説明

質量分析装置

【課題】短い測定時間で広い質量電荷比範囲のマススペクトルを取得可能な分析と、複雑な分子構造の解析に有用なMSスペクトルを取得可能な分析とを、1台の質量分析装置で切り替えて実施できるようにする。
【解決手段】MALDIイオン源、イオンを加速する引出し電極13、イオンを収束させるイオン光学系14などを含むイオン導入部10と、イオンを直線的に飛行させる飛行空間を内部に形成するフライトチューブ34との間に、イオントラップを含むイオン捕捉部20と第2検出部31とを配置する。通常分析の際には、イオン導入穴24及びイオン導出穴25を通過するようにイオン光学系14でイオン流を絞り、フライトチューブ34内空間のほかイオントラップ内空間や第2検出部31内の空間も自由飛行領域として飛行時間を計測する。MS分析の際にはイオントラップに一旦イオンを捕捉し、イオントラップで質量分離して吐き出したイオンを第2検出部31で検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関し、さらに詳しくは、イオントラップと飛行時間型質量分析器とを備える質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
飛行時間型質量分析装置(以下「TOFMS」と称す)では一般に、電場により一定の運動エネルギを付与することで加速したイオンを電場及び磁場を有さない飛行空間内に導入して自由飛行させる。自由飛行する際の各種イオンの飛行速度は質量電荷比(m/z)に応じて異なるため、検出器に到達するまでの間に質量電荷比の異なるイオンは時間的に分離され、各々の飛行時間からイオン種毎に質量電荷比を求めることができる。こうしたTOFMSではイオンの飛行距離を長くすれば質量分解能を高めることができることから、イオンを直線的に飛行させるリニア型の構成のほかに、電場や磁場を利用してイオンを折返し飛行させるリフレクトロン型の構成や、イオンを略同一の閉じた軌道に沿って複数回周回させる周回型の構成も知られている。特にリニア型のTOFMSは、質量電荷比が大きなイオンまで高い感度で測定が可能である、測定に要する時間が短くスループットが高い、といった特徴を有している。
【0003】
例えばペプチドなどの生体由来の大きな分子の組成や構造を解析したい場合、特定の質量電荷比を有する分子イオンを開裂させ、それにより生成された各種プロダクトイオン(フラグメントイオン)の質量電荷比を調べる必要がある。こうした目的のために、非特許文献1の図9などに開示された質量分析装置(AXIMA(株式会社島津製作所の登録商標)−TOF)が知られている。
【0004】
上記質量分析装置は、MALDIイオン源で生成され加速されたイオンの飛行軌道の途中に、特定の質量電荷比を有するイオンを選択的に通過させるイオンゲートと、該イオンゲートを通過したイオンを開裂させる高エネルギCID(衝突誘起解離)部と、を備え、そのCID部で生成された各種プロダクトイオンをCFR(Curved Field Reflectron)と名付けられたリフレクトロン型TOFで分離して検出器により検出する。この質量分析装置は、試料に対する1回のレーザ光照射により幅広い質量電荷比範囲のMS/MSスペクトルを取得することができる、という特徴をもつ。しかしながら、この構成ではMS/MS分析は行えるものの、nが3以上のMS分析を行うことはできない。このため、糖鎖や糖ペプチドなど、1回の開裂操作では十分に小さな断片に分裂しないような、複雑な構造をもつ物質の詳細な解析を行うことができないという制約がある。
【0005】
これに対し、MALDIイオン源及びリフレクトロン型TOFを備え、MS分析が可能な質量分析装置としては、非特許文献1の図2などに記載の質量分析装置(AXIMA−QIT)がある。この質量分析装置では、MALDIイオン源で生成された各種イオンを3次元四重極型イオントラップの内部に一旦捕捉する。そして、イオントラップの内部にクーリングガスを導入し捕捉したイオンに対するクーリングを十分に行った後に、該イオンに運動エネルギを与えて一斉に該トラップから放出してリフレクトロン型TOFに導入し、各イオン種の飛行時間を計測する。3次元四重極型イオントラップでは、特定の質量電荷比を有するイオンの選択(プリカーサ選択)やCIDによるイオンの開裂操作などを実施することができる。したがって、イオントラップ内部にイオンを捕捉した後に、プリカーサ選択、CIDによる開裂操作、クーリング、を複数回実行し、それにより得られた各種プロダクトイオンをトラップから放出してリフレクトロン型TOFに導入することにより、MSスペクトルを取得することができる。
【0006】
