説明

α−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物との会合物

【課題】 潮解性、還元力、酸化力、水への難溶性などといった、工業的な利用の上で好ましくない、金属イオン化合物本来の性質が改善された金属イオン化合物の調製品とその製造方法ならびに用途を提供する。
【解決手段】 α−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物との会合物とその製造方法ならびに用途を提供することによって前記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖質と金属イオン化合物との新規な会合物、より詳細には、α−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物との会合物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、鉄、銅、亜鉛、ニッケルなどの金属元素は、炭素、酸素、水素、窒素などと比べると量的には必ずしも多くが必要とされる訳ではないものの、正常な生体機能を維持する上で、いずれも欠くことができない元素(必須元素)である。このような必須元素としての金属元素は、通常、塩などの、イオン化した金属元素を含む化合物(金属イオン化合物)の形態で生物体に摂取され、その体内でそれぞれの機能を果たしている。
【0003】
カルシウム及びマグネシウムは、人の生体内で多くの酵素反応などに関与しているミネラルであり、その必要量も比較的多いことが知られている。また、カルシウム及びマグネシウムは生体内においては骨に多く存在しているため、その欠乏症は骨粗鬆症、骨軟化症の原因になる。更に、最近になって、マグネシウムの欠乏は糖尿病、高血圧症といった疾患の一因であると考えられるようになってきた。
【0004】
マグネシウムは、植物にとっても必須のミネラルであり、一般には、植物栄養剤として、窒素、リン、カリウムとともに、液状又は固状肥料として、植物に供給され、生長に利用される。また、マグネシウムが欠乏すると植物に欠乏症状が出現することも知られている。
【0005】
一方、食品工業分野において金属イオン化合物は、個々に、潮解性、還元力、酸化力、水への難溶性などの、食品もしくはその素材の製造や保存において好ましくない性質を有している場合があり、これらの性質は一般に、個々の金属イオン化合物本来の改善し得ない性質であると見なされていた。また、塩類などの金属イオン化合物は、経口摂取において、その量によっては不快味を呈する場合があり、その呈味の悪さを解消する試みも種々行われてきた。最近、本発明と同じ出願人による国際公開番号 WO 03/016325号公報において、非還元性二糖であるα,α−トレハロース又は糖アルコールであるマルチトールが種々の金属イオン化合物と会合物を形成することにより、金属イオン化合物が本来的に有する上記欠点を解消できることが開示された。上記α,α−トレハロース及びマルチトール以外に同様の作用効果を有する糖質の幅広い開発が望まれていたにもかかわらず、現在、そのような糖質は見出されていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、α,α−トレハロース及びマルチトール以外の糖質を用いて、金属イオン化合物が本来的に有する、潮解性、還元力、酸化力、水への難溶性などといった、食品工業的な取扱いの上で好ましくない性質が改善された金属イオン化合物を含む調製品とその製造方法ならびに用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、糖質の利用に関する研究を通して得た独自の知見を生かして上記の課題を解決することを目指し、糖質と金属イオン化合物とを諸種の組み合わせで共存させた場合の金属イオン化合物本来の性質の変化について、さらに幅広く検討した。その結果、非還元性糖質であるα−グリコシルα,α−トレハロースが、金属イオン化合物と共存させたときに会合物を形成し、α,α−トレハロースやマルチトールの場合と同様に金属イオン化合物の潮解性を改善したり、水への溶解性を高めたり、金属イオン化合物による酸化還元反応を抑制するなどの機能を発揮することを見出した。さらに、上記の糖質によってこれらの機能が発揮される機構を探るために、α−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物とを共存させた際の相互作用を分子のレベルで詳細に解析したところ、意外にもα−グリコシルα,α−トレハロースが金属イオン化合物と会合物を形成するときに、そのα,α−トレハロース部分のみならずα−グリコシル部分もまた会合に関与していることが判明し、この形成された会合物において、上記のような金属イオン化合物の性質の変化が認められることが判明した。以上の結果から、α−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物とを共存させることにより得られる会合物は、食品工業において、優れた利用価値を有していることが判明した。本発明は、以上の知見に基づいて完成されたものである。
【0008】
本発明は、α−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物との会合物とその製造方法ならびに用途を提供することによって上記の課題を解決するものである。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】α−マルトシルα,α−トレハロース−塩化カルシウム会合物の結晶のX線回折図形である。
【図2】塩化カルシウムの結晶のX線回折図形である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、α−グリコシルα,α−トレハロースと、金属イオン化合物との会合物とその製造方法ならびに用途に関するものである。本発明でいうα−グリコシルα,α−トレハロースとは、グルコース2分子からなる非還元性糖質であるα,α−トレハロースの一方のグルコース残基に、グルコースの1個又は複数個からなるα−グリコシル基がα−1,4結合してなる糖質、例えば、α−グルコシルα,α−トレハロース、α−マルトシルα,α−トレハロース、α−マルトトリオシルα,α−トレハロース、α−マルトテトラオシルα,α−トレハロース、α−マルトペンタオシルα,α−トレハロース、α−マルトヘキサオシルα,α−トレハロースなどの非還元性オリゴ糖を意味する。本発明の実施において、α−グリコシルα,α−トレハロースは、後述する金属イオン化合物との会合物を形成するものである限り、純度や性状は問わない。本発明で利用するα−グリコシルα,α−トレハロースは、例えば、特開平7−143876公報に開示された公知の方法で調製することができる一方、本発明の実施分野に応じて、α−マルトシルα,α−トレハロースを含有する市販品を利用することも随意である。α−グリコシルα,α−トレハロースを含有する市販品としては、例えば、株式会社林原商事販売の商品名『ハローデックス』(固形分当たりα−グルコシルα,α−トレハロースを約4%、α−マルトシルα,α−トレハロースを約52%、α−マルトトリオシルα,α−トレハロースを約1%含有)が有利に利用できる。
【0011】
本発明でいう金属イオン化合物とは、陽イオンと陰イオンとの間のイオン結合を含む化合物のうち、陽イオンが金属イオンであるものを意味し、塩、アルカリ、錯化合物を含む。本発明の実施においては、α−グリコシルα,α−トレハロースとの会合物を形成しうる金属イオン化合物はいずれも有利に利用できる。例えば、陽イオンとして、1価又は2価以上の電荷を有する金属イオンの1種又は2種以上を含有するもの、詳細には、周期律表における1族乃至16族に属する金属原子のイオンの1種又は2種以上を含有するもの、より詳細には、周期律表における1族に属するリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウムなど、2族に属するベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウムなど、3族に属するスカンジウム、イットリウムなど、4族に属するチタン、ジルコニウム、ハフニウムなど、5族に属するバナジウム、ニオブ、タンタルなど、6族に属するクロム、モリブデン、タングステンなど、7族に属するマンガン、テクネチウム、レニウムなど、8族に属する鉄、ルテニウムなど、9族に属するコバルト、ロジウムなど、10族に属するニッケル、バラジウムなど、11族に属する銅、銀など、12族に属する亜鉛など、13族に属するアルミニウム、ガリウムなど、14族に属するゲルマニウムなど、15族に属するアンチモンなど、16族に属するポロニウムなどから選ばれる1種又は2種以上の金属原子のイオンを含有するものが挙げられる。