説明

β−1,3−1,6−D−グルカンの製造方法

【課題】オーレオバシジウム・プルランスを培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを高生産させることができる方法を提供する。
【解決課題】グルコン酸、及び/又はアスコルビン酸を用いて培地pHを2.7〜6に調整する工程と、得られた培地中でオーレオバシジウム・プルランスを培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを生産させる工程を含む、β−1,3−1,6−D−グルカンの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーレオバシジウム・プルランス(Aureobasidium pullulans)を培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
β−グルカン(β−1,3−D−グルカン、β−1,6−D−グルカン、又はβ−1,3−1,6−D−グルカン)はキノコ(担子菌の子実体)に多く含まれる成分であり、子実体だけでなく、培養菌糸体にも含まれている。また、β−グルカンには免疫賦活活性、抗腫瘍活性があることも知られている。例えば、スエヒロタケ、カワラタケ、シイタケから抽出されたβ−グルカンが抗がん剤などの医薬品として販売されている(特開昭61−146192号公報、特開昭62−201901号公報)。
【0003】
また、不完全菌であるオーレオバシジウム属微生物もβ−グルカンを菌体外に分泌生産することが知られている。このβ−グルカンが免疫賦活活性を有すること、腸内ビフィズス菌の増殖、便秘防止、免疫増強などの機能を果たす機能性食品や整腸剤等として利用できることが報告されている(特開昭62−201901号公報、特開平6−34071号公報、特開平5−308987号公報)。
【0004】
オーレオバシジウム属微生物によるβ−1,3−1,6−D−グルカンの分泌生産量は培養条件により異なるため、効率よく生産できる条件を見出すことが求められている。
【0005】
例えば、特許文献1は、オーレオバシジウム属微生物を、スクロース、及びアスコルビン酸を添加したツァペック培地のpHを4〜7に調整し、10〜50℃で培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを培地中に分泌生産させる方法を開示している。
【0006】
また、特許文献2は、pH6.8〜8.5に制御した液体培地を用いてオウレオバシディウム属に属する微生物を培養し、所定の高分岐及び分子量を有する着色されていないβ−1,3−1,6−D−グルカンを生産する方法を開示している。
【0007】
また、特許文献3は、オウレオバシディウム・プルランス 財団法人発酵研究所寄託番号IFO4466株を培養して高分岐β-グルカンを高生産させるために、培地成分中の炭素源について検討した結果を開示している。この文献によれば、β−グルカンが高生産された培地の炭素源はキシロースでありスクロース、フラクトースではない。
【0008】
また、特許文献4は、グルコースとフラクトースとの混合物、又はスクロースを炭素源とした水性培地でオーレオバシディウム属に属する微生物を好気的発酵により培養することにより、β−1,3−グルカンが効率よく生産されることを開示している。この方法では、水性培地が酵母エキスを特定量含有しているためにβ−1,3−グルカン生産量が多くなる。
【0009】
また、非特許文献1は、オウレオバシディウム属に属するK−1株に高分岐β−1,3−グルカンを生産させるに当たり、ツァペック培地にアスコルビン酸関連化合物を加えることにより高分岐β−1,3−グルカンの生産が促進されることを開示している。この文献は、D−グルコン酸を培地に添加した場合はグルカン生産量が殆ど変化しないことを教えている。
【0010】
しかし、上記各文献に記載の培養方法では、オーレオバシジウム・プルランスを培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを実用上十分な程度に高生産させることはできない。
