電極製造方法、電極製造装置および電極
【課題】例えば、キラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を形成した電極を簡便に製造することのできる電極製造方法を提供する。
【解決手段】表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造方法であって、磁石で発生させた磁場Bの向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに電解槽6を自転させつつ、前記電解槽6とともに前記自転軸まわりに自転するように前記電解槽6内に設けられた一対の電極71,72に対して電解質媒体を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行うことを特徴としている。
【解決手段】表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造方法であって、磁石で発生させた磁場Bの向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに電解槽6を自転させつつ、前記電解槽6とともに前記自転軸まわりに自転するように前記電解槽6内に設けられた一対の電極71,72に対して電解質媒体を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行うことを特徴としている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、バイオセンサー用のセンシング電極、有機合成反応用の触媒電極および固体触媒、燃料電池やリチウム二次電池などの正極および負極などに適用可能な電極製造方法、電極製造装置および電極に関する。
【背景技術】
【0002】
キラル分子は、右手と左手の関係にある光学異性体であり、2つの異性体は互いに鏡像異性体と呼ばれる。鏡像異性体のこれらの選択的検出は、医薬分野および工業的に重要な要素である。
【0003】
電極面に対して垂直に磁場を加えて金属、酸化物、有機化合物等を電析(電解析出、めっきなどともいう。)させた場合、キラルならせん転位からなる表面をもつ薄膜を形成することができる。このようにして形成した銅や銀薄膜を電極として使用し、アミノ酸などキラルな構造をもつ試薬に反応(光学異性体反応)を行わせると、電極表面に対応するキラル特性を持つ試薬は、そうでない試薬に比べて高い反応速度をもつ(キラル選択性)。また、磁場と電解電流の向きを同じ方向にした場合と反対の方向にした場合では、キラル選択性が反転する。一方で、磁場の無い場合には、このような選択性は現れない。
【0004】
非特許文献1、2には、垂直磁場を用いた電析によりキラル選択性を持たせるための表面形状を形成する過程で、電解電流と磁場の相互作用によるローレンツ力が生み出す二つの渦流が重要な役割を果たすと記載されている。図9に示すように、一つは、電極上層部の電流線の広がりが生み出すローレンツ力による竜巻状の回転運動(垂直MHD(Magnetohydrodynamic)流れ)であり、もう一つは、図10に示すように、電極表面近傍における電解電流のゆらぎと磁場Bの作用により生じる微小渦流(マイクロMHD流れ)である。
【0005】
このうち、マイクロMHD流れは、電析により、電極の表面にキラルならせん転位を直接生じさせるという重要な役割を担い、垂直MHD流れは、マイクロMHD流れに歳差運動(図10参照)を起こさせることで電析の際のイオンの流れを渦巻状にし、キラル選択性を持たせるための表面形状、つまり、キラルならせん転位の形成を助長するという重要な役割を担う。
【0006】
非特許文献3、4には、金といったキラルでは無い無機材料の電極上に被検出対象の有機性のキラル分子と対となるキラル分子をあらかじめ修飾し、そのような電極にキラル選択性をもたせた表面形状を形成することが可能であり、生体分子の認識に適用可能な利点を有する旨が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】I. Mogi, K. Watanabe, “Chirality of magnetoelectropolymerized polyaniline electrodes”, Jpn. J. Appl. Phys., Vol. 44, No. 5, pp. L199-L201 (2005)
【非特許文献2】青柿良一、「強磁場中における電気化学過程の理論的解析」、電気化学および工業物理化学、Vol. 73、No. 6、p. 454-459 (2005)
【非特許文献3】T. Nakanishi, M. Matsunaga, M. Nagasaka, T. Asahi, T. Osaka, “Enantioselectivity of Redox Reaction of DOPA at the Gold Electrode Modified with a Self-Assembled Monolayer of Homocysteine”, J. Am. Chem. Soc., Vol. 128, No. 41, pp. 13322-13323 (2006)
【非特許文献4】M. Matsunaga, M. Nagasaka, T. Nakanishi, T. Sawaguchi, T. Osaka, “Effect of pH on the Enantiospecificity of Homocysteine Monolayer on Au(111) for the Redox Reaction of 3,4-Dihydroxyphenylalanine”, Electroanalysis, Vol. 20, No. 9, pp. 955-962 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、非特許文献1、2では、電極上層部分での電流線の曲がりから発生する垂直MHD流れを利用する必要があるため、垂直MHD流れの回転速度と方向の制御が困難であった。そのため、例えば、電極にキラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を形成するのが困難であった。
【0009】
また、非特許文献3、4では、例えば、電極にキラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を形成するにあたって、被検出対象のキラル分子と対となるキラル分子を、電極上にあらかじめ修飾しておかなければならず、製造工程が複雑であった。
【0010】
本発明は前記状況に鑑みてなされたものであり、例えば、キラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を形成した電極を簡便に製造することのできる電極製造方法、電極製造装置および電極を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造方法であって、磁石で発生させた磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに電解槽を自転させつつ、前記電解槽とともに前記自転軸まわりに自転するように前記電解槽内に設けられた一対の電極に対して電解質媒体を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行うことを特徴としている。
【0012】
本発明は、表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造方法であって、磁石により磁場を発生させる磁場発生ステップと、発生させた前記磁場中において、電解質媒体を収納した電解槽を、前記磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに自転させる電解槽自転ステップと、自転している前記電解槽とともに前記自転軸まわりに自転するように前記電解槽内に設けられた一対の電極に対して前記電解質媒体を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行う電解ステップと、を含むことを特徴としている。
【0013】
本発明は、表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造方法であって、電解質媒体を収納した電解槽を、磁石により発生させる磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに自転させる電解槽自転ステップと、自転している前記電解槽に対し、前記磁石により磁場を発生させる磁場発生ステップと、発生させた前記磁場中で自転している前記電解槽内において前記電解槽とともに前記自転軸まわりに自転するように前記電解槽内に設けられた一対の電極に対して前記電解質媒体を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行う電解ステップと、を含むことを特徴としている。
【0014】
前記したいずれの発明も、磁石により発生させた磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに電解槽を自転させる。自転する電解槽内には、電解槽とともに自転軸まわりに自転するように一対の電極が設けられており、電解質媒体が収納されているので、電解槽を自転させつつ、電解質媒体を通じて一対の電極に対して外部電源から電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加すると電極表面には電解反応による非平衡ゆらぎによって次第に微小な凹凸部が形成される。電解によって形成された凹部と凸部では、凹部の方が、摩擦が少なくすべりが良い。電極面に向けて磁場を垂直に印加する本発明における電解電流の方向は、電極面に対して垂直な成分に加えて平行な水平成分が存在する。そのため、ローレンツ力が働き、凸部では電極の回転方向と同方向のマイクロMHD流れが発生し、凹部では電極の回転方向と逆方向のマイクロMHD流れが発生すると考えられる。このとき、すべりの良い凹部で生じる流れが優勢になることから、電極の回転方向と逆方向の回転の析出面が優勢になる。そして、電解槽全体の自転によって、図1(a)に示すように、マイクロMHD流れに歳差運動が生じ、例えば、キラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を電極の表面に形成させることが可能になると考えられる(図7(a)および(b)参照)。つまり、本発明によれば、図1(b)に示すような、回転速度と方向の制御が困難な垂直MHD流れを積極的に発生させなくても、マイクロMHD流れに歳差運動を起こさせることができ、前記したような特定の表面形状を電極の表面に形成させることが可能となる。
