説明

あと施工アンカー及びこれを用いた耐震補強構造、耐震補強方法

【課題】 既存躯体の耐震補強工事において、作業性を向上させるとともに、施工費用を低減する。
【解決手段】 プレート部11と、プレート部11の両面外周部からそれぞれ突出して設けられたフランジ部12,13と、プレート部11の一側中心部から突出して設けられたボルト部14と、プレート部11の中心部に穿孔された雌ネジ孔15と、雌ネジ孔15の雌ネジに螺合する雄ネジ部を有するとともに、雌ネジ孔15内へ螺着することにより、プレート部11の他側から突出するあと挿しアンカーボルト16と、を備えたあと施工アンカー10を用いて、既存架構20にプレキャスト補強構造体からなる新設架構30を取り付けて耐震補強を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、RC造又はSRC造の既存躯体に対して、建物外側からRC造又はSC造の補強架構を取り付ける際に使用するあと施工アンカー及びこのあと施工アンカーを用いた耐震補強構造、耐震補強方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、RC造又はSRC造の既存躯体に対して、建物外側から耐震補強を行うための方法が種々実施されている。例えば、既存躯体の補強対象面全体に対して、チッピング等により目粗し処理を施すとともに、必要数の孔をドリルで穿設する。そして、孔内に異形鉄筋又は金属製ネジボルトからなるあと施工アンカーを挿通して接着剤により固着し、コンクリートを打ち重ねて、RC造の新設架構を構築する方法がある。
【0003】
また、接着系アンカーのせん断耐力及びせん断剛性を高め、せん断耐力及びせん断剛性が不足することに起因するアンカー回りの躯体損傷を回避することを目的としたあと施工アンカーが提案されている(特許文献1、特許文献2参照)。
【0004】
特許文献1に記載されたあと施工アンカーは、挿通孔を有し、アンカーの定着用に穿孔が穿設された被定着体の表面に設置されるものである。このあと施工アンカーは、穿孔内に嵌入するアンカーを被定着体に定着させるためのディスクを備えている。そして、このディスクに、アンカーが挿通するための挿通孔を軸方向に貫通して形成している。
【0005】
特許文献2に記載されたあと施工アンカーは、コンクリート等からなる被定着体の表面に設置されるベースプレートと、被定着体に穿設され、アンカー用接着剤が充填された穿孔内に、ベースプレートの挿通孔を挿通して挿入されるアンカーと、アンカーの頭部に螺合し、アンカーとベースプレートを被定着体に定着させるアンカー用ナットと、ベースプレートと被定着体間に介在する接着剤と、から構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−267136号公報
【特許文献2】特開2005−105768号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
建造物の耐震補強を行う方法は多数存在するが、特に、外付け耐震補強工法は、建物の使用を継続しながら補強工事を行うことができるという利点がある。しかし、実際に外付け耐震補強工法を行う際には、工事に伴う騒音、振動、粉塵、工事車両の通行等の要因により、建物の使用性はかなり制限される。
【0008】
したがって、耐震補強工法の現場における工事期間を短くすれば、それだけ建物の使用に与える影響を小さくすることができる。一方、補強する新設架構がRC造の場合には、一般的に、現場で鉄筋、型枠を組み立ててコンクリートを打設するため、工事期間はS造を用いた補強工法に比較して長くなる。
【0009】
そこで、工事現場とは別の場所で、予めプレキャストにより新設のRC架構を製作しておき、現場で既存架構に取り付けることができれば、現場における工事期間を短縮することができる。この際、一般的なあと施工アンカーを用いると、アンカーが多数本必要となり、新設架構に対して、アンカー本数分の孔を設けなければならない。ところで、アンカーボルトと新設架構とは、その隙間に無収縮モルタルを充填することにより一体化させる。このとき、既存架構内の鉄筋と新設架構内の鉄筋とが干渉しないようにあと施工アンカーの位置を調整しなければならず、特にあと施工アンカーの本数が多くなると、多大な労力と時間とを要してしまう。
