説明

金属間化合物層の形成方法および溶融金属処理部材

【課題】 チタンからなる基材の表面に、溶融金属に対する耐溶損性、剥離性および耐割性に優れるチタンとアルミニウムとからなる金属間化合物層を形成する金属間化合物層の形成方法およびその方法を用いて製造される溶融金属処理部材を提供すること。
【解決手段】 チタンからなる基材10aを酸洗いする前処理工程と、前処理された基材10aを溶融フラックス中に浸漬して表面を活性化するフラックス処理工程と、フラックス処理された基材10aをアルミニウム溶湯中に浸漬して表面にアルミニウム層を形成するアルミニウム層形成工程と、アルミニウム層が表面に形成された基材を610℃からアルミニウム層の溶融点までの間の温度で加熱する固体拡散浸透工程と、固体拡散浸透工程で処理された基材をアルミニウム層の溶融点から1150℃までの間の温度で加熱する液体拡散浸透工程とによって、金属間化合物層10bを形成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタンまたはチタン合金からなる基材の表面にチタンとアルミニウムとからなる金属間化合物層を形成する金属間化合物層の形成方法およびその方法を用いて製造される溶融金属処理部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、アルミニウムや亜鉛などの溶融金属を、金型を備えた成形装置で成形する際には、溶融金属を保持炉から金型に搬送するラドルや、保持炉内の溶融金属の表面に浮くノロを除去するためのノロ掻きのように繰り返し溶融金属中浸漬される溶融金属処理部材が用いられている。また、温度測定用の熱電対を収容する保護管のように保持炉内の溶融金属中に浸漬された状態に維持される溶融金属処理部材も用いられている。このような溶融金属処理部材は、一般的に、鋳鉄や鉄で構成され、その表面にコーティング剤が塗布されることによって、溶融金属中に溶けることが防止される。
【0003】
しかしながら、このような従来の溶融金属処理部材では、コーティング剤が消耗し易い上に、母材を構成する鋳鉄や鉄の溶融金属に対する耐溶損性がよくないため長時間の使用ができず、頻繁にコーティング剤を塗布する必要がある上に、比較的短時間で新たなものと取り替えなければならなかった。また、鋳鉄や鉄が重いため、溶融金属処理部材がラドルの場合は、ラドルを支持する部分を高強度にしなければならず装置が大掛かりになったりコストアップになったりするという問題が生じていた。また、溶融金属処理部材が、ノロ掻きの場合は、作業者に負担がかかり作業性が低下するという問題があった。
【0004】
このため、溶融金属に対する耐溶損性に優れ、かつ軽量な溶融金属処理部材として、基材としてチタンを用いたものがある(例えば、特許文献1参照)。この溶融金属処理部材(柄杓)は、チタンからなる基材を、溶融アルミニウムメッキ浴に浸漬してメッキしたのちに、大気中で900℃の温度で3時間加熱処理することにより得られている。この溶融金属処理部材では、基材の表面にアルミニウムを主成分とする酸化物が形成され、この酸化物によってアルミニウム溶湯に対する耐溶損性や、ノロの剥離性が向上する。また、基材をチタンで構成することにより軽量化が可能になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−199322号公報
【発明の概要】
【0006】
しかしながら、前述した溶融金属処理部材では、基材の表面側に形成されるアルミニウムを主成分とする酸化物層がポーラスになりやすく、これによると熱疲労によるヒートクラックが生じやすくなるという問題がある。
【0007】
本発明は、前述した問題に対処するためになされたもので、その目的は、チタンまたはチタン合金からなる基材の表面に、溶融金属に対する耐溶損性および剥離性に優れるとともに耐割性にも優れるチタンとアルミニウムとからなる金属間化合物層を形成する金属間化合物層の形成方法およびその方法を用いて製造される溶融金属処理部材を提供することである。
