説明

非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤

【課題】非ペプチド性化合物またはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤を提供すること。
【解決手段】一般式(I)


(式中、R1、R2、R3A、R3B、R4、R5A、R5B、R6、R7、R8、R9A及びR9Bは明細書中の定義の通りである)で表される化合物またはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非ペプチド性化合物またはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する非典型的(Atypical)なプロリンリッチ配列結合阻害剤に関する。また本発明は、非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤を有効成分として含む癌の浸潤及び/又は転移の阻害剤に関する。さらに本発明は、非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
癌の最も大きな脅威はその浸潤・転移性にある。癌細胞の示す浸潤活性や転移活性を阻害することによって、癌の治療や癌患者のQOLの向上を目指す試みは非常に数多くなされてきている。例えば、癌の浸潤には、癌細胞の表面に分泌される蛋白質分解酵素であるマトリクスメタロプロテアーゼやセリンプロテアーゼの活性が必須であることから、これらの酵素類に対する多くの種類の阻害剤が開発された(非特許文献1)。
【0003】
しかし、それらの癌患者への投与例において、臨床適用に耐える良好な結果を与えた例はほとんどない。これは、各々の癌において、その浸潤過程に1種類の蛋白質分解酵素のみが関与するのではなく、おそらく複数種の蛋白質分解酵素が同時に関与するためであると考えられている。従って、癌の浸潤に関与するより基本的、根幹的な分子装置を見出し、その活性を阻害することが必要であると考えられる。
【0004】
上皮癌の場合、転移の多くはまず癌細胞の基底膜への浸潤を介して起こる。このことは、ヒト乳癌において顕著であることが、その病理学的所見により示されている(非特許文献2)。しかし、癌細胞の浸潤や転移をもたらす基本的分子機序やその応用による癌浸潤阻害の手立てに関して、世界レベルで既に多くの試みがあるが、有効性が確認されたものが皆無に等しいのが現状であり、新しい方法論や分子標的の検索が行われている段階である。
【0005】
細胞膜上には様々な受容体が存在し、細胞外刺激に応じて活性化されて細胞内にそのシグナルを伝達する。受容体の細胞質側には各種のシグナル分子が集まり、複合体を形成する。刺激の種類により、各シグナル分子は異なった生理作用を誘発する。シグナル分子の複合体の形成には、ドメイン構造が重要な役割を果たしている。その中でも、Srcホモロジードメイン3(SH3ドメイン)は、Srcファミリー間の相同性の高い領域として発見され、およそ60アミノ酸から成るドメインで様々な蛋白質中に位置し、プロリンを含む配列(プロリンリッチ配列)を認識して結合することが知られている(非特許文献3)。
【0006】
SH3ドメインは細胞の増殖制御や細胞骨格制御をはじめとして様々な重要局面に関与することから、製薬企業を中心として、SH3ドメインの結合阻害剤のスクリーニングが行われてきた。例えば、特許文献1には、SH3ドメイン結合阻害活性を有する非ペプチド性化合物またはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有するSH3ドメイン結合阻害剤が記載されている。
【0007】
しかし、SH3ドメインはヒトのもつ種々のタンパク質に数多く存在し、また、構造的にも互いに良く保存され、結合相手であるプロリンペプチドも互いに類似している。そのため、ある一つのSH3結合を阻害することを目安に阻害剤をスクリーニングしても、得られたものは、他の多くのSH3結合をも同様に阻害してしまった例が殆どのようである。従って、このような阻害剤を、例えば抗癌剤や抗炎症剤、血管新生阻害剤などに用いようとしても、副作用が強く役に立たなかったものがほとんどであると考えられる。
【0008】
【特許文献1】国際公開03/006060号パンフレット
【非特許文献1】サイエンス(Science)、295巻、2387-2392頁(2002年)
【非特許文献2】エンドクリン−リレイテッド・キャンサー(Endocrine-Related Cancer)、8巻、47-61頁(2001年)
【非特許文献3】サイエンス(Science)、252巻、668頁(1991年)、同257巻、803頁(1992年)、ファセブ・ジャーナル(FASEB J.)、14巻、231頁(2000年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、非ペプチド性化合物またはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤を提供することを解決すべき課題とした。さらに本発明は、癌の浸潤及び/又は転移の抑制剤を提供することを解決すべき課題とした。さらに本発明は、非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害活性を有する物質のスクリーニング方法を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、細胞の癌化、運動や浸潤に関わる基本的分子機構の解明を目指して、ヒト乳癌細胞を用いて、その浸潤や転移活性の制御と細胞内シグナル伝達機構に関する研究を行ってきたが、その中で、低分子量G蛋白質であるArf6や、その制御因子の一つであるAMAP1が重要な役割をなすことを明らかにしてきた。また、ヒト正常乳腺上皮や非浸潤性乳癌には検出されない、浸潤性乳癌に特化された蛋白質複合体があることを明らかにしてきた。この複合体は、AMAP1/paxillin/cortactinの三者からなり、その形成はSrcホモロジードメイン3(SH3ドメイン)によって媒介される。すなわち、AMAP1は、そのSH3ドメインでpaxillinのプロリン配列と結合し、cortactinは、そのSH3ドメインでAMAP1のプロリン配列と結合している。モデル実験として、各々のSH3結合をペプチドを用いて阻害すると、各種乳癌細胞の浸潤活性とマウス個体における転移を著しく抑制できることを明らかにした。さらに、cortactinのSH3ドメインはAMAP1のKKRPPPPPPGHKR配列と結合することを明らかにしている。cortactinとAMAP1との結合様式が他のSH3でも一般的に見られるようなものであれば、それを分子標的とした抗癌剤は、SH3結合が関与する細胞の多くの機能にも影響を及ぼし、現実的妥当性に欠ける。本発明者らはこの点に関して研究を進め、X線構造解析を用いた解析結果から、cortactinのSH3ドメインとAMAP1のKKRPPPPPPGHKR配列との相互作用インターフェース構造は、他の一般的なSH3/プロリン結合とは大きく異なること、見出しているリード化合物は幾つかのSH3の結合を阻害するが、そのIC50値はAMAP1/cortactin結合阻害に比べ100倍以上高い(阻害しない)ことを明らかにしている。
