説明

金属の脆化度判定方法

【課題】腐蝕形成した粒界溝の大きさの測定作業を不要にして、高精度な脆化度の判定を迅速かつ廉価になし得る金属の脆化度判定方法を提供する。
【解決手段】電解液に接しさせた金属表面に電位を加え、該電位を自然電位(1)から不動態化電位(2)を超えた任意値まで掃引して、該金属表面に不動態皮膜を形成した後、該電位を逆掃引して該金属表面の結晶粒界部を選択的に腐蝕させ、該腐蝕の度合いにより脆化度を判定する金属の脆化度判定方法であって、少なくとも前記自然電位(1)から不動態化電位(2)までの活性態域では、結晶粒全体の腐蝕を抑制しつつ被腐蝕対象部位を活性化すべく早い速度で掃引する一方、逆掃引時は粒界部の溶解を促進すべく遅い速度で掃引し、かつ該逆掃引は再不動態化最小電位(8)から不動態化最大電位(2)に至る迄の間の任意の電位値で終了させ、該再不動態化最小電位(8)から逆掃引の終了点(E)迄の間に流れた電気量で脆化度を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、経年劣化による金属材料の脆化度を、その金属表面の粒界部を選択的に腐蝕させてその腐蝕の度合いで評価して非破壊的に判定するようにした金属の脆化度判定方法の技術に関する。
【背景技術】
【0002】
高温流体に晒されるタービン等のように、高温下で使用される金属製の構成部材は、長年の使用により少しずつ組織変化を起こして脆化し、材質劣化を来していく。これは「焼戻し脆化」と呼ばれている脆化現象で、リンなどの不純物元素が旧オーステナイト粒界へ偏析することによって生じるものと考えられている。ここで、このような材質劣化を来した部品は交換を余儀なくされるが、当該部品が例えば蒸気タービン等の大型部品であると、その交換には数億円にものぼる多額の費用が必要となるので、その適正な交換時期を知る上で、脆化度を正確に把握することが重要になる。
【0003】
ところで、このような脆化度の検出法として、特開平5−223726号公報等に示されている電気化学的再活性化法(EPR法)を利用した経年脆化検出方法が知られている。この経年脆化検出方法は、リンが偏析した結晶粒界はピクリン酸水溶液によって腐蝕され易いことに着目したものであり、評価対象の金属部品表面をピクリン酸水溶液で腐蝕させて、その結晶粒界部に生じる溝部の腐蝕度合いで「焼戻し脆化」による脆化度の評価判定を行うようにしたものである。つまり、腐蝕によって生じる粒界溝の大小で脆化程度を判定するのであるが、当該判定をより正確に評価するためには,粒界部分を如何に効率よく選択的に腐蝕させ得るかが鍵となる。
【0004】
ここで、上記公報に記載された経年脆化検出方法では、次のようにして粒界部の選択的な腐蝕を行わせている。即ち、電解セルの開口部を通じて対象金属表面の被計測部に電解液を接しさせて当該被計測部に電位を加える。この電位は増大方向に5mV/secの速度で掃引しつつ被計測部と対極との間に流れる電流密度を計測し、この電流密度が不動態域で極小値になったところで当該電位の掃引を一旦停止させる。これにより被計測部に不動態皮膜を形成せしめる。そして、当該不動態皮膜の形成後に同じく電解液の電流密度を計測しつつ、その電位を5mV/secで逆掃引させながら電解液の電流密度の極小値を確認して、この電流密度の極小値を与える電位を一定時間保持する。これによって被計測部の粒界部を選択的に腐蝕せしめる。
【0005】
爾後、その粒界部腐蝕溝の深さを測定し、当該測定結果を予め求めておいた破面遷移温度線図にプロットすることで、脆化度を判定するようになっている。粒界部腐食溝の深さの測定に際しては、先ず検査部位8に対してシート状フィルム(アセチルセルロース)をこれに溶剤(酢酸メチル)を滴下して貼り付けて結晶粒界を転写したレプリカを作製する。そして、このレプリカをレーザ顕微鏡にて走査して焦点移動メモリ画像(FSM画像)や白黒濃淡画像(Z画像)などの二次元表面形状画像を得、当該画像から粒界部腐蝕溝の最大深さと幅、および結晶粒表面の粗さ等を測定する。