【特許文献1】特開2004−321177号公報
【特許文献2】特開平9−56391号公報
【特許文献3】特開平6−340701号公報
【特許文献4】特開平7−51081号公報
【非特許文献1】Biosci. Biotech. Biochem., 57(8), 1348-1349,(1993)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、オーレオバシジウム・プルランスを培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを高生産させることができる、β−1,3−1,6−D−グルカンの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために本発明者は研究を重ね、オーレオバシジウム・プルランスを培養するに当たり、グルコン酸、及び/又はアスコルビン酸を用いてpHを3〜5に調整した培地を使用することにより、培地中に分泌されるβ−1,3−1,6−D−グルカン量が非常に高くなることを見出した。
【0013】
本発明は上記知見に基づき完成されたものであり、以下のβ−1,3−1,6−D−グルカンの製造方法を提供する。
【0014】
項1. グルコン酸を用いて培地pHを2.7〜6に調整する工程と、得られた培地中でオーレオバシジウム・プルランスを培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを生産させる工程を含む、β−1,3−1,6−D−グルカンの製造方法。
【0015】
項2. 培地中のグルコン酸濃度を0.2〜1.2%(w/v)とすることによりpHを2.7〜6に調整する項1に記載の方法。
【0016】
項3. グルコン酸に加えてアスコルビン酸を用いて培地pHを2.7〜6に調整する項1又は2に記載の方法。
【0017】
項4. 培地中のアスコルビン酸濃度を0.1%(w/v)以下とする項3に記載の方法。
【0018】
項5. 培養開始時の培地中の酸が、実質的にグルコン酸、又はさらにアスコルビン酸のみである項1〜4のいずれかに記載の方法。
【0019】
項6. 培養開始時の培地中にフラクトースが濃度1〜10%(w/v)含まれる項1〜5のいずれかに記載の方法。
【0020】
項7. 培養開始時の培地中の炭素源が、グルコン酸、又はさらにアスコルビン酸を除き、実質的にフラクトースのみである項6に記載の方法。
【0021】
項8. オーレオバシジウム・プルランスが、オーレオバシジウム・プルランスGM−NH−1A1株(FERM P−19285)である項1〜7のいずれかに記載の方法。
【0022】
項9. さらに、生産されたβ−1,3−1,6−D−グルカンを回収する工程を含む項1〜8のいずれかに記載の方法。
【0023】
項10. グルコン酸を0.2〜1.2%(w/v)含み、pH2.7〜6である培地中でオーレオバシジウム・プルランスを培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを生産させる工程を含む、β−1,3−1,6−D−グルカンの製造方法。
【0024】
項11. 培地中にアスコルビン酸が0.1%(w/v)以下の濃度で含まれる項10に記載の方法。
【0025】
項12. 培養開始時の培地中の酸が、実質的にグルコン酸、又はさらにアスコルビン酸のみである項10又は11に記載の方法。
【0026】
項13. 培地中にフラクトースが合計濃度1〜10%(w/v)含まれる項10〜12のいずれかに記載の方法。
【0027】
項14. 培地中の炭素源が、グルコン酸、又はさらにアスコルビン酸を除き、実質的にフラクトースのみである項13に記載の方法。
【0028】
項15. オーレオバシジウム・プルランスが、オーレオバシジウム・プルランスGM−NH−1A1株(FERM P−19285)である項10〜14のいずれかに記載の方法。
【0029】
項16. さらに、生産されたβ−1,3−1,6−D−グルカンを回収する工程を含む項10〜15のいずれかに記載の方法。
【0030】