【0008】
前述した目的を達成するため、本発明に係る金属間化合物層の形成方法の構成上の特徴は、チタンまたはチタン合金からなる基材を酸洗いする前処理工程と、前処理された基材を溶融フラックス中に浸漬して表面を活性化するフラックス処理工程と、フラックス処理された基材を、アルミニウムまたはアルミニウム合金の溶湯中に浸漬して表面にアルミニウム層を形成するアルミニウム層形成工程と、アルミニウム層が表面に形成された基材を610℃からアルミニウム層の溶融点までの間の温度で加熱してアルミニウム層に含まれるアルミニウムを基材の内部に固体拡散浸透させる固体拡散浸透工程と、固体拡散浸透工程で処理された基材をアルミニウム層の溶融点から1150℃までの間の温度で加熱して基材に固体拡散浸透されたアルミニウムの少なくとも一部を基材の内部に液体拡散浸透させる液体拡散浸透工程とを備えたことにある。
【0009】
本発明に係る金属間化合物層の形成方法では、基材の表面に形成されたアルミニウム層に含まれるアルミニウムをチタンまたはチタン合金からなる基材に固体拡散浸透させる固体拡散浸透工程と、固体拡散浸透によって形成されたアルミニウムとチタンからなる層に含まれるアルミニウムをさらに基材に液体拡散浸透させる液体拡散浸透工程との2段階の加熱処理が行われる。固体拡散浸透工程においては、610℃からアルミニウム層の溶融点までの間の温度で加熱処理が行われ、これによると、アルミニウムが基材の表面側部分に拡散浸透して形成される酸化物層は、ポーラスな層でなく、膨張係数が小さく硬固な金属間化合物層になる。
【0010】
また、液体拡散浸透工程は、固体拡散浸透工程後、基材を一旦常温まで冷却したのちに行われ、液体拡散浸透工程においては、基材をアルミニウム層の溶融点から1150℃までの間の温度で加熱処理が行われる。これによると、固体拡散浸透工程において形成された金属間化合物層に含まれるアルミニウムの少なくとも一部が基材の内部に液体状態で拡散浸透され、金属間化合物層がさらに成長して厚みが増大するとともに安定した金属間化合物層になる。本発明によると、固体拡散浸透工程と液体拡散浸透工程との2段階の加熱処理により、TiAl、TiAl2、TiAl3の膨張係数の異なる複数の層を形成することができるため、硬固な金属間化合物層の形成が可能になる。
【0011】
すなわち、基材の表面に、溶融金属に対して有効な耐溶損性や耐割性を発揮できるチタンとアルミニウムとからなる金属間化合物層を形成することができる。このため、基材の表面に形成される金属間化合物層に、熱疲労によるヒートクラックは生じにくくなり、表面に金属間化合物層が形成された基材を、例えば、アルミニウム溶湯や、亜鉛溶湯中に繰り返し浸漬したり、浸漬した状態を維持させたりしても、溶損や割れは生じにくくなる。また、表面に金属間化合物層が形成された基材を、アルミニウム溶湯中に繰り返し浸漬する場合には、アルミニウムの剥離性も良好になる。
【0012】
なお、固体拡散浸透工程での加熱温度は、アルミニウム層を構成するアルミニウムやアルミニウム合金の種類によって異なるが、670℃以下にすることが好ましい。また、本発明者の実験によると、アルミニウム層を形成する材料として純アルミニウムを用いた場合に、温度が610℃を超えたときに固体拡散浸透が始まったため、本発明では、固体拡散浸透工程での加熱の最低温度を610℃としている。また、液体拡散浸透工程での加熱温度も、アルミニウム層を構成するアルミニウムやアルミニウム合金の種類によって異なるが、670℃以上にすることが好ましい。液体拡散浸透工程での加熱温度は、加熱時間との関係で適宜設定され、加熱温度を低温側に設定する場合には加熱時間を長くし、加熱温度を高温側に設定する場合には加熱時間を短くする。本発明では、液体拡散浸透工程での加熱温度の上限を、短時間の加熱時間の場合を考慮して1150℃とした。
【0013】
