説明

β−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法

【課題】β−クリプトキサンチン高含有果汁の製造方法を提供する。
【解決手段】かんきつ類の果実を搾汁機で搾汁して得た粗汁を、ろ過又は篩別処理して得た果汁を遠心分離処理して、上清部と沈降部に分離し、上清部の果汁を、MF(精密ろ過)膜及び/又はUF(限界ろ過)膜装置に供して、β−クリプトキサンチンの収率をほぼ100%とし、β−クリプトキサンチンを糖度換算して5〜10倍に高濃度化したβ−クリプトキサンチン高含有素材を製造することを特徴とするβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。
【効果】β−クリプトキサンチンの収率をほぼ100%とし、β−クリプトキサンチンを糖度換算して5〜10倍に高濃度化することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β−クリプトキサンチン高含有果汁の製造方法に関するものであり、更に詳しくは、温州ミカンなどのかんきつ類の搾汁から、糖度換算して約5〜10倍程度に高濃度化したβ−クリプトキサンチン高含有素材を効率的に製造することを可能とするβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法に関するものである。本発明は、かんきつ類の搾汁を、ろ過及び遠心分離操作して得られるβ−クリプトキサンチン含有果汁を用いて、高効率で、しかも省エネルギー、低環境負荷型のプロセスで、β−クリプトキサンチン高含有素材を製造する方法に関する新技術・新製品を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、カロテノイド高含有食品の製造や、かんきつ類の果実を原料とした果汁については、カロテノイドの含有量を調整した、いわゆるカロテノイド高含有ジュースの製造が試みられている。しかし、従来の製品は、天然由来のカロテノイド系色素や合成品を、ジュースに添加して、カロテノイドを強化したものが多い。
【0003】
一般に、かんきつ類の果皮、果肉には、30種以上のカロテノイドが含まれており(非特許文献1)、温州ミカンの果皮のカロテノイドの構成比は、その成熟過程で大きく変化するが、果肉のカロテノイドの構成比は、ほとんど変化しないことが知られている(非特許文献2)。
【0004】
一般に、かんきつ類のジュースのカロテノイド含量は、その製造工程中に減少するが、これは、遠心分離操作による減少が顕著であり、また、この遠心分離の前に行われるろ過工程でのパルプ粒度の調整による影響もあることが示唆されている(非特許文献3)。
【0005】
また、ジュース中のカロテノイドは、パルプに付着又は吸着して存在していると考えられている(非特許文献4)。そこで、ジュースに、パルプを添加することで、ジュースのカロテノイド含量を調整することが可能であると考えられる。しかし、パルプ量の多いジュースは、食味が悪くなり、消費者に好まれないために、パルプ添加によるカロテノイドの高量化には、自ずと制約がある。
【0006】
一方、遠心分離を利用してカロテノイド高含有ジュースを製造する技術として、幾つかの先行技術が報告されている。例えば、かんきつ類の果汁を軽遠心分離処理して粒度の大きいパルプ分を除去し、次いで、重遠心分離処理して、カロテノイドを高レベルで含有する微細なパルプ分を沈降させて得られる沈降部を使用して、カロテノイド高含有ジュースを製造する方法が報告されている(特許文献1)。
【0007】
この方法では、果汁中に含まれる粒度の大きいパルプ分を主体とした沈降部を除去して得られる上清部を、重遠心分離操作により、カロテノイド高含有の微細なパルプ分を主体とした沈降部と上清部に分離した後、この沈降部を使用して、通常のジュースのカロテノイド含量を調整している。
【0008】
また、別の先行技術として、例えば、果汁に、2段階の遠心分離処理を施し、ジュースの品質を低下させることなく、ジュースにおけるカロテノイドの高量化を可能とするカロテノイド高含有ジュースの製造方法が報告されている(特許文献2)。
【0009】
この方法では、かんきつ類の果実を搾汁してろ過(篩別)した後、重遠心分離操作により沈降部を得て、この沈降部に加水して希釈した後、軽遠心分離操作により、沈降部と上清部に分離した後、上清部を使用して、カロテノイド高含有ジュースを製造している。
