説明

酸化反応速度調整方法

【課題】分子状酸素による、炭化水素のヘテロポリ酸触媒を用いた液相酸化反応速度を自在に調整し、工業的に安定に反応を行わせる方法の提供。
【解決手段】触媒として、化学式(1)で示すヘテロポリ酸塩を用い、炭化水素を、20℃以上、130℃以下の温度範囲で、分子状酸素により液相酸化する際に、液相中に、水を触媒に対して重量比で0.004以上、2以下、共存させ、その水量の割合を変化させて酸化反応速度を調整する。
1968 (1)
(式中、Aは、一価または二価の金属カチオンまたは四級アンモニウムカチオン、aは、4.5以上、12以下、Xは、W、MoまたはV、Yは、周期表第7〜12周期の第4〜6族遷移金属、Oは、酸素原子)

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、ヘテロポリ酸塩触媒を用いて、石油化学原料である炭化水素を、分子状酸素により液相酸化反応させる際の、反応速度調整方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
有機物質の分子状酸素によるヘテロポリ酸触媒を用いた液相酸化反応においては、ヘテロポリ酸塩のカウンターカチオンとして親油性の高い四級アンモニウムカチオンを用い、触媒を均一系の状態で使用する場合が知られている(非特許文献1参照)。この時の触媒には、通常の無機イオンをカウンターカチオンとするヘテロポリ酸塩と異なり、配位水はほとんど存在しない。したがって、有機相中の均一系酸化反応では、水の影響というものは特に知られていない。一方、無機イオンをカウンターカチオンとする場合は、通常、配位水が存在し、その配位水量により結晶形が異なるが、各々のヘテロポリ酸塩に最適の配位水量があり、通常のその配位水量で反応が行われるため、その配位水を調整することは行われていない。
酸性のケギン型ヘテロポリ酸をブレーンステッド酸触媒として使用する環状エーテルのカチオン重合において、その配位水量を調整して、重合速度を調整する方法は知られているが、これは、配位水量でブレーンステッド酸性を調整して反応速度を調整するというものである(特許文献1参照)。
【0003】
【非特許文献1】
NATURE,VOL388,353−355,24 JULY 1997
【特許文献1】
特公昭63−30931号公報
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、分子状酸素による、炭化水素のヘテロポリ酸触媒を用いた液相酸化反応において、その酸化反応速度を自在に調整し、工業的に安定に反応を行わせる方法を提供することを課題とする。
【0005】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、ヘテロポリ酸塩触媒量と反応溶液中の水量を調整することにより、分子状酸素による炭化水素の酸化反応速度を調整できることを見出し、発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は、触媒として、化学式(1)で表されるサンドイッチ型ヘテロポリ酸塩を使用して、炭化水素を、20℃以上、130℃以下の温度範囲において、分子状酸素により液相酸化する際に、液相中に、水を触媒に対して重量比で0.004以上、2以下の範囲で共存させ、その水量の割合を変化させることにより酸化反応速度を調整する方法である。
1968   (1)
(式中、Aは、一価または二価の金属カチオンおよび/または四級アンモニウムカチオン、aは、4.5以上、12以下、Xは、W、MoおよびVから選ばれる少なくとも一種の金属、Yは、周期表第7〜12周期、かつ、第4〜6族の遷移金属から選ばれる少なくとも一種の遷移金属であり、5個のYは、異なる遷移金属の組み合わせであってもよい。Oは、酸素原子である。)
【0006】
本発明は、比較的低温領域で行われる液相酸化反応において、ヘテロポリ酸塩触媒重量に対して、一定の重量比範囲の水を存在させ、その範囲内で水量を変化させることにより、酸化反応速度を調整するというものである。
