説明

β−ホスホグルコムターゼとその製造方法並びに用途

【課題】耐熱性に優れるβ−ホスホグルコムターゼとその製造方法並びに用途を提供する。
【解決手段】耐熱性に優れる嫌気性好熱菌であるサーモアナエロバクター・ブロッキイ(Thermoanaerobacter brockii)ATCC35047に由来するβ−ホスホグルコムターゼ組換え酵素を精製し性質を調べたところ、65℃においても酵素反応が可能な優れた耐熱性を有することを見出した。従来の酵素と比べて、より高い温度で利用できるので、少ない酵素量で長時間の反応が可能となり、反応液の雑菌汚染の懸念も少ない。当該酵素をコードするDNA、当該酵素の製造方法とこれを用いたオリゴ糖の製造方法を提供。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β−ホスホグルコムターゼ、当該酵素をコードするDNA、当該酵素の製造方法及び当該酵素を用いたオリゴ糖の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、マルトース、トレハロース、コージビオースなどのオリゴ糖とその機能が注目され、これらオリゴ糖の多様な製造方法が各方面から広く検討されている。これらオリゴ糖を製造する方法として、従来、マルトースホスホリラーゼ、トレハロースホスホリラーゼ(例えば、特許文献1を参照)、スクロースホスホリラーゼ、セロビオースホスホリラーゼ、ラミナリビオースホスホリラーゼ、コージビオースホスホリラーゼ(例えば、特許文献2を参照)など種々の二糖類ホスホリラーゼの合成反応を利用する方法が知られている。しかしながら、二糖類ホスホリラーゼを利用するオリゴ糖の合成において、基質となるα−D−グルコース−1−リン酸又はβ−D−グルコース−1−リン酸(以下、本明細書では「β−D−グルコース−1−リン酸」を「β−G1P」と略称する。)をどのように供給するかその手段が課題となっている。
【0003】
一方、D−グルコース−6−リン酸(以下、本明細書では「G6P」と略称する。)をβ−G1Pに変換する酵素としてβ−ホスホグルコムターゼ(EC 5.4.2.6、以下、本明細書では「β−PGM」と略称する。)が知られている。β−PGMの給源としてはラクトコッカス・ラクチス(Lactococcus lactis)などの微生物が知られている(非特許文献1を参照)ものの、β−PGMの酵素的特性は詳細に調べられておらず、また、耐熱性が低いという問題点がある。例えば、ラクトコッカス・ラクチス由来のβ−PGMの反応至適温度は45℃、温度安定性は40℃までである。酵素の耐熱性は、酵素反応を実用化する際、極めて重要な因子であり、耐熱性に優れる酵素は、少量の酵素量で長時間反応できるため、酵素反応における酵素量が低減でき経済的に有利である。また、工業的な利用を考慮すると、雑菌汚染を防止するため55℃以上、望ましくは、60℃以上で反応を行うことが好ましい。このような観点から、耐熱性に優れるβ−PGMが望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−304881号公報
【特許文献2】特開平10−304882号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】キアン(Qian)ら、ミクロバイオロジー(Microbiology),143巻、855乃至865頁(1997年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、耐熱性に優れるβ−PGMとその製造方法並びに用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記課題を解決するために耐熱性に優れるβ−PGMを求めて、その酵素を産生する微生物を広く検索した。その過程において、嫌気性好熱菌であるサーモアナエロバクター(Thermoanaerobacter)属に属する微生物サーモアナエロバクター・ブロッキイ(Thermoanaerobacter brockii) ATCC35047の菌体破砕抽出液にβ−PGM活性の存在を認めたものの、当該酵素活性は非常に微弱であり、単離・精製するに十分な酵素量は得られなかった。そこで、サーモアナエロバクター属微生物のゲノムDNAに認められたβ−PGM遺伝子と推定されるDNAに相当するDNAをサーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047よりクローニングし、これを含む組換えDNAで大腸菌を形質転換し、培養して組換え酵素を調製した。この組換え酵素を精製し性質を調べたところ、65℃においても酵素反応が可能な優れた耐熱性を有するβ−PGMであることを見出した。このβ−PGMは従来のβ−PGMと比べて、より高い温度で利用できるので、少ない酵素量で長時間の反応が可能で反応液の雑菌汚染の懸念も少ないと考えられた。さらに、本β−PGMをサーモアナエロバクター属由来のトレハロースホスホリラーゼ又はコージビオースホスホリラーゼと組み合わせれば、G6Pとグルコースとを基質としてトレハロースやコージオリゴ糖などのオリゴ糖が効率よく製造できることを見出した。本発明はかかる知見により完成されたものである。
【0008】
すなわち、本発明は、耐熱性に優れるβ−PGMと、当該酵素コードするDNA、当該酵素の製造方法とこれを用いたオリゴ糖の製造方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明のβ−PGMは、組換え微生物における大量発現が可能で、耐熱性が高く精製も容易である。また、本発明のβ−PGMは、耐熱性が高いためβ−G1PとG6Pの変換反応を工業的レベルで利用する上で有利に用いることができる。さらには、同等の耐熱性を有するトレハロースホスホリラーゼやコージビオースホスホリラーゼなどの二糖類ホスホリラーゼと組み合わせることにより、グルコースとG6Pとを基質としてトレハロースやコージオリゴ糖などのオリゴ糖を効率よく製造することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
β−PGMは、β−G1PとG6Pの相互変換を触媒する酵素である。本発明のβ−PGMとは、具体的には下記の理化学的性質を有する酵素を意味する。
(1)作用
G6Pをβ−G1Pに変換し、β−G1PをG6Pに変換する;
(2)分子量
SDS−ゲル電気泳動法において、25,000±5,000ダルトン;
(3)至適温度
10mMのMg2+イオン存在下、pH6.5、30分間反応の条件下で65℃;
