説明

EO9およびプロピレングリコールの使用による膀胱癌の治療

本明細書では、様々な膀胱癌の治療および方法を開示する。本開示は、膀胱癌を個別に標的とする治療を行うために、膀胱のヒト移行上皮癌におけるプロピレングリコール濃度および/またはNAD(P)H:キノン酸化還元酵素−1(NQO1)、チトクロームP450酸化還元酵素(P450R)およびグルコース輸送体(Glut−1)タンパク質発現を利用することができる。本発明には、薬学的製剤も含まれる。具体的に、本発明による一実施形態には、PG約30%vol/vol、PG約20%vol/volおよびPG約10%vol/volからなる群から選択されたプロピレングリコール(PG)濃度の溶液中にEO9を含む薬学的製剤が含まれる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願への相互参照)
本願は、2006年2月9日に出願された米国仮特許出願第60/771,678号の利益を主張する。
【0002】
(発明の分野)
本発明は、EO9製剤を使用した膀胱癌の治療および方法に関する。本発明は、膀胱癌を個別に標的とする治療を行うために、膀胱のヒト移行上皮癌におけるプロピレングリコール濃度および/またはNAD(P)H:キノン酸化還元酵素−1(NQO1)、チトクロームP450酸化還元酵素(P450R)およびグルコース輸送体1(Glut−1)タンパク質発現を利用することができる。
【背景技術】
【0003】
(発明の背景)
膀胱癌は、世界的に7番目に最も一般的な癌である。英国では男性における4番目に最も一般的な癌で、2000年には1年で9000の新たな症例が診断された(非特許文献1)。2002年には、欧州では膀胱癌の症例は280000と推定され、2004年には合衆国において60000を上回る新たな症例が予測された。
【0004】
膀胱癌の最も一般的な種類(約90%)は、尿道系(尿管、膀胱および尿道)の内壁の細胞である尿路上皮から生じる移行上皮癌(TCC)である。移行上皮癌(TCC)は、表在性(pTaおよびpT1)または筋肉浸潤性(≧pT2)のいずれかに分類することができる。表在性TCCの治療は現在のところ、経尿道的切除(TURBT、すなわち、可視病巣全ての外科的切除)およびその後のアジュバント化学療法または免疫療法である。このような治療の有効性は、TURBT単独の場合と比較したとき、アジュバント化学療法後に認められる表在性腫瘍再発の有意な低下によって支持される(非特許文献2)。マイトマイシンC(MMC)、エピルビシンおよびBCGなどの薬剤が通常使用されるが、TCCに対してより強力かつ/または毒性の少ない薬剤を開発するか、有益と考えられる個体(または病理学的部分集団)の標的化治療の点から見て、現在の治療法をより良く使用することが必要であることが広く認められている。
【0005】
マイトマイシンC(MMC)は、生体内還元性薬物として知られている化合物の種類に属する、天然に生じるキノンをベースにした抗悪性腫瘍薬である(非特許文献3)。一般的に、生体内還元性薬物は、細胞傷害性代謝物を生じるために代謝活性化を必要とするプロドラッグで、いずれも原理的に固形腫瘍の潅流の乏しい領域に存在する低酸素性細胞を除去するように設計されている。しかし、これらの薬物は、腫瘍の好気性部分も標的とすることができる。
【0006】
キノンをベースにした生体還元性薬物の細胞傷害性選択性(すなわち、低酸素性と好気性腫瘍細胞の間)を測定する重要なパラメータは、プロドラッグを還元するために必要な特定の還元酵素の存在および活性化プロセスを逆行させる酸素分子の能力である(非特許文献4、非特許文献5)(但し、細胞死滅の決定における還元酵素および酸素分圧の相対的な役割は、問題となる化合物に応じて変化する(非特許文献4、非特許文献6))。MMCがTCC治療に通常使用されるという事実は、この疾患が生体還元活性化に必要な適切な生化学的機構を有しているだけでなく、この種類のその他の化合物もこの疾患の治療に有用であり得ることを示唆している。有用であり得る他の化合物の2つの例には、インドールキノン誘導体EO9およびアジリジニルベンゾキノンRH1が含まれる(非特許文献7、非特許文献8)。
【0007】
このように、キノンをベースにした生体還元性薬物が好気性または低酸素性細胞を除去する能力は、還元酵素の存在を含む腫瘍の酵素学と低酸素との間の複雑な関係によって主に決定される。酵素チトクロームP450還元酵素(P450R)およびNAD(P)H:キノン酸化還元酵素−1(NQO1)には細心の注意を払ったが、いくつかの還元酵素が生体還元性薬物の活性化に影響を及ぼした(非特許文献4、非特許文献6)。低酸素の測定に関して、グルコース輸送体1(Glut−1)または炭酸脱水素酵素IX(CAIX)などの内因性マーカーは、ピモニドゾールなどの外因性低酸素マーカーと相関することが示された(非特許文献9、非特許文献10)。したがって、腫瘍の低酸素と膀胱の表在性および浸潤性移行上皮癌(TCC)内における2種類の重要な還元酵素の発現との関係は極めて重要である。さらに、様々な浸透特性を備えた膀胱癌を治療する薬学的製剤を使用することは、表在性と筋肉浸潤性腫瘍を標的とするために必要である。本発明は、膀胱癌治療のこれらの側面に取り組む。
【非特許文献1】Cancer Research UK, Bladder cancer − UK. London, 2002.
【非特許文献2】Tolley DA, Parmar MK, Grigor KM, et al. The effect of intravesical mitomycin C on recurrence of newly diagnosed superficial bladder cancer: a further report with 7 years of follow up. J Urol 1996;155:1233−8.
【非特許文献3】Sartorelli AC, Hodnick WF, Belcourt MF, et al. Mitomycin C: a prototype bioreductive agent. Oncol Res 1994;6:501−8.
【非特許文献4】Ross D, Beall HD, Siegel D, Traver RD, Gustafson DL. Enzymology of bioreductive drug activation. Br J Cancer 1996;Suppl 27:S1−8.
【非特許文献5】Wardman P, Dennis MF, Everett SA, Patel KB, Stratford MR, Tracy M. Radicals from one−electron reduction of nitro compounds, aromatic N−oxides and quinones: the kinetic basis for hypoxia−selective, bioreductive drugs. Biochem Soc Symp 1995;61:171−94.
【非特許文献6】Workman P, Stratford IJ. The experimental development of bioreductive drugs and their role in cancer therapy. Cancer Met Rev 1993;12:73−82.
【非特許文献7】Puri R, Basu S, Loadman P, et al. Phase I clinical evaluation of intravesical EOquin (EO9) against superficial bladder cancer: Preliminary results. Clinical Cancer Res 2003;9:6248S−9S.
