複合膜の成膜装置及び成膜方法
【課題】異なる金属間、金属と酸化物、金属と窒化物、酸化物と窒化物等、複合化する材料の組合せが自由に調整できるナノコンポジット膜および/またはナノ多層膜を成膜できる装置及び方法の提供を目的とする。
【解決手段】成膜室を隔壁で仕切ることで複数のチャンバーを形成し、且つ各チャンバーを横切るように可動する可動部を有し、各チャンバーはそれぞれ減圧排気装置、ガス導入口及び蒸気源となるターゲットの保持部を有し、可動部が各チャンバーを横切るように成膜室を複数のチャンバーに仕切ったことで可動部、隔壁及び成膜室内壁の組み合せ間に生じ得る隙間を、ガスが他のチャンバーに混入しないように、隣接チャンバー間に形成された隙間断面積Sを粘性流が生じない所定の大きさ以下にしたことを特徴とする。
【解決手段】成膜室を隔壁で仕切ることで複数のチャンバーを形成し、且つ各チャンバーを横切るように可動する可動部を有し、各チャンバーはそれぞれ減圧排気装置、ガス導入口及び蒸気源となるターゲットの保持部を有し、可動部が各チャンバーを横切るように成膜室を複数のチャンバーに仕切ったことで可動部、隔壁及び成膜室内壁の組み合せ間に生じ得る隙間を、ガスが他のチャンバーに混入しないように、隣接チャンバー間に形成された隙間断面積Sを粘性流が生じない所定の大きさ以下にしたことを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はナノメートルサイズレベルのナノコンポジット膜および/またはナノ多層膜からなる複合化された膜を成膜する装置及びその成膜方法に関する。
スパッタリング、イオンプレーティング、蒸着等のPVDや、CVDに適用できる。
【背景技術】
【0002】
各種機能性薄膜や硬質保護膜に関する技術分野では、現在、ナノコンポジット膜やナノ多層膜が重要な位置を占めている。
しかし、例えば、ナノメートルサイズレベルの異なる材料で複合化されたナノコンポジット膜で説明すれば、PVD等を用いて複合化する材料の組み合せについては、熱力学的性質による制限が存在し、例えば、同一チャンバー内で窒化物と酸化物を複合化し作製する場合、酸化物・窒化物の生成自由エネルギーδGの差異が大きな元素の組み合せの場合に限られる。
例えば、反応スパッタ法で「酸化物+金属」のナノコンポジット膜が作製できるのは酸化されにくい金属と酸化されやすい金属との組み合せに限られる。
何故ならば、同一チャンバーで酸化物と金属のナノコンポジット膜を作製する場合、同じ雰囲気となるので、金属A、Bの酸化物生成自由エネルギーδGに大きな差がない場合は両方とも酸化物になるからである。
特許文献1に示すような同心円上に複数配置したターゲットを使用してもδGに係る制限は基本的に同じであり、膜中の異相間界面の急峻性に劣る。
従って、酸化物と窒化物との組み合せはさらに困難である。
特許文献2に完全に隔離したマルチチャンバー方式を開示する。
しかし、バルブの開閉に時間を要するため、異種膜を積層できてもナノコンポジット膜の作製はできない。
また、特許文献3に同一チャンバー内を仕切り部材で仕切り、ソースの加熱温度に高低差を設ける技術を開示する。
しかし、同技術はチャンバー内のガス圧は一定であり、適用できるソースの組み合せに限界がある。
他方、上記ナノコンポジット膜で問題となるような材料の組み合わせを用い、同一チャンバー内でナノメートルサイズの厚さの膜を積層したナノ多層膜を作製する場合は、各層の成膜ごとに雰囲気ガスを変えることにより、ナノコンポジット膜の作製時に発生するような問題は発生しないと考えられる。
しかし、雰囲気ガスを変更しても変更前の残留ガス成分が残っていると積層界面が不明確になり、積層の効果が十分に得られない恐れがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−282230号公報
【特許文献2】特開平10−242054号公報
【特許文献3】特開2008−19459号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は異なる金属間、金属と酸化物、金属と窒化物、酸化物と窒化物等、複合化する材料の組合せが自由に調整できるナノコンポジット膜および/またはナノ多層膜を成膜できる装置及び方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る成膜装置は、成膜室を隔壁で仕切ることで複数のチャンバーを形成し、且つ各チャンバーを横切るように可動する可動部を有し、各チャンバーはそれぞれ減圧排気装置、ガス導入口及び蒸気源となるターゲットの保持部を有し、可動部が各チャンバーを横切るように成膜室を複数のチャンバーに仕切ったことで可動部、隔壁及び成膜室内壁の組み合せ間に生じ得る隙間を、ガスが他のチャンバーに混入しないように、隣接チャンバー間に形成された隙間断面積Sを粘性流が生じない所定の大きさ以下にしたことを特徴とする。
ここで、隣接するチャンバー間の隙間は、可動部の構造により相違し、例えば図1に示した成膜装置は可動部(11)の表面(下面)と隔壁(12)の間に主な隙間ができ、図12に示した成膜装置は図1における上仕切り板(19)がなく、円盤状の可動部(11)が成膜室(10a)の内壁に沿って回転する場合で、可動部(11)と成膜室内壁との間にも隙間ができる。
また、図13に示した成膜装置は、隔壁(112)が可動部(11)とともに公転するから、隔壁と成膜室内壁との間に隙間ができる。
本発明における隙間断面積Sとは上記のように各種構造により形成される隙間のうち、隣接するチャンバー間にガスが移動するのを抑えた隙間の面積の合計をいう。
なお、成膜室内壁とは成膜室の側面内壁のみならず、例えば図1における可動部(11)と上仕切り板(19)の内周側上面との間が摺接していなく、隙間が形成された場合等、成膜室を構成するための仕切板等も含まれる。
本発明は、チャンバー内のガス圧をP[Pa]とし、隙間断面積Sを内径D[m]の円筒断面積に換算した場合にP×D<0.02[Pa・m]になるように隙間断面積Sを設定するのが好ましい。
なお、成膜材料や成膜条件によっては後述するように0.02[Pa・m]≦P×D≦0.8[Pa・m]の中間流の範囲でもよい。
本発明は、前記隔壁の端部に、成膜室の内壁又は可動部に沿った仕切り側片部を有するようにしてもよく、また各チャンバーのガス導入量と排気量を調整することで、各チャンバー間で圧力差を生じさせる差動排気手段を有するようにすることもできる。
【0006】
本発明にあって、複数のチャンバーに仕切った隣接チャンバー間に形成される隙間を所定の隙間断面積S以下にした理由は次のとおりである。
例えば、スパッタリングにおいては、真空(減圧)チャンバー内にターゲットを装着し、イオン化ガスを導入する場合に例えばタ−ゲットに金属アルミを用いる場合と、SiO2等の絶縁性物質を用いる場合では減圧条件が相違し、イオン化ガスとしてアルゴンのような希ガスを用いる場合の他に酸素や窒素のような反応性ガスを導入したい場合もある。
その一方でナノコンポジット膜を成膜するには、被処理物を異なる蒸気源のチャンバー内に連続的に通過させる必要がある。
そこで成膜室を隔壁で仕切り、2つ以上の複数のチャンバーを形成し、チャンバー毎にそれぞれ独立した減圧排気装置、ガス導入口を設けるとともに高電圧を印可し、各チャンバー毎にスパッタリング現象を発現させつつ、被処理物が各チャンバー間に移動できるように隔壁と成膜室内壁又は可動部との間あるいは可動部と成膜室内壁との間に所定の隙間を設定した。
本発明にあっては、この隙間を適正に設定した点に特徴がある。
【0007】
真空ハンドブック改訂版(1982年版 真空ハンドブック編集委員会:編集日本真空技術株式会社),P36には、「円管の直径d[m]で円管内の平均圧力p[Pa]の場合にpd<0.015[Torr・cm]の条件下では気体分子の平均自由行程が管径dに比べて大きく、気体の分子は他の分子とぶつからず、ほとんど管壁にだけ衝突しながら流れる。」と記載されている。
また、pd>0.6[Torr・cm]の条件下では分子同士が衝突しあい、粘性流となり流れに影響を与えると記載してある。
なお、2002年7月発行新版 真空ハンドブック(株式会社アルバック編 オーム社)P.40 第一章 表1・7・1にpd>0.8[Pa・m]で粘性流になると記載されている。
また、SEIテクニカルレビューNo.176(2010年1月,住友電気工業発行)P.2には、pd<0.02[Pa・m]で分子流が、pd>0.68[Pa・m]で粘性流がそれぞれ生じると記載されている。
本発明者らは、これらの文献内容をヒントに例えばスパッタリングにおいて、ガス圧を0.1〜0.3Paレベルにした場合にアルゴン、酸素、窒素等の平均自由行程は2〜6cmと想定されることから隔壁と可動部又は成膜室内との隙間を1〜3mmのレベルに制御できれば各チャンバーの間に分子・イオンの移動(クロスコンタミネーション)を抑えることができることを見い出した。
このようにするとガスの導入量と排気量との調整により各チャンバー間でガス圧に差を設けることができ、ターゲット材料に応じた差動排気が可能であり、前記隙間断面積Sは排気口断面積の2%以下であることが好ましい。
【0008】
本発明に係る複合膜の成膜方法は、成膜室を隔壁で仕切ることで複数のチャンバーを形成し、且つ各チャンバーを横切るように可動する可動部を有し、各チャンバーはそれぞれ減圧排気装置、ガス導入口及び蒸気源となるターゲットの保持部を有し、可動部は複合膜を成膜させる被処理物を保持するものであり、可動部が各チャンバーを横切るように成膜室を複数のチャンバーで仕切ったことで可動部、隔壁及び成膜室内壁の組み合せの間に形成される隙間であって、隣接するチャンバー間に形成された隙間の合計を隙間断面積Sとし、チャンバー内のガス圧をP[Pa]とし、隙間断面積Sを内径D[m]の円筒断面積に換算した場合にP×D<0.02[Pa・m]になるように隙間断面積Sを設定し、各チャンバー毎に相互に異なる蒸気源又は/及びガス種を導入することを特徴とする。
ここで異なる蒸気源ターゲットとしては異なる金属、金属と絶縁性材との組み合せが考えられ、ガス種としては希ガスの他に酸素や窒素等の反応性ガスを組み合せてもよい。
この際、反応性の強いガス(例えば酸素)を流すチャンバー(A)の圧力を隔壁で仕切った反対側のチャンバー(B)の圧力よりも低く設定すると、チャンバー(A)からのチャンバー(B)への反応性ガスの流入をより効果的に防止することができる。
なお、0.02≦P×D≦0.8[Pa・m]の条件下では粘性流と分子流の中間流が生じる。
このような条件下では、通常のPVD等で用いられる1Pa以下のガス圧力において、所定の隙間(隙間断面積)を形成した隔壁であっても、この隔壁で仕切った左右のチャンバーの圧力差を保つことは比較的容易に行えるので、他チャンバーからのガスの流入を防ぎたいチャンバーの圧力をその他チャンバーよりもやや高く保つことによりコンタミネーションを防止することができる。
しかしながら、P×D>0.8[Pa・m]の条件下では粘性流となり左右のチャンバーの圧力差を所定に保つことが実用上難しくなる。
【発明の効果】
【0009】
本装置を用いると、従来の膜では実現できなかった組み合せでナノコンポジット膜が製造可能であるため、たとえば1000℃を超える超耐熱性を有する耐酸化性硬質保護膜や700℃以下で動作する高性能固体電解質膜を実現できる可能性がある。
磁性膜や半導体膜の分野でも研究対象となりうる材料の組み合せが拡大できるため、本発明に係る成膜装置、成膜方法は波及効果が大きい。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明に係る複合膜の成膜装置の構造例を示す。
【図2】成膜室の内部斜視図を示す。
【図3】隔壁上端部の部分拡大図を示し、(a)はプレート状、(b)はL字形状、(c)はT字形状の例を示す。
【図4】実施例2における条件2のプラズマスペクトルのチャートから条件1のプラズマスペクトルのチャートを差し引いた差分チャートを示す。
【図5】実施例2における条件3のプラズマスペクトルのチャートから条件1のプラズマスペクトルのチャートを差し引いた差分チャートを示す。
【図6】Al/SiO2複合膜におけるAlの分析チャートを示す。
【図7】右チャンバーに流すO2ガス量を一定にし、Arガス量を変化させた際の左チャンバーのO2分圧測定結果を示す。
【図8】表2の条件A、B、Cにおける左チャンバーのOESチャートを示す。
【図9】条件Aのスペクトルを基準にした(a)条件Bの差分を示し、(b)条件Cの差分を示す。
【図10】(a)左チャンバーにターゲットAl,Ar+N2ガス、右チャンバーにターゲットAl2O3、Arガスの条件にてスパッタリングした皮膜のXRD分析結果を示す。 (b)1つのチャンバー内にターゲットAl2O3を装着し、Ar+N2ガスにてスパッタリングした皮膜のXRD分析結果を示す。
【図11】(a)左チャンバーAl,N2+Arガスの条件にて成膜した皮膜のTEM像を示す。 (b)左チャンバーAl,N2+Arガス及び右チャンバーAl2O3,Arガスの条件にて成膜した皮膜のTEM像を示す。
【図12】可動部と成膜室内壁に隙間が形成される例を示す。