(4)至適pH
10mMのMg2+イオン存在下、55℃、30分間反応の条件下でpH6.5;
(4)温度安定性
10mMのMg2+イオン存在下、pH6.5、30分間保持する条件下で60℃まで安定;
(5)pH安定性
10mMのMg2+イオン存在下、37℃、24時間保持する条件下でpH4.5乃至9.0の範囲で安定;
(6)金属イオンによる活性化
Mg2+、Mn2+、Co2+イオンにより活性化される;
【0011】
本発明のβ−PGMの活性は、本明細書を通じて以下のようにして測定した。反応液における終濃度としてβ−G1Pを2mM、MOPS緩衝液(pH6.5)を30mM、MgClを10mMとなるよう調製した基質溶液750μlに酵素液50μlを加えて800μlの反応液とし、55℃で30分間反応を行った後、沸騰湯浴中で10分間加熱し反応を停止させる。この反応停止液に含まれるG6Pを定量するため、2mMのNADP(ロシュ社販売)と1.25単位のG6Pデヒドロゲナーゼ(ロシュ社販売)とを含む0.5M トリス−塩酸緩衝液(pH7.5)を200μl加えて、30℃で30分間反応を行う。この反応液の340nmの吸光度を測定し、生じたNADPHを定量することにより反応停止液中のG6Pを定量する。本β−PGMの活性1単位は、上記条件下で1分間に1μmolのβ−G1PをG6Pに変換する酵素量と定義する。
【0012】
本発明のβ−PGMは、通常、特定のアミノ酸配列を有しており、その一例としては、例えば、配列表における配列番号1で示されるアミノ酸配列又はそれに相同的なアミノ酸配列が挙げられる。配列表における配列番号1で示されるアミノ酸配列に相同的なアミノ酸配列としては、β−G1PとG6Pの相互変換を触媒するという酵素活性を変えることなく、配列表における配列番号1で示されるアミノ酸配列において1個以上10個未満のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加したアミノ酸配列が挙げられる。
【0013】
本発明のDNAとは、上記の配列表における配列番号1で示されるアミノ酸配列又はそれに相同的なアミノ酸配列を有するβ−PGMをコードするものを意味する。本発明のDNAは、当該β−PGMをコードするものである限り、それが天然由来のものであっても、人為的に合成されたものであってもよい。天然の給源としては、例えば、サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047を含むサーモアナエロバクター属の微生物が挙げられ、これらの菌体から本発明のDNAを含むゲノムDNAを得ることができる。すなわち、斯かる微生物を栄養培地に接種し、嫌気的条件下で約1乃至3日間培養後、培養物から菌体を採取し、リゾチームやβ−グルカナーゼなどの細胞壁溶解酵素や超音波で処理することにより当該DNAを含むゲノムDNAを菌体外に溶出させる。このとき、プロテアーゼなどの蛋白質分解酵素を併用したり、SDSなどの界面活性剤を共存させたり凍結融解してもよい。斯くして得られる処理物に、例えば、フェノール抽出、アルコール沈殿、遠心分離、リボヌクレアーゼ処理などの常法を適用すれば目的のゲノムDNAが得られる。本発明のDNAを人為的に合成するには、例えば、配列表における配列番号1で示されるアミノ酸配列に基づいて化学合成すればよい。また、当該DNAを含むゲノムDNAを鋳型として、適当なプライマーとなる化学合成オリゴヌクレオチドを用いてPCR合成することも有利に実施できる。
【0014】
本発明のDNAは、通常、特定の塩基配列を有しており、その一例としては、例えば、配列表における配列番号2で示される塩基配列又はそれに相同的な塩基配列、又はそれらの塩基配列に相補的な塩基配列が挙げられる。配列表における配列番号2で示される塩基配列に相同的な塩基配列としては、コードする酵素の活性を保持する範囲で、配列番号3で示される塩基配列において1個以上30個未満の塩基が欠失、置換若しくは付加した塩基配列、さらには、配列表における配列番号2で示される塩基配列において、遺伝暗号の縮重に基づき、コードする酵素のアミノ酸配列を変えることなく塩基の1個又は2個以上を他の塩基に置換した塩基配列が挙げられる。
【0015】
本発明のDNAを、自律複製可能な適宜のベクターに挿入して組換えDNAとすることも有利に実施できる。組換えDNAは、通常、DNAと自律複製可能なベクターとからなり、DNAが入手できれば、常法の組換えDNA技術により比較的容易に調製することができる。斯かるベクターの例としては、pBR322、pUC18、pBluescript II SK(+)、pUB110、pTZ4、pC194、pCR−Script Cam SK+、pHV14、TRp7、YEp7、pBS7などのプラスミドベクターやλgt・λC、λgt・λB、ρ11、φ1、φ105などのファージベクターが挙げられる。この内、本発明のDNAを大腸菌で発現させるには、pBR322、pUC18、pBluescript II SK(+)、pCR−Script Cam SK+、λgt・λC及びλgt・λBが好適であり、一方、枯草菌で発現させるには、pUB110、pTZ4、pC194、ρ11、φ1及びφ105が好適である。pHV14、TRp7、YEp7及びpBS7は、組換えDNAを二種以上の宿主内で複製させる場合に有用である。DNAを斯かるベクターに挿入するには、斯界において通常一般の方法が採用される。具体的には、まず、DNAを含むゲノムDNAと自律複製可能なベクターとを制限酵素により切断し、次に、生成したDNA断片とベクター断片とを連結する。遺伝子DNA及びベクターの切断にヌクレオチドに特異的に作用する制限酵素、とりわけII型の制限酵素、詳細には、Sau 3AI、Eco RI、Hind III、Bam HI、Sal I、Xba I、Sac I、Pst I、Nde Iなどを使用すれば、DNA断片とベクター断片とを連結するのが容易である。必要に応じて、両者をアニーリングした後、生体内又は生体外でDNAリガーゼを作用させればよい。斯くして得られる組換えDNAは、適宜宿主に導入して形質転換体とし、これを培養することにより無限に複製可能である。
【0016】
このようにして得られる組換えDNAを、大腸菌、枯草菌、放線菌、酵母などの適宜の宿主微生物に導入することにより形質転換体を得ることができる。形質転換体を取得するには、コロニーハイブリダイゼーション法を適用するか、栄養培地で培養して粗酵素を調製し、β−G1PとG6Pの相互変換を触媒するものを選択すればよい。
【0017】