液相中の、触媒に対する水の重量比は0.004以上、2以下の範囲であり、使用する触媒の種類により若干異なるが、酸化反応速度をより高速にする上から、好ましくは0.05以上、0.5以下の範囲であり、最適な水量比は、0.3付近である。この範囲外の水量比で反応を実施すると、酸化反応速度が著しく低下する。水による酸化反応調整技術の原理は不明であるが、適量の水の存在が、ヘテロポリ酸塩触媒が分子状酸素により構造変化をもたらされる際の助剤として働いているものと考えられる。
【0007】
本発明で使用するヘテロポリ酸塩触媒は、分子状酸素と反応させるヘテロポリ酸塩に、分子状酸素がSide−onタイプおよび/またはEnd−onタイプで結合した物質が常温で安定に存在するため、通常のIR測定技術で簡単に分析できる。このサンドイッチ型ヘテロポリ酸塩と分子状酸素の結合体の生成速度も含水量に依存して若干変化することより、水がヘテロポリ酸触媒と分子状酸素が結合する素反応に影響を与えていることが推定される。通常の錯体触媒とこの分子状酸素との結合は、マイナス数十℃という低温でないと安定に存在しないので、このことより、ヘテロポリ酸塩触媒は、分子状酸素と親和性の良い酸化反応に適した触媒であることが推察される。
本発明で用いられる反応温度は20℃以上、130℃の範囲である。20℃未満の反応温度では、酸化反応速度が低速になる。逆に130℃を越える反応温度では、通常の気相酸化のように、ラジカル酸化反応が主として生じるため、酸化反応の選択率が著しく低下する。選択率と反応速度を考慮すると60℃以上、110℃以下が好ましい。
【0008】
本発明のサンドイッチ型ヘテロポリ酸塩は、J.CHEM.SOC.DALTON TRANS,143−155,(1991)に記載されているケギン型のヘテロポリアニオンが二量化したヘテロポリアニオンに、カウンターカチオンを加えたものであり、化学式(1)で表される組成で基本構造が形成されている。
1968   (1)
(式中、Aは、一価または二価の金属カチオンおよび/または四級アンモニウムカチオン、aは、4.5以上、12以下、Xは、W、MoおよびVから選ばれる少なくとも一種の金属、Yは、周期表第7〜12周期、かつ、第4〜6族の遷移金属から選ばれる少なくとも一種の遷移金属であり、5個のYは、異なる遷移金属の組み合わせであってもよい。Oは、酸素原子である。)
【0009】
実際には、化学式(1)の組成で形成される基本構造中に、HOやHO等が包含されていることが多く、また、基本構造外部に1〜100程度の配位水が存在する。
化学式(1)中のXは、酸化反応活性の観点から、Wおよび/またはMoが好ましく、構造安定性の観点からはWがより好ましい。
Yは、酸化反応触媒活性を有するMn、Co、Ni、Fe、Cu、Pd、Ru、OsおよびPtから選ばれる少なくとも一種の遷移金属を含むことが好ましい。低温で分子状酸素を活性化するという観点からは、Mn、Co、Cu、Pd、Ru、OsおよびPtから選ばれる少なくとも一種の遷移金属を含むことがより好ましい。
これらのサンドイッチ型ヘテロポリ酸塩骨格中に組み込まれた周期表第4〜6周期の遷移金属は、酸化反応時に骨格より脱離しにくく、酸化反応時、自らの酸化還元の価数変化のエネルギー障壁をサンドイッチ型ヘテロポリ酸塩骨格が低下させて、酸化反応を進行しやすくするという特性を持つ。
【0010】
化学式(1)で表されるヘテロポリ酸塩のカウンターカチオンとしては、一価または二価の金属イオンおよび/または四級アンモニウムカチオンが代表的に挙げられる。具体的には、Li、Na、K、Rb、Cs、Fr等のアルカリ金属カチオン、Be、Mg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+、Ra2+等のアルカリ土類金属イオン、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Mo、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、W、Re、Os、Ir、Pt、Au等の周期表第5族〜12族で、第4周期〜第6周期の遷移金属のイオン、テトラメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム、テトラプロピルアンモニウム、テトラブチルアンモニウム、テトラペンチルアンモニウム、テトラヘキシルアンモニウム、テトラヘプチルアンモニウム、テトラオクチルアンモニウム、テトラノニルアンモニウム、テトラデシルアンモニウム、テトラヘキサデシルアンモニウム、エチルトリメチルアンモニウム、メチルトリエチルアンモニウム、ブチルトリメチルアンモニウム、ヘキシルトリメチルアンモニウム、フェニルトリメチルアンモニウム、ベンジルトリメチルアンモニウム、オクチルトリメチルアンモニウム、テトラデシルトリメチルアンモニウム、ヘキサデシルトリメチルアンモニウム、オクタデシルトリメチルアンモニウム、ブチルトリエチルアンモニウム、ヘキシルトリエチル、フェニルトリエチルアンモニウム、ベンジルトリエチルアンモニウム、オクチルトリエチルアンモニウム、テトラデシルトリエチルアンモニウム、ヘキサデシルトリエチルアンモニウム、オクタデシルトリメチルアンモニウム、メチルトリブチルアンモニウム、エチルトリブチルアンモニウム、フェニルトリブチルアンモニウム、ベンジルトリブチルアンモニウム、ベンジルジメチルテトラデシルアンモニウム、ベンジルジメチルヘキサデシルアンモニウム、ベンジルジメチルオクタデシルアンモニウム、メチルトリヘキシルアンモニウム、メチルトリオクチルアンモニウム、メチルトリテトラデシルアンモニウム等の炭素数1以上20以下のアルキル基、フェニル基、ベンジル基等よりなる四級アンモニウムカチオンが挙げられる。また、酸素、窒素、ケイ素、硫黄、リン等のヘテロ原子を含むアンモニウムカチオンを用いることもできる。
【0011】
これらのカウンターカチオンの内、アルカリ金属および/またはアルカリ土類金属を使用すると、酸化反応速度が向上するので好ましい。さらに、Li、Naおよび/またはKを使用すると、水との親和性が向上し、最も酸化反応活性が向上するので、より好ましい。
分子状酸素は、その分圧により反応速度が変化するので、より高い酸素分圧で使用することが好ましい。原料である有機物質の爆発範囲を考慮し、より安全な条件で反応させるため、窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガスと混合して、ガス中の酸素濃度を下げて使用することが好ましい。酸素濃度としては、8%以下が好ましく、より好ましくは5%以下である。
【0012】
液相反応に用いられる溶媒としては、原料を溶媒として使用する方法と反応に不活性な溶媒を使用する方法が挙げられる。できるだけ原料自身を溶媒として使用することが好ましいが、生成物との分離が困難等の理由がある場合は、溶媒を加える。加える溶媒としては、本酸化反応条件でほとんど酸化されない溶媒であれば制限されない。一般的には、ヘキサフルオロアセトン、四塩化炭素、塩化メチレン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン、1,1,2−トリクロロエタン等のハロゲン系溶媒、超臨界二酸化炭素等の超臨界流体、ベンゼン、トルエン等の芳香族系溶媒、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド等の耐酸化性を有する含窒素、含硫黄系溶媒等が挙げられる。これらの溶媒を複数混合して用いてもよい。
【0013】
本発明の酸化反応の原料と反応の種類を例示すると、以下のとおりである。
エチレン、プロピレン、ブテン、ブタジエン、ペンテン、ヘキセン、ペプテン、オクテン、シクロペンテン、シクロペンタジエン、シクロヘキセン、シクロヘプテン、シクロオクテン、シクロデセン等の炭素数2以上20以下の二重結合を有する鎖状炭化水素のエポキシ化反応およびWacker−Type反応、エタン、プロパン、プロピレン、ブタン、ブテン、ペンタン、ペンテン、ヘキサン、ヘプタン、ヘプテン、オクタン、オクテン、デカン、シクロペンタン、シクロペンテン、シクロヘキサン、シクロヘキセン、シクロヘプタン、シクロヘプテン、シクロオクタン、シクロオクテン等のアルコール化、ケトン化、アルデヒド化、カルボン酸化反応、メタノール、エタノール、エチレングリコール、1−プロパノール、2−プロパノール、1,3−プロパンジオール、1−ブタノール、2−ブタノール、1,4−ブタンジオール、1−ペンタノール、2―ペンタノール、3−ペンタノール、