説明

β−グルカンを主体とする食物繊維を豊富に含む大麦粉の製造方法

【課題】
この発明は穀物由来のβ−グルカンを主体とする食物繊維を、高含量で残存させた粉体素材を容易に製造する技術を提供することを目的とする。
【解決手段】
精白大麦に対し、加水後水分が16〜22重量%となるように水を添加し、攪拌後、50〜80℃で少なくとも約1時間テンパリングして精白大麦の組織を軟化させ、その後精白大麦を精白大麦に衝撃を付与する粉砕機で粉砕し、その後分級して粗粉部を取り出すことを特徴するβ−グルカンを主体とする食物繊維を豊富に含む大麦粉の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大麦より、β−グルカンを多く含む粉体を製造する方法に関わる。
【背景技術】
【0002】
近年、食の欧米化に伴う生活習慣病患者やメタボリックシンドローム該当者の増大や、それに付随する医療費高騰が社会問題化してきており、これらの予防や病態改善を目的とした、「食事」の重要性が社会的に再認識されつつある。
この流れを受け、食品メーカーに於いても、植物を起源とする生理活性物質(フィトケミカル)の探索や機能性研究、その加工技術開発が盛んに行われている。
【0003】
植物起源の機能性成分として古くから注目を集めているのが食物繊維である。食物繊維には大別して、水溶性と水不溶性の二種があり、それぞれ三次機能も異なっている。その機能としてよく知られているのが、排便促進効果、血圧上昇抑制効果、循環器系疾患のリスク低減、血糖値改善効果などであり、その学術的裏付けの確かさから、特定保健用食品の素材にも使用されるなど、市場での認知も進んでいる。
【0004】
大麦には他の穀類より食物繊維が豊富に含まれており、近年、健康食品として見直され、これまでのように、搗精し粒食としてそのまま喫食するだけではなく、粉体化して加工食品の素材として使用するなど、原料用途が広がりつつある。
大麦には水溶性と水不溶性の食物繊維がほぼ1:1の割合で含まれているため、食物繊維素材としては非常にバランスのとれた原料だと言える。大麦中の水溶性食物繊維の主体はヘミセルロースであるアラビノキシランおよびβ−グルカンである。穀物のβ−グルカンは、主に禾本科植物に分布するもので、特に大麦およびオーツ麦において多く存在が認められる。同β−グルカンは、D−グルコースがβ−(1→3)およびβ−(1→4)結合で重合した多糖であり、菌類(キノコや酵母)のβ−グルカンのように、β−(1→6)結合を有していないため、セルロース同様、直鎖状の構造をとる。
【0005】
大麦のβ−グルカンは、主に穀粒の糊粉層(アリューロン層)や胚乳細胞の細胞壁に含まれ、粒内に満遍なく分布しているため、他の穀物の食物繊維成分と異なり、精白・搗精を進めてもその含有率は減ることはない。オーツ麦の玄麦には4%程度、大麦では精白したものでも4%程度のβ−グルカンが含まれる。小麦の玄麦には0.5%程度のβ−グルカンが含まれるが、精製して小麦粉とすると殆どゼロとなる。
【0006】
一般的に粳種よりも糯種の麦の方が、また二条種よりも六条種の麦の方が、β−グルカン含量は高くなる傾向にある。ある種のはだか大麦では7%程度、品種によっては更に多くのβ−グルカンを含むものもある。
【0007】
近年の研究により、β−グルカンは、コレステロールの低減効果、食後血糖値の上昇抑制効果、血圧の低減効果、消化器官系の機能促進効果、酸化防止効果、免疫系の改善効果等様々な機能を有することが明らかとなりつつあり、特に、米国食品医薬品局(FDA)は、人の食事に大麦を加えることで、総コレステロールおよび低密度リポタンパク質(LDL)コレステロールが低下することを科学的証拠が示しているとして、大麦を原料とした食品について、一日四食を摂取することを前提として、「一食あたり最低0.75gの水溶性食物繊維を摂取することにより、冠状動脈心疾患(CHD)にかかるリスクを軽減する」というヘルスクレームを認めている(U.S Food and Drug Administration、Federal Register(2006)71:29248−29250)。
【0008】
