説明

質量分析方法および装置

【課題】試料の構成成分の本来の分布情報を保持しつつ、感度良く検出できる試料分析方法および装置を提供する。
【解決手段】試料に一次イオンビームを照射し、該試料から放出される二次イオンを質量分析法によって分析する試料分析方法であって、チャンバー内に配置した試料を冷却する工程と、前記チャンバー内に水または水溶液を放出し、冷却された前記試料の表面に氷の層を形成する工程と、前記氷の層が形成された状態で、前記試料表面に前記一次ビームを照射する工程とを有し、前記氷の層を形成する水の量が0.1ng/mm以上20ng/mm以下であることを特徴とする分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン、中性粒子、電子、並びに、レーザー光の中から選ばれる一つの一次ビームを用いて、試料を構成する構成物を脱離・イオン化する工程を含む質量分析法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI=Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)や飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF−SIMS=Time Of Flight − SecondaryIon Mass Spectroscopy)を用いて、腫瘍組織などに発現しているタンパク質の発現量を質量信号強度に基づいて網羅的に可視化する分析手法が知られている。
【0003】
MALDIやTOF−SIMSによる生体試料の測定において、試料構成成分はイオン化された状態で検出される。特にプロトン付加分子として検出されることが多い。
【0004】
MALDIやTOF−SIMSにおける生体試料の測定において、構成成分のイオン化効率を向上させるために、マトリックスやアルカリ金属塩、酸性物質の水溶液を試料に噴霧や滴下によって供給する方法が行われてきた。例えば、本発明者らは、酸性物質水溶液を試料に滴下することで、TOF−SIMS測定において試料のイオン化効率を向上させることを見出した(特許文献1)。
【0005】
一方、マトリックスや酸性物質を用いず、試料中に含まれる水分を用いる、あるいは外部から水分を付与することにより、試料構成成分へのプロトン付加を促進させる方法も知られている。
【0006】
非特許文献1では、試料と水との混濁液を凍結させ、凍結した試料の破断面をTOF-SIMSで測定する方法が開示されている。
【0007】
非特許文献2では、水雰囲気化で試料を冷却することで試料に水分を吸着させ、プロトン付加分子を生成させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許7446309
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Analytical Chemistry 2003,75,P. 4087
【非特許文献2】Langmuir 2008,24,P.7906
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
滴下によって水溶液を試料に付与し、イオン検出効率を向上させる方法では液滴中に水溶性の試料構成成分が流出してしまう場合がある。このため、試料構成成分が持つ本来の分布情報が得られない。
【0011】
また、非特許文献1および2の方法では、試料表面を覆う大量の氷によってイオン検出感度を低下させるという課題があった。
【0012】
そこで本発明は、試料の構成成分の本来の分布情報を保持しつつ、感度良く検出できる試料分析方法および装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決する本発明の試料分析方法は、試料に一次イオンビームを照射し、該試料から放出される二次イオンを質量分析法によって分析する試料分析方法であって、
【0014】
チャンバー内に配置した試料を冷却する工程と、前記チャンバー内に水または水溶液を放出し、冷却された前記試料の表面に氷の層を形成する工程と、前記氷の層が形成された状態で、前記試料表面に前記一次ビームを照射する工程と、を有し、前記氷の層を形成する水の量が0.1ng/mm以上20ng/mm以下であることを特徴とする。
【0015】
また、上記課題を解決する本発明の分析装置は、試料に一次ビームを照射し、該試料から放出される二次イオンを分析する分析装置であって、前記試料を配置するチャンバー、前記チャンバー内の前記試料の表面に一次ビームを照射するための一次ビーム発生部、前記チャンバー内の前記試料を冷却する冷却機構、前記チャンバー内に水または水溶液を放出する放出部、前記試料から放出される二次イオンを質量分析手段へ導く引き出し電極、前記放出部から前記チャンバー内に放出される水または水溶液の量を制御する制御手段、を有し、前記チャンバー内に配置した試料を冷却した状態で前記放出部から水または水溶液を放出して前記試料の表面に氷の層を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、試料表面に規定量の氷を付与することで、対象物を構成する水溶性成分の流出を抑えつつ、高いイオン化促進効果を得ることができるようになる。これによって、本来の分布情報を保持しつつ、感度良く検出できる方法および装置が提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の分析装置の例示