【0006】
そして、当該判定方法によれば、被計測部に加えられる電位は不純物の偏析した粒界以外の領域が電解液によって不動態域になり、このため不動態皮膜の影響で腐蝕はほとんど起らなくなるから、被計測部は、粒界部が腐蝕された部位と腐蝕されていない部位とに選択的にわかれることになり、もって不純物の偏析により形成された粒界部腐蝕溝の幅や深さ等を精度良く計測することができるようになって、脆化測定の信頼度が格段に高まるとしている。
【0007】
尚、図3にアノード分極曲線のグラフを示してあるが、本明細書中においては、同図に示すように、自然電位(1)から不動態皮膜の生成が始まる最大電流密度発生電位(2)までの範囲を活性態域(a)と定め、この最大電流密度発生電位(2)から不動態皮膜の生成が終了して破壊が始まる電位(6)までを不動態域(b)と定め、この不動態皮膜の生成が終了して破壊が始まる電位(6)を超えた範囲を過不動態域(c)と定めている。
【0008】
また、上記最大電流密度発生電位(2)を不動態化電位と定め、上記不動態域(b)における最大電流密度発生電位(2)から2次アノードピーク電位(4)までの間の最小電流密度発生電位(3)を不動態化最小電位と定めている。更に、図2の往復分極曲線にて示してあるように、逆掃引時の折り返し点(R)から不動態化電位(2)までを再不動態域とし、この再不動態域における最小電流密度発生電位(8)を再不動態化最小電位と定めている。ここで、図3に示される不動態域(b)における不動態化電位(2)から不動態化最小電位(3)までの間は不動態皮膜の生成と腐蝕とが併存して同時進行する領域である。また、図2に示される逆掃引時の再不動態化最小電位(8)から不動態化電位(2)までの間は不動態皮膜の破壊と腐蝕とが併存して同時進行する領域である。
【0009】
しかしながら、上記従来の腐蝕方法では、被計測部の粒界部を選択的に腐蝕せしめるにあたり、強い不動態皮膜を形成する金属材料(例えば、Cr−Mo−V鋼など)に対しては、粒界の選択的な腐蝕を十分に、かつ確実に行わせることが難しく、このため粒界の腐蝕体積や面積を精度良く測定することは困難であった。
【0010】
即ち、Cr−Mo−V鋼は強い不動態皮膜を形成することで知られているが、上記従来の粒界部の腐蝕方法では、逆掃引時において粒界溝のみを効果的に腐蝕することにはなっておらず、被腐蝕部位の全体(粒界表面を含む計測部全体)に亘って不動態皮膜が保持されて少しずつ強化されていることが、図2に示される逆掃引時の折り返し点(R)から再不動態化最小電位(8)においてカソード電流が減少していることから容易に推定することができる。
【0011】
これ故、不純物が偏析した部位の粒界の不動態皮膜を破壊して、かつ粒界溝を腐蝕させるためには、逆掃引時の電位を再不動態域における最小電流密度(極小電流密度)の発生電位(再不動態化最小電位)にて、かなりの時間(例えば20分程)保持することが必要になってしまう。ところが、電位の逆掃引中に最小電流密度の発生電位である再不動態化最小電位を事前に予測することは極めて難しく、しかも最小電流密度の発生電位である再不動態化最小電位を一旦通過させてしまうと、不動態皮膜の破壊と腐蝕とが併存して同時進行する活性作用を生ずる領域に入ってしまうので、表面状態は元には戻せなくなる。
【0012】
従って、少なくとも当該最小電流密度の発生電位まで下げる直前で逆掃引を停止させて保持することが必須となるのであるが、当該最小電流密度の発生電位(再不動態化最小電位)を事前に予測することが極めて難しいため、その直前で逆掃引を停止させることは確実性が低く、さらに粒界溝の腐蝕形成の効率も低いものであった。
【0013】
