説明

蛍光体とそれを用いたEL素子および蛍光体の作製方法

【課題】 ZnSとIIA族硫化物との混晶蛍光体であって、交流電界を印加した際に高輝度で短波長EL発光を可能とする蛍光体及びその作製方法を提供する。
【解決手段】 本発明は、Zn(1-x)xS:Cuで表される混晶蛍光体であって、該一般式中のMは、Be、Mg、Ca、Sr及びBaの群から選ばれる少なくとも1種のIIA族元素を表し、xの混晶比率が0.05≦x<1を満たすと共に、内部に双晶を有し、かつ波長400nm以下の紫外線領域に発光成分を有する。さらに内部に双晶を有するZnS:Cu中間蛍光体粉末とIIA族硫化物粉末を混合する工程、および該混合物を焼成する工程を含む蛍光体の作製方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はエレクトロルミネッセンス(以下、「EL」と表記する。)発光蛍光体とその作製方法に関する。とりわけ、EL発光に必要な双晶を多く有する蛍光体とその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の環境問題から、有害物質や細菌・ウイルスなどを分離、分解、または殺菌する機能が強く要求されている。このような分解・殺菌を行う手段として光触媒材料が注目されている。代表的な光触媒はアナターゼ型TiOであり、これは一般には波長が400nm以下の紫外線により光触媒機能を発揮する。最近では、アナターゼ型TiO2よりは機能は低いものの、420nmくらいの波長まで機能するルチル型TiO2も開発されている。
【0003】
このような波長の光を放射させるデバイスとしては、水銀ランプや発光ダイオードもあるが、点または線光源であるため、大面積の光触媒を均一に励起するには適さない。大面積を均一に発光させるデバイスとして無機ELデバイスがある。これは、光を放射する機能を持つ蛍光体粉末を誘電体樹脂に分散させて、主として交流電界を印加して発光させるものである。
【0004】
高効率で発光する蛍光体としてはZnS蛍光体がある。この蛍光体は内部に多数の双晶(積層欠陥)が形成されており、双晶界面に沿って導電性の高いCu−S系化合物が針状に存在する。電界印加時に針状導電相の先端で電界集中が生じて蛍光体母体であるZnSが励起され、このエネルギーが蛍光体中の各種準位に移動してEL発光する。すなわち、電子は浅いトラップに、正孔はCu付活剤のアクセプター準位に捕らえられ、電界が反転した時に電子が飛び出し、正孔と再結合して発光を生じる(非特許文献1参照)。
【0005】
非特許文献1に記載されているZnS:Cu蛍光体は、交流電界を印加することでEL発光を生じる最も有名な蛍光体であり、Blue−Cu型やGreen−Cu型などといった複数のタイプの発光を生じる。しかし、その中で最も短波長な領域に発光成分を有するBlue−Cu型発光でさえ波長400nm以下の紫外線領域に発光成分は有していない。
【0006】
一方、ZnS:Cu蛍光体の発光波長を短波長化させる手法としては、蛍光体母材であるZnSに、例えばIIA族硫化物等を添加して混晶化し、蛍光体母材のバンドギャップを増大させることが有効である。
ZnSにIIA族硫化物を添加して混晶化させた蛍光体は特許文献1に報告されているが、ここでは「主発光(D−Aペア型発光、つまりGreen−Cu型発光)以外の成分が殆ど無く」と記載されており、これでは波長400nm以下の紫外線領域にBlue−Cu型発光による高強度の成分を有する発光を生じさせることはできない。
【0007】
また、記載されている通りの手法でZn(1-x)xS:Cu蛍光体を作製してもxの混晶比率が0.05を超えると双晶が殆ど形成されず、そのEL発光強度は微弱なものであった。通常、双晶を高密度で形成するには閃亜鉛鉱型結晶が安定な温度条件で蛍光体を成長させることが有効であるが、Zn(1-x)xS:Cuはxの混晶比率が0.05を超えるといかなる温度においてもウルツ鉱型が安定となり、結晶型がウルツ鉱型で蛍光体を成長しても双晶は殆ど形成されない。
【0008】
【特許文献1】特開2002−231151
【特許文献2】特開昭61−296085
【非特許文献1】『銅付活蛍光体』 セラミックス26(1991)No.7
