説明

αリポイルビタミンE誘導体を有効成分とする抗サイトカイン介在疾患剤

【課題】炎症性サイトカインが介在して発症または悪化する疾患、特に敗血症性ショック、急性臓器障害や臓器不全、虚血再還流によって生じる各種臓器障害の予防または治療に有効な医薬組成物、及びその有効成分である新規化合物を提供することを目的とする。
【解決手段】下記一般式(I)で示されるαリポイルビタミンE誘導体またはその薬理学的に許容される塩を有効成分とする:


〔式中、R、RおよびRは、同一または異なって、水素原子またはメチル基を示す〕。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特にTNF−α及びIL−6等の炎症性サイトカインが介在して発症または悪化する疾患(サイトカイン介在疾患)の予防及び治療に有効な抗サイトカイン介在疾患剤に関する。
【背景技術】
【0002】
多くの病態においてサイトカインの増加はその病態悪化に密接な関係があることが示されている。サイトカインの種類としては多数存在するが、腫瘍壊死因子α(以下、「TNF−α」という)は、様々な細胞への刺激(例えば、リポ多糖体(LPS))または外部細胞性ストレス(例えば、浸透圧ショックおよび過酸化物)に応答して、単球およびマクロファージを含む様々な細胞によって分泌される重要なサイトカインである。
【0003】
基底レベルを上回るTNF−αのレベルの上昇は幾つかの疾患状態への介在またはこの悪化に関連付けられており、これらの疾患状態にはパジェット病;骨粗鬆症;多発性骨髄腫;急性および慢性骨髄性白血病;膵臓β細胞破壊;炎症性腸疾患;成人呼吸促進症候群(ARDS);乾癬;クローン病;潰瘍性大腸炎;アナフィラキシー;接触性皮膚炎;喘息;筋変性症;悪液質;ライター症候群;I型およびII型糖尿病;骨吸収症;移植片対宿主反応;虚血再還流障害;アテローム性動脈硬化;脳外傷;多発性硬化症;大脳マラリア;敗血症;敗血症性ショック;毒素ショック症候群;発熱、および感染による筋肉痛が含まれる。HIV−1、HIV−2、HIV−3、サイトメガロウイルス(CMV)、インフルエンザ、アデノウイルス、ヘルペスウイルス(HSV−1、HSV−2を含む)、および帯状疱疹もTNF−αの上昇によって悪化することが知られている。
【0004】
更に、TNF−αは頭部外傷、脳卒中、および虚血においてもその臓器障害に重要な役割を果たすことが報告されている。例えば、頭部外傷ラットにおいて、TNF−αのレベルは打撲を負った半球において増加した(非特許文献1)、中央脳動脈が閉塞された虚血ラットにおいては、TNF−αの mRNAが増加した(非特許文献2)、との報告があり、この点においてもサイトカインが臓器障害に重要な役割を演じていることが示されている。
【0005】
具体的な組織におけるTNF−αの働きとしては、ラット皮質へのTNF−αの投与による毛細血管における好中球の著しい堆積および小血管内での付着を生じることが報告されている。このTNF−αは複雑なサイトカインカスケードにおける上流因子である。結果として、TNF−αのレベルの上昇は他の様々なサイトカイン、例えばIL−1、IL−6、およびIL−8のレベルの上昇につながり得る。よってTNF−αは、他のサイトカイン(IL−1β、IL−6)やケモカインの浸潤を促進し、これが梗塞領域への好中球浸潤を促進することが報告されている(非特許文献3)。
【0006】
IL−6はT細胞やマクロファージ等の細胞により産生されるレクチンであり、液性免疫を制御するサイトカインの一つである。IL−6は1986年に相補的DNA(cDNA)がクローニングされ、その後、IL−6は種々の生理現象や炎症・免疫疾患の発症メカニズムに関与していることが明らかになった。また炎症部位または傷害(例えば虚血)部位でのIL−6の産生が介在する多くの疾患状態の悪化および/または発症が関連付けられている(非特許文献4)。さらに、虚血再還流障害においてもIL−6の抑制が臓器障害改善効果をもたらすことが報告されている(非特許文献5)。これらのことからこのような疾患状態には、例えば喘息、炎症性腸疾患、乾癬、成人呼吸促進症候群、心臓および腎臓再還流傷害、血栓症並びに糸球体腎炎が含まれるといえる。
【0007】
TNF−αの効果を遮断するのに幾つかのアプローチが採用されている。1つのアプローチは、TNF−αの可溶性受容体(例えば、TNFR−55またはTNFR−75)の使用であり、TNF−α介在疾患状態の動物モデルにおいて効力が認められている。第2のアプローチはTNF−αに特異的なモノクローナル抗体、cA2を用いてTNF−αを中和する方法である(非特許文献6)。また、IL−6の抑制が虚血再還流障害における病態を改善することも報告されており(非特許文献5)、これらのアプローチは、タンパク質分離または受容体拮抗のいずれかによってTNF−αおよびIL−6の効果を遮断するというものである。
【0008】
またTNF−αを始めとするサイトカインが介在する疾患の治療に1,4,5−トリ置換イミダゾール、縮合トリアゾール、及びインダゾールなどの複素環化合物を用いることも提案されている(特許文献1及び2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2004-99622号公報
【特許文献2】特表2008-504294号公報
【特許文献3】特開2004-217669号公報
【特許文献4】特開2009-227632号公報
【特許文献5】特表2003-535134号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Shohamiら、J. Cereb. Blood Flow Metab. 14, 615(1994)
【非特許文献2】Feursteinら、Neurosci. Lett. 165, 125 (1993)
【非特許文献3】Feurstein、Stroke 25, 1481 (1994)
【非特許文献4】Frink Mら、Scand J Trauma Resusc Emerg Med. 2009 Sep 27;17(1):49.
