説明

α−フルオロメチルカルボニル化合物の製造方法

【課題】医農薬の重要な中間体であるα−フルオロメチルカルボニル化合物の実用的な製造方法を提供する。
【解決手段】カルボニル化合物のα位プロトンを塩基で脱プロトン化し、フルオロメタンと反応させることにより、α−フルオロメチルカルボニル化合物が製造できる。各種フルオロメタンは大量規模での入手が比較的安価であり、本発明では塩基以外に付加的な試薬も必要としない。さらに、α位が脱プロトン化できるカルボニル化合物であれば広範な原料基質に適応できる。また、医農薬中間体として特に重要なα−ジフルオロメチル(−β、γ、δまたはε−)アミノ酸の前駆体が好適に製造できる。これらの前駆体は新規化合物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α−フルオロメチルカルボニル化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明で対象とするα−フルオロメチルカルボニル化合物は、医農薬の重要な中間体である。本発明に関連する代表的な従来技術として、ヨードトリフルオロメタンや各種トリフルオロメチルスルホニウム塩を用いるトリフルオロメチル化反応(非特許文献1、2)、クロロジフルオロメタンを用いるジフルオロメチル化反応(非特許文献3〜6)やモノフルオロメチルスルホニウム塩を用いるモノフルオロメチル化反応(非特許文献7)が報告されている。また、本発明者は、ヨードトリフルオロメタンを用いるヨードジフルオロメチル化反応を報告している(非特許文献8)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Org.Lett.(米国),2005年,第7巻,p.4883〜4885
【非特許文献2】J.Org.Chem.(米国),1994年,第59巻,p.5692〜5699
【非特許文献3】Journal of Fluorine Chemistry(オランダ),2009年,第130巻,p.466〜469
【非特許文献4】Biosci.Biotech.Biochem.(日本),1993年,第57巻,p.1024〜1025
【非特許文献5】J.Med.Chem.(米国),1988年,第31巻,p.30〜36
【非特許文献6】HETEROCYCLES(日本),1987年,第26巻,p.633〜640
【非特許文献7】Org.Lett.(米国),2008年,第10巻,p.557〜560
【非特許文献8】Angew.Chem.Int.Ed.(ドイツ),2010年,第49巻,p.3819〜3822
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、医農薬の重要な中間体であるα−フルオロメチルカルボニル化合物の実用的な製造方法を提供することにある。
【0005】
非特許文献1、2では、比較的高価なヨードトリフルオロメタンや大量規模での入手が困難な各種トリフルオロメチルスルホニウム塩を用いる必要があった。さらに、これらの反応では各種ホウ素試薬も必要とした。
【0006】
非特許文献3〜6では、所望の反応を収率良く行える原料基質が限られていた。具体的には、pK値が16.3〜19.1のC−H酸を有する原料基質や、カルボニル基のα位にさらにイソシアノ基(N=C)、保護基で活性化されたアミノ基(N=CHPh;Phはフェニル基を表す)またはアルコキシカルボニル基(COEt;Etはエチル基を表す)が置換した原料基質に限られていた。
【0007】
非特許文献7では、モノフルオロメチルスルホニウム塩の大量規模での入手が困難であり、適応できるpK値の原料基質も限られていた。
【0008】
非特許文献8では、本発明で開示するフルオロメタンを用いるフルオロメチル化反応は報告されていない。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、カルボニル化合物のα位プロトンを塩基で脱プロトン化し、フルオロメタンと反応させることにより、α−フルオロメチルカルボニル化合物が製造できることを見出した。フルオロメタンとしてはトリフルオロメタンが好ましく、種々のタイプの原料基質に対してもジフルオロメチル化反応を良好に行うことができる。さらに、原料基質としてラクトンまたはラクタムを用いてジフルオロメチル化反応を行うことが特に好ましく、得られる生成物は新規化合物であり、α−ジフルオロメチル(−β、γ、δまたはε−)アミノ酸の前駆体として特に重要である。
【0010】
すなわち、本発明は[発明1]〜[発明4]を含み、α−フルオロメチルカルボニル化合物の実用的な製造方法を提供する。
【0011】
[発明1]
一般式[1]
【化1】

