説明

送受信装置

【課題】従来は、送信ビーム形成に振幅制御が必要でH/Wの実現が困難で、収束に複数の送信を繰り返す要があり、またMIMOレーダでは、送信利得が得られずビーム形成精度が低下し、検出時に多くの積分処理を要し、演算量が膨大となる。
【解決手段】複数のアンテナからアンテナ毎に波形の異る信号を送信し、目標からの受信信号を送信時の異る波形に分離手段で分離、伝搬行列を生成し、伝搬行列を介し、受信荷重計算手段と送信荷重計算手段で荷重ベクトルを算出し、送信ビーム合成手段で伝搬行列との積で仮想送信ビームを合成し、送信ビーム合成時の新たな受信ステアリングベクトルから、受信加重計算手段で荷重ベクトルを算出し、以降、受信荷重計算手段、送信荷重計算手段、送信ビーム合成手段の処理を反復し、荷重ベクトルのゲインが所定値になったら受信ビーム合成手段で受信ビーム合成処理し出力する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、複数のアンテナから送信信号である電波を放射し、目標で反射された電波を受信して目標を検出するレーダに適用される送受信信号を信号処理する送受信装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来のこの種の送受信装置として、例えば「平田他、レーダ向け反復型MIMOビームフォーミング、2010電子情報通信学会総合大会、B-2-42。」に示されたものがある。従来の送受信装置では、低S/N(Signal-to-Noise ratio)において送受信のビーム形成精度が低下する課題に対し、受信で求めた受信ビーム形成荷重を反復して送信のビーム形成に用いることにより次第に送信ビーム電力を改善し精度のよいビーム形成荷重を算出するものがあった。しかし、最適なビーム形成荷重は一般に振幅値が素子アンテナ毎に異なるため、送信のビーム形成において振幅制御を施す必要があり、H/W(HardWare)の実現が困難であった。また、収束までに何回かの送信を繰り返す必要があった。
また、従来送信素子毎に変調し、受信信号を送信素子毎に復調分離するMIMO(Multi Input Multi Output)レーダ(F. C. Robey他,MIMO Radar Theory and Experimental Results, 2004 Asilomar Conference, vol.1, pp300-304.に記載)がある。MIMOレーダでは、送信時に異なる信号を送信することにより、他のビーム形成装置に比較して送信ビーム利得が得られず、より低S/N環境となるため受信信号からビーム形成荷重を算出する適応ビーム形成が困難であると共に、レーダ検出においては低S/Nであるため、多くの積分処理が必要となり演算量が多くなる課題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】平田他、“レーダ向け反復型MIMOビームフォーミング”、2010電子情報通信学会総合大会、B-2-42.
【非特許文献2】F. C. Robey他,“ MIMO Radar Theory and Experimental Results”, 2004 Asilomar Conference, vol.1, pp300-304.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の送受信装置では、送信のビーム形成において振幅制御が必要となりH/Wの実現が困難であり、収束までに何回かの送信を繰り返す必要がある課題があった。また、従来のMIMOレーダでは、送信利得が得られずより低S/Nとなってビーム形成精度が低下するとともに、検出時に多くの積分処理を要するため演算量が膨大となる課題があった。
【0005】
この発明は上記のような課題を解決するためになされたもので、送信素子アンテナ毎に異なる変調で送信し、受信側で送信素子アンテナ毎に復調分離することで、受信側で仮想的に送信および受信のビーム形成を行い、仮想的な受信ビーム形成と送信ビーム形成処理を反復して行うことにより低S/N時においても高精度なビーム形成を低演算量で行うことを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明に係る送受信装置は、
複数のアンテナからアンテナ毎に波形の異なる符号化された送信信号を放射する複数の送信器と、
複数の送信器にアンテナ毎に波形の異なる符号化された送信信号を生成し送信する波形生成手段と、
目標で反射された受信信号を複数のアンテナの各々から受信し入力する複数の受信器と、
各受信器に対応して設けられ、受信信号を送信時の異なる波形に分離する複数の分離手段と、
複数の分離手段で分離された信号をもとに伝搬行列を生成する伝搬行列生成手段と、
伝搬行列生成手段の伝搬行列を介して受信ステアリングベクトルから受信荷重ベクトルを算出する受信荷重計算手段と、