【非特許文献5】Kimizuka Kら、Am J Transplant. 2004 Apr;4(4):482-94.
【非特許文献6】Feldmannら.5 Immunological Reviews, pp.195-223 (1995)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、炎症性サイトカイン(特に、TNF−α、IL−6)が介在して発症または悪化する疾患(本発明ではこれを「サイトカイン介在疾患」と称する)の予防または治療に有効な医薬組成物(本発明ではこれを「抗サイトカイン介在疾患剤」と称する)を提供することを目的とする。より詳細には、炎症、並びに炎症によって生じる各種の病態、例えば敗血症性ショック、急性臓器障害や臓器不全を予防または治療したり、また虚血再還流によって生じる各種臓器障害を保護するために有用な医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねていたところ、下記の一般式(1)で示されるαリポイルビタミンE誘導体に、細胞刺激因子(リポ多糖体(LPS))による組織の炎症、並びに炎症性サイトカイン(TNF−α、IL−6)やサイトカインメディエーター(HMGB1)の誘導を有意に抑制する作用があり、また炎症性サイトカインによる炎症性分子(iNOS、ICAM−1)の発現誘導をも有意に抑制されることを見出し、かかる知見から、αリポイルビタミンE誘導体(I)が抗炎症剤として有効であるとともに、炎症性サイトカイン(特に、TNF−αやIL−6)が介在して発症または悪化する疾患の予防または治療剤として有効であることを確信した。
【0013】
ちなみに、従来からα−リポ酸やビタミンEに抗炎症作用があることが知られているものの、(例えば特許文献3〜5等参照)、α−リポ酸は安定性が悪いため用法や用途が限られるなどの問題があり、それを安定化するための技術の確立が求められていた。また、ビタミンEも酸化しやすく、着色などの劣化を受けやすいことが知られている。これに対して、本発明が提供するαリポイルビタミンE誘導体は、α−リポ酸やビタミンEに比べて安定した化合物であり、用法や取り扱いに制限されずに、広く用いることができる。
【0014】
本発明は上記のかかる知見に基づいて完成したものであり、下記の実施態様を包含する。
(I)αリポイルビタミンE誘導体及びその製造方法
(I-1)下記一般式(I)で示されるαリポイルビタミンE誘導体:
【0015】
【化1】

【0016】
(式中、R、RおよびRは、同一または異なって、水素原子または炭素数1〜3の低級アルキル基を示す)。
【0017】
(I-2)上記炭素数1〜3の低級アルキル基がメチル基である、(I-1)に記載するαリポイルビタミンE誘導体。
(I-3)一般式(I)において、R、RおよびRが同時に水素原子である化合物を除く、(I-1)に記載するαリポイルビタミンE誘導体。
(I-4)一般式(I)において、R、RおよびRがいずれもメチル基である、(I-1)に記載するαリポイルビタミンE誘導体。
(I-5)αリポ酸と下記一般式(II)で示されるビタミンE誘導体とをエステル結合する工程を有する、(I-1)乃至(I-4)のいずれかに記載するαリポイルビタミンE誘導体(I)の製造方法:
【0018】
【化2】

【0019】
(式中、R、RおよびRは、同一または異なって、水素原子または炭素数1〜3の低級アルキル基を示す)。
【0020】
(I-6)上記エステル結合する工程が、混合酸無水物法を用いてエステル結合する工程である(I-5)に記載する製造方法。
【0021】
(II)医薬組成物
(II-1)(I-1)乃至(I-4)のいずれかに記載するαリポイルビタミンE誘導体(I)を有効成分とする、医薬組成物。
(II-2)サイトカイン介在疾患を予防または治療するための抗サイトカイン介在疾患剤である、(II-1)記載の医薬組成物。
(II-3)上記サイトカイン介在疾患が、炎症性サイトカインが介在して発症または悪化する炎症性疾患であって、上記抗サイトカイン介在疾患剤が抗炎症剤である(II-2)記載の医薬組成物。
(II-4)サイトカイン介在疾患が、パジェット病;骨粗鬆症;多発性骨髄腫;急性およ慢性骨髄性白血病;膵臓β細胞破壊;炎症性腸疾患;成人呼吸促進症候群(ARDS);乾癬;クローン病;潰瘍性大腸炎;アナフィラキシー;接触性皮膚炎;喘息;筋変性症;悪液質;ライター症候群;I型およびII型糖尿病;骨吸収症;移植片対宿主反応;虚血再還流障害;アテローム性動脈硬化;脳外傷;多発性硬化症;大脳マラリア;敗血症;敗血症性ショック;毒素ショック症候群;発熱、および感染による筋肉痛からなる群から選択されるいずれか少なくとも1つである(II-2)に記載する医薬組成物。
(II-5)抗サイトカイン介在疾患剤が、敗血症性ショック、急性臓器障害または臓器不全の予防又は治療剤である(II-2)に記載する医薬組成物。
(II-6)抗サイトカイン介在疾患剤が、敗血症性ショックによる臓器障害または虚血再還流障害に対する臓器若しくは組織の保護剤である(II-2)に記載する医薬組成物。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】製造例1で製造したα−リポイルα−トコフェロール(α−リポ酸α−トコフェロールエステル)のIRデータを示す。
