説明

γセクレターゼ活性調節因子

【課題】本発明は、γセクレターゼ関連疾患の根本的な治療薬および当該疾患の研究用試薬の開発などに用いられるツールおよびシステムを提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種の因子を含有してなる、γセクレターゼ活性調節因子を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、γセクレターゼ関連疾患の治療薬創出における標的分子、当該疾患の治療または予防剤、および当該治療または予防剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本における死亡原因疾患の上位3位は、癌、心疾患、脳血管疾患である。脳血管疾患の一つである認知症は、患者のみならず、患者の家族に対しても負担を強いるものであり、その治療および介護に要する医療経済への影響は莫大である。従って、認知症の根本的治療および予防薬の開発は、社会的に強く求められている。
【0003】
認知症は、大きく分けて血管障害に基づく脳血管性認知症と、神経変性疾患であるアルツハイマー病(Alzheimer’s disease:AD)を原因とするアルツハイマー型認知症とに分類される。近年、国内においては、高齢化に伴ってアルツハイマー病患者の増加が認められている。
【0004】
アルツハイマー病は、大脳皮質の神経細胞の変性および脱落により、記憶を中心に広汎な知的機能の障害を呈する神経変性疾患である。神経細胞の脱落に加え、βアミロイドと呼ばれる異常タンパク質が老人斑として蓄積することがアルツハイマー病患者脳の病理学的特徴である(非特許文献1、2)。
【0005】
βアミロイドは、老人斑や血管アミロイドの病理学的形態をとってアルツハイマー病の脳に蓄積し、生化学的には40〜42アミノ酸からなるAβペプチドから構成される。Aβペプチドは、前駆体APP(amyloid precursor protein)から二段階の切断を受けて生成され、細胞外に分泌される。この第二段階目において、γセクレターゼと呼ばれる酵素のプロテアーゼ活性によりAPPのC末端断片は膜内部分で切断を受け、Aβペプチドが形成されて細胞外に放出される。その切断部位には多様性があり、AβペプチドのC末端の90%は40位(Aβ40)、10%は42位(Aβ42)で生じるが(非特許文献3)、βアミロイドとしての凝集性はAβ42の方がより高く、アルツハイマー病の脳においても初期から優先的に蓄積される(非特許文献4)。
【0006】
γセクレターゼはプレセニリン(presenilin:PS)、ニカストリン(NCT)、APH−1(anterior pharynx defective 1)およびPEN−2(presenilin enhancer 2)の4つの膜タンパクを最少構成因子とする、膜結合型プロテアーゼである(非特許文献5)。そのうちプレセニリンは、家族性アルツハイマー病の主要な病因遺伝子の産物であり、γセクレターゼの触媒サブユニットであることが示されている(非特許文献6、7)。このようにγセクレターゼは4つの分子から構成されているが、γセクレターゼ複合体としては、これら4分子を合わせた分子量よりもはるかに巨大な分子量画分に生化学的に抽出されることから、未知のγセクレターゼ構成分子や、一過性に結合してγセクレターゼ活性を調節する制御因子の存在が指摘されている(非特許文献8、9)。
【0007】
また、γセクレターゼは、APP以外にも多様な基質を切断する作用を有している。当該基質の一つであるNotchに関しては、γセクレターゼによる切断を受けた後、当該切断から生じた細胞質内断片が直接核内に移行することにより、シグナル伝達が行われている。そのため、γセクレターゼは、アルツハイマー病にのみ関与するわけではなく、Notchシグナル伝達を調節する重要な因子であることも知られている(非特許文献10、11)。
【0008】
Notchシグナルは発生や分化に関わり、成体においては幹細胞の維持などにおいて重要であることが知られている。そのため特に成体におけるNotchシグナルの異常は様々な癌の発生に関わり、低分子化合物のγセクレターゼ阻害剤や抗Notch細胞外領域抗体などが抗癌活性を発揮することも示されている。さらに、Notchシグナルは腫瘍における血管新生にも重要な役割を果たしていることから、Notchシグナルの抑制は抗血管新生薬となることが示されている(非特許文献12)。ところが、臓器によっては逆にNotchシグナルの抑制が癌化を亢進する場合も報告されており、Notchシグナル阻害により必ずしも全ての癌に細胞死が誘導されるわけでなく、γセクレターゼ阻害剤による癌の治療薬の可能性については今後の研究結果が待たれている。
【0009】
単一のγセクレターゼ複合体がNotchやAPPなどの基質を同時に切断するのか、それとも複合体の各種構成因子に何らかの違いがあるのかについては明らかになってはいない。少なくとも4分子の過剰発現系による再構成γセクレターゼ複合体は、NotchとAPPの両基質を切断することが知られている(非特許文献8、13)。一方で、培養細胞やショウジョウバエを用いた解析からは、NotchとAPPとを切断するγセクレターゼ活性の間には何らかの細胞特異性、もしくは細胞内小器官特異性が存在することが示唆されている(非特許文献14、15)。
【0010】
本発明者らはこれまで、発芽バキュロウイルスを用いた活性型γセクレターゼ発現に成功しており(特許文献1)、その技術を利用して抗ニカストリン抗体の作出に成功している(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開第2005/038023号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2007/129457号パンフレット
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Selkoe DJ, Physiol Rev, 2001, 81(2):741-766.
【非特許文献2】Tomita T, Expert Rev Neurother, 2009, May;9(5):661-679.
【非特許文献3】Suzuki N et al., Science, 1994, 264:1336-1340.
【非特許文献4】Iwatsubo T et al., Neuron, 1994, 13(1):45-53.
【非特許文献5】Takasugi N et al., Nature, 2003, Mar;27;422(6930):438-41.
【非特許文献6】Wolfe MS et al., Nature, 1999, 398(6727):513-517.
【非特許文献7】Li YM et al., Nature, 2000, Jun 8,405(6787):689-694.
【非特許文献8】Li YM et al., Proc Natl Acad Sci U S A., 2000, May;23;97(11):6138-6143.
【非特許文献9】Wakabayashi T et al., Nat Cell Biol. 2009, Nov;11(11):1340-1346.
【非特許文献10】Kopan R et al., Cell, 2009, Apr 17;137(2):216-233.
【非特許文献11】Fortini ME et al., Dev Cell, 2009, May;16(5):633-647.
【非特許文献12】Phng LK et al., Dev Cell, 2009, Feb;16(2):196-208.
【非特許文献13】Hayashi I et al., J Biol Chem, 2004, Sep;3;279(36):38040-38046.
【非特許文献14】Tarassishin L et al., Proc Natl Acad Sci U S A., 2004, Dec;7;101(49):17050-17055.
【非特許文献15】Loewer A et al., EMBO Rep, 2004, Apr;5(4):405-411.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、γセクレターゼ関連疾患の根本的な治療薬および当該疾患の研究用試薬の開発などに用いられるツールおよびシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の通り、γセクレターゼ関連疾患の一つであるアルツハイマー病の病因としては、脳内におけるアミロイドβの産生および蓄積が深く関与しており、アミロイドβ自体は、γセクレターゼによるAPPの切断により生成されるものである。従って、γセクレターゼ活性を抑制することは、アミロイドβの蓄積を抑制し、アルツハイマー病の根本的治療につながると考えられている。
【0015】
ただし、γセクレターゼはAPP切断を通じてアルツハイマー病の発症に関与しているが、Notchシグナルにも関わっているため、単純にγセクレターゼを抑制することは重篤な副作用を引き起こし得る。また、Notchシグナルに関しても、抗癌治療という観点では部位および時期特異的な創薬が求められている。その一方で、γセクレターゼ複合体の多様性と酵素活性制御機構との関連は、基質および部位特異的なγセクレターゼ活性制御法が可能であることを示唆している。
【0016】
そこで、本発明者らは、γセクレターゼに結合する分子の中にアミロイドβ産生特異的な活性制御因子があると考え、γセクレターゼ結合分子の同定を試みた。本発明者らは、未成熟なニカストリンのみを認識する抗ニカストリン抗体及び成熟なニカストリンをも認識する抗ニカストリン抗体の2種の抗体を用いてγセクレターゼ複合体を回収し、ショットガンプロテオミクスを行うことによりγセクレターゼ結合分子の同定を行った。
【0017】
その結果、活性型γセクレターゼと特異的に相互作用する候補分子群を同定した。同定された分子群についてRNA干渉(RNAi)を利用して当該分子の発現抑制を試み、γセクレターゼ活性に対する各種分子の機能解析を行った。当該解析により、本発明者らは所定の生体内分子がγセクレターゼ活性調節因子として機能していることを見出し、さらに、当該生体内分子の一部はγセクレターゼのNotch切断作用には関与せず、アミロイドβ産生特異的なγセクレターゼ活性調節因子として機能していることを見出した。これにより本発明者らは、当該γセクレターゼ活性調節因子を標的とすることによってγセクレターゼ関連疾患の治療薬創出が可能であると考え、またNotch切断作用には関与しない一部の因子に関しては、特に、副作用のないアルツハイマー病の治療薬創出に利用できると考え、さらに、当該一部の因子以外のγセクレターゼ活性調節因子は癌の治療薬創出にも適用できることを着想し、本発明を完成するに至った。
【0018】
即ち、本発明は以下の通りである。
(1)Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種の因子を含有してなる、γセクレターゼ活性調節因子。
(2)Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子の発現または機能を調節する物質を有効成分として含有してなる、γセクレターゼ関連疾患の治療または予防剤。
(3)γセクレターゼ活性調節因子の発現または機能を調節する物質が、以下の(i)〜(iii)のいずれかである、(2)に記載の剤:
(i)Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子のアンチセンス核酸、リボザイム、RNAi誘導性核酸、デコイ核酸またはターゲッティングベクター、
(ii)Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子に対する抗体、当該抗体をコードする核酸、当該γセクレターゼ活性調節因子のドミナントネガティブ変異体または当該変異体をコードする核酸、または
(iii)(i)もしくは(ii)の核酸を含む発現ベクター。
(4)γセクレターゼ関連疾患がアルツハイマー病または癌である、(2)または(3)に記載の剤。
(5)被験物質が、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子の発現または機能を調節するか否かを評価することを含む、γセクレターゼ関連疾患の治療または予防剤のスクリーニング方法。
(6)以下の工程(a)〜(c)を含む、(5)に記載の方法:
(a)被験物質を、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子に接触させる工程、
(b)被験物質の存在下における当該γセクレターゼ活性調節因子の機能レベルを測定し、当該機能レベルを被験物質の非存在下における当該γセクレターゼ活性調節因子の機能レベルと比較する工程、ならびに
(c)工程(b)の比較結果に基づいて、当該γセクレターゼ活性調節因子の機能レベルの変化をもたらす被験物質を選択する工程。
(7)以下の工程(a)〜(c)を含む、(5)に記載の方法:
(a)被験物質を、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子の発現が測定可能である細胞に接触させる工程、
(b)被験物質を接触させた細胞における当該γセクレターゼ活性調節因子の発現量を測定し、当該発現量を被験物質を接触させない対照細胞における当該γセクレターゼ活性調節因子の発現量と比較する工程、ならびに
(c)工程(b)の比較結果に基づいて、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現量を調節する被験物質を選択する工程。
(8)以下の工程(a)〜(c)を含む、(5)に記載の方法:
(a)被験物質を、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子とγセクレターゼとを組み合わせたγセクレターゼ複合体を基板上に固定したプロテインチップに接触させる工程、
(b)被験物質を接触させたプロテインチップに捕捉された被験物質を検出する工程、ならびに
(c)工程(b)の検出結果に基づいて、当該γセクレターゼ活性調節因子と相互作用する被験物質を選択する工程。
(9)γセクレターゼ関連疾患がアルツハイマー病または癌である、(5)〜(8)のいずれかに記載の方法。
(10)Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子を基板上に配置した、プロテインチップ。
