説明

α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の製造方法

【課題】α,β−不飽和カルボニル化合物の不飽和結合をジオール化してα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物を高収率かつ高転換率で製造することができる方法を提供する。
【解決手段】α,β−不飽和カルボニル化合物から、酸化剤を用いてジオール化することによりα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物を製造する方法であって、該製造方法は、モリブデン元素を含有する化合物を共存させてジオール化する工程を行うα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の製造方法に関する。より詳しくは、各種工業品の原料に用いられるα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物をα,β−不飽和カルボニル化合物から製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物は、カルボニル基に隣接するα,β位に水酸基を有する化合物であり、医薬、農薬、食品、触媒、高分子化合物等、各種工業製品の原料、中間体や、添加剤及び改質剤として用いられている化合物である。このようなα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物を得る方法としては、(メタ)アクリル酸等の不飽和二重結合を有するα,β−不飽和カルボニル化合物から酸化剤を用いてジヒドロキシル化をする反応を用いた方法があり、様々な触媒や酸化剤を用いた反応が研究されている。中でも酸化剤としては、反応性が高く、また、反応後の生成物が水のみであり、環境に配慮したクリーンなプロセス構築が可能であることから、過酸化水素(H)が好適に用いられている。
【0003】
を酸化剤として用いて、α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物を得る方法としては、メチルグリセリン酸の製造に関し、タングステンを触媒に用いたメタクリル酸からメチルグリセリン酸の合成方法が開示されている。(例えば、非特許文献1及び特許文献1参照。)。このような方法においては、メタクリル酸と過酸化水素とを、水性媒体中、タングステン酸又はそのアルカリ塩および、随意成分よりなる触媒の存在下、反応させ、メチルグリセリン酸を取得することになる。しかしながら、メチルグリセリン酸の収率が基質ベースで75〜77%にとどまり、メタクリル酸の転換率も81〜87%にとどまることから、未反応メタクリル酸の抽出回収のために、爆発の危険性が高いジエチルエーテルを使用し、目的物であるメチルグリセリン酸を晶析により回収することになる。
【0004】
を酸化剤として用いて、不飽和結合をジオール化する方法としては、Mo触媒を用いたアルケンからジオール化合物の製造方法があり、モリブデン担持固体触媒の存在下に、オレフィンと過酸化水素を反応させることを特徴とするジオール類の製造方法が開示されている(例えば、特許文献2参照。)。この方法においては、オレフィンとして直鎖状又は分岐状オレフィン;多環式又は縮合環式のシクロオレフィンが例示されており、実施例においては、モリブデン触媒を使用して、4−ビニルシクロヘキセン及びインデンをジオール化する反応が記載されている。しかしながら、基質として、α,β−不飽和カルボニル化合物は例示されておらず、モリブデン触媒の他の金属触媒に比べた特異性や優位性については開示されていない。また、tert−ブチルアルコールを溶媒として使用する場合は、tert−ブチルエーテルが併産し、ジオールの選択率が低く、反応の選択性を改善する工夫の余地があった。
【0005】
不飽和脂肪酸及び/又はその誘導体のジヒドロキシル化に関し、タングステン及び/又はモリブデン触媒の存在下に不飽和脂肪酸をHと接触させて脂肪酸アルケン部位をジオール化する方法が開示されている(例えば、特許文献3参照。)。また、タングステン触媒を用いた同様の反応として、不飽和脂肪酸としてオレイン酸を用いたものが開示されている(例えば、非特許文献2参照。)。しかしながら、モリブデン触媒の他の金属触媒に比べた特異性や優位性については開示されていない。
また不飽和化合物の触媒による水酸化に関し、各種金属触媒についてHを用いたアルケンからジオールの製造方法が開示されている(例えば、非特許文献3参照。)。ここでは、各種金属触媒について、アルケンとしてアリルアルコールを用いた場合のジオール化に対する触媒活性を比較しており、モリブテン触媒はタングステン触媒に比較して活性が低いことが示されている。しかしながら、基質としてアリルアルコール以外の不飽和化合物を使用してジオール化反応をするための工夫の余地があった。
【0006】
【非特許文献1】アン(An,Z.-w.)、他2名、「シンセシス(Synthesis)」、(米国)、1992年、p.273−275.
【特許文献1】特公平5−58417号公報(第1−3頁)
【特許文献2】特開2003−64008号公報(第1−2頁)
【特許文献3】国際公開第00/44704号パンフレット
【非特許文献2】ロン(T. M. Luong)、他2名、「ザ ジャーナル オブ ジ アメリカン オイル ケミスツ ソサエティ(The Journal of the American Oil Chemists’ Society)」、(米国)、1967年、第44巻、p.316−320.