【0015】
本発明は、表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造装置であって、磁場を発生させる磁石と、発生させた前記磁場中において、当該磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに自転するように設けられ、電解質媒体を入出自在に収納することのできる電解槽と、前記電解槽内に、当該電解槽とともに前記自転軸まわりに自転するように互いに離間して設けられた一対の電極と、前記電解槽を前記自転軸まわりに任意の自転速度で自転させるアクチュエータと、を備えたことを特徴としている。
【0016】
本発明は、このような構成としているので、磁石により発生させた磁場中で、当該磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに電解槽を自転させることができる。従って、当該電解槽内に電解質媒体を収納してこれを自転させ、電解槽とともに自転軸まわりに自転する一対の電極の間で電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加すると、作動極として機能する電極の表面にマイクロMHD流れを生じさせ、さらに、生じたマイクロMHD流れに歳差運動を起こさせることが可能になる。そのため、例えば、キラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を電極の表面に形成させることが可能になると考えられる。つまり、本発明によれば、図1(b)に示すような、回転速度と方向の制御が難しい垂直MHD流れを積極的に発生させなくても、マイクロMHD流れに歳差運動を起こさせることができ、前記したような特定の表面形状を電極の表面に形成させることが可能となる。
【0017】
本発明においては、前記作動極は、これを固定する作動極固定手段によって固定され、当該作動極固定手段は、(垂直MHD流れなどの)対流を抑制する対流抑制手段を有していることが好ましい。
【0018】
このようにすれば、作動極と対極の間で電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加した際に不可避的に生じる垂直MHD流れ(溶液対流)などの磁気対流といった、マイクロMHD流れを乱す対流を抑制することができる。そのため、例えば、キラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を電極の表面に、より好適に形成することができるようになる。
【0019】
本発明は、前記したいずれかの電極製造方法によって製造された電極であって、表面に特定の表面形状が形成されていることを特徴としている。
【0020】
本発明はこのような構成としているので、電極として用いると、表面に形成された特定の表面形状に対応したキラルな構造をもつ分子に対する反応電流(反応速度)が選択的に高くなる。つまり、本発明によれば、電極にキラル選択性を持たせることができる。また、光学異性体反応に対する固体触媒としてキラル選択性を持たせることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、例えば、キラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を形成した電極を簡便に製造することのできる電極製造方法および電極製造装置を提供することができる。
また、本発明によれば、例えば、キラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を形成した電極を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】(a)は、電解槽全体を自転させてマイクロMHD流れに歳差運動を起こさせる様子を説明した概念図であり、(b)は、垂直MHD流れによってマイクロMHD流れに歳差運動を起こさせる様子を説明した概念図である。
【図2】本発明に係る電極製造方法の具体的な一態様を説明するフローチャートである。
【図3】本発明に係る電極製造方法の具体的な他の態様を説明するフローチャートである。
【図4】一実施形態に係る電極製造装置の構成を説明する断面図である。
【図5】本発明で用いる電解槽の構成を説明する断面図である。
【図6】(a)は作動極を固定した作動極固定手段に対流抑制手段を設けていない状態を示す断面図であり、(b)は作動極を固定した作動極固定手段に対流抑制手段を設けた状態を示す断面図である。
【図7】(a)は電極の析出表面を走査型電子顕微鏡(三次元SEM)で撮像した電子顕微鏡写真であり、(b)は三次元SEMによる測定結果を示すグラフである。なお、同図(a)中のスケールバーは20μmを示し、同図(b)中の横軸は、同図(a)に示す特徴的な形状の直径を示し、縦軸は、当該特徴的な形状の深さを示す。単位はいずれもマイクロメートル[μm]である。
【図8】磁場中で製造した電極を用いて、磁石の磁場が無い環境下で得られたサイクリックボルタモグラムであって、(a)は電解槽の自転を行わない(自転なし0Hz)条件で製造した電極を用いて得られたサイクリックボルタモグラムであり、(b)は電解槽の自転を反時計回りで行った(自転;反時計回り2Hz)条件で製造した電極を用いて得られたサイクリックボルタモグラムであり、(c)は電解槽の自転を時計回りで行った(自転;時計回り2Hz)条件で製造した電極を用いて得られたサイクリックボルタモグラムである。
【図9】従来技術による垂直MHD流れを発生させるメカニズムを説明する概念図である。
【図10】従来技術による垂直MHD流れによってマイクロMHD流れに歳差運動を起こさせるメカニズムを説明する概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、適宜図面を参照して本発明に係る電極製造方法、電極製造装置および電極を実施するための形態について説明する。
【0024】
まず、本発明に係る電極製造方法について説明する。
本発明に係る電極製造方法は、表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造方法であって、磁石で発生させた磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに電解槽を自転させつつ(つまり、自転軸を中心とした反時計回りまたは時計回りに電解槽を自転させつつ)、電解槽とともに自転軸まわりに自転するように電解槽内に設けられた一対の電極に対して電解質媒体を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行うというものである。なお、電極表面に形成される特定の表面形状としては、マイクロメートルオーダーの直径と深さを有する微小な凹部が電極表面に無数に形成されている状態をいう。
【0025】
より具体的に説明すると、図2に示す一態様のように、磁場発生ステップS11と、電解槽自転ステップS12と、電解ステップS13と、を含み、これらのステップをこの手順で行うことが挙げられる。
また、図3に示す他の態様のように、電解槽自転ステップS21と、磁場発生ステップS22と、電解ステップS23と、を含み、これらのステップをこの手順で行ってもよい。
【0026】
ここで、図2および図3を参照して電極製造方法の態様について説明する前に、図4を参照して電極製造方法の実施に直接使用できる装置の一例を説明する。
【0027】
図4に示すように、かかる電極製造装置1は、表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための装置であり、磁場Bを発生させる磁石2と、発生させた磁場B中において、当該磁場Bの向きと平行に設定された自転軸ARまわりを反時計回りまたは時計回りに自転するように設けられ、電解質媒体5(図5参照)を入出自在に収納することのできる電解槽6と、この電解槽6内に、電解槽6とともに自転軸ARまわりに自転するように互いに離間して設けられた一対の電極7、7(図5参照)と、電解槽6を自転軸ARまわりに任意の自転速度で自転させるアクチュエータ8と、を備えている。
なお、この電極製造装置1は、電解槽6の自転を行わせるために、電解槽6とアクチュエータ8とを軸部材9で接続している。また、軸部材9の一部には、図示しない配線により作動極71、対極72、照合極73のそれぞれと接続された接続部71a、72a、73aが設けられており、これらはブラシ電極71b、72b、73bによって図示しない外部電源と接続されている。これにより、電解槽6への通電を可能にしている。また、電解槽6の自転をスムーズに行わせるためのベアリング10も備えている。
【0028】
前記した電極製造方法や電極製造装置1で用いられる磁石2としては、永久磁石、超電導磁石、常電導磁石などを挙げることができる。磁石2で発生させる磁場Bは、回転させない静磁場であるのが好ましいが、回転磁場や時間変動磁場であってもよい。
【0029】
電解槽6は、絶縁性を有し、かつ耐酸性および耐アルカリ性を有する材料、例えば、ガラス、フッ素系樹脂などで構成することができる。なお、電解槽6は、電解質媒体5を入出自在に収納するため、図5に示すように、容器本体61と蓋体62でこれを収納できるように構成するのが好ましい。この際、容器本体61と蓋体62をOリング63等のシール部材でシールすると液密性が向上するので好適である。
【0030】
電解質媒体5に含まれる電解質は、媒体中で電解を行おうとする金属イオンを生成できるものであれば好適に用いることができ、例えば、銅、ニッケル、コバルト、クロム、亜鉛、カドミウム、スズ、鉛、鉄、金、銀、ロジウム、白金、パラジウム、シリコンの電析、これらの合金電析およびこれらの酸化物や硫化物といった化合物電析さらには微粒子物質との複合電析の中から選択できる。また、電気化学的に使用可能であり、電析可能である導電性ポリマーや、前記金属群からなる電極の溶解、気相成長法などの乾式薄膜製造法で使用される窒化物や酸化物、半導体、磁性体などの様々な材料も用いことができる。
