説明

走査電磁石および荷電粒子ビーム照射装置

【課題】二重窓枠型電磁石において、一様磁場領域を広く取ることにより、ビーム走査範囲を確保する。
【解決手段】コイル101,108,111,118は、Y方向磁場励磁電流通過第1サブ領域とY方向磁場励磁電流通過第2サブ領域の間に配置され、X方向磁場励磁電流通過第1サブ領域を、コイル109,110,119,120は、Y方向磁場励磁電流通過メイン領域221,222とY方向磁場励磁電流通過第1サブ領域の間に配置され、X方向磁場励磁電流通過第2サブ領域を構成し、コイル201,208,211,218は、X方向磁場励磁電流通過第1サブ領域とX方向磁場励磁電流通過第2サブ領域の間に配置され、Y方向磁場励磁電流通過第1サブ領域を、コイル209,210,219,220は、X方向磁場励磁電流通過メイン領域121,122とX方向磁場励磁電流通過第1サブ領域の間に配置され、Y方向磁場励磁電流通過第2サブ領域を構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1つの電磁石でX方向・Y方向に励磁できる二重窓枠型電磁石およびこの走査電磁石を備える荷電粒子ビーム照射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
がん治療法の一つとして、陽子あるいは炭素イオン等のイオンビームを患者の患部に照射する粒子線治療が知られている。陽子や炭素イオン等のイオンを高エネルギーで物質に入射すると、飛程の終端で多くの線量を周辺の物質に付与する。この性質を利用し、粒子線治療ではがん細胞で多くのエネルギーを失うように、イオンビームを患者に照射する。これにより、周囲の健康な組織に損傷を与えることなく、がん細胞を破壊できる。粒子線治療ではイオンビームの空間的な広がり、照射位置、エネルギーを調整し、患部の形状に合わせた線量分布を形成する。
【0003】
粒子線治療に用いる粒子線治療システムは、主に、イオン源、イオン源で発生したイオンを加速する加速器、加速器から出射したイオンビームを輸送するビーム輸送装置、所望の形状で患部にビームを照射する照射装置を備える。
【0004】
粒子線治療システムで用いられる加速器には、シンクロトロンやサイクロトロン等が挙げられる。どちらの加速器も入射したイオンを所定のエネルギーまで加速し、イオンビームとして出射する機能は共通である。
【0005】
加速器から出射されたイオンビームはビーム輸送装置によって照射装置まで輸送される。ビーム輸送装置にはイオンビームの進行方向を変える偏向電磁石とステアリング電磁石、イオンビームに収束、発散の作用を与える四極電磁石などが備えられており、これらの電磁石の励磁量を適切に調整することで、適切なサイズ、位置のビームが照射装置まで輸送される。
【0006】
照射装置は、一般に、ビームの経路中の最も下流に備えられている。照射装置では、患部形状に合わせたイオンビームの照射野を形成する。照射装置での照射野形成の方法の例として、ウォブラー法とスキャニング照射法が知られている。どちらの照射装置も照射装置の上流部に走査電磁石を備え、走査電磁石により励磁された磁場をビームが通過することにより、ビームは偏向され、患部に対し一様な線量分布を付与する。
【0007】
ウォブラー法では、走査電磁石の下流にビームの飛程を調整するエネルギー吸収体、照射範囲を設定するコリメータを配置する。走査電磁石は、X方向磁場とY方向磁場を発生させ、各磁場を励磁する電流を正弦波で変化させることで、ビームを進行方向に直交する平面内で円を描くように走査する。一方、コリメータにより患部の外側へ向かうビームは遮断され、患部には一様に近い線量分布が形成される。
【0008】
スキャニング照射法の一例として、スポットスキャニング照射法について説明する。走査電磁石は、X方向磁場とY方向磁場を発生させ、各磁場を励磁する電流量を制御することで、ビームを進行方向に直交する平面内の所定のスポットに照射するように走査する。また、患部形状に一致した照射野を形成するために、加速器から出射されるビームのエネルギーを変更するか、あるいはビーム輸送装置に配置されたエネルギー吸収体の厚みを変えることで、照射装置に輸送されるビームのエネルギーを変更する。これにより、ビームのエネルギーによってブラッグピークの位置が変わり、患部形状に合わせた照射野が形成される。また、任意の方向からの照射を可能にするために、回転ガントリーに搭載されている照射装置もある。
