説明

試料の液液抽出方法及び試料の液液抽出装置

【課題】迅速で、再現性に優れた液液抽出を実現し、なお且つコンパクトでオンサイト計測などにも適する、試料の液液抽出方法及び試料の液液抽出装置を提供する。
【解決手段】試料の液液抽出方法において、液体試料を、微小液滴化吐出デバイスにより微小液滴化しつつ吐出して、前記液体試料に相溶性を有しない抽出溶媒中に滴下し、該微小液滴化された試料が成す前記抽出溶媒との界面を介して、前記液体試料中に含まれている成分を前記抽出溶媒中に移行させる。また、試料の液液抽出装置において、液体試料を供給する試料供給管と、前記液体試料を微小液滴化しつつ吐出する微小液滴化吐出デバイスと、前記液体試料に相溶性を有しない抽出溶媒を所定量保持する溶媒保持容器を備え、前記微小液滴化吐出デバイスにより微小液滴化された試料が、前記溶媒保持容器に保持された前記抽出溶媒中に滴下され、該溶媒中を所定時間移動するように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液相−液相間の分配を利用した液液抽出に関し、例えば、ガスクロマトグラフィーなどの分析に供するための試料の前処理として適用される、試料の液液抽出方法及び試料の液液抽出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
様々な分野で試料の処理に広く用いられている液液抽出法は、液体試料を混ざり合わない抽出溶媒に接触させることで、その成分を選択的に分離・抽出する手法であり、水道水や、河川、排水などの環境水をガスクロマトグラフィーで分析する際の前処理などとしても、よく用いられている。すなわち、ガスクロマトグラフィー分析では、水が分析系の障害になるため含水試料を直接分析にかけることはせずに、分析系の障害にならないヘキサンや1−オクタノールを抽出溶媒として試料成分を抽出してそれを分析にかける。その手法は、例えば、容器内に抽出溶媒を入れておき、所定量の試料液体をマイクロピペットにて添加する;これを一定時間保管すると、時間の経過とともに液体試料中の成分が抽出溶媒相へ移行し、液液平衡状態に到達もしくは近づく;この抽出溶媒相から所定量の液体をニードルシリンジにて採取し、ガスクロマトグラフィーに導入する;といったプロセスから成る。
【0003】
液液抽出法の手法によれば、抽出溶媒を選択することによって所望の目的成分の選択的分離が可能であり、また平衡を原理とするため定性分析だけでなく定量分析も可能である、といった利点がある。しかし、多量の溶媒、サンプルを使用することや、平衡状態に到達するまでに長時間を要するために迅速な分析の障害となることなどが欠点であった。
【0004】
このような問題に対し、下記特許文献1には、ガスクロマトグラフィー分析に供するための前処理として適用される液液抽出法の技術に関し、極めて少量の有機溶媒あるいは抽出ガスにより、多量の水試料を処理することを可能にし、極微量に含まれる物質を高濃縮率で抽出できる自動化した抽出装置または抽出方法を提供することが記載されている。すなわち、目的成分をふくむ試料水と、水に溶解しない抽出媒体とを混合し、抽出管内に注入する注入手段と、前記混合流体が、前記抽出管内を移動中に、前記目的成分を分配平衡状態にならしめ、その状態にて前記抽出媒体中に抽出させる抽出手段と、前記混合流体を前記目的成分がふくまれた抽出媒体と前記目的成分が抽出された試料水とにそれぞれ分離する分離手段と、前記分離された抽出媒体より前記目的成分を捕集する捕集手段と、前記捕集手段から流出する前記目的成分を含まない抽出媒体を上記注入手段にもどす循環手段と、これらを制御する制御手段とから構成したことを特徴とする試料水中の脂溶性または揮発性物質の抽出装置が記載されている(引用文献1の請求項1)。
【0005】
一方、下記特許文献2には、液液抽出法に関する技術ではないが、ガスクロマトグラフィー分析に供するための前処理の技術に関し、迅速で、再現性を有する気液平衡を実現し、なお且つコンパクトでオンサイト計測などにも適する、試料の気液平衡化装置を提供することが記載されている。すなわち、液体試料を所定の容器内で気化させて気液平衡状態とし、該容器内で気化された気体を分析に供するための気液平衡化装置において、試料を微小液滴化する微小液滴化吐出デバイスと、前記微小液滴化吐出デバイスの出口部に連結し該出口部から微小液滴状に吐出された試料を受容し貯留する受容貯留容器とを備え、前記受容貯留容器は、前記微小液滴化吐出デバイスにより微小液滴化された試料からの揮発性成分が気化する気化領域を提供するとともに、前記気化領域が所定の気密性を有することにより、気化した気体を保持できるように構成されていることを特徴とする試料の気液平衡化装置が記載されている(引用文献2の請求項1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−159387号公報
【特許文献2】特開2011−27557号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1の抽出装置は、目的成分を含む試料水と、水に溶解しない抽出媒体とを混合し、その混合流体が抽出管内を移動中に、目的成分を分配平衡状態にならしめるものであるが、こうしたフロー系の手法は、流路管の形成が必要であり、装置も大掛かりとなるため、環境試料を採取した現場で迅速に検査する、いわゆるオンサイト計測などには適さないものであった。また、チャネル詰りや操作性の点で汎用化への課題があった。
【0008】
一方、上記引用文献2の試料の気液平衡化装置は、揮発性有機化合物のガスクロマトグラフィー分析の前処理としてよく知られた、従来のヘッドスペース法やパージトラップ法に替わる手法を提供するものであって、オンサイト計測などにも適する迅速な測定を可能にした装置である。しかしながら、液液抽出法に関する技術を提供するものではなかった。
【0009】
したがって、本発明の目的は、迅速で、再現性に優れた液液抽出を実現し、なお且つコンパクトでオンサイト計測などにも適する、試料の液液抽出方法及び試料の液液抽出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するにあたり、本発明の試料の液液抽出方法は、液体試料を、微小液滴化吐出デバイスにより微小液滴化しつつ吐出して、前記液体試料に相溶性を有しない抽出溶媒中に滴下し、該微小液滴化された試料が成す前記抽出溶媒との界面を介して、前記液体試料中に含まれている成分を前記抽出溶媒中に移行させることを特徴とする。