これらのうち、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、ストロンチウムイオンなどのアルカリ土類金属のイオン、鉄イオン、銅イオン、ニッケルイオン、マンガンイオン、亜鉛イオンなどの遷移元素に属する金属のイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンなどのアルカリ金属のイオンから選ばれる1種又は2種以上を含む金属イオン化合物は、下記に詳述するような会合物としての有用性が比較的顕著であり、特に、2価以上の電荷を有する金属イオンを含む金属イオン化合物がさらに有用性が顕著であることから、これらは本発明の実施に特に有用である。また、本発明の金属イオン化合物における陰イオンとしては、フッ素イオン、塩素イオン、臭素イオンなどのハロゲンイオン、硫酸イオン、亜硫酸イオン、硫酸水素イオン、チオ硫酸イオン、炭酸イオン、炭酸水素イオン、硝酸イオン、リン酸イオン、リン酸水素イオン、リン酸二水素イオン、亜塩素酸イオン、水酸化物イオン、アンモニウムイオンなどの無機陰イオンや、酢酸イオン、乳酸イオン、クエン酸イオン、フマル酸イオン、リンゴ酸イオンなどの有機陰イオンから選ばれる1種又は2種以上が挙げられる。これらのうち、下記に詳述するような会合物としての有用性は、陰イオンとして無機陰イオンを含むものにおいて比較的顕著であることから、無機陰イオンを含有する金属イオン化合物が本発明において特に有利に利用できる。なお、本発明の会合物を生体に適用することが想定される場合には、本発明の実施において、金属イオン化合物として、生理学的に許容されるものを用いるのが望ましいことはいうまでもない。以下、単に「金属イオン化合物」という場合、全ての金属イオン化合物を意味するものとする。
【0012】
本発明でいう会合物とは、上記に示されるα−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物とが、直接的な相互作用によって会合した状態にある物質をいい、実質的にα−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物とから構成されている。ここでいう「直接的な相互作用」とは、例えば、水素結合、分子間力、イオン結合、配位結合などであり、液体、固体、気体、溶液又はペースト状の状態におけるこれらの結合を包含する。また、ここでいう「実質的にα−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物とから構成される」とは、当該会合物が、構成成分として、通常、α−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物とからなり、場合によっては、さらに、結合水などの該構成成分以外の分子を構成成分として含むことがあることを意味する。なお、当該会合物において、金属イオン化合物は、通常、該金属イオン化合物における金属イオンとその対イオンが中和しあう状態(例えば、塩など)でα−グリコシルα,α−トレハロースと会合しているけれども、場合によっては、該金属イオンとα−グリコシルα,α−トレハロースとが会合し、この会合物を中和するように該金属イオンに対する対イオンが存在する場合もある。本発明の会合物は、以下のようにして確認することができる。溶液中で形成されている当該会合物は、例えば、『実験化学講座5』、日本化学会編、丸善株式会社発行(1991年)、221乃至224頁に記載された核磁気共鳴法(以下、「NMR」という。)により確認することができる。すなわち、本発明の会合物を溶解含有している溶液と、斯かる会合物を形成していないことが明かな、例えば、α−グリコシルα,α−トレハロースのみを溶解含有する溶液とをNMRに供して、構成原子の緩和時間を比較し、当該会合物の溶液における緩和時間がより短いという現象によって確認される。また、当該会合物をNMR分析に供し、常法により帰属される化学シフト(ppm)の少なくとも1個以上が、その会合物を形成しているα−グリコシルα,α−トレハロース単独の標品を用いて検出される、対応する化学シフトと比べて、明らかに異なる値を示すという事実によっても確認することができる。さらに、当該会合物は、例えば、これを溶液中で晶出させ、得られる結晶を単離し、その結晶構造を解析することによっても確認することができる。すなわち、本発明の会合物の結晶と、これを構成している金属イオン化合物の単独の結晶とについてX線回折図形を求め、当該会合物の回折図形が、上記の単独の結晶のX線回折図形ならびに、上記の単独の結晶のX線回折図形を組み合わせた図形のいずれとも一致しないという事実により確認される。以上のような本発明の会合物は、通常、α−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物(もしくは金属イオン)との割合が、モル比で、通常、1:0.5乃至1:5、望ましくは、1:1乃至1:4の範囲で含有する。また、後記実験例に詳述する、α−マルトシルα,α−トレハロースと塩化カルシウムとの会合物の結晶のように、α−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオンとがある一定のモル比(約1:1)で確認される場合もある。
【0013】
本発明の会合物は、α−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物とを混合することにより形成させることができる。混合の方法は、α−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物との接触させることができるものであればよく、通常、同一の溶媒中で、両者が溶解する条件下で混合するのが好適である。溶媒としては、水、エタノール、メタノール、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、酢酸などが挙げられる。食品分野、化粧品分野、医薬品分野などで利用される場合のように、本発明の会合物を生体に適用することを前提として調製する場合には、水やエタノールなどの生理学的に許容される溶媒を用いるのが望ましい。また、金属イオン化合物としてそれぞれの水和物を用いたり、塩化カルシウムなどの本来的に潮解性を有する金属イオン化合物を用いる場合には、固体の状態にある両者を混合することによって目的とする会合物を形成させることも可能である。α−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物との混合比は、金属イオン化合物の種類にもよるけれども、α−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物との割合をモル比で、通常、1:0.01乃至1:100、望ましくは、1:0.1乃至1:10の範囲に設定するのが好適であり、また、後記実験例に詳述する、α−マルトシルα,α−トレハロースと塩化カルシウムとの会合物のように、さらに特定されたモル比(例えば、約1:1)で混合することにより当該会合物が効率的に得られる場合もある。
【0014】
上記のように形成されるα−グリコシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物との会合物は、会合物が形成されたそのままの状態で、例えば、溶液の状態で利用することができる。また、形成された会合物を単離した状態で利用することもでき、単離のための方法としては、例えば、抽出、濾過、濃縮、遠心分離、透析、分別沈澱、結晶化、疎水性クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどが挙げられる。
【0015】
上記のようにして形成された会合物、もしくはこれを含む画分は、結晶化、分別沈澱、濃縮、乾燥(噴霧乾燥、真空乾燥、凍結乾燥を含む)などの方法により採取することができる。斯くして得ることができる当該会合物は、金属イオン化合物の種類によって異なるものの、従来の金属イオン化合物と比べて、以下のような優れた特徴を有している。
【0016】
(1)潮解性の低減
塩化カルシウムをはじめとするアルカリ土類金属のハロゲン化物などの、本来的に潮解性を有する金属イオン化合物は、α−グリコシルα,α−トレハロースとの間で会合物を形成することによって、その潮解性が顕著に低減される。したがって、本発明におけるα−グリコシルα,α−トレハロースと本来的に潮解性を有している金属イオン化合物との会合物は、その取扱い性が優れているという特徴を有する。このα−グリコシルα,α−トレハロースの特性は、潮解性抑制剤として有利に利用できる。
【0017】
(2)難溶性又は不溶性の金属イオン化合物の生成阻害
