説明

重金属の回収方法およびそれに使用する重金属回収用試薬

【課題】 検体間における重金属回収率のばらつきを抑制する、重金属の回収方法を提供する。
【解決手段】 検体と、重金属にキレート可能なキレート剤との混合液を調製し、チオール基のマスキング剤の存在下、前記混合液中で、前記検体中の重金属と前記キレート剤との錯体を形成させ、前記錯体の回収により、前記検体中の重金属を回収する。これによって、検体間の回収率のばらつきを抑制して、重金属を回収できる。前記キレート剤は、1,5−ジフェニル−3−チオカルバゾン(ジチゾン)が好ましく、前記マスキング剤は、N−エチルマレイミド、ヨードアセトアミド、ヨード酢酸等が使用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重金属の回収方法、およびそれに使用する重金属回収用試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
水銀、カドミウム、鉛等の重金属は、人体に蓄積され、健康に悪影響を及ぼすことが知られている。このため、尿等の生体試料、水等の飲食品試料における重金属を分析することが重要である。
【0003】
重金属の分析は、一般に、前処理として、試料から夾雑物を除去して、重金属を分離し、前記分離した重金属について分析が行われる。前記前処理は、溶媒抽出が汎用されている。前記溶媒抽出は、重金属と結合するキレート剤の極性を利用し、水性媒体および有機媒体に対する分配係数の違いから、試料中の重金属を前記有機媒体中に抽出する方法である。抽出後、前記有機媒体を蒸発させることで、さらに、前記重金属を濃縮できる。具体例として、酸性条件の水性媒体中で不溶性である1,5−ジフェニル−3−チオカルバゾン(以下、「ジチゾン」ともいう)を前記キレート剤として使用するジチゾン法が、例えば、JISによって規定されている(非特許文献1、特許文献1参照)。前記ジチゾン法は、まず、酸性条件下で、前記ジチゾンと前記尿等の液体検体とを混合して、前記混合液中で、前記ジチゾンと前記液体検体中の重金属との錯体を形成させる。ついで、前記混合液に、四塩化炭素またはクロロホルム等の有機媒体を添加する。すると、前記錯体は、水性媒体と有機媒体とに対して分配係数が異なるため、前記有機媒体中に抽出される。この有機媒体を回収することで、前記錯体として、前記液体検体から重金属を回収できる。また、前記有機媒体を蒸発させれば、さらに重金属を濃縮できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第2969226号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】水銀分析マニュアル 環境省 平成16年3月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、このような方法で重金属を回収した場合、同じ条件下の処理であるにもかかわらず、検体間で回収率にばらつきがあるという問題が、本発明者によって明らかとなった。検体間で回収率にばらつきがあるということは、回収重金属を定量した場合に、定量結果の信頼性が不十分となるおそれがある。
【0007】
そこで、本発明は、検体間における重金属回収率のばらつきを抑制する、重金属の回収方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成するために、本発明の重金属の回収方法は、検体と、重金属にキレート可能なキレート剤との混合液を調製し、前記混合液中で、前記検体中の重金属と前記キレート剤との錯体を形成させる錯体形成工程、および、前記錯体の回収により、前記検体中の重金属を回収する重金属回収工程を含み、前記錯体形成工程において、チオール基のマスキング剤の存在下、前記混合液中で前記錯体を形成することを特徴とする。
【0009】
本発明の重金属の分析方法は、前記本発明の重金属の回収方法により、検体から重金属を回収する重金属回収工程、および、前記重金属を分析する分析工程を含むことを特徴とする。
【0010】
本発明の重金属回収用試薬は、重金属にキレート可能なキレート剤およびチオール基のマスキング剤を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、前記マスキング剤の存在下、前記検体中の重金属と前記キレート剤との錯体を形成することによって、前述のような、検体間の回収率のばらつきを抑制できる。また、回収率が低い検体に関しては、例えば、回収率を向上させることも可能である。このため、より信頼性に優れた重金属の分析を行うことが可能である。このため、本発明は、例えば、生体由来の検体に対する臨床検査、環境試験等において、極めて有用である。
【0012】
本発明者は、検体からの重金属の回収について、検体間での回収率のばらつきの原因を解明するため、鋭意研究を行った。その結果、本発明者は、検体の中でも、特に、生体内に蓄積した重金属を排出するデトックス療法をうけている患者由来の検体について、回収率のばらつきが顕著であり、また、低回収率であるとの知見を得た。前記デトックス療法は、一般に、生体の重金属を排出するため、キレート剤を投与する方法であり、前記キレート剤として、例えば、メソ−2,3−ジメルカプトコハク酸(DMSA)等が使用されている。そこで、本発明者は、前記DMSAはチオール基を有するため、前記検体由来のDMSAのチオール基が、検体中の重金属に対して、外部から添加するジチゾンと競合し、その結果、検体中の重金属が十分にジチゾンと錯体を形成することができず、回収率が低下すると推測した。そこで、ジチゾン等のキレート剤と前記重金属との錯体を形成するにあたって、実際に、チオール基のマスキング剤を併用したところ、検体間の回収率のばらつきを抑制し、回収率を向上することを実現するに到った。
【0013】
本発明は、前述のような前記デトックス療法をうけている患者由来の検体のみならず、健常者由来の検体についても適用できる。生体、食品および環境等に由来する検体には、例えば、アミノ酸であるシステイン等、チオール基含有化合物が多く存在するため、これらによっても、前記DMSAと同様の影響が生じると考えられる。このため、前記マスキング剤を使用することによって、DMSAと同様の理由から、これらのチオール含有化合物が原因となりうる、検体間の回収率のばらつきも、抑制可能と解される。なお、本発明は、これらの推定には、何ら制限されない。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<重金属の回収方法>
本発明の重金属の回収方法は、前述のとおり、検体と、重金属にキレート可能なキレート剤との混合液を調製し、前記混合液中で、前記検体中の重金属と前記キレート剤との錯体を形成させる錯体形成工程、および、前記錯体の回収により、前記検体中の重金属を回収する重金属回収工程を含み、前記錯体形成工程において、チオール基のマスキング剤の存在下、前記混合液中で前記錯体を形成することを特徴とする。
【0015】
本発明は、前記マスキング剤の存在下、前記混合液中で、前記検体中の重金属と前記キレート剤との錯体を形成することが特徴であり、その他の構成および条件は、何ら制限されない。
【0016】
本発明の回収方法において、回収目的の重金属は、特に制限されない。前記重金属は、例えば、Bi(ビスマス)、Hg(水銀)、Cd(カドミウム)、Pd(パラジウム)、Zn(亜鉛)、Tl(タリウム)、Ag(銀)、Pb(鉛)等があげられる。検体中の前記重金属の形態は、特に制限されず、例えば、重金属の単体でもよいし、重金属の合金でもよいし、重金属含有化合物でもよい。前記重金属含有化合物は、例えば、重金属を含む有機化合物でもよいし、重金属を含む無機化合物でもよい。前記重金属がHgの場合、例えば、有機水銀でもよいし、無機水銀でもよい。本発明の回収方法において、回収目的の重金属は、例えば、一種類でもよいし、二種類以上でもよい。本発明の回収方法は、例えば、前記検体から、一回の回収処理で、二種類以上の重金属を同時に回収することもできる。
【0017】
本発明の回収方法において、前記検体は、特に制限されない。前記検体は、例えば、生体由来の検体、環境由来の検体、化学物質、医薬品等があげられる。前記化学物質は、例えば、試薬、農薬または化粧品等があげられる。前記生体由来の検体は、特に制限されず、尿、血液、毛髪、臍帯等があげられる。前記血液検体は、例えば、赤血球、全血、血清、血漿等があげられる。これらの中でも、尿検体が好ましい。前記環境由来の検体は、特に制限されず、例えば、生物、食品、水、土壌、大気・空気等があげられる。前記生物検体は、例えば、魚介類等の動物または植物等があげられる。前記食品検体は、例えば、生鮮食品または加工食品等があげられる。前記水検体は、例えば、飲料水、地下水、河川水、海水、生活排水等があげられる。
【0018】
前記検体は、例えば、取り扱いが容易であることから、液状の検体(液体検体)が好ましい。前記検体は、例えば、未希釈液をそのまま液体検体として使用してもよいし、媒体に、懸濁、分散または溶解した希釈液を液体検体として使用してもよい。前記検体が固体の場合、例えば、前記媒体に懸濁、分散または溶解した希釈液を液体検体として使用してもよい。前記媒体を、以下、希釈媒体という。前記希釈媒体は、特に制限されず、例えば、水、緩衝液等があげられる。前記緩衝液は、特に制限されず、例えば、トリス緩衝液、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、クエン酸緩衝液、ベロナール緩衝液、各種のグッド緩衝液等があげられる。前記緩衝液の濃度は、特に制限されず、例えば、10〜100mmol/Lである。
【0019】
本発明において、「マスキング」は、SH基の反応性を不活性にすることを意味し、例えば、SH基の化学修飾により行うことができる。前記マスキング剤は、特に制限されず、例えば、公知のものが使用でき、いわゆるSH阻害剤も含まれる。前記化学修飾は、特に制限されず、例えば、アルキル化、活性二重結合への付加、アリル化、ジスルフィドとの交換反応、酸化、シアン化、メルカプチド化等があげられる。
【0020】
前記マスキング剤は、例えば、下記構造式(1)〜(3)からなる群から選択された少なくとも一つの構造式で表わされる化合物が使用できる。下記構造式(1)〜(3)で表わされる化合物は、例えば、いずれか一種類を使用してもよいし、二種類以上を併用してもよい。
【0021】
【化1】

