説明

Sn含有原料からのSn回収方法

【課題】鉛製錬工程で発生する精製ドロスのような金属間化合物Cu3Snと金属Pbを主体としたSn含有原料の処理に特に適した湿式処理方法を提供する。
【解決手段】 [1] Sn含有原料を熱濃硫酸中で攪拌してスラリーとする工程、[2] このスラリーに水または硫酸を加えることによりSnの溶解した浸出后液を得る工程、を有し、あるいはさらに、[3] 前記浸出后液を60℃以上に加熱してSn含有沈殿物を得る工程、を有するSn含有原料からのSn回収方法。前記[1]工程において、熱濃硫酸は硫酸濃度80%以上の濃硫酸(ただしSn含有原料と混合前)を使用し、60℃以上の温度で攪拌することができる。また、前記[2]工程において、浸出を50℃以下の温度で行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛製錬の乾式プロセスで発生するSn含有ドロス(精製ドロス,脱Snドロスなどと呼ばれることがある)などのSn含有原料からSnを回収する湿式処理方法であって、特に金属間化合物Cu3Snを主体とするドロスの処理に好適な方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉛製錬の湿式プロセスでは、粗鉛の精製過程においてSnを含有するドロスが発生する。このようなSn含有原料からSnを回収する手段としては、特許文献1に開示されるように、塩酸やフッ酸を含む混酸によってSn含有物質を直接浸出溶解させ、Snイオンを含む浸出液を得る方法が利用できる。また、熱アルカリ水溶液あるいは溶融アルカリを用い、Sn含有原料中のSnを錫酸ナトリウムとした後に温水浸出してSnイオンを含む浸出液を得る方法(ハリス法)も利用可能である。
【0003】
【特許文献1】特開平11−217634号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示される処理法では、塩酸やフッ酸を含む混酸を用いて浸出処理する必要があり、薬剤コストや湿式処理設備に多大なコストがかかる。
また、苛性ソーダなどで浸出する方法は、Pb中に溶解したSnやSn鍍金などに対しては有効であるが、CuとSnが金属間化合物を形成している場合にはSnを浸出することができない。
【0005】
一方、鉛製錬で発生するドロスには通常Pbも多量に含まれており、SnだけでなくPbの有効活用を考慮に入れる必要がある。また、鉛製錬のドロスにはCuが含まれていることも多く、この場合、Snは主として金属間化合物Cu3Snとして存在すると考えられる。比較的安価な硫酸を用いた浸出ではSnをPbと分離することは難しく、特に金属間化合物Cu3Snを形成している場合には希硫酸でのSn浸出は極めて困難である。前述のように苛性ソーダで浸出することもできない。
【0006】
そこで、本発明は、Sn含有原料からSnを分離回収するための手段として、塩酸やフッ酸を用いた高コストの浸出処理や、ハリス法のような繁雑なプロセスを経ることなく、しかも、PbやCuとの分離も可能である湿式処理方法を開発し提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは種々検討の結果、Sn含有原料は、Pbや金属間化合物Cu3Snを含むものであっても、予め熱濃硫酸中で攪拌してパルプ状にする硫酸化処理を施しておくことにより、水または希硫酸によって容易にSnが浸出できるようになることを見出した。この場合、Pbは不溶性の硫酸鉛となるので固形分として分離でき、浸出后液中に溶解しているSnは比較的不安定な状態であるため、硫酸鉛を濾別したのち、放置または加熱により錫酸化物の沈殿物として回収でき、浸出后液中のCuと容易に分離できるのである。本発明はこのような知見に基づいて完成したものである。
【0008】
すなわち本発明で提供するSn含有原料からのSn回収方法は、
[1] Sn含有原料を熱濃硫酸中で攪拌してスラリーとする工程、
[2] このスラリーに水または硫酸を加えることによりSnの溶解した浸出后液を得る工程、
を有し、あるいはさらに、
[3] 前記浸出后液を60℃以上に加熱してSn含有沈殿物を得る工程、
を有する。
ここで、「浸出后液」とは、浸出液(固形分を含んだ液)から固形分を除去した液である。
【0009】