【非特許文献3】マダン(M. Mugdan)、他1名、「ジャーナル オブ ザ ケミカル ソサイエティ、(Journal of the Chemical Society)」、(英国)、1949年、p.2988−3000.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたものであり、α,β−不飽和カルボニル化合物の不飽和結合をジオール化してα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物を高収率かつ高転換率で製造することができる方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の製造方法について種々検討したところ、基質として単純アルケンをジオール化する場合は、タングステン触媒が高い活性を有するが、基質としてα,β−不飽和カルボニル化合物を用いる場合としては、触媒の基質特異性に起因して、モリブデン触媒がタングステン等の他の金属触媒より高活性であることを見いだした。また、溶媒として水を用いることもできるため、工業的規模でも安全に行え、モリブデン触媒の特性に起因して、反応の収率及び原料の転換率を向上させ、目的化合物の生産性を高めることができることも見いだし、上記課題をみごとに解決することができることに想到し、本発明に到達したものである。
【0009】
すなわち本発明は、α,β−不飽和カルボニル化合物から、酸化剤を用いてジオール化することによりα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物を製造する方法であって、上記製造方法は、モリブデン元素を含有する化合物を共存させてジオール化する工程を行うα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の製造方法である。
以下に本発明を詳述する。
【0010】
本発明のα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の製造方法においては、α,β−不飽和カルボニル化合物と酸化剤とを、モリブデン元素(Mo)を含有する化合物の共存下において反応させて、α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物を得るものである。本発明においてα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物とは、カルボニル基に隣接するα炭素原子と、α炭素原子に隣接するβ炭素原子のそれぞれに水酸基が結合している構造を有する化合物を意味し、上記化合物を合成する反応をジオール化と呼ぶ。このようなα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物は、分子内にカルボニル基に隣接して不飽和結合を有する化合物であるα,β−不飽和カルボニル化合物を反応基質として本発明の製造方法を実施した場合、好適に得ることができる。
上記α,β−不飽和カルボニル化合物としては、下記一般式(1);
【0011】
【化1】

【0012】
(式中、R、R、R及びRは、同一若しくは異なって、原子若しくは原子団を表す。)で表される化合物であることが好ましい。
【0013】
上記α,β−不飽和カルボニル化合物から本発明の製造方法により得られるα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物としては、上記一般式(1)における不飽和結合に水酸基が付加したものであり、下記一般式(2);
【0014】
【化2】

【0015】
(式中、R、R、R及びRは、上記一般式(1)におけるR、R、R及びRと同じである。)で表される化合物であることが好ましい。
【0016】
上記一般式(1)及び(2)におけるR、R、R及びRとしては、水素原子、水酸基、メチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチル、ヘキシル、ヘプチル、オクチル、ノニル、デシル、ウンデシル、ドデシル、トリデシル、テトラデシル、ペンタデシル、ヘキサデシル、ヘプタデシル、オクタデシル、ノナデシル等の直鎖飽和アルキル基;イソプロピル、イソブチル、イソペンチル、イソヘキシル、イソヘプチル、イソオクチル、イソノニル、イソデシル等の分岐飽和アルキル基;シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、メチルシクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロオクチル、シクロノニル、シクロデシル等の脂環式飽和アルキル基;フェニル、アリール(例えば、メチルフェニル、ジメチルフェニル、エチルフェニル、プロピルフェニル、メトキシフェニル、ジメトキシフェニル、フルオロフェニル、ジフルオロフェニル、トリフルオロフェニル、テトラフルオロフェニル、ペンタフルオロフェニル、クロロフェニル、ジクロロフェニル、トリクロロフェニル、ブロモフェニル、ジブロモフェニル、トリブロモフェニル等)、アリールアルキル(例えば、ベンジル、メトキシベンジル、ジメトキシベンジル等)等の芳香族基含有基等が好適である。また、上記飽和アルキル基に対応する不飽和結合含有基であってもよく、例えば、エテニル、プロペニル、ブテニル、ペンテニル、ヘキセニル、ヘプテニル、オクテニル、ノネニル、デセニル、ウンデセニル、ドデセニル、トリデセニル、テトラデセニル、ペンタデセニル、ヘキサデセニル、ヘプタデセニル、オクタデセニル、ノナデセニル、エチニル、プロピニル、ブチニル、ペンチニル、ヘキシニル、ヘプチニル、オクチニル、ノニニル、デシニル、ウンデシニル、ドデシニル、トリデシニル、テトラデシニル、ペンタデシニル、ヘキサデシニル、ヘプタデシニル、オクタデシニル、ノナデシニル等が好ましい。
【0017】
上記R、R、R及びRとしては、例えば、エステル基、ニトリル基、カルボン酸基、エーテル基や、水酸基、ハロゲン基、イソニトリル基、シアナート基、イソシアナート基、チオシアナート基、イソチオシアナート基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホキシド基、スルホン基、ニトロ基、ニトロソ基、スルホン酸基、カルボニル基(例えば、ケトンやアルデヒド)、アミン基、アミンオキシド基、ニトロン基、アミド基、アジド基、アセタール基、アゾ基、アゾキシ基、アジン基、イミノ基、イミド基、エナミン基、エナミド基、オルトエステル基、ジアゾ基、ジアゾニウム基、ケタール基、オニウム塩、複素環式化合物、ヘテロ芳香族化合物、ヘテロ元素等を有する原子団が好適である。
【0018】