【図2】実施例1から3で用いる分析装置の概略図
【図3】実施例1と比較例1−1から1−4で得られるTOF−SIMS質量スペク トルとそのイオンイメージ
【図4】(a)実施例1と比較例1−1から1−4における水分子イオンと構成成分イオンとのピーク面積強度の関係、(b)構成成分イオンのピーク面積強度と氷付与量との関係、(c)水分子の入射束から測定した氷の付与量と、水晶振動子モニターを用いて測定した氷の付与量との関係
【図5】実施例1と比較例1−5、1−6で得られるTOF−SIMSイオンイメー ジ
【図6】実施例2と比較例2で得られるTOF−SIMS質量スペクトルとイオンイ メージ
【図7】実施例3と比較例3で得られるMALDI質量スペクトル
【発明を実施するための形態】
【0018】
<分析装置の構成>
図1に本実施形態の分析装置の一例を示す。図1で示すように、イオン、中性粒子、電子、並びに、レーザー光の中から選ばれる一つの一次ビームを発生する一次ビーム発生部33を有する。一次ビーム発生部33から発生した一次ビームが該試料19に照射し、試料から放出されるイオンを分析することのできる分析装置である。照射場所を変えることにより照射位置の試料から二次イオンが放出され、引き出し電極15の上部に接続した質量分析手段34を用いて質量情報を取得する。取得した質量情報に基づいて、試料19を構成する構成物の分布状態に関する情報が取得される。
【0019】
対象物とは質量分析法で測定されるもの全てを指し、例として、高分子化合物、低分子化合物、有機化合物、無機化合物、生体、臓器、生体由来試料、組織切片、細胞、培養細胞、などをあげることができる。対象物を構成する構成物の例としては、有機化合物、無機化合物、タンパク質、ペプチド、糖鎖、ポリヌクレオチド、オリゴヌクレオチド、などをあげることができる。
【0020】
質量分析法は、あらゆる質量分析法を用いることができるが、とりわけ、イオン化法としてMALDI、SIMS、FAB(Fast Atom Bombardment、高速原子衝突)を採用し、分析部としては、飛行時間型、磁場偏向型、四重極型、イオントラップ型、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型を採用するものをあげることができる。これらの質量分析手段のいずれかが、図1の引き出し電極15の上部に配置される。
【0021】
これらの質量分析方法においては、質量に関する情報は、質量を電荷で除した値(質量電荷比 m/z)における信号強度として得られる。本発明の分析装置は、図1に例示するように、一次ビーム21を照射する一次ビーム発生部33を備え、引き出し電極15で試料から脱離したイオン16を加速して質量分析手段へ引き込み、上記の質量分析を行う機構を備えている。一次ビームとしては、イオンビームが好ましい。
【0022】
図1に例示するように、本発明の分析装置は、測定チャンバー11の外部に置かれた液体窒素タンク12との熱接触により、試料を冷却できる試料冷却機構(冷却部)18、加熱のための電熱線ヒーター(加熱部)14、温度モニターのための熱電対13を試料19の下部に備えている。この温度調節機構は、試料を+40℃から−160℃の範囲においてある一定の温度に保つことができる。
また、本形態の分析装置には、チャンバー内に水または水溶液を放出する放出部22と、チャンバー内に放出される水または水溶液の量を制御する制御手段23が設けられている。
【0023】
本実施形態において放出部は、溶液成分を含むガス23を放出するガスリークノズル22として配置されている。このガスリークノズル22は、測定チャンバー11の外部に取り付けられた溶液タンク24とキャリアガスボンベ26に、気液混合バルブ25を通して接続されている。気液混合比を変えることで、放出のガス中に含まれる溶液の濃度、すなわちチャンバ―に放出される水または水溶液の量を調節することができる。このとき、チャンバー内の汚染や真空系の負担を抑えるため、ガスリークノーズ22の放出口は出来るだけ試料表面近傍に設置することが望ましい。
【0024】
ここでガス状に放出する溶液とは、単に水だけを用いてもよいが、さらにはイオン化効率を増大させる効果のあるマトリックスや、アルカリ金属塩、酸性物質のいずれかを溶質成分とする水溶液を用いてもよい。マトリックスの例として、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA:α−Cyano−4−hydroxycinnamic acid)、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHBA:2,5−Dihydroxybenzoic acid)、シナピン酸(SA:Sinapinic acid)などをあげることができる。アルカリ金属塩の例として、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウムなどをあげることができる。酸性物質の例として、酢酸、トリフルオロ酢酸(trifluoroacetic acid)やパーフルオロスベリン酸(Perfluorosuberic acid)をあげることができる。またキャリアガスの例としては、窒素ガス、アルゴンガスなどの不活性なガスをあげることができる。
【0025】
(試料の分析方法)
以下に、図1の分析装置を用いて試料を分析する方法について説明する。
