説明

高選択性紫色光透過性フィルターを有する眼用器具

【課題】紫色波長域での放射線および青色波長域のより損傷性を有する部分に対して保護を与え、従って、従来の器具に比べて改良された暗所視を与える、配置された高選択性(急激)紫色透過フィルターを有する眼用器具を提供する。
【解決手段】配置された垂直カットオフフィルターを含む眼用器具であって、この該垂直カットオフフィルターは、約400nm〜450nmの範囲の波長の光を急激に吸収し、この垂直カットオフフィルターは眼用器具全体より小さく、この垂直カットオフフィルターは、透過率を400nmでの約0%から450nmでの80%を超える透過率まで増加させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳類に使用するのに適した眼用器具に関する。より詳細には、本発明は、器具内に配置された、少なくとも1つの高選択性(急激)紫色光透過性フィルターを有する眼用器具に関する。加えて、高選択性紫色光透過性フィルターを有する眼用器具を製造する関連方法が提供される。
【背景技術】
【0002】
ヒトの眼には、視力にとって重要であり、年齢とともに劣化する主要な3つの構造がある。即ち、水晶体、角膜及び網膜である。網膜は、眼の後方を覆っている多層知覚組織である。網膜は、光線を捕捉して電気的刺激に変換する多数の光受容体を含む。この刺激は、視神経(106)を通って脳に運ばれ、脳で像に変換される。網膜には、2種の光受容体、即ち桿体と錐体がある。網膜は、約600万個の錐体を含む。錐体は、黄斑部(中心部の視力を担う網膜の部分)に含まれる。錐体は、中心窩(黄斑部の最も中心部分)内に最も密に充填されている。錐体は、明るい光中で最もよく機能し、色を認識するのを可能にする。桿体は約1億2500万個ある。桿体は、網膜周辺部全体に広がっており、薄暗い光中で最もよく機能する。桿体は、周辺及び夜間の視力を担う。網膜は、視力にとって不可欠であるが、無防備に可視光及び近可視光に長時間曝されると、容易に損傷を受ける。網膜の光誘起性病変には、類嚢胞黄斑部浮腫、日蝕性網膜炎、眼メラノーマ及び加齢黄斑変性症(ARMD)が含まれる。光誘起網膜損傷は、構造的、熱的及び光化学的損傷に分類され、光への暴露時間、光の強さ及び波長により、ほぼ決定される(W. T. Ham, 1983, Journal of Occupational Medicine, 25:2 101-102)。
【0003】
健康な成人の場合、網膜は、通常、角膜及び水晶体を含む外部眼構造により、最も激しい形態の光誘起損傷から保護されている。角膜は、虹彩の前に位置する、透明なタンパク質眼組織であり、環境に直接暴露される唯一の眼の組織である。角膜は、デリケートな内部構造を損傷から保護するのに不可欠であり、水性媒体を通して水晶体への光の透過を促進する。角膜は、第1の光フィルターであり、従って、角膜−結膜疾患、例えば翼状片、飛沫気候性角膜症及び瞼裂斑を含む過度の光露出関連損傷を、非常に受けやすい。健康な眼では、水性媒体と共に、短紫外線(UV)−B及びUV−C領域(約320nm以下)の波長を吸収又はブロックする(本明細書では、nmを、ナノメートル単位で光の波長を表すのに用いる。)
【0004】
水晶体は、虹彩及び角膜の背後に存在する調整できる生物学的レンズであり、遠くのイメージ及び近くのイメージのどちらをも網膜上に集束させる。自然の水晶体は、近紫外線(UV−A)(320nm〜400nm)が網膜に達するのをブロックする。従って、有害なUV−A、B及びC放射線のほとんどは、損傷を受けていない水晶体及び角膜を持つ健常なヒトでは、網膜に届かない。即ち、通常の哺乳類の眼では、400nm〜1400nmの範囲の波長のみが、網膜に到達し得る。しかしながら、青色ないし紫色の光(約400nm〜約515nm)の高い透過水準は、網膜の損傷、黄斑変性症、網膜色素変性症及び夜盲症に関連づけられてきた。加えて、青色及び紫色の光は、大気中、特にかすみ、霧、雨及び雪の中で散乱される傾向にあり、場合により、まぶしさを生じ、視力を低下させ得る。眼が老化すると、水晶体は、黄色がかった色を帯び始めるが、これは、近紫外線の大部分に加えて、青色ないし紫色波長範囲でいくらかの放射線を吸収する。即ち、自然の水晶体は、生涯にわたり眼のデリケートな網膜を近紫外線から守り、加齢とともに微妙に黄色化して、吸収されるより青色ないし紫色の光の量が増す。
