説明

防錆用塗料および塗装鋼材

【課題】 塗装鋼材を目視観察することによって、塗膜下における鋼材の腐食発生(発錆)を早期に確認することができる塗装鋼材、および塗装鋼材の塗膜を形成するための塗料を提供する。
【解決手段】 溶剤中に樹脂と顔料とを含有し、鋼材表面に塗布して塗膜を形成するための防錆用塗料であって、前記樹脂と前記顔料に加えて鉄イオンと反応して発色する物質を含有させた塗料とする。また、該塗料を用いて、基板である鋼材表面に塗膜を形成した塗装鋼材とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、防錆用塗料および塗装鋼材に係り、目視観察によって塗膜下における鋼材の腐食(発錆)を簡便に早期発見し、鋼材の腐食初期段階で塗膜の塗り替え塗装を施すことで、鋼材の防錆寿命を長期化し得る防錆用塗料、および該防錆用塗料を用いて表面に塗膜が形成された、塗装鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁、杭、矢板等、長期に亘り自然環境に晒される鋼構造物では、腐食による特性劣化が常に問題とされている。例えば、鋼構造物の腐食が進行すると鋼材の肉厚が減少し、構造物としての所望の強度が維持できなくなる。そのため、これらの鋼構造物の素材となる鋼材には通常、防食被覆処理が施されている。防食被覆処理の代表的なものとしては、例えば、塗装、めっき、樹脂ライニング等が挙げられる。そして、これらの中でも特に、鋼材表面を塗膜で被覆することにより防錆する塗装は、低コストで施工性が良好であることから防錆用塗装として土木・建築用鋼材の防食(防錆)に広く用いられている。
【0003】
鋼材表面に塗膜を形成した塗装鋼材は、優れた防食性(防錆性)を示すものの、塗膜端部や塗膜欠陥部から水分等が浸透するため、鋼材の腐食を完全に防止することはできない。そのため、塗装鋼材を素材として用いた鋼構造物では、鋼材表面に形成された塗膜を定期的に塗り替える作業が必要とされている。
【0004】
ここで重要となるのは、塗膜の塗り替え作業を行う時期の選定である。鋼材の腐食が進行すると塗膜の劣化を招き、更に腐食が進行すると鋼材表面から塗膜が剥離する。そして、ひとたび塗膜が剥離すると、鋼材の腐食が激しくなり、肉厚が減少して強度が著しく低下する等、鋼材の諸特性が大幅に劣化して様々な支障をきたす。特に、強度が要求される鋼構造物の場合、腐食により鋼材の肉厚が大幅に減少すると、鋼構造物に要求される強度を維持することができなくなるため、構造物としての安全性・信頼性を揺るがす結果となり兼ねない。また、鋼材の腐食や塗膜の劣化が大幅に進行した段階で塗り替えを行う場合には、その作業が大掛かりとなり、メンテナンスコストの高騰を招く。
【0005】
以上の理由により、塗膜の塗り替えは、塗膜の劣化や剥離・欠落が発生する前の段階、すなわち鋼材の腐食(錆発生)初期段階で行うことが望ましい。このような早期の段階で塗膜の塗り替えを行えば、鋼材の防錆寿命を延長することが可能となり、延いては鋼構造物の安全性・信頼性を長期間に亘り維持することが可能となる。また、鋼材の腐食(錆発生)初期段階で塗膜の塗り替えを行えば、軽度の塗り替え補修作業で済むため、メンテナンスコスト面でも有利である。
【0006】
塗装鋼材において鋼材表面に形成される塗膜は、特許文献1に記載されているように樹脂と顔料を含有する塗膜とするのが一般的である。また、塗装鋼材からなる鋼構造物の場合、塗膜の塗り替え時期は、例えば非特許文献1に記載されているように、塗膜外観を調査し、塗膜の状態を標準写真等と対比して、錆、剥がれ、変退色、汚れ、割れ・膨れ等について、4段階(健全、ほぼ健全、劣化している、劣化が著しい)に評価し、これらの評価に基づき決定している。
また、このような塗膜外観は目視観察によって行われる場合が多いが、例えば特許文献2に記載されているように、目視に加えて画像処理解析や塗膜の化学分析、塗膜下腐食測定等を行う場合もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−262447号公報