このように、栄養学的に見て有益な機能性を有するのが大麦β−グルカンであり、社会的にも同成分を高濃度に含有する安価な素材が求められている。現在、その抽出方法に関しても幾つかの方法が提示されているが、現状公知の方法では大麦からの抽出・濃縮に多大な労力を要するため、いきおい抽出物も高価にならざるを得ず、巷間、β−グルカン素材が普及しているとは言い難い。
【0009】
例えば、大麦糠類にα−アミラーゼ、アミログルコシダーゼを反応させて低分子化を進めた後、脱塩、エタノール沈殿にて精製し、β−グルカンを主成分とする水溶性食物繊維を回収する方法(特許第3243559号公報 特許文献1参照)、穀粉とアルコールを混合して繊維残渣/アルコールスラリーを形成させ、これを音波処理、プロテアーゼ又はアミラーゼ処理にかけた後、繊維残渣を分離してβ−グルカン濃縮物を得る方法(WO2004/085484公報 特許文献2参照)、オーツ麦または大麦をアルカリ性水溶液で抽出後、タンパク除去、アルコール沈殿または脱塩後乾燥させることにより平均分子量が10万〜100万のβ−グルカンを主成分とするガム質を得る方法(特公平06−083652号公報(特許第1947855号)特許文献3参照)等が知られているが、これらの技術では、何れも、抽出溶媒中へ水溶性β−グルカンを溶出させた後、適当な方法にて濃縮・精製・乾燥させる工程が必要とされており、目的とするβ−グルカン抽出物を得るためには多大な手間やエネルギーを要する。
【0010】
また、生産時や使用時の粘性を抑えるため、抽出時に加水分解酵素を作用させ、低分子化若しくは低粘性化されたβ−グルカンを得る方法(特公平04−011197号公報(特許1725500号)特許文献4参照、特開2005−307150号公報 特許文献5参照)が示されているが、上述したようなβ−グルカンの生理機能の多くはその粘性に由来するものと考えられており、低分子化され、粘性が低下したβ−グルカンが、低分子化されていないβ−グルカンと同等の生理機能を発揮できるとは、必ずしも言えない。
【0011】
更に、特公昭59−038020号公報(特許第1261449号)特許文献6参照)では抽出溶媒を使用せずに大麦の食物繊維を高濃度に残存させた大麦粉を得る技術として、大麦搗精品を圧扁処理後、衝撃式粉砕機にて粉砕し、75〜270μmの区分を集めることにより、ダイエタリーファイバー(リグニン、ヘミセルロース、セルロース等)の豊富な大麦粉を回収するとしているが、本技術ではダイエタリーファイバー6.1%程度の含有量の画分しか得られず、食物繊維高含有画分を得るという目的に対して、十分な効果が得られているとは言い難い。また、USP6,083,547明細書(特許文献7参照)では、エクストルージョンなどの方法により事前調理した大麦粉を乾燥し再粉砕後、空気分級することにより、口当たりの良い、β−グルカン高含有画分が得られるとしているが、本法においては、β−グルカン濃度は初発の大麦粉より25%程度しか高められていない。
【0012】
かかる理由から、穀物由来のβ−グルカンを高濃度で含有する素材を、より簡便且つ安価で調製できる技術が求められてきた。
【特許文献1】特許第3243559号公報
【特許文献2】WO2004/085484公報
【特許文献3】特公平06−083652号公報
【特許文献4】特公平04−011197号公報
【特許文献5】特開2005−307150号公報
【特許文献6】特公昭59−038020号公報
【特許文献7】USP6,083,547明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、上記の社会的、産業的状況に鑑み、穀物由来のβ−グルカンを主体とする食物繊維を、高含量で残存させた粉体素材を容易に製造する技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
大麦に於いては、胚乳細胞壁成分の70%がβ−グルカンであるとされており、残りの部分は主に、アラビノキシラン(約25%)、マンノース含有ポリマー、セルロース、タンパクおよびフェノール性の成分と見られる。つまり、大麦を胚乳部まで搗精して粉末化した後、該粉末から効率的に細胞壁以外の成分を除去させる技術が確立できれば、相当量のβ−グルカンを含む画分が得られる筈である。