また、自然電位からの初期の掃引中には、粒界部のみならず、当該粒界部を含む結晶粒全体が腐蝕されてしまうため、各結晶間の結晶軸の方向性の相違に起因した腐蝕度合いの差が生じてしまい、その結果として結晶粒表面の各結晶間に高さ方向の段差が生じてしまうことを避け難かった。即ち、粒界部腐蝕溝の深さや幅、体積、面積等の測定値に基づいて金属の脆化評価を行うに当たっては、これらの測定は粒内面を基準として計測することになるので、上記の様に各結晶間に段差があると上記各種測定値の計測精度を下げることになってしまい、その信頼性の点でも改善の必要があった。
【0014】
そこで本発明者等は、上記問題点を解決すべく鋭意実験研究を重ねた結果、前記自然電位から不動態化電位までの活性態域では、結晶粒全体の腐蝕を抑制しながら被腐蝕対象部位を活性化すべく早い速度で掃引する一方、前記不動態化電位から自然電位に戻すまでは、粒界部の溶解を促進すべく遅い速度で掃引することで、結晶粒表面に過剰な金属腐蝕(金属溶解)が生じてしまうのを抑えつつ、当該結晶粒表面に確実に不動態皮膜を形成し得、もって各結晶相互間の表面高さに段差が生じることを可及的に小さく抑えることができ、しかも最小電流密度の発生電位にて逆掃引を停止させて保持することなく、確実に、しかも効率良く、不純物が偏析した粒界部位の不動態皮膜を選択的に破壊して当該部位の金属腐蝕(金属溶解)を促進させることができる金属表面の腐蝕方法を開発して、既に特許出願(特願2005−183854号)を済ませている。
【特許文献1】特開平5−223726号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
ところで、上記従来の金属の脆化度判定方法では、上述したような電気化学的再活性化法(EPR法)によって検査対象の金属部品表面の粒界部を選択的に腐蝕させて粒界溝を形成し、当該粒界溝の大小を計測評価して脆化度を判定するにようになしている。そして、その粒界溝の大きさの計測に際しては、結晶粒界を転写したレプリカを作製し、このレプリカをレーザ顕微鏡にて走査して焦点移動メモリ画像(FSM画像)や白黒濃淡画像(Z画像)などの二次元表面形状画像を得、これらの画像から粒界溝の大きさを算出計測するようにしている。
【0016】
しかしながら、このように結晶粒界を転写したレプリカを作製してこれをレーザ顕微鏡で走査して粒界溝の大きさを測定するという作業は甚だ面倒であり、当該計測作業に費やされる時間とコストとが嵩んでしまうという問題があった。
【0017】
即ち、本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、結晶粒表面の過剰な金属腐蝕(金属溶解)を可及的に抑えつつ、不純物が偏析した結晶粒界部位の金属腐蝕(金属溶解)を選択的に効率良く容易にかつ確実に促進させることができるとともに、粒界溝を転写したレプリカの作製や当該レプリカをレーザ電子顕微鏡で走査するという作業を不要にして、高精度な脆化度の判定を迅速かつ廉価に行うことができる金属の脆化度判定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記の目的を達成するために、本願の請求項1に係る発明は、金属表面に電解液に接しさせて電位を加え、該電位を自然電位から活性態域を通過させて不動態化電位を超えた任意値まで上昇方向に掃引して、該金属表面に不動態皮膜を形成した後、該電位を下降方向に逆掃引して、該金属表面の結晶粒界部を選択的に腐蝕させ、該腐蝕の度合いによって該金属の脆化度を判定する金属の脆化度判定方法であって、少なくとも前記自然電位から不動態化電位までの活性態域では、結晶粒全体の腐蝕を抑制しながら被腐蝕対象部位を活性化すべく早い速度で掃引するとともに、前記逆掃引時には粒界部の溶解を促進すべく遅い速度で掃引し、該逆掃引は再不動態化最小電位を通過してから不動態化最大電位に至る迄の間の任意の電位値で終了させ、該再不動態化最小電位を通過してから逆掃引を終了させる間に流れる電気量によって脆化度を判定することを特徴とする。