前記[1]工程において、Snの硫酸塩を含むスラリーを得ることが好ましく、また、熱濃硫酸は硫酸濃度80%以上の濃硫酸を使用し、60℃以上の温度で攪拌することができる。また、前記[2]工程において、浸出を50℃以下の温度で行うことができる。なお、上記「硫酸濃度80%以上」は、Sn含有原料と混合前の硫酸濃度である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、塩酸等の混酸を用いた高コストの湿式処理や、薬剤コスト・工程負荷の高いハリス法によらずに、薬剤コストの低い硫酸のみによってSn含有原料からSnを分離回収することが可能になった。この方法では前処理として硫酸化処理を行うので、浸出過程では水または希硫酸によって短時間で容易にSnを浸出することができる。また、Pbや金属間化合物Cu3Snを含んだSn含有原料に適用すると、Pb,Sn,Cuはハロゲンを含まず既存の製錬工程で処理しやすい形で分離回収することができる。したがって本発明は、特に鉛製錬工程で発生する精製ドロスの処理方法として極めて有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明で処理の対象とするSn含有原料は、Snを概ね5〜50質量%含有する原料である。特に、Sn:15〜25質量%,Cu:15〜30質量%,Pb:20〜50質量%を含むものが好適な対象となる。残部には貴金属が含まれていて構わない。具体的には、鉛製錬の乾式プロセスで発生する精製ドロスが挙げられる。このドロスでは通常、SnおよびCuの大部分はCu3Sn金属間化合物の形で存在し、Pbは金属Pbの形で存在していると考えられる。
【0012】
本発明は、このようなSn含有原料を処理するにあたり、まず前処理として、熱濃硫酸を用いた硫酸化処理を行う。濃硫酸としては、硫酸濃度80%以上好ましくは95%以上のものを用意する。この濃硫酸と被処理物質とを混合し、加熱した状態で攪拌する。硫酸の量はSn含有原料中の(Sn+Cu+Pb)のモル数の1〜6倍当量、好ましくは2.5〜4倍当量とすればよい。攪拌時の温度は、60℃以上好ましくは80〜160℃の温度とする。温度の上限は特に規定されないが、安全性および経済性の観点から170℃以下とすることが望ましい。
【0013】
攪拌は、Sn含有原料と熱濃硫酸とが十分に混合され、パルプ状のスラリーとなるまで継続する。機械的攪拌が好適であるが、熱濃硫酸に耐え得る材質、例えばフッ素系樹脂などで構成された攪拌機を使用すればよい。危険性を伴わない範囲でできるだけ強攪拌することが好ましい。攪拌時間は、Sn含有原料の混合量や熱濃硫酸の温度にもよるが、概ね1〜5時間程度の攪拌でスラリー化が可能である。
【0014】
パルプ状のスラリーが得られたら加熱を止め、冷却する。強制冷却,自然冷却のどちらでもよい。攪拌は冷却前に停止してもよいし、冷却中に攪拌し続けてもよい。このスラリー中には、Pb,Cuなどが硫酸化物(PbSO4,CuSO4)として存在し、Snは硫酸塩(例えば硫酸第二錫Sn(SO4)2)として存在すると考えられる。
【0015】
次に、冷却した前記スラリーを水または希硫酸で浸出処理する。スラリーに水または希硫酸を加え、攪拌することで浸出が可能である。希硫酸として水と濃硫酸を加えてもよい。水または希硫酸の量はスラリー中のSn含有量の80〜200倍(質量比)とすればよい。浸出温度は50℃以下とすることが望ましく、例えば25〜50℃の範囲で行うとよい。
【0016】
この浸出処理により、スラリー中のSnやCuは液中に溶解する。一方、Pbは既に水に不溶のPbSO4を形成しているので、固形分として残る。浸出後の液を固液分離することにより、Pb分を残渣として分離回収することができ、SnはCu等とともに浸出后液中に回収することができる。
【0017】
浸出后液からさらにSn分を分離回収することは容易である。浸出后液中においてSnは比較的不安定な錫酸の状態で溶解していると考えられ、この浸出后液を放置すれば錫酸化物の水和物を主体とした沈殿物(以下「Sn含有沈殿物」という)が析出するので、これを固液分離して回収すればよい。しかし、放置によりSn含有沈殿物を生成させるには長時間を要するので、実操業においては、沈殿物析出を促進させるために浸出后液を加熱する操作を行うことが望ましい。例えば60℃以上に加熱して攪拌するとSn含有沈殿物の析出が効果的に進行する。析出促進のための加熱温度は70〜90℃とすることが好適である。
【0018】
Sn含有沈殿物を析出させる際、既に回収されたSn含有沈殿物を種晶として使用すると、濾過性の良い沈殿物を析出させることができる。具体的には、浸出后液の加熱によって得られたSn含有沈殿物の一部または全部を加熱工程に繰り返して使用する方法が採用できる。
【0019】
Sn含有沈殿物を析出させた液を固液分離することにより、Snを固形分として回収することができる。Sn含有沈殿物は酸化錫を主体としたものであるから、回収した固形分を還元処理すると金属Snを得ることができる。一方、Sn含有沈殿物を除去した濾液中にはCuがCuSO4として含まれているので、これは硫酸浴で電解を行っている既存の銅電解工場においてCuの電解採取に供することができる。
【実施例】
【0020】
鉛製錬の乾式プロセスで発生した精製ドロス60gからSnの回収を試みた。この精製ドロスは金属間化合物Cu3Snと金属Pbを主体とするものであり、分析の結果、Sn,Cu,Pbの含有量は表1のとおりであった。表1中の「%」は「質量%」である。
【0021】
【表1】