(11)Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子とγセクレターゼとを組み合わせたγセクレターゼ複合体を基板上に配置した、(10)に記載のプロテインチップ。
【発明の効果】
【0019】
本発明のγセクレターゼ活性調節因子により、γセクレターゼ関連疾患の根本的な新規治療薬または予防薬の創出が可能となる。また、本発明におけるγセクレターゼ活性調節因子の発現または機能を調節する物質を用いることにより、γセクレターゼ関連疾患の効果的な治療または予防剤を提供することができる。さらに、γセクレターゼ活性調節因子を利用した本発明のスクリーニング方法を用いることにより、γセクレターゼ関連疾患の治療または予防剤候補を効率よく選別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】NKO/NCTおよびNKO/pEF6細胞における、抗ニカストリン抗体(A5201A、A5226A)とγセクレターゼ構成因子との免疫共沈降に関するウェスタンブロッティングの解析結果を示した図である。mNCTは成熟型NCTを、imNCTは未成熟型NCTを表し、Aph−1aL、PS1(PS1全長およびN末端フラグメント(NTF))、Pen−2はそれぞれγセクレターゼの構成因子を表す。
【図2】抗ニカストリン抗体(A5201A、A5226A)とγセクレターゼ結合分子(α−カテニン、β−カテニン、ジャンクションプラコグロビン)との免疫共沈降に関するウェスタンブロッティングの解析結果を示した図である。メンブレン画像の左端の数値はタンパク質の分子量(kDa)を示す。
【図3】FLAGタグを付加したStx12およびCd9とγセクレターゼ構成因子(NCT、PS1、Aph−1aL)との免疫共沈降に関するウェスタンブロッティングの解析結果を示した図である。抗FLAGポリクローナル抗体(αFlag pAb)を用いて検出したバンドの左端の数値は、タンパク質の分子量(kDa)を示す。
【図4】ニカストリンの細胞内局在に関する蛍光観察を行った図である。左の画像は抗ニカストリン抗体(A5201A、A5226A)によって検出されたニカストリンの細胞内の位置を示し、右の画像はcholera toxin subunit B(CTxB)によって検出された脂質ラフトの位置を示す。
【図5】Cd9およびStx12の細胞内局在に関する蛍光観察を行った図である。左の画像はCd9およびStx12の細胞内の位置を示し、右の画像はcholera toxin subunit B(CTxB)によって検出された脂質ラフトの位置を示す。
【図6】Neuro−2a細胞における各種遺伝子におけるRNAi(siRNAノックダウン)の結果を示した図である。グラフの縦軸は、Aβ40、Aβ42、細胞内のタンパク質の量(BCAアッセイによる定量)を示し、Controlの結果を100%としたものである。下の画像は、各種遺伝子のsiRNAを導入した細胞におけるウェスタンブロッティングの解析結果を示したものであり、そのうちの上段は、成熟型NCT(mNCT)および未成熟型NCT(imNCT)を検出したものであり、下段は、APPのC末端83アミノ酸残基切片(C83)を検出したものである。
【図7】N2a/NΔE/EGFP細胞におけるRNAi(siRNAノックダウン)の結果を示した図である。グラフの縦軸は、Aβ40、Aβ42、細胞内のタンパク質の量(BCAアッセイによる定量)を示し、Controlの結果を100%としたものである。下の画像は、各種遺伝子のsiRNAを導入したN2a/NΔE/EGFP細胞におけるウェスタンブロッティングの解析結果を示したものであり、そのうちの上段は、成熟型NCT(mNCT)および未成熟型NCT(imNCT)を検出したものであり、下段は、NotchΔE(NΔE−6myc)およびNICD(NICD−6myc)を検出したものである。
【図8】各種遺伝子を恒常発現させたNeuro−2a細胞における分泌Aβペプチドの定量結果を示した図である。グラフの縦軸は、Aβ40、Aβ42、細胞内のタンパク質の量(BCAアッセイによる定量)を示し、Control(p3XFLAGまたはpcDNA3)の結果を100%としたものである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
<1.γセクレターゼ活性調節因子>
本発明は、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種の因子を含有している、γセクレターゼ活性調節因子を提供する。
【0022】
本発明において用いられるStx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31、Myofは、通常、任意の哺乳動物由来のタンパク質である。当該哺乳動物としては、例えば、霊長類、実験用動物、家畜、ペットなどが挙げられ、特に限定されるものではないが、具体的には、ヒト、サル、オランウータン、チンパンジー、ラット、マウス、ハムスター、モルモット、ウサギ、ウマ、ブタ、ウシ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコなどである。ヒトにおけるγセクレターゼ関連疾患の治療または予防などに用いるためには、ヒト由来のタンパク質であることが好ましい。
【0023】
本発明における前記因子のうち、Stx12は、syntaxin 12遺伝子によってコードされているタンパク質であり、そのアミノ酸配列および塩基配列は公知である。例えば、ヒトStx12のアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_177424として登録されており、また、マウスStx12のアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_133887として登録されている。
【0024】
また、Vamp8は、vesicle-associated membrane protein 8遺伝子によってコードされているタンパク質であり、そのアミノ酸配列および塩基配列は公知である。例えば、ヒトVamp8のアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_003761として登録されており、マウスVamp8のアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_016794として登録されている。
【0025】
また、Bcap31は、B-cell receptor-associated protein 31遺伝子によってコードされているタンパク質であり、そのアミノ酸配列および塩基配列は公知である。例えば、ヒトBcap31のアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_005745として登録されており、マウスBcap31のアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_012060として登録されている。
【0026】
また、Tm9sf4は、transmembrane 9 superfamily protein member 4遺伝子によってコードされているタンパク質であり、そのアミノ酸配列および塩基配列は公知である。例えば、ヒトTm9sf4のアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_014742として登録されており、マウスTm9sf4のアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_133847として登録されている。
【0027】
また、Bst2は、bone marrow stromal cell antigen 2遺伝子によってコードされているタンパク質であり、そのアミノ酸配列および塩基配列は公知である。例えば、ヒトBst2のアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_004335として登録されており、マウスBst2のアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_198095として登録されている。
【0028】
また、Ilvblは、ilvB(bacterial acetolactate synthase)-like遺伝子によってコードされているタンパク質であり、そのアミノ酸配列および塩基配列は公知である。例えば、ヒトIlvblのアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_006844として登録されており、マウスIlvblのアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_173751として登録されている。
【0029】
また、Rdh11は、retinol dehydrogenase 11遺伝子によってコードされているタンパク質であり、そのアミノ酸配列および塩基配列は公知である。例えば、ヒトRdh11のアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_016026として登録されており、マウスRdh11についてはGenBank Accession No. NM_021557として登録されている。
【0030】
また、Atp6v0d1は、ATPase, H+ transporting, lysosomal V0 subunit D1遺伝子によってコードされているタンパク質であり、そのアミノ酸配列および塩基配列は公知である。例えば、ヒトAtp6v0d1のアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_004691として登録されており、マウスAtp6v0d1のアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_013477として登録されている。
【0031】
また、Tspan31は、tetraspanin 31遺伝子によってコードされている蛋白質であり、そのアミノ酸配列および塩基配列は公知である。例えば、ヒトTspan31のアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_005981として登録されており、マウスTspan31のアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_025982として登録されている。
【0032】
また、Myofは、myoferlin遺伝子によってコードされているタンパク質であり、そのアミノ酸配列および塩基配列は公知である。例えば、ヒトMyofのアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_013451として登録されており、マウスMyofのアミノ酸配列および塩基配列はGenBank Accession No. NM_001099634として登録されている。
【0033】
本発明における前記因子は、天然タンパク質または変異タンパク質であり得る。天然タンパク質は、上記に示した各種遺伝子によりコードされるタンパク質であり、変異タンパク質は、例えば、各種天然タンパク質のアミノ酸配列において、一または複数のアミノ酸が置換、欠失、付加または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質であり得る。
【0034】
置換、欠失、付加または挿入されるアミノ酸の数は、各種天然タンパク質の機能が保持される限り限定されないが、例えば約1〜30個、好ましくは約1〜20個、より好ましくは約1〜10個、さらにより好ましくは約1〜5個、最も好ましくは1または2個である。アミノ酸の置換、欠失、付加または挿入が施される部位も、各種天然タンパク質の機能が保持される限り特に限定されない。
【0035】
さらに、本発明における変異タンパク質は、各種天然タンパク質のアミノ酸配列において、例えば、約70%以上、好ましくは約80%以上、さらにより好ましくは約90%以上、最も好ましくは約95%以上の相同性(但し、100%の相同性を除く)を有するアミノ酸配列からなるタンパク質であり得る。ここで、前記相同性の数値は、配列解析ソフトウェアであるDNASIS(日立ソフトウェアエンジニアリング)を用いて、例えば、マキシマムマッチング法のコマンドを実行することにより算出される。その際のパラメータは、デフォルトの設定(初期設定)とする。
【0036】
本発明における前記因子は、後述の実施例にも示されている通り、いずれもγセクレターゼ活性を調節する機能を有している。γセクレターゼ活性とは、γセクレターゼの酵素活性を意味する。例えば、APPの切断、即ち、アミロイドβ(Aβ40またはAβ42)の産生、あるいはNotchの切断、即ち、NICD(Notch intracellular cytoplasmic domain)の産生などが挙げられるが、これらに限定されない。γセクレターゼの酵素活性は、後述するように、Yasuko Takahashiらによる方法(J. Biol. Chem., 2003, 278:18664-18670)により測定することができる。γセクレターゼ活性の調節とは、γセクレターゼと前記因子とが相互作用することにより、直接または間接的に前記酵素活性を促進または抑制することをいうが、γセクレターゼ関連疾患の創薬ターゲットという観点から、本発明においては、前記因子がγセクレターゼに結合してγセクレターゼ活性を促進することに着目する。
【0037】
また、前記因子について、Stx12およびVamp8はそれぞれベシクル輸送(vesicle traffic)に関するタンパク質であり、Atp6v0d1はトランスポーターに関するタンパク質である。本発明においては、前記因子は、上記に示したタンパク質であれば特に限定されないが、これらのうち、Stx12、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Tspan31およびMyofが特に好ましい。
【0038】
また、本発明における前記因子のうち、特に、Stx12、Bcap31、Ilvbl、Rdh11、Tspan31およびAtp6v0d1は、後述の実施例によって明らかにされているように、γセクレターゼ活性のうちNotch分子の切断には関与せず、アミロイドβの産生にのみ関与することが示唆されている。従って、本発明ではさらに、Stx12、Bcap31、Ilvbl、Rdh11、Tspan31およびAtp6v0d1は、アミロイドβ産生特異的なγセクレターゼ活性調節因子であるということができる。
