説明

α−グルコシダーゼ阻害剤

【課題】医薬品、機能性食品、健康食品および特定保健用食品などとして使用することができる、α−グルコシダーゼ阻害剤を提供する。
【解決手段】魚卵タンパク質を、タンパク質分解酵素で分解し、分解物を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬品、機能性食品、健康食品、および特定保健用食品などに使用できる、α−グルコシダーゼ(AGH)阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
厚生労働省の平成14年度糖尿病実態調査報告によると、我が国の糖尿病患者数は740万人とされ、予備軍を含めると1620万人を超えると推計されている。特に、インスリン非依存型糖尿病の患者は、糖尿病発症の90%以上を占めていることから、その改善および予防が強く望まれている。糖尿病で高血糖状態が続くと、動脈硬化が進行し、合併症(糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症および糖尿病性神経障害など)を引き起こす。
【0003】
糖尿病の治療、改善、または予防においては、血糖値を適切にコントロールすることが重要である。食事などを介して摂取されたデンプンなどの多糖、オリゴ糖、またはシュークロースは、小腸上皮に存在するAGHによって遊離グルコースに分解される。遊離グルコースは、小腸から吸収され、肝臓を経由して血液中に供給され、これによって血糖値が上昇する。しかし、糖尿病患者は、上昇した血糖値を低下させることができない。従って、糖尿病患者の血糖値を適切にコントロールするためには、高い血糖値を下げることが重要である。血糖値を下げる方法の一つとして、小腸上皮に存在するAGH活性を阻害すること、すなわちグルコースの生成および吸収を阻害あるいは遅延することが挙げられる。
【0004】
上記の背景の下、AGH阻害活性を有する食品成分の探索が盛んに行われている。例えば、コンドロイチン硫酸(特許文献1)、パノース(特許文献2)、食用キノコもしくは7−O−β−グルコピラノシル−α−ホモノジリマイシン(特許文献3)、オミナエシ科植物を起源とするハイショウソウ抽出物(特許文献4)、ハス抽出物(特許文献5)、トウチの水および/またはアルコール抽出物(特許文献6)、ヒドロキシプロリン(特許文献7)、およびイワシ筋肉分解物(非特許文献1)、が挙げられる。
【特許文献1】特開2005−263688A
【特許文献2】特開2007−84467A
【特許文献3】特開2000−63281
【特許文献4】WO2004/039388A1
【特許文献5】WO2005/041995A1
【特許文献6】特開2001−10965A
【特許文献7】特開平9−104624A
【非特許文献1】Matsui, T., Oki, T., Osajima, Y., Z.Naturforsch., 54C, 259−263 (1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、医薬品、機能性食品、健康食品、特定保健用食品、および食品素材などに使用することができる、AGH阻害剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を達成すべく、本発明者らは、鋭意検討を進めたところ、魚卵タンパク質をタンパク質分解酵素で処理して得られる分解物が、AGH阻害活性を有することを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
本発明の一つの側面によれば、魚卵タンパク質をタンパク質分解酵素で処理して得られる分解物を有効成分として含有する、AGH阻害剤が提供される。
本明細書における用語「魚卵タンパク質」とは、各種魚類の卵のタンパク質であれば、特に限定されない。好ましくは、原料として豊富に入手することができるスケトウダラ、マダラ、ミナミダラなどタラ科に属する魚の魚卵であるタラコが好ましい。その他の魚卵であっても構わない。
