説明

電離真空計及びこれを用いた質量分析計

【課題】 通電加熱式グリッドを有する電離真空計及び質量分析計の電流導入端子にかかる電流負荷を小さくし、真空端子部の小型化とコスタダウンを図る。
【解決手段】 真空装置に連通状態で接続された真空容器の内部に、少なくともグリッドと電子源を有する電離真空計及び質量分析計において、該グリッドを抵抗率の高いチタン金属又はチタン合金を用いて形成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空装置内のガス分子の気体分子密度即ち全圧及び分圧を測定する電離真空計とこれを用いた質量分析計に関するものである。
【背景技術】
【0002】
真空装置内に残留するガス密度(圧力)を測定する代表例として、図1に示すBayard-Alpert型電離真空計及び図2に示すBayard-Alpert型イオン源を用いた四重極質量分析計を使用して従来の技術を説明する。
【0003】
いずれも、真空装置に連通状態で接続された真空容器6,7の内部に、グリッド1と電子源2の2電極を備え、該電子源2から放射された電子をグリッド1の内外に振動させ、該振動電子によって該グリッド1内に飛来する気体分子をイオン化し、該イオン化したイオン密度から、残留ガスの全圧又は分圧を測定する圧力測定器である。図1に示すように、グリッド1の中にイオンコレクタ3を配置し、該グリッド内に生じたイオンを全て該イオンコレクタに補足するのが電離真空計であり、また、図2に示すように、グリッド1の一方の端にイオン引き出し電極10を配置し、グリッド1内生じたイオンを、イオンビームBとして送り出し、質量分析器11でイオンの電荷対質量比に応じて分離して検出器12で電流強度に変換し、ガス種類別の分子密度(分力)を測定するのが質量分析計である。
【0004】
グリッド1は螺旋状、金網状、格子状の様々の形状で構成され、その外側に電子源である熱陰極フィラメント2が配置されているのが一般的である。
【0005】
この状態でフィラメントが加熱電源(図示せず)によりフィラメント2を通電加熱すると、フィラメント2から電子が飛び出し、グリッド1に向かって加速される。尚、図2のフィラメント2,イオン引き出し電極10,質量分析器11,検出部12と電流導入端子部の電流端子14のリード線は省略してある。グリッド1は螺旋状、金網状、格子状などであるから、電子の一部はこの隙間を通り抜けて反対側に飛び出し、グリッド1の内外に振動し、イオンを生成する。この振動の途中で電子の一部はグリッド1に衝突し吸収されるが、フィラメント1からは常に電子を補給する回路構成をとることにより、一定の電子がグリッド1の内外に振動できるようになっている。典型的な動作条件としては、フィラメント2に対するグリッド1の電圧は100〜150V、電子電流は数mA程度で使用される。
【0006】
ところが、フィラメント2から放射される電子は、100eV以上の運動エネルギーを持ってグリッド1に衝突するため、グリッド表面上に水素、水、酸素、フッ素、塩素、等の活性な気体分子が化学吸着及び物理吸着していると、この電子衝撃により中性原子、イオン、ガス分子など様々な分子、原子、イオンが飛散し、本来の気体分子に混合し、誤差信号となって正しい圧力測定やガス分析ができなくなる。
【0007】
この擾乱を回避する方法としては、計測に先立ってグリッド1の温度を600℃〜800℃程度まで昇温し、吸着している分子、原子を蒸発させてグリッド1を清浄化する脱ガスという操作が行われる。この清浄化方法は二つ有って、螺旋グリッド1の場合は、グリッド1の両端を2本の電流導入端子5に接続し、大気側に接続した直流又は交流電源9によって該グリッド1に直接電流を流し、グリッド1を構成する材料の抵抗発熱により600℃〜800℃に昇温し、脱ガス操作が行われる。このグリッド通電による方法は昇温中でも圧力計測が行え、系を乱さないことからソフトな脱ガス操作と言われている。
【0008】
しかし、この600℃〜800℃の昇温に耐えるために、グリッド1の材料は、高融点、低蒸気圧(10-9Pa以下)のタングステン線、モリブデン線、白金クラッドモリブデン線、白金イリジウム合金などが使用されている。例えばφ0.8mm程度のタングステン製螺旋グリッドを用いた場合は、600℃〜800℃の温度にするためには、10A〜15Aの大電流をグリッドの線に流す必要があり、格子状白金イリジウム合金のエッチンググリッドを有する質量分析計でも(例えば特開2006−266854号公報の図4と図5のものを参照)、同じ程度の大電流を流す必要がある。このため、真空端子4は大電流を流せる太い形状のものを用いる必要があり、真空電流導入端子部5が大型になる欠点が生ずる。
【0009】