上記R、R、R及びRとしては、好ましくは、水素原子、水酸基、直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基、脂環式飽和アルキル基、芳香族基含有基、直鎖不飽和アルキル基、分岐不飽和アルキル基、脂環式不飽和アルキル基、及び、エステル基、ニトリル基、カルボン酸基、エーテル基、水酸基、ハロゲン基、スルホン酸基、カルボニル基、アミド基、イミド基、オニウム塩、複素環式化合物、ヘテロ元素を含有する原子団である。中でも、水素原子、水酸基、炭素数1以上60以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基、脂環式飽和アルキル基、芳香族基含有基、直鎖不飽和アルキル基、分岐不飽和アルキル基、脂環式不飽和アルキル基、及び、炭素数0以上60以下のエステル基、ニトリル基、カルボン酸基、エーテル基、水酸基、ハロゲン基、スルホン酸基、カルボニル基、アミド基、イミド基、オニウム塩、複素環式化合物、ヘテロ元素を含有する原子団が好ましい。より好ましくは、水素原子、水酸基、炭素数1以上30以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基、脂環式飽和アルキル基、芳香族基含有基、直鎖不飽和アルキル基、分岐不飽和アルキル基、脂環式不飽和アルキル基、及び、炭素数0以上30以下のエステル基、ニトリル基、カルボン酸基、エーテル基、水酸基、スルホン酸基、カルボニル基、オニウム塩を有する原子団である。更に好ましくは、水素原子、水酸基、炭素数1以上18以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基、脂環式飽和アルキル基、及び、炭素数0以上18以下のエステル基、カルボン酸基、エーテル基、水酸基、スルホン酸基、オニウム塩を有する原子団である。R、R、Rは、結合し、環構造を形成してもよい。
【0019】
上記一般式(1)及び(2)において、R、R、R及びRを有する好適なアシル基としては、具体的には、アクリロイル基、メタクリロイル基、クロトノイル基、イソクロトノイル基、マレオイル基、無水マレオイル基、フマロイル基、シトラコノイル基、無水シトラコノイル基、メサコノイル基、アントロポイル基、シンナモイル基等のカルボニル化合物等が好適である。
また上記α,β−不飽和カルボニル化合物としては、α,β−三重結合カルボニル化合物であってもよい。
【0020】
上記一般式(1)及び(2)において、Rとしては、上記R、R、R及びRに例示の各種官能基に加えて、Rが−ORで表される化合物が好適である。Rとしては、上記R、R、R及びRに例示の各種官能基が好ましく、水素原子、水酸基、直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基、脂環式飽和アルキル基、芳香族基含有基、直鎖不飽和アルキル基、分岐不飽和アルキル基、脂環式不飽和アルキル基、及び、エステル基、ニトリル基、カルボン酸基、エーテル基、水酸基、スルホン酸基、カルボニル基、アミド基、イミド基、オニウム塩、複素環式化合物、ヘテロ元素を含有する原子団が好ましい。より好ましくは、水素原子、炭素数1以上30以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基、脂環式飽和アルキル基、芳香族基含有基、直鎖不飽和アルキル基、分岐不飽和アルキル基、脂環式不飽和アルキル基、及び、炭素数0以上30以下のエステル基、ニトリル基、カルボン酸基、エーテル基、水酸基、スルホン酸基、カルボニル基、オニウム塩を有する原子団である。更に好ましくは、水素原子、炭素数1以上18以下の直鎖飽和アルキル基、分岐飽和アルキル基、脂環式飽和アルキル基、及び、炭素数0以上18以下のカルボン酸基、エーテル基、水酸基、スルホン酸基、オニウム塩を有する原子団である。R、Rは、R、R、Rと結合し、環構造を形成してもよい。
【0021】
上記α,β−不飽和カルボニル化合物の具体例としては、アクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸プロピル、アクリル酸ブチル、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸プロピル、メタクリル酸ブチル、エチレングリコールモノアクリレート、エチレングリコールジアクリレート、ジエチレングリコールモノアクリレート、ジエチレングリコールジアクリレート、エチレングリコールモノメタクリレート、エチレングリコールジメタクリレート、ジエチレングリコールモノメタクリレート、ジエチレングリコールジメタクリレート、シクロヘキシルアクリレート、シクロヘキシルメタクリレート、アクリル酸ビニル、メタクリル酸ビニル、アクリロイルピリジン、アクリロイルピペリジン、メチロールプロペン酸、メチレンラクトン、アクリロニトリル、アクリルアミド、アクリル酸をモノマーとして用いた不飽和結合含有ポリマー、メタクリル酸をモノマーとして用いた不飽和結合含有ポリマー、クロトン酸、イソクロトン酸、マレイン酸、無水マレイン酸、フマル酸、シトラコン酸、無水シトラコン酸、メサコン酸、マレイン酸モノエステル、フマル酸モノエステル、シトラコン酸モノエステル、メサコン酸モノエステル、2−ヘキセンカルボン酸、3−メチル−2−ブタン酸、2−メチル−2−ブタン酸、1,4−シクロヘキサジエン−1−カルボン酸、4−メチル−1,4−シクロヘキサジエン−1−カルボン酸、1−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸、4,5−ジメチル−1,4−シクロヘキサジエン−1,2−ジカルボン酸、イタコン酸等が好適である。これらの中でも、アクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸プロピル、アクリル酸ブチル、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸プロピル、エチレングリコールモノアクリレート、エチレングリコールジアクリレート、ジエチレングリコールモノアクリレート、エチレングリコールモノメタクリレート、エチレングリコールジメタクリレート、ジエチレングリコールモノメタクリレート、メチロールプロペン酸、メチレンラクトン、アクリロニトリル、アクリルアミド、クロトン酸、マレイン酸、無水マレイン酸、フマル酸、マレイン酸モノエステル、フマル酸モノエステル、2−ヘキセンカルボン酸、イタコン酸がより好ましく、アクリル酸、メタクリル酸、メチロールプロペン酸、メチレンラクトン、クロトン酸、マレイン酸、無水マレイン酸、フマル酸、マレイン酸モノエステル、フマル酸モノエステル、イタコン酸が更に好ましい。
【0022】