【0011】
本発明の試料の液液抽出方法によれば、微小液滴化吐出デバイスにより、試料をサイズの揃った液滴として連続的に形成し、これを抽出溶媒中に滴下するので、その微小液滴化された試料と抽出溶媒とが成す界面の面積を増大させて、液液平衡の状態が迅速に達成される。これにより、試料が微量であっても再現性に優れた液液抽出を迅速に行うことができる。更に、コンパクトな構造の装置に適用して利用することができるので、現場で迅速に検査するオンサイト計測などにも適している。
【0012】
本発明の試料の液液抽出方法においては、前記微小液滴化された試料が前記抽出溶媒を保持する溶媒保持容器内で該溶媒が形成する上面から底面に達するまでの移動時間が、該微小液滴化された試料中に含まれている成分が前記界面に拡散するまでの拡散時間とほぼ同等となるように、前記微小液滴化された試料の前記抽出溶媒中での移動速度及び/又は液滴サイズを調整することが好ましい。
【0013】
この態様によれば、微小液滴化された試料中に含まれている成分の抽出溶媒中への移行が、抽出溶媒の上面から底面に達するまでの移動時間中にほぼ達成されるので、液滴の凝集や再集合化の影響を最小限にとどめて、より再現性に優れ且つ迅速な液液抽出を行うことができる。
【0014】
本発明の試料の液液抽出方法においては、前記微小液滴化吐出デバイスに備わる試料駆動部の駆動条件を制御することによって、前記微小液滴化された試料の前記抽出溶媒中での移動速度及び/又は液滴サイズを調整することが好ましい。
【0015】
この態様によれば、微小液滴化された試料の抽出溶媒中での移動速度及び/又は液滴サイズの調整を、微小液滴化吐出デバイスに備わる試料駆動部の駆動条件といった簡易な操作制御系統によって行うことができる。
【0016】
本発明の試料の液液抽出方法においては、前記微小液滴化吐出デバイスに備わる試料吐出口を、前記抽出溶媒を保持する溶媒保持容器中で該溶媒が形成する上面近傍であってこれに浸からない位置に配置して、前記試料を微小液滴化しつつ吐出することが好ましい。
【0017】
この態様によれば、微小液滴化吐出デバイスに備わる試料吐出口を抽出溶媒に浸からない位置に配置するので、デバイスが抽出溶媒によって腐食することがない。また、試料吐出口から吐出した試料が、抽出溶媒が形成する上面側から滴下されるので、微小液滴化された試料の抽出溶媒中での移動距離を十分に確保できる。この態様は、特にヘキサンなどの比較的密度や粘性の小さい抽出溶媒で水性液体試料から液液抽出する場合に適用される。
【0018】
本発明の試料の液液抽出方法においては、前記微小液滴化吐出デバイスに備わる試料吐出口を、前記抽出溶媒を保持する溶媒保持容器中で該溶媒が形成する上面近傍であってこれに浸かる位置に配置して、前記試料を微小液滴化しつつ吐出することが好ましい。
【0019】
この態様によれば、微小液滴化吐出デバイスに備わる試料吐出口を抽出溶媒に浸かる位置に配置するので、微小液滴化された試料が、その液滴に対する浮力や抵抗力に抗しきれずに抽出溶媒の上面表面に溜まってしまって、抽出溶媒中を移動しないといったような不都合を回避することができる。また、試料吐出口を抽出溶媒が形成する上面近傍に配置して、試料吐出口から吐出した試料が、抽出溶媒が形成する上面近傍から滴下されるので、微小液滴化された試料の抽出溶媒中での移動距離を十分に確保できる。この態様は、特に1−オクタノールなどの比較的密度や粘性の大きい抽出溶媒で水性液体試料から液液抽出する場合に適用される。
【0020】
一方、本発明の試料の液液抽出装置は、液体試料を供給する試料供給管と、前記液体試料が供給されるように前記試料供給管に連結し、前記液体試料を微小液滴化しつつ吐出する微小液滴化吐出デバイスと、前記液体試料に相溶性を有しない抽出溶媒を所定量保持する溶媒保持容器を備え、前記微小液滴化吐出デバイスにより微小液滴化された試料が、前記溶媒保持容器に保持された前記抽出溶媒中に滴下され、該溶媒中を所定時間移動するようにされていることを特徴とする。
【0021】
本発明の試料の液液抽出装置によれば、微小液滴化吐出デバイスにより、試料をサイズの揃った液滴として連続的に形成し、これを抽出溶媒中に滴下するので、その微小液滴化された試料と抽出溶媒とが成す界面の面積を増大させて、液液平衡の状態が迅速に達成される。これにより、試料が微量であっても再現性に優れた液液抽出を迅速に行うことができる。更に、コンパクトな構造であるので、現場で迅速に検査するオンサイト計測などにも適している。
【0022】
本発明の試料の液液抽出装置においては、前記微小液滴化吐出デバイスは、前記試料供給管に連通し前記液体試料が供給される試料供給口と、前記供給口に連通し前記液体試料が送通する試料流路と、一端が前記試料流路に連通し他の一端が試料吐出口に連通する吐出ノズルとを有し、前記試料流路の一部には、圧電素子を装着した振動板と加圧室とで構成した試料駆動部が設けられ、前記吐出ノズルの形状は、該吐出ノズルを通る試料に前記試料吐出口方向への毛細管作用による移動力を付与する形状とされ、前記圧電素子を駆動して前記振動板を振動させることにより、前記試料駆動部を移動する試料を前記加圧室で加圧し、該試料を、前記吐出ノズルを介して前記出口部から微小液滴化しつつ吐出するようにされていることが好ましい。
【0023】
この態様によれば、前記試料駆動部の圧電素子の駆動条件の設定により、微小液滴の吐出スピード、サイズ、数量等を制御することができ、目的物質や試料液体や用いられる抽出溶媒の特性に合うように、微小液滴化された試料と抽出溶媒とが成す界面の面積総計や、微小液滴が抽出溶媒中を移動する速度などを調整することができる。これにより、より再現性に優れ且つ迅速な液液抽出を行うことができる。
【0024】
本発明の試料の液液抽出装置においては、前記微小液滴化吐出デバイスに、前記試料流路と、前記吐出ノズルと、前記試料駆動部とからなる微小液滴化吐出手段が、複数並列して設けられ、前記吐出ノズルに連通する複数の出口部から前記液体試料を微小液滴化しつつ吐出するようにされていることが好ましい。この態様によれば、前記微小液滴化吐出デバイスから吐出する微小液滴の単位時間当たりの液滴数を増大させることができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明の試料の液液抽出方法によれば、微小液滴化吐出デバイスにより、試料をサイズの揃った液滴として連続的に形成し、これを抽出溶媒中に滴下するので、その微小液滴化された試料と抽出溶媒とが成す界面の面積を増大させて、液液平衡の状態が迅速に達成される。これにより、試料が微量であっても再現性に優れた液液抽出を迅速に行うことができる。更に、コンパクトな構造の装置に適用して利用することができるので、現場で迅速に検査するオンサイト計測などにも適している。