【特許文献2】特開2009−236609号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】社団法人日本道路協会編、「鋼道路橋塗装・防食便覧」、丸善株式会社、平成19年2月28日、p.II−88〜II−91
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、塗装鋼材の鋼材表面に形成される一般的な塗膜、すなわち特許文献1に記載されたような樹脂と顔料を含む塗膜は透明でないため、塗膜下における鋼材の腐食(錆)の発生・進行状況を目視で確認することは極めて困難である。なお、塗膜下における鋼材の腐食(錆)が発生・進行すると、塗膜の膨れや塗膜欠陥部からの流れ錆びが確認され、腐食(錆)が著しくなると塗膜が剥離する。そのため、塗膜の状態を目視観察することで塗膜下における鋼材の腐食状況を確認し得るが、鋼構造物の形状が複雑である場合や塗膜の色合いによっては、目視の判定が困難なケースがあり、鋼材の腐食が著しく進展するまで鋼材の腐食(錆発生)や塗膜劣化・剥離を発見することができない場合があった。また、塗膜の膨れや塗膜欠陥部からの流れ錆び、或いは塗膜の剥離を確認することによって鋼材の腐食(錆発生)を認識することができたとしても、塗膜の膨れ等が生じた段階では塗膜下の鋼材の腐食(錆発生)はかなり進行している。以上のように、従来の塗膜では、塗膜下で発生する鋼材の腐食(錆)発生を早期に発見することができない。
【0010】
一方、特許文献2では、塗膜下腐食測定や塗膜の化学分析を行う技術について提案されており、この技術によると塗膜下における鋼材の腐食(錆)の発生を早期に確認し得る。しかしながら、鋼構造物は通常、大型構造物であるため、構造物全体について上記の如き腐食測定・化学分析を行うには多大な労力と時間を要する。また、メンテナンスコストも嵩む。
【0011】
以上のように、鋼構造物において塗膜の塗り替え時期を決定するに際し、塗膜下腐食測定や塗膜の化学分析を行うことにより塗膜下の鋼材の腐食(錆発生)状況を確認する従来技術では、作業が煩雑になるうえ、コスト面でも不利になる。そのため、塗膜下の鋼材の腐食(錆発生)状況を目視観察により確認することができれば、極めて簡便に塗膜の塗り替え時期を決定することができる。しかし、従来の塗膜では、塗膜下で発生する鋼材の腐食(錆)発生を、目視観察によって早期に発見することができない。
【0012】
本発明は、上記した従来技術が抱える問題を有利に解決するものであり、目視観察によって塗膜下における鋼材の腐食(発錆)を簡便に早期発見し、鋼材の腐食初期段階で塗膜の塗り替え塗装を施すことで、鋼材の防錆寿命を長期化し得る防錆用塗料、および該防錆用塗料を用いて表面に塗膜が形成された、鋼構造物の素材に好適な塗装鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決すべく、本発明者らは、特許文献1に記載の如き塗膜、すなわち樹脂と顔料を含む塗膜を具えた塗装鋼材について、塗膜下における鋼材の腐食(錆発生)状態を目視により確認する手段について鋭意検討した。
まず、本発明者らは、塗膜の膨れや剥離によらず、目視によって塗膜下の鋼材の腐食(発錆)状態を確認し得る手段について検討した。そして、鋼材の腐食に伴い鉄イオンが生じることに着目し、鉄イオンと反応することで発色する物質を用いることに思い至った。
【0014】
そこで、本発明者らは更に検討を進めた結果、このような物質を塗膜に含有させれば、塗膜表面を目視観察することをもって塗膜下における鋼材の腐食発生(発錆)を容易に確認できることを知見した。塗膜下における鋼材が腐食(発錆)すると、基材となる鋼材と塗膜との界面で鉄イオンが発生し、この鉄イオンは主に塗膜欠陥部を伝って塗膜表面まで拡散する。そこで、鉄イオンと反応することで発色する物質を塗膜に含有させておけば、塗膜の表面が発色するため、目視観察することをもって塗膜下における鋼材の腐食(発錆)を認識できることを知見した。
【0015】