【非特許文献8】Danson S, Ward TH, Butler J, Ranson M. DT−diaphorase: a target for new anticancer drugs. Cancer Treat Rev 2004;30:437−49.
【非特許文献9】Hoskin PJ, Sibtain A, Daley FM, Wilson GD. GLUT1 and CAIX as intrinsic markers of hypoxia in bladder cancer: relationship with vascularity and proliferation as predictors of outcome of ARCON. Br J Cancer 2003;89:1290−7.
【非特許文献10】Airley RE, Loncaster J, Raleigh JA, et al. GLUT−1 and CAIX as intrinsic markers of hypoxia in carcinoma of the cervix: relationship to pimonidazole binding. Int J Cancer 2003;104:85−91.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
(発明の趣旨)
表在性腫瘍と筋肉浸潤性腫瘍で認められた低レベルの浸潤性腫瘍の間には、NQO1発現の有意な差が見出された。対照的に、P450RおよびGlut−1は、(特に、Glut−1の場合)腫瘍病期と共に発現が増加するが、TCCの全病期および悪性度で発現した。さらに、Glut−1発現は、G3腫瘍で著しく増加する一方、NQO1は低レベルで存在した。これらの結果は、表在性と浸潤性膀胱TCCとの間には、NQO1およびGlut−1発現の著しい差が存在することを示している。さらに、異なる浸透特性を備えたキノンをベースにした生体還元性薬物の薬学的製剤が見出された。
【0009】
単一の薬剤による治療が表在性疾患に適切である一方、筋肉浸潤性疾患には、低酸素部分を標的とするキノンおよび好気性部分を除去するその他の療法を使用した併用治療が望ましいという点において、これらの結果は、キノンをベースにした生体還元性薬物に対して治療的に重要な意味を持つ。さらに、浸透特性が低い薬学的製剤は、表在性膀胱癌を治療するときに選択することができ、浸透特性が高い薬学的製剤は、筋肉浸潤が多い膀胱癌を治療するときに選択することができる。これらのことを考え合わせると、本発明のこれらの態様は、個々の疾患プロファイルの固有特性に対して癌治療を調整するのを可能にし、膀胱癌の治療において重要な進歩をもたらす。
【課題を解決するための手段】
【0010】
具体的に、本発明の一実施形態には、腫瘍内の少なくとも1種の酵素レベルを測定することおよび少なくとも1種の酵素レベルに基づいた治療を選択することを含む膀胱癌の治療方法であって、キノンをベースにした生体還元性薬物を単独で、または別の治療法と組み合わせて投与することを含む方法が含まれる。
【0011】
別の実施形態では、酵素は、NAD(P)H:キノン酸化還元酵素−1(NQO1)およびNADPHチトクロームP450還元酵素(P450R)からなる群から選択される。特定の実施形態では、酵素は、NQO1であり、治療には、キノンをベースにした生体還元性薬物の単独投与が含まれる。別の特定の実施形態では、酵素は、NQO1であり、治療には、別の治療法と組み合わせたキノンをベースにした生体還元性薬物の投与が含まれる。別の特定の実施形態では、酵素は、P450Rであり、治療には、キノンをベースにした生体還元性薬物の単独投与が含まれる。さらに別の特定の実施形態では、酵素は、P450Rであり、治療には、別の治療法と組み合わせたキノンをベースにした生体還元性薬物の投与が含まれる。本発明の他の実施形態では、酵素は、NQO1およびP450Rであり、治療には、キノンをベースにした生体還元性薬物の単独投与が含まれる。さらに別の実施形態では、酵素は、NQO1およびP450Rであり、治療には、別の治療法と組み合わせたキノンをベースにした生体還元性薬物の投与が含まれる。
【0012】
本発明の一実施形態はさらに、腫瘍内の低酸素のレベルを測定し、少なくとも1種の酵素レベルおよび低酸素レベルに基づいた治療法を選択することを含む。具体的な実施形態では、低酸素レベルは、グルコース輸送体1(Glut−1)および/または炭酸脱水素酵素IX(CAIX)を測定することによって測定される。
【0013】
本発明の特定の実施形態には、NAD(P)H:キノン酸化還元酵素−1(NQO1)のレベル、NADPHチトクロームP450還元酵素(P450R)のレベル、およびグルコース輸送体1(Glut−1)のレベルからなる群から選択された測定値に基づいた治療法を選択することを含む膀胱癌の治療方法であって、キノンをベースにした生体還元性薬物を単独で、または別の治療薬と組み合わせて投与することを含む方法が含まれる。この特定の実施形態の様々な態様では、測定値はNQO1またはP450Rであることができ、治療には、キノンをベースにした生体還元性薬物の単独投与が含まれる;測定値はNQO1またはP450Rであることができ、治療には別の治療法と組み合わせたキノンをベースにした生体還元性薬物の投与が含まれる;測定値はNQO1およびP450Rであることができ、治療にはキノンをベースにした生体還元性薬物の単独投与が含まれる;測定値はNQO1およびP450Rであることができ、治療には別の治療法と組み合わせたキノンをベースにした生体還元性薬物の投与が含まれる;あるいは、測定値はNQO1、P450RおよびGlut−1であることができ、治療にはキノンをベースにした生体還元性薬物の単独投与または別の治療薬と組み合わせた投与が含まれる。
【0014】
本発明の一実施形態では、本発明には、前記腫瘍が表在性であった場合に認められるよりも前記NQO1レベルは低く、前記Glut−1レベルは高いという理由に基づいて、腫瘍内のNQO1およびGlut−1のレベルを測定し、別の治療法と組み合わせたキノンをベースにした生体還元性薬物を含む併用療法を選択することを含む浸潤性膀胱癌の治療方法が含まれる。
【0015】
本発明の別の実施形態では、本発明には、前記患者の膀胱癌内のNQO1およびGlut−1の発現レベルに基づいた膀胱癌の適切な治療のために患者を階層化する方法であって、前記患者の膀胱癌内のNQO1およびGlut−1の発現レベルを測定し、前記患者がNQO1レベルの高い表在性膀胱癌を有するならば、単一の薬剤療法として生体還元性薬物を投与するか、または前記患者が、NQO1レベルが低く、Glut−1レベルが高い浸潤性膀胱癌を有するならば、照射療法または別の化学療法薬と組み合わせて生体還元性薬物を使用する併用療法を施すことを含む方法が含まれる。