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、高輝度でEL発光を可能とする蛍光体及びその作製方法を提供することを目的とする。特に、ZnSとIIA族硫化物との混晶蛍光体であって、内部に多数の双晶を有することにより針状導電相が多数存在し、交流電界を印加した際に高輝度で短波長EL発光を可能とする蛍光体及びその作製方法を提供することを目的とする。また、これらの蛍光体を用いたEL素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、ZnS:Cu中間蛍光体を作製した後、IIA族硫化物粉末を混合して、好ましい熱処理条件で混晶化することにより内部に双晶が多く残存したZn(1-x)S:Cu蛍光体を作製できることを見出し、本発明に至った。
【0011】
本発明は以下の構成を採用する。
(1)一般式がZn(1-x)xS:Cuで表される混晶蛍光体であって、該一般式中のMは、Be、Mg、Ca、Sr及びBaの群から選ばれる少なくとも1種のIIA族元素を表し、xの混晶比率が0.05≦x<1を満たすと共に、内部に双晶を有し、かつ波長400nm以下の紫外線領域に発光成分を有することを特徴とする蛍光体である。
(2)前記xの混晶比率が、0.3≦x≦0.5であることを特徴とする前記(1)に記載の蛍光体である。
(3)前記蛍光体断面において、1μm2当りの双晶境界面の平均枚数が5枚以上であることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の蛍光体である。
(4)前記蛍光体断面において、1μm2当りの双晶境界面の平均枚数が10枚以上であることを特徴とする前記(3)に記載の蛍光体である。
【0012】
蛍光体がEL発光するためには内部に双晶が形成され、その双晶境界面に導電相が存在することが必要である。更に、波長400nm以下の紫外線領域に発光成分を持たせるためには、Blue−Cu型発光をさせることが必須となる。ZnS:CuのBlue−Cu型発光を短波長化させて400nm以下の領域に発光成分を持たせるためには、IIA族元素との混晶、すなわちZn(1-x)xS:Cuにして蛍光体母材のバンドギャップを増大させることが必要である。しかし、xの混晶比率が0.05未満の場合には充分にバンドギャップが増大されず、波長400nm以下の紫外線領域に発光成分を有するEL発光が得られないため好ましくない。
【0013】
さらに、xの混晶比率が0.3≦x≦0.5の範囲のときには、波長400nm以下の発光成分の積分強度が全発光積分強度の5%以上となるため好ましい。また、蛍光体断面において双晶境界面の平均枚数が、1平方μm当り5枚以上の場合には0.1cd/m2以上の発光輝度のEL発光が可能となり好ましい。特に10枚以上の場合には、発光輝度が1cd/m2以上のEL発光が得られるためより好ましい。
【0014】
(5)少なくとも陽極、陰極及び発光層を有するEL素子であって、かかる発光層に前記(1)乃至(4)のいずれか一に記載の蛍光体を含むことを特徴とするEL素子である。
(6)前記発光層に交流電界を印加すると波長400nm以下の紫外線領域の発光積分強度が全発光積分強度に対し0.5%以上であることを特徴とするEL発光を生じる前記(5)に記載のEL素子である。
(7)交流電界を印加すると波長400nm以下の紫外線領域の発光積分強度が全発光積分強度に対し5%以上であることを特徴とするEL発光を生じる前記(6)に記載のEL素子である。
【0015】
上記(1)乃至(4)のいずれかに記載の発明の蛍光体を使用することによって、波長400nm以下の紫外線領域に発光成分を有する発光を生じるEL素子を提供することが可能となる。更に、暗所でも視認可能な輝度のEL発光が得られる。
【0016】
(8)前記(1)乃至(4)のいずれかに記載の蛍光体の作製方法であって、内部に双晶を有するZnS:Cu中間蛍光体粉末とIIA族硫化物粉末を混合する工程、および該混合物を焼成する工程を含むことを特徴とする蛍光体の作製方法である。
このような蛍光体の作製方法により、内部に双晶を多く残存したZn(1-x)xS:Cu蛍光体を作製できるようになる。このため、双晶境界面に析出するCu2S導電相量を増やすことができ、EL発光強度を上げることが可能となる。
ここでZnS:Cu中間蛍光体とは、ZnS粉末、Cu2S等のCu塩粉末、及びKCl等の融剤粉末を混合した後、ZnSの結晶が閃亜鉛鉱型が安定な温度で焼成することで内部に双晶を有するZnS:Cu蛍光体のことをいう。
また本発明において利用されるZnS:Cu中間蛍光体の作製方法は、内部に双晶を多く有するように形成される方法であればよく、従来技術として公知の種々の方法により作製される。
