説明

薬物送達制御用経肺投与リポソーム

【課題】薬剤や遺伝子の肺内送達制御性に優れ、経肺投与に適したリポソームを提供すること。
【解決手段】ホスファチジルコリン、コレステロール及びリン酸ジアルキルエステルを膜構成脂質として含むリポソーム、および末端疎水化ポリビニルアルコール及び/又はキトサンを用いてリポソームの表面を修飾した、リポソーム内に封入された薬剤や遺伝子の肺組織表面での滞留性や肺組織内への移行性を適切に調節でき、その生体内挙動を制御することが可能なリポソーム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬剤や遺伝子の送達制御性に優れ、経肺投与に適したリポソームに関する。更に、本発明は、当該リポソームに、薬剤又は遺伝子が封入されてなるリポソーム製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
リポソームは、脂質二重層構造を有する閉鎖小胞である。リポソームは、2分子膜によって薬剤や遺伝子を外界から隔離した状態で封入できるので、封入された薬剤や遺伝子を分解又は代謝から保護することができる。また、リポソーム膜組成を制御することにより、細胞膜や粘膜に付着することができるので、封入された薬剤や遺伝子を細胞内に送達させることができる。このようなリポソームの保護機能や送達機能により、薬剤や遺伝子の運搬体(キャリアー)として注目を浴びている。
【0003】
一般に、疾患の治療に使用される薬剤や遺伝子では、標的作用部位に到達し、そこで所望の薬理作用が発現されることが求められる。薬剤及び遺伝子の標的作用部位における送達性を向上させる目的で、リポソームの利用が試みられている。これまでにもリポソームに標的作用部位に対する選択的輸送性能を付与させるために、構成脂質の種類や組成比、表面電荷等を制御する方法が提案されている。しかしながら、上述の従来の方法では、薬剤の送達性を十分に制御できていないのが現状である。特に、肺組織に適用する薬剤や遺伝子では、その作用機構様式によって、肺組織の表面(例えば気管支肺胞の表面等)での滞留が望ましい場合や、肺組織の内部に取り込まれることが望ましい場合があり、薬剤や遺伝子の生体内挙動を高度に制御することが求められている。しかしながら、肺組織において薬剤や遺伝子の生体内挙動を制御する技術については未だ確立されてはいない。
一方、リポソームの表面をポリマー等の高分子で修飾する技術はこれまでに報告されている(例えば、非特許文献1及び2参照)。しかしながら、リポソームの表面修飾によって、肺組織内における生体内挙動を制御する技術については、これまで十分に知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Takeuchi H et al.,“Effectiveness of submicron-sized, chitosan-coated liposomes in oral administration of peptide drugs.”, Int J Pharm., 2005 Oct 13;303(1-2):160-170.
【非特許文献2】Takeuchi H et al.,“Evaluation of circulation profiles of liposomes coated with hydrophilic polymers having different molecular weights in rats.”, J Control Release., 2001 Jul 10;75(1-2):83-91.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、上記従来技術の課題を解決することを目的とする。具体的には、本発明の目的は、薬剤や遺伝子の送達制御性に優れ、経肺投与に適したリポソーム、及び該リポソームに薬剤又は遺伝子を封入した経肺投与用のリポソーム製剤を提供することにある。更に、本発明は、上記リポソーム製剤を使用して、肺組織の疾患を治療する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討したところ、末端疎水化ポリビニルアルコール及び/又はキトサンを用いてリポソームの表面を修飾することによって、リポソーム内に封入された薬剤や遺伝子の肺組織の表面での滞留性や肺組織或いは肺表面細胞内への移行性を適切に調節でき、その生体内挙動を制御できることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて更に改良を重ねることにより完成したものである。
