説明

n型酸化物半導体の特性制御方法

【課題】酸化チタンを代表とするn型酸化物半導体について、その特有の特性を利用して新たな用途を提供する。
【解決手段】n型酸化物半導体の皮膜又は成形体に対してフェムト秒レーザを照射することを特徴とするn型酸化物半導体の特性制御方法、及び該方法によってn型酸化物半導体にフェムト秒レーザを照射した後、照射部分に、連続波レーザ又はパルス間隔1ms以下のパルスレーザを照射して、フェムト秒レーザの照射前の状態とすることを特徴とするn型酸化物半導体の特性制御方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザによるn型酸化物半導体の特性制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
機能性セラミックスの一つとして酸化チタン(TiO2)が注目されている。酸化チタンは約400nm以下の紫外光領域の波長の光を照射する事によって、殺菌、有機物質の分解等に対して強い光触媒効果を示すことが知られている。ところが、これらの領域の光は、太陽光や蛍光灯などの日常的な光源の中に非常に僅かしか含まれていない。このため、光触媒に高い活性を必要とする場合にはブラックライト等の特殊な光源を使用する必要がある。
【0003】
また、酸化チタンに紫外線やX線を照射すると黒色化することが知られており、このような黒色化は、酸化チタンを光触媒や太陽電池として用いる際に、より広い波長域の光を有効に使うための手法として利用可能である(下記非特許文献1参照)。
【0004】
この様に酸化チタンは、各種の用途に利用されているが、更に、その有用性を広げるために、新たな用途の開発が望まれる。
【非特許文献1】電気化学および工業物理化学(電気化学会発行)、69 [5]、p.324〜328(2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の主な目的は、酸化チタンを代表とするn型酸化物半導体について、その特有の特性を利用して新たな用途を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記した目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、酸化チタンにフェムト秒レーザを照射する場合には、照射部分のみが黒色に変色して電気抵抗値が低下し、しかも皮膜自体には殆ど損傷が生じないことを見出した。そして、フェムト秒レーザの照射によって黒色化した部分に、連続波レーザ又はパルス間隔1ms以下のパルスレーザを照射する場合には、黒色化した部分が白色となり、電気抵抗値についても、フェムト秒レーザの照射前の値に戻るという驚くべき現象を見出した。本発明は、これらの知見に基づいて更に研究を重ねた結果完成されたものである。
【0007】
即ち、本発明は、下記のn型酸化物半導体の特性制御方法を提供するものである。
1. n型酸化物半導体の皮膜又は成形体に対してフェムト秒レーザを照射することを特徴とするn型酸化物半導体の特性制御方法。
2. フェムト秒レーザの照射によって、照射部分のn型酸化物半導体の表面又は内部の特性が変化する上記項1に記載のn型酸化物半導体の特性制御方法。
3. フェムト秒レーザの照射によって、照射部分のn型酸化物半導体の表面又は内部の電気抵抗値が低下する上記項1に記載のn型酸化物半導体の特性制御方法。
4. フルーエンス0.05〜0.5J/cm2、パルス幅50〜1000fs、波長200〜1600nmのフェムト秒レーザを照射する上記項1〜3のいずれかに記載の方法。
5. 上記項1〜4のいずれかの方法によってn型酸化物半導体にフェムト秒レーザを照射した後、照射部分に、連続波レーザ又はパルス間隔1ms以下のパルスレーザを照射して、フェムト秒レーザの照射前の状態とすることを特徴とするn型酸化物半導体の特性制御方法。
6. n型酸化物半導体が酸化チタンである上記項1〜5のいずれかに記載の方法。
【0008】
本発明では、処理対象物としては、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化スズ、酸化インジウム等のn型半導体の性質を有する酸化物を用いる。これらのn型酸化物半導体は、ガラス基板、石英基板、プラスチックス基板等の各種の基板上に形成された皮膜であってもよく、或いは、n型酸化物半導体からなる成形体であってもよい。例えば、n型酸化物半導体を皮膜として用いる場合には、エアロゾルビームを基板に照射することによって基板上に形成された皮膜を用いることができる。
【0009】