【0039】
本発明のγセクレターゼ活性調節因子は、上記の通り、γセクレターゼが有するあらゆる活性を調節する因子をいい、当該因子は、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも一種の因子を含むことを特徴とする。γセクレターゼ活性調節因子は前記因子を含んでなるものであるため、例えば、γセクレターゼ活性を調節することが既知の物質と組み合わせて用いることが可能であり、あるいは当該既知物質と組み合わせずに前記因子それ自体を単独で用いることもできる。さらに、γセクレターゼ活性調節因子は、γセクレターゼと組み合わせてγセクレターゼ複合体として用いることもできる。
【0040】
ここで、γセクレターゼは、膜内切断型プロテアーゼ(intramembrane cleaving protease:iCLiPs)ファミリーに属するタンパク質分解酵素であって、プレセニリン、ニカストリン、APH−1およびPEN−2の4つの膜タンパク質により構成される複合タンパク質である。前記4つの膜タンパク質がγセクレターゼを構成したとき、当該γセクレターゼを活性型γセクレターゼと呼ぶこともある。これらの4つの膜タンパク質のうち、プレセニリンは細胞内でニカストリン、APH−1およびPEN−2と共役して活性化され、プロセシングを受けてフラグメントとなり(Takasugi N et al., Nature 2003, 422:438-441.)、このフラグメント型プレセニリンが活性型γセクレターゼの活性中心サブユニットを構成しているものと考えられている(Li YM et al., Nature 2000, 405:689-694.)。当該フラグメント型プレセニリンに含まれる2つのアスパラギン酸残基が活性中心となるため、γセクレターゼはアスパルチルプロテアーゼに属する。また、ニカストリンはプレセニリン結合分子の一つとして同定されたタンパク質であり(Yu G et al., Nature 2000, 407(6800):48-54.)、活性型γセクレターゼを構成する場合にはさらに糖鎖が付加されて、ニカストリン自体が成熟型ニカストリンとなる。APH−1およびPEN−2はγセクレターゼ活性に必須のタンパク質をコードする遺伝子として同定されたものであり(Goutte C et al., Proc Natl Acad Sci U S A 2002 Jan 22, 99(2):775-779.、Francis R et al., Dev Cell 2002, 3:85-97.)、そのうちAPH−1には、ヒトにおいてAPH−1aとAPH−1bとの2つのホモログが存在している。さらにAPH−1aには、通常は251個のアミノ酸配列のもの(251型)に加え、そのC末端部分が選択的スプライシングにより生じた変異体として247個のアミノ酸配列のもの(247型)と265個のアミノ酸配列のもの(265型)とが存在している。本発明におけるγセクレターゼ活性調節因子は、活性型γセクレターゼを構成するプレセニリン、ニカストリン、APH−1およびPEN−2のいずれに相互作用(例えば、結合など)するものであってもよい。また、前記活性型γセクレターゼ複合体は、例えば、WO2005/38023に記載の方法に準じて、発芽バキュロウイルスを用いて複合体を構成するタンパク質を発現させることにより大量に製造することが可能であり、後述するスクリーニング方法またはγセクレターゼの研究開発に利用することができる。
【0041】
本発明におけるStx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31、Myofはそれぞれタンパク質を表しているが、本発明では、当該タンパク質の機能または発現を調節するために当該タンパク質をコードする各種遺伝子を取り扱う場合には、当該遺伝子もまたγセクレターゼ活性調節因子の概念に含まれ得る。当該遺伝子は、前記タンパク質をコードするものである限り特に限定されない。例えば、本発明における当該遺伝子は、当該タンパク質のアミノ酸配列に対応するものであり得る。なお、当該遺伝子は、ヒトの遺伝子に限定されず、異種動物のオルソログをも含む。
【0042】
また、本発明によれば、当該遺伝子に係るヌクレオチド配列と相補的な配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズするヌクレオチド配列からなる遺伝子も提供される。ここで、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするとは、例えば、6×SSC、0.5%SDS、50%ホルムアミドの溶液中で42℃にて加温した後、0.1×SSC、0.5%SDSの溶液中で68℃にて洗浄する条件でも依然として陽性のハイブリダイゼーションシグナルが観察されることを意味する。
【0043】
本発明のγセクレターゼ活性調節因子は、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofのいずれか1種または2種以上が関連する疾患に対する医薬の開発、あるいは当該疾患に対する研究用試薬の開発などに有用である。
【0044】
当該タンパク質が関連する疾患とは、当該タンパク質の機能または発現量、あるいは当該タンパク質をコードする遺伝子が関与するシグナル伝達系において当該タンパク質の下流に位置付けられるタンパク質(下流タンパク質)の機能または発現量の変化に伴って引き起こされ得る疾患をいう。当該タンパク質またはその下流タンパク質の機能の変化は、例えば、当該タンパク質をコードする遺伝子の変異(例えば、多型)によりもたらされ得る。その変異としては、例えば、コーディング領域におけるその機能を促進または抑制させる変異、非コーディング領域におけるその発現を促進または抑制させる変異などが挙げられる。また、発現量の変化としては、発現量の増加または低下が挙げられる。
【0045】
当該タンパク質が関連する疾患としては、当該タンパク質が生体内で種々の生理学的機能を担っていると考えられることを考慮すれば様々な疾患が想定されるが、当該タンパク質が相互作用(結合など)し得るγセクレターゼに関連する疾患が好ましい。γセクレターゼ関連疾患は、生体内におけるγセクレターゼが関与する疾患であり、上記に示した通りの機能を考慮すれば、例えば、APPの分解産物、即ち、アミロイドβの過剰産生または蓄積、あるいはNotchシグナル異常などによって引き起こされる疾患が挙げられる。当該疾患の具体例としては、アルツハイマー病、ダウン症、脳アミロイドーシス、虚血性白質脳症または癌などが挙げられる。また、癌としては、例えば、白血病、大腸癌、肺癌(腺癌)、卵巣癌、乳癌、胆嚢癌、前立腺癌、子宮頸癌、胃癌、肝臓癌、腎臓癌、口腔癌、膵臓癌、食道癌、膀胱癌、メラノーマ、アストロサイトーマ、リンパ腫などが挙げられる。
【0046】
<2.γセクレターゼ関連疾患の治療または予防剤>
本発明は、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子の発現または機能を調節する物質を有効成分として含有してなる、γセクレターゼ関連疾患の治療または予防剤を提供する。
【0047】
本発明におけるγセクレターゼ活性調節因子の発現または機能を調節する物質は、例えば、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現を抑制する物質であり得る。本発明において、発現とは、当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子の翻訳産物が産生され、且つ機能的な状態でその作用部位に局在することをいう。従って、発現を抑制する物質は、遺伝子の転写、転写後調節、タンパク質への翻訳、翻訳後修飾、局在化(核内移行など)およびタンパク質フォールディングなどの、いかなる段階で作用するものであってもよい。
【0048】
詳細には、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現を抑制する物質としては、転写抑制因子、RNAポリメラーゼ阻害剤、RNA分解酵素、タンパク質合成阻害剤、核内移行阻害剤、タンパク質分解酵素、タンパク質変性剤などが例示されるが、細胞内で発現する他の遺伝子およびタンパク質に及ぼす悪影響を最小限にするためには、標的分子に特異的に作用し得る物質であることが重要である。
【0049】
当該γセクレターゼ活性調節因子の発現を抑制する物質の一態様は、当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子、即ち、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種の遺伝子の転写産物、詳細にはmRNAもしくは初期転写産物に対するアンチセンス核酸である。アンチセンス核酸とは、標的mRNA(初期転写産物)を発現する細胞の生理的条件下で当該標的mRNA(初期転写産物)とハイブリダイズし得る塩基配列からなり、且つハイブリダイズした状態で当該標的mRNA(初期転写産物)にコードされるポリペプチドの翻訳を阻害し得る核酸をいう。アンチセンス核酸の種類はDNAであってもRNAであってもよいし、あるいはDNA/RNAキメラであってもよい。また、天然型のアンチセンス核酸は、細胞中に存在する核酸分解酵素によってそのリン酸ジエステル結合が容易に分解されるので、本発明のアンチセンス核酸は、分解酵素に安定なチオリン酸型(リン酸結合のP=OをP=Sに置換)や2’−O−メチル型などの修飾ヌクレオチドを用いて合成もできる。アンチセンス核酸の設計に重要な他の要素として、水溶性および細胞膜透過性を高めることなどが挙げられるが、これらはリポソームやマイクロスフェアを使用するなどの剤形の工夫によっても克服できる。
【0050】
アンチセンス核酸の長さは、当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子の転写産物と特異的にハイブリダイズし得る限り特に制限はなく、短いもので約15塩基程度、長いものでmRNA(初期転写産物)の全配列に相補的な配列を含むような配列であってもよい。ハイブリダイゼーションの特異性を考慮すると、アンチセンス核酸の長さは、例えば約15塩基以上、好ましくは約18塩基以上、より好ましくは約20塩基以上である。また、合成の容易さや抗原性の問題などを考慮すると、アンチセンス核酸の長さは、例えば約200塩基以下、好ましくは約50塩基以下、より好ましくは約30塩基以下である。即ち、アンチセンス核酸としては、例えば約15〜約200塩基、好ましくは約18〜約50塩基、より好ましくは約20〜約30塩基からなるオリゴヌクレオチドが例示される。
【0051】
アンチセンス核酸の標的ヌクレオチド配列は、アンチセンス核酸がハイブリダイズすることにより、当該γセクレターゼ活性調節因子もしくはそのタンパク質の機能的断片への翻訳が阻害される配列であれば特に制限はなく、mRNAの全長配列であっても部分配列(例えば約15塩基以上、好ましくは約18塩基以上、より好ましくは約20塩基以上)であってもよいし、あるいは初期転写産物のイントロン部分であってもよいが、アンチセンス核酸としてオリゴヌクレオチドを使用する場合は、標的配列は当該タンパク質をコードする遺伝子のmRNAの5’末端からコード領域のC末端までに位置することが望ましい。
【0052】
アンチセンス核酸のヌクレオチド配列は、通常、標的ヌクレオチド配列の相補配列と、少なくとも70%、好ましくは80%、より好ましくは90%、最も好ましくは95%以上(例えば100%)の相同性を有する。ヌクレオチド配列の相同性は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLASTなどを用い、デフォルト条件にて計算することができる。
【0053】
さらに、アンチセンス核酸は、当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子の転写産物とハイブリダイズして翻訳を阻害するだけでなく、二本鎖DNA形態の当該遺伝子と結合して三重鎖(トリプレックス)を形成し、mRNAへの転写を阻害し得るものであってもよい。
【0054】
当該γセクレターゼ活性調節因子の発現を抑制する物質の別の一態様は、当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子、即ち、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種の遺伝子の転写産物、詳細にはmRNAもしくは初期転写産物を、コード領域の内部(初期転写産物の場合はイントロン部分を含む)で特異的に切断し得るリボザイムである。リボザイムとは、核酸を切断する酵素活性を有するRNAをいうが、当該酵素活性部位の塩基配列を有するオリゴDNAも同様に核酸切断活性を有することが明らかになっていることから、本発明では配列特異的な核酸切断活性を有する限りDNAをも包含する概念として用いるものとする。リボザイムとして最も汎用性の高いものとしては、ウイロイドやウイルソイドなどの感染性RNAに見られるセルフスプライシングRNAがあり、ハンマーヘッド型やヘアピン型などが知られている。また、リボザイムを、それをコードするDNAを含む発現ベクターの形態で使用する場合には、細胞質への移行を促進するために、tRNAを改変した配列をさらに連結したハイブリッドリボザイムとすることもできる[Nucleic Acids Res., 29(13): 2780-2788 (2001)]。
【0055】
当該γセクレターゼ活性調節因子の発現を抑制する物質のさらに別の態様は、RNAi誘導性核酸である。RNAi誘導性核酸とは、細胞内に導入されることにより、RNA干渉(RNAi)効果を誘導し得る核酸をいい、好ましくはRNAである。RNAi効果とは、mRNAと同一のヌクレオチド配列(またはその部分配列)を含む2本鎖構造のRNAが、当該mRNAの発現を抑制する現象をいう。RNAi効果を得るには、例えば、少なくとも20以上の連続する標的mRNAと同一のヌクレオチド配列(またはその部分配列)を有する2本鎖構造のRNAを用いることが好ましい。2本鎖構造は、異なるストランドで構成されていてもよいし、一つのRNAのステムループ構造によって与えられる2本鎖であってもよい。RNAi誘導性核酸としては、例えば、siRNA、stRNA、miRNAなどが挙げられる。
【0056】
