説明

RNF213遺伝子多型による重症もやもや病の予測方法

【課題】従来法よりもより詳細にもやもや病の発症のリスク、およびその重症度を予測することができる方法を提供する。
【解決手段】被験者のRNF213遺伝子におけるc.14576G>A多型を検出し、ホモ接合性の多型A/Aを持つ場合に、予後不良の重症型である、あるいは発症リスクが高いと判定する、もやもや病の検査方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、RNF213遺伝子多型による重症もやもや病の予測方法に関し、より詳細には、もやもや病の疾患感受性遺伝子であるRNF213遺伝子多型(c.14576G>A)をホモ接合性で有する症例は重症型もやもや病を呈すると予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
もやもや病は、ウィリス動脈輪部の狭窄性変化と脳底部の異常血管網を呈する原因不明の疾患で、若年性の脳虚血発作や脳出血の原因として頻度の高い疾患の一つである(非特許文献[1])。慢性に進行し繰り返す脳虚血や脳出血による神経学的機能障害や知能低下をきたし一般に自然予後は不良である(非特許文献[2])。特に、発症年齢が早く初発時より重篤な脳梗塞を呈し、急速に進行し、著しく予後不良の重症群が存在することが臨床的に知られていた(非特許文献[3])。早期の外科的な血行再建を行うことで機能障害を残すことなく治療を行うことが可能と考えられるが、若年者への血行再建術はそれ自体が周術期の脳卒中のリスクとなりうるため、早急な手術適応のある症例を早期に抽出する指標が求められている(非特許文献[4])。
【0003】
もやもや病は約10%に家族内発症がみられること(非特許文献[5])、一卵性双生児でのもやもや病発症率は90%、同胞再発率が一般集団の発症頻度の42倍と高率であること(非特許文献[6])、発症頻度に人種差があり、東アジア、特に日本においては有病率が欧米の約10倍であること(有病率 10万人当たり3.16)(非特許文献[7-9])などから、発症に何らかの遺伝学的因子が関与していることが想定されてきた。2010年にKamadaらが初のもやもや病の疾患感受性遺伝子としてRNF213遺伝子を報告し、(非特許文献[10])もやもや病発病リスクの診断方法を開発した(特許文献[1])。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Suzuki J, Takaku A (1969) Cerebrovascular"moyamoya" disease. Disease showing abnormal net-like vessels in baseof brain. Arch Neurol 20 (3):288-299
【非特許文献2】Kuroda S, Houkin K (2008) Moyamoya disease:current concepts and future perspectives. Lancet Neurol 7 (11):1056-1066.doi:S1474-4422(08)70240-0 [pii] 10.1016/S1474-4422(08)70240-0
【非特許文献3】Kim SK, Seol HJ, Cho BK, Hwang YS, Lee DS, WangKC (2004) Moyamoya disease among young patients: its aggressive clinical courseand the role of active surgical treatment. Neurosurgery 54 (4):840-844;discussion 844-846
【非特許文献4】Kim SK, Cho BK, Phi JH, Lee JY, Chae JH, KimKJ, Hwang YS, Kim IO, Lee DS, Lee J, Wang KC (2010) Pediatric moyamoya disease:An analysis of 410 consecutive cases. Ann Neurol 68 (1):92-101.doi:10.1002/ana.21981
【非特許文献5】Yamauchi T, Houkin K, Tada M, Abe H (1997)Familial occurrence of moyamoya disease. Clin Neurol Neurosurg 99 Suppl2:S162-167
【非特許文献6】N.Kanai (1992) A Genetic Study of SpontaneousOcculusion of the Circle of Willis (Moyamoya Disease). Journal of Tokyo Women'sMedical University 62 (11):1227-1258
【非特許文献7】Graham JF, Matoba A (1997) A survey of moyamoyadisease in Hawaii. Clin Neurol Neurosurg 99 Suppl 2:S31-35.doi:S0303846797000371 [pii]
【非特許文献8】Uchino K, Johnston SC, Becker KJ, Tirschwell DL(2005) Moyamoya disease in Washington State and California. Neurology 65(6):956-958. doi:65/6/956 [pii]10.1212/01.wnl.0000176066.33797.82
【非特許文献9】Yonekawa Y, Ogata N, Kaku Y, Taub E, Imhof HG(1997) Moyamoya disease in Europe, past and present status. Clin NeurolNeurosurg 99 Suppl 2:S58-60. doi:S0303846797000425 [pii]