上記酸化剤としては、過酸化物、過酸、酸素、酸素−水素混合ガス等が好適である。過酸化物としては、α−メチルベンジルハイドロパーオキシド、α,α−ジメチルベンジルハイドロパーオキシド、tert−ブチルハイドロパーオキシド、tert−アミルハイドロパーオキシド、過酸化水素、過酸化ナトリウム等が好ましい。過酸としては、例えば、過酢酸、ペルオキシプロピオン酸、ペルオキシイソプロピオン酸、ペルオキシブタン酸、ペルオキシイソブタン酸、過硫酸、過リン酸等が好適である。これらの中でも、α−メチルベンジルハイドロハイドロパーオキシド、α,α−ジメチルベンジルハイドロパーオキシド、tert−ブチルハイドロパーオキシド、tert−アミルハイドロパーオキシド、過酸化水素、過酢酸が好ましく、反応終了後の中和工程等の処理が不要で、生成物が水のみである過酸化水素がより好ましい。過酸化水素を酸化剤に用いた場合、上記モリブデン含有化合物は、反応終了後に残存する過酸化水素を系中で効率的に分解除去できるため、工業的な過酸化水素分解除去工程を削除もしくは低減することが可能である。
【0023】
上記酸化剤として、過酸化水素を用いて本発明の製造方法を実施する場合、α,β−不飽和カルボニル化合物のとして(メタ)アクリル酸(すなわち、アクリル酸、メタクリル酸)を使用すると、α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物としては、(メチル)グリセリン酸(すなわち、グリセリン酸、メチルグリセリン酸)を得ることができる。このように、上記製造方法が、過酸化水素を酸化剤に用いて、モリブデン元素を含有する化合物を共存させて(メタ)アクリル酸をジオール化する工程を行うことによって(メチル)グリセリン酸を製造するα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の製造方法である形態は、本発明の好ましい形態の一つである。
【0024】
本発明におけるモリブデン含有化合物としては、酸化モリブデン、モリブデン酸、モリブデン酸アンモニウム、モリブデン酸リチウム、モリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウム、モリブデン酸ルビジウム、モリブデン酸セシウム、モリブデン酸マグネシウム、モリブデン酸カルシウム、モリブデン酸バリウム、フッ化モリブデン、塩化モリブデン、臭化モリブデン、ヨウ化モリブデン、ジオキソビス(アセチルアセトナート)モリブデンに代表される有機配位子含有モリブデン錯体等、モリブデン(Mo)を必須成分とするものであればよい。より好ましくは、酸化モリブデン、モリブデン酸、モリブデン酸アンモニウム、モリブデン酸ナトリウムである。Moを必須成分とするものとすると、α,β−不飽和カルボニル化合物のジオール化反応によるα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物への転換率を高め、より効率的にα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物を製造することができる。
上記モリブデン含有化合物におけるMoの含有量としては、触媒を構成する元素全体に対して0.001質量%以上であることが好ましい。より好ましくは、0.01質量%以上である。
【0025】
上記モリブデン含有化合物はまた、リンモリブデン酸、ケイモリブデン酸、リンタングストモリブデン酸、リンモリブデン酸ナトリウム、リンモリブデン酸カリウム、リンタングストモリブデン酸ナトリウム、リンタングストモリブデン酸カリウム、七モリブデン酸六アンモニウム等に代表されるポリオキソメタレートであることが好ましい。ポリオキソメタレートとは、単核オキソ酸塩の縮合により生成した多核オキソ酸塩である。この場合、触媒のすべてがポリオキソメタレートであってもよく、触媒の一部にポリオキソメタレート以外の化合物を含んでいてもよい。また、モリブデン含有化合物におけるMoがポリオキソメタレートであってもよく、モリブデン含有化合物におけるMo以外の化合物がポリオキソメタレートであってもよい。使用されるポリオキソメタレートの構成元素は特に限定されるものではない。また構造も特に限定されず、ケギン型、ドーソン型、アンダーソン型、サンドイッチ型等の構造であってもよく、その一部が欠損した、一欠損及び/又は二欠損及び/又は三欠損部位を有する構造であってもよい。ポリオキソメタレート骨格を構成する成分となる前駆体を加え、系中でポリオキソメタレート骨格やそれに類似の骨格を形成させてもよい。
【0026】
上記モリブデン含有化合物としては、モリブデン元素を必須成分とするものである限り、その他の化合物を含有していてもよい。その他の化合物に含まれる元素としては、例えば、スカンジウム、イットリウム、ランタン、セリウム、サマリウム、ユーロピウム、イッテルビウム、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、バナジウム、ニオブ、タングステン、レニウム、亜鉛、ホウ素、アルミニウム、ガリウム、インジウム、錫、鉛、リン、砒素、アンチモン、ビスマス、硫黄、セレン、及び、テルル等が好適である。これらの中でも、スカンジウム、ランタン、イッテルビウム、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、バナジウム、ニオブ、タングステン、レニウム、亜鉛、ホウ素、アルミニウム、錫、リン、ビスマスがより好ましい。
上記モリブデン含有化合物がその他の化合物を含有するとは、その他の化合物を構成成分として有する形態にあること、又は、その他の化合物が、モリブデン含有化合物と、反応系中で共存した形態にあることであり、例えば、混合物、複合酸化物や塩等の形態が好適である。液相均一系反応の場合には、溶媒中に溶解し、解離した状態であってもよい。また、モリブデン含有化合物と、その他の化合物を別々に触媒として系中に投入し共存させることも可能である。触媒がポリオキソメタレートである場合には、ヘテロ原子やポリ原子として組み込まれ、共存してもよいし、カウンターカチオンとして共存してもよい。
【0027】
上記モリブデン含有化合物がその他の化合物を含有する場合において、モリブデン含有化合物が、その他の化合物を構成成分として有する場合、上記その他の化合物は、モリブデン含有化合物100質量部に対して、0.0001質量部以上であることが好ましく、また、99質量部以下であることが好ましい。より好ましくは、0.001質量部以上であり、また、98質量部以下である。
また上記その他の化合物が、モリブデン含有化合物と、反応系中で共存した形態にある場合、上記その他の化合物は、触媒100質量部に対して、0.0001質量部以上であることが好ましく、また、1000000質量部以下であることが好ましい。より好ましくは、0.001質量部以上であり、また、900000質量部以下である。
【0028】