双晶を多く含むZnS:Cu中間蛍光体を焼成するには、例えば、ZnS原料粉末、Cu2S粉末、および融剤であるKCl粉末からなる混合粉末をKClが溶融し、かつZnS結晶が閃亜鉛鉱型が安定となる温度領域、つまり750℃以上1020℃以下の温度領域で熱処理を行い、蛍光体結晶を液相成長させれば良い。またCu供給源はCu2SのみでなくCuを含有する塩、例えばCuSO4、CuCl2、CuBr2、Cu(CH3COO)2等を用いても良い。また融剤はKClのみでなくNaCl等の低融点のハロゲン化物を用いても良い。
【0017】
(9)前記ZnS:Cu中間蛍光体粉末におけるCuの添加量がCu/ZnSモル比で0.002乃至0.1であることを特徴とする前記(8)に記載の蛍光体の作製方法である。
(10)前記ZnS:Cu中間蛍光体粉末におけるCuの添加量がCu/ZnSモル比で0.005乃至0.05であることを特徴とする前記(9)に記載の蛍光体の作製方法である。
【0018】
従来、中間蛍光体を作製してから蛍光体を作製する方法が知られているが(例えば、特許文献2参照)、このような製造方法は長寿命の蛍光体を得るために粒径の大きい閃亜鉛鉱型(立方晶型)の蛍光体を作製することを目的としている。このため、硫化亜鉛、銅化合物、ハロゲン化合物を含む混合物を焼成して中間蛍光体を製造した後に所定の加熱加圧を加えることにより蛍光体を製造することを特徴としている。しかし従来の方法では、中間蛍光体はウルツ鉱型(六方晶型)として成長しこれを加熱加圧により閃亜鉛鉱型にするものであるため、成長双晶の形成を行うことができない。成長双晶は結晶が成長する過程で形成されるものであり、一旦結晶成長させた蛍光体を加熱加圧しても新たに成長双晶が形成されることはないからである。
【0019】
これに対し本発明は、内部に双晶を多く含む閃亜鉛鉱型の中間蛍光体を作製した後にこの双晶を消滅させずにIIA族硫化物との混晶化を行うことを特徴としている。このため、従来の方法により製造された蛍光体よりも、低波長域の光を高輝度でEL発光することが可能な蛍光体を得ることができる。
【0020】
内部に双晶を有するZnS:Cu蛍光体(以下、ZnS:Cu中間蛍光体と呼ぶ)のCuの添加量がCu/ZnSモル比で0.002乃至0.1である場合には波長400nm以下の紫外線領域の発光積分強度が全発光積分強度の0.5%以上であり、かつ輝度が0.1cd/m2以上のEL発光を生じる蛍光体が得られるため好ましい。Cuの添加量がCu/ZnSモル比で0.002未満であるとBlue−Cu型発光が生じず、またEL発光輝度が著しく低い蛍光体となる。また、0.1を超える場合にはEL発光輝度が0.1cd/m2を下回る蛍光体となるため、好ましくない。
【0021】
さらに、ZnS:Cu中間蛍光体のCuの添加量は、Cu/ZnSモル比で0.005乃至0.05である場合が特に好ましい。この場合には波長400nm以下の紫外線領域の発光積分強度が全発光積分強度の0.5%以上であり、かつ輝度が1cd/m2以上のEL発光が得られる蛍光体を作製することが可能となる。
【0022】
(11)前記焼成する工程時の焼成温度が、500乃至1000℃であることを特徴とする前記(8)乃至(10)のいずれか一に記載の蛍光体の作製方法である。
(12)前記焼成する工程時の焼成温度において、500℃以上である時間が30乃至480分であることを特徴とする前記(8)乃至(11)のいずれか一に記載の蛍光体の作製方法である。
(13)前記焼成する工程時の焼成温度において、500℃以上である時間が45乃至90分であることを特徴とする前記(12)に記載の蛍光体の作製方法である。
【0023】
本発明においては、焼成温度が低すぎるとZnS:Cu中間蛍光体とIIA族硫化物が混晶化せず、逆に焼成温度が高すぎると双晶及び針状CuS導電相が消失してしまう。このため、適当な焼成温度範囲により蛍光体を作製する必要がある。
【0024】
そこで、焼成温度を500℃乃至1000℃にすることにより、ZnS:Cu中間蛍光体とIIA族硫化物が混晶化し、かつ双晶が多く残存したZn(1-x)xS:Cu蛍光体を作製することが可能となる。焼成時の温度が500℃未満の場合にはZnS:Cu中間蛍光体とIIA族硫化物の固相反応が生じないため、400nm以下の紫外線領域に発光成分を有するEL発光を生じない。また、焼成時の温度が1000℃を超えると双晶が消滅しEL発光を生じなくなるため、好ましくない。
【0025】