また、鉄イオンと反応することで発色する物質を塗膜に含有させず、鋼構造物の保守点検時に上記物質を鋼構造物の表面に塗布することにより、塗膜下における鋼材の腐食(発錆)状態を確認する手段も考えられる。しかしながら、係る手段では、保守点検を行うたびに上記物質を鋼構造物の表面に塗布することを要する。そして、一般的に鋼構造物は大型であるうえ、厳しい自然環境下に施工されていることが多いため、保守点検時に上記物質を鋼構造物の表面に塗布する作業は極めて煩雑である。また、上記のような方法では、錆成分が塗膜表面に出てきた後、もしくは塗膜にピンホールなどの欠陥が発生した後にしか検知できない。これに対し、鉄イオンと反応することで発色する物質を予め塗膜に含有させておけば、鋼構造物の保守点検時、特別な措置を採らずとも錆の発生初期に、外観を目視観察するという単純作業で、塗膜下における鋼材の腐食(発錆)状態を確認できることを知見した。
【0016】
本発明は上記の知見に基づき完成されたものであり、その要旨は次のとおりである。
[1] 溶剤中に樹脂と顔料とを含有し、鋼材表面に塗布して塗膜を形成するための防錆用塗料であって、前記樹脂と前記顔料に加えて鉄イオンと反応して発色する物質を含有することを特徴とする防錆用塗料。
【0017】
[2] [1]において、前記物質が、トリアジンまたは1,10-フェナントロリンであることを特徴とする防錆用塗料。
【0018】
[3] [1]または[2]において、前記物質の含有量が、塗膜形成成分に対する質量%で3%以上20%以下であることを特徴とする防錆用塗料。
【0019】
[4] 基板である鋼材表面に塗膜を形成してなる塗装鋼材であって、前記塗膜が樹脂と顔料に加えて鉄イオンと反応して発色する物質を含有することを特徴とする塗装鋼材。
【0020】
[5] [4]において、前記物質が、トリアジンまたは1,10-フェナントロリンであることを特徴とする塗装鋼材。
【0021】
[6] [4]または[5]において、前記物質の含有量が、乾燥状態での塗膜全質量に対する質量%で3%以上20%以下であることを特徴とする塗装鋼材。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、塗膜の塗り替えを必要とする塗装鋼材を適用した鋼構造物において、塗膜下の鋼材の腐食発生(発錆)を早期に、しかも目視で確認することができる。そのため、本発明によると、塗膜の塗り替えに適切な時期(塗膜下の鋼材の腐食(発錆)初期段階)を、煩雑な作業を伴わずに目視で簡便に判定することができる。そして、塗膜下の鋼材の腐食(錆)がさほど進行していないような適切な時期に塗膜の塗り替えを行うことにより、鋼構造物の防錆寿命を延長するとともにメンテナンスコストの低減化が可能となり、産業上格段の効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明について詳細に説明する。
まず、本発明の防錆用塗料について説明する。
本発明の防錆用塗料は、溶剤中に樹脂と顔料とを含有し、鋼材表面に塗布して塗膜を形成するための防錆塗料であって、前記樹脂と前記顔料に加えて鉄イオンと反応して発色する物質を含有することを特徴とする。
【0024】
本発明において、鉄イオンと反応して発色する物質の種類は特に限定されず、例えば、トリアジン、1,10-フェナントロリン、チオシアン酸カリウム、チオシアン酸ナトリウム、チオシアン酸アンモニウムなどのチオシアン酸塩、フェロシアン化カリウム、フェロシアン化ナトリウムなどのフェロシアン塩、フェリシアン化カリウム、フェリシアン化ナトリウムなどのフェリシアン塩などが挙げられる。
【0025】
また、本発明においては、鋼材の腐食の初期段階で生成する2価の鉄イオン(Fe2+)と反応して発色する物質を用いることが好ましい。このような物質を適用すれば、鋼材の腐食の初期段階で塗膜を発色させることができるため、目視観察によって塗膜下における鋼材腐食(発錆)を早期に発見することが可能となる。
【0026】