【0031】
電解質媒体5に用いられる媒体は、例えば、水溶液、有機溶媒、溶融塩、イオン性液体などの溶媒を好適に用いることができるが、導電性を有し、前記した電解質を含ませることができるものであればよいため、プラズマなどの気体を用いることも可能である。
【0032】
溶媒を用いた電解質媒体5であれば、電気化学的に使用することのできる公知の液体組成物(めっき液)を用いることができる。かかるめっき液としては、例えば、市販の酸性硫酸銅溶液などを好適に用いることができる。
【0033】
一対の電極7、7は、図示しない外部電源と接続され、電解質媒体5を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方が印加される。従って、一対の電極7、7のうち一方は作動極71(図5参照)として機能し、他方は対極72(図5参照)として機能する。電圧および電流のうちの少なくとも一方が印加されると、電解質が電解してCu2+などの金属イオンjが生じ、作動極71の表面に析出する。
【0034】
一対の電極7、7はともに、導電性を有する金属で形成することができ、例えば、銅、ニッケル、コバルト、クロム、亜鉛、カドミウム、スズ、鉛、鉄、金、銀、ロジウム、白金、パラジウム、シリコンおよびこれらの合金の中から適宜選択して形成することができる。なお、電解により特定の表面形状が形成される電極7(作動極71)は、板状、薄膜状だけでなく、粉体、針状や樹枝状などさまざまな形態とすることができる。従って、製造された電極7(作動極71)は単に電気化学反応用だけでなく、種々の化学反応用の固体触媒などとしても利用することができる。
【0035】
自転軸ARは、磁石2で発生させた磁場Bの向きと平行に設定されていればよい。従って、図示しない床面に対して直角となるように設けると確実に特定の表面形状を電極7(作動極71)表面に形成することができるので好ましいが、床面と平行となるように設けることも可能である。
【0036】
なお、図5に示すように、一対の電極7、7のうちの一方が作動極71として機能し、他方が対極72として機能する場合において、その一態様として、作動極71を電解槽6内の上部に下向きに配置し、対極72を電解槽6内の下部に上向きで配置することができる。
【0037】
この配置状態で磁場Bを作動極71に向かうように発生させた場合において、電解槽6の上方から見たときに、電解槽6を自転軸ARまわりに反時計回りR1に回転させると、非平衡ゆらぎによって形成された微小な凸部に生じる作動極71の回転方向と同じ回転方向のマイクロMHD流れ、および微小な凹部に生じる作動極71の回転方向と反対の回転方向のマイクロMHD流れのうち、後者のマイクロMHD流れが優勢になり、作動極71の表面にキラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を好適に形成することができる(図7(a)および(b)参照)。その結果、例えば、サイクリックボルタンメトリーでD−AlanineよりもL−Alanineの電流値を高くすることができるといった、キラル選択性を得ることができるようになる。これは、前記した配置状態で磁場Bを対極72に向かうように発生させた場合において、電解槽6の上方から見たときに、電解槽6を自転軸ARまわりに時計回りR2に回転させたときも全く同様の結果が得られると考えられる。
【0038】
これとは反対に、前記した配置状態で磁場Bを作動極71に向かうように発生させた場合において、電解槽6の上方から見たときに、電解槽6を自転軸ARまわりに時計回りR2に回転させると、優勢なマイクロMHD流れが逆転するので、反時計回りR1とは異なる表面形状を作動極71の表面に形成することができると考えられる。その結果、例えば、サイクリックボルタンメトリーでL−AlanineよりもD−Alanineの電流値を高くすることができるといった、キラル選択性を得ることができるようになる。これは、前記した配置状態で磁場Bを対極72に向かうように発生させた場合において、電解槽6の上方から見たときに、電解槽6を自転軸ARまわりに反時計回りR1に回転させたときも全く同様の結果が得られると考えられる。
【0039】
作動極71は、図5に示すように、これを固定する任意の手段(作動極固定手段74)によって固定されている。作動極固定手段74としては、図5に示すように、Oリング63を介して蓋体62と電極押込部材64とで作動極71を挟んで固定することが例示される。
【0040】
なお、図5では、蓋体62の作動極71に通じる筒状の内壁部62aが、作動極71と対極72の間に電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加した際に不可避的に生じる垂直MHD流れ(溶液対流)などの磁気対流といった、マイクロMHD流れに歳差運動を生じさせる対流を抑制する対流抑制手段75として機能している。なお、図6(a)に示すように、作動極71の表面と蓋体62の内面部62bとがほぼ同じ高さの場合は対流を抑制する効果が得られない。このような場合、図6(b)に示すように、作動極71から図6(b)において図示しない対極72(図5参照)に向けて筒状体を設けたり、図示しないハニカム構造体を設けたりすることによって、対流を抑制する効果を得ることができる。このとき、電解させるにあたって電位パルス法および電流パルス法を併用するとより好ましい。電位および電流をパルスで印加するので垂直MHD流れが形成され難く、対流抑制手段75の効果と相まってさらにキラル選択性の制御性向上を図ることが可能となる。
【0041】
また、電解槽6が照合極73を設けていると、電位制御の場合は正確な制御のために使用でき、電流制御のときは電極表面状態のモニタリングのために使用することができるので、これを設けておくのが好ましい。
図4では、3電極方式の電解槽6を例示しているが、2電極方式や4電極方式の電解槽6によっても好適に特定の表面形状を形成した電極7(作動極71)を製造することが可能である。
【0042】
電解槽6の自転軸ARまわりの任意の自転速度での自転は、例えば、任意のアクチュエータによって行わせることができるが、非磁性のアクチュエータを用いるのが好ましい。例えば、超音波モーターや油圧モーター、空気圧モーター、容積式モーターなどを用いることができる。
なお、一対の電極7、7およびこれらと接するように収納された電解質媒体5を含む電解槽6は、電気化学セルとも呼ばれている。従って、電気化学セル全体を、磁石2で発生させた磁場Bの向きと平行に設定された自転軸ARまわりに自転させるという言い方もできる。
【0043】
電解槽6(電気化学セル)の自転速度は、電解槽6を上方から見たときに、反時計回りR1または時計回りR2に0ヘルツ(Hz)を超え100Hz以下とすればよく、例えば、2Hz(120rpm)とすればよい。しかしながら、後述するように、自転速度は磁束密度との関係で適宜に設定するのがよいから、前記した自転速度を超えて設定することもできる。
【0044】
電解は、定電流法、電流パルス法などの電流規制法や、定電位電解法、定電位パルス法など公知の手法を用いることができる。
なお、電圧および電流については、使用する電極7、7の種類、電解質媒体5の種類および電解質の種類に応じて、公知の適切な値を取ることができる。また、電圧および電流は、直流、交流またはパルス状に印加することができる。
電析の際の磁束密度は、例えば、0.001テスラ(T)以上40T以下とするのが好ましい。
【0045】
電気化学セル全体を磁石2により発生させる磁場Bの向きと平行に設定された自転軸ARまわりに自転させる本発明においては、電極7(作動極71)表面に特定の表面形状を形成する能力を自転周波数fと磁束密度Bとの積fBによって算定することができる。
【0046】
つまり、fBが等しい場合、電極7(作動極71)表面に特定の表面形状を形成する能力は同じとなる。例えば、f=1Hz、B=5Tという条件で得られる能力は、f=10Hz、B=0.5Tという条件で得られる能力と同じとなる。従って、5Tというような超電導磁石や消費電力が大きな常電導磁石で達成されるような高磁場を用いなくても、0.5Tというような永久磁石で達成し得る磁場中で自転周波数fを速くすることにより高磁場の場合と同等の能力が得られる。また、これによれば、B=5T、f=10Hzという条件であれば、f=1Hzのときと比べて10倍のキラル選択性能力を有する特定の表面形状を形成することも期待できる。さらに、自転方向を反転させるだけで簡単にキラル選択性を逆転させた表面形状を形成することも可能である。
【0047】
図2および図3に戻って電極製造方法の態様の説明を続ける。
なお、図2で示した磁場発生ステップS11と図3で示した磁場発生ステップS22は実質的に同じ内容を実施するものであり、図2で示した電解槽自転ステップS12と図3で示した電解槽自転ステップS21は実質的に同じ内容を実施するものであり、図2で示した電解ステップS13と図3で示した電解ステップS23は実質的に同じ内容を実施するものであるが、それぞれのステップの詳細を説明すると次のようになる。なお、電極製造装置1の説明にて既に説明した構成要素と同一の構成要素についてはその説明を省略する。
【0048】
図2に示す磁場発生ステップS11では、磁石2により磁場Bを発生させる。
次いで行う電解槽自転ステップS12では、磁場発生ステップS11で発生させた磁場B中において、電解質媒体5を収納した電解槽6を、磁場Bの向きと平行に設定された自転軸ARまわりに自転させる。
続く電解ステップS13では、電解槽自転ステップS12で自転させた電解槽6内において当該電解槽6とともに自転軸ARまわりを反時計回りまたは時計回りに自転するように電解槽6内に設けられた一対の電極7、7に対して電解質媒体5を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行う。
【0049】
また、図3に示す電解槽自転ステップS21では、電解質媒体5を収納した電解槽6を、磁石2により発生させる磁場Bの向きと平行に設定された自転軸ARまわりを反時計回りまたは時計回りに自転させる。