【0016】
本発明の特定の実施形態では、別の治療法は、照射療法および/または少なくとも1種の化学療法薬の投与である。
【0017】
様々な実施形態では、特に有用なキノンをベースにした生体還元性薬物は、マイトマイシンC、インドールキノン誘導体EO9、アジリジニルベンゾキノン(RH1)およびそれらの組合せからなる群から選択される。
【0018】
本発明には、薬学的製剤も含まれる。具体的に、本発明による一実施形態には、PG約30%vol/vol、PG約20%vol/volおよびPG約10%vol/volからなる群から選択されたプロピレングリコール(PG)濃度の溶液中にEO9を含む薬学的製剤が含まれる。EO9濃度は、約300μMから約400μMの範囲で存在することができる。具体的な実施形態では、調製物は、EO9濃度約347μMの溶液を含む。
【0019】
本発明による薬学的製剤はさらに、NaHCO、EDTA、マンニトールおよび水を含むことができる。一実施形態では、この調製物は、NaHCOを約10mg/mLから約120mg/mL含む。具体的な実施形態では、この調製物は、NaHCOを約100mg/mLまたは約100.25mg/mL含む。別の具体的な実施形態では、この調製物は、NaHCOを約50mg/mLまたはNaHCO約50.125mg/mL含む。別の実施形態では、この調製物は、マンニトールを約0.5mg/mLから約3.0mg/mL含む。具体的な実施形態では、この調製物は、マンニトールを約0.625mg/mL含む。別の具体的な実施形態では、この調製物は、マンニトールを1.25mg/mL含む。別の具体的な実施形態では、この調製物は、EDTA、PGおよび水を含む溶液中にNaHCOを約100mg/mL、マンニトールを約0.625mg/mLおよびEO9を約0.1mg/mL含む。
【0020】
本発明による一実施形態は、PG、EDTAおよび水を含む溶液中にEO9、NaHCOおよびマンニトールを含む薬学的製剤であって、PGが約6%から約14%vol/vol、約16%から約24%vol/vol、および約26%から約34%vol/volからなる群から選択されたパーセント範囲で溶液中に存在する薬学的製剤を含む。別の実施形態では、PGは、約10%vol/vol、約20%vol/vol、および約30%vol/volからなる群から選択されたパーセントで溶液中に存在する。別の実施形態では、調製物は、EO9濃度約347μMおよびPG濃度約10%vol/volの溶液を含む。さらに別の実施形態では、調製物は、EO9濃度約347μMおよびPG濃度約20%vol/volの溶液を含む。他の実施形態では、調製物は、EO9濃度約347μMおよびPG濃度約30%vol/volの溶液を含む。これらの記載された本発明の実施形態は、NaHCOを約10mg/mLから約120mg/mL含むことができ、特定の一実施形態では、NaHCOを約100、約100.25または約50.125mg/mL含むだろう。これらの記載された本発明の実施形態はまた、マンニトールを約0.5mg/mLから約3.0mg/mL含むことができ、特定の一実施形態では、マンニトールを約0.625または約1.25mg/mL含むだろう。
【0021】
本発明の一実施形態は、EO9濃度約347μM、PG濃度約10%vol/vol、NaHCO約100.25mg/MLおよびマンニトール約0.625mg/mLである溶液を含む薬学的製剤を含むことができる。別の実施形態は、EO9濃度約347μM、PG濃度約30%vol/vol、NaHCO約100.25mg/mLおよびマンニトール約0.625mg/mLである溶液を含む薬学的製剤を含むことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
(発明の詳細な発明)
キノンをベースにした生体還元性薬物は、酵素活性化後に細胞毒性種を生じるプロドラッグである。酵素NAD(P)H:キノン酸化還元酵素−1(NQO1、DTジアホラーゼ(DTD)とも呼ばれる)、2電子還元酵素は、好気条件下で、キノンをベースにした生体還元性薬物の活性化において顕著な役割を果たす。キノンをベースにした生体還元性薬物はまた、NQO1活性が低い細胞を含む低酸素条件下で細胞毒性である。チトクロームP450還元酵素などの1電子還元酵素は、低酸素条件下で、キノンをベースにした生体還元性薬物の活性化において顕著な役割を果たすことができる。前記に基づいて、これらの還元酵素のレベルおよび低酸素状態は、様々なキノンをベースにした生体還元性薬物を使用することの妥当性を含む様々な癌療法の妥当性を示すことができる。したがって、本発明では、様々な悪性度および病期のTCCにおける前記の還元酵素レベルおよび低酸素状態を評価した。
【0023】
膀胱癌の治療の改善はまた、様々な浸透特性を備えたキノンをベースにした生体還元性薬物を含む薬学的製剤の提供に基づいてもたらすことができる。例えば、浸透特性の低い薬学的製剤では、治療が最も必要とされる膀胱の表面のより近くに薬剤が保持されるので、表在性膀胱癌を治療するときに使用すると有益であろう。反対に、浸透特性の高い薬学的製剤では、症例において治療が最も必要とされる膀胱のより深い層に薬剤が浸透するので、筋肉浸潤性の高い膀胱癌を治療するときに有益であろう。これらのことを考え合わせると、本発明の様々な態様は、個体の疾患プロファイルの固有特性に対して癌治療を調整するのを可能にし、膀胱癌の治療において重要な進歩をもたらす。
【0024】
アパジクオン(prop.INN、USAN)は、EO9またはNSC−382459(3−ヒドロキシメチル−5−アジリジニル−1−メチル−2−(1H−インドール−4,7−ジオン)−プロペノールとして知られており、構造式、
【0025】
【化1】

を有し、完全合成された生体還元性アルキル化インドロキノンである。EO9活性化の基本的機構は、その他のインドロキノンと類似であると考えられており、1個または2個の電子を輸送する細胞酵素による還元、セミキノンおよびヒドロキノンの形成のそれぞれが関与する。好気性条件下でのセミキノンの酸化は、活性酸素種(ROS)を形成することによってDNA鎖切断を引き起こし、細胞死の原因となり得る酸化還元サイクルを生じる。セミキノン/ヒドロキノンは、特に低酸素条件下で、DNAおよびその他の高分子をアルキル化し、架橋し、細胞死を引き起こすことができる。EO9は、本発明で使用するのに適したキノンをベースにした1生体還元性薬物の非限定的例である。
【実施例】
【0026】
(実施例1)
I.材料および方法
A.ヒト組織