本発明のβ−PGM産生能を有する微生物(形質転換体を含む)の培養に用いる培地は、微生物が生育でき、β−PGMを産生しうる栄養培地であればよく、合成培地および天然培地のいずれでもよい。炭素源としては、微生物が生育に利用できる物であればよく、例えば、澱粉の部分分解物やグルコース、フラクトース、ラクトース、スクロース、マンニトール、ソルビトール、糖蜜などの糖質、また、クエン酸、コハク酸などの有機酸も使用することができる。培地におけるこれらの炭素源の濃度は炭素源の種類により適宜選択できる。窒素源としては、例えば、アンモニウム塩、硝酸塩などの無機窒素化合物および、例えば、尿素、コーン・スティープ・リカー、カゼイン、ペプトン、酵母エキス、肉エキスなどの有機窒素含有物を適宜用いることができる。また、無機成分としては、例えば、カルシウム塩、マグネシウム塩、カリウム塩、ナトリウム塩、リン酸塩、マンガン塩、亜鉛塩、鉄塩、銅塩、モリブデン塩、コバルト塩などの塩類を適宜用いることができる。更に、必要に応じて、アミノ酸、ビタミンなども適宜用いることができる。
【0018】
培養には、本発明のβ−PGM産生能を有する微生物が良好に生育する条件を適宜選択して用いればよい。例えば、サーモアナエロバクター属の微生物を用いる場合、培養は、通常、温度50乃至80℃、好ましくは、60乃至70℃、pH5乃至8、好ましくは、pH6.5乃至7.5の範囲から選ばれる条件で嫌気的に行われる。培養時間は当該微生物が増殖し得る時間であればよく、好ましくは10乃至60時間である。また、微生物が形質転換体である場合、培養条件はその宿主微生物の種類によって異なるものの、通常、温度15乃至37℃でpH5.5乃至10の範囲、好ましくは温度20乃至50℃、pH2乃至9の範囲から選ばれる条件で、通気攪拌する好気的な条件下で10時間乃至150時間とすればよい。また、培養方式は、回分培養または連続培養のいずれでもよい。
【0019】
このようにして微生物を培養した後、本発明の酵素を含む培養物を回収する。本発明のβ−PGM活性は、主に菌体内に認められ、菌体を粗酵素として採取することも、菌体破砕抽出液を粗酵素液として用いることもできる。培養物から菌体を回収するには公知の固液分離法が採用される。例えば、培養物そのものを遠心分離する方法、あるいは、プレコートフィルターなどを用いて濾過分離する方法、平膜、中空糸膜などの膜濾過により分離する方法などが適宜採用される。菌体破砕抽出液は、そのまま粗酵素液として用いることができるものの、一般的には、濃縮して用いられる。濃縮法としては、硫安塩析法、アセトン及びアルコール沈殿法、平膜、中空膜などを用いた膜濃縮法などを採用することができる。
【0020】
本発明のβ−PGMが組換え酵素である場合には、宿主の種類によっては菌体内に酵素が蓄積することがある。このような場合には、菌体又は培養物をそのまま使用することも可能であるものの、通常は使用に先立ち、必要に応じて、浸透圧ショックや界面活性剤により菌体から抽出した後、又は、超音波や細胞壁溶解酵素により菌体を破砕した後、濾過、遠心分離などにより組換え型酵素を菌体又は菌体破砕物から分離して用いることも有利に実施できる。
【0021】
上記のように本発明のβ−PGMは、菌体破砕抽出液などの粗酵素液をそのまま又は濃縮して用いることができるものの、必要に応じて、公知の方法によって、さらに分離・精製して利用することもできる。また、本発明のβ−PGMが形質転換体を培養して得た組換え型酵素の場合、宿主由来の蛋白質よりも耐熱性に優れる点を利用して、菌体破砕抽出液を硫安塩析して濃縮した粗酵素標品を、約60℃で一定時間熱処理することにより夾雑する他の蛋白質を熱変性させ、変性により沈澱する蛋白質を遠心分離などで除去することにより精製することができる。さらに、熱処理して得られる部分精製酵素標品を透析後、『リソース(Resource) Q』カラムなどを用いた陰イオン交換カラムクロマトグラフィー、続いて、『スーパーデックス(Superdex)75』カラムなどを用いたゲル濾過クロマトグラフィーを用いて精製することにより、本発明のβ−PGMを電気泳動的に単一な酵素として得ることができる。
【0022】
更に、β−PGM活性を有する菌体破砕抽出液、濃縮液又は精製した酵素液を用いて、本発明のβ−PGMを公知の方法により固定化酵素とすることもできる。酵素の固定化方法としては、例えば、イオン交換体への結合法、樹脂及び膜などとの共有結合法・吸着法、高分子物質を用いた包括法などを適宜採用できる。
【0023】
本発明のβ−PGMの基質としてはG6P又はβ−G1Pが用いられる。本酵素はG6Pとβ−G1Pの相互変換を触媒する酵素であるため、G6Pを基質とした場合にはβ−G1Pを、β−G1Pを基質とした場合にはG6Pをそれぞれ生成する。本発明のβ−PGMを基質に作用させるに際し、その基質濃度は特に限定されず、例えば、基質濃度0.1%(w/v)の比較的低濃度の溶液を用いた場合でも、本発明のβ−PGMの反応は進行してG6Pからはβ−G1Pを、また、β−G1PからG6Pを生成する。工業的には、基質濃度1%(w/v)以上が好適であり、この条件下で、G6P又はβ−G1Pを有利に生成できる。反応温度は反応が進行する温度、即ち70℃付近までで行えばよい。好ましくは50乃至65℃付近の温度を用いる。反応pHは、通常、5.0乃至8.0の範囲、好ましくはpH6.0乃至7.0の範囲に調整するのがよい。酵素の使用量と反応時間とは密接に関係しており、酵素の使用量と反応時間は目的とする酵素反応の進行により適宜選択すればよい。
【0024】
本発明のβ−PGMは、β−G1Pを基質として消費する他の酵素、例えば、トレハロースホスホリラーゼ、コージビオースホスホリラーゼなどの二糖類ホスホリラーゼと組み合わせて作用させると、G6Pが効率よくβ−G1Pに変換されるので、G6Pとグルコースとから効率良くトレハロース又はコージオリゴ糖などのオリゴ糖を製造することができる。また、この反応系に、さらに、ATPとグルコースとからG6Pを生成するATPグルコキナーゼ(EC 2.7.1.2)やポリリン酸とグルコースとからG6Pを生成するポリリン酸グルコキナーゼ(EC 2.7.1.63)などのグルコキナーゼを組み合わせれば、グルコースを原料として上記のオリゴ糖を製造することが可能となる。
【0025】