【0007】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する:
項1. 末端疎水化ポリビニルアルコール及びキトサンよりなる群から選択される少なくとも1種のポリマーにより、リポソームの表面が修飾されていることを特徴とする、経肺投与用リポソーム。
項2. リポソームの膜構成脂質としてリン脂質を含む、項1に記載の経肺投与用リポソーム。
項3. リポソームの膜構成脂質として、ホスファチジルコリン、コレステロール及びリン酸ジアルキルエステルを含む、項1に記載の経肺投与用リポソーム。
項4. リポソームが末端疎水化ポリビニルアルコールで表面修飾されてなり、肺組織表面又は肺組織表面細胞を標的作用部位とするリポソームである、項1に記載の経肺投与用リポソーム。
項5. リポソームが末端疎水化ポリビニルアルコールで表面修飾されてなり、徐放性経肺投与用リポソームである、項1に記載の経肺投与用リポソーム。
項6. リポソームがキトサンで表面修飾されてなり、肺組織表面乃至内部を標的作用部位とするリポソームである、項1に記載の経肺投与用リポソーム製剤。
項7. リポソームがキトサンで表面修飾されてなり、即効性経肺投与用リポソームである、項1に記載の経肺投与用リポソーム。
項8. 炭素数1〜30のアルキル基、炭素数1〜30のアルコキシ基、炭素数1〜30のカルボキシアルキル基、又は炭素数1〜30のチオアルキル基からなる疎水性基を有する末端疎水化ポリビニルアルコールでリポソームの表面が修飾されてなる、項1に記載の経肺投与用リポソーム。
項9. 項1に記載の経肺投与用リポソームに、薬剤又は遺伝子が封入されてなる、経肺投与用リポソーム製剤。
項10. リポソームが末端疎水化ポリビニルアルコールで表面修飾されてなり、肺組織表面又は肺組織表面細胞を標的作用部位とする製剤である、項9に記載の経肺投与用リポソーム製剤。
項11. リポソームがキトサンで表面修飾されてなり、肺組織表面乃至内部を標的作用部位とする製剤である、項9に記載の経肺投与用リポソーム製剤。
項12. 以下の工程(i)及び(ii)を含む、経肺投与用リポソーム製剤の製造方法:
(i) 薬剤又は遺伝子と、リポソーム膜の構成成分とを混合して、薬剤又は遺伝子が封入されたリポソームを得る工程、及び
(ii) 上記工程(i)で得られた薬剤又は遺伝子が封入されたリポソームと、末端疎水化ポリビニルアルコール及びキトサンよりなる群から選択される少なくとも1種のポリマーとを混合して、該リポソームの表面を該ポリマーで修飾する工程。
項13. 末端疎水化ポリビニルアルコール及びキトサンよりなる群から選択される少なくとも1種のポリマーの、経肺投与用リポソームの製造のための使用。
項14. 末端疎水化ポリビニルアルコールの、徐放性経肺投与用リポソームの製造のための使用。
項15. キトサンの、即効性経肺投与用リポソームの製造のための使用。
項16. 項9に記載の経肺投与用リポソーム製剤の治療有効量を、肺組織の疾患を罹患する患者の肺に投与する工程を含む、肺組織疾患を治療する方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の経肺投与用リポソームは、末端疎水化ポリビニルアルコール及び/又はキトサンの量を調節することによって、リポソーム内に封入された薬剤や遺伝子の肺組織の表面での滞留性、及び肺組織内への移行性を制御できるので、肺組織に適用される薬剤や遺伝子に所望の生体内挙動を付与することができる。それ故、本発明の経肺投与用リポソームによれば、封入された薬剤や遺伝子による薬理作用を、肺組織の標的作用部位において効果的に発現させることができる。
【0009】
また、本発明の経肺投与用リポソームの表面修飾に用いられている末端疎水化ポリビニルアルコール及び/又はキトサンは、生体適合性もしくは生体内分解特性を有しているため、本発明の経肺投与用リポソームは安全性が比較的高いと考えられる。また、本発明の経肺投与用リポソームによれば、リポソームを表面修飾している末端疎水化ポリビニルアルコール及び/又はキトサンによって、リポソームを保護し、封入されている薬剤や遺伝子の分解を抑制できる。よって、本発明の経肺投与用リポソームは、封入されている薬剤や遺伝子の安定性が高いという利点もある。