説明

γ−アミノ酪酸含有人参発酵物及びその製造方法

【課題】本発明は、γ−アミノ酪酸を多量に含有する人参発酵物を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、酵母を用いて、人参又はその処理物を33〜53℃の温度範囲において発酵させることを特徴とする、γ−アミノ酪酸含有人参発酵物の製造方法に関する。本発明はまた、ピキア・アノマラMR-1株(受託番号FERM BP-10134)を用いて、人参又はその処理物を発酵させることを特徴とする、γ−アミノ酪酸含有人参発酵物の製造方法に関する。本発明はまた、これらの方法により製造された人参発酵物、それを含む医薬又は食品に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はγ‐アミノ酪酸を富化した人参発酵物及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
人参(carrot)はセリ科ニンジン属の緑黄色野菜で、機能性成分カロチンを大量に含有しているため、人々によく注目され、緑黄色野菜中の王様とも呼ばれている。人参はカロチン成分の他に食物繊維のペクチン、ビタミンB1、B2、C、そして鉄分やカリウム、カルシウムなどのミネラルも多量に含有しているので、人類の食生活に欠くことのできない重要な食料品の一つである。
【0003】
人参に含まれたカロチンは主にβ‐カロチンである。β‐カロチンはその特異な化学構造による優れた抗酸化作用を有しているので、体内の活性酸素による被害を有効に防ぐことができる。活性酸素による被害として、体内の脂質を酸化させて過酸化脂質を作り出し、動脈硬化や心筋梗塞を引き起こすなどの例が挙げられる。β‐カロチンはこの活性酸素を有効に抑制し、体の抵抗力を高めることによってこれらの生活習慣病の予防になる。また、β‐カロチンは体内で必要な量だけビタミンAにも変わり、皮膚や粘膜を強化し、喉頭がんや食道がんの発生を有効に予防する機能も持っている。
【0004】
そして、人参組織の大部分を占める人参繊維は水溶性ペクチンであり、これらの食物繊維は整腸作用、下痢や便秘を予防する効果がある。また血液中のコレステロール、なかでも悪玉と呼ばれているLDLを下げる働きがあり、高血圧や動脈硬化、糖尿病の予防によい効果を上げるといわれ、私たちの健康維持に非常に重要な役割を担っている。
【0005】
以上の理由で人参は和、洋、中と広く料理に使われ、年中に渡る台所常備野菜の一つとなるだけではなく、各種野菜ジュースや健康食品の原料として人々に注目され、その生産量や販売量が年々増え続いている。それと同時に人参汁の開発に関する研究も幅広くなされ、多くの特許出願がされている(例えば、特開2001-190251(特許文献4)、特開平04-320669(特許文献5)、特開平03-292870(特許文献6)、特開平03-277246(特許文献7)、特開昭61-70969、特開昭63-167757、特開平04-341167、特開平08‐214845、特開2004-275162)。しかしながら、これらの技術の多くは、人参汁の製造方法、或いは人参に含まれるカロチン成分の抽出方法に関するものであり、発酵処理などによって人参汁に天然には含まれていない機能性成分を多く生成させ、人参汁の付加価値を高めるための技術は少ない。
【0006】
一方、最近、γ‐アミノ酪酸(γ-aminobutyric acid、以下「GABA」と略記する場合がある)は機能性成分として人々に認識され、脚光を浴びている。GABAは自然界に広く分布している非タンパク質組成のアミノ酸の1種であり、食品の成分として微量ながら各種のキノコ、果物、野菜、穀物などに含まれている。生体内において、特に脳内の黒質、大脳基底核などに多く存在している。GABAは、血管を拡張して血圧を下げたり、脳内血液の流れを活発にし、脳細胞への酸素供給量を増加させて代謝機能や記憶力の増強を促進させるなど多くの生理的機能が知られている。そのため、各種食品材料からGABAを生成させる方法に関して複数の特許出願がある(特開2004-215529(特許文献1)、特開平03-244366(特許文献2)、特開2003-245093(特許文献3)、特開平9-238650、特開平10-295394、特開平11-103825、特開2000-210075、特開2003-70462)。しかしながら、人参汁中のGABA含有量を高める方法は未だ開発されていない。
