説明

酵母由来の植物病害防除剤

【課題】植物病害に対して有効であり、かつ安全性の高い、天然物起源である酵母由来の植物病害防除剤を開発、提供すること。
【解決手段】酵母が生産する糖脂質、及び糖脂質含有酵母発酵液の少なくともいずれかを含有することを特徴とする植物病害防除剤である。酵母が、シュードザイマ(Pseudozyma)属酵母である態様、糖脂質が、マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)、及びマンノシルマンニトールリピッド(MML)の少なくともいずれかである態様などが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物病害に対して有効であり、かつ使用者及び消費者にとって安全な、酵母が産生する天然物質である糖脂質を含有する、植物病害防除剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
農作物の病害防除には、いわゆる化学農薬が広く使用されている。しかしながら化学農薬は継続的な使用により植物病原菌の耐性変異株が顕在化する場合が非常に多いのは周知である。またこれらの化学農薬は、土壌の生態系を撹乱し、河川や地下水への流出により人体や魚に悪影響を及ぼすことも問題とされており、安全性の高い植物病害防除剤への要望が強くなっている。自然循環機能を大きく増進して環境への負荷を低減しようとする、環境にやさしく、人に対して安全・安心な天然物質を活用した植物病害防除剤への期待には大きいものがある。
【0003】
微生物・植物などに由来する天然物質を利用した植物病害防除剤としては、植物由来では、シンナミックアルデヒド等の精油成分を有効成分とする植物病害防除剤(特許文献1参照)、茶サポニンを有効成分とする抗ウイルス剤(特許文献2参照)、サポニンとフラボノイドアルデヒドの併用による植物病害防除剤(特許文献3参照)、甘草の油性抽出物を有効成分とする植物病害防除剤(特許文献4参照)、カテキン類を有効成分とする植物病原細菌用抗菌剤(特許文献5参照)などが知られている。また微生物由来では、シュードモナス属細菌の発酵液及びその成分の糖脂質であるラムノリピッドを有効成分とする病害虫防除剤(特許文献6参照)などが知られている。
【0004】
しかしながら、現在までのところ、植物病害に対して有効であり、かつ安全性の高い、酵母由来の天然植物病害防除剤は未だ提供されておらず、その速やかな提供が強く求められているのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5−139924号公報
【特許文献2】特開平7−25718号公報
【特許文献3】特表平11−507666号公報
【特許文献4】特開2006−298877号公報
【特許文献5】特許第2562355号公報
【特許文献6】特表2008−501039号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記従来における諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、植物病害に対して有効であり、かつ安全性の高い、天然物起源である酵母由来の植物病害防除剤を開発、提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成するため、農業において問題になっている数種の植物病原菌に対する抗菌作用を有する天然素材について鋭意研究を重ねてきた。その中で、本発明者らは、酵母が発酵生産する糖脂質が、優れた植物病害防除効果を発揮できることを見出し、本発明の完成に至った。
【0008】
糖脂質は、構造的に糖を含む脂質であり、天然の微生物糖脂質は、細菌や酵母のような種々の微生物によって生産される。例えば、トルロプシス属(Tolulopsis)酵母が生産するソホロリピッド、シュードモナス属(Pseudomonas)細菌が生産するラムノリピッド、ロドコッカス属(Rhodococcus)細菌が生産するトレハロースリピッドなどが知られている。分子内に親油性の脂肪酸部分と親水性の糖部分を持ち、界面活性能や乳化能を有することからバイオサーファクタントとして注目されている化合物である。優れた界面活性能や高い生分解性を示し、再生可能な基質上で選択された微生物を使用して、容易、安価かつ大量に製造することが可能である。
酵母の生産する糖脂質マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)がバチルス属細菌やスタフィロコッカス属細菌などグラム陽性細菌類に対して抗菌作用を示すことが報告されている(オレオサイエンス(2001)、1(1)、17−31参照)。