また、焼成時の温度が500℃以上である時間は、30分乃至480分であることが好ましい。30分未満の場合はZnS:Cu中間蛍光体とIIA族硫化物の固相反応が充分でなく、400nm以下の紫外線領域に発光成分を有するEL発光が得られない。また、480分を超えると双晶が消滅し、EL発光を生じなくなるため好ましくない。
【0026】
さらに、焼成時の温度が500℃以上である時間は、45分乃至90分である場合が特に好ましい。この場合には、波長400nm以下の紫外線領域の発光積分強度が全発光積分強度の0.5%以上であり、かつ1cd/m2以上の輝度のEL発光を生じる蛍光体を得られるため好ましい。
【0027】
(14)前記焼成する工程の後に、アニール処理を行うことを特徴とする前記(8)乃至(13)のいずれか一に記載の蛍光体の作製方法である。
(15)前記アニール処理時の温度が、400℃乃至850℃であることを特徴とする前記(14)に記載の蛍光体の作製方法である。
(16)前記アニール処理時の温度において、400℃以上である時間が1時間乃至24時間であることを特徴とする前記(14)又は(15)に記載の蛍光体の作製方法である。
【0028】
焼成後の蛍光体をアニール処理することにより、双晶を消失させずに双晶境界面での針状CuS導電相の析出量を増大させることが可能となる。このため、EL発光強度が向上した蛍光体が得られるので好ましい。
また、アニール処理時の温度を400℃乃至850℃とすることにより、アニール処理前の蛍光体よりも高い輝度のEL発光をする蛍光体を得ることができるため好ましい。アニール処理時の温度が400℃未満の場合にはアニール処理前の蛍光体によるEL発光輝度と変化が生じない。また、850℃を超えた場合には双晶が減少しEL発光輝度がアニール処理前の蛍光体を下回るため好ましくない。
【0029】
更に、アニール処理時の温度が400℃以上である時間が1時間乃至24時間とすることにより、アニール処理前の蛍光体よりも高い輝度のEL発光をする蛍光体を得ることができ好ましい。1時間未満の場合にはアニール処理前の蛍光体とEL発光輝度に変化が生じない。また、24時間を越えると双晶が減少しEL発光輝度がアニール処理前の蛍光体を下回るため好ましくない。
【発明の効果】
【0030】
本発明により、高輝度でのEL発光を可能とする蛍光体を得ることが可能となる。特に、ZnSとIIA族硫化物との混晶蛍光体であって、内部に多数の双晶を有することにより針状導電相が多数存在し、交流電界を印加した際に高輝度で短波長EL発光を可能とする蛍光体が得られる。更にこれらの蛍光体を用いたEL素子により、紫外線領域の波長の光を面光源によりEL発光する発光デバイスを提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
まずBlue−Cu型発光を得る手法について述べる。非特許文献1に記載の通り、付活剤であるCuの添加量をClやAl等の共付活剤よりも高いモル濃度で添加するとBlue−Cu型発光が得られるようになる。ただし、付活剤と共付活剤の濃度比率は蛍光体内部に含まれる濃度比率であって、原料粉末の混合比率ではない。つまり、Clの供給源であるKClやNaClは融剤としての効果も有し、蛍光体の結晶性を良好なものとするために多量に混合される。しかし、ZnSに対するClの固溶限は0.1mol%程度と低いため、Cu供給源であるCu塩を0.1mol%よりも高くすることで、融剤量に関係なく付活剤濃度を共付活剤濃度よりも高くすることができる。
【0032】
次に、内部に双晶を有するZn(1-x)xS:Cu蛍光体を得る手法について述べる。上記の通り、ZnS粉末、IIA族硫化物粉末、Cu塩等の原料粉末を一度に焼成すると上記の理由で双晶が殆ど形成されない。そこでまず、ZnS粉末、Cu2S等のCu塩粉末、およびKCl等の融剤粉末を混合した後、ZnSの結晶を閃亜鉛鉱型が安定な温度で焼成することで内部に双晶を有するZnS:Cu中間蛍光体を作製する。その後、ZnS:Cu中間蛍光体粉末とIIA族硫化物粉末を混合して好ましい熱処理条件で混晶化することで、内部に双晶が残存したZn(1-x)xS:Cu蛍光体を作製できる。
【0033】
ここで言う好ましい熱処理条件とは、双晶および針状Cu2S導電相が熱拡散により消失せず、かつZnS:Cu中間蛍光体とIIA族硫化物との混晶化が十分に生じる条件を指す。通常、双晶および針状Cu2S導電相との残存と、ZnS:Cu中間蛍光体とIIA族硫化物との混晶化は互いにトレードオフの関係にあるため、焼成時間および焼成温度の最適化が必要である。
【0034】