ヒト膀胱移行上皮癌のホルマリン固定パラフィン包埋標本(n=52)を、最初に医学研究審議会規則に則って地方研究および倫理委員会(LREC)の承諾を得た後、本研究に使用した。秘密を保持するために患者の詳細は全て伏せ、実験は全てLRECが策定した指針に従って実施した。本研究に使用した腫瘍は、ヒト膀胱TCCの表在性病期(19pTa、19pT1)および筋肉浸潤性病期(14≧pT2)両方の全悪性度(悪性度1が11種、悪性度2が26種、悪性度3が15種)を表した。腫瘍塊は全て組織マイクロアレイ(TMA)の作製およびその後の免疫組織化学分析のために使用した。
【0027】
B.組織マイクロアレイ作製
組織マイクロアレイ作製(TMA)は、ヒト膀胱TCCの様々な悪性度(G1〜G3)および様々な病期(pTa、pT1、≧pT2)を表すために、パラフィン包埋塊から作製した。組織マイクロアレイ作製(TMA)は、本明細書に参考として援用したBubendorf他(11)の変法を使用したBeecher Instrumentsマイクロアレイ装置(Silver Spring、MD、USA)を使用して実施した。簡単に説明すると、各パラフィン包埋ドナー塊の切片をヘマトキシリンおよびエオジン(H&E)で染色し、顕微鏡で調べ、関心のある組織が含まれた領域を蝋塊上に示した。円柱状のコア(600μM)をこれらの代表的領域からパンチ生検し、レシピエント塊に移した。各親塊に関する典型的なデータを入手するために、組織のサンプリングには各腫瘍塊から4個のコアを使用した。患者26人を表す全部で108個のコア試料をTMA塊毎に含め、2個のTMA塊を作製した。厚さ5μMの切片をレシピエントTMA塊から切断し、テープ輸送方法を使用してスライドガラスに乗せた(Instrumedics、USA)。組織化学および試料強度の検証のためのH&E染色を、最初に実施し、その後は各マイクロアレイ塊を10回切断する毎に実施した。その後、TMAスライドは、免疫組織化学分析を行った。
【0028】
C.抗体
使用した抗体には、NQO1に対するマウスモノクローナル抗体(USA、デンバー、University of Colorado Health Sciences CenterのSiegel and Ross博士から恵与された)、P450Rに特異的なヤギポリクローナル抗体(Santa Cruz Biotechnology、USA)、Ki67に対するマウスモノクローナル抗体(BD Biosciences、UK)およびグルコース輸送体−1に特異的なウサギポリクローナル抗体(GLUT−1、Dako、UK)が含まれる。
【0029】
D.免疫組織化学
NQO1、P450R、GLUT−1およびKi67の免疫学的局在は、既に記載され(9、10、12、13)、当業者によって理解されているように、免疫組織化学分析によって評価した。簡単に説明すると、抗原回収後、非特異的イムノグロブリン結合をブロックし、TMAを適切な第1抗体と共にインキュベートし、TBSTM(10mM Tris−HCl、NaCl 150mM、0.2%Tween20、5%脱脂粉乳)で1:1に希釈した抗NQO1抗体で約60分間インキュベートし、PBSで1:100に希釈したP450Rで約90分間インキュベートし、PBSで1:25に希釈した抗Glut−1抗体で約90分間インキュベートするか、またはPBSで1:100に希釈した抗Ki67抗体で4℃で一晩インキュベートした。対照は、第1抗体の代わりに通常のIgGを使用して実施した。免疫学的局在は、適切なビオチン化第2抗体(1:200に希釈、Vector Labs.、USA)を使用し、その後Vectastain ABCキット(Vector Labs.、USA)を使用してシグナル増幅し、3,3′−ジアミノベンジジン(DAB)(Vector Labs.、USA)で視覚化して実施した。その後、切片はハリスヘマトキシリンで対比染色し、脱水し、洗浄して、DPX封入剤(Sigma、UK)に封入した。
【0030】
E.免疫組織化学染色の半定量的分析
陽性の免疫染色は、3人の独立した観察者によって半定量的に記録された。NQO1およびP450Rは、腫瘍内の細胞質に局在していた。染色の強度および分布に基づいて、各腫瘍コアの上皮画分のスコアは、0(染色無し)から4(染色強度最大)に割り当てた。平均スコア強度は、独立した観察者の結果からTMAの各コアおよび各腫瘍について計算した。臨床病理学パラメータとのいかなる関係および相関のためにも結果を比較した。
【0031】
各TMAコアにおけるGlut−1陽性のレベルを分析して、膜染色を示す腫瘍細胞のおよその割合を表す0から4のスコアに割り当てた(0=染色無し、1=0〜5%陽性、2=5〜15%陽性、3=15〜30%陽性、4=>30%陽性)。平均スコア強度は、独立した観察者の結果から各コアおよびTMAの各腫瘍について計算した。臨床病理学パラメータとのいかなる関係および相関のためにも結果を比較した。
【0032】
腫瘍細胞におけるKi67陽性核の割合は、本明細書に参考として援用したSantos他(13、14)によって報告されたように、核コアおよび腫瘍について40倍に拡大して計算した。コア当たり全部で細胞200個および腫瘍当たり細胞800個が計数され、陽性の割合が計算された。スコアリングは、2人の観察者が独立して実施した。臨床病理学パラメータとのいかなる関係および相関のためにも結果を比較した。
【0033】
F.統計学的分析
NQO1およびP450Rの発現は、以下の臨床病理学的パラメータ、腫瘍病期、腫瘍悪性度、腫瘍低酸素性(Glut−1発現)および増殖性と比較した。統計学的分析は、SPSSソフトウェアパッケージ、バージョン11.0(SPSS Inc.、Chicago、IL)を使用して行った。免疫組織化学研究において、発現は通常分散しないので、各部類の平均発現値を四分位数範囲の中央値として記録した。独立変数の間の差は、マンホイットニーのU検定によって決定した。両側分析において、0.05未満のPの値は、有意と見なされる。
【0034】
II.結果
A.NQO1タンパク質レベル、腫瘍病期および悪性度の間の関係
NQO1は、全病理学的悪性度および病期の膀胱癌の上皮の細胞質に局在しており、NQO1の発現は腫瘍間で異なった(図1、表1)。多くの場合、NQO1の不均一な発現パターンが同一腫瘍内で観察され、同一試料内にNQO1発現の高い領域および低い領域が存在した(データは示さず)。NQO1の発現レベルは様々な病期の間で変化するが、全病理学的病期(pTa、pT1、≧pT2)の腫瘍で発現した(表1)。表在性腫瘍(pTa+pT1)と筋肉浸潤性腫瘍(≧pT2)との間にはNQO1発現の有意な差が認められ、筋肉浸潤性腫瘍では発現は有意に低かった(P=0.02)。腫瘍の浸潤能力に対するNQO1発現の反比例関係はさらに、非浸潤性(pTa)と浸潤性(pT1+≧pT2)腫瘍との間に認められる発現の有意差(P=0.03)によって強調された。全病理学的悪性度のTCCでNQO1は発現した(表1)。NQO1の発現は、悪性度1または悪性度3のいずれと比較しても悪性度2の腫瘍で有意に高かった(表1)。高度に分化した(悪性度1)腫瘍と分化の不十分な(悪性度3)腫瘍との間には有意差は認められなかった(表1)。