上記の反応系によって得られたオリゴ糖含有糖液は、必要に応じて、目的のオリゴ糖が非還元性である場合には、水素添加して反応液中に残存する還元性糖質を糖アルコールに変換して還元力を消滅せしめるなどの更なる加工処理を施すことも随意である。オリゴ糖の精製方法としては、糖の精製に用いられる通常の方法を適宜採用すればよく、例えば、活性炭による脱色、H型、OH型イオン交換樹脂による脱塩、イオン交換カラムクロマトグラフィー、活性炭カラムクロマトグラフィー、シリカゲルカラムクロマトグラフィーなどのカラムクロマトグラフィーによる分画、適度な分離性能を有する膜による分離、更には、目的のオリゴ糖を利用せず夾雑糖質を資化、分解する微生物、例えば酵母などによる発酵処理や、目的のオリゴ糖が非還元性である場合には、アルカリ処理などにより残存している還元性糖質を分解除去するなどの1種または2種以上の精製方法が適宜採用できる。
【0026】
とりわけ、オリゴ糖の工業的な精製方法としては、イオン交換カラムクロマトグラフィーの採用が好適であり、例えば、特開昭58−23799号公報、特開昭58−72598号公報などに開示されている強酸性カチオン交換樹脂を用いるカラムクロマトグラフィーにより夾雑糖類を除去し、目的オリゴ糖含量を向上させた糖組成物を有利に製造することができる。この際、固定床方式、移動床方式、疑似移動床方式のいずれの方式を採用することも随意である。
【0027】
以下、実験により本発明をさらに具体的に説明する。
【0028】
<実験1:β−PGMをコードするDNAのクローニング及びこれを含む組換えDNAと形質転換体の調製>
β−PGMをコードするDNAをサーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047からクローニングし、自律複製可能な組換えDNAの作製、酵素をコードするDNAの塩基配列の決定及び形質転換体の調製を行った。
【0029】
<実験1−1:ゲノムDNAの調製>
本願と同じ出願人による特開平10−304882号公報の実施例A−2に記載の方法に従い、サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047株のゲノムDNAを調製した。
【0030】
<実験1−2:β−PGMをコードするDNAのクローニング及び塩基配列の決定>
非特許文献1記載のラクトコッカス・ラクチス由来β−PGMのアミノ酸配列に基づき、サーモアナエロバクター属微生物に由来し、且つ、同アミノ酸配列と相同性を示すアミノ酸配列を有する蛋白質を、データベース『GenBank』を対象に検索したところ、サーモアナエロバクター・テングコンジェンシス(Thermoanaerobacter tengcongensis) MB4のゲノムDNA(Accession NC 003869)において、推定ホスホヘキソムターゼをコードするDNAが認められた。なお、当該推定ホスホヘキソムターゼは配列表における配列番号3で示されるアミノ酸配列を有しており、配列表における配列番号4で示される塩基配列を有するDNAにコードされていた。サーモアナエロバクター・ブロッキイATCC35047のβ−PGMのアミノ酸配列は、上記サーモアナエロバクター・テングコンジェンシス MB4の推定ホスホヘキソムターゼのアミノ酸配列と全域にわたって相同性が高いと仮定し、サーモアナエロバクター・ブロッキイATCC35047由来のβ−PGMをコードするDNAのクローニングを試みた。
【0031】
配列表における配列番号3で示されるアミノ酸配列(サーモアナエロバクター・テングコンジェンシス MB4由来推定ホスホヘキソムターゼ)の第12乃至第18番目のアミノ酸配列に基づき、センスプライマーとして配列表における配列番号5で示される塩基配列を有するオリゴヌクレオチドを合成し、同第183乃至第189番目のアミノ酸配列に基づき、アンチセンスプライマーとして配列表における配列番号6で示される塩基配列を有するオリゴヌクレオチドを合成した。これらのプライマーを用い、実験1−1で得たゲノムDNAを鋳型とし、KOD−プラス−DNAポリメラーゼ(宝酒造株式会社販売)をPCR酵素として、DNA サーマルサイクラー PJ2000(パーキン・エルマー社製造)を用いて常法によりPCR増幅を行ったところ、約500bpのDNA断片が増幅された。このDNA断片をクローニングベクターpCR−Script Cam SK+(ストラタジーン社製)の制限酵素Srf Iサイトにクローニングし、得られた組換えDNAを用いて大腸菌XL10−Goldを形質転換した。形質転換体からプラスミドを調製して調べたところ、目的とする約500bpのDNA断片を有していた。その組換えプラスミドを「pCR−interPGM」と命名した。
【0032】
組換えプラスミドpCR−interPGMが有する約500bpのDNA断片の塩基配列を、通常のジデオキシ法により解読したところ、鎖長507bpであり、当該DNA断片の塩基配列がコードするアミノ酸配列は、前記サーモアナエロバクター・テングコンジェンシス MB4の推定ホスホヘキソムターゼの部分アミノ酸配列(配列表における配列番号3で示されるアミノ酸配列の部分アミノ酸配列)と約95%の高い相同性を有していた。この結果から、得られたDNA断片はβ−PGMをコードするDNAの一部と推察された。
【0033】
上記のβ−PGMをコードするDNAの一部と推察されたDNA断片が制限酵素Msp Iにて切断されないことを予め確認した後、実験1−1で得たゲノムDNAを制限酵素Msp Iにて消化し、消化物をセルフライゲーションさせて環状化ゲノムを得た。β−PGMをコードするDNAの一部と推定されたDNA断片の塩基配列に基づき、配列表における配列番号7及び8で示される塩基配列を有するオリゴヌクレオチドをそれぞれセンスプライマー及びアンチセンスプライマーとして合成し、上記環状化ゲノムを鋳型としてPCRを行ったところ、約4,500bpの増幅DNA断片が得られた。
【0034】
得られた約4,500bpのDNA断片の塩基配列を、直接、常法のジデオキシ法により解読したところ、目的遺伝子の5'末端側は解読できたものの3'末端側が解読できなかった。そこで、ゲノムDNAを、解読できたβ−PGM遺伝子領域内に認識部位が1箇所存在する制限酵素Hind IIIで切断した後、セルフライゲーションさせて得た環状化ゲノムを鋳型として、再度、配列表における配列番号7及び8で示される塩基配列を有するオリゴヌクレオチドをそれぞれセンスプライマー及びアンチセンスプライマーとしてPCR増幅を行い約1500bpのDNA断片を得た。得られたDNAの塩基配列を、常法のジデオキシ法により解読し、上記で解読したものと合わせてサーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047のβ−PGMをコードするDNAの塩基配列及びこれにコードされるβ−PGMのアミノ酸配列を決定した。その結果、サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047のβ−PGMは、配列表における配列番号1で示される215残基のアミノ酸配列からなり、且つ、当該酵素をコードするDNAは、配列表における配列番号2で示される鎖長645bpの塩基配列を有することが判明した。なお、配列表における配列番号1で示されるアミノ酸配列から算出される分子量は24,363ダルトンであった。