発明者らは鋭意探索の結果、Cu添加量がCu/ZnSモル比で0.002乃至0.1のZnS:Cu中間蛍光体粉末とIIA族硫化物粉末を500℃乃至1000℃の不活性ガス中で30分乃至480分間焼成することにより、波長400nm以下の紫外線領域に全発光強度の0.5%以上の紫外線成分を有し、かつ暗室で肉眼で視認できる0.1cd/m2以上の輝度のEL発光を生じるxの混晶比率が0.05以上のZn(1-x)xS:Cu蛍光体を発明した。特に好ましい焼成条件では、波長400nm以下の紫外線領域に全発光積分強度の5%以上あるいは10%以上の紫外線成分を有し、かつ蛍光灯を照明に用いた明るい室内でも十分に肉眼で視認できる1cd/m2以上の輝度のEL発光を生じるxの混晶比率が0.05以上のZn(1-x)xS:Cu蛍光体を発明した。
【0035】
また、昇温速度が低い場合、昇温過程の間に双晶が消滅する可能性が高くなるため、昇温速度は速ければ速い方が好ましい。そのためにはランプ加熱装置、レーザーアニール装置、及びプラズマ過熱装置等、急速過熱が可能な設備を使用して焼成を行うことが好ましい。
【0036】
この手法では、ある程度大きく(20μm程度)成長したZnS:Cu中間蛍光体の表面からIIA族硫化物を拡散させることになるために、蛍光体表面と内部でIIA族元素固溶量に若干の差が生じることが特徴である。IIA族元素の固溶量の分布はX線光電子分光分析(XPS)、二次イオン質量分析(SIMS)、透過電子顕微鏡によるX線分析(TEM−EDX)等の元素分析や、加速電圧を変化させたCL発光特性分析等によって測定することもできる。
【0037】
さらに、上記のプロセスで作製したZn(1-x)xS:Cu蛍光体を400℃乃至850℃の温度でアニール処理を行うことにより双晶を消滅させずに、蛍光体母材から双晶境界面へCu成分を拡散させることにより、針状のCu2S導電相の析出量を増大させ、その結果、さらにEL強度が増大させることができる。ここでアニール処理は、400℃以上である時間を1時間乃至24時間で行うのがより好ましい。
また、双晶を増大させてEL強度を増大させるために、アニール処理の前にボールミルや一軸プレス等で蛍光体粉末に機械的応力を印加してすべり双晶を形成することも有効である。
【実施例】
【0038】
以下実施例に基づき本発明を詳細に説明する。
[ZnS:Cu中間蛍光体の作製]
ZnS粉末(純度99.999%)、Cu/ZnSモル比で0.001乃至0.2となる量のCu2S粉末(純度99.9%)、およびCl/ZnSモル比で0.025となる量のKCl粉末(純度99.9%)を全体で10gとなるようにそれぞれを秤量し、それらを100mlのエタノールに投入し、超音波混合機で超音波振動を印加して分散、混合を行った後、原料混合粉末を自然乾燥させた。乾燥させた原料混合粉末を蓋付の石英るつぼに充填し、950℃のアルゴンガス中で120分間加熱し焼成した後、水洗、乾燥してZnS:Cu中間蛍光体粉末を作製した。
【0039】
[Zn(1-x)xS:Cu蛍光体の作製]
作製したZnS:Cu中間蛍光体粉末、およびxの混晶比率が0.01乃至0.6となる量のIIA族硫化物粉末を全体で10gとなるように秤量し、それらを100mlのエタノールに投入し、超音波混合機で超音波振動を印加して分散、混合を行った後、IIA族硫化物の酸化を防止するためNガスを流入させたエバポレータを用いて混合粉末の乾燥を行った。乾燥させた混合粉末を蓋付の石英るつぼに充填し、ランプ加熱装置を使用して、アルゴンガス中で所定の条件(ロットNo.1〜48、表1参照)で焼成を行った。また、ロットNo.30〜44については焼成後に、アニール処理を行った。得られた粉末に250ccのアンモニア水と75ccの過酸化水素水を加えて粉末表面に析出した過剰のCu2S成分を除去し、更に水洗、乾燥を行ってZn(1-x)xS:Cu蛍光体を作製した。作製したZn(1-x)xS:Cu蛍光体の双晶の数はTEMにより30000倍の倍率で蛍光体の断面観察を行い、任意の10個の蛍光体粉末の中央付近の1平方μm当りの双晶境界面の数をカウントし、その平均値で求めた。
図1は、上記した製造方法により得られたロットNo.6における蛍光体の一例を示すTEM像である。図1より明らかなように当該蛍光体の内部には多数の双晶が形成されており、双晶境界面に針状導電相が存在している。このような蛍光体を発光層に含むEL素子に交流電界を印加すれば、高輝度で短波長のEL発光が可能である。
【0040】