【0035】
B.P450Rタンパク質発現と腫瘍病期および悪性度との間の関係
試験した腫瘍全てが、検出可能なレベルのP450Rを細胞質に局在して発現した。NQO1とは対照的に、P450R発現は一般的に腫瘍内で均一であった。典型的な免疫染色を図1に示す。P450Rは、TCCの全病期で発現した(表1)。P450Rのレベルは、表在性(pTa+pT1)腫瘍と比較して筋肉浸潤性腫瘍(≧pT2)で有意に高かった(P<0.01)。NQO1とは対照的に、P450Rの発現は、悪化する腫瘍病期と正の関係を示すが、浸潤性(pT1+≧pT2)および非浸潤性(pTa)腫瘍の間に有意差が認められないことから明らかなように、腫瘍の浸潤潜在性とは関係がない(表1)。TCCの病理学的悪性度全てにおいてP450Rが発現していた(表1)。正の関係がP450Rレベルと悪化する腫瘍悪性度の間に認められた(表1)。
【0036】
C.Glut−1と腫瘍病期および悪性度との間の関係
Glut−1タンパク質の発現は、個々の腫瘍標本内および個々の患者試料間の両方で不均一であった。典型的な免疫染色と腫瘍病期および悪性度との関係は、図1および表1にそれぞれ表してある。Glut−1のレベルは、≧pT2腫瘍(pTa腫瘍に対して、P=0.05)および悪性度3腫瘍(悪性度1[P=0.03]および悪性度2[P<0.01]腫瘍の両方に対して)で有意に高かったが、Glut−1タンパク質は、試験した病期および悪性度の全てにおいて発現していた。さらに、非浸潤性(pTa)および浸潤性(pT1+≧pT2)腫瘍の間には統計学有意差(P=0.02)が存在しており、浸潤性疾患は高いGlut−1タンパク質発現、したがって高い低酸素レベルに関係していることが示唆される。
【0037】
D.Ki67、腫瘍病期、腫瘍悪性度および酵素の間の関係
Ki67抗原の発現レベルを腫瘍増殖指数の指標として使用した(表1)。予測通り、悪化する腫瘍悪性度(低下する分化度)と増殖指数の間には有意な関係が認められた(P<0.01)。腫瘍増殖性と腫瘍浸潤能力(pTa対pT1+≧pT2)の間には関係が認められなかった。対照的に、おそらく筋肉浸潤性と高い腫瘍悪性度との間の関係の結果として、腫瘍増殖性は、表在性腫瘍(pTa+pT1[P<0.01])に対して筋肉浸潤性腫瘍(≧pT2)において有意に高かった。興味深いことに、有意な関係が、腫瘍増殖指数とGlut−1発現(P=0.01)およびP450R発現(P<0.01)の両方の間に認められたが、NQO1発現には認められなかった。
【0038】
この研究の結果は、膀胱TCCの病期および悪性度に伴うGlut−1タンパク質レベルの変化によって測定されたように、重要な酵素のタンパク質発現がキノンをベースにした化合物の生体還元活性化および低酸素の存在に関係していることを示している。最も注目すべき所見は、NQO1タンパク質発現が腫瘍病期の悪化につれて有意に減少するという事実である(表1)。腫瘍悪性度に関しては、G3腫瘍ではG2(G1ではない)腫瘍よりもNQO1レベルが低いことも証明された。これらの発見は、NQO1mRNA発現と悪化する腫瘍病期との間の反比例関係(15)を報告した、既に公表された研究と一致した。Glut−1と類似して、腫瘍悪性度(G1およびG2をそれぞれG3腫瘍と比較したとき、P=0.03および<0.01)および腫瘍病期(pTa腫瘍を≧pT2腫瘍と比較したとき、P=0.05)と共にタンパク質発現が増加することは、以前の報告(16)と一致する。筋肉浸潤性TCCと比較して表在性においてP450RmRNAレベルが高いことを示す既に公表された報告(15)とは対照的に、この研究では、P450Rタンパク質レベルは、筋肉浸潤性(pTa+pT1と比較して≧pT2)疾患において有意に高かった(P<0.01)。さらに、P450Rタンパク質発現は、腫瘍悪性度の悪化(分化の低下)と正の相関を示す(表1)。興味深いことに、おそらく、P450R、Ki67と悪化する腫瘍悪性度(分化の低下)との間の強い関係の結果として、P450R発現はまた、増殖指数と強い正の相関を示した(P<0.01)。それにもかかわらず、高い増殖指数が膀胱癌の予後不良と関連があることが示されたので(17、18)、P450Rに関係した生体還元療法を評価するとき、このことは留意しなければならない。要約すると、免疫組織化学によるタンパク質発現の分析によって、Glut−1発現によって示されたように、低酸素は悪化する腫瘍病期、悪性度および腫瘍浸潤性に関係することが示唆される。腫瘍酵素学に関しては、この研究によって、NQO1レベルは腫瘍病期の悪化(および浸潤能力)に応じて有意に減少し、一方、P450Rレベルは腫瘍悪性度および浸潤潜在性と共に増加することが示された。
【0039】
これらの結果は、膀胱TCCの治療におけるキノンをベースにした生体還元性薬物を使用した有望な治療戦略に重要な意味を持つ。前臨床モデルにおいて、MMC、EO9およびRH1に対する細胞応答はNQO1レベルだけでなく、腫瘍低酸素のレベルにも左右されることを示す確実な証拠がある。MMCに関して、好気性条件下での細胞応答の決定におけるNQO1の役割には議論の余地が残されているが、低酸素条件下では活性の著しい増強が、NQO1活性が低い、または活性がない細胞においてのみ認められる(19)。EO9およびRH1の場合、同様の結果が低酸素条件下で得られ、活性の顕著な増強がNQO1の低い細胞でのみ認められた(20、21)。しかし、好気性条件下では、NQO1活性と化学感受性の間には良好な相関が存在し、酸素の存在下では、NQO1はEO9およびRH1の活性化に主要な役割を果たすことを示唆している(22、23)。これらの所見を説明する機構的根拠は明らかではないが(24)、低酸素条件下では、P450Rなどの1電子還元酵素が生体還元活性化プロセスにより大きな影響力を及ぼす役割を担うと考えられる(25)。これらの結果に基づくと、EO9およびRH1などの化合物は、NQO1が豊富な腫瘍の好気性画分(MMCも同様であるが、程度は低い)、またはNQO1が欠如した、P450Rなどの1電子還元酵素が存在すると考えられる腫瘍の低酸素画分を標的とするのであろう。したがって、NQO1の豊富な腫瘍の場合、好気的画分を標的とする単一の薬剤として、EO9およびRH1などの化合物を使用することが適しているであろう。顕著な低酸素画分を有し、NQO1が欠如した腫瘍では、これらの薬剤は、放射線療法または好気性画分を標的とするその他の化学療法薬と組み合わせて使用すべきである。この研究の結果は、この後者の戦略は、膀胱のより進行したTCC(すなわち、≧pT2)またはより侵襲的な疾患(すなわち、悪性度の3腫瘍)の場合、これらは一般的にNQO1タンパク質の発現が低く(おそらく、P450Rの発現が多く)、低酸素領域を多く含有するので、有効であり得ることを示唆している。この特定の場合において、NQO1および低酸素マーカーの分析はこの研究の設計には組み込まれていなかったが、興味深いことに、放射線化学療法(根治的放射線療法と併用したマイトマイシンCおよび5フルオロウラシル)を使用して筋肉浸潤性膀胱癌において強力な結果が得られた(26)。より広範な状況では、この研究およびその他の研究において、表在性および筋肉浸潤性膀胱TCCの両方が低酸素領域を多く有することが示されたことによって、これらの腫瘍がその他の生体還元性薬物または低酸素媒介治療を評価するための魅力的な候補であることが示唆される。