金属イオンは、リン酸カルシウムなどの例に見られるように、ある種の対イオンとの間で水に対する溶解性が低い塩を形成する場合がある。このような金属イオンを水中で溶解含有している溶液に、該金属イオンと難溶性又は不溶性の塩を形成する対イオンが添加されると速やかに溶解性の低い物質が析出又は沈澱する。このような金属イオンを含む水溶性の化合物が難溶性又は不溶性の塩を形成する前に、該金属イオン化合物とα−グリコシルα,α−トレハロースとの間で会合物を形成させておけば、難溶性又は不溶性の塩の形成を抑えることができる。したがって、本来的に難溶性又は不溶性の塩を形成する可能性のある金属イオンを含む化合物とα−グリコシルα,α−トレハロースとの会合物は、水溶液中での沈澱や白濁が抑えられた調製品として利用することができる。このα−グリコシルα,α−トレハロースの特性は、難溶性又は不溶性塩の析出抑制剤として有利に利用できる。
【0018】
(3)水に対する溶解性の向上
α−グリコシルα,α−トレハロースと会合物を形成した金属イオン化合物は、多くの場合、その本来の水溶性を上回る水への溶解度を示す。比較的顕著な水溶性の向上が認められる金属イオン化合物は、例えば、マンガン塩、ニッケル塩、鉄塩、銅塩、亜鉛塩などの遷移金属イオン化合物や、マグネシウム塩、ナトリウム塩などである。この特性により、α−グリコシルα,α−トレハロースは、これら金属イオン化合物の溶解性向上剤として有利に利用できる。したがって、これらの金属イオン化合物とα−グリコシルα,α−トレハロースとの会合物は、高濃度の金属イオン化合物溶液の提供が望まれる食品分野、化粧品分野、医薬品分野などで有利に利用できる。
【0019】
金属イオンと糖類以外の有機物質、例えば、配糖体、ポリフェノールなどが複合した難溶性又は不溶性金属イオン化合物に対しても、α−グリコシルα,α−トレハロースと、その金属イオン化合物とを会合させることにより、前記金属イオン化合物と複合している有機物質の水に対する溶解性を向上させることができる。また、金属イオン化合物に起因する汚れに対してもα−グリコシルα,α−トレハロースとその金属イオン化合物とを会合させることにより、その汚れを防止したり、仮に汚れてもその洗浄又は除去が容易になる。従って、α−グリコシルα,α−トレハロースを金属イオン化合物汚染の予防剤、除去剤、洗浄剤、又は清拭剤などとして有利に利用できる。この用途としては、例えば、ガラス、金属、自動車、住居、衣類、身体などの表面の汚染防止又は汚染除去に好都合である。また、カルシウムイオン化合物やマグネシウムイオン化合物などに起因する歯石、歯垢に対しても、α−グリコシルα,α−トレハロースとその金属イオン化合物とを会合させることにより、付着を抑制又は付着したものの溶解を促進できることから、うがい水や練歯磨などに有利に利用できる。
【0020】
(4)酸化還元反応の抑制
鉄や銅などの遷移金属やその他の金属のイオン化合物は、条件によって酸化されたり、また逆に還元される場合がある。このような酸化還元反応が起こることは、共存する他の物質に質的な劣化をもたらす可能性があることを意味している。以上のような金属イオン化合物がα−グリコシルα,α−トレハロースと会合物を形成すると、通常、その本来の、酸化もしくは還元を起こす反応性が抑制される。したがって、鉄塩や銅塩などの酸化還元反応をおこしうる金属イオン化合物とα−グリコシルα,α−トレハロースとの会合物は、他の物質の品質劣化を惹き起こし難い金属イオン化合物の調製品として有利に利用できる。このα−グリコシルα,α−トレハロースの特性は、比較的少量の鉄塩や銅塩の共存で、酸化、劣化を受けやすい物質、例えば、L−アスコルビン酸、トコフェロールなどのビタミンや、EPA、DHAなどの高度不飽和脂肪酸、更には、香料、色素などに、α−グリコシルα,α−トレハロースを共存させて金属イオン化合物との会合物を生成させることにより、それらの酸化、劣化を抑制することができる。また、鉄イオンの酸化・還元を抑制することから、α−グリコシルα,α−トレハロースは防錆剤としても有利に利用できる。
【0021】
(5)不快味の抑制
塩化マグネシウム、塩化ナトリウム、塩化第一鉄などの塩類を含む金属イオン化合物は、経口摂取において、その量によっては苦み、刺激味、鉄臭さなどの不快味を呈する場合がある。これらの金属イオン化合物は、α−グリコシルα,α−トレハロースとの間で会合物を形成することによって、その不快味が顕著に低減される。したがって、本発明におけるα−グリコシルα,α−トレハロースと不快味を呈する金属イオン化合物との会合物は、食品分野において不快味の抑制された飲食物の製造に有用である。このα−グリコシルα,α−トレハロースの特性は、不快味抑制剤として有利に利用できる。
【0022】
上記のように、本発明の方法で形成された会合物は、形態が溶液、ペースト状のみならず、結晶化、分別沈澱、濃縮、乾燥(噴霧乾燥、真空乾燥、凍結乾燥を含む)などの方法により粉末として採取することも有利に実施できる。斯くして得ることができる当該会合物粉末は、従来の金属イオン化合物の粉末品と比べて、潮解性、還元力、酸化力、水への難溶性などといった、工業的な取扱いの上で好ましくない性質が改善された、優れた特徴を有している。
【0023】
上記で述べたような作用を発揮する本発明の会合物粉末は、金属イオン化合物を原料、添加物、製品などとして扱う分野であって、例えば、食品分野(飲料分野を含む)、農林水産分野、化粧品分野、医薬品分野、日用品分野、化学工業分野ならびに、これらの分野で利用される原料又は添加物の製造分野などにおいて、単離された状態で、又は、目的に応じて、他の成分、例えば、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、乳糖、糖アルコール、環状糖質、デキストリン、澱粉、セルロースなどの増量剤や賦型剤の1種又は2種以上との組成物の形態で、極めて多岐にわたる分野において有用である。本発明の会合物を組成物の形態で利用する際に配合できる他の成分として、該組成物が生体に適用することが想定される場合には、生理学的に許容される成分であることが望ましく、例えば、食品分野で利用する場合には、ショ糖、グルコース、マルトース、L−フコース、L−ラムノース、ステビア、カンゾウ、アスパルテーム、グリチルリチン酸塩、スクラロースなどの甘味料、アジピン酸、クエン酸、グルコノデルタラクトン、酢酸、酒石酸、フマル酸、乳酸などの酸味料、アスパラギン酸ナトリウム、アラニン、クエン酸、グルタミン酸、テアニン、食塩などの調味料のほか、食品分野において一般に利用される着色料、着香料、強化剤、膨張剤、保存料、殺菌料、酸化防止剤、漂白剤、糊料、安定剤、乳化剤などの1種又は2種以上が挙げられる。
【0024】
本発明の会合物若しくはそれを含む組成物の食品分野における具体的な用途としては、例えば、食卓塩、醤油、粉末醤油、味噌、粉末味噌、もろみ、ひしお、ふりかけ、マヨネーズ、ドレッシング、食酢、三杯酢、粉末すし酢、中華の素、天つゆ、麺つゆ、ダシ汁、ソース、ケチャップ、焼肉のタレ、カレールウ、シチューの素、スープの素、ダシの素、核酸系調味料、複合調味料、みりん、新みりん、テーブルシュガー、コーヒーシュガーなどの各種調味料、せんべい、あられ、おこし、餅類、まんじゅう、ういろう、あん類、羊羮、水羊羮、錦玉、ゼリー、カステラ、飴玉などの各種和菓子、パン、ビスケット、クラッカー、クッキー、パイ、プリン、バタークリーム、カスタードクリーム、シュークリーム、ワッフル、スポンジケーキ、ドーナツ、チョコレート、チューインガム、キャラメル、キャンディーなどの洋菓子、アイスクリーム、シャーベットなどの氷菓、果実のシロップ漬、氷蜜などのシロップ類、フラワーペースト、ピーナッツペースト、フルーツペースト、スプレッドなどのペースト類、ジャム、マーマレード、シロップ漬、糖果などの果実、野菜の加工食品、福神漬、べったら漬、千枚漬、らっきょう漬などの漬物類、たくあん漬の素、白菜漬の素などの漬物の素類、ハム、ソーセージなどの畜肉製品類、魚肉ハム、魚肉ソーセージ、かまぼこ、ちくわ、天ぷらなどの魚肉製品、干した海藻、丸干し又は開き干しなどの海産物の干物、ウニ、イカの塩辛、酢こんぶ、さきするめ、ふぐみりん干しなどの各種珍味類、のり、山菜、するめ、小魚、貝などで製造される佃煮類、煮豆、ポテトサラダ、こんぶ巻などの惣菜食品、ヨーグルト、チーズなどの乳製品、魚肉、畜肉、果実、野菜のビン詰、缶詰類、清酒、合成酒、リキュール、洋酒などの酒類、コーヒー、紅茶、ココア、ジュース、スポーツ飲料、更には、炭酸飲料、乳酸飲料、乳酸菌飲料などの清涼飲料水、プリンミックス、ホットケーキミックス、即席しるこ、即席スープなどの即席食品、離乳食、治療食、薬用人参エキス、笹エキス、梅エキス、松エキス、スッポンエキス、クロレラエキス、アロエエキス、プロポリスエキスなどのドリンク剤、ペプチド食品、冷凍食品、健康食品、乳酸菌や酵母の生菌、ローヤルゼリーなどの各種飲食物に、また、マグネシウム、カルシウムなどのミネラル強化剤、納豆の納豆菌の生育促進剤、風味改善剤、豆乳の風味改善剤、豆腐製造用の凝固剤などに有利に利用できる。
【0025】