【0012】
[一般式[1]のRおよびRはそれぞれ独立に水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表し、Xは水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基、置換芳香環基、NR、ORまたはSRを表す。RおよびRはそれぞれ独立に水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基、置換芳香環基またはアミノ保護基を表し、RおよびRは水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表す。RとRは、もしくは、RまたはRとXは、それぞれ任意の炭素原子同士で、もしくは、窒素原子、酸素原子または硫黄原子を介して共有結合により環状構造を採ることもある。]
で示されるカルボニル化合物のα位プロトンを塩基で脱プロトン化し、一般式[2]
【化2】

【0013】
[一般式[2]のmは1、2または3の整数を表す。]
で示されるフルオロメタンと反応させることにより、一般式[3]
【化3】

【0014】
で示されるα−フルオロメチルカルボニル化合物を製造する方法。
【0015】
[一般式[3]のR、R、Xおよびmは前記と同じである。]
[発明2]
一般式[2]で示されるフルオロメタンがトリフルオロメタン(mが2)であることを特徴とする、発明1に記載の製造方法。
【0016】
[発明3]
一般式[4]
【化4】

【0017】
[一般式[4]のRはアルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表し、Yは酸素原子またはNRを表し、nは0、1、2または3の整数を表す。Rはアミノ保護基を表す。β、γ、δまたはε位の炭素原子上に任意の数でRが置換することもでき、この場合のRはそれぞれ独立にハロゲン原子、低級アルキル基、低級ハロアルキル基、低級アルコキシ基、低級ハロアルコキシ基、シアノ基、低級アルコキシカルボニル基、芳香環基、カルボキシル基の保護体、アミノ基の保護体またはヒドロキシル基の保護体を表す。]
で示されるラクトンまたはラクタムのα位プロトンを塩基で脱プロトン化し、式[5]
【化5】

【0018】
で示されるトリフルオロメタンと反応させることにより、一般式[6]
【化6】

【0019】
で示されるα−ジフルオロメチルラクトンまたはラクタムを製造する方法。
【0020】
[一般式[6]のR、Y、nおよびRは前記と同じである。]
[発明4]
一般式[6]
【化7】