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】試験例1において、実施例1−2のポリマー修飾リポソーム及び比較例2の未修飾リポソームのラットにおける肺内挙動を評価した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明の経肺投与用リポソームにおいて、脂質二重層膜構造を有する閉鎖小胞である限り、脂質二重層の数は特に限定されず、例えば、小さな1枚膜リポソーム(small unilamellar. vesicles: SUV)、大きな1枚膜リポソーム(large unilamellar vesicles: LUV)、及び多重層リポソーム(multilamellar vesicles: MLV)のいずれであってよい。
【0013】
本発明の経肺投与用リポソームにおいて、脂質二重層を構成する成分については、リポソームの膜構成成分として一般に使用されるものであれば特に限定されない。具体的には、リポソームの膜の構成成分として、脂質、膜安定化剤、荷電物質、抗酸化剤、膜タンパク質等が挙げられる。
【0014】
リポソーム膜の構成成分である脂質は、リポソーム膜において必須成分であり、その具体例としては、リン脂質、糖脂質、ステロール、飽和又は不飽和の脂肪酸等が例示される。
【0015】
リン脂質の具体例としては、ジラウロイルホスファチジルコリン、ジミリストイルホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルコリン、ジステアロイルホスファチジルコリン、ジオレオイルホスファチジルコリン、ジリノレオイルホスファチジルコリン、ミリストイルパルミトイルホスファチジルコリン、ミリストイルステアロイルホスファチジルコリン、パルミトイルステアロイルホスファチジルコリン等のホスファチジルコリン;ジラウロイルホスファチジルグリセロール、ジミリストイルホスファチジルグリセロール、ジパルミトイルホスファチジルグリセロール、ジステアロイルホスファチジルグリセロール、ジオレオイルホスファチジルグリセロール、ジリノレオイルホスファチジルグリセロール、ミリストイルパルミトイルホスファチジルグリセロール、ミリストイルステアロイルホスファチジルグリセロール、パルミトイルステアロイルホスファチジルグリセロール等のホスファチジルグリセロール;ジラウロイルホスファチジルエタノールアミン、ジミリストイルホスファチジルエタノールアミン、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン、ジステアロイルホスファチジルエタノールアミン、ジオレオイルホスファチジルエタノールアミン、ジリノレオイルホスファチジルエタノールアミン、ミリストイルパルミトイルホスファチジルエタノールアミン、ミリストイルステアロイルホスファチジルエタノールアミン、パルミトイルステアロイルホスファチジルエタノールアミン等のホスファチジルエタノールアミン;ホスファチジルセリン;ホスファチジン酸;ホスファチジルイノシトール;スフィンゴミエリン;カルジオリピン;卵黄レシチン;大豆レシチン;及びこれらの水素添加物等が例示される。
【0016】
糖脂質の具体例としては、ジグリコシルジグリセリド、ジガラクトシルジグリセリド、ガラクトシルジグリセリド、グリコシルジグリセリド等のグリセロ糖脂質;ガラクトシルセレブロシド、ガングリオシド等のスフィンゴ糖脂質;ステアリルグルコシド、エステル化ステアリルグリコシド等が例示される。
【0017】
ステロールの具体例としては、コレステロール、コレステリルヘミスクシネート、ラノステロール、ジヒドロラノステロール、デスモステロール、ジヒドロコレステロール、フィトステロール、フィトステロール、スチグマステロール、チモステロール、エルゴステロール、シトステロール、カンペステロール、ブラシカステロール、等が例示される。特に、当該ステロールには、リポソーム膜を安定化させたり、リポソーム膜の流動性を調節したりする作用があるため、リポソーム膜の構成脂質として含まれていることが望ましい。
【0018】
飽和又は不飽和の脂肪酸の具体例としては、デカン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキドン酸、オレイン酸、ドコサン酸等の炭素数10〜22の飽和又は不飽和の脂肪酸が例示される。
【0019】
