説明

車両のキャビン構造

【課題】 車両のダッシュパネルが衝突により後方に変形したとき、そのダッシュパネルを原位置に向けて容易に牽引できるようにする。
【解決手段】 車両の衝突によりダッシュパネル14がキャビン11の内側に向けて変形したとき、キャビン11内の乗員を救出すべく、ダッシュパネル14をワイヤー25に取り付けたフック26で原位置に向けて牽引してキャビン11の空間を広げる。このとき、フック26を係合させるアイボルト21をダッシュパネル14に設けたことで、フック26の牽引力をダッシュパネル14に効果的に作用させ、短時間でダッシュパネル14を原位置に向けて牽引して乗員を救出することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の衝突によりキャビンの内側に向けて変形したダッシュパネルを牽引手段で原位置に向けて牽引するための車両のキャビン構造に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の前部が衝突の衝撃で変形したとき、後退したダッシュパネルとシートとの間に乗員の脚が挟まれて抜けなくなる場合がある。このような場合、ダッシュパネルを前方に牽引してキャビンのスペースを拡張することで乗員を救出する必要があるため、従来はダッシュパネルにフックやワイヤーを係合させる被係合部を探したり、適当な被係合部が無い場合には、ドリル等の工具でダッシュパネルにフックやワイヤーを係合させる被係合部を形成したりしていた。
【0003】
また車両に衝突の衝撃が作用したときに、スライド式シートのスライドロックを解除して該シートが自由にスライドできるようにし、乗員の脚がダッシュパネルとシートとの間に挟まれるのを防止するものが、下記特許文献1、2により公知である。
【特許文献1】特開平7−215115号公報
【特許文献2】特開平10−119614号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、ダッシュパネルにある既存の被係合部を利用して牽引を行う場合には、その被係合部の位置が適切でなかったり、その被係合部の強度が不足したりするため、ダッシュパネルを効果的に牽引することができない場合があった。またドリル等の工具でダッシュパネルに被係合部を形成する場合には、その作業に多くの時間を費やして乗員の救出が遅れる可能性があった。
【0005】
また上記特許文献1、2に記載された発明では、特殊なシートが必要になるためにコストアップの要因となるだけでなく、軽トラックのような車両ではシートを後方にスライドさせるスペースを確保できないため、充分な効果が得られない可能性があった。
【0006】
本発明は、前述の事情に鑑みてなされたもので、車両のダッシュパネルが衝突により後方に形したとき、そのダッシュパネルを原位置に向けて容易に牽引できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、請求項1に記載された発明によれば、車両の衝突によりキャビンの内側に向けて変形したダッシュパネルを牽引手段で原位置に向けて牽引すべく、前記牽引手段を係合させる被牽引部を備えることを特徴とする車両のキャビン構造が提案される。
【0008】
また請求項2に記載された発明によれば、請求項1の構成に加えて、前記牽引手段はフックあるいはワイヤーであり、前記被牽引部はダッシュパネルに設けたアイボルトあるいは把手であることを特徴とする車両のキャビン構造が提案される。
【0009】
また請求項3に記載された発明によれば、請求項1の構成に加えて、前記牽引手段はワイヤーであり、前記被牽引部はダッシュパネルを貫通する少なくとも2個の開口であることを特徴とする車両のキャビン構造が提案される。
【0010】
また請求項4に記載された発明によれば、請求項1の構成に加えて、前記牽引手段はフックであり、前記被牽引部は前記ダッシュパネルの左右両側部に連なるフロントピラーエクステンションの上部後面に設けた凹部であることを特徴とする車両のキャビン構造が提案される。
【0011】
また請求項5に記載された発明によれば、請求項1の構成に加えて、前記牽引手段はフックあるいはワイヤーであり、前記被牽引部はダッシュパネルの上部後面に沿って左右方向に配置されたステアリングハンガーに設けたアイボルトあるいは把手であることを特徴とする車両のキャビン構造が提案される。
【0012】
また請求項6に記載された発明によれば、請求項1の構成に加えて、前記被牽引部の位置を示す表示手段を設けたことを特徴とする車両のキャビン構造が提案される。
【0013】