【0009】
上述したように、酵母が生産するMELがグラム陽性細菌類に対し抗菌作用を有することは知られているが、植物病害の原因となる微生物に対する抗菌作用は知られておらず、本発明者らにおける新たな知見である。
【0010】
本発明は、本発明者らの前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 酵母が生産する糖脂質、及び糖脂質含有酵母発酵液の少なくともいずれかを含有することを特徴とする植物病害防除剤である。
<2> 酵母が、シュードザイマ(Pseudozyma)属酵母である前記<1>に記載の植物病害防除剤である。
<3> 糖脂質が、マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)、及びマンノシルマンニトールリピッド(MML)の少なくともいずれかである前記<1>から<2>のいずれかに記載の植物病害防除剤である。
<4> 糖脂質含有酵母発酵液の含有量が、1mg/kg〜100,000mg/kgとなるような濃度で使用される前記<1>から<3>のいずれかに記載の植物病害防除剤である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、従来における諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、植物病害に対して有効であり、かつ安全性の高い、天然物起源である酵母由来の植物病害防除剤を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(植物病害防除剤)
本発明の植物病害防除剤は、酵母が生産する糖脂質、及び糖脂質含有酵母発酵液の少なくともいずれかを含有してなり、更に必要に応じてその他の成分を含有してなる。
前記植物病害防除剤は、各種の植物病原菌に対して抗菌作用を有し、そのため、優れた植物病害防除効果を奏することができる。前記効果は、糖脂質であるマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)、及びマンノシルマンニトールリピッド(MML)の少なくともいずれかに基づく効果であると考えられるが、前記糖脂質、及び前記糖脂質を含有する糖脂質含有酵母発酵液の少なくともいずれかが、各種の植物病原菌に対し、優れた抗菌作用を有し、植物病害防除剤として有用であることは、従来全く知られておらず、本発明者らによる新たな知見である。
【0013】
−酵母が生産する糖脂質、糖脂質含有酵母発酵液−
前記酵母が生産する糖脂質は、酵母発酵液中に含まれる。以下、糖脂質含有酵母発酵液の説明と併せて、酵母が生産する糖脂質についても説明する。
【0014】
前記糖脂質含有酵母発酵液の製造方法としては、特に制限はなく、公知の糖脂質生産酵母を用いた発酵方法を任意に選択することができる。
前記糖脂質生産酵母としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、シュードザイマ属(Pseudozyma)、キャンディダ属(Candida)、クルツマノマイセス属(Kurtzmanomyces)、ウスティラゴ属(Ustilago)に属する酵母が好ましく、シュードザイマ属(Pseudozyma)に属する酵母がより好ましい。
前記シュードザイマ属の酵母としては、例えば、シュードジーマ アフィディス(P.aphidis) JCM10318株、シュードジーマ ツクバエンシス(P.tsukubaensis) TM−181株(独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(以下、「NPMD」と称することがある。):受託番号 NITE P−530)、シュードジーマ(P.sp.)TM−453株(独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(以下、「IPOD」と称することがある。):受託番号 FERM P−19339)などが挙げられる。
前記キャンディダ属の酵母としては、例えば、キャンディダ アンタークチカ(C.antarctica)などが挙げられる。
前記クルツマノマイセス属酵母としては、例えば、クルツマノマイセス(K.sp.) I−11株(IPOD:受託番号 FERM P−18126)などが挙げられる。
前記ウスティラゴ属の酵母としては、例えば、ウスチラゴ ヌーダ(U.nuda)などが挙げられる。
これらの酵母の培養により、容易に糖脂質が得ることができる。