【図13】3元系の複合膜の成膜装置の例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係る成膜装置は、複数のチャンバー間に分子・イオンのコンタミネーションを生じさせないようにした点に特徴があり、2つ以上のチャンバーを有するものであれば仕切ったチャンバー数に制限はない。
図1に模式的に示した構造例は断面円形のドラム形状からなる成膜室10の中央部に隔壁12を設けてチャンバーを2つに仕切った例を示す。
成膜室10の上部には円盤状の可動部11が中央部のモーターからなる駆動源20にて各チャンバーを横切るように回転する。
図2に成膜室10の内部斜視図を示し、図2(c)に示したような成膜室10の上部に(b)に示すように上仕切り板19を取り付け、この上仕切り板19の中央孔19aに(a)に示した可動部11が位置する。
本実施例は、図1に示すように可動部下面(表面)外周部と上仕切り板19の内周部上面とが摺接しながらシールするシール部19bとなっているが、この部分に隙間が形成された場合も含まれる。
また、可動部11が上記中央孔19aの内側に入り込んだ構造も考えられ、その場合に可動部11の側面と中央孔19aの端部との間に隙間が形成されることもある。
可動部11には基板等の平板状の被処理物30の保持部11aを有する。
図1にて可動部11の下面及び被処理物30の表面と、隔壁12の上端部との間に所定の隙間d0を形成するように設定してある。
図2にて、上仕切り板19と隔壁12の上端部12bとは密着しているのが望ましいが、可動部11の下面が回転する中央孔19aの部分においては、この回転する可動部11の下面と隔壁12の上端部との接触・摺動を防止するために所定の隙間を設ける必要があるが、その距離、換言すれば開口部断面積はできる限り小さいことが好ましい。
しかし、各部材の熱膨張や可動部の芯振れなどを考慮して決める必要があり、通常は1〜3mm程度以下の隙間を形成するのがよい。
その部分断面図を図3に示す。
(a)は隔壁12と可動部11の下面との隙間d1をプレート状の調整板12aで調整できるようにしたものであり、(b)は調整板の上端部にL字状の側片部12cを形成し、隙間d2を調整した例で、(c)はT字状の側片部12dを形成し、隙間d3を調整した例である。
この側片部12c,12dの図3では左右方向の幅の長さLに反比例して隙間部分のコンダクタンス(=排気抵抗の逆数)が小さくなるので、Lが長い方が分子・イオンの移動を抑える効果が高く、左右方向の幅の長さは、隙間d1〜d3の距離の3倍以上が好ましい。
この調整板は必ずしも剛性の高い金属板で構成する必要はなく、たとえば厚さ100μm程度のアルミフォイルまたはそれにセラミックコーティングしたもの、あるいは成膜条件によっては耐熱性のシリコンゴム製のプレートなどを使用してもよい。
この場合はプレート(調整板)の上端部が可動部と接触しても機器へのダメージがほとんど生じないので、隙間を極力小さくできる利点がある。
【0012】
図1に示すように、各チャンバーにはそれぞれ独立して、ターゲットA,Bの保持部15A,15Bを有し、この保持部15A,15Bと被処理物30を保持した可動部の間には、プラズマを出現させるのに必要な高圧の電圧を印可するための電源16A,16Bをそれぞれ有する。
本実施例では平衡マグネトロン陰極に高周波を印加する例となっている。
各チャンバーにはそれぞれ独立して排気口14A,14Bを有し、ゲートバルブGV,可変オリフィスVOにて排気量の調整が可能であり、ターボ分子ポンプTMP及びロータリーポンプRP等にて0.5〜0.1Paレベルに減圧可能になっている。
各チャンバーに独立して、ガス導入口13A,13Bを有し、アルゴン等の希ガスやそれに加えて酸素、窒素等の反応性ガスを所定割合導入可能になっていて発光分光分析器OESにてプラズマ中のイオンの分析が可能になっている。
また、必要に応じてヒーター17にて被処理物30の加熱が可能になっている。
この際に、可動部11を成膜速度に比べ十分に速い回転速度で連続回転すればナノコンポジット膜が形成され、各ターゲットの直上で被処理物30を所定時間停止させる「ステップ回転」を行えばナノ多層膜が形成される。
【実施例1】
【0013】
図1に示した内径約500mmの成膜室からなる成膜装置を用いて、隙間d0=1mm、隙間断面積S=約1000mm2に設定し、左チャンバーを0.3Pa(SiO2)、右チャンバーを0.1Pa(Al)に保持したままアルゴンガスにて同時放電を行い、10回/rpmにて連続回転させることによりSiO2と金属Alの複合膜が得られた。
なお、排気口の断面積は62800mm2であり、隙間断面積Sはその2%以下であった。
【実施例2】
【0014】
図1の装置を用いて左のチャンバーにはAlターゲット、右のチャンバーにはSiO2ターゲットを装着し、それぞれ下記の条件で放電実験を行った。
その際に左側のチャンバーに取り付けたプラズマ分光分析器によりプラズマのスペクトルを検出し、条件1の放電実験でのプラズマスペクトルを基準にして、各放電条件でのスペクトルの変化を調べ、図4,5に条件1を基準にした差分を示す。
【0015】
【表1】
【0016】
条件2、および3では右チャンバーに酸素ガスを流していないが、SiO2ターゲットをAr中で放電させると一部が分解して酸素イオンが発生する。
しかしながら、図4及び5のチャートからプラズマ分光分析器の検出限界以上の酸素イオンは左チャンバーに流入していないことが分かる。
これにより、隙間断面積S=1000mm2は円筒内径約D=0.036mに相当するからP=0.26[Pa]×D=0.036[m]=0.00936<0.02の範囲では各チャンバーでのクロスコンタミネーションが生じていないことが分かる。
【実施例3】
【0017】
図1の装置にて左のチャンバーにはAlターゲット、右のチャンバーにはSiO2ターゲットを装着し、左右ともAr流量30sccm、基板加熱なしの条件で放電し、可動部を10rpmで回転させAlとSiO2を複合化する成膜実験を行った。
AlとSiO2の割合は各ターゲットへの印加電力を制御することにより調節した。
得られた膜のX線回折パターンを図6に示す。
ピークはいずれもAlの存在を示すものであり、SiO2の割合が増加するにつれてピークの半価幅が小さくなっていることからAlの結晶子サイズが小さくなっていることが分かるが、AlがSiO2を還元した様子は見られない。
このことから、左右のチャンバーの分離により、AlとSiO2がチャンバー内で酸化還元反応を生ずることなく、複合化していることが分かる。
【実施例4】
【0018】
図1の装置を用いて、隙間d0=1mm、隙間断面積S=約1000mm2に設定し、左チャンバーのArガス流量を33sccmに固定し、右チャンバーにO2ガス流量:0.1sccmと混合して流すArガス流量を変化させた。
