説明

p3−Alc測定のための血液処理方法

【課題】血液中のp3−Alcを測定する方法を提供する。具体的には、被験者の血液を有機溶媒処理することを特徴とする血液中のp3−Alcを測定する方法に関する。
【解決手段】低極性有機溶媒と親水性有機溶媒との混合物と血液試料とを接触させることにより、血液を有機溶媒処理することを特徴とする血液中のp3−Alcを効率的に測定することができる。また、血液中のp3−Alcを測定することを含むアルツハイマー病の診断方法に関する。具体的には、被験者から得た血液試料の前処理として有機溶媒処理を行うことにより、血液中のp3−Alcの測定が可能となり、血液検体を用いてアルツハイマー病を診断することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は血液中のアルカデイン濃度を効率よく測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)は、種々の認知機能が進行しながら障害を受ける神経変性疾患である。アルツハイマー病の病態解明及び病因メカニズムの解明が進むにつれて根本的治療(disease−modifying therapy)の開発が進展している。このような治療方法の開発が進むにつれて、アルツハイマー病の早期診断・発見が求められるようになってきている。近年、アルツハイマー病を診断するためのマーカとして、アミロイドβタンパク質前駆体(amyloid β protein precursor:以下、「APP」という)がβセクレターゼにより切断された分解物のC末端断片が、更にγセクレターゼにより切断されて生じるアミロイドβペプチド(以下、「Aβ」という)が注目を集めている。
【0003】
アルカデイン(Alcadein:以下、「Alc」という)は、主に神経細胞に発現している、進化的に保存されているI型膜タンパク質のファミリーから構成される。Alcは、神経特異的アダプタータンパク質X11Lの結合タンパク質として単離・同定されてきた(非特許文献1参照)。また、別の実験から後シナプスに存在するのCa2+結合タンパク質(カルシンテニン(calsyntenin)とも呼ばれている)(非特許文献2参照)。哺乳類では、Alcには次の4つのアイソフォームが報告されている:Alcα1(ヒトでは971アミノ酸)、Alcα2(ヒトでは981アミノ酸)、Alcβ(ヒトでは956アミノ酸)、及び、Alcγ(ヒトでは955アミノ酸)(非特許文献1参照)。Alcα、Alcβ、及び、Alcγは、独立した遺伝子によりコードされる一方、Alcα1及びAlcα2はAlcα遺伝子のスプライスバリアントである。
【0004】
Alcは、X11Lとの相互作用を介して、代謝的に安定化し、かつ、非直接的にAPPと複合体を形成する。Alc及びAPPは、X11Lと三量体を形成している場合、いずれもタンパク質切断代謝に抵抗性を示す(非特許文献1参照)。X11L遺伝子欠失マウスの脳中においては、Aβを含むAPP代謝物のレベルが上昇しており、APPとX11L間の相互作用が脳において生理学的重要であると考えられている(非特許文献3参照)。Alc−X11L−APP複合体中のAlcはタンパク質切断に抵抗性を示すが、複合体を形成しないAlcは連続したタンパク質分解により切断されて短鎖ペプチドを生成することが報告されている(非特許文献4参照)。
【0005】
Alcの一次切断は細胞外膜近傍領域で起こり、Alcの細胞外ドメイン(可溶性Alc(soluble Alc):sAlc)を放出する。切断後のAlcの細胞結合型C末端断片(alcadein carboxyl terminal fragments、以下「CTF」という)は、膜間部切断プロテアーゼにより切断され、Alc由来の短鎖ペプチド(以下、「p3−Alc」という)を生じる。Alc切断の両方が上記APPにおいて対応する切断と調和していることが報告されており(非特許文献4参照)、体液中のp3−Alc量の測定がアルツハイマー病の診断に利用可能であると考えられている(特許文献1、特許文献2、及び非特許文献5参照)。
【0006】
これまで脳脊髄液中においてp3−Alcが測定可能であること、及びその測定方法が報告されている(特許文献2参照)が、血液中のp3−Alcを測定可能な方法については報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開公報WO2005/044847
【特許文献2】国際公開公報WO2009/075084
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Araki,Y.,et al.,(2003)J.Biol.Chem.278,49448−49458.
【非特許文献2】Vogt,et al.,(2001)Mol.Cell.Neurosci.17,151−166.
【非特許文献3】Sano,et al.,(2006)J.Biol.Chem.281,37853−37860.
【非特許文献4】Araki,Y.,et al.,(2004)J.Biol.Chem.279,24343−24354.
【非特許文献5】Hata,S.,et al.,(2009)J.Biol.Chem.in press 2009 Oct.28 Epub ahead of print PMID: 19864413.Alcadein cleavages by APP α− and γ−secretases generate small peptides p3−Alcs indicating Alzheimer disease−related γ−secretase dysfunction.