しかしながら、上記質量分析装置では、プリカーサ選択及びCID操作を実施しない場合であっても、イオントラップ内部に一旦各種イオンを捕捉した後に所定時間のクーリングが必要になるため、イオントラップを用いない上記TOFMSに比べると分析に時間が掛かる。また、イオントラップには捕捉可能な質量電荷比範囲に原理的な制約があるため、1回の分析で得られるマススペクトル(MSスペクトルを含む)の質量電荷比範囲は比較的狭い。そのため、幅広い質量電荷比範囲のマススペクトルを取得したい場合には、分析条件(具体的にはイオントラップに捕捉される質量電荷比範囲)を変えて複数回の分析を繰り返し実行する必要がある。このため、上記TOFMS並みの質量電荷比範囲を達成しようとすると測定時間はかなり長くなり、スループットが低くなる。
【0007】
また、上記のようにイオントラップとリフレクトロン型TOFとの組み合わせ以外に、共鳴励起排出によりイオントラップから放出するイオンの質量電荷比を順次走査し、その放出されたイオンを、イオントラップの外側に近接して設けた検出器で検出する質量分析装置も知られている。こうした質量分析装置では、クーリングのみならず共鳴励起排出による質量走査に時間が掛かるため(例えばm/z:500〜2500[Da]の質量走査で約1秒)、さらに測定時間が掛かることになる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】山崎、「MALDI−TOFおよびMALDI−QIT−TOFMSによるタンパク質翻訳後修飾解析」、島津評論、島津評論編集部、2006年9月29日発行、第63巻、第1・2号、p.73−83
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
分析現場では、分析の目的や分析対象である試料の種類などによって、分析のスループットや測定可能な質量電荷比範囲の広さなどを重視した単純な質量分析と、複雑な物質の構造解析のためのMS分析とを選択的に行いたいようなことがよくある。しかしながら、上記のような制約や問題から、従来、1台の質量分析装置でそうした使い分けを行うことは難しかった。そのため、それぞれ適切な分析を行うためには専用の質量分析装置を別々に用意する必要があり、大きなコスト的負担をユーザに課すことになっていた。
【0010】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、1台の質量分析装置を用いて、分析のスループットや質量電荷比範囲の広さなどを重視した単純な質量分析とnが3以上のMS分析との両方を実現することを主な目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するためになされた本発明に係る質量分析装置は、試料からパルス状にイオンを生成するイオン源と、該イオン源で生成されたイオンを加速するイオン加速部と、加速されたイオンを収束させるイオン収束部と、リング電極と該リング電極を挟んで対向配置された一対のエンドキャップ電極とを含み、その一対のエンドキャップ電極の一方にイオン導入穴が、他方にイオン導出穴が一直線上に位置するように形成されたイオントラップと、質量電荷比に応じてイオンを分離する飛行空間を内部に形成するフライトチューブと、該フライトチューブ内の飛行空間を飛行して来たイオンを検出する第1検出部と、を具備し、
前記イオン源で生成され前記イオン加速部で加速されたイオンが前記第1検出部に到達するまでのイオンの飛行軌道が前記イオン導入穴及び前記イオン導出穴を貫通するように、前記イオントラップは前記イオン収束部と前記フライトチューブとの間に配設され、
前記イオントラップ内に高周波電場を形成せずに、前記イオン加速部で加速されたイオンが前記イオントラップの内部空間及び前記フライトチューブ内空間を含む飛行空間を飛行して前記第1検出部に到達するまでの時間を計測する第1分析モードと、前記イオン源で生成されたイオンを前記イオントラップ内に導入して高周波電場により一旦捕捉し、その捕捉したイオンに対する所定の操作を該イオントラップ内で行った後に、前記イオン導出穴を通してイオンを放出させて前記フライトチューブで質量分離を行って前記第1検出部で検出する、又は前記イオントラップ自体で質量分離を行いつつ前記イオン導出穴を通して出射させたイオンを前記第1検出部とは別の第2検出部により検出する第2分析モードと、を選択的に行うように各部を制御する制御手段、を備えることを特徴としている。
【0012】
本発明に係る質量分析装置において、イオン源は、例えばMALDIイオン源のほか、レーザ脱離イオン源、脱離エレクトロスプレイイオン源、プラズマ脱離イオン源などが考えられる。
【0013】
また、フライトチューブの内部に形成される飛行空間は、直線的にイオンを飛行させるリニア型、イオンを折返し飛行させるリフレクトロン型、のいずれでもよく、またリニアモードとリフレクトロンモードとが切り替え可能であるリニア/リフレクロトン型でもよい。周知のようにリニア/リフレクロトン型では直線飛行したイオンを検出する検出器と折返し飛行したイオンを検出する検出器とが独立に設けられるから、前記第1検出部は2個の検出器を含む。