図1のように試料を測定チャンバー11内に配置した状態で試料を冷却する。冷却の際、チャンバー内の水分が試料に付着することを避けるため、減圧条件下で冷却するとよい。この際、10×10−6Pa以下、好ましくは3×10−6Pa以下にするとよい。
続いて、チャンバー内に水または水溶液を放出し、冷却された前記試料の表面に氷の層を形成する。以下で説明するように、氷の層を形成する工程は、水または水溶液の放出量を制御してチャンバ―内に放出することで、試料表面に形成される氷の量を精度よく制御することができる。この後、氷の層が形成された状態で、試料表面に一次ビームを照射することで、試料からイオン(二次イオン)が放出される。放出された二次イオンを引き出し電極15を介して質量分析手段33に二次イオンを導き、質量分析を行うことができる。
本発明者らは、試料表面に形成される氷の層に着目し、鋭意検討を行った。
この結果、一次イオンビームを照射する試料表面に形成される氷の層において、その水の量が0.1ng/mm以上20ng/mm以下とすることで、イオン検出感度が高く、且つ試料の構成成分の本来の分布情報を保持できることを見出し、本願発明を成したものである。
【0026】
<氷の層を形成する工程>
測定チャンバー11内を真空にする。続いて気液混合バルブ25を開放することで、溶液成分を含むガスがガスリークノズル22の先から放出される。このとき試料19をあらかじめ溶液の凝固点または昇華点以下の温度に冷却しておくことで試料19の表面に溶液成分が氷状態で吸着し、氷20が形成される。このとき、放出ガスに含まれる溶液成分の濃度や、ガス放出量、試料のガス雰囲気中への暴露時間、及び試料温度を調節することで、試料表面に形成される氷20の付着量を調節できる。
【0027】
また、他の氷形成の方法として、エレクトロスプレー法や電子スプレー法により、溶液を液体の状態で試料表面に噴霧しても良い。この際、溶液を噴霧する前に不活性化ガスをチャンバー11内にある一定の圧力で満たしておいても良い。溶液ができるだけ微小な液滴を形成しながら試料表面に均一の量で吸着するように、スプレーノズル先端の形状、スプレーの噴霧速度、噴霧量、試料表面までの距離、不活性ガスの種類、圧力などのパラメターを細かく調節する必要がある。上述と同じく、試料19をあらかじめ溶液の凝固点または昇華点以下の温度に冷却しておくことで、試料19表面に氷状態で溶液成分が付着する。
【0028】
試料表面に形成される氷は、離散的に分布する形態、あるいは、連続的な膜状の形態を有することができる。離散的に分布する形態としては、点状、または、島状、或いは、離散的な島状の形態が一部で連なった不連続な膜状の形態をとることができる。これらは、不連続膜の一形態とみなすこともできる。氷が連続的な膜状である場合、膜厚が均一である場合、或いは膜厚が不均一な不均一膜の形態を取ることができる。氷が膜状の形態を有するとみなした場合、氷の平均膜厚は、氷の密度を用いて質量から換算することができる。氷の密度を0.93g/cmとした場合、平均氷量10ng/mmは、平均膜厚11nmに相当する。
【0029】
上記方法で形成される氷20は、一次ビーム21が試料19表面に到達でき、且つ、試料19構成成分の脱離を阻害しない付着量、および形態に制御される。
【0030】
1次ビームにイオンを用いた際には、氷20の量は試料表面1mm当たり20ng(20ng/mm)以下、または、0.1ng/mm以上20ng/mm以下の範囲にあることが好ましい。或いは好適な氷の平均膜厚は22nm以下、または0.11nm以上21.5nm以下の範囲にあるということもできる。
【0031】
また、水分や、マトリックス、アルカリ金属塩、酸性物質、の付着がイオン化効率増大の効果を十分に発揮する氷の付着量は、10ng/mm以下、または、0.1ng/mm以上10ng/mm以下の範囲にあることを本発明者らは見出している。これは、好適な氷の平均膜厚は11nm以下、または0.1nm以上11nm以下の範囲にあるということもでき、これらの範囲に試料表面の氷の量を制御することが好ましい。
【0032】
レーザー光はイオンビームに比べより多くの氷を貫通でき、且つ試料をイオン化できる領域も広い。MALDI法では一般的に、マトリックスを含む試料を用い、数ns程度のパルス幅を持つレーザーが用いられる。試料へ照射されたレーザーは、試料の深さ方向数umの領域まで到達する。そして試料が吸収したレーザーエネルギーは熱エネルギーに変換され、試料の一部が気化あるいは昇華され、イオン化されて検出される。従って、1次ビームにレーザー光を用いた際には、氷20の量は1000ng/mm以下、または、0.1ng/mm以上1000ng/mm以下の範囲にあることが好ましい。或いは好適な氷の平均膜厚は1075nm以下、または0.1nm以上1075nm以下の範囲にあるということもできる。
【0033】
試料19表面に形成される氷の量を制御する方法として、赤外光や可視光の反射率変化を用いて氷付着量を計測し、適切な量の氷が形成されるように制御する方法がその一例としてあげられる。また、水晶振動子センサー(QCM:Quarts Crystal Microbalance)を試料19近傍に設け、且つ試料と同じ温度に保ち、付着させる氷の質量を計測し、適切な量の氷が形成されるように制御する方法がその一例としてあげられる。あるいは、導入する水の分圧の計測値と導入時間、試料温度から、試料へ衝突する水分子の入射束を計算することで氷の付着量を計算し、適切な量の氷が形成されるように制御する方法がその一例としてあげられる。
【0034】