【0010】
また、あと施工アンカーの本数を低減する方法として、特許文献1や特許文献2に記載されたあと施工アンカーを使用することが考えられる。しかし、この場合にも、アンカーボルト用の孔をプレキャスト部材に設けて、プレキャスト部材をセットする際に、予めすべての孔にアンカーボルトを挿通しておかなければならず、プレキャスト部材のセットに要する手間と時間を増大させていた。
【0011】
さらに、あと施工アンカーを用いた補強工法では、予め既存躯体にあと施工アンカーを埋め込まなければならないが、既存躯体にあと施工アンカーを埋め込んだ状態では、既存躯体の表面からアンカーの頭部が突出した状態となる。このため、プレキャスト部材をセットする際にアンカーの頭部が邪魔になり、プレキャスト部材の吊り込み作業等の効率が低下していた。
【0012】
本発明は上述した事情に鑑み提案されたもので、既存躯体の耐震補強工事において、作業性を向上させるとともに、施工費用を低減させることが可能な、あと施工アンカー及びこれを用いた耐震補強構造、耐震補強方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のあと施工アンカー及びこれを用いた耐震補強構造、耐震補強方法は、上述した目的を達成するため、以下の特徴点を有している。
【0014】
すなわち、本発明のあと施工アンカーは、既存構造体と補強構造体とを接合するためのアンカーであって、プレート部と、プレート部の両面外周部からそれぞれ突出して設けられたフランジ部と、プレート部の一側中心部から突出して設けられたボルト部と、プレート部の中心部に穿孔された雌ネジ孔と、雌ネジ孔の雌ネジに螺合する雄ネジ部を有するとともに、雌ネジ孔内へ螺着することにより、プレート部の他側から突出するあと挿しアンカーボルトと、を備えたことを特徴とするものである。
【0015】
また、本発明の耐震補強構造は、既存構造体の外面に取り付けるためのプレキャスト補強構造体と、既存構造体とプレキャスト補強構造体とに跨って埋め込むことにより、既存構造体とプレキャスト補強構造体とを接合するためのあと施工アンカーと、を備えている。なお、あと施工アンカーは、上述した構造を有している。そして、プレート部は、ボルト部を設けた側の一部が既存構造体側に埋め込まれ、あと挿しアンカーボルトを螺着する側の一部が、プレキャスト補強構造体側に埋め込まれる。また、プレキャスト補強構造体は、あと施工アンカーの雌ネジ孔に対向する位置に設けられた挿通孔を備えていることを特徴とするものである。なお、プレキャスト補強構造体に設けられた挿通孔は、あと挿しアンカーボルトを挿通するためのものである。
【0016】
この耐震補強構造において、プレキャスト補強構造体には、既存構造体に対向する側面に、あと施工アンカーに作用する応力を伝達するための応力伝達機構を設けることが好ましい。
【0017】
また、本発明の耐震補強方法は、既存構造体に対して、あと施工アンカーを用いてプレキャスト補強構造体を取り付ける耐震補強方法であって、上述したあと施工アンカーと、プレキャスト補強構造体とを用いる。そして、既存構造体に対して、ボルト部を埋め込むためのボルト挿入孔と、フランジ部を埋め込むための埋込凹部とを形成する工程と、既存構造体に対して、あと施工アンカーを埋め込む工程と、既存構造体とプレキャスト補強構造体との間に、プレート部を包囲するバックアップ材を介在させて、あと施工アンカーの位置と挿通孔の位置とを合致させる工程と、プレキャスト補強構造体の挿通孔内にあと挿しアンカーボルトを挿通して、あと挿しアンカーボルトの先端部を雌ネジ孔に螺着する工程と、バックアップ材によるプレートの包囲部及び挿通孔内に無収縮モルタルを充填する工程と、あと挿しアンカーボルトの他端部に、挿通孔よりも大径の固定部材を取り付ける工程と、を含むことを特徴とするものである。