本発明の会合物を農林水産分野で利用する場合には、ミネラル成分を含む会合物はそのままで、又は、更に他の成分を配合してなる組成物の形態で、例えば、動物のための飼料、餌料、ペットフードや、植物のための栄養剤、活力剤などとして有利に利用できる。組成物の形態で利用する際に配合できる他の成分としては、それぞれの分野で通常利用される、例えば、バガス、コーンコブ、稲藁、干し草、穀類、小麦粉、澱粉、油粕類、糟糖類、ふすま、大豆糟、各種発酵糟、木屑、葉類などの飼料、餌料成分、また、例えば、硝酸塩、アンモニウム塩、尿素、リン酸塩、カリウム塩などの栄養剤、活力剤成分などの1種又は2種以上が挙げられる。
【0026】
具体的な用途としては、例えば、家畜、家禽、その他蜜蜂、蚕、昆虫、魚などの飼育動物用の各種濃厚飼料材料や配合飼料、配合餌料などや、例えば、穀類、いも類などの作物、蔬菜、茶、果樹園芸、庭園や街路樹の植栽、ゴルフ場の芝などの植物の栄養剤、活力剤などに有利に利用できる。
【0027】
本発明の会合物を組成物の形態で利用する際に配合できる他の成分として、化粧品分野や医薬品分野で利用する場合には、それぞれの分野で通常利用される、保湿剤、界面活性剤、色素、香料、酵素類、ホルモン類、ビタミン類、紫外線吸収剤、紫外線遮蔽剤、溶剤、安定剤、界面活性剤、可塑剤、滑沢剤、可溶化剤、還元剤、緩衝剤、甘味剤、基剤、揮散補助剤、吸着剤、矯味剤、共力剤、結合剤、懸濁剤、抗酸化剤、光沢化剤、コーティング剤、湿潤剤、清涼化剤、軟化剤、乳化剤、賦形剤、防腐剤、保存剤などの1種又は2種以上が挙げられる。
【0028】
具体的な用途としては、例えば、乳液、クリーム、シャンプー、リンス、トリートメント、口紅、リップクリーム、ローション、浴用剤、練歯磨などの化粧品類、タバコなどの嗜好品、内服液、錠剤、軟膏、トローチ、肝油ドロップ、口中清涼剤、口中香剤、うがい剤、ハップ、マグネシウム補給剤、ミネラル強化剤などの医薬品類、各種酵素の安定化剤などに有利に利用できる。
【0029】
以上のような組成物を製造するには、当該会合物を、組成物中に無水物換算で、通常、0.00001w/w%乃至75w/w%、望ましくは、0.0001w/w%乃至50w/w%、さらに望ましくは、0.001w/w%乃至25w/w%の範囲で含有させるのが好適である。
以下、α−グリコシルα,α−トレハロースとしてα−マルトシルα,α−トレハロースを用い、実験1乃至実験3によりα−マルトシルα,α−トレハロースが諸種の金属イオン化合物との間で会合物を形成する事実を示し、実験4乃至実験7で当該会合物の有用性を示す。
【0030】
実験1<α−マルトシルα,α−トレハロースの調製>
マルトテトラオース(純度97.9%、林原生物化学研究所製造)を水に溶解させ、固形分濃度40%の水溶液(2,500g)を調製し、濃度1Mの水酸化ナトリウム水溶液でpHを7.0に調整し、温度40℃に保温した。この糖液に、特開平7−143876公報に記載の方法に準じて調製したアルスロバクター・エスピーQ36株由来の非還元性糖質生成酵素を固形分グラム当たり4単位加え、pH7.0、温度40℃で38時間保持し反応させた後、約98℃にまで加熱し15分間保持して酵素反応を停止させた。この反応物の糖組成を高速液体クロマトグラフィー(以下、HPLCと略する。)で分析したところ、α−マルトシルα,α−トレハロース純度は約74.3%であった。この反応物に粒状水酸化ナトリウムを加え溶解させpH約12.5、温度約98℃に調整し、さらに、粒状水酸化ナトリウムを少量ずつ加えることによりpHを約12.5に維持しつつ温度約98℃で約90分間保持して、反応物に残存する還元糖をアルカリ分解した。水冷後、常法にしたがって、イオン交換樹脂で脱塩し活性炭で脱色濾過し、さらに、孔径0.45μmのメンブランで精密濾過した後、エバポレーターで濃縮し、真空乾燥して、重量約779gの粉末を得た。この粉末のα−マルトシルα,α−トレハロース純度は98.7%で、水分は7.18%であった。尚、HPLCは以下の条件で行った。HPLC分析カラムとしてMCI GEL CK04SS(内径10mm×長さ200mm;三菱化学株式会社製)を直列に2本つなぎ、カラム温度80℃で、溶離液として水を流速0.4ml/分で流し、示差屈折計(RI−8020;東ソー株式会社製)で検出した。
【0031】
実験2<α−マルトシルα,α−トレハロースと塩化カルシウムとの会合物>
【0032】
実験2−1<α−マルトシルα,α−トレハロースと塩化カルシウムとの会合物の結晶>
【0033】
実験2−1(a)<会合物の結晶の単離>
塩化カルシウム2水和物14.7g(0.1モル)を200mL容のガラスビーカーに入れ、これに脱イオン水45gを加え、加熱しながら完全に溶解させた。引き続き加熱した条件下で、この溶液に、実験1の方法で調製したα−マルトシルα,α−トレハロース粉末72.7g(0.1モル)を加え、完全に溶解させた後、加熱を止め、ビーカーを室温(約25℃)下、4日間静置したところ、ビーカー底部に結晶の析出が認められた。この結晶をバケット型遠心分離器に移し、適量の脱イオン水を噴霧しながら分蜜して結晶を回収した。回収した結晶を40℃で4時間真空乾燥し、さらに、五酸化リン入りのデシケーター中で室温下で20時間保持して十分に乾燥させた。その結果、白色の結晶粉末を約20g得た。
【0034】
実験2−1(b)<会合物の結晶の理化学的性質>
(1)X線回折
実験2−1(a)に示す方法で得た結晶について、X線回折装置『RAD−2B』(理学電気社製)を用いて通常の粉末X回折法により、X線回折図形を調べた。同様の方法で、塩化カルシウム2水和物の結晶についてのX線回折図形も併せて調べた。実験2−1(a)の方法で得た結晶、塩化カルシウム2水和物の結晶の順で、それぞれのX線回折図形を図1及び図2に示す。図1及び図2から明らかなとおり、図1に示すX線回折図形における回折角(2θ)は、主な回折角として12.6°、19.8°、21.3°及び22.0°が認められ、全体のパターンとしては塩化カルシウム2水和物の結晶(図2)のものとは全く異なっていた。α−マルトシルα,α−トレハロースの結晶はこれまで知られていないこと、及び後述する成分分析の結果とを考え合わせると、実験2−1(a)で得た結晶が塩化カルシウム2水和物の結晶ではなく、独自の結晶構造を有する全く別の結晶である。
【0035】
(2)成分分析
実験2−1(a)に示す方法で得た結晶について、下記の成分分析を行った。
α−マルトシルα,α−トレハロース
結晶25mgを、フェニル−β−D−グルコシドをガスクロマトグラフィー用内部標準物質として濃度2mg/mlで含有するピリジン5mlに溶解し、その250μlを常法によりトリメチルシリル誘導体化した後、ガスクロマトグラフィー(カラム『OV−17』、ジーエルサイエンス社製)に供した。別途、標準試料として、実験1に示す方法で得たα−マルトシルα,α−トレハロースを精秤した後、同様にガスクロマトグラフィーに供し、ピーク面積から結晶1g当りのα−マルトシルα,α−トレハロース量を求めた。
【0036】
カルシウム
結晶25mgを、1v/v%塩酸に溶解し、10w/v%塩化ランタン溶液で100倍希釈した後、原子吸光光度計(パーキンエルマー社製、製品名『Mode15100』)を用いてカルシウム量を測定した。そして、結晶に含まれるカルシウムが全て塩化カルシウムの形態にあるとの仮定に基づき、この測定値より、結晶1g当りの塩化カルシウム量を算出した。
【0037】
水分
結晶5gを通常の乾燥減量法に供し、1g当りの水分量を求めた。
以上の分析結果をまとめて表1に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
表1に示す結果から、実験2−1(a)の方法で得た結晶は、α−マルトシルα,α−トレハロース、塩化カルシウム、水をモル比で1:1:5の割合で含有する結晶(5含水結晶)であることが判明した。尚、α−マルトシルα,α−トレハロース単独の結晶はこれまで得られておらず、従来、α−マルトシルα,α−トレハロースは非結晶性の糖質と考えられており、塩化カルシウムと会合し会合物を形成することによって初めて結晶化することが判明した。
【0040】
実験2−2<α−マルトシルα,α−トレハロースと塩化カルシウムとの会合物のNMRによる分析>
実験2−1の方法で調製したα−マルトシルα,α−トレハロースと塩化カルシウムとの結晶におけるα−マルトシルα,α−トレハロースと塩化カルシウムとの会合の様子を分子のレベルで解析するために、以下の13C−NMR分析を行った。
【0041】
13C−NMR)