【0007】
なお、特許文献4〜7には人参処理物を発酵させる技術が開示されているが、これらの文献記載の技術はGABAの生成を目的としておらず、これらの文献に記載された発酵条件ではGABAは十分には生成されない。
【0008】
また日本食品科学工学会誌 Vol.49, No.9, p573-582 (2002)(非特許文献1)において、人参中のグルタミン酸脱炭酸酵素活性を利用してGABAを生成させることが検討された。しかしながら、カボチャ等の他の野菜と比較して人参におけるGABA生成量は少なかった。
【0009】
【特許文献1】特開2004-215529
【特許文献2】特開平03-244366
【特許文献3】特開2003-245093
【特許文献4】特開2001-190251
【特許文献5】特開平04-320669
【特許文献6】特開平03-292870
【特許文献7】特開平03-277246
【非特許文献1】日本食品科学工学会誌 Vol.49, No.9, p573-582 (2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
以上述べたように、β‐カロチン、食物繊維及びGABAともに生体に対して重要な機能性成分であり、そして、これらの成分の間にはいくつかの相補的な作用が見られ、食品成分として一緒に摂取できれば、それぞれの機能性を発揮できるほか、互いに相乗効果も期待できると考えられる。しかしながら、現状ではこれらの機能性成分を含有する食品がそれぞれ開発され販売されているが、1つの食品に同時にβ‐カロチン、食物繊維及びGABAを多量に含有するものはまだ開発されていない。人々はこれらの重要な成分を摂取するために多種の飲食品を同時に摂食しなければならない。これは費用と手間の両方にも関わる問題であることは言うまでもない。もし、1つの飲食品に以上の機能性成分を同時に多量に含有していれば、人々の健康生活に大きく貢献できることは間違いないと考えられる。また、これから人々の天然、安全、健康志向への訴求が益々強まってくることを考え、以上の各種機能性成分を単なる食品への添加混合ではなく、何らかの方法で原料から自然に生成させることはこれからの重要な研究開発課題の一つになることが考えられる。
【0011】
そこで本発明は、γ−アミノ酪酸を多量に含有する人参発酵物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは人参(水分約90%)は、カロチン(約13,000 IU)、食物繊維(約1.5%)を多く含有しており、更に、炭水化物(澱粉及びデキストリン約3%、蔗糖約2%、還元糖約3%)などの糖質、グルタミン酸やグルタミンなどの遊離アミノ酸も少なからず含有していることに着目した。そして、これらの人参原料にGABA高生成能を有する酵母を添加して発酵処理することによって、他の添加物をそれほど追加しなくてもGABAを多量に生成させることができることを見出した。さらに発酵において更にペクチナーゼやセルラーゼを作用させた場合に、人参組織の有効利用率が大幅に高まること、人参エキスの風味(甘さ)が大きく改善されること、GABAの生成反応もよく促進され、β‐カロチン、水溶性食物繊維及びGABAをそれぞれ高含有する機能性人参発酵物の製造が可能となることを見出した。これらの知見に基づき本発明を完成するに至った。すなわち本発明は以下の発明を包含する。
【0013】
(1) 酵母を用いて、人参又はその処理物を33〜53℃の温度範囲において発酵させることを特徴とする、γ−アミノ酪酸含有人参発酵物の製造方法。