【非特許文献10】Kamada F, Aoki Y, Narisawa A, Abe Y,Komatsuzaki S, Kikuchi A, Kanno J, Niihori T, Ono M, Ishii N, Owada Y, FujimuraM, Mashimo Y, Suzuki Y, Hata A, Tsuchiya S, Tominaga T, Matsubara Y, Kure S(2011) A genome-wide association study identifies RNF213 as the first Moyamoyadisease gene. J Hum Genet 56 (1):34-40. doi:jhg2010132 [pii]10.1038/jhg.2010.132
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010-259390 号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特開2010-259390 号公報にもとづく方法では、もやもや病の発症のリスクは予想できるものの、診療上外科的加療を検討するうえで必要不可欠な重症度に関する情報は得られなかった。またもやもや病は浸透率が低い疾患であることから、リスクが予想されても、実際に発症する確率に関する情報は得られなかった。
【0007】
本発明は、この現状に基づき、従来法よりもより詳細に発症のリスクを予想すること、およびその重症度を予測することを可能とする方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために、もやもや病患者204名について、RNF213遺伝子の特定の変異(c.14576G>A)を解析したところ、家族歴のあるもやもや病症例の95%、孤発性症例の80%にこの変異がみられることがわかった。また一般日本人集団の1.8%が同様の変異を有するキャリアであることがわかった。一般にヒトは23対46本の染色体上に約2万個の対になった遺伝子を持つ。そこでこの遺伝子変異を有する症例について詳細にみると、この変異を1つ持つもの(ヘテロ接合性)、2つ持つもの(ホモ接合性)の2通りが存在することが分かった。そこで2通りの変異のパターンによって、臨床症状が規定されるかどうかを、統計学的に解析した。一般集団にはヘテロ接合例は存在するが、ホモ接合例は存在しなかった。ホモ接合例群では、ヘテロ接合群に比べ発症リスクが極端に大きく、その発症確率が78%以上であることがわかった。さらにホモ接合では、発症年齢が有意に早期で、初発症状が重篤な脳梗塞であるなど、従来臨床で経験的に知られていた重症型に一致することが判明した。本発明は、これらの知見に基づいて完成された。
【0009】
本発明の要旨は以下の通りである。
(1)被験者のRNF213遺伝子におけるc.14576G>A多型を検出し、ホモ接合性の多型A/Aを持つ場合に、予後不良の重症型である、あるいは発症リスクが高いと判定する、もやもや病の検査方法。
(2)c.14576G>A多型をゲノムDNAで解析して検出する(1)記載の検査方法。
(3)c.14576G>A多型をRNAレベルで解析して検出する(1)記載の検査方法。
(4)c.14576G>A多型をタンパク質レベルで解析して検出する(1)記載の検査方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によりRNF213遺伝子の多型を検出することで、その変異のパターン(ヘテロ接合性・ホモ接合性)によって、従来法より詳細な発症リスクと、いわゆる重症型であるかの予測が可能となる。これにより、発症早期の症例においては、早急に手術が適応であるかの判断において有用なバイオマーカーとなりうる。また未発症症例においては、発症確率などのより詳細なリスクの評価とその予想される重症度に関する情報が提供される。これらの情報は、もやもや病による脳血管イベントの予防に有用であると考えられる。
【0011】
またMRIや血管造影などの高額、侵襲的な検査を要さないことから、日本においては、保因者が比較的多く予後不良の当該疾患の発症前スクリーニング法としての意義もある。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】RNF213蛋白とRNF213遺伝子の構造図。図の上から下に向かって、3つのドメインを持つRNF213蛋白の構造、今回の研究で発明者たちが発見した新規の遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換、RNF213遺伝子の2つのアイソフォーム、を図示した。
【図2】c.14576G>A 多型と発症年齢の相関についての図。図(A)はc.14576G>Aの遺伝型がホモ接合性(AA)、ヘテロ接合性(GA)、野生型(GG)である3つの患者グループについて、それぞれの発症年齢の分布について箱ひげ図を示した。(○) は軽度外れ値、(Δ) は高度の外れ値を意味する。図(B)は3つの患者群におけるもやもや病の累積発症率のグラフである。
【図3】c.14576G>A多型と臨床症状の相関についての図。図(A)は204名のもやもや病患者において、c.14576G>A多型がホモ接合性(AA)、ヘテロ接合性(GA)、野生型(GG)である3つの患者グループにおける様々な臨床症候の頻度を棒グラフで示した。各々の臨床症候があるかないかについて、その臨床記録が存在する患者の合計数を棒グラフの下段に()で示し、各患者群において各々の症候を有する患者の数を各々の棒グラフの上に示した。Infarct:脳梗塞, TIA:一過性脳虚血, ICH/IVH:脳出血/脳室内出血,FH:家族歴あり, Intel:知的機能の低下, Epi:てんかん, PCA:後大脳動脈の障害合併, Bil:両側性の血管病変。図(B)は15歳未満で発症した患者について、図(A)と同様の内容を棒グラフで提示した。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明は、被験者のRNF213遺伝子におけるc.14576G>A多型を検出し、ホモ接合性の多型A/Aを持つ場合に、予後不良の重症型である、あるいは発症リスクが高いと判定する、もやもや病の検査方法を提供する。RNF213遺伝子はヒト17番染色体上に存在する。RNF213遺伝子におけるc.14576G>A多型の変異は、エキソン61に存在し、p.Arg4859Lys(4859番目のR(アルギニン)がK(リジン)に置換)のミスセンス変異をもたらす。