【0011】
本発明者らは今回、AMAP1がcortactinとpaxillinと呼ばれる特定の蛋白質と複合体を形成することが、多くのヒト乳癌細胞の浸潤活性や転移活性に関与しており、この複合体形成の阻害によって浸潤活性と転移活性を効率良く阻害できることを示した。本発明はこれらの知見に基づいて完成したものである。
【0012】
本発明は以下の(1)〜(17)に関する。
(1) 一般式(I)
【化1】

{式中、R1は水素原子、ヒドロキシ、カルボキシ、置換もしくは非置換の低級アルコキシまたは置換もしくは非置換の低級アルカノイルオキシを表し、
R2は置換もしくは非置換の低級アルキルを表し、
R3A及びR3Bは、同一または異なって、水素原子、ヒドロキシ、カルボキシ、置換もしくは非置換の低級アルコキシまたは置換もしくは非置換の低級アルカノイルオキシを表すか、またはR3AとR3Bが一緒になって酸素原子を表し、
R4は置換もしくは非置換の低級アルキルを表し、
R5A及びR5Bは、同一または異なって、水素原子、ヒドロキシまたは置換もしくは非置換の低級アルコキシを表すか、またはR5AとR5Bが一緒になって酸素原子を表し、
R6は水素原子、ホルミル、置換もしくは非置換の低級アルキルまたは置換もしくは非置換の低級アルカノイルを表し、
R7はホルミル、ヒドロキシメチル、置換もしくは非置換の低級アルコキシメチル、置換もしくは非置換の低級アルカノイルオキシメチル、置換もしくは非置換の低級アルカノイルメチルまたは−CH=NQA[式中、QAは置換もしくは非置換の低級アルコキシ、置換もしくは非置換のアリールオキシ、置換もしくは非置換のアラルキルオキシまたはモノもしくはジ(置換もしくは非置換の低級アルキル)アミノを表す]を表し、
R8は前記R6と同義であり、
R9A及びR9Bは、同一または異なって、水素原子、ヒドロキシまたは置換もしくは非置換の低級アルコキシを表すか、またはR9AとR9Bが一緒になって酸素原子を表すが、ただしR7がホルミルであり、R3AまたはR3Bの一方が水素原子であるとき、R3AまたはR3Bの他方はヒドロキシとはならない}で表される化合物またはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤。
【0013】
(2) 非典型的なプロリンリッチ配列結合が、SH3ドメインを有する蛋白質と非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質との結合である、(1)に記載の非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤。
【0014】
(3) 非典型的なプロリンリッチ配列が、Pro-Pro-Pro-Pro-Pro-Proを含む配列である、(1)又は(2)に記載の非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤。
(4) 非典型的なプロリンリッチ配列が、Lys-Lys-Arg-Pro-Pro-Pro-Pro-Pro-Pro-Gly-His-Lys-Argである、(1)から(3)の何れかに記載の非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤。
【0015】
(5) SH3ドメインを有する蛋白質が、Src、Yes、Fgr、Hck、Lck、Abl、Fyn、Lyn、Blk、Yrk、Ras-GAP、PLCγ、PI3K、Tec、Txk/Rlk、Tsk/Emt/Itk、Btk、Crk、Grb2、Nck、Vav、STAT、Cortactin、p40-phox、p67-phox、p47-phox、TCRのシグナル分子(TCRsm)またはIL-2Rのβ鎖もしくはγ鎖である、(1)から(4)の何れかに記載の非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤。
【0016】
(6) 非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質が、AMAP1(ASAP1/DDEF1)、Splicing factor 3B subunit2(NCBI ACCESSIONNP_006833 XP_290506)、friend of GATA-1(NCBI ACCESSION AAN45858)、またはhypothetical protein(NCBI ACCESSION CAD97834)である、(1)から(5)の何れかに記載の非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤。
【0017】
(7) SH3ドメインを有する蛋白質がCortactinであり、非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質がAMAP1(ASAP1/DDEF1)である、(1)から(6)の何れかに記載の非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤。
【0018】
(8) 非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害活性を有する非ペプチド性化合物またはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、癌の浸潤及び/又は転移の抑制剤。
【0019】
(9) 非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害活性を有する非ペプチド性化合物またはその薬理学的に許容される塩が、一般式(I)
【化2】

(式中、R1、R2、R3A、R3B、R4、R5A、R5B、R6、R7、R8、R9A及びR9Bはそれぞれ前記と同義である)で表される化合物またはその薬理学的に許容される塩である、(8)に記載の癌の浸潤及び/又は転移の阻害剤。
【0020】
(10) 癌が乳癌である、(8)又は(9)に記載の癌の浸潤及び/又は転移の阻害剤。
【0021】
(11) 被験物質の存在下においてSH3ドメインを有する蛋白質と非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質とを相互作用させ、SH3ドメインを有する蛋白質と非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質との複合体の形成を阻害する被験物質を選択することを特徴とする、非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害活性を有する物質のスクリーニング方法。
【0022】
(12) 非典型的なプロリンリッチ配列が、Pro-Pro-Pro-Pro-Pro-Proを含む配列である、(11)に記載のスクリーニング方法。