尚、実施の形態の開口14a、凹部16a、アイボルト21および把手27は本発明の被牽引部に対応し、実施の形態のワイヤー25およびフック26は本発明の牽引手段に対応し、実施の形態の表示24および塗装31,34は本発明の表示手段に対応する。
【発明の効果】
【0014】
請求項1の構成によれば、車両の衝突によりダッシュパネルがキャビンの内側に向けて変形したとき、キャビン内の乗員を救出すべく、ダッシュパネルを牽引手段で原位置に向けて牽引してキャビンの空間を広げる。このとき、牽引手段を係合させる被牽引部を設けたことで、牽引手段の牽引力をダッシュパネルに効果的に作用させ、短時間でダッシュパネルを原位置に向けて牽引して乗員を救出することができる。
【0015】
また請求項2の構成によれば、フックあるいはワイヤーよりなる牽引手段を、ダッシュパネルに設けたアイボルトあるいは把手よりなる被牽引部に係合させるので、牽引手段および被牽引部の係合作業を速やかに行うことができるだけでなく、牽引手段の牽引力を効果的に被牽引部に伝達することができる。
【0016】
また請求項3の構成によれば、ワイヤーよりなる牽引手段を、ダッシュパネルを貫通する少なくとも2個の開口よりなると被牽引部に係合させるので、牽引手段および被牽引部の係合作業を速やかに行うことができるだけでなく、牽引手段の牽引力を効果的に被牽引部に伝達することができる。
【0017】
また請求項4の構成によれば、フックよりなる牽引手段を、ダッシュパネルの左右両側部に連なるフロントピラーエクステンションの上部後面に設けた凹部よりなる被牽引部に係合させるので、牽引手段および被牽引部の係合作業を速やかに行うことができるだけでなく、牽引手段の牽引力を効果的に被牽引部に伝達することができる。
【0018】
また請求項5の構成によれば、フックあるいはワイヤーよりなる牽引手段を、ダッシュパネルの上部後面に沿って左右方向に配置されたステアリングハンガーに設けたアイボルトあるいは把手よりなる被牽引部に係合させるので、牽引手段および被牽引部の係合作業を速やかに行うことができるだけでなく、牽引手段の牽引力を効果的に被牽引部に伝達することができる。
【0019】
また請求項6の構成によれば、被牽引部の位置を示す表示手段を設けたので、作業者に被牽引部の位置を確実に認識させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態を添付の図面に基づいて説明する。
【0021】
図1〜図5は本発明の第1の実施の形態を示すもので、図1はトラックの斜視図、図2はキャビンのダッシュパネルを露出させた状態を示す図、図3は図2の3方向拡大矢視図、図4は図3の4−4線矢視図、図5は乗員救出時の作用説明図である。
【0022】
図1および図2に示すように、トラック型の車両Vは、車体前方に位置するキャビン11と、キャビン11の後方の荷台12とを備える。キャビン11の前面にはフロントウインドシールド13の下縁から下方に延びるダッシュパネル14が設けられており、フロントウインドシールド13の左右両側縁に沿って配置されたフロントピラー15,15の下端から下方に延びるフロントピラーエクステンション16,16が、ダッシュパネル14の左右両側縁に接続される。
【0023】
ダッシュパネル14の前方にはボンネットフード17が設けられ、ボンネットフード17の前端下方にはフロントバンパー18が設けられる。キャビン11の下方には左右のフロントサイドフレーム19,19が前後方向に配置されており、それらの前端間がバンパービーム20によって接続される。
【0024】
図2〜図4から明らかなように、ダッシュパネル14の前面の左右上部に一対のアイボルト21,21が設けられる。アイボルト21は、リング状のフック係止部21aと、フック係止部21aから径方向外側に延びるボルト部21bとを備えており、ボルト部21bがダッシュパネル14と、その後面に重ね合わされた補強板22とを貫通してナット23で締結される。アイボルト21の近傍のダッシュパネル14には、作業者がアイボルト21の存在を確実に認識できるように表示24が設けられる。
【0025】
次に、上記構成を備えた本発明の第1の実施の形態の作用について説明する。
【0026】
車両Vの前部が衝突により変形すると、ダッシュパネル14がキャビン11の内側に向かって移動し、乗員の脚がダッシュパネル14とシートクッションとの間に挟まれて救出が困難になる場合がある。
【0027】
このような場合には、図5(A)に示すように、ピラーカッター等の工具を用いてフロントピラー15,15の下端、つまりフロントピラーエクステンション16,16との接続部を切断するとともに、ボンネットフード17を開放あるいは分離してダッシュパネル14を露出させる。