【0022】
前記構造式(1)において、Rは、水素、アルキル基、フェニル基またはベンジル基を表す。前記構造式(2)において、Rは、水素、アルキル基、フェニル基またはベンジル基を表し、Xは、ハロゲンを表す。前記構造式(3)において、Rは、水素、アルキル基、フェニル基またはベンジル基を表し、Xは、ハロゲンを表す。
【0023】
前記アルキル基は、特に制限されず、例えば、直鎖状もしくは分枝状のアルキル基、または芳香族アルキル基があげられる。前記アルキル基の炭素数は、例えば、1〜7であり、好ましくは、1〜6であり、より好ましくは、1〜2であり、さらに好ましくは、2である。前記直鎖状または分枝状のアルキル基は、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、イソブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、n−ぺンチル、イソペンチル、ネオペンチル、n−ヘキシル、イソヘキシル、n−ヘプチル、n−オクチル、n−ノニル、n−デシル等があげられる。前記アルキル基は、例えば、水素が、置換されてもよいし、未置換でもよい。
【0024】
前記フェニル基、ベンジル基は、例えば、水素が、置換されてもよいし、未置換でもよい。前記ハロゲンは、例えば、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素等があげられる。
【0025】
前記構造式(1)で表わされるマスキング剤は、例えば、マレイミド、N−メチルマレイミド、N−エチルマレイミド、N−フェニルマレイミド、マレイミドプロピオン酸等があげられ、好ましくは、N−エチルマレイミドである。前記構造式(1)で表わされる化合物は、例えば、いずれか一種類でもよいし、二種類以上を併用してもよい。
【0026】
前記構造式(2)で表わされるマスキング剤は、例えば、ヨードアセトアミド等のハロゲンアセトアミド等があげられ、好ましくは、ヨードアセトアミドである。前記構造式(2)で表わされる化合物は、例えば、いずれか一種類でもよいし、二種類以上を併用してもよい。
【0027】
前記構造式(3)で表わされるマスキング剤は、例えば、ハロゲン酢酸等のヨード酢酸等があげられ、好ましくは、ヨード酢酸である。前記構造式(3)で表わされる化合物は、例えば、いずれか一種類でもよいし、二種類以上を併用してもよい。
【0028】
本発明の回収方法において、前記キレート剤は、例えば、硫黄含有基を含むキレート剤であることが好ましい。前記硫黄含有基は、硫黄原子を含む官能基である。前記硫黄含有基は、例えば、チオケトン基が好ましい。前記チオケトン基は、特に制限されず、例えば、チオカルバゾン基、チオセミカルバゾン基、チオカルバジアゾン基、チオ尿素基、チオセミカルバジド基およびルベアメート基があげられる。
【化2】