【0026】
本発明の試料の液液抽出装置によれば、微小液滴化吐出デバイスにより、試料をサイズの揃った液滴として連続的に形成し、これを抽出溶媒中に滴下するので、その微小液滴化された試料と抽出溶媒とが成す界面の面積を増大させて、液液平衡の状態が迅速に達成される。これにより、試料が微量であっても再現性に優れた液液抽出を迅速に行うことができる。更に、コンパクトな構造であるので、現場で迅速に検査するオンサイト計測などにも適している。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の試料の液液抽出装置の一実施形態の全体説明図である。
【図2】同装置に備えられる微小液滴化吐出デバイスの平面図(A)、断面図(B)、及び同デバイスの流路(C)を示す説明図である。
【図3】同気装置の操作手順を示し、(A)は同操作手順の第1工程を示す説明図、(B)同操作手順の第2工程を示す説明図である。
【図4】同装置の操作手順の第3工程を示す説明図である。
【図5】同装置の操作手順の第4工程を示す説明図である。
【図6】同装置の操作手順の第5工程を示す説明図である。
【図7】同装置の操作手順の第6工程を示す説明図である。
【図8】同装置よりサンプリングした抽出溶媒相を分析装置に導入する工程を示す説明図である。
【図9】同装置に備えられる微小液滴化吐出デバイスの他の実施形態を示す説明図である。
【図10】液滴が抽出溶媒中で進行することによって抽出溶媒に対流を引き起こしている状態の模式図である。
【図11】試験例で用いた微小液滴化吐出デバイスの斜視図である。
【図12】微小液滴化吐出デバイスに備わる圧電素子に印加する電圧パルスの一般的な波形を表す説明図である。
【図13】試験例で用いた微小液滴化吐出デバイスから液滴がヘキサン中に滴下され上面から底面に移動する様子を表す説明図である。
【図14】試験例で用いた微小液滴化吐出デバイスから液滴が1−オクタノール中に滴下され上面から底面に移動する様子を表す説明図である。
【図15】試験例3の結果を示す図表である。
【図16】試験例4の結果を示す図表である。
【図17】試験例5の結果を示す図表である。
【図18】試験例6の結果を示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明は、微小液滴化吐出デバイスを用いて、迅速で、再現性に優れた液液抽出を実現しようとする発想に基づくものである。
【0029】
本発明に用いる微小液滴化吐出デバイスとしては、液体試料を微小液滴化しつつ吐出できるという性能を有するものであれば、特に制限はないが、得られる液滴サイズが10-2nL〜10-0nLのオーダーに調整できるものを用いることが好ましい。また、その吐出速度が10-0メートル/秒のオーダーに調整できるものを用いることが好ましい。例えば、印刷用として汎用されているインクジェットデバイスなどを用いてもよい。
【0030】
本発明は、例えば、水道水や、河川、排水などの環境水に含まれる揮発性有機化合物(VOCs)をガスクロマトグラフ装置により検出あるいは分析するために、その試料の前処理として、好適に用いられるが、適用範囲はそれに限るものではない。
【0031】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。ただし、これらの例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0032】
図1には、本発明の試料の液液抽出装置の一実施形態が示されている。この試料の液液抽出装置10(以下、「装置10」という。)は、図2に示す構造ユニット6を有する微小液滴化吐出デバイス20(以下、「液滴吐出デバイス20」という。)を備えている。
【0033】
以下、図1,2を参照して装置10が使用されるときの全体構成を説明する。
【0034】
図2に示すように、液滴吐出デバイス20は、シリコン基板1の面上にエッチングにより溝を形成し、ガラスプレート2で蓋をして流路3とし、その途中に加圧室4を設け、加圧室の上面に圧電素子5を貼り付けて構造ユニット6の形状としたものである。
【0035】
より詳細には、その流路3の一端は、液体試料が供給される試料供給口26をなし、液滴吐出デバイス20の試料供給口26とは反対の他の一端は、液体試料が吐出する試料吐出口27をなしている。流路3は、試料供給口26に連通し液体試料が送通する試料流路3aと、次第に流路幅を狭められて、試料吐出口27に連通する吐出ノズル3bとを有する構成となっている。また、試料流路3aの途中には、所定の空間を有する加圧室4が設けられており、その位置に対応するガラスプレート2の外側面には、圧電素子5が貼り付けられている。この加圧室4に対応するガラス基板は、圧電素子5の装着によって、振動板としての機能が付与されている。
【0036】
一方、図1に示すように、液滴吐出デバイス20には、駆動回路24と、駆動回路24からの電気信号を供給するためのフレキシブルケーブル25とが接続している。フレキシブルケーブル25は、その一方の電極が圧電素子5に接続され、その他方の電極がガラスプレート2に接続されている。なお、ガラスプレート2には、予めITO膜をコーティングしておくことで、ガラスプレート2側をコモン電極とすることができる。
【0037】
上記加圧室4と、圧電素子5を有する振動板とが、流路3内の液体試料に流れを生み出す試料駆動部を構成している。すなわち、駆動回路24からの電気信号によって圧電素子5を駆動することにより、加圧室4の体積を変形して、試料を加圧して、吐出ノズル3bの試料吐出口27から液滴を吐出できるようになっている。
【0038】
液滴吐出デバイス20の構造に関しては、上記の態様以外にも選択肢が多数有り、また他の機能の付加も可能であり、詳細は、特開2005−300484号公報に記載されている通りである。
【0039】