【0040】
要するに、この研究の結果は、キノンをベースにした化合物の生体還元活性化および低酸素の存在に関係している重要な酵素のタンパク質発現が、膀胱TCCの腫瘍病期および悪性度に応じて変化することを示した。これらの結果は、これらの腫瘍(すなわち、≧pT2およびG3腫瘍)が、低酸素画分を標的とするキノン(例えば、MMC、EO9およびRH1)を照射または細胞の好気性画分を標的とするその他の化学療法と組み合わせて使用する放射線化学療法計画の良好な候補であることを示している。これらの原理に基づいて、図1を振り返ってみると、症例A(pTG3)は低いNQO1、高いP450Rおよび高いGlut−1レベルを示し、したがってキノンを使用した放射線化学療法の良好な候補であろう。症例B(pTaG1)は、NQO1が高く、P450Rが低く、Glut−1は中程度で、それ自体キノンをベースにした化学療法によく応答するはずである。NQO1が中程度で、P450Rも中程度で、Glut−1も中程度である症例C(pTG2)はまた、キノンをベースにした化学療法によく応答することが予測されるであろう。特に、患者間に存在する(特にNQO1の)著しい不均一性を考慮すると、これらのマーカーについて個々の患者の腫瘍をプロファイルすることは依然として重要である。
【0041】
本明細書で使用したように、患者の適切な治療を決定するために酵素レベルを使用するとき、その酵素の「高」レベル対「低」レベルは、関連する腫瘍の関心のある酵素のレベルを同一患者のその他の腫瘍、別の患者の腫瘍および/または標準的腫瘍細胞系または当業者に公知のその他の利用可能な参考点と比較することによって確定することができる。したがって、「高」および「低」レベルは、治療医または特定の患者の腫瘍酵素レベルの測定および/または定量に関与するその他の研究室、実験者もしくは医療関係者によって決定することができる。
【0042】
(実施例2)
I.材料および方法
A.装置および一般的な測定原理
図2に示したように、説明した実験で使用した装置には、24ウェル培養プレートの1ウェルに挿入されたトランスウェル挿入物(Costar)が含まれた。この挿入物の底面の膜はコラーゲンでコーティングされており、したがって、上室と下室の間ならびに細胞が結合し増殖する表面との間の両方に障壁が形成された。この研究で使用した細胞系は、細胞間に緊密な結合を形成し、それによって薬剤が通過しなければならない連続的な「障壁」を形成する能力のために、選択されたDLD−1ヒト結腸腺癌細胞であった。薬物浸透を評価するために、薬物を上室に添加し、下室中の薬物濃度を一連の時間間隔で測定した。
【0043】
B.細胞培養条件
DLD−1細胞は、通常、10%牛胎児血清、ピルビン酸ナトリウム(1mM)、L−グルタミン(2mM)、ペニシリン/ストレプトマイシン(50IU/ml、50μg/ml)を補給し、HEPES(25mM)で緩衝化したRPMI1640培地で維持した。DLD−1細胞(培地200μlで2.5×10個)を上室に添加し、静置して、37℃でCOの豊富な(5%)雰囲気中で約3時間膜に結合させた。一旦細胞が結合したら、トランスウェルを24ウェルプレートの1ウェルに挿入し、培地600μlを下室に添加した。次に、この装置を37℃で4日間インキュベートし、上室と下室両方の培地は毎日交換した。以前の研究に基づくと、4日間培養した後の多細胞層の厚さは約50μmである。各アッセイについて、組織化学的実験ならびに厚さおよび強度の正確な測定のために3個のトランスウェルを取り出した(詳細は以下を参照)。
【0044】
C.薬剤溶液の調製
以下の溶液は、以下に説明し、図3にまとめて示したように調製した。
【0045】
1.溶液1:0.1%DMSOに溶かしたEO9(347μM)
固形EO9を100%DMSOに溶解し、347mMの保存溶液を作製した。保存溶液10μlを完全RPMI培地(フェノールレッドを含まない)10mlに添加した。EO9が沈殿する可能性を防ぐために、この培地へのEO9保存溶液の添加は継続的に振盪しながら行った。EO9の最終濃度は347μMで、4mg/40mlに等しかった。
【0046】
2.溶液2:10%PGに溶かしたEO9(347μM)
炭酸水素ナトリウム(NaHCO)200ミリグラムをEDTA溶液(0.5mg/mL、0.5M保存溶液、Sigmaから新たに調製した)4mlに溶解した。次に、この溶液をPG溶液(PG2ml+HO4ml)6mlと混合し、20%PGを含有する最終量10mlを作製した。この溶液をEO9(2mg)、炭酸水素ナトリウム(5mg)およびマンニトール(12.5mg)を含有する汎用試験管20mlに添加した。EO9が完全に溶解するまで(約5〜6時間)、この溶液を継続的に振盪しながら37℃でインキュベートした。次に、この溶液を水で1:1に希釈して、10%PG溶液を得た。
【0047】
3.溶液3:20%PGに溶かしたEO9(347μM)
炭酸水素ナトリウム(NaHCO)200ミリグラムをEDTA溶液(0.5mg/mL、0.5M保存溶液、Sigmaから新たに調製した)4mlに溶解した。次に、この溶液をPG溶液(PG4ml+HO2ml)6mlと混合し、40%PGを含有する最終量10mlを作製した。この溶液をEO9(2mg)、炭酸水素ナトリウム(5mg)およびマンニトール(12.5mg)を含有する汎用試験管20mlに添加した。EO9が完全に溶解するまで(約3〜4時間)、この溶液を継続的に振盪しながら37℃でインキュベートした。次に、この溶液を水で1:1に希釈して、20%PG溶液を得た。
【0048】
4.溶液4:30%PGに溶かしたEO9(347μM)
炭酸水素ナトリウム(NaHCO)200ミリグラムをEDTA溶液(0.5mg/mL、0.5M保存溶液、Sigmaから新たに調製した)4mlに溶解した。次に、この溶液をPG(PG6ml+HO0ml)6mlと混合し、60%PGを含有する最終量10mlを作製した。この溶液をEO9(2mg)、炭酸水素ナトリウム(5mg)およびマンニトール(12.5mg)を含有する汎用試験管20mlに添加した。EO9が完全に溶解するまで(約2時間)、この溶液を継続的に振盪しながら37℃でインキュベートした。次に、この溶液を水で1:1に希釈して、30%PG溶液を得た。