【0019】
また、本願の請求項2に係る発明にあっては、前記請求項1における電位の掃引開始から終了までを1サイクルとして、該サイクルを複数回行い、該サイクル毎の電気量を積算して脆化度を判定することを特徴とする。
【0020】
ここで、請求項3に示すように、前記金属がCr−Mo−V鋼等の低合金鋼である構成となし得る。
【発明の効果】
【0021】
上記構成による本発明の金属の脆化度判定方法によれば、不動態化電位を超えた任意値まで電位を上昇掃引させる際に、少なくとも自然電位から不動態化電位までの活性態域では、結晶粒全体の腐蝕を抑制しながら被腐蝕対象部位を活性化すべく早い速度で掃引して不動態化皮膜を形成する一方、逆掃引時には粒界部の溶解を促進すべく遅い速度で掃引し、かつ当該逆掃引は再不動態化最小電位を通過してから不動態化最大電位に至る迄の間の任意の電位値で終了させて、当該逆掃引時に活性帯域を通過させないようにすることで、結晶粒表面に過剰な金属腐蝕(金属溶解)を生じさせてしまうことを可及的に抑えつつ、不純物が偏析した結晶粒界部位の金属腐蝕(金属溶解)を選択的に効率よく促進させる。
【0022】
ここで、粒界部の選択的な金属腐食は上記逆掃引時における再不動態最小電位から不動態化最大電位に戻す迄の間にて主に進行するので、当該再不動態化最小電位を通過してから逆掃引を停止する迄の間に流れる電気量は粒界溝の金属腐蝕(金属溶解)量に密接に関係している。即ち、当該電気量は粒界部の腐蝕量にほぼ相当し、電気量は粒界溝の大小に相関して脆化度の判定指標となし得る。つまり、当該電気量で脆化度を判定することができる。これ故、結晶粒表面の過剰な金属腐蝕(金属溶解)を可及的に抑えつつ、不純物が偏析した結晶粒界部位の金属腐蝕(金属溶解)を選択的に効率良く容易にかつ確実に促進させることができるとともに、粒界溝を転写したレプリカの作製や当該レプリカをレーザ電子顕微鏡で走査して粒界溝の大きさを測定するという作業を不要にして、高精度な脆化度の判定を迅速かつ廉価に行うことができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下に、本発明に係る金属の脆化度判定方法の好適な実施の形態について、添付図面を参照して詳述する。
【0024】
本発明は、基本的には、金属表面に電解液に接しさせて電位を加え、この電位を自然電位から活性態域を通過させて不動態化電位を超えた任意値まで上昇方向に掃引して、当該金属表面に不動態皮膜を形成した後に、該電位を下降方向に逆掃引して、該金属表面の結晶粒界部を選択的に腐蝕させ、該腐蝕の度合いによって該金属の脆化度を判定するものである。
【0025】
そして、金属表面の粒界部を腐蝕させるにあたっては、先ず腐蝕対象部位を電解液に接しさせて電位を加え、この電位を図3のアノード分極曲線のグラフに示すように、自然電位(1)から活性態域(a)を通過させて不動態域(b)における不動態化最小電位(3)を超えた任意値に至るまで上昇方向に掃引して腐蝕対象部位に不動態皮膜を形成する。爾後、当該電位を下降方向に折り返して逆掃引させて往復掃引することで、金属表面の結晶粒界部を選択的に腐蝕させるという、電気化学的再活性化法(EPR法)を利用する。
【0026】
そして、本発明にあっては、特に、上記逆掃引を再不動態化最小電位(8)から不動態化電位(2)までの範囲間の任意の電位値にて終了させることを特徴点となしている。ここで、上記折り返し点としては、不動態域(b)の始まる不動態化電位(2)を超えた任意値で良いのであるが、その上限は上記不動態化電位(2)にて発生する電流密度を超えさせないようにして、過不動態域(c)において不動態化電位(2)での電流密度に等しい電流密度を発生させる電位(7)以下にするのが好ましい。より好適には過不動態域(c)には達しないように過不動態化電位(6)以下とするのが良い。更に好ましくは、不動態化最小電位(3)に至る前の近傍の電位から過不動態化電位(6)に至るまでの範囲に設定するのが良く、最も望ましくは、不動態化最小電位(3)を超えた直後を折り返し点(R)とするのが最良である。