また、基材としては、純チタンを用いてもよいし、高力合金系のJIS60種、JIS61種や、耐食合金系のJIS11種、JIS12種などのチタンを主成分とする合金を用いてもよい。アルミニウム層を形成する材料としては、純アルミニウムや、アルミニウムを主成分とする合金であれば使用できる。また、前工程は、基材の表面のさびや付着物を除去するために行う。フラックス処理工程は、基材の表面を活性化してアルミニウムまたはアルミニウム合金が付着しやすくなるようにするもので、フッ化物や塩化物からなるフラックスが用いられる。
【0014】
また、本発明に係る金属間化合物層の形成方法の他の構成上の特徴は、固体拡散浸透工程を、30分〜90分間行うことにある。この場合、加熱温度が610℃の場合には90分間加熱処理を行い、加熱温度が、例えば、670℃の場合には30分間加熱処理を行うといったように、処理時間は加熱温度に応じて適宜設定する。本発明によると、金属間化合物層の形成の初期において、膨張係数が小さく硬固な金属間化合物層を効果的に形成することができる。
【0015】
本発明に係る金属間化合物層の形成方法のさらに他の構成上の特徴は、液体拡散浸透工程を、90分〜360分間行うことにある。この場合、加熱温度が、例えば、670℃の場合には360分間加熱処理を行い、加熱温度が1150℃の場合には90分間加熱処理を行うといったように、処理時間は加熱温度に応じて適宜設定する。本発明によると、固体拡散浸透工程で得られた金属間化合物層を、さらに成長させて厚みの大きな層にすることができるとともに、安定したものにすることができる。
【0016】
本発明に係る金属間化合物層の形成方法のさらに他の構成上の特徴は、液体拡散浸透工程を、アンモニア雰囲気中で行うことにある。本発明によると、アルミニウムをチタンまたはチタン合金からなる基材に液体拡散浸透させる処理が雰囲気の影響を受けることなく、適正な状態で処理を行えるようになる。また、金属間化合物に窒素を含ませることにより金属間化合物をさらに硬化させることができる。なお、液体拡散浸透工程での加熱温度を850℃以上にした場合に、窒素を金属間化合物により効果的に含ませることができる。
【0017】
本発明に係る溶融金属処理部材の構成上の特徴は、前述した金属間化合物層の形成方法を用いて製造され、溶融金属に対して所定の処理を行う溶融金属処理部材であって、溶融金属に接触する部分の表面側に、TiAl、TiAl2およびTiAl3のうちの少なくともTiAl2またはTiAl3を含む金属間化合物層が形成されていることにある。
【0018】
チタンとアルミニウムとが反応して金属間化合物層が形成される際に、TiAl、TiAl2、TiAl3の順に、化合物が形成されていき、最後に形成されるTiAl3が一番安定した金属間化合物になる。このため、最終的に形成される金属間化合物層の中に少なくともTiAl2またはTiAl3が含まれていることが好ましく、TiAl、TiAl2およびTiAl3のすべての金属間化合物が含まれていることが最も好ましい。なお、TiAl、TiAl2、TiAl3は、それぞれが層状に形成された3つの層で構成されていてもよいし、各部分が混合された1つの層で構成されていてもよい。
【0019】
本発明に係る溶融金属処理部材の他の構成上の特徴は、溶融金属が、溶融アルミニウムまたは溶融アルミニウム合金であり、溶融金属処理部材が、溶融アルミニウムまたは溶融アルミニウム合金を搬送するラドルまたは、溶融アルミニウムまたは溶融アルミニウム合金の表面に浮かぶノロを掬い取るためのノロ掻きであることにある。
【0020】