(13) 非典型的なプロリンリッチ配列が、Lys-Lys-Arg-Pro-Pro-Pro-Pro-Pro-Pro-Gly-His-Lys-Argである、(11)又は(12)に記載のスクリーニング方法。
【0023】
(14) SH3ドメインを有する蛋白質が、Src、Yes、Fgr、Hck、Lck、Abl、Fyn、Lyn、Blk、Yrk、Ras-GAP、PLCγ、PI3K、Tec、Txk/Rlk、Tsk/Emt/Itk、Btk、Crk、Grb2、Nck、Vav、STAT、Cortactin、p40-phox、p67-phox、p47-phox、TCRのシグナル分子(TCRsm)またはIL-2Rのβ鎖もしくはγ鎖である、(11)から(13)の何れかに記載のスクリーニング方法。
【0024】
(15) 非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質が、AMAP1(ASAP1/DDEF1)、Splicing factor 3B subunit2(NCBI ACCESSIONNP_006833 XP_290506)、friend of GATA-1(NCBI ACCESSION AAN45858)、またはhypothetical protein(NCBI ACCESSION CAD97834)である、(11)から(14)の何れかに記載のスクリーニング方法。
【0025】
(16) SH3ドメインを有する蛋白質がCortactinであり、非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質がAMAP1(ASAP1/DDEF1)である、(11)から(15)の何れかに記載のスクリーニング方法。
【0026】
(17) (11)から(16)の何れかに記載の方法により選択される、非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害活性を有する物質。
【発明の効果】
【0027】
本発明により、非ペプチド性化合物またはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する新規な非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤を提供することが可能になった。さらに本発明により、新規な癌の浸潤及び/又は転移の抑制剤を提供することが可能になった。さらに本発明によれば、非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害活性を有する物質の新規なスクリーニング方法を提供することが可能になった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明の非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤は、本明細書中上記した一般式(I)で表される化合物またはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有することを特徴とする。
【0029】
一般式(I)の各基の定義において、
(1)低級アルキル、ならびに低級アルコキシ、低級アルコキシメチル及びモノもしくはジ低級アルキルアミノの低級アルキル部分としては、例えば直鎖もしくは分枝状の炭素数1〜8のアルキル、具体的にはメチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、ペンチル、イソペンチル、ネオペンチル、ヘキシル、ヘプチル、オクチル等、または例えば環状の炭素数3〜8のアルキル、具体的にはシクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロオクチル等があげられる。なお、ジ低級アルキルアミノの2つの低級アルキル部分は同一でも異なっていてもよい。
【0030】
(2)低級アルカノイル、ならびに低級アルカノイルオキシ、低級アルカノイルオキシメチル及び低級アルカノイルメチルの低級アルカノイル部分としては、例えば直鎖または分枝状の炭素数2〜8のアルカノイル、具体的にはアセチル、プロピオニル、ブチリル、イソブチリル、バレリル、イソバレリル、ピバロイル、ヘキサノイル、ヘプタノイル、オクタノイル等があげられる。
【0031】
(3)アリールオキシのアリール部分としては、例えば炭素数6〜14のアリール、具体的にはフェニル、ナフチル、アントリル等があげられる。
【0032】
(4)アラルキルオキシのアラルキル部分としては、例えば炭素数7〜15のアラルキル、具体的にはベンジル、フェネチル、ベンズヒドリル、ナフチルメチル等があげられる。
【0033】
(5)置換アリールオキシおよび置換アラルキルオキシにおける置換基としては、同一または異なって例えば置換数1〜5の、ヒドロキシ、ハロゲン、ホルミル、置換もしくは非置換の低級アルキル、置換もしくは非置換の低級アルコキシ、低級アルカノイル等があげられる。置換位置は特に限定されない。ここで示したハロゲンはフッ素、塩素、臭素、ヨウ素の各原子を表す。またここで示した低級アルキルおよび低級アルコキシの低級アルキル部分ならびに低級アルカノイルは、前記低級アルキル(1)および前記低級アルカノイル(2)と同義であり、置換低級アルキルおよび置換低級アルコキシの置換基としては、置換数1〜3の例えばヒドロキシ、低級アルコキシ[該低級アルコキシの低級アルキル部分は前記低級アルキル(1)と同義である]、ハロゲン[該ハロゲンは前記ハロゲンと同義である]等があげられる。
【0034】
(6)置換低級アルキル、置換低級アルコキシ、置換低級アルコキシメチル、置換低級アルカノイル、置換低級アルカノイルオキシ、置換低級アルカノイルオキシメチル、モノもしくはジ置換低級アルキルアミノ、及び置換低級アルカノイルメチルにおける置換基としては、同一または異なって例えば置換数1〜3の、ヒドロキシ、低級アルキル、低級アルコキシ、カルボキシ、オキソ、アミノ、エポキシ、置換もしくは非置換の低級アルカノイル、置換もしくは非置換の低級アルカノイルオキシ、置換もしくは非置換のアリール、置換もしくは非置換のアロイル等があげられる。置換位置は、特に限定されない。ここで示した低級アルカノイルおよび低級アルカノイルオキシの低級アルカノイル部分、低級アルキルおよび低級アルコキシの低級アルキル部分、ならびにアリールおよびアロイルのアリール部分は、それぞれ前記低級アルカノイル(2)、前記低級アルキル(1)、および前記アリール部分(3)と同義である。置換アリールおよび置換アロイルの置換基は、前記置換アリールオキシの置換基(5)と同義であり、置換低級アルカノイルおよび置換低級アルカノイルオキシの置換基としては、置換数1〜3の例えばヒドロキシ、低級アルコキシ[該低級アルコキシの低級アルキル部分は前記低級アルキル(1)と同義である]、ハロゲン[該ハロゲンは前記と同義である]等があげられる。
【0035】
本明細書で言う非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害とは、非典型的なプロリンリッチ配列を介した蛋白質−蛋白質結合の阻害のことを言う。
【0036】