次いで行う磁場発生ステップS22では、電解槽自転ステップS21で自転させた電解槽6に対し、磁石2により磁場Bを発生させる。
続く電解ステップS23は、磁場発生ステップS22で発生させた磁場B中で自転している電解槽6内において当該電解槽6とともに自転軸ARまわりに自転するように電解槽6内に設けられた一対の電極7、7に対して電解質媒体5を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行う。
【0050】
図2および図3に示したいずれの態様の電極製造方法によっても、磁石2で発生させた磁場Bの向きと平行に設定された自転軸ARまわりを反時計回りまたは時計回りに電解槽6を自転させつつ、電解質媒体5を通じて一対の電極7、7に対して電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加して電解を行うため、電極7(作動極71)表面に特定の表面形状を形成することができる。
【0051】
本発明の一実施形態に係る電極製造方法や電極製造装置1で製造された電極7(作動極71)は、特定の表面形状(キラルな結晶表面)が形成されている(図7(a)および(b)参照)ので、キラル選択性を有する。そのため、例えば、バイオセンサー用途のセンシング電極や有機合成反応用の触媒電極および個体触媒、さらには燃料電池やリチウム2次電池の正極や負極など、光学異性体の関与する反応において好ましい電極となり得る。
また、かかる電極7(作動極71)は、光学異性体反応のキラル選択性向上に利用することができる。加えて、当該電極7(作動極71)を用いて光学異性体反応を行わせることで、溶液中に発生するキラルなマイクロMHD渦流を反応の選択性向上に利用することができる。さらに、かかる電極7を光学異性体反応装置の触媒として用いると、当該触媒を常にキラルな環境で使用することになるため、触媒活性の低下を防ぎ、触媒の寿命を長くする上で有効である。
【実施例】
【0052】
(特定の表面形状の形成)
はじめに、電極に特定の表面形状を形成したので、これについて説明する。
作動極と対極からなる一対の銅製水平平板電極のうち作動極を、自然対流を防止するため、図5に示す電解槽6の上部に、下向きとなるように固定し、対極を当該電解槽6の下部に、上向きとなるように固定した。そして、電解槽6全体を超電導磁石の常温ボア空間内に吊り下げた。電解槽6の自転軸まわりの回転には、非磁性超音波モーターを使用した。電解槽6内を満たす電解質媒体として、硫酸銅0.25mol/Lと硫酸0.5mol/Lとからなる硫酸銅溶液を用いた。照合極には銅線を用いた。電析は、過電圧−0.4V(vs Cu)一定で10分間行った。なお、磁束密度は1Tで図5に示す電解槽6に対して下向きとなるように設定し、電解槽6全体を回転速度1Hzで電解槽6の上方から見て反時計回り(電極表面で見ると時計回り)に回転させた。かかる条件で電析を行った後、走査型電子顕微鏡(三次元SEM)で電極の析出表面を観察した。電子顕微鏡写真を図7(a)に示す。なお、図7(a)中のスケールバーは20μmを示す。
【0053】
図7(a)に示すように、電極の表面に、同心円状の平坦な底部を持つ、特徴的な形状が形成されていた。図7(b)は、三次元SEMによって当該特徴的な形状の直径(x)および深さ(z)を測定した結果を示すグラフである。ここで、図7(b)中の横軸は当該特徴的な形状の直径を示し、縦軸は当該特徴的な形状の深さを示す。単位はいずれもマイクロメートル[μm]である。
なお、図には示していないが、回転速度を2Hzに上げると同様の形状が単位面積あたり5倍程度多く形成されていた。
【0054】
(キラル選択性)
次に、キラル選択性について検討したので、これについて説明する。
まず、銅板を用意し、図5に示すように、電極表面となる面(作動極71の表面)に対して磁場を垂直に、そして向かう方向となるように印加した。電極はφ3.2mmの円板状である。対極に銅板、照合極には銅線を使用した。溶液は、硫酸銅0.05mol/Lおよび硫酸0.5mol/Lからなる硫酸酸性の硫酸銅溶液を使用し、共通の実験条件として、過電圧を−0.453V(vs Cu)、磁場を超電導磁石により磁束密度3T上向き(図5参照)で、電解時間10s×4回のパルス状の電析を行った。電解槽6の自転速度は、電解槽の上方から見て時計回りで約2Hz(120rpm)、反時計回りで約2Hz、および自転のない場合である0Hzで行い、3つの電極を製造した。なお、電極系および溶液を含めた電解槽全体(すなわち電気化学セル全体)を自転させた。
【0055】
次に、それぞれの条件で製造した電極について、前処理として水酸化ナトリウム0.1mol/L中で−0.3〜0.4V(vs Ag/AgCl)、10mV/sの条件でサイクリックボルタンメトリー(CV)を行い、安定な酸化膜CuOを形成した後、0.02mol/LのL−Alanineを含む水酸化ナトリウム0.1mol/Lの溶液中、または0.02mol/LのD−Alanineを含む水酸化ナトリウム0.1mol/Lの溶液中で、−0.3〜0.8V(vs Ag/AgCl)、10mV/sの条件でCVを行い、L−AlanineとD−Alanineに対するキラル選択性を確認した。なお、対極に白金板、照合極には銀塩化銀電極を使用し、磁場なしおよび自転なしの条件で実施した。ここで、L−AlanineとD−Alanineのキラル選択性を確認するための電極は、それぞれ同一の実験条件で作製した別個の電極を用いた。その結果を図8(a)〜(c)に示す。
【0056】
図8(a)に示すとおり、自転なし(0Hz)で製造した電極では、本来の垂直MHD流れによる対流効果でL−Alanineの電流値がやや高くなることから、L−Alanineを選択したといえる。
そして、図8(b)に示すとおり、電気化学セルの上方(図5参照)から見て反時計回りに2Hzの条件で自転させて製造した電極では、L−Alanineの電流値が大幅に増幅されていることから、L体のキラル選択性が増幅したといえる。
一方、図8(c)に示すとおり、電気化学セルの上方(図5参照)から見て時計回りに2Hzの条件で自転させて製造した電極では、D−Alanineの電流値が高くなったので、D体のキラル選択性が増幅されたといえる。また、図8(c)に示す測定結果は、磁場中で電気化学セル全体を自転させて製造した電極は、回転方向の変化のみで簡単にキラル選択性を逆転できることを明らかにしている。
【符号の説明】
【0057】
S11 磁場発生ステップ
S12 電解槽自転ステップ
S13 電解ステップ
S21 電解槽自転ステップ
S22 磁場発生ステップ
S23 電解ステップ
1 電極製造装置
2 磁石
5 電解質媒体
6 電解槽
7 電極
8 アクチュエータ
9 軸部材
10 ベアリング
61 容器本体
62 蓋体
63 Oリング
71 作動極
71a、72a、73a 接続部
71b、72b、73b ブラシ電極
72 対極
73 照合極
74 作動極固定手段
75 対流抑制手段
AR 自転軸
B 磁場
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、バイオセンサー用のセンシング電極、有機合成反応用の触媒電極および固体触媒、燃料電池やリチウム二次電池などの正極および負極などに適用可能な電極製造方法、電極製造装置および電極に関する。
【背景技術】
【0002】
キラル分子は、右手と左手の関係にある光学異性体であり、2つの異性体は互いに鏡像異性体と呼ばれる。鏡像異性体のこれらの選択的検出は、医薬分野および工業的に重要な要素である。
【0003】
電極面に対して垂直に磁場を加えて金属、酸化物、有機化合物等を電析(電解析出、めっきなどともいう。)させた場合、キラルならせん転位からなる表面をもつ薄膜を形成することができる。このようにして形成した銅や銀薄膜を電極として使用し、アミノ酸などキラルな構造をもつ試薬に反応(光学異性体反応)を行わせると、電極表面に対応するキラル特性を持つ試薬は、そうでない試薬に比べて高い反応速度をもつ(キラル選択性)。また、磁場と電解電流の向きを同じ方向にした場合と反対の方向にした場合では、キラル選択性が反転する。一方で、磁場の無い場合には、このような選択性は現れない。
【0004】
非特許文献1、2には、垂直磁場を用いた電析によりキラル選択性を持たせるための表面形状を形成する過程で、電解電流と磁場の相互作用によるローレンツ力が生み出す二つの渦流が重要な役割を果たすと記載されている。図9に示すように、一つは、電極上層部の電流線の広がりが生み出すローレンツ力による竜巻状の回転運動(垂直MHD(Magnetohydrodynamic)流れ)であり、もう一つは、図10に示すように、電極表面近傍における電解電流のゆらぎと磁場Bの作用により生じる微小渦流(マイクロMHD流れ)である。
【0005】
このうち、マイクロMHD流れは、電析により、電極の表面にキラルならせん転位を直接生じさせるという重要な役割を担い、垂直MHD流れは、マイクロMHD流れに歳差運動(図10参照)を起こさせることで電析の際のイオンの流れを渦巻状にし、キラル選択性を持たせるための表面形状、つまり、キラルならせん転位の形成を助長するという重要な役割を担う。
【0006】
非特許文献3、4には、金といったキラルでは無い無機材料の電極上に被検出対象の有機性のキラル分子と対となるキラル分子をあらかじめ修飾し、そのような電極にキラル選択性をもたせた表面形状を形成することが可能であり、生体分子の認識に適用可能な利点を有する旨が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】I. Mogi, K. Watanabe, “Chirality of magnetoelectropolymerized polyaniline electrodes”, Jpn. J. Appl. Phys., Vol. 44, No. 5, pp. L199-L201 (2005)
【非特許文献2】青柿良一、「強磁場中における電気化学過程の理論的解析」、電気化学および工業物理化学、Vol. 73、No. 6、p. 454-459 (2005)