2価の鉄イオン(Fe2+)と反応して発色する物質としては、例えば、トリアジン、1,10-フェナントロリン、フェリシアン化カリウム、フェリシアン化ナトリウムなどのフェリシアン塩等が挙げられる。これらの中でも、トリアジン、1,10-フェナントロリンは有機物であることから、有機溶剤に可溶であり、しかも塗膜を構成する有機樹脂中への溶解度が他の無機系発色物質よりも高いため、塗膜中に、より分子レベルに近い状態で分散していると考えられ、他の無機系発色物質よりも早期での検知が可能となる。他の無機系発色物質は塗料作製時に無機粉末をボールミルなどで破砕して細かい固体粒子にして、それを塗膜中に分散させることになるので、本来目的とする腐食(発錆)検知効果以外の塗膜の剛性等の物性大きく変えてしまうことになる。このような観点から、有機物であるトリアジンまたは1,10-フェナントロリンが好ましい。トリアジンは、2価の鉄イオンと反応すると紫色の化合物を形成する。また、1,10-フェナントロリンは、2価の鉄イオンと反応するとオレンジ色の化合物を形成する。そのため、これらの物質を塗膜に含有させると、鋼材の腐食の初期段階で塗膜が発色し、目視観察によって塗膜下における鋼材腐食(発錆)を早期かつ容易に発見することが可能となる。
【0027】
防錆用塗料に含まれる上記物質(鉄イオンと反応して発色する物質)の含有量は、塗膜形成成分の合計質量、すなわち防錆用塗料を構成する成分のうち溶剤以外の成分である樹脂(該樹脂の硬化剤も含む)、顔料、鉄イオンと反応して発色する物質および後述する塗料調整剤の合計質量に対して、3質量%以上20質量%以下とすることが好ましい。上記含有量が3質量%未満になると、塗膜下における鋼材が腐食(発錆)しても、塗膜の十分な発色が期待できないため発色するまでの時間が長期になり、実際に流れ錆などが発生する時間に対してさほど早期に腐食を検知できなくなる。一方、上記含有量が20質量%を超えると、更なる塗膜発色効果が得られず、また、硬化性・透水性・可撓性などの塗膜物性、および塗装性を低下させる等、悪影響を及ぼすことが懸念される。なお、より早期に検知するという観点から10質量%以下がより好ましい。
【0028】
本発明の防錆用塗料に用いる溶剤、該溶剤に含まれる樹脂および顔料としては、塗装鋼材の塗膜を形成する防錆用塗料の成分として一般的に用いられているものを適用することができる。たとえば、市販の防錆用塗料に、鉄イオンと反応することで発色する物質を添加してもよい。但し、本発明は、鉄イオンと反応することで発色する物質を塗膜に含有させ、鋼材の腐食時に塗膜を発色させることを目的としている。そのため、本発明では、防錆用塗料により形成される塗膜の色が、上記物質が鉄イオンと反応する際に発する色と異なる色となるように、塗膜に含まれる樹脂および顔料の種類を適宜選択する。
【0029】
本発明の防錆用塗料に用いる溶剤としては、例えば、キシレン、トルエン等の炭化水素系溶剤、イソプロピルアルコール、イソブチルアルコールなどのアルコール系溶剤、酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステル系溶剤、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテルなどのセロソルブ系溶剤、メチルエチルケトン、シクロペンタノン等のケトン系溶剤等、通常、塗料用溶剤に使用されるものを用いることができる。ただし、塗料樹脂成分およびトリアジン、1,10-フェナントロリンを溶解できる組み合わせで使用することが好ましい。
【0030】
上記溶剤に含まれる樹脂としては、例えば、エポキシ樹脂、フェノキシ樹脂、およびそれらの硬化剤として作用するアミン系硬化剤、ポリアミド系硬化剤、イミダゾール系硬化剤、ジシアンジアミド系硬化剤、酸無水物系硬化剤、アルキッド、ウレタン樹脂、およびその原料になるポリオール、ポリイソシアネートなどが挙げられ、これらのいずれか1種を単独で使用しても2種以上を適宜併用してもよく、2液型としても1液型としてもよく、また、加熱により硬化するものでも、室温で硬化するものでもよい。塗膜の防錆性、鋼との密着性という観点からは、上記溶剤に含まれる樹脂をエポキシ樹脂とすることが好ましい。
【0031】
また、防錆用塗料に含まれる樹脂の含有量は、塗膜形成成分の合計質量に対して、20質量%以上90質量%以下とし、溶剤に溶解することが好ましい。上記含有量が20質量%未満になると、乾燥時間が長くなる、もしくは所望の膜厚の塗膜を得るための塗り重ね回数が増えるという問題が懸念される。一方、上記含有量が90質量%を超えると、粘度が上昇し塗装困難になるという問題が懸念される。なお、より好ましくは、30質量%以上80質量%以下である。