【0009】
ウォブラー法、スキャニング照射法のどちらにおいても一般的に、X方向磁場を励磁する電磁石とY方向磁場を励磁する電磁石の2つの電磁石を、ビーム進行方向に対し直列に配置する(第1従来技術)。
【0010】
ところで、粒子線治療システムは、加速器やビーム輸送装置や照射装置などの各機器から構成され、設置には数十メートル四方の敷地が必要である。粒子線治療システムの低コスト化には、設置面積の低減が有効である。その一つとして、照射装置の小型化が検討されている。照射装置を小型軽量化することにより、回転ガントリーも小型化でき、建屋の小型化にもなり、その結果、システム全体の小型化、低コスト化を図ることができる。
【0011】
例えば、非特許文献1には、二重窓枠型電磁石が提案されている(第2従来技術)。この二重窓枠型電磁石は、一台の電磁石でX方向磁場とY方向磁場の2つの磁場を励磁できる。X方向磁場とY方向磁場とをベクトル合成することで任意の磁場を励磁できる。二重窓枠型電磁石を用いる第2従来技術は、2つの電磁石を直列に配置する第1従来技術に比べて、走査電磁石から照射点までの距離が短くなり、照射装置の小型化を図ることができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Vladimir Anferov他 「Combined X-Y scanning magnet for conformal proton radiation therapy」Medical Physics 32(3), 2005年3月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、二重窓枠型電磁石(第2従来技術)では、異なる系統のコイルが互いに干渉して、いわゆる六極磁場が発生し、周辺部において一様磁場領域とならない。一様磁場領域から外れたビームはビームサイズが元の値から変化する等、照射計画に通りの線量を患部に付与できない恐れがある。大きな一様磁場領域が得られない結果、走査電磁石の内部でのビーム通過領域を第1従来技術に比べて狭くせざるを得ず、ビームの走査範囲に制限が課されてしまう。
【0014】
X方向磁場を励磁する電磁石とY方向磁場を励磁する電磁石の2つの電磁石を用いる第1従来技術の場合、それぞれの電磁石において、コイルのギャップに比べて磁極幅を長くする(X・Y非対称)ことにより、上記の課題を軽減できる。
【0015】
しかし、二重窓枠型電磁石は、X方向磁場とY方向磁場の2方向の磁場を励磁するため、その磁極形状はXとYが対称(直線Y=Xに対し対称)となる。第1従来技術のようにX・Y非対称とすることはできない。
【0016】
本発明の目的は、X方向磁場とY方向磁場の2方向の磁場を励磁する二重窓枠型電磁石において、一様磁場領域を広く取ることにより、X方向磁場を励磁する電磁石とY方向磁場を励磁する電磁石の2つの電磁石を用いる場合(第1従来技術)と同等のビーム走査範囲を維持できる走査電磁石を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
(1)上記目的を達成するために、本発明は、磁極周りに巻かれた複数のX方向磁場励磁用コイルと、前記磁極周りに巻かれた複数のY方向磁場励磁用コイルと備えた二重窓枠型電磁石であって、前記磁極内であって、前記複数のX方向磁場励磁用コイルに電流が流れる領域は、X方向磁場励磁電流通過メイン領域とX方向磁場励磁電流通過サブ領域から構成され、前記磁極内であって、前記複数のY方向磁場励磁用コイルに電流が流れる領域は、Y方向磁場励磁電流通過メイン領域とY方向磁場励磁電流通過サブ領域から構成され、前記X方向磁場励磁電流通過サブ領域は、前記Y方向磁場励磁電流通過メイン領域と前記Y方向磁場励磁電流通過サブ領域の間に配置され、X方向磁場励磁時に前記X方向磁場励磁電流通過メイン領域に発生するY方向磁場の影響を軽減し、前記Y方向磁場励磁電流通過サブ領域は、前記X方向磁場励磁電流通過メイン領域と前記X方向磁場励磁電流通過サブ領域の間に配置され、Y方向磁場励磁時に前記Y方向磁場励磁電流通過メイン領域に発生するX方向磁場の影響を軽減する。
【0018】
このように構成した本発明においては、例えば、Y方向磁場励磁の場合、Y方向磁場励磁電流通過メイン領域に隣接するX方向磁場励磁電流通過サブ領域は励磁されない。従って、従来技術に比べてX方向の磁場は軽減される。