【0005】
自然の水晶体はまた、白内障のような加齢変性眼疾病に罹りやすい。白内障は、水晶体嚢内での水晶体タンパク質の凝固により生じる水晶体の濁りである。多くの眼科医は、白内障が、生存中のレンズへの酸化的損傷の結果発生し、喫煙、明るい光への過度の露出、肥満及び糖尿病により悪化する、と考えている。白内障は、ほとんどのヒトでゆっくり進行し、最終的に、視力が実質的に損なわれてほとんど又は全く盲目になる点に達する。このような患者では、水晶体の除去及び合成ポリマー製眼用器具、例えば眼内レンズとの交換が、正常な視力を回復する為の好ましい方法である。しかしながら、自然の水晶体を一旦除去すると、網膜は、有害な紫外線及び短波長青色光に対して保護されないままになる。従って、初期の合成眼用器具には、紫外線吸収化合物、例えばベンゾフェノン及びベンゾトリアゾール系紫外線吸収剤が含まれていた。さらに、多くのベンゾフェノン及びベンゾトリアゾールは、重合可能であり、従って、アクリレート及び親水性ヒドロゲルコモノマー及びコポリマーを含むほとんどの近代的な眼用器具組成物に安定的に一体化できる。紫外線は、ヒトの視力に積極的な役割を果たさない。従って、事実上全紫外線をブロックする紫外線吸収染料濃度を有する眼用器具が、1980年代の半ばまでに、一般的になった。
【0006】
1990年代には、アゾ染料のような紫色光吸収性物質を有する眼用器具が、老齢者の自然水晶体の紫色光ブロック効果に近づける為に、導入された。例えば、米国特許第4,390,676号は、約450nmまでの紫外線、紫色ないし青色の光放射を選択的に吸収する黄色染料を配合したポリメチルメタクリレート(PMMA)ポリマー製眼用器具を記載している。米国特許第5,528,322号、同第5,543,504号及び同第5,662,707号(Alconへ譲渡)は、分子の染料とアクリル部分との間に不活性化学スペーサを有するアクリル官能化黄色アゾ染料を開示している。即ち、分子の青色光吸収部分は、レンズポリマーと重合された場合に生じる望ましくないカラーシフトから保護されている。更に、染料はアクリル官能化されているので、レンズポリマーと重合でき、従って、眼用器具ポリマーマトリックスに安定的に配合される。同様に、メニコン社の米国特許第6,277,940号及び同第6,326,448号は、上記Alcon 特許と構造的に類似したアクリル変性アゾ染料を開示している。HOYA社の米国特許第5,374,663号は、PMMAマトリックスに配合した非共有結合黄色染料(例えばソルベントイエロー16、29等)を開示している。加えて、HOYA社の米国特許第6,310,215号は、アクリル及びシリコーン眼用器具での使用に適したアクリル官能化ピラゾロン染料を開示している。
【0007】
しかしながら、上記又は他の従来技術の眼用器具は、53歳の成人の水晶体における自然の黄色を模倣する濃度で、眼用器具材料全体に均一に分布された青色光ブロック染料を含んでいる。その結果、全ての光及び像は、網膜上に投影される前に、黄色のフィルターを通る。このことは、鮮鋭な明所視感度(昼光視覚条件)に依存する活動にとっては、望ましいことであるかも知れない。例えば、屋外スポーツ又は活動に携わる人々(スキーヤー、野球選手、フットボール選手、パイロット又は船員)にとっては、そのような職業や活動に必要とされる視力に影響し得る高水準の紫外線、青色光及び可視光線に暴露されるので、好ましい。自動車の運転手にとっても、明るい太陽光の下での運転条件におけるぎらつきを抑え、視力を増し、夜間のヘッドライトの眩しさを低減する必要がある。
【0008】
ところが、紫外線放射とは異なり、紫色光スペクトル(440nm〜約500nm)は、最適な視力、特に暗(夜間)視力を維持するのに重要である。紫色光スペクトルの大部分で顕著な量の紫色光をブロックする染料を含む眼用器具は、暗所視に悪影響を与え得る。このことは、暗所視の減退及び瞳孔拡張の減少を自然に患う老齢者では、非常に重要な問題である。その結果、良好な暗所視を維持する必要性に対する青色ないし紫色の光への暴露の起こり得る損傷効果を低減する必要性を釣り合わせる眼用器具が必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】米国特許第5,528,322号