【図2】実験例1において各群に分けたラット(対照群、LPS群、Lipoyl-VE+LPS群、VE+LPS群)のうち、対照群(図A〜C)、LPS群(図D〜F)、及びLipoyl-VE+LPS群(図G〜I)にリポ多糖類(LPS)を投与し、12時間後に採取した肺組織の光学顕微鏡画像を示す。なお、図A→B→Cの順、図D→E→Fの順、及び図G→H→Iの順で、画像の表示倍率を上げている。
【図3】図1の肺組織の結果を、鬱血、浮腫、炎症及び出血のパラメーター毎に各群(対照群、LPS群、Lipoyl-VE+LPS群)の組織学的スコアで示したものである(黒棒:対照群、白棒:LPS群、斜線棒:Lipoyl-VE+LPS群)。結果は平均値±SDとして示す。* は、LPS群に対して有意差(p<0.05)があることを示す。
【図4】LPS群(―□―)、Lipoyl-VE+LPS群(―●―)、及びVE+LPS群(―▲―)について、LPS投与前、LPS投与から3時間目、6時間目及び12時間目に血液を採取し、各血清中のTNF-α濃度(図4(A))、血清中のIL-6濃度(図4(B))を測定した結果を示す(実験例1)。
【図5】LPS群(―■―)およびLipoyl-VE+LPS群(―●―)について、LPS投与から3時間目、6時間目及び12時間目に血液を採取し、各血清中のHMGB1濃度を測定した結果を示す(実験例1)。データは、平均値±SDとして示す。*はLPS群に対して有意差(P<0.05)があることを示す。
【図6】対照群、LPS群およびLipoyl-VE+LPS群の肺組織中のiNOS、ICAM-1、及びHMGB1の発現を測定した結果を示す(実験例1(2-4))。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、下記一般式(I)で示される新規なαリポイルビタミンE誘導体に関する。また、本発明は下記一般式(I)で示されるαリポイルビタミンE誘導体またはその薬理学的に許容される塩を有効成分とする医薬組成物に関する。
【0024】
【化3】

【0025】
〔式中、R、RおよびRは、同一または異なって、水素原子または炭素数1〜3の低級アルキル基を示す。〕。
【0026】
当該αリポイルビタミンE誘導体(以下、本明細書において、これを「本化合物」ともいう)は、式(I)で表されるように、α−リポ酸と下式(II)で示されるビタミンE誘導体とがエステル結合してなる化学構造を有している。
【0027】
【化4】

【0028】
〔式中、R、RおよびRは、上記と同じ意味を示す。〕。
【0029】
なお、上記式(I)及び(II)中、R、RまたはRで示される炭素数1〜3の低級アルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、及びイソプロピル基を挙げることができる。好ましくはメチル基及びエチル基であり、より好ましくはメチル基である。一般式(II)及び(I)において、R、RおよびRがいずれもメチル基である化合物は、それぞれα−トコフェロール(II-1)及びα−リポイルα−トコフェロール(I-1)(製造例1参照);RとRがメチル基、Rが水素原子である化合物は、それぞれβ−トコフェロール(II-2)及びα−リポイルβ−トコフェロール(I-2)(製造例4参照);R及びRがメチル基、Rが水素原子である化合物は、それぞれγ−トコフェロール(II-3)及びα−リポイルγ−トコフェロール(I-3)(製造例2参照);Rがメチル基、R及びRが水素原子である化合物は、それぞれδ−トコフェロール(II-4)及びα−リポイルδ−トコフェロール(I-4)(製造例3参照)である。
【0030】
一般式(I)で示されるαリポイルビタミンE誘導体として好ましくは、R、RおよびRがいずれもメチル基であるα−リポイルα−トコフェロールである。
【0031】
本化合物は、α−リポ酸と上記式(II)で示されるビタミンE誘導体(好ましくはα−トコフェロール、β−トコフェロール、γ−トコフェロールまたはδ−トコフェロール)の製造法はαリポ酸の重合化を防ぐためにも、塩基性条件下でのエステル化法である混合酸無水物法が適している。一例として、製造例1〜4に示すように、α−リポ酸をトリエチルアミンとともにアセトニトリルまたはテトラハイドフラン(THF)などの無極性溶媒に溶解しておき、これにクロロ炭酸エチルまたは2,4,6-トリクロロ安息香酸クロリド等を用いて、低温条件下(例えば、-5℃〜0℃程度)で、ビタミンE誘導体(II)を反応させることによって、他のエステル化法と比較して安価に且つ高収率に本化合物(αリポイルビタミンE誘導体)を製造することができる。
【0032】
斯くして製造される本化合物は粗生成物(油状組成物)の状態であってもよいが、上記反応物をイソプロピルエーテルで抽出後、抽出物をアルカリ水や水で洗浄し、次いでシリカゲルカラムクロマトグラフィーなどを用いて精製することもできる。
【0033】
後述する実験例1(2-2)及び(2-3)に示すように、α−リポイルα−トコフェロール(実験例1では「lipoyl-VE」と称する)を始めとする本化合物は、リポ多糖類(LPS)で誘導された炎症性サイトカイン(IL-6およびTNF-α)及びサイトカインメディエーター(HMGB1)の生成または分泌を、完全ではないものの抑制することができる。
