説明

鋼用タングステンイナートガスアーク溶接用活性フラックス

【課題】溶接アークの透過力を確実に高める、環境を汚さないフラックスを提供し1.0〜20.0mm厚の鋼の、1パスまたは2パス溶接による溶接部の溶接の質を向上させること。
【解決手段】二酸化ケイ素(SiO2)(2.0重量%)と、メタケイ酸鉄(Fe2SiO4)、オルトチタン酸鉄(Fe2TiO4)、メタチタン酸鉄(FeTiO3)、ディチタン酸鉄(FeTi2O5)の混合物(98.0重量%)を含むこと。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は溶接の方法についてのものであり、鋼や合金のイナートガスアーク溶接(TIG溶接)用の活性フラックスに関するものである。本発明は工業製品に不可欠な、1パスあるいは複数パスの、手動または自動溶接で使用する。
【背景技術】
【0002】
当技術分野では、異なるタイプの鋼や合金の溶接深さを深くするための種々な組成の活性フラックス(以下「フラックス」という)が知られている。例えば、(発明者証 1980年4月30日第730515号, IPC7: B23 35/362、B. # 16)や(発明者証 1987年10月7日第1342649号 A1, IPC7: B23 35/362, B. # 37)、(発明者証 1991年12月7日第1696233号 A1, IPC7: B23 35/362, B. # 45)など。
【0003】
フラックスは、フラックス粉末とエチルアルコールのような有機揮発溶液が含まれる懸濁液状で、溶接前に溶接接合部に塗られる。
【0004】
イナートガスアーク溶接用のフラックスの従来技術 (発明者証1985年6月23日第1162565号 A, IPC7: B23 35/362, B. # 23)では、高強度ステンレス溶接時のアークによる溶接深さを深くするというものがあり、この特許請求の範囲におけるフラックスの組成は以下である (単位は重量%)。
【0005】

【0006】
上記フラックスは、化学的に純粋な各組成要素を機械的に混合して作成する。作成したフラックスは、本質的に以下のような欠点を持つ。
【0007】
・各組成要素を完全に混合する必要性
・組成要素の中に毒性のものが含まれる(酸化バナジウムなど)
・最大57.5%の多量の低沸点(Tboil)ハロゲン化物塩 (LiFの沸点Tboil = 1949 K、NaFの沸点Tboil = 1975 K)が含まれ、250Aを超える電流での溶接時のフラックス効果の著しい減少
【0008】
以上のような欠点を補うために、他の従来技術では、ステンレスのTIG溶接用のフラックスに以下の組成(重量%)が提案されている(2000年11月28日公開の特開2000−326091、IPC7 B23K 35/362)。

【0009】
上記組成のフラックスは、溶融池に一定レベル(500-600 dyne/cm)の表面張力を与える。
しかしながら、このフラックスは従来技術のフラックスの欠点の一部である、ハロゲン化物塩が含まれないという点のみについて克服されており、また構成要素が3つであるという特徴を持つ。
【0010】
このフラックスには、以下のような本質的な欠点がある。
・溶接深さの減少(特に電流が100A未満の場合)。これは、鋼よりも非常に高い融点(Tmelt)を持つ材料(TiO2のTmelt = 2185 K、SiO2のTmelt = 1996 K、Cr2O3のTmelt = 2548 K)がフラックスに含まれているためである。溶接深さの減少は、アーク電力の一部がベース金属表面の難溶性酸化膜の溶融に使われるためである。
・フラックス懸濁液を使う前の各組成要素の十分な混合の必要性。フラックスの各組成要素の比重(ρ)の大きな違い(2.0〜2.5倍)から(SiO2のρ= 2.3-2.6 g/cm3、Cr2O3のρ = 5.2 g/cm3)、フラックス懸濁液保管中に各要素が分離するため、使用前に十分混合しないと溶接部の幾何学的サイズが不安定になる可能性がある。
・毒性の組成要素が含まれる (Cr2O3).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、溶接アークの透過力を確実に高める、環境を汚さないフラックスを提供し、溶接の質を向上させることである。
溶接の質は、懸濁液状のフラックス組成要素が分離し不均一な分布となることに起因する、溶接深さおよび溶接の幅のばらつきを減らすことで向上できる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記本発明の目的は、TIG溶接用フラックスの組成要素が、毒性のものを含まず、フラックスの98%を占める主な組成要素の融点が比較的低融点で、比重値が近い値であることで達成される。本発明によるフラックスはタングステンイナートガスアーク溶接(TIG溶接)用であり、二酸化ケイ素を含んでいる。さらに本フラックスは、メタケイ酸鉄、オルトチタン酸鉄、メタチタン酸鉄、ディチタン酸鉄の混合物であり、これらの各組成比(重量%)が以下であることを特徴とする。
【0013】
・二酸化ケイ素 SiO2 2,0

・メタケイ酸鉄Fe2SiO4
オルトチタン酸鉄Fe2TiO4
メタチタン酸鉄FeTiO3
ディチタン酸鉄FeTi2O5 98,0
【0014】
上記組成は、溶接深さを増加させるため各要素の物理化学的な性質から決められており、そのメカニズムは十分に周知されている。
【0015】
活性フラックス層でのTIG溶接の溶接深さのメカニズムは、金属-フラックス-溶融池-アークシステムの間で起こる以下の主な現象により説明される。
【0016】
・アークの陽極領域の収縮
・アーク-フラックス-溶融池の相互作用領域内でのアーク柱の熱出力の再分散
・溶融池金属表面張力の低下
・溶融池金属の溶融方向および溶融速度の変化。溶融池の中心から周辺に向かう外向から、溶融池の周辺から溶融池の中央および内部に向かう、速度の速い内向へ変化する
【0017】
上記溶融深さのメカニズムを基に次のことが言える。従来技術のフラックスにおいて、溶融池の表面張力は溶接の深さに対して重要な影響を与える要因ではあるが、それが唯一あるいは十分な要因ではない。
このような溶融深さのメカニズムから、活性フラックスの各要素には主に以下のような物理化学的な性質が求められる。
【0018】
・解離中の十分な量の酸素発生
・溶融池金属とのアクティブな相互作用
・十分に高い沸点
・低い融点
・フラックスの化学的組成を安定させるような各要素の比重(複数の組成要素を機械的に混合する場合)が近い値であること
・非毒性
【0019】
電気陰性度が高く、表面が活性の元素の中では、誘電特性を持つ難溶性化合物を作るのに酸素が最も効率が良いことは周知の事実である。
また、酸素の解離は周知のように以下の式で表わされる。
【0020】