【特許文献2】米国特許第5,543,504号
【特許文献3】米国特許第5,662,707号
【特許文献4】米国特許第6,277,940号
【特許文献5】米国特許第6,326,448号
【特許文献6】米国特許第5,374,663号
【特許文献7】米国特許第6,310,215号
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】W. T. Ham, 1983, Journal of Occupational Medicine, 25:2 101-102
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明の目的は、紫色波長域での放射線および青色波長域のより損傷性を有する部分に対して保護を与え、従って、従来の器具に比べて改良された暗所視を与える、配置された高選択性(急激)紫色透過フィルターを有する眼用器具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、約450nmを超える波長をほとんど又は全く吸収することなく、約400nm〜約450nmの間の波長を選択的に濾過する紫色光吸収染料(以下、「紫色光垂直カットオフフィルター」と称する)を含む眼用器具を提供して、上記及び他の目的を達成する。
【0013】
本発明の眼用器具は、眼用器具の製造での使用に適した生体適合性ポリマーから形成してよい。例えば、ポリ(メチルメタクリレート)(PMMA)であるが、これに限定されない。また、フェニルエチルアクリレート(PEA)、フェニルエチルメタクリレート(PEMA)、メチルフェニルアクリレート、メチルフェニルメタクリレート、2−ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)からなる非限定的な群から選択されるモノマーを用いて製造した他のポリマーを使用することもできる。更に、環中の窒素に隣接したカルボニル基を含む複素環式N−ビニル化合物、特にN−ビニルラクタム、例えばN−ビニルピロリドンが、本発明に従って使用するのに適している。加えて、本発明の眼用器具は、当技術分野で周知のように、少量の二官能性又は多官能性モノマーを用いて、架橋されていてもよい。代表的な架橋剤には、エチレングリコールジメタクリレート、トリエチレングリコールジメタクリレート及びトリメチロールプロパントリメタクリレートが含まれる。架橋剤は、典型的には、ジメタクリレート又はジアクリレートであるが、ジメタクリルアミドも知られている。
【0014】
紫色光垂直カットオフフィルターを形成するために使用される光吸収染料は、約400nm〜約450nmの間の光を吸収できる染料なら、いずれでもよい。光吸収染料の例には、Eastman Chemical から入手できる染料である、例えばEastman Yellow 035-MA が包含されるが、これに限定されない。この染料は、メチン系染料であり、重合性メタクリレート基を容易に含ませることができる。Yellow 035-MA の吸収スペクトルを図3に示す。この染料は、レンズが非褪色性であり、染料が抽出されない(すなわち、レンズからブリード又は浸出しない)ように、眼用器具ポリマーに化学的に結合できる反応性染料であるので、特に有用である。しかしながら、染料が重合性であること、または眼用器具ポリマーに結合できることは、必須ではない。例えば、所望の波長の光を吸収できるなら、本発明において他の染料を使用してもよい。
【0015】
本発明の別の態様は、付加的な光吸収染料、特に、紫外線領域で光を吸収する染料、例えば、ベンゾフェノン及びベンゾトリアゾール(これらに限定されない)を含むレンズを包含する。さらに別の態様では、眼用器具は、フィルターのみであり、自体顕著な屈折力を持たない。
【0016】
本発明の他の態様では、眼用器具は、哺乳類の眼に移植するのに適したレンズ、例えば眼内レンズまたは角膜インプラントであり、レンズは、紫色光垂直カットオフフィルターを含み、紫色光垂直カットオフフィルターは、実質的に眼用器具全体に分布していても、あるいは眼用器具の全体より小さい部分に分布していてもよい(図6参照)。本発明の後の形態では、眼用器具は、少なくとも1種の光吸収染料、特に約400nm〜450nmの間の波長の可視光を吸収する染料を含む規定された領域を有する。この形態は、米国特許出願第11/027,876号(2004年12月29日出願。2003年12月30日出願の仮出願第60/533,623号に基づく優先権を主張)に、より詳細に記載されている。