作製したZn(1-x)xS:Cu蛍光体を30μmメッシュに通した後、蛍光体1gを2mlのひまし油に分散させて蛍光体スラリーを作製した。作製した蛍光体スラリーをガラス板スペーサを用いて間隔を調整したITO透明導電ガラスと鋼板の間隙に注入してEL素子を作製した。
【0041】
作製したEL素子のITO付透明導電ガラスと鋼板に電極を設置し、1000Hz、200Vの三角波交流電界を印加して蛍光体をEL発光させた。輝度計と分光計を使用して輝度と発光スペクトルの測定を行った。
実験結果を表1に示す。
【0042】
【表1−1】

【0043】
【表1−2】

【0044】
ロットNo.1〜9は、請求項1乃至請求項5の発明に対応する実施例及び比較例である。
Zn(1-x)xS:Cuのxの混晶比率が0.05未満では波長400nm以下の紫外線領域に発光成分を有するEL発光は得られなかった(No.1)。xの混晶比率が0.05乃至0.5の範囲において、波長400nm以下の紫外線領域に全発光強度の0.5%以上の発光成分を有するEL発光が得られた(No.2〜No.8)。特にxの混晶比率が0.3≦x≦0.5の範囲において、波長400nm以下の紫外線領域に全発光強度の5%以上の発光成分を有するEL発光が得られるため好ましい(No.5〜No.8)。xの混晶比率が0.5を超えると過剰なIIA族硫化物が単独で析出し、結果的にxの混晶比率が0.5のものと同等のものとなった(No.9)。
【0045】
ロットNo.10〜16は、請求項9及び10に記載の発明に対応する実施例及び比較例である。
Cu添加量がCu/ZnSモル比で0.002未満のZnS:Cu中間蛍光体を用いた場合、Blue−Cu型発光は生じず、またEL発光輝度は0.1cd/m2未満と微弱であった(No.10)。Cu添加量がCu/ZnSモル比で0.002乃至0.1においてBlue−Cu型発光に伴う波長400nm以下の紫外線領域に発光成分を有する0.1cd/m2以上の輝度のEL発光が得られた(No.6、No.11〜No.15)。特にCu添加量がCu/ZnSモル比で0.005乃至0.05において1cd/m2以上の輝度のEL発光が得られるため好ましい(No.6、No.12〜No.14)。Cu添加量がCu/ZnSモル比で0.1を超えるとEL発光強度が低下し、輝度が0.1cd/m2を下回るため好ましくない(No.16)。
【0046】
ロットNo.17〜21は、請求項11に記載の発明に対応する実施例及び比較例である。
焼成温度が500℃未満ではZnS:Cu中間蛍光体とIIA族硫化物の反応が生じないため、波長400nm以下の紫外線領域に発光成分を有するEL発光は得られなかった(No.17)。焼成温度が500℃乃至1000℃において波長400nm以下の紫外線領域に全発光強度の0.5%以上の発光成分を有するEL発光が得られた(No.18〜No.20)。焼成温度が1000℃を超えると双晶が消滅し、EL発光が得られなかった(No.21)。
【0047】
ロットNo.22〜29は、請求項12及び13に記載の発明に対応する実施例及び比較例である。
焼成温度が500℃以上となる時間が30分未満ではZnS:Cu中間蛍光体とIIA族硫化物の反応が十分でなく、波長400nm以下の紫外線領域の発光成分を有する発光は得られない(No.22)。焼成温度が500℃以上となる時間が30分乃至480分の場合おいて波長400nm以下の紫外線領域に全発光強度の0.5%以上の発光成分を有する輝度0.1cd/m2以上のEL発光が得られた(No.6、No.23〜No.28)。特に焼成温度キープ時間が45分乃至90分において波長400nm以下の紫外線領域に全発光強度の8.4%以上の発光成分を有する輝度1cd/m2以上のEL発光が得られるため好ましい(No.6、No.24、No.25)。焼成温度キープ時間が480分を超えると双晶が消滅し、EL発光が得られなかった(No.29)。
【0048】
ロットNo.30〜35は、請求項14及び15に記載の発明に対応する実施例及び比較例である。
焼成後のアニール温度が400℃未満の場合はアニール前とEL発光輝度に変化は生じなかった(No.30)。アニール温度が400℃乃至850℃においてアニール前よりも高い輝度のEL発光が得られた(No.31〜No.34)。アニール温度が850℃を超えると双晶が消滅するため好ましくない(No.35)。
【0049】
ロットNo.36〜44は、請求項16に記載の発明に対応する実施例及び比較例である。