【0028】
続いて、ワイヤー25の先端に設けた一対のフック26,26を2個のアイボルト21,21に係合させ、ウインチ等を用いてワイヤー25を牽引することで、ダッシュパネル14を原位置に向かって引き戻し、ダッシュパネル14とシートクッションとの間に空間を形成して乗員の救出を可能にすることができる。フック26,26をアイボルト21,21に係合させる作業は極めて容易であるため、作業に手間取ることはない。
【0029】
このように、フロントピラー15,15の下端を切断してからダッシュパネル14を牽引するので、小さい牽引力でダッシュパネル14を原位置に向かって引き戻すことができ、しかもアイボルト21,21の取付部を補強板22,22で補強したので、牽引時にダッシュパネル14が引きちぎられることがない。
【0030】
尚、本実施の形態において、フック26,26を用いずにワイヤー25を一対のアイボルト21,21に挿通してダッシュパネル14を牽引しても良い。
【0031】
次に、図6に基づいて本発明の第2の実施の形態を説明する。
【0032】
第1の実施の形態では、フック26あるいはワイヤー25を係合させる相手をアイボルト21で構成しているが、第2の実施の形態では、アイボルト21に代えて把手27を用いている。把手27はフック係止部27aと、その両端の一対の取付部27b,27bとを備えており、取付部27b,27bのボルト孔27c,27c、ダッシュパネル14および補強板22を貫通するボルト28,28がナット29,29に締結される。
【0033】
この第2の実施の形態によっても、上述した第1の実施の形態と同様の作用効果を達成することができる。
【0034】
図7〜図9は本発明の第3の実施の形態を示すもので.図7はキャビンのダッシュパネルを露出させた状態を示す図、図8は図7の8方向拡大矢視図、図9は図8の9−9線断面図である。
【0035】
第3の実施の形態は、ダッシュパネル14の左右上部に一対の開口14a,14aを形成したものである。一対の開口14a,14aの相互に対向する縁部には、補強パッチ30,30を溶接することで補強される。また開口14a,14aの周囲は、作業者に開口14a,14aの存在を知らしめるべく、黄色等の目立つ色で塗装31,31される。通常時、ダッシュパネル14の開口14a,14aは着脱自在なグロメット32,32で閉塞される(図9(B)参照)。
【0036】
しかして、乗員の救出時には、ボンネットフード17を開放あるいは分離した状態で、グロメット32,32を取り外し、開口14a,14aにワイヤー25を挿通してウインチ等で牽引すれば良い。このとき、ワイヤー25が係合する開口14a,14aの縁部は補強パッチ30,30で補強されているため、ダッシュパネル14の開口14a,14aがワイヤー25によって破断するのを防止することができる(図9(A)参照)。
【0037】
この第3の実施の形態によっても、上述した第1の実施の形態と同様の作用効果を達成することができる。
【0038】
図10〜図12は本発明の第4の実施の形態を示すもので.図10はキャビンのダッシュパネルを露出させた状態を示す図、図11は図10の11方向拡大矢視図、図12は図11の12−12線断面図である。
【0039】
第4の実施の形態は、フロントピラーエクステンション16,16の上端の後面に凹部16a,16aを形成し、この凹部16a,16aの周囲を補強パッチ33,33で補強するとともに、作業者に凹部16a,16aの存在を知らしめるべく、黄色等の目立つ色で塗装34,34される。
【0040】
しかして、乗員の救出時には、ドアを開放したした状態で、凹部16a,16aにフック26,26を係合させてウインチ等で牽引すれば良い。このとき、フック26,26が係合する凹部16a,16aの縁部は補強パッチ30,30で補強されているため、フロントピラーエクステンション16,16の凹部16a,16aがフック26,26によって破断するのを防止することができる。
【0041】
この第4の実施の形態によっても、上述した第1の実施の形態と同様の作用効果を達成することができる。
【0042】
図13〜図15は本発明の第5の実施の形態を示すもので、図13は前記図2に対応する図、図14は図13の14方向拡大矢視図、図15は図14の15−15線断面図である。
【0043】
第5の実施の形態は、ダッシュパネル14の上部後面に沿って左右方向に延び、その両端が左右のフロントピラーエクステンション16,16に結合されたステアリングハンガー35を備える。ステアリングハンガー35の左右前面には、第2の実施の形態と同じ構造の把手27,27が設けられており、把手27,27の前方のダッシュパネル14に着脱自在なグロメット36,36で開閉される開口14b,14bが形成される(図15(A)参照)。