そのうちのsiRNAは、代表的には、標的遺伝子のmRNAもしくは初期転写産物のヌクレオチド配列またはその部分配列(以下、標的ヌクレオチド配列)と相同な配列を有するRNAとその相補鎖からなる二本鎖オリゴRNAである。また、ヘアピンループ部分を介して、標的ヌクレオチド配列に相同な配列(第1の配列)と、その相補配列(第2の配列)とが連結された一本鎖RNAであって、ヘアピンループ型の構造をとることにより、第1の配列が第2の配列と2本鎖構造を形成するRNA(small hairpin RNA:shRNA)もsiRNAの好ましい態様の1つである。
【0057】
siRNAに含まれる、標的ヌクレオチド配列と相同な部分の長さは、通常、約18塩基以上、例えば約20塩基前後(代表的には約21〜23塩基長)の長さであるが、RNA干渉を引き起こすことができる限り、特に限定されない。siRNAが23塩基よりも長い場合には、当該siRNAは細胞内で分解されて、約20塩基前後のsiRNAを生じるので、理論的には標的ヌクレオチド配列と相同な部分の長さの上限は、標的遺伝子のmRNAもしくは初期転写産物のヌクレオチド配列の全長である。しかし、合成の容易さや抗原性の問題などを考慮すると、当該相同部分の長さは、例えば約200塩基以下、好ましくは約50塩基以下、より好ましくは約30塩基以下である。即ち、当該相同部分の長さは、例えば約18塩基以上、好ましくは約18〜約200塩基、より好ましくは約20〜約50塩基、さらに好ましくは約20〜約30塩基である。
【0058】
また、siRNAの全長も、通常、約18塩基以上、例えば約20塩基前後(代表的には約21〜23塩基長)の長さであるが、RNA干渉を引き起こすことができる限り、特に限定されず、理論的にはsiRNAの長さの上限はない。しかし、合成の容易さや抗原性の問題などを考慮すると、siRNAの長さは、例えば約200塩基以下、好ましくは約50塩基以下、より好ましくは約30塩基以下である。即ち、siRNAの長さは、例えば約18塩基以上、好ましくは約18〜約200塩基、より好ましくは約20〜約50塩基、さらに好ましくは約20〜約30塩基である。なお、shRNAの場合の核酸の長さは、二本鎖構造をとった場合の二本鎖部分の長さとして示すものとする。
【0059】
標的ヌクレオチド配列と、siRNAに含まれるそれに相同な配列との関係については、100%一致することが好ましい。しかし、siRNAの中央から外れた位置における塩基の変異(少なくとも70%、好ましくは80%、より好ましくは90%、最も好ましくは95%以上の相同性の範囲内であり得る)については、完全にRNA干渉による切断活性がなくなるのではなく、部分的な活性が残存し得る。他方、siRNAの中央部の塩基の変異は影響が大きく、RNA干渉によるmRNAの切断活性が極度に低下し得る。
【0060】
siRNAは、5’または3’末端に5塩基以下、好ましくは2塩基からなる、塩基対を形成しない、付加的な塩基を有していてもよい。当該付加的塩基は、DNAでもRNAでもよいが、DNAを用いるとsiRNAの安定性を向上させることができる。このような付加的塩基の配列としては、例えばug−3’、uu−3’、tg−3’、tt−3’、ggg−3’、guuu−3’、gttt−3’、ttttt−3’、uuuuu−3’などの配列が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0061】
shRNAのヘアピンループのループ部分の長さは、RNA干渉を引き起こすことができる限り、特に限定されないが、通常、5〜25塩基程度である。当該ループ部分のヌクレオチド配列は、ループを形成することができ、且つshRNAがRNA干渉を引き起こすことができる限り、特に限定されない。
【0062】
当該γセクレターゼ活性調節因子の発現を抑制する物質のさらに別の一態様は、デコイ核酸である。デコイ核酸とは、転写調節因子が結合する領域を模倣する核酸分子をいい、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現を抑制する物質としてのデコイ核酸は、当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子に対する転写活性化因子が結合する領域を模倣する核酸分子であり得る。
【0063】
デコイ核酸としては、例えば、リン酸ジエステル結合部分の酸素原子を硫黄原子で置換したチオリン酸ジエステル結合を有するオリゴヌクレオチド(S−オリゴ)、またはリン酸ジエステル結合を、電荷を持たないメチルホスフェート基で置換したオリゴヌクレオチドなど、生体内でオリゴヌクレオチドが分解を受けにくくするために改変したオリゴヌクレオチドなどが挙げられる。デコイ核酸は転写活性化因子が結合する領域と完全に一致していてもよいが、当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子に対する転写活性化因子が結合し得る程度の同一性を保持していればよい。デコイ核酸の長さは転写活性化因子が結合する限り特に制限されない。また、デコイ核酸は、同一領域を反復して含んでいてもよい。
【0064】
アンチセンスオリゴヌクレオチドおよびリボザイムは、当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子のcDNA配列もしくはゲノミックDNA配列に基づいて、当該遺伝子の転写産物、詳細にはmRNAもしくは初期転写産物の標的配列を決定し、市販のDNA/RNA自動合成機(アプライド・バイオシステムズ社、ベックマン社など)を用いて、これに相補的な配列を合成することにより調製できる。デコイ核酸およびsiRNAは、センス鎖およびアンチセンス鎖をDNA/RNA自動合成機でそれぞれ合成し、適当なアニーリング緩衝液中、約90〜約95℃で約1分程度変性させた後、約30〜約70℃で約1〜約8時間アニーリングさせることにより調製できる。また、相補的なオリゴヌクレオチド鎖を交互にオーバーラップするように合成して、これらをアニーリングさせた後リガーゼでライゲーションすることにより、より長い二本鎖ポリヌクレオチドを調製できる。
【0065】
当該γセクレターゼ活性調節因子の発現を抑制する物質が、アンチセンス核酸、リボザイム、RNAi誘導性核酸、デコイ核酸などの核酸分子である場合、本発明の治療または予防剤は、当該核酸分子をコードする発現ベクターを有効成分とすることもできる。当該発現ベクターは、通常、上記の核酸分子をコードするオリゴヌクレオチドもしくはポリヌクレオチドが、投与対象である哺乳動物の細胞内でプロモーター活性を発揮し得るプロモーターに機能的に連結されている。
【0066】
使用されるプロモーターは、投与対象である哺乳動物の細胞内で機能し得るものであれば特に制限はなく、例えば、polI系プロモーター、polII系プロモーター、polIII系プロモーターなどを使用することができる。プロモーターの具体例としては、SV40由来初期プロモーター、サイトメガロウイルスLTR、ラウス肉腫ウイルスLTR、MoMuLV由来LTR、アデノウイルス由来初期プロモーターなどのウイルスプロモーター、並びにβ−アクチン遺伝子プロモーター、PGK遺伝子プロモーター、トランスフェリン遺伝子プロモーター、tRNAプロモーターなどが挙げられる。なお、当該核酸分子がRNAである場合には、プロモーターとしてpolIII系プロモーターを使用することが好ましい。polIII系プロモーターとしては、例えば、U6プロモーター、H1プロモーター、tRNAプロモーターなどを挙げることができる。
【0067】
発現ベクターは、好ましくは核酸分子をコードするオリゴ(ポリ)ヌクレオチドの下流に転写終結シグナル、すなわちターミネーター領域を含有する。さらに、形質転換細胞選択のための選択マーカー遺伝子(テトラサイクリン、アンピシリン、カナマイシン、ハイグロマイシン、ホスフィノスリシンなどの薬剤に対する抵抗性を付与する遺伝子、栄養要求性変異を相補する遺伝子など)をさらに含有することもできる。
【0068】
発現ベクターとして使用される基本骨格のベクターは特に制限されないが、ヒトなどの哺乳動物への投与に好適なベクターとしては、レトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンドビスウイルス、センダイウイルスなどのウイルスベクターが挙げられる。これらのうちアデノウイルスは、遺伝子導入効率が極めて高く、非分裂細胞にも導入可能であるなどの利点を有する。但し、導入遺伝子の宿主染色体への組込みは極めて稀であるので、遺伝子発現は一過性で通常約4週間程度しか持続しない。治療効果の持続性を考慮すれば、比較的遺伝子導入効率が高く、非分裂細胞にも導入可能で、且つ逆位末端繰り返し配列(ITR)を介して染色体に組み込まれ得るアデノ随伴ウイルスの使用もまた好ましい。
【0069】
なお、アンチセンス核酸、リボザイム、RNAi誘導性核酸またはデコイ核酸などの核酸分子は本来的には異物であり、これらの構成的且つ過剰な発現は、当該遺伝子を導入された宿主動物にとって毒性が強く、副作用を引き起こす場合も考えられる。従って、本発明の好ましい態様においては、発現ベクターは、不要な部位での有効核酸分子の過剰発現による悪影響を防ぐために、有効核酸分子を組織特異的に発現させることができる。
【0070】
さらに、本発明の別の好ましい態様においては、発現ベクターは、不要な時期での核酸分子の過剰発現による悪影響を防ぐために、有効核酸分子を時期特異的に発現させることができる。当該態様として、外因性の物質によってトランスに発現が制御される誘導プロモーターに機能的に連結した核酸分子をコードするオリゴ(ポリ)ヌクレオチドを含むベクターが挙げられる。当該ベクターを用いれば、誘導物質を、所望の時期に投与することにより、任意の時期に核酸分子の発現を誘導することができる。また、誘導物質の投与を所望の組織に局所投与することにより、当該組織特異的に核酸分子の発現を誘導することもできる。
【0071】
当該γセクレターゼ活性調節因子の発現を抑制する物質の別の態様は、ターゲティングベクターである。本発明で用いられるターゲティングベクターは、当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子の相同組換えを誘導し得る遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドおよび第二のポリヌクレオチド、並びに選択マーカーを含む。第一および第二のポリヌクレオチドは、当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子を含むゲノムDNAに対して、相同組換えを生じるのに十分な程度の配列同一性および長さを有するポリヌクレオチドである。第一および第二のポリヌクレオチドは、当該遺伝子を含むゲノムDNAにおいて、第一および第二のポリヌクレオチドに対して相同な2つの領域の間に存在するゲノムDNA部分領域が欠失すると、当該遺伝子の機能的欠損がもたらされるように選択される。選択マーカーとしては、ポジティブ選択マーカー(例えば、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシンBホスホトランスフェラーゼ(BPH)遺伝子、ブラスティシジンSデアミナーゼ遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子)、ネガティブ選択マーカー(例えば、単純ヘルペスウイルス(HSV)のチミジンキナーゼ(tk)遺伝子、ジフテリア毒素Aフラグメント(DTA)遺伝子)などが挙げられる。ターゲティングベクターは、ポジティブ選択マーカー、ネガティブ選択マーカーのいずれか一方、または両方を含むことができる。ターゲティングベクターはまた、2以上のリコンビナーゼ標的配列(例えば、バクテリオファージP1由来のCre/loxPシステムで用いられるloxP配列、酵母由来のFLP/FRTシステムで用いられるFRT配列)を含んでいてもよい。
【0072】
当該γセクレターゼ活性調節因子の発現を抑制する物質の別の一態様は、当該γセクレターゼ活性調節因子に対する抗体、当該抗体をコードする核酸(プロモーター活性を有する核酸に機能可能に連結されたもの)、または当該核酸を含む発現ベクターである。当該抗体は、当該γセクレターゼ活性調節因子を認識するものであれば特に制限されず、ポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体のいずれであってもよく、周知の免疫学的手法により作製することができる。また、当該抗体は、抗体のフラグメント(例えば、Fab、F(ab’))、組換え抗体(例えば、単鎖抗体)であってもよい。
【0073】
例えば、ポリクローナル抗体は、当該γセクレターゼ活性調節因子あるいはそのタンパク質のフラグメント(必要に応じて、ウシ血清アルブミン、KLH(Keyhole Limpet Hemocyanin)などのキャリアタンパク質に架橋した複合体とすることもできる)を抗原として、市販のアジュバント(例えば、完全または不完全フロイントアジュバント)とともに、動物の皮下あるいは腹腔内に2〜3週間おきに2〜4回程度投与し(部分採血した血清の抗体価を公知の抗原抗体反応により測定し、その上昇を確認しておく)、最終免疫から約3〜約10日後に全血を採取して抗血清を精製することにより取得できる。抗原を投与する動物としては、ラット、マウス、ウサギ、ヤギ、モルモット、ハムスターなどの哺乳動物が挙げられる。
【0074】
また、モノクローナル抗体は、細胞融合法(例えば、渡邊武、細胞融合法の原理とモノクローナル抗体の作成、谷内昭、高橋利忠編、「モノクローナル抗体とがん―基礎と臨床―」、第2−14頁、サイエンスフォーラム出版、1985年)により作製することができる。例えば、マウスに当該γセクレターゼ活性調節因子を市販のアジュバントと共に2〜4回皮下あるいは腹腔内に投与し、最終投与の約3日後に脾臓あるいはリンパ節を採取し、白血球を採取する。この白血球と骨髄腫細胞(例えば、NS−1、P3X63Ag8など)を細胞融合して当該γセクレターゼ活性調節因子に対するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを得る。細胞融合はPEG法[J. Immunol. Methods, 81(2): 223-228 (1985)]でも電圧パルス法[Hybridoma, 7(6): 627-633 (1988)]であってもよい。所望のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、周知のEIAまたはRIA法などを用いて抗原と特異的に結合する抗体を、培養上清中から検出することにより選択できる。モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマの培養は、インビトロ、またはマウスもしくはラット、好ましくはマウス腹水中などのインビボで行うことができ、抗体はそれぞれハイブリドーマの培養上清および動物の腹水から取得することができる。