本発明方法によれば、n型酸化物半導体に対してフェムト秒レーザを照射することによって、レーザ照射部分のみを黒色に変色させることができる。この黒色化現象は、n型酸化物半導体の内部に酸素欠陥が誘起されることに起因していると思われる。よって、黒色化した部分は、照射前の酸化物と比較すると各種の特性が異なるものとなり、フェムト秒レーザを照射した部分について、部分的に特性を制御して各種の機能を付与することができる。例えば、レーザ照射によって黒色化した部分は、電気抵抗値が大きく低下する。具体的な電気抵抗値は、レーザ照射条件などによって異なるが、非照射部分と比較すると、電気抵抗値を2桁以上低下させることができる。また、酸化チタンなどを被処理物とする場合に、黒色化した部分は、可視光応答型の光触媒として機能するものとなる。
【0010】
尚、フェムト秒レーザは、ピーク強度が極めて高く、パルス幅が短いために、照射部分以外の周囲部への熱影響がほとんどない。このため、照射部分以外の特性を変質させることなく、レーザ光を照射した部分のみ、部分的にn型酸化物半導体の特性を変化させることができる。
【0011】
また、n型酸化物半導体をガラス基板などのレーザの透過性の良い透明基板上に形成した場合には、n型酸化物半導体に対して直接レーザを照射する方法に代えて、基板側からフェムト秒レーザを照射してもよい。この方法によれば、基板との接触面について、外部雰囲気に接触させることなく、直接特性を制御することができる。この方法では、照射する部位は、n型酸化物半導体の表面に限らず、バルク内部でもよく、この場合には、バルク内部に抵抗値の低い部分を作製することができる。
【0012】
フェムト秒レーザの照射条件については特に限定的ではなく、発振方法などについても特に限定されないが、例えば、フルーエンス0.05〜0.5J/cm2程度、パルス幅50〜1000fs程度、波長200〜1600nm程度のフェムト秒レーザを用いることができ、好ましくは、フルーエンス0.1〜0.2J/cm2程度、パルス幅50〜500fs程度、波長200〜1100nm程度のフェムト秒レーザを用いることができる。
【0013】
また、レンズなどの集光器を用いてレーザビームを集光することによって、書き込み幅、即ち、n型酸化物半導体表面の黒色化させる部分の大きさを制御することができる。更に、レーザビームの焦点をn型酸化物半導体の内部に設定すれば、酸化物半導体の表面を変質させることなく、内部の物性を性御することが可能となる。
【0014】
以上の方法によれば、例えば、酸化チタンなどのn型酸化物半導体に対して、レーザ光の照射部分についてのみ電気抵抗値を低下させることが可能であり、従って、照射部分に電気伝導性を付与することができる。この方法は、例えば、n型酸化物半導体からなる皮膜又は成形体に導電性回路を形成する方法として適用できる。また、同様に、本発明方法によれば、n型酸化物半導体からなる皮膜又は成形体に対して、任意の部分に局所的に電気伝導性を付与することができるので、例えば、コイル、コンデンサーなどの製造方法としても適用できる。また、導体回路を形成する際に、フェムト秒レーザの強度を変化させることによって、抵抗部分、コイル部分など含む任意の導体回路を形成することも可能である。
【0015】
上記した方法によってn型酸化物半導体のレーザ照射を行った部分の物性値(電気伝導性等)を変化させた後、この部分に連続波レーザ又はパルス間隔1ms以下のパルスレーザを照射することによって、レーザ光を照射した部分の物性値を、フェムト秒レーザの照射前の物性値に戻すことができる。例えば、酸化チタン膜にフェムト秒レーザを照射して照射部分を黒色化して部分に物性値(導電性など)を変化させた場合には、この部分に連続波レーザ又はパルス間隔1ms以下のパルスレーザを照射することによって黒色化された部分の色調を元の白色とすることができる。これは、フェムト秒レーザの照射によってn型酸化物半導体に酸素欠陥が生じ、連続波レーザ又はパルス間隔1ms以下のパルスレーザを照射することによって、酸素欠陥が消滅することによると思われる。これにより、フェムト秒レーザを照射して電気伝導性が上昇した部分について、フェムト秒レーザの照射前の電気伝導性に戻すことができる。
【0016】
連続波レーザ及びパルスレーザの発振方式は特に限定されず、例えば半導体レーザ、YAGレーザ、ファイバーレーザ等を用いることができる。これらのレーザの波長は、例えば、200〜1600nm程度、好ましくは800〜1100nm程度とすればよく、強度は100〜100,000W/cm2程度、好ましくは5000〜50000W/cm2程度とすればよい。
【0017】