上記製造方法における触媒の使用形態としては、触媒を液相に溶解させて行う均一系の形態、若しくは、触媒を液相に懸濁させたり、又は、触媒を固相として反応を行う不均一系の形態が挙げられ、いずれの形態であってもよい。均一系反応の場合には、必要であれば、触媒はイオン交換樹脂等に吸着させることにより分離回収することが可能である。多孔質担体としては、シリカ、アルミナ、ジルコニア、チタニア、酸化亜鉛、酸化錫、酸化マグネシウム、酸化ニオブ、酸化ランタニド、酸化バリウム、酸化タングステン、酸化モリブデン、酸化バナジウム、複合酸化物、ハイドロタルサイト、アパタイト、セピオライト、モンモリロナイトのような粘土化合物、リン酸亜鉛、リン酸アルミニウム、リン酸バナジウム、リン酸ランタニド、活性炭、ゼオライト、ポリオキソメタレート、イオン交換樹脂等が好適であり、1種又は2種以上を用いることができる。
【0029】
上記触媒の使用量としては、反応基質100質量部に対して0.0001質量部以上であることが好ましく、また、10000000質量部以下であることが好ましい。触媒を10000000質量部より多量に加えても基質からα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物への転換率をそれ以上高める効果は得られず、また、触媒の使用量が0.0001質量部より少量であると、基質からジオール化合物への転換率を充分に高めることができないことになる。より好ましくは、0.001質量部以上であり、また、9000000質量部以下である。
【0030】
本発明において、α,β−不飽和カルボニル化合物と酸化剤との反応は、中性〜酸性条件下で行うことが好ましく、反応溶液のpHとしては、0.05以上、7.5以下であることが好ましい。より好ましくは、0.1以上、5.0以下である。更に好ましくは、0.2以上、4.5以下である。酸性条件下で行うと、反応基質のジオール化合物への転換率を高めることができる。
【0031】
上記α,β−不飽和カルボニル化合物と酸化剤との反応を酸性条件下で行うために、反応系にブレンステッド酸性物質、ルイス酸性物質や、緩衝剤物質を加えることにより反応系を酸性にすることができ、反応活性を高めることが可能となる。ブレンステッド酸性物質、及び、ルイス酸性物質としては、塩酸、硝酸、リン酸、ヒ酸、硫酸、セレン酸、テルル酸、トリフルオロメタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸、スカンジウムトリフラート、硝酸スカンジウム、硫酸スカンジウム、ランタントリフラート、硝酸ランタン、硫酸ランタン、酸化硫酸チタン、硫酸チタン、硫酸ジルコニウム、塩化ジルコニウム、臭化ジルコニウム、酸化硫酸バナジウム、硫酸バナジウム、硝酸亜鉛、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、ホウ酸、硝酸アルミニウム、塩化アルミニウム、塩化ガリウム、硝酸インジウム、塩化錫、塩化アンチモン、硝酸ビスマス、リン酸ビスマス等が好ましく、緩衝材物質としては、塩化カリウム−塩酸溶液、フタル酸水素カリウム−塩酸溶液、グリシン−塩化ナトリウム−塩酸溶液、クエン酸ナトリウム−塩酸溶液、クエン酸カリウム−クエン酸溶液、クエン酸二水素カリウム−塩酸溶液、酒石酸−酒石酸ナトリウム溶液等が好ましい。これらは1種又は2種以上用いてもよい。より好ましくは、塩酸、硝酸、リン酸、硫酸、パラトルエンスルホン酸、硝酸ランタン、硫酸チタン、硫酸ジルコニウム、硝酸亜鉛、酢酸亜鉛、ホウ酸、硝酸アルミニウム、塩化錫、塩化カリウム−塩酸溶液、グリシン−塩化ナトリウム−塩酸溶液、酒石酸−酒石酸ナトリウム溶液等である。上記物質を用いる場合、予め触媒を上記物質によって処理してもよく、α,β−不飽和カルボニル化合物を酸化剤と反応させる反応において、反応系中に共存させてもよい。
【0032】
上記α,β−不飽和カルボニル化合物と酸化剤との反応の反応条件としては、例えば、反応温度は、−10℃以上が好ましく、また、250℃以下が好ましい。より好ましくは、0℃以上、200℃以下である。反応時間は、0.2時間以上が好ましく、また、48時間以下が好ましい。より好ましくは、0.5時間以上、40時間以下である。また、反応初期の気圧としては、0.1atm以上、150atm以下が好ましい。より好ましくは、0.5atm以上、120atm以下である。
【0033】
本発明のα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の製造方法に用いる溶媒としては、反応の基質、生成物及び触媒その他、反応に悪影響を及ぼさないものである限り特に限定されず、例えば、水、メタノール、エタノール、ノルマル又はイソプロパノール、第3級ブタノール等の炭素数1〜6の第1、2、3級の一価アルコール;エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン等の多価アルコール;ジエチレングリコール、トリエチレングリコール等のエチレンオキシド、プロピレンオキシドが開環したオリゴマー類;エチルエーテル、イソプロピルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフラン、シクロペンチルメチルエーテル等のエーテル類;酢酸エチル、多価アルコールの蟻酸エステル又は酢酸エステル等のエステル類;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、アセチルアセトン等のケトン類;イソプロピルアルデヒド、イソブチルアルデヒド、ベンズアルデヒド等のアルデヒド類;アセトニトリル、ブチロニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル類;ジメチルホルムアミド、ニトロメタン等の窒素化合物;リン酸トリエチル、リン酸ジエチルヘキシル等のリン酸エステル等のリン化合物;クロロホルム、ジクロロメタン、ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素;ノルマルヘキサン、ノルマルヘプタン等の脂肪族炭化水素;トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素;シクロヘキサン、シクロペンタン等の脂環式炭化水素等が好適である。
これらの溶媒の中でも、水、第1、2、3級の一価アルコール、エーテル類、エステル類、ケトン類、アルデヒド類、ニトリル類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素等が好ましい。より好ましくは、水、メタノール、エタノール、第1級ブタノール、第3級ブタノール、イソプロパノール、へキサノール、シクロヘキサノール、ジオキサン、テトラヒドロフラン、シクロペンチルメチルエーテル、酢酸エチル、イソプロピルアルデヒド、イソブチルアルデヒド、アセトニトリル、ブチロニトリル、ベンゾニトリル、ノルマルヘキサン、トルエン、キシレン等である。更に好ましくは、溶媒に0.01質量%以上の水が含まれていることである。基質が水に溶解する場合には、有機溶媒を使用しないことも可能である。