【0015】
前記糖脂質生産酵母の培養に用いる炭素源、窒素源、無機塩類などの培地成分としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
前記糖脂質生産酵母の培地としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、グルコース、スクロース等の炭素源、酵母エキス、ペプトン、コーンスティープリカー、硝酸アンモニウム等の窒素源、リン酸2水素カリウム、硫酸マグネシウム等の無機塩類からなる酵母に対して一般に用いられる培地を用いることができる。
このような培地としては、例えば、YPD培地(イーストエクストラクト10g、ポリペプトン20g、及びグルコース20g、水1L)を使用することができる。
前記培地は、更に油脂類、好ましくは植物性油脂類を添加したものを使用することが好ましい。
前記培地中のpH、溶存酸素や培養温度等の培養条件、培養時間などは、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0016】
前記植物油脂としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選定することができ、例えば、大豆油、菜種油、コーン油、ピーナッツ油、アマニ油、綿実油、ベニバナ油、ゴマ油、オリーブ油、パーム油などが挙げられ、これらの中でも、アマニ油、大豆油、菜種油が糖脂質の生産効率(生産量、生産速度、及び収率)を向上させることができる点で特に好ましい。これらは、1種を単独で、又は2種以上を併用しても構わない。なお、植物油脂としては、てんぷらを製造した後の食品廃油なども利用可能である。
【0017】
前記糖脂質含有酵母発酵液は、そのままでも植物病害防除剤に使用することができるが、濃縮液又はその乾燥物としたものの方が利用しやすい。発酵液の乾燥物を得るにあたっては、常法を利用することができ、また、吸湿性を改善するためにデキストリン、シクロデキストリン等のキャリアーを添加してもよい。
【0018】
また、精製についても、常法を利用することができ、例えば、発酵液の吸着樹脂処理、液液分配処理等、あるいは発酵液を遠心分離して油分を回収し、酢酸エチル等の有機溶媒で抽出濃縮を行うことができる。
中でも、前記精製物としては、糖脂質を多く含有するように精製された精製物であることが好ましい。このような精製糖脂質画分は、例えば、前記のようにして得られた糖脂質含有酵母発酵液や、該発酵液の濃縮液、乾燥物などに対して、各種クロマトグラフィー(例えば、商品名:ダイアイオンHP−20等の樹脂を用いる)、液液分配(例えば、酢酸エチル、クロロホルム、ヘキサン等の溶媒を用いる)、膜分離等を、単独であるいは組み合わせて行うことにより得ることができる。
前記精製糖脂質画分は、未精製の発酵液に比べて糖脂質をより多く含み、そのため、少量で優れた植物病害防除効果を発揮できる点で、有利である。なお、前記精製糖脂質画分は、前記酵母が産生する糖脂質のみからなるものであってもよい。
前記糖脂質としては、優れた植物病害防除効果を発揮できる点で、マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)、及びマンノシルマンニトールリピッド(MML)の少なくともいずれかであることが好ましい。
【0019】
以上のようにして得られる前記糖脂質、及び糖脂質含有酵母発酵液は、優れた植物病害防除効果を奏することができ、本発明の植物病害防除剤に好適に利用可能なものである。
なお、前記植物病害防除剤中の前記糖脂質、及び糖脂質含有酵母発酵液の少なくともいずれかの含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。また、前記植物病害防除剤は、前記糖脂質そのものであってもよいし、前記糖脂質含有酵母発酵液そのものであってもよいし、両者を併用したものであってもよい。
また、前記植物病害防除剤を使用する際の使用濃度としても、特に制限はなく、対象とする植物や病原菌の種類、使用する糖脂質、糖脂質含有酵母発酵液の種類、使用方法等に応じて適宜選択することができるが、例えば、前記植物病害防除剤中の前記糖脂質、及び糖脂質含有酵母発酵液の少なくともいずれかの含有量として、0.5mg/kg〜100,000mg/kgとなるような濃度で使用することが好ましい。
なお、前記糖脂質含有酵母発酵液として未精製の糖脂質含有酵母発酵液を使用する際には、未精製の発酵液の含有量として、1mg/kg〜100,000mg/kgとなるような濃度で使用することが好ましく、前記糖脂質として前記発酵液の精製物(精製糖脂質画分)を使用する際には、精製物の含有量として、0.5mg/kg〜50,000mg/kgとなるような濃度で使用することが好ましい。