【0075】
しかしながら、ヒトにおける治療効果と安全性とを考慮すると、本発明における抗体は、キメラ抗体、ヒト化またはヒト型抗体であってもよい。キメラ抗体は、例えば「実験医学(臨時増刊号), Vol.6, No.10, 1988」、特公平3−73280号公報などを、ヒト化抗体は、例えば特表平4−506458号公報、特開昭62−296890号公報などを、ヒト型抗体は、例えば「Nature Genetics, Vol.15, p.146-156, 1997」、「Nature Genetics, Vol.7, p.13-21, 1994」、特表平4−504365号公報、WO94/25585号公報、「日経サイエンス、6月号、第40〜第50頁、1995年」、「Nature, Vol.368, p.856-859, 1994」、特表平6−500233号公報などを参考にそれぞれ作製することができる。
【0076】
本発明におけるγセクレターゼ活性調節因子の発現または機能を調節する物質はまた、当該γセクレターゼ活性調節因子の機能を抑制する物質であり得る。当該γセクレターゼ活性調節因子の機能を抑制する物質としては、当該γセクレターゼ活性調節因子の作用を妨げ得る物質である限り特に限定されないが、他の遺伝子およびタンパク質に及ぼす悪影響を最小限にするためには、標的分子に特異的に作用し得る物質であることが重要である。当該γセクレターゼ活性調節因子の機能を特異的に抑制する物質としては、当該γセクレターゼ活性調節因子のドミナントネガティブ変異体、当該変異体をコードする核酸(プロモーター活性を有する核酸に機能可能に連結されたもの)、当該核酸を含む発現ベクター、低分子有機化合物などが例示される。
【0077】
当該γセクレターゼ活性調節因子のドミナントネガティブ変異体とは、当該γセクレターゼ活性調節因子に対する変異の導入によりその活性が低減したものをいう。当該ドミナントネガティブ変異体は、天然の当該γセクレターゼ活性調節因子と競合することで間接的にその活性を阻害することができる。当該ドミナントネガティブ変異体は、当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする核酸に変異を導入することによって作製することができる。その変異としては、例えば、ミリストイル化部位、DNA結合部位並びにこれらの部位以外の部位における、当該部位が担う機能の低下をもたらすようなアミノ酸の変異(例えば、1以上のアミノ酸の欠失、置換、付加)が挙げられる。当該変異は、PCRや公知のキットを用いる自体公知の方法により導入することができる。
【0078】
本発明において、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現または機能を調節する物質としてはまた、上記に示した化合物の塩または誘導体なども含まれ得る。
【0079】
本発明の治療または予防剤は、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現または機能を調節する物質に加え、任意の担体、例えば、医薬上許容され得る担体を含むことができる。
【0080】
医薬上許容され得る担体としては、例えば、ショ糖、デンプン、マンニトール、ソルビトール、乳糖、グルコース、セルロース、タルク、リン酸カルシウム、炭酸カルシウムなどの賦形剤、セルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、ゼラチン、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、ショ糖、デンプンなどの結合剤、デンプン、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、デンプングリコール酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、リン酸カルシウム、クエン酸カルシウムなどの崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、エアロジル、タルク、ラウリル硫酸ナトリウムなどの滑剤、クエン酸、メントール、グリシン、オレンジ粉などの芳香剤、安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベンなどの保存剤、クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸などの安定剤、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ステアリン酸アルミニウムなどの懸濁剤、界面活性剤などの分散剤、水、生理食塩水、オレンジジュースなどの希釈剤、カカオ脂、ポリエチレングリコール、白灯油などのベースワックスなどが挙げられるが、それらに限定されるものではない。
【0081】
本発明の治療または予防剤は、一つの実施態様として経口投与に好適な製剤として処方され得る。経口投与に好適な製剤としては、水、生理食塩水、オレンジジュースのような希釈液に有効量の物質を溶解させた液剤、有効量の物質を固体や顆粒として含んでいるカプセル剤、サッシェ剤または錠剤、適当な分散媒中に有効量の物質を懸濁させた懸濁液剤、有効量の物質を溶解させた溶液を適当な分散媒中に分散させ乳化させた乳剤などが挙げられる。
【0082】
また、別の実施態様としては、本発明の治療または予防剤は非経口投与に好適な製剤としても処方され得る。非経口的な投与(例えば、皮下注射、筋肉注射、局所注入、腹腔内投与など)に好適な製剤としては、水性および非水性の等張な無菌の注射液剤があり、これには抗酸化剤、緩衝液、制菌剤、等張化剤などが含まれていてもよい。また、水性および非水性の無菌の懸濁液剤が挙げられ、これには懸濁剤、可溶化剤、増粘剤、安定化剤、防腐剤などが含まれていてもよい。当該製剤は、アンプルやバイアルのように単位投与量あるいは複数回投与量ずつ容器に封入することができる。また、有効成分および医薬上許容され得る担体を凍結乾燥し、使用直前に適当な無菌のビヒクルに溶解または懸濁すればよい状態で保存することもできる。
【0083】
上記のうち、本発明の治療または予防剤をアルツハイマー病の治療または予防のために用いる場合は、高齢者患者が多いという観点から経口投与が好ましい。ただし、中枢脳神経系への直接投与を行う場合であれば、非経口的投与として髄腔内投与を行うことが好ましい。
【0084】
本発明の治療または予防剤の投与量は、有効成分の活性や種類、病気の重篤度、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、体重、年齢などによって異なるため一概に云えないが、通常、成人1日あたり有効成分量として約1ng/kg〜約500mg/kgである。
【0085】
<3.γセクレターゼ関連疾患の治療または予防剤のスクリーニング方法>
本発明は、被験物質が、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子の発現または機能を調節するか否かを評価することを含む、γセクレターゼ関連疾患の治療または予防剤のスクリーニング方法を提供する。
【0086】
本発明のスクリーニング方法は、インビトロまたはインビボなどで行うことができる。本発明のスクリーニング方法により得られる当該γセクレターゼ活性調節因子の発現を調節し得る物質は、当該γセクレターゼ活性調節因子の量を調節し得る物質と同義であり、所定の組織または細胞における当該γセクレターゼ活性調節因子の存在量、あるいは所定の細胞内位置における当該γセクレターゼ活性調節因子の存在量を変化させ得る物質であり得る。従って、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現を調節し得る物質としては、例えば、当該γセクレターゼ活性調節因子からの当該γセクレターゼ活性調節因子の生合成を調節し得る物質のみならず、当該γセクレターゼ活性調節因子の細胞内局在を調節し得る物質、当該γセクレターゼ活性調節因子の代謝(例えば、代謝による分解)を調節し得る物質もまた含まれる。
【0087】
スクリーニング方法に供される被験物質は、いかなる公知化合物および新規化合物であってもよく、例えば、核酸、糖質、脂質、タンパク質、ペプチド、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、固相合成やファージディスプレイ法により作製されたランダムペプチドライブラリー、あるいは微生物、動植物、海洋生物など由来の天然成分などが挙げられる。被験物質は、標識されていても未標識であってもよく、また、標識体と未標識体を所定の割合で含む混合物も被験物質として使用できる。標識用物質としては、例えば、FITC、FAMなどの蛍光物質、ルミノール、ルシフェリン、ルシゲニンなどの発光物質、H、14C、32P、35S、123Iなどの放射性同位体、ビオチン、ストレプトアビジンなどの親和性物質などが挙げられる。
【0088】
本発明における一実施形態では、当該スクリーニング方法は、下記の工程(a)〜(c)を含む。下記の(a)〜(c)の工程を含むスクリーニング方法を、本明細書では必要に応じてスクリーニング方法Aと称する。
(a)被験物質を、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子に接触させる工程、
(b)被験物質の存在下における当該γセクレターゼ活性調節因子の機能レベルを測定し、当該機能レベルを被験物質の非存在下における当該γセクレターゼ活性調節因子の機能レベルと比較する工程、ならびに
(c)工程(b)の比較結果に基づいて、当該γセクレターゼ活性調節因子の機能レベルの変化をもたらす被験物質を選択する工程。
【0089】
本発明のスクリーニング方法Aにおける工程(a)では、被験物質が、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子と接触条件下に置かれる。被験物質の当該γセクレターゼ活性調節因子に対する接触は、溶液中での単離された当該γセクレターゼ活性調節因子と被験物質との接触、あるいは当該γセクレターゼ活性調節因子を発現可能な細胞または組織と被験物質との接触により行われ得る。なお、アッセイにおいて、他のタンパク質を併用する場合、あるいはそのようなタンパク質を当該γセクレターゼ活性調節因子の活性の検出指標として用いる場合、そのようなタンパク質もまた被験物質と接触され、あるいはそのようなタンパク質を発現する細胞または組織が用いられ得る。
【0090】
当該γセクレターゼ活性調節因子は、天然タンパク質または組換えタンパク質であり得る。当該γセクレターゼ活性調節因子は、自体公知の方法により調製することができ、例えば、当該γセクレターゼ活性調節因子を含有する生体試料から当該γセクレターゼ活性調節因子を回収してもよく、宿主細胞(例えば、エシェリヒア属菌、バチルス属菌、酵母、昆虫細胞、昆虫、動物細胞)に当該γセクレターゼ活性調節因子の発現ベクターを導入することにより形質転換体を作製し、当該形質転換体により産生される当該γセクレターゼ活性調節因子を回収してもよく、ウサギ網状赤血球ライセート、コムギ胚芽ライセート、大腸菌ライセートなどを用いる無細胞系により当該γセクレターゼ活性調節因子を合成してもよい。当該γセクレターゼ活性調節因子は、塩析や溶媒沈澱法などの溶解度を利用する方法;透析法、限外ろ過法、ゲルろ過法、およびSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法などの主として分子量の差を利用する方法;イオン交換クロマトグラフィーなどの荷電の差を利用する方法;アフィニティークロマトグラフィー、当該γセクレターゼ活性調節因子に対する抗体の使用などの特異的親和性を利用する方法;逆相高速液体クロマトグラフィーなどの疎水性の差を利用する方法;等電点電気泳動法などの等電点の差を利用する方法;これらを組み合わせた方法などにより適宜精製することができる。
【0091】
また、本発明において当該γセクレターゼ活性調節因子を使用する場合、当該γセクレターゼ活性調節因子は標識されていても未標識であってもよく、また、標識タンパク質と未標識タンパク質を所定の割合で含む混合物も使用することができる。標識用物質としては、例えば、FITC、FAMなどの蛍光物質、ルミノール、ルシフェリン、ルシゲニンなどの発光物質、H、14C、32P、35S、123Iなどの放射性同位体、ビオチン、ストレプトアビジンなどの親和性物質などが挙げられる。
【0092】
スクリーニング方法Aにおける工程(b)では、被験物質の存在下における当該γセクレターゼ活性調節因子の機能レベルが測定される。機能レベルの測定は、上述した当該γセクレターゼ活性調節因子に関連する機能を測定可能な自体公知の方法により行われ得る。例えば、Rdh11に関しては、Kedishvili NYら(J. Biol. Chem., 2002, 277(32): 28909-28915)あるいはHaeseleer Fらの報告(J. Biol. Chem., 2002, 277(47): 45537-45546)に記載された方法に準じて、Rdh11を発現させたSf9細胞の膜画分および補酵素としてNADPHを用い、基質であるall-trans-retinal、もしくはその異性体である9-cis-、11-cis-、13-cis-retinalなどをそれぞれ対応するretinolに還元し、その反応産物をHPLCにて分離および定量することにより測定することができる。
【0093】
なお、当該機能レベルは、個々のγセクレターゼ活性調節因子に係る機能のみならず、当該因子によって調節されるγセクレターゼの活性を測定することによって求めることも可能である。例えば、WO2005/038023に記載の方法に準じて発芽バキュロウイルスからγセクレターゼを調製し、当該γセクレターゼにγセクレターゼ活性調節因子を接触させ、さらに被験物質を接触させることができる。このとき、γセクレターゼ活性調節因子および被験物質の接触の順序は問わず、また同時にγセクレターゼに接触させてもよい。あるいは、先にγセクレターゼ活性調節因子と被験物質を接触させておいて、その後γセクレターゼに接触させてもよい。これらの接触は、各種物質を別個に調製してから行ってもよいし、あるいは当該発芽バキュロウイルスを感染させた細胞内にて行ってもよい。
【0094】