【0015】
RNF213がコードするタンパクはAAA (ATPases associated with variety of a cellular activities) ドメインをもつRINGフィンガータンパクであり、E3 ユビキチンリガーゼ活性とエネルギー依存性アンフォルダーゼ活性を有する。また機能はよく知られていないが、2A1904 domainの存在も想定されている。この遺伝子には少なくとも2つのアイソフォームが存在することが知られている。Isoform 1は61個のエキソンからなり、5256個のアミノ酸から成るタンパク質をコードする。このタンパク質には前述の3つのドメインの存在が想定されている。Isoform 2 は17個のエキソンからなり、1063個のアミノ酸から成るタンパク質をコードする。このタンパク質には2A1904 domainの存在が想定されている。C.14576G>A多型は isoform 1のみに存在する。
【0016】
配列情報は、NCBI Reference Sequences NM020914 (isoform1), NM020954 (isoform2)に従っている。
【0017】
ヒトRNF213遺伝子(isoform1)のゲノム配列を配列表の配列番号1に示す。配列番号1に示すゲノム配列中、エキソンの位置は以下の通りである。(以下の番号はmRNAの始まりを1としたときの、exonに当たる塩基の番号を記したものである。ゲノムのphysical positionの番号ではmRNAの1にあたるのが、78234667 になる。http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/NC_000017.10?from=78234667&to=78370086&report=genbank より)
mRNA join(1..35,2707..2911,12374..12537,17897..18043, 26948..27496,27766..27888,28792..28970,29703..29861, 30761..30960,33853..34136,34691..34947,37455..37652, 45386..45602,46262..46335,48152..48305,52146..52301, 56322..56411,58324..58446,64164..64332,66950..67123, 67462..67611,71140..71765,73239..73404,75295..75512, 76720..76860,76967..77131,78335..79490,82266..82459, 82991..83149,83812..87420,88904..89040,89435..89530, 90819..90937,92074..92193,92646..92800,93153..93300, 93575..93710,97422..97613,99195..99340,100868..101022, 102236..102448,102743..102924,103567..103687, 106882..106982,107095..107277,108636..108805, 108902..109001,111008..111119,111655..111868, 112109..112299,113592..113723,114894..115004, 115435..115677,116016..116097,116896..116930, 118754..118848,119965..120121,120681..120861, 122113..122204,122811..123062,124173..124305, 124672..124755,125384..125564,125824..126025, 127746..127823,128307..128501,128962..129051, 129146..129330,132479..135420)
【0018】
ヒトRNF213遺伝子(isoform1)のmRNA配列及びこれがコードするRNF213蛋白のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号2及び3に示す。
【0019】
RNF213遺伝子(isoform1)のエキソン61に存在するc.14576G>A(p.Arg4859Lys)の変異を配列表の配列で説明すると、以下の通りである。
【0020】
・配列番号1に示すヒトRNF213遺伝子のゲノム配列中の124279番目のGがAに置換。(ゲノムのphysical positionの番号では1=78234667 になる。)
・配列番号2に示すヒトRNF213遺伝子のmRNA配列中の14719番目のGがAに置換。(coding DNA の14576番目である。)
・配列番号3に示すヒトRNF213遺伝子のmRNAがコードするRNF213蛋白のアミノ酸配列中の4859番目のArgがLysに置換。
【0021】
ヒトRNF213遺伝子(isoform2)のゲノム配列を配列表の配列番号4に示す。配列番号4に示すゲノム配列中、エキソンの位置は以下の通りである。(以下の番号はmRNAの始まりを1としたときの、exonに当たる塩基の番号を記したものである。ゲノムのphysical positionの番号ではmRNAの1にあたるのが、78234667 になる。http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/NC_000017.10?from=78234667&to=78370086&report=genbank より)
mRNA join(1..35,2707..2911,12374..12537,26948..27496, 27766..27888,28792..28970,29703..29861,30761..30960, 33853..34136,34691..34947,37455..37652,45386..45602, 46262..46335,48152..48305,52146..52301,56322..56411, 58324..60597)