【0008】
本明細書における用語「タンパク質分解酵素」とは、起源、性質、または変異の有無などについては、特に限定されない。酵素の起源は、動物、植物、または微生物由来の酵素が使用される。好ましくは微生物由来の酵素である。微生物由来の酵素の例としては、アスペルギルス属(Aspergillus)、ペニシリウム属(Penicillium)、ストレプトマイセス属(Streptomyces)、リゾプス属(Rhizopus)、モルチエラ属(mortiella)、リゾムコール属(Rhizomucor)、トリコデルマ属(Trichoderma)、サッカロミセス属(Saccharomyces)、バシラス属(Bacillus)、またはキャンディダ属(Candida)由来の酵素が挙げられる。酵素の性質は、魚卵タンパク質を分解する酵素であれば特に限定されない。酸性側に反応至適pHを有する酸性プロテアーゼ、中性域に反応至適pHを有する中性プロテアーゼ、アルカリ側に反応至適pHを有するアルカリプロテアーゼのいずれを使用してもよい。長鎖ポリペプチドに対する反応性が高い酵素、短鎖ポリペプチドまたはオリゴペプチドに対する反応性が高い酵素のいずれを使用してもよい。タンパク質分解酵素は、単独で使用してもよいし、性質の異なる数種の酵素を複数組み合わせて使用してもよい。
【0009】
本明細書における用語「分解物」とは、魚卵タンパク質をタンパク質分解酵素で処理することによって得られる魚卵タンパク質の分解物をいう。当該分解物は、未分解のタンパク質、部分的に分解されたタンパク質、ペプチド、および遊離アミノ酸、またはこれらの混合物などを構成成分として含んでよい。これらの構成成分の割合は、魚卵タンパク質の分解の条件および分解の程度によって変更できる。
【0010】
本明細書における用語「α−グルコシダーゼ(AGH)阻害剤」とは、特に限定されないが、例えば、ヒトなどのほ乳動物の消化管、特に小腸に存在するAGH活性を阻害するものが挙げられる。
【0011】
本明細書における用語「AGH」とは、非還元末端に存在するα−グルコシド結合を加水分解するグリコシダーゼであれば、起源、または変異の有無など、特に限定されない。起源は、動物または動物に寄生する微生物であり、特にほ乳類またはほ乳類に寄生する微生物である。さらに、ヒト、サル、マウス、ラット、イヌ、ネコなど、またはこれらに寄生する微生物である。
【0012】
本発明の別の側面によれば、分解物がスレオニン−チロシン(TY)からなるジペプチドを含む、AGH阻害剤が提供される。
本明細書における用語「スレオニン−チロシン(TY)」は、結合様式に関わらず、アミノ酸のスレオニンとチロシンが結合したジペプチドであれば限定されない。TYは、魚卵タンパク質を分解することによって生成することができる。分解は、生物学的または化学的な手法を利用できる。あるいは、遊離チロシンと遊離スレオニンから生物学的または化学的な手法によってTYを合成してもよい。
【0013】
本発明のさらなる側面によれば、魚卵タンパク質をアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)由来プロテアーゼ、バシラス・ズブチリス(Bacillus subtilis)由来プロテアーゼ、アスペルギルス・メレウス(Aspergillus melleus)由来プロテアーゼ、バシラス・ステアロサーモフィルス(Bacillus stearothermophilus)由来プロテアーゼ、リゾプス・オリゼ(Rhizopus oryzae)由来ペプチダーゼ、アスペルギルス・オリゼ由来ペプチダーゼ、バシラス・アミロリケファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)由来グルタミナーゼから選ばれる1種または2種以上の酵素で処理することによって得られる分解物を含む、AGH阻害剤が提供される。
【0014】