非典型的なプロリンリッチ配列結合とは、例えば、SH3ドメインを有する蛋白質と非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質との結合であればいずれでもよい。
【0037】
SH3ドメインを有する蛋白質としては、例えば非受容体型チロシンキナーゼのSrcファミリー蛋白質であるSrc、Yes、Fgr、Hck、Lck、Abl、Fyn(fgr/yes-related novel gene)、Lyn(lgr/yes-related novel gene)、Blk(B-cell lymphocyte kinase)、Yrk(Yes-related kinase)等、酵素活性を有するRas-GAP(ras-GTPase-activating protein)、PLCγ(phospholipase C-gamma)、PI3K(phosphatidylinositol 3-kinase)等、非受容体型チロシンキナーゼのTecファミリー蛋白質であるTec、Txk/Rlk、Tsk/Emt/Itk、Btk(Bruton's tyrosine kinase)等、アダプター蛋白質であるCrk(CT-10bregulated)、Grb2(growth factor receptor-bound protein 2)、Nck、Vav等、転写因子であるSTAT(signal transducers and activators of transcription)等、アクチン骨格形成に関わるCortactin等、NADPHオキシターゼ複合体の構成蛋白質であるp40-phox、p67-phox、p47-phox等、T細胞受容体のシグナル分子であるTCRsm[カレント・バイオロジー(Curr. Biol.)、11巻、1294頁(2001年)]等、IL-2R(interleukin-2 receptor)のβ鎖もしくはγ鎖[ジャーナル・オブ・バイロロジー(J. Virol.)、74巻、9828頁(2000年)]等があげられる。
【0038】
プロリンリッチ配列は、典型的な配列として以下のものが知られている。
RPLPPX#P
RPLPXLP
RXLPX#P
PXXPXR
RPX#P#R+
PPX@XPPP#P
(式中、Xは、あらゆるアミノ酸を示し、#は脂肪族アミノ酸を示し、@は芳香族アミノ酸を示し、+は塩基性アミノ酸を示す。)
【0039】
本明細書で言う非典型的なプロリンリッチ配列とは、上記した典型的なプロリンリッチ配列以外のプロリンリッチ配列を意味し、好ましくは、Pro-Pro-Pro-Pro-Pro-Pro(配列番号1)を含む配列であり、特に好ましくはLys-Lys-Arg-Pro-Pro-Pro-Pro-Pro-Pro-Gly-His-Lys-Arg(配列番号2)である。
【0040】
本明細書で言う非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質としては、AMAP1(ASAP1/DDEF1)(登録番号:NCBI ACCESSION NM_018482;参照文献:Onodera, Y.他、Expression of AMAP1, an ArfGAP, provides novel targets to inhibit breast cancer invasive activities, EMBO J. 24(5), 963-973 (2005))、Splicing factor 3B subunit2(NCBI ACCESSIONNP_006833 XP_290506)(Beausoleil,S.A., 他、Large-scale characterization of HeLa cell nuclear phosphoproteins, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 101 (33), 12130-12135,(2004))、friend of GATA-1(NCBI ACCESSION AAN45858)(Freson,K., 他、Molecular cloning and characterization of the GATA1 cofactor human FOG1 and assessment of its binding to GATA1 proteins carrying D218 substitutions, Hum. Genet. 112 (1), 42-49 (2003))、またはhypothetical protein(NCBI ACCESSION CAD97834)(Wambutt,R., 他、TITLE : Direct Submission JOURNAL Submitted (17-JUN-2003) MIPS, Ingolstaedter Landstr.1, D-85764, Neuherberg, GERMANY)などをあげることができる。
【0041】
非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害活性を有する非ペプチド性化合物(好ましくは、一般式(I)で表される化合物)の薬理学的に許容される塩は、例えば薬理学的に許容される酸付加塩、金属塩、アンモニウム塩、有機アミン付加塩、アミノ酸付加塩等を包含する。
【0042】
非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害活性を有する非ペプチド性化合物(好ましくは、一般式(I)で表される化合物)の薬理学的に許容される酸付加塩としては、例えば塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩等の無機酸塩、酢酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、クエン酸塩等の有機酸塩等があげられ、薬理学的に許容される金属塩としては、例えばナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、マグネシウム塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩、アルミニウム塩、亜鉛塩等があげられ、薬理学的に許容されるアンモニウム塩としては、アンモニウム、テトラメチルアンモニウム等の塩があげられ、薬理学的に許容される有機アミン付加塩としては、モルホリン、ピペリジン等の付加塩があげられ、薬理学的に許容されるアミノ酸付加塩としては、グリシン、フェニルアラニン、リジン、アスパラギン酸、グルタミン酸等の付加塩があげられる。
【0043】
本発明で使用される一般式(I)で表される化合物は、公知化合物であり、国際公開WO03/006060号公報に記載の方法に準じて製造することができる。
【0044】
一般式(I)で表される化合物の中でも特に好ましい化合物を以下に示す。
【化3】

【0045】
【表1】

【0046】