【非特許文献3】T. Nakanishi, M. Matsunaga, M. Nagasaka, T. Asahi, T. Osaka, “Enantioselectivity of Redox Reaction of DOPA at the Gold Electrode Modified with a Self-Assembled Monolayer of Homocysteine”, J. Am. Chem. Soc., Vol. 128, No. 41, pp. 13322-13323 (2006)
【非特許文献4】M. Matsunaga, M. Nagasaka, T. Nakanishi, T. Sawaguchi, T. Osaka, “Effect of pH on the Enantiospecificity of Homocysteine Monolayer on Au(111) for the Redox Reaction of 3,4-Dihydroxyphenylalanine”, Electroanalysis, Vol. 20, No. 9, pp. 955-962 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、非特許文献1、2では、電極上層部分での電流線の曲がりから発生する垂直MHD流れを利用する必要があるため、垂直MHD流れの回転速度と方向の制御が困難であった。そのため、例えば、電極にキラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を形成するのが困難であった。
【0009】
また、非特許文献3、4では、例えば、電極にキラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を形成するにあたって、被検出対象のキラル分子と対となるキラル分子を、電極上にあらかじめ修飾しておかなければならず、製造工程が複雑であった。
【0010】
本発明は前記状況に鑑みてなされたものであり、例えば、キラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を形成した電極を簡便に製造することのできる電極製造方法、電極製造装置および電極を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造方法であって、磁石で発生させた磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに電解槽を自転させつつ、前記電解槽とともに前記自転軸まわりに自転するように前記電解槽内に設けられた一対の電極に対して電解質媒体を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行うことを特徴としている。
【0012】
本発明は、表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造方法であって、磁石により磁場を発生させる磁場発生ステップと、発生させた前記磁場中において、電解質媒体を収納した電解槽を、前記磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに自転させる電解槽自転ステップと、自転している前記電解槽とともに前記自転軸まわりに自転するように前記電解槽内に設けられた一対の電極に対して前記電解質媒体を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行う電解ステップと、を含むことを特徴としている。
【0013】
本発明は、表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造方法であって、電解質媒体を収納した電解槽を、磁石により発生させる磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに自転させる電解槽自転ステップと、自転している前記電解槽に対し、前記磁石により磁場を発生させる磁場発生ステップと、発生させた前記磁場中で自転している前記電解槽内において前記電解槽とともに前記自転軸まわりに自転するように前記電解槽内に設けられた一対の電極に対して前記電解質媒体を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行う電解ステップと、を含むことを特徴としている。
【0014】
前記したいずれの発明も、磁石により発生させた磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに電解槽を自転させる。自転する電解槽内には、電解槽とともに自転軸まわりに自転するように一対の電極が設けられており、電解質媒体が収納されているので、電解槽を自転させつつ、電解質媒体を通じて一対の電極に対して外部電源から電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加すると電極表面には電解反応による非平衡ゆらぎによって次第に微小な凹凸部が形成される。電解によって形成された凹部と凸部では、凹部の方が、摩擦が少なくすべりが良い。電極面に向けて磁場を垂直に印加する本発明における電解電流の方向は、電極面に対して垂直な成分に加えて平行な水平成分が存在する。そのため、ローレンツ力が働き、凸部では電極の回転方向と同方向のマイクロMHD流れが発生し、凹部では電極の回転方向と逆方向のマイクロMHD流れが発生すると考えられる。このとき、すべりの良い凹部で生じる流れが優勢になることから、電極の回転方向と逆方向の回転の析出面が優勢になる。そして、電解槽全体の自転によって、図1(a)に示すように、マイクロMHD流れに歳差運動が生じ、例えば、キラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を電極の表面に形成させることが可能になると考えられる(図7(a)および(b)参照)。つまり、本発明によれば、図1(b)に示すような、回転速度と方向の制御が困難な垂直MHD流れを積極的に発生させなくても、マイクロMHD流れに歳差運動を起こさせることができ、前記したような特定の表面形状を電極の表面に形成させることが可能となる。
【0015】
本発明は、表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造装置であって、磁場を発生させる磁石と、発生させた前記磁場中において、当該磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに自転するように設けられ、電解質媒体を入出自在に収納することのできる電解槽と、前記電解槽内に、当該電解槽とともに前記自転軸まわりに自転するように互いに離間して設けられた一対の電極と、前記電解槽を前記自転軸まわりに任意の自転速度で自転させるアクチュエータと、を備えたことを特徴としている。
【0016】
本発明は、このような構成としているので、磁石により発生させた磁場中で、当該磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに電解槽を自転させることができる。従って、当該電解槽内に電解質媒体を収納してこれを自転させ、電解槽とともに自転軸まわりに自転する一対の電極の間で電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加すると、作動極として機能する電極の表面にマイクロMHD流れを生じさせ、さらに、生じたマイクロMHD流れに歳差運動を起こさせることが可能になる。そのため、例えば、キラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を電極の表面に形成させることが可能になると考えられる。つまり、本発明によれば、図1(b)に示すような、回転速度と方向の制御が難しい垂直MHD流れを積極的に発生させなくても、マイクロMHD流れに歳差運動を起こさせることができ、前記したような特定の表面形状を電極の表面に形成させることが可能となる。
【0017】
本発明においては、前記作動極は、これを固定する作動極固定手段によって固定され、当該作動極固定手段は、(垂直MHD流れなどの)対流を抑制する対流抑制手段を有していることが好ましい。
【0018】
このようにすれば、作動極と対極の間で電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加した際に不可避的に生じる垂直MHD流れ(溶液対流)などの磁気対流といった、マイクロMHD流れを乱す対流を抑制することができる。そのため、例えば、キラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を電極の表面に、より好適に形成することができるようになる。
【0019】
本発明は、前記したいずれかの電極製造方法によって製造された電極であって、表面に特定の表面形状が形成されていることを特徴としている。
【0020】
本発明はこのような構成としているので、電極として用いると、表面に形成された特定の表面形状に対応したキラルな構造をもつ分子に対する反応電流(反応速度)が選択的に高くなる。つまり、本発明によれば、電極にキラル選択性を持たせることができる。また、光学異性体反応に対する固体触媒としてキラル選択性を持たせることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、例えば、キラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を形成した電極を簡便に製造することのできる電極製造方法および電極製造装置を提供することができる。
また、本発明によれば、例えば、キラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を形成した電極を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】(a)は、電解槽全体を自転させてマイクロMHD流れに歳差運動を起こさせる様子を説明した概念図であり、(b)は、垂直MHD流れによってマイクロMHD流れに歳差運動を起こさせる様子を説明した概念図である。
【図2】本発明に係る電極製造方法の具体的な一態様を説明するフローチャートである。
【図3】本発明に係る電極製造方法の具体的な他の態様を説明するフローチャートである。
【図4】一実施形態に係る電極製造装置の構成を説明する断面図である。