【発明の概要】
【0009】
現在、実際に血液サンプルによって測定可能なアルツハイマー病診断マーカとしては、Aβ以外に知られていない。しかしながら、Aβは凝集性が高いため、正確な血中変化を捉えることが困難であるという問題が指摘されている。本発明は、血液検体を利用した効果的なアルツハイマー病の診断方法を提供することを目的とする。アルカデインは、APPと類似もしくは同等の構造、代謝、機能、分布、病理変化を示す、脳に特異的に発現するタンパク質である。本発明は、血液中のp3−Alcを測定する方法、及び、当該方法を利用したアルツハイマー病の診断方法を提供するものである。具体的には、本発明は、被験者の血液からp3−Alcペプチドを有機溶媒処理により抽出することを特徴とする血液中のp3−Alcを測定する方法等に関し、例えば、本発明は、以下の(1)〜(21)に記載の発明に関する。
(1) 血液試料中のp3−Alc量を測定する方法であって、血液試料を有機溶媒処理すること、及び試料中のp3−Alc量を測定することを含んでなる方法。
(2) 血液試料を有機溶媒処理することが、低極性有機溶媒と親水性有機溶媒との混合物と血液試料とを接触させることを含む、(1)に記載の方法。
(3) 低極性有機溶媒が双極子モーメント1.10〜1.20の有機溶媒であり、親水性有機溶媒が双極子モーメント1.65〜1.75の有機溶媒である、(2)に記載の方法。
(4) 低極性有機溶媒がクロロホルムであり、親水性有機溶媒がメタノールである、(2)に記載の方法。
(5) 低極性有機溶媒と親水性有機溶媒との混合物が、低極性有機溶媒と親水性有機溶媒との比が1:2〜2:1である、(2)〜(4)のいずれか1項に記載の方法。
(6) 血液試料を有機溶媒処理することが、更に、水を接触させた後、水層を回収することを含む、(2)〜(5)のいずれか1項に記載の方法。
(7) 血液試料が、血清又は血漿である、(1)〜(6)のいずれか1項に記載の方法。
(8) アルツハイマー病の診断のための情報を提供する方法、又は、アルツハイマー病の診断方法であって、以下のステップを含んでなる方法:
a)被験者由来の血液試料を調製するステップ、
b)被験者由来の血液検体を有機溶媒処理するステップ、
c)少なくとも1つのp3−Alcを認識する抗体に該試料を接触させるステップ、
d)p3−Alcへの該抗体の結合を検出してp3−Alcのレベルを測定するステップ、及び、
e)p3−Alcのレベルと被験者におけるアルツハイマー病の有無又は程度との関連付けを行うステップ。
(9) 被験者由来の血液検体を有機溶媒処理するステップが、低極性有機溶媒と親水性有機溶媒との混合物と血液試料とを接触させることを含む、(8)に記載の方法。
(10) 低極性有機溶媒が双極子モーメント1.10〜1.20の有機溶媒であり、親水性有機溶媒が双極子モーメント1.65〜1.75の有機溶媒である、(9)に記載の方法。
(11) 低極性有機溶媒がクロロホルムであり、親水性有機溶媒がメタノールである、(9)に記載の方法。
(12) 低極性有機溶媒と親水性有機溶媒との混合物が、低極性有機溶媒と親水性有機溶媒との比が1:2〜2:1である、(9)〜(11)のいずれか1項に記載の方法。
(13) 血液試料を有機溶媒処理することが、更に、水を接触させた後、水層を回収することを含む、(9)〜(12)のいずれか1項に記載の方法。
(14) 血液試料が、血清又は血漿である、(9)〜(13)のいずれか1項に記載の方法。
(15) p3−Alcを測定するための血液試料の処理方法であって、血液試料を有機溶媒処理することを含んでいる方法。
(16) 血液試料を有機溶媒処理することが、低極性有機溶媒と親水性有機溶媒との混合物と血液試料とを接触させることを含む、(15)に記載の方法。
(17) 低極性有機溶媒が双極子モーメント1.10〜1.20の有機溶媒であり、親水性有機溶媒が双極子モーメント1.65〜1.75の有機溶媒である、(16)に記載の方法。
(18) 低極性有機溶媒がクロロホルムであり、親水性有機溶媒がメタノールである、(16)に記載の方法。
(19) 低極性有機溶媒と親水性有機溶媒との混合物が、低極性有機溶媒と親水性有機溶媒との比が1:2〜4:1である、(16)〜(18)のいずれか1項に記載の方法。
(20) 血液試料を有機溶媒処理することが、更に、水を接触させた後、水層を回収することを含む、(16)〜(19)のいずれか1項に記載の方法。
(21) 血液試料が、血清又は血漿である、(15)〜(20)のいずれか1項に記載の方法。
【0010】
より更に具体的には、本発明は、血清又は血漿に対し、クロロホルム:メタノール=1:2〜4:1混合液を加え撹拌するステップ;室温に静置するステップ;蒸留水を加えて撹拌するステップ;遠心分離を行うステップ;水層を回収するステップ;遠心濃縮するステップ;濃縮液に希釈用緩衝液を加えて撹拌・溶解するステップを備える、p3−Alcを測定するための血液試料の処理方法に関する。より好ましくは、本発明は、血清又は血漿に対し、約4倍量のクロロホルム:メタノール=1:2〜4:1混合液を加え撹拌するステップ;0.5〜2時間室温に静置するステップ;蒸留水を加えて撹拌するステップ;約4℃、約15000rpmで10〜20分間遠心を行うステップ;水層を回収するステップ;遠心濃縮する(好ましくは、遠心濃縮により水層に残存する有機溶媒を気化除去する、より好ましくは全溶媒を乾燥させる)ステップ;濃縮液に希釈用緩衝液を加えて撹拌・溶解するステップを備える、p3−Alcを測定するための血液試料の処理方法に関する。
【0011】
本発明において、「アルカデイン(Alc)」は、好ましくはヒトアルカデインであり、Alcα1(配列番号1)、Alcα2(配列番号2)、Alcβ(配列番号3)、及び、Alcγ(配列番号4)を含む。
「p3−アルカデイン(p3−Alc)」とは、Alcがα−セクレターゼにより一次切断を受けた後、生じたAlcの細胞結合型C末端断片(alcadein carboxyl terminal fragments、以下「CTF」という)が、更に膜間部切断プロテアーゼ(γ−セクレターゼ)により二次切断されて生じたペプチド断片のうち、N末端側のペプチドのことである。アルカデインのαセクレターゼ切断部位及びγセクレターゼ切断部位として複数の部位が存在する(国際公開公報WO2005/044847及び国際公開公報WO2009/075084参照)ことから、p3−Alcとしては複数種類が存在する。例えば、具体的には、p3−Alcとして、国際公開公報WO2009/075084に記載のペプチドが存在する。検出対象であるp3−Alc種は、使用する抗体を適宜選択することにより適宜決定することができる。本発明においてp3−Alcは、p3−Alc種の全て又は所望のp3−Alc種であってもよい。