実験2−1の方法で調製したα−マルトシルα,α−トレハロースと塩化カルシウムとの会合物の結晶、及び実験1の方法で調製したα−マルトシルα,α−トレハロースそれぞれ50mgを1mlの重水(重水素化率99.9%)に溶解し、以下のとおり13C−NMR分析に供した。NMR分析には分析装置『JNM−AL300型』(日本電子株式会社製)を用い、観測核を13Cに設定し、観測共鳴周波数を75.45MHzとした。上記の溶液を含む試料管を本装置にセットし、本装置に添付された操作マニュアルに記載された反転回復法にしたがって操作して、上記条件下での、試料溶液中のα−マルトシルα,α−トレハロースにおける個々の炭素原子のスピン−格子緩和時間(以下、単に「緩和時間」という。)を求めた。なお、分析結果として得た各ピーク(化学シフト、ppm)の帰属は、ジェイ・エイチ・ブラッドバリーら、『カーボハイドレート・リサーチ』、第126巻、125乃至126頁(1984年)に記載されたデータに基づいて行い、化1に示したα−マルトシルα,α−トレハロースの化学式の炭素番号に基づき表現した。以上の分析による、炭素原子の帰属と各炭素原子の緩和時間を表2、表3に示す(表2にα−マルトシルα,α−トレハロース単独の結果を、表3にα−マルトシルα,α−トレハロースと塩化カルシウムとの会合物の結果をそれぞれ示している)。
【0042】
化学式1:
【化1】

【0043】
1.α−マルトシルα,α−トレハロース
【表2】

【0044】
2.α−マルトシルα,α−トレハロースと塩化カルシウムとの会合物
【表3】

【0045】
表2、表3に見られるとおり、α−マルトシルα,α−トレハロースと塩化カルシウムとの会合物において、B−4位、C−2位及びC−3位炭素原子の緩和時間の減少が特に顕著であった。このことから、α−マルトシルα,α−トレハロースと塩化カルシウムとの会合には、主として、α−マルトシルα,α−トレハロースにおける炭素原子のB−4位、C−2位及びC−3位と塩化カルシウムとの相互作用が深く関わるものと推察された。このことは、意外にも特許文献1に記載されているα,α−トレハロースの場合とは異なり、α−マルトシルα,α−トレハロースではα,α−トレハロース部分のみならずα−マルトシル部分(B−4位)もまた会合物形成に関与していることを示している。
【0046】
実験3 <α−マルトシルα,α−トレハロースと他の金属イオン化合物との会合物
【0047】
実験3−1 <α−マルトシルα,α−トレハロースと塩化マグネシウム、塩化ストロンチウムとの会合物のNMRによる分析>
塩化マグネシウム6水和物2.03gと実験1の方法で調製したα−マルトシルα,α−トレハロース粉末7.27gとの混合物(モル比1:1)に脱イオン水4gを加え、加熱しながら完全に溶解させた。同様に、塩化ストロンチウム6水和物2.66gと実験1の方法で調製したα−マルトシルα,α−トレハロース粉末7.27gとの混合物(モル比1:1)に脱イオン水4gを加え、加熱しながら完全に溶解させた。これらの溶液を室温まで放冷した後、80℃で15時間真空乾燥し、乾燥物を常法により粉砕して2種類の粉末を得た。
【0048】
13C−NMR)
実験2−2の方法にしたがって、上記の2種類の粉末50mgをそれぞれ1mlの重水に溶解させた後、13C−NMR分析に供し、α−マルトシルα,α−トレハロースにおける個々の炭素原子について緩和時間を求めた。得られた各炭素原子についての緩和時間の、α−マルトシルα,α−トレハロース単独の場合の対応する緩和時間に対する相対値を、実験2−2で、α−マルトシルα,α−トレハロースについて得た結果(表2に示す結果)をもとに算出した。結果を表4、表5にまとめて示す。
【0049】
1.α−マルトシルα,α−トレハロースと塩化マグネシウムとの会合物
【表4】

【0050】
2.α−マルトシルα,α−トレハロースと塩化ストロンチウムとの会合物
【表5】

【0051】
表4、表5に示すとおり、α−マルトシルα,α−トレハロース及び塩化マグネシウム、α−マルトシルα,α−トレハロース及び塩化ストロンチウムの混合物を溶解後に真空乾燥して得た粉末は、いずれも、特定位の炭素原子の緩和時間が、α−マルトシルα,α−トレハロース単独の場合に比べて顕著に減少していた。この結果から、α−マルトシルα,α−トレハロースは、塩化カルシウムに対する場合と同様に、塩化マグネシウム及び塩化ストロンチウムとも直接的に相互作用して会合物を形成すること、すなわち、上記で得た2種類の粉末が、α−マルトシルα,α−トレハロースと塩化マグネシウム又は塩化ストロンチウムとの会合物であることが判明した。また、表4に示す結果から、α−マルトシルα,α−トレハロース−塩化マグネシウム会合物の形成には、主としてα−マルトシルα,α−トレハロースにおける炭素原子のB−3位、C−3位及びD−1位と金属イオン化合物との相互作用が深く関わっており、α−マルトシルα,α−トレハロース−塩化ストロンチウム会合物の形成には、主としてα−マルトシルα,α−トレハロースにおける炭素原子のA−3位、B−4位及びC−3位と金属イオン化合物との相互作用が深く関わっているものと推察された。これら会合物の場合も実験2−2のα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化カルシウム会合物の場合と同様に、α−マルトシルα,α−トレハロースではα,α−トレハロース部分のみならずα−マルトシル部分もまた会合物形成に関与していることを示している。
【0052】
実験3−2 <α−マルトシルα,α−トレハロースとの会合物形成による金属イオン化合物の溶解度の変化>
α−マルトシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物とが共存したときの金属イオン化合物の水に対する溶解度の変化を調べた。試験用のα−マルトシルα,α−トレハロースとして実験1の方法で調製したα−マルトシルα,α−トレハロースを用いた。試験用の金属イオン化合物として、塩化ストロンチウム6水和物、塩化第一銅2水和物、塩化第一鉄4水和物、塩化マンガン4水和物、塩化ニッケル6水和物を用いた。α−マルトシルα,α−トレハロース粉末72.7g(0.1モル)といずれかの試験用金属イオン化合物0.1モルを100ml容ガラスビーカーに入れ、これに、α−マルトシルα,α−トレハロースの水分及び金属イオン化合物の結合水を考慮して、ビーカーあたりの水の量が30gとなるように脱イオン水を加え、加温してビーカー内容物を溶解させた。対照として、ビーカー当たり同量の金属イオン化合物のみを含むものを準備した。いずれのビーカーも、内容物が完全に溶解した後、室温(約25℃)下で24時間静置し、その後ビーカー内容物を肉眼で観察して結晶の析出の有無を判定した。結晶の析出が認められたものについては、その結晶を採取し、常法によりその結晶の成分を分析した。結果を表6に示す。
【0053】
【表6】

【0054】
NMR分析(実験3−1)によってα−マルトシルα,α−トレハロースと会合物を形成することが確認された塩化ストロンチウムの場合(表6、最上段)について先ず見てみると、α−マルトシルα,α−トレハロースを含まない場合には塩化ストロンチウムの結晶の析出が明らかに認められたのに対して、この結晶の析出量はα−マルトシルα,α−トレハロースの共存によって顕著に低減した。塩化第一銅、塩化第一鉄、塩化マンガン、塩化ニッケルの結果(表6、2乃至5段目)を見てみると、塩化ストロンチウムの場合と同様に、これらの金属イオン化合物も、全て、α−マルトシルα,α−トレハロースの共存によって明かな水溶性の向上が認められた。このことから、これらの金属イオン化合物も、α−マルトシルα,α−トレハロースと共存するとα−マルトシルα,α−トレハロースと会合物を形成することが推察された。
【0055】
実験4 <α−マルトシルα,α−トレハロースと塩化カルシウムとの会合物の吸湿性>
α−マルトシルα,α−トレハロース−塩化カルシウム会合物の吸湿性(潮解性)を、高い潮解性を有することが知られている対照の塩化カルシウムと比較することを目的として、以下の吸湿試験を行った。被験試料として、実験2−1に記載の方法にしたがって調製したα−マルトシルα,α−トレハロース塩化カルシウム会合物の結晶と、塩化カルシウム2水和物を用いた。通常の乾燥減量法により各被験試料の水分含量(試料1g当りに含まれる水分の重量)を調べたところ、α−マルトシルα,α−トレハロース塩化カルシウム会合物の場合0.097g、塩化カルシウム2水和物の場合0.245gであった。これらの被験試料を約1.5gずつアルミニウム製秤量缶に入れ、相対湿度52.8%の調湿デシケーター内に置き、25℃で7日間保存した。各秤量缶の内容物重量を、保存開始時(保存期間0日)、保存期間1日、2日、4日、7日の各時点で精秤した。各試料について、第0日の時点の測定値に対する第1日以降の測定値の増加分が、個々の被験試料が吸湿した水分であるとの前提に基づいて、第1日以降の各試料1g当りの水分量(g)を算出した。結果を表7に示す。
【0056】
【表7】

【0057】
表7に示すとおり、塩化カルシウム2水和物は、52.8%の相対湿度条件下において保存開始後に速やかに吸湿を始め、7日間保存した時点で、試料1g当たり水分含量は0.430gに達した。これに対して、α−マルトシルα,α−トレハロース−塩化カルシウム会合物は、保存1日で若干水分量が増えたものの、その後は全く吸湿せず、塩化カルシウム2水和物と比較すると、吸湿の程度は明らかに低いものであった。また、肉眼観察においても、塩化カルシウム2水和物は潮解を起こしたものの、α−マルトシルα,α−トレハロース塩化カルシウム会合物に潮解は認められなかった。以上の結果は、α−マルトシルα,α−トレハロース−塩化カルシウム会合物においては、塩化カルシウム2水和物本来の潮解性(吸湿性)が明らかに改善されていることを示している。
