説明

質量分析装置

【課題】S/N比と迅速性の向上を図った質量分析装置を提供する。
【解決手段】パルス幅がピコ秒またはフェムト秒の紫外線領域の超短パルスレーザ光を出力する超短パルスレーザ装置8と、真空排気された真空容器2と、この真空容器内に配設されて、前記超短パルスレーザ光を複数回往復可能に反射させるように複数の凹面鏡をそれぞれ設けた一対の多面鏡を対向配置し、これら多面鏡の焦点に、前記超短パルスレーザ光を複数回通す多面鏡システム4と、多面鏡システムの焦点に向けてサンプルを含有した高温のサンプルガスを間欠的に噴射する高温パルスバルブ3と、多面鏡システムによりイオン化されたサンプルの質量を測定する飛行時間型質量分析器7と、真空容器内でイオン化されたイオンを質量分析器に導入させる電場を形成する電極5a,5bと、を具備している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫外線領域の超短パルスレーザ光を分析対象の試料(サンプル)に照射してソフトイオン化する質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、排ガス中の多種多様な分子を分析する場合には、従来からガスクロマトグラフ質量分析法(GC/MS)が使用されている(例えば、特許文献1参照)。このGC/MS方法は、高分解能・高感度を得るために必要なS/N比が高くないので、妨害物質を除去するために図4で示す前処理工程が不可欠である。すなわち、複数の成分を含む分析対象である、例えば排ガスを収集し、その後、さらに、資料調整、抽出、脱脂、精製、分離(フィルタリング)などの前処理工程が不可欠であり、その前処理工程に例えば約400分程度の時間を要する。そのため、質量分析に必要なターンアラウンドタイムは数日間を要し、オンサイトやリアルタイムで分析する等の迅速性は殆ど期待できない、という課題がある。
【0003】
さらに、GC/MSの質量分析では、通常70eVという高いエネルギーの電子ビームで分子をイオン化するので、資料はほとんど分解されてしまう。このために、分解されたイオン、すなわち、フラグメンテーションしたイオンを拾い集めて検出している。つまり、試料分子を分析しているのはガスクロマトグラフィであり、質量分析はその同定確認のために検出しているに過ぎない。
【0004】
すなわち、ガスクロマトグラフィによる分析では、各成分を分離するカラムの保持時間から物質を同定し、ピークの高さまたは面積から定量を評価する。しかし、ガスクロマトグラフィの各成分のピークを十分に分離する条件を見出すことが容易ではないうえに、カラムの種類の選択とカラム温度の制御が容易ではない。特に、保持時間が長いとピークがブロードになる。
【0005】
このために、成分を同定、確認するためには、予め既知の物質(標準物質)について分析して取得した標準マススペクトルを参照する必要があった。
【0006】
しかも、この標準マススペクトルは、分析対象の試料(サンプル)の分析のつど必要であるので、この分析対象の試料(サンプル)の分析のつど既知の物質(標準物質)についても分析する工程が必要であった。このために、従来のGC/MS法では、サンプルの定性、定量を評価するためには、例えば図4に示すように約80分の長時間を必要としていた。
【0007】
また、ガスクロマトグラフィは、原則として分析対象物が気化する物質でなければ分析できず、汎用性でやや劣る。
【0008】
一方、近年、環境問題のため、廃棄物処理場から排出されるガス中のダイオキシン類やPCBなどをオンサイト、リアルタイムで分析することが要請され、Jet−REMPI法(例えば、非特許文献1参照)や多面鏡を用いたRIMMPA法(例えば、非特許文献2参照)などのレーザ共鳴イオン化法を用いた飛行時間型質量分析法が開発されてきた。とくに後者によって、ダイオキシン類フランについては、世界で初めて毒性が高く規制対象の四塩化以上のフランについて共鳴イオン化が実証された。
【0009】
また、近年では、国内のみならず国際的に安全食品の議論が進んでおり、特に、食品の中の残留農薬、汚染物質の分析については、その高度化、迅速性が求められている。このために、近年では、多成分一斉分析、あるいはスクリーニングテストを迅速・簡易に行える質量分析装置が要請されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2009−294231号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】H.Oser,et al,Chemosphere,1978,37,2361−2374