【0019】
更に、X方向磁場励磁電流通過メイン領域に隣接するY方向磁場励磁電流通過サブ領域はX方向に発生する磁場の向きをY方向に変える様に作用する。
【0020】
これらの作用により、六極磁場の影響は軽減され、第2従来技術に比べて大きな一様磁場領域が得られる。すなわち、第1従来技術と同等の一様磁場領域が得られる。
【0021】
(2)上記(1)において、好ましくは、前記磁極が断面正方形の筒状体である。
【0022】
磁極断面が正方形であることにより、二重窓枠型電磁石はX・Y対称な断面形状となる。
【0023】
(3)上記(2)において、好ましくは、前記X方向磁場励磁電流通過サブ領域は、X方向磁場励磁電流通過第1サブ領域とX方向磁場励磁電流通過第2サブ領域とから構成され、前記Y方向磁場励磁電流通過サブ領域は、Y方向磁場励磁電流通過第1サブ領域とY方向磁場励磁電流通過第2サブ領域とから構成され、前記X方向磁場励磁電流通過メイン領域は、前記正方形の一の相対向する辺に配置され、前記Y方向磁場励磁電流通過メイン領域は、前記正方形の他の相対向する辺に配置され、前記X方向磁場励磁電流通過第1サブ領域は、前記Y方向磁場励磁電流通過第1サブ領域と前記Y方向磁場励磁電流通過第2サブ領域の間に配置され、前記X方向磁場励磁電流通過第2サブ領域は、前記Y方向磁場励磁電流通過メイン領域と前記Y方向磁場励磁電流通過第1サブ領域の間に配置され、前記Y方向磁場励磁電流通過第1サブ領域は、前記X方向磁場励磁電流通過第1サブ領域と前記X方向磁場励磁電流通過第2サブ領域の間に配置され、前記Y方向磁場励磁電流通過第2サブ領域は、前記X方向磁場励磁電流通過メイン領域と前記X方向磁場励磁電流通過第1サブ領域の間に配置される。
【0024】
(4)上記(1)において、好ましくは、前記磁極が円筒体である。
【0025】
磁極断面が円形であることにより、二重窓枠型電磁石はX・Y対称な断面形状となる。
【0026】
(5)上記(1)の走査電磁石は、好ましくは、荷電粒子ビーム照射装置に備えられる。
【0027】
二重窓枠型電磁石により照射装置の小型化を図ることができる。その結果、システム全体の小型化、低コスト化を図ることができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、二重窓枠型電磁石を用いることにより、X方向磁場を励磁する電磁石とY方向磁場を励磁する電磁石の2つの電磁石を用いる場合(第1従来技術)に比べて、照射装置の小型化を図ることができる。
【0029】
また、第2従来技術のコイル配置を変更することで、一様磁場領域を広く取り、第1従来技術と同等のビーム走査範囲を維持できる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】粒子線治療システムの概略構成図である。
【図2】照射装置の概略構成図である(第1実施形態)。
【図3】走査電磁石の断面図である(第1実施形態)。
【図4】走査電磁石の断面図である(従来技術)。
【図5】X方向の磁場分布を示す図である(Y方向励磁)。
【図6】Y方向の磁場分布を示す図である(Y方向励磁)。
【図7】Y方向磁場を示す図ある(第1実施形態)
【図8】走査電磁石の断面図である(第2実施形態)。
【図9】照射装置の概略構成図である(第3実施形態)。
【図10】走査電磁石の断面図である(第3実施形態)。
【図11】走査電磁石の断面図である(従来技術・円筒体)。
【図12】X方向の磁場分布を示す図である(Y方向励磁)。
【図13】Y方向の磁場分布を示す図である(Y方向励磁)。
【発明を実施するための形態】
【0031】
<第1実施形態>
以下、本発明の第1実施形態を図面を用いて説明する。
【0032】
〜構成〜
図1は本実施例における粒子線治療システム100の概略構成図である。本システム100は、イオン源200、入射用加速器300、主加速器400、ビーム輸送装置500、照射装置600から構成される。本システム100は陽子線を用いた治療装置であり、イオン源200で水素イオン、すなわち陽子を発生させ、入射用加速器300で予備加速されたイオンは主加速器400に入射される。主加速器400では患者ごとの治療計画によって計画されたビームの飛程に合わせたエネルギーまでビームが加速され、ビーム輸送装置500に出射される。出射されたビームはビーム輸送装置500によって適切なサイズに調整され、照射装置600まで輸送される。ビーム輸送装置500は、回転ガントリー510を有し、回転軸520を軸としてビーム輸送装置500と、それに接続された照射装置600が回転する。これにより、患者ごとの治療計画によって定められた照射方向から、照射点700にビームが照射される。