項17. アスコルビン酸を用いて培地pHを2.7〜6に調整する工程と、得られた培地中でオーレオバシジウム・プルランスを培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを生産させる工程を含む、β−1,3−1,6−D−グルカンの製造方法。
【0031】
項18. オーレオバシジウム・プルランスが、オーレオバシジウム・プルランスGM−NH−1A1株(FERM P−19285)である項17に記載の方法。
【発明の効果】
【0032】
本発明方法では、オーレオバシジウム・プルランスを培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを生産させるに当たり、pH調整剤としてグルコン酸、及び/又はアスコルビン酸を用いて培地pHを2.7〜6に調整することにより、グルカンの収量が非常に高くなる。
【0033】
また、pH調整剤としてグルコン酸を使用し、かつグルコン酸を除く炭素源がフラクトースであるときには、グルカンの収量が一層高くなる。また、pH調整剤としてアスコルビン酸を使用し、かつアスコルビン酸を除く炭素源がスクロースであるときには、グルカンの収量が一層高くなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下、本発明を詳細に説明する。
(I)第1の方法
本発明の第1のβ−1,3−1,6−D−グルカンの製造方法は、グルコン酸を含み、pHが2.7〜6程度である培地中でオーレオバシジウム・プルランスを培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを生産させる工程を含む方法である。
【0035】
好ましくは、グルコン酸を用いて培地pHを2.7〜6に調整する工程と、得られた培地中でオーレオバシジウム・プルランスを培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを生産させる工程を含む方法である。
微生物
微生物は、オーレオバシジウム・プルランスであればよく、β−1,3−1,6−D−グルカン生産量の多い任意の菌株を選択して使用すればよい。中でも、オーレオバシジウム属 K−1株の変異菌株であるオーレオバシジウム・プルランスGM−NH−GM1A1株(産業技術総合研究所特許生物寄託センターにFERM P−19285として寄託済み)、及びGM−NH−GM1A2株(産業技術総合研究所特許生物寄託センターにFERM P−19286として寄託済み)は、β−1,3−1,6−D−グルカンを大量に生産する株であり、かつプルランを産生し難いために好ましい。特に、GM−NH−1A1株がより好ましい。
培地組成
本発明方法では、グルコン酸を用いてpH2.7〜6程度に調整した培地を用いる。pH3〜5程度に調整することが好ましく、pH3〜4程度に調整することがより好ましい。
【0036】
pH調整用のグルコン酸の濃度は、0.2〜1.2%(w/v)程度が好ましく、0.2〜0.5%(w/v)程度がより好ましい。また、培地中に含まれる酸は、実質的にグルコン酸のみであることが好ましい。これにより、β−1,3−1,6−D−グルカン生産量が格段に高くなる。
【0037】
上記濃度範囲のグルコン酸に加えて、アスコルビン酸を0.1%(w/v)以下の濃度で使用して、pHを2.7〜6程度に調整した培地を用いる場合も、β−1,3−1,6−D−グルカン生産量が格段に高くなる。この場合も、培地中に含まれる酸は、実質的にグルコン酸、及びアスコルビン酸のみであることが好ましい。
【0038】
培地成分としては、微生物の生育に必要な炭素、窒素が含まれていればよい。窒素源としては、硫酸アンモニウム、硝酸ナトリウム、硝酸カリウムなどの無機窒素源を挙げることができる。場合によってはβ−グルカンの生産量を上昇させるために適宜、塩化ナトリウム、塩化カリウム、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩などの無機塩、更には鉄、銅、マンガンなどの微量金属塩やビタミン類を添加するのも有効な方法である。
【0039】