【0058】
実験5 <リン酸カルシウムの沈澱生成に対するα−マルトシルα,α−トレハロースの抑制作用>
塩化カルシウム水溶液にリン酸イオンが添加されるとカルシウムイオンとリン酸イオンが不溶性塩であるリン酸カルシウムを形成し、沈澱する。この現象に対するα−マルトシルα,α−トレハロースならびに他の糖質の影響を以下のとおり調べた。塩化カルシウム水溶液は、塩化カルシウム2水和物3.68gを脱イオン水に溶解させ、全量を200mlに調整したものを用いた。試験糖質として、実験1の方法で調製したα−マルトシルα,α−トレハロース、マルトテトラオース及び無水結晶スクロースを用いた。リン酸溶液は、0.2Mリン酸二水素カリウム水溶液250mlに0.2M水酸化ナトリウム水溶液118mlを加え、全量を1Lに調整したもの(pH6.8)を用いた。
【0059】
上記の塩化カルシウム水溶液5mlに試験糖質のいずれかを固形分として26g加え、さらに脱イオン水を加えて試験糖質を溶解させた後、さらに脱イオン水を加えて全量を50mlとした。対照においては、上記の塩化カルシウム水溶液5mlに脱イオン水のみを加えて全量を50mlとした。その後、これらの塩化カルシウム溶液それぞれ10mlに、上記のリン酸溶液40mlを加え、37℃で3時間撹拌した後、10,000rpmで10分間遠心分離し、その上清を採取した。採取した上清におけるカルシウム濃度(溶性カルシウム濃度)を、原子吸光測定装置(パーキンエルマー社製、『Zeeman5100』)を用いて測定した。測定用試料として、上記の遠心分離後の上清5mlに、10w/v%塩化ランタン溶液を2ml加え、脱イオン水で全量を25mlとしたものを用いた。
【0060】
以上の操作を各系(試験糖質の3系及び対照系)ごとにそれぞれ独立して3回行い、各系における溶性カルシウム濃度の平均値を求めた。結果を表8にまとめて示す。
【0061】
【表8】

【0062】
表8に示すとおり、α−マルトシルα,α−トレハロースを共存させた場合のみ上清中の溶性カルシウム濃度が顕著に高く、α−マルトシルα,α−トレハロースには、カルシウムイオンにリン酸イオンが共存したときに生成するリン酸カルシウムの沈澱を顕著に抑制する作用があることが判明した。α−マルトシルα,α−トレハロースが金属イオン化合物と会合物を形成することを示した実験2乃至実験3の結果を考え併せると、この作用は、α−マルトシルα,α−トレハロースが溶性カルシウム塩(本実験においては塩化カルシウム)と会合することにより、この溶性カルシウム塩におけるカルシウムイオンとリン酸イオンとの間のイオン結合による不溶性塩(リン酸カルシウム)の生成を阻害した結果であると考えられる。
【0063】
実験6 <鉄イオンの酸化に対するα−マルトシルα,α−トレハロースの抑制作用>
鉄イオンには、通常、2価イオン(Fe2+)と3価イオン(Fe3+)とがあり、Fe2+は光や熱により容易に酸化されてFe3+に変換する。この現象に対するα−マルトシルα,α−トレハロースの影響を以下のとおり調べた。塩化第一鉄(FeCl)4水和物をFe2+イオン量として1w/v%相当含み、α−マルトシルα,α−トレハロースを固形分として5w/v%相当含む水溶液を調製した(被験液)。一方、対照液として塩化第一鉄4水和物のみを被験液と同濃度で含む水溶液を調製した。被験液、対照液の調製直後に、それぞれから一部をとり、後述するニトロソ・DMAP法に供してFe2+イオン量を測定した後、被験液、対照液10mlずつを、それぞれ別々の20ml容バイアル瓶に10mlずつ入れ、密封した。これらのバイアル瓶を約9000ルクスの条件で光照射しながら、37℃で4時間保持し、保持後の液をニトロソ・DMAP法に供して再度Fe2+イオン量を測定した。ニトロソ・DMAP法は以下のとおり行った。被験液又は対照液を脱イオン水で正確に100倍希釈した後、この希釈後の液0.5mlを50ml容のメスフラスコに入れ、これに、0.2w/v%ニトロソジメチルアミノフェノール−0.1N塩酸溶液5mlと、3Nアンモニア緩衝液(pH8.5)4mlを手早く加え、脱イオン水をさらに加えて全量を正確に50mlとした後、750nmの可視光の吸光度を測定した。濃度既知の塩化第一鉄水溶液の段階希釈液について同様の操作を行い、この測定値をもとに作成した標準曲線に、被験液ならびに対照液の測定値を内挿して、Fe2イオン量を求めた。結果を表9に示す。
【0064】
【表9】

【0065】
表9に示すとおり、α−マルトシルα,α−トレハロースを共存させた被験液においては、光照射の後も、対照液に比べて明らかに多量のFe2+が残存していた。この結果と、α−マルトシルα,α−トレハロースと鉄塩が会合物を形成することを示した実験3−2の結果を考え併せると、α−マルトシルα,α−トレハロースによる上記の作用は、これらの糖質が鉄塩と会合物を形成した結果、発揮されたものと考えられる。
【0066】
実験7 <金属イオン存在下でのアスコルビン酸の劣化に対するα−マルトシルα,α−トレハロースの抑制作用>
アスコルビン酸は、鉄イオンや銅イオンが共存すると、酸化分解等により速やかに劣化して着色を起こす。この現象に対するα−マルトシルα,α−トレハロースの影響を以下のとおり調べた。下記の表10に示す組成の5種類の水溶液を調製した。アスコルビン酸のみ、ならびに、アスコルビン酸及び金属イオン化合物を含む水溶液は対照液であり、対照液の組成に加えてα−マルトシルα,α−トレハロースをさらに含むものが被験液である。これらの被験液及び対照液を、それぞれ別々の20ml容バイアル瓶に10mlずつ入れ、密封した。これらのバイアル瓶を50℃で保存した。塩化第一鉄を含む対照液及び被験液の場合は保存時間を96時間とし、硫酸銅を含む対照液及び被験液の場合は保存時間を40時間とし、保存後の各液の着色度を測定した。アスコルビン酸のみを含む対照液については、保存時間40時間及び96時間それぞれの時点で着色度を測定した。着色度の測定は、波長420nmの可視光の吸光度を測定することにより行った。結果を表10に示す。
【0067】
【表10】

【0068】
表10に示すとおり、α−マルトシルα,α−トレハロースを共存させた被験液の保存後の着色度合いは、対照液に比べて明らかに低いものであった。この結果と、α−マルトシルα,α−トレハロースが鉄塩ならびに銅塩と会合物を形成することを示した実験3−2の結果を考え併せると、α−マルトシルα,α−トレハロースによるこの作用は、これらの糖質が鉄塩ならびに銅塩と会合物を形成した結果、発揮されたものと考えられる。
【0069】
以下、実施例により本発明の会合物及びその用途をより詳細に説明する。
【実施例1】
【0070】
<α−マルトシルα,α−トレハロースと塩化カルシウムとの会合物>
実験2−1の方法にしたがって、α−マルトシルα,α−トレハロース塩化カルシウム会合物の結晶を調製した。本製品は、塩化カルシウムに比べて潮解性が改善されているので、保存時や各種組成物に配合する際の操作性に優れている。また、本製品は、リン酸、リン酸塩又はリン酸イオンを含む組成物と混合した際にも、不溶性塩であるリン酸カルシウムを形成し難いので、スポーツドリンク、栄養剤、皮膚外用剤などのカルシウム含有水溶液の素材として用いると、濁りや沈澱が抑えられた最終製品を得ることができる。したがって、上記のα−マルトシルα,α−トレハロース塩化カルシウム会合物の結晶は、食品分野、化粧品分野、医薬品分野などの諸種の分野におけるカルシウム配合製品の素材として極めて有用である。
【実施例2】
【0071】
<α−マルトシルα,α−トレハロースと各種金属イオン化合物との会合物>
実験1の方法にしたがって調製したα−マルトシルα,α−トレハロース1質量部と、モル数として該α−マルトシルα,α−トレハロースと等量の、塩化マグネシウム6水和物、塩化ストロンチウム6水和物、塩化第一鉄4水和物、塩化第二銅4水和物、塩化ニッケル6水和物又は塩化マンガン6水和物とをそれぞれ混合し、混合物に0.53質量部の脱イオン水を加え、加熱しながら完全に溶解させた。得られた溶液を室温にまで冷却した後、80℃で15時間真空乾燥し、得られた乾燥物を粉砕して、6種類の会合物の粉末を得た。
【0072】
これらの会合物は、金属イオン化合物単独の場合に比べて水溶性が向上しているので、スポーツドリンク、栄養剤、皮膚外用剤などの金属イオン化合物含有水溶液の素材として用いると、濁りや沈澱が抑えられた最終製品を得ることができる。したがってこれらの会合物は、食品分野、化粧品分野、医薬品分野などの諸種の分野における金属イオン化合物配合製品の素材として極めて有用である。
【実施例3】
【0073】
<粉末スポーツドリンク>
下記の処方にしたがって各成分を配合し、十分に混合して、粉末組成物を得た。