【非特許文献2】N.Kirihara et al,Review of Scientific Instruments 2006 77,094101−1−9
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、上記RIMMPA法について、米国環境保護局研究所が実施したテストベンチ試験では、その運転技術の難しさと雑音が多くS/N比が低いことからから実用性を実証することは出来ていない。
【0013】
その原因としては、以下の点が考えられる。
(1)RIMMPA法は、パルス幅が数ナノ秒以上の短パルスのレーザを試料のイオン化のために使用したので、雑音の多い排ガス中の分析では、フラグメンテーションなど雑音が多く発生し、十分なS/N比と、分解能を得ることは出来なかった。
(2)分析対象の分子が励起レベルに遷移したときの励起レベルにある滞在時間が重イオン効果などにより極めて短いために、短い遷移の間でイオン化するにはレーザ光の光子密度が不足していた。
(3)波長選択性を利用するため波長可変レーザを使用せざるを得ず、波長掃引などの操作ができる高度技術者を必要とするため実用性に欠ける。
(4)対象分子のソフトイオン化には、適切なエネルギーの光子を照射する必要があり、過剰なエネルギーと長い時間の照射は却ってフラグメンテーションを増加させる。
(5)また、上述したように従来のGC/MSなどでは、正確な定量分析値を必要とする場合、内部標準物質を準備し、試料中に添加し、GC測定を行う必要がある。このために、経済的負担と、時間的負担が増大するという課題がある。
【0014】
本発明は、上述した事情を考慮してなされたもので、その目的は、S/N比の向上と迅速性の向上を図った質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の実施形態によれば、質量分析装置は、パルス幅がピコ秒またはフェムト秒の紫外線領域の超短パルスレーザ光を出力する超短パルスレーザ装置と、真空排気された真空容器と、この真空容器内に配設されて、前記超短パルスレーザ光を複数回往復可能に反射させるように複数の凹面鏡をそれぞれ設けた一対の多面鏡を対向配置し、これら多面鏡の焦点に、前記超短パルスレーザ光を複数回通す多面鏡システムとを具備している。また、質量分析装置は、多面鏡システムの焦点に、サンプルを含有した高温のサンプルガスを間欠的に噴射するサンプル噴射弁と、多面鏡システムによりイオン化されたサンプルの質量を測定する質量分析器と、真空容器内でイオン化されたイオンを質量分析器に導入させる電場を形成する電極と、を具備している。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態に係る質量分析装置の構成図。
【図2】図1で示す多面鏡システムにおける入射光の往路を示す図。
【図3】(a)は同,多面鏡システムの一方の多面鏡の正面模式図、(b)は同,他方の多面鏡の正面模式図。
【図4】本実施形態の前処理工程を従来例のものと比較して示す工程図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。なお、複数の図面中、同一または相当部分には同一符号を付している。
【0018】
図1に示すように質量分析装置1は、真空容器2に、サンプル噴射弁の一例である高温パルスバルブ3、多面鏡システム4、図1中上下一対の導入用電極5a,5b、導入筒6およびリフレクトロン型の飛行時間型質量分析器7を設けている。また、質量分析装置1は、真空容器2内に所定の超短パルスレーザ光を入射させる超短パルスレーザ装置8を具備している。
【0019】
真空容器2は、所定形状の密閉容器2aの一端面、例えば図1中上端面の図中左端部に、後述するレーザ光を真空容器2内へ入射させる入光窓2bを形成する一方、密閉容器2aの図中右端部にレーザ光を真空容器2の外部へ出射させる出光窓2cを形成している。また、真空容器2は密閉容器2aの一端部、例えば図1中の下端部の中央部に、筒状の導入筒6を気密に固着している。