2つ目は、電子源2とグリッド1間に印加する電圧を500V以上の高い電圧に替え、グリッドに衝突する電子電流を圧力測定時より1桁高い20〜30mAに増大させて、電子衝撃によりグリッド温度を高める方法がとられる。この方法ではグリッド1に接続されている電流導入端子に流れる電流は20〜30mA程度なので電流導入端子は細くて良い。反面、この方法は高い電圧で、電子衝撃を行うのでグリッド表面の汚染が強い場合、多量のガスが発生し、放電などが発生しやすく、真空計や質量分析計を破損する場合があり、ハードな脱ガス操作と呼ばれている。また、フィラメント2から多量の電子を引き出さねばならないので、フィラメント2の劣化も激しく、電離真空計及び質量分析計のフィラメント寿命が短くなる欠点がある。勿論、電子衝撃による脱ガス中の圧力測定は不可能になる。
【特許文献1】特開2006−266854号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このように、電離真空計及び質量分析計における電流導入端子にかかる負担は、グリッド1を通電加熱するグリッドに接続される電流導入端子4に対して起こるのであるから、グリッド1に流す電流が小さくても同じ600℃〜800℃の昇温効果のある手段を具体化する電離真空計及び質量分析計を発案する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この問題を解決する手段として、本発明は、真空装置に連通状態で接続された真空容器6、7の内部に、少なくともグリッド1と電子源2を備えている電離真空計とこれを用いた質量分析計において、鋭意実験及び検討を行った結果、前記グリッド1の電極材料を純チタン金属又はチタン合金を用いて形成すると有用であることが判明したものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る電離真空計及び質量分析計によれば、後記具体例にて詳述するように、従来の電離真空計及び質量分析計に用いてきた電流導入端子より導入線の太さを細くできるので、電離真空計及び質量分析計全体を小型化することが可能になり、ひいてはコストダウンを図ることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に、本発明の具体例を図面を参照して詳細に説明する。
【0014】
本発明は、前記図1に示すBayard-Alpert型電離真空計と、図2に示すBayard-Alpert型イオン源を用いた四重極質量分析計に実施されている。
【0015】
これらは前述したように、いずれも、真空装置に連通状態で接続された真空容器6,7の内部に、グリッド1と電子源2の2電極を備え、該電子源2から放射された電子をグリッド1の内外に振動させ、該振動電子によって該グリッド1内に飛来する気体分子をイオン化し、該イオン化したイオン密度から、残留ガスの全圧又は分圧を測定する圧力測定器である。
【0016】
図1に示す電離真空計は、前述したように、グリッド1の中にイオンコレクタ3を配置し、該グリッド内に生じたイオンを全て該イオンコレクタに補足するものであり、また、図2に示す質量分析計は、前述したように、グリッド1の一方の端にイオン引き出し電極10を配置し、グリッド1内生じたイオンを、イオンビームBとして送り出し、質量分析器11でイオンの電荷対質量比に応じて分離して検出器12で電流強度に変換し、ガス種類別の分子密度(分力)を測定するものである。
【0017】
本例において、グリッド1は、螺旋状、金網状、格子状の様々の形状で構成され、その外側に電子源である熱陰極フィラメント2が配置されている。
【0018】
この状態でフィラメントが加熱電源(図示せず)によりフィラメント2を通電加熱すると、フィラメント2から電子が飛び出し、グリッド1に向かって加速される。尚、図2のフィラメント2,イオン引き出し電極10,質量分析器11,検出部12と電流導入端子部の電流端子14のリード線は省略してある。グリッド1は螺旋状、金網状、格子状などであるから、電子の一部はこの隙間を通り抜けて反対側に飛び出し、グリッド1の内外に振動し、イオンを生成する。この振動の途中で電子の一部はグリッド1に衝突し吸収されるが、フィラメント1からは常に電子を補給する回路構成をとることにより、一定の電子がグリッド1の内外に振動できるようになっている。
【0019】
そして、本発明においては、グリッド1の電極材料に適宜のものを用いて検討した結果、純チタン金属又はチタン合金を用いて形成すると、通電電流を従来のタングステングリッドやモリブデングリッドの1/2以下まで下げ得ることが判明したものである。これの理論的な根拠は次のとおりである。
【0020】
即ち、グリッドを構成する金属材料の抵抗R(Ω)は、
R=ρla-1
で与えられ、この抵抗体から発生する熱P(W)は
P=I2R
で与えられる。ここでρ:金属の体積抵抗率(Ω・cm)、l:グリッド線の長さ(cm)、a:グリッド線の断面積(cm)、I:グリッドに流す電流である。放射やグリッドの端から失われる熱は同じとすると、グリッドを加熱するための電力は温度に比例するから同じ温度の場合必要な電力は