【0017】
本発明の教示に従って製造される眼用器具は、眼内レンズ、角膜インプラント、サングラス、眼鏡及びコンタクトレンズであるが、これらに限定されない。
【0018】
このように、本発明は、最も保護が必要とされる高強度光条件下での網膜の保護を向上でき、しかも、抑制された又は低光条件下でより完全なスペクトルの光が網膜に到達するのを可能にし、従って視力および色の認知を向上できる、眼用器具を提供する。
【0019】
用語の定義
「度数」(ジオプター) メートル単位で測定した焦点距離の逆数に等しい、レンズの屈折能の尺度。
「紫色光垂直カットオフフィルター」 本明細書で使用する場合、「紫色光垂直カットオフフィルター」は、約400nm〜450nmの間の波長の光を急激に吸収する光吸収性組成物を意味する(図2参照)。ここで使用する「急激に」は、(%透過率対波長(nm)でプロットした場合に)得られる吸収曲線が、図2(陰付きの矩形部分)及び図4(0.1%及び0.6%曲線)に示されているように、全体の形がほぼ垂直であることを意味する。
「眼用器具」は、本明細書で使用する場合、眼内レンズ、サングラス、眼鏡およびコンタクトレンズを包含するが、これらに限定されない。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】老化した自然水晶体の可視光透過率曲線を、紫外線吸収染料のみを含むレンズ(UV-IOL)及び紫外線吸収染料と通常の紫色光吸収染料とを含むレンズ(Alcon Natural)と比較するグラフである。本発明の教示に従って製造した紫色光垂直カットオフフィルターについての対象フィルター領域が、陰影を付けた矩形で示されている。
【図2】図1に示した対象フィルター領域内でもの染料フィルター含有眼用器具の可視光透過率曲線を示すグラフである。
【図3】本発明の教示に従った Yellow 035-MA についても吸収スペクトルを示すグラフである。
【図4】本発明の教示に従って製造された紫色光垂直カットオフフィルターについての理想化したフィルター範囲(0.1%曲線と0.6%曲線の間の領域)を技術水準の眼用器具(Alcon Natural)と比較して示すグラフである。
【図5】相対光毒性対波長(nm)及び波長(nm)の関数としての相対発光(暗所視対明所視)効率を示すグラフである。
【図6】紫色光垂直カットオフフィルターを形成するために使用する染料が、眼用器具を構成するボタン型複合体内にコアに局在化されている、本発明の態様を示す図である。本発明の教示に従って製造した紫色光垂直カットオフフィルター
【図7】暗所視曲線に重ね合わせられた、光波長の関数としての相対光毒性に適用した場合の、本発明の教示に従って製造された紫色光垂直カットオフフィルターを示すグラフである。図7は、本質的に図2及び図5の合成である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
ある態様において、本発明は、紫色光垂直カットオフフィルターが配置された眼用器具であって、紫色光垂直カットオフフィルターは、約400nm〜450nmの範囲の波長の光を急激に吸収する眼用器具からなる(図2参照)。
【0022】
紫色光垂直カットオフフィルターを形成するために使用される光吸収染料は、可視光スペクトル内の所定の波長の光を吸収することができる染料である。特に、本発明に従って使用される染料は、比較的狭い波長範囲で光を急激に吸収する。本発明の1つの態様では、そのような波長範囲は、約400nm〜450nmである。図3は、本発明に従って使用される1種の染料についての吸収スペクトルの非限定的な例をグラフとして示す。
【0023】
適切な染料は、好ましくは、生体適合性で、非極性であり、熱、光化学作用及び加水分解に対して安定である。また、染料は、実質的に垂直フィルターとして機能するような狭い吸収帯域幅を有する。1つの態様では、半値全幅(FWHM)帯域幅は、100nm未満であり、好ましい態様では、吸収帯域幅は75nm未満であり、より好ましい態様ではFWHM帯域幅は、50nm未満である。