【0035】
<実験1−3:β−PGMをコードするDNAの再クローニングと塩基配列の再確認>
実験1−2で決定したβ−PGMをコードするDNAの塩基配列を確定させる目的で、当該塩基配列における翻訳開始コドン及び終始コドンを含むプライマー、すなわち、配列表における配列番号9及び10で示される塩基配列を有するオリゴヌクレオチドを合成し、それぞれをセンスプライマー及びアンチセンスプライマーとして用いて、実験1−1で得たゲノムDNAを鋳型としてPCRを行い、β−PGMの全域をコードするDNAの再クローニングを行い、組換えDNA、pCR−PGMを得た。pCR−PGMに含まれるDNAの塩基配列を常法のジデオキシ法により決定したところ、実験1−2で決定した配列表における配列番号2で示される塩基配列と全く同一の塩基配列を含んでいた。
【0036】
次いで、上記で再クローン化したβ−PGMの全域をコードするDNAを発現用ベクターに組込む目的で、当該DNAの上流に制限酵素Nde I認識部位を導入し、下流に制限酵素Eco RI認識部位を導入し、また、終止コドンが本来のTAGからTAAに変わるよう設計したプライマー、すなわち、配列表における配列番号11及び12でそれぞれ示される塩基配列を有するオリゴヌクレオチドを合成し、それぞれをセンスプライマー及びアンチセンスプライマーとして用い、実験1−1で得たゲノムDNAを鋳型としてPCRを行い、増幅DNA断片をベクターpCR−Script Cam SK+(ストラタジーン社製)の制限酵素Nde I−Eco RIサイトにクローニングし、得られた組換えDNAをpCR−TbPGMと命名した。
【0037】
<実験2:発現用組換えDNA、pRSET−TbPGM−2と形質転換体の調製>
組換えDNA、pCR−TbPGM中のβ−PGMをコードするDNAを発現用ベクターに挿入し、得られた発現用組換えDNAを大腸菌に導入し形質転換体を調製した。
【0038】
実験1−3で得たβ−PGMをコードするDNAを含む組換えDNA、pCR−TbPGMを制限酵素Nde I及びEco RIにより消化し、70℃で30分間熱処理して制限酵素を失活させた。この消化物を用いて、予め制限酵素Nde I及びEco RIで消化した発現ベクター、pRSET A(インビトロジェン株式会社販売)に市販のキット(商品名「Ligation Kit Ver.2.1、宝酒造製)を用いて挿入した。この反応物を用いて大腸菌BL21(DE3)(東洋紡製)を形質転換し、目的とする組換えDNAを保持する形質転換体を選択し、この形質転換体から組換えDNAを単離して『pRSET−TbPGM−2』と命名した。次いで、pRSET−TbPGM−2を用いて宿主大腸菌BL21(DE3)(ノバジェン社製)を形質転換して形質転換体『RSET−TbPGM−2』を調製した。
【0039】
<実験3:形質転換体の培養と組換え型β−PGMの精製>
実験2で得た形質転換体RSET−TbPGM−2を、500ml容の三角フラスコに入った100mlのLB培地(トリプトン 1%、酵母エキス 0.5%、NaCl 0.2%、pH7.5、アンピシリン 70μg/ml含有)に植菌し、27℃で24時間培養した。合計3Lの培養液から遠心分離により、湿菌体35.9gを回収し、この菌体を300mlの20mM 酢酸緩衝液(pH6.5、NaClを20mM、DTTを1mM含有)に懸濁し、超音波処理して菌体を破砕し、さらに遠心分離により不溶物を除去し、菌体破砕抽出液340mlを採取した。この菌体破砕抽出液の33%〜80%硫安飽和塩析画分を回収し、20mM 酢酸緩衝液(pH6.5)に対して透析した後、60℃で15分間熱処理を行い、生じた変性蛋白質を遠心分離で除き、熱処理液上清を回収した。
【0040】
得られた熱処理液上清を用いて各種クロマトグラフィーにより精製を行った。まず、陰イオン交換カラム(商品名「リソース Q」、6ml、GEヘルスケアバイオサイエンス製)を用いてイオン交換クロマトグラフィーを行った。熱処理液上清8mlを30mM トリス−塩酸緩衝液(pH7.5)で平衡化したカラムにチャージし、0Mから0.5MまでのNaClリニアグラジエントにより溶出させたところ、酵素活性画分はNaCl濃度約0.01〜0.05Mで溶出した。クロマトグラムを図1に示す。次いで、回収した活性画分を限外濾過膜(商品名「アミコンウルトラ」、分画分子量5,000ダルトン、ミリポア社販売)にて膜濃縮し、スーパーデックス75カラム(26mm×60cm、GEヘルスケアバイオサイエンス製)を用いたゲル濾過クロマトグラフィーに供した。膜濃縮酵素液4mlを0.2MのNaClを含有する30mM 酢酸緩衝液(pH6.5)で平衡化したカラムにチャージして同緩衝液で溶出を行った。このゲル濾過クロマトグラフィーにおいて、酵素活性は分子量25,000ダルトンと51,000ダルトンに相当する位置に溶出し、両画分を精製酵素標品としてそれぞれ回収した。組換え型β−PGMの精製のまとめを表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
ゲル濾過クロマトグラフィーにおいて分子量25,000ダルトンを示す酵素画分と51,000ダルトンを示す酵素画分は、いずれも電気泳動的に単一にまで精製されており、後述するように、SDS−PAGEにおいていずれも25,000±5,000ダルトンの分子量を示した。また、ゲル濾過クロマトグラフィーにおいて分子量25,000ダルトンを示す酵素画分を再度ゲル濾過クロマトグラフィーに供したところ、再度、分子量25,000ダルトンを示すピークと51,000ダルトンを示すピークとに分離した(図2を参照)ことから、ゲル濾過クロマトグラフィーにおいて分子量25,000ダルトンを示す酵素画分は単量体酵素、51,000ダルトンを示す酵素画分は二量体酵素と考えられた。比活性において両酵素画分に差はほとんどなく、それぞれ159単位/mg−蛋白及び156単位/mg−蛋白であった。両酵素画分をβ−PGM精製標品として別々に回収した。精製における収率は両画分合わせて79%であった。