図1に示すように、液滴吐出デバイス20には、上記試料供給口26の部分で液体試料を供給する試料供給管21がジョイント7を介して連結している。また、液滴吐出デバイス20の下方には、上記試料供給口26とは反対側の試料吐出口27に対向するように、抽出溶媒28を所定量保持する溶媒保持容器9が備えられている。この溶媒保持容器9は、抽出溶媒28によって容易に腐食が起こらない材質であることが好ましく、ガラス製、樹脂製のものが好ましく例示できる。
【0040】
なお、図1に示す実施態様では、後述する操作手順の説明のため、装置10の本体のほか、その系外に、目的成分17と液体試料の溶媒18から成る液体試料19を容れた液体試料供給ボトル16が配されている。そして、この液体試料19と液滴吐出デバイス20のジョイント7の間を、試料供給管21によって接続し、試料供給系となっている。また、液体試料供給ボトル16の空間部には、樹脂製の気体用チューブ22を接続が接続され、その他方の端に圧力調整用の注射器23が接続されている。
【0041】
試料供給ボトル16は、液滴吐出デバイス20に供給する液体試料19を貯留するためのものである。したがって、液体試料の溶媒18や目的成分17によって容易に腐食が起こらない材質であることが好ましく、ガラス製、樹脂製のものが好ましく例示できる。また、試料供給管21は、 上記配管は、試料供給ボトル16から液滴吐出デバイス20に液体試料19を供給するためのものである。したがって、液体試料の溶媒18や目的成分17によって容易に腐食が起こらない材質であることが好ましい。更に、試料供給ボトル16と液滴吐出デバイス20との相対的な位置関係を柔軟に変更できるように、柔軟な材質であることが好ましく、樹脂製のものが好ましく例示できる。
【0042】
次に、図3〜8を参照して、上記に説明した全体構成からなる装置10の操作手順について説明する。
【0043】
まず、図3(A)に示すように、液滴吐出デバイス20を溶媒保持容器9の上部から外した状態にしておく。そして、液体試料19を入れた液体試料供給ボトル16の空間部へ注射器23のプランジャーを押して圧力を付与すると、図3(B)に示すように、液体試料19は試料供給管21と通じて液滴吐出デバイス20へと供給され、液滴吐出デバイス20の流路3は、液体試料19で満たされる。その後、注射器23による加圧を解除する。
【0044】
次に、図4に示すように、試料供給系を液滴吐出デバイス20に装着したままの状態で、溶媒保持容器9の上部に設置する。このとき、液滴吐出デバイス20は、図示しない固定冶具にて高さ調節可能に設置され、液滴吐出デバイス20の試料吐出口27の配置が、溶媒保持容器9中で抽出溶媒28が形成する上面近傍であってこれに浸からない位置とすることができ、あるいはこれに浸かる位置とすることもできるようになっている。この実施態様では液滴吐出デバイス20の試料吐出口27が、溶媒保持容器9中で抽出溶媒が形成する上面近傍であってこれに浸かる位置に配置されている。ここで「近傍」とは、抽出溶媒が形成する上面からの距離が、好ましくは5mm以内、より好ましくは0.9mm以内であることをいう。但し、圧電素子が抽出溶媒に浸漬されないように留意が必要である。
【0045】
その後、駆動回路24にて、液滴吐出デバイス20の圧電素子5に電圧を印加すると、その圧電素子5を装着した加圧室4に対応する部分のガラス基板が振動板として機能する。そして、その振動により加圧室4の体積がマイクロ秒単位の周期で増減し、その周期的な体積の増減に応じた押出し力が働いて、図5に示すように、液体試料19が吐出ノズル3bから押し出され、液滴吐出デバイス20の試料吐出口27から微小液滴状に吐出させることができる。吐出直後の液滴中の目的成分17は、主に液滴内部に在るが、拡散により液滴表面に移動してゆき、ついには、微小液滴化された試料が成す抽出溶媒との界面を介して抽出溶媒28中へと移動する。これに対し、液体試料の溶媒18との親和性が高い成分は、そのまま残留するので、この状態において、溶媒保持容器9中の抽出溶媒相を採取すれば、目的以外の夾雑成分が除去されている。
【0046】
所定の液滴数の吐出が完了すると、条件によっても異なるが、多くの場合その時点で、目的成分17に関し、抽出溶媒28と液体試料19との間で液液平衡もしくは、それに近い状態に達している(図6)。これは液滴サイズ効果による抽出溶媒への成分移行の促進と、抽出溶媒中を進行する液滴の対流効果による拡散進行によるものと考えられる。抽出溶媒や目的成分の種類などによっては吐出が完了した時点では液液平衡もしくは、それに近い状態に達しない場合があるが、その場合でも吐出完了後比較的速やかに液液平衡にもしくは、それに近い状態に達する。このとき、後述の実施例で示すように、溶媒保持容器9内に攪拌子を入れておき抽出溶媒28を攪拌しながら吐出を行うことで、液液平衡状態にするのを更に促進することができる。
【0047】
この状態で抽出溶媒28内にニードルシリンジ30を挿入し、所定量の抽出溶媒相を採取する(図7)。そして採取した抽出溶媒相を、ガスクロマトグラフィーなどの分析機器31へ導入し、分析の工程へ移行する(図8)。
【0048】
図9には、上記装置10に備えられる微小液滴化吐出デバイスの他の実施形態を示す。すなわち微小液滴化吐出デバイスを構成する液滴吐出デバイス20を、構造ユニット60の形状に構成した例である。この実施形態の液滴吐出デバイス20の構造ユニット60においては、試料流路3aと、吐出ノズル3bと、加圧室4とからなる微小液滴化手段の最小ユニットが、複数並列して設けられている。そして、複数の吐出ノズル3bは、微小液滴化吐出デバイスの複数の試料吐出口27に連通している。その複数の試料吐出口27を、液滴吐出デバイス20と同じように溶媒保持容器9の上方に配置させて、液滴を吐出することによって、単位時間当たり噴霧液滴数を増大させることができる。
【0049】
次に、液滴吐出デバイス20に備わる試料駆動部の駆動条件の制御について説明する。
【0050】
液滴吐出デバイス20では、駆動回路24の設定にて、圧電素子5へ与える電圧、パルス幅、波形形状等を調整することができる。これにより、液滴吐出デバイス20の試料吐出口27から飛び出す吐出液滴の液滴サイズ及び/又は吐出速度を制御し得る。また、圧電素子5への印加回数の設定により、吐出液滴の総数を調整することができる。これにより、液体試料の溶媒18と抽出溶媒28との2液間の界面の総表面積を制御できる。加えて、周波数を調整することで、吐出所要時間を制御できる。