炭素源としては、フラクトース、グルコース、スクロースなどの炭水化物、ペプトンや酵母エキスなどの有機栄養源を挙げることができる。中でも、β−1,3−1,6−D−グルカンの生産量が高くなる点で、フラクトース、及びスクロースが好ましく、フラクトースがより好ましい。培地中に含まれる炭素源は、pH調整剤として添加したグルコン酸、場合によりアスコルビン酸を除き、実質的にフラクトースのみ、又はスクロースのみであることが好ましく、フラクトースのみであることがより好ましい。
【0040】
培地中の炭水化物濃度(特にフラクトース濃度)は、1〜10%(w/v)程度が好ましく、3〜5%(w/v)程度がより好ましい。上記範囲であれば、β−1,3−1,6−D−グルカンの生産量が十分になるとともに、プルランの生産が抑えられて多糖中のβ−1,3−1,6−D−グルカンの比率が高くなりその精製が容易である。
【0041】
好適な培地としては、ツアペック培地において、炭素源をフルクトース、又はスクロースのみとし、0.2〜1.2%(w/v)のグルコン酸、又はさらに0.1%(w/v)以下のアスコルビン酸を添加した培地が挙げられる。
培養方法
上記説明した液体培地にオーレオバシジウム・プルランスの種培養液、又は固体培地から掻き取った菌体を接種し、10〜45℃程度、好ましくは20〜35℃程度の温度下で、通気攪拌により好気培養すればよい。種培養液の組成、及びpHは特に限定されない。
【0042】
本発明方法では、上記説明した液体培地に炭素源を培養開始時に一括して添加する回分培養を行ってもよく、基質を分割して添加する流加培養を行ってもよい。また連続培養を採用することもできる。
【0043】
回分培養の場合は、培養時間は24〜240時間程度が好ましく、72〜168時間程度がより好ましい。上記範囲であれば、β−1,3−1,6−D−グルカンの生産量が高くなる。
【0044】
一般に、流加培養法は、反応の進行によるpHの変動を滴定する酸、アルカリの滴定量、又は反応液中の基質(炭素源)濃度から基質の添加回数及び添加量を判断して、連続的、又は断続的に基質を添加する方法である(笠井ら著, 生物工学会誌,1997, 75, 255-275)。本発明で流加培養を行う場合は、炭素源を連続的、又は断続的に添加すればよい。炭素源は、滅菌した培地や水、緩衝液に溶解して添加するのが一般的である。この炭素源にはpH調整剤として添加したグルコン酸、アスコルビン酸は含まれない。特に、フラクトース、又はスクロース濃度を1〜5%(w/v)程度に保つことが好ましい。流加培養の場合は、培養時間は24〜240時間程度が好ましく、72〜168時間程度がより好ましい。上記範囲であれば、β−1,3−1,6−D−グルカンの生産量が高くなる。
【0045】
一般に、連続培養は、例えば、反応の進行によるpHの変動を滴定する酸、アルカリの滴定量、又は反応液中の基質(炭素源)濃度から基質の添加量を判断して連続的に基質を含む培地を供給し、連続的に排出される精製物を含む培養液を得る方法である(特開2004−041076)。本発明で連続培養を行う場合は、炭素源を断続的に添加し、β−1,3−1,6−D−グルカンを含む培養液を菌体ごと連続的に回収すればよい。この炭素源の定義、及びフラクトース、スクロース濃度は、流加培養について説明した通りである。
【0046】
いずれの培養方法を採用する場合も、菌の増殖に伴い、pH調整剤として添加したグルコン酸やアスコルビン酸が消費され、培地pHが上昇する。従って、培養中に、グルコン酸を培地に添加してその濃度を0.2〜1.2%(w/v)程度の範囲に保つことにより、培地pHを2.7〜6程度に制御することが好ましい。場合により、グルコン酸に加えてアスコルビン酸も使用して、培養中の培地pHを2.7〜6程度に保てばよい。アスコルビン酸は、培地中濃度が0.1%(w/v)以下になる範囲で使用することが好ましい。
β−1,3−1,6−D−グルカンの回収
このようにして得られる培養液中には菌体から分泌生産されたβ−1,3−1,6−D−グルカンが含まれており、グルカンの粘性のために、培養液は高粘度になっている。従って、通常は、菌体ごとβ−1,3−1,6−D−グルカンを含む培養液を回収すればよい。
【0047】