【0029】
前記キレート剤は、例えば、下記構造式(4)で表されるキレート剤が好ましい。
【0030】
【化3】

【0031】
前記構造式(4)において、RおよびRは、それぞれ、フェニル基を表す。すなわち、前記構造式(4)で表されるキレート剤は、チオカルバゾン基を含むキレート剤であり、1,5−ジフェニル−3−チオカルバゾン(ジチゾン)である。前記構造式(4)は、例えば、塩でもよい。
【0032】
前記フェニル基は、例えば、水素が、置換されてもよい。置換される場合、前記水素は、例えば、ハロゲン、ナトリウムおよびカリウム等のアルカリ金属等に置換されてもよい。
【0033】
本発明の回収方法において、前記キレート剤は、前述のように、硫黄含有基を含むキレート剤が好ましい。前記硫黄含有基は、例えば、チオケトン基があげられ、前記チオケトン基を含むキレート剤は、例えば、チオカルバゾン基、チオセミカルバゾン基、チオカルバジアゾン基、チオ尿素基、チオセミカルバジド基およびルベアメート基からなる群から選択された少なくとも一つの基を含むキレート剤があげられる。前記キレート剤の具体例としては、例えば、以下のようなものが例示できる。本発明において、これらのキレート剤は、例示であって、本発明はこれらの記載に何ら制限されない。
(a1) チオカルバゾン基を含むキレート剤
例えば、1,5−ジ(2−ナフチル)チオカルバゾン
(a2) チオセミカルバゾン基を含むキレート剤
例えば、アセトンチオセミカルバゾン、アセトフェノンチオセミカルバゾン
(a3)チオカルバジアゾン基を含むキレート剤
例えば、ジフェニルチオカルバジアゾン
(a4)チオ尿素基を含むキレート剤
例えば、1−アセチル−2−チオ尿素、グアニルチオ尿素、1,3−ビス(ジメチルアミノプロピル)−2−チオ尿素、テトラメチルチオ尿素、N,N’−ジエチルチオ尿素、N,N’−ジイソプロピルチオ尿素、N,N’−ジブチルチオ尿素、1,3−ビス(ジメチルアミノプロピル)−2−チオ尿素、N−アリル−N’−(2−ヒドロキシエチル)チオ尿素、N,N’−ビス(2−ヒドロキシエチル)チオ尿素、ジアセチルチオ尿素、フェニルチオ尿素、N,N’−ジフェニルチオ尿素、モノ−o−トリルチオ尿素、N,N’−ジ−o−トリルチオ尿素、ベンゾイルチオ尿素
(a5) チオセミカルバジド基を含むキレート剤
例えば、フェニルチオセミカルバジド、4−フェニルチオセミカルバジド、4−メチルチオセミカルバジド、チオセミカルバジド
(a6) ルベアメート基を含むキレート剤
例えば、ジチオオキサミド(ルベアン酸)
【0034】
前記錯体形成工程において、前記検体、前記キレート剤および前記マスキング剤の添加順序は、特に制限されない。具体例として、例えば、前記検体に、前記マスキング剤を添加した後、さらに前記キレート剤を添加してもよいし、前記検体に、前記マスキング剤および前記キレート剤を同時に添加してもよい。
【0035】
前記混合液における前記検体の濃度は、特に制限されず、例えば、0.1〜100μg/Lの範囲である。前記混合液において、未希釈の検体の濃度が、前記範囲であることが好ましい。
【0036】
前記混合液における前記マスキング剤の濃度は、特に制限されず、例えば、5〜30mg/mLの範囲であり、好ましくは、10〜20mg/mLの範囲である。
【0037】
前記混合液において、前記マスキング剤と前記検体との混合割合は、特に制限されず、例えば、前記検体1mLに対して、前記マスキング剤5〜30mgの範囲が好ましく、より好ましくは、10〜20mgの範囲である。
【0038】
前記混合液における前記キレート剤の濃度は、特に制限されず、例えば、0.1〜0.3mg/mLの範囲である。
【0039】
前記混合液において、前記キレート剤と前記検体との混合割合は、特に制限されず、例えば、前記検体1mLに対して、前記キレート剤0.1〜0.3mgの範囲が好ましい。
【0040】
前記重金属回収工程は、特に制限されず、前記錯体を回収すればよい。前記重金属は、例えば、前記錯体として回収されてもよいし、さらに、回収した前記錯体から遊離させ、単体の重金属として回収してもよい。
【0041】
以下に、本発明の回収方法について、例をあげて説明するが、本発明は、これらの実施形態には制限されない。
【0042】
(1)第1実施形態 第1実施形態の回収方法は、前記キレート剤として前記構造式(4)で表わされるキレート剤を使用し、水性溶媒により重金属を回収する例である。
【0043】
本実施形態の回収方法は、前記錯体形成工程が、下記(1A)工程を含み、前記重金属回収工程が、下記(1B)工程および下記(1C)工程を含む。
(1A)前記キレート剤が水性溶媒に不溶化可能なpH条件下で、前記検体と前記キレート剤との混合液を調製し、前記マスキング剤の存在下、前記混合液中で、前記検体中の重金属と前記キレート剤との錯体を形成する錯体形成工程
(1B)前記混合液から前記錯体を回収する錯体回収工程
(1C)アルカリ性条件下で、回収した前記錯体を水性媒体に溶解して、重金属を回収する錯体溶解工程
【0044】
本実施形態によれば、pH条件の違いによる、水性媒体に対する前記キレート剤の溶解性の差異を利用することにより、実質的に有機媒体を使用することなく、簡便に重金属を回収できる。また、本実施形態によれば、重金属の回収率および重金属の濃縮率を向上できる。
【0045】
(1A)錯体形成工程
前記錯体形成工程は、前記キレート剤が水性溶媒に不溶化可能なpH条件下で、前記検体と前記キレート剤との混合液を調製し、前記マスキング剤の存在下、前記混合液中で、前記検体中の重金属と前記キレート剤との錯体を形成する。以下、「前記キレート剤が水性媒体に不溶化可能な前記pH条件」を、「不溶化pH条件」ともいう。
【0046】
前記キレート剤は、前記不溶化pH条件下において、前記混合液に非溶解の状態を維持できる。このため、前記検体中に重金属が存在する場合、前記混合液において、前記キレート剤と前記検体中の重金属とが錯体を形成する。前記キレート剤は、前記混合液において、例えば、全てが溶解していない状態であることが好ましいが、一部の前記キレート剤が溶解した状態でもよい。後者の場合、例えば、一部のキレート剤が溶解しても、前記重金属と錯体を形成可能な量のキレート剤が、溶解しない状態で前記混合液中に存在していればよい。
【0047】
前記錯体形成工程において、前記不溶化pH条件は、特に制限されない。前記不溶化pH条件は、例えば、酸性条件(pH5以下)、中性条件(pH6〜7)、アルカリ性条件(pH7を超え8以下)があげられる。前記不溶化pH条件は、その上限が、例えば、pH8であり、好ましくはpH6.8、より好ましくはpH4、さらに好ましくはpH3、特に好ましくはpH2である。前記不溶化pH条件の下限は、特に制限されず、例えば、pH1が好ましい。前記不溶化pH条件は、例えば、使用する前記キレート剤の種類に応じて適宜設定できる。
【0048】
前記キレート剤と前記検体とを含む前記混合液は、実質的に水性媒体であればよい。前記水性媒体は、非有機媒体であり、いわゆる水性の液体を意味する。「実質的に水性媒体である」は、例えば、完全な水性媒体の他に、微量の有機媒体(いわゆる、有機溶媒)を含む水性媒体でもよいことを意味する。
【0049】
前記検体と混合する際、前記キレート剤の形状は、特に制限されず、例えば、乾燥状態(または固体状態ともいう)でもよいし、液体状態でもよい。後者の場合、前記キレート剤は、前記キレート剤が溶解しない非有機媒体に分散されている、前記キレート剤の分散液であることが好ましい。以下、前記キレート剤を分散させる前記非有機媒体を、「分散媒」という。前記分散媒は、例えば、前記不溶化pH条件の非有機媒体(水性媒体)である。前記不溶化pH条件が酸性条件の場合、前記分散媒は、例えば、酸およびその水溶液、前記酸性条件の緩衝液があげられる。前記不溶化pH条件がアルカリ性条件の場合、例えば、アルカリおよびその水溶液、前記アルカリ性条件の緩衝液があげられる。前記不溶化pH条件が中性条件の場合、前記分散媒は、例えば、水、中性の水溶液、前記中性条件の緩衝液、その他に、前述した、酸およびその水溶液、前記酸性条件の緩衝液、アルカリおよびその水溶液、前記アルカリ性条件の緩衝液等があげられる。
【0050】
前記酸は、特に制限されず、例えば、塩酸、硫酸、酢酸、ホウ酸、リン酸、クエン酸等があげられる。前記酸の水溶液は、例えば、酸を水または緩衝液で希釈したものがあげられる。酸の希釈に使用する前記緩衝液は、特に制限されず、前述のような一般的な緩衝液が使用できる。前記酸の水溶液において、前記酸の濃度は、特に制限されず、例えば、0を越え1N以下であり、好ましくは0.01〜0.1Nである。前記酸性条件の緩衝液は、特に制限されず、例えば、クエン酸緩衝液、酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、グッドバッファー等があげられる。前記緩衝液の濃度は、特に制限されず、例えば、10〜100mmol/Lである。
【0051】
前記中性の水溶液は、特に制限されず、例えば、生理食塩水、リン酸緩衝液、トリス緩衝液等があげられる。前記中性条件の緩衝液は、特に制限されない。前記緩衝液の濃度は、特に制限されず、例えば、10〜100mmol/Lである。
【0052】
前記アルカリは、特に制限されず、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等があげられる。前記アルカリ性の水溶液は、例えば、アルカリを水または緩衝液で希釈したものがあげられる。前記アルカリの希釈に使用する前記緩衝液は、特に制限されず、前述の一般的な緩衝液が使用できる。前記アルカリ性の水溶液において、前記アルカリの濃度は、特に制限されず、例えば、0を超え7×10−3N以下である。前記アルカリ性条件の緩衝液は、特に制限されず、例えば、Tris−NaOH、Tris−HCl、炭酸バッファー、グッドバッファー等があげられる。前記緩衝液の濃度は、特に制限されず、例えば、10〜100mmol/Lである。
【0053】
前記検体と前記キレート剤の混合方法は、特に制限されない。前記検体と前記キレート剤は、例えば、下記(x)〜(z)等の混合方法が例示できる。
(x)予め前記不溶化pH条件に調節した前記検体と、前記キレート剤とを混合
(y)予め前記不溶化pH条件に調節した前記キレート剤と、前記検体とを混合
(z)前記不溶化pH条件の非有機媒体と、前記キレート剤および前記検体とを混合
【0054】
前記(x)〜(z)において、前記マスキング剤は、例えば、予め前記キレート剤と混合してもよいし、予め前記検体と混合してもよいし、予め前記非有機媒体と混合してもよい。前記マスキング剤は、例えば、前記不溶化pH条件に調節前の前記検体および前記キレート剤のいずれかに混合してもよいし、前記不溶化pH条件に調節後の前記検体および前記キレート剤のいずれかに混合してもよい。
【0055】
前記(x)では、例えば、前記不溶化pH条件に調節した前記検体と、前記キレート剤とを混合することによって、前記不溶化pH条件の前記混合液が調製でき、前記混合液において、前記錯体を形成できる。この際、例えば、前記キレート剤との混合により調製される前記混合液が、前記不溶化pH条件となるように、前記検体のpHを調節する。
【0056】
前記不溶化pH条件が酸性条件の場合、例えば、前記検体を前記酸性条件に調節する方法は、特に制限されない。前記調節は、例えば、前記検体に、酸性試薬を添加することにより行える。前記酸性試薬は、例えば、酸およびその水溶液、前記酸性条件の緩衝液等があげられる。前記酸は、特に制限されず、例えば、塩酸、硫酸、クエン酸、ホウ酸、リン酸、酢酸等があげられる。前記酸の水溶液は、例えば、酸を水または緩衝液で希釈したものがあげられる。酸の希釈に使用する前記緩衝液は、特に制限されず、前述のような一般的な緩衝液が使用できる。前記酸の水溶液において、前記酸の濃度は、特に制限されず、例えば、0.01〜5Nである。前記酸性条件の緩衝液は、特に制限されず、例えば、クエン酸緩衝液、酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、グッドバッファー等があげられる。前記緩衝液の濃度は、特に制限されず、例えば、10〜100mmol/Lである。