ただし、用いる質量分析装置の構成や試料の種類によって、最適な氷20の量は異なる。用いる質量分析装置の構成や試料の種類に最適な氷の量を知るための手段として、あらかじめ一旦過剰の氷を形成した試料を用意し、測定チャンバー11内で試料を測定しながら、基板の温度を高めて徐々に氷20の付着量を減らしていく方法がその一例としてあげられる。氷20の量を変えたいくつかの試料19より得られる水分子イオン(H)と試料構成成分イオン信号強度を質量分析で計測し、Hと試料構成成分イオンの信号強度の信号強度相関表を作製する。該相関表により、好適な氷20の付着量に対応するHの信号強度の値を知ることができる。さらには、氷20の付着量を変えたいくつかの試料19で、試料19脇の試料がついていない基板箇所について質量分析を行い、Hと試料構成成分イオンの信号強度の信号強度相関表を作製する。試料19脇の基板箇所から得られる該Hの信号強度には、試料19内部に含まれる水分の信号が含まれていない。そのため、該相関表により、より正確に、好適な氷20の付着量に対応するHの信号強度の値を得ることができる。
【0035】
信号強度相関情報を有する上述の信号強度相関表を作製後、同じ装置の構成で、同じ種類の試料19の質量分析を行う際には、この相関表を参照し、Hの信号強度が最適な値になるように、氷20の量を調節する。具体的には、氷20が多い時は基板温度を上昇させて氷20を減らし、氷20が少ない時は上述の氷形成の工程を繰り返す。最適な量の氷20に調節した後に試料19構成成分の計測を行うことで、最適な状態で再現精度の高い計測を繰り返し行うことができる。
【0036】
また長時間の測定においては、試料19脇の基板箇所を測定することで、適宜、氷20の付着量を確認することができる。氷20が多い時は基板温度を上昇させて氷20を減らす。氷20が少ない時は上述の氷形成の工程を繰り返すことで氷20を増やす。このようにして常に最適な量の氷20を持った状態で計測を行うことができる。また、試料温度を氷の蒸発温度以下に保ち、かつ真空中に残存する水分子の付着を抑えることのできる温度、真空状態に保つことで氷20の付着量を一定に長時間保持することができる。
【0037】
図1において、上記氷の層を形成する工程と、前記試料表面に前記一次ビームを照射する工程は同じ測定チャンバ―11で行う構成であるが、これに限らず、図2のように氷の層を形成する工程で使用するチャンバ―と、前記試料表面に前記一次ビームを照射する工程で使用するチャンバ―を分離しても良い。この場合、冷却した状態で試料を移動する移動機構35を設けるとよい。またチャンバ―間に開閉機構36を設け、放出した水分が測定チャンバ11に侵入しないように構成すると良い。
【0038】
<構成成分の質量分析>
氷20を形成した後、試料19の温度を保ったまま、気液混合バルブ25を閉じてガスを排気してから質量分析を行う。表面に形成された氷20の働きにより試料構成成分へのプロトン付加が促進され、高感度に試料19構成成分を検出することができる。また、溶液成分が氷状態で付着することにより、試料19の水溶成分の流出を抑えることができ、試料19構成成分の本来の分布情報を維持したままの検出が可能となる。さらに、質量分析中も試料温度を氷の蒸発温度以下に保ち、かつ真空中に残存する水分子の付着を抑えることのできる温度、真空状態に保つことで氷20の付着量を一定に長時間保持することができ、長時間の安定した検出が可能となる。
【0039】
(実施例)
以下、実施例および比較例を挙げて本発明をより具体的に説明する。以下の具体例は本発明にかかる最良の実施形態の一例ではあるが、本発明はかかる具体的形態に限定されるものではない。
【0040】
(実施例1:TOF−SIMS測定における効果1)
[試料の準備]
実施例1ではヒト由来ペプチド分子「AngiotensinII(Mw:1046,California Peptide Research Inc.製)」を測定対象物とした。まず該測定対象物をイオン交換水に10−6Mで溶解した溶液を調製した。その溶液を用いて、インクジェット吐出器(製品名:パルスインジェクター、Cluster technology社製)によりシリコンウェハー上にAngiotensinIIのインクジェットプリント・ドットパターンを形成したものを用いた。印字で形成される1ドットのサイズは直径約120μmで、各ドットに約30fmolのAngiotensinII分子が存在している。このドットを測定することで検出強度の比較や構成成分の流出の評価に用いることができる。
【0041】
[水分だけを含む氷の形成]
実施例で用いる本発明の質量分析装置は、図2に示すように測定チャンバー11とプレチャンバー31による2室構成となっていて、互いに試料ホルダー17を移動できる機構を持つ。まず、プレチャンバー31内で、試料上に水分だけを含む氷20の形成を行った(図2(I))。
【0042】
該AngiotensinIIのドットパターン試料19を試料ホルダー17上に固定し、プレチャンバー31内に設置して2×10−6Paの真空に排気する。その後、試料19を−140℃に冷却して、HOリークバルブ32を開く。水分を含んだガスがプレチャンバー31内を満たすにしたがって試料19表面に氷20が形成される。この時、水晶振動子センサーを用いて氷の付着量を求め、所定の量を付着させた後、HOリークバルブ32を閉じる。試料19の温度を−140℃付近に保った状態で、導入したガスを排気し、測定チャンバー12内に試料ホルダー17ごと移動させて、試料19の質量分析を行った(図2(II))。
【0043】
[TOF−SIMS測定]