【0049】
D.薬物投与
全操作を通じて、使用した培地は、フェノールレッドを含まない培地を使用した事実以外は前述した通りであった(フェノールレッドは、クロマトグラムでEO9と非常に近接して溶出する)。EO9をt=0時に容量100μlで上室に添加し、下室には培地600μlを含めた(継続的に撹拌)。37℃で10分間インキュベートした後、トランスウェルを取り出し、新鮮な培地600μlを含有する24ウェルプレートの新しいウェルに入れた。上室の薬物溶液を除去し、新鮮な薬物溶液100μlに代えた(すなわち、上室の濃度は一定濃度に維持した)。この全操作を10分間隔で1時間の全期間中繰り返した。
【0050】
E.抽出操作
EO9は、IsoluteC18SPEカートリッジを使用してすぐに抽出された。カートリッジにメタノール1mlを最初に注入し、次に脱イオン水1mlで洗浄し、その後試料(500μl)を添加した。脱イオン水1mlでさらに洗浄した後、EO9をメタノール300μlで溶出した。試料を真空下で乾燥し(室温で、ロータリーエバポレーターを用いる)、分析が必要になるまで−20℃で保存するか、すぐに分析するために移動相(以下参照)で復元した。
【0051】
F.HPLC分析
EO9のクロマトグラフィー分析は、本明細書に参考として援用したPhillipsら(BritishJournal of Cancer、65巻(3)、359〜64頁、1992年)に記載された通りに実施した。簡単に説明すると、Hichrom RPBカラム(25cm×4.6mm id、Hichrom Ltd、UK)を分離のために使用した。Masslynx3.4ソフトウェア(Micromass Ltd)を備えたWaters996フォトダイオードアレイ検出器(λi=280nm)を関心のあるピークの分光分析のために使用した。移動相は、1Mリン酸緩衝液(1%)、メタノール(42%)およびHPLC等級の水(57%)から構成された。流速は、自動試料採取装置も組み込んだWaters Alliance2690(Milford、MA、USA)クォータナリポンプクロマトグラフィーシステムを使用して、1.2ml分−1に設定した。検出限界は10ng/ml(34.7nM)であった。
【0052】
G.組織学
各実験について、対照1種および実験終了時に2種の3種のトランスウェル挿入物を集めた。各トランスウェルを10%ホルマリンで1時間固定した後、70%エタノールに移し、一晩保存した。清潔な外科用メスを使用して、膜をプラスティック挿入物から注意深く脱離し、当業者に公知の標準的方法を使用してパラフィンワックスに包埋するために処理した。Leitz回転式ミクロトーンを使用して標本を剪断し(5μm)、タンパク質をコーティングしたスライドガラスに乗せ、当業者に公知の標準的方法をまた使用して、ヘマトキシリンおよびエオジンを使用して染色した。多細胞層の厚さは、ステージマイクロメータを使用して目盛りを付けた目盛り付き接眼レンズを使用して測定した。各箇所について5個の測定値を得て、試料当たり3箇所を測定した。
【0053】
II.結果
A.典型的クロマトグラム
図4は、WV14内部標準を加えた盲検試料のクロマトグラムを示した図である(滞留時間=11.059分)。6.870分のピークは、混入ピークである。図5は、RPMI1640培地に溶かしたEO9標準物(1μg/ml(図5A)および20ng/ml(図5B))を示す。図5Aに示したように、EO9ピークは8.029分、WV14ピークは13.023分に溶出する(7.292分のピークは前述した混入ピークである)。滞留時間は、研究室の温度の変動によって変化し得るが、相対的滞留時間は一定に保持されることに注意されたい。図5Bは、検出限界を示す。図6は、0.1%DMSO(図6A)、30%PG(図6B)、20%PG(図6C)および10%PG(図6D)に溶かしたEO9標準物のクロマトグラムを示した図である。
【0054】
B.検量線
検量線は、各EO9調製物について作成し、その結果を図7に表す。検量線は再現性があり、各検量線の勾配には図7に例示したようにわずかな差が認められた。差の理由は明らかではないが、異なる調製物間の抽出効率のわずかな差を反映している可能性がある。EO9の抽出効率は、0.1%DMSO溶液で92.3%、10%PG溶液で81.7%、20%PG溶液で79.9%および30%PG溶液で81.1%であった。変動のため、検量線は実施した実験毎に作成した。明らかな分解産物はクロマトグラムのいずれにも認められなかった。
【0055】
C.薬剤浸透
図8に認めることができるように、PGの濃度が増加するにつれて、EO9の多細胞層浸透速度は減少する。0.1%DMSOに溶かしたEO9に関して、速度式は、予測通りに、上室の濃度がおおよそ一定値に維持されるとき直線である。試験した2種類の最高のPG濃度では、速度式は完全な直線ではなく、時間が経つにつれて速度が徐々に増加することには意味がない。この影響はおそらく、PGによって引き起こされた多細胞層の厚さの変化を反映しているのであろう(図9参照)。明らかな代謝物および分解産物は評価時点のいずれにおいても認められなかった。
【0056】
図9は、DLD−1多細胞層のEO9の浸透を調べるための組織学的分析の結果を示している。薬物で処理していない部分の厚さは、56.01±3.63μmであった。0.1%DMSOに溶かしたEO9による処理の1時間後、多細胞層の厚さは、薬物で処理していない標本と有意差がなかった(58.80±2.50μm)。しかし、30%PGに溶かしたEO9で処理した後、多細胞層の厚さは29.01±1.78μmに有意に減少した。層内には見たところ著しい形態学的変化もあり、その最も明らかなのは層自体内の「分断」または「溝」の出現であった。PGに溶かしたEO9を使用した実験を通して得られた所見は、上室は予測よりも多くの流体を含有することであった。例えば、30%、20%および10%のPGに溶かしたEO9と共に10分間インキュベートした後、上室から回収された容量はそれぞれ、106±3、107±3および105±2μlであった(0.1%DMSOに溶かしたEO9に1時間曝露した後、回収された容量は98±2μlであった)。これらの容量は近似しているだけでなく(ギルソンピペットを使用して回収できるものに基づいている)、PG薬学的製剤(特に30%PG)に溶解したEO9を使用すると上室内の培地の容量が変化することを示していることを強調すべきである。組織学的写真は、対照およびEO9(0.1%DMSO)処理標本では細胞が基底膜に緊密に接触しているが、30%PGに溶かしたEO9で処理した多細胞層では多細胞層と膜自体の間には小さいが明確な隔たりがあることを示していることも注目に値する。
【0057】
(参考文献)
【0058】
【化2】

【0059】
【化3】

【0060】
【化4】