受信荷重計算手段から伝搬行列生成手段の伝搬行列を介して送信ステアリングベクトルから送信荷重ベクトルを算出する送信荷重計算手段と、
送信荷重ベクトルと伝搬行列から送信ビームを合成する送信ビーム合成手段と、
送信ビーム合成手段で得られる送信ビームの合成ベクトルと受信荷重計算手段からの受信荷重ベクトルから仮想的な受信ビーム合成処理を行い出力する受信ビーム合成手段とを備え、
上記送信ビーム合成手段は送信ビーム合成による新たな受信ステアリングベクトルを上記受信荷重計算手段に送り、受信荷重計算手段はこの新たな受信ステアリングベクトルから新たな受信荷重ベクトルを算出し、送信荷重計算手段は新たな受信荷重ベクトルから、新たな送信荷重ベクトルを算出し、送信ビーム合成手段は新たな送信荷重ベクトルから新たな送信ビームを合成する処理を送信荷重ベクトルのゲインが理想の値に収束する近くの所定値になるまで反復実行するものである。
【発明の効果】
【0007】
この発明に係る送受信装置によれば、アンテナから放射する送信信号を符号化して異なる波形にし、アンテナより受信した受信信号を異なる波形に分離し処理して、分離された受信信号により仮想的な送信と受信のビーム形成を反復して行うようにしたので、低S/Nにおいても正確な送信と受信のビーム形成を低い演算コストで求めることができる。また、受信側の信号処理として送信ビーム形成が行われるため、マルチパス環境のように最適な送信ビーム形成荷重の振幅が異なる場合にも、従来のH/Wによる振幅制御を行う必要がなく正確なビーム形成を行うことができる。さらに、反復処理は受信側の信号処理として行われるので、反復して送信波を送信する必要がなく正確なビーム形成を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】この発明の送受信装置の実施の形態1を示す構成図である。
【図2】実施の形態1の処理フロー図である。
【図3】8つのアンテナを用いる場合に図2の反復処理に従って荷重ベクトルを算出した場合のゲイン変動の特性図である。
【図4】マルチビーム形成処理を用いた他の実施の形態を示す処理フロー図である。
【図5】この発明の送受信装置の実施の形態3を示す構成図である。
【図6】地表に対し電波が水平伝搬するレーダでの送受信ステアリングベクトルを一致させる送受信アンテナの配置図である。
【図7】マルチパス環境で直接波とマルチパス波の合成ステアリングベクトルが送受信で変わらないアンテナ配置の条件説明図である。
【図8】実施の形態4の処理フロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
実施の形態1.
図1はこの発明の送受信装置の実施の形態1を示す構成図である。図において、1は送信アンテナ毎に異なる信号波形を生成する波形生成手段、4は複数のアンテナ、2は複数のアンテナ4にそれぞれ対応して設けられた複数の送信器、5は同じく複数のアンテナ4にそれぞれ対応して設けられた複数の受信器、3はそれぞれのアンテナ4をそれぞれの送信器2またはそれぞれの受信器5に切り替えて接続するための複数の切替手段、6はそれぞれの受信器5からの受信信号を送信波形ごとに分離する複数の分離手段、7は分離手段6からの送信波形ごとに分離された信号の合成処理を行う信号処理手段である。8は分離手段6の結果得られる分離信号ベクトルを並べ替えて伝搬行列を生成する伝搬行列生成手段、9は伝搬行列を構成するベクトルの内積演算により仮想的な荷重合成のための受信荷重ベクトルを求める受信荷重計算手段、10は受信荷重計算手段9による受信荷重ベクトルから仮想的な送信荷重ベクトルを求める送信荷重計算手段、11は送信荷重ベクトルを用いて仮想的な送信ビーム合成処理を行う送信ビーム合成手段、12は、送信ビーム合成手段11で得られる仮想的な合成送信ビームの合成ベクトルと受信荷重計算手段9からの受信荷重ベクトルから仮想的な受信ビーム合成処理を行う受信ビーム合成手段である。
【0010】
また、送信ビーム合成手段11で得られる合成ベクトルの結果から受信荷重計算手段9において反復して新たな仮想的な受信荷重ベクトルが算出されるようになっている。
なお、信号処理手段7は、伝搬行列生成手段8、受信荷重計算手段9、送信荷重計算手段10、送信ビーム合成手段11、受信ビーム合成手段12で構成される。
また、波形生成手段1は、符号または時間または周波数の何れかが異なることで異なる信号波形を生成し、分離手段6は波形生成手段の生成する異なる波形情報に基づいて信号を分離する構成とされる。
【0011】
図2は、本実施の形態の処理フローを示すものであり、図1と図2を用いて本実施の形態1の動作について説明する。
【0012】
波形生成手段1で生成され、j番目のアンテナ4から送信される送信信号波形をsj(t)とし、次式(1)に示すようにsj(t)で構成させる信号ベクトルをSとする。ここに、各信号波形sj(t)は互いに独立であるとする。
【0013】
【数1】