【0024】
本発明に従って使用される染料は、レンズの構造ポリマーと重合できるように、官能化することができる。1つの態様において、染料は、アクリレート官能化される。これは、官能化染料が眼用器具ポリマーに化学的に結合して、レンズが非褪色性になり、染料が抽出不可能になる(レンズからブリード又は溶出しない)ので、非常に有利である。しかしながら、染料が重合性であること、又は眼用器具ポリマーに結合できることは、必須ではない。
【0025】
本発明の1つの態様において、染料は、Eastman Yellow 035-MA と命名されているEastman Chemical 製黄色染料である。この染料の実験式はC2025Sであり、その構造は、下記構造式1でしめされる:
【化1】

Yellow 035 MA
C20H25NOS
431.51 g/mol
【0026】
この染料は、図3に示す吸収スペクトルを有するメチン染料である。1つの態様において、染料は、メタクリレート基で官能化され、完成した眼用器具中に、約0.005%〜0.2%(W/W)、好ましくは約0.01%〜0.1%(W/W)の濃度で存在する。構造ポリマー、紫外線吸収染料、溶媒及び他の生体適合性賦形剤が、レンズ組成物の残部を構成する。
【0027】
本発明の眼用器具は、生体適合性ポリマーから形成してよく、例えば、ポリ(メチルメタクリレート)(PMMA)が含まれるが、これに限定されない。また、フェニルエチルアクリレート(PEA)、フェニルエチルメタクリレート(PEMA)、メチルフェニルアクリレート、メチルフェニルメタクリレート、2−ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)からなる非限定的な群から選択されるモノマーを用いて製造した他のポリマーを使用することもできる。更に、環中の窒素に隣接したカルボニル基を含む複素環式N−ビニル化合物、特にN−ビニルラクタム、例えばN−ビニルピロリドンが、本発明に従って使用するのに適している。更に、本発明の眼用器具は、当技術分野で周知のように、少量のジ又は多官能性モノマーを用いて、架橋されていてもよい。代表的な架橋剤には、エチレングリコールジメタクリレート、トリエチレングリコールジメタクリレート及びトリメチロールプロパントリメタクリレートが含まれる。架橋剤は、典型的には、ジメタクリレート又はジアクリレートであるが、ジメタクリルアミドも知られている。本発明において使用するのに適した他のレンズ形成用モノマーには、米国特許第5,662,707号の第7欄第63行〜第8欄第40行に記載されているモノマーが包含される。また、米国特許第5,269,813号の第2欄14行〜第7欄第52行の記載、特に表1も参照することができる。
【0028】
本発明の眼用器具は、少なくとも1種の近紫外線(UV)吸収性化合物、例えばベンゾフェノン及びベンゾトリアゾールを含んでいてよい。適当な例は、米国特許第4,716,234号(特に、第3欄67行〜第10欄第24行参照)、同第4,963,160号(特に、第2欄第61行〜第4欄第19行参照)、同第5,657,726号(特に、第2欄第36行〜第4欄第67行参照)及び同第6,244,707号(特に、第3欄第50行〜第6欄第37行参照)に見出すことができる。
【0029】
本発明の眼用器具は、500nmを超える光を実質的にブロックせず、主として紫色光および紫外線を吸収することにより、暗所視力に対する影響を軽減する。また、眼用器具は、全ての紫外線をブロックすることにより、網膜を保護し、約450nmまでの青色および紫色光を選択的に濾過する。
【0030】
図1は、自然に老化したヒトの水晶体(黒色の線)を、紫色光ブロック染料(アゾ系染料)(Alcon Natural)と比較して示す。青色波長範囲(約440nm〜500nmの間)の光について、光透過率が顕著に低下していることを表している。UV-IOL 線は、紫外線吸収染料を含むが紫色光吸収染料を含まない眼用器具について、示している。市販の眼用器具及び自然のヒト水晶体は両方とも、紫色光ブロック染料を含まない眼用器具に比べて、400nm〜550nmの範囲で、透過率が著しく低下している。図1を図5と比べると、自然の水晶体及び紫色光ブロック染料を含む市販レンズは、最適の暗所視に不可欠な波長を濾過することが明らかである。しかしながら、紫色光ブロック染料又は顔料を含んでいないレンズ、例えば図1のUV-眼用器具は、損傷を与える青色及び紫色光波長に網膜を曝してしまうことも明らかである。けれども、図1及び図5の陰影部分で光吸収を制限した紫色光吸収染料を有するレンズは、従来技術の青色ブロックフィルターに比べ、青色/紫色光−誘起光毒性を低減し、かつ暗所視を改善する。