【0020】
導入筒6は、その図中上端部を、密閉容器2aの内方へ若干挿入させた状態で気密に固着している。この導入筒6の挿入端部6aの内端面には、所要の形状と寸法の排気孔6bが形成されている。
【0021】
また、導入筒6は、真空容器2から外部に延在する外端部に、真空ポンプ9を連通可能に設け、真空ポンプ9により導入筒6と真空容器2内を所定圧の真空に排気するようになっている。
【0022】
高温パルスバルブ3は、図示しないヒータを内蔵し、このヒータにより、サンプルガスを高温、例えば100〜200℃に加熱し、またはサンプルの濾液または上澄液を高温(例えば200℃)に加熱してガス化し、このサンプルガスを例えば通常気圧のヘリウムガスのキャリアガスと共に間欠的に噴射する。高温パルスバルブ3は、例えば1秒間に10回かつ1回の開弁時間が40〜50マイクロ秒で開弁する。
【0023】
サンプルガスは、図4で示す前処理工程の試料調整または粉砕分取工程と抽出工程とにより形成される。試料調整等の工程は分析対象の資料が固体であるときは、これを所要大に粉砕して所要量(必要量)秤量し確保する工程である。抽出工程はこの秤量物にアセトンまたはアセトアニド等の溶剤を添加して細かく粉砕して一様に混合し、吸引濾過と遠心分離等により濾液または上澄液を分離(分取)する工程である。この濾液または上澄液は、直接高温パルスバルブ3に供給される。
【0024】
この試料調整等工程と抽出工程の2工程で、例えば約30分間を要する。本実施形態では、この2工程で前処理工程は終了し、抽出工程後は、分析対象の資料が溶存した抽出液が高温パルスバルブ3に与えられる。
【0025】
これに対し、前記従来の質量分析方法の前処理工程では、この抽出工程の後、さらに、資料の脱脂を行う工程、シリカゲル等により湿分を除去して資料を精製する精製工程の2工程を有し、合計4工程で例えば400分を要する。これは従来の質量分析方法のS/N比が低いために、前処理工程で資料から妨害物質を可及的に除去する必要があるためである。また、本発明によっても、サンプルが豆類等脂質の多いものの場合には、上記2工程の後に脱脂工程を追加してもよい。
【0026】
そして、真空容器3は、その内部に、多面鏡システム4の焦点Fを図1中上下方向で挟む位置において、一対のメッシュ状の導入用電極5a,5bを所定間隔を置いて配設している。これら一対の電極5a,5bは高温パルスバルブ3から真空容器3内に、キャリアガスと共に噴射されるサンプルガスを通すに十分な大きさの網目または小孔を複数形成してメッシュ状に形成されている。これら一対の電極5a,5bには、高電圧、例えば1.5kVが印加されて電場が形成され、多面鏡システム4の焦点Fとその周辺部で発生したイオンを電場により導入筒6と質量分析器7へ導入する。
【0027】
超短パルスレーザ装置8は、例えば200nm台(例えば213nmまたは266nm)に固定した紫外線波長を有し、パルス幅がフェムト(f)秒またはピコ(p)秒で0,1〜10mJの全エネルギーの超短パルスレーザ光を、ビーム径がほぼ一定の平行ビームで出力する。例えばYAGレーザの基本波の4倍の高調波の266nmまたは5倍の高調波の213nm(5.82eV)の超短パルスレーザ光を出力する。一般に、イオン化したエネルギーが、例えば8eVから12eV程度であるから、紫外線領域の6eV前後の光子では2個、4eV前後の光子を2個または3個をほぼ同時にサンプルガスに衝突させる。ここで、ほぼ同時とは、フェムト(f)秒またはピコ(p)秒の1パルス幅の時間内に、2個または3個の光子をサンプルガスに衝突させることを意味している。すなわち、サンプルガスに第1個目の光子を衝突させてから、フラグメンテーションが発生する前に、第2個目または第3個目の光子を衝突させることを意味している。これにより、フラグメンテーションの発生を抑制してS/N比の向上を図ることができる。
【0028】
そして、超短パルスレーザ装置8は、これから出力される超短パルスレーザ光を真空容器2の入光窓2bを通して多面鏡システム4に入射させるために導光する、例えば複数のガイドミラー10a,10bをそれぞれ具備している。
【0029】