【0010】
これらの先行技術のうち、前者の方法では、カロテノイド高含有パルプを製造する場合、果汁を2段階で遠心分離操作する必要がある。そのため、実操業においては、遠心分離機で処理する果汁の量が多くなり、作業工程が複雑となり、エネルギー消費及び環境への負荷が増加し、作業効率が低下するという問題が生じる可能性がある。
【0011】
また、後者の方法では、遠心分離操作により、沈降部を得て、この沈降部に加水して希釈した後、軽遠心分離操作により、更に沈降部と上清部に分離した後、上清部を使用して、カロテノイド高含有画分を得ている。しかし、この方法では、軽遠心分離操作を実施可能にするために、沈降部に加水して希釈する工程が絶対的に必須であり、特に、この加水して希釈する工程を経なければ、軽遠心分離操作により、更に沈降部と上清部に分離することができないという問題がある。
【0012】
β−クリプトキサンチンは、プロビタミンAとしての栄養成分特性を備えているだけでなく、最近の抗がん研究においては、にんじんなどの緑黄色野菜に含まれているカロテノイドであるβ−カロチンよりも、強い発がん抑制効果があることが判明している(非特許文献4)。また、β−クリプトキサンチンの中枢神経細胞突起再生作用(特許文献3)や、脂質代謝改善作用(特許文献4)も、明らかにされている。
【0013】
これらのことより、かんきつ類の中でも、温州ミカン果実は、特に、好適なものとして例示される。従来の温州ミカンの搾汁工程を図1に示す。このような温州ミカンの搾汁工程では、主生産物として、果汁(7)が、また、副産物として、搾汁粕(2)、パルプ(4)とパルプ(6)が得られる。搾汁粕(2)、パルプ(4)、パルプ(6)については、酵素処理などにより、β高含有素材を得る方法が多数提案されている。また、パルプ(6)については、デカンターを使用することで、カロテノイド高含有素材を得る方法も提案されている。尚、本明細書において、(1)〜(7)の符号は、図1の符号を意味する。
【0014】
温州ミカンの果肉に含まれるβ−クリプトキサンチンの、図1に示す搾汁工程の各工程(図1参照)におけるマスバランスは、例えば、搾汁量10,000トン、外果皮23%、じょうのう膜7%、果肉70%、果肉に含まれるβ−クリプトキサンチン含量を1.2mg/100gとすると、次の通りである。
【0015】
ミカン(1):84kg(7,000トン×1.2mg/100g)
搾汁粕(2):12kg(1,000トン×1.2mg/100g)
粗汁(3):72kg(6,000トン×1.2mg/100g)
パルプ(4):14kg(700トン×2.0mg/100g)
果汁(5):58kg(5,300トン×1.1mg/100g)
パルプ(6):12kg(250トン×4.8mg/100g)
果汁(7):45kg(5,050トン×0.9mg/100g)
【0016】
図1に示す搾汁工程において、温州ミカンの搾汁工程により得られる生産物のうち、β−クリプトキサンチンを最も含有しているのは、果汁(7)であるが、これを用いて、β−クリプトキサンチン高含有素材を製造し、提供する方法は、確立されていなかった。
【0017】
果汁(7)は、これを濃縮(蒸発濃縮、凍結濃縮、逆浸透膜濃縮)することにより、β−クリプトキサンチンを高量化させることができる。しかし、本方法では、果汁に含まれる糖分も濃縮されるので、糖分が高濃度化して高粘度となり、β−クリプトキサンチンは、糖度換算すると、全く高濃度化することができなかった。通常、果実類果汁の濃縮には、蒸発濃縮が用いられているが、加熱の影響から、糖度換算すると、β−クリプトキサンチンは、若干減少してしまうのが実情であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特許第3178803号公報
【特許文献2】特許第3475194号公報
【特許文献3】特開2004−59438号公報
【特許文献4】特開2006−219388号公報
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】日食工誌,18,468(1971)
【非特許文献2】日食工誌,18,359(1974)
【非特許文献3】日食工誌,21,25(1974)
【非特許文献4】Biol.Pharm.Bull.18,2,227,1995