【0057】
前記不溶化pH条件がアルカリ性条件の場合、例えば、前記検体を前記アルカリ性条件に調節する方法は、特に制限されない。前記調節は、例えば、前記検体に、アルカリ性試薬を添加することにより行える。前記アルカリ性試薬は、例えば、前述したような、アルカリおよびその水溶液、前記アルカリ性条件の緩衝液等があげられる。
【0058】
前記不溶化pH条件が中性条件の場合、例えば、前記検体を前記中性条件に調節する方法は、特に制限されない。前記検体の本来のpH条件に応じて、例えば、前記酸性試薬、アルカリ性試薬、または、中性試薬を添加することにより行える。前記中性試薬は、例えば、前述したような、水、中性の水溶液、前記中性条件の緩衝液があげられる。
【0059】
前記(y)では、例えば、前記検体と、前記不溶化pH条件に調節した前記キレート剤とを混合することによって、前記不溶化pH条件の前記混合液が調製でき、前記混合液において、前記錯体を形成できる。この際、例えば、前記検体との混合により調製される前記混合液が、前記不溶化pH条件となるように、前記キレート剤のpHを調節する。
【0060】
前記キレート剤を前記不溶化pH条件に調節する方法は、特に制限されない。具体例としては、乾燥状態の前記キレート剤を、前記キレート剤が溶解しない非有機媒体に分散することで、前記不溶化pH条件に調節された、前記キレート剤の分散液が得られる。前記キレート剤を分散させる前記非有機媒体は、例えば、前述した分散媒が使用でき、前記酸性試薬、前記アルカリ性試薬、前記中性試薬等と同様である。
【0061】
前記乾燥状態の前記キレート剤は、例えば、非有機媒体への分散性に優れることから、凍結乾燥品または減圧乾燥品が好ましい。これらの乾燥品の製造方法は、特に制限されず、例えば、前記キレート剤を有機媒体に混合した後、凍結乾燥または減圧乾燥することによって得られる。前記有機媒体は、特に制限されず、例えば、t−ブチルアルコール、2−プロパノール等が使用できる。
【0062】
前記(z)では、例えば、前記不溶化pH条件の非有機媒体と、前記キレート剤および前記検体とを混合することによって、前記不溶化pH条件の前記混合液が調製でき、前記混合液において、前記錯体を形成できる。この際、例えば、前記キレート剤および前記検体との混合により調製される前記混合液が前記不溶化pH条件となるように、前記非有機媒体のpHを調節する。
【0063】
前記不溶化pH条件の非有機媒体は、例えば、前述した前記酸性試薬、前記アルカリ性試薬または前記中性試薬等が使用できる。
【0064】
前記キレート剤および前記検体の混合方法は、特に制限されず、例えば、転倒混和、振動、超音波等の従来の方法があげられる。
【0065】
前記混合液には、前記キレート剤、前記検体および前記マスキング剤の他に、その他の成分が含まれてもよい。前記他の成分は、特に制限されず、例えば、酸化剤、還元剤等があげられる。前記酸化剤は、例えば、前記キレート剤と前記重金属との錯体形成反応の反応性の向上に使用できる。前記還元剤は、例えば、前記混合液中に過剰量の酸化剤が含まれている場合に、前記過剰量の酸化剤の消去に使用できる。
【0066】
前記錯体形成の処理条件は、特に制限されず、処理温度は、例えば、室温であり、処理時間は、例えば、30秒〜10分である。
【0067】
(1B)錯体回収工程
前記錯体回収工程は、前記錯体形成工程において形成された錯体を、前記混合液から回収する。
【0068】
前述のように、前記不溶化pH条件下において、前記キレート剤は、非溶解の状態を維持できる。このため、前記キレート剤と前記重金属との錯体も、非溶解の状態で、前記混合液に存在する。そこで、この錯体回収工程において、前記混合液に存在する非溶解の前記錯体を回収する。なお、前記マスキング剤は、前記混合液の液体画分に存在するため、この錯体回収工程において除去できる。
【0069】
前記錯体の回収方法は、特に制限されず、例えば、固体と液体とを分離する公知の方法が採用できる。前記回収方法は、例えば、遠心分離処理、ろ過処理、沈殿処理、膜分離処理、吸着処理、凍結乾燥処理等の処理方法があげられる。前記回収の処理条件は、特に制限されず、例えば、錯体の種類や量に応じて適宜設定できる。前記遠心分離処理によって前記錯体の回収を行う場合、例えば、遠心加速度:19,600〜29,400m/s(2,000〜3,000×g)の範囲、温度:4℃〜室温の範囲、時間:1〜10分の範囲の条件があげられる。前記遠心分離後、例えば、上清を除去することで、前記錯体を回収できる。前記ろ過処理によって前記錯体の回収を行う場合、例えば、使用するフィルターは、特に制限されず、ろ紙、粉末ろ紙、メンブレンフィルター等があげられる。前記ろ過処理後、前記フィルターを通過しない画分を、前記錯体として回収できる。
【0070】
(1C)錯体溶解工程
前記錯体溶解工程は、アルカリ性条件下で、前記回収した錯体を水性媒体に溶解して、重金属を回収する。
【0071】
前記キレート剤は、前記アルカリ性条件下において溶解する。このため、アルカリ性条件下で、前記回収した錯体を水性媒体に混合することによって、前記キレート剤を、前記錯体の状態で前記水性媒体に溶解できる。前記錯体が溶解された前記水性媒体を、錯体水溶液ともいう。前記錯体は、前記水性媒体において、例えば、全てが溶解していることが好ましいが、一部の前記錯体が非溶解の状態で残存してもよい。前記非溶解の錯体は、例えば、検出限界以下であることが好ましい。
【0072】
前記錯体溶解工程において、前記アルカリ性条件は、特に制限されない。前記アルカリ性条件の下限は、例えば、pH9が好ましく、より好ましくはpH11である。前記アルカリ性条件の上限は、特に制限されず、例えば、pH12が好ましい。前記アルカリ性条件は、例えば、使用する前記キレート剤の種類によって適宜設定できる。なお、前記錯体形成工程の不溶化pH条件がアルカリ性条件の場合、前記錯体溶解工程における前記アルカリ性条件は、前者よりも高いpHであることが好ましい。
【0073】
前記錯体の溶解方法は、特に制限されない。例えば、予め前記アルカリ性条件に調節した前記水性媒体を前記錯体に添加して、前記錯体を溶解させてもよいし、前記水性媒体に前記錯体を添加した後、前記混合液を前記アルカリ性条件に調節して、前記錯体を溶解させてもよい。
【0074】
前記アルカリ性条件の調節方法は、特に制限されない。前記調節は、例えば、アルカリ性試薬が使用できる。前記アルカリ性試薬は、例えば、アルカリおよびその水溶液、前記アルカリ性条件の緩衝液等があげられる。前記アルカリは、特に制限されず、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等があげられる。前記アルカリの水溶液は、例えば、アルカリを水または緩衝液で希釈したものがあげられる。前記アルカリの希釈に使用する前記緩衝液は、特に制限されず、前述の一般的な緩衝液が使用できる。前記アルカリの水溶液において、前記アルカリの濃度は、特に制限されず、例えば、0.1〜1Nである。前記アルカリ性条件の緩衝液は、特に制限されず、例えば、Tris−NaOH、Tris−HCl、炭酸バッファー、グッドバッファー等があげられる。前記緩衝液の濃度は、特に制限されず、例えば、10〜100mmol/Lである。
【0075】
前記錯体および前記水性媒体の混合方法は、特に制限されず、例えば、転倒混和、振動、超音波等の従来の方法があげられる。
【0076】
前記錯体に対する前記水性媒体の添加量は、特に制限されない。前記水性媒体の添加量は、例えば、回収された前記錯体を溶解できる量を添加することが好ましい。また、前記水性媒体の添加量は、例えば、前記検体の液量より少量であることが好ましい。これによって、例えば、使用した前記検体よりも高い濃度の重金属含有液を得ることができる。すなわち、前記検体よりも重金属が濃縮された重金属含有液を得ることができる。前記水性媒体の添加量は、前記検体の液量に対して、例えば、1/2〜1/100の範囲であり、好ましくは1/10〜1/50の範囲であり、より好ましくは1/50である。
【0077】
本実施形態において、前記重金属回収工程は、前記錯体を水性媒体に溶解した後、さらに、前記錯体における前記キレート剤を分解する工程を含んでもよい。このように前記キレート剤を分解することにより、前記錯体から前記重金属を単体で回収できる。前記キレート剤の分解方法は、特に制限されず、例えば、灰化等の公知の方法があげられる。前記灰化は、例えば、湿式灰化または乾式灰化があげられる。前記湿式灰化は、例えば、水銀分析マニュアル(環境省、平成16年3月)に従って行える。
【0078】
以下に、本実施形態について、前記不溶化pH条件を酸性条件とし、前記キレート剤として前記ジチゾンを使用し、前記検体として尿検体を使用し、重金属である水銀を回収する方法を、例にあげて説明する。これらは一例であり、本発明を制限するものではない。
【0079】
まず、前記尿検体に前記マスキング剤を添加して、検体混合液を調製する。
【0080】
前記尿検体の量は、特に制限されず、例えば、1〜100mLの範囲であり、好ましくは1〜20mLの範囲であり、より好ましくは5〜10mLの範囲である。前記マスキング剤は、前記尿検体1mLあたり、例えば、前述の濃度となるように添加する。
【0081】
前記検体混合液は、例えば、所定時間放置してもよい。前記処理温度は、例えば、室温であり、処理時間は、例えば、30秒〜10分である。
【0082】
つぎに、前記検体混合液のpHを、前記酸性試薬の添加により、前記酸性条件に調節する。前記酸性試薬の添加量は、特に制限されず、前記尿検体1mLあたり、例えば、1〜10μLの範囲である。前記酸性試薬は、例えば、塩酸水溶液が好ましく、その規定は、例えば、1〜8Nの範囲である。
【0083】
チューブに、凍結乾燥品のジチゾンを入れ、さらに、前記pH調節後の前記検体混合液を添加する。前記ジチゾンは、前記尿検体1mLあたり、例えば、0.1〜0.3mgであり、好ましくは0.3mgである。この際、前記ジチゾンを添加した前記混合液のpHは、例えば、1〜4であり、好ましくは1〜2である。
【0084】
調製した前記混合液を所定時間放置して、前記ジチゾンと前記尿検体中の水銀との錯体を形成させる。前記処理温度は、例えば、室温であり、処理時間は、例えば、30秒〜10分である。
【0085】
つぎに、前記混合液を遠心分離に供し、錯体を含む沈殿物と上清とに分離する。前記上清を除去し、前記チューブ内の前記錯体に、アルカリ性試薬を添加する。そして、前記錯体を前記アルカリ性試薬に溶解させる。
【0086】
前記アルカリ性試薬の添加量は、特に制限されず、前記尿検体1mLあたり、例えば、10〜200μLの範囲であり、好ましくは20〜100μLの範囲であり、より好ましくは20μLである。前記アルカリ性試薬のpHは、例えば、9〜12であり、好ましくは11〜12である。前記アルカリ性試薬は、例えば、水酸化ナトリウム水溶液が好ましく、その規定は、例えば、0.1〜1Nの範囲であり、好ましくは0.4Nである。
【0087】
このようにして、錯体の状態で水性媒体に溶解した水銀を回収できる。また、前記錯体に、例えば、湿式灰化等を施すことによって、前記錯体における前記ジチゾンを分解させ、水銀のみを回収することもできる。なお、一例として、水銀の回収を記載したが、本発明は、これには限定されない。
【0088】
(2)第2実施形態
第2実施形態の回収方法は、前記キレート剤として前記構造式(4)で表わされるキレート剤および下記構造式(5)で表わされるキレート剤を使用し、水性媒体により重金属を回収する例である。本実施形態は、特に示さない限り、前記第1実施形態の記載を援用できる。
【0089】
本実施形態において、前記構造式(4)で表わされるキレート剤を、第1キレート剤、下記構造式(5)で表わされるキレート剤を、第2キレート剤という。
【0090】
【化4】