【0022】
この精製ドロス60gと、濃度96%の濃硫酸200gとをビーカーに入れ、160℃に加熱し、テフロン(登録商標)製の攪拌羽で4時間攪拌した。これによりSnの硫酸塩を含むパルプ状のスラリーが得られた。
【0023】
このスラリーを40℃まで自然冷却後、水1800g,96%硫酸200gからなる希硫酸溶液をこのスラリーに加え、10分間攪拌することにより浸出処理を行った。その際、ビーカーの外側を水冷し、内容物の温度が50℃以下になるようにした。この操作により得られた浸出液(固形分を含んだ液)を加圧濾過器で固液分離し、1.9L(リットル)の浸出后液を得た。浸出后液の分析結果およびSn,Cu,Pbの浸出率を表2に示す。
【0024】
【表2】

【0025】
表2からわかるように、浸出后液中にはSnを80%以上の高い浸出率で回収することができ、またCuもこの浸出液中に回収できた。Pbはほとんど全量を固形分として除去できた。
【0026】
次に、上記浸出后液を攪拌羽で攪拌しながら80℃まで攪拌した。その結果、錫酸化物の水和物を主体とする沈殿物が析出した。加熱後の液を加圧濾過器で固液分離することにより、16gの固形分(錫酸化物を主体とするもの)、および濾液を得た。表3に濾液の分析結果を示す。表4には固形分の分析結果を示す。表4中の「%」は「質量%」である
【0027】
【表3】

【0028】
【表4】

【0029】
表3,表4からわかるように、Snは90%以上の高い沈殿率で固形分として回収され、濾液中に残ったCuと分離できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
[1] Sn含有原料を熱濃硫酸中で攪拌してスラリーとする工程、
[2] このスラリーに水または硫酸を加えることによりSnの溶解した浸出后液を得る工程、
を有するSn含有原料からのSn回収方法。
【請求項2】
[1] Sn含有原料を熱濃硫酸中で攪拌してスラリーとする工程、
[2] このスラリーに水または硫酸を加えることによりSnの溶解した浸出后液を得る工程、
[3] 前記浸出后液を60℃以上に加熱してSn含有沈殿物を得る工程、
を有するSn含有原料からのSn回収方法。
【請求項3】
前記[1]工程において、Sn硫酸塩を含むスラリーを得る請求項1または2に記載のSn含有原料からのSn回収方法。
【請求項4】
前記Sn含有原料はPbを含むものである請求項1または2に記載のSn含有原料からのSn回収方法。
【請求項5】
前記Sn含有原料はPbおよびCuを含むものである請求項1または2に記載のSn含有原料からのSn回収方法。
【請求項6】
前記[1]工程において、熱濃硫酸は硫酸濃度80%以上の濃硫酸を使用し、60℃以上の温度で攪拌する請求項1〜5に記載のSn含有原料からのSn回収方法。
【請求項7】
前記[2]工程において、浸出を50℃以下の温度で行う請求項1〜5に記載のSn含有原料からのSn回収方法。