(2) 酵母がピキア属、カンジダ属又はサッカロミセス属に属する酵母である、(1)記載の方法。
(3) ピキア・アノマラ(Pichia anomala)MR-1株(受託番号FERM BP-10134)或いはその変異株であって発酵により人参又はその処理物からγ‐アミノ酪酸を生成する能力を有する変異株を用いて、人参又はその処理物を発酵させることを特徴とする、γ−アミノ酪酸含有人参発酵物の製造方法。
(4) 発酵がペクチナーゼ又はセルラーゼの少なくとも一方の存在下において行われる、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5) 発酵がグルタミナーゼの存在下において行われる、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6) 発酵が初発pH 5.0〜7.0において行われる、(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7) 発酵が通気及び/又は攪拌条件下において行われる、(1)〜(6)のいずれかに記載の方法。
(8) (1)〜(7)のいずれかに記載の方法により製造されたγ−アミノ酪酸含有人参発酵物。
(9) (8) 記載のγ−アミノ酪酸含有人参発酵物を含有する医薬又は食品。
(10) 濃縮エキス、飲料、粉末、又は錠剤の形態である、(9) 記載の医薬又は食品。
【発明の効果】
【0014】
本発明によりγ−アミノ酪酸を多量に含有する人参発酵物、該発酵物を用いた医薬又は食品、並びにそれらの製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明に使用される人参は、糖類や糖代謝中間体(有機酸)を含有するものである限り、産地や品種などは限定されないが、通常食用される人参であることが好ましく、薬用人参ではないことが好ましい。本発明の目的では、人参の根菜部が使用される。本明細書においては単に「人参」と言った場合、「人参の根菜部」を指す。人参は収穫後に冷蔵保管又は冷凍保管されたものであっても構わない。
【0016】
本発明における「人参又はその処理物」には人参、人参の適当な大きさの切片、粉砕物、磨砕物、搾汁、搾汁の濃縮物、搾汁の希釈物、搾汁の濾過物、搾汁の精製物などが包含される。これらはGABA生成に悪影響のない範囲で酵素処理、加熱処理などの各種処理が加えられたものであっても良い。「人参又はその処理物」は含水懸濁物として発酵原料とすることが好ましい。含水懸濁物において水は外的に添加されたものであってもよいし、処理前の人参に由来するものであってもよい。
【0017】
本発明に使用される酵母は、人参又はその処理物から発酵によりGABAを生成する能力を有する酵母である限り特に限定されず、市販のパン酵母、海洋酵母、ビール酵母、清酒酵母などを使用することができる。なかでもピキア属、カンジダ属又はサッカロミセス属に属する酵母であることが好ましく、ピキア属に属する酵母であることが最も好ましい。具体的には、ピキア・アノマラ(Pichia anomala)(例えばピキア・アノマラ MR-1(受託番号FERM BP-10134、2004年9月28日付けで独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託)、ピキア・アノマラNBRC-10213、ピキア・アノマラ NBRC-100267)、カンジダ・ユチリス(Candida utilis)(例えばカンジダ・ユチリスNBRC-10707)、カンジダ・ファーメンタチ(Candita fermentati)、サッカロミセス・セレビシエ (Saccharomyces cerevisiae)が挙げられるがこれには限定されない。ピキア・アノマラ MR-1が特に好ましい。γ−アミノ酪酸を生成する能力を有する限り、ピキア・アノマラ MR-1の変異株もまた好適に使用される。変異誘発処理は任意の適当な変異原を用いて行われ得る。ここで、「変異原」なる語は、その広義において、例えば変異原効果を有する薬剤のみならずUV照射のごとき変異原効果を有する処理をも含むものと理解すべきである。適当な変異原の例としてエチルメタンスルホネート、UV照射、N−メチル−N′−ニトロ−N−ニトロソグアニジン、ブロモウラシルのようなヌクレオチド塩基類似体及びアクリジン類が挙げられるが、他の任意の効果的な変異原もまた使用され得る。これらの酵母はいずれも、酵母菌体自体の懸濁液として本発明の方法に使用することができる。これらの酵母は、適当な担体に担持させた、いわゆる固定化酵母の形態で使用することもできる。