【0044】
ダッシュパネル14の開口14b,14bからグロメット36,36を分離し、開口14b,14bを通してフック26,26あるいはワイヤー25を把手27,27に係合させて牽引すると(図15(A)参照)、ステアリングハンガー35と共にダッシュパネル14を前方に牽引して原位置に引き戻すことができる。
【0045】
この第5の実施の形態によっても、上述した第1の実施の形態と同様の作用効果を達成することができる。
【0046】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明はその要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更を行うことが可能である。
【0047】
例えば、本発明の対象はトラック型の車両Vに限定されず、任意の車両に対して適用することができる。但し、ダッシュパネル14を容易に露出させるためには、ミッドシップエンジンあるいはリヤエンジンの車両が好適である。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係るトラックの斜視図
【図2】キャビンのダッシュパネルを露出させた状態を示す図
【図3】図2の3方向拡大矢視図
【図4】図3の4−4線矢視図
【図5】乗員救出時の作用説明図
【図6】本発明の第2の実施の形態に係る、前記図4に対応する図
【図7】本発明の第3の実施の形態に係る、前記図2に対応する図
【図8】図7の8方向拡大矢視図
【図9】図8の9−9線断面図
【図10】本発明の第4の実施の形態に係る、前記図2に対応する図
【図11】図10の11方向拡大矢視図
【図12】図11の12−12線断面図
【図13】本発明の第4の実施の形態に係る、前記図2に対応する図
【図14】図13の14方向拡大矢視図
【図15】図14の15−15線断面図
【符号の説明】
【0049】
V 車両
11 キャビン
14 ダッシュパネル
14a 開口(被牽引部)
16 フロントピラーエクステンション
16a 凹部(被牽引部)
21 アイボルト(被牽引部)
24 表示(表示手段)
25 ワイヤー(牽引手段)
26 フック(牽引手段)
27 把手(被牽引部)
31 塗装(表示手段)
34 塗装(表示手段)
35 ステアリングハンガー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両(V)の衝突によりキャビン(11)の内側に向けて変形したダッシュパネル(14)を牽引手段(25,26)で原位置に向けて牽引すべく、前記牽引手段(25,26)を係合させる被牽引部(21,27,14a,16a)を備えることを特徴とする車両のキャビン構造。
【請求項2】
前記牽引手段はフック(26)あるいはワイヤー(25)であり、前記被牽引部はダッシュパネル(14)に設けたアイボルト(21)あるいは把手(27)であることを特徴とする、請求項1に記載の車両のキャビン構造。
【請求項3】
前記牽引手段はワイヤー(25)であり、前記被牽引部はダッシュパネル(14)を貫通する少なくとも2個の開口(14a)であることを特徴とする、請求項1に記載の車両のキャビン構造。
【請求項4】
前記牽引手段はフック(26)であり、前記被牽引部は前記ダッシュパネル(14)の左右両側部に連なるフロントピラーエクステンション(16)の上部後面に設けた凹部(16a)であることを特徴とする、請求項1に記載の車両のキャビン構造。
【請求項5】
前記牽引手段はフック(26)あるいはワイヤー(25)であり、前記被牽引部はダッシュパネル(14)の上部後面に沿って左右方向に配置されたステアリングハンガー(35)に設けたアイボルト(21)あるいは把手(27)であることを特徴とする、請求項1に記載の車両のキャビン構造。
【請求項6】
前記被牽引部(21,27,14a,16a)の位置を示す表示手段(24,34)を設けたことを特徴とする、請求項1に記載の車両のキャビン構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2010−30432(P2010−30432A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−194797(P2008−194797)
【出願日】平成20年7月29日(2008.7.29)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】