【0033】
図2は照射装置600の概略構成図である。照射装置600はスキャニング照射法の照射装置である。図示上方からビームが入射され、走査電磁石610によるビーム軌道に垂直な磁場成分からの力により偏向され、照射点700に対し、所定の走査範囲710内でビームを走査できる。走査電磁石610の下流にはビーム位置を確認するビーム位置モニタ620が設置されており、このモニタ620によって照射中に、有感部621を通過したビーム位置を測定し、その照射位置を確認している。
【0034】
図2では、走査電磁石610のコイルの一部のみ図示している。走査電磁石610にはX方向磁場励磁用コイル611とY方向磁場励磁量コイル612が備えられており、それぞれのコイル611、612にはX方向磁場励磁用電源(図示せず)とY方向磁場励磁用電源(図示せず)がそれぞれ接続されており、治療計画装置によって計画された患者ごとのビーム照射位置と照射経路に従って、制御装置からの指令によって計算した電流パターンを出力する。
【0035】
磁極613は断面正方形の筒状体をしており、窓枠状の厚さ約0.5mmの電磁鋼板を積層したものである。その平面形状は正方形であり、ビーム通過領域615も正方形である。照射装置600の長さは走査電磁石の磁場と照射野サイズの比で決められている。例えば、片側ビームサイズが5mm、運動エネルギー220MeVの陽子線を一辺400mmの正方形の範囲で、最大磁場0.2T、磁極長700mmの電磁石で走査する。走査電磁石の下流側の端面と照射点の距離は2900mmとなる。一方、一様磁場領域615は一辺54mmの正方形となる。
【0036】
X方向磁場励磁用コイル611とY方向磁場励磁用コイル612が磁極613周りに巻かれている。
【0037】
図3は、走査電磁石610の断面図である。X方向磁場励磁用コイル611は複数のコイルから構成され、磁極内のコイル101〜120を無地で示す。Y方向磁場励磁用コイル612は複数のコイルから構成され、磁極内のコイル201〜220をハッチングで示す。本発明の特徴的構成は各コイルの配置にある。
【0038】
図示正方形上側には、コイル102〜107が配置され、図示正方形下側には、コイル112〜117が配置され、X方向磁場励磁電流通過メイン領域121,122を構成している。図示正方形右側には、コイル202〜207が配置され、図示正方形左側には、コイル212〜217が配置され、Y方向磁場励磁電流通過メイン領域221,222を構成している。
【0039】
図示正方形上側において、コイル101は、コイル218とコイル219との間に配置され、コイル108は、コイル201とコイル220との間に配置され、図示正方形下側において、コイル111は、コイル208とコイル209との間に配置され、コイル118は、コイル211とコイル210との間に配置され、それぞれ、X方向磁場励磁電流通過第1サブ領域を構成している。
【0040】
図示正方形右側において、コイル109は、メイン領域221とコイル201との間に配置され、コイル110は、メイン領域221とコイル208との間に配置され、図示正方形左側において、コイル119は、メイン領域222とコイル211との間に配置され、コイル120は、メイン領域222とコイル218との間に配置され、それぞれ、X方向磁場励磁電流通過第2サブ領域を構成している。
【0041】
図示正方形右側において、コイル201は、コイル108とコイル109との間に配置され、コイル208は、コイル111とコイル110との間に配置され、図示正方形左側において、コイル211は、コイル118とコイル119との間に配置され、コイル218は、コイル101とコイル120との間に配置され、それぞれ、Y方向磁場励磁電流通過第1サブ領域を構成している。
【0042】
図示正方形上側において、コイル219は、メイン領域121とコイル101との間に配置され、コイル220は、メイン領域121とコイル108との間に配置され、図示正方形下側において、コイル209は、メイン領域122とコイル111との間に配置され、コイル210は、メイン領域122とコイル118との間に配置され、それぞれ、Y方向磁場励磁電流通過第2サブ領域を構成している。