【0043】
<実験4:サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来β−PGMの諸性質>
【0044】
<実験4−1:分子量>
実験3の方法で得た単量体酵素及び二量体酵素と考えられるβ−PGM精製標品をそれぞれ5乃至20%(w/v)グラジエントゲルを用いたSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法に供し、同時に泳動した分子量マーカー(日本バイオ・ラッド・ラボラトリーズ株式会社製)と比較して分子量を測定したところ、いずれも分子量は25,000±5,000ダルトンであった。この値は当該酵素のアミノ酸配列(配列表における配列番号1で示されるアミノ酸配列)から算出される分子量24,363とよく一致するものであった。
【0045】
<実験4−2:至適温度及び至適pH>
実験3の方法で得たβ−PGM精製標品のうち、単量体酵素を用いて、β−PGM活性に及ぼす温度及びpHの影響を活性測定の方法に準じて調べた。これらの結果を図3(至適温度)及び図4(至適pH)に示した。β−PGMの至適温度はpH6.5、30分間反応、10mM Mg2+イオン存在下で65℃であった。至適pHは、45℃、30分間反応、10mM Mg2+イオン存在下でpH6.5であった。なお、二量体酵素についても同様に調べたところ、単量体酵素と同じであった。
【0046】
<実験4−3:温度安定性及びpH安定性>
実験3の方法で得たβ−PGM精製標品のうち、単量体酵素を用いて、β−PGMの温度安定性及びpH安定性を調べた。温度安定性は、10mM MgClを含有する30mM MOPS緩衝液(pH6.5)を用い、酵素溶液を各温度に30分間保持し、水冷した後、残存する酵素活性を測定することにより求めた。pH安定性は、酵素を10mM MgClを含有する各pHの25mM緩衝液中で37℃、24時間保持した後、pHを6.5に調整し、残存する酵素活性を測定することにより求めた。これらの結果を図5(温度安定性)及び図6(pH安定性)に示した。図5から明らかなように、本酵素は60℃まで安定であった。また、図6から明らかなように、本酵素は、少なくともpH4.5乃至9.0の範囲で安定であった。なお、二量体酵素についても同様に調べたところ、単量体酵素と同じであった。
【0047】
<実験4−4:酵素活性に及ぼす金属イオンの影響>
実験3の方法で得たβ−PGM精製標品のうち、単量体酵素を用いて、酵素活性に及ぼす金属イオンの影響を調べた。活性測定に用いる基質溶液から10mMのMgClを除いた基質溶液を用い、濃度を変えた各種金属塩存在下で活性測定した結果を表2に示す。なお、β−PGMの活性は活性測定条件と同じ10mM Mg2+イオン存在下での活性を100とした場合の相対活性で表した。
【0048】
【表2】

【0049】
表2に示すように、本β−PGMはMg2+、Mn2+又はCo2+イオンによって活性化されることが判明した。なお、二量体酵素についても同様に調べたところ、単量体酵素と同じであった。
【0050】
<実験5:β−PGM反応の平衡点>
β−PGMが触媒するβ−G1PとG6Pの相互変換反応の平衡点を調べる実験を以下のとおり行った。5.3mM β−G1P(オリエンタル酵母社販売)、26.3mM MOPS緩衝液(pH6.5)、4.27mM MgClを含む基質溶液950μlに実験3の方法で得たβ−PGMの単量体酵素50μl(1.95単位)を加えて55℃で反応を行い、反応液を経時的にサンプリングし、沸騰湯浴中で10分間加熱し反応停止した後、分析に供した。また、β−G1Pに変えてG6P(オリエンタル酵母社販売)を用いた以外は同様に処理して分析を行った。なお、反応液中のβ−G1P及びG6Pの定量は、HPAE−PAD(High Performance Anion Exchange−Pulsed Amperometric Detection)法により下記の測定条件にて行った。
<HPAE−PAD条件>
カラム:CarboPac PA1(4x250mm、日本ダイオネクス社販売)
カラム温度:40℃
溶離液A:100mM 水酸化ナトリウム水溶液(pH11.6)
溶離液B:1M 酢酸ナトリウムを含有する100mM 水酸化ナトリウム水溶液
溶離液の容量比:溶離液A 9:溶離液B 1(0〜20分)
溶離液A 8:溶離液B 2(20〜30分)
溶離液A 5:溶離液B 5(30〜40分)
流 速:1ml/分
検 出:パルスドアンペロメトリー検出器 ED40(日本ダイオネクス社製)
【0051】
図7にβ−G1Pを基質にしたときのG6P生成の経時変化を、図8にG6Pを基質にしたときのβ−G1P生成の経時変化を示す。図7及び図8において、符号●はG6Pを、符号□はβ−G1Pをそれぞれ示している。図7から明らかなように、本β−PGMはβ−G1Pに作用させると速やかにG6Pに変換した(図7における符号●)。一方、図8から明らかなように、本β−PGMはG6Pに作用させるとわずかにβ−G1Pに変換した(図8における符号□)。いずれの反応の場合にも、反応約2時間でβ−G1PとG6Pの比率は約5:95でほぼ平衡となった。本β−PGMは、55℃と高い反応温度においてもβ−G1PをG6Pに変換し、G6Pをβ−G1Pに変換する可逆反応を触媒することが確認された。
【0052】
ここまでの実験で得られたサーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来β−PGMの理化学的性質を、公知のラクトコッカス・ラクチス由来のβ−PGM(非特許文献1より抜粋)の理化学的性質とともに表3にまとめた。
【0053】
【表3】

【0054】
表3から明らかなように、サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来β−PGMは、公知のラクトコッカス・ラクチス由来のβ−PGMと比較して、至適温度及び温度安定性が20℃程度高く、耐熱性に優れる酵素であった。
【0055】
<実験6:β−PGMとトレハロースホスホリラーゼを組み合わせたグルコースとG6Pとからのトレハロースの調製>
β−PGMと、同じくサーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来のトレハロースホスホリラーゼとを組み合わせて、グルコースとG6Pとを基質としてトレハロースを酵素合成する系の構築を試みた。なお、β−PGMは実験3の方法で得た単量体酵素を、サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来のトレハロースホスホリラーゼは、本願と同じ出願人による特開平10−304881号公報の実施例A−4に記載された方法で調製し、同公報記載の方法で活性測定した組換え型トレハロースホスホリラーゼの精製標品を用いた。