【図5】本発明で用いる電解槽の構成を説明する断面図である。
【図6】(a)は作動極を固定した作動極固定手段に対流抑制手段を設けていない状態を示す断面図であり、(b)は作動極を固定した作動極固定手段に対流抑制手段を設けた状態を示す断面図である。
【図7】(a)は電極の析出表面を走査型電子顕微鏡(三次元SEM)で撮像した電子顕微鏡写真であり、(b)は三次元SEMによる測定結果を示すグラフである。なお、同図(a)中のスケールバーは20μmを示し、同図(b)中の横軸は、同図(a)に示す特徴的な形状の直径を示し、縦軸は、当該特徴的な形状の深さを示す。単位はいずれもマイクロメートル[μm]である。
【図8】磁場中で製造した電極を用いて、磁石の磁場が無い環境下で得られたサイクリックボルタモグラムであって、(a)は電解槽の自転を行わない(自転なし0Hz)条件で製造した電極を用いて得られたサイクリックボルタモグラムであり、(b)は電解槽の自転を反時計回りで行った(自転;反時計回り2Hz)条件で製造した電極を用いて得られたサイクリックボルタモグラムであり、(c)は電解槽の自転を時計回りで行った(自転;時計回り2Hz)条件で製造した電極を用いて得られたサイクリックボルタモグラムである。
【図9】従来技術による垂直MHD流れを発生させるメカニズムを説明する概念図である。
【図10】従来技術による垂直MHD流れによってマイクロMHD流れに歳差運動を起こさせるメカニズムを説明する概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、適宜図面を参照して本発明に係る電極製造方法、電極製造装置および電極を実施するための形態について説明する。
【0024】
まず、本発明に係る電極製造方法について説明する。
本発明に係る電極製造方法は、表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造方法であって、磁石で発生させた磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに電解槽を自転させつつ(つまり、自転軸を中心とした反時計回りまたは時計回りに電解槽を自転させつつ)、電解槽とともに自転軸まわりに自転するように電解槽内に設けられた一対の電極に対して電解質媒体を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行うというものである。なお、電極表面に形成される特定の表面形状としては、マイクロメートルオーダーの直径と深さを有する微小な凹部が電極表面に無数に形成されている状態をいう。
【0025】
より具体的に説明すると、図2に示す一態様のように、磁場発生ステップS11と、電解槽自転ステップS12と、電解ステップS13と、を含み、これらのステップをこの手順で行うことが挙げられる。
また、図3に示す他の態様のように、電解槽自転ステップS21と、磁場発生ステップS22と、電解ステップS23と、を含み、これらのステップをこの手順で行ってもよい。
【0026】
ここで、図2および図3を参照して電極製造方法の態様について説明する前に、図4を参照して電極製造方法の実施に直接使用できる装置の一例を説明する。
【0027】
図4に示すように、かかる電極製造装置1は、表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための装置であり、磁場Bを発生させる磁石2と、発生させた磁場B中において、当該磁場Bの向きと平行に設定された自転軸ARまわりを反時計回りまたは時計回りに自転するように設けられ、電解質媒体5(図5参照)を入出自在に収納することのできる電解槽6と、この電解槽6内に、電解槽6とともに自転軸ARまわりに自転するように互いに離間して設けられた一対の電極7、7(図5参照)と、電解槽6を自転軸ARまわりに任意の自転速度で自転させるアクチュエータ8と、を備えている。
なお、この電極製造装置1は、電解槽6の自転を行わせるために、電解槽6とアクチュエータ8とを軸部材9で接続している。また、軸部材9の一部には、図示しない配線により作動極71、対極72、照合極73のそれぞれと接続された接続部71a、72a、73aが設けられており、これらはブラシ電極71b、72b、73bによって図示しない外部電源と接続されている。これにより、電解槽6への通電を可能にしている。また、電解槽6の自転をスムーズに行わせるためのベアリング10も備えている。
【0028】
前記した電極製造方法や電極製造装置1で用いられる磁石2としては、永久磁石、超電導磁石、常電導磁石などを挙げることができる。磁石2で発生させる磁場Bは、回転させない静磁場であるのが好ましいが、回転磁場や時間変動磁場であってもよい。
【0029】
電解槽6は、絶縁性を有し、かつ耐酸性および耐アルカリ性を有する材料、例えば、ガラス、フッ素系樹脂などで構成することができる。なお、電解槽6は、電解質媒体5を入出自在に収納するため、図5に示すように、容器本体61と蓋体62でこれを収納できるように構成するのが好ましい。この際、容器本体61と蓋体62をOリング63等のシール部材でシールすると液密性が向上するので好適である。
【0030】
電解質媒体5に含まれる電解質は、媒体中で電解を行おうとする金属イオンを生成できるものであれば好適に用いることができ、例えば、銅、ニッケル、コバルト、クロム、亜鉛、カドミウム、スズ、鉛、鉄、金、銀、ロジウム、白金、パラジウム、シリコンの電析、これらの合金電析およびこれらの酸化物や硫化物といった化合物電析さらには微粒子物質との複合電析の中から選択できる。また、電気化学的に使用可能であり、電析可能である導電性ポリマーや、前記金属群からなる電極の溶解、気相成長法などの乾式薄膜製造法で使用される窒化物や酸化物、半導体、磁性体などの様々な材料も用いことができる。
【0031】
電解質媒体5に用いられる媒体は、例えば、水溶液、有機溶媒、溶融塩、イオン性液体などの溶媒を好適に用いることができるが、導電性を有し、前記した電解質を含ませることができるものであればよいため、プラズマなどの気体を用いることも可能である。
【0032】
溶媒を用いた電解質媒体5であれば、電気化学的に使用することのできる公知の液体組成物(めっき液)を用いることができる。かかるめっき液としては、例えば、市販の酸性硫酸銅溶液などを好適に用いることができる。
【0033】
一対の電極7、7は、図示しない外部電源と接続され、電解質媒体5を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方が印加される。従って、一対の電極7、7のうち一方は作動極71(図5参照)として機能し、他方は対極72(図5参照)として機能する。電圧および電流のうちの少なくとも一方が印加されると、電解質が電解してCu2+などの金属イオンjが生じ、作動極71の表面に析出する。
【0034】
一対の電極7、7はともに、導電性を有する金属で形成することができ、例えば、銅、ニッケル、コバルト、クロム、亜鉛、カドミウム、スズ、鉛、鉄、金、銀、ロジウム、白金、パラジウム、シリコンおよびこれらの合金の中から適宜選択して形成することができる。なお、電解により特定の表面形状が形成される電極7(作動極71)は、板状、薄膜状だけでなく、粉体、針状や樹枝状などさまざまな形態とすることができる。従って、製造された電極7(作動極71)は単に電気化学反応用だけでなく、種々の化学反応用の固体触媒などとしても利用することができる。
【0035】
自転軸ARは、磁石2で発生させた磁場Bの向きと平行に設定されていればよい。従って、図示しない床面に対して直角となるように設けると確実に特定の表面形状を電極7(作動極71)表面に形成することができるので好ましいが、床面と平行となるように設けることも可能である。
【0036】
なお、図5に示すように、一対の電極7、7のうちの一方が作動極71として機能し、他方が対極72として機能する場合において、その一態様として、作動極71を電解槽6内の上部に下向きに配置し、対極72を電解槽6内の下部に上向きで配置することができる。
【0037】
この配置状態で磁場Bを作動極71に向かうように発生させた場合において、電解槽6の上方から見たときに、電解槽6を自転軸ARまわりに反時計回りR1に回転させると、非平衡ゆらぎによって形成された微小な凸部に生じる作動極71の回転方向と同じ回転方向のマイクロMHD流れ、および微小な凹部に生じる作動極71の回転方向と反対の回転方向のマイクロMHD流れのうち、後者のマイクロMHD流れが優勢になり、作動極71の表面にキラル選択性を持たせるのに適した、特定の表面形状を好適に形成することができる(図7(a)および(b)参照)。その結果、例えば、サイクリックボルタンメトリーでD−AlanineよりもL−Alanineの電流値を高くすることができるといった、キラル選択性を得ることができるようになる。これは、前記した配置状態で磁場Bを対極72に向かうように発生させた場合において、電解槽6の上方から見たときに、電解槽6を自転軸ARまわりに時計回りR2に回転させたときも全く同様の結果が得られると考えられる。
【0038】
これとは反対に、前記した配置状態で磁場Bを作動極71に向かうように発生させた場合において、電解槽6の上方から見たときに、電解槽6を自転軸ARまわりに時計回りR2に回転させると、優勢なマイクロMHD流れが逆転するので、反時計回りR1とは異なる表面形状を作動極71の表面に形成することができると考えられる。その結果、例えば、サイクリックボルタンメトリーでL−AlanineよりもD−Alanineの電流値を高くすることができるといった、キラル選択性を得ることができるようになる。これは、前記した配置状態で磁場Bを対極72に向かうように発生させた場合において、電解槽6の上方から見たときに、電解槽6を自転軸ARまわりに反時計回りR1に回転させたときも全く同様の結果が得られると考えられる。
【0039】
作動極71は、図5に示すように、これを固定する任意の手段(作動極固定手段74)によって固定されている。作動極固定手段74としては、図5に示すように、Oリング63を介して蓋体62と電極押込部材64とで作動極71を挟んで固定することが例示される。
【0040】