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、処理する果汁量が増加する2段階の遠心分離を行わないこと、高効率でβ−クリプトキサンチンの高濃度化を達成すること、それらにより、省エネルギーで、低環境負荷型のβ−クリプトキサンチン高含有素材の生産システムを構築できること、を基本として、β−クリプトキサンチンを更に高濃度化することが可能な新しい技術を開発することを目標として鋭意研究を重ねた結果、上述の果汁(7)を出発原料とし、かつろ過膜を使用することで、β−クリプトキサンチンを高濃度化することが可能であり、更に、ろ過膜と濃縮を組み合わせることにより、糖度換算で約10倍程度まで高濃度化が可能になることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0021】
本発明は、上述の果汁(7)を使用して、高効率にβ−クリプトキサンチンの高濃度化を図ることを可能とするβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法を提供することを目的とするものである。また、本発明は、上記方法で製造したβ−クリプトキサンチン高含有素材を利用したβ−クリプトキサンチン高含有製品を提供することを目的とするものである。更に、本発明は、β−クリプトキサンチン高含有素材を大量に得るために、上述の果汁(7)より、処理中のβ−クリプトキサンチンのロスを極限まで減少させ、β−クリプトキサンチンを高濃度化することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0022】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(a)かんきつ類の果実(1)を搾汁機で搾汁して得た搾汁粕(2)と粗汁に分離して得た粗汁(3)を、ろ過又は篩別処理してパルプ(4)と果汁に分離して得た果汁(5)を遠心分離処理に供して、上清部の果汁と沈降部のパルプ(6)に分離し、上清部の果汁(7)を、MF(精密ろ過)膜及び/又はUF(限界ろ過)膜装置に供して、β−クリプトキサンチンを果汁(7)に比して少なくとも糖度換算して5倍に高濃度化したβ−クリプトキサンチン高含有素材を製造することを特徴とするβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。
(b)上記上清部の果汁(7)の一部を、遠心分離に供してパルプと果汁に分離した後、該果汁をMF(精密ろ過)膜及び/又はUF(限界ろ過)膜装置に供して、保持液Aを得る工程、一方、上記上清部の果汁(7)の残りを、MF(精密ろ過)膜及び/又はUF(限界ろ過)膜装置に供して保持液Bを得る工程、上記保持液Aに、上記パルプと上記保持液Bを混合した後、濃縮する工程、からなる、前記(a)に記載のβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。
(c)上記上清部の果汁(7)を、蒸発濃縮、凍結濃縮、又は逆浸透濃縮した後、MF(精密ろ過)膜及び/又はUF(限界ろ過)膜装置に供して、β−クリプトキサンチンを高濃度化する、前記(a)又は(b)に記載のβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。
(d)上記粗汁のろ過又は篩別処理工程において、0.3〜0.5mm目のスクリーンを有するフィニッシャーで処理した後に、0.1〜0.3mm目のスクリーンを有するフィニッシャーで処理する、前記(a)又は(b)に記載のβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。
(e)上記MF(精密ろ過)膜及び/又はUF(限界ろ過)膜装置において、MF膜が、0.1〜0.5μmの膜であり、UF膜が分画分子量10,000〜30,000の膜である、前記(a)から(c)のいずれかに記載のβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。
(f)上記遠心分離処理工程において、1,500g・分〜2,200g・分の遠心強度で遠心分離処理する、前記(a)又は(b)に記載のβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。