【0018】
この耐震補強方法において、既存構造体に対向する側面に、挿通孔を拡径した拡径凹部を備えたプレキャスト補強構造体を用いる場合には、無収縮モルタルの充填工程において、拡径凹部内に無収縮モルタルを充填することにより、あと施工アンカーに作用する応力をプレキャスト補強構造体に伝達するための応力伝達機構を形成することが好ましい。
【0019】
さらに、既存構造体にあと施工アンカーを設置した後に、当該あと施工アンカーの雌ネジ孔にあと挿しアンカーボルトを螺着することが好ましい。
【0020】
本発明は、鉄筋コンクリート製若しくは鉄骨コンクリート製などのプレキャスト補強構造体を用いる場合に好適に適用されるものであり、この場合のコンクリートとは、繊維補強コンクリートも含む概念である。
【発明の効果】
【0021】
本発明のあと施工アンカー及びこれを用いた耐震補強構造、耐震補強方法は、上述した構成を有しているため、以下に説明する効果を奏する。すなわち、本発明のあと施工アンカーは、プレート部と、プレート部の両面外周部からそれぞれ突出して設けられたフランジ部とを備えているため、高せん断剛性及び高せん断強度を発現することができる。特に、応力伝達機構を設けたプレキャスト補強構造体に対して本発明のあと施工アンカーを適用した場合には、従来のあと施工アンカーと比較して、せん断剛性及びせん断強度が数倍となる。
【0022】
このため、従来の耐震補強構造及び耐震補強工法と比較して、あと施工アンカーの本数を1/3〜1/10程度に低減することができ、あと施工アンカー全体の施工時間を短縮することが可能となる。また、既存躯体及び新設躯体の鉄筋との干渉が少なくなり、あと施工アンカーの位置を調整し易くなる。さらに、プレキャスト部材に設けるアンカー用孔(挿通孔)の数が少なくなるので、充填に使用する無収縮モルタルの量も低減され、コストダウンを図ることが可能となる。
【0023】
また、あと施工アンカー自体のせん断剛性及びせん断耐力にのみ期待する設計を行うことにより、既存躯体表面の目粗し工事が不要となるため、目粗し工事に伴う振動、騒音、粉塵を低減することが可能となる。
【0024】
また、既存構造体にあと施工アンカーを設置した後に、当該あと施工アンカーの雌ネジ孔にあと挿しアンカーボルトを螺着することにより、容易に施工を行うことができ、施工効率を上げることが可能となる。
【0025】
また、プレキャスト部材を吊り込む際に、既存躯体からあと施工アンカーのボルト頭部が突出していないため、垂直、水平方向に自由に吊り込むことができ、作業性を向上させることが可能となる。
【0026】
また、プレキャスト補強構造体を吊り込んで所定の位置に設置した後に、本発明のアンカーボルトを利用してプレキャスト部材の仮止めを行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施形態に係る耐震補強構造の施工例を示す模式図。
【図2】本発明の実施形態に係る耐震補強構造を示す断面模式図。
【図3】本発明の他の実施形態に係る耐震補強構造を示す断面模式図。
【図4】本発明の実施形態に係るあと施工アンカーの一部断面図(a)、右側面図(b)、左側面図(c)。
【図5】すべり量2mmまでのせん断剛性の比較を示すグラフ。
【図6】せん断力とすべり量の関係を示すグラフ。
【図7】荷重と水平変位関係の比較を示すグラフ(応力伝達機構有)。
【図8】荷重と水平変位関係の比較を示すグラフ(応力伝達機構無)。
【図9】本発明のあと施工アンカーと応力伝達機構とを組み合わせた耐震補強構造の断面模式図。
【図10】従来のあと施工アンカーを施工した耐震補強構造の断面模式図。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、図面を参照して、本発明のあと施工アンカー及びこれを用いた耐震補強構造、耐震補強方法の実施形態を説明する。図1〜図3は本発明の実施形態を示すもので、図1は耐震補強構造の施工例を示す模式図、図2及び図3は耐震補強構造を示す断面模式図、図4はあと施工アンカーの一部断面図、右側面図、左側面図である。なお、図2は2本のあと施工アンカーを用いた耐震補強構造を示し、図3は1本のあと施工アンカーを用いた耐震構造を示している。