【0034】
上記溶媒の添加量としては、特に限定されないが、反応基質100質量部に対して、0.0001質量部以上とすることが好ましく、また、10000000質量部以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.001質量部以上であり、また、9000000質量部以下である。なお、基質が液体である場合には、無溶媒での反応も可能である。
【0035】
本発明のα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の製造方法においては、添加剤を用いてもよい。添加剤を用いることにより、系中で反応性の高い活性種が生成し、反応活性を高めたり、副反応を抑制したりすることが可能となる。このような添加剤を用いる場合、予め触媒を添加剤によって処理してもよく、α,β−不飽和カルボニル化合物を酸化剤と反応させる反応において、反応系中に共存させてもよい。
上記添加剤としては、リン酸、ヒ酸、硫酸、セレン酸、テルル酸、トリフルオロメタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸、ホウ酸、硝酸ランタン、硝酸亜鉛、硝酸アルミニウム、キノン類、フェノール類、硫黄化合物、窒素化合物、N−オキシド化合物等が好ましい。より好ましくは、リン酸、硫酸、セレン酸、パラトルエンスルホン酸、ホウ酸、硝酸亜鉛、硝酸アルミニウム、ヒドロキノン、メトキノン、テトラメチルピペリジン−N−オキシド、4−ヒドロキシ−テトラメチルピペリジン−N−オキシド、N−ヒドロキシフタルイミド、フェノチアジン、4−tert−ブチルピロカテコール、2,6−ジ−tert−ブチルフェノール等である。
【0036】
上記添加剤を用いる場合、添加剤の添加量としては、触媒100質量部に対して、0.0001質量部以上であることが好ましく、また、100000000質量部以下であることが好ましい。より好ましくは、0.0002質量部以上であり、また、50000000質量部以下である。
【0037】
反応後に生成したα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物は、蒸留や晶析及び乾燥工程等により単離精製したり、抽出や濃縮工程等により、それが溶解した溶液にすることができる。晶析を行う場合、晶析溶媒としては、生成物が単離できれば特に限定されるものではないが、例えば、水、メタノール、エタノール、ノルマル又はイソプロパノール、第3級ブタノール等の炭素数1〜6の第1、2、3級の一価アルコール;エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン等の多価アルコール;ジエチレングリコール、トリエチレングリコール等のエチレンオキシド、プロピレンオキシドが開環したオリゴマー類;エチルエーテル、イソプロピルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフラン、シクロペンチルメチルエーテル等のエーテル類;酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、アセチルアセトン等のケトン類;イソプロピルアルデヒド、イソブチルアルデヒド、ベンズアルデヒド等のアルデヒド類;アセトニトリル、プロピオニトリル、ブチロニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル類;ジメチルホルムアミド、ニトロメタン等の窒素化合物類;リン酸トリエチル、リン酸ジエチルヘキシル等のリン酸エステル等のリン化合物類;クロロホルム、ジクロロメタン、ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素類;ノルマルヘキサン、ノルマルヘプタン等の脂肪族炭化水素類;トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類;シクロヘキサン、シクロペンタン等の脂環式炭化水素類等が好適であり、α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の性状や溶解度に応じて、1種又は2種以上を用いることができる。これらの晶析溶媒の中でも、水、第1、2、3級の一価アルコール、エーテル類、エステル類、ケトン類、ニトリル類、脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類等が好ましい。より好ましくは、水、エチルエーテル、イソプロピルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフラン、酢酸エチル、酢酸ブチル、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、アセトニトリル、プロピオニトリル、ブチロニトリル、ヘキサン、トルエン等である。この晶析工程により、例えば、メチルグリセリン酸の場合には、化合物中に含まれる水分量を5%未満にすることが可能となる。また、生成物中に含まれる残存触媒量を低減することも可能となる。抽出を行う場合、抽出溶媒としては、基質や生成物に悪影響を及ぼさない限り特に限定されるものではないが、例えば、上記溶媒をα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の性状や溶解度に応じて、1種又は2種以上用いることができる。これらの抽出溶媒の中でも、水と二層を形成するエーテル類、エステル類、ケトン類、ニトリル類、脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類が好ましい。より好ましくは、エチルエーテル、イソプロピルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、酢酸エチル、酢酸ブチル、メチルイソブチルケトン、ジイソブチルケトン、ブチロニトリル、ベンゾニトリル、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、トルエン、キシレン、クメン、ジイソプロピルベンゼン等である。
【0038】
