は、MIモデルラットに対しジエチルエーテルにて麻酔導入後、ラット用人工呼吸器にて呼吸管理し、イソフルランにて麻酔を維持した。左肋間開胸にて開胸、肺・胸壁との癒着を慎重に剥離し心筋梗塞部を露出させ、積層化心筋シートを梗塞部に移植した。15分静置ののち4-0ポリプロピレン糸にて閉創した。Sham手術群に対しては心筋梗塞部露出を同様に行い、15分後に同様に閉創した。
【0058】
移植後4週まで観察した12例は全て生存した。そのうち肉眼的に心臓を観察した9例全てにおいて、奇形腫の形成を認めなかった。残り3例も心臓超音波検査上奇形腫を認めなかった。
【0059】
(実施例9)心筋シート移植による心機能評価
移植後2週および4週に心臓超音波検査および移植後4週に左室容量圧曲線測定検査(心臓カテーテル検査:MIKRO-TIP catheter system, Millar instruments)により心機能を測定した。治療群とSham群についてそれぞれ評価し比較した。
【0060】
上記の心臓超音波検査は次の方法で行った(各群n=9)。ジエチルエーテルにて麻酔導入後、ラット用人工呼吸器にて呼吸管理し、イソフルランにてRR間隔120〜200msecになるような深度で麻酔維持した。続いて、10Sプローブ(4.0〜11.0MHz)を用いて測定した。Mモードにて拡張期および収縮期の中隔径、左室内腔径、後壁径を測定し、左室内径短縮率(fractional shortening; FS)および収縮期壁厚増加率(systolic thickening)を計算した。Bモードにて拡張期および収縮期の左室内腔面積および左室周囲長を測定し、左室断面積変化率(fractional area change; FAC)および非収縮範囲(akineticlesion; AL)を計算した。測定時には、人工呼吸を停止し、呼吸によるバイアスを除いた。その結果、左室収縮能を示すFS, FACおよびsystolic thickeningは、治療群において、治療後2週および4週で治療前に比べ改善を認め、Sham群に比べ有意に高値であることが示された。またALで示される梗塞範囲についても治療前に比べ2週および4週で縮小し、Sham群と比較して有意に限定されていた。拡張期左室内腔面積(治療前からの変化率)については、2週の段階でSham群は治療群に対して有意に左室拡大を認めた(図9F)。
【0061】
また、上記の左室容量圧曲線測定検査(心臓カテーテル検査)は次の方法で行った(各群n=8)。ジエチルエーテルにて麻酔導入後、ラット用人工呼吸器にて呼吸管理し、イソフルランにて麻酔維持した。コンダクタンスカテーテル(2Fr)を右内頸動脈より挿入し後、左室に誘導し、左室容量圧曲線を測定し時定数(Tau)を計算した。カテーテルを挿入した状態で横隔膜下にて開腹し、下大静脈を圧迫、前負荷減少による容量圧曲線偏移における収縮末期左室弾性率(elastance of end systole; Ees)を計算した。測定時には人工呼吸を停止し、呼吸によるバイアスを除いた。その結果、左室収縮能を示す収縮末期左室弾性率(Ees)は治療群でより高いことが確認され、心臓超音波検査と同様の結果が得られた。一方、拡張能を示す時定数(Tau)については治療群でやや優れる傾向を示すものの、有意差には至らなかった(図10)。
【0062】
(実施例10)心筋シート移植による組織学的評価
経時的なグラフト細胞の生着、生着細胞の局在の評価およびグラフト由来心筋細胞形態の変化(成熟)の評価を移植後1日、3日、1週、4週において次の方法により行った。ジエチルエーテルにて麻酔導入後、ラット用人工呼吸器にて呼吸管理し、イソフルランにて麻酔維持した。正中にて開胸し上大静脈・左上大静脈および下大静脈を確保し遮断した。心尖部に23G針を刺入し、生理的食塩水注入にて左室内血液を流出させると同時に右心房を開放し心臓の過拡張および浮腫を防止した。右心房から生理的食塩水のみ流出することを確認した後、45分間、4%PFAを同様に注入し組織を固定した(灌流固定法)。続いて、心臓を摘出し4%PFAに浸潤、4℃over nightの後、15%スクロース液に浸潤させた(4℃、2回交換、計24時間)。イソペンタンにドライアイスを加えた溶液およびOCTコンパウンドを用いて凍結包埋を行った。さらに、梗塞部位の中心部にて6μm切片を作成し、ブロッキング剤(Protein Block Serum-Free, DAKO)によりブロッキングを行った後、抗体(一次抗体:mouse anti-cTnT, rabbit anti-GFPおよび二次抗体:anti-mouse AlexaFlour 546またはanti-rat AlexaFlour 488)を用いてGFP陽性心筋細胞を標識し、蛍光顕微鏡(BZ-9000, Keyence)を用いて観察した。
【0063】
また、移植後1週モデルに対し、connexin 43を標識し(一次抗体:rabbit anti-connexin43、二次抗体:anti-rabbit AlexaFlour 488)を用いてグラフト部位のgap junctionの発現の有無を蛍光顕微鏡(BZ-9000, Keyence)を用いて観察した。
【0064】