【0022】
ヒトRNF213遺伝子(isoform2)のmRNA配列及びこれがコードするRNF213蛋白のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号5及び6に示す。
【0023】
RNF213遺伝子におけるc.14576G>A多型は、G/G(正常型)、G/A(ヘテロ接合性;1アレルだけ多型有)及びA/A(ホモ接合性;2アレルとも多型有)に分類される。
【0024】
本発明者らの解析結果により、RNF213遺伝子におけるc.14576G>A多型をヘテロ接合性(G/A)で持つ人とホモ接合性(A/A)で持つ人では、発症リスクに違いがあることがわかった。後述の実施例では、ヘテロ接合性では236倍罹患しやすく、ホモ接合性では、変異のない人に比べ罹患リスクは計算上無限大になった。これを統計学的に計算すると、ホモ接合性変異を持っている人がもやもや病と診断される状態になる確率は78−100%と計算される。特開2010-259390号公報の方法では、ヘテロ接合性とホモ接合性の発症リスクの違いは考慮されておらず、ヘテロ接合性とホモ接合性を同等の遺伝学的効果をもつものと扱ってリスクを計算している。(後述の実施例においても仮に同様に考えて計算すると260倍と計算されるので、特開2010-259390号公報の方法で得られた数値よりも高い。)また特開2010-259390号公報の方法では、発明に至る研究の対象となったサンプルサイズも比較的小さい。以上から、本発明で提供されるデータのほうがより正確なものと考えられる。
【0025】
また、本発明者らの解析結果により、ホモ接合性変異を持つ場合、統計学的な有意差を持って、発症年齢が若く(4才未満)、初発時に神経学的後遺症を残す脳梗塞を起こす可能性が高く、また通常障害されない後大脳動脈の病変を合併しやすく、障害される血管の分布も典型例に比べ広範になることがわかった。臨床の現場において、重症で神経学的予後不良群と認識されてきた群の特徴に一致している。このような群も早期のうちに外科的加療を行うことによって、神経学後遺症を少なくすることが可能であり、また本発明の方法を利用することで、場合によっては、ホモ接合性変異を持つ人に対して重篤な初発症状が起こる前に予防的手術を行いうる可能性もある。よって、上記変異をヘテロ接合性/ホモ接合性に分けて解析する本発明の方法は臨床において非常に有用な情報を提供するものと考える。このような情報は、本発明に至る研究で解析した多数のサンプルの遺伝型と臨床症状の相関を統計学的に解析したことで明らかになった。特開2010-259390号公報の方法では、臨床症状との相関は検討されていないため、重症度に関する情報が得られなかったと考える。
【0026】
本発明の方法において、RNF213遺伝子の変異は、両アリルについて検出するとよい。また、RNF213遺伝子の変異は、ゲノムDNAで解析してもよいし、RNAレベル又はタンパク質レベルで解析してもよい。ゲノムDNAで解析する場合には、RNF213遺伝子の変異は、被験者から採取した血液、唾液、脳、皮膚、腎臓、膵臓などの生検組織などの生体試料を用いて、検出することができる。例えば、末梢血白血球から、ゲノムDNA、mRNA又はmRNAから合成したcDNAなどの核酸試料を分離あるいは調製し、必要に応じて、RNF213遺伝子の変異部位を含む領域を増幅して、RNF213遺伝子の変異を検出することができる。
【0027】
RNF213遺伝子の変異をゲノムDNAで解析するには、例えば、適切に設計したプライマーを用いて、ゲノムDNAからRNF213遺伝子の変異部位を含むコーディング領域を増幅し、ダイレクトシークエンスするとよい。SeqScape(登録商標)などの市販のソフトウェアを用いれば、変異の検出やプロファイリングを容易に行うことができる。変異がホモ接合性かヘテロ接合性かについては、シークエンスの波形データから確認することができる。ダイレクトシークエンス以外にも、PCR-RFLP法、配列特異的オリゴプローブ法(SSOP法)、一本鎖コンフォメーション多型解析法(SSCP法)、アレル特異的増幅法(MASA法)などの方法を用いてもよい。
【0028】
RNF213遺伝子の変異をRNAレベルで解析するには、ノーザンハイブリダイゼーション法、サザンハイブリダイゼーション法、DNAチップ又はDNAアレイ解析法、in situハイブリダイゼーション法などのハイブリダイゼーション法、RT-PCR法などの方法を用いるとよい。「RNF213遺伝子の変異をRNAレベルで解析する」とは、mRNAから合成されるcDNAを解析することも含む概念である。
【0029】
RNF213遺伝子の変異をタンパク質レベルで解析するには、抗RNF213蛋白抗体を使用したウェスタンブロット法により、タンパク質分子量の変化の有無をみる方法や細胞、組織検体に対して抗RNF213蛋白抗体を使用した免疫染色を行ってRNF213蛋白の細胞内局在をみる方法が考えられる。
【0030】
RNF213遺伝子の変異解析に使用できるプライマーの配列の一例を以下に示すが、これに限定されるわけではない。また、PCRの条件は適宜設定することができる。
【0031】
CTCGCAGCCAGTCTCAAAGT(フォワードプライマー)(配列番号7)
TCCCCTATGCAGTGATCCTT(リバースプライマー)(配列番号8)
【実施例】
【0032】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0033】
〔実施例1〕
RNF213遺伝子におけるホモ接合性のc.14576G>A多型は、早期発症で重症型もやもや病の強力な予知因子である
抄録
背景 最近もやもや病 (MMD)の疾患感受性遺伝子としてRNF213遺伝子が報告された。私たちは、RNF213遺伝子の遺伝型ともやもや病の臨床型についての相関を明らかにすることにした。
【0034】
方法 もやもや病患者204名について、RNF213遺伝子の全コーディング領域のDNA配列を決定し、検出された多型は、62組の患者の両親、13人の母親、4人の父親、及び283人の健常日本人にも見られるかどうか検索した。患者の臨床情報は、主治医の記録から収集した。遺伝型―臨床型連関は統計学的に解析した。