【0021】
ここで、Eは元素、Oは原子状酸素、O2は酸素分子、EOは酸化物、i,jはЕiОj分子の原子数、ηoq,η02,η10,ηmnはm,n-1,2...などの整数の係数である。
例えば、SiO2は3000Kを超える温度で解離し、以下のように気相を形成する。

【0022】
計算実験から、深い溶接を行うには、沸点における一酸化物の気相中に酸素分子(O2)の存在が必須であることが分かった。気相中の酸素分子含有量の計算値は、酸素の一定比率(4x10-4cm3)中で0.1cm3未満にならないようにしなければならない。また、酸素の沸点は3400K以下であることがわかっている。このような条件に合う酸化物は、
SiO2、TiO2、Cr2O3、MgO、Ga2O3、V2O5、CoO、MnO、FeO、SnO2、GeO2、ZnO、B2O3、およびより高次の酸化物(Fe2O3など)である。
実験結果より、この中で溶接深さに最も効果のある酸化物は、
SiO2、TiO2、Cr2O3、MgO、CoO、MnO、FeOであることがわかった。
【0023】
SiO2、TiO2、Cr2O3、MnO、Mn2O3、FeO、Fe2O3などの酸化物で構成された溶接スラグ酸化物は、溶融池との最も強い相互作用を示す。
しかしながら、これらの酸化物はすべて融点が高いため、溶接時のアーク-金属-溶融池領域でのアーク電力の再分布により溶接深さが減少する。また、SiO2、TiO2、FeO、Fe2O3は、非毒性の酸化物である。上記酸化物で構成された化学合成物で鋼よりも低い融点を持つものは、Fe2SiO4、FeTiO3、Fe2TiO4である。
【0024】
本発明による活性フラックス中の少量の(2重量%)二酸化ケイ素(SiO2)は、懸濁液で使用する場合、フラックスと有機液体との急速な分離を防ぐためのものである。
【発明の効果】
【0025】
活性フラックスの組成要素に、既知の特性のものと新しい機能を持つものを混合させることにより、アーク透過力の高い溶接を提供することができる。
【0026】
本発明によるフラックスは、以下の必要条件を満たしている。
・沸点における一酸化物の気相中の酸素分子(O2)の存在が、酸素の一定比率(4x10-4cm3)中で0.1cm3未満
・十分な熱強度(フラックスの沸点は2500〜3266K)
・フラックスの主な組成要素が低融点(鋼の融点(1638〜1673K)より下)
・フラックスの各組成要素の比重が近い値であること(鉄かんらん石:4.3 g/cm3、メタチタン酸鉄:4.7 g/cm3)
・非毒性
【実施例】
【0027】
フラックスの組成要素の組成比の違いによる、従来法によるTIG溶接と、従来技術によるフラックスを用いたTIG溶接における溶接部の幾何学的サイズの違いについて研究し、その効果とフラックスの最適な組成要素を評価した。実験は、5mmと10mm厚の鋼プレート08Kh18N10T(オーステナト系ステンレス鋼)と鋼20のプレート(低炭素鋼)を用い、以下の条件で行った。
【0028】
・溶接電流:100〜200 A
・アーク長:1.5 mm
・溶接速度:2 mm/s
フラックスをFe2SiO4、Fe2TiO4、FeTiO3、FeTi2O5の混合物とし、各要素の割合を0〜100%(10%刻みで)で変化させる
【0029】
実験後、溶接部をセクションごとに区切り、そのサイズを測定した。実験結果を下記の表1に示す。
【表1】

この結果から、従来技術によるフラックス、あるいは本発明によるフラックスを使ってTIG溶接を行うと、(フラックスを使わない)TIG溶接に比べ、通常100〜300%溶接深さが深くなると分析される。また、本発明によるフラックスを使った場合、従来技術のフラックスを使った場合と比較して約15%溶接深さが深くなった。最大溶接深さを得られる最適なフラックスの構成要素は以下である (単位は重量%)。
【0030】
・二酸化ケイ素 SiO2 2,0

・メタケイ酸鉄Fe2SiO4
オルトチタン酸鉄Fe2TiO4
メタチタン酸鉄FeTiO3
ディチタン酸鉄FeTi2O5 98,0

【特許請求の範囲】
【請求項1】
二酸化ケイ素(SiO2)と、メタケイ酸鉄(Fe2SiO4)、オルトチタン酸鉄(Fe2TiO4)、メタチタン酸鉄(FeTiO3)、ディチタン酸鉄(FeTi2O5)を含み、各組成比が以下(単位は重量%)であることを特徴とする、鋼用タングステンイナートガスアーク溶接用活性フラックス。
・二酸化ケイ素 SiO2 2,0

・メタケイ酸鉄Fe2SiO4
オルトチタン酸鉄Fe2TiO4
メタチタン酸鉄FeTiO3
ディチタン酸鉄FeTi2O5 98,0