本発明はまた、上記製造方法を経て得られるα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物又はその溶液であって、該α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物に対して0.0001質量%以上、5.0質量%以下のモリブデン元素が含まれているα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物又はその溶液でもある。上記製造方法を経て得られるα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物とは、反応終了後に、酸化剤の分解工程、触媒除去工程、濾過工程、溶媒留去工程、蒸留工程、晶析工程、抽出工程、濃縮工程、乾燥工程、減圧乾燥工程等の工程を経た後、得られる化合物である。この化合物の形態は特に限定されず、液体状、固体状、粉体状等のいずれであってもよい。また、α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の溶液とは、上記製造方法により得られるα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物を、任意の濃度で溶媒に溶解させることにより得られる溶液であってもよいし、また、反応終了後に得られる溶液であってもよく、反応終了後に酸化剤の分解工程、触媒除去工程、濾過工程、溶媒留去工程、抽出工程、濃縮工程等の工程を経た後、得られる溶液であってもよい。場合によっては、α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の多量体が含まれていても差し支えない。なお、α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の溶液は、α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物を溶媒で分散混合して得られた分散液であってもよい。
【0039】
上記α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の溶液としては、溶液100質量部に対して、α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の含有量が0.1質量部以上95質量部以下である溶液が好適である。好ましくは、0.5質量部以上90質量部以下であり、より好ましくは、1質量部以上85質量部以下であり、更に好ましくは、5質量部以上75質量部以下である。
上記溶液に用いる溶媒としては特に限定されず、上記反応溶媒、晶析溶媒、抽出溶媒を1種又は2種以上用いることができる。中でも、水、第1、2又は3級の1価アルコール、多価アルコール、エーテル類、エステル類、ケトン類、アルデヒド類、ニトリル類、脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類等が好ましい。より好ましくは、水、メタノール、エタノール、第1級ブタノール、第3級ブタノール、イソプロパノール、ヘキサノール、シクロヘキサノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、ジオキサン、テトラヒドロフラン、酢酸エチル、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、アセトン、イソプロピルアルデヒド、イソブチルアルデヒド、アセトニトリル、ベンゾニトリル、ヘキサン、トルエン、キシレン等である。
上記溶媒を用いてα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物を溶液とする場合としては、上記製造方法を経て得られたα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物を反応基質に用いる場合に、目的とする反応が、該化合物を溶解している溶媒に影響を受けない反応である場合や、該化合物を移動又は輸送する場合等、その用途により溶液の形態が好ましい場合等であり、このような場合において、該化合物を溶液とすることが好ましい。
【0040】
上記α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物は、α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物に対して0.0001質量%以上、5.0質量%以下のモリブデン元素が含まれることになるように、モリブデン元素を含有する化合物を共存させて、上記α,β−不飽和カルボニル化合物から、酸化剤を用いてジオール化する工程を行えばよい。
上記モリブデン元素の含有量としては、α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物に対し、0.0001質量%以上、5.0質量%以下であることが好ましい。より好ましくは0.0002質量%以上、4.5質量%以下であり、更に好ましくは、0.003質量%以上、4.3質量%以下である。なお、モリブデン元素の含有量は、高周波誘導プラズマ(ICP)発光分析法等により測定することができる。
【発明の効果】
【0041】
本発明のα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の製造方法は、上述の構成よりなり、α,β−不飽和カルボニル化合物の不飽和結合をジオール化してα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物を高収率かつ高転換率で製造することができる方法であり、α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物は、医薬、農薬、食品、触媒、高分子化合物等、各種工業製品の原料、中間体や、添加剤及び改質剤として有用な化合物である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「部」は「質量部」を、「%」は「モル%(mol%)」を意味するものとする。
【0043】
実施例1及び比較例1〜3
〔メタクリル酸のジオール化反応〕
以下の条件により、メタクリル酸のジオール化反応を行った。試験管に触媒を加え、イオン交換水及び過酸化水素水を添加して、60℃で10分間攪拌した後、メタクリル酸を一括で全量加え、60℃で2時間攪拌した。結果を表1に示した。なお、転換率及び収率は、基質として用いたメタクリル酸を100(mol%)としたときの転換率及び収率(mol%)である。
メタクリル酸(住友化学社製):10mmol
35%過酸化水素水(旭電化工業社製):10mmol
溶媒:イオン交換水 5.5mL
触媒(MoO、HWO、TS−1<チタノシリケート>、アンバーリスト15陽イオン交換樹脂):1mol%
反応温度:60℃
反応時間:2時間
【0044】
【表1】

【0045】
