説明

転がり装置、転がり装置の異常検出装置および異常検出方法

【課題】転動体に発生した剥離を検知することが可能な転がり装置を提供する。
【解決手段】ねじ軸1の外周面に形成されたねじ溝3とナット2の内周面に形成されたねじ溝4との間のボール5に向かって開口するセンサ挿入孔8をナット2に設け、このセンサ挿入孔8に渦電流式変位計9をボール5との間に所定のギャップが生じるようにナット2の外径側から挿入し、渦電流式変位計9の出力信号に基づいてボール5に剥離が生じているか否かを検査するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受、ボールねじ、直動案内装置、ボールスプライン等の転がり装置に関し、特に、転がり装置の異常を検出する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ボールねじ等の転がり装置は、通常、長期使用による耐久精度は補償されているが、使用条件によっては、ねじ溝等の転動体転動面に剥離(金属表面がフレーク状に剥離する現象)が異物の噛み込みなどによって発生すると、耐久精度の補償範囲内であっても所要の性能を得ることができなくなる虞がある。そこで、ボールねじのナットに磁歪式センサを取り付け、この磁歪式センサでねじ溝の変位を検出してねじ軸のねじ溝に剥離が発生したか否かを検査する技術が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2004−12209号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、ボールねじのねじ軸を高速で回転させると、ボールねじのボールがボール戻し路とボール転動路との不連続部分で循環部品やねじ軸に激しく衝突する。このため、ねじ軸のねじ溝より先に剥離がボールに生じる可能性が高く、ボールに剥離が生じると、樹脂製循環部品の内壁が摩耗し、最終的には循環部品の肉厚が薄くなって破損に至り、ボールねじが動作不能となる可能性がある。このため、特許文献1に示された技術では、ねじ軸のねじ溝に剥離が発生したか否かを検知することは可能であるが、ボールに剥離が発生したか否かを検知できないため、高速用途で使用されるボールねじの異常を検出するには不向きであった。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記課題を解決するために、請求項1記載の発明に係る転がり装置は、少なくとも一対の転走溝と転動体により構成される転がり装置において、前記一対の転走溝のうち一方の転走溝側に非接触式変位計を、該非接触式変位計の検出面が前記転動体と近接して対向するように設けたことを特徴とする。
請求項2記載の発明に係る転がり装置は、請求項1記載の転がり装置において、前記転動体が球状転動体であり、前記転走溝が前記転動体に対してそれぞれ二つの接触点を有することを特徴とする。
【0005】
請求項3記載の発明に係る転がり装置は、請求項1または2記載の転がり装置において、前記非接触式変位計の検出領域内にある転動体が少なくとも使用初期状態において前記転走溝によって転走方向と直交する方向に拘束されていることを特徴とする。
請求項4記載の発明に係る転がり装置は、請求項1〜3のいずれか一項記載の転がり装置において、前記非接触式変位計の検出面と前記転動体との間の隙間が20μm以上となるように、前記非接触式変位計を設けたことを特徴とする。
【0006】
請求項5記載の発明に係る転がり装置は、請求項2〜4のいずれか一項記載の転がり装置において、前記非接触式変位計の中心線が前記転動体と前記転走溝との二つの接触点のうちの一点と前記転動体の中心とを結んだ直線と重なり合うように前記非接触式変位計が設けられていることを特徴とする。
請求項6記載の発明に係る転がり装置は、請求項1〜5のいずれか一項記載の転がり装置において、少なくとも使用初期状態において予圧を付与される転がり装置であって、拘束の範囲内の非接触式変位計の主たる検出方向の転走溝と転動体との間の予圧量を負荷領