【0014】
この送信信号波形sj(t)は送信器2から切替手段3を介してアンテナ4から送信される。切替手段3は送信時にはアンテナ4と送信器2が接続され、受信時にはアンテナ4と受信器5が接続されるように動作し、例えばレーダで用いられるサーキュレータに相当するものである。送受信装置として、例えばレーダでは、送信信号が目標に当接し反射してその反射波が再度アンテナ4で受信される。図1では切替手段3を用いた送受信アンテナ共用の例を示しており、送受信アンテナが異なる場合については別の実施の形態で説明する。
j番目のアンテナから送信された信号波形は目標に到達するまでにそれぞれ距離やマルチパスの影響で位相と振幅が変動する。この変動量をatjとする。また、目標に当接し反射してからi番目のアンテナに到達する受信信号の位相と振幅の変動量を同様にariとする。これらの変動量atjおよびariを要素として持つベクトルを送信ステアリングベクトルおよび受信ステアリングベクトルとよび、次式(2)、(3)に示すようにそれぞれat、arとして定義する。
【0015】
【数2】

【0016】
送受信の対称性から、送受信のアンテナが同一であれば、送信ステアリングベクトルat と受信ステアリングベクトルar は一致すると考えることができる。
次にj番目のアンテナから送信されて目標に当接し反射してi番目のアンテナで受信されるまでの位相振幅の変化量hyを要素とする伝搬行列Hを次の式(4)のように定義する。このとき伝搬行列は送信ステアリングベクトルおよび受信ステアリングベクトルat、arを用いて式(5)のように表すことができる。
【0017】
【数3】

【0018】
i番目のアンテナで受信される信号をyi(t)とし、受信信号で構成される信号ベクトルYを次式(6)のように定義する。このときこの信号ベクトルYは、送受信ステアリングベクトルおよび伝搬行列を用いて式(7)のように表すことができる。なお、ここでは目標波以外からの反射波であるクラッタは、レーダの信号処理であるMTI(Moving Target Indicator)で十分抑圧できるものとして無視する。また、受信器雑音については説明の簡単化のため省略した。
【0019】
【数4】

【0020】
次に分離手段6では、受信器5からの受信信号を入力して受信信号を波形生成手段1で生成した信号毎に分離する。i番目の受信信号から、j番目のアンテナの送信信号の成分rijを得るには、例えば、式(8)に示すような相関処理を行い、時間差τに対して最大となる値を相関値とする。ここにE[]は時間平均を表す。また、肩字の*は複素共役を表す。i番目の受信信号yi(t)を式(9)のように表すとき、信号波形sj(t)は互いに直交する。説明の簡単のため電力は全て1とすると、受信信号内の送信波形成分とアンテナ4からの送信信号の送信波形のタイミングが一致したときに相関が最大となる。このことを考慮すると式(10)に示すように相関値は伝搬行列の要素と一致する。
【0021】
【数5】

【0022】
以上のように、分離手段6により伝搬行列の要素は全て求められるので、伝搬行列生成手段8により図2のステップS1で分離手段6の出力を入力し伝播行列を求めることができることがわかる。
【0023】
次に、伝搬行列から受信および送信のビーム形成を行う方法について図2を用いて説明する。ただし、この発明における送信ビーム形成は受信側の信号処理として行う仮想的なものであり、従来のレーダのように実際に送信ビームを形成するものではない。
例えば、従来の構成で全てのアンテナから同一の信号波形s(t)を式(11)で定義される送信ビーム形成荷重ベクトルWtでビーム形成して送信し、式(12)に示す受信ビーム形成荷重ベクトルWrで受信信号の受信ビーム形成を行う場合の出力信号so(t)は、式(13)で与えられる。
【0024】
【数6】