【0012】
また、別の態様において、本発明は、少なくとも1つのp3−Alcと結合する物質(好ましくは、p3−Alcを特異的に認識する抗体)及び有機溶媒処理剤を含む、p3−Alc測定用キットに関する。p3−Alc測定用キットに含まれる有機溶媒処理剤は、好ましくは、低極性有機溶媒及び親水性有機溶媒であり、より好ましくは、双極子モーメント1.10〜1.20の有機溶媒及び双極子モーメント1.65〜1.75の有機溶媒であり、最も好ましくは、クロロホルム:メタノールである。また、p3−Alc測定用キットに含まれるp3−Alcを特異的に認識する抗体は、放射能標識、酵素、蛍光標識、生物発光標識、化学発光標識金属等の検出可能な標識が結合していてもよい。この場合、本発明の測定キットは、抗体分子を用いた公知の方法に基づくことができる。このような方法としては、例えば、ELISA、イムノクロマト、ラジオイムノアッセイ、免疫組織化学的方法、又は、ウエスタンブロット等を挙げることができる。本予測キットによる分析は、定性的、定量的又は半定量的に行うことができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法の処理を施すことにより、血液中のp3−Alc量を正確に測定することができる。また、本発明の処理方法は、血液検体を使用したアルツハイマー病の診断を可能とするものである。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】化学合成したp3−Alcα35ペプチド添加/非添加の、ヒト血清(HS)、仔ウシ血清(CS)、ウシ胎児血清(FBS)、及びウシ血清アルブミン(BSA)溶液中のp3−Alcα35を検出したウェスタンブロッティングの写真である。「long expose」は、約30分のフィルムへの露光を示す。
【図2】図2Aは、化学合成したp3−Alcα35ペプチド添加/非添加の、ヒト血清(HS)、仔ウシ血清(CS)、ウシ胎児血清(FBS)、及びウシ血清アルブミン(BSA)溶液を有機溶媒処理後、p3−Alcαを検出したウェスタンブロッティングの写真である。「long expose」は、約30分のフィルムへの露光を示す。図2Bは図2Aの写真から計算した回収率を示すグラフである。
【図3】合成p3−Alcαペプチドを、希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)(standard)、ヒト血清(×1)、希釈用緩衝液でヒト血清を2倍希釈した溶液(×2)、及び希釈用緩衝液でヒト血清を4倍希釈した溶液(×4)に溶解したサンプルをsELISAで測定した結果を示すグラフである。縦軸は450nmにおける吸光度を示し、横軸はサンプルが含有する合成p3−Alcαペプチド濃度(pg/mL)を示す。
【図4】1%BSA溶液に溶解した合成p3−Alcα35ペプチドを、有機溶媒処理後、sELISA測定を行った結果を示すグラフである。縦軸は450nmにおける吸光度を示し、横軸はサンプルが含有する合成p3−Alcαペプチド濃度(pg/mL)を示す。矢印は、1%BSA、0.05%Tween20を含む溶液に溶解した合成p3−Alcα35ペプチドサンプルを示し、その他のひし形印は、標準物質を用いた検量線を示す。
【図5】合成p3−Alcαを添加した血清を有機溶媒処理後、sELISA法で測定を行った結果を示すグラフである。「検量線」は、合成p3−Alcを希釈用緩衝液に溶解した標準物質、「×1」は、合成p3−Alcαを添加した血清を有機溶媒処理したサンプル、「×2」は「×1」のサンプルを希釈用緩衝液で二倍に希釈したサンプル、「×4」は「×1」のサンプルを希釈用緩衝液で二倍に希釈したサンプルを示す。いずれも縦軸は450nmにおける吸光度を示し、横軸はサンプルが含有する合成p3−Alcαペプチド濃度(pg/mL)を示す。図5Aは、それぞれのサンプルの結果を示す。図5Bは「検量線」と「×2」を同一グラフ上に表わしたものである。
【図6】本発明の有機溶媒処理方法を用いて健常人の血清サンプル中のp3−AlcαをsELISA法により測定した結果を示す。グラフにおいて、縦軸は450nmにおける吸光度を示し、横軸はサンプルが含有するp3−Alcαペプチド濃度(pg/mL)を示す。また、表中のp3−Alcαペプチド濃度(pg/mL)は、平均値±標準偏差で示している。
【図7】合成p3−Alcαを添加した血漿を有機溶媒処理後、sELISA法で測定を行った結果を示すグラフである。「検量線」は、合成p3−Alcを希釈用緩衝液に溶解した標準物質、「×1」は、合成p3−Alcαを添加した血清を有機溶媒処理したサンプル、「×2」は「×1」のサンプルを希釈用緩衝液で二倍に希釈したサンプル、「×4」は「×1」のサンプルを希釈用緩衝液で二倍に希釈したサンプルを示す。いずれも縦軸は450nmにおける吸光度を示し、横軸はサンプルが含有する合成p3−Alcαペプチド濃度(pg/mL)を示す。図7Aは、それぞれのサンプルの結果を示す。図7Bは「検量線」と「×2」を同一グラフ上に表わしたものである。
【図8】本発明の有機溶媒処理方法を用いてアルツハイマー病患者及び健常人の血漿サンプル中のp3−AlcαをsELISA法により測定した結果を示す。図8Aは、sELISA測定の結果を表わすグラフである。グラフにおいて、縦軸は450nmにおける吸光度を示し、横軸はサンプルが含有するp3−Alcαペプチド濃度(pg/mL)を示す。また、グラフ中、矢印で示した「サンプル」は、AD患者のSample No.1の実際のOD値を示す。図8Bは、sELISA測定の結果得られた、各サンプルのp3−Alcαペプチド濃度(pg/mL)、並びにAD患者及び健常者のp3−Alcαペプチド濃度(pg/mL)の平均値を、平均値±標準偏差で示した表である。図8Cは、図8Bの結果をグラフに示したものである。グラフ中、縦軸はサンプルが含有するp3−Alcαペプチド濃度(pg/mL)を示し、棒線は平均値を示す。
【図9】本発明の有機溶媒処理方法を用いてアルツハイマー病患者(AD)、及び、非アルツハイマー病患者(NONAD)から採取した血液の血漿中のp3−Alc量をsELISA法により測定した結果を示す。表は、各血漿サンプルの測定値、平均値、標準偏差(SD)を示す。グラフは測定結果をプロットしたものであり、縦軸はサンプルが含有するp3−Alcαペプチド濃度(pg/mL)を示し、棒線は平均値を示す。