【0034】
これらのサイトカイン(IL-6およびTNF-α)は、通常LPSによって強く誘導され、炎症反応の初期の段階で生成分泌される。特にTNF−αは炎症を仲介する主要因子であり、その放出はさらにIK−1βおよびIL−6のような他のサイトカインを活性化し、細胞の損傷に関わることも知られている(Bone RC. Crit Care Med1996;24:163-172)。またTNF−αは、敗血症性ショックと関係する初期のショック状態(つまり低血圧、熱)や臓器不全の病因に極めて重要な役割を果たしている(Russell JA. N Engl J Med2006;355:1699-1713)。実験例1に示すように、上記本化合物は、これらの炎症性サイトカインの生成または分泌を顕著に抑制することから、当該化合物によれば、かかる炎症性サイトカインが介在して発症したり悪化したりする疾患(サイトカイン介在疾患)を予防または改善できると考えられる。
【0035】
一方、IL−6は敗血症の重篤度や致死によく関連しており、敗血症の予測因子でもある(Remick DG, et al., Shock2002;17:463-467)。IL−6もまた、敗血症性ショックおよび臓器障害の病因に重要な役割を果たすと考えられている(Frink M, et al., Scand J Trauma Resusc Emerg Med. 2009 Sep 27;17(1):49.)。あるデータは、IL−6の上昇制御が、その後に生じるIL−6上昇に関連した細胞毒性や臓器障害に関係していることを示している(Frink M, et al., Scand J Trauma Resusc Emerg Med. 2009 Sep 27;17(1):49.)。さらには、IL−6の制御が臓器障害の軽減作用を有している可能性が示唆されている(Kimizuka K, et al., Am J Transplant. 2004 Apr;4(4):482-94.)。後述する実験例1において、LPSで誘導された炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-α)が、インビボで、本化合物の経口投与で減少することが確認された。本化合物の経口投与による炎症性サイトカインの抑制は、細胞に対する直接効果であるか、あるいは実験例1(2-4)に示すように、iNOSやICAM−1の発現抑制を介してサイトカイン生成を抑制することによる間接的な効果によるものであるかもしれないが、いずれにしても本化合物によれば、炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-α)の生成が抑制され、IL−6による細胞毒性は低下し、敗血症性ショックや臓器障害を改善することができると考えられる。
【0036】
これを裏付ける実験として、後述の実験例1(2-1)では、LPSで誘導される全身性炎症モデルラットにおいてみられる肺における急性臓器障害が、本化合物の経口投与により有意に予防ないし抑制されることを示している。
【0037】
また従来から、虚血再還流に起因する臓器障害が炎症性サイトカイン生成に関係していることが示唆されており、心筋と大脳の虚血再還流(I/R)によって炎症性サイトカインが増加することが報告されている(Zhang M, Chen L. Cardiovasc Hematol Disord Drug Targets. 2008 Sep;8(3):161-72.)。前述するよう本化合物は、炎症性サイトカインを低減させる作用を有するが、当該サイトカイン低減作用に基づいて血清サイトカイン濃度を著しく低下させる結果、腎虚血再還流障害や脳虚血再還流障害等の虚血性再還流障害が保護され防止できると考えられる。
【0038】
前述するように、実験例1(2-3)において、α−リポイルα−トコフェロールを始めとする本化合物は、LPSで誘導されたサイトカインメディエーター(HMGB1)の生成または分泌を抑制することができるが、当該HMGB1は、後期の炎症応答を増幅し、サイトカイン分泌を促進することが知られている物質である(van Zoelen MA, et al., Shock 2009;31:280-284)。また最近では、敗血症ショック時の末期の炎症性メディエーターとして、また虚血再還流障害の初期のメディエーターとして機能することが知られている(Tsung A, et al., J Exp Med 2005; 201:1135-1143)。
【0039】
以上のことから、本化合物は、炎症性サイトカイン、特にTNFαやIL−6が介在して発症若しくは悪化する疾患(サイトカイン介在疾患)、特に全身性炎症及びそれに付随する疾病(例えば、敗血症性ショック、急性臓器障害、臓器不全等)を予防または治療するための有効成分として有用であり、当該本化合物を有効成分とする本発明の医薬組成物は、かかるサイトカイン介在疾患の予防または治療剤、またサイトカイン介在疾患から保護する保護剤として有用である。
【0040】