【0035】
結果 c.14576G>A 多型は、家族性もやもや病患者の95.1%, 孤発性もやもや病患者の79.2%, 健常日本人の1.8%に見られた。この多型をヘテロ接合性もしくはホモ接合性に持つ場合のOdds比は259(P<0.001)で、もやもや病との強い相関が確定された。この多型をホモ接合性に持つ患者が15人見られたが、健常日本人や、非罹患の患者の両親には1人も確認されなかった。ホモ接合性にこの多型を持つ場合の、もやもや病発症確率は少なくとも78%と計算された。ホモ接合性多型を有する患者は、それ以外の患者に比べ、有意に発症年齢が若かった(ホモ接合性患者の発症年齢中央値=3歳、ヘテロ接合性患者の発症年齢中央値=7歳、多型をもたない患者の発症年齢中央値=8歳)、ホモ接合性患者の60%は4歳未満でもやもや病と診断されており、その全症例の初発症状は脳梗塞であった。初発時の症状が脳梗塞であること、後大脳動脈(PCA)にも病変が及んでいること、はどちらも、もやもや病の予後不良因子として知られているが、これらは、ホモ接合性患者で有意に頻度が高かった。C.14576GF>A多型以外の変異は臨床病型との相関は明らかではなかった。
【0036】
結論 RNF213遺伝子のc.14576G>A多型は、もやもや病発症と強い相関があった。さらに重要なことは、ホモ接合性のc.14576G>A多型は、早期の外科的治療が必要な、いわゆる重症型のもやもや病のよいバイオマーカーになりうるということである。
【0037】
本文
はじめに
もやもや病は、まれな脳血管の病気で、進行性に、内頸動脈の終末部とそこから枝分かれする主幹動脈の狭窄もしくは閉塞をきたす。血管の閉塞がおこると、代償性に異常血管網が形成される、これが‘もやもや血管’と呼ばれるもので、血管造影での所見が‘たばこの煙’のように見えることから名づけられた。1 もやもや病は世界中で見られているが、東アジア、とりわけ日本と韓国での有病率が高い。2,3 年間発症率は日本で0.35-0.54/100000人年であるが、4,5 ヨーロッパではその10分の1である。6,7 好発年齢は2峰性のピークを示す。すなわち10歳未満の層に大きなピークがあり、30-40歳代に小さなピークがある。4 小児期発症の場合、一過性脳虚血(TIA)もしくは脳梗塞(infarction)が、もっとも典型的な症状であるが、成人発症では脳出血がより高頻度に見られる。もやもや病は小児の脳卒中の最も頻度の高い原因として重要な疾患であり、8-10未治療で経過すると、非可逆的で重篤な神経学的後遺症を残すことになる。
【0038】
もやもや病は一般に進行する病気であるが、その自然経過は幅があり、ゆっくり経過するものから急速に進行し急激に神経学的レベルの低下をきたすものまである。11 外科的加療によって脳循環を改善し、脳梗塞の再発を防ぐことができるので、12 早期の診断と外科的介入が肝要である。手術前にすでに脳梗塞が見られるもの、発症年齢が若いもの、知的機能の低下やけいれんといった症状が合併しているもの、あるいはPCAにも病変が及んでいるものは予後不良であることが臨床的に知られている。12-15
もやもや病の遺伝学的関与は臨床的に重要な点である。疫学調査により、約15%の患者に家族歴がみられ、高い家族集積性が知られている。遺伝形式は多因子遺伝もしくは浸透率が低い常染色体優性遺伝が想定されている。16-18 表現促進現象も家族性もやもや病ではよく観察される事象である。18 これまで行われた連鎖解析では、5つの異なるもやもや病の遺伝子座が報告されているが、19-22 いずれの遺伝子座からも疾患責任遺伝子は同定されていない。2010年に、Kamadaらが、GWAS studyにより、初のもやもや病の疾患感受性遺伝子として染色体17q25に位置するRNF213遺伝子を同定した。23しかし、臨床症状との関連については知られていなかった。
【0039】
今回私たちは、もやもや病患者におけるRNF213遺伝子の遺伝学的及び臨床病型に関する包括的な研究を行った。その詳細について以下に述べる。
【0040】
方法と対象
対象
RNF213遺伝子の変異解析の対象は204人の日本人もやもや病患者で、その血液サンプルを収集した。もやもや病の診断は厚生労働省の診断基準によって行われた。24 これらの患者の臨床症状は、遺伝学的解析の結果を知らされていない臨床医たちによって記載された。204人の患者の概要はtable1に示す。また62組の患者の両親と、13人の母親、4人の父親の血液もしくは唾液サンプルも収集し、変異解析した。RNF213遺伝子で検出された変異について、最大283人の日本人健常コントロールにも見られるかどうか検索した。この研究のプロトコールは横浜市立大学医学部の倫理委員会に承認されており、すべての患者もしくは患者の親に対し、研究参加についての説明が行われ同意が得られた。
【0041】
変異解析
ゲノムDNAは、末梢血白血球からQuickGene 610-L (FUJIFILM) を用いて抽出するか、唾液サンプルからOragene(登録商標)・DNA (DNA genotek)キットを用いて抽出した。変異解析のためにDNAをGenomiphi version 2 (GE healthcare)を用いて増幅した。エキソン61にはc.14576G>A変異が存在するが、このエキソンを除く全コーディングエキソンとエキソンーイントロン境界領域について、LightCycler(登録商標)480 System II (Roche Diagnostics).を用いてhigh resolution melting (HRM) 解析を行った。プライマー配列、PCRやHRMの条件は、リクエストに応じて提供可能である。ホモ接合性変異を検出するために、HRMはspike-in法を併用した。25 HRMにおいて、他と異なるメルティング波形を示すサンプルがあれば、ダイレクトシークエンス法にて塩基配列を決定した。使用機器はABI Genetic Analyzer 3100 もしくは3500xL (Applied Biosystems) で、解析ソフトはsequence analysis software version 5.1.1 (Applied Biosystems) およびSequencher