【0014】
本発明に係る質量分析装置では、好ましくは、少なくともリニア型の構成を含む(つまりリニア型又はリニア/リフレクロトン型のいずれか)ようにし、第1分析モードでは直線的に飛行させたイオンを第1検出部で検出するようにするとよい。一般にリニアモードではリフレクトロンモードよりも同一の測定時間で広い質量電荷比範囲の測定が可能であるから、第1分析モードの高スループットという利点が一層活かされることになる。
【0015】
第2分析モードにおいて、イオンの質量分離はフライトチューブを利用して、つまりは飛行時間型質量分析器によって行ってもよいが、イオントラップ自体の質量分離機能を利用してもよい。後者の場合、イオントラップのイオン導出穴から放出されたイオンを速やかに検出する必要があるから、イオントラップとフライトチューブとの間に第2検出器が配置される。ただし、第1分析モード時のイオンの飛行軌道を遮ることがないように第2検出器を配置する必要がある。例えば、電場によってイオンを誘引するコンバージョンダイノードとイオンの入射に応じて該コンバージョンダイノードから放出された電子を検出する後段検出器(例えば2次電子増倍管など)との組み合わせであれば、所定の空間を挟んで両者を対向して配置することができ、該空間をイオンの飛行軌道が貫通するようにすればよい。
【0016】
本発明に係る質量分析装置において、第1分析モードでは、イオン源で試料由来のイオンが生成されると、その後すぐに生成されたイオンがイオン加速部で加速され飛行を開始する。イオン加速部以降、第1検出器に至るまでの空間が、イオンを飛行速度に応じて(つまりは質量電荷比に応じて)分離するための飛行空間となる。即ち、フライトチューブ内の空間のみならず、イオンの飛行速度に影響を与えるような実質的な電場を有さないイオントラップの内部も飛行空間の一部になる。
【0017】
この場合、一般に、イオンの飛行経路上でイオントラップのイオン導入穴及びイオン導出穴が最も狭い開口である。そこで、イオン加速部で加速されたイオン流がイオン導入穴及びイオン導出穴を通過する位置でそれぞれの穴の開口径以下に絞られた状態となるように、前記イオン収束部に形成する電場を調整する、即ち、イオン収束部に印加する収束用電圧を調整することが好ましい。これにより、イオン加速部で加速されたイオンがほぼ漏れなく第1検出器まで到達するので、高感度のイオン検出が行える。なお、このときイオントラップ内に高周波電場は形成されないが、イオンの飛行速度に影響を与えずにイオン流径の調整のみを行うために直流電場を形成するようにしてもよい。
【0018】
一方、第2分析モードでは、イオン源で生成されたイオンをイオン加速部によりイオン源から引き出し、イオン導入穴を通してイオントラップ内に導入する。このとき、第1分析モードとは異なり、イオン加速部で大きな運動エネルギをイオンに付与する必要はなく、逆に、運動エネルギを小さくしておかないとイオンがイオントラップ内に捕捉されずに通り抜けてしまう。そのため、イオン加速部はイオンを加速するというよりも、むしろ、単にイオン源からイオンを引き出す機能を果たす。イオン加速部により引き出されたイオンはイオントラップのイオン導入穴を通過する必要があるから、イオン流がイオン導入穴を通過する位置でその穴の開口径以下に絞られた状態となるように、前記イオン収束部に形成する電場を調整することが好ましい。
【0019】
第1分析モード及び第2分析モードにおいてそれぞれ上記のようにイオン流を収束させるために、第1分析モードでは、イオントラップのイオン導出穴を通過した後方のイオン光軸上又はイオントラップの内部のイオン光軸上にイオン流の焦点(光径が最小となる位置)を設定するとよい。また第2分析モードでは、イオントラップのイオン導入穴の手前のイオン光軸上にイオン流の焦点を設定するとよい。但し、第1分析モードでは、第1検出部にイオン流が到達した時点で、その検出面からイオン流の一部が外れるほど光径が拡がってしまうことは好ましくないから、それを避けるために、イオントラップとフライトチューブとの間に別のイオン収束部を設け、イオン導出穴を通過した後のイオン流を再度絞る構成としてもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る質量分析装置によれば、1台の質量分析装置で第1分析モード、第2分析モードの切り替えを行うことにより、短い測定時間で幅広い質量電荷比範囲のマススペクトルを取得可能な分析と、複雑な分子構造の解析に有用なMSスペクトルを取得可能な分析との両方を実施することができる。これにより、それぞれの分析に好適な質量分析装置を別々に用意する必要はなくなり、ユーザにとってはコスト負担が軽減される。
【0021】