【0056】
反応液の終濃度でG6P(オリエンタル酵母社販売)を10mM、酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.5)を50mM、MgClを10mMとし、グルコースの濃度を2,4,8,14及び30mMと変えて調製した基質溶液800μlに、0.13単位のトレハロースホスホリラーゼと4.28単位のβ−PGMを加えて1mlとし、pH6.2、55℃で反応を行った。反応時間は反応が平衡に達するに十分な24時間とした。反応を停止させた後、実験5で用いたHPAE−PAD法により反応液中のグルコース、G6P、β−G1P、及びトレハロースの定量を行った。結果を表4に示す。
【0057】
【表4】

【0058】
表4から明らかなように、G6Pの濃度を10mMに固定し、グルコース濃度を変化させた場合、グルコース濃度が高いほどトレハロースの生成量は増加した。一方、反応液中のトレハロースの割合が最大に達したのは、14mMのグルコースと10mMのG6Pに酵素を作用させた場合であり、そのときのトレハロース濃度は5.5mM(固形物当たり40.2質量%)であった。G6Pからβ−PGMにより生成するβ−G1Pは速やかにトレハロースホスホリラーゼによってグルコースとβ−G1Pからのトレハロース合成に利用されるため、反応液のβ−G1P濃度は低い値を維持した。
【0059】
<実験7:β−PGMとコージビオースホスホリラーゼを組み合わせたグルコースとG6Pとからのコージオリゴ糖の調製>
β−PGMと、同じくサーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来のコージビオースホスホリラーゼとを組み合わせて、グルコースとG6Pとを基質としてコージオリゴ糖を酵素合成する系の構築を試みた。なお、β−PGMは実験3で得た単量体酵素を、サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来のコージビオースホスホリラーゼは本願と同じ出願人による特開平10−304882号公報の実施例A−4に記載された方法で調製し、同公報記載の方法で活性測定した組換え型コージビオースホスホリラーゼの精製標品を用いた。
【0060】
反応液の終濃度でG6P(オリエンタル酵母社販売)を40mM、酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.7)を100mM、MgClを10mMとし、グルコースの濃度を8,16,32,48及び120mMと変えて調製した基質溶液に、1グラムのG6P当たり65.5単位のコージビオースホスホリラーゼと600単位のβ−PGMを加えて、pH6.0、55℃で反応を行った。反応時間は反応が平衡に達するに十分な72時間とした。反応を停止させた後、実験5で用いたHPAE−PAD法によりグルコース、β−G1P及びG6P定量を行った。また、コージオリゴ糖とグルコースの定量は下記HPLC条件にて行い、HPLC法で求めたグルコース濃度とHPAE−PAD法により求めたグルコース濃度をもとに、HPLC法におけるコージオリゴ糖量を計算した。結果を表5に示す。
<HPLC条件>
カラム:MCIgel CK04SS(株式会社三菱化学製造) 2本
(カラム2本を直列に連結)
溶離液:精製水
流速:0.4ml/分
カラム温度:80℃
検出:示差屈折計
【0061】
【表5】

【0062】
表5から明らかなように、G6Pの濃度を40mMに固定し、グルコース濃度を変化させた場合、グルコース濃度が高いほどコージビオース、コージトリオースなどコージオリゴ糖の総生成量は増加した。一方、反応液中のコージオリゴ糖の割合が最大に達したのは、48mMのグルコースと40mMのG6Pに酵素を作用させた場合であり、そのときのコージビオース、コージトリオース、コージテトラオース及びコージペンタオースの濃度はそれぞれ11.0mM、5.7mM、1.0mM及び0.3mMとなり、コージオリゴ糖は固形物当たり44.6質量%に達した。実験6の場合と同様に、G6Pからβ−PGMにより生成するβ−G1Pは速やかにコージビオースホスホリラーゼによってグルコースとβ−G1Pからのコージオリゴ糖の合成に利用されるため、反応液のβ−G1P濃度は低い値を維持した。
【0063】
以上の実験結果は、β−PGM産生能を有する好熱性微生物から当該酵素をコードするDNAをクローニングし、組換えDNAを適当な宿主に導入して形質転換体とし、その形質転換体を培養し、酵素を生産させ採取することによって得たβ−PGMは耐熱性に優れており、このβ−PGMを他の二糖類ホスホリラーゼと組み合わせて用いれば、グルコースとG6Pとから各種のオリゴ糖を調製できることを示している。
【0064】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。しかしながら、本発明はこれら実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0065】
<β−PGMの調製>
サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047を、特開平10−304882号公報の実験1に記載された培地に接種し、嫌気ファーメンターにて温度65℃で約50時間培養した。培養液を遠心分離して得た菌体を超音波破砕し、破砕液上清のβ−PGM活性を測定した。この活性を培養液1ml当たりに換算すると、0.03単位であった。破砕液上清を限外濾過膜にて濃縮し、得られた濃縮液を透析してβ−PGM活性を約4単位/ml有する粗酵素液をもとの培養液の総活性に対して約65%の収率で得た。
【実施例2】
【0066】
<組換え型β−PGMの調製>
実験2で得た形質転換体RSET−TbPGM−2を3LのT培地(培地1L当たり、バクト−トリプトン12g、バクト−イーストエキストラクト24g、グリセロール4ml、17mM リン酸一カリウム、72mM リン酸二カリウムを含有)を用いて37℃で24時間好気的に培養した。培養液を遠心分離して得た菌体を超音波破砕し、破砕液上清を55℃で30分間熱処理し、宿主由来の非耐熱性蛋白質を変性、失活させた。熱処理液をさらに遠心分離して得た部分精製酵素液のβ−PGM活性を測定し、培養液1ml当たりに換算すると約38単位であった。