【0021】
[一般式[6]のRはアルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表し、Yは酸素原子またはNRを表し、nは0、1、2または3の整数を表す。Rはアミノ保護基を表す。β、γ、δまたはε位の炭素原子上に任意の数でRが置換することもでき、この場合のRはそれぞれ独立にハロゲン原子、低級アルキル基、低級ハロアルキル基、低級アルコキシ基、低級ハロアルコキシ基、シアノ基、低級アルコキシカルボニル基、芳香環基、カルボキシル基の保護体、アミノ基の保護体またはヒドロキシル基の保護体を表す。]
で示されるα−ジフルオロメチルラクトンまたはラクタム。
【発明の効果】
【0022】
本発明で開示するフルオロメタンを用いるフルオロメチル化反応は、従来一切報告されていない。各種フルオロメタンは大量規模での入手が比較的安価であり、本発明では塩基以外に付加的な試薬も必要としない。さらに、α位が脱プロトン化できるカルボニル化合物であれば広範な原料基質に適応できる。また、医農薬中間体として特に重要なα−ジフルオロメチル(−β、γ、δまたはε−)アミノ酸の前駆体が好適に製造できることも見出した。これらの前駆体は新規化合物である。
【0023】
この様に、本発明は、従来技術の問題点を解決した、医農薬の重要な中間体であるα−フルオロメチルカルボニル化合物の実用的な製造方法を提供するものである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明のα−フルオロメチルカルボニル化合物の製造方法について詳細に説明する。
【0025】
一般式[1]で示されるカルボニル化合物のRおよびRは、それぞれ独立に水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表す。該アルキル基は、炭素数1〜18の、直鎖または枝分れの鎖式、または環式(炭素数3以上の場合)である。該芳香環基は、炭素数1〜18の、フェニル基、ナフチル基、アントリル基等の芳香族炭素水素基、またはピロリル基(窒素保護体も含む)、ピリジル基、フリル基、チエニル基、インドリル基(窒素保護体も含む)、キノリル基、ベンゾフリル基、ベンゾチエニル基等の窒素原子、酸素原子または硫黄原子等のヘテロ原子を含む芳香族複素環基である。該置換アルキル基および置換芳香環基は、それぞれ上記のアルキル基および芳香環基の、任意の炭素原子または窒素原子上に、任意の数でさらに任意の組み合わせで、置換基を有する。係る置換基としては、フッ素、塩素、臭素等のハロゲン原子、メチル基、エチル基、プロピル基等の低級アルキル基、フルオロメチル基、クロロメチル基、ブロモメチル基等の低級ハロアルキル基、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基等の低級アルコキシ基、フルオロメトキシ基、クロロメトキシ基、ブロモメトキシ基等の低級ハロアルコキシ基、シアノ基、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、プロポキシカルボニル基等の低級アルコキシカルボニル基、フェニル基、ナフチル基、アントリル基、ピロリル基(窒素保護体も含む)、ピリジル基、フリル基、チエニル基、インドリル基(窒素保護体も含む)、キノリル基、ベンゾフリル基、ベンゾチエニル基等の芳香環基、カルボキシル基の保護体、アミノ基の保護体、ヒドロキシル基の保護体等が挙げられる。なお、本明細書において、"低級"とは、炭素数1〜6の、直鎖または枝分れの鎖式、または環式(炭素数3以上の場合)を意味する。また、上記の“係る置換基としては”の芳香環基には、ハロゲン原子、低級アルキル基、低級ハロアルキル基、低級アルコキシ基、低級ハロアルコキシ基、シアノ基、低級アルコキシカルボニル基、カルボキシル基の保護体、アミノ基の保護体、ヒドロキシル基の保護体等が置換することもできる。さらに、ピロリル基、インドリル基、カルボキシル基、アミノ基およびヒドロキシル基の保護基は、Protective Groups in Organic Synthesis,Third Edition,1999,John Wiley & Sons,Inc.等に記載された保護基である。
【0026】
一般式[1]で示されるカルボニル化合物のXは、水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基、置換芳香環基、NR、ORまたはSRを表す。該アルキル基、置換アルキル基、芳香環基および置換芳香環基は、一般式[1]で示されるカルボニル化合物のRおよびRにおいて記載したアルキル基、置換アルキル基、芳香環基および置換芳香環基と同じである。RおよびRは、それぞれ独立に水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基、置換芳香環基またはアミノ保護基を表す。該アルキル基、置換アルキル基、芳香環基および置換芳香環基は、一般式[1]で示されるカルボニル化合物のRおよびRにおいて記載したアルキル基、置換アルキル基、芳香環基および置換芳香環基と同じであり、該アミノ保護基は、上記の保護基の参考図書(Protective Groups in Organic Synthesis,Third Edition,1999,John Wiley & Sons,Inc.)等に記載された保護基である。RおよびRは、水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表す。該アルキル基、置換アルキル基、芳香環基および置換芳香環基は、一般式[1]で示されるカルボニル化合物のRおよびRにおいて記載したアルキル基、置換アルキル基、芳香環基および置換芳香環基と同じである。
