説明

電子ビーム蒸着装置

【課題】蒸着時の突沸を防止して膜上のパーティクルを低減すると同時に、蒸着材料の使用効率を向上させる装置を提供する。
【解決手段】電子ビーム蒸着装置において、蒸着材料が充填される坩堝、前記蒸着材料に電子ビームを照射して該蒸着材料を蒸発させるための電子銃、及び前記坩堝に対向して配置され、蒸発した前記蒸着材料が成膜される基板を保持する基板保持部を備え、前記電子ビームの出力電力が1.2〜3.0kWの範囲で、前記成膜の条件に基づいて加速電圧が数値2kV以上〜6kV未満の範囲で設定されるよう構成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子ビーム蒸着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体装置及び光学素子を製造するための成膜技術として電子ビーム蒸着装置が用いられている。このような電子ビーム蒸着装置において、坩堝に充填される蒸着材料に電子銃から発生する高電圧の電子ビームを照射して蒸着材料を加熱し、これによって蒸発された蒸着材料を用いて坩堝に対向配置される基板に膜を形成する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
電子銃から発生する高電圧の電子ビームが蒸着材料に照射されることで以下のような問題が発生する。
【0004】
電子ビームが高電圧のために、照射される電子のエネルギーが高くなってしまう。この電子ビームによって蒸着材料が過剰に掘り込まれて飛散し、蒸着カスが蒸着材料の周囲に付着する。このような蒸着カスは反射電子によって再蒸発して蒸着時に突沸を発生させる原因となる。また、蒸着材料内の溶融していない領域へ急激にエネルギーが入ると、本来の材料が持つ組成に欠損が生じて、蒸着時に融点の異なる物質の混在による突沸が発生し易くなる。その上、蒸着材料の減り方に偏りが発生して蒸着材料の使用効率が低い。
【0005】
そして、坩堝は温度上昇による溶融を防ぐために水冷された銅などで構成されているため導電性である。よって、図1に示すように、導電性材料、誘電体、電子の滞留した層の3層構造となり、仮想的にコンデンサ構造となる。コンデンサの静電容量はQ=CV=ε・ε・S・V/d(ε:真空の誘電率、ε:蒸着材料の誘電率、S:電子ビームの照射面積、d:蒸着材料の高さ)で表されるように電圧が高い程大きくなるので、電子ビームが高電圧である程、そして蒸着材料の誘電率が高い程、蒸着材料上面が帯電(チャージアップ)し、放電による蒸着材料の飛散(スプラッシュ)が発生する。また、帯電による電子の入射が阻害されることで反射電子の量も多くなり、蒸着材料周辺に付着した膜や異物などが飛散して基板上に付着する。
【0006】
一般に、二次電子のエネルギーは反射電子に比して極めて小さく数十eVではあるが、指向性が低く電子ビーム蒸着装置内に飛散する。樹脂製の基板などへの成膜では樹脂の表面組成変質を避けるためにも極力基板への電子の衝突を抑える必要がある。二次電子は一次電子の電圧が高い程増加するため一般的な6kVの加速電圧では二次電子の量も多くなる上、蒸着材料上面の帯電による反射電子の発生を促進させてしまう。
【0007】
さらに、高電圧の電子ビームが蒸着材料に当たることで蒸着材料の共有結合や金属結合を破壊し、結晶構造を変えることがある。例えば、蒸着材料が二酸化ケイ素(SiO)の場合は電子ビームを当てることでSiOに加えSiO−α、SiO−βなど多種の結晶が基板上に膜として形成されてしまう。これらの物質は熱膨張係数が異なるために膜内での応力に偏りが生じ、膜割れや変形が発生し、結果的に膜の欠損となる。特に、図2に示すように、多層膜の際はこの欠損部の上にさらに膜が積層されるので、最終的な欠損の大きさは起点のサイズに比して数倍にまで成長することが多い。
【0008】
そこで、本発明は、蒸着時の突沸を防止して膜上のパーティクルを低減すると同時に、蒸着材料の使用効率を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の側面は、電子ビーム蒸着装置であって、蒸着材料が充填される坩堝、前記蒸着材料に電子ビームを照射して該蒸着材料を蒸発させるための電子銃、及び前記坩堝に対向して配置され、蒸発した前記蒸着材料が成膜される基板を保持する基板保持部を備え、前記電子ビームの出力電力が1.2〜3.0kWの範囲で、前記成膜の条件に基づいて加速電圧が数値2kV以上〜6kV未満の範囲で設定された電子ビーム蒸着装置である。
【0010】
第1の側面において、前記成膜の条件とは、前記蒸着材料の誘電率であるように構成した。
【0011】
第1の側面において、前記成膜の条件とは、前記蒸着材料の高さであるように構成した。
【0012】
第1の側面において、前記成膜の条件とは、前記電子ビームの照射面積であるように構成した。
【0013】
第1の側面において、前記加速電圧が数値2kV以上〜4kV以下の範囲で設定されるように構成した。
【0014】
第1の側面において、前記基板に光学膜を形成するように構成した。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】蒸着材料周囲の3層構造を示す図である。
【図2】多層膜内で生じる応力を示す図である。
【図3】本発明の実施例の電子ビーム蒸着装置を示す図である。
【図4】蒸着材料の溶融後を示す図である。
【図5】膜の表面を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施例を図面に基づいて説明する。なお、以下に説明する実施例は本発明の最も好適な例であり、本発明の趣旨の範囲内で種々に改変することが可能である。また、本明細書において、加速電圧の値は絶対値で表すものとする。
【0017】
実施例.
図3は本発明の実施例の電子ビーム蒸着装置を示す図である。図3に示すように、電子ビーム蒸着装置1は、電子銃2、蒸着材料3、坩堝4、基板5及び基板保持部6で構成されている。図示していないが、真空下で蒸着を行う場合、真空排気装置及びガス導入装置などに接続された密閉容器からなる真空槽内で蒸着を行う。
【0018】
電子ビーム蒸着装置1において、坩堝4に充填される蒸着材料3に電子銃2から発生する電子ビームを照射して蒸着材料3を加熱し、これによって蒸発された蒸着材料3を用いて坩堝4に対向配置される基板保持部6で保持された基板5に膜を形成する。
【0019】
電子銃2は蒸着材料3に照射するために電子ビームを発生する。本実施例では日新技研製の電子銃を使用し、電子銃の加速電圧を従来の一般的な加速電圧6kVより低くすることで照射される電子のエネルギーを低くできる。つまり、電子銃の加速電圧及びエミッション電流値に基づく電子ビームの出力電力を低くできるので、電子ビームによって蒸着材料が過剰に掘り込まれて飛散することはなく蒸着材料の周囲に蒸着カスを付着させることを低減する。よって、反射電子が蒸着カスを再蒸発させることによる突沸を抑止できる。
【0020】
また、電子ビームの出力電力を低くすると、本来蒸着材料が持つ組成に欠損が生じて、蒸着時に融点の異なる物質の混在による突沸の発生を抑止できる。その上、図4に示すように、電子ビームの加速電圧を低くして電子ビームの出力電力を低くすると蒸着材料が過剰に掘り込まれることはないので、蒸着材料が均等に消費されて蒸着材料の使用効率を上げることができる。そして、蒸着材料の共有結合や金属結合を破壊して結晶構造を変えることを防止することができる。
【0021】
さらに、電子銃の加速電圧を低くすることで、二次電子及び反射電子の発生を抑制して蒸着材料周囲の蒸着カスの再蒸発に起因する突沸を抑止する。これは、蒸着材料周囲が仮想的にコンデンサ構造となり、コンデンサの静電容量はQ=CV=ε・ε・S・V/dで表されるように電圧が低い程小さくなるので、電子ビームが低電圧である程、蒸着材料上面の帯電を低減し反射電子の発生を低減するからである。そして、一次電子の電圧が低いため二次電子を抑制することができる。
【0022】
また、図5に示すように、加速電圧を低くした場合、放電による蒸着材料の飛散等による膜上のパーティクルの数及び大きさを低減することができる。
【0023】
本実施例では、従来に比べて電子銃の加速電圧を低くしているが、加速電圧の値は成膜の条件に基づいて決定される。成膜の条件としては蒸着材料の誘電率、蒸着材料の高さ及び電子ビームの照射面積などが挙げられる。また、電子銃の加速電圧及びエミッション電流値に基づく電子ビームの出力電力を過剰に低くすることは蒸着速度を低くするので好ましくない。よって、上述した課題を解決して所望の蒸着速度を得るために、本実施例では、電子ビームの出力電力、エミッション電流、及びスキャン幅を表1に示す範囲で、成膜の条件に基づいて加速電圧が2kV以上〜6kV未満の範囲で設定した。特に、加速電圧は2kV以上〜4kV以下の範囲で設定されることが好ましい。
【表1】