【0051】
本発明においては、液滴吐出デバイス20から吐出された液滴が抽出溶媒28中を進行する間に、目的成分が抽出溶媒中へ移行する。したがって、より迅速で再現性のある抽出のためには、液滴が抽出溶媒中を移動する移動時間が、目的成分が抽出溶媒中へ移行する時間に見合うようにコントロールされていることが好ましい。すなわち、目的成分17の移動経路として、液滴中での自由拡散と、抽出溶媒28中での自由拡散と、液滴/抽出溶媒の界面での分配とを考慮すると、液滴が抽出溶媒28中を移動する移動時間が、目的成分17が界面に拡散するまでの拡散時間とほぼ同等となるように調整することが好ましい。ここで「ほぼ同等となるように調整する」とは、上記移動時間を上記拡散時間で割った比率が、好ましくは20〜200%以内、より好ましくは100〜120%以内の範囲に収まるように調整することをいう。この調整に関しては、例えば、以下のようにして実行できる。
【0052】
まず、第1ステップとして拡散時間を算出する。液滴中の試料成分の三次元拡散時間Tdは、液滴半径をrとすると、下記式(1)より求められることが一般に知られている。
【0053】
【数1】

【0054】
上記式(1)中、Dは物質固有の拡散係数である。液滴半径は、液滴形状を球体と仮定して、1滴当りの吐出量から換算できる。
【0055】
第2ステップとして、抽出溶媒中を進行する液滴の挙動を示す式を導出する。一般に、静止流体中を落下してゆく液滴の運動方程式は、液滴が落下する重力加速度をg,速度をv,運動開始からの経過時間をt,微少液滴の質量をm,密度をρp,周囲溶媒の密度ρfとすると、下記式(2)で与えられる。
【0056】
【数2】

【0057】
上記式(2)の右辺の第1項は重力、第2項は浮力、第3項は抵抗力Rfである。重力/浮力の差と、抵抗力が等しくなった時に加速度はゼロとなり、液滴は一定速度u1となる。このとき、上記式(2)の左辺=0であるから、これを解くと一定速度の値と、その時の経過時t1、および、その時までに液滴が進行した距離L1が算出できる。上記式(2)を解くにあたっては、液滴の初速度u0が必要となるため、予め液滴飛翔を観測することにより実測しておく。
【0058】
第3ステップとして、抽出溶媒の深さDdepthを算出する。この深さは、抽出溶媒の体積量と、溶媒保持容器の内径から算出できる。
【0059】
第4ステップとして、抽出溶媒の底面に液滴が到達するのに要する時間t2を考えると、下記式(3)で与えられる。
【0060】
【数3】

【0061】
第5ステップとして、上記式(1)のTdと上記式(3)のt2が同等となるためには、時間t1、速度u1が、如何なる値で与えられるべきかを算出し、更に遡って、そのためにはu0が如何なる価で与えられるべきかを導出すればよい。
【0062】
ただし後述するように抽出溶媒の種類等の条件によっては困難を伴う。
【0063】
そこで、液滴吐出デバイス20に備わる試料駆動部の駆動条件を制御することによって、微小液滴化された試料の抽出溶媒28中での移動速度及び/又は液滴サイズを調整することが好ましい。
【0064】
これによれば、液滴吐出デバイス20の試料吐出口27を抽出溶媒28に浸けて吐出を行う場合であっても、安定した液中吐出が可能となる。また、微小な液滴が抽出溶媒28の中を進行する速度が制御可能となるため、液滴が抽出溶媒28の一箇所に局所的に停滞することなく進行することで対流を起こし、自発的に拡散による効果を起こすことができ、目的成分17が抽出溶媒28の相へ移行した後の拡散までも迅速化することができる。
【0065】
本発明において上記液滴吐出デバイス20(微小液滴化吐出デバイス)を用いたことの利点を更に挙げれば以下のとおりである。
【0066】
一般に液液平衡状態へ到達するまでの時間を短縮するには液滴サイズを微小化すればよい。例えば、液滴内部の成分の液滴表面への拡散時間は、1nLの液滴なら、拡散係数2×10-9m2/sの場合で、わずか0.32秒程度である。
【0067】
一方、抽出溶媒中の容積は試料液体よりも多いことが一般的であるため、液体試料内部での拡散だけでなく、抽出溶媒中での拡散も、液液平衡の迅速化の上では無視できない。ここに、本発明においては、上記液滴吐出デバイス20(微小液滴化吐出デバイス)を用いて、液滴進行による対流効果を組合せることができる(図10参照)。すなわち、抽出溶媒相へ移行した後も、従来方式は自然拡散であるのに対し、本方式は対流効果により拡散が促進される。これにより試料液体から抽出溶媒への移行と、抽出溶媒内の拡散の両方を迅速化することができる。
【0068】
更に、本発明において用いられる、上記液滴吐出デバイス20(微小液滴化吐出デバイス)は、吐出させる液滴のサイズの再現性に優れている。単に噴霧のみの目的であれば、既存の噴霧器を用いればよいが、液滴サイズは大きなバラツキがある。一方、本発明の方式は、上記駆動条件の制御にて圧電素子の変位量を精密に調整できるため、サイズの揃った液滴を連続的に形成できる。
【実施例】
【0069】
以下に例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、これらの例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0070】
[実験方法]
(1)試薬
抽出溶媒には1−オクタノール(関東化学),ヘキサン(関東化学)を使用した。モデル試料としては、環境水中で規制されているVOCsの中から1.1.1-トリクロロエタン、トリクロロエチレン、cis-1.3-ジクロロプロペン、テトラクロロエチレンを用いた。いずれも標準試薬(関東化学,1000ppm)を使用し、これらを混合した液体試料を調製した。希釈には、ミリポア製Milli-Qシステムにより精製した超純水を用いて、各物質の試験濃度を、1−オクタノール抽出では5ppm、ヘキサン抽出では1ppm とした。
【0071】
(2)溶媒保持容器
スクリュー管瓶(13.5cc)を高さ2.2cmになるようダイヤモンドカッターで切断し、これを溶媒保持容器として、これにヘキサン又は1−オクタノールを5mL測り入れて用いた。
【0072】
(3)微小液滴化吐出デバイス