この培養液を15,000〜20,000g程度で1〜20分間程度遠心分離して得られる上清に、例えば有機溶媒を添加することにより、β−1,3−1,6−D−グルカンを沈殿物として得ることができる。
(I)第2の方法
本発明の第2のβ−1,3−1,6−D−グルカンの製造方法は、アスコルビン酸を含み、pHが2.7〜6程度である培地中でオーレオバシジウム・プルランスを培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを生産させる工程を含む方法である。
【0048】
好ましくは、アスコルビン酸を用いて培地pHを2.7〜6程度に調整する工程と、得られた培地中でオーレオバシジウム・プルランスを培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを生産させる工程を含む方法である。
【0049】
培地pHを2.7〜6程度に調整するのがより好ましい。培地中のアスコルビン酸濃度は0.2〜1%(w/v)程度が好ましい。また、培地中に含まれる酸は、実質的にアスコルビン酸だけであることが好ましい。アスコルビン酸を用いることにより、培地の透明度、ひいては生成するグルカンの透明度が高くなる。また、アスコルビン酸を除く炭素源は、特に限定されないが、スクロースであることが好ましい。培地組成のその他の点は、第1の方法で述べた通りである。
【0050】
また、使用する微生物、培養方法、及びグルカンの回収については第1の方法で述べた通りである。
実施例
以下、実施例及び試験例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0051】
適正pHの検討
後掲の表1に示す組成を有する液体培地5mlを、塩酸または水酸化ナトリウムを用いてpH2〜10に調整した後、試験管に入れ、121℃で、15分間、加圧蒸気滅菌を行った。ここに、予め試験管で72時間培養したオーレオバシジウム・プルランス(Aureobasidium pullulans)GM-NH-1A1株(FERM P-19285)の培養液を無菌的に100μlずつ植菌し130rpmの速度で撹拌しつつ、27℃で48時間振とう培養した。
【0052】
【表1】

【0053】
〈菌体量の測定〉
48時間後の培養液の660nmにおける吸光度を分光光度計(HITACHI U−1100 Spectrophotometer)を用いて測定し、菌体量を評価した。
〈多糖濃度測定〉
48時間培養液を1mlサンプリングし、菌体を15,000gで10分間遠心分離することにより除去する。この除菌液100μlに最終濃度が66%(w/v)になるようにエタノールを加えて多糖を沈殿させた。(多糖が存在すると白色の沈殿物が見られる。)遠心分離機にかけて上清を捨て、そこに66%(w/v)エタノール水溶液1(ml)加えて攪拌後、多糖を洗浄した。遠心分離機にかけて上清を捨て、イオン交換水1(ml)加えて多糖を溶解させた。
【0054】
試験管にこの溶液50(μl)とイオン交換水450(μl)、5(%(w/v))フェノール溶液500(μl)を入れ攪拌後、濃硫酸2.5(ml)を加えて攪拌した。室温で30分放置冷却した溶液の吸光度(Abs490nm)を測定し、グルコースを用いて作成した検量線より定量した(「糖質の化学」(朝倉書店)新家龍、南浦能至、北畑寿美雄、大西正健 編参照)。
H−NMRによる多糖の同定〉
30mgの多糖を含む培養液を15,000g、4℃で10分間遠心分離し上清を得た。この上清に最終濃度66%(v/v)になるようにエタノールを加え、多糖を沈殿させた。得られた多糖にイオン水2mlと1NのNaOH1mlを加えて溶解させ、一晩凍結乾燥させた。これを重水1〜2mlに溶解して得られる溶液をH−NMR(日本電子製500MHZ)に供することにより、多糖類に占めるβ−D−グルカンの比率をH−NMRシグナルの積分比からから求めた。H−NMRでは、4.7ppmのシグナルと4.5ppmのシグナルが観察されたが、他の多糖由来のピーク、例えばプルラン由来の5.2ppmなどは観測されなかった。このことから、多糖類中のβ−D−グルカン純度は100%と判断した。
【0055】
多糖濃度、及び菌液濁度の結果を以下の表2に示す。多糖濃度は、最も生産量が多かったpH4における多糖濃度を100として、それに対する相対値で示した。