図2,図3に示すように多面鏡システム4は、図中左右一対の多面鏡A,Bを所定の対向距離Lを置いて対向配置している。この多面鏡ABは図3(a),(b)に示すように中心がOa,Obで、各内径がR−r、各外径がR+rの円形環状の多面鏡本体A0,B0をそれぞれ有する。これら各多面鏡本体A0,B0は、その環状周方向に、例えば小径円形で同形同大の紫外線用の凹面鏡の複数、例えば12個A1〜A12,B1〜B12を所要のピッチを置いてそれぞれ形成している。各凹面鏡A1〜A12,B1〜B12は、各多面鏡本体A0,B0と別体または一体に形成される。そして、各凹面鏡A1〜A12,B1〜B12は、その各凹面鏡A1〜A12,B1〜B12の中心が円形環状配列を周方向に12等分したときの各エリアeの中心に同心状に形成されている。対向距離Lは各凹面鏡A1〜A12,B1〜B12の焦点距離の2倍に設定してある。すなわち、対向距離Lの1/2の等分位置に、各凹面鏡A1〜A12,B1〜B12の焦点Fを形成している。これにより、超短パルスレーザ光が焦点Fに集光される。
【0030】
多面鏡システム4は、左右に対向配置された一対の多面鏡A,Bの各凹面鏡A1〜A16,B1〜B16同士間で反射するレーザ光を、凹面鏡A1〜A16,B1〜B16が環状配列順に順次移動させて渡ることにより複数回往復するように構成されている。
【0031】
すなわち、一対の多面鏡A,Bの各凹面鏡A1〜A12,B1〜B12は、焦点Fを対称点として、図1中左右対称に配置されており、図中左側の多面鏡Aの各凹面鏡A1〜A12の各中心と焦点Fとを結ぶ直線の延長線上に、図中右側の多面鏡Bの各凹面鏡B1〜B12の中心が各々位置するように同心状に配置されている。しかも、これら右側の多面鏡Bの各凹面鏡B1〜B12は、左側の多面鏡Aからの受光先の凹面鏡A1〜A12自体に再反射せずに、その所要方向(例えば時計方向回り)ずれた隣りの凹面鏡A1〜A12に反射させる角度に調整されている。
【0032】
このために、例えば図2に示すように図中左側の多面鏡Aの上端の凹面鏡A1に紫外線超短パルスレーザ光が入射されると、このレーザ光は、左側の凹面鏡A1により、この凹面鏡A1と、焦点Fに対して対称位置にある右側の多面鏡Bの例えば図中下端の凹面鏡B1に向けて反射される。そして、この凹面鏡B1はレーザ光を左側多面鏡Aの上端凹面鏡A1の例えば図中右隣の凹面鏡A2に向けて反射する。また、この凹面鏡A2は右側多面鏡Bの下端凹面鏡B1の図中左隣の凹面鏡B2に向けて焦点Fを通して反射する。さらに、この凹面鏡B2は、左側の凹面鏡A3に向けて反射する。以下、これら反射を繰り返す。
【0033】
すなわち、図3(a),(b)で示す各凹面鏡A1〜A12,B1〜B12同士間の反射順は、例えばA1→B1→A2→B2→A3→B3→A4→B4→A5→B5→A6→B6→A7→B7→A8→B8→A9→B9→…A12→B12のように繰り返し、反射順が例えば時計方向に移動する(渡る)。これにより、レーザ光が図中左側の多面鏡Aから多面鏡Bへ反射される径路を往路OBとし、その逆向きを復路とすると、往路OBは必ず焦点Fを通り、合計12回焦点Fを通過する。
【0034】
そして、左側の多面鏡Aから右側の多面鏡Bへ向けて反射される往路OBの超短パルスレーザ光は焦点Fに向けてビーム径が漸次絞られる集束ビームになるので、焦点Fでは超短パルスレーザ光のエネルギが高密度となる。なお、焦点Fから右側の多面鏡Bへ向かう超短パルスレーザ光は進行方向先方へ行くに従って漸次拡径(拡散)する拡散ビームとなる。また、反射順で最後の例えば凹面鏡B16は、その入射光を真空容器2の出光窓2cから外部へ出光する角度に設定されている。
【0035】
なお、各多面鏡A,Bの凹面鏡A1〜A12,B1〜B12の台数は8〜16台でもよく、超短パルスレーザ光を、多面鏡A,B間で複数回往復させて、焦点Fに複数回通すことができる複数台であればよい。また、上記実施形態では、各多面鏡A,Bの反射順が時計回りで移動する(渡る)ように右側の凹面鏡B1〜B12の角度を設定した場合について説明したが、反時計回りでもよい。
【0036】
すなわち、A,B両多面鏡はそれぞれ同一の曲率半径の球面鏡をベースとし、対向間隔L離れて設置される。円形環状体の両多面鏡本体A0,B0は、図3(a)に示されるように、それぞれは径方向にはR±rにカットされ、半径R−rの内側はアパーチャーa,bとなり、また、それぞれ周方向にn等分され、それぞれの場所には、図3(a),(b)に示すように、半径rの凹面鏡A1,A2,…,An;B1,B2,…,Bnが多面鏡システム4の焦点Fをはさんで相対する位置に設けられる。