(g)MF膜又はUF膜が、果汁の精油分に対して性能低下を生じない酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、又は酸化チタンの無機膜である、前記(a)から(c)のいずれかに記載のβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。
(h)上記上清部の果汁(7)が、濃縮、保管及び加水(還元)の工程を経た果汁である、前記(b)に記載のβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。
【0023】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、β−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法であって、図1に示す搾汁工程において、かんきつ類の果実(1)を搾汁機で搾汁して得た搾汁粕(2)と粗汁に分離して得た粗汁(3)を、ろ過又は篩別処理してパルプ(4)と果汁に分離して得た果汁(5)を遠心分離処理に供して、上清部の果汁と沈降部のパルプ(6)に分離し、上清部の果汁(7)を、MF(精密ろ過)膜及び/又はUF(限界ろ過)膜装置に供して、β−クリプトキサンチンを果汁(7)に比して少なくとも糖度換算して5倍に高濃度化したβ−クリプトキサンチン高含有素材を製造することを特徴とするものである。
【0024】
また、本発明は、上記上清部の果汁(7)の一部を、遠心分離に供してパルプと果汁に分離した後、該果汁をMF(精密ろ過)膜及び/又はUF(限界ろ過)膜装置に供して、保持液Aを得る工程、一方、上記上清部の果汁(7)の残りを、MF(精密ろ過)膜及び/又はUF(限界ろ過)膜装置に供して保持液Bを得る工程、上記保持液Aに、上記パルプと上記保持液Bを混合した後、濃縮する工程、からなる、前記のβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法、である。
【0025】
原料果実について説明すると、本発明で使用されるかんきつ類の果実としては、温州ミカン、伊予柑、夏みかん、八朔、ポンカン、ネーブルオレンジ、レモン、バレンシアオレンジ、グレープフルーツ、その他のかんきつ類があげられる。これらのかんきつ類の果実の中で、温州ミカン果実の果肉は、カロテノイド含量が高いだけではなく、特に、β−クリプトキサンチンを多量に含有していることで知られている。
【0026】
このβ−クリプトキサンチンは、プロビタミンAとしての栄養成分特性を備えているだけでなく、最近の研究においては、前述のように、にんじんなどの緑黄色野菜に含まれているカロテノイドであるβ−カロチンよりも、強い発がん抑制効果があることが判明しており、また、β−クリプトキサンチンによる中枢神経細胞突起再生作用や、脂質代謝改善作用も、明らかにされていることから、本発明では、温州ミカン果実は、特に、好適なものとして例示される。
【0027】
かんきつ類の果実は、選果、洗浄を経て搾汁される。ここで、搾汁機について説明すると、搾汁機には、インライン搾汁機、チョッパーパルパー搾汁機、ブラウン搾汁機などが一般に用いられている。本発明に使用される果実の搾汁手段としては、どの搾汁機を用いて搾汁を行ってもよい。
【0028】
搾汁された果汁は、じょうのう皮の小片や粗大なパルプを含んでおり、これらの夾雑物を除去するために、フィニッシャーなどで、ろ過又は篩別処理される。これらの処理を、本明細書では、ろ過(篩別)と記載する。このろ過(篩別)処理に用いるフィニッシャーは、パドル型、スクリュー型があるが、スクリーンの目の大きさは、0.3〜0.5mmのものが一般に使用されている。
【0029】
このろ過(篩別)処理は、その後の遠心分離操作に大きく影響するので、目的に応じた調整が必要であり、例えば、スクリーンとパドルの間隙を短くしすぎると、果汁中に水溶性ペクチン量が多くなり、パルプ分を分離しづらくする。また、0.5mm目のスクリーンを有するフィニッシャーで処理した後に、0.1mm目のスクリーンを有するフィニッシャーで処理を行なうと、低い遠心強度の遠心分離操作では完全に沈降しない粗大なパルプ粒子を、予め除去することが可能となる。
【0030】