【0024】
蒸着材料3は二酸化ケイ素を使用して光学膜を形成したがこれに限定されるものでない。坩堝4は蒸着材料を充填するものであって、温度上昇による溶融を防ぐために水冷された導電性の物質、例えば、銅で構成される。基板5は電子ビームによって蒸発された蒸着材料を膜として形成し、基板保持部6は基板5を保持する。
【0025】
本実施例から、所望の蒸着速度を考慮した電子ビームの出力電力及び成膜の条件に基づいて加速電圧を決定することで、蒸着時の突沸を防止して膜上のパーティクルを低減すると同時に、蒸着材料の使用効率を向上できる。
【符号の説明】
【0026】
1.電子ビーム蒸着装置
2.電子銃
3.蒸着材料
4.坩堝
5.基板
6.基板保持部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子ビーム蒸着装置であって、
蒸着材料が充填される坩堝、
前記蒸着材料に電子ビームを照射して該蒸着材料を蒸発させるための電子銃、及び
前記坩堝に対向して配置され、蒸発した前記蒸着材料が成膜される基板を保持する基板保持部を備え、
前記電子ビームの出力電力が1.2〜3.0kWの範囲で、前記成膜の条件に基づいて加速電圧が数値2kV以上〜6kV未満の範囲で設定された電子ビーム蒸着装置。
【請求項2】
前記成膜の条件とは、前記蒸着材料の誘電率である請求項1記載の電子ビーム蒸着装置。
【請求項3】
前記成膜の条件とは、前記蒸着材料の高さである請求項1記載の電子ビーム蒸着装置。
【請求項4】
前記成膜の条件とは、前記電子ビームの照射面積である請求項1記載の電子ビーム蒸着装置。
【請求項5】
前記加速電圧が数値2kV以上〜4kV以下の範囲で設定される請求項1記載の電子ビーム蒸着装置。
【請求項6】
前記基板に光学膜を形成する請求項1記載の電子ビーム蒸着装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−100567(P2013−100567A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−243532(P2011−243532)
【出願日】平成23年11月7日(2011.11.7)
【出願人】(000146009)株式会社昭和真空 (72)
【Fターム(参考)】