図7(a)に全圧の変化を示し、図7(b)に左チャンバーのO2分圧の測定結果を示す。
(a)のグラフから右チャンバーのArガス流量(右側Ar流量)を多くすると右チャンバーの上昇率に比較して左チャンバーの上昇率が低い。
また、図7(b)のグラフで、●がO2のバックグランド値を示し、上部の実線が仮に、右チャンバーに流した酸素が全て左チャンバーに流れたと仮定した場合の分圧値を示す。 左チャンバーのO2分圧測定値にほとんど変化が認められず、右チャンバーから左チャンバーに酸素がほとんど流れ込まないことが確認できた。
【実施例5】
【0019】
図1の装置を用いて、隙間d0=1mm、隙間断面積S=約1000mm2に設定し、下記表2に示すように左チャンバーにAlターゲットを装着し、右チャンバーにSiO2ターゲットを装着した状態にて左チャンバーに所定の流量のArガスを流し、条件Aは右チャンバーにガスを流さずに左チャンバー内のプラズマ発光をOES装置(発光分光分析装置)にてスペクトル解析した。
条件B、CはO2ガス量を5sccm一定にしてArガス流量をそれぞれ表に示す値に変化させた。
【表2】
【0020】
図8(a)は条件Aのときの左チャンバーのスペクトルを示し、(b)は条件B、(c)は条件Cのときの左チャンバーのスペクトルを示す。
このスペクトルに基づいて条件Bのスペクトルから条件Aのスペクトルを差し引いた差分スペクトルを図9(a)に示し、条件Cのスペクトルから条件Aのスペクトルを差し引いた差分スペクトルを図9(b)に示す。
この結果、条件Cのときに僅かの酸素又はアルゴンが確認されたに過ぎず、左右のチャンバー内でそれぞれの条件で成膜がなされていることが分かる。
【実施例6】
【0021】
図1の装置を用いて、左チャンバーにAlターゲット,N2+Arガス、右チャンバーにAl2O3ターゲット,Arガスの条件にて成膜した膜のXRD結果を図10(a)に示し、従来の1つのチャンバー内にAl2O3をターゲットに装着し、N2+Arの混合ガス中にて得られた成膜のXRD結果を図10(b)に示す。
本発明に係る装置を用いると結晶質のAlNと非晶質のAl2O3からなるナノコンポジット膜になっていると考えられる。
従来の方法では図10(b)に示すように複雑な混合膜になっていた。
また、図11(a)に左チャンバーのみを用いてAlターゲット,N2+Arガスの条件にて成膜した膜のTEM像を示し、AlNの均一膜であった。
図11(b)は図10(a)の条件にて成膜した膜のTEM像を示し、AlN層中に点線で示した非晶質層が分散したナノコンポジット膜となっていた。
【0022】
上記実施例1〜6は成膜室を2つのチャンバーに仕切った2元系の複合膜,ナノコンポジット膜の成膜例であり、ターゲットはAl,SiO2に限定されるものではなく、各種金属や絶縁性材料に適用でき、成膜方法もスパッタリングに限らず、イオンプレーティングや蒸着であってもよく、また隙間断面積Sを制御することで比較的ガス圧が高いCVDにも応用できる。
【0023】
本発明に係る成膜装置は、チャンバー数に制限がない。
例えば、図13は成膜室10を120度分割の隔壁112にて3つのチャンバーに仕切った例である。
この図13に示した例は、例えばドリル等の立体的な被処理物の表面に複合膜を成膜するのに好適である。
被処理物(ワーク)W1,W2,W3がそれぞれ例えば矢印に示した方向に自転しつつ、隔壁112とともに可動部11が公転する例となっている。
この場合に、ターゲットA,B,Cに対してワークW1,W2,W3が自転しながらターゲットを順次横切るように公転することなり、隔壁112の外周側端部に成膜室10の内壁10aに沿った方向に側片部112a,112b,112cをそれぞれ有し、ガス圧P[Pa]に対してこの側片部112a,112b,112cと、内壁10aとの間の隙間d5をその隙間断面積SがPD<0.02になるように設定することになる。
また、ターゲットA,B,Cのそれぞれに対してガス導入口、排気装置及び放電用電源を備えている。
図13(a)の状態から(b)及び(c)の状態まで回転した状態にて、ワークW1にはターゲットAによる皮膜が形成され、同様にワークW2にターゲットB,ワークW3にターゲットCによる皮膜が形成される。
さらに順次回転することでターゲットA,B,C又はその一部が酸化物あるいは窒化物として三元系のナノコンポジット複合膜が成膜される。
【符号の説明】
【0024】
10 成膜室
11 可動部
12 隔壁
13A,13B ガス導入口
14A,14B 排気口
15A,15B 保持部
16A,16B 電源
17 ヒーター
20 駆動源
30 被処理物
A,B ターゲット
【技術分野】
【0001】
本発明はナノメートルサイズレベルのナノコンポジット膜および/またはナノ多層膜からなる複合化された膜を成膜する装置及びその成膜方法に関する。
スパッタリング、イオンプレーティング、蒸着等のPVDや、CVDに適用できる。
【背景技術】
【0002】
各種機能性薄膜や硬質保護膜に関する技術分野では、現在、ナノコンポジット膜やナノ多層膜が重要な位置を占めている。
しかし、例えば、ナノメートルサイズレベルの異なる材料で複合化されたナノコンポジット膜で説明すれば、PVD等を用いて複合化する材料の組み合せについては、熱力学的性質による制限が存在し、例えば、同一チャンバー内で窒化物と酸化物を複合化し作製する場合、酸化物・窒化物の生成自由エネルギーδGの差異が大きな元素の組み合せの場合に限られる。
例えば、反応スパッタ法で「酸化物+金属」のナノコンポジット膜が作製できるのは酸化されにくい金属と酸化されやすい金属との組み合せに限られる。
何故ならば、同一チャンバーで酸化物と金属のナノコンポジット膜を作製する場合、同じ雰囲気となるので、金属A、Bの酸化物生成自由エネルギーδGに大きな差がない場合は両方とも酸化物になるからである。
特許文献1に示すような同心円上に複数配置したターゲットを使用してもδGに係る制限は基本的に同じであり、膜中の異相間界面の急峻性に劣る。
従って、酸化物と窒化物との組み合せはさらに困難である。
特許文献2に完全に隔離したマルチチャンバー方式を開示する。
しかし、バルブの開閉に時間を要するため、異種膜を積層できてもナノコンポジット膜の作製はできない。
また、特許文献3に同一チャンバー内を仕切り部材で仕切り、ソースの加熱温度に高低差を設ける技術を開示する。
しかし、同技術はチャンバー内のガス圧は一定であり、適用できるソースの組み合せに限界がある。