ろ過(篩別)処理されたジュースは、遠心分離を行い、パルプ分の低い上清部とパルプ分の多い沈降部に分離される。ここで、遠心分離について説明すると、この遠心分離操作では、遠心強度が低すぎると、粒度の大きいパルプが残存してしまい、果汁(上清部)に影響を与えてしまう。逆に、遠心強度を高めていくと、沈降部の収率が高まり、カロテノイドや水不溶性分の含有率も高まるので、果汁(上清部)のカロテノイド含量は、低減し、色調も損ねてしまう。したがって、本発明では、この遠心分離は、1,500g・分以上、望ましくは1,800〜2,200g・分程度の遠心強度が適当である。
【0031】
得られた果汁は、そのままろ過膜装置に供することもできるが、果汁を濃縮した後に保管して、適当な時期に、加水還元して、ろ過膜装置に供することもできる。ここで、膜ろ過について説明すると、膜ろ過とは、孔や分子配列のすきまを利用して分離操作を行うものである。対象物質の大きさとろ過の駆動力によって、MF(精密ろ過)膜、UF(限外ろ過)膜、イオン交換膜、RO(逆浸透)膜などに分類されるが、本発明に用いられるのは、MF(精密ろ過)膜又はUF(限外ろ過)膜又はその組み合わせである。
【0032】
MF膜は、孔径が0.1〜10μm程度までの、液体中に含まれる懸濁質、コロイド粒子を、精度よく、かつ効率的に分離・精製するために使用され、UF膜は、MF膜の10分の1から10,000分の1ぐらいの孔径を有し、膜の孔径と溶質の分子の大きさによって溶質の分離を行うものである。
【0033】
MF膜で阻止される物質は、形を持った粒子である。これらの粒子より小さな物質は透過するので、膜表面での溶質濃度が原液の溶質濃度より高くなる濃度分極は発生しない。つまり、分離は、膜表面や膜内部、及びそれらに付着した粒子により行われている。UF膜は、表面のち密層によって分離が行われているので、膜表面での濃度分極が発生する場合がある。
【0034】
本発明に好適に用いられる膜は、MF膜なら、孔径0.01〜0.5μm、より好ましくは0.1〜0.5μmの膜であり、UF膜が、分画分子量5,000〜100,000、より好ましくは10,000〜30,000の膜である。
【0035】
膜の材質は、大きく有機膜と無機膜に分けられる。有機膜に使用される材質は、ポリエチレン、4フッ化エチレン、ポリプロピレン、酢酸セルロース、ポリアクリロニトリル、ポリイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホンなどがある。無機膜の材質としては、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化チタンなどがある。
【0036】
本発明に好適に用いられる膜の材質は、果汁の精油分が有機膜の性能を低下させるため、無機膜、特に、酸化ジルコニウムが望ましい。しかし、蒸発濃縮を行った後に、これを還元して用いる場合は、有機膜でも何ら問題なく処理可能となる。
【0037】
従来法では、かんきつ類の搾汁工程で用いられるデラバル型の遠心分離機により、果汁の遠心分離を行うと、通常のジュースと沈降部に分かれる。この場合、カロテノイドを含むかんきつ類の果汁やパルプを遠心分離すると、カロテノイドの濃度は、通常のジュースより沈降部の方が高くなる。カロテノイド高含有果汁及び素材を製造するためには、原料として、カロテノイドを高含有するパルプを用いる方が、効率がよいが、粘度が高いため、パルプをそのまま遠心分離しても、同じ型の遠心分離機では分離できないことが問題であった。
【0038】
そのため、従来法では、上記沈降部(遠心分離パルプ)を加水して希釈した後、遠心分離操作を行っていたが、この方法では、加水して希釈する工程が必須となっていた。また別の方法では、遠心分離パルプをデカンターに供給して、デカンター処理を行うことで、加水して希釈することなく、分離液と沈降部に分けることを行っていた。
【0039】
しかし、従来法は、出発原料が搾汁工程で得られる少量のパルプであり、β−クリプトキサンチンの収率も約70%が限界であった。これに対して、本発明は、出発原料が、最もβ−クリプトキサンチンを含有している、ろ過、遠心分離後の果汁を用いる点が特徴であり、β−クリプトキサンチンの収率ほぼ100%を可能にしている点も含めて、従来法とは、本質的に区別される革新的な技術である。
【0040】