【0091】
前記構造式(5)で表わされる第2キレート剤は、メソ−2,3−ジメルカプトコハク酸(DMSA)である。以下、前記第2キレート剤を、DMSAともいう。
【0092】
本実施形態の回収方法は、前記錯体形成工程が、下記(2A)工程を含み、前記重金属回収工程が、下記(2B)〜(2D)工程を含む。
(2A)前記検体と前記第1キレート剤との混合液を調製し、前記マスキング剤の存在下、前記混合液中で、前記第1キレート剤と前記検体中の重金属との第1錯体を形成させる第1錯体形成工程であり、前記第1キレート剤が水性媒体に不溶化可能なpH条件下で、前記混合液を調製する工程
(2B)前記混合液から前記第1錯体を回収する第1錯体回収工程
(2C)前記第1錯体と、前記第2キレート剤の水溶液との混合液を調製し、前記混合液中で、前記第1錯体由来の重金属と前記第2キレート剤との第2錯体を形成させる第2錯体形成工程であり、前記第2キレート剤の水溶液が、前記第1キレート剤が不溶化可能なpH条件である工程
(2D)前記混合液から、前記第2錯体が溶解した液体画分を回収することで、重金属を回収する第2錯体回収工程
【0093】
(2A)第1錯体形成工程
前記第1錯体形成工程は、前記第1キレート剤と検体との混合液を調製し、前記マスキング剤の存在下、前記混合液中で、前記第1キレート剤と前記検体中の重金属との第1錯体を形成する工程である。前記第1錯体形成工程において、前記混合液は、前記第1キレート剤が水性媒体に不溶化可能なpH条件下で調製する。以下、「前記第1キレート剤が水性媒体に不溶化可能な前記pH条件」を、「第1pH条件」ともいう。前記第1pH条件は、前記第1実施形態における「不溶化pH条件」であり、本実施形態において、前記第1実施形態の記載を援用できる。
【0094】
前記第1錯体形成工程(2A)は、前記第1実施形態における前記(1A)工程であり、本実施形態において、前記第1実施形態の記載を援用できる。
【0095】
(2B)第1錯体回収工程
前記第1錯体回収工程は、前記第1錯体形成工程において形成された第1錯体を、前記混合液から回収する。
【0096】
前記第1錯体回収工程(2B)は、前記第1実施形態における前記(1B)工程であり、本実施形態において、前記第1実施形態の記載を援用できる。
【0097】
(2C)第2錯体形成工程
前記第2錯体形成工程は、前記第1錯体と、前記第2キレート剤の水溶液との混合液を調製し、前記混合液中で、前記第1錯体由来の重金属と前記第2キレート剤との第2錯体を形成する工程である。前記第2錯体形成工程において、前記第2キレート剤の水溶液は、前記第1キレート剤が不溶化可能なpH条件である。以下、「前記第1キレート剤が不溶化可能なpH条件」を、「第2pH条件」ともいう。
【0098】
前記混合液において、前記第2キレート剤は、溶解した状態であり、前記第1錯体は、非溶解の状態を維持できる。そして、前記混合液において、前記第1錯体と前記第2キレート剤とが存在すると、メカニズムは不明であるが、前記第1錯体を形成する前記重金属の全部または一部が、前記第1錯体から解離して、前記第2キレート剤と結合し、前記第2キレート剤と前記重金属との前記第2錯体が形成される。
【0099】
前記第2pH条件は、例えば、水性媒体に対して、前記第2キレート剤が可溶化可能であり、且つ、前記第1キレート剤が不溶化可能なpH条件である。前記第2錯体形成工程において、前記第2キレート剤水溶液のpH条件と、前記水溶液と前記第1錯体との混合液のpH条件は、ともに、前記第2pH条件であることが好ましい。
【0100】
前記第2pH条件は、例えば、非アルカリ性条件があげられ、具体的には、酸性条件(pH2〜3)、弱酸性条件(pH4〜5)、中性条件(pH6〜7)があげられる。前記第2pH条件の上限は、特に制限されず、例えば、pH6.8であり、好ましくはpH6であり、より好ましくはpH4である。前記第2pH条件の下限は、特に制限されず、例えば、pH2であり、好ましくはpH3であり、より好ましくはpH4である。前記第2pH条件は、例えば、前記第1キレート剤および前記第2キレート剤の種類等により適宜設定できる。
【0101】
前記第2キレート剤水溶液は、例えば、水性媒体に前記第2キレート剤が溶解していればよい。前記第2キレート剤は、前記水溶液において、例えば、全てが溶解している状態であることが好ましいが、一部が溶解した状態でもよい。後者の場合、前記第2キレート剤は、例えば、前記第1錯体由来の前記金属と錯体を形成可能な量が、前記水溶液に存在していればよい。
【0102】
前記第2キレート剤水溶液は、例えば、水性媒体を前記第2pH条件に調整した後、前記第2キレート剤を溶解して調製してもよいし、水性媒体に前記第2pHを添加した後、この混合液のpHを前記第2pH条件に調整して、前記第2キレート剤を溶解して調製してもよい。
【0103】
前者の場合、前記第2キレート剤であるDMSAは、強酸性であることから、前記第2キレート剤を溶解する前記水性媒体は、例えば、前記アルカリ性試薬が好ましい。前記アルカリ性試薬に前記第2キレート剤を溶解することで、前記第2pH条件、好ましくは前記非アルカリ性条件の前記水溶液を調製できる。前記アルカリ性試薬のpHは、特に制限されず、下限が、例えば、8であり、好ましくは9であり、より好ましくは10であり、上限が、例えば、12であり、好ましくは11である。前記アルカリ性試薬は、特に制限されず、例えば、前記アルカリ性水溶液が好ましく、より好ましくはアルカリ性緩衝液である。前記アルカリ性水溶液は、例えば、リン酸3ナトリウム水溶液等があげられる。前記アルカリ性緩衝液は、例えば、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、グッドバッファー等があげられる。前記水溶液および前記緩衝液の濃度は、特に制限されず、例えば、10〜100mmol/Lであり、好ましくは100mmol/Lである。
【0104】
後者の場合、前記水性媒体は、特に制限されず、例えば、水、水溶液、緩衝液等が使用できる。そして、例えば、前記水性媒体と前記第2キレート剤とを混合した後、前記第2pH条件に調整すればよい。前記調整方法は、特に制限されず、例えば、前記酸性試薬、前記アルカリ性試薬、前記中性試薬等を適宜使用できる。
【0105】
前記第2キレート剤水溶液における前記第2キレート剤の濃度は、特に制限されず、例えば、5〜20mg/mLであり、好ましくは10〜20mg/mLである。
【0106】
前記第1錯体および前記第2キレート剤水溶液の混合方法は、特に制限されず、例えば、転倒混和、振動、超音波等の従来の方法があげられる。
【0107】
前記混合液において、前記第2キレート剤水溶液の添加量は、特に制限されない。前記第1錯体形成工程で使用した前記検体1mLあたり、例えば、10〜200μLが好ましく、より好ましくは20〜100μLであり、より好ましくは20μLである。また、前記混合液において、前記第1錯体と前記第2キレート剤との添加割合は、特に制限されない。前記第1錯体形成工程で使用する前記第1キレート剤と、前記第2錯体形成工程で使用する前記第2キレート剤との割合(重量比)が、例えば、1:0.3〜1:40であり、好ましくは1:7〜1:40であり、より好ましくは1:10〜1:40である。
【0108】
前記第1錯体に対する前記第2キレート剤水溶液の添加量は、特に制限されない。前記第2キレート剤水溶液の添加量は、例えば、使用した前記検体の液量より少量であることが好ましい。これによって、例えば、使用した前記検体よりも高い濃度の重金属含有液を得ることができる。すなわち、前記検体よりも重金属が濃縮された重金属含有液を得ることができる。前記第2キレート剤水溶液の添加量は、前記検体の液量に対して、例えば、1/2〜1/100の範囲であり、好ましくは1/10〜1/50の範囲であり、より好ましくは1/50である。
【0109】
前記混合液には、前記第1錯体および前記第2キレート剤水溶液の他に、その他の成分が含まれてもよい。前記他の成分は、特に制限されず、例えば、前述のような、酸化剤、還元剤等があげられる。
【0110】
前記第2錯体形成の処理条件は、特に制限されず、処理温度は、例えば、室温であり、処理時間は、例えば、30秒〜10分である。
【0111】
(2D)第2錯体回収工程
前記第2錯体回収工程は、前記混合液から、前記第2錯体形成工程において形成された第2錯体が溶解した液体画分を回収することで、重金属を回収する。
【0112】
前述のように、前記第2pH条件下において、前記第2キレート剤は、前記混合液に溶解した状態であるため、前記第2キレート剤と前記重金属との第2錯体も、溶解した状態で前記混合液に存在する。他方、前記第1キレート剤は、前記混合液に不溶化可能な状態であるため、非溶解状態で前記混合液に存在する。そこで、この第2錯体回収工程において、前記第2錯体が溶解した液体画分を回収することで、前記重金属を回収する。前記第2錯体は、前記混合液において、全てが溶解していることが好ましいが、一部の前記第2錯体が非溶解の状態でもよい。前記非溶解の第2錯体は、例えば、検出限界以下であることが好ましい。
【0113】
前記液体画分の回収方法は、特に制限されず、例えば、固体と液体とを分離する公知の方法が採用できる。前記回収方法は、例えば、前記第1実施形態の(1B)工程における回収方法の例示を援用できる。例えば、前記フィルターを用いたろ過処理の場合、前記ろ過処理後、前記フィルターを通過した画分を、前記液体画分として回収できる。
【0114】
本実施形態において、前記重金属回収工程が、前記液体画分を回収した後、さらに、前記第2錯体における前記第2キレート剤を分解する工程を含んでもよい。このように前記第2キレート剤を分解することにより、前記第2錯体から前記重金属を単体で回収できる。前記第2キレート剤の分解方法は、特に制限されず、例えば、灰化等の公知の方法があげられ、前記第1実施形態の記載を援用できる。
【0115】
以下に、本実施形態について、前記第1pH条件を酸性条件とし、前記第2pH条件を弱酸性〜中性条件とし、前記第1キレート剤として前記ジチゾン、前記第2キレート剤として前記DMSA、前記検体として尿検体を使用し、重金属である水銀を回収する方法を、例にあげて説明する。これらは一例であり、本発明を制限するものではない。
【0116】
前記第1実施形態と同様にして、前記尿検体へのマスキング剤の添加、得られた検体混合液のpH調節、前記pH調節後の検体混合液へのジチゾンの添加、ジチゾンと検体中の水銀との錯体の形成を行う。
【0117】
そして、前記第1実施形態と同様にして、前記混合液を遠心分離に供し、第1錯体を含む沈殿物と上清とに分離する。前記上清を除去し、前記チューブ内の前記第1錯体に、前記DMSA水溶液を添加する。これによって、前記第1錯体と前記DMSA水溶液の混合液において、前記第2錯体を形成させる。
【0118】
前記DMSA水溶液は、例えば、前記DMSAを、アルカリ性水溶液に溶解して調製できる。前記アルカリ性水溶液は、例えば、リン酸3ナトリウム水溶液が好ましく、濃度は、例えば、10〜100mmol/Lであり、pHは、例えば、9〜12である。前記DMSA水溶液において、前記DMSA濃度は、例えば、5〜20mg/mLである。前記DMSA溶液のpHは、例えば、2〜6の範囲であり、好ましくは4〜6の範囲であり、より好ましくは4である。
【0119】
前記第1錯体に対する前記DMSA水溶液の添加量は、特に制限されず、前記尿検体1mLあたり、例えば、10〜200μLの範囲であり、好ましくは20〜100μLの範囲であり、より好ましくは20μLである。前記第1錯体と前記DMSA溶液との混合液のpHは、例えば、2〜6の範囲であり、好ましくは4〜6の範囲であり、より好ましくは4である。
【0120】
つぎに、前記混合液を遠心分離に供し、前記第2錯体が溶解した上清と沈殿とに分離し、前記上清を回収する。
【0121】
このようにして、前記第2錯体の状態で液体画分に溶解した水銀を回収できる。また、前記第2錯体に、例えば、湿式灰化等を施すことによって、前記第2錯体における前記DMSAを分解させ、水銀のみを回収することもできる。なお、一例として、水銀の回収を記載したが、本発明は、これには限定されない。
【0122】
(3)第3実施形態
第3実施形態は、第2キレート剤として、下記構造式(6)で表わされるキレート剤を使用し、水性媒体により重金属を回収する例である。本実施形態は、特に示さない限り、前記第2実施形態の記載を援用できる。
【化5】