本発明の別の側面によれば、TYを含むα−グルコシダーゼ阻害剤が提供される。TYは、高いAGH阻害活性を有する。TYは、例えば、魚卵タンパク質の酵素分解により生成することができる。TY源として、魚卵タンパク質の酵素分解物をそのまま用いてもよいし、あるいは、魚卵タンパク質の酵素分解物から分離濃縮して使用してもよい。
【0015】
TYの検出は、当業者間で知られている方法であれば特に限定されない。例えば、TYの検出は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて行うことができる。HPLCの条件は、TYの分離および検出が可能であれば特に限定されず、当業者が適宜設定することができる。
【0016】
TYの分離濃縮方法は、TYが分離できる方法であれば特に限定されない。例えば、濾過、遠心分離、アルコール沈降、溶媒抽出、クロマトグラフィー、エバポレーション、および凍結乾燥などを組み合わせて使用できる。
【0017】
本発明のAGH阻害剤は、医薬品、食品などの製造用の素材として使用可能である。AGH阻害剤は、糖尿病を予防または治療することができるので、糖尿病の合併症である、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、および糖尿病性神経障害、並びに、その他の合併症に対しても予防または治療効果を有する。
【0018】
本発明の別の側面によれば、AGH阻害剤を有効成分として含有する糖尿病の予防または治療用医薬組成物が提供される。
本発明の別の側面によれば、AGH阻害剤を含む機能性食品が提供される。
【0019】
本明細書における用語「機能性食品」とは、健康食品、サプリメント、特定保健用食品のような特定の健康機能を期待して摂取する食品である。特に好ましいのは、特定保健用食品のように糖尿病およびその関連疾患の予防に有効であることを表示することができる機能性食品である。
【0020】
AGH阻害剤は、医薬組成物または機能性食品の製造工程中に添加してもよい。または、医薬組成物または機能性食品の製造工程の一工程にAGH阻害剤の製造工程を設けることにより、医薬組成物または機能性食品の製造工程の一部にAGH阻害剤の製造工程を組み込んでもよい。さらに、一般的な食品の製造後の完成品にAGH阻害剤の粉末または溶液を添加もしくは混合してもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、医薬品、機能性食品、健康食品、特定保健用食品などの製造に使用することができる、AGH阻害活性を有する魚卵タンパク質の分解物が提供される。本発明の分解物は、食品である魚卵タンパク質の酵素分解物であるから安全性の面でも安心して摂取できるものである。さらに、高いAGH阻害活性を有するTYが提供される。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を更に具体的に記載する。
本明細書において使用される「魚卵タンパク質」は、生の状態であっても、冷凍、加熱などの加工が施されたものでもよい。さらに、タンパク質含有量が高い方がよく、油脂含有量の少ない魚卵が好ましい。魚卵を溶媒などを用いて脱脂して用いるのが好ましい。
【0023】
本発明における魚卵タンパク質の分解物は、生物的分解方法、特にタンパク質分解酵素を用いることにより得ることができる。タンパク質分解酵素は、魚卵タンパク質を分解し、当該分解物にAGH阻害活性を付与するものであれば特に限定されない。このような性質を有する酵素を自然界からスクリーニングして入手してもよいが、市販の酵素から選択して使用してもよい。
【0024】
タンパク質分解酵素の使用量は、タンパク質の分解が起こる量であれば特に限定されないが、魚卵タンパク質1mgあたり0.0001〜0.1mgであり、特に0.05〜0.2mgが使用される。反応温度およびpHは特に制限されないが、例えば、各タンパク質分解酵素の反応至適条件で行ってもよい。反応時間は、魚卵タンパク質の分解が起こるのに十分な時間であれば特に制限されないが、1〜48時間、特に1〜24時間で行うことができる。