他方、上記ナノコンポジット膜で問題となるような材料の組み合わせを用い、同一チャンバー内でナノメートルサイズの厚さの膜を積層したナノ多層膜を作製する場合は、各層の成膜ごとに雰囲気ガスを変えることにより、ナノコンポジット膜の作製時に発生するような問題は発生しないと考えられる。
しかし、雰囲気ガスを変更しても変更前の残留ガス成分が残っていると積層界面が不明確になり、積層の効果が十分に得られない恐れがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−282230号公報
【特許文献2】特開平10−242054号公報
【特許文献3】特開2008−19459号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は異なる金属間、金属と酸化物、金属と窒化物、酸化物と窒化物等、複合化する材料の組合せが自由に調整できるナノコンポジット膜および/またはナノ多層膜を成膜できる装置及び方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る成膜装置は、成膜室を隔壁で仕切ることで複数のチャンバーを形成し、且つ各チャンバーを横切るように可動する可動部を有し、各チャンバーはそれぞれ減圧排気装置、ガス導入口及び蒸気源となるターゲットの保持部を有し、可動部が各チャンバーを横切るように成膜室を複数のチャンバーに仕切ったことで可動部、隔壁及び成膜室内壁の組み合せ間に生じ得る隙間を、ガスが他のチャンバーに混入しないように、隣接チャンバー間に形成された隙間断面積Sを粘性流が生じない所定の大きさ以下にしたことを特徴とする。
ここで、隣接するチャンバー間の隙間は、可動部の構造により相違し、例えば図1に示した成膜装置は可動部(11)の表面(下面)と隔壁(12)の間に主な隙間ができ、図12に示した成膜装置は図1における上仕切り板(19)がなく、円盤状の可動部(11)が成膜室(10a)の内壁に沿って回転する場合で、可動部(11)と成膜室内壁との間にも隙間ができる。
また、図13に示した成膜装置は、隔壁(112)が可動部(11)とともに公転するから、隔壁と成膜室内壁との間に隙間ができる。
本発明における隙間断面積Sとは上記のように各種構造により形成される隙間のうち、隣接するチャンバー間にガスが移動するのを抑えた隙間の面積の合計をいう。
なお、成膜室内壁とは成膜室の側面内壁のみならず、例えば図1における可動部(11)と上仕切り板(19)の内周側上面との間が摺接していなく、隙間が形成された場合等、成膜室を構成するための仕切板等も含まれる。
本発明は、チャンバー内のガス圧をP[Pa]とし、隙間断面積Sを内径D[m]の円筒断面積に換算した場合にP×D<0.02[Pa・m]になるように隙間断面積Sを設定するのが好ましい。
なお、成膜材料や成膜条件によっては後述するように0.02[Pa・m]≦P×D≦0.8[Pa・m]の中間流の範囲でもよい。
本発明は、前記隔壁の端部に、成膜室の内壁又は可動部に沿った仕切り側片部を有するようにしてもよく、また各チャンバーのガス導入量と排気量を調整することで、各チャンバー間で圧力差を生じさせる差動排気手段を有するようにすることもできる。
【0006】
本発明にあって、複数のチャンバーに仕切った隣接チャンバー間に形成される隙間を所定の隙間断面積S以下にした理由は次のとおりである。
例えば、スパッタリングにおいては、真空(減圧)チャンバー内にターゲットを装着し、イオン化ガスを導入する場合に例えばタ−ゲットに金属アルミを用いる場合と、SiO2等の絶縁性物質を用いる場合では減圧条件が相違し、イオン化ガスとしてアルゴンのような希ガスを用いる場合の他に酸素や窒素のような反応性ガスを導入したい場合もある。
その一方でナノコンポジット膜を成膜するには、被処理物を異なる蒸気源のチャンバー内に連続的に通過させる必要がある。
そこで成膜室を隔壁で仕切り、2つ以上の複数のチャンバーを形成し、チャンバー毎にそれぞれ独立した減圧排気装置、ガス導入口を設けるとともに高電圧を印可し、各チャンバー毎にスパッタリング現象を発現させつつ、被処理物が各チャンバー間に移動できるように隔壁と成膜室内壁又は可動部との間あるいは可動部と成膜室内壁との間に所定の隙間を設定した。
本発明にあっては、この隙間を適正に設定した点に特徴がある。
【0007】
真空ハンドブック改訂版(1982年版 真空ハンドブック編集委員会:編集日本真空技術株式会社),P36には、「円管の直径d[m]で円管内の平均圧力p[Pa]の場合にpd<0.015[Torr・cm]の条件下では気体分子の平均自由行程が管径dに比べて大きく、気体の分子は他の分子とぶつからず、ほとんど管壁にだけ衝突しながら流れる。」と記載されている。
また、pd>0.6[Torr・cm]の条件下では分子同士が衝突しあい、粘性流となり流れに影響を与えると記載してある。
なお、2002年7月発行新版 真空ハンドブック(株式会社アルバック編 オーム社)P.40 第一章 表1・7・1にpd>0.8[Pa・m]で粘性流になると記載されている。
また、SEIテクニカルレビューNo.176(2010年1月,住友電気工業発行)P.2には、pd<0.02[Pa・m]で分子流が、pd>0.68[Pa・m]で粘性流がそれぞれ生じると記載されている。
本発明者らは、これらの文献内容をヒントに例えばスパッタリングにおいて、ガス圧を0.1〜0.3Paレベルにした場合にアルゴン、酸素、窒素等の平均自由行程は2〜6cmと想定されることから隔壁と可動部又は成膜室内との隙間を1〜3mmのレベルに制御できれば各チャンバーの間に分子・イオンの移動(クロスコンタミネーション)を抑えることができることを見い出した。
このようにするとガスの導入量と排気量との調整により各チャンバー間でガス圧に差を設けることができ、ターゲット材料に応じた差動排気が可能であり、前記隙間断面積Sは排気口断面積の2%以下であることが好ましい。
【0008】
本発明に係る複合膜の成膜方法は、成膜室を隔壁で仕切ることで複数のチャンバーを形成し、且つ各チャンバーを横切るように可動する可動部を有し、各チャンバーはそれぞれ減圧排気装置、ガス導入口及び蒸気源となるターゲットの保持部を有し、可動部は複合膜を成膜させる被処理物を保持するものであり、可動部が各チャンバーを横切るように成膜室を複数のチャンバーで仕切ったことで可動部、隔壁及び成膜室内壁の組み合せの間に形成される隙間であって、隣接するチャンバー間に形成された隙間の合計を隙間断面積Sとし、チャンバー内のガス圧をP[Pa]とし、隙間断面積Sを内径D[m]の円筒断面積に換算した場合にP×D<0.02[Pa・m]になるように隙間断面積Sを設定し、各チャンバー毎に相互に異なる蒸気源又は/及びガス種を導入することを特徴とする。