4.10-build 5828 (GeneCodes Corporation)である。エキソン61については、全てのもやもや病患者とその親の検体について、ダイレクトシークエンス法で塩基配列を決定した。以上の変異解析で、検出された変異について、最大283人の健常日本人のサンプルを用いて、HRM解析を行い、これらのサンプルの中に同じ変異が見られるかどうか確認した。全ての変異/多型は、ゲノムDNAもしくは、再度Genomiphiを用いてDNA増幅したものを使って再度PCR及びダイレクトシークエンスを行い、その再現性を確認した。
【0042】
統計解析
各々の臨床項目について、その情報がない患者は、各々の統計解析から除外した。(Table 1 並びに supplemental tables 2 及び4に各々の項目について除外した患者数を示している)、全ての統計解析はSPSS Statistics 19 (IBM)を用いて行った。カイ二乗検定は、初発症状、家族歴の有無、知的機能低下やてんかんの合併の有無、もやもや病の分布が両側性か片側性か、といった項目について行った。発症年齢、障害されているPCAの本数といった正規分布に従わない連続変数は、Mann-WhitneyのU 検定 やKruskal-Wallis 検定を用いて解析した。P値が<0.05である時、統計学的に有意と判定した。Kaplan-Meier曲線を用いて累積発症率を算出し、log-rank検定で統計学的有意性を確認した。Cox回帰モデルを用いて、発症年齢に関連する因子を検出した。もやもや病の発症確率の正確検定の95%信頼区間は二項分布を用いて算出した。親子発症例や同胞発症例での臨床項目の比較はWilcoxinの符号順位検定もしくはMcNemar検定を用いた。
【0043】
結果
RNF213遺伝子の19種類の多型が同定された。(Fig.1及びsupplemental table1に詳細を示す。) そのうち16個は新規の変異であった。C.14576G>Aは41例の家族歴のあるもやもや病患者のうち39例に(95.1%)、163例の孤発性の患者のうち129例(79.2%)に、そして283人の健常日本人のうち5人に(1.8%)検出された。62組の患者の両親についてもこの多型の有無を調べたところ、この多型は全例で、一方もしくは両方の親からの遺伝であった。C.14576G>A多型をもつ168例のうち、15例でホモ接合性変異が検出されたが、健常コントロールと非罹患の患者の親では1例も検出されなかった。以上からヘテロ接合性のc.4576G>A多型はもやもや病の発症リスクを高めそのOdds比は236、95%信頼区間は91-615、p<0.001であった。ホモ接合性変異がコントロールや非罹患の親たちに見られなかったことから、ホモ接合性多型の発症リスクはOdds比が計算上無限大となって算出はできなかった。しかしかなり強い効果をもつものと想定された。ホモ接合性変異を有する場合のもやもや病の発症確率は、非常に高く、95%信頼区間でいうと、78-100%であった。その他に見つかった変異/多型に関しては、もやもや病発症のリスクに関するOdds比は小さく、どれも有意差は見られなかった。(Supplemental table 1)
31例が、その他の多型を有していた。(table.2)そのうち15人は、c.14576G>Aをヘテロ接合性に有しており、その中で両親の検体が解析可能だった5例中4例が、これら2つの多型を複合ヘテロ接合性に有していた。(つまり1つの多型が父親から、もうひとつが母親から由来していた)。それ以外の16例はc.14576G>A多型を持っていなかった。そのうち1人はc.13342G>A多型をホモ接合性に有しており、他の2人は2つの別の多型であるc.13342G>Aとc.14053G>Aを複合ヘテロ接合性に有していた。16個の新規の多型のうち、11個は188人の健常日本人には1例も見られず、これらは全てプライベートな変異であった。(つまり各々が1つの家系にしか見られなかった)
私たちは、c.14576G>A多型のパターンによって、患者を3つのグループに分けて、各グループでの臨床項目を比較した。3つのグループとは、多型をもたない野生型(遺伝型:
GG, これをGGグループとする)、ヘテロ接合型(遺伝型: GA,GAグループ),ホモ接合型(遺伝型: AA, AAグループ) である。発症年齢は、GA, GGクループに比べてAAグループで有意に若かった。(AA vs. GA: p=0.002, AA vs. GG: p=0.007) (Fig. 2A 及びsupplemental table 2参照) 。発症年齢の中央値はそれぞれ、AAグループで3歳、GAグループで7歳、GGグループで8歳だった。加齢に伴う二次性の血管病変の影響を無視でき、そのため遺伝学的効果が純粋に観察できると思われる15歳以下の患者に限ってみても、同様の結果が再現された。(AA vs. GA: p=0.001, AA vs. GG: p=0.007) (Supplemental table 2) 。小児発症と成人発症では臨床経過が異なるが、この2群間にこの多型を持つ患者の割合の有意差はなく、それぞれ83.2%と79.6%であった。これは異なる遺伝子によって規定される別の疾患というより、臨床の多様性を示唆するものと思われた。単変量のCox回帰分析では、発症年齢に関連するのはc.14576G>A遺伝型のみであった。(Supplemental table 3) 。累積発症頻度はAAグループで有意に高く、この傾向はほとんどどの年代にも見られた。(Log Rank検定: p=0.03) (Fig.2B) しかし、この傾向は10歳前の年代で特に顕著であった。AAグル―プの60%もの患者が4歳未満で発症しているのに対し、GAグループでは15%、GGグループでは14.3%が4歳未満で発症していて、早期発症例の頻度は有意差があった。(AA vs. GA vs. GG: p<0.001) (Fig. 3A)。これらのAAグループの早期発症例では全例脳梗塞で発症していた。
【0044】