上記のリポソーム膜の構成脂質は、1種単独で使用してもよいが、2種以上を組み合わせて使用してもよい。これらのリポソーム膜の構成脂質中でも、好ましくはリン脂質とステロールの組み合わせであり、更に好ましくはホスファチジルコリンとコレステロールの組み合わせが挙げられる。リン脂質とステロールを組み合わせる場合、両者の比率については、特に制限されないが、例えば、リン脂質100モルに対して、ステロールが1〜100モル、好ましくは5〜50モル、更に好ましくは10〜30モルとなる比率が挙げられる。
【0020】
上記のリポソーム膜の構成脂質の含有量としては、特に制限されないが、例えば、リポソーム膜の構成成分の総量に対して、モル比で1〜100%、好ましくは60〜95%、更に好ましくは70〜90%が例示される。
【0021】
また、荷電物質は、リポソーム膜の電荷を調節するために含有させるものであり、リポソーム膜の構成成分として必要に応じて使用される。なお、ここでいう電荷物質は、上記のリン脂質、糖脂質及びステロール以外の荷電を有する膜構成成分を示す。即ち、リポソーム膜の電荷の調節は、リポソーム膜の構成成分となる脂質として、コレステリルヘミスクシネート、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジン酸等のイオン性リン脂質を採用することにより行うことができるが、当該イオン性リン脂質の代わりに又は組み合わせて荷電物質を含有させることにより行うこともできる。正荷電を付与する電荷物質としては、具体的には、ラウリルアミン、ミリスチルアミン、パルミチルアミン、ステアリルアミン、オレイルアミン等の脂肪族第1級アミン等が例示される。また、負電荷を付与する電荷物質としては、ジセチルフォスフェート等のリン酸ジアルキル(C14〜18)エステルが例示される。これらの電荷物質の中でも、リン酸ジアルキルエステル、特にジセチルフォスフェートは、負電荷リポソームを形成でき、これによってリポソームの表面修飾が効率的に実施可能になるため、本発明の経肺投与用リポソームに好適である。
【0022】
リポソーム膜に含まれる上記荷電物質の割合については、特に制限されないが、例えば、リポソーム膜の構成成分の総量に対して、モル比で0〜50%、好ましくは5〜40%、更に好ましくは10〜25%が例示される。
【0023】
また、抗酸化剤は、リポソーム膜の酸化防止のために含有させることができ、リポソーム膜の構成成分として必要に応じて使用される。リポソーム膜の構成成分として使用される抗酸化剤としては、例えば、ブチル化ヒドロキシトルエン、没食子酸プロピル、トコフェロール、酢酸トコフェロール、濃縮混合トコフェロール、ビタミンE、アスコルビン酸、L-アスコルビン酸ステアリン酸エステル、パルミチン酸アスコルビン酸、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、エデト酸ナトリウム、エリソルビン酸、クエン酸等が例示される。
【0024】
リポソーム膜に含まれる上記酸化防止剤の割合については、特に制限されないが、例えば、リポソーム膜の構成成分の総量に対して、モル比で0〜40%、好ましくは5〜20%、更に好ましくは2.5〜10%が例示される。
【0025】
また、膜タンパク質は、リポソーム膜への機能付加又はリポソーム膜の構造安定化を目的として含有させることができ、リポソーム膜の構成成分として必要に応じて使用される。膜タンパク質としては、例えば、膜表在性タンパク質、膜内在性タンパク質、アルブミン、組換えアルブミン等が挙げられる。
【0026】
リポソーム膜に含まれる上記膜タンパク質の割合については、特に制限されないが、例えば、リポソーム膜の構成成分の総量に対して、モル比で0〜20%、好ましくは2.5〜10%、更に好ましくは5〜8%が例示される。
【0027】
効率的且つ強固にキトサン修飾を施すという観点から、リポソーム膜の構成成分に、負電荷を有する成分を含んでいることが望ましい。好ましくは、膜構成成分として、リン脂質、ステロール及び負電荷を付与する電荷物質を含むもの、更に好ましくはホスファチジルコリン、コレステロール及びリン酸ジアルキルエステルを含むものが例示される。このような膜構成成分を含むリポソームによれば、リポソームの表面修飾を効率的且つ強固に行うことができ、しかも肺組織の表面での滞留性及び肺組織内への移行性をより効果的に制御することができる。
【0028】
また、本発明の経肺投与用リポソームに使用されるリポソーム自体の粒子径(即ち、表面修飾されていない状態でのリポソームの粒子径)については、使用する脂質の種類、表面修飾に使用するポリマーの種類等に応じて適宜設定すればよいが、例えば20〜1000nm、好ましくは50〜500nm、更に好ましくは100〜200nm程度が例示される。リポソームの粒子径は、動的光散乱法によって測定される。