【0025】
従って、送信ビーム形成荷重ベクトルWtと受信ビーム形成荷重ベクトルWrのノルムを一定、例えば1とした場合、WrTHWtの絶対値を最大化することで受信のS/Nを最大化することができる。ノルムを一定とする制約を与えるのは荷重ベクトルのノルムの分だけ雑音電力も増幅されるので、S/Nには影響を及ぼさないからである。このようにS/Nを最大化する荷重ベクトルを最適荷重ベクトルと呼ぶこととする。式(13)から明らかなように、送信および受信の最適荷重ベクトルはそれぞれ送信と受信のステアリングの複素共役ベクトルであり、次式(14)、(15)のように与えられる。ktとkrは荷重ベクトルのノルムを1に正規化するための係数であり、先ほど説明したように出力S/Nには影響を与えない。
【0026】
【数7】

【0027】
この発明においては、送信を異なる変調で送信し、受信側でこれを分離することで伝搬行列の要素に対応したNtr個の信号Yrを得る。復調後の信号をs(t)とするとYrは次式(16)で与えられる。これを荷重合成して出力信号so(t)を得るには、式(17)に示すように適当な荷重ベクトルWtおよびWrを伝搬行列の前後から乗算すればよい。これは従来のビーム形成の式(13)と等価な式であることが分かる。このことから、以降の説明では、仮想的な送信と受信のビーム形成ベクトルWt、Wrをそれぞれ送信荷重ベクトル、受信荷重ベクトルと呼ぶこととする。
【0028】
【数8】

【0029】
以上から、出力信号のS/Nを最大化する最適荷重ベクトルもそれぞれのノルム一定のもとでWrTHWtの絶対値を最大化するものを選べばよく、従来レーダと同様に式(14)と式(15)で与えられる。
【0030】
図2の受信荷重の計算処理ステップS2では、ステップS1で算出された伝搬行列Hを用いて、受信荷重計算手段9で受信荷重ベクトルを算出する。まず、伝搬行列Hは、式(5)を式(18)のように表すことができる。この式(18)を見ると全ての要素が送信ステアリングベクトルatに係数を乗じたものとなっていることが分かる。そこで、式(19)に示すように、一つの受信アンテナに対応するベクトルを参照ベクトルとして、その複素共役ベクトルを伝搬行列に乗じることで式に示すように受信ステアリングベクトルarのスカラー倍のベクトルを得ることができる。
【0031】
【数9】

【0032】
受信の最適荷重ベクトルWrは、式(15)で示したように受信ステアリングベクトルarの複素共役ベクトルとして求める。なお、後述の反復処理による発散を避けるため、以降の荷重ベクトル算出においては必ずそのノルムを1となるように正規化する。
【0033】
ところで、伝搬行列は実際には雑音を含むので、低S/Nにおいては精度が悪いという問題がある。そこで、この発明では、反復処理により次第に荷重ベクトルの精度を改善する。
また、ここでは、参照ベクトルを伝搬行列に乗じる場合を示したが、第1回目の処理として乗じるベクトルは任意であり、例えば要素が全て1となるようなベクトルを用いてもよい。
なお、受信の荷重ベクトルの算出は、HHHの最大固有値に対応する固有ベクトルから求めても良いが、ここで説明した方法がより簡易である。ここに肩文字のHは複素共役転置を示す。
【0034】
図2の送信荷重計算手段10による送信荷重の計算処理ステップS3における送信の最適荷重ベクトルは、送受信のアンテナが同一である場合には送受信のステアリングベクトルが同一なので、受信の最適荷重ベクトルと一致する。したがって、受信荷重計算手段9により受信荷重の計算処理ステップS2で求めた受信の最適荷重ベクトルを反復して送信の最適荷重ベクトルとして用いる。
送信ビーム合成手段11における送信合成処理ステップS4は、次式(20)に示すように送信の最適荷重ベクトルWtを伝搬行列Hに乗じることで、送信のビーム合成と等価な処理がなされる。この結果、新たに受信のステアリングベクトルを得るので、受信荷重計算手段9での受信荷重の計算処理ステップS2ではこの複素共役ベクトルを受信の最適荷重ベクトルとして反復して用い、以降受信の最適荷重ベクトルを送信の最適荷重ベクトルとして仮想的な送信のビーム合成処理という一連の処理を反復して行う。
受信荷重計算手段9での受信荷重の計算処理ステップS2の処理と、送信ビーム合成手段11における送信合成処理ステップS4の処理では同様に受信の荷重ベクトルを算出するがこれらは独立な処理であるので、次第に荷重ベクトルの精度を改善することができる。
受信合成処理ステップS5では、受信ビーム合成手段12により、さらに式(20)で得られる受信のステアリングベクトルと受信荷重計算手段9における受信荷重の計算処理ステップS2で得られる受信の荷重ベクトルの内積演算を行って出力信号を得る。
【0035】
【数10】