【0027】
一般式[1]で示されるカルボニル化合物のRとRは、もしくは、RまたはRとXは、それぞれ任意の炭素原子同士で、もしくは、窒素原子、酸素原子または硫黄原子を介して共有結合により環状構造を採ることもある。その中でもRまたはRとXが共有結合によりラクトンまたはラクタムを形成する原料基質が好ましい(発明3の原料基質)。
【0028】
一般式[4]で示されるラクトンまたはラクタムのRは、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表す。該アルキル基、置換アルキル基、芳香環基および置換芳香環基は、一般式[1]で示されるカルボニル化合物のRおよびRにおいて記載したアルキル基、置換アルキル基、芳香環基および置換芳香環基と同じである。
【0029】
一般式[4]で示されるラクトンまたはラクタムのYは、酸素原子またはNRを表す。Rはアミノ保護基を表し、該アミノ保護基は、上記の保護基の参考図書等に記載された保護基である。その中でもtert−ブトキシカルボニル基(Boc)、ベンジルオキシカルボニル基(Cbz)、パラトルエンスルホニル基(Ts)、オルトニトロベンゼンスルホニル基およびパラニトロベンゼンスルホニル基(Ns)が好ましく、tert−ブトキシカルボニル基およびパラトルエンスルホニル基が特に好ましい。非特許文献8では、アミノ保護基の種類(tert−ブトキシカルボニル基 vs.パラトルエンスルホニル基)によって得られる生成物が異なっていた(テーブル2のエントリー7〜9)。一方、本発明では、この様な現象は認められず(実施例4 vs.5、実施例6 vs.7)、有機合成における一般的なアミノ保護基を幅広く用いることができる。
【0030】
一般式[4]で示されるラクトンまたはラクタムのnは、0、1、2または3の整数を表す。その中でも0、1および2が好ましく、1および2が特に好ましい。
【0031】
一般式[4]で示されるラクトンまたはラクタムでは、β、γ、δまたはε位の炭素原子上に任意の数でRが置換することもでき、この場合のRは、それぞれ独立にハロゲン原子、低級アルキル基、低級ハロアルキル基、低級アルコキシ基、低級ハロアルコキシ基、シアノ基、低級アルコキシカルボニル基、芳香環基、カルボキシル基の保護体、アミノ基の保護体またはヒドロキシル基の保護体を表す。該ハロゲン原子、低級アルキル基、低級ハロアルキル基、低級アルコキシ基、低級ハロアルコキシ基、シアノ基、低級アルコキシカルボニル基、芳香環基、カルボキシル基の保護体、アミノ基の保護体およびヒドロキシル基の保護体は、一般式[1]で示されるカルボニル化合物のRおよびRの“係る置換基としては”において記載したハロゲン原子、低級アルキル基、低級ハロアルキル基、低級アルコキシ基、低級ハロアルコキシ基、シアノ基、低級アルコキシカルボニル基、芳香環基、カルボキシル基の保護体、アミノ基の保護体およびヒドロキシル基の保護体と同じである。
【0032】
塩基としては、n−ブチルリチウム(この塩基を用いる場合は、一般式[1]で示されるカルボニル化合物を有機合成における一般的な方法で予めトリメチルシリルエノールエーテルに誘導しておく)、リチウムジイソプロピルアミド(LDA;この塩基を用いる場合は、脱プロトン化で副生したジイソプロピルアミンを減圧留去した後でフルオロメタンと反応させる)、リチウムジシクロヘキシルアミド、リチウム2,2,6,6−テトラメチルピペリジド(LTMP)、リチウムビス(トリメチルシリル)アミド(LiHMDS)、ナトリウムビス(トリメチルシリル)アミド(NaHMDS)、カリウムビス(トリメチルシリル)アミド[KHMDS;この塩基を用いる場合は、脱プロトン化で生成したカリウムエノラートをLiNTf(Tfはトリフルオロメタンスルホニル基を表す)等の低配位性の配位子を有するリチウム塩でリチウムエノラートに変換した後でフルオロメタンと反応させる]、リチウムビス(ジメチルフェニルシリル)アミド(LTDDS)等が挙げられる。その中でもn−ブチルリチウム、リチウムジイソプロピルアミド、リチウム2,2,6,6−テトラメチルピペリジド、リチウムビス(トリメチルシリル)アミドおよびリチウムビス(ジメチルフェニルシリル)アミドが好ましく、リチウム2,2,6,6−テトラメチルピペリジド、リチウムビス(トリメチルシリル)アミドおよびリチウムビス(ジメチルフェニルシリル)アミドが特に好ましい。
【0033】