域内の予圧量より小さくしたことを特徴とする。
【0007】
請求項7記載の発明に係る転がり装置は、請求項1〜6のいずれか一項記載の転がり装置において、前記転動体が誘電性を有する材料からなり、かつ前記非接触式変位計が渦電流式変位計であることを特徴とする。
請求項8記載の発明に係る転がり装置は、請求項2〜7のいずれか一項記載の転がり装置において、前記転動体より小さい外径を有するスペーサボールを隣合う転動体の間に有し、該スペーサボールの材質を前記転動体と異なる電磁誘導作用を有する材質としたことを特徴とする。
【0008】
請求項9記載の発明に係る転がり装置は、請求項4〜8のいずれか一項記載の転がり装置において、前記非接触式変位計の検出領域内における転動体と転走溝との接触点が3点以下であることを特徴とする。
請求項10記載の発明に係る転がり装置は、請求項1〜9のいずれか一項記載の転がり装置において、前記転動体が直動装置の転動体であることを特徴とする。
請求項11記載の発明に係る転がり装置は、請求項1〜10のいずれか一項記載の転がり装置において、前記転動体がボールねじの転動体であることを特徴とする。
請求項12記載の発明に係る転がり装置は、請求項1〜11のいずれか一項記載の転がり装置において、射出成形機またはプレス成形機に使用されることを特徴とする。
【0009】
請求項13記載の発明は、請求項11または12のいずれか一項記載の転がり装置の異常を検出する装置であって、前記非接触式変位計から出力された電圧信号をサンプリングして転動体通過時の非接触式変位計の出力電圧値を得るサンプリング手段と、このサンプリング手段で得られた非接触式変位計の出力電圧値を記憶する記憶手段と、この記憶手段に記憶された非接触式変位計の出力電圧値が予め設定された範囲内から外れたときに前記転がり装置に異常が発生したと判定する判定手段とを有することを特徴とする。
【0010】
請求項14記載の発明は、請求項11または12のいずれか一項記載の転がり装置の異常を検出する装置であって、前記ボールねじのねじ軸を回転駆動するモータと、このモータを駆動するモータドライバと、前記非接触式変位計から出力された電圧信号をサンプリングして転動体通過時の非接触式変位計の出力電圧値を得るサンプリング手段と、前記モータドライバからのモータ駆動信号を基に転動体転走方向信号と転動体計数信号を出力するカウンタと、前記サンプリング手段で得られた非接触式変位計の出力電圧値を前記カウンタからの前記転動体転走方向信号および前記転動体計数信号と関連付けて記憶する記憶手段と、この記憶手段に記憶された非接触式変位計の出力電圧値が予め設定された範囲内から外れたときに前記転がり装置に異常が発生したと判定する判定手段とを有することを特徴とする。
請求項15記載の発明に係る転がり装置の異常検出方法は、請求項13または14記載の異常検出装置を用いて転がり装置の異常を検出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
請求項1,2,10〜12記載の発明によれば、非接触式変位計から出力される信号の電圧レベルが転動体と非接触式変位計との間のギャップ量に応じて変化する。したがって、非接触式変位計から出力された信号の電圧レベルが予め設定された範囲内であるか否かを判定することによって、転動体などに剥離が生じている否かを検知できる。また、転動体の剥離だけでなく、非接触式変位計が固定されていない側の転走溝の剥離も検出することができる。
【0012】
請求項3記載の発明によれば、非接触式変位計の検出領域内にある転動体が少なくとも使用初期状態において転走溝によって転走方向と直交する方向に拘束されているため、非
接触式変位計の検出値を安定させることができる。
請求項4記載の発明によれば、剥離の深さは一般に数十μmオーダであり、剥離の深さに応じて非接触式変位計と転動体とのギャップ量が変化するため、転動体と転走溝との接触点のうち非接触式変位計に近いほうの接触点で剥離が生じた場合も剥離を検知することができる。
【0013】