【0036】
図3は、8つのアンテナを用いる場合に図2の反復処理に従って荷重ベクトルを算出した場合のゲインの変動を示したものである。横軸は反復回数であり、縦軸は受信の荷重ベクトルによるゲインを示している。荷重ベクトルがステアリングベクトルと一致する理想的な場合には9dBの利得が得られる。これを見ると反復回数1回では低S/Nのため、荷重ベクトルの精度が悪くゲインが低下しているが、反復回数が2回以上ではほぼ理想的なゲインに収束していることが分かる。
このように、低SNR環境であっても反復処理によって正確な荷重ベクトルが得られることがわかる。
【0037】
以上説明したように、この発明の送受信装置では、送信信号を符号化し、受信信号を分離して処理し、仮想的な送信と受信のビーム形成を反復して行うようにしたので、低S/Nにおいても正確な送信と受信のビーム形成を低い演算コストで求めることができる。また、受信側の信号処理として送信ビーム形成が行われるため、マルチパス環境のように最適な送信ビーム形成荷重の振幅が異なる場合にも、従来のH/Wによる振幅制御を行う必要がなく正確なビーム形成を行うことができる。また、反復処理は受信側の信号処理として行われるので、反復して送信波を送信する必要がなく正確なビーム形成を行うことができる。
【0038】
なお、ここでは、伝搬行列の行ベクトルに着目して受信荷重ベクトルを先に求め、それを送信荷重ベクトルとして送信合成処理を行い、新たな受信荷重ベクトルを求める方法を説明したが、逆に伝搬行列の列ベクトルに着目し、送信荷重ベクトルを先に求め、それを受信荷重ベクトルとして受信合成処理を行い、新たな送信荷重ベクトルを求めるようにしても同様な効果を得る。
【0039】
実施の形態2.
図4は、マルチビーム形成処理を用いた別の実施の形態を示した処理フロー図である。全体の構成は図1と同じであり、信号処理の部分だけが異なっている。
図4において、S6は伝搬行列生成手段6で分離手段6の出力をベクトルの要素として並べて式(21)に示すような分離ベクトルavを生成する処理ステップである。式(21)は受信ステアリングベクトルを送信素子数分並べたものとなっており、MIMOレーダにおける仮想的なアレーのステアリングベクトルを表すものである。S7は受信荷重計算手段9で分離ベクトルavに対して固定の複数のビーム形成荷重ベクトルWvとの内積処理によりマルチビーム形成処理を行う処理ステップである。この処理はMIMOレーダにおける仮想的なアレーが等間隔アレーとなっている場合にはフーリエ変換により処理することができる。
【0040】
【数11】

【0041】
S7におけるマルチビーム形成処理により最も受信電力の大きなビーム形成荷重ベクトルを選択することで、最適なビーム形成荷重ベクトルに近い固定のビーム形成荷重ベクトルWvを得ることができる。固定ビーム形成荷重ベクトルWvの複素共役ベクトルは、仮想的なステアリングベクトルav対応しているから、固定ビーム形成荷重ベクトルWvは受信の荷重ベクトルWrと送信の荷重ベクトルWtの要素wt1・・・wtNtを用いて次式(22)のように表されるので、反復における第1回目の受信および送信の荷重ベクトルWr、Wtを得ることができる。
【0042】
【数12】