本発明の工程の優れている点は、従来は、搾汁により得たパルプを利用するしかβ−クリプトキサンチンを高含有化できなかったのに対し、本発明の工程では、果汁においても、β−クリプトキサンチンを、糖分を高濃度化しないで、高含有化できるようになり、β−クリプトキサンチン高含有化素材を大量に供給することを可能にしたことである。本発明によれば、膜処理により、β−クリプトキサンチンを糖度換算して約5〜10倍に高濃度化して、β−クリプトキサンチン高含有果汁を大量に製造することが可能である。
【0041】
本発明では、これまで、MF膜とUF膜を商業規模の実用機に装着して、β−クリプトキサンチンを15倍まで濃縮することに成功している。処理前の糖度は10.5°Bx、処理終了後の保持液の糖度は16.7°Bxであり、本発明により、糖度換算して、約10倍まで濃縮(15倍×10.5°Bx÷16.7°Bx=9.43)することが可能であることが確認された。
【発明の効果】
【0042】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)β−クリプトキサンチンを糖度換算して約5〜10倍に高濃度化する技術を提供することができる。
(2)これまで、β−クリプトキサンチン高含有素材の出発原料として使用することができなかった通常の果汁を出発原料として用いることができる。
(3)処理中のβ−クリプトキサンチンのロスを極限まで減少させ、β−クリプトキサンチンを高濃度化することができる。
(4)β−クリプトキサンチン高含有素材を大量に生産することが可能な新しいβ−クリプトキサンチン高含有素材の量産化技術を確立することができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】従来の温州ミカンの搾汁工程により、果汁(7)を製造する工程を示す。
【図2】果汁(7)を出発原料として、本発明のβ−クリプトキサンチン高含有素材を製造する工程を示す。
【発明を実施するための形態】
【0044】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0045】
温州ミカン濃縮果汁(63度ブリックス)を、16度ブリックスに希釈し、ペクチナーゼ(エイチビィアイ製可溶性ペクチナーゼT)を、0.005%添加した。1時間後、本果汁を、膜処理装置(三井/DDS式RO/UF LAB20装置)に、膜(DDS製GR51PP膜)4枚、フィルトレーションメディア(ジャパンゴアテックス(株)製フィルトレーションメディア)16枚をセットし、循環流量3.8kg/時にて膜処理した。
【0046】
膜処理開始時では、入口圧は8.0kg/cm、出口圧は1.9kg/cmであり、圧力損失は6.1kg/cmであった。膜処理開始から、7.5時間後に、処理液量/(処理液量−透過液量)で示される回分濃縮率は、10倍となり、膜処理を終了した。膜処理前後の果汁の分析値を表1に示す。
【0047】
表1から明らかなように、本膜処理により、濃縮果汁として得られる保持液のβ−クリプトキサンチン含量を、7.2倍(糖度換算)に高濃度化することができた。糖度換算を行わない場合は、β−クリプトキサンチン含量は、10倍となり、本膜処理工程において、β−クリプトキサンチンは、分解・減耗しないで、高濃度化できることが明らかになった。
【0048】
【表1】

【実施例2】
【0049】
温州ミカン濃縮果汁(63度ブリックス)を、16度ブリックスに希釈し、遠心分離処理を行った。遠心分離処理後の果汁に、ペクチナーゼ(エイチビィアイ製可溶性ペクチナーゼT)を、0.005%添加した。1時間後、本果汁を、膜処理装置(三井/DDS式RO/UF LAB20装置)に、膜(DDS製GR51PP膜)4枚、フィルトレーションメディア(ジャパンゴアテックス(株)製フィルトレーションメディア)16枚をセットし、循環流量3.8kg/時にて膜処理した。
【0050】
膜処理開始時では、入口圧は6.0kg/cm、出口圧は3.5kg/cmであり、圧力損失は2.5kg/cmであった。膜処理開始から、7.2時間後に、回分濃縮率(処理液量/(処理液量−透過液量))は、10倍となり、膜処理を終了した。その後、膜処理で得られた保持液部の果汁と、上記遠心分離処理して得られた沈降部の果汁とを混合して、β−クリプトキサンチン高含有果汁を得た。
【0051】
本実験の結果から、膜処理前の果汁を遠心分離処理して、不溶性固形物量を調整することにより、膜圧力を低減して膜処理を行うことが可能であることが分かった。膜処理前後の果汁の分析値を、表2に示す。表2から明らかなように、本処理により、保持液と沈降部の混合果汁のβ−クリプトキサンチン含量を、5.7倍(糖度換算)に高濃度化することができることが分かった。