図1は、本発明によるフェムト秒レーザ照射による部分的特性制御(黒色パターンの書き込み)と連続波レーザ又はパルス間隔1ms以下のパルスレーザの照射による復元工程(黒色パターンの消去)を模式的に示す図面である。この方法によれば、フェムト秒レーザによって、導体回路パターンなどの微細なパターンを書き込むことができ、その後、ファイバーレーザなどの連続波レーザ又はパルス間隔1ms以下のパルスレーザの照射によって書き込み部分を部分的に消去することができる。この方法によれば、同一の酸化チタン皮膜を再利用して、異なる回路パターンを形成することが可能となる。また、この様なレーザビームを用いた書き込みと消去を組み合わせて用いることによって、微細なパターンを容易に形成できる。
【発明の効果】
【0018】
本発明方法によれば、n型酸化物半導体にフェムト秒レーザを照射する方法によって、該酸化物皮膜自体をほとんど損傷することなく、照射部分についてのみ電気的特性などの各種物性を制御することができる。更に、フェムト秒レーザを照射した部分に連続波レーザ又はパルス間隔1ms以下のパルスレーザを照射することによって、フェムト秒レーザの照射前の状態とすることが可能であり、この部分にフェムト秒レーザを照射することによって、再度、部分的な物性制御を行うことができる。
【0019】
よって、本発明の方法は、酸化チタンなどのn型酸化物半導体を被処理物として、導電性回路、コンデンサー、コイルなどを形成する方法として非常に有用性が高い方法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。
【0021】
実施例1
(1)酸化チタン皮膜の形成
被処理物とする酸化チタン皮膜は、酸化チタン粉末とHeガスからなるエアロゾルビームをガラス基板に吹き付けることによって形成した。エアロゾルビームによる酸化チタン膜形成システムの概略図を図2に示す。
【0022】
原料としては、粒径200nmの酸化チタン粉末を用い、これをHeガスによって加速してエアロゾルビームとして出射した。エアロゾルビームが出射されるノズルと基板との距離は10mm、ビーム入射角は40度とした。この方法により、ガラス基板上に厚さ5μmのアナターゼ型TiOの白色皮膜が形成された。これを被処理物として、以下の方法で処理を行った。
【0023】
(2)レーザ照射
上記した方法で形成した酸化チタン皮膜に対して、波長800 nm、パルス幅100 fs、繰り返し周波数1 kHz、スポット径300 mm、フルーエンス0.28 J/cm2、強度2.8×1012 W/cm2の条件でフェムト秒レーザを照射した。レーザ照射スポットは、ステージに取り付けた皮膜の位置を制御することにより1 mm/sの速度で掃引させた。図3の上段は、フェムト秒レーザの照射によって酸化チタン膜を黒色化する工程を模式的に示す図面である。この操作によりレーザ照射部分については、酸化チタン皮膜の表面が黒色に変色した。
【0024】
次いで、黒色化した酸化チタン皮膜の表面に対して連続発振(CW)のファイバーレーザ(波長1076 nm)を集光照射した。ファイバーレーザは、スポット径300 mm、出力30 W、強度1.1×104W/cm2で照射した。レーザ照射スポットは、フェムト秒レーザ照射の場合と同様に1 mm/sの速度で掃引させた。この操作によって、上記処理によって黒色化した酸化チタンの表面の内で、ファイバーレーザの照射部分については、再度、白色皮膜となった。図3の中段は、フィバーレーザの照射によって黒色皮膜が白色化する状態を模式的に示す図面である。
【0025】
次いで、白色化した酸化チタン皮膜の表面に再度フェムト秒レーザを照射した。照射条件は、一回目の照射と同一である。ファイバーレーザ照射によって白色化された皮膜は、この操作により再度黒色化された。図3の下段は、フェムト秒レーザの照射によって再度黒色化される状態を模式的に示す図面である。
【0026】
(3)皮膜物性
図4は、レーザフルーエンスを変化させてフェムト秒レーザを照射した場合の酸化チタン膜の表面状態を示す写真である。フェムト秒レーザの照射条件は、レーザフルーエンス値以外は、上記(2)項に記載した照射条件と同一である。
【0027】
図4における(a), (b), (c)は、レーザフルーエンス95mJ/cm2でフェムト秒レーザを照射した場合について、それぞれ、酸化チタン膜の光学顕微鏡写真、SEM写真、及びSEM写真の中心部の拡大像であり、(d), (e), (f)はレーザフルーエンス127mJ/cm2でフェムト秒レーザを照射した場合について、それぞれ、酸化チタン膜の光学顕微鏡写真、SEM写真、及びSEM写真の中心部の拡大像であり、(g), (h), (i)はレーザフルーエンス191mJ/cm2でフェムト秒レーザを照射した場合について、それぞれ、酸化チタン膜の光学顕微鏡写真、SEM写真、及びSEM写真の中心部の拡大像であり、(j), (k), (l)はレーザフルーエンス318mJ/cm2でフェムト秒レーザを照射した場合について、それぞれ、酸化チタン膜の光学顕微鏡写真、SEM写真、及びSEM写真の中心部の拡大像である。レーザフルーエンスが95〜191mJ/cm2の範囲では、照射部分された部分が黒色化されているが、皮膜に物理的な損傷が見られないのに対して、レーザフルーエンス318mJ/cm2で照射した場合には、黒色化した皮膜の周辺に損傷が認められる。