【0056】
【表2】

【0057】
pH4に調整した液体培地において1.959mg/mlの多糖濃度が得られた。またpH3、pH5においてもそれぞれ1.006mg/ml、1.240mg/mlの多糖濃度が得られた。このことから、オーレオバシジウム・プルランスGM-NH-1A1株を培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを生産する場合の好適な培地pHは3〜5であり、特に至適pHは4であった。pH4では、菌体量に比して多糖生産量が多かった。
【実施例2】
【0058】
炭素源の検討
表1の組成において、炭素源として、3.3%(w/v)スクロース、3.3%(w/v)グルコース、3.3%(w/v)フラクトース、及び1.15%(w/v)グルコースと1.15%(w/v)フラクトースとの混合物を用いた他は、表1と同様の組成の液体培地を調製した。
【0059】
これらの培地の100mlをそれぞれpH3.5に調整した後、坂口フラスコに入れ、121℃で15分間、加圧蒸気滅菌を行った。ここに、予め坂口フラスコで72時間培養したオーレオバシジウム・プルランスGM-NH-1A1株の培養液を無菌的に2mlずつ植菌し、130rpmの速度で撹拌しつつ、27℃で96時間培養した。
【0060】
多糖濃度、及び菌液濁度を上記のようにして測定した。結果を以下の表3に示す。多糖濃度は、最も生産量が多かったフラクトース使用の場合を100として、それに対する相対値で示した。
【0061】
【表3】

【0062】
炭素源としてフラクトースを用いた液体培地において4.60mg/mlの多糖が得られた。また、菌体量に比して多糖濃度が高かった。このことから、炭素源としてフラクトースを用いることによりβ−1,3−1,6−D−グルカンを高生産できることが分かる。
【実施例3】
【0063】
炭素源の確認
炭素源として、フラクトース、及びスクロースをそれぞれ用いて、培養時間3〜6時間後の多糖生産量を測定した。具体的には、表1の組成において、アスコルビン酸を除き、また炭素源として、それぞれスクロース、及びフラクトースを用いた他は表1と同様の組成の液体培地を作製した。さらにpH3.5に調整した培地1Lを2L容量の培養装置(丸菱バイオエンジ製)に入れ、121℃で、15分間、加圧蒸気滅菌を行った。ここに、予め坂口フラスコで72時間培養したオーレオバシジウム・プルランスGM-NH-1A1株の培養液を無菌的に10mlずつ植菌し、0.3L/分間、400rpmで通気撹拌しつつ、27℃で6日間培養した。多糖濃度、及び菌液濁度を経時的に測定した結果を以下の表4に示す。
【0064】
【表4】

【0065】
6日間培養により、フラクトースを炭素源として用いた液体培地において11.02mg/mlの多糖が得られた。またスクロースを炭素源として用いた液体培地において6.596mg/mlの多糖が得られた。坂口フラスコを用いた100mlの培養も、通気撹拌ジャーを用いた1Lの培養も同様に、炭素源としてスクロースを用いるよりもフラクトースを用いることでβ−1,3−1,6−D−グルカンを高生産できることが分かる。
【実施例4】
【0066】
pH調製剤の検討
表1の組成において、アスコルビン酸を除き、また炭素源を5%(w/v)フラクトースに置き換えた培地を作製した。この液体培地を100mlずつ5つに分け、それぞれアスコルビン酸、グルコン酸、燐酸、クエン酸、及び塩酸を用いてpH3.5に調整した。pH調整したこれらの液体培地を坂口フラスコに入れ、121℃で、15分間、加圧蒸気滅菌を行った。ここに、予め坂口フラスコで72時間培養したオーレオバシジウム・プルランスGM-NH-1A1株の培養液を無菌的に2mlずつ植菌し、130rpmの速度で撹拌しつつ、27℃で144時間培養した。
【0067】
培養後の多糖濃度、及び培養液の濁度の結果を、以下の表5に示す。多糖濃度は、最も高いグルコン酸使用の場合を100として、それに対する相対値として示した。
【0068】
【表5】

【0069】