1,5−ペンタンジオール、1−ヘキサノール、2−ヘキサノール、3−ヘキサノール、1,6−ヘキサンジオール、1−ヘプタノール、2−ヘプタノール、3−ヘプタノール、4−ヘプタノール、1,7−ヘプタンジオール、1−オクタノール、2−オクタノール、3−オクタノール、4−オクタノール、1,8−オクタンジオール、シクロペンタノール、シクロヘキサノール、シクロヘキサン−1,2−ジオール、シクロヘキサノン、シクロヘプタノール、シクロヘプタノン、シクロオクタノール、シクロオクタノン等の炭素数2以上20以下の含酸素炭化水素の酸化脱水素によるケトン化、アルデヒド化、カルボン酸化反応等が挙げられる。
【0014】
【発明の実施の形態】
以下に、実施例、参考例および比較例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0015】
【実施例1〜21、比較例1〜6】
[Na1219Co68のによるシクロヘキセン酸化]
(反応温度80℃、100℃、110℃)
100mlボンベ(ハステロイC製)に回転子、無水Na1219Co681.0gおよび水を所定量入れた後、シクロヘキセン1mmolと1,2−ジクロロエタン5mlを入れ、ボンベに蓋をした。ボンベ内を酸素置換した後、酸素を1K/G張り込み、所定の温度に調温されたオイルバスにつけ、所定時間、撹拌した。反応終了後、ボンベを氷水バスにつけ、0℃付近まで冷却した後、ボンベ内の圧力を落圧した。ボンベの蓋を開け、内容液を取り出し、原料の転化率および生成物の収率をガスクロマトグラフィーで確認した。
投入する水量、反応温度、反応時間を変更し、複数の実験を行った結果を表1に示す。
【0016】
【実施例22〜42、比較例7〜12】
[K1219ZnRu68のによるシクロヘキセン酸化]
(反応温度80℃、100℃、110℃)
投入するヘテロポリ酸塩無水物をK1219ZnRu68に変更した以外は、実施例1と同様の方法で、実験を行った。結果を表2に示す。
【0017】
【表1】



【0018】
【表2】



【0019】
【発明の効果】
本発明によると、ヘテロポリ酸塩触媒量と反応溶液中の水量を調整することにより、分子状酸素による炭化水素の酸化反応速度を容易、かつ、自在に調整することができる。そのため、本発明は、工業的に安定に、炭化水素を酸化反応させることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
触媒として、化学式(1)で表されるサンドイッチ型ヘテロポリ酸塩を使用して、炭化水素を、20℃以上、130℃以下の温度範囲において、分子状酸素により液相酸化する際に、液相中に、水を触媒に対して重量比で0.004以上、2以下の範囲で共存させ、その水量の割合を変化させることにより酸化反応速度を調整する方法。
1968   (1)
(式中、Aは、一価または二価の金属カチオンおよび/または四級アンモニウムカチオン、aは、4.5以上、12以下、Xは、W、MoおよびVから選ばれる少なくとも一種の金属、Yは、周期表第7〜12周期、かつ、第4〜6族の遷移金属から選ばれる少なくとも一種の遷移金属であり、5個のYは、異なる遷移金属の組み合わせであってもよい。Oは、酸素原子である。)
【請求項2】
液相中に、水を触媒に対して重量比で0.05以上0.5以下の範囲で共存させる請求項1記載の酸化反応調整方法。
【請求項3】
化学式(1)中のAが、アルカリ金属またはアルカリ土類金属である請求項1または2記載の酸化反応調整方法。
【請求項4】
化学式(1)中のXが、W、Yが、Mn、Co、Ni、Fe、Cu、Pd、Ru、OsおよびPtから選ばれる少なくとも一種の遷移金属である請求項1〜3のいずれか1項に記載の酸化反応調整方法。

【公開番号】特開2004−99551(P2004−99551A)
【公開日】平成16年4月2日(2004.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2002−265181(P2002−265181)
【出願日】平成14年9月11日(2002.9.11)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】