本発明が対象とするサイトカイン介在疾患としては、炎症性疾患;パジェット病;骨粗鬆症;多発性骨髄腫;急性および慢性骨髄性白血病;膵臓β細胞破壊;炎症性腸疾患;成人呼吸促進症候群(ARDS);乾癬;クローン病;潰瘍性大腸炎;アナフィラキシー;接触性皮膚炎;喘息;筋変性症;悪液質;ライター症候群;I型およびII型糖尿病;骨吸収症;移植片対宿主反応;虚血再還流障害;アテローム性動脈硬化;脳外傷;多発性硬化症;大脳マラリア;敗血症;敗血症性ショック;毒素ショック症候群;発熱、および感染による筋肉痛を挙げることができる。
【0041】
特に本発明のサイトカイン介在疾患剤は、炎症性サイトカインが介在して発生する敗血症性ショック、急性臓器障害または臓器不全を予防又は治療する薬剤として、またさらに虚血再還流障害に対する臓器または組織の保護剤として有効に利用することができる。なお、虚血再還流障害(「虚血再灌流障害」ともいう)とは、虚血状態にある臓器や組織に血液再還流が生じたときに、その臓器や組織内の微小循環において種々の毒性物質の産生が惹起されることで引き起こされる障害である。かかる虚血再還流障害は、例えば脳梗塞、心筋梗塞及び腸間膜血管閉塞症などに対する再還流障害後や、臓器移植後にみられることが多い。その発生機序としては、スーパーオキシドやヒドロキシラジカル等の活性酸素や一酸化窒素などのフリーラジカル産生による障害、及び活性化好中球と血管内皮細胞の相互作用に基づく障害のほか、各種サイトカインなどのケミカルメディエーター産生による障害などが考えられている。虚血再還流障害は、虚血状態に陥った局所だけでなく、二次的に全身の主要臓器にも障害(遠隔臓器障害)をきたすことが知られている。特に脳、肺、肝臓、腎臓などが標的臓器となり、多臓器不全をもたらすこともある。
【0042】
本化合物を抗サイトカイン介在疾患剤の有効成分として用いる場合、目的と必要に応じて、本化合物のうち1種または2種以上を適宜組み合わせて含有させることもできる。本化合物のうち、好ましくは、上記式(I)中、R、RまたはRで示される低級アルキル基が、メチル基である化合物であり、より好ましくはR、RおよびRがいずれもメチル基であるα−リポイルα−トコフェロールである。
【0043】
本化合物は、抗サイトカイン介在疾患剤として、経口的にあるいは非経口的〔静脈投与、皮下投与、経皮投与、経肺投与、経粘膜投与(点鼻など)、直腸投与など〕に投与される。好ましくは経口投与である。抗サイトカイン介在疾患剤は、本化合物を、経口または非経口投与に通常用いられる薬学的に許容される担体(賦形剤、結合剤、崩壊剤、崩壊補助剤、滑沢剤、湿潤剤など)や添加剤などと混合し、顆粒剤、散剤、錠剤(糖衣錠を含む)、丸剤、バッカル剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤、硬カプセル剤を含む)、シロップ剤、液剤、乳剤、懸濁剤、クリーム剤、軟膏剤、点眼剤、注射剤、点滴剤、点鼻剤などの所望の形態に製剤化することにより調製することができる。
【0044】
特に本化合物は、水に不溶性の油溶性であるので、エマルジョンの形態に調製することも可能である。
【0045】
これらの製剤には通常用いられる薬学的に許容される担体、例えば、結合剤(例えば、シロップ、アラビアゴム、ゼラチン、ソルビット、トラガント、ポリビニルピロリドン)、賦形剤(例えば、乳糖、砂糖、コーンスターチ、リン酸カリウム、ソルビット、グリシン)、潤滑剤(例えば、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコール、シリカ)、崩壊剤(例えば、ジャガイモ澱粉)、湿潤剤(例えば、ラウリル硫酸ナトリウム)、増粘剤、分散剤等、またその他の添加剤として、再吸収促進剤、pH調整剤、界面活性剤、溶解補助剤、保存剤、乳化剤、等張化剤、安定化剤等を適宜使用してもよい。
【0046】
本化合物を抗サイトカイン介在疾患剤として使用する際の投与量は、使用する本化合物の種類、患者の体重や年齢、対象とする疾患の種類やその状態および投与方法などによっても異なるが、たとえば、本化合物の量に換算して、注射剤の場合は成人1日1回約1mg〜約30mg、錠剤等の経口投与剤の場合は、成人1日数回、1回量約1mg〜約100mg程度投与するのがよい。また、点眼剤等のような粘膜投与剤の場合は、成人1日数回、1回数滴、濃度が約0.01〜5(w/v)%の製剤を投与するのがよい。
【0047】
本化合物を含有する医薬組成物(抗サイトカイン介在疾患剤)には、本発明の目的に反しない限り、その他の抗炎症剤、抗サイトカイン介在疾患剤または別種の薬効成分を適宜含有させてもよい。
【実施例】
【0048】
以下、本発明の構成および効果を製造例及び実験例に基づいてより詳細に説明する。但し、これらの実験例等は一例であり、本発明はかかる実験例によって何ら拘束されるものではない。
【0049】
[製造例]
製造例1
α−リポイルα−トコフェロール(α−リポ酸 α−トコフェロールエステル)の製造
α‐リポ酸2.06g(0.01モル)およびトリエチルアミン1.1gをアセトニトリル20mlに溶かして−5℃に冷却しておき、撹拌しながら、これにクロロ炭酸エチル1.1gを徐々に滴下した。滴下終了後、5〜10分後に、さらにTHF 30mlにα−トコフェロール4.3g(0.01モル)を溶かしたもの(10〜20℃)を一挙に加えて15分間撹拌した。次いでこれを室温(25℃)に戻して、さらに約1時間撹拌した後、溶媒を留去した。残渣をイソプロピルエーテルで抽出して、抽出物を1%水酸化ナトリウムおよび水で洗い、イソプロピルエーテルを留去させることにより、残渣油状物を約6g得た。