グルコン酸を用いてpHを3.5に調整した液体培地において4.505mg/mlという最も高い多糖濃度が得られた。これよりpH調整剤としてグルコン酸を用いることでβ−1,3−1,6−D−グルカンを高生産できると判断される。
【実施例5】
【0070】
pH調整剤の確認
表1の組成において、アスコルビン酸を除き、炭素源を5%(w/v)フラクトースに置き換えた培地を作製した。この液体培地を2つに分け、それぞれグルコン酸、及びアスコルビン酸を用いてpH3.5に調整した。これらの液体培地の1Lを、それぞれ2L容量の培養装置(丸菱バイオエンジ製)に入れ、121℃で、15分間、加圧蒸気滅菌を行った。ここに、予め坂口フラスコで72時間培養したオーレオバシジウム・プルランスGM-NH-1A1株の培養液を無菌10mlずつ植菌し、0.3L/分間、400rpmで通気撹拌培養しつつ、27℃で7日間培養した。
【0071】
多糖濃度、及び培養液の濁度を経時的に測定した結果を、以下の表6に示す。
【0072】
【表6】

【0073】
グルコン酸をpH調整剤として用いた液体培地において7日間培養後に14.05 mg/mlの多糖濃度が得られた。これに対してアスコルビン酸をpH調整剤として用いた液体培地においては5.81 mg/mlの多糖濃度が得られた。このことから、pH調整剤としてアスコルビン酸を用いるよりも、グルコン酸を用いる方がβ−1,3−1,6−D−グルカンを高生産できることが確認された。
【実施例6】
【0074】
pH調製剤の検討
表1の組成において、炭素源を5%(w/v)フラクトースに置き換え、またアスコルビン酸濃度を、それぞれ0、0.05、0.1、0.3、及び0.6%(w/v)とした液体培地を調製した。これらをグルコン酸を用いてpH3.5に調整した。アスコルビン酸濃度0.6%(w/v)の液体培地のpHは3.5であり、グルコン酸を加えなかった。
【0075】
各培地を100mlずつ坂口フラスコに入れ、121℃で、15分間、加圧蒸気滅菌を行った。ここに、予め坂口フラスコで72時間培養したオーレオバシジウム・プルランスGM-NH-1A1株の培養液を無菌的に2mlずつ植菌し、130rpmで撹拌しつつ、27℃で6日間培養した。
【0076】
多糖濃度、及び培養液の濁度の結果を以下の表7に示す。多糖濃度はアスコルビン酸濃度0.05%(w/v)の場合を100とし、それに対する相対値で示した。
【0077】
【表7】

【0078】
アスコルビン酸を0、0.05、0.1%(w/v)添加した液体培地において、それぞれ9.3mg/ml、9.4mg/ml、9.1mg/mlの多糖濃度が得られた。このことから、グルコン酸に加えてアスコルビン酸を0〜0.1%(w/v))添加してpHを調整した液体培地を使用してオーレオバシジウム・プルランスGM-NH-1A1株を培養する場合も、β−1,3−1,6−D−グルカンを高生産できることが分かる。
【実施例7】
【0079】
pH調整剤の確認
表1の組成において、炭素源を5%(w/v)スクロースに置き換えた培地を作製した。この培地を3つに分け、それぞれ0.6%(w/v)アスコルビン酸でpH3.5に調整したもの、グルコン酸でpH3.5に調整したもの、グルコン酸でpH6に調整しさらにアスコルビン酸を加えてpH3.5に調整したものを作製した。
【0080】
各液体培地の1Lを2L容量の培養装置(丸菱バイオエンジ製)に入れ、121℃で、15分間、加圧蒸気滅菌を行った。ここに、予め坂口フラスコで72時間培養したオーレオバシジウム・プルランスGM-NH-1A1株の培養液を無菌的に10mlずつ植菌し、0.3L/分間、400rpmで通気攪拌しつつ、27℃で5日間培養した。
【0081】
多糖濃度、及び培養液の濁度の結果を、以下の表8に示す。
【0082】
【表8】

【0083】
アスコルビン酸とグルコン酸との両方を用いてpHを3.5に調整した培地において、最も高い12.94mg/mlの多糖濃度が得られた。このことから、グルコン酸、又はアスコルビン酸を単独で用いてpHを調整した培地よりもグルコン酸とアスコルビン酸との両方を用いてpHを調整した培地を用いる方が、β−1,3−1,6−D−グルカンを高生産できることが分かる。
【実施例8】
【0084】
グルコン酸濃度の検討