上記化合物1(UCS15A)(Luminacin C2/SI-4228A)は、ザ・ジャーナル・オブ・アンチバイオティックス(The Journal of Antibiotics)、53巻、579頁(2000年)、特開昭58-116686号、同昭63-22583号、同昭61-293920号、同昭62-294619号、同昭63-48213号、同平8-268888号に、骨吸収抑制作用、殺菌作用、免疫抑制作用、抗白癬菌作用、抗腫瘍活性を有する化合物として記載されている。
【0047】
本発明によれば、非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害活性を有する非ペプチド性化合物(好ましくは、一般式(I)で表される化合物)またはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、癌の浸潤及び/又は転移の抑制剤が提供される。
【0048】
本明細書で用いる「癌」とは、悪性腫瘍の全てを包含する最も広い意味を有し、癌腫(上皮性の悪性腫瘍)、肉腫(非上皮性の悪性腫瘍)、並びにこれらの混合型の全てを包含する。移植癌の種類はその発生部位によっても分類することもでき、例えば、下垂体腺腫、神経膠腫、聴神経鞘腫、脳腫瘍、咽頭癌、喉頭癌、胸腺腫、中皮腫、乳癌、肺癌、胃癌、食道癌、大腸癌、肝細胞癌、膵癌、膵内分泌腫瘍、胆管癌、胆嚢癌、陰茎癌、尿管癌、腎細胞癌、精巣(睾丸)腫瘍、前立腺癌、膀胱癌、外陰癌、子宮癌、子宮肉腫、膣癌、乳癌、卵巣癌、卵巣胚細胞腫瘍、悪性黒色腫、菌状息肉症、皮膚癌、軟部肉腫、悪性リンパ腫、非ホジキンリンパ腫、骨髄異形成症候群、多発性骨髄腫、形質細胞性腫瘍、褐色リンパ腫および膵内分泌腫瘍などがあげられるが、上記具体例は癌の具体例を例示したものにすぎず、これらに限定されるわけではない。特に好ましくは、癌は乳癌である。
【0049】
本明細書で言う「転移」とは、具体的には、患者に存在していた癌細胞が他の部位に転移してそこで自律的に増殖していくことを言う。癌の転移は、原発巣から血管やリンパ管内への癌細胞の浸潤、転移臓器への癌細胞の選択的な移動、血管から転移臓器への癌細胞の浸潤、転移先の微小環境に支えられた癌細胞の増殖、血管新生を伴った直径数ミリメートル以上となる腫瘍の増殖等の過程よりなる。転移は主として、リンパ行性転移、血行性転移、接触性転移及び播種性転移の4通りの経路により生じるが、本発明ではこれらに限定されるものではない。
【0050】
本発明の癌の浸潤及び/又は転移の阻害剤は、癌の再発予防のために使用することもできる。癌の再発とは手術等で癌を一旦切除した後、一定期間経過後に別の部位で癌が着床/増殖していくことを言う。癌の再発は、例えば、手術の際における癌細胞の取り残し等が原因となり、残存した癌細胞が別の部位に転移することによって生じる。従って、本発明の癌の浸潤及び/又は転移の阻害剤は、手術に先立って患者に投与することによって、癌の再発を予防することができる。本発明の癌の浸潤及び/又は転移の阻害剤の対象患者は、原発巣もしくは転移巣が同時、またはそれぞれ単独で臨床的に確認される癌患者であり、外科療法、化学療法又は放射線療法等の癌の治療は受けていてもよいし、受けていなくてもよい。また、本発明の癌の浸潤及び/又は転移の阻害剤は、癌転移の症状がはっきり現れていない患者への予防的投与のために用いることもでき、原発巣を発症した患者に対して予防的に投与することもできる。
【0051】
非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害活性を有する非ペプチド性化合物(好ましくは、一般式(I)で表される化合物)またはそれらの薬理学的に許容される塩は、そのまま単独で投与することも可能であるが、通常各種の医薬製剤として提供するのが望ましい。また、それら医薬製剤は、動物および人に使用されるものである。
【0052】
本発明による非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤及び癌の浸潤及び/又は転移の阻害剤は、一般式(I)で表される化合物またはそれらの薬理学的に許容される塩を単独で、あるいは任意の他の治療のための有効成分との混合物として含有することができる。また、それら医薬製剤は、活性成分を薬理学的に許容される一種もしくはそれ以上の担体と一緒に混合し、製剤学の技術分野においてよく知られている任意の方法により製造される。
【0053】
投与経路は、治療に際し最も効果的なものを使用するのが望ましく、例えば経口または、例えば静脈内等の非経口等をあげることができる。投与形態としては、例えば錠剤、散剤、顆粒剤、シロップ剤、注射剤等がある。
【0054】
経口投与に適当な、例えばシロップ剤のような液体調製物は、例えば水、蔗糖、ソルビット、果糖等の糖類、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール等のグリコール類、ごま油、オリーブ油、大豆油等の油類、p−ヒドロキシ安息香酸エステル類等の防腐剤、ストロベリーフレーバー、ペパーミント等のフレーバー類等を使用して製造できる。また、錠剤、散剤および顆粒剤等は、例えば乳糖、ブドウ糖、蔗糖、マンニット等の賦形剤、澱粉、アルギン酸ソーダ等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、タルク等の滑沢剤、ポリビニールアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ゼラチン等の結合剤、脂肪酸エステル等の界面活性剤、グリセリン等の可塑剤等を用いて製造できる。
【0055】
非経口投与に適当な製剤は、好ましくは受容者の血液と等張である活性化合物を含む滅菌水性剤からなる。例えば、注射剤の場合は、例えば塩溶液、ブドウ糖溶液または塩水とブドウ糖溶液の混合物等からなる担体等を用いて注射用の溶液を調製する。
【0056】
また、これら非経口剤においても、経口剤で例示した希釈剤、防腐剤、フレーバー類、賦形剤、崩壊剤、滑沢剤、結合剤、界面活性剤、可塑剤等から選択される1種もしくはそれ以上の補助成分を添加することもできる。
【0057】
一般式(I)で表される化合物またはそれらの薬理学的に許容される塩の投与量および投与回数は、投与形態、患者の年齢、体重、治療すべき症状の性質もしくは重篤度等により異なるが、通常経口の場合、成人一人当り0.01mg〜1g、好ましくは0.05〜50mgを一日一回ないし数回投与する。静脈内投与等の非経口投与の場合、成人一人当り0.001〜100mg、好ましくは0.01〜10mgを一日一回ないし数回投与する。しかしながら、これら投与量および投与回数に関しては、前述の種々の条件により変動する。
【0058】
さらに本発明によれば、被験物質の存在下においてSH3ドメインを有する蛋白質と非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質とを相互作用させ、SH3ドメインを有する蛋白質と非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質との複合体の形成を阻害する被験物質を選択することを特徴とする、非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害活性を有する物質のスクリーニング方法が提供される。