実施例2〜10及び比較例4
〔メタクリル酸のジオール化反応〕
以下の条件により、メタクリル酸のジオール化反応を行った。4つ口フラスコに触媒を加え、イオン交換水及び過酸化水素水を添加して、60℃で溶液が均一になるまで攪拌した後、メタクリル酸を滴下漏斗を用いて滴下した。滴下終了後、適当な温度で溶液を攪拌しながら熟成した。結果を表2に示した。なお、転換率及び収率は、基質として用いたメタクリル酸を100(mol%)としたときの転換率及び収率(mol%)である。
メタクリル酸(住友化学社製):500mmol
35%過酸化水素水(旭電化工業社製):500mmol もしくは 525mmol
溶媒:イオン交換水 138mL もしくは 275mL
触媒(MoO、HMoO、HMo1240、HWO):1mol%
4−ヒドロキシ−テトラメチルピペリジン−N−オキシド:0−1500ppm
メタクリル酸滴下時反応溶液温度:60℃
メタクリル酸滴下時間:2時間
熟成温度:60℃〜80℃
熟成時間:2時間〜22時間
【0046】
【表2】

【0047】
実施例11
〔メタクリル酸のジオール化反応及びメチルグリセリン酸の単離操作〕
4つ口フラスコにHMoO(1mol%)及び4−ヒドロキシ−テトラメチルピペリジン−N−オキシド(300ppm)を加え、イオン交換水(1.65L)及び35%過酸化水素水(旭電化工業社製)(3.0mol)を添加して、60℃で溶液が均一になるまで攪拌した後、メタクリル酸(住友化学社製)(3.0mol)を滴下漏斗を用いて2.5時間かけて滴下した。滴下終了後、60℃で溶液を攪拌しながら3時間熟成した。反応後、5%パラジウム−活性炭(10g)を加えて60℃で2時間攪拌し、溶液を濾過した。塩化ジアリルジメチルアンモニウムと二塩化テトラアリルジピペリジルプロパンアンモニウムのラジカル共重合により得られたイオン交換樹脂(10g)を加えて3時間攪拌した後、濾過し、液体を減圧下留去した。得られたシロップ状の無色透明残渣に、晶析溶媒として酢酸エチルを加え、攪拌して、得られた白色固体を濾過し、40℃で減圧乾燥して、目的のメチルグリセリン酸(288g)(収率80%)を単離した。また、単離したメチルグリセリン酸中に、Mo元素が0.05質量%含まれていることを、高周波誘導プラズマ(ICP)発光分析により定量した。なお、収率は、基質として用いたメタクリル酸を100mol%とした時の収率mol%である。
【0048】
実施例12
〔メタクリル酸のジオール化反応及びメチルグリセリン酸の単離操作〕
4つ口フラスコにHMoO(1mol%)及び4−ヒドロキシ−テトラメチルピペリジン−N−オキシド(300ppm)を加え、イオン交換水(1.65L)及び35%過酸化水素水(旭電化工業社製)(3.0mol)を添加して、60℃で溶液が均一になるまで攪拌した後、メタクリル酸(住友化学社製)(3.0mol)を滴下漏斗を用いて2.5時間かけて滴下した。滴下終了後、60℃で溶液を攪拌しながら22.5時間熟成した。反応後、塩化ジアリルジメチルアンモニウムと二塩化テトラアリルジピペリジルプロパンアンモニウムのラジカル共重合により得られたイオン交換樹脂(10g)を加えて3時間攪拌した後、濾過し、液体を減圧下留去した。得られたシロップ状の無色透明残渣に、晶析溶媒として酢酸エチルを加え、攪拌して、得られた白色固体を濾過し、40℃で減圧乾燥して、目的のメチルグリセリン酸(317g)(収率88%)を単離した。また、単離したメチルグリセリン酸中に、Mo元素が0.05質量%含まれていることを、高周波誘導プラズマ(ICP)発光分析により定量した。なお、収率は、基質として用いたメタクリル酸を100mol%とした時の収率(mol%)である。
【0049】
実施例13及び比較例5
〔メタクリル酸のジオール化反応経時変化〕
以下の条件により、メタクリル酸のジオール化反応の経時変化測定を行った。4つ口フラスコにMoO触媒(実施例8)、もしくは、HWO触媒(比較例5)を加え、イオン交換水及び過酸化水素水を添加して、60℃で溶液が均一になるまで攪拌した後、メタクリル酸を滴下漏斗を用いて滴下した。滴下終了後、溶液を攪拌しながら熟成した。収率の時間変化を示したものが図1である。なお、収率は、基質として用いたメタクリル酸を100(mol%)としたときの収率(mol%)である。
メタクリル酸(住友化学社製):500mmol
35%過酸化水素水(旭電化工業社製):525mmol
溶媒:イオン交換水 275mL
触媒(MoO、HWO):1mol%
4−ヒドロキシ−テトラメチルピペリジン−N−オキシド:300ppm
メタクリル酸滴下時反応溶液温度:60℃
メタクリル酸滴下時間:2時間
熟成温度:60℃
熟成時間:4時間
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】図1は、実施例13及び比較例5に記載のメタクリル酸のジオール化反応において、メチルグリセリン酸の収率の経時変化を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
α,β−不飽和カルボニル化合物から、酸化剤を用いてジオール化することによりα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物を製造する方法であって、
該製造方法は、モリブデン元素を含有する化合物を共存させてジオール化する工程を行うことを特徴とするα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の製造方法。
【請求項2】
前記製造方法は、過酸化水素を酸化剤に用いて、モリブデン元素を含有する化合物を共存させて(メタ)アクリル酸をジオール化する工程を行うことによって(メチル)グリセリン酸を製造することを特徴とする請求項1記載のα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の製造方法を経て得られるα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物又はその溶液であって、該α,β−ジヒドロキシカルボニル化合物に対して0.0001質量%以上、5.0質量%以下のモリブデン元素が含まれていることを特徴とするα,β−ジヒドロキシカルボニル化合物又はその溶液。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2006−124285(P2006−124285A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−311230(P2004−311230)
【出願日】平成16年10月26日(2004.10.26)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】