【0025】
魚卵タンパク質の分解物中に含まれる、AGH阻害活性を示す成分の分析は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を使用するのが簡便である。魚卵タンパク質の分解物を適切なカラムにアプライし、ピーク画分を分離し、各ピーク画分のAGH阻害活性を測定することができる。HPLCで使用する溶離液は、良好な分離が得られるものであれば制限されないが、アセトニトリル溶液が例示される。分析中にアセトニトリルの割合を変化させて成分の分離を良好にすることができる。例えば、アセトニトリル濃度を分析開始時の5%から直線的に増加させ、最終的に35%に変化させることが挙げられる。使用するカラムは、成分の分離が可能なものであれば制限されないが、Cosmosil 5C18−MS−IIカラム(ナカライテスク株式会社)などが例示される。HPLCにより分離されたピーク画分をそれぞれ回収し、AGH阻害活性を測定することにより、AGH阻害活性を有する成分を特定することができる。
【0026】
本発明のAGH阻害剤は、糖尿病の治療または症状を軽減するための医薬品などとして使用できる。糖尿病患者でなくても、本発明のAGH阻害剤を摂取することにより、糖尿病の発症を予防することができるため、将来の健康リスクを軽減することができる。本発明のAGH阻害剤の摂取時期は制限されないが、食前、食中、または食後に摂取するのが効果的である。摂取の方法は、特に制限されないが、経口摂取が一例として挙げられる。AGH阻害剤は、魚卵の酵素分解物を使用することができ、さらに魚卵の酵素分解物からAGH阻害活性の高いペプチドの純度を高めて用いることもできる。AGH阻害剤の摂取量は、AGH阻害活性を発揮する量であれば特に制限されないが、AGH阻害活性を有するペプチドとして、1日あたり0.5g〜50gの範囲で摂取するのが好ましい。
【0027】
上記医薬組成物が、糖尿病だけでなく、糖尿病の合併症に対しても同様に効果的であることは、当業者にとって容易に予測できる。糖尿病の合併症としては、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、および糖尿病性神経障害などが挙げられるが、これに限定されない。
【0028】
本発明のAGH阻害剤は、機能性食品として使用することができる。前記機能性食品は、血糖値を低下させることにより、糖尿病の予防または治療に用いることができる。機能性食品の使用の形態は特に限定されないが、継続して摂取しやすい錠剤、タブレット、または液体が好ましい。錠剤やタブレットはサプリメントとして適用でき、液体は飲料などに適用できる。上記機能性食品に使用する場合、魚卵タンパク質の酵素分解物をそのまま使用することができる。さらに、上記機能性食品は、通常の食品に添加して用いることもできる。例えば、水産加工食品に添加する場合、好ましく使用することができる。その他、炭水化物を含む食品などにも添加することができる。
【実施例】
【0029】
[実施例1] 魚卵タンパク質の分解物の調製
タラ魚卵タンパク質の分解物を以下のように調製した。スケトウダラのタラコを凍結乾燥し、該凍結乾燥物を乳鉢およびフードプロセッサーを用いて粉末化した。該粉末に容積比で約2倍量のへキサンを添加し、十分に攪拌して脱脂した。該混合物を濾紙で濾過し、残渣を容積比で約2倍量のへキサンで3回洗浄した。洗浄後の残渣を室温で風乾してヘキサンを除去し、スケトウダラのタラコタンパク質を調製した。
【0030】
上記で調製したスケトウダラのタラコタンパク質20mgに対して表1に示すタンパク質分解酵素を重量比で1/100になるように添加し、各酵素の至適反応条件(表1)下で24時間、反応を行った。反応液を沸騰水中で30分間処理し、反応を停止させた。該反応停止液を5,000rpmで10分間遠心分離し、上清を得た。該上清を清澄濾過し、清澄濾液を得た。該清澄濾液を凍結乾燥し、スケトウダラのタラコタンパク質分解物の粉末を調製した(表2)。
【0031】
【表1】