続いて、cTnTに対する免疫染色と同時に、種特異的反復配列を認識するFISH(fluorescence in situ hybridization)プローブを用いて、ラット心臓組織中のマウス細胞を次の方法により検出した。上記のプローブはクロモソームサイエンスラボ社製ラットゲノムDNA FISHプローブ(Cy5標識)およびマウスゲノムDNA FISHプローブ(digoxigenin標識)を使用した。組織切片は、次の方法で前処理後使用した。PBSで洗浄後、4%PFA/PBSにて15分固定、PBSで洗浄後、アルコールシリーズにより脱水・乾燥させた。さらに10mM Tris-EDTA(pH 9.0)溶液に浸け、電子レンジを用いて10分加熱後、10秒〜1分間0.02%ペプシン/0.1N HCNで処理し、さらにPBSで洗浄、アルコールシリーズにより脱水・乾燥させた。このように前処理した標本にラットおよびマウスゲノムDNA FISHプローブをアプライした後、ホットプレート上(80℃)にて切片とプローブを同時に10分間変性処理し、37℃でハイブリダイズさせた。ハイブリダイズした染色体標本を37℃の50%ホルムアミド/2×SSCでstringency washした後、anti-Dig-Cy3によりマウスゲノムDNA FISHプローブのシグナルによりラットおよびマウス核シグナル検出した。また、FISH済切片にmouse anti-cTnTをCan Get Signal Solution 1 (TOYOBO)で規定濃度に希釈(1:200)した溶液を滴下し37℃で1時間反応させた。反応後PBSTで5分×3回洗浄し、Can Get Signal Solution2で1:500希釈2次抗体(anti-rabbit-Alexa488およびanti-mouse-Alexa 594)を添加し、30分反応させ免疫染色を行った。反応後PBSTで5分×3回洗浄し、DAPIにより核染色も行った。染色後、ゲノムDNAプローブシグナルおよび蛍光標識抗体をLeica CW-4000システムを用いて顕微鏡観察した。
【0065】
その結果、マウス由来の生着グラフト細胞は経時的に減少し、28日目には少数を認めるのみとなっていた。7日目以降生着している部位は主に、レシピエント心筋層がより多く残っている梗塞周辺部であった。心筋細胞生着部位については、移植後7日目の段階でgap junctionを形成しつつあることが確認された(図11)。さらに、移植後時間が経過するに伴い、心筋細胞サルコメア(超分子集合体)を構成するcardiac troponin T(cTnT)の構造が形態的に成熟してゆくことがcTnTに対する免疫染色にて示され、4週目にはレシピエント心筋細胞とほぼ形態的に同一になっていることが確認された(図12)。
【0066】
(実施例11)心筋シート移植による梗塞後左室リモデリングの評価
移植4週後に、梗塞中心部より50μm間隔で6μm厚にて各個体あたり5枚の切片を作成し、シリウスレッドにより染色し蛍光顕微鏡観察を行った。心室内腔長と梗塞部位長を測定し、梗塞部位の割合を計算した。また、梗塞部位面積を梗塞部位長で割り、梗塞部位平均壁厚を計算した。治療群とSham群でそれぞれ行い(各5個体ずつ)、比較した。その結果、治療群がSham群に比べ梗塞領域が限定され、梗塞部位の壁菲薄化が抑えられることが示された(図13)。これらは治療群において梗塞後左室リモデリングが抑制されているためと示唆された。
【0067】
(実施例12)心筋シート移植によるグラフト部位における血管新生の評価
移植後1日、3日、1週、4週に、前述と同様の方法で作製した切片を用いてvWFに対する免疫染色(1:500)とFISHを同時に行った。4週目での治療群とSham群における新生血管数(capillary density)につき、梗塞部位を中心部(Central-MI)と周辺部(Peri-MI)に分けて計測し比較した(各3個体につき、無作為5視野ずつ)。この時、中心部と周辺部を図示するために、治療群の1例についてはマッソン・トリクローム染色を行った。治療群については1日、3日、1週の段階での新生血管の分布(グラフト由来心筋細胞生着部での血管新生の有無等)を観察した。移植後1日目にはグラフト部位の内部にvWF陽性細胞が散在しており、3日目にはグラフト部位の心筋細胞塊を内側から囲むようにvWF陽性細胞の集積が認められたが、これらは明らかな管腔構造は示していなかった。マウスのシグナルも示していないので、レシピエント(ラット)側からの集積と考えられる。移植後7日目には、3日目に示された集積はすでに認められなかった。さらに高倍率にて3日目の状態を観察すると、グラフト心筋細胞塊の中に一部vWF陽性の管腔構造を認め、またその内部に赤血球を認め、血流を伴った新生血管がグラフト内に増生していることを示した。また同部位にてFISHとvWF免疫染色を同時に行うことにより、その新生血管の一部にマウス由来細胞が取り込まれていることが示された。新生血管形成にはレシピエント細胞のみならずグラフト由来細胞も寄与していることが考えられた(図14)。移植後4週では前述のように、グラフト由来細胞の生着自体はかなり減少しているが、capillary densityの測定により、血管新生は治療群において有意に促進されていることが示された。またその血管新生は治療群において、梗塞周辺部でより多く起こっていることが示された(図15)。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明の心筋シートは、それを患者の心疾患患部に移植することによって、正常な心筋細胞が増殖かつ生着するとともに、血流を伴った血管新生をも促進することができる。このことから、心不全、虚血性心疾患、心筋梗塞、心筋症、心筋炎、肥大型心筋症、拡張相肥大型心筋症、拡張型心筋症などの心疾患の治療のための再生医療に本発明の心筋シートを使用することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0069】
配列番号1〜4: プライマー
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(a)および(b):
(a)胚性幹細胞からFlk/KDR陽性細胞、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞をそれぞれ製造する工程、および