【実施例3】
【0067】
<グルコースとG6Pとからのトレハロースの調製>
実験3で得た単量体酵素をβ−PGMとして用い、本願と同じ出願人による特開平10−304881号公報の実施例A−4に記載された方法で調製した組換え型トレハロースホスホリラーゼの精製標品を用いてグルコースとG6Pを基質としてトレハロースを調製した。反応液の終濃度でグルコースを12mM、G6P(オリエンタル酵母社販売)を10mM、酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.5)を50mM、MgClを10mMとなるように調製した基質溶液に、1グラムのG6P当たり1,650単位のβ−PGMと50単位のトレハロースホスホリラーゼを加えて55℃で25時間反応させたところ、5.8mMのトレハロースを含む反応液が得られた。反応停止後、反応液に終濃度0.1mMのCaClを添加し、反応液中のリン酸をリン酸カルシウムとして沈澱させ遠心分離により除去した。得られたリン酸除去液に再度β−PGMとトレハロースホスホリラーゼを添加し、55℃で13時間反応させたところ反応液中のトレハロース濃度は7.7mMに達した。反応停止の後、反応液を電気透析し、反応液中に含まれるG6Pとβ−G1Pを除去したところ、固形物換算でトレハロースを62質量%、グルコースを38質量%含有する糖液が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明のβ−PGMは、従来公知のβ−PGMに比べ耐熱性に優れるので、β−G1PとG6Pの相互変換反応を工業的レベルで利用する上で有利に用いることができる。また、本発明のβ−PGMを二糖類ホスホリラーゼやグルコキナーゼなどと組み合わせることにより、グルコースからより付加価値の高いオリゴ糖を酵素合成する系を構築することができる。本発明は、かくも顕著な作用効果を奏する発明であり、産業上の貢献度が誠に多大な意義ある発明である。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明のβ−PGMを陰イオン交換クロマトグラフィーで精製した場合のクロマトグラムである。
【図2】本発明のβ−PGMの単量体酵素をゲル濾過クロマトグラフィーに供した場合のクロマトグラムである。
【図3】本発明のβ−PGMの酵素活性に及ぼす温度の影響を示す図である。
【図4】本発明のβ−PGMの酵素活性に及ぼすpHの影響を示す図である。
【図5】本発明のβ−PGMの安定性に及ぼす温度の影響を示す図である。
【図6】本発明のβ−PGMの安定性に及ぼすpHの影響を示す図である。
【図7】本発明のβ−PGMをβ−G1Pに作用させた場合のG6P生成の経時変化を示す図である。
【図8】本発明のβ−PGMをG6Pに作用させた場合のβ−G1P生成の経時変化を示す図である。
【符号の説明】
【0070】
図1及び2において、
○:β−PGM活性
図2において、
a:分子量51,000ダルトンを示すβ−PGM
b:分子量25,000ダルトンを示すβ−PGM
図7及び8において、
□:β−G1P
●:G6P

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の理化学的性質を有するβ−ホスホグルコムターゼ。
(1)作用
D−グルコース−6−リン酸をβ−D−グルコース−1−リン酸に変換し、β−D−グルコース−1−リン酸をD−グルコース−6−リン酸に変換する;
(2)分子量
SDS−ゲル電気泳動法において、25,000±5,000ダルトン;
(3)至適温度
10mMのMg2+イオン存在下、pH6.5、30分間反応の条件下で65℃;
(4)至適pH
10mMのMg2+イオン存在下、55℃、30分間反応の条件下でpH6.5;
(4)温度安定性
10mMのMg2+イオン存在下、pH6.5、30分間保持する条件下で60℃まで安定;
(5)pH安定性
10mMのMg2+イオン存在下、37℃、24時間保持する条件下でpH4.5乃至9.0の範囲で安定;及び
(6)金属イオンによる活性化
Mg2+、Mn2+、Co2+イオンにより活性化される;
【請求項2】
配列表における配列番号1に記載のアミノ酸配列か、当該アミノ酸配列において1個以上10個未満のアミノ酸残基が置換、欠失又は付加したアミノ酸配列を有する請求項1記載のβ−ホスホグルコムターゼ。
【請求項3】
請求項2記載のβ−ホスホグルコムターゼをコードするDNA。
【請求項4】
DNAが、配列表における配列番号2に記載の塩基配列か、遺伝暗号の縮重に基づきコードするアミノ酸配列を変えることなく配列表における配列番号2に記載の塩基配列における塩基の1個又は2個以上が他の塩基に置換した塩基配列、又は、それらの塩基配列に相補的な塩基配列を有するDNAである請求項3記載のDNA。
【請求項5】
請求項3又は4記載のDNAと自律複製可能なベクターDNAとを含んでなる組換えDNA。
【請求項6】
請求項5記載の組換えDNAを適宜の宿主に導入して得られる形質転換体。
【請求項7】
請求項1又は2記載のβ−ホスホグルコムターゼ産生能を有する微生物を栄養培地に培養し、培養物から産生したβ−ホスホグルコムターゼを採取することを特徴とするβ−ホスホグルコムターゼの製造方法。
【請求項8】
微生物が、請求項6記載の形質転換体である請求項7記載のβ−ホスホグルコムターゼの製造方法。
【請求項9】
下記の工程を含んでなるオリゴ糖の製造方法。
(1)請求項1又は2記載のβ−ホスホグルコムターゼをD−グルコース−6−リン酸に作用させてβ−D−グルコース−1−リン酸に変換する工程;
(2)得られるβ−D−グルコース−1−リン酸を二糖類ホスホリラーゼの共存下でグルコースと反応させオリゴ糖を生成させる工程;及び
(3)得られるオリゴ糖を採取する工程;
【請求項10】
二糖類ホスホリラーゼが、トレハロースホスホリラーゼ又はコージビオースホスホリラーゼである請求項9記載のオリゴ糖の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−148502(P2010−148502A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−268783(P2009−268783)
【出願日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【出願人】(000155908)株式会社林原生物化学研究所 (168)
【Fターム(参考)】