質量分析法としてTOF−SIMS測定法を用いた。測定はION−TOF社製 TOF−SIMS5型装置(商品名)を用い、以下の測定条件で行った。
【0044】
1次イオン:25kV Bi3+、1pA(パルス電流値)、randomスキャンモード
1次イオンのパルス周波数:5kHz(200μs/shot)
1次イオンパルス幅:約1ナノ秒
1次イオンビーム直径:約1μm
測定領域:200μm × 200μm
2次イオンの測定点数:128×128点
積算時間:16回スキャン(約52秒)
2次イオン引き出し電極電圧:−2kV
2次イオンの検出モード:正イオン
測定は、該AngiotensinIIのドットパターンにおけるそれぞれの1ドットについて行った。
【0045】
<氷形成による検出強度の増加>
上述の方法で氷をサンプル表面1mmあたり約1ng付着させた後、試料温度−140℃にて測定したAngiotensinIIの1ドットから検出された[AngiotensinII+H](m/z1046.8)の質量スペクトルを図3(a)に示す。また、同時に得られた水分子イオンの[HO](m/z19)と[AngiotensinII+H]のそれぞれのイオンイメージを図3(a)下部に示す。付与した氷の量1ng/mmは、氷の密度を約0.93g/cmとして平均膜厚に換算すると、約1.1nmと算出される。
【0046】
(比較例1−1)
比較として、氷を付着させてない同じAngiotensinIIの1ドットを、試料温度25℃にて測定した、[AngiotensinII+H]の質量スペクトルを図3(b)に示す。また、同時に得られた [HO]と [AngiotensinII+H]のイオンイメージを図3(b)下部に示す。
【0047】
ここで、表示のスケールはスペクトル強度、イメージ強度ともに、図3(a)から(e)まで同一にして表示してある。
【0048】
実施例1で作製した試料では氷の付与を行っているため[HO]の信号強度が強い(図3(a))。一方、(b)の試料は氷の付与を行っていないため[HO]の信号強度は弱い。本方法で氷を付与した試料の質量分析測定では、氷を付与しない試料の測定に比べて、試料構成成分である[AngiotensinII+H]のイオン検出強度が約9倍となった。これは、氷の付着量の違いによって、試料構成成分へのプロトン付加効率が異なることに由来すると考えられる。
【0049】
(比較例1−2)
比較として、AngiotensinIIの1ドットを、試料温度−140℃に冷却して測定した[AngiotensinII+H]の質量スペクトルを図3(c)に示す。また、同時に得られた [HO]と [AngiotensinII+H]のイオンイメージを図3(c)下部に示す。
【0050】
氷を付与していない試料(図3(b))と比較すると、図3(c)の[HO]の信号強度は強い。しかし、実施例1の方法で氷の付与を行っている試料(図3(a))と比べると、図3(c)の[HO]の信号強度は弱い。また、試料構成成分である[AngiotensinII+H]の検出強度については、図3(c)は、図3(a)より弱く、図3(b)よりは強い。これは、測定チャンバー内に残存するわずかな水分子が冷却によって試料に付着するために、氷を付与していない試料(図3(a))よりは試料構成成分へのプロトン付加効率が高くなるためと考えられる。しかし、適正な量の氷を付与できていないため、実施例1の方法で氷の付与を行っている試料(図3(a))よりは試料構成成分へのプロトン付加効率が低くなっていると考えられる。本比較例において、試料へ衝突する水分子の入射束から水の付着量を見積もると、約0.1ng/mmであった。
【0051】
(比較例1−3)
比較として、真空のプレチャンバー31内で試料温度−140℃に冷却したAngiotensinIIのドットパターン試料を、大気中(湿度20%)に3分間放置して、大気中の水分を氷状態で付着させた試料を作製した。この試料を冷却せずに、チャンバー内で再び真空に排気した。冷却せずに上述の測定条件で検出された[AngiotensinII+H]の質量スペクトル、および、[HO]と [AngiotensinII+H]のイオンイメージを図3(d)に示す。
【0052】
実施例1の方法で氷の付与を行っている試料(図3(a))と比べて、図3(d)の試料では、試料構成成分である[AngiotensinII+H]の検出強度は小さい。図3(d)の[HO]の信号強度が弱いことからも判るように、冷却した試料を大気中に置くことで大気中の水分が吸着するものの、冷却をしないで真空中に戻すことで試料温度が上昇し、試料に吸着していた水成分が急速に蒸発してしまう。この結果、付着水分量が減少し、試料構成成分へのプロトン付加が十分に促進されなかったため、試料構成成分である[AngiotensinII+H]の検出強度が小さくなったと推測される。
【0053】
(比較例1−4)
比較例1−3と同様に、真空のプレチャンバー31内で試料温度−140℃に冷却した該AngiotensinIIのドットパターン試料を、大気中(湿度20%)に3分間放置して、大気中の水分を氷状態で付着させた試料を作製する。この試料を試料温度−140℃に冷却しながら、再びチャンバー内で真空に引いた。冷却しながら上述の同じ測定条件で検出された[AngiotensinII+H]の質量スペクトル、および、 [HO]と [AngiotensinII+H]のイオンイメージを図3(e)に示す。
【0054】