塩基の使用量は、一般式[1]で示されるカルボニル化合物(または一般式[4]で示されるラクトンまたはラクタム)1モルに対して0.7モル以上を用いれば良く、0.8〜30モルが好ましく、0.9〜10モルが特に好ましい。
【0034】
一般式[2]で示されるフルオロメタンのmは、1、2または3の整数を表す。具体的には、mが1のジフルオロメタン(CF)、mが2のトリフルオロメタン(CFH)およびmが3のテトラフルオロメタン(CF)である。その中でもトリフルオロメタンおよびテトラフルオロメタンが好ましく、トリフルオロメタンが特に好ましい(発明2および3のフルオロメタン)。これらのフルオロメタンは高純度半導体製造用フッ素系ガス(化学純度99.99%以上)として工業的に製造されているが、本発明の用途には98%以上あれば十分である。
【0035】
一般式[2]で示されるフルオロメタン(または式[5]で示されるトリフルオロメタン)の使用量は、一般式[1]で示されるカルボニル化合物(または一般式[4]で示されるラクトンまたはラクタム)1モルに対して0.7モル以上を用いれば良く、0.8〜50モルが好ましく、0.9〜30モルが特に好ましい。
【0036】
反応溶媒としては、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、tert−ブチルメチルエーテル、1,4−ジオキサン、1,2−ジメトキシエタン、ビス(2−メトキシエチル)エーテル等のエーテル系が挙げられる。その中でもテトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフラン、tert−ブチルメチルエーテルおよび1,2−ジメトキシエタンが好ましく、テトラヒドロフランおよび2−メチルテトラヒドロフランが特に好ましい。これらの反応溶媒は、単独または組み合わせて用いることができる。塩基の調製時または調製溶液にn−ペンタン、n−ヘキサン、シクロヘキサン、n−ヘプタン等の脂肪族炭化水素系溶媒やトルエン、エチルベンゼン等の芳香族炭化水素系溶媒が含まれる場合もあるが、所望の反応は殆ど影響を受けることなく良好に進行する。
【0037】
反応溶媒の使用量は、一般式[1]で示されるカルボニル化合物(または一般式[4]で示されるラクトンまたはラクタム)1モルに対して0.01L(リットル)以上を用いれば良く、0.05から20Lが好ましく、0.1から10Lが特に好ましい。
【0038】
脱プロトン化後のフルオロメタン(またはトリフルオロメタン)との反応温度は、−100〜+150℃の範囲で行えば良く、−50〜+100℃が好ましく、−25〜+75℃が特に好ましい。脱プロトン化の反応温度も上記と同じである。一般式[2]で示されるフルオロメタン(または式[5]で示されるトリフルオロメタン)は低沸点(CF;−128℃、CFH;−82℃、CF;−52℃)のため、フルオロメタン(またはトリフルオロメタン)を加える時は沸点以下に反応容器を冷却して加えることが好ましい。耐圧反応容器を用いる場合は、必ずしも沸点以下に冷却する必要はない。
【0039】
脱プロトン化後のフルオロメタン(またはトリフルオロメタン)との反応時間は、48時間以内で行えば良く、原料基質(カルボニル化合物、ラクトンまたはラクタム)、塩基、フルオロメタン(またはトリフルオロメタン)および反応条件等により異なるため、ガスクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、核磁気共鳴(NMR)等の分析手段により反応の進行状況をモニターし、原料基質(または原料基質の金属エノラート)の消費が殆ど停止した時点を終点とすることが好ましい。脱プロトン化の反応時間は12時間以内で行えば良い。
【0040】
後処理は、反応終了液に対して有機合成における一般的な操作を行うことにより、目的とする一般式[3]で示されるα−フルオロメチルカルボニル化合物(または一般式[6]で示されるα−ジフルオロメチルラクトンまたはラクタム)を得ることができる。原料基質である、一般式[1]で示されるカルボニル化合物のR、RおよびX、および一般式[4]で示されるラクトンまたはラクタムのR、Y、nおよびRは、反応を通して変化しない。フルオロメチル化剤である、一般式[2]で示されるフルオロメタン、および式[5]で示されるトリフルオロメタンは、その内の1つのフッ素原子が脱離基として働く。収率は、反応終了液に酢酸を加えて反応を止め、反応系内に加えた含フッ素内部標準物質を基にして、19F−NMRで内部標準法により定量して算出するのが簡便である。粗生成物は、必要に応じて活性炭処理、蒸留、再結晶、カラムクロマトグラフィー等の操作により高い化学純度に精製することができる。
【0041】
[実施例]
実施例により本発明の実施の形態を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。Me、Ph、Et、Bn、BocまたはTsは、それぞれメチル基、フェニル基、エチル基、ベンジル基、tert−ブトキシカルボニル基、パラトルエンスルホニル基の略記号である。
【実施例1】
【0042】
アルゴン雰囲気下、下記式
【化8】