【0029】
本発明の実施形態に係る耐震補強構造及び耐震補強方法は、例えば、RC造又はSRC造建造物で、ラーメン構造若しくは壁式ラーメン構造の建物の耐震補強に適したものであり、図1に示すように、既存架構20外面の既存柱や既存梁に、RC造の新設柱と新設梁とからなる新設架構30を増設することにより、水平方向のせん断補強を行うための耐震補強構造及び耐震補強方法である。この耐震補強構造及び耐震補強方法では、既存架構20と新設架構30とを一体化させる際に、高せん断剛性及び高せん断強度を有するあと施工アンカー10を用いることにより、新設架構30のプレキャスト化を実現することができる。
【0030】
<あと施工アンカー>
本発明の実施形態に係るあと施工アンカー10は、図4に示すように、円盤状のプレート部11と、プレート部11の基端側(既存架構20側)の外周部から突出して設けられた第1のフランジ部12と、プレート部11の先端側(新設架構30側)の外周部から突出して設けられた第2のフランジ部13と、プレート部11の基端側(既存架構20側)の中心部から突出して設けられたボルト部14とを備えている。また、プレート部11の中心部には雌ネジ孔15が形成されており、この雌ネジ孔15内へ、雄ネジ部が形成されたあと挿しアンカーボルト16(図2参照)をねじ付けることにより、プレート部11とあと挿しアンカーボルト16とが一体となる。
【0031】
そして、プレート部11の基端側(既存架構20側)の一部は、第1のフランジ部12とともに、既存架構20内に埋め込まれ、プレート部11の先端側(新設架構30側)の一部は、第2のフランジ部13とともに、新設架構30側(図2及び図3に示す例では、バックアップ材41に囲まれた無収縮モルタル42内)に埋め込まれる。なお、通常の場合には、雌ネジ孔15へのあと挿しアンカーボルト16の取り付けは、既存架構20と新設架構30との位置合わせが終了した後に行われる。また、あと挿しアンカーボルト16の先端部には、固定部材として、固定鋼板51及びナット52が取り付けられる。なお、プレート部11の形状は円盤状に限られず、平板状であればどのような形状であってもよく、例えば、4角形、5角形、6角形等の多角形の外周形状としてもよい。
【0032】
<耐震補強構造・耐震補強方法>
本実施形態に係る耐震補強構造では、図1に示すように、補強梁31及び補強柱32からなる鉄筋コンクリート製のプレキャスト補強構造体(新設架構30)を備えており、あと施工アンカー10を用いて、既存架構20の外面に新設架構30を取り付けるようになっている。なお、図1に示す新設架構30は、補強梁31の中間部から上方に向かって補強柱32を一体に設けた構造となっているが、新設架構30の構造は、このような形状に限られるものではなく、耐震補強を行う既存架構20の形状に合わせて適宜変更して形成することができる。また、あと施工アンカー10を既存架構20の梁に埋め込み、新設架構30の補強梁31にあと挿しアンカーボルト16の挿通孔33を設けているが、これに加えて、あるいはこれに代えて、あと施工アンカー10を既存架構20の柱に埋め込み、補強柱32にあと挿しアンカーボルト16の挿通孔33を設けてもよい。
【0033】
新設架構30には、図1〜図3に示すように、あと挿しアンカーボルト16を挿通するための挿通孔33が形成されている。また、挿通孔33の既存架構20側には、あと施工アンカー10に作用する応力を伝達するための応力伝達機構(コンクリートコッター)として機能する拡径凹部34が形成されており、挿通孔33の外面側には、あと挿しアンカーボルト16の先端部を固定するための固定用凹部35が形成されている。また、既存架構20には、あと施工アンカー10を埋め込むためのボルト挿入孔21と、第1のフランジ部12を埋め込むための埋込凹部22とが形成される。
【0034】