【0027】
本実施の形態にあっては、図2の往復分極曲線、および図3のアノード分極曲線のグラフに示すように、当該不動態化最小電位(3)を超えた直後の電位を折り返し点(R)としている。そして、本願発明では、当該掃引する電位を折り返して往復掃引するに際して、少なくとも前記自然電位(1)から不動態域(b)の最大電流密度発生電位である不動態化電位(2)までの上昇側の活性態域(a)では、結晶粒全体の腐蝕を抑制しながら被腐蝕対象部位を活性化すべく早い速度で掃引すること、および当該不動態域(b)の不動態化電位(2)を超えた任意値の折り返し点(R)で折り返してから再び不動態域(b)の再不動態化最小電位(最小電流密度発生電位)(8)を経て更に電位の下降方向に逆掃引する間は、粒界部の腐蝕(溶解)を促進すべく当該電位の掃引速度を遅くすることも特徴的な事項としている。
【0028】
図1は電気化学的な再活性化法(EPR法)で金属表面の粒界を腐蝕させる場合に用いられている従来からよく知られた装置の概略構成を示す図であり、本発明においてもこの装置を使用する。この装置2は内部に電解液4を保持するセル6と、このセル6の開口部が密着されて取り付けられて電解液4に接触させられる腐蝕対象部位としての試験電極8と、この試験電極8に適正な電位を付与するための照合電極10と、白金でなる対極12と、電位の掃引を制御しかつ分極曲線を記録するためのパソコンを含むポテンショスタット14とからなり、試験電極8に流れる電流密度を監視しつつ当該試験電極8に加える電位を任意に制御し得るようになっている。つまり、電流密度を監視しながら当該電位を自然電位(1)から増大させて上昇方向に掃引し、不動態化電位(2)を超えた所望の任意値の折り返し点(R)に達した時点で逆に電位を減少させて下降方向に逆掃引することによって、不動態皮膜の形成を制御し得るようになっている。
【0029】
ここで、本実施の形態では、腐蝕させる対象金属は発電用のタービンに用いられている低合金鋼のCr−Mo−V鋼であり、その「焼戻し脆化」による脆化度を非破壊試験で判定する例を示している。即ち、燐等の不純物が偏析して腐蝕し易い部分となっている粒界部を、効率よく選択的に腐蝕させて当該部位に粒界溝を形成し、この粒界溝の大きさによって脆化度を判定する場合を例示している。
【0030】
先ず、脆化度を評価する鋼材の検査部位(腐蝕対象部位)であって、試験電極8となる金属表面をクリーニングして当該部位に付着しているスケール等を除去した後、当該試験電極8を研磨剤で鏡面に仕上げる。その後、電解セル6を試験電極8に貼り付けて、当該試験電極8と電解液4との試験温度を確認してから、ポテンショスタット14を電解セル6に繋ぐ。そして、電解液(ピクリン酸飽和水溶液、あるいは飽和ピクリン酸に酸化性を高めるために硝酸等を0.5%以下の微量添加した水溶液〉を介して試験電極8に加える電位を、電流密度を監視しながら制御する。この電位の制御は、図2のグラフに示すように、少なくともその自然電位(1)から不動態域(b)の最大電流密度発生電位である不動態化電位(2)に至るまでは、比較的早い掃引速度(具体的には100mV/sec)で電位の増大する上昇方向に掃引し、結晶粒全体の腐蝕を抑制しながら検査部位の試験電極8を活性化させる。
【0031】