【0043】
X方向磁場励磁用コイル611では、電源からコイル101〜120まで順次直列接続され電源に戻る回路が構成されている。X方向磁場励磁用コイル611に電流を流した場合は図示X方向に磁場が励磁される。Y方向磁場励磁用コイル612では、別の電源からコイル201〜220まで順次直列接続され電源に戻る回路が構成されている。Y方向磁場励磁用コイル612に電流を流した場合は図示Y方向に磁場が励磁される。異なるコイル通過領域を通過するコイル間の接続は磁極外のコイル接続部614(図2参照)を介して行われている。
【0044】
〜作用・効果〜
従来技術に係る二重窓枠型電磁石(第2従来技術)と比較することにより、本実施形態の効果を説明する。
【0045】
図4は、従来技術に係る走査電磁石の断面図である。本実施形態のX方向磁場励磁用コイル109,110,119,120の配置位置に、Y方向磁場励磁用コイル231,232,233,234が配置され、本実施形態のY方向磁場励磁用コイル219,220,209,210の配置位置に、X方向磁場励磁用コイル131,132,133,134が配置される。
【0046】
すなわち、従来技術においては、正方形の上側および下側全域に、X方向磁場励磁電流通過領域が構成され、正方形の右側および左側全域に、Y方向磁場励磁電流通過領域が構成される。メイン領域、サブ領域といった区分はない(全てメイン領域)。
【0047】
ところで、鉄や電磁鋼などの磁性体の最大比透磁率はおおよそ5000から8000程度である。このような比透磁率の大きい磁性体のまわりに生じる磁場は磁性体表面に対しほぼ垂直な方向に生じる。この性質を用い、窓枠型電磁石では長方形の開口を持つ磁性体を磁極として用いる。例えば、長方形開口部の左右の端に設けられた励磁用コイルに互いに逆向きの電流を流すことで、開口部内に上下方向の磁場を励起できる。
【0048】
X方向磁場とY方向磁場の2方向の磁場を励磁する二重窓枠型電磁石においては、磁極および開口部の形状は正方形となる。X方向磁場励磁用コイル611に電流を流した場合は図示X方向に磁場が励磁され、Y方向磁場励磁用コイル612に電流を流した場合は図示Y方向に磁場が励磁される。
【0049】
従来技術の課題について説明する。例えば、Y方向磁場励磁用コイル612によりY方向に磁場が励磁される場合、二極磁場である。しかしながら、Y方向磁場励磁用コイル612周辺では、僅かながらX方向の磁場が生じる。このX方向磁場は中心からの距離の2乗に比例するように開口部の端に向けて大きくなっていく。その結果、特にコイル201,208,211,218周辺でのX方向磁場は無視できなくなり、いわゆる六極磁場となる。発生する磁場の概略を図4に追加する。
【0050】
Y方向磁場に対し、X方向磁場は10-2から10-1程度の大きさとなるため、大きな一様磁場領域615が得られない。この課題を図5、図6において更に詳しく説明する。
【0051】
図5は、X方向の磁場分布を示す図であり、図6はY方向の磁場分布を示す図である。ともに、Y方向磁場励磁用コイル612によりY方向の磁場を励磁する場合、中心磁場で規格化した磁場について示している。従来技術の磁場分布について実線で示す。
【0052】
X・Y方向ともに、中心から離れるに従って、六極磁場の影響が大きくなり、一様磁場でなくなる。
【0053】
一方、本実施形態の構成は以下のように作用する。
【0054】
図7は、走査電磁石610の断面図(図3)にY方向磁場励磁用コイル612により発生するY方向の磁場の概略を追加したものである。メイン領域221に隣接するX方向磁場励磁用コイル109,110およびメイン領域222に隣接するX方向磁場励磁用コイル119,120は励磁されない。従って、従来技術に比べてX方向の磁場は軽減される。
【0055】
更に、メイン領域121に隣接するY方向磁場励磁用コイル219,220およびメイン領域122に隣接するY方向磁場励磁用コイル209,210はX方向に発生する磁場の向きをY方向に変える様に作用する。
【0056】
これらの作用により、六極磁場の影響は軽減され、従来技術に比べて大きな一様磁場領域615が得られる。この効果を図5、図6において更に詳しく説明する。図5、図6に、本実施形態の磁場分布について破線で示す。
【0057】