【0032】
【表2】

【0033】
[実施例2] 魚卵タンパク質のAGH阻害活性
実施例1で調製した、スケトウダラのタラコタンパク質の分解物のAGH阻害活性を、p−ニトロフェニル−α−D−グルコピラノシド(pNPG、Sigma)を用いた測定法(pNPG法)により評価した。
【0034】
ラット小腸AGHの調製は、Cologiらの方法を一部改変して行った。ラット小腸アセトン粉末(Sigma)2.5gに対して、パパイン(Sigma)25mg(ラット小腸アセトン粉末に対して1重量%)、5mM EDTAおよび10mMシステインを含むPCC緩衝液(pH7.0、0.1Mリン酸三カリウム−0.05Mクエン酸三カリウム、0.145M塩化カリウムを含む)125mlを加え、ホモジナイズした。その後、37℃で1時間の酵素反応によって、AGHを膜から可溶化した。反応終了後、10,000×gの遠心分離を4℃で1時間行い、上清を回収した。この上清に硫酸アンモニウムを添加し、40%飽和溶液とした。4℃で1時間静置した後、10,000×gの遠心分離を4℃で30分間行い、上清を回収した。この上清に硫酸アンモニウムを添加し、60%飽和溶液とした。静置後、50,000×gの超遠心分離を4℃で30分間行い、沈殿を回収した。この沈殿物を10mMリン酸カルシウム緩衝液中、4℃で一晩透析した。透析後、10,000×gの遠心分離を4℃で30分間行い、沈殿を除去した。上清を限外濾過(M.W.<200.000)により濃縮した。この濃縮液を凍結乾燥することにより、粗精製AGHを調製した。
【0035】
AGHの固定化担体への固定化は、以下のように行った。アミノ基特異的な活性担体(臭化シアン活性化セファロース4B)(GEヘルスケアバイオサイエンス(株))を固定化担体として使用した。固定化担体50mgを1mM HClおよびカップリング緩衝液(0.5M塩化ナトリウムを含む0.1Mホウ酸塩緩衝液、pH7.5)で洗浄した後、AGH(2mg)を含むカップリング緩衝液1mlを添加し、20℃で2時間インキュベートしてAGHを固定化担体に固定化した。その後、固定化担体をカップリング緩衝液で洗浄した。0.1M β−アラニンを含むカップリング緩衝液1mlを添加し、20℃で2時間インキュベートして未反応の活性基をブロックした。その後、固定化担体を0.5M塩化ナトリウムを含む0.1Mクエン酸緩衝液(pH4.0)で洗浄し、さらに0.1Mホウ酸塩緩衝液(pH7.5)で洗浄し、AGHが固定化された固定化担体(AGH固定化担体)を調製した。AGH固定化担体は、人工腸液(pH6.8)中、4℃で保存した。この固定化担体をAGH固定化担体として、pNPG法による活性測定に使用した。
【0036】
基質溶液は、以下のように調製した。pNPGを人工腸液に溶解し、6.7mM基質溶液を調製した。人工腸液は、日本薬局方(第十二改正)に準じて調製した。すなわち、終濃度5mMリン酸二水素カリウム溶液となるように0.2N NaOHを加え、pH6.8に調製したものを人工腸液とした。
【0037】
AGH阻害活性の測定は、以下のように行った。AGH固定化担体(10mg−wet gel)に検体溶液100μlおよび基質溶液900μl(pNPG;終濃度0.7mM)を添加した。37℃で15分間反応後、反応溶液のみを回収した。反応により生成したp−ニトロフェノールを400nmの吸光度で測定した。また、検体溶液と同様に、被検溶液についても上記の操作を行った。本実施例で使用する用語「検体溶液」とは、実施例1で調製した、スケトウダラのタラコタンパク質の分解物(表2)を含む溶液をいい、並びに用語「被検溶液」とは、スケトウダラのタラコタンパク質の分解物を含まない溶液をいう。以下の式を用いて、各タンパク質分解物のAGH活性の阻害率を算出し、これをAGH阻害活性とした:

AGH阻害率(%)=((Ac−Ab)−(As−Asb))/(Ac−Ab)×100

As:検体溶液を添加して反応させた際の吸光度
Ac:被検溶液を添加して反応させた際の吸光度
Ab:被検溶液と基質溶液のみの混合液の吸光度
Asb:検体溶液と基質溶液のみの混合溶液の吸光度