なお、前記植物病害防除剤は、前記した好ましい使用濃度となるように初めから調製されている態様のものであってもよいし、濃縮した状態で調製され、使用前に前記した好ましい濃度になるように水等で希釈する態様のものであってもよい。
前記植物病害防除剤中に、前記糖脂質、及び前記糖脂質含有酵母発酵液が含まれる場合の、各々の含有量比としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0020】
また、前記植物病害防除剤中に含まれ得る、前記糖脂質、及び前記糖脂質含有酵母発酵液以外のその他の成分としても、本発明の効果を損なわない範囲内であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、任意の農薬成分、界面活性剤、乳化剤、増量剤(固体、液体、ガス)、保湿剤等が挙げられる。また、前記植物病害防除剤中の前記その他の成分の含有量にも、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0021】
前記植物病害防除剤の剤型としては、特に制限はないが、例えば、液剤、水溶剤、粉剤、粒剤、水和剤、乳剤、フロアブル剤、マイクロカプセル剤等とすることができる。
また、前記植物病害防除剤の使用方法としても、特に制限はないが、例えば、前記植物病害防除剤をそのまま、又は水等で希釈した状態で、植物体に散布する方法や、土壌混和する方法等が挙げられる。
【0022】
前記植物病害防除剤は、植物病原菌に対する抗菌作用を有するものであり、特に真核生物に属する植物病原菌(一般に糸状菌)に対する抗菌作用を有するものである。真核生物に属する植物病原菌としては、穀類、いも類、豆類、野菜、果樹、花き、特用作物、飼料作物等、多数の農作物を侵すものが知られており、今まで報告されている病害数(作物と病原菌の組み合わせ)は3,000以上にのぼる。これらの中でも、主要な植物病原菌としては、イネではいもち病(ピリキュラリア オリゼ:Pyricularia oryzae)、苗腐病菌(ピシウム グラミニコラ:Pythium graminicola)、紋枯病菌(リゾクトニア ソラニ:Rhizoctonia solani)、ばか苗病菌(ジベレラ フジクロイ:Gibberella fujikuroi)、ごま葉枯病菌(コクリオボラス ミヤベアナス:Cochliobolus miyabeanus)、苗立枯病菌(リゾープス オリゼ:Rhizopus oryzae)、ムギ類の赤かび病菌(フザリウム グラミニアルム:Fusarium graminearum)、ダイズの紫斑病菌(サーコスポラ キクチイ:Cercospora kikuchii)、野菜では各種野菜共通に発生する灰色かび病菌(ボトリチス シネレア:Botrytis cinerea)、うどんこ病菌(一例:スファエロテカ フリギニア:Sphaerotheca fuliginea)、菌核病菌(一例:スクレロチニア スクレロチオルム:Sclerotinia sclerotiorum)、炭疽病菌(一例:コレトトリカム オルビキュラレ:Colletotrichum orbiculare)、疫病菌(一例:ファイトフソラ メロニス:Phytophthora melonis)、各種立枯性病害を引き起こすフザリウム病菌(一例:フザリウム オキシスポラム:Fusarium oxysporum)、個別にはトマトの葉かび病菌(フルビア フルバ:Fulvia fulva)、輪紋病菌(アルタナリア ソラニ:Alternaria solani)、褐色輪紋病菌(コリネスポラ カシコラ:Corynespora cassiicola)、斑点病菌(ステムフィリウム リコペルシイシイ:Stemphylium lycopersici)、ナスの褐紋病菌(ホーモプシス ベサンス:Phomopsis vexans)、すすかび病菌(マイコベロシエラ ナトラシ:Mycovellosiella nattrassii)、褐色円星病菌(パラサーコスポラ エゲヌラ:Paracercospora egenula)、キュウリ(スイカ等を含む)のべと病菌(シュードペロノスポラ キュベンシス:Pseudoperonospora cubensis)、褐斑病菌(コリネスポラ カシコラ:Corynespora cassiicola)、つる枯病菌(ディディメラ ブリオネ:Didymella bryoniae)、ピーマンの斑点病菌(サーコスポラ カプシィシィ:Cercospora