【0018】
なお、発酵処理によるGABAの生成反応には、発酵原料に少量のグルコースや果糖などの糖類、又は有機酸など糖代謝中間体の存在が必要である。これは酵母による発酵処理によるGABAの生成反応は、菌体内の各種代謝反応を組み合わせて行われる一種の生体内反応なので、反応の進行にはTCAサイクルルートによるエネルギーの供給が必要となるためである。しかしながら、人参にはすでに少量の糖類(主にグルコースと果糖などの単糖類)や有機酸など糖代謝中間体が含まれているため、そのままの状態で酵母菌体のみを投入すれば、発酵反応を始めることができる。よって、外的に糖類などの反応促進剤を添加する必要がない。従って、本発明の発酵処理によるGABAの生成は簡単であり、より低コストでの大量工業化生産が可能である。
【0019】
酵母の添加濃度については、MR-1酵母を用いた場合は、反応液総量に対して酵母生菌体(水分約70〜80%)の添加量は約2〜10重量%の範囲内であることが好ましい。この範囲であれば十分なGABAを生成することが可能であるうえ、製造される発酵物に酵母臭がなく、人参特有の風味が損なわれない。
【0020】
発酵処理の初発pHはpH 5.0〜7.0の範囲内が好適である。人参を粉砕した後の懸濁液のpHはこの範囲内に入ることが多いため、人参粉砕物を使用する場合にはpH調整の必要がないことが多い。
【0021】
発酵処理の温度は33〜53℃の範囲が好ましく、35〜45℃の範囲がより好ましい。33℃以上、好ましくは35℃以上である場合、細胞菌体の増殖が抑制されて発酵が進行しやすいため好適である。53℃以下、好ましくは45℃以下である場合、人参原料中に含まれるビタミン類やカロチンなど機能性成分が損なわれにくいため好適である。
【0022】
さらに、人参繊維質の溶出率を増加させるために、発酵原料にペクチナーゼやセルラーゼを添加することも好ましい。発酵過程では人参繊維質は分解されて非常にもろくて崩れやすい状態となるが、更にペクチナーゼやセルラーゼを作用させれば、人参繊維質をより効果的に分解させることが可能となる。その結果、最終的に得られる発酵物の収率が大幅に高まる。また、発酵物の甘みが増すため好ましい。
【0023】
さらに、GABA生成量をさらに増加させるために、発酵原料にグルタミナーゼを追加することも好ましい。人参エキス中に一定量のグルタミンが含まれているため、グルタミナーゼを添加するとグルタミンがグルタミン酸に転換され、GABAの生成反応が促進されるからである。この場合のグルタミナーゼの添加量は、発酵処理原料に対して、0.05〜0.20重量%の濃度範囲内であれば好適である。
【0024】
発酵処理は、好気的な条件下で行わせることが好ましい。酵母発酵によるGABAの生成反応は、菌体内の各種代謝反応を組み合わせて行われる生体内反応なので、反応の進行にはTCAサイクルルートによるエネルギーの供給が必要であるが、このルートでのエネルギーを効率的に生成するには酸素が必要だからである。
【0025】
例えば通気又は攪拌条件下で行われることが好ましい。なお、空気吹き込み量はGABAの生成量が多くなるように適宜設定することができる。
【0026】
また、GABAを多量に生成させるための発酵処理期間としては、発酵処理液の量にもよるが、例えば実験室で10リットルのジャーファーメンターを用いて発酵処理液7リットルを入れた場合は好ましくは1〜3日、より好ましくは1〜2日程度である。
【0027】