ここで異なる蒸気源ターゲットとしては異なる金属、金属と絶縁性材との組み合せが考えられ、ガス種としては希ガスの他に酸素や窒素等の反応性ガスを組み合せてもよい。
この際、反応性の強いガス(例えば酸素)を流すチャンバー(A)の圧力を隔壁で仕切った反対側のチャンバー(B)の圧力よりも低く設定すると、チャンバー(A)からのチャンバー(B)への反応性ガスの流入をより効果的に防止することができる。
なお、0.02≦P×D≦0.8[Pa・m]の条件下では粘性流と分子流の中間流が生じる。
このような条件下では、通常のPVD等で用いられる1Pa以下のガス圧力において、所定の隙間(隙間断面積)を形成した隔壁であっても、この隔壁で仕切った左右のチャンバーの圧力差を保つことは比較的容易に行えるので、他チャンバーからのガスの流入を防ぎたいチャンバーの圧力をその他チャンバーよりもやや高く保つことによりコンタミネーションを防止することができる。
しかしながら、P×D>0.8[Pa・m]の条件下では粘性流となり左右のチャンバーの圧力差を所定に保つことが実用上難しくなる。
【発明の効果】
【0009】
本装置を用いると、従来の膜では実現できなかった組み合せでナノコンポジット膜が製造可能であるため、たとえば1000℃を超える超耐熱性を有する耐酸化性硬質保護膜や700℃以下で動作する高性能固体電解質膜を実現できる可能性がある。
磁性膜や半導体膜の分野でも研究対象となりうる材料の組み合せが拡大できるため、本発明に係る成膜装置、成膜方法は波及効果が大きい。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明に係る複合膜の成膜装置の構造例を示す。
【図2】成膜室の内部斜視図を示す。
【図3】隔壁上端部の部分拡大図を示し、(a)はプレート状、(b)はL字形状、(c)はT字形状の例を示す。
【図4】実施例2における条件2のプラズマスペクトルのチャートから条件1のプラズマスペクトルのチャートを差し引いた差分チャートを示す。
【図5】実施例2における条件3のプラズマスペクトルのチャートから条件1のプラズマスペクトルのチャートを差し引いた差分チャートを示す。
【図6】Al/SiO2複合膜におけるAlの分析チャートを示す。
【図7】右チャンバーに流すO2ガス量を一定にし、Arガス量を変化させた際の左チャンバーのO2分圧測定結果を示す。
【図8】表2の条件A、B、Cにおける左チャンバーのOESチャートを示す。
【図9】条件Aのスペクトルを基準にした(a)条件Bの差分を示し、(b)条件Cの差分を示す。
【図10】(a)左チャンバーにターゲットAl,Ar+N2ガス、右チャンバーにターゲットAl2O3、Arガスの条件にてスパッタリングした皮膜のXRD分析結果を示す。 (b)1つのチャンバー内にターゲットAl2O3を装着し、Ar+N2ガスにてスパッタリングした皮膜のXRD分析結果を示す。
【図11】(a)左チャンバーAl,N2+Arガスの条件にて成膜した皮膜のTEM像を示す。 (b)左チャンバーAl,N2+Arガス及び右チャンバーAl2O3,Arガスの条件にて成膜した皮膜のTEM像を示す。
【図12】可動部と成膜室内壁に隙間が形成される例を示す。
【図13】3元系の複合膜の成膜装置の例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係る成膜装置は、複数のチャンバー間に分子・イオンのコンタミネーションを生じさせないようにした点に特徴があり、2つ以上のチャンバーを有するものであれば仕切ったチャンバー数に制限はない。
図1に模式的に示した構造例は断面円形のドラム形状からなる成膜室10の中央部に隔壁12を設けてチャンバーを2つに仕切った例を示す。
成膜室10の上部には円盤状の可動部11が中央部のモーターからなる駆動源20にて各チャンバーを横切るように回転する。
図2に成膜室10の内部斜視図を示し、図2(c)に示したような成膜室10の上部に(b)に示すように上仕切り板19を取り付け、この上仕切り板19の中央孔19aに(a)に示した可動部11が位置する。
本実施例は、図1に示すように可動部下面(表面)外周部と上仕切り板19の内周部上面とが摺接しながらシールするシール部19bとなっているが、この部分に隙間が形成された場合も含まれる。
また、可動部11が上記中央孔19aの内側に入り込んだ構造も考えられ、その場合に可動部11の側面と中央孔19aの端部との間に隙間が形成されることもある。
可動部11には基板等の平板状の被処理物30の保持部11aを有する。
図1にて可動部11の下面及び被処理物30の表面と、隔壁12の上端部との間に所定の隙間d0を形成するように設定してある。
図2にて、上仕切り板19と隔壁12の上端部12bとは密着しているのが望ましいが、可動部11の下面が回転する中央孔19aの部分においては、この回転する可動部11の下面と隔壁12の上端部との接触・摺動を防止するために所定の隙間を設ける必要があるが、その距離、換言すれば開口部断面積はできる限り小さいことが好ましい。
しかし、各部材の熱膨張や可動部の芯振れなどを考慮して決める必要があり、通常は1〜3mm程度以下の隙間を形成するのがよい。
その部分断面図を図3に示す。
(a)は隔壁12と可動部11の下面との隙間d1をプレート状の調整板12aで調整できるようにしたものであり、(b)は調整板の上端部にL字状の側片部12cを形成し、隙間d2を調整した例で、(c)はT字状の側片部12dを形成し、隙間d3を調整した例である。
この側片部12c,12dの図3では左右方向の幅の長さLに反比例して隙間部分のコンダクタンス(=排気抵抗の逆数)が小さくなるので、Lが長い方が分子・イオンの移動を抑える効果が高く、左右方向の幅の長さは、隙間d1〜d3の距離の3倍以上が好ましい。
この調整板は必ずしも剛性の高い金属板で構成する必要はなく、たとえば厚さ100μm程度のアルミフォイルまたはそれにセラミックコーティングしたもの、あるいは成膜条件によっては耐熱性のシリコンゴム製のプレートなどを使用してもよい。
この場合はプレート(調整板)の上端部が可動部と接触しても機器へのダメージがほとんど生じないので、隙間を極力小さくできる利点がある。
【0012】
図1に示すように、各チャンバーにはそれぞれ独立して、ターゲットA,Bの保持部15A,15Bを有し、この保持部15A,15Bと被処理物30を保持した可動部の間には、プラズマを出現させるのに必要な高圧の電圧を印可するための電源16A,16Bをそれぞれ有する。
本実施例では平衡マグネトロン陰極に高周波を印加する例となっている。