請求項5記載の発明によれば、ボールねじの転走溝間隔よりも大径のボールを組み込むことによって予圧を付与する場合、転走溝とボールとの接触は通常4点接触であるが、このうちの1点または2点の接触点を無くし、非接触式変位計に置換することで、検出部分を3点または2点接触にすることにより、転走溝に生じた剥離部で転動体の軌跡変化がより確実となるので、剥離をより正確に検出することができる。
請求項6記載の発明によれば、転走溝の変位計設置部の穴のエッジに転動体の荷重が加わると応力集中を受け、寿命に悪影響を及ぼす可能性があるが、非接触式変位計の主たる検出方向の転走溝と転動体との間の予圧量を負荷領域内の予圧量より小さくすることで、これを緩和することができる。
【0014】
請求項7記載の発明によれば、非接触式変位計として渦電流式変位計を用いたことにより、グリースや油の影響を受けずに剥離を非接触で検出できる。また、剥離の深さが数十μmオーダである場合に剥離を確実に検出できる。
請求項8記載の発明によれば、転動体とスペーサボールとを区別して剥離を検出することができる。
請求項9記載の発明によれば、転がり装置の動作に伴う転動体のスキューにより非接触式変位計と対向する転動体の面が随時変化する。これにより、複数回のスキャンにより剥離部が非接触式変位計と対向、または転走溝と対向するので、非接触式変位計の数を1回路当り1つとすることができる。
【0015】
転動体が4点以上で接触する転走溝の1点が剥離していても転動体は他の3点で案内され、軌跡が変わらないので、剥離検出が困難であるが、請求項9記載の発明によれば、転動体に剥離が生じると、転動体の案内は転走溝2点以下となるので、転動体の軌跡が変わり、剥離を検出できる。
請求項13〜15記載の発明によれば、転がり装置の異常を自動的に検出することができる。
請求項14記載の発明によれば、個別の転動体を識別できるので、スペーサボールと転走溝との間のすきまによって生じる測定値のばらつきに対し、スペーサボールを評価しないで除外できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。図1は本発明をボールねじ装置に適用した一実施形態を示す図であり、同図に示されるボールねじ装置は、ねじ軸1およびナット2を備えている。
ナット2は円筒状に形成されており、ナット2内を挿通するねじ軸1の外周面には、ボール転走溝としてのねじ溝3がねじ軸1の一端部から他端部にわたって形成されている。このねじ溝3はナット2の内周面に形成されたねじ溝4と対向しており、ねじ溝3とねじ溝4との間に設けられた多数のボール5は、ねじ軸1またはナット2の回転運動に伴ってねじ溝3とねじ溝4との間のボール負荷転走路を転走するようになっている。ねじ溝3,4は、その断面がボール5とそれぞれ二点で接触する形状(例えばゴシックアーク状)に形成されている。
【0017】
また、ナット2はボール戻し通路6を有している。このボール戻し通路6はナット2の
軸方向に貫通しており、ボール負荷転走路を転走したボール5は、エンドデフレクタ7によりボール戻し通路6に導入されるようになっている。
エンドデフレクタ7はナット2の軸方向両端部に組み込まれており、一方のエンドデフレクタ7によりボール戻し通路6に導入されたボール5は他方のエンドデフレクタ7によりボール戻し通路6からボール負荷転走路に戻されるようになっている。なお、ボール5は誘電性を有する材料(例えば合金鋼等)からなり、ねじ溝3,4とそれぞれ二点で接触している。
【0018】
図1に示すA部の詳細を図2に示す。同図に示されるように、ナット2はねじ溝3とねじ溝4との間のボール5に向かって開口するセンサ挿入孔8を有している。このセンサ挿入孔8はナット側ねじ溝4とボール5との接触部に設けられ、このセンサ挿入孔8には、ボール5の剥離を検出する非接触式変位計として、渦電流式変位計9がナット2の外径側から挿入されている。
【0019】