本発明に係る溶融金属処理部材であるラドルやノロ掻きは、繰り返し溶融アルミニウムや溶融アルミニウム合金に浸漬されるもので、耐久性が要求される。このようなラドルやノロ掻きの表面側に、チタンとアルミニウムとからなる金属間化合物層を形成することにより、耐溶損性や耐割性を向上させて耐久性も大幅に向上させることができる。また、チタンとアルミニウムとからなる金属間化合物層は、溶融アルミニウムや溶融アルミニウム合金に対して濡れ性がよくないため、アルミニウムやアルミニウム合金が付着しにくい。このため、ラドルやノロ掻きに付着したアルミニウムやアルミニウム合金を除去する作業が不要か、または減少させることができ、作業性の向上も図れる。なお、この場合の溶融金属としては、AC2B,AC3A,AC4A,AC4B,AC4C,AC4CH,ADC10,ADC12,ADC14などの鋳造用合金を用いることが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施形態に係るラドルを示した斜視図である。
【図2】基材と金属間化合物層との断面を拡大して示しており、(a)は、固体拡散浸透工程と液体拡散浸透工程とによって形成された金属間化合物層の断面図、(b)は液体拡散浸透工程によって形成された金属間化合物層の断面図である。
【図3】本発明の他の実施形態に係るノロ掻きを示した斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施形態を図面を用いて説明する。図1は、本実施形態に係るラドル10を示している。このラドル10は、射出成型機における金型と保持炉との間に設置された給湯装置に取り付けられて、保持炉と金型のスリーブとの間を往復移動することにより、保持炉内のアルミニウム溶湯をスリーブ内に注湯するものである。ラドル10は、容器状のラドル本体11と略樋状の連結部12とを一体にして構成されており、連結部12の端部には水平方向に貫通する軸穴13が形成されている。
【0023】
軸穴13には、支軸が固定され、この支軸は、給湯装置が備えるアームに連結される。そして、ラドル10は、アームの作動により上下左右に移動するとともに、支軸の回転により支軸を中心として上下に回転する。また、図2(a)は、ラドル10の表面部分の断面を拡大して表した顕微鏡写真であり、ラドル10は、図2(a)に示したように、チタンからなる基材10aと、基材10aの表面に形成されたチタンとアルミニウムとからなる金属間化合物層10bとで構成されている。なお、図2(b)は、チタンからなる基材10a、基材10aに対して、後述する液体拡散浸透工程のみを行ったときに基材10aの表面に形成された金属間化合物層10cとを示している。
【0024】
つぎに、ラドル10を製造する工程の一例を説明する。まず、チタンを用いて、ラドル10の形状の基材10aを形成する。この場合の基材10aは、鋳造によって成形してもよいし、切削加工などの加工によって成形してもよい。つぎに、基材10aを酸液中に浸漬して表面の酸化物や付着物等を除去する。ついで、基材10aをフラックス処理してその表面を活性化させる。このフラックス処理は、フッ化物や塩化物を主成分とするフラックスを溶融させ、その溶液中に基材10aを浸漬することにより行う。
【0025】
つぎに、基材10aを、略700℃の溶融アルミニウム中に浸漬して、基材10aの表面にアルミニウム層を形成する。この浸漬は、1分程度行う。このとき、基材10aの表面には、酸化物や付着物等の異物はなく、基材10aの表面は、フラックス処理により活性化してアルミニウムに対する濡れ性が向上しているため、アルミニウム層は、基材10aの表面に緻密に密着した良好な層になる。そして、表面にアルミニウム層が形成された基材10aを常温まで、冷却し、乾燥する。
【0026】
つぎに、基材10aの表面に形成されたアルミニウム層を、基材10aの表面側部分に固体拡散浸透させて、初期の金属間化合物層を形成するための処理を行う。この処理は、表面にアルミニウム層が形成された基材10aを、窒素ガスを充填した加熱炉に入れ、620℃の温度で30分加熱することにより行う。この加熱処理により、アルミニウム層を構成するアルミニウムは、基材10aの内部に固体状態のまま拡散浸透していき、基材10aを構成するチタンと反応する。そして、チタンとアルミニウムの比率に応じて、TiAl、TiAl2およびTiAl3からなる層が形成されていき、各層からなる金属間化合物層が形成される。