表1の組成において、アスコルビン酸を除き、炭素源を5%(w/v)フラクトースに置き換えた培地を作製した。液体培地を100mlずつ8つに分け、50%(w/v)グルコン酸溶液(扶桑化学工業株式会社製の食品添加物グルコン酸)を用いてそれぞれpH2.5、3、3.5、4、5、6、7、8.3に調整した。pH8.3の液体培地はグルコン酸を加えなかった。
【0085】
これらの培地の100mlをそれぞれ坂口フラスコに入れ、121℃で、15分間、加圧蒸気滅菌を行った後、予め坂口フラスコで72時間培養したオーレオバシジウム・プルランスGM-NH-1A1株の培養液を無菌的に2mlずつ植菌し、130rpmの速度で撹拌しつつ、27℃で7日間培養した。
【0086】
培養3日目、及び7日目の多糖濃度、及び菌液の濁度の結果を、以下の表9に示す。多糖濃度は、最も高いときの濃度を100として、それに対する相対値で示した。また、培養液中のグルコン酸の最終濃度を表9に示す。
【0087】
【表9】

【0088】
培養3日目では、pH3.5〜4(グルコン酸濃度0.25〜0.42(%(w/v))で多糖濃度が高く、pH3.5(グルコン酸濃度0.42(%(w/v))で最大であり、2.743mg/mlの多糖濃度が得られた。また培養7日目では、pH3〜3.5(グルコン酸濃度0.42〜1.1(%(w/v))で多糖濃度が高く、pH3(グルコン酸濃度1.1(%(w/v))で最大であり、5.616mg/mlの多糖濃度が得られた。全体として、pH2.5付近で多糖濃度が急激に下がり、またpH4を超えても顕著な多糖産生は見られない。
【0089】
このことから、グルコン酸で培地pHを調整する場合、pH3〜4(グルコン酸濃度0.2〜1.2%(w/v))にすることでβ−1,3−1,6−D−グルカンを高生産できることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルコン酸を用いて培地pHを2.7〜6に調整する工程と、得られた培地中でオーレオバシジウム・プルランスを培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを生産させる工程を含む、β−1,3−1,6−D−グルカンの製造方法。
【請求項2】
グルコン酸に加えてアスコルビン酸を用いて培地pHを2.7〜6に調整する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
培養開始時の培地中の酸が、実質的にグルコン酸、又はさらにアスコルビン酸のみである請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
培養開始時の培地中の炭素源が、グルコン酸、又はさらにアスコルビン酸を除き、実質的にフラクトースのみである請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
オーレオバシジウム・プルランスが、オーレオバシジウム・プルランスGM−NH−1A1株(FERM P−19285)である請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
さらに、生産されたβ−1,3−1,6−D−グルカンを回収する工程を含む請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
アスコルビン酸を用いて培地pHを2.7〜6に調整する工程と、得られた培地中でオーレオバシジウム・プルランスを培養してβ−1,3−1,6−D−グルカンを生産させる工程を含む、β−1,3−1,6−D−グルカンの製造方法。
【請求項8】
オーレオバシジウム・プルランスが、オーレオバシジウム・プルランスGM−NH−1A1株(FERM P−19285)である請求項7に記載の方法。

【公開番号】特開2007−267720(P2007−267720A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−101259(P2006−101259)
【出願日】平成18年3月31日(2006.3.31)
【出願人】(000108993)ダイソー株式会社 (229)
【Fターム(参考)】