また、本発明に係る質量分析装置では、第1分析モードにおいてイオントラップの内部もイオンを分離するための飛行空間に充てられる。そのため、装置内の空間を有効に利用して実質的な飛行距離を延ばすことができ、それだけ質量分解能を向上させることができるという利点もある。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の第1実施例による質量分析装置の全体構成図。
【図2】第1実施例の質量分析装置におけるパススルーTOFモード時のイオン経路を示す概略図。
【図3】第1実施例の質量分析装置におけるイオントラップモード時のイオン経路を示す概略図であり、イオン捕捉の際の概略図(a)及び捕捉したイオンを質量分析する際の概略図(b)。
【図4】本発明の第2実施例による質量分析装置の全体構成図。
【図5】第2実施例の質量分析装置におけるパススルーTOFモード時のイオン経路を示す概略図。
【図6】第2実施例の質量分析装置におけるイオントラップモード時のイオン捕捉の際のイオン経路を示す概略図。
【図7】第2実施例の質量分析装置におけるイオントラップモード時の捕捉したイオンを質量分析する際のイオン経路を示す概略図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
[第1実施例]
本発明の一実施例(第1実施例)による質量分析装置について図1〜図3を参照して詳細に説明する。図1は第1実施例による質量分析装置の概略構成図である。
第1実施例による質量分析装置は、図1に示すように、MALDI法を用いたイオン源を含むイオン導入部10と、イオン捕捉部20と、リニア型の飛行時間型質量分析部を含む分析・検出部30と、を備える。
【0024】
イオン導入部10は、試料12を保持する導電性の試料プレート11と、レーザ光を発するレーザ照射部15と、そのレーザ光を反射して試料12表面に集光する反射鏡16と、レーザ光照射により試料12表面近傍で生成されたイオンを引き出すとともに加速する引出し電極13と、引き出されたイオンをさらに加速するとともにイオン光軸C付近に収束させるイオン光学系14と、を含む。試料12は目的物質とマトリクスとが混合されたものである。試料プレート11は図示しない試料ステージにより保持されている。この例では、イオン光学系14はイオン光軸Cに沿って並ぶ3段の電極からなる静電レンズである。
【0025】
イオン捕捉部20は、1個の円環状のリング電極21と、それを挟むように対向して配置された一対のエンドキャップ電極22、23とからなる3次元四重極型のイオントラップを含む。入口側エンドキャップ電極22のほぼ中央にはイオン導入穴24が穿設され、その外側にはイオン導入穴24付近の電場の乱れを補正するための入口側電場補正用電極26が配設されている。一方、出口側エンドキャップ電極23のほぼ中央には、イオン導入穴24とほぼ一直線上にイオン導出穴25が穿設されている。なお、図示しないが、イオン捕捉部20には、必要に応じてイオントラップ内部に不活性なクーリングガスを導入したり衝突誘起解離(CID)のためのCIDガスを導入したりするためのガス供給部が設けられている。
【0026】
分析・検出部30は、外部からの電場や磁場の影響を遮蔽し、内部に細長い飛行空間を有するフライトチューブ34と、引出し電極13により試料12から引き出され加速されたイオンがほぼ直線的に飛行して最終的に到達する第1検出部35と、イオン捕捉部20とフライトチューブ34との間に設置され、入射したイオンを電子に変換するコンバージョンダイノード32、及び、変換された電子を増倍して検出する2次電子増倍管33からなる第2検出部31と、を含む。
【0027】
試料12から発したイオンが直線的に飛行して第1検出部35に到達するまでの飛行軌道の中心が図1中に示したイオン光軸Cである。イオントラップは、イオン導入穴24及びイオン導出穴25の中心軸とイオン光軸Cとが略一致するように配設されている。また、第2検出部31においてコンバージョンダイノード32と2次電子増倍管33とはイオン光軸Cを挟んで対向して離れて配置されており、これらはイオン光軸Cを遮らない。また、そのほかのイオン光学部材も同様にイオン光軸Cを遮らない。したがって、例えば試料12上のレーザ光照射位置付近からイオン光軸Cに沿って第1検出部35の方向を見たとき、イオン導入穴24及びイオン導出穴25を通して第1検出部35を見通すことが可能である。
【0028】