上記の通り接触をさせた上でγセクレターゼ活性を測定することができる。γセクレターゼ活性の測定法としては、特に限定されないが、例えば、Yasuko Takahashiらによる方法(J. Biol. Chem., 2003, 278:18664-18670)を用いることができる。即ち、酵素として脳組織または培養細胞から調製したミクロソームと被験物質とを混和し、4℃で12時間インキュベーションを行った後、基質として1μMのC100FmHを加え、37℃で12時間インキュベーションを行う。その後、サンドイッチELISA法により、アミロイドβ量を測定することで、γセクレターゼ活性を測定することができる。
【0095】
上記の機能レベルまたは相互作用は、当該γセクレターゼ活性調節因子の総機能レベルに基づいて測定するだけではなく、当該γセクレターゼ活性調節因子の個々のアイソフォーム(例えば、スプライシングバリアント)に対する機能レベルもしくは相互作用、またはアイソフォーム間の機能レベルもしくは相互作用の比に基づいて測定してもよい。
【0096】
次いで、被験物質の存在下における当該γセクレターゼ活性調節因子の機能レベルが、被験物質の非存在下における当該γセクレターゼ活性調節因子の機能レベルと比較される。機能レベルの比較は、好ましくは、有意差の有無に基づいて行なわれる。被験物質の非存在下における当該γセクレターゼ活性調節因子の機能レベルは、被験物質の存在下における当該γセクレターゼ活性調節因子の機能レベルの測定に対し、事前に測定した機能レベルであっても、同時に測定した機能レベルであってもよいが、実験の精度、再現性の観点から同時に測定した機能レベルであることが好ましい。
【0097】
スクリーニング方法Aにおける工程(c)では、当該γセクレターゼ活性調節因子の機能レベルの変化をもたらす被験物質が選択される。当該γセクレターゼ活性調節因子の変化をもたらす被験物質は、当該γセクレターゼ活性調節因子の機能を促進または抑制し得る。このように選択された被験物質は、γセクレターゼ関連疾患の治療または予防に有用であり得る。
【0098】
別の実施形態では、本発明のスクリーニング方法は、下記の工程(a)〜(c)を含む。下記の(a)〜(c)の工程を含むスクリーニング方法を、本明細書では必要に応じてスクリーニング方法Bと称する。
(a)被験物質を、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子の発現が測定可能である細胞に接触させる工程、
(b)被験物質を接触させた細胞における当該γセクレターゼ活性調節因子の発現量を測定し、当該発現量を被験物質を接触させない対照細胞における当該γセクレターゼ活性調節因子の発現量と比較する工程、ならびに
(c)工程(b)の比較結果に基づいて、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現量を調節する被験物質を選択する工程。
【0099】
本発明のスクリーニング方法Bにおける工程(a)では、被験物質がStx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子の発現が測定可能である細胞と接触条件下に置かれる。当該γセクレターゼ活性調節因子の発現が測定可能である細胞に対する被験物質の接触は、培養培地中で行われ得る。
【0100】
当該γセクレターゼ活性調節因子が発現可能である細胞は、当該γセクレターゼ活性調節因子を発現するものである限り特に限定されず、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現組織(例えば、脳(嗅球、扁桃核、大脳基底球、海馬、視床、視床下部、大脳皮質、延髄、小脳など)、骨、歯、感覚器、胎盤、卵管、乳腺、膵、小腸、腎(遠位尿細管など))由来の細胞(例えば、神経細胞、小脳プルキンエ細胞、骨芽細胞、腎または小腸の上皮細胞)、あるいは、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現ベクターで形質転換された細胞などであり得る。当該細胞は、当業者であれば容易に同定または調製でき、初代培養細胞、当該初代培養細胞から誘導された細胞株、市販の細胞株、セルバンクより入手可能な細胞株などを使用できる。アルツハイマー病の治療または予防剤をスクリーニングするためには、初代培養大脳皮質または海馬由来神経細胞、IMR32細胞、SH−SY5Y細胞、PC−12細胞、Neuro−2a細胞などが好ましく、癌の治療または予防剤をスクリーニングするためには、癌組織由来の細胞または癌の発生が予測される各種細胞が好ましい。
【0101】
本発明において、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現が測定可能である細胞とは、当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子の産物、例えば、転写産物、翻訳産物の発現レベルを直接的または間接的に評価可能な細胞をいう。当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子の産物の発現レベルを直接的に評価可能な細胞としては、当該γセクレターゼ活性調節因子を天然で発現可能な細胞が挙げられ、一方、当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子の産物の発現レベルを間接的に評価可能な細胞としては、当該遺伝子の転写調節領域についてレポーターアッセイを可能とする細胞が挙げられる。
【0102】
当該γセクレターゼ活性調節因子を天然で発現可能な細胞は、当該γセクレターゼ活性調節因子を潜在的に発現するものである限り特に限定されず、当該γセクレターゼ活性調節因子を恒常的に発現している細胞、当該γセクレターゼ活性調節因子を誘導条件下(例えば、薬物での処理)で発現する細胞などであり得る。当該細胞は、当業者であれば容易に同定することができ、初代培養細胞、当該初代培養細胞から誘導された細胞株、市販の細胞株、セルバンクより入手可能な細胞株などを使用することができる。
【0103】
当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子の転写調節領域についてレポーターアッセイを可能とする細胞は、当該遺伝子の転写調節領域、当該領域に機能可能に連結されたレポーター遺伝子を含む細胞であり得る。当該遺伝子の転写調節領域およびレポーター遺伝子は、発現ベクター中に挿入されている。
【0104】
当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子の転写調節領域は、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現を制御し得る領域である限り特に限定されないが、例えば、転写開始点から上流約2kbpまでの領域、あるいは当該領域の塩基配列において1以上の塩基が欠失、置換もしくは付加された塩基配列からなり、且つ当該遺伝子の転写を制御する能力を有する領域などを挙げることができる。
【0105】
レポーター遺伝子は、検出可能なタンパク質または酵素をコードする遺伝子であればよく、例えば、GFP(緑色蛍光タンパク質)遺伝子、GUS(β−グルクロニダーゼ)遺伝子、LUS(ルシフェラーゼ)遺伝子、CAT(クロラムフェニコルアセチルトランスフェラーゼ)遺伝子などが挙げられる。
【0106】
当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子の転写調節領域、当該領域に機能可能に連結されたレポーター遺伝子が導入される細胞は、当該遺伝子の転写調節機能を評価できる限り、即ち、当該レポーター遺伝子の発現量が定量的に解析可能である限り特に限定されない。しかしながら、当該遺伝子に対する生理的な転写調節因子を発現し、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現調節の評価により適切であると考えられることから、導入される細胞としては、当該γセクレターゼ活性調節因子を天然で発現可能な細胞が好ましい。
【0107】
被験物質と当該γセクレターゼ活性調節因子の発現が測定可能である細胞とが接触される培養培地としては、用いられる細胞の種類などに応じて適宜選択することができるが、例えば、約5〜約20%のウシ胎仔血清を含む最少必須培地(MEM)、ダルベッコ改変最少必須培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地などが挙げられる。培養条件もまた、用いられる細胞の種類などに応じて適宜決定されるが、例えば、培地のpHは約6〜約8であり、培養温度は通常約30〜約40℃であり、培養時間は約12〜約72時間である。
【0108】
スクリーニング方法Bにおける工程(b)では、先ず、被験物質を接触させた細胞における当該γセクレターゼ活性調節因子の発現量が測定される。発現量の測定は、用いた細胞の種類などを考慮し、自体公知の方法により行われ得る。
【0109】
例えば、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現が測定可能である細胞として、当該γセクレターゼ活性調節因子を天然で発現可能な細胞を用いた場合、その発現量は、当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子の産物、例えば、転写産物または翻訳産物を対象として自体公知の方法により測定できる。例えば、転写産物の発現量は、細胞からtotal RNAを調製し、RT−PCR、ノザンブロッティングなどにより測定され得る。また、翻訳産物の発現量は、例えば、細胞から抽出液を調製し、免疫学的手法により測定され得る。免疫学的手法としては、放射性同位元素免疫測定法(RIA法)、ELISA法(Methods in Enzymol. 70: 419-439 (1980))、蛍光抗体法などが使用できる。
【0110】
一方、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現が測定可能である細胞として、当該γセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子の転写調節領域についてレポーターアッセイを可能とする細胞を用いた場合、その発現量は、レポーターのシグナル強度に基づき測定され得る。
【0111】
また、発現量は、当該γセクレターゼ活性調節因子の総発現量に基づいて測定するだけではなく、当該γセクレターゼ活性調節因子の個々のアイソフォーム(例えば、スプライシングバリアント)に対する発現量あるいはアイソフォーム間の発現比に基づいて測定してもよい。
【0112】
さらには、発現量は、細胞膜への局在に基づいて測定することもできる。細胞に局在する当該γセクレターゼ活性調節因子の量は、自体公知の方法により測定できる。例えば、GFP遺伝子などの蛍光タンパク質をコードする遺伝子と融合させた当該γセクレターゼ活性調節因子を適切な細胞に導入し、培養培地において被験物質の存在下で培養する。次いで、共焦点顕微鏡により細胞膜における蛍光シグナルを観察し、被験物質の非存在下での当該器官における蛍光シグナルと比較すればよい。また、当該γセクレターゼ活性調節因子に対する抗体を用いる免疫染色によっても、細胞膜に局在する当該γセクレターゼ活性調節因子の量を測定することができる。
【0113】
次いで、被験物質を接触させた細胞における当該γセクレターゼ活性調節因子の発現量が、被験物質を接触させない対照細胞における当該γセクレターゼ活性調節因子の発現量と比較される。発現量の比較は、好ましくは、有意差の有無に基づいて行なわれる。被験物質を接触させない対照細胞における当該γセクレターゼ活性調節因子の発現量は、被験物質を接触させた細胞における当該γセクレターゼ活性調節因子の発現量の測定に対し、事前に測定した発現量であっても、同時に測定した発現量であってもよいが、実験の精度、再現性の観点から同時に測定した発現量であることが好ましい。
【0114】
スクリーニング方法Bにおける工程(c)では、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現量を調節する被験物質が選択される。当該γセクレターゼ活性調節因子の発現量の調節は、発現量の促進または抑制であり得る。このように選択された被験物質は、γセクレターゼ関連疾患の治療または予防に有用であり得る。
【0115】
本発明ではまた、被験物質とγセクレターゼ活性調節因子との相互作用を調べることもできる。当該相互作用の測定方法は特に限定されず、自体公知の方法を用いることができる。例えば、標識した被験物質をリガンドとして用いて、リガンド結合能を測定する方法が挙げられる。当該標識は、蛍光標識、放射標識などを採用することができる。蛍光標識物質としては、例えばAlexa系、Pacific Blue、Cy2、FITC、Cy3、ローダミン、テキサスレッド、Cy5などが挙げられる。放射標識物質としては、H、13C、15N、32Pなどが挙げられる。
【0116】
具体的には、当該標識物質で標識した被験物質を含む緩衝液(結合に適した緩衝液を使用する)に、γセクレターゼ活性調節因子を接触(反応)させる。このとき、さらに前記γセクレターゼを含む発芽バキュロウイルスまたは精製したγセクレターゼを接触させることにより、γセクレターゼ活性調節因子を介して、γセクレターゼとの相互作用も合わせて調べることができる。反応後の反応液を適当なフィルタなどの固相担体に吸着ろ過させて反応を停止し、当該固相担体を洗浄および乾燥させ、複合体のみを固相担体上に固定する。シンチレーションカウンターを用いて固相担体の放射活性を測定し、または蛍光光度計を用いて蛍光強度を測定することにより、当該相互作用(即ち、リガンド結合能)を測定することができる。さらに本発明では、当該相互作用に関し、γセクレターゼの構成因子のうちのどの因子に作用しているかについて、発芽バキュロウイルス上のγセクレターゼを用いてアッセイすることも可能である。
【0117】
また本発明は、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子を基板上に配置したプロテインチップを提供する。またさらに本発明は、当該γセクレターゼ活性調節因子とγセクレターゼとを組み合わせたγセクレターゼ複合体を基板上に配置したプロテインチップをも提供する。当該プロテインチップを用いることにより、上記の相互作用をより正確に測定することができる。なお、当該プロテインチップは、イオン交換樹脂や金属イオンなどをあらかじめコーティングしておくことができる。
【0118】
当該プロテインチップを用いて、本発明はさらに以下のスクリーニング方法を提供する。詳しくは、下記の(a)〜(c)の工程を含むスクリーニング方法であり、当該スクリーニング方法を、本明細書では必要に応じてスクリーニング方法Cと称する。