本実施形態の耐震補強方法では、まず初めに、既存架構20に対して、ボルト部14を埋め込むためのボルト挿入孔21と、第1フランジ部12を埋め込むための埋込凹部22とを形成する。なお、埋込凹部22の形状は、第1フランジ部12だけではなく、プレート部11の一部を埋め込むような形状としてもよい。また、ボルト挿通孔33は、既存架構20の配筋を避けて形成される。新設架構30の製造工場では、既存架構20におけるあと施工アンカー10の取付位置に合わせて挿通孔33が形成された新設架構30を製造する。
【0035】
そして、既存架構20に対して、あと施工アンカー10を埋め込み、耐震補強現場に運び込まれた新設架構30を、クレーン等の吊り上げ装置を用いて吊り込んで位置合わせを行う。この際、新設架構30との間に、プレート部11を包囲するバックアップ材41を介在させて、あと施工アンカー10の位置と挿通孔33の位置とを合致させる。この位置合わせ作業では、既存架構20に埋め込まれたあと施工アンカー10からの突出部位がないため、新設架構30を垂直、水平方向に自由に吊り込むことができる。また、新設架構30の位置合わせを行う際に、一部のあと施工アンカー10に対してあと挿しアンカーボルト16を取り付けることにより、既存架構20に新設架構30を仮留めすることができる。
【0036】
続いて、新設架構30の挿通孔33にあと挿しアンカーボルト16を挿通して、あと挿しアンカーボルト16の先端部を雌ネジ孔15に螺着する。その後、バックアップ材41によるプレート部11の包囲部及び挿通孔33内に無収縮モルタル42を充填し、あと挿しアンカーボルト16の他端部に、挿通孔33よりも大径の固定鋼板51を挿通するとともに、ナット52をネジ付けて、あと挿しアンカーボルト16を新設架構30に固定する。無収縮モルタル42を充填する際に、ナット52を少し緩めておいたり、あるいは固定鋼板51に切欠きや孔を設けたりすることにより、無収縮モルタル42の充填が確実に行われたことを確認することができる。そして、固定鋼板51及びナット52の取付部である固定用凹部35内に間詰めモルタル43を充填して、新設架構30の外面を平坦なものとする。
【0037】
また、図2及び図3に示す新設架構30には、既存架構20に対向する側面に、挿通孔33を拡径した拡径凹部34が形成されている。したがって、無収縮モルタル42の充填工程において、拡径凹部34内に無収縮モルタル42を充填することにより、あと施工アンカー10に作用する応力を新設架構30に伝達するための応力伝達機構を形成することができる。また、隣り合う新設架構30同士は、必要な場合に、スリーブ継手を用いて連結され、あるいは梁継手と後打ちコンクリートを用いて連結される。
【0038】
<あと施工アンカーと応力伝達機構との組み合わせ>
次に、本発明のあと施工アンカー10と拡径凹部34からなる応力伝達機構(コンクリートコッター)とを組み合わせることにより、高せん断剛性及び高せん断強度が発揮される理由を説明する。図9は本発明のあと施工アンカーと応力伝達機構とを組み合わせた耐震補強構造の断面模式図、図10は従来のあと施工アンカーを施工した耐震補強構造の断面模式図である。
【0039】
図9に示すように、大地震等により、既存架構20と新設架構30との打ち継ぎ面に平行に、せん断力Qが発生したとする。このとき、既存架構20とあと施工アンカー10間のせん断力に対する抵抗機構は、(1)プレート部11の側面とコンクリートとの支圧力と、(2)ボルト部14の側面とコンクリートとの支圧力とからなる。また、グラウト(無収縮モルタル42)とあと施工アンカー10との間のせん断力に対向する抵抗機構は、(3)プレート部11の側面とグラウト(無収縮モルタル42)の支圧力と、(4)プレート部11の新設架構30側面の内側に形成された凹部側面とグラウト(無収縮モルタル42)の支圧力とからなる。また、グラウト(無収縮モルタル42)に発生した支圧力は、拡径凹部34の隅角部で、それぞれ(5)、(6)として、新設架構30に対して確実に伝達される。
【0040】