表1.膀胱のヒトTCCにおけるNQO1、P450R、GLUT−1およびKi67のタンパク質発現
NQO1、P450RおよびGLUT−1のデータは、2人の観察者のスコア中央値(±四分位数範囲)で表す。増殖指数のデータは、2人の観察者の平均スコア±S.Eで表す。標本は、NQO1、P450RおよびGLUT−1については0から4の間で採点し、増殖指数は「材料および方法」で記載されたように%ki67陽性として計算した。
【0061】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】図1は、膀胱の移行上皮癌の患者3人におけるNQO1、P450RおよびGlut−1の免疫組織化学的分析を示した図である。
【図2】図2は、多細胞層の薬剤浸透を研究するために使用した装置を示した図である。
【図3】図3は、薬剤溶液調製の概略図である。
【図4】図4は、内部標準として、WV14を加えた盲検試料のクロマトグラムを示した図である。
【図5A】図5Aは、RPMI1640培地中のEO9標準物のクロマトグラムを示した図である。
【図5B】図5Bは、RPMI1640培地中のEO9標準物のクロマトグラムを示した図である。
【図6A】図6Aは、DMSO0.1%(6A)に溶かしたEO9標準物のクロマトグラムを示した図である。
【図6B】図6Bは、プロピレングリコール30%(PG、6B)に溶かしたEO9標準物のクロマトグラムを示した図である。
【図6C】図6Cは、PG20%(6C)に溶かしたEO9標準物のクロマトグラムを示した図である。
【図6D】図6Dは、PG10%(6D)に溶かしたEO9標準物のクロマトグラムを示した図である。
【図7】図7は、DMSO0.1%および様々なPG濃度(30%、20%、10%)におけるEO9の検量線を示した図である。
【図8】図8は、様々なPG濃度におけるEO9のDLD−1多細胞層への浸透を示した図である。
【図9】図9は、染色したDLD−1多細胞層の断面を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロピレングリコール(PG)約30%vol/vol、PG約20%vol/volおよびPG約10%vol/volからなる群から選択されたPG濃度の溶液中にEO9を含む薬学的製剤。
【請求項2】
EO9濃度約300μMから約400μMの溶液を含む、請求項1に記載の薬学的製剤。
【請求項3】
EO9濃度約347μMの溶液を含む、請求項1に記載の薬学的製剤。
【請求項4】
NaHCO、EDTA、マンニトールおよび水をさらに含む、請求項1に記載の薬学的製剤。
【請求項5】
NaHCOを約10mg/mLから約120mg/mL含む、請求項4に記載の薬学的製剤。
【請求項6】
NaHCOを約100mg/mL含む、請求項5に記載の薬学的製剤。
【請求項7】
NaHCOを約50mg/mL含む、請求項5に記載の薬学的製剤。
【請求項8】
マンニトールを約0.5mg/mLから約3.0mg/mL含む、請求項4に記載の薬学的製剤。
【請求項9】
マンニトールを約0.625mg/mL含む、請求項8に記載の薬学的製剤。
【請求項10】
マンニトールを約1.25mg/mL含む、請求項8に記載の薬学的製剤。
【請求項11】
EDTA、PGおよび水を含む溶液中にNaHCOを約100mg/mL、マンニトールを約0.625mg/mLおよびEO9を約0.1mg/mL含む、請求項1に記載の薬学的製剤。
【請求項12】
PG、EDTAおよび水を含む溶液中にEO9、NaHCOおよびマンニトールを含む薬学的製剤であって、該PGが、約6%から約14%vol/vol、約16%から約24%vol/vol、および約26%から約34%vol/volからなる群から選択されたパーセント範囲で該溶液中に存在する薬学的製剤。
【請求項13】
前記PGが、約10%vol/vol、約20%vol/vol、および約30%vol/volからなる群から選択されたパーセントで前記溶液中に存在する、請求項12に記載の薬学的製剤。
【請求項14】
EO9濃度約347μMおよびPG濃度約10%vol/volの溶液を含む、請求項12に記載の薬学的製剤。
【請求項15】
EO9濃度約347μMおよびPG濃度約20%vol/volの溶液を含む、請求項12に記載の薬学的製剤。
【請求項16】
EO9濃度約347μMおよびPG濃度約30%vol/volの溶液を含む、請求項12に記載の薬学的製剤。
【請求項17】
NaHCOを約10mg/mLから約120mg/mL含む、請求項12に記載の薬学的製剤。
【請求項18】
NaHCOを約100mg/mL含む、請求項17に記載の薬学的製剤。
【請求項19】
NaHCOを約50mg/mL含む、請求項17に記載の薬学的製剤。
【請求項20】
マンニトールを約0.5mg/mLから約3.0mg/mL含む、請求項12に記載の薬学的製剤。
【請求項21】
マンニトールを約0.625mg/mL含む、請求項20に記載の薬学的製剤。
【請求項22】
マンニトールを約1.25mg/mL含む、請求項20に記載の薬学的製剤。
【請求項23】
EO9濃度約347μM、PG濃度約10%vol/vol、NaHCO約100.25mg/mLおよびマンニトール約0.625mg/mLの溶液を含む、請求項12に記載の薬学的製剤。
【請求項24】
EO9濃度約347μM、PG濃度約30%vol/vol、NaHCO約100.25mg/mLおよびマンニトール約0.625mg/mLの溶液を含む、請求項12に記載の薬学的製剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6A】
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【図6B】
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【図6C】
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【図6D】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公表番号】特表2009−526085(P2009−526085A)
【公表日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−554531(P2008−554531)
【出願日】平成19年2月9日(2007.2.9)
【国際出願番号】PCT/US2007/061951
【国際公開番号】WO2007/092964
【国際公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【出願人】(506311677)スペクトラム ファーマシューティカルズ インコーポレイテッド (8)
【Fターム(参考)】