capsici)、ホウレンソウの萎凋病菌(フザリウム オキシスポラム フォルマスペシアリス スピナシエ:Fusarium oxysporum f.sp.spinaciae)、果樹では、リンゴの斑点落葉病菌(アルタナリア マリ:Alternaria mali)、黒星病菌(ベンチュリア イナエクアリス:Venturia inaequalis)、ナシの黒斑病菌(アルタナリア キクチアナ:Alternaria kikuchiana)、黒星病菌(ベンチュリア ナシコーラ:Venturia nashicola)、赤星病菌(ギムノスポランギウム アシアチカム:Gymnosporangium asiaticum)、カンキツの黒点病菌(ディアポルテ シトリ:Diaporthe citri)、青かび病菌(ペニシリウム イタリカム:Penicillium italicum)、ブドウの晩腐病菌(グロメレラ シンギュラータ:Glomerella cingulata)、べと病菌(プラズモパラ ビチコラ:Plasmopara viticola)、等が挙げられる。また、これらの中でも、前記植物病害防除剤は、植物病害防除効果に優れる点で、炭疽病菌(例えば、コレトトリカム属に属する病原菌)、べと病菌(例えば、シュードペロノスポラ属に属する病原菌)、うどんこ病菌(例えば、スファエロテカ属に属する病原菌)、黒星病菌(例えば、ベンチュリア属に属する病原菌)に対し、特に好適である。
【0023】
前記植物病害防除剤は、化学合成農薬による薬剤耐性菌の出現や副作用の問題がなく、安心して使用することができる。さらに、薬剤の残留による人体や環境に対する影響がないため、イネ、ムギ類、野菜、果樹、花き等の植物における病害防除に、大きく貢献することができる。
【実施例】
【0024】
以下、製造例及び試験例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の製造例及び試験例に制限されるものではない。なお、下記の例において特に明記のない場合は、「%」は「質量%」である。
なお、下記製造例1〜3で得られる発酵液は本発明における「糖脂質含有酵母発酵液」の一態様であり、製造例4〜6で得られる精製糖脂質画分は本発明における「酵母が生産する糖脂質」の一態様である。
【0025】
(製造例1)
グルコース20g/L、酵母エキス(オリエンタル酵母工業株式会社製)1g/L、硝酸アンモニウム0.5g/L、リン酸2水素カリウム0.4g/L、及び硫酸マグネシウム0.2g/Lの組成の液体培地4mLが入った試験管にP.tsukubaensis TM−181株(NPMD:受託番号 NITE P−530)を1白金耳接種し、30℃で1日間振とう培養を行った。
前記培養したものを同じ組成の培地100mLの入った坂口フラスコに接種して、30℃で2日間振とう培養を行った。
更に、これをアマニ油240g、酵母エキス1g/L、コーンスティープリカー2g/L、硝酸アンモニウム0.5g/L、リン酸2水素カリウム0.4g/L、及び硫酸マグネシウム0.2g/Lの組成の液体培地1.4Lが入ったジャーファメンターに接種して、14%アンモニア溶液を用いて培養液のpHを5.3に制御しながら、30℃で1.5L/分の通気速度と800rpmの攪拌速度で培養を行った。
5日後に培養を終了し、糖脂質濃度が16%の発酵液1.4kgを得た。
前記糖脂質濃度は、採取した培養液に酢酸エチルを加えて激しく振盪し、遠心分離後、上清の酢酸エチル層を回収し、この酢酸エチル溶液をイアトロスキャン(ヤトロン社製)のロッドにチャージして所定の方法により分析した。
前記糖脂質中のマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)の含有量は、100%であり、マンノシルマンニトールリピッド(MML)の含有量は、0%であった。
【0026】
(製造例2)
グルコース20g/L、酵母エキス1g/L、硝酸アンモニウム0.5g/L、リン酸2水素カリウム0.4g/L、及び硫酸マグネシウム0.2g/Lの組成の液体培地4mLが入った試験管にKurtzmanomyces sp.I−11株(IPOD:受託番号 FERM P−18126)を1白金耳接種し、30℃で1日間振とう培養を行った。
前記培養したものを同じ組成の培地100mLの入った坂口フラスコに接種して、30℃で2日間振とう培養を行った。
更に、これを大豆油180g/L、酵母エキス1g/L、硝酸アンモニウム0.5g/L、リン酸2水素カリウム0.4g/L、及び硫酸マグネシウム0.2g/Lの組成の液体培地1.4Lが入ったジャーファメンターに接種して、14%アンモニア溶液を用いて培養液のpHを5.3に制御しながら、30℃で1.5L/分の通気速度と800rpmの攪拌速度で培養を行った。