次に、不動態域(b)における不動態化最小電位(3)以上で過不動態化電位(6)以下の所望の任意値の折り返し点(R)にまで電位が到達したならば、今度はその電位を減少方向に逆掃引する。ここで、本実施の形態では、当該逆掃引への折り返し点(R)となる上記任意値を不動態化最小電位(3)に設定しているが、当該任意値は2次アノードピーク電位(4)、不動態化中央電位(5)等に設定しも良い。或いは、不動態化最小電位(3)に至る前の近傍に設定しても良いし、不動態化電位(2)で発生する電流密度に等しい電流密度が発生する過不動態域(c)の電位(7)に設定しても良い。また、この逆掃引をするにあたって、上記折り返し点(R)への到達時における不動態皮膜形成のための保持時間は2分以下と極短くする。あるいは全く保持時間を持たせずに直ぐに逆掃引に入るようにしても良い。
【0032】
そして、上記折り返し点(R)からの逆掃引時には、その逆掃引の開始時点から再不動態域における最小電流密度の発生電位である再不動態化最小電位(8)に至る迄、当該逆掃引速度は比較的遅く(具体的には0.167mV/sec)に設定して電位をゆっくりと減少させて不動態皮膜を保持して微増形成する。そしてこの際に、粒界部の不純物が偏析した部位の不動態皮膜は不安定で破壊され易いものとなる。
【0033】
また、再不動態化最小電位(8)に到達した後は、当該再不動態化最小電位(8)を下回る任意の電位値に設定されている終了点(E)に至る迄、引き続き連続させて逆掃引を行って、粒界のみの選択的腐蝕を行う。この場合の掃引速度も同じく0.167mV/secと比較的遅い速度で掃引を行い、粒界部のみの腐蝕を効果的に効率よく行う。即ち、再不動態化最小電位(8)に至った後の逆掃引時において、粒界部の不純物偏析部位に形成された不安定な不動態皮膜を破壊させて粒界部の腐蝕を選択的に行わせる。そして、当該再不動態化最小電位(8)を通過してから逆掃引の終了点(E)に至る迄の間に流れる電気量を算出し、当該電気量を指標にしてその大小で金属の脆化度を判定する。
【0034】
図4に示す表は、廃棄処分となった同一のタービンから複数の試験片を採取して、これらの各試験片を上記腐蝕方法によって腐蝕させ、その際に再不動態化最小電位(8)を通過してから逆掃引の終了点(E)に至る迄の間に流れた電気量を計測算出して示したものである。また、図5に示すグラフは、上記図4の表中に示される電気量と積算電気量及び10mV平均値とをFATTとの関係において示したものである。
【0035】
ここで、図4の表に示す試験片No.1は、採取した廃材を固溶体化処理してから腐蝕させたものである。つまり、当該試験片No.1は固溶体化処理を施すことによって、粒界部に偏析した不純物を分散させて新品時の状態に戻したものであり、脆化度の指標であるFATTで示すと0℃である。
【0036】
また、試験片2は、採取した廃材を脱脆化熱処理してから腐蝕させたものである。つまり、当該試験片No.2は脱脆化熱処理を施すことによって、粒界部に偏析した不純物を有る程度分散させて、その脆化度が未だ廃棄処分時相当までには至っていないものであり、脆化度の指標であるFATTで示すと18.5℃である。
【0037】
そして、試験片No.3は採取した廃材をそのままの状態で腐蝕させたものである。つまり、当該試験片3は脆化による材質劣化が廃棄処分時相当のものであり、脆化度の指標であるFATTで示すと30℃である。
【0038】
また、試験片No.4は採取した廃材に対して更にその脆化度を促進させる加速脆化熱処理を施してから腐蝕させたものである。つまり、当該試験片4はその材質劣化が廃棄処分時相当の脆化度を超えたものであり、脆化度の指標であるFATTで示すと60℃である。
【0039】
これらの試験片No.1〜4の金属表面を腐蝕させるにあたっては、全ての試験片No.1〜4において、逆掃引への折り返し点(R)での保持電位は不動態化最小電位とし、当該折り返し点(R)での保持時間は全て2minとしている。さらに、往路分極速度(掃引速度)は100mV/secとし、復路分極速度(逆掃引速度)は0.167mV/secとして、その分極速度比は0.167にしている。また、掃引の終了点(E)の設定は、いずれも再不動態化最小電位(8)から100mV降下させた電位値に設定しており、この電位値は復路の再不動態化最小電位(8)を通過してから不動態化最大電位(2)に至る迄の間の範囲内に相当している。