【図10】図9の測定結果を性別に分類した結果を示す図である。「All sample」は全てのサンプルを、「Male」は男性から得た血漿サンプルを、「Female」は女性から得た血漿サンプルを示す。グラフ中、縦軸はサンプルが含有するp3−Alcαペプチド濃度(pg/mL)を示し、棒線は平均値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の処理方法は、血液試料を有機溶媒処理することを特徴とする。「血液試料」は、被験者から採取した血液又は該血液の処理物を含み、好ましくは、血清及び血漿である。「有機溶媒処理する」とは、血液試料を有機溶媒で処理することにより、p3−Alcを含む成分を回収することを意味する。有機溶媒処理は、血液試料中に存在し、p3−Alcの測定に影響を与える物質を除去するために望ましい方法であればいかなる方法をも採用し得る。血液試料の有機溶媒処理は、例えば、以下の方法により行うことができる:
(i)血液試料と、低極性有機溶媒と親水性有機溶媒の混合物とを接触させた後、タンパク質を含む試料を得るステップ;
(ii)(i)により得られたタンパク質を含む試料と水とを接触させるステップ;及び、
(iii)水層を回収するステップ。
【0016】
有機溶媒処理において使用する低極性有機溶媒は、例えば、双極子モーメントが1.10〜1.20の有機溶媒であり、好ましくは、双極子モーメントが1.13〜1.17の有機溶媒であり、より好ましくは、双極子モーメントが1.15の溶媒であり、最も好ましくは、クロロホルムである。また、有機溶媒処理において使用する親水性有機溶媒は、例えば、双極子モーメントが1.65〜1.75の有機溶媒であり、好ましくは、双極子モーメントが1.68〜1.72の有機溶媒であり、より好ましくは、双極子モーメントが1.70の有機溶媒であり、最も好ましくは、メタノールである。有機溶媒処理において使用する低極性有機溶媒と親水性有機溶媒との比は、例えば、1:2〜4:1であり、好ましくは、1:1〜3:1であり、より好ましくは、2:1である。
【0017】
血液試料と、低極性有機溶媒と親水性有機溶媒の混合物との接触は、血液試料中のp3−Alcの測定に影響を与える物質(例えば、脂質成分)を有機溶媒に移動させることが可能な方法であれば、いかなる方法でも採用することができ、例えば、単純に血液試料と、低極性有機溶媒と親水性有機溶媒との混合物とを混合し、攪拌又は超音波処理することにより行うことができる。また、血液試料と、低極性有機溶媒と親水性有機溶媒の混合物との接触は、例えば、4〜40℃で行うことができる。
【0018】
血液試料と、低極性有機溶媒と親水性有機溶媒との混合物とを接触させた後、得るタンパク質を含む試料(以下、「タンパク質含有溶液」という)は、単純に血液試料、低極性有機溶媒及び親水性有機溶媒を混合した溶液そのものであってもよいし、当該混合物から抽出、分離又は精製して得られたタンパク質を含む溶液であってもよい。タンパク質含有溶液と水との接触は、タンパク質含有溶液中の水溶性成分を水に移動させることが可能な方法であれば、いかなる方法でも採用することができ、例えば、単純にタンパク質含有溶液と水とを混合し、攪拌又は超音波処理することにより行うことができる。
【0019】
本発明のおける有機溶媒処理方法は、血液試料中に存在するp3−Alcの測定に影響を与える物質を除去し、かつp3−Alcの測定に影響しない方法であれば、上記方法に限定されず、その他の有機溶媒(例えば、アセトン、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、キシレン、キシレン:メタノール、キシレン:エタノール、キシレン:イソプロピルアルコール、ベンゼン、クロロホルム、クロロホルム:エタノール、クロロホルム:イソプロピルアルコール)を用いた抽出、ろ過、遠心等を使用する様々な方法により達成されてもよい。
【0020】
本発明者により血液中のp3−Alc量はアルツハイマー病の発症と関連があることが示されたことから、本発明はアルツハイマー病の診断のための情報を提供する方法又はアルツハイマー病の診断方法を提供するものである。具体的には、本発明はアルツハイマー病の診断のための情報を提供する方法又はアルツハイマー病の診断方法であって、以下のステップを含んでなる方法に関する:
a)被験者由来の血液試料を調製するステップ、
b)被験者由来の血液検体を有機溶媒処理するステップ、
c)少なくとも1つのp3−Alcを認識する抗体に該試料を接触させるステップ、
d)p3−Alcへの該抗体の結合を検出してp3−Alcのレベルを測定するステップ、及び、
e)p3−Alcのレベルと被験者におけるアルツハイマー病の有無又は程度との関連付けを行うステップ。
【0021】
被験者由来の血液試料を調製するステップは、遠心分離等の診断の分野において当業者が通常行う方法により行うことができる。また、被験者由来の血液検体を有機溶媒処理するステップは、上述の血液試料の有機溶媒処理方法に準じて行うことができる。少なくとも1つのp3−Alcを認識する抗体に該試料を接触させるステップ、及び、p3−Alcへの該抗体の結合を検出してp3−Alcのレベルを測定するステップは、例えば、酵素免疫測定法(EIA法)、簡易EIA法、酵素結合イムノソルベントアッセイ法(ELISA法)、ラジオイムノアッセイ法(RIA法)、蛍光免疫測定法(FIA法)等の標識化免疫測定法;ウェスタンブロッティング法等のイムノブロッティング法;金コロイド凝集法等のイムノクロマト法;イオン交換クロマトグラフィ法、アフィニティークロマトグラフィ法等のクロマトグラフィ法;比濁法(TIA法);比ろう法(NIA法);比色法;ラテックス凝集法(LIA法);粒子計数法(CIA法);化学発光測定法(CLIA法、CLEIA法);沈降反応法;表面プラズモン共鳴法(SPR法);レゾナントミラーディテクター法(RMD法);比較干渉法等を用いて行うことができる。
【0022】
EIA法により測定する場合、p3−Alcと特異的に結合する物質と有機溶媒処理した試料中のp3−Alcとを反応させた後、標識したp3−Alcを認識する抗体を結合させ、非結合抗体を除去後、標識物質に適した方法で測定することにより、複合体の形成を測定することができる。例えば、EIA法として、ビオチン標識抗体を用いてp3−Alcを検出する場合、有機溶媒処理した試料及びビオチン標識抗体溶液を、p3−Alcと特異的に結合する抗体を固相化した96穴プレートの各ウェルに加えて室温で反応後、各ウェルを洗浄液で洗浄し、基質液(TMB)を加えて室温で反応させた後、反応停止液(2M HCl)を加え、プレートリーダーで450nmの吸光度を測定することにより測定することができる。サンプル中のp3−Alcの濃度は、標準液で作成した検量線を利用して計算することができる。
【0023】
イムノクロマト法により測定する場合、サンプルを標識抗体と結合させた後、ニトロセルロース膜の毛細管現象を利用したクロマトグラフィを行い、固相化された抗原特異的抗体と結合させることにより検出することができる。なお、イムノクロマト法において、標識として金コロイドを利用することにより、固相化抗体とサンプル/標識抗体複合体との結合を目視により確認することもできる。また、例えば、化学発光測定法としてCLIA法を用いる場合、ルミノール誘導体又はアクリジニウム誘導体により標識されたp3−Alcを特異的に認識する抗体と有機溶媒処理した試料中のp3−Alcとを反応させた後、非結合の抗体を分離した後、固相に吸着した化学発光性の標識体を発光させることにより検出することができる。
【0024】
p3−Alcのレベルと被験者におけるアルツハイマー病の有無又は程度との関連付けを行うステップは、血液試料中のp3−Alcの量が大きい被験者をアルツハイマー病に罹患している又は罹患の程度が高い患者として判定することを含むことができる。又は、p3−Alcのレベルと被験者におけるアルツハイマー病の有無又は程度との関連付けを行うステップは、血液試料中の各種p3−Alc種の生成量の比を指標として診断を行うことができる。例えば、全p3−Alcα量に対する、p3−Alcα35の割合を利用することができる。この場合、全p3−Alcα量に対する、p3−Alcα35の割合が高い患者をアルツハイマー病に罹患している又は罹患の程度が高い患者として判定することができる。
【0025】
p3−Alcのレベルと被験者におけるアルツハイマー病の有無又は程度との関連付けを行うステップにおいて用いられる「関連付けをする」という用語は、被験者の血液におけるp3−Alcの存在、レベル、又は、存在比を、アルツハイマー病患者又はアルツハイマー病であろうことが知られている患者、あるいは、アルツハイマー病ではなかった患者又はアルツハイマー病ではないと信じられている患者におけるp3−Alcの存在、レベル、又は、存在比と比較することを意味する。比較対象となる患者におけるp3−Alcのレベル又は比は、例えば、本発明の開示により、又は、既にアルツハイマー病又はその程度が判明している患者由来の検体におけるp3−Alcのレベルを測定することにより、あるいは、他のアルツハイマー病の指標による評価と組み合わせて評価することにより知ることができる。p3−Alcのレベル又は比を利用して、患者がアルツハイマー病に罹患している可能性又は罹患の程度を判定することができる。p3−Alcのレベル又は比とアルツハイマー病との関連付けは、統計的分析により行うことができる。統計学的有意性は、2以上の集団を比較し、信頼区間及び/又はp値を決定することにより決定される(Dowdy and Wearden,Statistics for Research,John Wiely&Sons,NewYord,1983)。本発明の信頼区間は、例えば、90%、95%、98%、99%、99.5%、99.9%又は99.99%であってもよい。また、本発明のp値は、例えば、0.1、0.05、0.025、0.02、0.01、0.005、0.001、0.0005、0.0002又は0.0001であってもよい。好ましくは、p3−Alcは、その存在量又は存在比によりアルツハイマー病又はその程度と関連付けることができる。例えば、p3−Alcについてアルツハイマー病への罹患の指標としての閾値レベル又は当該疾患への罹患の程度の指標として各程度に対する閾値レベルを設定し、患者由来の試料におけるp−Alcのレベルを、閾値レベルと比較することにより関連付けてもよい。このような閾値レベルは、例えば、感度が、50、55、60、65、70、75、80、85、90、91、92、93、94、95、96、97、又は、98%以上となるように設定することができる。また、閾値レベルは、特異度が、40、45、50、55、60、65、70、75、80、85、90、91、92、93、94、95、96、97、又は、98%以上となるように設定することができる。
【0026】
また、本発明のアルツハイマー病の診断方法等は、既にアルツハイマー病の指標として用いられているその他の指標と組み合わせて行ってもよい。
【0027】
以下、本発明をより詳細に説明するため実施例を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、本願全体を通して引用される全文献は参照によりそのまま本願に組み込まれる。
【0028】
(実施例1)ウェスタンブロッティングによる血液中のp3−Alcの検出
血液中にp3−Alcが存在するかどうかを確認するため以下の実験を行った。10ngの化学合成したp3−Alcα35ペプチド(AQPQFVHPEHRSFVDLSGHNLANPHPFAVVPSTAT:配列番号5)を添加し又は添加していない、ヒト血清(HS)、仔ウシ血清(CS)、ウシ胎児血清(FBS)、及びウシ血清アルブミン(BSA)溶液を、protein G−Sepharoseを加えて前処理することでIgGを除去した。その後、抗p3−Alcαモノクローナル抗体3B5(国際公開公報WO2009/075084;Hata,S.,et al.,(2009)J.Biol.Chem.in press 2009 Oct.28 Epub ahead of print PMID: 19864413.Alcadein cleavages by APP α− and γ−secretases generate small peptides p3−Alcs indicating Alzheimer disease−related γ−secretase dysfunction.)を加えて免疫沈降を行い、内在性p3−Alcα及び添加したp3−Alcα35を回収した。回収した沈降物についてUT135抗体を用いたウェスタンブロッティングを行いp3−Alcα35を検出した。
【0029】
ウェスタンブロッティングの結果を図1に示す。FBSからは内在性のp3−Alcαを検出することができたが、HS及びCSからは検出することができなかった。化学合成したp3−Alcα35ペプチドを添加した溶液においても、HS及びCSからの回収率が極めて低く、誕生後の血液中には、反応阻害物質があることが明らかとなった。
【0030】