一方、図10に示すように、従来の耐震補強構造では、せん断力Qに対して、あと施工アンカーと、既存架構及び新設架構それぞれのコンクリートとの支圧力(I)、(II)のみで抵抗している。このように、本発明のあと施工アンカー10と、拡径凹部34からなる応力伝達機構(コンクリートコッター)とを組み合わせることにより、あと施工アンカー10に作用するせん断力Qを、新設架構30に確実に伝達することができるので、従来の耐震補強構造と比較して数倍のせん断剛性及びせん断強度を発揮することができる。詳細な実験結果は、後に詳述する。
【0041】
<実験結果/せん断強度>
本発明のあと施工アンカーのせん断強度について、比較例との対比に基づいて説明する。下記表1に試験変数の一覧を示し、下記表2に実験結果を示す。なお、表2において、Fcはコンクリート強度、Qはせん断力(ひずみ量δ1mm、ひずみ量δ2mm、最大値Max)を示す。また、図5はすべり量2mmまでのせん断剛性の比較を示すグラフであり、図6はせん断力とすべり量の関係を示すグラフである。
【0042】
【表1】

【0043】
【表2】

【0044】
あと施工アンカーのせん断強度に関する比較実験では、表1に示すように、本発明の実施例に係る試験体と、比較例1、比較例2、比較例3の試験体とを用いて、ディスク(プレート部)の側面が接触するように載荷板をセットし、水平方向外向きに一方向加力した。なお、各試験体はそれぞれ2つずつ作成した。表2、図5、図6から明らかなように、この比較実験によれば、本発明のあと施工アンカーは、一般的な接着系あと施工アンカーと比較して、初期のせん断剛性及びせん断強度が数倍大きくなることが分かる。また、従来型のディスクアンカー(比較例3)と比較して、本発明のあと施工アンカーは、初期のせん断剛性で約2倍、せん断強度はやや大きくなることが分かる。
【0045】
<実験結果/応力伝達機構>
本発明の応力伝達機構(コンクリートコッター)のせん断力伝達について、比較例との対比に基づいて説明する。下記表3に試験変数の一覧を示し、下記表4に実験結果(最大耐力)を示す。また、図7及び図8は、荷重と水平変位関係の比較を示すグラフであり、図7は応力伝達機構を設けた構造の実験結果、図8は応力伝達機構を設けない構造の実験結果を示すものである。
【0046】
【表3】

【0047】
【表4】

【0048】
応力伝達機構のせん断力の伝達に関する比較実験では、表3に示すように、応力伝達機構(コンクリートコッター)を有する構造と、応力伝達機構(コンクリートコッター)を有しない構造について実験を行った。表4、図7、図8から明らかなように、この比較実験によれば、本発明の応力伝達機構を設けることにより、あと施工アンカーから新設架構側のグラウト(無収縮モルタル)に伝達されたせん断力は、グラウト(無収縮モルタル)を介して新設架構のコンクリートに効率よく伝達されることが分かる。
【符号の説明】
【0049】
10 あと施工アンカー
11 プレート部
12 第1のフランジ部
13 第2のフランジ部
14 ボルト部
15 雌ネジ孔
16 あと挿しアンカーボルト
20 既存架構
21 ボルト挿入孔
22 埋込凹部
30 新設架構
31 補強梁
32 補強柱
33 挿通孔
34 拡径凹部
35 固定用凹部
41 バックアップ材
42 無収縮モルタル
43 間詰めモルタル
51 固定鋼板
52 ナット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
既存構造体と補強構造体とを接合するためのあと施工アンカーであって、
プレート部と、
前記プレート部の両面外周部からそれぞれ突出して設けられたフランジ部と、
前記プレート部の一側中心部から突出して設けられたボルト部と、
前記プレート部の中心部に穿孔された雌ネジ孔と、
前記雌ネジ孔の雌ネジに螺合する雄ネジ部を有するとともに、前記雌ネジ孔内へ螺着することにより、前記プレート部の他側から突出するあと挿しアンカーボルトと、
を備えたことを特徴とするあと施工アンカー。
【請求項2】
既存構造体の外面に取り付けるためのプレキャスト補強構造体と、