【0043】
で示されるカルボニル化合物25mg(0.14mmol、1.0eq)のテトラヒドロフラン溶液[溶媒使用量0.14mL(1.0M)、含フッ素内部標準物質(α,α,α−トリフルオロトルエン)10μL(81μmol)を含む]に、リチウムビス(トリメチルシリル)アミド50mg(0.30mmol、2.1eq)を室温で加え、同温度で5分間攪拌した。反応混合液を−95℃の冷媒浴に浸けてトリフルオロメタン(CFH)98mg(1.4mmol、10eq)を加え、室温で6時間攪拌した。反応終了液に酢酸のテトラヒドロフラン溶液(5.0M)を加えて反応を止め、19F−NMRで内部標準法により定量したところ、下記式
【化9】

【0044】
で示されるα−ジフルオロメチルカルボニル化合物が59μmol含まれていた。収率は42%であった。
【実施例2】
【0045】
アルゴン雰囲気下、下記式
【化10】

【0046】
で示されるカルボニル化合物22mg(0.14mmol、1.0eq)のテトラヒドロフラン溶液[溶媒使用量0.14mL(1.0M)、含フッ素内部標準物質(α,α,α−トリフルオロトルエン)10μL(81μmol)を含む]に、リチウムビス(トリメチルシリル)アミド50mg(0.30mmol、2.1eq)を室温で加え、同温度で5分間攪拌した。反応混合液を−95℃の冷媒浴に浸けてトリフルオロメタン(CFH)98mg(1.4mmol、10eq)を加え、室温で6時間攪拌した。反応終了液に酢酸のテトラヒドロフラン溶液(5.0M)を加えて反応を止め、19F−NMRで内部標準法により定量したところ、下記式
【化11】

【0047】
で示されるα−ジフルオロメチルカルボニル化合物が31μmol含まれていた。収率は22%であった。
【実施例3】
【0048】
アルゴン雰囲気下、下記式
【化12】

【0049】
で示されるラクトン25mg(0.14mmol、1.0eq)のテトラヒドロフラン溶液[溶媒使用量0.14mL(1.0M)、含フッ素内部標準物質(α,α,α−トリフルオロトルエン)10μL(81μmol)を含む]に、リチウムビス(トリメチルシリル)アミド94mg(0.56mmol、4.0eq)を室温で加え、同温度で5分間攪拌した。反応混合液を−95℃の冷媒浴に浸けてトリフルオロメタン(CFH)98mg(1.4mmol、10eq)を加え、室温で6時間攪拌した。反応終了液に酢酸のテトラヒドロフラン溶液(5.0M)を加えて反応を止め、19F−NMRで内部標準法により定量したところ、下記式
【化13】