なお、図5では、蓋体62の作動極71に通じる筒状の内壁部62aが、作動極71と対極72の間に電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加した際に不可避的に生じる垂直MHD流れ(溶液対流)などの磁気対流といった、マイクロMHD流れに歳差運動を生じさせる対流を抑制する対流抑制手段75として機能している。なお、図6(a)に示すように、作動極71の表面と蓋体62の内面部62bとがほぼ同じ高さの場合は対流を抑制する効果が得られない。このような場合、図6(b)に示すように、作動極71から図6(b)において図示しない対極72(図5参照)に向けて筒状体を設けたり、図示しないハニカム構造体を設けたりすることによって、対流を抑制する効果を得ることができる。このとき、電解させるにあたって電位パルス法および電流パルス法を併用するとより好ましい。電位および電流をパルスで印加するので垂直MHD流れが形成され難く、対流抑制手段75の効果と相まってさらにキラル選択性の制御性向上を図ることが可能となる。
【0041】
また、電解槽6が照合極73を設けていると、電位制御の場合は正確な制御のために使用でき、電流制御のときは電極表面状態のモニタリングのために使用することができるので、これを設けておくのが好ましい。
図4では、3電極方式の電解槽6を例示しているが、2電極方式や4電極方式の電解槽6によっても好適に特定の表面形状を形成した電極7(作動極71)を製造することが可能である。
【0042】
電解槽6の自転軸ARまわりの任意の自転速度での自転は、例えば、任意のアクチュエータによって行わせることができるが、非磁性のアクチュエータを用いるのが好ましい。例えば、超音波モーターや油圧モーター、空気圧モーター、容積式モーターなどを用いることができる。
なお、一対の電極7、7およびこれらと接するように収納された電解質媒体5を含む電解槽6は、電気化学セルとも呼ばれている。従って、電気化学セル全体を、磁石2で発生させた磁場Bの向きと平行に設定された自転軸ARまわりに自転させるという言い方もできる。
【0043】
電解槽6(電気化学セル)の自転速度は、電解槽6を上方から見たときに、反時計回りR1または時計回りR2に0ヘルツ(Hz)を超え100Hz以下とすればよく、例えば、2Hz(120rpm)とすればよい。しかしながら、後述するように、自転速度は磁束密度との関係で適宜に設定するのがよいから、前記した自転速度を超えて設定することもできる。
【0044】
電解は、定電流法、電流パルス法などの電流規制法や、定電位電解法、定電位パルス法など公知の手法を用いることができる。
なお、電圧および電流については、使用する電極7、7の種類、電解質媒体5の種類および電解質の種類に応じて、公知の適切な値を取ることができる。また、電圧および電流は、直流、交流またはパルス状に印加することができる。
電析の際の磁束密度は、例えば、0.001テスラ(T)以上40T以下とするのが好ましい。
【0045】
電気化学セル全体を磁石2により発生させる磁場Bの向きと平行に設定された自転軸ARまわりに自転させる本発明においては、電極7(作動極71)表面に特定の表面形状を形成する能力を自転周波数fと磁束密度Bとの積fBによって算定することができる。
【0046】
つまり、fBが等しい場合、電極7(作動極71)表面に特定の表面形状を形成する能力は同じとなる。例えば、f=1Hz、B=5Tという条件で得られる能力は、f=10Hz、B=0.5Tという条件で得られる能力と同じとなる。従って、5Tというような超電導磁石や消費電力が大きな常電導磁石で達成されるような高磁場を用いなくても、0.5Tというような永久磁石で達成し得る磁場中で自転周波数fを速くすることにより高磁場の場合と同等の能力が得られる。また、これによれば、B=5T、f=10Hzという条件であれば、f=1Hzのときと比べて10倍のキラル選択性能力を有する特定の表面形状を形成することも期待できる。さらに、自転方向を反転させるだけで簡単にキラル選択性を逆転させた表面形状を形成することも可能である。
【0047】
図2および図3に戻って電極製造方法の態様の説明を続ける。
なお、図2で示した磁場発生ステップS11と図3で示した磁場発生ステップS22は実質的に同じ内容を実施するものであり、図2で示した電解槽自転ステップS12と図3で示した電解槽自転ステップS21は実質的に同じ内容を実施するものであり、図2で示した電解ステップS13と図3で示した電解ステップS23は実質的に同じ内容を実施するものであるが、それぞれのステップの詳細を説明すると次のようになる。なお、電極製造装置1の説明にて既に説明した構成要素と同一の構成要素についてはその説明を省略する。
【0048】
図2に示す磁場発生ステップS11では、磁石2により磁場Bを発生させる。
次いで行う電解槽自転ステップS12では、磁場発生ステップS11で発生させた磁場B中において、電解質媒体5を収納した電解槽6を、磁場Bの向きと平行に設定された自転軸ARまわりに自転させる。
続く電解ステップS13では、電解槽自転ステップS12で自転させた電解槽6内において当該電解槽6とともに自転軸ARまわりを反時計回りまたは時計回りに自転するように電解槽6内に設けられた一対の電極7、7に対して電解質媒体5を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行う。
【0049】
また、図3に示す電解槽自転ステップS21では、電解質媒体5を収納した電解槽6を、磁石2により発生させる磁場Bの向きと平行に設定された自転軸ARまわりを反時計回りまたは時計回りに自転させる。
次いで行う磁場発生ステップS22では、電解槽自転ステップS21で自転させた電解槽6に対し、磁石2により磁場Bを発生させる。
続く電解ステップS23は、磁場発生ステップS22で発生させた磁場B中で自転している電解槽6内において当該電解槽6とともに自転軸ARまわりに自転するように電解槽6内に設けられた一対の電極7、7に対して電解質媒体5を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行う。
【0050】
図2および図3に示したいずれの態様の電極製造方法によっても、磁石2で発生させた磁場Bの向きと平行に設定された自転軸ARまわりを反時計回りまたは時計回りに電解槽6を自転させつつ、電解質媒体5を通じて一対の電極7、7に対して電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加して電解を行うため、電極7(作動極71)表面に特定の表面形状を形成することができる。
【0051】
本発明の一実施形態に係る電極製造方法や電極製造装置1で製造された電極7(作動極71)は、特定の表面形状(キラルな結晶表面)が形成されている(図7(a)および(b)参照)ので、キラル選択性を有する。そのため、例えば、バイオセンサー用途のセンシング電極や有機合成反応用の触媒電極および個体触媒、さらには燃料電池やリチウム2次電池の正極や負極など、光学異性体の関与する反応において好ましい電極となり得る。
また、かかる電極7(作動極71)は、光学異性体反応のキラル選択性向上に利用することができる。加えて、当該電極7(作動極71)を用いて光学異性体反応を行わせることで、溶液中に発生するキラルなマイクロMHD渦流を反応の選択性向上に利用することができる。さらに、かかる電極7を光学異性体反応装置の触媒として用いると、当該触媒を常にキラルな環境で使用することになるため、触媒活性の低下を防ぎ、触媒の寿命を長くする上で有効である。
【実施例】
【0052】
(特定の表面形状の形成)
はじめに、電極に特定の表面形状を形成したので、これについて説明する。
作動極と対極からなる一対の銅製水平平板電極のうち作動極を、自然対流を防止するため、図5に示す電解槽6の上部に、下向きとなるように固定し、対極を当該電解槽6の下部に、上向きとなるように固定した。そして、電解槽6全体を超電導磁石の常温ボア空間内に吊り下げた。電解槽6の自転軸まわりの回転には、非磁性超音波モーターを使用した。電解槽6内を満たす電解質媒体として、硫酸銅0.25mol/Lと硫酸0.5mol/Lとからなる硫酸銅溶液を用いた。照合極には銅線を用いた。電析は、過電圧−0.4V(vs Cu)一定で10分間行った。なお、磁束密度は1Tで図5に示す電解槽6に対して下向きとなるように設定し、電解槽6全体を回転速度1Hzで電解槽6の上方から見て反時計回り(電極表面で見ると時計回り)に回転させた。かかる条件で電析を行った後、走査型電子顕微鏡(三次元SEM)で電極の析出表面を観察した。電子顕微鏡写真を図7(a)に示す。なお、図7(a)中のスケールバーは20μmを示す。
【0053】
図7(a)に示すように、電極の表面に、同心円状の平坦な底部を持つ、特徴的な形状が形成されていた。図7(b)は、三次元SEMによって当該特徴的な形状の直径(x)および深さ(z)を測定した結果を示すグラフである。ここで、図7(b)中の横軸は当該特徴的な形状の直径を示し、縦軸は当該特徴的な形状の深さを示す。単位はいずれもマイクロメートル[μm]である。
なお、図には示していないが、回転速度を2Hzに上げると同様の形状が単位面積あたり5倍程度多く形成されていた。
【0054】
(キラル選択性)
次に、キラル選択性について検討したので、これについて説明する。
まず、銅板を用意し、図5に示すように、電極表面となる面(作動極71の表面)に対して磁場を垂直に、そして向かう方向となるように印加した。電極はφ3.2mmの円板状である。対極に銅板、照合極には銅線を使用した。溶液は、硫酸銅0.05mol/Lおよび硫酸0.5mol/Lからなる硫酸酸性の硫酸銅溶液を使用し、共通の実験条件として、過電圧を−0.453V(vs Cu)、磁場を超電導磁石により磁束密度3T上向き(図5参照)で、電解時間10s×4回のパルス状の電析を行った。電解槽6の自転速度は、電解槽の上方から見て時計回りで約2Hz(120rpm)、反時計回りで約2Hz、および自転のない場合である0Hzで行い、3つの電極を製造した。なお、電極系および溶液を含めた電解槽全体(すなわち電気化学セル全体)を自転させた。
【0055】