【0031】
図5のグラフは、本発明の背後にある非限定的な理論を説明する。曲線Aλは、波長の関数として網膜の損傷を表す。図5に示されているように、網膜損傷の可能性(光毒性)は、光の波長に反比例する。すなわち、網膜損傷の可能性は、光の波長が減少すると、増加する。曲線V'λは、暗所視についての、相対発光効率を表す。曲線V'λから理解されるように、暗所視発光効率は、約515nmで最大となる。線Vλは、明所視が約550nmで最大となることを表す。図5の陰影を付けた領域は、本発明の紫色光垂直カットオフフィルターについての好ましい理想的な波長範囲(約400nm〜450nm)を表す。図5に示した本発明の紫色光垂直カットオフフィルター領域は、青色/紫色光誘起光毒性を減少すると共に、最適暗所視に必須の紫色光波長との干渉を抑制する。従って、本発明に従って紫色光垂直カットオフフィルターを形成するために使用される少なくとも1種の光吸収染料を有する眼用器具は、好ましくは、図2に示した波長に限定され、網膜保護と暗所視との間で妥協点を見出す。そのような理想的な眼用器具は、紫外線誘起光毒性を防止できる紫外線吸収染料も含み得る。
【0032】
図7(図7は、本質的に図2と図5との合成である)は、本発明の2つの側面を説明する。第1に、曲線の勾配(傾き)は、非常に急であり、従って、光吸収染料により影響される波長範囲を狭くする。第2に、図7は、波長吸収曲線の勾配が染料濃度に比較的依存しないことを説明している。しかしながら、染料濃度の変化は、波長の広がりに僅かに影響し得る(X軸上の染料0.1質量%の起点を染料0.6質量%の起点と比較されたい)。このことは、従来の眼用器具が構造ポリマー全体に均一に分散された染料を有しているので、特に重要である。すなわち、ジオプターを変化するためにレンズ厚みを変化させると、染料濃度が変化する。その結果、曲線勾配が染料濃度に過度に依存するなら、眼用器具の暗所視及び網膜保護特性が、ジオプターに伴って著しく変化することになる。
【0033】
しかしながら、図2は、本発明の教示に従って使用する場合、染料の濃度が10倍変化しても、吸収波長の広がりは僅かしか移動せず、事実上、曲線の勾配に影響を与えないことを示している。更に、図4は、固定ジオプター(20D)レンズについて、染料濃度の6倍の増加でも、一貫した曲線勾配が得られ、波長吸収特性にほとんど変化はないことを示している。すなわち、染料濃度を変化させることにより波長吸収範囲を調節または微調整することができ、一方、曲線勾配の大きさはそのままであり、従って、本発明に従って垂直カットオフフィルターとして機能する。
【0034】
図6に示す本発明の別の態様では、染料を中央コアに局在させることにより、レンズの厚み、従ってジオプターに関係なく、染料濃度はそのままで変化しない。従って、ジオプターを調節するためにレンズを研削する場合、染料を含んでいないポリマーが除去され、紫色光吸収特性はそのままである。図6のレンズ設計は、レンズの瞳孔領域に染料を局在させるという付加的な利点を有する。従って、明るい光条件下では、青色/紫色光誘起光毒性を減少するために青色/紫色光を排除する必要がある場合、収縮した瞳孔は、眼用器具の染料含有ゾーン内に完全に入る。しかしながら、最適の暗所視の為に最大の紫色光の進入が必要であるほの暗い光条件下では、散大した瞳孔は、濾過された及び濾過されていない光を受ける。このことは、米国特許出願第11/027,876号でより詳細に説明されている。
【0035】
本発明の1つの態様では、眼用器具は、図3に示したのと本質的に同じ吸収プロフィールを有する少なくとも1種の紫色光吸収染料を含む。紫色光吸収染料は、一般に、生体適合性で、非極性であり、眼用器具構造ポリマーと重合できるように官能化することができる。本発明の1つの態様では、メチン結合を有する紫色光吸収染料を使用する。メチン結合を有する光吸収染料は、米国特許第5,376,650号(1994年12月27日発行)に記載されている。