P=I2R=I2ρla-1
となる。上式を変形すると
I= (a P l-1)1/2ρ-1/2
となるから、グリッド形状、投入する電力が同じな場合、式の(aPl-1)1/2の部分は単なる常数となるから、流す電流Iと抵抗率ρとの間には
I∝ρ-1/2
の関係が成立する。即ち、グリッドに用いられる金属の抵抗率ρが大きい程、真空端子に与える負荷は小さいことになる。
【0021】
他方、グリッド材と使われる単体金属材料の条件は、1000℃以上と融点が高く、600℃〜800℃に昇温したときの蒸気圧が10−9Pa以下の金属で、比較的安価な実用的金属でなければならない。この条件に適する金属を列記すると次の表のようになる。
【0022】
【表1】

【0023】
本表より明らかなように、従来のタングステンに比べてチタンを用いた場合は、18.21/2/13001/2=1/2.67まで電流を下げても同じ電力(電圧は高くする)をグリッドに対して供給することが可能になる。
【0024】
以上の理論的根拠によっても本発明は是認されるものであり、従って、従来において、真空端子4は大電流を流せる太い形状のものを用いる必要があり、真空電流導入端子部5が大型になる欠点が生じていたが、本発明によれば、これを小型化することができるとともに、前述した従来の課題を解決することができる。
【0025】
また、チタンに替えて、チタン合金を用いた場合は、純金属より抵抗率ρが更に上昇するので、真空端子に与える電流負荷を最小にする効果を発揮することが可能になる。
【0026】
このように、本発明によれば、グリッドを抵抗率の高いチタン金属又はチタン合金で製作することにより、通電電流を従来のタングステングリッドやモリブデングリッドの1/2以下まで下げることができるものである。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明に係る電離真空計とこれを用いた質量分析計は、真空技術が不可欠な半導体産業、各種薄膜の成膜産業、表面分析機器、電子顕微鏡などの各種商品開発、生産技術、更には加速器科学など基礎研究部門等使用される真空装置の圧力と残留ガス分析に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の一具体例に係るBA型電離真空計である。
【図2】本発明の一具体例に係る四重極型質量分析計である。
【符号の説明】
【0029】
1 グリッド
2 熱陰極フィラメント
3 針状イオンコレクタ
4 グリッド用電流導入端子電極
5 グリッド用真空電流導入端子部
6 真空隔壁
7 真空隔壁フランジ部
8 グリッド加熱用電源
9 グリッド加熱スイッチ
10 イオン引き出し電極
11 四重極質量分析管
12 イオン検出管
13 質量分析計の電流導入端子部
14 質量分析計の電流導入端子部の電極
A 真空装置への接続方向
B イオンビーム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空装置に連通状態で接続された真空容器の内部に、少なくともグリッドと電子源の2電極を備え、該電子源から放射された電子をグリッドの内外に振動させ、該振動電子によって該グリッド内に飛来する気体分子をイオン化し、該イオン化したイオンをイオンコレクタで補足して電流信号に変換し、得られる電流強度から該真空装置内のガス分子密度(全圧)を測定する電離真空計であって、
前記グリッドの電極材料を純チタン金属又はチタン合金を用いて形成したことを特徴とする電離真空計。
【請求項2】
真空装置に連通状態で接続された真空容器の内部に、少なくともグリッドと電子源の2電極を備え、該電子源から放射された電子をグリッドの内外に振動させ、該振動電子によって該グリッド内に飛来する気体分子をイオン化し、該イオン化したイオンをイオンコレクタで補足して電流信号に変換し、得られる電流強度から該真空装置内のガス分子密度(全圧)を測定する電離真空計を備え、
前記電離真空計の前記グリッド内に生成されたイオンを、イオン引き出し電極でグリッド内から引き出してイオンビームとし質量分析器に送り出し、イオンの電荷対質量比に応じて分離してガス種類別の分子密度(分圧)を測定する質量分析計であって、
前記グリッドの電極材料を純チタン金属又はチタン合金を用いて形成したことを特徴とする質量分析計。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−128994(P2008−128994A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−317886(P2006−317886)
【出願日】平成18年11月27日(2006.11.27)
【出願人】(503008974)有限会社真空実験室 (7)
【Fターム(参考)】