本発明の人参発酵物には機能性成分であるGABA、カロチン及び食物繊維が多く含有されており、それ自体を食品(特に健康食品)、医薬として幅広く利用できる。また、本発明の人参発酵物は他の成分とともに食品又は医薬に添加することができる。最終的な食品の形態としては、例えば飲料、固形食品、半固形食品等であってよい。飲料としては、例えば果汁飲料、清涼飲料、アルコール飲料等が挙げられる。固形食品としては、例えば錠剤(タブレット)、糖衣錠、又は粉末飲料、粉末スープ等の粉末状食品、ビスケット等のブロック菓子類、カプセル、ゼリー等の形態を挙げることができる。
【0028】
本発明の人参発酵物は遠心分離、濾過、精製工程を経たものであってもよい。
本発明の人参発酵物は遠心分離、濾過、精製工程によりGABAが更に高濃度化されたものであってもよい。GABAが高濃度化された本発明の人参発酵物は、各種ドリンク、高級飲食品、医薬などへの使用に特に適する。
【0029】
また本発明の人参発酵物は減圧濃縮等により所望の濃度にまで適宜濃縮されたものであってもよい。また本発明の人参発酵物は希釈されたものであってもよい。また本発明の人参発酵物は凍結乾燥、噴霧乾燥等により所望の粉末状態に調製されたものであってもよい。その際、賦形剤と混合して乾燥させてもよい。
【0030】
医薬として製剤化する場合、医薬用途において許容される賦形剤、担体等とともに定法に従って製剤化することができる。
【実施例】
【0031】
以下の実施例において「Pichia anomala MR-1」又は「MR-1菌株」は平成16年9月28日付で独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに受託され受託番号FERM BP-10134が付与された菌株を指す。
【0032】
以下の実験で使用した人参はいずれも、市販されている品種「向陽2号」である。
参考例: MR-1菌株の増殖培養
液体培地(グルコース2%、尿素2%、酵母エキスパウダー0.5%、食塩0.5%、KH2PO40.05%、MgSO4 0.05%、硫酸アンモニア0.1%)7リットルを0.2μmの除菌フィルタにより除菌処理して、予め121℃で30分間加熱滅菌処理した10リットル容のジャーファーメンターに投入した。液体培地の温度を25℃までに冷却してから、希塩酸と希アルカリを用いて培養液のpHを5.0に調整した。その後、予め用意したMR-1菌株の前培養液100 ml を無菌的な状態で注入し、25℃において攪拌しながら2日間通気培養した。培養液を遠心分離し、滅菌水で菌体を充分に洗浄した後、さらに遠心分離した。以上の遠心分離〜洗浄を2回繰り返して行い、最終的にMR-1菌体220g(130℃において15分間乾燥減量法による測定した水分含量は72.9%)が得られた。なお、以下の実験について、全てこのように培養されたMR-1酵母菌体を使用した。
【0033】
実験1: セルラーゼ・グルタミナーゼ併用、pH未調整(pH 6.02)
市販の人参(水分91.6%、測定方法同上)を約2 cm×2 cm×0.5 cm程度の大きさにカットしてから、フードカッターを用いて約2分間粉砕した。この人参粉砕物20.0gずつを取り、下表所定濃度のMR-1菌体を入れた200 ml容の三角フラスコにそれぞれ投入した。その後、酵素セルラーゼA(天野エンザイム株式会社製、以下同)を反応液全量の0.10重量%濃度、酵素グルタミナーゼ(大和化成株式会社製、以下同)を反応液全量の0.05重量%濃度になるようにそれぞれ添加してから、滅菌蒸留水で全量各50 mlに調整した。これらの三角フラスコを45℃の恒温振とう器に置き、100 rpmで振とうしながら24時間発酵処理を行わせた。反応終了後、発酵液を85℃にて15分間加熱失活し、遠心分離した。得られた上清液をそれぞれ25 mlまでに濃縮し、GABA成分を含む遊離アミノ酸含量の分析に供した。なお、遊離アミノ酸の分析には日本電子(株)社製の全自動アミノ酸分析装置(JLC-500/V)を使用した(以下同)。以上で得られた各濃縮人参エキス中のGABA含量の分析結果を表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