【0036】
本発明の1つの態様では、染料は、Eastman Yellow 035-MA と命名されているEastman Chemical 製黄色染料である。この染料は、図3に示す吸収スペクトルを有するメチン染料である。この染料は、メタクリレート基で官能化され、完成した眼用器具中に、約0.005%〜0.2%(W/W)の濃度、好ましくは約0.01%〜0.1%(W/W)の濃度で存在する。構造ポリマー、紫外線吸収染料、溶媒及び他の生体適合性賦形剤が、レンズ組成物の残部を構成する。
【0037】
本発明に従って製造された眼用器具は、その中に配置された紫色光垂直カットオフフィルターを有し、紫色光垂直カットオフフィルターは、約400nm〜450nmの範囲の波長の光を急激に吸収する(図2参照)。更に、波長の広がり及び曲線の勾配又は傾きは、図2及び図5の陰影を付けた矩形部分で示されるパラメータの範囲内にある。しかしながら、波長吸収範囲は、曲線の勾配が図2に示される勾配である限り、下限では400nmまで、上限では450nmまで、拡大し得ることが理解される。
【0038】
別の態様では、眼用器具は、眼用器具が図6に図示した構造特性を有する、上記のような紫色光垂直カットオフフィルターを含む。この態様では、紫色光吸収染料は、官能化されていてもいなくてもよく、構造ポリマーと共重合されていてもいなくてもよい。
【0039】
本発明を、その好ましい形態を参照して説明したが、それは説明の為であって、限定の為ではない。種々の変更及び改良を、本発明の思想及び範囲から逸脱することなく、本発明に加えることは、当業者なら行うことができる。
【0040】
別途記載されていない限り、特許請求の範囲及び明細書で使用した、成分の量、特性(例えば、分子量)、反応条件等を表す数値は、すべての場合、「約」により変更されるものとする。従って、反対の記載がない限り、特許請求の範囲及び明細書に示した数値パラメータは、本発明により得られる所望の特性に依存して変化し得る近似値である。少なくとも、特許請求の範囲に対する均等論の適用を制限する試みとしてではなく、各数値パラメータは、記載された有効数字に照らして、通常の四捨五入を行って、少なくとも解釈しなければならない。本発明の広い範囲を記載する数値範囲及びパラメータが近似値であるにもかかわらず、特定に実施例に記載した数値は、可能な限り正確な値として報告されている。しかしながら、いずれの数値も、それぞれの試験方法に見られる標準偏差から必然的に生じるある程度の誤差を本質的に含んでいる。
【0041】
本発明を記載する場合(特に特許請求の範囲)に使用した語"a"、"an"及び"the" 並びに類似の表現は、別途指示されているか又は文脈から明確に相反する場合を除き、単数及び複数の両方に及ぶと解釈されなければならない。本出願において、値の範囲の記載は、その範囲に含まれる個々の独立した値を表現する簡便な方法として役立つことを意図している。別途記載されていない限り、個々の独立した値は、それぞれが別個に記載されているかのように、明細書に組み込まれる。明細書に記載した全ての方法は、別途指示されているか又は文脈から明確に相反する場合を除き、任意の適当な順序で実施することができる。明細書で使用される、あらゆる例又は例示を示す用語(例えばなど)は、本発明をよりよく説明するためのものであり、特許請求の範囲の記載は別として、本発明の範囲を限定するものではない。明細書中のいずれの用語も、請求項に記載されていない要件が本発明の実施にとって必須であることを示すものと解釈してはならない。
【0042】
明細書に記載された本発明の代替要素又は態様の群は、限定と解釈してはならない。群の構成要素は、個々に記載され又は特許請求され、あるいは、同じ群の他の構成要素又は明細書中の他の要素と組み合わせて記載され又は特許請求されているとしてよい。ある群の1つ又はそれ以上の構成要素は、便宜上及び/又は特許性の理由から、その群に加えられ、或いはその群から排除され得る。そのような追加又は排除を行った場合、明細書は変更された群を含むものと見なされ、従って、特許請求の範囲で使用した全てのマーカッシュ群の記載要件を満足する。
【0043】