実施例1の方法で氷の付与を行っている試料(図3(a))と比べて、図3(e)の試料では、試料物構成成分である[AngiotensinII+H]の検出強度は小さい。これは、図3(e)の[HO]の信号強度が強いことからも判るように、試料表面には多量の氷20が形成されている。そのため、1次ビーム21のイオンが試料表面に十分に到達できない、または、試料構成成分イオンの脱離が阻害されることで、試料構成成分である[AngiotensinII+H]の検出強度が低下したためと思われる。このように、冷却した試料を大気中に置くことで大気中の水分を吸着させ、試料を冷却したまま測定を行う方法では、氷が過剰に形成され、試料構成成分の検出強度が小さくなることが判る。
【0055】
<氷の付着量による構成成分検出強度の変化>
形成される氷20の付着量に対する試料19構成成分の検出強度の変化を調べるため、上述の(実施例1)、(比較例1−1から1−4)、および、氷20の付着量を変えた該AngiotensinIIのドットパターン試料を用意した。それぞれの1ドットを上述の同じ条件で質量分析し、得られた質量スペクトルにおける [AngiotensinII+H]と[HO]のピーク面積強度の関係を図4(a)に示す。グラフ中に指標で指し示したデータポイント41、42−1、42−2、42−3、42−4、のそれぞれが、(実施例1)、(比較例1−1、1−2、1−3、1−4)で得られた値を示している。また、図4(b)に水晶振動子センサーを用いて測定した各サンプルの氷の付着量と[AngiotensinII+H]のピーク面積強度の関係を示す。
【0056】
図4(a)では、横軸の[HO]のピーク面積強度は形成される氷20の付着量と相関している。図4のグラフから判るように、氷20の付着量を変えることで、試料19構成成分の検出強度が変化する様子が判る。
【0057】
また(比較例1−4)で述べたように、指標42−4で示されるデータポイントでは試料表面に多くの氷20が形成されているため、一次ビーム21が氷20を十分に貫通できず試料構成成分の検出強度が低下している。同じように、指標42−1、42−2、42−3で示される横軸[HO]ピーク面積強度の位置付近では、試料構成成分へのプロトン付加を十分に促進できる量の氷が形成されていない。一方、指標41で示される横軸[HO]ピーク面積強度の位置付近では、試料構成成分へのプロトン付加を十分に促進できる氷の量が保持されていることを示している。図4(b)から、付着させる氷量はサンプル表面1mm当たり20ng(20ng/mm)以下であれば、試料構成成分へのプロトン付加を促進させられることが分かる。
【0058】
以上のことから、試料19構成成分の検出強度を増大させて、かつ、安定に計測するためには、試料表面に適切な量の氷20を形成し、その状態を一定に保つ必要があることが判る。なお、形成した氷20の状態を一定に保つためには、試料19の温度を氷の蒸発温度以下に保ち、かつ真空中に残存する水分子の付着を抑えることのできる温度、真空状態に保つことが有効である。
【0059】
図4(c)では、氷を付着させる工程において、試料へ衝突する水分子の入射束を求めることで氷の付着量を算出した結果と、水晶振動子モニターを用いて測定した氷の付着量とを比較した結果を示す。水分子の入射束は、四重極型質量分析計を用いてプレチャンバー31内の水分圧を測定し、気体分子の運動論を用いて求めた。両手法による結果は比例しており、どちらの測定法を用いても精度よく氷の付着量を求めることができる。
【0060】
<氷形成による試料構成成分の分布情報の保持>
該AngiotensinIIのドットパターン試料を、まず氷を形成する前に、あらかじめ測定チャンバー11内で上述の測定条件で計測しておく。続いて、プレチャンバー31へ試料を移動し、試料表面に上述の方法で氷を形成した。その後、再び測定チャンバー11へ戻して、先ほどと同じ箇所のドットを同じ測定条件で計測した。図5(a)に、氷形成前のAngiotensinIIの1ドットから検出された水分子イオンの[HO](m/z19)とナトリウム・イオンの[Na](m/z23)と[AngiotensinII+H](m/z1046.8)のイオンイメージを示す。図5(b)に、氷を形成後に(a)と同一箇所のドットから計測された(a)と同じ種類のイオンイメージを示す。ここで、ナトリウムは不純物として試料中にあらかじめ含まれていたものである。この図5(a)と(b)から判るように、氷を形成した後でも対象物の構成物は流出することなく本来の分布情報が保持されている。
【0061】
(比較例1−5)
試料構成成分の分布情報の保持状態を比較した例を示す。該AngiotensinIIのドットパターン試料上に、大気中、かつ、常温で水の液滴(2μl)をマイクロピペッターで滴下して、上述と同じ測定条件で計測した場合の、図5(a)、(b)と同じ種類のイオンイメージを図5(c)に示す。図5(c)では[Na]や[AngiotensinII+H]のイオンイメージが全面に広がってしまっている。これは液滴滴下による溶液付与を行うことで、試料構成成分が液滴中へ流出してしまうためである。このように液滴滴下による溶液付与では、試料構成成分の本来の分布情報が保持されないことが判る。
【0062】
(比較例1−6)