【0027】
つぎに、表面に金属間化合物が形成された基材10aを常温まで一旦冷却したのちに、再度、加熱炉で、930℃の温度で360分加熱する。この場合、加熱炉内にはアンモニアを充填しておく。これによって、基材10aの表面に形成された金属間化合物層に含まれるアルミニウムの一部は、液体になって基材10a内に拡散浸透していき、金属間化合物層が成長していく。また、この場合、アンモニア中の窒素が金属間化合物層中に浸透していき、硬い金属間化合物層10bが形成される。これによって、ラドル10が得られる。
【0028】
以上のように構成されたラドル10を用いて、アルミニウム合金からなる所定の成形品を射出成形する場合は、まず、保持炉内に鋳造用の溶融アルミニウムを入れ、スタートボタンをオン状態にして、射出成形機および給湯装置の作動を開始させる。これによって、アームが作動して、ラドル10は、保持炉内の溶融アルミニウムを取り込み、金型のスリーブに搬送されたのちに、注湯口が下方に傾斜するように回転して溶融アルミニウムをスリーブ内に注ぐ。その後、射出成型機のプランジャが作動して、溶融アルミニウムを金型の成形凹部内に圧入し、溶融アルミニウムは成形凹部内で冷却されて成形される。そして、金型が開いて成形品が取り出されたのちに、再度金型が閉じる。その間に、ラドル10は保持炉に向かい、再度溶融アルミニウムを取り込む。
【0029】
この動作が繰り返し行われ順次、成形品が成形されていく。その際、ラドル10の表面には、金属間化合物層10bが形成されて、アルミニウムに対する濡れ性が低下しているため、ラドル10の表面にアルミニウムが付着することは殆どない。このため、ラドル10の表面に付着するアルミニウムを除去する操作をしなくとも、ラドル10の表面に付着するアルミニウムが徐々に増えていってスリーブに給湯する溶融アルミニウムが減少したり、溶融アルミニウムの温度が低下したりするといったことは生じない。このため、良好な成形品が得られる。また、表面に金属間化合物層10bを形成したことにより、ラドル10に溶損や割れが生じにくくなり、ラドル10の長期間にわたっての使用が可能になる。
【0030】
このように、本実施形態では、アルミニウムを基材10aに拡散浸透させる加熱処理を、固体拡散浸透工程と、液体拡散浸透工程との2段階の処理によって行うようにしている。このため、固体拡散浸透工程においては、アルミニウムの基材10aへの拡散浸透が、固体状態で行われ、アルミニウムが基材10aの表面側部分に拡散浸透して形成される酸化物層は、ポーラスな層でなく、膨張係数が小さく硬固な金属間化合物層になる。
【0031】
そして、液体拡散浸透工程においては、固体拡散浸透工程で形成された金属間化合物層がさらに成長して、安定した金属間化合物層10bになる。また、金属間化合物層10bは、TiAl、TiAl2およびTiAl3の複数の層で構成される。このため、ラドル10を、溶融アルミニウム中に繰り返し浸漬しても、溶損や割れは生じにくくなり耐久性が向上する。また、ラドル10の表面にアルミニウムが付着することが防止されるため、付着したアルミニウムを除去する操作も不要になる。
【0032】
図3は、本発明の他の実施形態に係るノロ掻き20を示している。このノロ掻き20は、保持炉内のアルミニウム溶湯の表面に浮かぶノロを掬い取るためのもので、ノロ掻き部21と把持部22とで構成されている。ノロ掻き部21は、上方から見た状態で、中央側が下方に窪んだ円形曲面状の板に間隔を保って複数の孔23を形成した形状をしている。また、把持部22は棒で構成されており、その下端部が、ノロ掻き部21の縁部に連結されている。このノロ掻き20は、前述したラドル10と同様の製造方法によって得ることができ、ラドル10と同様、チタンからなる基材と、基材の表面に形成されたチタンとアルミニウムとからなる金属間化合物層とで構成されている。
【0033】