制御系としては、引出し電圧発生部41、収束電圧発生部42、トラップ電圧発生部43、検出器電圧発生部44、及び、これら各電圧発生部41〜44やレーザ照射部15などを制御して後述の分析動作を実行する制御部40、が設けられている。引出し電圧発生部41は試料プレート11と引出し電極13とにそれぞれ所定の電圧を印加することにより、両者の間の空間に試料12近傍からイオンを引き出して所定の運動エネルギを付与して加速する電場を形成する。収束電圧発生部42はイオン光軸Cに沿って配列されたイオン光学系14の少なくとも一段の電極に所定の電圧を印加し、イオン光軸C上の所定の焦点位置にイオンを収束させるための収束電場を形成する。トラップ電圧発生部43はリング電極21やエンドキャップ電極22、23に直流電圧、又は高周波電圧が重畳された直流電圧を印加し、それにより形成される電場によりイオンをイオントラップ内部に閉じ込めたり、特定のイオンを選択的に共鳴励振させたり、或いは、捕捉されているイオンに運動エネルギを付与してイオントラップ内部から吐き出させたりする。検出器電圧発生部44は、第2検出部31でイオンを検出する際にコンバージョンダイノード32及び2次電子増倍管33にそれぞれ所定の電圧を印加する。また、第1検出部35及び第2検出部31による検出信号はそれぞれ信号処理部46に入力され、所定の信号処理が実行されて例えばマススペクトルが作成される。
【0029】
第1実施例の質量分析装置では、操作部47による操作に応じて、少なくとも、パススルーTOFモード(本発明の第1分析モードに相当)とイオントラップモード(本発明の第2分析モードに相当)との2つの分析モードのいずれかの分析が選択的に行えるようになっている。この2つの分析モードにおける分析動作を説明する。
【0030】
[1]パススルーTOFモード
図2はパススルーTOFモードにおけるイオン経路を示す概略図である。この分析モードは、短い測定時間で広い質量電荷比範囲に亘る通常の質量分析を実施するモードである。このモードでは、制御部40の制御の下に、トラップ電圧発生部43はイオントラップの内部に実質的な電場が生じないように、例えば電極21、22、23に同一の所定電圧を印加するか、又は有意な電圧を印加しない状態とする。また、引出し電圧発生部41から試料プレート11及び引出し電極13にそれぞれ印加される電圧、及び、収束電圧発生部42からイオン光学系14に印加される電圧により、試料プレート11からイオン光学系14にかけての空間には、試料12表面付近で生成されたイオンに大きな運動エネルギを付与して飛行を開始させるような電場が形成される。即ち、この空間が後段の飛行空間においてイオンを質量電荷比に応じて分離するためにイオンを加速する加速領域である。また、収束電圧発生部42からイオン光学系14に印加される電圧により、イオン光学系14付近には試料12近傍から発して徐々に拡がりながら進むイオン流をイオン光軸C方向に収束させるような電場が形成される。この場合、イオン光学系14を通り抜けたイオン流がイオントラップのイオン導入穴24及びイオン導出穴25を通過し得るように、つまりイオン流がイオン導入穴24及びイオン導出穴25をそれぞれ通過する時点でその光径が穴24、25の開口径以下となるように収束させるべく電場の強さ、つまりは印加電圧が調整される。
【0031】
この例では、図2中に示すように、イオンがイオン導出穴25を通り抜けた後のイオン光軸C上の位置P1付近にイオン流の焦点が来るように、つまりこの位置P1付近にイオン流が一旦収束するように調整されている。一般的に、イオン導入穴24及びイオン導出穴25をイオンが通過する時点でイオン流の光径が最小になるようにするには、イオントラップの内部のイオン光軸C上に焦点が来るようにするとよい。しかしながら、そうすると、第1検出部35に到達する際のイオン軌道が拡がりすぎて検出面を外れてしまうおそれがある。これを避けるためにイオン流の焦点を位置P1に設定している。加速領域以降、つまり、イオン光学系14の最後段の電極から第1検出部35に至るまでの空間は同電位になっており、これがイオンの自由飛行領域である。
【0032】
制御部40の制御の下にレーザ照射部15から短時間レーザ光が出射され、試料12に照射される。レーザ光の照射により試料12中のマトリクスは急速に加熱され、目的物質を伴って気化する。この際に目的物質は試料12表面付近でイオン化される。発生したイオンは引出し電極13と試料プレート11との電位差により引出し電極13に向かって引き出されて加速され、さらにイオン光学系14に進むまでの間で加速される。また、このときイオン軌道は前述のように収束される。加速された各種イオンは、自由飛行領域に導入されると、電場の影響を受けずにその直前に各イオンがもつ速度でほぼ直線的に飛行する。イオン捕捉部20及び第2検出部31は自由飛行領域に含まれ、イオンはこれらを素通りする。上述したようにイオン軌道は収束されているので、イオンはイオントラップのイオン導入穴24やイオン導出穴25の周縁部に接触せずに高い確率で通り抜け、最終的に第1検出部35に到達する。この自由飛行領域中を飛行する間に各イオンは質量電荷比に応じて時間的に分離され、質量電荷比が小さなものから順に第1検出部35に到達して検出信号に反映される。
【0033】