渦電流式変位計9はボール5との間にギャップGが生じるようにセンサ挿入孔8に挿入されており、この渦電流式変位計9の信号出力端子には、渦電流式変位計9から出力された信号に基づいて剥離の有無を検査する検査装置10が接続されている。なお、渦電流式変位計9の位置でねじ溝4とボール5との間の予圧量は負荷領域内の予圧量より小さくなっている。また、センサ挿入孔8はその中心線8aがねじ溝4とボール5との二つの接触点n1,n2のうちの一つの接触点(例えば接触点n1)とボール5の中心oとを結んだ直線と重なり合うようにナット2に形成されている。
【0020】
図1に示すボールねじのねじ軸1はモータ10(図3参照)により回転駆動されるようになっており、このモータ10には、モータドライバ11からモータ駆動信号が供給されるようになっている。
図3は検査装置10の概略構成を示すブロック図であり、同図に示されるように、検査装置10は、渦電流式変位計9から出力された電圧信号のノイズ成分を除去するフィルタ回路13と、フィルタ回路13を通過した渦電流式変位計9の出力をサンプリングしてボール通過時の渦電流式変位計9の出力電圧値を得るサンプリング回路15と、モータドライバ11からのモータ駆動信号を基に転動体転走方向信号と転動体計数信号を出力するカウンタ16と、サンプリング回路15で得られた渦電流式変位計9の出力電圧値をカウンタ16からの転動体転走方向信号および転動体計数信号と関連付けて記憶する記憶回路17と、この記憶回路17に記憶された渦電流式変位計9の出力電圧値が予め設定された範囲内から外れたときに剥離等の異常が図1のボールねじ装置に発生したと判定する判定回路18とから構成されている。なお、渦電流式変位計9の主たる検出方向のねじ溝4とボール5との間の予圧量は負荷領域内の予圧量より小さくなっている。
【0021】
このような構成において、ねじ軸1の相対的な回転運動に伴ってボール5がねじ溝3とねじ溝4との間のボール負荷転動路を転動すると、図4に示すように、渦電流式変位計9から一定周期で電圧信号が出力される。このとき、図2でねじ溝3のフランク3aまたはフランク3aと対向するねじ溝4のフランク4bとボール5との接触点でねじ溝またはボールにハクリが生じていると、ボール5と渦電流式変位計9との間のギャップ量が小さくなる方向にボール5が変位する。そして、ボール5と渦電流式変位計9との間のギャップ量が小さくなる方向にボール5が変位すると、図4に破線で示すように、渦電流式変位計9から出力される信号の電圧レベルが図4に示す下限値より低い電圧レベルとなる。
【0022】
一方、ボール5がねじ溝3のフランク3bまたはフランク3bと対向するねじ溝4のフランク4aとボール5との接触点でねじ溝またはボールにハクリが生じていると、ボール5と渦電流式変位計9との間のギャップ量が大きくなる方向にボール5が変位する。そして、ボール5と渦電流式変位計9との間のギャップ量が大きくなる方向にボール5が変位
すると、図4に破線で示すように、渦電流式変位計9から出力される信号の電圧レベルが図4に示す上限値より高い電圧レベルとなる。
【0023】
したがって、渦電流式変位計9から出力された信号を検査装置10に供給し、渦電流式変位計9から出力された信号の電圧レベルが予め定められた範囲内にあるか否かを検査装置10の判定回路18で判定することにより、ボール5に剥離が生じているか否かを検査することができる。
なお、剥離ボールの検知はリアルタイムでも検査時のみでもよく、リアルタイムで検知したい場合には、渦電流式変位計9から出力された信号を信号処理し、異常判定に基づき上位の制御装置に異常信号を出力してもよい。
【0024】
上述した第1の実施形態では、渦電流式変位計9の中心線9aがねじ溝4とボール5との二つの接触点のうち一つの接触点とボール5の中心とを結んだ直線と重なり合うようにセンサ挿入孔8をナット2に設けたものを例示したが、これに限定されるものではない。たとえば、ボールの直径が渦電流式変位計9の外径より大きい場合には、図5に示す第2の実施形態のように、センサ挿入孔8をナット2の軸方向と直角に設けてもよい。
【0025】
また、上述した第1の実施形態では、ボールに生じる剥離の深さはボール衝突時の最大せん断応力深さ付近であり、一般的に数十μmオーダであること、ボールに対し非接触であること、潤滑剤による影響が少ないなどの理由から、ボールの剥離を検出するセンサとして、渦電流式変位計を用いた場合を例示したが、渦電流式変位計以外の非接触式変位計を用いてもよい。