X・Y方向ともに、中心から離れるに従って、六極磁場の影響が大きくなり、一様磁場でなくなるという傾向は従来技術と同じである。しかし、従来技術にくらべて、本実施形態のほうが、X・Y方向ともに、より広い範囲で磁場が一様である(規格磁場が1に近い)ことが分かる。したがって、より大きな一様磁場領域615が得られる。
【0058】
なお、Y方向磁場励磁の場合について述べたが、X方向磁場励磁の場合も同様である。
【0059】
また、本実施形態は、二重窓枠型電磁石を用いることにより、照射装置の小型化を図ることができる。
【0060】
<第2実施形態>
〜構成〜
図8は、第2実施形態に係る走査電磁石の断面図である。第1実施形態(図3参照)のX方向磁場励磁用コイル109,110,119,120の配置位置に、Y方向磁場励磁用コイル231,232,233,234が配置され、第1実施形態のY方向磁場励磁用コイル219,220,209,210の配置位置に、X方向磁場励磁用コイル131,132,133,134が配置される。さらに、第1実施形態のX方向磁場励磁用コイル101,108,111,118の配置位置に、Y方向磁場励磁用コイル236,237,238,239が配置され、第1実施形態のY方向磁場励磁用コイル201,208,211,218の配置位置に、X方向磁場励磁用コイル136,137,138,139が配置される。
【0061】
言い換えると、従来技術(図4参照)のX方向磁場励磁用コイル101,108,111,118の配置位置に、Y方向磁場励磁用コイル236,237,238,239が配置され、従来技術のY方向磁場励磁用コイル201,208,211,218の配置位置に、X方向磁場励磁用コイル136,137,138,139が配置される。
【0062】
すなわち、図示正方形上側には、コイル131,102〜107,132が配置され、図示正方形下側には、コイル133,112〜117,134が配置され、X方向磁場励磁電流通過メイン領域121,122を構成している。図示正方形右側には、コイル231,202〜207,232が配置され、図示正方形左側には、コイル233,212〜217,234が配置され、Y方向磁場励磁電流通過メイン領域221,222を構成している。
【0063】
図示正方形右側において、コイル136は、メイン領域221とコイル237との間に配置され、コイル137は、メイン領域221とコイル238との間に配置され、図示正方形左側において、コイル138は、メイン領域222とコイル239との間に配置され、コイル139は、メイン領域222とコイル236との間に配置され、それぞれ、X方向磁場励磁電流通過サブ領域を構成している。
【0064】
図示正方形上側において、コイル236は、メイン領域121とコイル139との間に配置され、コイル237は、メイン領域121とコイル136との間に配置され、図示正方形下側において、コイル238は、メイン領域122とコイル137との間に配置され、コイル239は、メイン領域122とコイル138との間に配置され、それぞれ、Y方向磁場励磁電流通過サブ領域を構成している。
【0065】
〜作用・効果〜
第1実施形態と同様に、Y方向磁場励磁の場合を例に、本実施形態の作用・効果を説明する。発生するY方向の磁場の概略を図8に追加する。
【0066】
メイン領域221に隣接するX方向磁場励磁用コイル136,137およびメイン領域222に隣接するX方向磁場励磁用コイル138,139は励磁されない。従って、従来技術に比べてX方向の磁場は軽減される。
【0067】
更に、メイン領域121に隣接するY方向磁場励磁用コイル236,237およびメイン領域122に隣接するY方向磁場励磁用コイル238,239はX方向に発生する磁場の向きをY方向に変える様に作用する。
【0068】
これらの作用により、六極磁場の影響は軽減され、従来技術(図4参照)に比べて大きな一様磁場領域615が得られる。なお、Y方向磁場励磁の場合について述べたが、X方向磁場励磁の場合も同様である。
【0069】
<第3実施形態>
〜構成〜
第1実施形態および第2実施形態は、本発明を断面正方形の筒状体の磁極613に適用したものであるのに対し、第3実施形態は、本発明を円筒体の磁極616に適用したものである。
【0070】
図9は照射装置600の概略構成図である。照射点700に対し半径200mmの範囲720でビームを走査するように、一様磁場領域617は一辺27mmの円形となる。