その他のもやもや病の臨床症状の項目も、3つのグループ間で比較した。(Fig.3A及び supplemental table 2)。初発症状としては、AAグループでは脳梗塞の頻度が他のグループより有意に高かった(AA vs. GA: 80% vs. 43.1%; p=0.01; OR 5.3; 95%CI 1.43-19.56, AA vs. GG: 80.0% vs. 38.2%; p=0.01; OR 6.5; 95%CI 1.53-27.32) 。TIAは逆にAAでより頻度が少なかった。(AA vs. GA: 13.3% vs. 43.1%; p=0.03; OR 0.2; 95%CI 0.04-0.94) 。脳出血/脳室内出血の頻度は3つのグループ間で有意差はなかった。(AA vs. GA vs. GG: 6.7% vs. 6.9% vs. 17.6%; p=0.13) 両側性のもやもや病はGGグループよりもAAとGAグループでより有意に頻度が高かった。(AA+GA vs. GG: 98.4% vs. 84.6%; p=0.008; OR 11; 95%CI 1.98-66.36) 家族性の頻度はGGグループよりもAAとGAグループで有意に高かった。(AA+GA vs. GG: 23.2% vs. 5.6%; p=0.02; OR5.1; 95%CI 1.18-22.36) 狭窄もしくは閉塞したPCAの本数はGAグループよりもAAグループで有意に多かった。(AA: 18/ 26 PCAs in 13 AA homozygotes; GA: 82/ 230 PCAs in 115 GA heterozygotes;
p=0.01 by Mann-Whitney U test) PCA病変の有無について情報のある152症例中74例(48.6%)にPCA病変が見られ、PCA病変を合併する群ではそうでない群に比べて初発症状に脳梗塞が起こる頻度と知的機能障害を合併する頻度が有意に高かった。(Infarctions: 68.9% vs. 30.4%, p<0.001; intellectual impairment: 26.8% vs. 5.2%, p<0.001) このことは、以前にYamadaらが、報告したデータ(43%の症例にPCA病変が合併し、こうした症例ではより高頻度に脳梗塞や大脳萎縮がみられた)に一致していた。知的機能低下の合併は、GAグループよりもAAグループでより多い傾向がみられたが、有意差はなかった。(AA vs. GA: 33.3% vs. 13.8%; p=0.06, OR 3.1; 95%CI 0.97-10.17) てんかん合併の頻度はグループ間で違いはなかった。(AA vs. GA vs. GG: 26.7% vs. 15.8% vs. 20.6%; p=0.51) 15歳未満発症の小児例においても、c.14576G>Aの多型のタイプと臨床病型の相関は類似していた。ただし小児例では全例が両側性の血管病変を持つことが異なっていた。(Fig.3B)
c.14576G>A多型以外の多型ともやもや病の臨床症状との相関についても検討した。(Supplemental table 4) もやもや病の患者を次の4つのグループに分けた、すなわちc.14576G>A多型を持たず、それ以外の多型を1つ以上持つ群(GG1グループ)、c.14576G>A多型を持たず、それ以外の多型も持たない群(GG0グループ)、ヘテロ接合性にc.14576G>A多型を持ち、それ以外の多型を1つ以上持つ群(GA1グループ)、ヘテロ接合性にc.14576G>A多型を持ち、それ以外の多型を持たない群(GA0グループ)にわけた。GG1とGG0の間には発症年齢に有意差はなかったが(GG1 vs. GG0: p=0.48)、GA0はGA1より発症年齢は有意に低かった(GA1 vs. GA0: p=0.03)。発症年齢の中央値はGA0で7歳、GA1で12歳であった。GA1では初発時に脳梗塞を起こす頻度は有意に低く、脳出血を起こす頻度は有意に高かった(infarctions:
GA1 vs. GA0:14.3% vs. 46.2%; p=0.02; OR 0.19; 95%CI 0.04-0.90, ICH/IV: GA1 vs.
GA0: 28.6% vs. 4.6%; p=0.009; OR 8.3; 95%CI 2.00-35.20) 。しかしpolyphen226やSIFT27などの変異の病原性を予想するアルゴリズムで病的と判定された変異に限って同様の比較を行うと、上記の結果はコンスタントには見られなかったのでこれらのその他の多型の意義は不明である。多数例でのさらなる解析が、その他の変異の遺伝学的効果の検証を行うためには必要である。
【0045】
さらに、5つの親子例と6つの同胞例でRNF213の遺伝型が一致しているペアについて、臨床症状項目を比較した。親子例では、発症年齢は子供で有意に若く(p=0.04)、発症年齢の中央値は子供が5歳、親が37歳であった。このことは従来いわれているもやもや病の表現促進現象18に矛盾しない。一方同胞例では、発症年齢は同胞間で有意差はなかった(p=0.67)。発症年齢の中央値は年上の同胞で8歳、年下の同胞で12.5歳であった。その他の臨床症状について、親子間、同胞間で比較すると有意な違いはみられなかった。
【0046】
考察
204例のもやもや病患者について、RNF213遺伝子の包括的な解析及び臨床症状の評価を行った。C.14576G>A多型ともやもや病発症には強い相関があることを確定した。この多型をヘテロ接合性に持っている場合、オッズ比は236, p<0.001、ホモ接合性に持っているときは、その効果が計算上無限大となるほど大きかった。仮にヘテロ接合性多型とホモ接合性多型のもやもや病発症に対する効果がほぼ同等とすると、ホモ接合性多型を持つことで、もやもや病の発症リスクは少なくともオッズ比259, 95%信頼区間 100-674, p<0.001と計算された。しかしホモ接合性多型の効果は、もっと非常に大きいと思われた。何故なら私たちの研究で283人の健常コントロールと132人の非罹患の両親、および先行研究23で429人の健常人コントロールと28人の非罹患の家族構成員にこの変異が見つからなかったからである。ホモ接合性多型を持つことによる、もやもや病の発症確率は78%以上と計算された。非常にオッズ比は高いが、この多型は純粋なメンデル遺伝には合致しない。何故なら正常集団にもある程度の頻度でこの多型がみつかるからである。この比較的まれな多型は、多因子複合疾患における、いわゆる ‘missing heritability’ (小さな遺伝学的効果を持つ高頻度の多型では説明しえない遺伝学的背景)を説明する1つの好例であると考える。28,29 RNF213 はAAA (ATPases associated with variety of a cellular activities) ドメインをもつRINGフィンガータンパクであり、E3 ユビキチンリガーゼ活性とエネルギー依存性アンフォルダーゼ活性を有する。30このタンパクのもやもや病発症への関与については更なる研究が必要である。