前記既存構造体とプレキャスト補強構造体とに跨って埋め込むことにより、前記既存構造体と前記プレキャスト補強構造体とを接合するためのあと施工アンカーと、を備えており、
前記あと施工アンカーは、
プレート部と、
前記プレート部の両面外周部からそれぞれ突出して設けられたフランジ部と、
前記プレート部の一側中心部から突出して設けられたボルト部と、
前記プレート部の中心部に穿孔された雌ネジ孔と、
前記雌ネジ孔の雌ネジに螺合する雄ネジ部を有するとともに、前記雌ネジ孔内へ螺着することにより、前記プレート部の他側中心部から突出するあと挿しアンカーボルトと、を備えており、
前記プレート部は、前記ボルト部を設けた側の一部が既存構造体側に埋め込まれ、前記あと挿しアンカーボルトを螺着する側の一部が前記プレキャスト補強構造体側に埋め込まれ、
前記プレキャスト補強構造体は、前記あと施工アンカーに設けた雌ネジ孔に対向する位置に、あと挿しアンカーボルトを挿通するための挿通孔を備えている、
ことを特徴とする耐震補強構造。
【請求項3】
前記プレキャスト補強構造体は、前記既存構造体に対向する側面に、前記あと施工アンカーに作用する応力を伝達するための応力伝達機構を備えたことを特徴とする請求項2に記載の耐震補強構造。
【請求項4】
既存構造体に対して、あと施工アンカーを用いてプレキャスト補強構造体を取り付ける耐震補強方法であって、
前記あと施工アンカーは、プレート部と、前記プレート部の両面外周部からそれぞれ突出して設けられたフランジ部と、前記プレート部の一側中心部から突出して設けられたボルト部と、前記プレート部の中心部に穿孔された雌ネジ孔と、前記雌ネジ孔の雌ネジに螺合する雄ネジ部を有するとともに、前記雌ネジ孔内へ螺着することにより、前記プレート部の他側中心部から突出するあと挿しアンカーボルトと、を備えており、
前記プレキャスト補強構造体には、前記あと施工アンカーに設けた雌ネジ孔に対向する位置に、前記あと挿しアンカーボルトを挿通するための挿通孔が形成されており、
前記既存構造体に対して、前記ボルト部を埋め込むためのボルト挿入孔と、前記フランジ部を埋め込むための埋込凹部とを形成する工程と、
前記既存構造体に対して、前記あと施工アンカーを埋め込む工程と、
前記既存構造体と前記プレキャスト補強構造体との間に、前記プレート部を包囲するバックアップ材を介在させて、前記あと施工アンカーの位置と前記挿通孔の位置とを合致させる工程と、
前記挿通孔内に前記あと挿しアンカーボルトを挿通して、前記あと挿しアンカーボルトの先端部を前記雌ネジ孔に螺着する工程と、
前記バックアップ材による前記プレートの包囲部及び前記挿通孔内に無収縮モルタルを充填する工程と、
前記あと挿しアンカーボルトの他端部に、前記挿通孔よりも大径の固定部材を取り付ける工程と、
を含むことを特徴とする耐震補強方法。
【請求項5】
前記プレキャスト補強構造体は、前記既存構造体に対向する側面に、前記挿通孔を拡径した拡径凹部を備えており、
前記無収縮モルタルの充填工程において、前記拡径凹部内に無収縮モルタルを充填することにより、前記あと施工アンカーに作用する応力を前記プレキャスト補強構造体に伝達するための応力伝達機構を形成することを特徴とする請求項4に記載の耐震補強方法。
【請求項6】
前記既存構造体に前記あと施工アンカーを設置した後に、当該あと施工アンカーの雌ネジ孔に前記あと挿しアンカーボルトを螺着することを特徴とする請求項4又は5に記載の耐震補強方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−42975(P2011−42975A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−191690(P2009−191690)
【出願日】平成21年8月21日(2009.8.21)
【出願人】(000201478)前田建設工業株式会社 (358)
【出願人】(000222668)東洋建設株式会社 (131)
【出願人】(390022389)サンコーテクノ株式会社 (52)
【Fターム(参考)】