(実施例2)p3−Alcを検出するための血液検体の前処理方法の検討
血清からp3−Alcを抽出する方法を種々検討した。その結果、以下の前処理方法が適していることを見出した。
実施例1で使用した化学合成p3−Alcα35ペプチド添加、ヒト血清(HS)、仔ウシ血清(CS)、ウシ胎児血清(FBS)、及びウシ血清アルブミン(BSA)溶液200μLに4倍量(800μL)のクロロホルム:メタノール=2:1の溶媒を加え、ボルテックスで撹拌(又は、超音波処理10秒)後、室温に1時間放置し、160μLのDDW(蒸留水)を加え、再度ボルテックスで撹拌し、4℃、15、000rpmで15分間遠心した。遠心により三層(有機溶媒層、中間層、水層)に分離したサンプルから各層全量を回収した。有機溶媒層及び水層は、溶媒を蒸発させ濃縮した。中間層は、x2 サンプルバッファー(8%SDS、0.1M Tris−HCl[pH6.8]、0.04%CBB、24%グリセロール、4%β−メルカプトエタノール)と蒸留水を等量加え、超音波処理により可溶化させた。各層のサンプルについて、実施例1と同様にp3−Alcαをウェスタンブロッティングにより検出した。
【0031】
ウェスタンブロッティングの結果及び水層への回収率を図2に示す。この結果から、水層に回収されるp3−Alcα35は、どの血清を用いた場合でも80%以上の高率であること、また、この操作により、微量(10μL)のヒト血清からも内在性のp3−Alcαを検出することができることが示された。
【0032】
(実施例3)p3−AlcαのsELISA測定における血清による発色阻害
p3−Alcα測定sELISAキットは、株式会社免疫生物研究所より提供を受けた。標準物質として化学合成したp3−Alcα35ペプチドを使用した。合成されたp3−Alcαペプチドを前記希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)に溶解して、39.06pg/mL、78.13pg/mL、156.25pg/mL、313pg/mL、及び625pg/mLの希釈標準液を調製した。また、同量の合成されたp3−Alcα35ペプチドを、ヒト血清、希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)でヒト血清を2倍希釈した溶液(×2)、及び希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)でヒト血清を4倍希釈した溶液(×4)に溶解し、サンプルを調製した。検量線を作製した。100μLの希釈標準液又は検体をウサギ抗p3−Alcα(839)抗体を固相化した96ウェルプレートのウェルに加え、4℃で一晩静置した。ウェルをPBSで7回洗浄後、HRP標識ウサギ抗p3−Alcα(817)抗体を100μL/ウェルで添加し、4℃で30分間反応させた。各ウェルをPBSで9回洗浄後、TMB基質液を100μL添加し、遮光して室温で30分間反応させた。全てのウェルに停止液(1N HSO)を100μL/ウェルで添加し、450nmにおける吸光度を測定した。希釈用緩衝液を使用した測定結果を利用して検量線を作成した。
【0033】
結果を図3に示す。検量線と比較して、血清を含むサンプルの測定結果は傾きが小さく、両者の傾きが異なることが判明した。即ち、検量線と比べて、血清を含む反応液では発色が抑制されていることが示された。本結果は、血液をサンプルとしてそのまま用いてELISA系によりp3−Alc量を測定した場合には、正確な血液中のp3−Alc量を定量できないことを示している。
【0034】
(実施例4)血液(血清及び血漿)からp3−Alcを抽出する方法の検討
実施例3の結果から、血液サンプルをそのまま用いてELISA測定を行った場合には、血中のp3−Alc量を正確に定量できないことが判明したため、血中のp3−Alc量を正確に定量可能な方法を検討した。
合成したp3−Alcα35ペプチドを1%BSA溶液に溶解し、400pg/mLのサンプル溶液を作製した。このサンプル溶液200μLに対し、800μLのクロロホルム:メタノール=2:1混合液を加え、ボルテックス又はマイクロチップで超音波処理を10秒間行うことにより良く撹拌し、1時間室温に静置した。蒸留水(DDW)160μLを加えてボルテックスにより撹拌後、微量冷却高速遠心機(TOMY社等)を用いて、4℃、15000rpmで15分間遠心を行った。遠心後のチューブ内は、上から「水層」、「中間層」、「有機溶媒層」の三層に分離した。このうち、水層500μLを別のコニカル遠心チューブに回収し、遠心エバポレーターを用いて半分量(250μL)に濃縮して、水層に残存する有機溶媒を気化除去した。濃縮液に250μLの希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)を加えて容量を500μLとしたものをサンプルとして、実施例3と同様の方法によりsELISA測定を行った。
【0035】
sELISA測定の結果を図4に示す。sELISAで定量した回収率は83±1.4%であった。これはウェスタンブロッティングにより見積もった回収率約80〜90%(実験例1の図2)とほぼ同等の量であった。この結果から、ウェスタンブロッティングとsELISAの回収率がほぼ等しいことから、抗原抗体反応が正しく行われている事が示された。
【0036】
(実施例5)p3−Alc抽出法を用いた血清中の添加p3−Alcα測定
1.5mLのコニカル遠心チューブ中のヒト血清200μLに対し、800μLのクロロホルム:メタノール=2:1混合液を加え、ボルテックス又はマイクロチップで超音波処理を10秒間行うことにより良く撹拌し、1時間室温に静置した。蒸留水(DDW)160μLを加えてボルテックスにより撹拌後、微量冷却高速遠心機(TOMY社等)を用いて、4℃、15000rpmで15分間遠心を行った。遠心後のチューブ内は、上から「水層」、「中間層」、「有機溶媒層」の三層に分離した。このうち、水層500μLを別のコニカル遠心チューブに回収し、遠心エバポレーターを用いて半分量(250μL)に濃縮して、水層に残存する有機溶媒を気化除去した(水層に残存する有機溶媒を気化除去するのが目的のため、全溶媒を乾燥して希釈用緩衝液で溶解しても差し支えない)。濃縮液に250μLの希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)を加えて容量を500μLとし、撹拌・溶解したものを測定用原液(×1)とした。測定用原液(×1)に希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)を加えて二倍希釈液(×2)及び四倍希釈液(×4)を調製した。測定用原液、二倍希釈液、及び四倍希釈液のそれぞれに、合成p3−Alcα35を溶解し、実施例3記載の方法に従ってsELISA法で測定を行った。また、標準サンプルとして合成p3−Alcα35を希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)に溶解し、検量線を作成した。