また、測定精度を確保するために、負荷を受けているボールを非接触式変位計の測定対象としたが、負荷を受けておらずに遊びをもって公転しているボールであっても、剥離によるボール径の減少よりも遊びが小さい場合には、負荷を受けていないボールを測定対象としてもよい。
【0026】
さらに、上述した第1の実施形態では、本発明をボールねじ装置に適用した場合を例示したが、これに限定されるものではない。たとえば、図6に示す第3の実施形態のように、本発明を直動案内装置やボールベアリングに適用してもよい。なお、図6において、21は案内レール、22はスライダのスライダ本体、23は案内レール21の左右側面部に形成された転走溝、24はスライダ本体22の袖部内側面に形成された転走溝、25は転走溝23と転走溝24との間に設けられた転動体としてのボールを示している。
【0027】
この場合、図7に示すように、ボール25とボール25との間に保持ピース26が介挿されている場合は、渦電流式変位計9の出力信号からボール間距離をモニタすることで、保持ピース抜けを検知することができる。
本発明者らは、ボールねじのボールに剥離が生じたことを渦電流式変位計の出力から検知できるか否かを調査するため、次の実験を行なった。先ず、ねじ軸径:50mm、ねじ溝リード:12mm、ボール数:147個のボールねじのボールとして、剥離の無い新品ボール(ボール径:6.35mm)を使用した。そして、ボールねじのねじ軸を100min−1の速度で回転させ、そのときに渦電流式変位計から出力された電圧信号の時間的変化を記録した。そのときの記録結果を図8に示す。
【0028】
また、本発明者らはボールねじのねじ軸を100min−1の速度で回転させたときに渦電流式変位計から出力された電圧信号を1kHzの周波数でサンプリングし、渦電流式変位計の前を新品ボールが通過したときの渦電流式変位計の出力電圧値を測定した。そのときの測定結果を図9に示す。
図8から明らかなように、ねじ軸を回転させると、ボールの通過周期に伴い、渦電流式変位計の出力電圧が周期的に変化していることがわかる。また、図9から明らかなように
、ボール数147個のボール全てに剥離が生じていない場合は、渦電流式変位計の出力電圧の谷の値が0.01V(≒10μm)以内にきれいに揃っていることがわかる。この条件(軸径、ボール径、ねじ軸回転数、サンプリング周波数)では、新品ボールで各谷の極小となるサンプリング値と隣接するサンプリング値は数μm程度であるため、最小の値を出力電圧の谷の値(ボールが渦電流式変位計に最も接近した時の値)としても差し支えない。
【0029】
次に、本発明者らは図10に示すような剥離(剥離径:1.6mm、2.4mm、3.1mm、剥離半周)が生じている19個のボール(以下「剥離ボール」という)と128個の新品ボールとを上記仕様のボールねじに組み込み、ボールねじのねじ軸を100min−1の速度で回転させたときに渦電流式変位計から出力された電圧信号を1kHzの周波数でサンプリングし、渦電流式変位計の前をボールが通過したときの渦電流式変位計の出力電圧値を測定した。その測定結果を図11に示す。
【0030】
図11から明らかなように、渦電流式変位計の前を剥離ボールが通過すると、渦電流式変位計の前を新品ボールが通過したときよりも渦電流式変位計の出力電圧値が大きくなったり小さくなったりすることがわかる。そして、ボールに生じた剥離によって渦電流式変位計とボールとのギャップが大きくなる場合は、図11中○で示すように、渦電流式変位計の前を新品ボールが通過したときよりも渦電流式変位計の出力電圧値が大きくなる。一方、ボールに生じた剥離によってボールとねじ溝との間に遊びが生じ、この遊びによってボールが渦電流式変位計から遠ざかる方向に変位した場合は、図11中◇で示すように、渦電流式変位計の前を新品ボールが通過したときよりも渦電流式変位計の出力電圧値が小さくなることがわかる。
【0031】