この分析モードでは、レーザ光照射により試料12表面付近で生成されたイオンが速やかに加速されて自由飛行領域に導入されるので、広い質量電荷比範囲の分析を短時間で終了させることができる。例えば自由飛行距離が約1mである場合、500−2500[Da]の質量電荷比範囲の分析を30μs以下で実行することができる。
【0034】
[2]イオントラップモード
この分析モードは、典型的にはMS分析を実施するモードである。この分析モードでは、飛行時間に応じたイオンの質量分離を行う代わりに、イオントラップの共鳴励起排出を利用してイオンを質量電荷比に応じて分離しつつ吐き出し、第2検出部31でイオンを検出する。つまり、この分析モードでは、フライトチューブ34及び第1検出部35は使用されない。
【0035】
図3はイオントラップモードにおけるイオン経路を示す概略図であり、(a)はイオン捕捉時、(b)は質量分離・検出時の状態である。イオントラップモードでは、分析の第1段階として試料12から発生させたイオンをイオントラップ内部に捕捉する。即ち、パススルーTOFモード時と同様に、レーザ光照射を受けて試料12中の目的物質が試料12表面付近でイオン化される。この場合、イオンをイオントラップで効率良く捕捉するために、生成されたイオンには大きな運動エネルギが付与されず、適度な速度で試料12近傍から引き出されてイオン捕捉部20に送られる。そのため、試料プレート11と引出し電極13との間にはパススルーTOFモード時と比べると格段に小さな電位差(数V〜十数V程度)が与えられ、イオンは試料12表面付近から緩慢に引き出されイオン光学系14で収束される。
【0036】
このときにはイオントラップ内部にイオンを導入しさえすればよいから、イオン流がイオン導入穴24を通過し得るようにイオン光学系14における電場の強さが決められる。この例では、図3(a)中に示すように、イオンがイオン導入穴24に入射する手前の位置P2でイオンが一旦イオン光軸C上に収束するように調整されている。トラップ電圧発生部43はリング電極21に所定の高周波電圧を印加するとともに、例えばエンドキャップ電極22、23にイオン入射のタイミングに合わせて適宜の直流電圧を印加し、イオン導入穴24を通して導入されるイオンを内部に捕捉する。その後、例えばイオントラップ内にクーリングガスを導入して所定時間、イオンのクーリングを行った後、共鳴励起排出を利用した特定質量電荷比を有するイオンの選択(プリカーサ選択)、CIDガスの導入と共鳴励起によるCID操作、を任意の回数(通常最大でも数回程度)繰り返し、CID操作により生成されたプロダクトイオンをイオントラップ内部に捕捉する。
【0037】
なお、このようにイオントラップにイオンを捕捉する場合には、複数回の間欠的なレーザ光照射により試料12から発生させたイオンを繰り返しイオントラップ内部に捕捉することにより、捕捉されるイオン量を増やすことが可能である。このようなイオンの蓄積は感度を向上させるのに有用である。
【0038】
分析対象のプロダクトイオンをイオントラップ内部に捕捉したならば、トラップ電圧発生部43により、リング電極21に印加する高周波電圧の周波数又は振幅を時間経過に伴って変化させることで、共鳴励起排出によりイオン導出穴25から吐き出すイオンの質量電荷比を走査する。これにより、図3(b)に示すように、イオン導出穴25を通してイオンが排出され、このイオンは検出器電圧発生部44からコンバージョンダイノード32へ印加されている電圧により形成される電場に誘引され、コンバージョンダイノード32に接触して電子を叩き出す。この電子が2次電子増倍管33に到達し、その管内で増倍されて検出信号として出力される。信号処理部46は、イオン捕捉部20での質量走査に応じて順次得られる検出信号に基づいてマススペクトル(MSスペクトル)を作成する。
【0039】
以上のようにして、本実施例の質量分析装置では、分析目的や試料の種類などによって、パススルーTOFモード又はイオントラップモードのいずれかを選択して試料12に対する分析を実行し、マススペクトル又はMSスペクトルを取得することができる。前述のように、パススルーTOFモードでは幅広い質量電荷比範囲のマススペクトルを短時間で取得することができるので、例えば多数の試料を順次分析する等、高い測定スループットが要求される際に有利である。一方、イオントラップモードでは測定時間は或る程度長くなるものの、原理的にはnに制約がないMSスペクトルを得ることができ、構造解析に有用な情報を提供することができる。
【0040】