10日後に培養を終了し、糖脂質濃度が15%の発酵液1.4kgを得た。
前記糖脂質濃度は、製造例1と同様にして測定した。
前記糖脂質中のマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)の含有量は、100%であり、マンノシルマンニトールリピッド(MML)の含有量は、0%であった。
【0027】
(製造例3)
グルコース20g/L、酵母エキス1g/L、硝酸アンモニウム0.5g/L、リン酸2水素カリウム0.4g/L、及び硫酸マグネシウム0.2g/Lの組成の液体培地4mLが入った試験管にPseudozyma sp.TM−453株(IPOD:受託番号 FERM P−19339)を1白金耳接種し、30℃で1日間振とう培養を行った。
前記培養したものを同じ組成の培地100mLの入った坂口フラスコに接種して、30℃で2日間振とう培養を行った。
更に、これをアマニ油100g/L、酵母エキス0.5g/L、コーンスティープリカー2g/L、硝酸アンモニウム1g/L、リン酸2水素カリウム0.4g/L、及び硫酸マグネシウム0.2g/Lの組成の液体培地1.4Lが入ったジャーファメンターに接種して、14%アンモニア溶液を用いて培養液のpHを5.3に制御しながら、30℃で1.5L/分の通気速度と800rpmの攪拌速度で培養を行った。
8日後に培養を終了し、糖脂質濃度が2%の発酵液1.4kgを得た。
前記糖脂質濃度は、製造例1と同様にして測定した。
前記糖脂質中のマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)の含有量は、65%であり、マンノシルマンニトールリピッド(MML)の含有量は、35%であった。
【0028】
(製造例4)
製造例1で得られたP.tsukubaensis TM−181株発酵液1Lを、2倍量の酢酸エチル(2L)を用いて液液分配抽出を行い、酢酸エチル可溶性画分(精製糖脂質画分)180gを得た。この酢酸エチル可溶性画分中の糖脂質含有量は、90%であった。
前記糖脂質含有量は、前記酢酸エチル可溶性画分をイアトロスキャン(ヤトロン社製)のロッドにチャージして所定の方法により分析した。
前記糖脂質中のマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)の含有量は、100%であり、マンノシルマンニトールリピッド(MML)の含有量は、0%であった。
【0029】
(製造例5)
製造例2で得られたKurtzmanomyces sp. I−11株発酵液1Lを、2倍量の酢酸エチル(2L)を用いて液液分配抽出を行い、酢酸エチル可溶性画分(精製糖脂質画分)160gを得た。この酢酸エチル可溶性画分中の糖脂質含有量は、92%であった。
前記糖脂質含有量は、製造例4と同様にして測定した。
前記糖脂質中のマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)の含有量は、100%であり、マンノシルマンニトールリピッド(MML)の含有量は、0%であった。
【0030】
(製造例6)
製造例3で得られたPseudozyma sp.TM−453株発酵液1Lを、2倍量の酢酸エチル(2L)を用いて液液分配抽出を行い、酢酸エチル可溶性画分(精製糖脂質画分)25gを得た。この酢酸エチル可溶性画分中の糖脂質含有量は、75%であった。
前記糖脂質含有量は、製造例4と同様にして測定した。
前記糖脂質中のマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)の含有量は、65%であり、マンノシルマンニトールリピッド(MML)の含有量は、35%であった。
【0031】
(試験例1:菌糸伸長抑制試験)
上記製造例1〜6で得られた発酵液及びそれらの精製糖脂質画分について、植物病原菌に対する培地上での菌糸伸長抑制率を測定することで評価を行った。
<検定培地の調製>
製造例1、2、3の発酵液1.0%、或いは、製造例4、5、6の精製糖脂質画分0.1%を添加したPDA培地(ニッスイ製)を調製した。対照区の培地として発酵液及び精製糖脂質画分のいずれも無添加のものを用いた。
<ディスクの調製>
植物病原菌を、別に用意したPDA平板培地(培地量15mL)を用い、25℃で5日間前培養し、菌叢先端部分を直径4mmのコルクボーラーで打ち抜き、ディスクとした。 なお、植物病原菌としては、キュウリ炭疽病菌(Colletotrichum orbiculare)を用いた。
<培養>