【0037】
リフレクトロン型の飛行時間型質量分析器7は、導入筒6から導入されたイオンを反射させて飛行距離を伸長させる単数または複数の反射板7a,7aと、イオンを検出するイオン検出器7bとを具備しており、イオン化された試料(サンプル)をパルス的に加速し、イオン検出器7bに到達するまでの時間差を検出しマススペクトラムを出力する。すなわち、イオンが受け取るエネルギーは、電荷量が等しければ一定であるため、質量電荷比が大きいものほど飛行速度が遅くなり、イオン検出器7bに到達するまでの時間がかかる。この時間差を検出することで質量を求めることができる。このデータからサンプルガスの組成が分布するマススペクトグラムを作成し出力する。
【0038】
次に、質量分析装置1の作用を説明する。
【0039】
まず、試料調整工程と抽出工程の2工程の前処理手段により作成されたサンプルは、高温パルスバルブ3に与えられる。このサンプルがガスの場合、高温パルスバルブ3により高温(例えば200℃)に加熱されて、真空容器2内の多面鏡システム4の焦点Fに向けてキャリアガスと共に噴射される。サンプルが濾液や上澄液等液体の場合は、高温パルスバルブ3により加熱されてサンプルガスとしてガス化されてからキャリアガスと共に多面鏡システム4の焦点Fに向けて噴射される。これらサンプルガスは1秒間に10回、1回当り40〜50マイクロ秒間噴射される。
【0040】
一方、超短パルスレーザ装置8では、パルス幅がピコ(p)秒またはフェムト(f)秒の紫外線領域の超短パルスレーザ光が平行ビームで出力され、ガイドミラー10a,10bにより導光されて、真空容器2内の多面鏡システム4の、例えば凹面鏡A16に入射される。
【0041】
このために、紫外線領域の超短パルスレーザ光は図1中左右一対の多面鏡A,B間で複数回連続して順次反射し、その反射光が例えば時計方向に順次移動して行く。このために、多面鏡システム4の焦点Fにはこのレーザ光が12回通過する。
【0042】
このために、この多面鏡システム4の焦点Fに向けて噴射されたサンプルガスは、ここで紫外線領域の超短パルスレーザ光によりソフトイオン化される。
【0043】
次に、この超短パルスレーザ光によるソフトイオン化を説明する。
【0044】
まず、レーザ出力をIとし、イオン化領域体積Vとしてイオン化断面積の関係を考察すると、レーザ出力Iと光子密度nの関係はIδt=Shνncδtである。この左辺はレーザビームの全エネルギーである。また、レーザビームの全エネルギーをビーム体積で除算したものが光子密度であるから、ncS=I/(hν)となる。すなわち、レーザ出力を光子1個当たりのエネルギーで除算したものがビーム中の光子数である。
【0045】
次に、対象分子の励起寿命が極めて短いとして、1色2光子イオン化法の簡単なモデルを考えると、2光子イオン化のレート方程式は、照射時間δtの間に励起・イオン化両過程が進むとして、次式が成立する。
励起 δN=Nnσcδt
イオン化 δN=(δN)nσcδt=N(ncδt)σσ
ここで、δN:励起分子密度
N :対象分子の密度
:光子密度
σ :励起断面積
c :光速
δt :レーザ光照射時間
δN :イオン密度
σ :イオン化断面積
cδt:イオン化領域単位面積を通過する光子数
【0046】
そして、超短パルスレーザ光では、例えば、全エネルギーをI=1mJ、波長213nm(5.82eV)とし、1ピコ秒(長さ0.3mm)の直径1mmに集束した微小円盤状で、体積は2.36×10−10/mと極めて小さい。したがって、光子密度が5×1024/mであり、高くなる。これにより、励起断面積、イオン化断面積がいかに小さくとも、全体のイオン化確率(δN/N)は有意な値をとるようになる。これにより、超短パルスという極めて短い時間内でもイオン化できることになる。しかもその確率は光子密度の二乗に比例することに特徴がある。
【0047】