このように構成されたノロ掻き20は、保持炉内の溶融アルミニウムの上面に、アルミニウムが酸化して発生するノロが所定量浮かんだときに使用される。この場合、把持部22を持って、ノロ掻き部21を溶融アルミニウム中に入れ、ノロ掻き部21の凹面部にノロを載せてノロ掻き部21を溶融アルミニウムから持ち上げる。これによって、ノロ掻き部21内の溶融アルミニウムは孔23から保持炉内に流下していき、ノロ掻き部21内にはノロだけが残る。
【0034】
そして、ノロ掻き20で掬い上げたノロは、所定の場所に集積する。この場合、把持部22を回転して、ノロ掻き部21の凹面部を下方に向けることにより、ノロは塊となって、落下していく。このノロ掻き20の表面にも、金属間化合物層が形成されているため濡れ性が低下しており、ノロ掻き20の表面にノロが付着することは殆どない。このため、ノロ掻き20の表面に付着するノロを除去する作業が不要になるか、または作業回数を減少できる。また、表面に金属間化合物層を形成したことにより、ノロ掻き20がアルミニウムからの浸食を受けにくくなり、長期間にわたっての使用が可能になる。このノロ掻き20のそれ以外の作用効果は前述した実施形態の作用効果と同様である。
【0035】
つぎに、サンプルを用いて、実施例と比較例との耐久性を比較する実験をした。その結果を、下記の表1に示している。
【表1】

【0036】
この実験では、長さが100mm、幅が30mm、厚みが3mmのチタン材に、前処理とフラックス処理を行い、その表面にアルミニウム層を形成したのちに、表1に記載した温度と時間で加熱処理を行うことにより、実施例1−5および比較例1,2のサンプルを作成した。そして、各サンプルを、温度が730℃のアルミニウム溶湯中に浸漬し、各サンプルの表面層が浸食されるまでの時間を比較した。
【0037】
表1に記載したように、実施例1−4では、1回目の加熱処理(固体拡散浸透)をそれぞれ温度610℃で90分間行った。そして、2回目の加熱処理(液体拡散浸透)を、実施例1では温度750℃で90分間、実施例2では温度930℃で120分間、実施例3では温度930℃で360分間、実施例4では温度1150℃で90分間行った。また、実施例5では、1回目の加熱処理を温度650℃で90分間行い、2回目の加熱処理を温度1150℃で90分間行った。比較例1,2では、従来技術のように固体拡散浸透はさせず、液体拡散浸透のみを行わせた。比較例1では、加熱処理を温度850℃で90分間行い、比較例2では、加熱処理を温度930℃で120分間行った。
【0038】
この結果、各サンプルの耐久時間は、実施例1で70時間、実施例2で70時間、実施例3で170時間、実施例4で75時間、実施例5で75時間、比較例1で23時間、比較例2で19時間であった。この結果から、実施例1−5は、比較例1,2と比較して耐久時間が大幅に向上することがわかる。また、実施例1−5の中でも、2回目の加熱処理を長時間行った実施例3がより良好な結果を示した。
【0039】
なお、X線解析により、各サンプルの金属間化合物層の構造を解析したところ、実施例1,2,5のサンプルでは、TiAl3が認められ、実施例3,4のサンプルでは、TiAl2が認められた。さらに、前述したラドル10とノロ掻き20に対して、耐久性の実験をしたところ、耐久時間は、ともに96時間であった。この結果から、本実施形態に係るラドルおよびノロ掻きは長時間の使用に耐え得るものであることがわかる。
【0040】
また、本発明は、前述した実施形態に限るものでなく適宜、変更実施が可能である。例えば、前述した実施形態では、金属間化合物層10bがTiAl、TiAl2およびTiAl3からなる各層で構成されているが、金属間化合物層10bは、TiAl2からなる層だけで構成されていてもよいし、TiAl3からなる層だけで構成されていてもよい。また、TiAlからなる層とTiAl2からなる層とで構成されていてもよいし、TiAlからなる層とTiAl3からなる層とで構成されていてもよいし、TiAl2からなる層とTiAl3からなる層とで構成されていてもよい。さらに、TiAl、TiAl2およびTiAl3が混合されて1つの層を形成していてもよい。