【0032】
上記溶剤に含まれる顔料としては、例えば、タルク、二酸化チタン、炭酸カルシウム、およびリン酸塩系防錆顔料、トリポリリン酸塩系防錆顔料など通常の塗料用の体質顔料、防錆顔料等が挙げられ、これらのいずれか1種を単独で使用しても2種以上を適宜併用してもよい。また、鉄イオンと反応して発色する物質と併用するという観点からは、ベンガラなど鉄を顔料中に含有するものは使用できず、鉄を含有しない顔料が好ましい。
【0033】
また、防錆用塗料に含まれる顔料の含有量は、塗膜形成成分の合計質量に対して、10質量%以上60質量%以下とすることが好ましい。上記含有量が10質量%未満になると、塗膜の防錆性が低下したり、所望の色合いが得られない、塗料の材料コストが高価なものになるという問題を招来するおそれがある。一方、上記含有量が60質量%を超えると、やはり、防錆性の低下を招いたり、塗装性の低下等の問題が懸念される。なお、より好ましくは30質量%以上60質量%以下である。
【0034】
なお、本発明の防錆用塗料には、溶剤に上記した樹脂、顔料、鉄イオンと反応して発色する物質を含有するほか、沈降防止剤、分散剤、消泡剤、レベリング剤、はじき防止剤、粘度調整剤などの各種添加剤や塗料調整剤等を含有することができる。これらの合計含有量は、塗膜形成成分の合計質量に対して、10質量%以下とすることが、塗膜の物性確保という観点から好ましい。
【0035】
本発明の防錆用塗料は、従前公知の方法により調製することができる。例えば、樹脂と各種添加剤を溶解した溶剤に、顔料とトリアジン、1,10-フェナントロリン等の鉄イオンと反応して発色する物質を分散させる方法などで調製することができる。
【0036】
次に、本発明の塗装鋼材について説明する。
本発明の塗装鋼材は、基板である鋼材表面に、上記の防錆用塗料により形成された塗膜を具えてなる塗装鋼材であって、前記塗膜が樹脂と顔料に加えて鉄イオンと反応して発色する物質を含有することを特徴とする。
【0037】
本発明において、鉄イオンと反応して発色する物質の種類は特に限定されず、例えば、トリアジン、1,10-フェナントロリン、チオシアン酸カリウム、チオシアン酸ナトリウム、チオシアン酸アンモニウムなどのチオシアン酸塩、フェロシアン化カリウム、フェロシアン化ナトリウムなどのフェロシアン塩、フェリシアン化カリウム、フェリシアン化ナトリウムなどのフェリシアン塩などが挙げられる。
【0038】
特に、鋼材の腐食の初期段階で生成する2価の鉄イオン(Fe2+)と反応して発色する物質を用いることが好ましいため、例えば、トリアジン、1,10-フェナントロリン、フェリシアン化カリウム、フェリシアン化ナトリウムなどのフェリシアン塩等が挙げられる。これらの中でも、上述した理由で有機物であるトリアジンまたは1,10-フェナントロリンが好ましい。
【0039】
塗膜中の前記物質(鉄イオンと反応して発色する物質)の含有量は、乾燥状態での塗膜の全質量に対して3質量%以上20質量%以下とすることが好ましい。鉄イオンと反応して発色する物質の含有量が3質量%未満であると、塗膜下における鋼材が腐食(発錆)しても塗膜発色効果が十分に発現しないため発色するまでの時間が長期になり、実際に流れ錆などが発生する時間に対してさほど早期に腐食を検知できなくなるおそれがある。一方、鉄イオンと反応して発色する物質の含有量が20質量%を超えると、更なる塗膜発色効果が得られないうえ、硬化性、透水性・可撓性などの塗膜物性、および塗装性を低下させるという問題が懸念される。
なお、より早期に検知するという観点から10質量%以下がより好ましい。
【0040】
また、塗膜は、例えば、エポキシ樹脂、フェノキシ樹脂、およびそれらの硬化剤として作用するアミン系硬化剤、ポリアミド系硬化剤、イミダゾール系硬化剤、ジシアンジアミド系硬化剤、酸無水物系硬化剤から形成されるもの、もしくはアルキッド、ウレタン樹脂などから形成されるものでよい。塗膜の防錆性、鋼との密着性という観点からは、エポキシ樹脂からなる塗膜であることが好ましい。
【0041】