(a)被験物質を、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子とγセクレターゼとを組み合わせたγセクレターゼ複合体を基板上に固定したプロテインチップに接触させる工程、
(b)被験物質を接触させたプロテインチップに捕捉された被験物質を検出する工程、ならびに
(c)工程(b)の検出結果に基づいて、当該γセクレターゼ活性調節因子と相互作用する被験物質を選択する工程。
【0119】
本発明のスクリーニング方法Cにおける工程(a)では、被験物質がStx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子を基板上に固定したプロテインチップと接触条件下に置かれる。当該プロテインチップに対する被験物質の接触は、当業者に公知の方法を用いることにより行われ得る。例えば、被験物質が溶解された溶液を、ピペットを用いて当該プロテインチップ上に所定量添加する方法や、または当該溶液中に当該プロテインチップを浸漬させる方法などが挙げられる。
【0120】
スクリーニング方法Cの工程(b)におけるプロテインチップに捕捉された被験物質を検出する方法は、特に限定されず、自体公知の方法を用いることができる。例えば、あらかじめ準備しておいた被験物質に、Alexa系、Pacific Blue、Cy2、FITC、Cy3、ローダミン、テキサスレッド、Cy5などの蛍光標識物質、またはH、13C、15N、32Pなどの放射標識物質などの標識を付しておき、当該プロテインチップに接触させて洗浄した後の標識の有無または量を調べることにより、当該被験物質を検出することができる。なお、当該標識の検出は、蛍光光度計を用いて蛍光強度を測定したり、シンチレーションカウンターを用いて固相担体の放射活性を測定したりすることなどによって行うことができる。あるいは、当該プロテインチップを設置した装置において、被験物質をフローセル中に流すことにより両者の相互作用を定量的に評価できる表面プラズモン共鳴(SRP)法を利用することもできる。当該相互作用が生じた場合は、プリズム表面に表面プラズモン現象が起きてシグナルが変化するため、当該シグナルの変化をフォトダイオードアレイ検出器などを用いて検出することにより、当該相互作用をリアルタイムにモニタリングすることができる。
【0121】
また、当該被験物質が未知試料である場合であっても、質量分析などを行うことにより検出を行うことができる。具体的には、例えば、飛行時間型質量分析装置(TOF−MS)などで解析を行うことができる。当該分析装置であれば、チップ上に均一に分散化して捕捉されている被験物質はパルスレーザにより効率的にイオン化されるため、再現性よく検知することができる。当該イオン化を行うに際しては、MALDI(Matrix Assisted Laser Desorpotion/Ionization)やSELDI(Surface Enhanced Laser Desorption/Ionization)などの方法を利用することができる。このような装置としては、市販の質量分析装置を用いることができ、例えば、MALDI−TOF型またはESI/Q−TOF型などの質量分析装置を挙げることができる。
【0122】
工程(b)により検出された結果、即ち、例えば被験物質に付した標識の検出、表面プラズモン共鳴におけるシグナル変化、または当該プロテインチップの質量の変化により、当該γセクレターゼ活性調節因子に相互作用した被験物質を同定することが可能となる。
【0123】
本発明は、前記スクリーニング方法A、BおよびCにより得られる成果物を提供する。
【0124】
本発明のスクリーニング方法A、BおよびCにより提供される成果物は、当該スクリーニング方法により得られる物質を含有する医薬組成物であり得る。
【0125】
本発明のスクリーニング方法A、BおよびCにより提供される成果物は、γセクレターゼ関連疾患の治療または予防に、あるいは当該疾患の研究用試薬などとして有用である。
【実施例】
【0126】
1.各種遺伝子の発現コンストラクトの作製
ヒトニカストリン(NCT)の開始メチオニンを除く全長配列のcDNA(KIAA0253)は、かずさDNA研究所より入手した。当該cDNAを鋳型としてLA Taq(タカラバイオ社)を用いたPCRにより、5’位にコザック(Kozak)配列と開始メチオニンを付加するようにDNA断片を増幅し、pEF6/V5−His−TOPOベクター(Invitrogen社)にサブクローニングした(pEF6/NCT)。ネガティブコントロールとしては、pEF6/NCTをSpeIおよびXbaI(以下、制限酵素は全て東洋紡績社)で制限酵素処理した後、電気泳動で精製したベクター断片をT4 DNAリガーゼ(タカラバイオ社)でセルフライゲーションし、インサート部分が挿入されていないいわゆる空ベクターとした(pEF6)。
【0127】
pCS2+MTベクターにクローニングされたマウスNotchΔEコンストラクトはワシントン大学のRaphael Kopan博士より供与を受けた(pCS2/NΔE)。
【0128】
マウスStx8のcDNAクローン(ID No.1110002H11)はDNAFORM社より購入した。PCRによりEcoRIおよびBamHI認識配列を付加するように増幅し、p3XFLAG−CMV−10ベクター(SIGMA社)とともに同制限酵素処理をして、クローニングを行った。膜貫通部位からC末端部分を欠失したStx8変異体(Stx8ΔTM)は、long PCRによりCys214を終始コドンに置換して作製した。
【0129】
ヒトStx12のcDNAは、Human Brain, whole Marathon-Ready cDNA(タカラバイオ社)を鋳型としたPCRによりEcoRIおよびHindIII認識配列を付加するように増幅した後、Stx8と同様にp3XFLAG−CMV−10ベクター(SIGMA社)にクローニングした。膜貫通部位からC末端部分を欠失したStx12変異体(Stx12ΔTM)は、long PCRによりLys249を終始コドンに置換して作製した。
【0130】
ヒトSnap23およびVamp8の発現プラスミドについては、東北大学福田光則博士より、N末端にFLAGタグを付加した状態で各種遺伝子を発現するpEF−BOSベクターの供与を受けた。
【0131】
ヒトBcap31、Cd9およびヒトTspan8のcDNAは、Human Brain, whole Marathon-Ready cDNA(タカラバイオ社)を鋳型としたPCRにより増幅した。このときKozak配列とともに、Bcap31はAsp242、Lys243残基の間にmycタグが挿入されるように、またCd9はC末端にFLAGタグが付加されるように、Tspan8はC末端にmycタグが付加されるように各種cDNAを増幅した後、pcDNA3.1 directional TOPOベクター(Invitrogen社)にTOPO反応によりクローニングした。Bcap31のN末端より164アミノ酸から成る変異体(p20)の作製には、クローニングしたプラスミドを鋳型としたPCRを行い、Kozak配列と1〜164アミノ酸部位、そしてC末端にMycタグが付加されるように増幅した断片をpcDNA3.1 directional TOPOベクターにクローニングした。これらは全て終始コドンを含めてクローニングし、ベクター配列に由来するV5−Hisタグが付加されないようにした。
【0132】
ヒトTm9sf4のcDNAクローン(ID No.LIFESEQ3355773)は、Open Biosystems社から購入した。PCRにより、Kozak配列およびC末端にFLAG配列、さらにBamHIおよびHindIII認識配列を付加するように増幅し、pcDNA3.1/Hygro(+)ベクターとともに同制限酵素処理してクローニングした。
【0133】
マウスPlp2(ID No.F630011A01)、マウスRdh11(ID No.6820421N15)、マウスAtp6v0d1(ID No.5730525H24)、マウスAtp6ap2(ID No.4833431B08)およびCd81(ID No.8430408E02)のcDNAクローンは、DNAFORM社から購入した。また、ヒトBst2(ID No.LIFESEQ2805465)およびヒトTspan31(ID No.LIFESEQ979837)のcDNAクローンは、Open Biosystems社から購入した。PCRによりKozak配列とMycタグ配列を付加するように増幅し、上述のようにpcDNA3.1 directional TOPOベクターにクローニングした。Bst2はN末端に、その他全てはC末端にMycタグが付加されるようにした。
【0134】
2.細胞
Ncstn−/−マウス由来線維芽細胞(NKO細胞、ジョンズホプキンス大学Phillip C. Wong博士より供与)、マウス神経芽細胞腫株Neuro−2a(ATCCより購入)の各細胞は、10%非働化済みウシ胎児血清(Thermo Scientific社)、ペニシリン50units/mL、ストレプトマイシン50μg/mL(Invitrogen社)を含む高グルコースダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)(和光純薬社)中、5%COおよび95% airの条件で、37℃湿式インキュベーター内で培養および継代した。
【0135】
NCTを恒常発現するNKO細胞は、NKO細胞にpEF6/NCT、またはコントロールとしてpEF6をLipofectamine 2000(Invitrogen社)により遺伝子導入し、10μg/ml blasticidinを含むDMEMで選択することにより取得した(NKO/NCT、NKO/pEF6細胞)。NKO/NCT細胞に対する遺伝子の一過性発現はLipofectamine 2000を用いて行い、トランスフェクションから48時間後に細胞を回収した。
【0136】
pCS2/NΔEとpcDNA3/EGFPを恒常発現するNeuro−2a細胞は、各種遺伝子をFugene 6(Roche社)により導入した後、10μg/ml G−418を含むDMEMで選択培養することにより取得した(N2a/NΔE/EGFP)。同定した遺伝子を恒常発現するNeuro−2a細胞の作製も同様に行った。
【0137】
3.細胞ミクロソーム画分の調製
細胞を冷PBSで洗浄した後、Homogenization Buffer(10% glycerolを含むHEPES Buffer(10mM HEPES(pH7.4)、150mM NaCl、Complete protease inhibitor cocktail tablets(Complete)(Roche社)))で懸濁した。氷上でポリトロンホモジェナイザー(HITACHI社)により細胞を破砕し、1,000×g、4℃で10分間遠心した。沈殿に対して同様の操作を繰り返し、2回分の上清をまとめた。再度1,000×g、10分間遠心して沈殿をよく除き、得られた上清を100,000×gで1時間遠心した沈殿を細胞ミクロソーム画分として回収した。
【0138】
4.抗体架橋磁気ビーズの作製
抗ニカストリン抗体として、未成熟型NCTに特異的に結合するA5201Aと、未成熟型NCTおよび成熟型NCTに結合するA5226A(寄託番号:FERM AP−20316)を準備した。各種抗体については、ヒトニカストリン発現組み換えバキュロウイルス(発芽型)を作製し、当該ウイルスをSf9細胞に感染させて、当該感染細胞の培養上清から超遠心により得られた発芽型ウイルスを抗原とし、当該抗原をマウスに免疫することにより作出を行った。また、当該免疫用マウスには、ウイルス由来の膜タンパク質であるgp64に対して耐性を示すよう作製されたgp64トランスジェニックマウスを使用した。各種抗体の作出は、具体的にはWO2007/129457に記載の方法に準じて行った。
【0139】
A5201A、A5226A、ネガティブコントロールとしてマウスIgG画分(Sigma社)の各種抗体は、Dynabeads protein G(Invitrogen社)と、citrate/phosphate buffer(pH5.0)中、室温で40分間転倒混和することにより非共有結合的に複合体を形成させた。ビーズを0.2M triethanolamine(pH8.2)で洗浄した後、Dimethyl pimelimidateを含む0.2M triethanolamine(pH8.2)中、20℃で30分間転倒混和して磁気ビーズと各種抗体とを共有結合によって架橋した。反応は1M Tris−HCl(pH7.5)中でインキュベートすることにより停止させた。磁気ビーズをLysis Buffer(1% CHAPSOを含むHEPES Buffer)で洗浄した後、4℃で保存した。
【0140】
5.プロテオミクス解析
プロテオミクス解析は、NKO/pEF6およびNKO/NCTそれぞれの細胞に対して、上記の通り作製したIgG、A5201A、A5226A架橋磁気ビーズを用いた6通りの組み合わせで行った。それぞれ150mmディッシュ6枚分のコンフルエントの細胞からミクロソーム画分を調製し、Lysis Bufferにより可溶化した。100,000×g、4℃で1時間遠心した後、細胞骨格由来タンパク質の混入を防ぐため0.22μm PVDFフィルタ(Millex HV、Millipore社)でろ過し、各種抗体架橋磁気ビーズを加えて4℃で12時間、免疫沈降反応を行った。反応後、磁気ビーズをLysis Buffer、Completeを含まないLysis Buffer、50mM Ammonium bicarbonate(ABC)で順次洗浄し、0.2% RapiGest SF(Waters社)を含むABC中で67℃にて30分間インキュベートして結合分子を溶出させた。同様の操作を2度行い、上清を合わせて溶出画分とした。溶出画分にトリクロロ酢酸を加えてタンパク質を沈殿させ、冷アセトンでよく洗浄してからLC−MS/MS解析に供した。NKO/NCT+A5226A群において4回の独立なサンプルのうち少なくとも1回同定され、かつNKO/NCT+A5226A群以外の5群において全く同定されないか、NKO/NCT+A5201A群より多く同定された分子を、「成熟型NCT特異的結合分子」と判断した。以下の表1に、同定された分子を示す。
【0141】
【表1】

【0142】
6.免疫共沈降実験