【0037】
結果を図5に示す。測定用原液(×1)及び二倍希釈液(×2)、四倍希釈液(×4)の反応直線は、検量線と同じ傾きを示した(図5A)。図5Bは、検量線と二倍希釈液の反応直線を重ねた結果を示す。本実験結果より、本実験において使用した処理方法を採用することにより、血清中に存在した反応阻害成分が除去され、血清中におけるp3−Alcαの測定効率が向上することが示された。
【0038】
(実施例6)p3−Alc抽出法を用いた健常人の血清中のp3−Alcα測定
健常人5人の血清200μLをサンプルとして用いて、実施例4の方法に従って処理して二倍希釈液を調製し、実施例3と同様の方法によりsELISA測定を行った。測定は、デュプリケートで行った。
【0039】
結果を図6に示す。本測定の結果、健常人の血清には、約250〜330pg/mL(平均282±31pg/mL)のp3−Alcα35が含まれていた。図中、サンプルは、サンプルNo.1の人の測定値を示す。なお、サンプルは2倍に希釈して測定しているため、表の値は測定値の倍量を示すものである。
【0040】
(実施例7)p3−Alc抽出法を用いた血漿中の添加p3−Alcα測定
1.5mLのコニカル遠心チューブ中のヒト血漿200μLに対し、800μLのクロロホルム:メタノール=2:1混合液を加え、ボルテックス又はマイクロチップで超音波処理を10秒間行うことにより良く撹拌し、1時間室温に静置した。蒸留水(DDW)160μLを加えてボルテックスにより撹拌後、微量冷却高速遠心機(TOMY社等)を用いて、4℃、15000rpmで15分間遠心を行った。遠心後のチューブ内は、上から「水層」、「中間層」、「有機溶媒層」の三層に分離した。このうち、水層500μLを別のコニカル遠心チューブに回収し、遠心エバポレーターを用いて半分量(250μL)に濃縮して、水層に残存する有機溶媒を気化除去した(水層に残存する有機溶媒を気化除去するのが目的のため、全溶媒を乾燥して希釈用緩衝液で溶解しても差し支えない)。濃縮液に250μLの希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)を加えて容量を500μLとし、撹拌・溶解したものを測定用原液(×1)とした。測定用原液(×1)に希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)を加えて二倍希釈液(×2)及び四倍希釈液(×4)を調製した。測定用原液、二倍希釈液、及び四倍希釈液のそれぞれに、合成p3−Alcα35を溶解し、実施例3記載の方法に従ってsELISA法で測定を行った。また、標準サンプルとして合成p3−Alcα35を希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)に溶解し、検量線を作成した。
【0041】
結果を図7に示す。測定用原液(×1)及び二倍希釈液(×2)、四倍希釈液(×4)の反応直線は、検量線と同じ傾きを示した(図7A)。図7Bは、検量線と二倍希釈液の反応直線を重ねた結果を示す。本実験結果より、本実験において使用した処理方法を採用することにより、血漿中に存在した反応阻害成分が除去され、血漿中におけるp3−Alcαの測定効率が向上することが示された。
【0042】
(実施例8)p3−Alc抽出法を用いたアルツハイマー病患者及び健常人の血漿中のp3−Alcα測定(1)
アルツハイマー病患者3人及び同年代健常人3人の血漿200μLを、実施例4の方法に従って処理して二倍希釈液を調製し、実施例3と同様の方法によりsELISA測定を行った。測定は、quadrupleで行った。
【0043】
結果を図8に示す。健常人の血漿には、平均332±9pg/mLのp3−Alcα35が含まれるのに対し、アルツハイマー病患者の血漿には、平均487±123pg/mLのp3−Alcα35が含まれる事が明らかとなった。健常人の血漿中のp3−Alcα35値は、血清中のp3−Alcα35値とほぼ同じレベルであった。本実験結果により、アルツハイマー病患者の血中p3−Alcα濃度が、健常人に比較して高いことが明らかになった。また、本実施例により測定された血中のp3−Alcα35の量は、アルツハイマー病発症に関わる因子とされるAβ40の血中における量(100〜150pg/mL)よりも高い値であり、本発明の方法を採用することにより診断マーカとして十分に利用可能な量のp3−Alcを検出することができることが示された。
【0044】
(実施例9)p3−Alc抽出法を用いたアルツハイマー病患者及び非アルツハイマー病患者の血漿中のp3−Alcα測定(2)
以下の表1に記載のアルツハイマー病患者(AD)、及び、表2に記載の非アルツハイマー病患者(NONAD)から採取した血液の血漿中のp3−Alc量を測定した。各血漿200μLを、実施例4の方法に従って処理して二倍希釈液を調製し、実施例3と同様の方法によりsELISA測定を行った。以下の表において、「AD」はアルツハイマー病を、「CH」は慢性肝炎を、「Normal」は健常者を示す。
【0045】
【表1】

【0046】
【表2】

【0047】
結果を図9に示す。非アルツハイマー病患者の血漿には、平均120±39pg/mLのp3−Alcα35が含まれるのに対し、アルツハイマー病患者の血漿には、平均169±32pg/mLのp3−Alcα35が含まれる事が示された。本実験結果により、アルツハイマー病患者の血中p3−Alcα濃度が、非アルツハイマー病患者に比較して高いことが確認された。また、p3−Alc量の性別による影響を分析した結果を図10に示す。本結果から、p3−Alc量の測定において性別による差はほとんどないことが示された。
【0048】
(実施例10)p3−Alcα抽出法における残留メタノール量の影響
p3−Alcを抽出後の溶液にメタノールが混入していた場合の反応阻害効果の有無を検討した。希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)にメタノールを終濃度が1、5、10、20、30、40、又は50%となるように添加したメタノール溶液、及び各メタノール溶液にp3−Alcα35を加えたサンプルを使用して、実施例3と同様の方法によりsELISA測定を行った。