【0052】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0053】
以上詳述したように、本発明は、β−クリプトキサンチン高含有果汁の製造方法に係るものであり、本発明より、β−クリプトキサンチンを高濃度化する技術を提供することができる。本発明では、特に、ろ過膜と濃縮を組み合わせることで、β−クリプトキサンチンを糖度換算して約5〜10倍に高濃度化することができる。処理中のβ−クリプトキサンチンのロスを極限まで減少させ、β−クリプトキサンチンを高濃度化することができる。本発明は、β−クリプトキサンチン高含有素材を大量に生産することができる新しいβ−クリプトキサンチン高含有素材の量産化技術を確立することを可能とするものとして有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
かんきつ類の果実(1)を搾汁機で搾汁して得た搾汁粕(2)と粗汁に分離して得た粗汁(3)を、ろ過又は篩別処理してパルプ(4)と果汁に分離して得た果汁(5)を遠心分離処理に供して、上清部の果汁と沈降部のパルプ(6)に分離し、上清部の果汁(7)を、MF(精密ろ過)膜及び/又はUF(限界ろ過)膜装置に供して、β−クリプトキサンチンを果汁(7)に比して少なくとも糖度換算して5倍に高濃度化したβ−クリプトキサンチン高含有素材を製造することを特徴とするβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。
【請求項2】
上記上清部の果汁(7)の一部を、遠心分離に供してパルプと果汁に分離した後、該果汁をMF(精密ろ過)膜及び/又はUF(限界ろ過)膜装置に供して、保持液Aを得る工程、一方、上記上清部の果汁(7)の残りを、MF(精密ろ過)膜及び/又はUF(限界ろ過)膜装置に供して保持液Bを得る工程、上記保持液Aに、上記パルプと上記保持液Bを混合した後、濃縮する工程、からなる、請求項1に記載のβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。
【請求項3】
上記上清部の果汁(7)を、蒸発濃縮、凍結濃縮、又は逆浸透濃縮した後、MF(精密ろ過)膜及び/又はUF(限界ろ過)膜装置に供して、β−クリプトキサンチンを高濃度化する、請求項1又は2に記載のβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。
【請求項4】
上記粗汁のろ過又は篩別処理工程において、0.3〜0.5mm目のスクリーンを有するフィニッシャーで処理した後に、0.1〜0.3mm目のスクリーンを有するフィニッシャーで処理する、請求項1又は2に記載のβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。
【請求項5】
上記MF(精密ろ過)膜及び/又はUF(限界ろ過)膜装置において、MF膜が、0.1〜0.5μmの膜であり、UF膜が分画分子量10,000〜30,000の膜である、請求項1から3のいずれかに記載のβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。
【請求項6】
上記遠心分離処理工程において、1,500g・分〜2,200g・分の遠心強度で遠心分離処理する、請求項1又は2に記載のβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。
【請求項7】
MF膜又はUF膜が、果汁の精油分に対して性能低下を生じない酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、又は酸化チタンの無機膜である、請求項1から3のいずれかに記載のβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。
【請求項8】
上記上清部の果汁(7)が、濃縮、保管及び加水(還元)の工程を経た果汁である、請求項2に記載のβ−クリプトキサンチン高含有素材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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