【0047】
ホモ接合性のc.1576G>A多型を持つ患者は、有意に早期発症で初発症状に脳梗塞が多く、またPCAも障害されていることが多かった。これらはすべて予後不良因子とされている。12,15 これらのことから、ホモ接合性c.14576G>A多型を持つと、より重症で広範な脳血管病変を有することが示唆される。その他予後不良因子として知られている、知的機能低下やけいれん合併者は、ホモ接合性多型を持つ患者に多い傾向があったが有意差は見られなかった。これらの病態は早期診断、早期治療によって修飾あるいは予防されると考えられる。
【0048】
早期発症もやもや病患者(発症年齢<3-4歳) は、通常より重症になるため、早期の外科的治療が勧められている。早期発症例の約80%は初発症状に脳梗塞を起こし、その後の脳梗塞の再発も多く、再発性脳梗塞の頻度は、より高い年齢で発症した患者群より高い。31,32 私たちの研究でも、4歳未満で発症した患者の77.1%の症例が初発時脳梗塞を起こしているのに対し、4歳以降に発症した患者の38%が初発時脳梗塞を起こしており(p<0.001)、従来のデータに矛盾しなかった。しかしScottらによると、2歳以下発症の患者のすべてが予後不良であるわけではなく、予後を最も左右するのは、脳梗塞によっておこった神経学的脱落症状が手術する時点でどれくらいみられるかである。11,33最近、非可逆性の脳梗塞が、最大の予後不良因子であることが多変量解析で明らかになった。12 発症年齢は単変量解析では予後と相関があったが、最も特異的な予後不良マーカーではなかった。12 脳梗塞と強く相関する特異的なバイオマーカーがあれば、手術時期を決定するのに(手術を急いだ方がよいのかどうか検討するのに)臨床上とても有用である。今回の研究ではホモ接合性多型を持つ患者の60%が4歳までに発症していたが、その全員は初発症状が脳梗塞であった。ホモ接合性のこの多型は、若年発症のもやもや病患者の中で、予後不良群と予後良好群を見分けるためのより特異的な予測因子になり得る。
【0049】
私たちは、今回の研究で、c.14576G>A の遺伝型が予後不良の重症型もやもや病を予測するための有用なマーカーになり得ることを提案する。この遺伝型を知ることで、重症の初発脳梗塞を起こす実際のリスクについても知ることができるので、このようなハイリスク保因者では、注意深いフォローアップを行うことで、脳梗塞を起こす前に早期の外科的療法を行い、非可逆的な神経学的後遺症を残すことを防ぐことも可能にするかもしれない。この遺伝型についての情報は、正確な遺伝カウンセリングにも有用であろう。
【0050】
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【0051】
【表1】

【0052】
【表2】

【0053】
【表3】

【0054】
【表4】

【0055】
【表5】

【0056】
【表6】

【0057】
【表7】

【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、もやもや病の詳細な発症リスクの検出と重症度の予測を行うものであり、医療現場において、早急な手術適応となる症例の抽出や、発症前ハイリスク症例の脳血管イベントの予防のための手段を提供する。本発明が提供するホモ接合例は重症度が高く手術適応をはじめとする臨床方針決定の参考になりうる。
【配列表フリーテキスト】
【0059】
<配列番号1>
配列番号1は、ヒトRNF213遺伝子(isoform1)のゲノム配列を示す。
<配列番号2>
配列番号2は、ヒトRNF213遺伝子(isoform1)のmRNA配列を示す。
<配列番号3>
配列番号3は、ヒトRNF213遺伝子(isoform1)のmRNAがコードするRNF213蛋白のアミノ酸配列を示す。
<配列番号4>
配列番号4は、ヒトRNF213遺伝子(isoform2)のゲノム配列を示す。
<配列番号5>
配列番号5は、ヒトRNF213遺伝子(isoform2)のmRNA配列を示す。
<配列番号6>
配列番号6は、ヒトRNF213遺伝子(isoform2)のmRNAがコードするRNF213蛋白のアミノ酸配列を示す。
<配列番号7>
配列番号7は、RNF213遺伝子の変異解析に使用できるプライマー(フォワードプライマー)の配列を示す。
<配列番号8>
配列番号8は、RNF213遺伝子の変異解析に使用できるプライマー(リバースプライマー)の配列を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者のRNF213遺伝子におけるc.14576G>A多型を検出し、ホモ接合性の多型A/Aを持つ場合に、予後不良の重症型である、あるいは発症リスクが高いと判定する、もやもや病の検査方法。
【請求項2】
c.14576G>A多型をゲノムDNAで解析して検出する請求項1記載の検査方法。
【請求項3】
c.14576G>A多型をRNAレベルで解析して検出する請求項1記載の検査方法。
【請求項4】
c.14576G>A多型をタンパク質レベルで解析して検出する請求項1記載の検査方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−34451(P2013−34451A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−175013(P2011−175013)
【出願日】平成23年8月10日(2011.8.10)
【出願人】(505155528)公立大学法人横浜市立大学 (101)
【Fターム(参考)】