アニール温度が400℃以上となる時間が1時間未満ではアニール前とEL発光輝度に変化は生じなかった(No.36)。アニール温度が400℃以上となる時間が1時間乃至24時間の場合アニール前の輝度よりも高い輝度のEL発光が得られた(No.37〜No.42)。アニール温度が400℃以上となる時間が24時間を越えると、アニール前よりもEL発光輝度が低下するため好ましくない(No.43、No.44)。
【0050】
ロットNo.45〜48は、請求項1に記載の発明に対応する実施例である。
MがBe、Mg、Ca、Sr、BaのIIA族元素において、波長400nm以下の紫外線領域に全発光強度の0.5%以上の発光成分を有し、かつ1cd/m2以上の輝度のEL発光が得られた(No.6、No.45〜No.48)。
【0051】
(比較例)
[従来の作製法によるZn(1-x)xS:Cu蛍光体 その1]
ZnS粉末(純度99.999%)、Cu/ZnSモル比で0.01となる量のCu2S粉末(純度99.9%)、Cl/ZnSモル比で0.025となる量のKCl粉末(純度99.9%)、およびxの混晶比率が0.01≦x≦0.5となる量のMgS粉末(純度99.9%)を全体で10gとなるようにそれぞれを秤量し、それらを100mlのエタノールに投入し、超音波混合機で超音波振動を印加して分散、混合を行った後、MgSの酸化を防止するためNガスを流入させたエバポレータを用いて原料混合粉末の乾燥を行った。乾燥させた原料混合粉末を蓋付の石英るつぼに充填し950℃のアルゴンガス中で120分間加熱し焼成を行った。その後、焼成粉末を蒸留水で水洗し、更に250ccのアンモニア水と75ccの過酸化水素水を加えて粉末表面に析出した過剰のCu2S成分を除去し、更に水洗、乾燥を行ってZn(1-x)MgxS:Cu蛍光体を作製した。
【0052】
作製したZn(1-x)MgxS:Cu蛍光体を30μmメッシュに通した後、蛍光体1gを2mlのひまし油に分散させて蛍光体スラリーを作製した。作製した蛍光体スラリーをガラス板スペーサを用いて間隔を調整したITO透明導電ガラスと鋼板の間隙に注入してEL素子を作製した。
【0053】
作製したEL素子のITO付透明導電ガラスと鋼板間に1000Hz、200Vの三角波交流電界を印加して蛍光体スラリー層中の蛍光体をEL発光させた。EL発光特性については、輝度計とスペクトルアナライザを使用して輝度と発光スペクトルの評価を行った。
【0054】
また、蛍光体粉末の結晶相の同定はXRDにより行った。また、双晶の数はTEMにより30000倍の倍率で蛍光体の断面観察を行い、任意の10個の蛍光体粉末の中央付近の1平方μm当りの双晶境界面の数をカウントし、その平均値で求めた。
実験結果を表2に示す。
【表2】

【0055】
xの混晶比率が0.05未満ではEL発光は生じるが発光波長はほとんど短波長化せず波長400nm以下の紫外線領域に成分を有する発光は得られなかった(ロット番号0−1、0−2)。xの混晶比率が0.05以上(ロット番号0−2〜0−7)では結晶相が全てウルツ鉱型となり、双晶が殆ど形成されず、殆どEL発光を生じないことを確認した。
【0056】
上記したように、特許文献1に記載の通りZn(1-x)xS:Cu蛍光体の原料を全て混合し一度の焼成で作製した場合、xの混晶比率が0.05以上ではEL発光は殆ど得られない。
[従来の作製法によるZn(1-x)xS:Cu蛍光体 その2]
9.074gのZnS粉末(純度99.999%)、Cu/ZnSモル比で0.01となる量のCu(CH3COO)2粉末(純度99.9%)、Br/ZnSモル比で0.01となる量のNH4Br粉末(純度99.9%)を200mlの蒸留水中で攪拌しながら混合した後、120℃の大気中で乾燥を行った。得られた乾燥粉に0.926gのMgS粉末(純度99.9%)と1gのS粉末(純度99.9%)を加え、乳鉢で混合を行った。得られた混合粉を800℃の硫化水素中で1時間、その後800℃の窒素中で2時間焼成を行った。その後、焼成粉末を蒸留水で水洗し、更に250ccのアンモニア水と75ccの過酸化水素水を加えて粉末表面に析出した過剰のCu2S成分を除去し、更に水洗、乾燥を行ってZn0.85Mg0.15S:Cu蛍光体を作製した。
【0057】
作製したZn0.85Mg0.15S:Cu蛍光体を30μmメッシュに通した後、蛍光体1gを2mlのひまし油に分散させて蛍光体スラリーを作製した。作製した蛍光体スラリーをガラス板スペーサを用いて間隔を調整したITO透明導電ガラスと鋼板の間隙に注入してEL素子を作製した。
作製したEL素子のITO付透明導電ガラスと鋼板間に1000Hz、200Vの三角波交流電界を印加して蛍光体スラリー層中の蛍光体をEL発光させた。EL発光特性については、輝度計とスペクトルアナライザを使用して輝度と発光スペクトルの評価を行った。