ディスクを、菌叢の面を下にして検定培地中央に置き、25℃で3日間培養した。
<菌糸伸長量の測定>
対照区において菌糸が十分に伸長した時期に、キュウリ炭疽病菌の菌叢直径を測定した。1濃度につき2反復として測定し、これを平均して平均直径を算出し、ディスクの直径4mmを差し引いたものを菌糸伸長量とした。
<菌糸伸長抑制率>
下記式(1)により、菌糸伸長抑制率(%)を算出した。なお、菌糸伸長抑制率がマイナスである場合は、添加区の菌糸が対照区と比べてより旺盛に伸長したことを示している。
菌糸伸長抑制率(%)={1−(添加区の伸長量)/(対照区の伸長量)}×100 ・・・(1)
【0032】
試験結果を表1に示す。
【0033】
【表1】

【0034】
(試験例2:発病抑制試験)
上記製造例1〜6で得られた発酵液及びそれらの精製糖脂質画分について、ポットで生育する植物の葉面に散布後、植物病原菌を接種し、生じる病斑数や病斑面積を測定することで発病抑制の評価を行った。
<対象植物>
キュウリ(品種:新四葉つけみどり)を用いた。
<植物病原菌胞子懸濁液の調製>
植物病原菌として、キュウリ炭疽病菌(Colletotrichum orbiculare)、キュウリべと病菌(Pseudoperonospora cubensis)、キュウリ灰色かび病菌(Botrytis cinerea)を用いた。
キュウリ炭疽病菌はPDY培地に移植し、25℃で培養した。べと病菌はキュウリの切取り葉で継代保存した。灰色かび病菌はPDA培地で継代培養し、20℃、BLB照射下で培養して胞子を形成させた。
この胞子懸濁液1滴(約20μL)をスライドグラスに滴下し、顕微鏡下で検鏡して、キュウリ炭疽病菌は概ね1×10個/mL、べと病菌は概ね1×10個/mL、灰色かび病菌は概ね1×10個/mLの胞子濃度になるように蒸留水またはPDB培地で調整し、植物病原菌胞子懸濁液を得た。
<試験方法>
2〜3葉期のキュウリに上記製造例1、2、3の発酵液として1.0%、2.0%水溶液(0.01%ツイーン20添加)、或いは、上記製造例4、5、6の精製糖脂質画分0.1%、0.2%の水溶液(0.01%ツイーン20添加)を散布し、1日後にキュウリ炭疽病菌、べと病菌、灰色かび病菌を接種した。対照区として蒸留水を用い、また、参考としてTPN水和剤1,000倍希釈液(有効成分400ppm)を用いた。20℃の接種装置に24時間保った後、25℃の温室内に保管し、菌接種の7日後に発病調査を行った。なお、TPN水和剤は、優れた植物病害防除効果を奏することができるものの、土壌中のアンモニア酸化細菌に対して致死的に作用するという欠点がある。
<指数>
炭疽病は、キュウリの葉に生じた病斑数から平均病斑数を算出した。上記製造例1〜6を散布した区(試験サンプル散布区)の平均病斑数と、試験サンプルの代わりに蒸留水を散布した区(対照区)の平均病斑数を比較し、発病抑制率を下記式(2)により算出した。
発病抑制率(%)={1−(散布区の平均病斑数)/(対照区の平均病斑数)}×100 ・・・(2)
べと病は、キュウリの葉に生じた病斑の面積率を以下の指数で表した。0:無発病、1:病斑面積が5%以下、2:病斑面積が6%〜25%、3:病斑面積が26%〜50%、4:病斑面積が51%〜75%、5:病斑面積が76%以上。次いで、下記式(3)及び(4)により発病抑制率を算出した。
発病度=(1a+2b+3c+4d+5e)/(5×調査葉数)×100 ・・・(3)なお、aは指数1、bは指数2、cは指数3、dは指数4、eは指数5で表わされる葉数。
発病抑制率(%)={1−(散布区の平均発病度)/(対照区の平均発病度)}×100 ・・・(4)
灰色かび病は、キュウリの葉に生じた病斑面積率を以下の指数で表した。0:無発病、1:病斑面積が5%以下、2:病斑面積が6%〜25%、3:病斑面積が26%〜50%、4:病斑面積が51%〜75%、5:病斑面積が76%以上。次いで、下記式(5)及び(6)により発病抑制率を算出した。
発病度=(1a+2b+3c+4d+5e)/(5×調査葉数)×100 ・・・(5)なお、aは指数1、bは指数2、cは指数3、dは指数4、eは指数5で表わされる葉数。
発病抑制率(%)={1−(散布区の平均発病度)/(対照区の平均発病度)}×100 ・・・(6)
【0035】
結果を表2に示す。
【0036】
【表2】

【0037】
(試験例3:発病抑制試験)
上記製造例4で得られた精製糖脂質画分について、ビニルハウスで生育する植物の葉面に散布後、自然発生で生じた病斑の面積率を指標化して調査することで発病抑制評価を行った。
<対象植物>
キュウリ(品種:夏ばやし、京しずく)を用いた。
<試験方法>