【0050】
で示されるα−ジフルオロメチルラクトンが45μmol含まれていた。収率は32%であった。
【実施例4】
【0051】
アルゴン雰囲気下、下記式
【化14】

【0052】
で示されるラクタム39mg(0.14mmol、1.0eq)のテトラヒドロフラン溶液[溶媒使用量0.14mL(1.0M)、含フッ素内部標準物質(α,α,α−トリフルオロトルエン)10μL(81μmol)を含む]に、リチウムビス(トリメチルシリル)アミド50mg(0.30mmol、2.1eq)を室温で加え、同温度で5分間攪拌した。反応混合液を−95℃の冷媒浴に浸けてトリフルオロメタン(CFH)98mg(1.4mmol、10eq)を加え、室温で24時間攪拌した。反応終了液に酢酸のテトラヒドロフラン溶液(5.0M)を加えて反応を止め、19F−NMRで内部標準法により定量したところ、下記式
【化15】

【0053】
で示されるα−ジフルオロメチルラクタムが32μmol含まれていた。収率は23%であった。
【実施例5】
【0054】
アルゴン雰囲気下、下記式
【化16】

【0055】
で示されるラクタム46mg(0.14mmol、1.0eq)のテトラヒドロフラン溶液[溶媒使用量0.14mL(1.0M)、含フッ素内部標準物質(α,α,α−トリフルオロトルエン)10μL(81μmol)を含む]に、リチウムビス(トリメチルシリル)アミド50mg(0.30mmol、2.1eq)を室温で加え、同温度で5分間攪拌した。反応混合液を−95℃の冷媒浴に浸けてトリフルオロメタン(CFH)98mg(1.4mmol、10eq)を加え、室温で24時間攪拌した。反応終了液に酢酸のテトラヒドロフラン溶液(5.0M)を加えて反応を止め、19F−NMRで内部標準法により定量したところ、下記式
【化17】

【0056】
で示されるα−ジフルオロメチルラクタムが97μmol含まれていた。収率は69%であった。
【実施例6】
【0057】
アルゴン雰囲気下、下記式
【化18】

【0058】
で示されるラクタム41mg(0.14mmol、1.0eq)のテトラヒドロフラン溶液[溶媒使用量0.14mL(1.0M)、含フッ素内部標準物質(α,α,α−トリフルオロトルエン)10μL(81μmol)を含む]に、リチウムビス(トリメチルシリル)アミド50mg(0.30mmol、2.1eq)を室温で加え、同温度で5分間攪拌した。反応混合液を−95℃の冷媒浴に浸けてトリフルオロメタン(CFH)98mg(1.4mmol、10eq)を加え、室温で4時間攪拌した。反応終了液に酢酸のテトラヒドロフラン溶液(5.0M)を加えて反応を止め、19F−NMRで内部標準法により定量したところ、下記式
【化19】

【0059】
で示されるα−ジフルオロメチルラクタムが49μmol含まれていた。収率は35%であった。
【実施例7】
【0060】
アルゴン雰囲気下、下記式
【化20】

【0061】
で示されるラクタム48mg(0.14mmol、1.0eq)のテトラヒドロフラン溶液[溶媒使用量0.14mL(1.0M)、含フッ素内部標準物質(α,α,α−トリフルオロトルエン)10μL(81μmol)を含む]に、リチウムビス(トリメチルシリル)アミド50mg(0.30mmol、2.1eq)を室温で加え、同温度で5分間攪拌した。反応混合液を−95℃の冷媒浴に浸けてトリフルオロメタン(CFH)98mg(1.4mmol、10eq)を加え、室温で6時間攪拌した。反応終了液に酢酸のテトラヒドロフラン溶液(5.0M)を加えて反応を止め、19F−NMRで内部標準法により定量したところ、下記式
【化21】