また、蛍光体粉末の結晶相の同定はXRDにより行った。また、双晶の数はTEMにより30000倍の倍率で蛍光体の断面観察を行い、任意の10個の蛍光体粉末の中央付近の1平方μm当りの双晶境界面の数をカウントし、その平均値で求めた。
実験結果を表3に示す。
【0058】
【表3】

【0059】
本手法で作製したZn0.85Mg0.15S:Cu蛍光体は結晶相がウルツ鉱型となり、双晶が殆ど形成されず、殆どEL発光を生じないことを確認した。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】双晶境界面が形成された蛍光体のTEM像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式がZn(1-x)xS:Cuで表される混晶蛍光体であって、該一般式中のMは、Be、Mg、Ca、Sr及びBaの群から選ばれる少なくとも1種のIIA族元素を表し、xの混晶比率が0.05≦x<1を満たすと共に、内部に双晶を有し、かつ波長400nm以下の紫外線領域に発光成分を有することを特徴とする蛍光体。
【請求項2】
前記xの混晶比率が、0.3≦x≦0.5であることを特徴とする請求項1に記載の蛍光体。
【請求項3】
前記蛍光体断面において、1μm2当りの双晶境界面の平均枚数が5枚以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の蛍光体。
【請求項4】
前記蛍光体断面において、1μm2当りの双晶境界面の平均枚数が10枚以上であることを特徴とする請求項3に記載の蛍光体。
【請求項5】
少なくとも陽極、陰極及び発光層を有するEL素子であって、該発光層に請求項1乃至請求項4のいずれか一に記載の蛍光体を含むことを特徴とするEL素子。
【請求項6】
前記発光層に交流電界を印加すると波長400nm以下の紫外線領域の発光積分強度が全発光積分強度に対し0.5%以上であるEL発光を生じることを特徴とする請求項5に記載のEL素子。
【請求項7】
前記発光層に交流電界を印加すると波長400nm以下の紫外線領域の発光積分強度が全発光積分強度に対し5%以上であるEL発光を生じることを特徴とする請求項6に記載のEL素子。
【請求項8】
請求項1乃至請求項4のいずれか一に記載の蛍光体の作製方法であって、内部に双晶を有するZnS:Cu中間蛍光体粉末とIIA族硫化物粉末を混合する工程、および該混合物を焼成する工程を含むことを特徴とする蛍光体の作製方法。
【請求項9】
前記ZnS:Cu中間蛍光体粉末におけるCuの添加量がCu/ZnSモル比で0.002乃至0.1であることを特徴とする請求項8に記載の蛍光体の作製方法。
【請求項10】
前記ZnS:Cu中間蛍光体粉末におけるCuの添加量がCu/ZnSモル比で0.005乃至0.05であることを特徴とする請求項9に記載の蛍光体の作製方法。
【請求項11】
前記焼成する工程時の焼成温度が、500℃乃至1000℃であることを特徴とする請求項8乃至請求項10のいずれか一に記載の蛍光体の作製方法。
【請求項12】
前記焼成する工程時の焼成温度において、500℃以上である時間が30分乃至480分であることを特徴とする請求項8乃至請求項11のいずれか一に記載の蛍光体の作製方法。
【請求項13】
前記焼成する工程時の焼成温度において、500℃以上である時間が45分乃至90分であることを特徴とする請求項12に記載の蛍光体の作製方法。
【請求項14】
前記焼成する工程の後に、アニール処理を行うことを特徴とする請求項8乃至請求項13のいずれか一に記載の蛍光体の作製方法。
【請求項15】
前記アニール処理時の温度が、400℃乃至850℃であることを特徴とする請求項14に記載の蛍光体の作製方法。
【請求項16】
前記アニール処理時の温度において、400℃以上である時間が1時間乃至24時間であることを特徴とする請求項14又は請求項15に記載の蛍光体の作製方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−138007(P2007−138007A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−333526(P2005−333526)
【出願日】平成17年11月18日(2005.11.18)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】