なお、上記説明では、イオントラップモードではイオントラップ自体の質量分離機能を利用して質量走査を実施していたが、フライトチューブ34内の飛行空間を利用した飛行時間型の質量分離を実施してもよい。即ち、分析対象のプロダクトイオンをイオントラップ内部で十分にクーリングした後に、エンドキャップ電極22、23に所定の直流電圧を印加することによりイオンに運動エネルギを付与する。そして、イオン導出穴25を通してイオントラップ内部から一斉にイオンを吐き出してフライトチューブ34内の飛行空間に導入し、その空間を飛行する間に質量電荷比に応じてイオンを分離し、第1検出部35で検出する。この場合、パススルーTOFモードとは自由飛行距離が相違するから、飛行時間を質量電荷比に換算する際に注意を要する。
【0041】
[第2実施例]
本発明の別の実施例(第2実施例)による質量分析装置について図4〜図7を参照して詳細に説明する。図4は第2実施例による質量分析装置の概略構成図である。この第2実施例と上記第1実施例との相違は、イオン捕捉部20以降の部分、具体的には、イオンの質量分離及び検出に関わる構成である。第1実施例と共通の構成要素については同一符号を付して詳しい説明を省略する。
【0042】
この第2実施例による質量分析装置は、第1実施例の質量分析装置における分析・検出部30に代えて、リニア/リフレクトロンモード切替え式のTOFを含む分析・検出部50を備える。この分析・検出部50は、内部に直線的な飛行空間と折り返す飛行空間とを形成するフライトチューブ51と、複数段の電極からなる反射器53と、フライトチューブ51内の空間をイオンがほぼ直線的に飛行して最終的に到達するリニア用検出部52と、フライトチューブ51内の空間を折返し飛行したイオンが最終的に到達するリフレクトロン用検出部54と、を含む。リニア用検出部52は第1実施例の質量分析装置における第1検出部35に相当するものである。また、リフレクトロン用検出部54は第1実施例の質量分析装置における第2検出部31に相当するものである。反射器53を構成する各電極には、反射器電圧発生部45から所定の電圧が印加される。
【0043】
この第2実施例の質量分析装置においても第1実施例と同様に、操作部47からの操作に応じて、パススルーTOFモードとイオントラップモードとのいずれかの選択が可能である。図5はパススルーTOFモードにおけるイオン経路を示す概略図である。パススルーTOFモードでは、反射器53の各電極は例えばフライトチューブ51と同電位とされ、フライトチューブ51内には実質的に電場が形成されない。したがって、フライトチューブ51内は自由飛行領域の一部となり、第1実施例の質量分析装置におけるパススルーTOFモードと全く同様の分析動作が実施される。イオン導入部10及びイオン捕捉部20内の各部の電圧設定も第1実施例の質量分析装置におけるパススルーTOFモード時と同じである。
【0044】
図6はイオントラップモードのイオン捕捉時におけるイオン経路を示す概略図である。図7はイオントラップモードの質量分離・検出時におけるイオン経路を示す概略図である。イオントラップモードのイオン捕捉時の動作は、第1実施例の質量分析装置におけるイオントラップモードのイオン捕捉時(図3(a)参照)と全く同様であり、イオントラップの内部に分析対象の各種プロダクトイオンが捕捉される。
【0045】
その後、トラップ電圧発生部43からエンドキャップ電極22、23に所定の直流電圧を印加することにより、捕捉していたイオンに運動エネルギを付与し、イオン導出穴25を通してイオントラップ内部から一斉にイオンを吐き出してフライトチューブ51内の飛行空間に導入する。このときには反射器電圧発生部45から反射器53の各電極にそれぞれ所定の直流電圧が印加され、反射器53の内側にはイオンを反発させるような電場が形成される。図7に示すように、イオン光軸Cを中心にほぼ直線的に飛行したイオンは上記のような反射器53による電場の作用で折り返され、最終的にリフレクトロン用検出部54に到達する。このような折返し飛行軌道に沿ってイオンが飛行する間に、各イオンは質量電荷比に応じて分離され、異なる飛行時間をもってリフレクトロン用検出部54に入射する。信号処理部46はリフレクトロン用検出部54による検出信号に基づいて飛行時間スペクトルを作成し、飛行時間を質量電荷比に換算してMSスペクトルを作成する。
【0046】
イオントラップモードにおいてTOFをリフレクトロンモードで使用するのは、主として、エネルギ収束性を高めることと飛行距離を延ばすことにより、質量分解能を高めるためである。ただ、TOFをリニアモードで使用する場合に比べて測定時間は長くなるため、スループットを重視するのであれば、イオントラップモードにおいてもTOFをリニアモードで使用するとよい。また逆に、スループットを若干犠牲にしてもパススルーTOFモードで質量分解能を改善したいのであれば、パススルーTOFモードにおいてもTOFをリフレクトロンモードで使用するとよい。
【0047】
なお、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜、変形、追加、修正を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0048】