微小液滴化吐出デバイスとして印刷用のインクジェットデバイス(富士電機製)を用いた。図11にそのデバイスの斜視図とそのデバイスから液滴が吐出される様子を表す説明図を示す。このデバイス20aは、シリコン基板1上にエッチングにより試料流路3a、吐出ノズル3b、及び加圧室4を含む流路を形成し、ITO(Indium Tin Oxide)膜付きガラスプレート2で蓋をした後に、そのガラスプレート2の加圧室4の上面外側の部分に圧電素子5を貼り付け、チップホルダを介して試料供給管21を接続したものである。吐出ノズルの形状は幅0.08mm、深さ0.04mm、長さ約0.2mmであり、圧電素子5に電圧を印加してガラスプレート2の加圧室4の上面外側の部分(振動板として機能する)を変形させることで、液体試料を微小液滴化しつつ吐出させることができる。
図12は圧電素子5に印加する電圧パルスの一般的な波形を表す説明図である。上記デバイスでは、パルス幅Aの部分で加圧室の体積が拡張するように圧電素子5が変形し、パルス幅Bの部分でその体積が縮小するように圧電素子5が変形する。一般に、印加電圧の大きさやパルス幅A(電圧印加時間)を制御することによって、吐出安定性や出吐出量や液滴スピードを調整することができる。一方、パルス幅Bではパルス幅Aとは逆の電圧が付与されることによって、圧電素子の変形を瞬間的に大きくして吐出ノズルの試料吐出口から伸びた液滴を切断し、液滴として吐出させる作用があるが、その時間はパルス幅Aより遥かに短く、吐出特性に対して支配的な要因ではないので、吐出安定性や出吐出量や液滴スピードの調整に際しては、制御の対象外とされることが通例である。
【0073】
(4)吐出量
滴下の態様や、デバイスの駆動部の出力条件その出力時間などによって液滴の吐出量が異なるが、下記試験では、ヘキサンに滴下する場合は吐出量の総計がおよそ0.5mLとなるよう1滴当たり0.35nLとなる条件で試験を行い、1−オクタノールに滴下する場合は吐出量の総計がおよそ0.1mLとなるよう1滴当たり0.03nLとなる条件で試験を行った。他方、比較のために、上記デバイスを用いた吐出量と同量を、すなわちヘキサンに滴下する場合は0.5mL、1−オクタノールに滴下する場合は0.1mLを、マイクロピペットにて滴下した。
【0074】
(5)サンプリング
試料の滴下から所定時間後の抽出溶媒相について、経時的にマイクロシリンジ(SGE,10μL)を用いて1μL採取し、その1μLをガスクロマトグラフィー分析に供した。
【0075】
(6)ガスクロマトグラフィー分析
ガスクロマトグラフィー分析は島津製作所製のガスクロマトグラフ装置「GC-2014」を使用して行った。カラムは直径76mmのシリコン基板上にドライエッチングを行い、その上に耐熱ガラスをかぶせ、流路内に固定相(5%フェニル95%ジメチルシロキサン)をコーティングしたチップカラム(長さ8.56m,幅0.2mm×深さ0.1mm,島津製作所製)を使用した。検出器には電子捕獲型検出器(島津製作所)を用い、電流値を0.1mAとした。試料導入は、上記サンプリングによってマイクロシリンジ(SGE,10μL)で採取した抽出溶媒相の1μLを、スプリット導入法(スプリット比1:100)により装置に導入することにより行った。分析条件は、キャリアーガスとして高純度窒素ガスを使用し、カラム流量0.64mL/min、試料導入部温度200℃、検出器温度250℃、昇温条件を40℃(2min),30℃/min,160℃(2min)にして行った。この分析条件では、各VOCs試料の保持時間は、1,1,1-トリクロロエタンが1.2分付近であり、トリクロロエチレンが1.6分付近であり、cis-1,3-ジクロロプロペンが2.1分付近であり、テトラクロロエチレンが3分付近であった。各VOCs試料が示すピーク面積が、液体試料から各VOCs試料が抽出された量に比例するものとして、それらを比較した。
【0076】
[試験例1](条件検討 その1)
(1)ヘキサンに滴下する場合
切断したスクリュー管瓶にヘキサンを5mL測り入れ、上記デバイスの吐出ノズルの先端をヘキサン上面から上3mmの位置に配置して吐出を行った。吐出は、上記デバイスに備わる圧電素子に付与する電圧パルスにして、パルス幅A:90μs,パルス幅B:20μs,電圧:100V,周波数:4kHzの条件にて行った。この駆動条件は、一般の印刷用の用途に用いても差し支えない範囲のものである。吐出時間は2分間とし、その吐出量は約0.5mLであった。
【0077】
その結果、上記デバイスから微小液滴化しつつ吐出されてヘキサン中に滴下された液体試料が、ヘキサン上面からほぼ一直線上にひと筋に底面にまで移動するのが、その液滴からの散乱光によって、視認できた。図13にはその様子を模式的に示す。したがって、微小液滴化しつつ吐出した液体試料を、ヘキサン中に滴下して所定時間移動するようにして液液抽出が可能であることが確認できた。
【0078】
(2)1−オクタノールに滴下する場合
ヘキサンに滴下する場合と同様の条件で液体試料を微小液滴化しつつ吐出して1−オクタノールに滴下したところ、液体試料は、1−オクタノールの上面表面に溜まってしまって、1−オクタノール中を移動させることができなかった。これは、1−オクタノールは高粘度・高密度であるため、液滴が界面を通過する際に大きなエネルギーを要すると考えられるが、微小液滴ではエネルギー足りないためであるためと考えられた。
【0079】
この液面通過に要するエネルギー不足の問題を解消するため、液面通過のステップを無くすことを考え、上記デバイスの吐出ノズルの先端を1−オクタノール上面から深さサブmmの位置に配置して、抽出溶媒に浸けて、吐出を行った。吐出は、上記と同様に、上記デバイスに備わる圧電素子に付与する電圧パルスにして、パルス幅A:90μs,パルス幅B:20μs,電圧:100V,周波数:4kHzの条件にて行った。しかし、このときも液滴の移動は確認できなかった。これは,液中吐出ではノズルから飛び出した液体の速度が急激に失速するため、パルス幅Aとは逆の電圧が付与されるパルス幅Bの20μsという短い時間内では液滴形成が未完了なためであると考えられた。
【0080】
そこで、吐出のための駆動条件を変更することを考えた。すなわち、上記デバイスに備わる圧電素子に付与する電圧パルスのパルス幅Bを20μsからその約4倍の79μsに変更して吐出を行った。この駆動条件は、一般の印刷用の用途に用いても差し支えない範囲であるが、気中吐出においては液滴の受ける浮力や抵抗力が小さく、液滴速度が急激に失速することは起こりにくいため、パルス幅Bが20μs程度の短い時間であっても、吐出ノズルの試料吐出口から伸びた液滴を切断し、液滴として吐出させるのに十分に間に合うことから、通常採用しない条件である。吐出時間は5分間とし、その吐出量は約0.5mLであった。