3〜3.5葉期のキュウリをビニルハウスに定植し、4日後から7日おきに計6回、試験サンプル液(表3参照)を散布した。なお、対照区として蒸留水を用い、また、参考としてTPN水和剤1,000倍希釈液(有効成分400ppm)を用いた。6回目散布7日後にうどんこ病の発生を調査した。定植時にうどんこ病の初発を確認したので、感染後の散布となった。
なお、キュウリうどんこ病では現在、耐性菌の出現・蔓延によって基幹薬剤であるストロビルリン系薬剤やDMI剤、シフルフェナミド剤の防除効果が期待できない場合が多い。
<指数>
うどんこ病はキュウリの葉に生じた病斑面積率を以下の指数で表した。0:無発病、1:病斑面積が5%以下、2:病斑面積が6%〜25%、3:病斑面積が26%〜50%、4:病斑面積が51%〜75%、5:病斑面積が76%以上。次いで、下記式(7)及び(8)により発病抑制率を算出した。
発病度=(1a+2b+3c+4d+5e)/(5×調査葉数)×100 ・・・(7)なお、aは指数1、bは指数2、cは指数3、dは指数4、eは指数5で表わされる葉数。
発病抑制率(%)={1−(散布区の平均発病度)/(対照区の平均発病度)}×100 ・・・(8)
【0038】
結果を表3に示す。
【0039】
【表3】

【0040】
表3の結果から、精製糖脂質画分は、キュウリうどんこ病耐病性品種(夏ばやし)との組み合わせにより、うどんこ病に対して市販のTPN剤より優る防除効果を示し、総合的病害虫管理素材としての活用が期待できることが示された。
【0041】
(試験例4:発病抑制試験)
上記製造例4で得られた精製糖脂質画分について、露地で生育する植物の葉面に散布後、自然発生の程度を調査することで発病抑制評価を行った。
<対象植物>
ナシ(品種:幸水)を用いた。
<試験方法>
果樹園のナシ落花直後から、ほぼ10日間隔で計5回、試験サンプル液(表4参照)を散布し、最終散布の15日後に葉の発病の有無を調査して、発病率と発病抑制率を求めた。なお、対照区では散布を行わず、また、参考としてイミノクタジンアルベシル酸塩水和剤(有効成分200ppm)を用いた。
【0042】
<指数>
発病率=(発病葉数/調査葉数)×100
発病抑制率(%)={1−(散布区の平均発病率)/(対照無散布区の平均発病率)}×100
【0043】
結果を表4に示す。
【0044】
【表4】

【0045】
上記試験例1〜4の結果から、糖脂質含有酵母発酵液(製造例1〜3)、及び酵母が生産した糖脂質(製造例4〜6)は、植物病原菌に対する培地上での菌糸伸長抑制試験(試験例1)、及び、植物体を用いたポットでの発病抑制試験(試験例2)、さらに実際の使用現場に近いビニルハウスでの発病抑制試験(試験例3)、圃場での発病抑制試験(試験例4)で、優れた植物病害抑制効果を示すことが明らかとなった。前記発酵液中の糖脂質含有量を考慮すると、前記発酵液の示す抑制効果の大部分は糖脂質成分によると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の植物病害防除剤は、化学合成農薬に対する薬剤耐性菌の出現の問題がなく、安心して使用することができる。さらに、薬剤の残留による人体や環境に対する影響がないため、イネ、ムギ類、野菜、果樹、花き等の植物における病害防除に大きく貢献することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母が生産する糖脂質、及び糖脂質含有酵母発酵液の少なくともいずれかを含有することを特徴とする植物病害防除剤。
【請求項2】
酵母が、シュードザイマ(Pseudozyma)属酵母である請求項1に記載の植物病害防除剤。
【請求項3】
糖脂質が、マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)、及びマンノシルマンニトールリピッド(MML)の少なくともいずれかである請求項1から2のいずれかに記載の植物病害防除剤。
【請求項4】
糖脂質含有酵母発酵液の含有量が、1mg/kg〜100,000mg/kgとなるような濃度で使用される請求項1から3のいずれかに記載の植物病害防除剤。


【公開番号】特開2010−215593(P2010−215593A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−66711(P2009−66711)
【出願日】平成21年3月18日(2009.3.18)
【出願人】(591082421)丸善製薬株式会社 (239)
【出願人】(501245414)独立行政法人農業環境技術研究所 (60)
【出願人】(591079487)広島県 (101)
【Fターム(参考)】