【0062】
で示されるα−ジフルオロメチルラクタムが90μmol含まれていた。収率は64%であった。定量後の溶液を減圧濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより目的生成物を単離し、H−NMRと19F−NMRを測定した。
【0063】
H−NMR[基準物質;(CHSi,重溶媒;CDCl],δ ppm;1.10−2.20(m×4,4H),2.49(s,3H),2.56(d,1H),3.30(d,1H),3.51(m,1H),3.74(m,1H),5.93(t,1H),6.86(Ar−H,2H),7.10−7.30(Ar−H,3H),7.37(Ar−H,2H),7.88(Ar−H,2H).
19F−NMR[基準物質;α,α,α−トリフルオロトルエン,重溶媒;CDCl],δ ppm;−123.9(dd,1F),−132.5(dd,1F).
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明で対象とするα−フルオロメチルカルボニル化合物は、医農薬の重要な中間体として利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式[1]
【化1】

[一般式[1]のRおよびRはそれぞれ独立に水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表し、Xは水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基、置換芳香環基、NR、ORまたはSRを表す。RおよびRはそれぞれ独立に水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基、置換芳香環基またはアミノ保護基を表し、RおよびRは水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表す。RとRは、もしくは、RまたはRとXは、それぞれ任意の炭素原子同士で、もしくは、窒素原子、酸素原子または硫黄原子を介して共有結合により環状構造を採ることもある。]
で示されるカルボニル化合物のα位プロトンを塩基で脱プロトン化し、一般式[2]
【化2】

[一般式[2]のmは1、2または3の整数を表す。]
で示されるフルオロメタンと反応させることにより、一般式[3]
【化3】

で示されるα−フルオロメチルカルボニル化合物を製造する方法。
[一般式[3]のR、R、Xおよびmは前記と同じである。]
【請求項2】
一般式[2]で示されるフルオロメタンがトリフルオロメタン(mが2)であることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
一般式[4]
【化4】

[一般式[4]のRはアルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表し、Yは酸素原子またはNRを表し、nは0、1、2または3の整数を表す。Rはアミノ保護基を表す。β、γ、δまたはε位の炭素原子上に任意の数でRが置換することもでき、この場合のRはそれぞれ独立にハロゲン原子、低級アルキル基、低級ハロアルキル基、低級アルコキシ基、低級ハロアルコキシ基、シアノ基、低級アルコキシカルボニル基、芳香環基、カルボキシル基の保護体、アミノ基の保護体またはヒドロキシル基の保護体を表す。]
で示されるラクトンまたはラクタムのα位プロトンを塩基で脱プロトン化し、式[5]
【化5】

で示されるトリフルオロメタンと反応させることにより、一般式[6]
【化6】

で示されるα−ジフルオロメチルラクトンまたはラクタムを製造する方法。
[一般式[6]のR、Y、nおよびRは前記と同じである。]
【請求項4】
一般式[6]
【化7】

[一般式[6]のRはアルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表し、Yは酸素原子またはNRを表し、nは0、1、2または3の整数を表す。Rはアミノ保護基を表す。β、γ、δまたはε位の炭素原子上に任意の数でRが置換することもでき、この場合のRはそれぞれ独立にハロゲン原子、低級アルキル基、低級ハロアルキル基、低級アルコキシ基、低級ハロアルコキシ基、シアノ基、低級アルコキシカルボニル基、芳香環基、カルボキシル基の保護体、アミノ基の保護体またはヒドロキシル基の保護体を表す。]
で示されるα−ジフルオロメチルラクトンまたはラクタム。

【公開番号】特開2012−51825(P2012−51825A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−194322(P2010−194322)
【出願日】平成22年8月31日(2010.8.31)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】