試料構成成分の分布情報の保持状態を比較した例を示す。(比較例1−2)と同様に、真空のプレチャンバー31内で試料温度を−140℃に冷却した該AngiotensinIIのドットパターン試料を、大気中(湿度20%)に3分間放置して、大気中の水分を氷状態で付着させた試料を作製した。この試料を冷却せずに、再びチャンバー内で真空に引いて、冷却せずに上述の同じ測定条件で検出した場合の、図5(a)から(c)と同じ種類のイオンイメージを図5(d)に示す。図5(d)では[Na]や[AngiotensinII+H]のイオンイメージが広がって、輪郭がぼやけてしまっている。これは、冷却した試料を大気中に置くことで大気中の水分が吸着するものの、冷却をしないで真空中に戻す過程で、試料に吸着していた氷成分が試料表面で溶解し、そこに水溶性の試料構成成分が流出するためである。このように大気中で形成した氷付与試料を冷却せずに測定を行う方法では、試料構成成分の本来の分布情報が保持されないことが判る。
【0063】
(実施例2:TOF−SIMS測定における効果2)
[試料の準備]
実施例2では、ウシ由来ペプチド分子「Insulin:以後、インスリンと表記(Mw:5733.8,SIGMA CHEMICAL CO.)」を測定対象物とする。まず、該測定対象物をイオン交換水に10−7Mで溶解した溶液を調製する。その溶液を用いて、実施例1と同じようにインクジェット吐出器を用いて、金蒸着/シリコンウェハー基板上にインスリンのインクジェットプリント・ドットパターンを形成する。このとき印字で形成される1ドットのサイズは直径約120μmで、各ドットに約40fmolのインスリン分子が存在している。
【0064】
また、実施例2では、TOF−SIMS測定において、試料構成成分へのプロトン付加をさらに促進する酸性物質のトリフルオロ酢酸(TFA:trifluoroacetic acid、以後、TFAとする。SIGMA CHEMICAL CO.)の水溶液付与を行う。このTFA0.1wt%を含む水溶液を作製する。
【0065】
[酸性物質を含む氷の形成]
該TFAを含む氷形成を行う。該TFA水溶液をキャリアガスの窒素ガスと混合させ、リークバルブ32を開き、該TFA水溶液を5%ほど含んだ窒素ガスをリークノズル22から放出させ、試料表面に吹き付ける。所定の量を吹き付けた後、リークバルブ32を閉じ、プレチャンバー31内を再び真空に戻したのち、試料19の温度を低く保った状態で、測定チャンバー11内に試料ホルダー17ごと移動させて試料19の質量分析を行う。
【0066】
[TOF−SIMS測定]
質量分析法としてTOF−SIMS測定法を用いる。測定は実施例1と同様の測定条件で行う。
【0067】
<酸性物質を含む氷形成による検出強度の増加>
図6(a)に、上述の方法を用い、該TFA成分を含む氷形成後のインスリン1ドットから検出される[Insulin+H](m/z5734.6)の質量スペクトル61と、同じ測定で得られる[Insulin+H]と総イオン(Total ion) のイオンイメージを図6(b)に示す。
【0068】
(比較例2)
比較として、該TFA0.1wt%混合水溶液を用いて、TFA成分をあらかじめ含むインスリンドットを上述と同じ方法で作製し、氷を形成しない状態で、同じ測定条件で検出した場合の [Insulin+H]質量スペクトル62を、図6(a)に重ねて示す。
【0069】
図6(a)のスペクトル61と62から判るように、該TFA成分を含む同じインスリンドットでも、氷としてTFA成分を付与したインスリンドットから強く対象物の構成成分が検出される。これは、氷形成で試料上に水成分が保持されることで、酸性物質の作用による試料構成性成分へのプロトン付加が促進され、イオン化効率がさらに向上するためと推測される。
【0070】
また、図6(b)から判るように、該TFA成分を含む氷形成により、試料構成成分の流出を抑制しながら検出できる。
【0071】
(実施例3:MALDI測定における効果)
[試料の準備]
実施例3では、ウシ由来ペプチド分子「Insulin Chain−B, Oxidized(以後、InsBと表記。Mw:3495.9,SIGMA CHEMICAL CO.)」を測定対象物とする。まず、該測定対象物をイオン交換水に10−7Mで溶解した溶液を調製する。その溶液を用いて、実施例1と同じようにインクジェット吐出器を用いて、ステンレス製のMALDI試料ホルダーにInsBのインクジェットプリント・ドットパターンを形成する。このとき印字で形成される1ドットのサイズは直径約140μmで、各ドットに約40fmolのInsB分子が存在している。
【0072】
また、実施例3では、MALDI測定において、試料構成成分へのプロトン付加を促進するマトリックス剤DHBA(2,5−Dihydroxybenzoic acid、BRUKER DALTNICS社)の水溶液付与を行う。このDHBAをアセトニトリル:水=1:1(容量比)の溶液に10mg/mLで溶解させてマトリックス水溶液を作製する。
【0073】
[マトリックスを含む氷の形成]
実施例2と同様の方法で、該マトリックスを含む氷形成を行う。該マトリックス水溶液をキャリアガスの窒素ガスと混合させ、リークバルブ32を開き、該マトリックス水溶液を5%ほど含んだ窒素ガスをリークノズル22から放出させ、試料表面に吹き付ける。所定の量を吹き付けた後、リークバルブ32を閉じ、プレチャンバー31内を再び真空に戻したのち、試料19の温度を低く保った状態で、測定チャンバー11内に試料ホルダー17ごと移動させて試料19の質量分析を行う。
【0074】
[MALDI測定]
質量分析法としてMADLI法を用いる。図2の測定チャンバー11は、BRUKERDALTNICS社製 autoflex speed(商品名)に試料冷却機構を備えた装置である。測定条件は以下の通りである。
【0075】
1次レーザーパルスビーム:波長337nm、出力20%