【0123】
前記構造式(6)において、
は、炭素数1または2のアルキル基またはアミノアルキル基を表し、または、Rを有さず、
Yは、
【化6】

を表わす。
【0124】
前記第2キレート剤は、例えば、下記構造式(6−1)で表わされるチオプロニン(N−(2−メルカプトプロピオニル)グリシン)、下記構造式(6−2)で表わされるDMPS(1,2−ジメルカプト−1−プロパンスルホン酸ナトリウム)、下記構造式(6−3)で表わされるシステイン(2−アミノ−3−スルファニルプロピオン酸)等があげられる。前記第2キレート剤は、例えば、前記構造式(6)を有する化合物の水和物でもよい。また、前記第2キレート剤は、その互変異性体または立体異性体でもよい。前記異性体は、例えば、幾何異性体、配座異性体等があげられる。前記第2キレート剤は、例えば、市販品を用いてもよい。前記チオプロニンは、例えば、関東化学(株)、東京化成工業(株)、和光純薬工業(株)等、前記DMPSは、例えば、和光純薬工業(株)等、前記システインは、例えば、ナカライテスク(株)をはじめ複数社から入手できる。前記第2キレート剤は、一種類でもよいし、二種類以上を併用してもよい。
【0125】
【化7】

【0126】
本実施形態の回収方法は、前記構造式(6)で表わす第2キレート剤を使用する以外、特に示さない限り、前記第2実施形態の記載を援用でき、具体的には、前記(2A)〜(2D)工程と同様にして行うことができる。
【0127】
前記(2C)工程の第2錯体形成工程において、前記第1錯体と、前記第2キレート剤の水溶液との混合液を調製し、前記混合液中で、前記第1錯体由来の重金属と前記第2キレート剤との第2錯体を形成する。
【0128】
前記(2C)工程において、第2pH条件は、例えば、水性媒体に対して、前記第2キレート剤が可溶化可能であり、且つ、前記第1錯体が不溶化可能なpH条件である。前記第2錯体形成工程において、前記第2キレート剤水溶液のpH条件と、前記水溶液と前記第1錯体との混合液のpH条件は、ともに、前記第2pH条件であることが好ましい。前記混合液は、前記第1キレート剤が溶解しなければ、いかなるpHであってもよい。
【0129】
前記第2pH条件は、例えば、非アルカリ性条件があげられ、具体的には、酸性条件(pH1〜3)、弱酸性条件(pH4〜5)、中性条件(pH6〜7)があげられる。前記第2pH条件の上限は、特に制限されず、例えば、pH6.8であり、好ましくはpH6であり、より好ましくはpH4である。前記第2pH条件の下限は、特に制限されず、例えば、pH4であり、好ましくはpH3であり、より好ましくはpH2であり、さらに好ましくはpH1である。前記第2pH条件は、例えば、前記第1キレート剤および前記第2キレート剤の種類等により適宜設定できる。
【0130】
前記第2キレート剤水溶液は、例えば、水性媒体に前記第2キレート剤が溶解していればよい。前記第2キレート剤は、前記水溶液において、例えば、全てが溶解している状態であることが好ましいが、一部が溶解した状態でもよい。後者の場合、前記第2キレート剤は、例えば、前記第1錯体由来の前記金属と錯体を形成可能な量が、前記水溶液に存在していればよい。
【0131】
前記第2キレート剤水溶液は、例えば、水性媒体を前記第2pH条件に調整した後、前記第2キレート剤を溶解して調製してもよいし、水性媒体に前記第2キレート剤を添加した後、この混合液のpHを前記第2pH条件に調整して、前記第2キレート剤を溶解して調製してもよい。
【0132】
前者の場合、前記第2キレート剤を溶解する前記水性媒体は、特に制限されず、例えば、水、水溶液、緩衝液等が使用できる。そして、例えば、前記水性媒体を前記第2pH条件に調整した後、前記第2キレート剤を溶解すればよい。前記調整方法は、特に制限されず、例えば、前記酸性試薬、前記アルカリ性試薬、前記中性試薬等を適宜使用できる。
【0133】
後者の場合、前記水性媒体は、特に制限されず、例えば、水、水溶液、緩衝液等が使用できる。そして、例えば、前記水性媒体と前記第2キレート剤とを混合した後、前記第2pH条件に調整すればよい。前記調整方法は、特に制限されず、例えば、前記酸性試薬、前記アルカリ性試薬、前記中性試薬等を適宜使用できる。
【0134】
前記第2キレート剤水溶液における前記第2キレート剤の濃度は、特に制限されず、例えば、15〜300mg/mLであり、好ましくは75〜150mg/mLである。本実施形態において、前記第2キレート剤は、特に溶解性に優れることから、前記チオプロニン、前記DMPS、前記システインが好ましい。例えば、前記第2キレート剤水溶液における前記第2キレート剤の濃度が高い程、前記第1錯体由来の重金属と前記第2キレート剤とでより多くの第2錯体を形成でき、重金属の回収率を向上できる。
【0135】
以下に、本実施形態について、前記第1pH条件を酸性条件とし、前記第2pH条件を弱酸性〜中性条件とし、前記第1キレート剤として前記ジチゾン、前記第2キレート剤として前記DMPS、前記検体として尿検体を使用し、重金属である水銀を回収する方法を、例にあげて説明する。これらは一例であり、本発明を制限するものではない。
【0136】
前記第1実施形態と同様にして、前記尿検体へのマスキング剤の添加、得られた検体混合液のpH調節、前記pH調節後の検体混合液へのジチゾンの添加、ジチゾンと検体中の水銀との錯体の形成を行う。
【0137】
そして、前記第1実施形態と同様にして、前記混合液を遠心分離に供し、第1錯体を含む沈殿物と上清とに分離する。前記上清を除去し、前記チューブ内の前記第1錯体に、前記DMPS水溶液を添加する。これによって、前記第1錯体と前記DMPS水溶液の混合液において、前記第2錯体を形成させる。
【0138】
前記DMPS水溶液は、例えば、前記DMPSを、媒体に溶解して調製できる。前記媒体は、例えば、リン酸3ナトリウム水溶液、硝酸、酢酸、リン酸、クエン酸、リン酸緩衝液、トリス緩衝液等があげられ、濃度は、例えば、10〜100mmol/Lである。前記媒体のpHは、特に制限されず、ジチゾンが溶解しない範囲であればよい。前記DMPS水溶液において、前記DMPS濃度は、例えば、5〜20mg/mLである。前記DMPS溶液のpHは、例えば、2〜6の範囲であり、好ましくは4〜6の範囲であり、より好ましくは4である。
【0139】
前記第1錯体に対する前記DMPS水溶液の添加量は、特に制限されず、前記尿検体1mLあたり、例えば、10〜200μLの範囲であり、好ましくは20〜100μLの範囲であり、より好ましくは20μLである。前記第1錯体と前記DMPS水溶液との混合液のpHは、例えば、2〜6の範囲であり、好ましくは1〜3の範囲であり、より好ましくは1である。
【0140】
つぎに、前記混合液を遠心分離に供し、前記第2錯体が溶解した上清と沈殿とに分離し、前記上清を回収する。
【0141】
このようにして、前記第2錯体の状態で液体画分に溶解した水銀を回収できる。また、前記第2錯体に、例えば、湿式灰化等を施すことによって、前記第2錯体における前記DMPSを分解させ、水銀のみを回収することもできる。なお、一例として、水銀の回収を記載したが、本発明は、これには限定されない。また、本例では、前記第2キレート剤として前記DMPSを用いた場合を例にとったが、例えば、前記第2キレート剤として前記チオプロニン、システイン等を用いた場合にも、本例と同様にして重金属を回収できる。
【0142】
(4)その他の実施形態
本発明の回収方法において、前記重金属回収工程は、例えば、前記各実施形態における水性媒体を用いた回収の他、前記錯体を、有機媒体で抽出する方法であってもよい。この場合、例えば、前記重金属回収工程は、日本工業規格(JIS)K0101およびK0102等で指定されているジチゾン法(比色法)および原子吸光法に準じて行ってもよい。
【0143】
<重金属の分析方法>
本発明の重金属の分析方法は、前述のように、前記本発明の回収方法により、検体から重金属を回収する重金属回収工程、および、前記重金属を分析する分析工程を含むことを特徴とする。前記重金属回収工程は、前記本発明の回収方法を引用できる。
【0144】
前記分析工程は、特に制限されず、例えば、分析目的の重金属の種類等に応じて、適宜選択できる。前記重金属の分析は、例えば、光学的測定、GC−ECD(ガスクロマトグラフ−電子捕獲型検出器)、電気化学的測定(例えば、ストリッピングボルタンメトリ等)等により行える。前記光学的測定による分析は、例えば、光学分析機器等を用いて、吸光度、透過率、反射率等を測定することにより行える。前記光学分析機器は、例えば、原子吸光光度計、可視光吸光度計等があげられる。前記重金属の分析は、例えば、定性でもよいし、定量でもよい。
【0145】
本発明の分析方法は、例えば、さらに、測定値の補正工程を含んでもよい。前記補正工程は、例えば、分析結果の測定値を、測定値と検体中の重金属濃度との相関関係により、補正できる。前記相関関係は、例えば、重金属濃度が既知である標準検体について、前記本発明の回収方法によりサンプルを回収し、前記サンプルの測定値と、前記標準検体の重金属濃度とをプロットすることにより求めることができる。前記標準検体は、重金属の希釈系列が好ましい。このように補正を行うことによって、より信頼性の高い定量が可能となる。
【0146】
前記重金属の分析は、例えば、前述のような錯体として分析してもよいし、前記錯体から前記重金属を単離して、前記重金属単体として分析してもよい。後者の場合、前記重金属回収工程は、前述のように、前記錯体における前記キレート剤を分解する工程、すなわち、前記錯体から前記重金属を単離する工程を含むことが好ましい。
【0147】
<重金属回収用試薬>
本発明の重金属回収用試薬は、前述のように、前記本発明の回収方法に使用する試薬であって、前述のように、重金属にキレート可能なキレート剤およびチオール基のマスキング剤を含むことを特徴とする。本発明の重金属回収用試薬は、前記キレート剤と前記マスキング剤を含むことが特徴であって、その他の構成および条件は、特に制限されない。前記キレート剤および前記マスキング剤は、例えば、前記本発明の回収方法を援用できる。
【0148】
<重金属回収用キット>
本発明の重金属回収用キットは、前記本発明の回収方法に使用するキットであって、重金属にキレート可能なキレート剤およびチオール基のマスキング剤を含むことを特徴とする。本発明の重金属回収用キットは、前記キレート剤と前記マスキング剤を含むことが特徴であって、その他の構成および条件は、特に制限されない。前記キレート剤および前記マスキング剤は、例えば、前記本発明の回収方法を援用できる。前記キレート剤および前記マスキング剤は、例えば、それぞれ別個の容器に収容されてもよいし、同一の容器に混合または未混同で収容されてもよい。
【0149】
前記重金属回収用キットは、前記キレート剤および前記マスキング剤の他に、例えば、その他の試薬を含んでもよい。前記その他の試薬は、特に制限されず、例えば、前述した酸化剤、還元剤等があげられる。
【0150】
<検体の前処理方法>
本発明の検体の前処理方法は、前記本発明の回収方法に供する検体の前処理方法であって、検体中の重金属と、重金属にキレート可能なキレート剤との錯体形成に先立って、前記検体に、チオール基のマスキング剤を添加することを特徴とする。本発明の前処理方法は、前記本発明の回収方法における前記錯体形成工程の記載を援用できる。
【0151】
本発明の重金属の分析方法は、前述の態様の他に、以下に示す第2の方法があげられる。本発明の第2の分析方法は、検体と、重金属にキレート可能なキレート剤との混合液を調製し、前記混合液中で、前記検体中の重金属と前記キレート剤との錯体を形成させる錯体形成工程、および、前記錯体の検出により前記重金属を分析する分析工程を含み、前記錯体形成工程において、チオール基のマスキング剤の存在下、前記混合液中で前記錯体を形成することを特徴とする。
【0152】
前記キレート剤は、例えば、前記重金属と錯体を形成した状態で検出可能であり、前記重金属と錯体を形成していない状態で検出不可なキレート剤が使用できる。このキレート剤によれば、例えば、前記錯体の回収の有無に関わらず、前記錯体の検出によって、間接的に、前記錯体を構成する重金属を検出できる。本発明の第2の分析方法は、例えば、前記錯体の回収による前記重金属回収工程が不要である。
【0153】
本発明の第2の分析方法において、前記キレート剤は、例えば、前述のジチゾンがあげられる。前記ジチゾンと重金属の錯体の検出方法は、特に制限されず、公知の方法が採用でき、吸光度等の光学的シグナルの測定により検出できる。本発明の第2の分析方法において、前記錯体形成工程は、前述の内容を全て援用できる。
【0154】
本発明の第2の検体の前処理方法は、前記本発明の第2の分析方法に供する検体の前処理方法であって、検体中の重金属と、重金属にキレート可能なキレート剤との錯体形成に先立って、前記検体に、チオール基のマスキング剤を添加することを特徴とする。
【実施例】
【0155】
つぎに、本発明の実施例について説明する。なお、本発明は、下記の実施例により制限されない。
【0156】
[実施例1]
(1)検体の調製
健常者から採取した尿検体(n=3)に、塩化水銀(II)を10μg/Lとなるよう添加し、検体Aとした。また、体内の重金属の排出療法としてメソ−2,3−ジメルカプトコハク酸(DMSA)を単回投与した患者から採取した尿検体(n=3)を、検体B、C、Dとして使用した。
【0157】
(2)キレート剤の調製
ジチゾン1.5mg(Fluka社製)をt−ブチルアルコール1mL(ナカライテスク社)に溶解し、この溶液を全て、ポリプロピレン(PP)製15mLコニカルチューブ(Nunc社製)に注入した。前記溶液を凍結乾燥した。
【0158】
(3)検体からの水銀の回収
5mLの前記検体A〜Dに、それぞれ、マスキング剤としてN−エチルマレイミド(NEM)を、0、12.5、25mmol/Lとなるように溶解した後、室温で15分静置した。これにより、前記検体中に含まれるチオール基含有化合物を前記NEMでマスキングした。前記NEM添加後の検体A〜Dに、それぞれ、5N 塩酸(ナカライテスク社製)を添加し、pHを、約1〜2に調整した。
【0159】
前記pH調整後の検体全量を、前記キレート剤である前記ジチゾンを含むチューブに添加し、室温で5分間、振とうすることによって、前記検体と前記ジチゾンとを混合し、前記ジチゾンと水銀との錯体を形成させた。その後、前記チューブを、遠心分離(19,600m/s(2000×g)、20℃、10分間)して、前記錯体を含む沈殿と上清とに分離した。
【0160】
前記上清を湿式灰化し、有機物を分解した。前記湿式灰化は、水銀分析マニュアル(環境省、平成16年3月)に従って行った。そして、前記灰化後の水銀回収サンプルについて、原子吸光光度計(商品名MERCURY ANALYZER、日本インスツルメンツ(株)製)により、前記上清中に含まれる水銀量を定量した。前記上清中に含まれる水銀量をジチゾン添加前の検体中の水銀量(X)から差し引き、ジチゾン添加後の検体中の水銀量(Y)を算出した。なお、前記ジチゾン添加前の検体中の水銀量(X)とは、前述と同様に調製したpH調整後の各検体について、ジチゾンを混合することなく、同様に湿式灰化して定量した水銀量である。
Y=X−上清中に含まれる水銀量(ng)
X:ジチゾン添加前の検体中の水銀量(ng)
Y:ジチゾン添加後の検体中の水銀量(ng)
【0161】
そして、ジチゾン添加前(吸着前)の検体中の水銀量と、ジチゾン添加後(吸着後)の検体中の水銀量とを、下記式(1)に代入して、水銀の回収率(%)を求めた。
回収率(%)=100×Y/X (1)
X:ジチゾン添加前の検体中の水銀量(ng)
Y:ジチゾン添加後の検体中の水銀量(ng)
【0162】
下記表1に、各検体について、NEM濃度と回収率との関係を示す。下記表1において、「吸着前」とは、ジチゾン添加前の検体における既知水銀量であり、「吸着後」とは、ジチゾン添加により回収した水銀回収サンプルの回収水銀量である。下記表1に示すように、NEM濃度が0mmol/Lの場合、健常者の検体Aは、回収率が83.53%であったのに対して、DMSA投与患者の検体B〜Dは、回収率が、それぞれ、87.83%、37.54%、69.50%であり、排出療法としてDMSAを投与された患者から採取した検体間で、回収率にばらつきが生じていた。これに対して、前記検体B〜Dにマスキング剤としてNEMを添加し、マスキング処理を施すことによって、NEMの濃度依存的に回収率が向上し、検体間での回収率のばらつきが著しく解消され、健常者の検体Aと同程度の回収率が実現できた。
【0163】
【表1】