以上の結果より、人参粉砕物に本発明のMR-1酵母を添加し、発酵処理すれば多量のGABAを生成できたこと、さらにMR-1酵母添加量の増加に従ってGABAの生成量も大幅に増加できたことなどがわかった。ただ、菌体添加量の大幅増加につれて、発酵人参エキス中の酵母臭も顕著になり、人参エキスの特有風味を損なう恐れがあるので、10%以上の添加はあまり好ましくないと思われる。
【0036】
実験2: セルラーゼ使用、グルタミナーゼ量調整、pH未調整(pH 6.02)
それぞれMR-1酵母菌体を2.0重量%、及びグルタミナーゼの添加濃度を下表所定濃度に変更した以外、実験1と同じ条件でGABA生成の発酵処理を行った後、濃縮人参エキス各25 mlを調製した。これらのエキス中のGABA生成量を表2に示す。
【0037】
【表2】

【0038】
以上の結果より、グルタミナーゼを発酵処理液全量のわずか0.05%程度添加することにより、GABA生成量が約40%程度増加できたことがわかった。しかしながら、これ以上にグルタミナーゼの添加量を増加させてもGABA生成量の更なる増加が期待できないこともわかった。
【0039】
実験3: セルラーゼ・グルタミナーゼ併用、pH未調整(pH 6.0〜6.3)
水中に人参粉砕物50重量%、セルラーゼA 0.10重量%、及びグルタミナーゼ0.05重量%を含有する混合物各50mlに、表3に示された各種酵母菌体(その中に“NBRC”文字を付けた酵母は独立行政法人製品評価技術基盤機構より入手した酵母、市販パン酵母はオリエンタル工業(株)より入手した酵母、その他の酵母は本発明者らによる海水から分離した海洋酵母)をそれぞれ1g添加し、実験1と同じ条件でGABA生成の発酵処理を行った後、濃縮人参エキス各25 mlを調製した。これらのエキス中のGABA生成量を表3に示す。
【0040】
【表3】

【0041】
以上の結果よりピキア属、カンジダ属及びサッカロミセス属に属する酵母はともに、人参を基質として高濃度のGABAを生成する能力を有することがわかった。その中にピキア属の酵母がより高いGABA生成能を有すること、さらに同じピキア属の酵母であっても本発明者らによる海水から分離したMR-1酵母は一番高いGABA生成能を有することがわかった。
【0042】
実験4: グルコース量調整、セルラーゼ・グルタミナーゼ併用、pH未調整
それぞれのMR-1酵母菌体を2.0重量%濃度、及び下表所定濃度のグルコースを追加した以外に、実験1と同じ条件でGABA生成の発酵処理を行った後、濃縮人参エキス各25 mlを調製した。これらのエキス中のGABA生成量を表4に示す。
【0043】
【表4】

【0044】
以上の結果により、糖類を添加するか否かにかかわらずGABAは生成されることが明らかとなった。これは人参原料に少量の糖類が含まれているためであると考えられる。
【0045】
実験5: グルタミナーゼなし、セルラーゼ量調整、pH未調整
それぞれMR-1酵母菌体を2.0重量%濃度、グルタミナーゼ未添加、及びセルラーゼAの添加濃度を下表所定濃度に変更した以外は実験1と同じ条件でGABA生成の発酵処理を行った後、濃縮人参エキス各25 mlを調製した。これらのエキス中のGABA生成量を表5に示す
【0046】
【表5】

【0047】
以上の結果より、セルラーゼの添加によってGABAの生成が促進されたほか、人参繊維組織もよく分解され、最終的に得られた発酵物中の人参残渣量が大幅に減少されたことがわかった。この意味で人参繊維の分解によって最終発酵液中の低分子水溶性繊維含量が大幅に増加でき、人参発酵物の機能性アップに大きく貢献できると考えられる。
【0048】
実験6: セルラーゼ・グルタミナーゼ併用、pH調整
pH 3.0〜8.0の各種クエン酸−リン酸ナトリウム緩衝液(0.1Mクエン酸−0.2Mリン酸水素ニナトリウム)に、それぞれ人参粉砕物40重量%、MR-1菌体2.0重量%、セルラーゼA 0.10重量%、グルタミナーゼ0.05重量%濃度になるように添加して50 mlに調整してから、実験1と同じ条件でGABA生成の発酵処理を行った後、濃縮人参エキス各25 mlを調製した。これらのエキス中のGABA生成量を表6に示す。