例えば上記実施例ではイオン源はMALDIイオン源であるが、パルス状にイオンを発生することが可能なイオン源であればイオン化法の制約はない。例えば、マトリクスを用いずにレーザ光を直接試料に照射するレーザ脱離イオン源、帯電液滴を試料に吹き付ける脱離エレクトロスプレイイオン源、プラズマ流を試料に照射するプラズマ脱離イオン源などを利用することもできる。
【符号の説明】
【0049】
10…イオン導入部
11…試料プレート
12…試料
13…引出し電極
14…イオン光学系
15…レーザ照射部
16…反射鏡
20…イオン捕捉部
21…リング電極
22…入口側エンドキャップ電極
23…出口側エンドキャップ電極
24…イオン導入穴
25…イオン導出穴
26…入口側電場補正用電極
30、50…分析・検出部
31…第2検出部
32…コンバージョンダイノード
33…2次電子増倍管
34、51…フライトチューブ
35…第1検出部
40…制御部
41…電圧発生部
42…収束電圧発生部
43…トラップ電圧発生部
44…検出器電圧発生部
45…反射器電圧発生部
46…信号処理部
47…操作部
52…リニア用検出部
53…反射器
54…リフレクトロン用検出部
C…イオン光軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料からパルス状にイオンを生成するイオン源と、該イオン源で生成されたイオンを加速するイオン加速部と、加速されたイオンを収束させるイオン収束部と、リング電極と該リング電極を挟んで対向配置された一対のエンドキャップ電極とを含み、その一対のエンドキャップ電極の一方にイオン導入穴が、他方にイオン導出穴が一直線上に位置するように形成されたイオントラップと、質量電荷比に応じてイオンを分離する飛行空間を内部に形成するフライトチューブと、該フライトチューブ内の飛行空間を飛行して来たイオンを検出する第1検出部と、を具備し、
前記イオン源で生成され前記イオン加速部で加速されたイオンが前記第1検出部に到達するまでのイオンの飛行軌道が前記イオン導入穴及び前記イオン導出穴を貫通するように、前記イオントラップは前記イオン収束部と前記フライトチューブとの間に配設され、
前記イオントラップ内に高周波電場を形成せずに、前記イオン加速部で加速されたイオンが前記イオントラップの内部空間及び前記フライトチューブ内空間を含む飛行空間を飛行して前記第1検出部に到達するまでの時間を計測する第1分析モードと、前記イオン源で生成されたイオンを前記イオントラップ内に導入して高周波電場により一旦捕捉し、その捕捉したイオンに対する所定の操作を該イオントラップ内で行った後に、前記イオン導出穴を通してイオンを放出させて前記フライトチューブで質量分離を行って前記第1検出部で検出する、又は前記イオントラップ自体で質量分離を行いつつ前記イオン導出穴を通して出射させたイオンを前記第1検出部とは別の第2検出部により検出する第2分析モードと、を選択的に行うように各部を制御する制御手段、を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
前記フライトチューブは少なくとも直線状の飛行空間を形成し、前記第1検出部は直線的に飛行して来たイオンを検出するものであることを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の質量分析装置であって、
前記制御手段は、第1分析モードにおいて、前記イオン加速部で加速されたイオン流が前記イオン導入穴及び前記イオン導出穴を通過する位置でそれぞれの穴の開口径以下に絞られた状態となるように、前記イオン収束部に印加する収束用電圧を調整し、第2分析モードにおいて、前記イオン加速部により前記イオン源から引き出されたイオン流が前記イオン導入穴を通過する位置でその穴の開口径以下に絞られた状態となるように、前記イオン収束部に印加する収束用電圧を調整することを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
請求項3に記載の質量分析装置であって、
第1分析モードでは、前記イオン導出穴を通過した後方のイオン光軸上又は前記イオントラップの内部のイオン光軸上にイオン流の焦点を設定し、第2分析モードでは、前記イオン導入穴の手前のイオン光軸上にイオン流の焦点を設定することを特徴とする質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−175897(P2011−175897A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−39872(P2010−39872)
【出願日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】