【0059】
本発明で用いることができる被験物質は特に限定されず、例えば、低分子化合物、高分子化合物、有機化合物、無機化合物、蛋白質、遺伝子、ウイルス、細胞などがあげられる。
【0060】
本発明のスクリーニング方法は、例えば、以下の実施例の試験例1に記載するようなプルダウン法による行うことができる。即ち、COS細胞などの宿主細胞にグリーンフルオレセンス(GFP)タグを付加した非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質(例えば、AMAP1)のcDNAをリポフェクション法などの遺伝子導入法により導入することによって強制発現させる。遺伝子の導入後に、細胞抽出液を調製する。この細胞抽出液に対して、被験物質、GSTで標識したSH3ドメインを有する蛋白質(例えば、cortactinなど)及びグルタチオンセファロースを加え、インキュベートする。グルタチオンセファロースに吸着したSH3ドメインを有する蛋白質と非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質との複合体(例えば、AMAP1/cortactin複合体)を精製する。精製後のSH3ドメイン結合蛋白質ビーズ複合体をポリアクリドアミドゲル電気泳動などで電気泳動した後、ウエスタンブロット法によりSH3ドメインを有する蛋白質と非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質との複合体の形成を検出又は測定することができる。上記の方法により被験物質の存在によりSH3ドメインを有する蛋白質と非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質との複合体の形成が阻害される場合は、当該被験物質を非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害活性を有する物質として選択することができる。
【0061】
以下の実施例、参考例及び試験例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0062】
実施例1:製剤例(錠剤)
常法により、次の組成からなる錠剤を調製する。100gの化合物1、乳糖200g及びデンプン84gを混合し、これに10%ヒドロキシプロピルセルロース水溶液120gを加える。この混合物を定法により練合し、造粒して乾燥させた後、整粒し打錠用顆粒とする。これにステアリン酸マグネシウム4gを加えて混合し、径8mmの杵を用い打錠機(菊水社製RT−15型)で打錠を行って、錠剤(1錠あたり活性成分50mgを含有する)を得る。
【0063】
処方 化合物1 50 mg
乳糖 100 mg
デンプン 42 mg
ヒドロキシプロピルセルロース 6 mg
ステアリン酸マグネシウム 2 mg
200 mg
【0064】
参考例1:化合物1(UCS15A/Luminacin C2/SI-4228A)
化合物1は、ザ・ジャーナル・オブ・アンチバイオティクス(The Journal of Antibiotics)、53巻、579頁(2000年)および特開昭58-116686号記載の方法により、該化合物の生産能を有するStreptomyces属に属する放線菌を培養し、培養液中から単離精製することにより得られた。
【0065】
化合物1(UCS15A/Luminacin C2/SI-4228A):
1H-NMR (CDCl3, 300 MHz) δ(ppm): 14.16 (1H, s), 12.93 (1H, s), 10.35 (1H, s), 8.01 (1H, s), 4.85 (1H, d, J = 3.2 Hz), 4.36 (1H, dd, J = 8.1, 9.6 Hz), 4.27 (1H, d, J = 7.0 Hz), 4.11 (1H, ddd, J = 4.6, 11.4, 11.4 Hz), 3.66 (1H, m), 3.53 (1H, d, J = 3.2 Hz), 3.19 (1H, t, J = 6.2 Hz), 3.14 (3H, s), 1.85-1.98 (2H, m), 1.69-1.78 (2H, m), 1.40-1.58 (3H, m), 1.08-1.19 (2H, m), 0.98 (3H, t, J = 7.5 Hz), 0.91 (3H, d, J = 6.6 Hz), 0.79 (3H, t, J = 7.3 Hz), 0.77 (3H, d, J = 6.8 Hz); FAB-MS m/z 479 [M-H]-.
【0066】
試験例1:AMAP1/cortactin/paxillinの複合体形成阻害試験
COS細胞において強制発現させたAMAP1、paxillinと大腸菌において発現/精製したcortactin、AMAP1-SH3ドメインを用いて、AMAP1/cortactin、及び、AMAP1/paxillinの複合体の形成の確認と、複合体形成の阻害物質の探索をプルダウン法により行った。
【0067】
グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)タグを付加したcortactin、あるいはAMAP1-SH3ドメインのcDNAを大腸菌に導入し、常法により発現誘導し、グルタチオンセファロース(Amersham Biosciences)によりGST-cortactin、あるいはGST-AMAP1-SH3ドメインを精製した。
【0068】
COS細胞にグリーンフルオレセンス(GFP)タグを付加したAMAP1、あるいは、dynamin2、あるいは、paxillinのcDNAをリポフェクション法を用いて導入することにより強制発現させた。導入にはPolyGect (Qiagen)を使用した。遺伝子導入後36時間、細胞抽出液を1% NP−40バッファー(1% ノニデット(Nonidet)-40, 150mM NaCl, 20mM Tris-HCl, pH7.4, 5mM エチレンジアミン四酢酸(EDTA), 1mM Na3VO4, 1mM フェニルメチルスルホニルクロライド, 5μg/ml アプロチニン, 2μg/ml ロイペプチン(leupeptin) および3μg/ml ペプスタチンA)により作成した。
【0069】
300μgの細胞抽出液に対して、化合物1(UCS15A)、2bまたは2cを添加し、5μgの精製したGST-cortactin、あるいはGST-AMAP1-SH3ドメイン、及び、10μlのグルタチオンセファロースを加え、4℃で2時間インキュベートした。
【0070】
化合物1(UCS15A)、2bまたは2cの構造を以下に示す。
【0071】
【化4】

【0072】