【0050】
この残渣油状物を、順相のシリカゲル(和光純薬工業(株)製)を担体としたカラムクロマトグラフィーに供して、n−ヘキサンとイソプロピルエーテルを5:3の容量比で含む溶媒を用いて展開溶出して分画した(温度条件:室温(25℃))。各画分の一部を、それぞれ順相のシリカゲルを担体とした薄層クロマトグラフィーに供して、n−ヘキサンとイソプロピルエーテルを5:3の容量比で含む溶媒を用いて展開し、α−トコフェロールのスポットとα−リポ酸のスポットとの間に位置する新しいスポットの出現を確認した。かかるスポットを有する画分を集めて濃縮し、標記の目的化合物(α−リポイルα−トコフェロール)の淡黄色油状物3.5g(収率56.6%)を得た。斯くして製造したα−リポイルα−トコフェロールをIRに供した結果を図1に示す。図1に示すように、2850〜2980cm-1にα−トコフェロールに起因するメチレン基に相当するピークと、1730 cm-1にα−リポイルに起因するカルボキシル基に相当するピークが確認されたことから、当該化合物はα−リポイルα−トコフェロールの構造を備えていると判断された。
【0051】
また、得られたα−リポイルα−トコフェロールを順相のシリカゲルを担体とした薄層クロマトグラフィーに供して、n−ヘキサンとイソプロピルエーテルを5:3の容量比で含む溶媒を用いて展開したところ、単一スポットを示し、そのRfは0.43であった。
【0052】
製造例2
α−リポイルγ−トコフェロール(α−リポ酸 γ−トコフェロールエステル)の製造
α‐リポ酸を0.5g(0.0024モル)、トコフェロールとしてγ−トコフェロールを1.0g(0.0024モル)用いて、製造例1と同様に処理して、標記の目的化合物(α−リポイルγ−トコフェロール)の淡黄色油状物530mg(収率35.0 %)を得た。
【0053】
なお、得られたα−リポイルγ−トコフェロールを順相のシリカゲルを担体とした薄層クロマトグラフィーに供して、n−ヘキサンとイソプロピルエーテルを5:3の容量比で含む溶媒を用いて展開したところ、単一スポットを示し、Rfは0.42であった。
【0054】
製造例3
α−リポイルδ−トコフェロール(α−リポ酸 δ−トコフェロールエステル)の製造
α‐リポ酸を2.06g(0.01モル)、トコフェロールとしてδ−トコフェロールを4.0g(0.01モル)用いて、製造例1と同様に処理して、標記の目的化合物(α−リポイルδ−トコフェロール)の淡黄色油状物3.0g(51.0%)を得た。
【0055】
なお、得られたα−リポイルδ−トコフェロールを順相のシリカゲルを担体とした薄層クロマトグラフィーに供して、n−ヘキサンとイソプロピルエーテルを5:3の容量比で含む溶媒を用いて展開した結果、単一スポットを示し、Rfは0.41であった。
【0056】
製造例4
α−リポイルβ−トコフェロール(α−リポ酸 β−トコフェロールエステル)の製造
α‐リポ酸を0.5g(0.0024モル)、トコフェロールとしてβ−トコフェロールを1.0g(0.0024モル)用いて、製造例1と同様に処理して、標記の目的化合物(α−リポイルβ−トコフェロール)の淡黄色油状物550mg(収率36.3 %)を得た。なお、得られたα−リポイルβ−トコフェロールを順相のシリカゲルを担体とした薄層クロマトグラフィーに供して、n−ヘキサンとイソプロピルエーテルを5:3の容量比で含む溶媒を用いて展開した結果、単一スポットを示し、Rfは0.42であった。
【0057】
製造例1〜4で製造したα−リポ酸のトコフェロールエステルは、いずれも既存のトコフェロールに比べて、空気中に放置しても色調に変化がなく酸化が進んでないことを示し、安定性において優れていることが確認された。また、重合しやすく不安定なα−リポ酸と比べても格段に安定性に優れている。
【0058】
[実験例]
下記の実験において、α−リポイルビタミンE誘導体の一例として、下式で示されるα−リポイルα−トコフェロール(本化合物)を用いた。この化合物は親油性(油溶性)で、上記するように安定であることを特徴とする。
【0059】
【化5】

【0060】
実験例
腫瘍壊死因子α(TNF-α)およびインターロイキン-6(IL-6)のような前炎症性サイトカインの過剰発現は、ショックや臓器障害に関与している(Bhatia M, et al., J Pathol2004;202:145-156)。
【0061】
そこで下記の実験例では、上記本化合物が、サイトカイン(TNF-α、IL-6)の生成または分泌を阻害し、それにより、リポ多糖体(LPS)で誘導する全身性炎症モデルラット(敗血症モデルラット)における臓器障害を予防ないし改善するかどうかについて調べた。
【0062】
なお、データはすべて平均値±SDとして示し、一元配置分散分析(ANOVA)を使用して評価した。 p-値<0.05を統計的有意とした。
【0063】
(1)被験動物
体重250-300gの雄性ラット(Wister rat)を使用した。ラットはすべて、実験前後に食物と水を無制限に摂取できるようにした。研究は大分大学医学部の動物研究の倫理委員会によって承認された。すべてのプロトコルは国立衛生研究所(NIH)のガイドラインに沿って行った。麻酔は4%のセボフルラン(丸石製薬(株)製)を用いて行った。