【0028】
また、図5は、上記した方法でフェムト秒レーザを照射した場合について、照射部分の電気抵抗値とレーザフルーエンスとの関係を示すグラフである。図5から明らかなように、レーザフルーエンスが増加するに従って電気抵抗が低下し、一定値以上となるとほぼ一定の電気抵抗値となることが判る。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明によるフェムト秒レーザ照射による部分的特性制御(黒色パターンの書き込み)と連続波レーザ照射による復元工程(黒色パターンの消去)を模式的に示す図面である。
【図2】エアロゾルビームによる酸化チタン膜形成システムの概略図である。
【図3】実施例1におけるレーザ処理工程を模式的に示す図面である。
【図4】レーザフルーエンスを変化させてフェムト秒レーザを照射した場合の酸化チタン膜の表面状態を示す写真である。
【図5】フェムト秒レーザ照射部分の電気抵抗値とレーザフルーエンスとの関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
n型酸化物半導体の皮膜又は成形体に対してフェムト秒レーザを照射することを特徴とするn型酸化物半導体の特性制御方法。
【請求項2】
フェムト秒レーザの照射によって、照射部分のn型酸化物半導体の表面又は内部の特性が変化する請求項1に記載のn型酸化物半導体の特性制御方法。
【請求項3】
フェムト秒レーザの照射によって、照射部分のn型酸化物半導体の表面又は内部の電気抵抗値が低下する請求項1に記載のn型酸化物半導体の特性制御方法。
【請求項4】
フルーエンス0.05〜0.5J/cm2、パルス幅50〜1000fs、波長200〜1600nmのフェムト秒レーザを照射する請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかの方法によってn型酸化物半導体にフェムト秒レーザを照射した後、照射部分に、連続波レーザ又はパルス間隔1ms以下のパルスレーザを照射して、フェムト秒レーザの照射前の状態とすることを特徴とするn型酸化物半導体の特性制御方法。
【請求項6】
n型酸化物半導体が酸化チタンである請求項1〜5のいずれかに記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2009−81235(P2009−81235A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−248660(P2007−248660)
【出願日】平成19年9月26日(2007.9.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り ▲1▼ 研究集会名 2007年(平成19年)春季 第54回応用物理学関係連合講演会 共催者名 応用物理学会、計測自動制御学会、日本結晶学会、日本真空協会、日本顕微鏡学会、日本物理教育学会、日本分光学会 公開日 平成19(2007)年3月27日(第54回応用物理学関係連合講演会講演予稿集発行) 平成19(2007)年3月29日(第54回応用物理学関係連合講演会講演) ▲2▼ 研究集会名 平成19年度 春季総合学術講演会 主催者名 社団法人 高温学会 公開日 平成19(2007)年5月30日 ▲3▼ 研究集会名 2007年(平成19年)秋季 第68回応用物理学会学術講演会 主催者名 社団法人 応用物理学会 公開日 平成19(2007)年9月4日 ▲4▼ 研究集会名 平成19年度秋季全国大会 溶接学会全国大会 主催者名 社団法人 溶接学会 公開日 平成19(2007)年9月1日(溶接学会全国大会講演概要第81集発行) 平成19(2007)年9月20日(溶接学会全国大会講演)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(591021028)奥野製薬工業株式会社 (132)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【出願人】(591114803)財団法人レーザー技術総合研究所 (36)
【出願人】(508114454)地方独立行政法人 大阪市立工業研究所 (60)