【0049】
希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)にメタノールを添加し、OD450を測定すると、メタノールによりバックグラウンドが若干高くなった(非図示)。メタノールを添加しなかった場合のp3−Alcα35の回収率を100%とした場合の各濃度のメタノールを添加した場合のp3−Alcα35の回収率を表3に示す。p3−Alc溶液にメタノールを添加した実験の結果、40%までの混入は反応に影響しないことが示された。
【0050】
【表3】

【0051】
(実施例11)水層中の溶媒の除去方法の検討
実施例10の結果から、水層中に溶媒が残留していると測定結果に影響を及ぼす可能性があることが明らかとなったことから、p3−Alcの測定に適した水層中の溶媒の除去方法を検討した。血漿200μLに対し、800μLのクロロホルム:メタノール=2:1混合液を加え、ボルテックス又はマイクロチップで超音波処理を10秒間行うことにより良く撹拌し、1時間室温に静置した。蒸留水(DDW)160μLを加えてボルテックスにより撹拌後、微量冷却高速遠心機(TOMY社等)を用いて、4℃、15000rpmで15分間遠心を行った。遠心後のチューブ内は、上から「水層」、「中間層」、「有機溶媒層」の三層に分離した。このうち、水層を回収し、以下の溶媒除去操作を行った。
【0052】
(a)500μLの水層を回収し、スピードバックで約2倍に濃縮後、希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)を250μL添加した(最終量500μL)。
(b)500μLの水層を回収し、スピードバックで完全に溶媒を飛ばした後、500μLの希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)に溶解させた。
(c)水層を全量回収し、スピードバックで完全に溶媒を飛ばした後、250μLの希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)に溶解させた。
(d)500μLの水層を回収し、スピードバックで約2倍に濃縮後、500μLの希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)に溶解させた。
(e)500μLの水層を回収し、スピードバックで完全に溶媒を飛ばした後、500μLの希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)に溶解させた。
(f)500μLの水層を回収し、スピードバックで完全に溶媒を飛ばした後、250μLの希釈用緩衝液(1%BSA、0.05%Tween−20含有PBS)に溶解させた。
以上において、(a)〜(c)は健常者コントロール血漿1、(d)〜(f)は健常者コントロール血漿2を示す。
【0053】
結果を表4に示す。溶媒を完全に飛ばすことで定量値が変化することが示された。また、250μLの希釈バッファーで可溶化することで感度が高くなることが示された。特に、(c)及び(f)の方法が適していることが明らかとなった。
【0054】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の血液試料の有機溶媒処理方法は、血液試料中のp3−Alcの測定を可能とすることから、アルツハイマー病の診断の分野において利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液試料中のp3−アルカデイン量を測定する方法であって、血液試料を有機溶媒処理すること、及び試料中のp3−アルカデイン量を測定することを含んでなる方法。
【請求項2】
血液試料を有機溶媒処理することが、低極性有機溶媒と親水性有機溶媒との混合物と血液試料とを接触させることを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
低極性有機溶媒が双極子モーメント1.10〜1.20の有機溶媒であり、親水性有機溶媒が双極子モーメント1.65〜1.75の有機溶媒である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
低極性有機溶媒がクロロホルムであり、親水性有機溶媒がメタノールである、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
低極性有機溶媒と親水性有機溶媒との混合物が、低極性有機溶媒と親水性有機溶媒との比が1:2〜4:1である、請求項2〜請求項4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
血液試料を有機溶媒処理することが、更に、水を接触させた後、水層を回収することを含む、請求項2〜請求項5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
血液試料が、血清又は血漿である、請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
アルツハイマー病の診断のための情報を提供する方法であって、以下のステップを含んでなる方法:
a)被験者由来の血液試料を調製するステップ、
b)被験者由来の血液検体を有機溶媒処理するステップ、
c)少なくとも1つのp3−アルカデインを認識する抗体に該試料を接触させるステップ、
d)p3−アルカデインへの該抗体の結合を検出してp3−アルカデインのレベルを測定するステップ、及び、
e)p3−アルカデインのレベルと被験者におけるアルツハイマー病の有無又は程度との関連付けを行うステップ。
【請求項9】
p3−アルカデインを測定するための血液試料の処理方法であって、血液試料を有機溶媒処理することを含んでなる方法。

【図4】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−107031(P2011−107031A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−264018(P2009−264018)
【出願日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【出願人】(399032282)株式会社 免疫生物研究所 (14)
【Fターム(参考)】