含水結晶マルトース 6000質量部
上白糖 5000質量部
ビタミンB 0.1質量部
ビタミンB 0.3質量部
ビタミンB 0.4質量部
ビタミンC 200質量部
ナイアシン 4質量部
リン酸一水素ナトリウム(無水物) 93質量部
リン酸二水素カリウム(無水物) 62質量部
実施例2の方法で得たα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化マグネシウム会合物 90質量部
実施例1の方法で得たα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化カルシウム会合物
55質量部
【0074】
上記の粉末組成物を、200ml容のスクリューキャップ付きプラスチック瓶に小分けして、粉末スポーツドリンクとした。本品は、10gに対し約100mlの水を加えて、溶解させて飲用する。本品に配合されているα−マルトシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物との会合物は潮解性が低いので、長期間の保存が可能である。また、本品に配合されている当該会合物は、水に対して速やかに溶解するので、利用性に優れている。さらに、本品に配合されているα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化カルシウム会合物は、リン酸イオンと不溶性塩を形成し難いので、水に溶解させた際に沈澱を生じ難く、溶解後、比較的長時間をおいた後に飲用しても、各成分の吸収性が低下しにくいという特徴がある。
【実施例4】
【0075】
<皮膚外用ローション>
下記の処方にしたがって各成分を配合し、溶解させ、液状の組成物を得た。
クエン酸 0.02質量部
クエン酸ナトリウム 0.08質量部
1,3−ブチレングリコール 2質量部
エタノール 2質量部
無水結晶マルチトール 1質量部
含水結晶トレハロース 0.2質量部
2−O−α−D−グルコシル−L−アスコルビン酸 0.5質量部
実施例2の方法で得たα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化第一鉄会合物
0.0035質量部
精製水 残余
合計 100質量部
【0076】
上記の液状組成物を100ml容のスクリューキャップ付きガラス瓶に小分けして皮膚外用ローションとした。本品は皮膚に適用したときに適度の清涼感と保湿性を示すので、皮膚の健康を保つための基礎化粧品として有用である。本品に含まれるα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化第一鉄会合物は、他の成分の劣化を惹起し難いので、比較的長期に亙って保存した後も、所期の効果を得ることができる。
【実施例5】
【0077】
<ビタミン剤>
下記の処方にしたがって各成分を配合し、十分に混合して、粉末組成物を得た。
葉酸 0.0004質量部
アスコルビン酸 0.2質量部
実施例2の方法で得たα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化マグネシウム会合物 5質量部
実施例2の方法で得たα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化マンガン会合物
0.008質量部
α−マルトシルα,α−トレハロース 5質量部
【0078】
上記の粉末組成物を、80ml容のスクリューキャップ付きガラス瓶に小分けして、ビタミン剤とした。本品は、1日当たり、10g程度の摂取を目安とし、10gに対し約100mlの水又は温水を加えて溶解させて飲用する。本品に含まれるα−マルトシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物との会合物は水に対して速やかに溶解するので、その利用が極めて容易である。
【実施例6】
【0079】
<食卓塩>
下記の処方にしたがって各成分を配合し、十分に混合した後、50℃で減圧乾燥し、固形物を得た。この固形物を粉砕し、粉末状の食卓塩を調製した。
塩化ナトリウム 90質量部
実施例2の方法で得たα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化マグネシウム会合物 12質量部
【0080】
本食卓塩は、吸湿性も低く、流動性良好である。本品は、塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムに由来する刺激味や苦味などの不快味が抑制され、塩化ナトリウム、α−マルトシルα,α−トレハロース、塩化マグネシウムが適度に調和して旨味があり、飲食物の調理(焼物を含む)や調味に利用され、飲食物の風味を楽しむことができる。また、本品は、海水成分に近い組成を有していることから、生命にとってやさしい食塩であり、例えば、食塩濃度約3w/v%の水溶液にして貝の砂出しに用いることも有利に利用できる。
【実施例7】
【0081】
<調製豆乳>
下記の処方にしたがって加工し、調製豆乳を製造した。原料大豆10質量部を脱皮し、次いで130℃で10分間オートクレーブした後、これに90質量部の熱水を加えつつ磨砕し、遠心分離して残渣(おから)を除去し、約60質量部の豆乳を得た。これにα−グリコシルα,α−トレハロース含有還元水飴((株)林原商事販売の商品名『ハローデックス』を常法にて水素添加して調製したもの。固形分当たりα−グルコシルα,α−トレハロース、α−マルトシルα,α−トレハロース及びα−マルトトリオシルα,α−トレハロースをそれぞれ約4%、約52%及び約1%含有する。)10質量部を加え、更に、結晶粉末マルトース(株式会社林原商事販売、登録商標 サンマルトS)5質量部、実施例6の方法で得た食卓塩0.05質量部、大豆油0.02質量部及び適量のレシチンを加え溶解し、加熱殺菌後、真空脱臭し、香料を適量添加したのち均質化処理、さらに冷却し、充填、包装して調製豆乳を得た。
【0082】
この調製豆乳は、従来の類似した豆乳とは違って、α−グルコシルα,α−トレハロース、α−マルトシルα,α−トレハロース及びα−マルトトリオシルα,α−トレハロース、並びに少量のマグネシウムが含有されていることから、苦味、えぐ味、いがらっぽさがなく、のどごしの良い飲みやすい飲料である。
【実施例8】
【0083】
<豆腐>
下記の処方にしたがって加工し、豆腐を調製した。大豆1質量部を水洗し、水に12時間浸漬したのち磨砕した。この磨砕物に水5質量部を加えて5分間煮沸した後、布を用いて濾過して豆乳を調製した。この豆乳100質量部に対して、70℃で、プルラン1質量部、凝固剤として実施例2の方法で得たα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化マグネシウム会合物1質量部を加えて凝固させ、豆腐を調製した。
【0084】
本豆腐は、通常の苦汁を使って作ったときに比べて、豆乳の凝固に要する時間は約7分とやや長くなることから作業性が向上し、プルラン及びトレハロースを含有することから離水が少なくて歩留まりが高く、肌面が細かで艶のある、風味良好な豆腐であった。本品は、保存性に優れ、冷や奴、湯豆腐、味噌汁などに利用できる。
【実施例9】
【0085】
<あん>
小豆から常法により調製した生あん100質量部、砂糖60質量部、水飴((株)林原商事販売、商品名『ハローデックス』、固形分当たりα−グルコシルα,α−トレハロース、α−マルトシルα,α−トレハロース及びα−マルトトリオシルα,α−トレハロースをそれぞれ約4%、約52%及び約1%含有する。)14.5質量部、実施例2の方法で調製したα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化マグネシウム会合物0.1質量部に水道水7質量部を加え、加熱しながらゆっくり攪拌し、ブリックスが56になるまで煮詰めてあんを調製した。本品は、既存のあんに比べ、マグネシウムが強化されているにもかかわらず苦みも少なく、粘りも少ない。また、本品はさっくりとした食感で、風味のよい、色焼けしにくいあんであり、パン、饅頭、団子、最中、氷菓などのあん材料として好適である。
【実施例10】
【0086】
<配合飼料>
下記の処方にしたがって各成分を配合し、配合飼料を調製した。
粉麩 40質量部
脱脂粉乳 38質量部
ラクトスクロース 12質量部
ビタミン剤 10質量部
魚粉 5質量部
第二リン酸カルシウム 5質量部
液状油脂 3質量部
炭酸カルシウム 3質量部
食塩 2質量部
実施例1の方法で得たα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化カルシウム会合物
2質量部
【0087】