各チャンバーにはそれぞれ独立して排気口14A,14Bを有し、ゲートバルブGV,可変オリフィスVOにて排気量の調整が可能であり、ターボ分子ポンプTMP及びロータリーポンプRP等にて0.5〜0.1Paレベルに減圧可能になっている。
各チャンバーに独立して、ガス導入口13A,13Bを有し、アルゴン等の希ガスやそれに加えて酸素、窒素等の反応性ガスを所定割合導入可能になっていて発光分光分析器OESにてプラズマ中のイオンの分析が可能になっている。
また、必要に応じてヒーター17にて被処理物30の加熱が可能になっている。
この際に、可動部11を成膜速度に比べ十分に速い回転速度で連続回転すればナノコンポジット膜が形成され、各ターゲットの直上で被処理物30を所定時間停止させる「ステップ回転」を行えばナノ多層膜が形成される。
【実施例1】
【0013】
図1に示した内径約500mmの成膜室からなる成膜装置を用いて、隙間d0=1mm、隙間断面積S=約1000mm2に設定し、左チャンバーを0.3Pa(SiO2)、右チャンバーを0.1Pa(Al)に保持したままアルゴンガスにて同時放電を行い、10回/rpmにて連続回転させることによりSiO2と金属Alの複合膜が得られた。
なお、排気口の断面積は62800mm2であり、隙間断面積Sはその2%以下であった。
【実施例2】
【0014】
図1の装置を用いて左のチャンバーにはAlターゲット、右のチャンバーにはSiO2ターゲットを装着し、それぞれ下記の条件で放電実験を行った。
その際に左側のチャンバーに取り付けたプラズマ分光分析器によりプラズマのスペクトルを検出し、条件1の放電実験でのプラズマスペクトルを基準にして、各放電条件でのスペクトルの変化を調べ、図4,5に条件1を基準にした差分を示す。
【0015】
【表1】
【0016】
条件2、および3では右チャンバーに酸素ガスを流していないが、SiO2ターゲットをAr中で放電させると一部が分解して酸素イオンが発生する。
しかしながら、図4及び5のチャートからプラズマ分光分析器の検出限界以上の酸素イオンは左チャンバーに流入していないことが分かる。
これにより、隙間断面積S=1000mm2は円筒内径約D=0.036mに相当するからP=0.26[Pa]×D=0.036[m]=0.00936<0.02の範囲では各チャンバーでのクロスコンタミネーションが生じていないことが分かる。
【実施例3】
【0017】
図1の装置にて左のチャンバーにはAlターゲット、右のチャンバーにはSiO2ターゲットを装着し、左右ともAr流量30sccm、基板加熱なしの条件で放電し、可動部を10rpmで回転させAlとSiO2を複合化する成膜実験を行った。
AlとSiO2の割合は各ターゲットへの印加電力を制御することにより調節した。
得られた膜のX線回折パターンを図6に示す。
ピークはいずれもAlの存在を示すものであり、SiO2の割合が増加するにつれてピークの半価幅が小さくなっていることからAlの結晶子サイズが小さくなっていることが分かるが、AlがSiO2を還元した様子は見られない。
このことから、左右のチャンバーの分離により、AlとSiO2がチャンバー内で酸化還元反応を生ずることなく、複合化していることが分かる。
【実施例4】
【0018】
図1の装置を用いて、隙間d0=1mm、隙間断面積S=約1000mm2に設定し、左チャンバーのArガス流量を33sccmに固定し、右チャンバーにO2ガス流量:0.1sccmと混合して流すArガス流量を変化させた。
図7(a)に全圧の変化を示し、図7(b)に左チャンバーのO2分圧の測定結果を示す。
(a)のグラフから右チャンバーのArガス流量(右側Ar流量)を多くすると右チャンバーの上昇率に比較して左チャンバーの上昇率が低い。
また、図7(b)のグラフで、●がO2のバックグランド値を示し、上部の実線が仮に、右チャンバーに流した酸素が全て左チャンバーに流れたと仮定した場合の分圧値を示す。 左チャンバーのO2分圧測定値にほとんど変化が認められず、右チャンバーから左チャンバーに酸素がほとんど流れ込まないことが確認できた。
【実施例5】
【0019】
図1の装置を用いて、隙間d0=1mm、隙間断面積S=約1000mm2に設定し、下記表2に示すように左チャンバーにAlターゲットを装着し、右チャンバーにSiO2ターゲットを装着した状態にて左チャンバーに所定の流量のArガスを流し、条件Aは右チャンバーにガスを流さずに左チャンバー内のプラズマ発光をOES装置(発光分光分析装置)にてスペクトル解析した。
条件B、CはO2ガス量を5sccm一定にしてArガス流量をそれぞれ表に示す値に変化させた。
【表2】
【0020】
図8(a)は条件Aのときの左チャンバーのスペクトルを示し、(b)は条件B、(c)は条件Cのときの左チャンバーのスペクトルを示す。
このスペクトルに基づいて条件Bのスペクトルから条件Aのスペクトルを差し引いた差分スペクトルを図9(a)に示し、条件Cのスペクトルから条件Aのスペクトルを差し引いた差分スペクトルを図9(b)に示す。
この結果、条件Cのときに僅かの酸素又はアルゴンが確認されたに過ぎず、左右のチャンバー内でそれぞれの条件で成膜がなされていることが分かる。
【実施例6】
【0021】
図1の装置を用いて、左チャンバーにAlターゲット,N2+Arガス、右チャンバーにAl2O3ターゲット,Arガスの条件にて成膜した膜のXRD結果を図10(a)に示し、従来の1つのチャンバー内にAl2O3をターゲットに装着し、N2+Arの混合ガス中にて得られた成膜のXRD結果を図10(b)に示す。
本発明に係る装置を用いると結晶質のAlNと非晶質のAl2O3からなるナノコンポジット膜になっていると考えられる。
従来の方法では図10(b)に示すように複雑な混合膜になっていた。
また、図11(a)に左チャンバーのみを用いてAlターゲット,N2+Arガスの条件にて成膜した膜のTEM像を示し、AlNの均一膜であった。
図11(b)は図10(a)の条件にて成膜した膜のTEM像を示し、AlN層中に点線で示した非晶質層が分散したナノコンポジット膜となっていた。
【0022】
上記実施例1〜6は成膜室を2つのチャンバーに仕切った2元系の複合膜,ナノコンポジット膜の成膜例であり、ターゲットはAl,SiO2に限定されるものではなく、各種金属や絶縁性材料に適用でき、成膜方法もスパッタリングに限らず、イオンプレーティングや蒸着であってもよく、また隙間断面積Sを制御することで比較的ガス圧が高いCVDにも応用できる。
【0023】
本発明に係る成膜装置は、チャンバー数に制限がない。
例えば、図13は成膜室10を120度分割の隔壁112にて3つのチャンバーに仕切った例である。
この図13に示した例は、例えばドリル等の立体的な被処理物の表面に複合膜を成膜するのに好適である。