次に、それぞれの条件で製造した電極について、前処理として水酸化ナトリウム0.1mol/L中で−0.3〜0.4V(vs Ag/AgCl)、10mV/sの条件でサイクリックボルタンメトリー(CV)を行い、安定な酸化膜CuOを形成した後、0.02mol/LのL−Alanineを含む水酸化ナトリウム0.1mol/Lの溶液中、または0.02mol/LのD−Alanineを含む水酸化ナトリウム0.1mol/Lの溶液中で、−0.3〜0.8V(vs Ag/AgCl)、10mV/sの条件でCVを行い、L−AlanineとD−Alanineに対するキラル選択性を確認した。なお、対極に白金板、照合極には銀塩化銀電極を使用し、磁場なしおよび自転なしの条件で実施した。ここで、L−AlanineとD−Alanineのキラル選択性を確認するための電極は、それぞれ同一の実験条件で作製した別個の電極を用いた。その結果を図8(a)〜(c)に示す。
【0056】
図8(a)に示すとおり、自転なし(0Hz)で製造した電極では、本来の垂直MHD流れによる対流効果でL−Alanineの電流値がやや高くなることから、L−Alanineを選択したといえる。
そして、図8(b)に示すとおり、電気化学セルの上方(図5参照)から見て反時計回りに2Hzの条件で自転させて製造した電極では、L−Alanineの電流値が大幅に増幅されていることから、L体のキラル選択性が増幅したといえる。
一方、図8(c)に示すとおり、電気化学セルの上方(図5参照)から見て時計回りに2Hzの条件で自転させて製造した電極では、D−Alanineの電流値が高くなったので、D体のキラル選択性が増幅されたといえる。また、図8(c)に示す測定結果は、磁場中で電気化学セル全体を自転させて製造した電極は、回転方向の変化のみで簡単にキラル選択性を逆転できることを明らかにしている。
【符号の説明】
【0057】
S11 磁場発生ステップ
S12 電解槽自転ステップ
S13 電解ステップ
S21 電解槽自転ステップ
S22 磁場発生ステップ
S23 電解ステップ
1 電極製造装置
2 磁石
5 電解質媒体
6 電解槽
7 電極
8 アクチュエータ
9 軸部材
10 ベアリング
61 容器本体
62 蓋体
63 Oリング
71 作動極
71a、72a、73a 接続部
71b、72b、73b ブラシ電極
72 対極
73 照合極
74 作動極固定手段
75 対流抑制手段
AR 自転軸
B 磁場
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造方法であって、
磁石で発生させた磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに電解槽を自転させつつ、前記電解槽とともに前記自転軸まわりに自転するように前記電解槽内に設けられた一対の電極に対して電解質媒体を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行う
ことを特徴とする電極製造方法。
【請求項2】
表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造方法であって、
磁石により磁場を発生させる磁場発生ステップと、
発生させた前記磁場中において、電解質媒体を収納した電解槽を、前記磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに自転させる電解槽自転ステップと、
自転している前記電解槽とともに前記自転軸まわりに自転するように前記電解槽内に設けられた一対の電極に対して前記電解質媒体を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行う電解ステップと、を含む
ことを特徴とする電極製造方法。
【請求項3】
表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造方法であって、
電解質媒体を収納した電解槽を、磁石により発生させる磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに自転させる電解槽自転ステップと、
自転している前記電解槽に対し、前記磁石により磁場を発生させる磁場発生ステップと、
発生させた前記磁場中で自転している前記電解槽内において前記電解槽とともに前記自転軸まわりに自転するように前記電解槽内に設けられた一対の電極に対して前記電解質媒体を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行う電解ステップと、を含む
ことを特徴とする電極製造方法。
【請求項4】
表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造装置であって、
磁場を発生させる磁石と、
発生させた前記磁場中において、当該磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに自転するように設けられ、電解質媒体を入出自在に収納することのできる電解槽と、
前記電解槽内に、当該電解槽とともに前記自転軸まわりに自転するように互いに離間して設けられた一対の電極と、
前記電解槽を前記自転軸まわりに任意の自転速度で自転させるアクチュエータと、
を備えたことを特徴とする電極製造装置。
【請求項5】
請求項4に記載の電極製造装置であって、
前記作動極は、これを固定する作動極固定手段によって固定され、
当該作動極固定手段は、対流を抑制する対流抑制手段を有している
ことを特徴とする電極製造装置。
【請求項6】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の電極製造方法によって製造された電極であって、
表面に特定の表面形状が形成されている
ことを特徴とする電極。
【請求項1】
表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造方法であって、
磁石で発生させた磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに電解槽を自転させつつ、前記電解槽とともに前記自転軸まわりに自転するように前記電解槽内に設けられた一対の電極に対して電解質媒体を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行う
ことを特徴とする電極製造方法。
【請求項2】
表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造方法であって、
磁石により磁場を発生させる磁場発生ステップと、
発生させた前記磁場中において、電解質媒体を収納した電解槽を、前記磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに自転させる電解槽自転ステップと、
自転している前記電解槽とともに前記自転軸まわりに自転するように前記電解槽内に設けられた一対の電極に対して前記電解質媒体を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行う電解ステップと、を含む
ことを特徴とする電極製造方法。
【請求項3】
表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造方法であって、
電解質媒体を収納した電解槽を、磁石により発生させる磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに自転させる電解槽自転ステップと、
自転している前記電解槽に対し、前記磁石により磁場を発生させる磁場発生ステップと、
発生させた前記磁場中で自転している前記電解槽内において前記電解槽とともに前記自転軸まわりに自転するように前記電解槽内に設けられた一対の電極に対して前記電解質媒体を通じて電圧および電流のうちの少なくとも一方を印加し、電解を行う電解ステップと、を含む
ことを特徴とする電極製造方法。
【請求項4】
表面に特定の表面形状を形成した電極を製造するための電極製造装置であって、
磁場を発生させる磁石と、
発生させた前記磁場中において、当該磁場の向きと平行に設定された自転軸まわりを反時計回りまたは時計回りに自転するように設けられ、電解質媒体を入出自在に収納することのできる電解槽と、
前記電解槽内に、当該電解槽とともに前記自転軸まわりに自転するように互いに離間して設けられた一対の電極と、
前記電解槽を前記自転軸まわりに任意の自転速度で自転させるアクチュエータと、
を備えたことを特徴とする電極製造装置。
【請求項5】
請求項4に記載の電極製造装置であって、
前記作動極は、これを固定する作動極固定手段によって固定され、
当該作動極固定手段は、対流を抑制する対流抑制手段を有している
ことを特徴とする電極製造装置。
【請求項6】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の電極製造方法によって製造された電極であって、
表面に特定の表面形状が形成されている
ことを特徴とする電極。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図8】
【図9】
【図10】
【図7】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図8】
【図9】
【図10】
【図7】
【公開番号】特開2012−237027(P2012−237027A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−105396(P2011−105396)
【出願日】平成23年5月10日(2011.5.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年3月7日一般社団法人表面技術協会発行の「表面技術協会第123回講演大会 講演要旨集」に発表
【出願人】(394016519)株式会社山本鍍金試験器 (13)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年5月10日(2011.5.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年3月7日一般社団法人表面技術協会発行の「表面技術協会第123回講演大会 講演要旨集」に発表
【出願人】(394016519)株式会社山本鍍金試験器 (13)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】
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