(b)当該Flk/KDR陽性細胞へ当該心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を混合することによりシートを形成させる工程
を含む、胚性幹細胞由来の心筋細胞、内皮細胞および壁細胞から心筋シートを製造する方法。
【請求項2】
前記Flk/KDR陽性細胞が、胚性幹細胞をゼラチン被覆培養器材上で培養することにより誘導される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(a)において、心筋細胞が、シクロスポリンAの存在下で前記Flk/KDR陽性細胞を培養することにより製造される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程(a)において、内皮細胞および壁細胞が、VEGFおよびcAMPの存在下で前記Flk/KDR陽性細胞を培養することにより製造される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
前記工程(b)において、Flk/KDR陽性細胞を1〜7日間、好ましくは3日間培養した後に、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を混合させる、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記工程(b)において、温度応答性ポリマーを被覆した培養器材を用いてシートを形成させる、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記工程(b)において、前記混合後VEGFの存在下でさらに培養することによりシートを形成させる、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記シートを積層化する工程をさらに含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記積層化が3層である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法で得られた心筋シートを含む心疾患治療剤。
【請求項1】
以下の工程(a)および(b):
(a)胚性幹細胞からFlk/KDR陽性細胞、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞をそれぞれ製造する工程、および
(b)当該Flk/KDR陽性細胞へ当該心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を混合することによりシートを形成させる工程
を含む、胚性幹細胞由来の心筋細胞、内皮細胞および壁細胞から心筋シートを製造する方法。
【請求項2】
前記Flk/KDR陽性細胞が、胚性幹細胞をゼラチン被覆培養器材上で培養することにより誘導される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(a)において、心筋細胞が、シクロスポリンAの存在下で前記Flk/KDR陽性細胞を培養することにより製造される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程(a)において、内皮細胞および壁細胞が、VEGFおよびcAMPの存在下で前記Flk/KDR陽性細胞を培養することにより製造される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
前記工程(b)において、Flk/KDR陽性細胞を1〜7日間、好ましくは3日間培養した後に、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を混合させる、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記工程(b)において、温度応答性ポリマーを被覆した培養器材を用いてシートを形成させる、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記工程(b)において、前記混合後VEGFの存在下でさらに培養することによりシートを形成させる、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記シートを積層化する工程をさらに含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記積層化が3層である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法で得られた心筋シートを含む心疾患治療剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2012−210156(P2012−210156A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−76235(P2011−76235)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度文部科学省、「科学技術試験研究委託事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(591173198)学校法人東京女子医科大学 (48)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度文部科学省、「科学技術試験研究委託事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(591173198)学校法人東京女子医科大学 (48)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]