スケトウダラのタラコタンパク質の分解物は、およそ10〜40%のAGH阻害活性を示した(図1)。特に、ウマミザイムGおよびプロテアーゼN「アマノ」Gの処理により得られた分解物は、それぞれ31%、および40%という高いAGH阻害活性を示した。
[実施例3] タンパク質分解酵素による魚卵タンパク質の処理時間の検討
プロテアーゼN「アマノ」Gによる魚卵タンパク質の処理時間が魚卵蛋白質分解物のAGH阻害活性に与える影響を検討した。
【0038】
実施例1の方法に従って、スケトウダラのタラコタンパク質をプロテアーゼN「アマノ」Gで1、3、6、12、および24時間処理し、スケトウダラのタラコタンパク質の分解物を得た。
【0039】
上記分解物のAGH阻害活性は、以下に示す4−メチルウンベリフェリル−α−D−グルコピラノシド(4MUG、Sigma)を用いた方法(4MUG法)により測定した。
小腸膜におけるAGHの結合状態を擬似化した、AGH固定化マイクロプレートを以下のように作成した。基材表面1cmあたりアミノ基0.78nMが導入されたアミノプレート(−NH:0.78nM/cm)に、実施例1で調製した粗精製の遊離AGHを固定化した。更に、β−アラニンで未反応のアミノ基をブロックして、負電荷が導入されたAGH固定化マイクロプレートを調製した。
【0040】
AGH阻害活性の測定は、AGH固定化マイクロプレートの1ウェルあたり、検体溶液20μlおよび4MUG基質溶液(酸緩衝液(pH 7.4)、最終4MUG濃度:0.1 mg/ml)180μlを加え、37℃で2時間反応させた。反応後、生成した4−メチルウンベリフェノンの蛍光強度をプレートリーダー(励起波長:355nm、測定波長:460nm)により測定した。また、被検溶液についても、上記と同様の処理を行った。本実施例で使用する用語「検体溶液」とは、本実施例で調製した、スケトウダラのタラコタンパク質のプロテアーゼN「アマノ」Gによる分解物を含む溶液をいい、並びに用語「被検溶液」とは、前記分解物を含まない溶液をいう。以下の式を用いて、タンパク質分解物のAGH活性の阻害率を算出し、これをAGH阻害活性とした:

AGH阻害活性(%)=((Fc−Fb)−(Fs−Fsb))/(Fc−Fb)×100

Fs:検体溶液を添加して反応させた際の蛍光強度
Fc:被検溶液を添加して反応させた際の蛍光強度
Fb:被検溶液と基質溶液のみの混合液の蛍光強度
Fsb:検体溶液と基質溶液のみの混合溶液の蛍光強度

その結果、プロテアーゼN「アマノ」Gの処理によって得られたタンパク質分解物は、反応1時間後からAGH阻害活性を示した(図2)。このことから、タンパク質分解酵素の処理によって生成するペプチドが、AGH阻害活性に大きく寄与していることが示唆された。
[実施例4] AGH活性を50%阻害する魚卵タンパク質分解物の濃度(IC50)の検討
実施例3に記載した、プロテアーゼN「アマノ」Gの処理で得られたスケトウダラのタラコタンパク質の分解物を適宜希釈し、実施例3に記載の4MUG法によりAGH阻害活性を測定した。その結果、1時間処理後の分解物のIC50は、3.04mg/mlであった。一方、24時間処理後の分解物のIC50は、3.29mg/mlであった(図3)。
[実施例5] AGH阻害活性を有する画分の分離および分取
以上の結果より、魚卵タンパク質の分解物がAGH阻害活性を有することが明らかとなった。そこで、AGH阻害活性を有する成分を特定し、これを分離することを試みた。
【0041】
実施例3の方法に従って、タラ魚卵タンパク質の分解物を得た。当該分解物を以下に示す条件でHPLCに供し、AGH阻害活性を有する画分の分離を試みた。

(分析装置)
ポンプ:LC−10AD(島津製作所株式会社)
デガッサ:DGU−20A(島津製作所株式会社)
グラジエントコントローラー:FCV−10AL(島津製作所株式会社)
カラムオーブン:CTO−10A(島津製作所株式会社)
UV検出器:SPD−6AV(島津製作所株式会社)
カラム:Cosmosil 5C18−MS−II(ナカライテスク株式会社)
レコーダー:CHROMATOPAC C−R5A(島津製作所株式会社)

(クロマトグラフィー条件)
流速:0.5ml/min
移動層:水、アセトニトリル
グラジエント:5−35%アセトニトリル(30分)
カラム温度:37℃
測定波長:220nm