グルタチオンセファロースに吸着したAMAP1/cortactin複合体を1% NP-40バッファーにより精製した。精製後のSH3ドメイン結合蛋白質ビーズ複合体それぞれに30μlのレムリのサンプルバッファー[タンパク質の化学I−分離精製、東京化学同人、211頁(1976年)参照]を添加し、よく混合させた後、95℃で3分間加熱した。回転遠心機により25℃、1,000rpmで3分間ビーズを沈澱させた後、上清をそれぞれ8%ポリアクリドアミドゲル電気泳動に供した。引き続き、以下のようにしてウエスタンブロットにより、上記上清中の各SH3ドメイン結合蛋白質複合体におけるプロリンリッチ配列を含む蛋白質を検出した。まず、電気泳動後のゲル中の蛋白質を0.45μmのニトロセルロース膜[イモビロン(Immobilon);ミリポア(Millipore)社製]にブロット後、膜に5%ウシアルブミンを含むTBST(0.1% Tween-20, 150mM NaCl, 10mM Tris-HCl)をのせて非特異的結合をブロックした。プロリンリッチ配列を含む蛋白質の検出にはマウス抗GFP抗体、1:1000に希釈して2時間反応させた。TBSTで洗浄した後、1:10,000に希釈したHRP結合抗マウス抗体[ジャクソン(Jackson)社製]を1時間反応させた。TBSTで洗浄した後、検出はECL試薬(アマシャム・ファルマシア・バイオテク社製)を用いた化学発光により行った。
【0073】
その結果、図1〜3に示すように、UCS15Aは、低濃度で特異的にAMAP1/cortactinの複合体形成を阻害することが確認された。
【0074】
試験例2:乳癌細胞の浸潤活性阻害試験
ヒト乳癌細胞MDA−MB−231のマトリゲル上での浸潤活性に与える影響を調べた。細胞に化合物UCS15A、あるいは2b、あるいは2cを添加し、マトリゲルを塗布したBoyden チャンバーの上に播き、その後12時間における浸潤活性を測定した。同時に、化合物の細胞毒性をMTSアッセイキット(3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-5-(3-carboxyphenyl)-2-(4-sulfophenyl)-2H-tetrazolium assay kit)(プロメガ(Promega)社製)により評価した。結果を図4、5に示す。縦軸は未処理の細胞の示すマトリゲル浸潤活性あるいは、MTS活性を100とした時の、各々の処理細胞の相対的浸潤活性を示す。化合物UCS15Aの場合、細胞毒性に影響の無い1μM以下で浸潤活性が大幅に低下している。
【0075】
試験例3:乳癌細胞の転移活性阻害試験(インビボ試験)
Balb/cマウスにおけるマウス4T1/luc細胞の肺への転移活性に与える影響を調べた。4T1/luc細胞はルシフェラーゼを恒常的に発現させたマウス乳癌細胞である。転移活性は1×106個の細胞をBalb/cマウス(メス、6−8週齢)の右側の鼡頚部乳房脂肪組織に注入し、19日目における左肺への転移を、肺組織抽出液中のルシフェラーゼ活性を測定することにより評価した(図3A)。化合物UCS15Aをそれぞれ最終濃度が0.1、0.5、及び1.0mg/kgになるように4T1/luc細胞注入後、11日目から連日、マウス腹腔内に投与した。また、19日目における元の注入部位に形成された腫瘍の重さを測定した。さらに、細胞注入後、11日目からのマウスの体重を測定した。各々のアッセイには、マウスを20匹ずつ用いた。
【0076】
その結果、図6〜8に示すように化合物UCS15Aにより、濃度依存的に4T1/luc細胞の肺への転移が抑制された。その条件下では、元の注入部位に形成された腫瘍の重さ、及び、マウスの体重に有意な変化は見られなかった。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】図1は、AMAP1/cortactin複合体の生成と、化合物1(UCS15A)、2bまたは2cによる複合体の生成の阻害を示すウエスタンブロット電気泳動図を示す。
【図2】図2は、dynamin2/cortactin複合体の生成と、化合物1(UCS15A)または2cによる複合体の生成の阻害を示すウエスタンブロット電気泳動図を示す。
【図3】図3は、AMAP1/paxillin複合体の生成と、化合物1(UCS15A)、2bまたは2cによる複合体の生成の阻害を示すウエスタンブロット電気泳動図を示す。
【図4】図4は、化合物1(UCS15A)、2bまたは2cによる乳癌細胞浸潤活性の阻害を示す。マトリゲルを塗布したBoyden チャンバーにおける浸潤活性を測定した。
【図5】図5は、化合物1(UCS15A)、2bまたは2cによる乳癌細胞生存活性の阻害を示す。細胞のMTS活性を測定した。
【図6】図6は、化合物1(UCS15A)による乳癌の肺への転移の抑制を示す。
【図7】図7は、乳癌細胞注入部位での腫瘍重量を示す。
【図8】図8は、乳癌細胞注入後11日目からのマウスの体重を示す。
【配列表フリーテキスト】
【0078】
SEQUENCE LISTING
<110> Kyowa Hakko Kogyo
<120> Atypical proline rich sequence binding inhibitor
<130> 2005P00117
<160> 2
<210> 1
<211> 6
<212> PRT
<213> Artificial
<220>
<223> Proline rich sequence
<400> 1
Pro Pro Pro Pro Pro Pro
5
<210> 2
<211> 13
<212> PRT
<213> Artificial
<220>
<223> Proline rich sequence
<400> 2
Lys Lys Arg Pro Pro Pro Pro Pro Pro Gly His Lys Arg
5 10

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I)
【化1】

{式中、R1は水素原子、ヒドロキシ、カルボキシ、置換もしくは非置換の低級アルコキシまたは置換もしくは非置換の低級アルカノイルオキシを表し、
R2は置換もしくは非置換の低級アルキルを表し、
R3A及びR3Bは、同一または異なって、水素原子、ヒドロキシ、カルボキシ、置換もしくは非置換の低級アルコキシまたは置換もしくは非置換の低級アルカノイルオキシを表すか、またはR3AとR3Bが一緒になって酸素原子を表し、
R4は置換もしくは非置換の低級アルキルを表し、
R5A及びR5Bは、同一または異なって、水素原子、ヒドロキシまたは置換もしくは非置換の低級アルコキシを表すか、またはR5AとR5Bが一緒になって酸素原子を表し、
R6は水素原子、ホルミル、置換もしくは非置換の低級アルキルまたは置換もしくは非置換の低級アルカノイルを表し、
R7はホルミル、ヒドロキシメチル、置換もしくは非置換の低級アルコキシメチル、置換もしくは非置換の低級アルカノイルオキシメチル、置換もしくは非置換の低級アルカノイルメチルまたは−CH=NQA[式中、QAは置換もしくは非置換の低級アルコキシ、置換もしくは非置換のアリールオキシ、置換もしくは非置換のアラルキルオキシまたはモノもしくはジ(置換もしくは非置換の低級アルキル)アミノを表す]を表し、
R8は前記R6と同義であり、
R9A及びR9Bは、同一または異なって、水素原子、ヒドロキシまたは置換もしくは非置換の低級アルコキシを表すか、またはR9AとR9Bが一緒になって酸素原子を表すが、ただしR7がホルミルであり、R3AまたはR3Bの一方が水素原子であるとき、R3AまたはR3Bの他方はヒドロキシとはならない}で表される化合物またはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤。