【0164】
このように、例えば、検体中にDMSA等のチオール基含有化合物が含まれる場合、ジチゾンとの錯体形成により水銀を回収する際、検体間に回収率にばらつきが生じるが、本発明によれば、マスキング剤での処理によって、検体間の回収率にばらつきを軽減し、水銀の回収率を向上できることがわかった。
【0165】
[実施例2]
(1)検体の調製
健常者から採取した尿検体(n=1)を、検体aとした。また、前記検体aに、DMSAを0.2mmol/Lとなるように添加したものを、検体b(n=1)とした。DMSAを単回投与した患者から採取した尿検体(n=1)を、検体cとした。他方、前記各検体a〜cに、それぞれ、塩化水銀(II)(和光純薬工業社製)を1ppmとなるよう混合し、検体a1、b1およびc1とした。以下、検体a〜cを、水銀未添加検体といい、検体a1〜c1を、水銀添加検体ともいう。
【0166】
(2)マスキング試薬の調製
精製水に、終濃度が50mmol/LとなるようにNEMを添加して、NEM溶液を調製し、これをマスキング試薬1とした。
【0167】
(3)比色試薬
精製水に、硝酸およびラウリル硫酸ナトリウムを添加して、混合液を調製し、これを比色試薬2とした。前記比色試薬2において、硝酸の終濃度は0.13N、ラウリル硫酸ナトリウムの終濃度は0.9%とした。また、エタノールに、終濃度が0.024mmol/Lとなるようにジチゾンを溶解し、ジチゾン溶液を調製し、これを比色試薬3とした。
【0168】
(4)検体からの水銀の回収
前記検体a〜cおよびa1〜c1の6検体を、それぞれ0.49mL、別の容器に分取した。そして、前記容器に、前記マスキング試薬1を0.01mL混合した後、室温で15分静置することで、NEMによる前処理を行った。つぎに、前記容器に、前記比色試薬2を0.03mL混合した。さらに、前記容器に、前記比色試薬3を0.02mL添加し、添加時(0秒)および添加から30秒後に、波長490nmにおける吸光度を測定した。そして、30秒後の吸光度から、0秒の吸光度を差し引き、この値を各検体a〜c、a1〜c1のシグナル値とした。
【0169】
前記水銀添加検体(a1、b1、c1)と、前記水銀未添加検体(a、b、c)とのシグナル値の差(Δ)を求めた。そして、前記シグナル値の差(Δ)について、水銀添加検体a1と水銀未添加検体aとのシグナル値の差(Δa1−a)を100%として、相対値(%)を回収率として算出した。
【0170】
また、比較例として、前記NEMのマスキング試薬1に代えて、精製水0.01mLを使用した以外は、同様にして、シグナル値、シグナル値の差(Δ)および回収率を求めた。
【0171】
下記表2に、その結果を示す。下記表2に示すように、前処理に精製水を使用した比較例では、DMSA未添加の健常者由来検体aおよびa1と比較して、DMSAを添加した検体bおよびb1、ならびにDMSAを投与した患者由来の検体cおよびc1について、回収率が著しく低下した。これに対して、前処理にNEMを使用した実施例では、DMSAを添加した検体bおよびb1、ならびにDMSAを投与した患者由来の検体cおよびc1についても、75%以上という優れた回収率を示した。
【0172】
【表2】

【0173】
このように、例えば、検体中にDMSA等のチオール基含有化合物が含まれる場合、ジチゾンとの錯体として水銀を回収する際、検体間に回収率にばらつきが生じるが、本発明によれば、マスキング剤での処理によって、検体間の回収率のばらつきを軽減できた。
【0174】
[実施例3]
(1)検体の調製
健常者から採取した尿検体に、DMSAを0.2mmol/Lとなるように添加した。
【0175】
(2)キレート剤の調製
前記実施例1と同様にして、ジチゾンのキレート剤を調製した。
【0176】
(3)検体からの水銀の回収
5mLの前記検体に、マスキング剤としてヨード酢酸またはヨードアセトアミドを、それぞれ、12.5mmol/Lとなるように溶解した以外は、前記実施例1と同様にして、キレート剤を用いて水銀の回収を行い、回収率を求めた。また、比較例として、前記検体を、前記マスキング剤を溶解することなく、室温で15分静置した以外は、前記実施例1と同様にして、キレート剤を用いて水銀の回収を行い、回収率を求めた。
【0177】
下記表3に、その結果を示す。下記表3に示すように、検体にマスキング剤としてヨード酢酸またはヨードアセトアミドを溶解させた場合、マスキング剤不使用の比較例と比較して、回収率が向上した。
【0178】
【表3】

【0179】
[実施例4]
(1)検体の調製
体内の重金属の排出療法としてメソ−2,3−ジメルカプトコハク酸(DMSA)を単回投与した患者から尿検体を採取した。
【0180】
(2)キレート剤の調製
前記実施例1と同様にして、ジチゾンのキレート剤を調製した。
【0181】
(3)検体からの水銀の回収
5mLの前記検体に、マスキング剤としてNEMを、12.5mmol/Lとなるように溶解した以外は、前記実施例1と同様にして、キレート剤を用いて水銀の回収を行い、回収率を求めた。また、比較例として、前記検体を、前記マスキング剤を溶解することなく、室温で15分静置した以外は、前記実施例1と同様にして、キレート剤を用いて水銀の回収を行い、回収率を求めた。
【0182】
下記表4に、その結果を示す。下記表4に示すように、検体にマスキング剤としてNEMを溶解させた場合、マスキング剤不使用の比較例と比較して、回収率が向上した。
【0183】
【表4】

【0184】
[実施例5]
(1)検体およびキレート剤の調製
前記実施例4と同様にして、検体およびジチゾンのキレート剤を調製した。
【0185】
(2)第2キレート剤の調製
第2キレート剤としてチオプロニン(関東化学(株)製)を、0.1mol/L硝酸水溶液に500mmol/Lとなるように溶解し、チオプロニン水溶液を調製した。
【0186】
(3)検体からの水銀の回収
前記実施例4と同様にして、前記錯体を形成させ、上清を除去した。そして、前記チューブ内の前記沈殿全量に、前記第2キレート剤であるチオプロニン水溶液を添加し、室温で5分間、振とうすることによって、前記錯体と前記第2キレート剤水溶液とを混合し、前記混合液において、前記水銀と前記チオプロニンとの錯体(第2錯体)を形成させた。前記チューブを、遠心分離(19,600m/s(2000×g)、20℃、10分間)して、前記第2錯体が溶解した上清と沈殿とに分離した。前記上清を回収し、これを、水銀濃縮サンプルとした。
【0187】
前記水銀濃縮サンプルを湿式灰化し、有機物を分解した。前記湿式灰化は、水銀分析マニュアル(環境省、平成16年3月)に従って行った。そして、前記灰化後の水銀濃縮サンプルについて、原子吸光光度計(商品名MERCURY ANALYZER、日本インスツルメンツ(株)製)により、水銀濃度を定量した。また、ジチゾンのキレート剤、マスキング剤および第2キレート剤非添加の前記検体についても、同様にして、前記原子吸光光度計により、水銀濃度を定量した。そして、比較例として、前記検体を、前記マスキング剤を溶解することなく、室温で15分静置した以外は同様にして、ジチゾンのキレート剤および第2キレート剤を用いて、水銀濃度を定量した。
【0188】
前記水銀濃縮サンプルの水銀濃度(X)および溶液量(X)、ならびに、前記検体の水銀濃度(Y)および溶液量(Y)を、下記式(2)に代入して、水銀の回収率(%)を求めた。
回収率(%)=100×(X×X)/(Y×Y) (2)
【0189】
下記表5に、その結果を示す。下記表5に示すように、検体にマスキング剤を溶解させた場合、マスキング剤不使用の比較例と比較して、回収率が向上した。
【0190】
【表5】