【0064】
実験例1 LPS処置ラットに対するαリポイルビタミンEの影響
(1)試験方法
上記雄性ラットを無作為に、1)対照群、2)LPS群、3)リポイルビタミンE群(lipoyl-VE+LPS群)、及び4)ビタミンE群(VE+LPS群)の4群に分け、これらの各群に、胃管を用いて、1)生理食塩水(0.9% NaCl水溶液、以下同じ)、2)生理食塩水、3)リポイルビタミンE(1mmol/kg)、及び4)ビタミンE(1mmol/kg)をそれぞれ経口投与した。投与から1時間経過した後、2)〜4)の3群のラットにはLPS(10mg/kg)を尾静脈に静脈注射し、また1)の対照群には生理食塩水を尾静脈に静脈注射した。LPS又は生理食塩水の静注から3、6、及び12時間後に採血して血清サイトカイン(TNF-α、IL-6)濃度を測定して、その経時的変化を評価するとともに、静注から12時間後に各群のラットから肺を取り出し、摘出肺の組織について組織学的評価を行った。
【0065】
(2)試験結果
(2-1)光学顕微鏡分析
LPS又は生理食塩水の静注から12時間後に採取した各群(対照群、LPS群[生理食塩水+LPS]、Lipoyl-VE+LPS群)のラットの肺の組織標本を定法に従ってホルマリンに固定し、パラフィン内に埋設し、ミクロトーム上で切片を作成した。作成した切片をヘマトキシロンとエオシンで染色した。
【0066】
そのサンプルを分析し、村上の技術(Murakami K, et al., Shock2002;18:236-241)に基づいて肺障害の程度を決定した。肺実質中の24のエリアを、4つのパラメーター(鬱血、浮腫、炎症および出血)に関して0〜4の5段階に類別した(0:無しまたは正常にみえる、1:軽度、2:中度、3:重度、4:非常に重度)。
【0067】
肺組織の染色切片を光学顕微鏡で観察した結果を図2に示す。肺の組織変化は対照群(図1A〜C)では観察されなかったが、LPS群(生理食塩水+LPS群)の肺組織で顕著な間質性の浮腫および炎症細胞の浸潤がみとめられた(図1D〜F)。本化合物で処置した「Lipoyl-VE+LPS群」では、間質性の浮腫および炎症細胞の浸潤が、LPS群と比較して、顕著に低減されていた(図1G〜I)。肺組織に関する組織学的スコアの結果を図3に示す。これからわかるように、LPS群(白棒)の肺組織の組織学的スコアは、対照群(黒棒)のスコアと比較して、すべて著しく高く、本化合物で処置した「Lipoyl-VE+LPS群」(斜線棒)のスコアはその中間であった。
【0068】
この結果から、LPS投与で誘導される全身性炎症モデル動物(敗血症モデル動物)における肺組織の急性障害が、予め本化合物を投与しておくことにより有意に予防できることが判明した。
【0069】
(2-2)血清TNF−α、及びIL−6レベルに対するαリポイルビタミンEの影響
LPS又は生理食塩水の静注から3、6及び12時間後に、各群(対照群、LPS群[生理食塩水+LPS]、Lipoyl-VE+LPS群、VE+LPS群)のラットから採取した血液をサンプルとして、血清サイトカイン濃度(TNF-α、IL-6)を測定し、血清サイトカインに対する本化合物の影響を調べた。なお、血清中のTNF-αおよびIL−6の濃度は、市販のELISAキットとTNF-αおよびIL−6のそれぞれに対するラット特異的モノクローナル抗体(Invitrogen社)を用いて分析した。吸光度は540nmで測定した(バイオ・ラッド・ラボラトリーズ)。
【0070】
血清中のTNF-α濃度及びIL−6濃度の経時的変化を、図4A及びBにそれぞれ示す。
【0071】
血清中のTNF−α濃度は、対照群では増加は認められなかったが(結果示さず)、LPS群(---□---)、Lipoyl-VE+LPS群(―●―)、及びVE+LPS群(―▲―)では増加が認められ、いずれもLPS投与後3時間でピークに達した。しかし、その増加の程度は、Lipoyl-VE+LPS群(―●―)は、LPS群(---□---)と比較して著しく低く、さらにVE+LPS群(―▲―)と比較しても有意に低かった(図4A)。同様に、血清中のIL−6濃度は、対照群では増加は認められなかったが(結果示さず)、LPS群(---□---)、Lipoyl-VE+LPS群(―●―)、及びVE+LPS群(―▲―)はともに、LPS投与後3時間でピークに達した (図4B)。しかし、その増加の程度は、TNF−α濃度と同様に、LPS群(---□---)及びVE+LPS群(―▲―)と比較して、Lipoyl-VE+LPS群(―●―)では有意に低かった(図4B)。
【0072】
これらの結果から、LPS投与(LPS刺激)によって誘導されるサイトカイン(TNF-α、IL-6)はいずれも本化合物により有意に抑制されることが判明した。
【0073】
(2-3)血清HMGB1レベルに対するαリポイルビタミンEの影響