【0041】
また、固体拡散浸透工程および液体拡散浸透工程での処理温度は、前述した温度に限らず、処理時間に応じて適宜変更することができる。さらに、前述した他の実施形態では、ノロ掻き20の基材全体をチタンで構成しその表面に金属間化合物層を形成しているが、把持部22の上部側の溶融アルミニウムに接触しない部分は、鉄パイプで構成してもよい。また、基材を構成するチタンをチタン合金で構成してもよいし、アルミニウム層を構成するアルミニウムをアルミニウム合金で構成してもよい。さらに、溶融金属としては、アルミニウムに代えて、亜鉛を用いてもよい。また、前述した実施形態では、溶融金属処理部材として、ラドル10とノロ掻き20を記載しているが、この溶融金属処理部材としては、これに限定するものでなく、温度測定用の熱電対を収容する保護管のように保持炉内の溶融金属中に浸漬された状態に維持される溶融金属処理部材であってもよい。さらに、前述した実施形態のそれ以外の部分についても本発明の技術的範囲内で変更が可能である。
【符号の説明】
【0042】
10…ラドル、10a…基材、10b…金属間化合物層、20…ノロ掻き。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタンまたはチタン合金からなる基材を酸洗いする前処理工程と、
前記前処理された基材を溶融フラックス中に浸漬して表面を活性化するフラックス処理工程と、
前記フラックス処理された基材を、アルミニウムまたはアルミニウム合金の溶湯中に浸漬して表面にアルミニウム層を形成するアルミニウム層形成工程と、
前記アルミニウム層が表面に形成された基材を610℃から前記アルミニウム層の溶融点までの間の温度で加熱して前記アルミニウム層に含まれるアルミニウムを前記基材の内部に固体拡散浸透させる固体拡散浸透工程と、
前記固体拡散浸透工程で処理された前記基材を前記アルミニウム層の溶融点から1150℃までの間の温度で加熱して前記基材に固体拡散浸透されたアルミニウムの少なくとも一部を前記基材の内部に液体拡散浸透させる液体拡散浸透工程と
を備えたことを特徴とする金属間化合物層の形成方法。
【請求項2】
前記固体拡散浸透工程を、30分〜90分間行う請求項1に記載の金属間化合物層の形成方法。
【請求項3】
前記液体拡散浸透工程を、90分〜360分間行う請求項1または2に記載の金属間化合物層の形成方法。
【請求項4】
前記液体拡散浸透工程を、アンモニア雰囲気中で行う請求項1ないし3のうちのいずれか一つに記載の金属間化合物層の形成方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のうちのいずれか一つに記載の金属間化合物層の形成方法を用いて製造され、溶融金属に対して所定の処理を行う溶融金属処理部材であって、
前記溶融金属に接触する部分の表面側に、TiAl、TiAl2およびTiAl3のうちの少なくともTiAl2またはTiAl3を含む金属間化合物層が形成されている溶融金属処理部材。
【請求項6】
前記溶融金属が、溶融アルミニウムまたは溶融アルミニウム合金であり、前記溶融金属処理部材が、前記溶融アルミニウムまたは溶融アルミニウム合金を搬送するラドルまたは、前記溶融アルミニウムまたは溶融アルミニウム合金の表面に浮かぶノロを掬い取るためのノロ掻きである請求項5に記載の溶融金属処理部材。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−36070(P2013−36070A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−171537(P2011−171537)
【出願日】平成23年8月5日(2011.8.5)
【出願人】(511175428)株式会社増田酸素工業所 (2)
【Fターム(参考)】