【0049】
【表6】

【0050】
以上の結果より、発酵処理によるGABA生成の最適pHは約5.0〜7.0の範囲内であり、pH 6.0の場合にGABAの生成量が最も高くなることが示された。これ以外のpH範囲ではGABAの生成量が減少する傾向にあることがわかった。
【0051】
実験7: セルラーゼ使用、グルタミナーゼなし、発酵温度調整、pH 4.5
水中に人参粉砕物を50%含有する混合物500gにセルラーゼAを0.10重量%濃度になるように添加してから、反応液のpHを4.5に調整した。この混合物を50℃において2時間酵素分解させた。得られた分解液を各10gずつ取り出して、それぞれ20 ml容のL試験管(12本×3タイプ)に投入してから、(1) 酵母無添加タイプ(人参のみ)、(2) 協会7号酵母各0.4gを添加したタイプ、(3) MR-1菌体各0.4gを添加したタイプの3タイプの反応液をつくり、3回にわたって、毎回一つのタイプにつきL試験管(12本)をそれぞれ15〜60℃温度勾配の振とう培養器に入れて、3日間発酵処理を行わせた。その後、各L試験管より反応液を取り出して、85℃において15分間加熱処理した後、遠心分離し、エキスを10 mlに定容してから、GABA含量の分析に供した。得られた3タイプのエキス中のGABA生成量を表7に示す。
【0052】
【表7】

【0053】
以上の結果より、人参のみのタイプ(1)では、33℃以下の温度範囲内でGABAの生成がほとんど認められないが、反応温度を36℃以上に高めた場合にGABAの多量生成が見られた。しかしながら、36℃以上に温度をさらに上昇させてもGABA生成濃度の更なる増加があまり期待できないこともわかった。
【0054】
協会7号酵母を添加したタイプ(2)では、従前の酵母による発酵処理に使用される温度帯が含まれる40.5℃以下においては、人参のみのタイプとほぼ同じような傾向であり当該酵母発酵によるGABAの増加は認められなかった。しかしながら、44℃以上の温度範囲ではGABA生成濃度が人参のみのタイプより約35%以上に増加した。
【0055】
MR-1酵母を添加したタイプ(3)では、GABA生成濃度が一番高いことがわかった。この場合でのGABA生成の好適温度は約33〜53℃の範囲内であり、最適温度は約35〜45℃の温度範囲内であった。これらの以外の温度範囲ではGABAの生成量が減少する傾向にあることがわかった。
【0056】
実験8: セルラーゼ・グルタミナーゼ併用、pH4.5に調整、発酵処理量アップ
10リットル容のジャーファーメンターに人参粉砕物(水分91.6%)3.0 kg、MR−1酵母菌体0.240 kgを投入し、滅菌水で2倍に希釈した。この含水混合物の温度を40℃に昇温させてから、50%発酵乳酸を用いて反応液のpHを4.5に調整した。その後、セルラーゼAを0.10重量%、グルタミナーゼを0.05重量%濃度になるように2種類の酵素をそれぞれ添加した。反応混合物の液温を40℃に保温させ、250 rpmで攪拌しながらコンプレッサーを用いて空気を1.0リットル/分の流速で連続注入し、96時間で発酵処理を行わせた。なお、発酵処理中に24時間ごとに発酵反応液を300gずつ取り出して、85℃に30分間加熱失活してから遠心分離し、上清液を各150 gに濃縮した。これらの上清液中のGABA生成量を表8に示す。
【0057】
【表8】

【0058】
実験9: セルラーゼ・グルタミナーゼ併用、pH二段階調整(セルラーゼ反応段階pH4.5, 発酵処理段階pH6.0)、発酵処理量アップ