【0040】
また、各試験片No.1〜4は上記の腐蝕処理において、その電位の掃引開始から終了までを基本的な掃引サイクルとして、当該サイクルを複数回(ここでは5回)行なわせており、そのサイクル毎に再不動態化最小電位を通過してから逆掃引を終了させる迄の間に流れる電気量を算出している。
【0041】
そして、図4の表と図5グラフとに示すように、脆化していない試験片No.1では積算電気量は極めて微小であって、その計測値にはマイナス表示のものまである。これは酸化反応の腐蝕とは逆の還元反応が生じているものと推定される。一方、試験片No.2〜4を比較すると、その電気量には明らかな増大傾向が認められ、脆化度の高い試験片の電気量の方がより大きくなっている。従って、当該電気量の大小によって脆化度を判定することが可能である。
【0042】
そこで、当該電気量と腐蝕形成した粒界溝部の大きさとの関係を検証するために、粒界溝部の大きさを測定した。この測定は、上記各試験片No.1〜4のそれぞれの検査部位8に対してシート状フィルム(アセチルセルロース)を溶剤(酢酸メチル)を滴下して貼り付けて結晶粒界を転写したレプリカを作製し、これらのレプリカをレーザ顕微鏡にて走査して行った。即ち、レーザ顕微鏡の走査によって焦点移動メモリ画像(FSM画像)や白黒濃淡画像(Z画像)などの二次元表面形状画像を得て、腐蝕形性した粒界溝の深さと幅等の大きさを測定した。また、粒界最大幅より少し大きい幅で、二次元表面形状画像の焦点移動メモリ画像(FSM画像)の粒界部をトレースした画像(マスク画像)を作成し、このマスク画像で覆われた粒界溝部分の三次元画像データから、上記粒界溝体積(粒界部腐蝕体積)の他に、粒界溝断面積(粒界部腐蝕面積)、粒界溝長さ及び粒界溝最大深さ(粒界部腐蝕最大深さ)、粒界溝平均断面積(粒界部腐蝕平均断面積)、粒界溝平均深さ(粒界部腐蝕平均深さ)を測定または算出した。
【0043】
計測した粒界溝の大きさと脆化度(FATT)との関係を、図6〜図10にてグラフにして示してある。ここで、図6は粒界溝平均深さと脆化度(FATT)との関係を示すグラフである。同図に示されているように、試験片No.1〜4はその脆化度が大きい程、粒界溝平均深さも大きくなっている。また、図7は粒界溝平均断面積と脆化度(FATT)との関係を示すグラフである。この場合も同様に、試験片No.1〜4はその脆化度が大きい程、粒界溝平均断面積も大きくなっている。図8は粒界溝平均幅と脆化度(FATT)との関係を示すグラフである。やはりこの場合も同様に、試験片No.1〜4はその脆化度が大きい程、粒界溝平均幅も大きくなっている。図9は粒界溝最大深さと脆化度(FATT)との関係を示すグラフである。この場合でも同様に、試験片No.1〜4はその脆化度が大きい程、粒界溝最大深さも大きくなっている。図10は粒界溝深部平均深さと脆化度(FATT)との関係を示すグラフである。この場合にあってもやはり同様に、試験片No.1〜4はその脆化度が大きい程、粒界溝深部平均深さも大きくなっている。
【0044】
従って、以上のことから明白なように、金属の脆化度はその表面に腐蝕形成した粒界溝の大きさに相関し、かつ当該粒界溝の大きさは、金属表面の腐蝕時において逆掃引時に再不動態化最小電位(8)を通過してから掃引の終了点(E)に至る迄までに流れた電気量に相関するから、当該電気量の大小によって金属の脆化度を判定することができる。このため、本発明の金属の脆化度判定方法によれば、従来のように、粒界溝を転写したレプリカを作製して当該レプリカをレーザ電子顕微鏡で走査して計測算出するというような面倒な作業を行うことなく、高精度な脆化度の判定をすることができ、もって高精度な脆化度の判定を迅速かつ廉価に行うことができるようになる。
【0045】