上記配合飼料は、ミネラル分として加えたα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化カルシウム会合物は潮解性を示さないので変性を起こし難く、嗜好性が向上した家畜、家禽などの飼料であって、とりわけ、子豚用飼料として好適である。本品はビフィズス菌増殖効果を発揮し、飼育動物の感染予防、下痢予防、食欲増進、肥育促進、糞便の悪臭抑制などに有利に利用することもできる。さらに、本品は、必要に応じて、他の飼料材料、例えば、穀類、小麦粉、澱粉、油粕類、糟糖類などと混合することにより濃厚飼料や、藁、乾草、バガス、コーンコブなどの粗飼料材料などと併用して、他の配合飼料にすることもできる。
【実施例11】
【0088】
<化粧用クリーム>
下記の処方にしたがって各成分を配合し、化粧用クリームを調製した。モノステアリン酸ポリオキシエチレングリコール2質量部、自己乳化型モノステアリン酸グリセリン5質量部、α−グルコシル ヘスペリジン(株式会社林原商事販売、登録商標 αGヘスペリジン)2質量部、流動パラフィン1質量部、トリオクタン酸グリセリン10質量部及び防腐剤適量を加え、常法にしたがって加熱溶解し、これにL−乳酸ナトリウム2質量部、1,3−ブチレングリコール5質量部、実施例2の方法で得たα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化マグネシウム会合物2質量部及び脱イオン水66質量部を加え、ホモゲナイザーにかけ乳化し、更に香料の適量を加えて攪拌混合しクリームを製造した。
【0089】
本品は、潮解性の抑制されたα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化マグネシウム会合物を用いていることから、調製時の作業性も良好であり、また、α−マルトシルα,α−トレハロース及びマグネシウムを含むことから保湿性があり、日焼け止め、美肌剤、白色剤などとして有用である。
【実施例12】
【0090】
<軟膏剤(外用剤)>
下記の処方にしたがって各成分を配合し、軟膏剤(外用剤)を調製した。実施例2の方法に従って調製したα−マルトシルα,α−トレハロースと塩化マグネシウムとの会合物含有粉末200質量部及びマルトース300質量部に、ヨウ素3質量部を溶解したメタノール50質量部を加え混合し、更に10w/v%プルラン水溶液200質量部を加えて混合し、適度の延び、付着性を示す外傷治療用膏薬を得た。
【0091】
本品は、潮解性の抑制されたα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化マグネシウム会合物を用いていることから、調製時の作業性も良好であり、ヨウ素による殺菌作用のみならずミネラルを含有し、更に、α−マルトシルα,α−トレハロースによる細胞へのエネルギー補給剤としても作用することから、治癒期間が短縮され、創面もきれいに治る。
【実施例13】
【0092】
<植物栄養剤>
下記の処方にしたがって各成分を配合し、液状の植物栄養剤を調製した。
リン酸2アンモニウム 132質量部
硝酸アンモニウム 17.5質量部
塩化カリウム 71.5質量部
実施例2の方法で得たα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化マグネシウム会合物 360質量部
水 1000質量部
【0093】
本品は、N:P:KO:MgO=10:20:15:3を含むことから、植物の受け換えや植え付け時の根の伸長を促し、生育を促進し、花及び実の着生を良くする働きがあり、穀類、いも類などの作物、蔬菜、茶、果樹園芸、庭園や街路樹の植栽、ゴルフ場の芝などの植物栄養剤として、適宜水で希釈し、利用することができる。
【実施例14】
【0094】
<浴用剤>
下記の処方にしたがって各成分を配合し、浴用剤を調製した。
炭酸水素ナトリウム 80質量部
乾燥硫酸ナトリウム 12質量部
塩化カリウム 4質量部
沈降性炭酸カルシウム 2質量部
α−マルトシルα,α−トレハロース 50質量部
α−グルコシル ヘスペリジン(登録商標 αGヘスペリジン)
2質量部
実施例2の方法で得たα−マルトシルα,α−トレハロース−塩化マグネシウム会合物 100質量部
着色料、香料 適量
【0095】
本品は、α−マルトシルα,α−トレハロース、マグネシウムを含むことから保湿性、保温性に優れ、美肌剤、白色剤として好適であり、入浴用のお湯に1000倍乃至10000倍に希釈して用いればよい。本品は、浴槽に付着しやすい石鹸カス、水垢、湯アカの発生の少ない特徴を有している。また、本品は入浴だけでなく、洗顔用水、化粧水などに希釈して利用することもできる。
【実施例15】
【0096】
<ミネラルウォーター>
下記の処方にしたがって加工し、ミネラルウォーターを調製した。山中にある井水を汲み上げ、α−マルトシルα,α−トレハロースを0.5w/w%加えて溶解した後、メンブランフィルターを用いて除菌濾過し、これを滅菌したボトルに充填し、ミネラルウォーターを調製した。なお、できたミネラルウォーターの金属イオンの主な組成は、カルシウム40.9ppm、ナトリウム12.5ppm、マグネシウム11.6ppmであった。
【0097】
本品は、α−マルトシルα,α−トレハロースを含有することから、α−マルトシルα,α−トレハロースと金属イオン化合物との会合物を生成し、その溶解性が優れていることから、長期に渡って保存しても曇りを生じず、適度なミネラルを含み、のど越しが爽やかで、飲んだ後も喉の渇きを覚えない、商品価値の高いミネラルウォーターである。
【実施例16】
【0098】
<乾燥ワカメ>
海水に、α−マルトシルα,α−トレハロースを濃度8w/w%に加熱溶解し、温度80乃至85℃に保って、これに採取したワカメを1分間ブランチング処理し、次いで、乾燥して乾燥ワカメを調製した。
本ワカメは、ワカメの表面でα−マルトシルα,α−トレハロースと海水中に含まれる苦汁成分(塩化マグネシウム、塩化カルシウムなど)との会合物を形成させたことから、乾燥した後の吸湿性が低減されており、保存時の吸湿に起因するべとつきのみられないものであり、そのままサラダ材料として有利に利用される。また、菓子などの食品又は食品原材料として優れたものである。
【実施例17】
【0099】
<練歯磨>
下記の処方にしたがって各成分を配合し、練歯磨を調製した。
第二リン酸カルシウム 45質量部
ラウリル硫酸ナトリウム 1.5質量部
グリセリン 25質量部
ポオキシエチレンソルビタンラウレート 0.5質量部
実験1の方法で得たα−マルトシルα,α−トレハロース
20質量部
防腐剤 0.05質量部
水 13質量部
【0100】
本品は、界面活性剤の洗浄力を落とすことなく、不快味を改良し、使用後感も良好である。また、カルシウムイオン化合物やマグネシウムイオン化合物などに起因する歯石、歯垢に対しても、α−マルトシルα,α−トレハロースとその金属イオン化合物とが会合し、その付着を抑制又は付着したものの溶解を促進できることから、歯磨きの効果も優れている。
【産業上の利用の可能性】
【0101】
以上説明したとおり、本発明は、α−グリコシルα,α−トレハロースが、金属イオン化合物と共存させたときに、金属イオン化合物と直接的な相互作用によって会合物を形成し、斯かる会合物においては、金属イオン化合物本来の潮解性が改善されたり、水への溶解性が高められたり、酸化・還元の反応性が低減されるなど、工業的な取扱いにおいて、従来の金属イオン化合物と比べて極めて利用価値が高い。本発明の会合物は、金属イオン化合物を原料、添加物、製品などとして扱う分野であって、例えば、食品分野(飲料分野を含む)、農林水産分野、化粧品分野、医薬品分野、日用品分野、化学工業分野ならびに、これらの分野で利用される原料又は添加物の製造分野など、極めて多岐にわたる分野において有用である。
【0102】
この発明は、斯くも顕著な作用効果を奏する発明であり、斯界に貢献すること誠に多大な意義のある発明である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
α−マルトシルα,α−トレハロースと等モルの金属塩化物からなり、α−マルトシルα,α−トレハロースの1個以上の炭素原子が、13Cを観測核とする核磁気共鳴において、金属塩化物との会合物形成に特有の、会合物を形成していない場合よりも減少したスピン−格子緩和時間を示す、α−マルトシルα,α−トレハロースと金属塩化物との配合粉末。
【請求項2】
請求項1記載の会合物粉末を含んでなる医薬品としての粉末組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−87125(P2012−87125A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−243900(P2011−243900)
【出願日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【分割の表示】特願2005−506916(P2005−506916)の分割
【原出願日】平成16年6月10日(2004.6.10)
【出願人】(000155908)株式会社林原生物化学研究所 (168)
【Fターム(参考)】