その結果、図4に示すクロマトグラムが得られた。F1〜F9のピーク画分を分取し、各ピーク画分中のタンパク質1mgあたりのAGH阻害活性を測定した。AGH阻害活性は、実施例3に記載の4MUG法で測定した(図5)。その結果、ピーク画分F1〜F5およびF9にAGH阻害活性が存在することが明らかとなった。特に、ピーク画分F1およびF3に高いAGH阻害活性が存在することが明らかとなった。
[実施例6] AGH阻害活性を有する成分の特定
次に、実施例5のピーク画分F1およびF3を再度HPLCに供し、AGH阻害活性を有する成分の単離を試みた。HPLCは、実施例5と同じ条件で行った。
【0042】
その結果、ピーク画分F1は、図6のクロマトグラムを示した。主要な6つのピーク(F1−1〜F1−6)を分取し、各ピーク画分のAGH阻害活性を実施例3に記載の4MUG法で測定した。その結果、画分F1−2,およびF1−4〜F1−6にAGH阻害活性が認められた(図7)。
【0043】
一方、ピーク画分F3は、図8のクロマトグラムを示した。主要な6つのピーク(F3−1〜F3−6)を分取し、各ピーク画分のAGH阻害活性を実施例3に記載の4MUG法で測定した。その結果、画分F3−2〜F3−6にAGH阻害活性が認められた。特に、画分F3−4およびF3−6に高いAGH阻害活性が認められた(図9)。F3−6の活性ピークの解析を行った結果、TYが単離された。TYのAGH阻害活性は、IC50=5.15mg/mlであった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明により得られる魚卵タンパク質の分解物は、糖尿病および糖尿病に伴う合併症の治療および予防において有効に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】魚卵タンパク質分解物のAGH阻害活性の試験結果の1例を示すグラフである。
【図2】タンパク質分解酵素による、魚卵タンパク質の処理時間の試験結果の1例を示すグラフである。
【図3】AGH活性を50%阻害する魚卵タンパク質分解物の濃度(IC50)の試験結果の1例を示すグラフである。
【図4】魚卵タンパク質分解物のHPLCによる分析結果の1例を示すグラフである。
【図5】ピーク画分のAGH阻害活性の試験結果の1例を示すグラフである。
【図6】図4におけるF1のピーク画分のHPLCによる分析結果の1例を示すグラフである。
【図7】図6における主要な6つのピーク画分(F1−1〜F1−6)のAGH阻害活性の試験結果の1例を示すグラフである。
【図8】図4におけるF3のピーク画分のHPLCによる分析結果の1例を示すグラフである。
【図9】図8における主要な6つのピーク画分(F3−1〜F3−6)のAGH阻害活性の試験結果の1例を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚卵タンパク質をタンパク質分解酵素で処理して得られる分解物を有効成分として含有するα−グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項2】
魚卵タンパク質が、海産魚の卵である、請求項1に記載のα−グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項3】
魚卵タンパク質が、タラ目に属する魚の魚卵である、請求項1または2に記載のα−グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項4】
分解物がスレオニン−チロシンからなるジペプチドを含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載のα−グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項5】
タンパク質分解酵素が、アスペルギルス・オリゼ由来プロテアーゼ、バシラス・ズブチリス由来プロテアーゼ、アスペルギルス・メレウス由来プロテアーゼ、バシラス・ステアロサーモフィルス由来プロテアーゼ、リゾプス・オリゼ由来ペプチダーゼ、アスペルギルス・オリゼ由来ペプチダーゼ、バシラス・アミロリケファシエンス由来グルタミナーゼから選ばれる1種または2種以上の酵素である、請求項1〜4のいずれか1項に記載のα−グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項6】
スレオニン−チロシンからなるα−グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のα−グルコシダーゼ阻害剤を含む医薬組成物。
【請求項8】
糖尿病、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、および糖尿病性神経障害の予防または治療用の請求項7に記載の医薬組成物。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のα−グルコシダーゼ阻害剤を含む機能性食品。
【請求項10】
糖尿病およびその関連疾患の予防または治療に効果を有することを表示した食品である請求項9の機能性食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−47513(P2010−47513A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−213015(P2008−213015)
【出願日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【出願人】(000004189)日本水産株式会社 (119)
【Fターム(参考)】