【0029】
リポソームは、例えば、薄膜水和法、超音波処理法、エタノール注入法、エーテル注入法、逆相蒸発法、界面活性剤法、凍結・融解法、薄膜水和−超音波法等の公知の方法を用いて調製することができる。また、リポソームの粒子径は、エクストルージョン法、フレンチプレス法、ホモジナイゼーション法等の公知の方法により調節することができる。
【0030】
本発明の経肺投与用リポソームは、リポソームの表面が末端疎水化ポリビニルアルコール及びキトサンよりなる群から選択される少なくとも1種のポリマー(以下、表面修飾ポリマーと表記することもある)により修飾されている。本発明の経肺投与用リポソームでは、リポソームの表面に前記表面修飾ポリマーが疎水結合、水素結合又は静電結合により結合することにより、リポソームの表面が前記ポリマーで修飾されている。
【0031】
ここで、末端疎水化ポリビニルアルコールは、ポリビニルアルコールの末端に疎水性基が結合しているポリマーを示す。末端疎水化ポリビニルアルコールとして、具体的には、アルキル基、アルコキシ基、カルボキアルキル基、及びチオアルキル基から選択される疎水性基がポリビニルアルコールの末端に結合しているポリマーが例示される。これらの中でも、好ましくは疎水性基がチオアルキル基のものである。ここで、疎水性基を構成するアルキル基、アルコキシ基、カルボキアルキル基、及びチオアルキル基としては、炭素数が1〜30程度、好ましくは5〜25程度、更に好ましくは10〜20程度のものが使用される。また、疎水性基を構成するアルキル基、アルコキシ基、カルボキアルキル基、及びチオアルキル基は、直鎖状又は分枝上状のいずれであってもよいが、このましくは直鎖状である。本発明で使用される末端疎水化ポリビニルアルコールの疎水基として、好ましくは炭素数が1〜30のチオアルキル基、更に好ましくは炭素数が5〜25の直鎖チオアルキル基、特に好ましくは炭素数が10〜20の直鎖チオアルキル基が例示される。本発明で使用される末端疎水化ポリビニルアルコールは、ポリビニルアルコールの末端の炭素原子に、疎水基が結合していればよく、例えば、疎水基がチオアルキル基の場合であれば、該チオアルキル基の硫黄原子がポリビニルアルコールの末端炭素原子に共有結合していればよい。
【0032】
また、末端疎水化ポリビニルアルコールのポリビニルアルコール部分のケン化度としては、例えば70〜95モル%、好ましくは80〜95モル%、更に好ましくは82〜93モル%が挙げられる。更に、末端疎水化ポリビニルアルコールのポリビニルアルコール部分の重合度としては、100〜1000、好ましくは200〜800、更に好ましくは300〜600が挙げられる。
【0033】
本発明において、末端疎水化ポリビニルアルコールは、1種の構造のものを単独で使用してもよく、また2種以上のものを組み合わせて使用してもよい。
【0034】
末端疎水化ポリビニルアルコールは、公知の化合物であり、市販品の入手又は公知の製造方法により取得することができる。
【0035】
また、キトサンは、グルコサミン残基がβ1-4結合により結合している下記構造式で示される多糖である。リポソームの表面修飾に使用されるキトサンの重合度としては、2〜1000、好ましくは50〜900、更に好ましくは100〜800(分子量で約2万〜15万)が挙げられる。また、当該キトサンの脱アセチル化度についても特に制限されないが、例えば60%以上、好ましくは70〜100%、更に好ましくは80〜100%が挙げられる。
【0036】
リポソームの表面に末端疎水化ポリビニルアルコールが多く存在する程、肺組織表面(例えば、気管支肺胞表面)に長時間滞留させことが可能になり、一方、リポソームの表面にキトサンが多く存在する程、肺組織内に速やかに移行させることが可能になる。即ち、リポソームの表面において末端疎水化ポリビニルアルコールの量が多い程、リポソームに封入した物質を肺組織表面又は表面細胞に効率的に作用させることができる。また、リポソームの表面においてキトサンの量が多い程、リポソームに封入した物質の肺組織内への移行性を高めることができる。従って、末端疎水化ポリビニルアルコールで表面修飾されてなるリポソームは、徐放性経肺投与用リポソーム、或いは肺組織表面又は肺組織表面細胞をターゲットとした経肺投与用リポソームとして有用である。また、キトサンで表面修飾されてなるリポソームは、即効性経肺投与用リポソーム、或いは肺組織表面乃至内部をターゲットとした経肺投与用リポソーム、特に肺組織内部をターゲットとした経肺投与用リポソームとして有用である。