【0015】
発明者らは、より安価且つ効率的にβ−グルカン高含有品を得るための技術について鋭意研究を進めてきたところ、大麦の搗精品に対して加水・加温を施してテンパリングを行い、その後に衝撃式や気流式の粉砕法により微粉化して、粒径を元にした任意の分級方法で分級すると、その粗粉部に高濃度でβ−グルカンが濃縮されることを見出した。以下本発明について詳細に説明する。
【0016】
本発明には、任意の搗精歩留まりまで精白された大麦を原料として使用することが可能であるが、好ましくは糊粉層以降まで搗精された、より好ましくは更に搗精を進め、胚乳部まで剥き出しになった精白大麦を使用すると良い。これは糊粉層の細胞壁よりも胚乳細胞壁の方がより高い比率でβ−グルカンを含有しているからである。
搗精歩留まりは概ね80%以下の精白大麦を使用することが望まれる。原料に使用する大麦品種としては、二条大麦よりも、比較的麦粒が小さく、胚乳細胞壁が厚い六条大麦を選択する方が好適である。
【0017】
精白大麦に対し、元来原料が保持している水分に加えて、加水後水分が16%〜22重量%、好ましくは19〜20%となるように水を添加し、良く攪拌後、組織の軟化を目的として50〜80℃でテンパリングを行う。
加水量は、低すぎるとこれ以降のβ−グルカン濃縮効果が顕著に低下してしまい、多すぎるとカビの発生要因となったり、粉砕時のハンドリング性低下につながったりする。
テンパリング時間は、組織の軟化が完了する任意の時間を設定すればよいが、50℃の温度環境下に於いても1時間程度継続して実施すれば、その目的は達せられる。
【0018】
テンパリング後の原料は、乾燥、冷却させることなく、できるだけ速やかに衝撃式の粉砕機や気流式の粉砕機にて粉砕する。ここで衝撃式や気流式の粉砕機を使用するのは、粉砕時の衝撃により胚乳細胞壁を破壊し、細胞内部に含有される大麦澱粉粒をより容易に排出させやすくするためである。
小麦製粉に用いられるロール式の粉砕機や、石臼式(磨砕式)の粉砕機によって粉砕された大麦粉については、分級によるβ−グルカン濃縮効果はあまり確認されない。
当該大麦粉は篩い分け法や、空気分級法等、通常用いられる任意の分級法により、粗粉部と微粉部に分離する。得られた微粉部は澱粉粒が主体であるため、分級前の大麦粉と比し、相対的にβ−グルカン含有量が低くなるのに対し、粗粉部は細胞壁由来の大きめの粒子を多く含むため、β−グルカンを高濃度で含有することとなる。
【0019】
尚、加水・テンパリング処理を施さない精白大麦を、そのまま粉砕、分級処理することによっても、β−グルカン濃縮効果は確認されるものの、加水・テンパリング処理を施した場合と比し、濃縮効果が低くなる。
また、加水・テンパリング処理を施し、分級処理にかけ、β−グルカンを濃縮させた粗粉部について、衝撃式若しくは気流式粉砕機により再粉砕し、再度分級処理を施し粗粉部を回収することにより、β−グルカン濃縮効果は更に高まる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明について実施例を挙げて説明するが、これによって本発明は限定されるものではない。以下の実施例において、粗タンパク質、灰分、脂質、炭水化物は定法に従い測定した。また、β−グルカンはMcCLEARY(AACC32−23)法に従い、総食物繊維はProsky法に従い測定した。
【実施例1】
【0021】
六条大麦を原料とし、対玄麦で65%まで搗精した精麦製品に、加水後水分が16、19および22%となるように水を添加し、良く攪拌後、水分の蒸発を防ぐためにポリ容器に密封し、60℃の環境下で1時間保持してテンパリングを行った。
得られたテンパリング品は、即座に衝撃式粉砕機(ホソカワミクロン社製試験粉砕機PULVELIZER)にて、φ0.5mmのスクリーンメッシュを通過させて粉砕し、β−グルカンの濃縮を目的として100mesh(目開き150μm)の振動篩にて分級し粗粉部を回収した。
[比較例1]
【0022】
加水・テンパリング処理を施さない以外は[実施例1]と同様にして分級品を得た。