【0043】
以降の処理は、実施の形態1と同様に式(20)を用いて送信の荷重ベクトルWtと伝搬行列Hの積から受信の最適荷重ベクトルWrを求め、これを送信の荷重ベクトルWtとして用いて反復して伝搬行列Hに乗じて受信の最適荷重ベクトルWrを得る処理を繰り返す。
【0044】
本実施の形態では、以上説明したように仮想的な送信ビーム形成と受信ビーム形成を反復して行うことにより、低S/Nにおいても正確な送信と受信のビーム形成を低い演算コストで求めることができる。
さらに、実施の形態1の効果に加え、マルチビーム形成処理を行うことにより、少ない反復回数で最適な荷重ベクトルを得ることができる効果がある。
【0045】
なお、本実施の形態においても受信と送信の最適荷重を求める順番は逆にして処理しても同等な効果を得ることができる。
【0046】
実施の形態3.
図5は、実施の形態3を示す構成図である。図1に示した実施の形態1と異なる点は、送信と受信にそれぞれ別のアンテナを持つように構成したもので、それ以外は図1と同じ構成である。
【0047】
実施の形態1では、送信アンテナと受信アンテナが同一であったから、送信と受信のステアリングベクトルは一致するので、受信の最適荷重ベクトルを送信の最適荷重ベクトルとして反復して用いることができた。しかし、実施の形態3では、送信アンテナと受信アンテナが異なるので、一般にはステアリングベクトルが一致しないという問題がある。そこで、本実施の形態では、送信アンテナと受信アンテナが異なる場合においても送信と受信のステアリングベクトルが一致するようにアンテナを配置したことを特徴とする。
【0048】
例えば、レーダで遠方を観測する場合のように地表に対して電波が水平に伝搬することが想定される場合においては、図6に示すように送信のアンテナと受信のアンテナを同じ配列で鉛直方向にずらして配置すれば送信と受信のステアリングベクトルを一致させることができる。これにより、実施の形態1と同様に受信の最適荷重ベクトルを送信の最適荷重ベクトルとして反復して用いることができ、実施の形態1と同様な効果を得ることができる。
【0049】
次に、図7に、地表面などからのマルチパス環境が想定される場合に直接波とマルチパス波の合成ステアリングベクトルが送信と受信で変えないようにするためのアンテナ配置条件を示す。
まず、アレー配置が同じアンテナAとアンテナA’が変位ベクトルδで配置されている場合を考える。これらアンテナに直接波とマルチパス波が到来するものとし、波源からアンテナAまでの直接波のベクトルをb1、図7の反射面に対する波源の鏡像からアンテナAまでのマルチパス波のベクトルをb2とする。また、波源からアンテナA’までの直接波のベクトルをb1’、図7の反射面に対する波源の鏡像からアンテナA’までのマルチパス波ベクトルをb2’とする。アンテナAとアンテナA’はアレー配置が等しいことから、波源が十分遠方にあるとすると、同一波に対するステアリングベクトルは等しいと考えられる。そこで、直接波のステアリングベクトルをad、マルチパス波のステアリングベクトルをamとする。このときアンテナAの直接波とマルチパス波の合成ステアリングベクトルをas、アンテナA’の直接波とマルチパス波の合成ステアリングベクトルをas’とするとアンテナAの合成ステアリングベクトルasと、アンテナA’の合成ステアリングベクトルas’は波源を基準として次式(23)、(24)で与えられる。
【0050】
【数13】

【0051】
アンテナを変位させた場合にステアリングベクトルの変動を小さくするには、asとas’の差が小さければよい。ただし、ベクトルに掛かる係数は全体の位相を変化させるだけなのでビーム形成に影響を及ぼさないので無視することができる。
【0052】
【数14】

【0053】
この差をDとすると、次式(25)のようになる。ここでDは、直接波のアンテナAとアンテナA’の距離差と、マルチパス波のアンテナAとアンテナA’の距離差の差と読みかえることができる。
【0054】
【数15】