【0071】
図10は、第3実施形態に係る走査電磁石610の断面図である。X方向磁場励磁用コイル611は複数のコイルから構成され、磁極内のコイル151〜166を無地で示す。Y方向磁場励磁用コイル612は複数のコイルから構成され、磁極内のコイル251〜266をハッチングで示す。
【0072】
ここで、X軸を0°とし反時計回りに角度を規定する。説明の便宜上、45°〜135°の範囲を図示円周上側、135°〜225°の範囲を図示円周左側、225°〜315°の範囲を図示円周下側、315°〜405°(45°)の範囲を図示周右側と呼ぶ。
【0073】
図示円周上側には、コイル151〜156が配置され、図示円周下側には、コイル159〜164が配置され、X方向磁場励磁電流通過メイン領域171,172を構成している。図示円形右側には、コイル252〜257が配置され、図示円周左側には、コイル260〜265が配置され、Y方向磁場励磁電流通過メイン領域271,272を構成している。
【0074】
図示円周右側において、コイル157は、メイン領域271とコイル251との間に配置され、コイル158は、メイン領域271とコイル258との間に配置され、図示円周左側において、コイル165は、メイン領域272とコイル259との間に配置され、コイル166は、メイン領域272とコイル266との間に配置され、それぞれ、X方向磁場励磁電流通過サブ領域を構成している。
【0075】
図示円周上側において、コイル266は、メイン領域171とコイル166との間に配置され、コイル251は、メイン領域171とコイル157との間に配置され、図示円周下側において、コイル258は、メイン領域172とコイル158との間に配置され、コイル259は、メイン領域172とコイル165との間に配置され、それぞれ、Y方向磁場励磁電流通過サブ領域を構成している。
【0076】
〜作用・効果〜
従来技術と比較することにより、本実施形態の効果を説明する。なお、従来技術の磁極613は断面正方形の筒状体であるが、従来技術に係るコイル配置(図4参照)を円筒体の磁極616に適用した場合を仮定して、本実施形態の従来技術とする。
【0077】
図11は、従来技術に係るコイル配置を円筒体の磁極616に適用した場合の走査電磁石の断面図である。本実施形態のX方向磁場励磁用コイル157,158,165,166の配置位置に、Y方向磁場励磁用コイル281,282,283,284が配置され、本実施形態のY方向磁場励磁用コイル251,258,259,266の配置位置に、X方向磁場励磁用コイル181,182,183,184が配置される。
【0078】
すなわち、従来技術においては、円周の上側および下側全域に、X方向磁場励磁電流通過領域が構成され、円周の右側および左側全域に、Y方向磁場励磁電流通過領域が構成される。メイン領域、サブ領域といった区分はない。
【0079】
例えば、Y方向磁場励磁用コイル612によりY方向に磁場が励磁される場合、二極磁場である。しかしながら、Y方向磁場励磁用コイル612周辺では、僅かながらX方向の磁場が生じる。このX方向磁場は中心からの距離の2乗に比例するように開口部の端に向けて大きくなっていく。その結果、特にコイル281,282,283,284周辺でのX方向磁場は無視できなくなり、いわゆる六極磁場となり、大きな一様磁場領域617が得られない。この課題を図12、図13において更に詳しく説明する。
【0080】
図12は、X方向の磁場分布を示す図であり、図13はY方向の磁場分布を示す図である。ともに、Y方向磁場励磁用コイル612によりY方向の磁場を励磁する場合、中心磁場で規格化した磁場について示している。従来技術の磁場分布について実線で示す。
【0081】
X・Y方向ともに、中心から離れるに従って、六極磁場の影響が大きくなり、一様磁場でなくなる。発生する磁場の概略を図11に追加する。
【0082】
一方、本実施形態の磁場分布について破線で示す。X・Y方向ともに、中心から離れるに従って、六極磁場の影響が大きくなり、一様磁場でなくなるという傾向は従来技術と同じである。しかし、従来技術にくらべて、本実施形態のほうが、X・Y方向ともに、より広い範囲で磁場が一様である(規格磁場が1に近い)ことが分かる。
【0083】
本実施形態において発生するY方向の磁場の概略を図10に追加する。
【0084】