[実施例1]および[比較例1]で調製された粉砕品の分級前β−グルカン含量および、分級にて回収された粗粉部のβ−グルカンおよび水分の分析結果を表1に示した。[比較例1]においても、粉砕、分級によるβ−グルカン濃縮効果は確認されているが、[実施例1]で得られた全ての粗粉部のβ−グルカン含量は[比較例1]で調製した粗粉部のそれ(8.8%)を上回り、加水、テンパリング、粉砕、分級によるβ−グルカン濃縮効果は明らかとなった。

【表1】

【実施例2】
【0023】
六条大麦を原料とし、対玄麦で65%まで搗精した精麦製品に、加水後水分が19%となるように水を添加し、良く攪拌後、ポリ容器に密封し、60℃の環境下で1時間保持してテンパリングを行った。得られたテンパリング品は、即座に[実施例1]で用いたものと同一の衝撃式粉砕機にて、φ1.0mmのスクリーンメッシュを通過させて粉砕した。粉砕品は空気分級機(日清エンジニアリング社製試験分級機TC−15MS)にて、Air流量3.0m3/min、分級ローター回転数3,200min-1で粗粉部と微粉部に分級した。
【0024】
回収された粗粉部を、再度同一の衝撃式粉砕機にて、φ0.3mmのスクリーンメッシュを通過させて粉砕し、これを空気分級機にて、Air流量3.0m3/min、分級ローター回転数3,400min-1で分級し、得られた粗粉部をβ−グルカン高含有画分とした。
[比較例2]
【0025】
加水・テンパリング処理を施さない以外は[実施例2]と同様にして分級粗粉部を得た。
[実施例2]および[比較例2]で得られた分級粗粉部の対原料回収率、分析結果、並びに[比較例2]と同様にして精麦製品を粉砕したのみの大麦粉(対照)の分析結果を表2に示した。[実施例2]、[比較例2]共に対照の大麦粉と比し、β−グルカン含量が高まっていた。[実施例2]で得られた分級粗粉部のβ−グルカン含量(16.8%)は、[比較例2]で得られた粗粉部のそれ(14.0%)を上回った。加水、テンパリング、粉砕、分級によるβ−グルカン濃縮効果が明らかとなった。
【0026】
また、実施例2で得られた粗粉部ついては食物繊維含量も36.6%と高く、該粉体が高食物繊維素材としても利用可能であることも明らかとなった。
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
精白大麦に対し、加水後水分が16〜22重量%となるように水を添加し、攪拌後、50〜80℃で少なくとも約1時間テンパリングして精白大麦の組織を軟化させ、その後精白大麦を精白大麦に衝撃を付与する粉砕機で粉砕し、その後分級して粗粉部を取り出すことを特徴するβ−グルカンを主体とする食物繊維を豊富に含む大麦粉の製造方法。
【請求項2】
前記精白大麦が、糊粉層以降まで搗精された大麦であることを特徴する請求項1記載のβ−グルカンを主体とする食物繊維を豊富に含む大麦粉の製造方法。
【請求項3】
前記精白大麦が、胚乳部まで剥き出しになった大麦であることを特徴する請求項1記載のβ−グルカンを主体とする食物繊維を豊富に含む大麦粉の製造方法。
【請求項4】
前記精白大麦が、約80%以下に搗精された大麦であることを特徴する請求項1記載のβ−グルカンを主体とする食物繊維を豊富に含む大麦粉の製造方法。
【請求項5】
前記加水後水分が、19〜20重量%であることを特徴する請求項1記載のβ−グルカンを主体とする食物繊維を豊富に含む大麦粉の製造方法。
【請求項6】
前記精白大麦を粉砕するために、精白大麦を衝撃を付与する粉砕機が、衝撃式若しくは気流式粉砕機であることを特徴する請求項1記載のβ−グルカンを主体とする食物繊維を豊富に含む大麦粉の製造方法。
【請求項7】
前記分級処理にかけ、β−グルカンを濃縮させた粗粉部について、衝撃式若しくは気流式粉砕機により再粉砕し、再度分級処理を施して粗粉部を回収することを特徴する請求項1記載のβ−グルカンを主体とする食物繊維を豊富に含む大麦粉の製造方法。

【公開番号】特開2010−110296(P2010−110296A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−287625(P2008−287625)
【出願日】平成20年11月10日(2008.11.10)
【出願人】(592211688)株式会社はくばく (9)
【Fターム(参考)】