被処理物(ワーク)W1,W2,W3がそれぞれ例えば矢印に示した方向に自転しつつ、隔壁112とともに可動部11が公転する例となっている。
この場合に、ターゲットA,B,Cに対してワークW1,W2,W3が自転しながらターゲットを順次横切るように公転することなり、隔壁112の外周側端部に成膜室10の内壁10aに沿った方向に側片部112a,112b,112cをそれぞれ有し、ガス圧P[Pa]に対してこの側片部112a,112b,112cと、内壁10aとの間の隙間d5をその隙間断面積SがPD<0.02になるように設定することになる。
また、ターゲットA,B,Cのそれぞれに対してガス導入口、排気装置及び放電用電源を備えている。
図13(a)の状態から(b)及び(c)の状態まで回転した状態にて、ワークW1にはターゲットAによる皮膜が形成され、同様にワークW2にターゲットB,ワークW3にターゲットCによる皮膜が形成される。
さらに順次回転することでターゲットA,B,C又はその一部が酸化物あるいは窒化物として三元系のナノコンポジット複合膜が成膜される。
【符号の説明】
【0024】
10 成膜室
11 可動部
12 隔壁
13A,13B ガス導入口
14A,14B 排気口
15A,15B 保持部
16A,16B 電源
17 ヒーター
20 駆動源
30 被処理物
A,B ターゲット
【特許請求の範囲】
【請求項1】
成膜室を隔壁で仕切ることで複数のチャンバーを形成し、且つ各チャンバーを横切るように可動する可動部を有し、
各チャンバーはそれぞれ減圧排気装置、ガス導入口及び蒸気源となるターゲットの保持部を有し、
可動部が各チャンバーを横切るように成膜室を複数のチャンバーに仕切ったことで可動部、隔壁及び成膜室内壁の組み合せ間に生じ得る隙間を、ガスが他のチャンバーに混入しないように、隣接チャンバー間に形成された隙間断面積Sを粘性流が生じない所定の大きさ以下にしたことを特徴とする複合膜の成膜装置。
【請求項2】
チャンバー内のガス圧をP[Pa]とし、隙間断面積Sを内径D[m]の円筒断面積に換算した場合にP×D<0.02[Pa・m]になるように隙間断面積Sを設定したことを特徴とする請求項1記載の成膜装置。
【請求項3】
前記隔壁の端部に、成膜室の内壁又は可動部に沿った仕切り側片部を有することを特徴とする請求項1又は2記載の成膜装置。
【請求項4】
各チャンバーのガス導入量と排気量を調整することで、各チャンバー間で圧力差を生じさせる差動排気手段を有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の成膜装置。
【請求項5】
成膜室を隔壁で仕切ることで複数のチャンバーを形成し、且つ各チャンバーを横切るように可動する可動部を有し、
各チャンバーはそれぞれ減圧排気装置、ガス導入口及び蒸気源となるターゲットの保持部を有し、
可動部は複合膜を成膜させる被処理物を保持するものであり、
可動部が各チャンバーを横切るように成膜室を複数のチャンバーで仕切ったことで可動部、隔壁及び成膜室内壁の組み合せの間に形成される隙間であって、隣接するチャンバー間に形成された隙間の合計を隙間断面積Sとし、
チャンバー内のガス圧をP[Pa]とし、隙間断面積Sを内径D[m]の円筒断面積に換算した場合にP×D<0.02[Pa・m]になるように隙間断面積Sを設定し、各チャンバー毎に相互に異なる蒸気源又は/及びガス種を導入することを特徴とする複合膜の成膜方法。
【請求項1】
成膜室を隔壁で仕切ることで複数のチャンバーを形成し、且つ各チャンバーを横切るように可動する可動部を有し、
各チャンバーはそれぞれ減圧排気装置、ガス導入口及び蒸気源となるターゲットの保持部を有し、
可動部が各チャンバーを横切るように成膜室を複数のチャンバーに仕切ったことで可動部、隔壁及び成膜室内壁の組み合せ間に生じ得る隙間を、ガスが他のチャンバーに混入しないように、隣接チャンバー間に形成された隙間断面積Sを粘性流が生じない所定の大きさ以下にしたことを特徴とする複合膜の成膜装置。
【請求項2】
チャンバー内のガス圧をP[Pa]とし、隙間断面積Sを内径D[m]の円筒断面積に換算した場合にP×D<0.02[Pa・m]になるように隙間断面積Sを設定したことを特徴とする請求項1記載の成膜装置。
【請求項3】
前記隔壁の端部に、成膜室の内壁又は可動部に沿った仕切り側片部を有することを特徴とする請求項1又は2記載の成膜装置。
【請求項4】
各チャンバーのガス導入量と排気量を調整することで、各チャンバー間で圧力差を生じさせる差動排気手段を有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の成膜装置。
【請求項5】
成膜室を隔壁で仕切ることで複数のチャンバーを形成し、且つ各チャンバーを横切るように可動する可動部を有し、
各チャンバーはそれぞれ減圧排気装置、ガス導入口及び蒸気源となるターゲットの保持部を有し、
可動部は複合膜を成膜させる被処理物を保持するものであり、
可動部が各チャンバーを横切るように成膜室を複数のチャンバーで仕切ったことで可動部、隔壁及び成膜室内壁の組み合せの間に形成される隙間であって、隣接するチャンバー間に形成された隙間の合計を隙間断面積Sとし、
チャンバー内のガス圧をP[Pa]とし、隙間断面積Sを内径D[m]の円筒断面積に換算した場合にP×D<0.02[Pa・m]になるように隙間断面積Sを設定し、各チャンバー毎に相互に異なる蒸気源又は/及びガス種を導入することを特徴とする複合膜の成膜方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図12】
【図13】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図12】
【図13】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−31503(P2012−31503A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−31874(P2011−31874)
【出願日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【出願人】(305060567)国立大学法人富山大学 (194)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【出願人】(305060567)国立大学法人富山大学 (194)
【Fターム(参考)】
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