そして、質量分析装置1では、質量分析対象のイオン化を紫外線領域のレーザ光を用いる。紫外線領域の光子のエネルギーは5eV程度であり、その光子を2個または3個を同時に衝突させることによって、イオン化が可能の最低限のエネルギー(例えば、約10eV前後)ぎりぎりのエネルギーでソフトイオン化し、余剰なエネルギーによりサンプル分子を分解しないので、分子の親イオンあるいは娘イオンだけを作り、それを検出することができる。親イオンを検出するのは、分解(フラグメテーション)による雑音を発生させることなく、親イオン信号そのものを多くすることから、例えば10倍以上のS/Nが得られる可能性がある。
【0048】
すなわち、本実施形態では、ソフトイオン化により「分子の質量」を直接S/N比により、精密に測ることが可能であり、従来のGC/MS法のようにGCで分離するものと異なる。また、同一質量の分子の分析は親イオン、娘イオン等のマススペクトルの分布から同定できる。
【0049】
このために、本実施形態によれば、飛行時間型質量分析器7により検出されたマススペクトルにより、直接、成分を同定し定量できる。すなわち、従来のGC/MS法で用いた既知の物質(標準物質)の標準マススペクトルを参照せずに、直接、成分を同定し定量できるので、この既知の物質(標準物質)を分析して標準マススペクトルを取得する工程が不要になる。このために、サンプルの定性、定量を評価する時間としては、例えば図4に示すように約30分間に短縮できる。すなわち、本実施形態によれば、従来のGS/MS法では、サンプルの定性、定量を評価する時間として、例えば約80分要していたのに対し、約30分間に短縮できるので、質量分析の迅速性のさらなる向上を図ることができる。
【0050】
なお、本実施形態によっても、既知の物質(標準物質)について、標準マススペクトルを取得するために質量分析するが、これは、サンプルの定性、定量を評価するために用いるのではなく、質量分析装置1自体のマススペクトル検出上の特性や傾向を検出するためであるので、例えば1回すればよく、従来のGS/MS法のように分析対象の試料の分析のつど実施する必要はない。
【0051】
さらに、光子2個を同時に衝突させるとは、超短パルスの時間内にという意味で、ピコ秒、フェムト秒以内でということである。そこで、ここでは、これを多光子ソフトイオン化という。多光子とはいっても光子は2個あるいは3個程度であり、それ以上は衝突させないという制限がソフトイオン化には必要である。そのためには、光子密度の高いレーザ光が必要である。
【0052】
なお、分子の励起確率、イオン化確率は高光子密度だけではなく、分子密度と衝突断面積の積で決まるが、衝突断面積が極めて小さいことから、この両確率が極短に短い時間に有意なものになるためには高光子密度が要請される。このために、紫外光(UV)を2個衝突させてバーチャルステートを介して真空紫外光(VUV)を作ると考えてもよい。
【0053】
そして、質量分析装置1は、多面鏡システム4によりサンプルに超短パルスレーザ光を照射しているので、レーザ光照射率の向上と装置全体の小型化とコスト低減を図ることができる。すなわち、従来の多面鏡では6nsのパルスレーザ光を7個の鏡を渡りながら往復させ、左右の多面鏡A,B同士間の対向距離が45cmでは、レーザビーム長が180cmであるから2往復分であり、多面鏡システムの中心部にサンプルガスを照射する時間は6ns×7=42nsとなる。つまり、6nsのビームを42nsのビーム相当に拡張できる。
【0054】
しかし、たとえば1ピコ(p)秒のレーザ光では0.3mm長のレーザ光が左右の多面鏡A,Bの間を飛び交うことになるので、左右の多面鏡A,B同士間の距離が30cmの場合には、レーザ光の往復時間が2ns(秒)であるから、多面鏡システムの中心部のサンプル分子には収束したビームが2nsごとに12回飛び込んでくることになる。これを多面鏡の超短パルス利用時の多パルス化効果という。多面鏡システム4では、レーザビームの減衰は無視できるから12台分のレーザ装置を用いたことに相当する。さらに、2ナノ秒ごとの12回通過の時間(合計24ナノ秒)のイオン飛行時間への影響はほぼ無視できる微小時間であるので、リフレクトロン型の飛行時間型質量分析器7による分解能に影響を与えることなく、サンプルをイオン化する機会を大幅に増加させることができる。つまり、多面鏡システム4により、例えばイオン化信号は12倍、親イオン検出効果で10倍、都合120倍のS/N比が得られる。このために、前処理工程を資料調整工程と抽出工程の2工程に短縮できる。これにより、前処理工程を従来の400分から30分に短縮することができるので、質量分析時間の迅速性を高めることができる。さらに、質量分析装置1は、S/N比が高いので、質量分析器7による質量分析時間についても、従来のGC/MS法が例えば80分要するのに対し、30分に短縮でき、迅速性のさらなる向上を期待できる。