【0081】
その結果、上記デバイスから微小液滴化しつつ吐出されて1−オクタノール中に滴下された液体試料が、ノズルから約1mmのところで複数滴が集まった集合体となり、1−オクタノール上面近傍からほぼ一直線上にひと筋に底面にまで移動するのが、その集合体からの散乱光によって、視認できた。図14にはその様子を模式的に示す。したがって、1−オクタノールに滴下する場合には、吐出のための駆動条件を変更することによって、微小液滴化しつつ吐出した液体試料を、1−オクタノール中に滴下して所定時間移動するようにして液液抽出が可能であることが確認できた。
【0082】
なお、上記の液滴の集合体の直径は、写真撮影したものを拡大して写真上のサイズを計測し、写真上で既知の寸法(2本のノズルのピッチ1mm)から算出した拡大倍率を用いて換算すると、約400μmだったことから、体積に換算すると3.4nLが得られた。そして、上記スクリュー管瓶内での1−オクタノールの深さは14mmであったので、更に条件づけとして、物質の拡散係数を10-9m2/secとし、液滴の集合体の吐出初速度 3〜4mm/secを用いて、上記式(1)〜(3)を用いた第1〜5のステップを用いて算出すると、液滴の集合体が1−オクタノールの上面から底面に達するまでの移動時間が3〜5秒と導出され、目的物質が液滴の集合体の1−オクタノールとの界面に拡散するまでの拡散時間が6.7秒と導出され、前者を後者で割った比率は、45〜67%であった。このように、液滴が抽出溶媒の上面から底面に達するまでの移動時間と、液滴が成す抽出溶媒との界面に目的物質が拡散するまでの拡散時間とがほぼ相応しており、液滴化によって液液抽出の迅速化の効果が得られたことが明らかであった。
【0083】
[試験例2](条件検討 その2)
1−オクタノールに滴下する場合における上記デバイスに備わる試料駆動部の駆動条件について更に検討した。すなわち、上記デバイスに備わる圧電素子に付与する電圧パルスのパルス幅Bを79μsに設定しつつ、印加電圧とパルス幅Aを表1のようにかえて吐出を行った。なお、滴下は、上記と同様に、上記デバイスの吐出ノズルの先端を1−オクタノール上面から深さサブmmの位置に浸ける態様で行った。
【0084】
【表1】


【0085】
その結果、表1に示すように、上記デバイスから微小液滴化しつつ吐出されて1−オクタノール中に滴下された液体試料が、1−オクタノール上面近傍からほぼ一直線上にひと筋に底面にまで移動するもの(表中「○」で示す。)、ほぼ良好に移動するが多少曲折しながら移動するもの(表中「△」で示す。)、全く移動しないもの(表中「×」で示す。)に分かれた。したがって、上記デバイスを印刷用に用いる場合にあっては空気中への吐出であるので、印加電圧の大きさやパルス幅A(電圧印加時間)を制御することによって、吐出安定性や出吐出量や液滴スピードを自在に調整することができるが、上記デバイスを液液抽出用に用いる場合にあっては液体中への吐出であるので、抽出溶媒によってはこれらを正確に制御しなければ、吐出した液滴を所望の移動速度及び/又は液滴サイズで抽出溶媒中を移動させることができないことが明らかとなった。そこで、後述する1−オクタノールの試験[試験例5,6]では、液滴吐出デバイスの駆動条件として、吐出可能な範囲の中で最も安定した吐出が得られたパルス幅A:100μs,電圧90Vを適用した。
【0086】
[試験例3](ヘキサン抽出/攪拌なし)
微小液滴化吐出デバイスを用いて液体試料を微小液滴化しつつ吐出して抽出溶媒中に滴下して液液抽出を行った場合と、マイクロピペットで単に滴下しただけの場合とを比較した。すなわち抽出量の経時変化を比較検討した。試験は、抽出溶媒にヘキサンを用い、上記実験方法に記載のとおり各VOCs試料を含有する液体試料を調製して、微小液滴化吐出デバイスからの滴下の方法及び吐出の条件は試験例1と同様にして行った。マイクロピペットからの滴下の場合には、上記デバイスからの吐出量に相当する0.5mLの液体試料をヘキサンに滴下した。吐出又は滴下が完了した直後、20分後、40分後、60分後に抽出溶媒相をサンプリングし、上記実験方法に記載のとおりガスクロマトグラフ装置で分析した。その結果を図15に示す。
【0087】
図15(A)に示すように、微小液滴化吐出デバイスを用いた場合、各VOCs試料が示すピーク面積の値は液体試料の滴下を完了した直後からほぼ定常状態に達しており、速やかに液液平衡に達し、抽出がなされたことが分かる。一方、図15(B)に示すように、マイクロピペットを用いた場合、各VOCs試料が示すピーク面積の値が液体試料の滴下の完了時から60分後に至るまで、その最大値に向けて徐々に増大しており、液液平衡に達するまでに時間がかり、抽出が徐々になされたことが分かる。
したがって、微小液滴化吐出デバイスを用いた方法によるヘキサン抽出のほうが、より迅速に定量的な液液抽出を実現できることが明らかとなった。
【0088】
[試験例4](ヘキサン抽出/攪拌あり)
抽出溶媒を入れたスクリュー管瓶に攪拌子を入れて100rpmの低速でゆるやかに攪拌しながら抽出を行う以外は、試験例3と同様にしてヘキサン抽出を行った。その結果を図16に示す。
【0089】
図16(A)に示すように、微小液滴化吐出デバイスを用いた場合、各VOCs試料が示すピーク面積の値は液体試料の滴下を完了した直後からほぼ定常状態に達しており、速やかに液液平衡に達し、抽出がなされたことが分かる。一方、図16(B)に示すように、マイクロピペットを用いた場合には、攪拌子によってヘキサンを攪拌しながら抽出を行うことによって、液液平衡に達するまでの時間が短縮したが、滴下直後にほぼ液液平衡に達するまで短縮することはなかった。
したがって、微小液滴化吐出デバイスを用いた方法によるヘキサン抽出のほうが、より迅速に定量的な液液抽出を実現できることが明らかとなった。
【0090】
[試験例5](1−オクタノール抽出/攪拌なし)
抽出溶媒として1−オクタノールを用い、微小液滴化吐出デバイスからの滴下の方法及び吐出の条件を、試験例2で1−オクタノール中で液滴の移動が良好であると評価されたパルス幅A:100μs,電圧90Vの条件で行う以外は、試験例3と同様にして1−オクタノール抽出を行い、マイクロピペットで単に滴下しただけの場合とを比較した。なお、液体試料の上記デバイスからの吐出量又はマイクロピペットでの滴下量はいずれも0.1mLとした。その結果を図17に示す。