【0037】
本発明の経肺投与用リポソームにおける上記表面修飾ポリマーの種類については、前述する肺組織内への移行性や肺組織表面での滞留性を考慮して、目的とする肺内挙動に基づいて適宜設定すればよい。本発明では、末端疎水化ポリビニルアルコール又はキトサンのいずれか一方のポリマーのみで表面修飾されていてもよく、またこれらの双方のポリマーを組み合わせて表面修飾されていてもよい。
【0038】
本発明の経肺投与用リポソームにおける上記表面修飾ポリマーの量についても、前述する肺組織内への移行性や肺組織表面での滞留性を考慮して、目的とする生体内挙動に基づいて適宜設定すればよい。例えば、リポソーム膜の構成成分の総量100重量部に対して、表面修飾ポリマーが1〜300重量部、好ましくは5〜250重量部、更に好ましくは10〜200重量部となる比率で使用すればよい。
【0039】
表面修飾ポリマーによるリポソームの表面修飾は、精製水又は緩衝液中で、表面修飾ポリマーとリポソームとを十分に混合することにより行われる。具体的には、表面修飾ポリマーを0.1〜10重量%程度含む水溶液と、リポソームを1〜10重量%程度含む水溶液とを等量混合し、4〜10℃で0.5〜1時間撹拌することにより、表面修飾ポリマーで表面修飾されたリポソームが生成する。また、表面修飾ポリマーで表面修飾されたリポソームは、固液分離した後、精製水又は緩衝剤に再分散させておけばよい。
【0040】
本発明の経肺投与用リポソームは、肺組織において薬理作用の発現が求められる薬剤、又は肺組織における遺伝子治療のための遺伝子を封入し、経肺投与のためのキャリアーとして使用される。なお、本発明において、遺伝子には、siRNA、mRNA、rRNA、miRNA(マイクロRNA)、リボザイム、アンチセンスオリゴヌクレオチド、デコイオリゴヌクレオチド、プラスミドDNA、ペプチド核酸、三重鎖形成性オリゴヌクレオチド(Triplex Forming Oligonucleotide, TFO)、アプタマー、単離されたDNA等の核酸が包含される。リポソーム内に封入される薬剤や遺伝子の量については、薬剤や遺伝子の種類や投与量等に基づいて適宜設定される。
【0041】
また、表面修飾ポリマーで修飾されたリポソーム内に、薬剤や遺伝子を封入する方法についても、公知であり、当業界で一般的に使用されている方法を採用できる。具体的には、薬剤や遺伝子を含む溶液とリポソーム膜の構成成分とを用いて、リポソームを形成させることにより、薬剤や遺伝子はリポソーム内に封入される。より具体的には、本発明の経肺投与用リポソームに薬剤又は遺伝子が封入された経肺投与用リポソーム製剤は、以下の工程(i)及び(ii)を経て調製できる:
(i) 薬剤又は遺伝子と、リポソーム膜の構成成分とを混合して、薬剤又は遺伝子が封入されたリポソームを得る工程、及び
(ii) 斯くして得られた薬剤又は遺伝子が封入されたリポソームと、表面修飾ポリマーとを混合して、該リポソームの表面を表面修飾ポリマーで修飾する工程。
【0042】
更に、本発明の経肺投与用リポソームに薬剤又は遺伝子が封入された経肺投与用リポソーム製剤は、薬剤又は遺伝子、リポソーム膜の構成成分、及び表面修飾ポリマーを混合することによっても、調製することができる。
【0043】
本発明の経肺投与用リポソームに、薬剤又は遺伝子が封入された経肺投与用リポソーム製剤は、経気管支投与、点鼻投与等の投与方法で、肺に投与して使用される。具体的には、肺組織疾患の治療に有効な薬剤又は遺伝子を含む当該リポソーム製剤の治療有効量を、肺組織の疾患を罹患する患者の肺に投与することにより、該肺組織疾患を治療することができる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例等に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
実施例1 末端疎水化ポリビニルアルコール修飾リポソームの調製
脂質組成がジステアロイルホスファチジルコリン:コレステロール:ジセチルホスフェート= 8:1:2(モル比)であり、蛍光標識物質としてコレステリルアントラセン-9-カルボキシレート(CA)を含むリポソームを薄膜水和-超音波法により調製した。具体的には、ジステアロイルホスファチジルコリン(103.2 mg)、コレステロール(6.3 mg)、ジセチルホスフェート(17.9 mg)、及びCA(1 mg)をクロロホルムに溶解させ、エバポレーターを用いて2時間、40℃条件下、脂質薄膜を得た。その後、一晩減圧乾燥させた後、これを6.4mLの100mMの酢酸緩衝液で水和することにより、リポソームを調製した。