渦電流式変位計の前を新品ボールが通過したときの渦電流式変位計の出力電圧値と渦電流式変位計の前を剥離ボールが通過したときの渦電流式変位計の出力電圧値との違いを図12に示す。なお、図12において、実線aは渦電流式変位計の前を新品ボールが通過したときの渦電流式変位計の出力電圧値を示し、実線b〜eは渦電流式変位計の前を剥離ボールが通過したときの渦電流式変位計の出力電圧値を示している。
【0032】
ここで、図12に示す渦電流式変位計の出力電圧の絶対値が異なっているのは渦電流式変位計組み付け時の誤差によるものであるが、ボールに剥離が生じている場合は渦電流式変位計の出力電圧の谷の値が明らかに乱れていることがわかる(ベースに比べて10μm以上)。したがって、この乱れを検出すれば、ボールに剥離が生じているか否かを渦電流式変位計の出力から検知することが可能となる。
【0033】
また、今回の測定に用いたボールねじは組み込んだ予圧でねじ溝とボールは4点で接触しているが、渦電流式変位計の部分のみねじ軸とナットのねじ溝各1点で2点接触になっている。このため、ねじ溝直角断面内でのボールの移動が生じる。なお、図12に示す実線b,c,eは剥離ボールと正常なボールがナット側に変位して渦電流式変位計の前を通過したときの渦電流式変位計の出力電圧値を示し、実線dは剥離ボールと正常なボールがねじ軸側に0.01〜0.02mm程度変位して渦電流式変位計の前を通過したときの渦電流式変位計の出力電圧値を示している。
【0034】
次に、本発明者らはスペーサボール仕様のボールねじのボールに剥離が生じたことを渦電流式変位計の出力から検知できるか否かを調査するため、次の実験を行なった。先ず、ねじ軸径:50mm、ねじ溝リード:12mmのボールねじに145個の新品ボール(ボール径:6.355mm、予圧量:5μm)と2個のスペーサボール(スペーサボール径:6.32mm、スキマ量:30μm)とを組み込み、ボールねじのねじ軸を100min−1の速度で回転させたときに渦電流式変位計から出力された電圧信号を1kHzの周波数でサンプリングし、渦電流式変位計の前をボールが通過したときの渦電流式変位計の出力電圧値を測定した。さらに、上記仕様のボールねじに126個の新品ボール(ボール径:6.35mm)と2個のスペーサボール(スペーサボール径:6.32mm)と19個の剥離ボールとを組み込み、ボールねじのねじ軸を100min−1の速度で回転させたときに渦電流式変位計から出力された電圧信号を1kHzの周波数でサンプリングし、渦電流式変位計の前をボールが通過したときの渦電流式変位計の出力電圧値を測定した。そのときの測定結果を図13に示す。
【0035】
スペーサボールは負荷を受けるボールと同一材質となっており、スペーサボールの通過周期で渦電流式変位計の出力電圧の谷の値に乱れが生じる。また、ボールに遊びが生じて渦電流式変位計に近づく場合には、遠ざかる場合よりも渦電流式変位計の出力電圧の谷の値は大きく乱れ、スペーサボールの転走溝に対するスキマ量を30μmから10μmに小さくしても乱れの抑制効果は小さく、渦電流式変位計の出力から剥離ボールとスペーサボールとを判別することは困難であることがわかる。したがって、ボールねじをスペーサボール仕様とする場合、スペーサボールの材質を負荷を受けるボール(一般に鋼球)と異なる電磁誘導作用を有する材質(例えば樹脂)にすることによって、渦電流式変位計の出力から剥離ボールとスペーサボールとを判別することが可能となる。また、カウンタにより管理するスペーサボールについては、記憶回路17に記憶させない或いは判定回路18で判定しないことによって、渦電流式変位計の出力から剥離ボールとスペーサボールとを判別することが可能となる。
【0036】