【0091】
図17(A)に示すように、微小液滴化吐出デバイスを用いた場合、各VOCs試料が示すピーク面積の値は液体試料の滴下を完了した直後には比較的低い値であったが20分後から徐々に上昇し、液液抽出がなされたことが分かる。一方、図17(B)に示すように、マイクロピペットを用いた場合、各VOCs試料が示すピーク面積の値が液体試料の滴下の完了時から60分後に至るまでの間に、ほとんど上昇が認められなかった。またその絶対値も低かった。
したがって、上記デバイスを用いた方法による1−オクタノール抽出のほうが、より効率的な液液抽出を実現できることが明らかとなった。
【0092】
[試験例6](1−オクタノール抽出/攪拌あり)
抽出溶媒を入れたスクリュー管瓶に攪拌子を入れて100rpmの低速でゆるやかに攪拌しながら抽出を行う以外は、試験例5と同様にして1−オクタノール抽出を行った。その結果を図18に示す。
【0093】
図18(A)に示すように、微小液滴化吐出デバイスを用いた場合、各VOCs試料が示すピーク面積の値は液体試料の滴下を完了した直後からほぼ定常状態に達しており、攪拌子によって1−オクタノールを攪拌しながら抽出を行うことによって、速やかに液液平衡に達し、抽出がなされたことが分かる。一方、図18(B)に示すように、マイクロピペットを用いた場合には、攪拌子によってヘキサンを攪拌しながら抽出を行うことによって、液液平衡に達するまでの時間が短縮したが、滴下直後にほぼ液液平衡に達するまで短縮することはなかった。
したがって、上記デバイスを用いた方法による1−オクタノール抽出のほうが、より効率的な液液抽出を実現できることが明らかとなった。
【符号の説明】
【0094】
1:シリコン基板
2:ガラスプレート
3:流路
3a:試料流路
3b:吐出ノズル
4:加圧室
5:圧電素子
6,60:構造ユニット
7:ジョイント
9:溶媒保持容器
10:試料の液液抽出装置
16:液体試料供給ボトル
17:目的成分
18:液体試料の溶媒
19:液体試料
20、20a:液滴吐出デバイス(微小液滴化吐出デバイス)
21:試料供給管
22:気体用チューブ
23:注射器
24:駆動回路
25:フレキシブルケーブル
26:試料供給口
27:試料吐出口
28:抽出溶媒
30:ニードルシリンジ
31:分析装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体試料を、微小液滴化吐出デバイスにより微小液滴化しつつ吐出して、前記液体試料に相溶性を有しない抽出溶媒中に滴下し、該微小液滴化された試料が成す前記抽出溶媒との界面を介して、前記液体試料中に含まれている成分を前記抽出溶媒中に移行させることを特徴とする試料の液液抽出方法。
【請求項2】
前記微小液滴化された試料が前記抽出溶媒を保持する溶媒保持容器内で該溶媒が形成する上面から底面に達するまでの移動時間が、該微小液滴化された試料中に含まれている成分が前記界面に拡散するまでの拡散時間とほぼ同等となるように、前記微小液滴化された試料の前記抽出溶媒中での移動速度及び/又は液滴サイズを調整する請求項1記載の試料の液液抽出方法。
【請求項3】
前記微小液滴化吐出デバイスに備わる試料駆動部の駆動条件を制御することによって、前記微小液滴化された試料の前記抽出溶媒中での移動速度及び/又は液滴サイズを調整する請求項2記載の試料の液液抽出方法。
【請求項4】
前記微小液滴化吐出デバイスに備わる試料吐出口を、前記抽出溶媒を保持する溶媒保持容器中で該溶媒が形成する上面近傍であってこれに浸からない位置に配置して、前記試料を微小液滴化しつつ吐出する請求項1〜3のいずれか1つに記載の試料の液液抽出方法。
【請求項5】
前記微小液滴化吐出デバイスに備わる試料吐出口を、前記抽出溶媒を保持する溶媒保持容器中で該溶媒が形成する上面近傍であってこれに浸かる位置に配置して、前記試料を微小液滴化しつつ吐出する請求項1〜3のいずれか1つに記載の試料の液液抽出方法。
【請求項6】
液体試料を供給する試料供給管と、前記液体試料が供給されるように前記試料供給管に連結し、前記液体試料を微小液滴化しつつ吐出する微小液滴化吐出デバイスと、前記液体試料に相溶性を有しない抽出溶媒を所定量保持する溶媒保持容器を備え、前記微小液滴化吐出デバイスにより微小液滴化された試料が、前記溶媒保持容器に保持された前記抽出溶媒中に滴下され、該溶媒中を所定時間移動するようにされていることを特徴とする試料の液液抽出装置。
【請求項7】
前記微小液滴化吐出デバイスは、前記試料供給管に連通し前記液体試料が供給される試料供給口と、前記供給口に連通し前記液体試料が送通する試料流路と、一端が前記試料流路に連通し他の一端が試料吐出口に連通する吐出ノズルとを有し、前記試料流路の一部には、圧電素子を装着した振動板と加圧室とで構成した試料駆動部が設けられ、前記吐出ノズルの形状は、該吐出ノズルを通る試料に前記試料吐出口方向への毛細管作用による移動力を付与する形状とされ、前記圧電素子を駆動して前記振動板を振動させることにより、前記試料駆動部を移動する試料を前記加圧室で加圧し、該試料を、前記吐出ノズルを介して前記出口部から微小液滴化しつつ吐出するようにされている請求項6記載の試料の液液抽出装置。
【請求項8】
前記微小液滴化吐出デバイスに、前記試料流路と、前記吐出ノズルと、前記試料駆動部とからなる微小液滴化吐出手段が、複数並列して設けられ、前記吐出ノズルに連通する複数の出口部から前記液体試料を微小液滴化しつつ吐出するようにされている請求項6又は7記載の試料の液液抽出装置。

【図12】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2012−198046(P2012−198046A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−60845(P2011−60845)
【出願日】平成23年3月18日(2011.3.18)
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【出願人】(000005234)富士電機株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】