【0045】
斯くして得られたリポソームに対して、末端疎水化ポリビニルアルコール(ケン化度:88%、重合度:480、疎水性基:C16H33S-)を用いて表面修飾を行った。具体的には、末端疎水化ポリビニルアルコールを20g/Lで含む100mMの酢酸緩衝液と、上記で得られたリポソームを20.1g/Lで含む100mMの酢酸緩衝液とを等量混合し、10℃で1時間インキュベートすることにより末端疎水化ポリビニルアルコール修飾リポソームを調製した。
【0046】
実施例2 キトサン修飾リポソームの調製
末端疎水化ポリビニルアルコールの代わりに、キトサン(分子量15万、脱アセチル化度:85%)を用いて、上記実施例1と同様の方法でリポソームの形成及びリポソームの表面修飾を行い、キトサン修飾リポソームを調製した。但し、キトサンを溶かした緩衝液をリポソーム懸濁液と等量混合させると粒子径の増大が認められるため、混合後超音波処理を実施した。
【0047】
試験例1 ラットにおける肺内挙動評価
Wistar系雄性ラット(7週齢)に、実施例1又は2のポリマー修飾リポソームを経気管支投与(15.63 μg CA/ラット)した。投与5時間後に、肺組織内、気管支肺胞洗浄後の回収液(BALF)中、及び気管支肺胞洗浄後の回収液中の細胞(BALC)中のCA濃度を蛍光光度計(HITACHI F3010)にて測定し、投与量に対する残存率(Dose %)を求めた。また、比較のために、ポリマー修飾リポソームの代わりに、ポリマー未修飾リポソーム(膜組成、CA含有量は実施例1と同じ)を用いて、上記と同様に試験を実施した(比較例1)。結果を図1に示す。
【0048】
図1から明らかなように、実施例1のポリマー修飾リポソームでは、比較例1に比較して、気管支肺胞洗浄液中にCA由来の蛍光が多く検出された。即ち、実施例1のポリマー修飾リポソームは、肺組織表面に長時間滞留できるので、肺組織表面又は表面細胞で薬理作用を発現させる場合に有用であることが確認された。
【0049】
一方、実施例2のポリマー修飾リポソームでは、比較例1に比較して、肺組織のCA由来の蛍光が多く観察されたことから、肺組織内へ多く移行していることが示された。即ち、実施例2のポリマー修飾リポソームは、短時間で効率的に肺組織内に移行できるので、例えば、肺組織内に移行しにくい薬物等を効率よく肺組織内に送達できることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キトサンにより、リポソームの表面が修飾されていることを特徴とする、キトサン修飾リポソームに、薬剤又は遺伝子が封入されてなる、経肺投与用リポソーム製剤。
【請求項2】
リポソームの膜構成脂質としてリン脂質を含む、請求項1に記載の経肺投与用リポソーム製剤。
【請求項3】
リポソームの膜構成脂質として、ホスファチジルコリン、コレステロール及びリン酸ジアルキルエステルを含む、請求項1に記載の経肺投与用リポソーム製剤。
【請求項4】
肺組織表面乃至内部を標的作用部位とする製剤である、請求項1に記載の経肺投与用リポソーム製剤。
【請求項5】
以下の工程(i)及び(ii)を含む、経肺投与用リポソーム製剤の製造方法:
(i) 薬剤又は遺伝子と、リポソーム膜の構成成分とを混合して、薬剤又は遺伝子が封入されたリポソームを得る工程、及び
(ii) 上記工程(i)で得られた薬剤又は遺伝子が封入されたリポソームと、キトサンとを混合して、該リポソームの表面を該ポリマーで修飾する工程。

【図1】
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【公開番号】特開2013−100332(P2013−100332A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2013−10008(P2013−10008)
【出願日】平成25年1月23日(2013.1.23)
【分割の表示】特願2009−507528(P2009−507528)の分割
【原出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【出願人】(504124370)
【出願人】(000206956)大塚製薬株式会社 (230)
【Fターム(参考)】