10リットル容のジャーファーメンターに実験8と同様に人参粉砕物2.0 kgを投入した後、滅菌蒸留水で2倍に希釈した。この含水混合物の温度を50℃に昇温させた後、50%発酵乳酸を用いてpHを4.5に調整してから、セルラーゼA とペクチナーゼをそれぞれ0.05重量%ずつ添加し、同温度において6時間酵素分解させた。その後、反応液の温度を40℃に下げ、2N NaOH溶液を用いて反応液のpHを6.0に調整してから、MR-1菌体160 g(4.0重量%濃度)、グルタミナーゼ2g(0.05重量%濃度)を添加した。反応混合物の液温を40℃に保温させ、250 rpmで攪拌しながらコンプレッサーを用いて空気を0.8リットル/分の流速で連続注入し、24時間で発酵処理を行わせた。反応終了後、発酵反応液を85℃に30分間加熱失活してから遠心分離して、濃縮液2.0 kgを得た。この濃縮液中のGABA及び主な遊離アミノ酸の濃度は表9に示す。
【0059】
【表9】

【0060】
応用例: GABA含有発酵人参ゼリードリンク(200ml)の製造
実験9と同様の手順で人参発酵液原料4.0 kgを調製した後、実験9と同じように40℃において24時間発酵処理を行わせ、濃縮発酵人参エキス2.0 kgを得た。これらの発酵人参エキスを調合タンクに投入してから、表10に示された割合の糖類(果糖ぶどう糖液糖、エリスリトール)、甘味料(スクラロース、ステビア)、酸味料(クエン酸、クエン酸ナトリウム、リンゴ酸)をそれぞれイオン交換水にて溶解してから、上記調合タンクに同様に投入した後、イオン交換水で所定量までに調整した。これらの混合液を50℃に加温してから、さらにイオン交換水で均一に分散させたゲル化剤(カラギーナン及びローカストビーンガムを使用)を投入し、攪拌しながら85℃までに加温させた。得られた製品を殺菌した後、ドリンクゼリー用の200ml容器にホットパックし、発酵人参ゼリードリンク製品とした。なお、この発酵人参ゼリードリンクのGABA含量は30 mg/100 mlであった。
【0061】
【表10】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母を用いて、人参又はその処理物を33〜53℃の温度範囲において発酵させることを特徴とする、γ−アミノ酪酸含有人参発酵物の製造方法。
【請求項2】
酵母がピキア属、カンジダ属又はサッカロミセス属に属する酵母である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
ピキア・アノマラ(Pichia anomala)MR-1株(受託番号FERM BP-10134)或いはその変異株であって発酵により人参又はその処理物からγ‐アミノ酪酸を生成する能力を有する変異株を用いて、人参又はその処理物を発酵させることを特徴とする、γ−アミノ酪酸含有人参発酵物の製造方法。
【請求項4】
発酵がペクチナーゼ又はセルラーゼの少なくとも一方の存在下において行われる、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
発酵がグルタミナーゼの存在下において行われる、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
発酵が初発pH 5.0〜7.0において行われる、請求項1〜5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
発酵が通気及び/又は攪拌条件下において行われる、請求項1〜6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項記載の方法により製造されたγ−アミノ酪酸含有人参発酵物。
【請求項9】
請求項8記載のγ−アミノ酪酸含有人参発酵物を含有する医薬又は食品。
【請求項10】
濃縮エキス、飲料、粉末、又は錠剤の形態である、請求項9記載の医薬又は食品。

【公開番号】特開2007−302643(P2007−302643A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−135627(P2006−135627)
【出願日】平成18年5月15日(2006.5.15)
【出願人】(505126610)株式会社ニチレイフーズ (71)
【Fターム(参考)】