HMGB1(high-mobility group box1 protein)は、30kDの非ヒストン性染色体関連タンパク質であり(Bianchi ME, et al., Science, 1898;243:1056-1059)、その血清中の濃度は、重度の敗血症や敗血症ショックにより増加することが報告されている(Wang H, et al., Science 1999; 285:248-251)。また、HMGB1は、後期の炎症応答を増幅し、サイトカイン分泌を促進することが知られているが(サイトカインメディエーター)(van Zoelen MA, et al., Shock 2009;31:280-284)、最近、敗血症ショック時の末期の炎症性メディエーターとして、また虚血再還流障害の初期のメディエーターとして機能することがわかっている(Tsung A, et al., J Exp Med 2005; 201:1135-1143)。また、局所的な疾患では、関節リウマチや炎症性腸疾患などでもHMGB1濃度が上昇することが報告されている。
【0074】
LPS又は生理食塩水の静注から3、6及び12時間後に、各群(対照群、LPS群[生理食塩水+LPS]、Lipoyl-VE+LPS群)のラットから採取した血液をサンプルとして、血清HMGB1濃度を測定し、血清HMGB1に対する本化合物の影響を調べた。なお、血清中HMGB1の濃度は、市販のELISAキットとHMGB1に対するラット特異的モノクローナル抗体(Invitrogen社)を用いて分析した。吸光度は540nmで測定した(バイオ・ラッド・ラボラトリーズ)。
【0075】
血清中のHMGB1濃度の経時的変化を、図5にそれぞれ示す。
【0076】
血清中のHMGB1濃度は、対照群では増加は認められなかったが(結果示さず)、LPS群(―■―)、及びLipoyl-VE+LPS群(―●―)では経時的に増加が認められ、いずれもLPS投与後12時間でピークに達した。しかし、その増加の程度は、LPS群(―■―)と比較して、Lipoyl-VE+LPS群(―●―)では著しく低かった(図5)。
【0077】
この結果から、LPS投与(LPS刺激)によって誘導されるHMGB1は本化合物の投与により有意に抑制されることが判明した。
【0078】
(2-4)iNOS、ICAM−1及びHMGB1の発現に対するリポイルビタミンEの影響
各群(対照群、LPS群、Lipoyl-VE+LPS群)のラットの肺組織中の、iNOS(inducible nitric oxide synthase)、ICAM−1(Intercellular adhesion molecule-1)及びHMGB1の発現状況を、Western blottingを用いて調べた。結果を図6に示す。図6に示すように、LPS群では、iNOS、ICAM−1及びHMGB1の発現がいずれも増加していたのに対して、lipoyl-VE+LPS群では、それらの増加が顕著に抑制されていた。
【0079】
この結果から、本化合物による炎症性サイトカインの誘導抑制作用は、本化合物がiNOS、ICAM−1及びHMGB1等の炎症性分子の発現を抑制することを一つのメカニズムとすることが示唆される。つまり、本化合物は、炎症のカギとなるタンパク質の発現を抑制し、それに基づいて抗炎症作用を発揮するものと考えられる。
【0080】
結論として、上記の実験例から、本化合物は、炎症性サイトカインの分泌を抑制することで、炎症性サイトカインが介在する各種の疾患、例えば、炎症や炎症が関係する各種の疾患、並びにそれによって生じる臓器や組織の障害の発生を阻止する作用を有していると考えられる。つまり、本化合物による処置で、炎症だけでなく、並びに敗血症性ショックや虚血再還流によって生じる各種臓器の障害(急性臓器障害、臓器不全)も保護し防止できると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)で示されるαリポイルビタミンE誘導体:
【化1】

(式中、R、RおよびRは、同一または異なって、水素原子または炭素数1〜3の低級アルキル基を示す)。
【請求項2】
上記炭素数1〜3の低級アルキル基がメチル基である、(I-1)に記載するαリポイルビタミンE誘導体。
【請求項3】
一般式(I)において、R、RおよびRがいずれもメチル基である、(I-1)に記載するαリポイルビタミンE誘導体。
【請求項4】
αリポ酸と下記一般式(II)で示されるビタミンE誘導体とをエステル結合する工程を有する、(I-1)乃至(I-3)のいずれかに記載するαリポイルビタミンE誘導体(I)の製造方法:
【化2】

(式中、R、RおよびRは、同一または異なって、水素原子または炭素数1〜3の低級アルキル基を示す)。
【請求項5】
請求項1乃至3のいずれかに記載するαリポイルビタミンE誘導体(I)を有効成分とする、医薬組成物。
【請求項6】
サイトカイン介在疾患を予防または治療するための抗サイトカイン介在疾患剤である、請求項5記載の医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−229179(P2012−229179A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−98639(P2011−98639)
【出願日】平成23年4月26日(2011.4.26)
【出願人】(304028726)国立大学法人 大分大学 (181)
【出願人】(502384060)有限会社オガ リサーチ (14)
【Fターム(参考)】