【0191】
[実施例6]
(1)検体の調製
前記実施例4と同様にして、検体を調製した。
【0192】
(2)キレート剤の調製
ジチゾン0.15mg(Fluka社製)を、乳鉢中で粉砕し、使用した。
【0193】
(3)第2キレート剤の調製
前記実施例5と同様にして、第2キレート剤を調製した。
【0194】
(4)検体からの水銀の回収
4mLの前記検体に、マスキング剤としてNEM、マレイミドまたはN−メチルマレイミド(NMM)を、それぞれ、12.5mmol/Lとなるように溶解した後、室温で15分静置した。これにより、前記検体中に含まれるチオール基含有化合物を前記マスキング剤でマスキングした。
【0195】
前記検体に、前記キレート剤である前記ジチゾンを添加し、クエン酸(無水)(キシダ化学社製)/クエン酸3ナトリウム・2水和物(和光純薬工業社製)緩衝剤を、最終濃度が100mMとなるように添加し、室温で20分間、振とうすることによって、前記検体と前記ジチゾンとを混合し、前記ジチゾンと水銀との錯体を形成させた。その後、前記検体と前記ジチゾンとの混合物全量を、ガラス繊維ろ紙のついたろ過容器に入れた後、遠心ろ過し、前記錯体を含む沈殿とろ液とに分離した。
【0196】
前記沈殿に、前記第2キレート剤であるチオプロニン水溶液を添加し、室温で15分間静置することによって、前記錯体と前記第2キレート剤水溶液とを混合し、前記混合液において、前記水銀と前記チオプロニンとの錯体(第2錯体)を形成させた。前記ろ過容器を前記と同様の条件で遠心ろ過して、前記第2錯体が溶解したろ液を分取した。前記ろ液を回収し、これを、水銀濃縮サンプルとした。
【0197】
前記水銀濃縮サンプルを湿式灰化した以外は、前記実施例1と同様にして、水銀の回収率を求めた。また、前記水銀濃縮サンプルについて、実施例5と同様にして、前記原子吸光光度計により、水銀濃度を定量した。そして、比較例として、前記検体を、前記マスキング剤を溶解することなく、室温で15分静置した以外は同様にして、ジチゾンのキレート剤および第2キレート剤を用いて、水銀の回収率を求め、また、水銀濃度を定量した。
【0198】
下記表6および表7に、その結果を示す。下記表6および表7に示すように、検体にマスキング剤を溶解させた場合、マスキング剤不使用の比較例と比較して、回収率が向上した。
【0199】
【表6】

【0200】
【表7】

【0201】
[実施例7]
(1)検体の調製
健常者から採取した尿検体(6検体、各n=1)に、塩化水銀(II)を10μg/Lとなるよう添加し、検体A〜Fとした。
【0202】
(2)キレート剤の調製
ジチゾン0.04mg(Fluka社製)を乳鉢中で粉砕し使用した。
【0203】
(3)検体からの水銀の回収
1mLの前記検体A〜Fに、それぞれ、マスキング剤としてN−メチルマレイミド(NMM)を、0、12.5mmol/Lとなるように溶解し、この溶液を全て、ポリプロピレン(PP)製15mLコニカルチューブ(Nunc社製)に注入した後、室温で15分静置した。これにより、前記検体中に含まれるチオール基含有化合物を前記NMMでマスキングした。前記NMM添加後の検体A〜Fに、それぞれクエン酸・クエン酸3ナトリウム緩衝液を100mmol/Lとなるよう添加し、pHを、約2〜3に調整した。
【0204】
前記pH調整後の検体にジチゾンを添加し、室温で20分間、振とうすることによって、前記検体と前記ジチゾンとを混合し、前記ジチゾンと水銀との錯体を形成させた。その後、前記チューブを、遠心分離(186,200m/s(19000×g)、20℃、5分間)して、前記錯体を含む沈殿と上清とに分離した。
【0205】
前記上清を、実施例1と同様にして、湿式灰化し、前記上清中に含まれる水銀量を定量し、水銀の回収率(%)を求めた。
【0206】
下記表8に、NMM濃度と水銀の回収率との関係を示す。下記表8において、「吸着前」とは、ジチゾン添加前の検体における既知水銀量であり、「吸着後」とは、ジチゾン添加により回収した水銀回収サンプルの回収水銀量である。下記表8に示すように、NMM濃度が0mmol/Lの場合、検体A〜Fは、回収率が、それぞれ、85.05%、72.37%、83.35%、67.94%、87.05%、74.18%であり、検体間で回収率にばらつきが生じていた。これに対して、前記検体A〜Fにマスキング剤としてNMMを添加し、マスキング処理を施すことによって回収率が向上し、検体間での回収率のばらつきが改善した。
【0207】
【表8】

【0208】
このように、例えば、検体中にDMSA等のチオール基含有化合物が含まれる場合、ジチゾンとの錯体形成により水銀を回収する際、検体間に回収率にばらつきが生じるが、本発明によれば、マスキング剤での処理によって、検体間の回収率にばらつきを軽減し、水銀の回収率を向上できることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0209】
以上のように、本発明によれば、前記マスキング剤の存在下で、前記検体中の重金属と前記キレート剤との錯体を形成することによって、前述のような、検体間の回収率のばらつきを抑制できる。また、回収率が低い検体に関しては、例えば、回収率を向上させることも可能である。このため、より信頼性に優れた重金属の分析を行うことが可能である。このため、本発明は、例えば、生体由来の検体に対する臨床検査、環境試験等において、極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体と、重金属にキレート可能なキレート剤との混合液を調製し、前記混合液中で、前記検体中の重金属と前記キレート剤との錯体を形成させる錯体形成工程、および、前記錯体の回収により、前記検体中の重金属を回収する重金属回収工程を含み、前記錯体形成工程において、チオール基のマスキング剤の存在下、前記混合液中で前記錯体を形成することを特徴とする重金属の回収方法。
【請求項2】
前記錯体形成工程が、前記検体に、前記キレート剤および前記マスキング剤を添加する工程を含む、請求項1記載の回収方法。
【請求項3】
前記錯体形成工程が、前記検体に、前記マスキング剤を添加した後、前記キレート剤を添加する工程を含む、請求項1記載の回収方法。
【請求項4】
前記マスキング剤が、下記構造式(1)〜(3)からなる群から選択された少なくとも一つの構造式で表わされる、請求項1から3のいずれか一項に記載の回収方法。
【化1】

前記構造式(1)〜(3)において、Rは、水素、アルキル基、フェニル基またはベンジル基を表し、前記構造式(2)および(3)において、Xは、ハロゲンを表す。
【請求項5】
前記構造式(1)のマスキング剤が、マレイミド、N−メチルマレイミドまたはN−エチルマレイミドであり、前記構造式(2)のマスキング剤が、ヨードアセトアミドであり、前記構造式(3)のマスキング剤が、ヨード酢酸である、請求項4記載の回収方法。
【請求項6】
前記キレート剤が、硫黄含有基を含むキレート剤である、請求項1から5のいずれか一項に記載の回収方法。
【請求項7】
前記硫黄含有基が、チオケトン基である、請求項6記載の回収方法。
【請求項8】
前記キレート剤が、1,5−ジフェニル−3−チオカルバゾンである、請求項1から5のいずれか一項に記載の回収方法。
【請求項9】
前記検体が、生体由来の検体である、請求項1から8のいずれか一項に記載の回収方法。
【請求項10】
前記重金属が、Bi、Hg、Cd、Pd、Zn、Tl、AgおよびPbからなる群から選択された少なくとも一つである、請求項1から9のいずれか一項に記載の回収方法。
【請求項11】
請求項1から10のいずれか一項に記載の回収方法により、検体から重金属を回収する重金属回収工程、および、
前記重金属を分析する分析工程を含むことを特徴とする、重金属の分析方法。
【請求項12】
重金属にキレート可能なキレート剤およびチオール基のマスキング剤を含むことを特徴とする、請求項1から10のいずれか一項に記載の回収方法に使用する重金属回収用試薬。
【請求項13】
前記マスキング剤が、下記構造式(1)〜(3)からなる群から選択された少なくとも一つの構造式で表わされる、請求項12記載の試薬。
【化2】

前記構造式(1)〜(3)において、Rは、水素、アルキル基、フェニル基またはベンジル基を表し、前記構造式(2)および(3)において、Xは、ハロゲンを表す。
【請求項14】
前記構造式(1)のマスキング剤が、マレイミド、N−メチルマレイミドまたはN−エチルマレイミドであり、前記構造式(2)のマスキング剤が、ヨードアセトアミドであり、前記構造式(3)のマスキング剤が、ヨード酢酸である、請求項13記載の試薬。
【請求項15】
前記キレート剤が、硫黄含有基を含むキレート剤である、請求項12から14のいずれか一項に記載の試薬。
【請求項16】
前記硫黄含有基が、チオケトン基である、請求項15記載の試薬。
【請求項17】
前記キレート剤が、1,5−ジフェニル−3−チオカルバゾンである、請求項12から14のいずれか一項に記載の試薬。
【請求項18】
検体中の重金属と、重金属にキレート可能なキレート剤との錯体形成に先立って、
前記検体に、チオール基のマスキング剤を添加することを特徴とする、請求項1から10のいずれか一項に記載の重金属の回収方法に供する検体の前処理方法。

【公開番号】特開2013−79940(P2013−79940A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−182467(P2012−182467)
【出願日】平成24年8月21日(2012.8.21)
【出願人】(000141897)アークレイ株式会社 (288)
【Fターム(参考)】