メイン領域271に隣接するX方向磁場励磁用コイル157,158およびメイン領域272に隣接するX方向磁場励磁用コイル165,166は励磁されない。従って、従来技術に比べてX方向の磁場は軽減される。
【0085】
更に、メイン領域171に隣接するY方向磁場励磁用コイル251,266およびメイン領域172に隣接するY方向磁場励磁用コイル258,259はX方向に発生する磁場の向きをY方向に変える様に作用する。
【0086】
これらの作用により、六極磁場の影響は軽減され、従来技術(図11参照)に比べて大きな一様磁場領域617が得られる。なお、Y方向磁場励磁の場合について述べたが、X方向磁場励磁の場合も同様である。
【符号の説明】
【0087】
100 粒子線治療システム
200 イオン源
300 入射用加速器
400 主加速器
500 ビーム輸送装置
510 回転ガントリー
520 回転ガントリーの回転軸
600 照射装置
610 走査電磁石
611,101〜184 X方向磁場励磁用コイル
612,201〜284 Y方向磁場励磁用コイル
613,616 磁極
614 コイル接続部
615,617 一様磁場領域
616 走査電磁石の中心軸
620 ビーム位置モニタ
700 照射点
710,720 ビーム走査範囲

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁極周りに巻かれた複数のX方向磁場励磁用コイルと、前記磁極周りに巻かれた複数のY方向磁場励磁用コイルと備えた二重窓枠型電磁石であって、
前記磁極内であって、前記複数のX方向磁場励磁用コイルに電流が流れる領域は、X方向磁場励磁電流通過メイン領域とX方向磁場励磁電流通過サブ領域から構成され、
前記磁極内であって、前記複数のY方向磁場励磁用コイルに電流が流れる領域は、Y方向磁場励磁電流通過メイン領域とY方向磁場励磁電流通過サブ領域から構成され、
前記X方向磁場励磁電流通過サブ領域は、前記Y方向磁場励磁電流通過メイン領域と前記Y方向磁場励磁電流通過サブ領域の間に配置され、X方向磁場励磁時に前記X方向磁場励磁電流通過メイン領域に発生するY方向磁場の影響を軽減し、
前記Y方向磁場励磁電流通過サブ領域は、前記X方向磁場励磁電流通過メイン領域と前記X方向磁場励磁電流通過サブ領域の間に配置され、Y方向磁場励磁時に前記Y方向磁場励磁電流通過メイン領域に発生するX方向磁場の影響を軽減する
ことを特徴とする走査電磁石。
【請求項2】
請求項1記載の走査電磁石において、
前記磁極が断面正方形の筒状体である
ことを特徴とする走査電磁石。
【請求項3】
請求項2記載の走査電磁石において、
前記X方向磁場励磁電流通過サブ領域は、X方向磁場励磁電流通過第1サブ領域とX方向磁場励磁電流通過第2サブ領域とから構成され、
前記Y方向磁場励磁電流通過サブ領域は、Y方向磁場励磁電流通過第1サブ領域とY方向磁場励磁電流通過第2サブ領域とから構成され、
前記X方向磁場励磁電流通過メイン領域は、前記正方形の一の相対向する辺に配置され、
前記Y方向磁場励磁電流通過メイン領域は、前記正方形の他の相対向する辺に配置され、
前記X方向磁場励磁電流通過第1サブ領域は、前記Y方向磁場励磁電流通過第1サブ領域と前記Y方向磁場励磁電流通過第2サブ領域の間に配置され、
前記X方向磁場励磁電流通過第2サブ領域は、前記Y方向磁場励磁電流通過メイン領域と前記Y方向磁場励磁電流通過第1サブ領域の間に配置され、
前記Y方向磁場励磁電流通過第1サブ領域は、前記X方向磁場励磁電流通過第1サブ領域と前記X方向磁場励磁電流通過第2サブ領域の間に配置され、
前記Y方向磁場励磁電流通過第2サブ領域は、前記X方向磁場励磁電流通過メイン領域と前記X方向磁場励磁電流通過第1サブ領域の間に配置される
ことを特徴とする走査電磁石。
【請求項4】
請求項1記載の走査電磁石において、
前記磁極が円筒体である
ことを特徴とする走査電磁石。
【請求項5】
請求項1記載の走査電磁石を備える荷電粒子ビーム照射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2013−96949(P2013−96949A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−242476(P2011−242476)
【出願日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】