塗膜中の樹脂の含有量は、乾燥状態での塗膜の全質量に対して20質量%以上90質量%以下とすることが好ましい。樹脂の含有量が20質量%未満であると、塗膜の防錆性が低下するという問題が懸念される。一方、樹脂の含有量が90質量%を超えると、塗料コストが高くなる、塗膜物性が低下するという問題を招来する。なお、より好ましくは30質量%以上50質量%以下である。
【0042】
また、上記塗膜中に含まれる顔料としては、例えば、タルク、二酸化チタン、炭酸カルシウム、およびリン酸塩系防錆顔料、トリポリリン酸塩系防錆顔料など通常の塗料用の体質顔料、防錆顔料等が挙げられ、これらのいずれか1種を単独で使用しても2種以上を適宜併用してもよいが、鉄を顔料中に含有しない顔料が好ましい。
【0043】
塗膜中の顔料の含有量は、乾燥状態での塗膜の全質量に対して10質量%以上60質量%以下とすることが好ましい。顔料の含有量が10質量%未満であると、塗膜の防錆性が低下したり、所望の色合いが得られない、塗料の材料コストが高価なものになるという問題が懸念される。一方、顔料の含有量が60質量%を超えると、やはり、防錆性の低下を招いたり、塗装性の低下等という問題を招来する。なお、より好ましくは30質量%以上60質量%以下である。
【0044】
なお、本発明における塗膜は、樹脂、顔料、鉄イオンと反応して発色する物質を含むほか、沈降防止剤、分散剤、消泡剤、レベリング剤、はじき防止剤、粘度調整剤などの各種添加剤や塗料調整剤等を含有することができる。塗膜中のこれらの合計含有量は、乾燥状態での塗膜の全質量に対して10質量%以下とすることが、塗膜の物性確保の観点からは好ましい。
【0045】
本発明の塗装鋼材は、基板である鋼材表面に、上記した塗料、すなわち溶剤中に所望の樹脂、顔料、鉄イオンと反応する物質を含有する防錆用塗料を用いて塗膜を形成することによって得られるが、基材となる鋼材の種類は特に問わない。
また、塗膜を形成する手段についても特に問わず、従前公知の手段が何れも適用可能である。一例を挙げれば、塗装前の鋼材(基材)表面に、通常のブラスト、ケレン等の下処理を施したのち、上記した塗料をロールコート法、スプレー法、刷毛塗り法、浸漬法等によって塗布して常温乾燥もしくは焼付け処理を施すことにより、塗膜を形成する。
【0046】
塗膜の厚さは、20μm以上3000μm以下とすることが好ましい。塗膜の厚さが20μm未満であると、十分な防食(防錆)効果が発現しないという問題が懸念される。一方、塗膜の厚さが3000μmを超えると、鉄イオンと反応して発色する物質と腐食(発錆)によって鋼材−塗膜界面で発生した鉄イオンとが反応し発色しても、外観からは分かりにくいという問題がある。特に、顔料等が塗膜中に多く含まれている場合は、塗膜表面から鋼材−塗膜界面の着色は分かりにくいため、鉄イオンが塗膜表面まで拡散してこないと発色が外観から判別できなくなる。その結果、判別するのに長時間を要し、塗膜下における鋼材の腐食発生(発錆)を早期に認識できないおそれがある。なお、好ましくは200μm以上1000μm以下である。
【0047】
以上のように、鉄イオンと反応して発色する物質を含有する塗膜を具えた本発明の塗装鋼材によると、塗膜下の鋼材の腐食発生(発錆)を早期に、しかも目視で確認することができる。したがって、本発明の塗装鋼材を鋼構造物の素材に適用すれば、塗膜の塗り替えに適切な時期(塗膜下の鋼材の腐食(発錆)初期段階)を、煩雑な作業を伴わずに目視で簡便に判定することができる。また、塗膜表面における着色の有無は、遠方からの目視観察であっても容易に確認することができるため、大型の構造物や作業員が容易に立ち入ることのできない場所に施工された構造物であっても、構造物の表面を遠方から目視観察することによって塗膜の塗り替え時期を判定することができる。
【実施例】
【0048】
防錆用塗料の調製
<本発明例の塗料>
溶剤(トルエン・1−ブタノール・メチルエチルケトン)に、表1に示した樹脂、発色物質(鉄イオンと反応して発色する物質)を室温にて溶解し、さらに、表1に示した顔料をボールミルで分散させ、さらに、一部のものには沈降防止剤を塗料調整剤として加え、最後に硬化剤を加え攪拌し、塗料P1〜8,10,11,13,14,22〜25を調製した。