【0055】
また、前処理工程を従来の4工程から2工程に省略したので、サンプルの分解、不純物の吸着、挟雑物の発生を低減できる。
【0056】
そして、質量分析装置1は、上記ソフトイオン化を、波長固定した紫外線領域のレーザビームの1波長多光子(例えば2光子)により行っている。このために、波長スキャンという高度な技術は必要でなく、運転操作性が向上する。なお、ソフトイオン化は3光子でも2光子とほぼ同様の効果が期待できる。
【0057】
また、多面鏡システム4は、高価な超短パルスレーザ装置8が1台で12台分の効果となり、質量分析装置1全体の小型化と低廉化を図ることができる。
【0058】
さらに、この前処理工程の省略は、それに伴う人件費の削減はもとより溶剤など部材費などが削減できるので、経済的低廉化と時間的短縮が期待できる。
【0059】
さらに、高温パルスバルブ3により間欠的に試料を真空容器2内に噴射するので、真空容器2の汚染を低減し、使用する試料、溶剤の経費を減らし、装置維持が容易になる。
【0060】
なお、上記実施形態では、質量分析器としてリフレクトロン型の飛行時間型質量分析器7を用いた場合について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、飛行時間型質量分析器であればよい。
【0061】
また、以上、本発明の幾つかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0062】
1 質量分析装置
2 真空容器
3 高温パルスバルブ(サンプル噴射弁)
4 多面鏡システム
5a,5b 導入用電極
6 導入筒
7 リフレクトロン型の飛行時間型質量分析器
8 超短パルスレーザ装置
A,B 一対の多面鏡
F 焦点
OB 往路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルス幅がピコ秒またはフェムト秒の紫外線領域の超短パルスレーザ光を出力する超短パルスレーザ装置と、
真空排気された真空容器と、
この真空容器内に配設されて、前記超短パルスレーザ光を複数回往復可能に反射させるように複数の凹面鏡をそれぞれ設けた一対の多面鏡を対向配置し、これら多面鏡の焦点に、前記超短パルスレーザ光を複数回通す多面鏡システムと、
前記多面鏡システムの焦点に向けてサンプルを含有した高温のサンプルガスを間欠的に噴射するサンプル噴射弁と、
前記多面鏡システムによりイオン化されたサンプルの質量を測定する質量分析器と、
前記真空容器内でイオン化されたイオンを前記質量分析器に導入させる電場を形成する電極と、
を具備していることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
前記超短パルスレーザ装置は、前記サンプルガスに、前記超短パルスレーザの2個または3個の光子を前記パルス幅の時間内に衝突させてソフトイオン化させるように制御されていることを特徴とする請求項1記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記質量分析器が飛行時間型であることを特徴とする請求項1または2記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記サンプル噴射弁は、前記サンプルガスを100〜200℃に加熱して短時間かつ間欠的に噴射するように構成されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−20748(P2013−20748A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−151647(P2011−151647)
【出願日】平成23年7月8日(2011.7.8)
【出願人】(504203572)国立大学法人茨城大学 (99)
【出願人】(310021386)ナチュラルインベンション株式会社 (4)
【出願人】(511166633)株式会社IDXテクノロジーズ (1)
【Fターム(参考)】