なお、上述の実施の形態では腐蝕対象金属としてCr−Mo−V鋼を例示したが、本発明はこれに限定されることはなく、金属全般に適用し得る。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】電気化学的な再活性化法(EPR法)で金属表面の粒界を腐蝕させる場合に用いられている従来からよく知られた、本発明でも使用する装置の概略構成を示す図である。
【図2】掃引電位と電流密度との関係を示すグラフで、本発明の掃引速度の制御内容を説明する図である。
【図3】掃引電位と電流密度との関係を示す一般的なアノード分極曲線のグラフである。
【図4】金属の脆化度と粒界部の腐蝕処理に供される電気量との関係を示す表である。
【図5】上記表中に示される電気量と積算電気量及び10mV平均値とをFATTとの関係において示したグラフである。
【図6】粒界溝平均断面積と脆化度(FATT)との関係を示すグラフである。
【図7】粒界溝平均断面積と脆化度(FATT)との関係を示すグラフである。
【図8】粒界溝平均幅と脆化度(FATT)との関係を示すグラフである。
【図9】粒界溝最大深さと脆化度(FATT)との関係を示すグラフである。
【図10】粒界溝深部平均深さと脆化度(FATT)との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0047】
2 電気化学的な再活性化法に用いる装置
4 電解液
6 電解セル
8 試験電極(腐蝕対象部位)
10 照合電極
12 対極
14 ポテンショスタット
(1) 自然電位
(2) 不動態化電位
(3) 不動態化最小電位
(4) 2次アノードピーク電位
(5) 不動態化中央電位
(6) 過不動態化電位
(8) 再不動態化最小電位
(a) 活性態域
(b) 不動態域(再不動態域)
(c) 過不動態域
(R) 折り返し点
(E) 終了点

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属表面に電解液に接しさせて電位を加え、該電位を自然電位から活性態域を通過させて不動態化電位を超えた任意値まで上昇方向に掃引して、該金属表面に不動態皮膜を形成した後、該電位を下降方向に逆掃引して、該金属表面の結晶粒界部を選択的に腐蝕させ、該腐蝕の度合いによって該金属の脆化度を判定する金属の脆化度判定方法であって、
少なくとも前記自然電位から不動態化電位までの活性態域では、結晶粒全体の腐蝕を抑制しながら被腐蝕対象部位を活性化すべく早い速度で掃引するとともに、前記逆掃引時には粒界部の溶解を促進すべく遅い速度で掃引して、該逆掃引は再不動態化最小電位を通過してから不動態化最大電位に至る迄の間の任意の電位値で終了させ、
該再不動態化最小電位を通過してから逆掃引を終了させる間に流れる電気量によって脆化度を判定することを特徴とする金属脆化度の判定方法。
【請求項2】
前記請求項1における電位の掃引開始から終了までを1サイクルとして、該サイクルを複数回行い、該サイクル毎の電気量を積算して脆化度を判定することを特徴とする金属表面の粒界部腐蝕方法。
【請求項3】
前記金属がCr−Mo−V鋼等の低合金鋼であることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の金属表面の粒界部腐蝕方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−168684(P2009−168684A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−8414(P2008−8414)
【出願日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【出願人】(000211307)中国電力株式会社 (6,505)
【Fターム(参考)】