本発明の好ましい実施形態は、発明者が知っている本発明を実施する為のベストモードを含むように、記載されている。もちろん、これら好ましい実施形態の変形は、明細書を読めば当業者には明らかになるであろう。本発明者は、当業者がそのような変形を適切なものとして採用することを予期し、本明細書に記載した以外の態様で発明が実施されることも予期している。従って、本発明は、適用法が許すなら、特許請求の範囲に記載した対象の全ての変形及び均等物をも包含する。更に、全ての可能な変形における上記要素のあらゆる組み合わせが、別途指示されているか又は文脈から明確に相反する場合を除き、本発明に含まれる。
【0044】
加えて、数多くの特許及び刊行物を明細書に引用した。上記引用文献及び刊行物は、それぞれ、その全体を引用して本明細書ここに組み込む。
【0045】
最後に、本明細書に開示した発明の実施態様は、本発明の原理の例示であると理解されなければならない。採用され得る他の変形例も本発明の範囲に含まれる。従って、本発明の代替形態は、本明細書の教示にしたがって、限定ではなく例として、採用することができる。すなわち、本発明は、詳細に示され記載されたものに限定されない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配置された垂直カットオフフィルターを含む眼用器具であって、該垂直カットオフフィルターは、約400nm〜450nmの範囲の波長の光を急激に吸収し、該垂直カットオフフィルターは眼用器具全体より小さく、該垂直カットオフフィルターは、透過率を400nmでの約0%から450nmでの80%を超える透過率まで増加させる、眼用器具。
【請求項2】
該垂直カットオフフィルターは、透過率を400nmでの約0%から450nmでの約100%まで増加させる、請求項1に記載の眼用器具。
【請求項3】
該垂直カットオフフィルターは、少なくとも1種の紫色光吸収染料を含む請求項1又は2に記載の眼用器具。
【請求項4】
該紫色光吸収染料は、眼用器具中に約0.005%〜0.2%の間の濃度で存在する請求項3に記載の眼用器具。
【請求項5】
該少なくとも1種の紫色光吸収染料は、メチン結合含有染料である請求項3に記載の眼用器具。
【請求項6】
該メチン結合含有染料は、構造1で示される、Eastman Yellow 035-MA である請求項5に記載の眼用器具。
【請求項7】
更に、構造ポリマーを含み、該構造ポリマーはアクリレートである請求項1又は2に記載の眼用器具。
【請求項8】
該紫色光吸収染料は、該構造ポリマーに共有結合されている請求項7に記載の眼用器具。
【請求項9】
該紫色光吸収染料は、該構造ポリマー中に遊離状態で分散されている請求項7に記載の眼用器具。
【請求項10】
該染料は、該眼用器具の中心近くで独立領域を形成し、該独立領域は中心および境界部を有する請求項3に記載の眼用器具。
【請求項11】
該垂直カットオフフィルターは、該独立領域内で該吸収染料の濃度勾配を有し、該濃度勾配は、該独立領域の中心で紫色光吸収染料の最も高い濃度および該独立領域の境界部で最も低い染料濃度を有する請求項10に記載の眼用器具。
【請求項12】
更に、紫外線吸収性化合物を含む、請求項1〜11のいずれかに記載の眼用器具。
【請求項13】
紫外線吸収性化合物は、ベンゾフェノン又はベンゾトリアゾールである請求項12に記載の眼用器具。
【請求項14】
該眼用器具は、眼内レンズ、サングラス、眼鏡およびコンタクトレンズからなる群から選択される請求項1〜13のいずれかに記載の眼用器具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−22351(P2012−22351A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−242597(P2011−242597)
【出願日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【分割の表示】特願2007−510936(P2007−510936)の分割
【原出願日】平成17年4月26日(2005.4.26)
【出願人】(502049837)アボット・メディカル・オプティクス・インコーポレイテッド (50)
【氏名又は名称原語表記】ABBOTT MEDICAL OPTICS INC.
【Fターム(参考)】