【請求項2】
非典型的なプロリンリッチ配列結合が、SH3ドメインを有する蛋白質と非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質との結合である、請求項1に記載の非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤。
【請求項3】
非典型的なプロリンリッチ配列が、Pro-Pro-Pro-Pro-Pro-Proを含む配列である、請求項1又は2に記載の非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤。
【請求項4】
非典型的なプロリンリッチ配列が、Lys-Lys-Arg-Pro-Pro-Pro-Pro-Pro-Pro-Gly-His-Lys-Argである、請求項1から3の何れかに記載の非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤。
【請求項5】
SH3ドメインを有する蛋白質が、Src、Yes、Fgr、Hck、Lck、Abl、Fyn、Lyn、Blk、Yrk、Ras-GAP、PLCγ、PI3K、Tec、Txk/Rlk、Tsk/Emt/Itk、Btk、Crk、Grb2、Nck、Vav、STAT、Cortactin、p40-phox、p67-phox、p47-phox、TCRのシグナル分子(TCRsm)またはIL-2Rのβ鎖もしくはγ鎖である、請求項1から4の何れかに記載の非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤。
【請求項6】
非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質が、AMAP1(ASAP1/DDEF1)、Splicing factor 3B subunit2(NCBI ACCESSIONNP_006833 XP_290506)、friend of GATA-1(NCBI ACCESSION AAN45858)、またはhypothetical protein(NCBI ACCESSION CAD97834)である、請求項1から5の何れかに記載の非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤。
【請求項7】
SH3ドメインを有する蛋白質がCortactinであり、非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質がAMAP1(ASAP1/DDEF1)である、請求項1から6の何れかに記載の非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害剤。
【請求項8】
非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害活性を有する非ペプチド性化合物またはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、癌の浸潤及び/又は転移の抑制剤。
【請求項9】
非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害活性を有する非ペプチド性化合物またはその薬理学的に許容される塩が、一般式(I)
【化2】

(式中、R1、R2、R3A、R3B、R4、R5A、R5B、R6、R7、R8、R9A及びR9Bはそれぞれ前記と同義である)で表される化合物またはその薬理学的に許容される塩である、請求項8に記載の癌の浸潤及び/又は転移の阻害剤。
【請求項10】
癌が乳癌である、請求項8又は9に記載の癌の浸潤及び/又は転移の阻害剤。
【請求項11】
被験物質の存在下においてSH3ドメインを有する蛋白質と非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質とを相互作用させ、SH3ドメインを有する蛋白質と非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質との複合体の形成を阻害する被験物質を選択することを特徴とする、非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害活性を有する物質のスクリーニング方法。
【請求項12】
非典型的なプロリンリッチ配列が、Pro-Pro-Pro-Pro-Pro-Proを含む配列である、請求項11に記載のスクリーニング方法。
【請求項13】
非典型的なプロリンリッチ配列が、Lys-Lys-Arg-Pro-Pro-Pro-Pro-Pro-Pro-Gly-His-Lys-Argである、請求項11又は12に記載のスクリーニング方法。
【請求項14】
SH3ドメインを有する蛋白質が、Src、Yes、Fgr、Hck、Lck、Abl、Fyn、Lyn、Blk、Yrk、Ras-GAP、PLCγ、PI3K、Tec、Txk/Rlk、Tsk/Emt/Itk、Btk、Crk、Grb2、Nck、Vav、STAT、Cortactin、p40-phox、p67-phox、p47-phox、TCRのシグナル分子(TCRsm)またはIL-2Rのβ鎖もしくはγ鎖である、請求項11から13の何れかに記載のスクリーニング方法。
【請求項15】
非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質が、AMAP1(ASAP1/DDEF1)、Splicing factor 3B subunit2(NCBI ACCESSIONNP_006833 XP_290506)、friend of GATA-1(NCBI ACCESSION AAN45858)、またはhypothetical protein(NCBI ACCESSION CAD97834)である、請求項11から14の何れかに記載のスクリーニング方法。
【請求項16】
SH3ドメインを有する蛋白質がCortactinであり、非典型的なプロリンリッチ配列を有する蛋白質がAMAP1(ASAP1/DDEF1)である、請求項11から15の何れかに記載のスクリーニング方法。
【請求項17】
請求項11から16の何れかに記載の方法により選択される、非典型的なプロリンリッチ配列結合阻害活性を有する物質。

【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−1494(P2009−1494A)
【公開日】平成21年1月8日(2009.1.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−284007(P2005−284007)
【出願日】平成17年9月29日(2005.9.29)
【出願人】(390000745)財団法人大阪バイオサイエンス研究所 (32)
【出願人】(000001029)協和発酵キリン株式会社 (276)
【Fターム(参考)】