レーザーのパルス周波数:10Hz
1次イオンパルス幅:約3ナノ秒
1次イオンビーム直径:約5μm
積算時間:10回スキャン
2次イオン引き出し電極電圧:−2kV
2次イオンの検出モード:正イオン、スペクトル測定
試料温度:−100℃
【0076】
<マトリックスを含む氷形成による検出強度の増加>
図7に、該マトリックスを含む氷形成後のInsBの1ドットから上述の測定条件で検出される [InsB+H]のMALDI質量スペクトル71を示す。
【0077】
(比較例3)
比較として、該マトリックスを溶液と該InsB溶液を1:1に混合した水溶液を作製し、マトリックス成分をあらかじめ含むInsBドットを上述と同じ方法で作製する。このInsBドットを、氷を形成しない状態で同じ測定条件で検出した場合の [InsB+H]のMALDI質量スペクトル72を、図7に重ねて示す。
【0078】
図7のスペクトル71と72から判るように、該マトリックス成分を含むInsBドットにおいて、氷としてマトリックス成分を付与したInsBドットの試料から強く対象物の構成成分が検出される。これは、氷形成によって試料上に水成分が保持されることで、マトリックスの作用による試料構成成分へのプロトン付加が促進され、イオン化効率がさらに向上するためと推測される。
【符号の説明】
【0079】
11:測定チャンバー
12:液体窒素タンク
13:熱電対
14:電熱線ヒーター
15:引き出し電極
16:試料成分イオン
17:試料ホルダー
18:試料冷却機構
19:試料
20:氷
21:1次ビーム
22:ガスリークノズル
23:溶液を含んだガス
24:溶液タンク
25:気液混合バルブ
26:キャリアガスボンベ
31:プレチャンバー
32:リークバルブ
41:実施例1で得られる[AngiotensinII+H]のピーク面積強度
42−1:比較例1−1で得られる[AngiotensinII+H]のピーク面積強度
42−2:比較例1−2で得られる[AngiotensinII+H]のピーク面積強度
42−3:比較例1−3で得られる[AngiotensinII+H]のピーク面積強度
42−4:比較例1−4で得られる[AngiotensinII+H]のピーク面積強度
61:実施例2で得られるTOF−SIMS質量スペクトル
62:比較例2で得られるTOF−SIMS質量スペクトル
71:実施例3で得られるMALDI質量スペクトル
72:比較例3で得られるMALDI質量スペクトル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に一次イオンビームを照射し、該試料から放出される二次イオンを質量分析法によって分析する試料分析方法であって、
チャンバー内に配置した試料を冷却する工程と、
前記チャンバー内に水または水溶液を放出し、冷却された前記試料の表面に氷の層を形成する工程と、
前記氷の層が形成された状態で、前記試料表面に前記一次ビームを照射する工程と、
を有し、
前記氷の層を形成する水の量が0.1ng/mm以上20ng/mm以下である
ことを特徴とする分析方法。
【請求項2】
前記冷却する工程は、前記チャンバ―内を減圧して行われる請求項1に記載の分析方法。
【請求項3】
前記氷の層を形成する工程が、以下の(1)から(4)のいずれかの方法を用いて形成される氷の量を制御して行なわれる請求項1または2に記載の分析方法。
(1)赤外光または可視光の反射率変化を用いる方法
(2)水晶振動子センサーを用いる方法
(3)水の分圧の計測値を用いる方法
(4)水分子イオンと試料構成成分イオンとの質量分析における信号強度相関表を用いる方法
【請求項4】
前記水溶液の溶質成分が、マトリックス、アルカリ金属塩、並びに、酸性物質の中から選ばれる一つの物質であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項5】
前記試料の構成物がタンパク質、ペプチド、糖鎖、ポリヌクレオチド、及びオリゴヌクレオチドの少なくとも一つであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項6】
試料に一次ビームを照射し、該試料から放出される二次イオンを分析する分析装置であって、
前記試料を配置するチャンバー、
前記チャンバー内の前記試料の表面に一次ビームを照射するための一次ビーム発生部、
前記チャンバー内の前記試料を冷却する冷却機構、
前記チャンバー内に水または水溶液を放出する放出部、
前記試料から放出される二次イオンを質量分析手段へ導く引き出し電極、
前記放出部から前記チャンバー内に放出される水または水溶液の量を制御する制御手段、を有し、
前記チャンバー内に配置した試料を冷却した状態で前記放出部から水または水溶液を放出して前記試料の表面に氷の層を形成する
ことを特徴とする分析装置。
【請求項7】
一次ビームがイオンビームである請求項6に記載の分析装置。
【請求項8】
以下の(1)から(4)のいずれかの、氷の層を測定するための手段を更に有する請求項6または7に記載の分析装置。
(1)反射率変化を測定するための赤外光または可視光および検出手段
(2)水晶振動子センサー
(3)水の分圧の計測手段
(4)水分子イオンと試料構成成分イオンとの質量分析における信号強度相関情報を取得する手段

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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