上述した第1の実施形態では、転動体に剥離が生じたか否を検査する検査装置として、渦電流式変位計9から出力された電圧信号のノイズ成分を除去するフィルタ回路13と、フィルタ回路13を通過した渦電流式変位計9の出力をサンプリングしてボール通過時の渦電流式変位計9の出力電圧値を得るサンプリング回路15と、モータドライバ11からのモータ駆動信号を基に転動体転走方向信号と転動体計数信号を出力するカウンタ16と、サンプリング回路15で得られた渦電流式変位計9の出力電圧値をカウンタ16からの転動体転走方向信号および転動体計数信号と関連付けて記憶する記憶回路17と、この記憶回路17に記憶された渦電流式変位計9の出力電圧値が予め設定された範囲内から外れたときに剥離等の異常が図1のボールねじ装置に発生したと判定する判定回路18とからなるものを例示したが、これに限定されるものではない。たとえば、図14に示すように、転動体に剥離が生じたか否を検査する検査装置として、渦電流式変位計9から出力された電圧信号のノイズ成分を除去するフィルタ回路13と、渦電流式変位計9から出力された電圧信号をサンプリングして転動体通過時の渦電流式変位計9の出力電圧値を得るサンプリング回路15と、このサンプリング回路15で得られた渦電流式変位計9の出力電圧値を記憶する記憶回路17と、この記憶回路17に記憶された渦電流式変位計9の出力電圧値が予め設定された範囲内から外れたときにボールねじ装置等の転がり装置に異常が発生したと判定する判定回路18とからなるものを用いてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明をボールねじ装置に適用した場合の第1の実施形態を示す図である。
【図2】図1に示すA部の詳細図である。
【図3】図2に示す検査装置の概略構成を示すブロック図である。
【図4】図2に示す渦電流式変位計の出力波形を示す図である。
【図5】本発明をボールねじ装置に適用した場合の第2の実施形態を示す図である。
【図6】本発明を直動案内装置に適用した場合の第3の実施形態を示す図である。
【図7】本発明の第3の実施形態における保持ピースを示す図である。
【図8】新品ボールを使用した場合の渦電流式変位計の出力を模式的に示す図である。
【図9】新品ボールを使用した場合の渦電流式変位計の出力波形を示す図である。
【図10】剥離が生じたボールを示す図である。
【図11】剥離の生じているボールを使用した場合の渦電流式変位計の出力波形を示す図である。
【図12】新品ボールを使用した場合と剥離の生じているボールを使用した場合の渦電流式変位計の出力電圧の谷数と谷の値との関係を示す図である。
【図13】スペーサ仕様のボールねじ装置に適用した場合の渦電流式変位計の出力電圧の谷数と谷の値との関係を示す図である。
【図14】渦電流式変位計の出力から剥離の有無を検査する検査装置の他の例を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0038】
1 ねじ軸
2 ナット
3,4 ねじ溝(転走溝)
5 ボール(転動体)
6 ボール戻し通路
7 エンドデフレクタ
8 センサ挿入孔
9 渦電流式変位計
12 検査装置
21 案内レール
22 スライダ本体
23,24 転走溝
25 ボール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一対の転走溝と転動体により構成される転がり装置において、前記一対の転走溝のうち一方の転走溝側に非接触式変位計を、該非接触式変位計の検出面が前記転動体と近接して対向するように設けたことを特徴とする転がり装置。
【請求項2】
請求項1記載の転がり装置において、前記転動体が球状転動体であり、前記転走溝が前記転動体に対してそれぞれ二つの接触点を有することを特徴とする転がり装置。
【請求項3】
請求項1または2記載の転がり装置において、前記非接触式変位計の検出領域内にある転動体が少なくとも使用初期状態において前記転走溝によって転走方向と直交する方向に拘束されていることを特徴とする転がり装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項記載の転がり装置において、前記非接触式変位計の検出面と前記転動体との間の隙間が20μm以上となるように、前記非接触式変位計を設けたことを特徴とする転がり装置。
【請求項5】