【0055】
【数16】

【0056】
【数17】

【0057】
式(28)の結果から、想定される直接波の単位方向ベクトルとマルチパス波の単位方向ベクトルの差分ベクトルと直交する方向にアンテナをずらして配置すれば、両者のステアリングベクトルの差を小さくできる。
本実施の形態では、以上の性質を利用して、想定される直接波とマルチパス波の方向単位ベクトルの差分ベクトルと直交する方向に送信と受信のアンテナをずらして配置したことを特徴とする。このように配置したことにより、実施の形態1と同様に受信の最適荷重ベクトルを送信の最適荷重ベクトルとして反復して求めることができ、マルチパス環境で、低S/Nにおいても正確な送信と受信のビーム形成を低い演算コストで求めることができる効果がある。
【0058】
なお、本実施の形態においても受信と送信の最適荷重を求める順番は逆にして処理しても同等な効果を得ることができる。
【0059】
実施の形態4.
図8は、実施の形態4の処理フローを示したものである。実施の形態4は、送信と受信のアンテナのステアリングベクトルが異なる場合においても有効な反復処理の方法であり、全体の構成は図5と同じである。なお、本実施の形態では、送信の素子アンテナ数と受信の素子アンテナ数が異なってもよい。
【0060】
以下、図5の構成図を元に動作の説明をする。まず、実施の形態1と同様に分離手段6の出力から、伝播行列生成手段8により式(4)で示した伝播行列Hを得る。図8のステップS2では、受信荷重計算手段9により式(19)で示したように一つの受信アンテナに対応するベクトルを参照ベクトルとして、その複素共役ベクトルを伝搬行列に乗じることで受信のステアリングベクトルを得る。この受信ステアリングベクトルの複素共役ベクトルから受信の最適荷重ベクトルを求める。なお、参照ベクトルではなく、適当な初期値として送信荷重ベクトルを定め、これを伝搬行列に乗じて第1回目の受信の最適荷重ベクトルを求めてもよい。同じく受信荷重計算手段9によりステップS2で得られた受信の荷重ベクトルWrをステップS5において式(29)に示すように伝播行列に乗じて、仮想的な受信合成を行い、この結果は送信荷重計算手段10によりステップS3において送信の最適荷重ベクトルとして算出される。ステップS3で得られた送信の最適荷重ベクトルWtを用いて、送信ビーム合成手段11によりステップS4において式(30)に示すように仮想的な送信合成を行う。この仮想的な送信合成処理により新たな受信ステアリングベクトルを得る。受信荷重計算手段9により、この新たな受信ステアリングベクトルからステップS2において反復して新たな受信の最適荷重ベクトルを得る。以後、式(29)と式(30)に基づいて反復して最適な荷重ベクトルの計算を行うことで低S/Nにおいても次第に正確な荷重ベクトルを得ることができる。
ステップS4において、送信ビーム合成手段11は送信荷重ベクトルのゲインが理想の値に収束する近くの所定値になると反復処理を終了し、受信のステアリングベクトルを受信ビーム合成手段12に出力する。
ステップS8では、受信ビーム合成手段12によりステップS4で得られる受信のステアリングベクトルとステップS2で得られる受信の最適荷重ベクトルの内積から出力値を得る。
【0061】
【数18】