また、市販のエポキシ樹脂塗料(関西ペイント(株)製、商品名:エポマリンEX300、白色)または2液型ポリウレタン樹脂塗料(関西ペイント(株)製、商品名:アレスレタン、白色)に、表1に示した発色物質(鉄イオンと反応して発色する物質)を室温にて溶解し、塗料P16,17,19,20を調製した。
<比較例の塗料>
鉄イオンと反応して発色する物質を添加しないことを除き、上記した本発明例の塗料と同じ方法によって塗料P9,12,15,18,21を調製した。
【0049】
<試験片の作製>
JIS G 3106(2008)に規定されたSM400鋼板(150mm×70mm×6mm)の表面(片面)に、ブラスト処理を施して、その表面粗さをJIS B 0601(2001)に規定された十点平均粗さで50±10μmに調整した。続いて、表面粗さが調整された鋼板の表面(片面)に、硬化剤を混合したばかりの表1に示す塗料をそれぞれ刷毛塗り法によって塗布したのち、乾燥処理を施して、乾燥状態で厚さ100±10μmの各種塗膜を形成して試験片とした。上記乾燥処理は、温度35℃、湿度65%RHの室内で7日間乾燥する処理とした。試験片は各2枚ずつ作製し、1枚は下記の塗膜硬化度判定に用い、残りの各1枚を用いて腐食確認試験を行なった。
【0050】
<塗膜硬化度判定>
塗膜中央の部分を指先で強くこすり、指先に塗料が付着するか、塗膜表面に指紋痕が残るかという観点から、塗膜の硬化度を以下の基準で評価した。この評価では“○”および“◎”を合格とした。
◎:指先に塗料が付着せず、塗膜表面に指紋痕も残らない。
○:指先に塗料は付着しないが、塗膜表面に指紋痕が残る。
×:指先に塗料が付着し、且つ塗膜表面に指紋痕が残る。
【0051】
<腐食確認試験>
以上のようにして作製した試験片の中央に、塗膜下の鋼材面に達するまでの人工欠陥(欠陥の長さ:100mm)をカッターにて形成した。錆発生を検知するまでの時間につき、各試験片の相対比較を行なうために、以下に示す同一の条件下で大気暴露試験を実施した。
【0052】
<大気暴露試験条件>
JIS Z 2381(2001)に準拠し、直接暴露試験方法にて試験片を大気暴露した。試験中、試験片表面を定期的(24時間に1回の割合)に目視観察し、外観変化を確認した。
目視観察の結果を、表2に示す。
【0053】
【表1】

【0054】
【表2】

【0055】
表2に示す結果から明らかであるように、鉄イオンと反応して発色する物質を塗膜に含む本発明例によると、鉄イオンと反応して発色する物質を塗膜に含まない比較例に比べて早期に外観変化が確認され、塗膜下における鋼材の腐食(発錆)を早期に確認することができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶剤中に樹脂と顔料とを含有し、鋼材表面に塗布して塗膜を形成するための防錆用塗料であって、前記樹脂と前記顔料に加えて鉄イオンと反応して発色する物質を含有することを特徴とする防錆用塗料。
【請求項2】
前記物質が、トリアジンまたは1,10-フェナントロリンであることを特徴とする請求項1に記載の防錆用塗料。
【請求項3】
前記物質の含有量が、塗膜形成成分全質量に対する質量%で3%以上20%以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の防錆用塗料。
【請求項4】
基板である鋼材表面に塗膜を形成してなる塗装鋼材であって、前記塗膜が樹脂と顔料に加えて鉄イオンと反応して発色する物質を含有することを特徴とする塗装鋼材。
【請求項5】
前記物質が、トリアジンまたは1,10-フェナントロリンであることを特徴とする請求項4に記載の塗装鋼材。
【請求項6】
前記物質の含有量が、乾燥状態での塗膜全質量に対する質量%で3%以上20%以下であることを特徴とする請求項4または5に記載の塗装鋼材。


【公開番号】特開2012−149109(P2012−149109A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−6718(P2011−6718)
【出願日】平成23年1月17日(2011.1.17)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】