請求項2〜4のいずれか一項記載の転がり装置において、前記非接触式変位計の中心線が前記転動体と前記転走溝との二つの接触点のうちの一点と前記転動体の中心とを結んだ直線と重なり合うように前記非接触式変位計が設けられていることを特徴とする転がり装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項記載の転がり装置において、少なくとも使用初期状態において予圧を付与される転がり装置であって、拘束の範囲内の非接触式変位計の主たる検出方向の転走溝と転動体との間の予圧量を負荷領域内の予圧量より小さくしたことを特徴とする転がり装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項記載の転がり装置において、前記転動体が誘電性を有する材料からなり、かつ前記非接触式変位計が渦電流式変位計であることを特徴とする転がり装置。
【請求項8】
請求項2〜7のいずれか一項記載の転がり装置において、前記転動体より小さい外径を有するスペーサボールを隣合う転動体の間に有し、該スペーサボールの材質を前記転動体と異なる電磁誘導作用を有する材質としたことを特徴とする転がり装置。
【請求項9】
請求項4〜8のいずれか一項記載の転がり装置において、前記非接触式変位計の検出領域内における転動体と転走溝との接触点が3点以下であることを特徴とする転がり装置。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか一項記載の転がり装置において、前記転動体が直動装置の転動体であることを特徴とする転がり装置。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか一項記載の転がり装置において、前記転動体がボールねじの転動体であることを特徴とする転がり装置。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか一項記載の転がり装置において、射出成形機またはプレス成形機に使用されることを特徴とする転がり装置。
【請求項13】
請求項11または12のいずれか一項記載の転がり装置の異常を検出する装置であって、前記非接触式変位計から出力された電圧信号をサンプリングして転動体通過時の非接触式変位計の出力電圧値を得るサンプリング手段と、このサンプリング手段で得られた非接
触式変位計の出力電圧値を記憶する記憶手段と、この記憶手段に記憶された非接触式変位計の出力電圧値が予め設定された範囲内から外れたときに前記転がり装置に異常が発生したと判定する判定手段とを有することを特徴とする転がり装置の異常検出装置。
【請求項14】
請求項11または12のいずれか一項記載の転がり装置の異常を検出する装置であって、前記ボールねじのねじ軸を回転駆動するモータと、このモータを駆動するモータドライバと、前記非接触式変位計から出力された電圧信号をサンプリングして転動体通過時の非接触式変位計の出力電圧値を得るサンプリング手段と、前記モータドライバからのモータ駆動信号を基に転動体転走方向信号と転動体計数信号を出力するカウンタと、前記サンプリング手段で得られた非接触式変位計の出力電圧値を前記カウンタからの前記転動体転走方向信号および前記転動体計数信号と関連付けて記憶する記憶手段と、この記憶手段に記憶された非接触式変位計の出力電圧値が予め設定された範囲内から外れたときに前記転がり装置に異常が発生したと判定する判定手段とを有することを特徴とする転がり装置の異常検出装置。
【請求項15】
請求項13または14記載の異常検出装置を用いて転がり装置の異常を検出することを特徴とする転がり装置の異常検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−74982(P2009−74982A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−245234(P2007−245234)
【出願日】平成19年9月21日(2007.9.21)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】