上記の通り同定された分子がNCTと免疫共沈降されることを、ウェスタンブロット解析により検証した。1サンプルあたり100mmディッシュ1枚分のNKO/pEF6およびNKO/NCT細胞を冷PBSで2回洗浄した後、Lysis Bufferに懸濁し、4℃で転倒混和することにより可溶化した。15,000rpmで10分間遠心した上清を可溶画分として回収し、10μg/mLに希釈した各種抗体(IgG、A5201A、A5226A)と、1/20量の平衡化した50% protein G agarose(Invitrogen社)を加え、4℃で一晩転倒混和した。5,000rpmで1分間遠心したビーズをLysis Bufferで3回洗浄し、1% 2-mercaptoethanolを含むsample buffer(2% SDS、80mM Tris−HCl(pH6.8)、15% glycerol、Brilliant Green、CBB−G250)を加えてウェスタンブロット解析に供した。
【0143】
ウェスタンブロット解析は以下のように行った。サンプルを37℃で30〜60分間、NCTの検出の際には100℃で1分間インキュベートした後、SDS−PAGEによりタンパク質を分離した。分子量マーカーとしてはSeeBlue Plus(Invitrogen)を用いて、同時に電気泳動を行った。電気泳動により分離されたタンパク質を、226mA、3時間の条件でPVDF membrane(Millipore社)に転写した。転写したメンブレンを5% skim milkを含むTS−Tween(0.1% Tween20を含むTS(50mM Tris−HCl(pH7.6)、150mM NaCl))によって室温で30分間ブロッキングし、2.5% skim milk/TS−Tweenで適切に希釈した各種抗体(αNCT、αAph−1aL、αPS1 NTF、αPen−2、抗α−カテニン抗体、抗β−カテニン抗体、抗ジャンクションプラコグロビン抗体)と室温で4時間、または4℃で一晩反応させた。TS−Tweenで洗浄を5分間行い、これを3回繰り返した後、2.5% skim milk/TS−Tweenで希釈した2次抗体(anti-rabbit IgG horseradish peroxydase linked whole antibody、anti-mouse IgG horseradish peroxydase linked whole antibody(以上GE Healthcare社)、anti-goat IgG peroxydase conjugate(SIGMA社))と室温で1時間反応させた。TS−Tweenで洗浄を10分間行い、これを3回繰り返した後、ImmunoStar detection kit(和光純薬社)で検出を行い、あるいはLAS-1000 plus system(FUJI FILM社)を用い、Super Signal West Femto(Pierce社)による化学発光を通して検出を行った。
【0144】
その結果、A5201Aでは未成熟型NCTと少量のAph−1aLが沈降されたのに対し、A5226Aでは成熟型および未成熟型NCTが沈降されたほか、全てのγセクレターゼ構成因子が共沈降された(図1)。その一方で、NKO/pEF6細胞ではいずれの構成因子も共沈降されなかった。
【0145】
また、既知のγセクレターゼ結合分子であるα−カテニン、β−カテニンおよびジャンクションプラコグロビンが、A5226A特異的に免疫沈降された(図2)。
【0146】
次に、FLAGタグを付加したStx12およびCd9をNKO/NCT細胞に一過性に発現させ、検出用に抗FLAGポリクローナル抗体を用いて上記と同様にウェスタンブロッティングによる解析を行った。この解析では、抗体とprotein G agaroseを加える代わりに、平衡化した50% M2-agarose(SIGMA社)を1/20量加え、4℃で1〜2時間転倒混和してから回収した。沈降画分には成熟型NCTが特異的に検出され、プロテオミクス解析の結果を支持した(図3)。
【0147】
7.免疫細胞化学による細胞内局在の解析
Poly-D-lysineでコートしたカバーガラスまたは4-wellもしくは8-well chamber slide(Nunc社)でNKO/NCT細胞を培養した。FLAGタグを付加したStx12もしくはCd9を遺伝子導入し、24時間後にカバーガラスまたはスライドを回収した。PBSで洗浄後、4% paraformaldehydeおよび4% sucroseを含むPBSで固定した。PBSで洗浄後、3% BSAおよび0.1% Triton X−100を含むPBSで浸透化およびブロッキングを行った。ブロッキング液(3% BSAを含むPBS)で適当濃度に希釈した各種抗体(A5201A、A5226A、抗FLAG抗体)と、室温にて2〜3時間または4℃にて一晩反応させた。PBSで洗浄した後、ブロッキング液で希釈したAlexa488を結合した抗マウスイムノグロブリン抗体(Invitrogen社)と室温で1時間反応させた。また、脂質ラフトの染色にはAlexa555を結合したcholera toxin subunit B(CTxB)(Invitrogen社)を2次抗体希釈液に添加した。蛍光観察は共焦点レーザー走査型顕微鏡FLUOVIEW(OLYMPUS社)を用いて行った。
【0148】
その結果、A5226Aにより認識されるNCTは脂質ラフトのごく近傍に局在しており、Cd9はこれと類似した染色を示した(図4、5)。一方、Stx12は細胞内により広くベシクル状に分布していた。
【0149】
8.Neuro−2a細胞に対するRNAi
上記の通り同定された成熟型NCT特異的結合分子の中から複数の分子を選定し、Neuro−2a細胞のAβペプチド分泌量に与える影響をsiRNAノックダウンにより解析した。選定した各種分子をコードする遺伝子および各種遺伝子に対するsiRNAの標的塩基配列を以下の表2に示す。各遺伝子につき3種類のsiRNAをキアゲン社より購入した。Neuro−2a細胞へのsiRNAの導入は以下のように行った。24ウェルプレートのウェル内で、siRNA 5pmolおよび、共発現によりRNAi効果を増強することが報告されているArgonaute-2の発現プラスミド(pIRESneo−FLAG/HA Ago2、Addgene社より購入)20ngを、Opti−MEM(Invitrogen社)50μLに希釈した。予め5分間インキュベートした1μL Lipofectamine RNAiMAX(Invitrogen社)を含むOpti−MEM 50μLを加えてよく混合し、室温でさらに20〜30分間インキュベートした。そこに500μLのDMEMに懸濁したNeuro−2a細胞(5×10個)をまきこみ、37℃で培養した。ネガティブコントロールとして、siRNAを導入していない細胞、および遺伝子の発現を抑制しないsiRNA(Control)を導入した細胞をおいた。また、ポジティブコントロールとして、Pen−2に対するsiRNAを導入した細胞をおいたほか、siRNAを導入していない細胞をγ-secretaseの阻害剤であるN-[N-(3,5-difluorophenacetyl)-L-alanyl]-(S)-phenylglycine t-butyl ester(DAPT)(東京大学薬学部福山透博士より供与)で処理した。48時間後に10μM DAPTもしくはDMSOのみを含むDMEM培地に交換し、24時間培養の後、培地と細胞を回収した。培地中のAβペプチドはHuman/Rat β Amyloid(40) ELISA Kit wako(和光純薬社)およびHuman/RatβAmyloid(42) ELISA Kit wako(和光純薬社)により定量した。細胞の生存率は、細胞のタンパク質量をBCA Protein Assay Reagent(Pierce社)で定量することにより評価した。
【0150】
【表2】

【0151】
ウェスタンブロットでの解析では、2% SDSを含むPBS 250μLで細胞を可溶化した後、超音波処理し、15,000rpmで15分間遠心して得た上清に、5×sample buffer(10% SDS、400mM Tris−HCl(pH6.8)、50% glycerol、Brilliant Green、CBB−G250)を1/4量、また最終濃度が1%になるように2-mercaptoethanolを加えた。1サンプルあたり5μLずつをSDS−PAGEおよびウェスタンブロット解析に用いた。なお、ウェスタンブロット解析は上記(6)と同様の方法で行い、APPのC末端83アミノ酸残基(C83)の検出は、抗ヒトAPP C末端抗体(IBL社)を用いて行った。
【0152】
RNAiノックダウンの結果、Controlを100%として各種サンプルと比較したところ、検討した16遺伝子のうちPlp2とTspan8を除く全ての遺伝子において、Aβ40またはAβ42の産生量が変化するsiRNA配列が少なくとも1つ存在した(図6)。
【0153】
また、Notchの切断への影響を評価するため、N2a/NΔE/EGFP細胞を用いて同様に検討した。NotchΔEはγセクレターゼによる切断を受けてNICDを生じ、細胞内にシグナルを伝達する。NotchΔEに付加した6×mycタグに対するウェスタンブロットの解析から、NICDの産生はSnap23、Bst2、Myof、Cd9の一部の配列を除いて保たれていた(図7)。
【0154】
9.Neuro−2a細胞における分泌Aβペプチド量の評価
上記の発現コンストラクトに基づく分子を恒常発現するNeuro−2a細胞を作製し、各種Neuro−2a細胞を、500μLのDMEMに懸濁し、24ウェルプレートに5×10個まきこみ、37℃で培養した。培養開始から48時間後に10μM DAPTもしくはDMSOのみを含むDMEM培地に交換し、24時間培養した後、培地と細胞を回収した。培地中のAβペプチド量および細胞生存率の測定は上記のRNAi実験と同様にして行った。
【0155】
その定量結果を、p3XFLAG−CMV−10またはpcDNA3導入細胞を100%として示した(図8)。Bst2またはAtp6ap2を発現した細胞では、分泌Aβペプチド量が有意に減少していた。
【産業上の利用可能性】
【0156】
本発明のγセクレターゼ活性調節因子およびこれを用いたスクリーニング方法を利用することにより、アルツハイマー病または癌のようなγセクレターゼ関連疾患の根本的な新規治療薬または予防薬の開発を行うことが可能となる。また、当該γセクレターゼ活性調節因子の機能または発現を調節する物質を用いて、γセクレターゼ関連疾患の治療または予防薬を提供することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種の因子を含有してなる、γセクレターゼ活性調節因子。
【請求項2】
Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子の発現または機能を調節する物質を有効成分として含有してなる、γセクレターゼ関連疾患の治療または予防剤。
【請求項3】
γセクレターゼ活性調節因子の発現または機能を調節する物質が、以下の(i)〜(iii)のいずれかである、請求項2に記載の剤:
(i)Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子をコードする遺伝子のアンチセンス核酸、リボザイム、RNAi誘導性核酸、デコイ核酸またはターゲッティングベクター、
(ii)Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子に対する抗体、当該抗体をコードする核酸、当該γセクレターゼ活性調節因子のドミナントネガティブ変異体または当該変異体をコードする核酸、または
(iii)(i)もしくは(ii)の核酸を含む発現ベクター。
【請求項4】
γセクレターゼ関連疾患がアルツハイマー病または癌である、請求項2または3に記載の剤。
【請求項5】
被験物質が、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子の発現または機能を調節するか否かを評価することを含む、γセクレターゼ関連疾患の治療または予防剤のスクリーニング方法。
【請求項6】
以下の工程(a)〜(c)を含む、請求項5に記載の方法:
(a)被験物質を、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子に接触させる工程、
(b)被験物質の存在下における当該γセクレターゼ活性調節因子の機能レベルを測定し、当該機能レベルを被験物質の非存在下における当該γセクレターゼ活性調節因子の機能レベルと比較する工程、ならびに
(c)工程(b)の比較結果に基づいて、当該γセクレターゼ活性調節因子の機能レベルの変化をもたらす被験物質を選択する工程。
【請求項7】
以下の工程(a)〜(c)を含む、請求項5に記載の方法:
(a)被験物質を、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子の発現が測定可能である細胞に接触させる工程、
(b)被験物質を接触させた細胞における当該γセクレターゼ活性調節因子の発現量を測定し、当該発現量を被験物質を接触させない対照細胞における当該γセクレターゼ活性調節因子の発現量と比較する工程、ならびに
(c)工程(b)の比較結果に基づいて、当該γセクレターゼ活性調節因子の発現量を調節する被験物質を選択する工程。
【請求項8】
以下の工程(a)〜(c)を含む、請求項5に記載の方法:
(a)被験物質を、Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子とγセクレターゼとを組み合わせたγセクレターゼ複合体を基板上に固定したプロテインチップに接触させる工程、
(b)被験物質を接触させたプロテインチップに捕捉された被験物質を検出する工程、ならびに
(c)工程(b)の検出結果に基づいて、当該γセクレターゼ活性調節因子と相互作用する被験物質を選択する工程。
【請求項9】
γセクレターゼ関連疾患がアルツハイマー病または癌である、請求項5〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子を基板上に配置した、プロテインチップ。
【請求項11】
Stx12、Vamp8、Bcap31、Tm9sf4、Bst2、Ilvbl、Rdh11、Atp6v0d1、Tspan31およびMyofからなる群より選択される少なくとも1種のγセクレターゼ活性調節因子とγセクレターゼとを組み合わせたγセクレターゼ複合体を基板上に配置した、請求項10に記載のプロテインチップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−115117(P2011−115117A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−277604(P2009−277604)
【出願日】平成21年12月7日(2009.12.7)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】