【0062】
以上説明したように本実施の形態では、実施の形態1の効果に加え、送信アンテナと受信アンテナが異なり、送信と受信のステアリングベクトルが異なる場合においても反復処理により正確なビーム形成荷重ベクトルを得ることができる効果がある。
【0063】
なお、本実施の形態においても受信と送信の最適荷重を求める順番は逆にして処理しても同等な効果を得ることができる。
さらに、波形生成手段1は所定の間隔で波形を生成し、分離手段6は波形生成手段の生成する波形情報に基づいて信号を分離する構成としてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0064】
この発明は、複数のアンテナから電波を放射し、目標で反射された電波を受信して受信信号を処理し、目標を検出するレーダの送受信装置として利用される可能性がある。
【符号の説明】
【0065】
1;波形生成手段、2;送信器、3;切替手段、4;アンテナ、5;受信器、6;分離手段、7;信号処理手段、8;伝搬行列生成手段、9;受信荷重計算手段、10;送信荷重計算手段、11;送信ビーム合成手段、12;受信ビーム合成手段。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のアンテナからアンテナ毎に波形の異なる符号化された送信信号を放射する複数の送信器と、
複数の送信器にアンテナ毎に波形の異なる符号化された送信信号を生成し送信する波形生成手段と、
目標で反射された受信信号を複数のアンテナの各々から受信し入力する複数の受信器と、
各受信器に対応して設けられ、受信信号を送信時の異なる波形に分離する複数の分離手段と、
複数の分離手段で分離された信号をもとに伝搬行列を生成する伝搬行列生成手段と、
伝搬行列生成手段の伝搬行列を介して受信ステアリングベクトルから受信荷重ベクトルを算出する受信荷重計算手段と、
受信荷重計算手段から伝搬行列生成手段の伝搬行列を介して送信ステアリングベクトルから送信荷重ベクトルを算出する送信荷重計算手段と、
送信荷重ベクトルと伝搬行列から送信ビームを合成する送信ビーム合成手段と、
送信ビーム合成手段で得られる送信ビームの合成ベクトルと受信荷重計算手段からの受信荷重ベクトルから仮想的な受信ビーム合成処理を行い出力する受信ビーム合成手段とを備え、
上記送信ビーム合成手段は送信ビーム合成による新たな受信ステアリングベクトルを上記受信荷重計算手段に送り、受信荷重計算手段はこの新たな受信ステアリングベクトルから新たな受信荷重ベクトルを算出し、送信荷重計算手段は新たな受信荷重ベクトルから、新たな送信荷重ベクトルを算出し、送信ビーム合成手段は新たな送信荷重ベクトルから新たな送信ビームを合成する処理を送信荷重ベクトルのゲインが理想の値に収束する近くの所定値になるまで反復実行することを特徴とする送受信装置。
【請求項2】
送信アンテナと受信アンテナを同一のアンテナとし、アンテナと送信器または受信器との切り替え接続を行う切り替え手段を備え、
送信荷重計算手段は算出する送信荷重ベクトルに受信荷重計算手段からの受信荷重ベクトルをそのまま用いることを特徴とする請求項1記載の送受信装置。
【請求項3】
送信アンテナと受信アンテナは同数であり、かつ、想定される目標からの到来方向に対して送信アンテナと受信アンテナのステアリングベクトルが一致するように、目標からの直接波とマルチパス波の方向単位ベクトルの差分ベクトルと直交する方向に送信と受信のアンテナがずらして配置されたことを特徴とする請求項1記載の送受信装置。
【請求項4】
複数のアンテナからアンテナ毎に波形の異なる符号化された送信信号を放射する複数の送信器と、
複数の送信器にアンテナ毎に波形の異なる符号化された送信信号を生成し送信する波形生成手段と、
目標で反射された受信信号を複数のアンテナの各々から受信し入力する複数の受信器と、
各受信器に対応して設けられ、受信信号を送信時の異なる波形に分離する複数の分離手段と、
複数の分離手段で分離された信号をもとに伝搬行列を生成する伝搬行列生成手段と、
伝搬行列生成手段の伝搬行列を介して受信ステアリングベクトルから受信最適荷重ベクトルを求め、さらに受信最適荷重ベクトルを伝播行列に乗じて、仮想的な受信合成を行う受信荷重計算手段と、
仮想的な受信合成結果から送信の最適荷重ベクトルを算出する送信荷重計算手段と、
送信の最適荷重ベクトルを用いて、仮想的な送信合成を行い、この仮想的な送信合成処理により新たな受信ステアリングベクトルを得る送信ビーム合成手段と、
受信荷重計算手段により、この新たな受信ステアリングベクトルから新たな受信の最適荷重ベクトルを得、以後、送信荷重計算手段と送信ビーム合成手段および受信荷重計算手段により、送信ビーム合成手段における送信荷重ベクトルのゲインが理想の値に収束する近くの所定値になるまで、反復して最適な荷重ベクトルの計算を行い、反復処理が終了したら、受信のステアリングベクトルを出力し、
送信ビーム合成手段で得られる送信ビームの合成ベクトルと受信荷重計算手段からの受信荷重ベクトルから仮想的な受信ビーム合成処理を行い出力する受信ビーム合成手段とを備えることを特徴とする送受信装置。
【請求項5】
波形生成手段は、符号または時間または周波数の何れかが異なることで異なる信号波形を生成し、分離手段は波形生成手段の生成する異なる波形情報に基づいて信号を分離することを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の送受信装置。
【請求項6】
伝搬行列生成手段は、伝搬行列を生成するとともに、分離手段の出力をベクトルの要素として並べ分離ベクトルを生成する構成にされ、
受信荷重計算手段は初回の受信荷重ベクトルに伝搬行列生成手段の分離ベクトルに対して固定の複数のビーム形成荷重ベクトルによりマルチビームを形成し、このマルチビームから最も受信電力の大きなビーム形成荷重ベクトルを選択して、固定のビーム形成荷重ベクトルを得て、得られる受信荷重ベクトルを用いる構成にされたことを
ことを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の送受信装置。
【請求項7】
波形生成手段は所定の間隔で波形を生成し、分離手段は波形生成手段の生成する波形情報に基づいて信号を分離することを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載の送受信装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−112712(P2012−112712A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−260236(P2010−260236)
【出願日】平成22年11月22日(2010.11.22)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】