説明

う蝕歯質又は歯石の切削用組成物

【課題】
波長2750〜3100nmのレーザー光の増感用組成物、及び、う蝕治療あるいは歯周治療に伴う歯質又は歯石切削を波長2750〜3100nmのレーザー光を発振する歯科用レーザー照射器(例えばEr:YAGレーザー)を用いて行う際、術者の手指感覚に頼ることなく、歯牙のう蝕部分や歯石を効率よく切削するための切削用組成物を提供する。
【解決手段】
尿素を、光増感剤として含有する、波長2750〜3100nmのレーザー光の増感用組成物、及び、尿素を、波長2750〜3100nmのレーザー光の増感剤として含有する、う蝕歯質又は歯石の切削用組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2750〜3100nmのレーザー光照射による治療時に、光増感の目的で使用する組成物に関する。とくに、歯科領域におけるう蝕症や歯周病の治療の際、歯牙のう蝕部分や歯石に対するレーザー光の吸収性を増強し、効率よくレーザー切削するための、光増感用組成物及びう蝕歯質又は歯石の切削用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、レーザー機器の発達に伴い、各種疾患の治療及び予防を目的とするレーザー光の利用が、医療現場で広く用いられている。例えば、歯科領域におけるレーザー光の利用の1例として、う蝕歯質あるいは歯石の切削除去の切削が挙げられる。
すなわち、歯科臨床において歯科医師は、う蝕症の治療・修復のために歯質を除去し、あるいは歯周病の予防・治療のための歯石を除去する現場に多々遭遇する。
う蝕症とは、歯牙の硬組織に細菌感染に伴う軟化と崩壊が起こり、深達性、進行性のウ窩を形成する症状のことで単にう蝕とも呼ばれており、この原因の追究についても歯科界をあげて精力的に研究され、今日ではう蝕の原因菌も特定できている。
このう蝕がエナメル質−象牙質境に達し、さらに進行すると象牙質がう蝕に罹患するが、この症状を特に象牙質う蝕といい、このときのう蝕象牙質は、細菌感染により軟化していることから軟化象牙質ともいう。
【0003】
う蝕症の治療は、う蝕に罹患した部分を完全に除去し、その結果、形成された窩洞を修復材料により修復することで完結する。
従来から、う蝕部分の切削は、歯科医師が、歯科用ドリルを使い、色や硬さを判断基準として経験に基づき行ってきたが、修復材料の歯質接着性が乏しかった過去においては、予防拡大の原則と修復材料の保持・抵抗形態の遵守の修復処置をとらざるしかなく、歯質除去量は必要以上に多くなり、健全歯質除去も含めあらかじめ決められてしまう格好になり、う蝕の大きさは二次的なものにすぎなかった。しかし現在では、修復材料の歯質接着性も進歩を遂げ、接着性レジンの登場により修復技法は変化し、う蝕の範囲そのものが修復すべき範囲と歯質除去量を限定することができるようになった。このため、必要最小限度の歯質の除去のみでの治療が可能になり、このような治療においては、除去すべきう蝕の範囲を正確に見分けることが重要になる。このような治療はMI(ミニマルインターベンション:Minimal Intervention「最小限の侵襲」の略)と呼ばれ、近年注目されている治療法である。
しかし、施術する術者によって判断基準が各々異なる問題点があり、再現性が高く、すべての歯科医師に伝達できる判断基準が待望されていた。
【0004】
現在では、う蝕象牙質に関する一連の組織学的研究により、軟化象牙質は表面からの脱灰により多孔質になった部分(外層部)と、内側での石灰化により緻密になった部分(内層部)との二つの部分から構成されることが知られている。この外層部、内層部ともに軟化象牙質ではあるものの、細菌感染がみられるのは著しく軟化(脱灰)した外層部であり、象牙細管内も石灰化した内層部には細菌感染がみられず、適切な処置によりさらに再石灰化が可能であることが確認されている。つまりう蝕症の治療においては、この外層部のみを除去することが臨床上重要であり、この目的を達成するために、外層部のみを選択的に染色し、その色相差で除去すべき歯質を視覚的に識別できるう蝕検知液が開発された。このう蝕検知液による染色を指標とし、染色部分のみを除去すれば歯質の犠牲は最小限に食い止められるというものである。
このようなう蝕検知液としては、例えば、特許文献1及び特許文献2に記載のものが挙げられる。前者では塩基性フクシンを、後者では各種の食用色素の所定量を炭素数2〜10個のモノ、ジ又はトリヒドロキシ化合物、水又はこれらの化合物に溶解させることで調製されるものであり、う蝕検知液の、粘度が比較的低粘度(約40mPa・s)になるように調整されるものである。現在すでに製品(カリエスディテクター:クラレ社)として市販され、実際の臨床現場で使用されている。
さらに染色の精度を改良したう蝕検知液、即ち切削すべきではない内層部をまったく染色せず、外層部のみを明確に染別することのできるう蝕検知液が開発され(特許文献3)、製品(カリエスチェック:日本歯科薬品株式会社)として市販されている。このう蝕検知液の溶媒系として、分子内に1個以上のヒドロキシル基を有する炭素数11以上の化合物を含有せしめ、粘度が300〜1500mPa・sである水混和性有機溶媒が用いられている。
上記のような、除去すべき歯質を正確かつ容易に識別するための、色素を溶解させた検知液を用いる技術は、いずれも、歯科用ドリルを用いる切削において使用されてきた。
【0005】
歯石は、口腔内の付着物などが石灰化して容易に除去できない歯の沈着物である。歯肉縁より上に出来るものを歯肉縁上歯石、歯肉縁より下に出来るものを歯肉縁下歯石といい、それぞれ性質が異なる。成分は無機質が約90%、有機質が約10%で、リン酸カルシウムを主成分としている。歯石の表面はざらざらしており、顕微鏡観察によれば小さな穴がたくさんあいた軽石のような構造になっているため、その中に細菌が侵入すれば、ブラッシングで清掃できず、細菌繁殖の場となる。歯周病原生細菌の出す毒素により歯周組織や歯槽骨が破壊され歯周病の原因となることが知られている。
歯石の除去は、ざらざらの歯の表面を滑らかにして、プラーク(歯垢)がつきにくいようにし、プラークコントロールがしやすい環境をつくり、歯周病歯周治療においてきわめて重要になる。臨床的にはスケーラーという器具を用いて、歯根面が滑沢になるまで物理的に削除する手段が用いられてきた。
【0006】
一方、レーザー機器の発達に伴い、レーザー光の口腔内への導光が簡便となったことで、現在では多数の歯科用レーザー発振装置が開発され、臨床的にも軟組織の切開・蒸散・凝固などの外科的処置、知覚過敏や顎関節症などの疼痛緩和、殺菌消毒、硬組織切削などで応用されている。
歯科で用いられるレーザー光には、アルゴンガスレーザー(波長470〜620nm)、He-Neガスレーザー(波長633nm)、半導体レーザー(波長780〜980nm)、Nd:YAGレーザー(波長1060nm)、Er.Cr;YSGGレーザー (波長2780nm)、Er:YAGレーザー(波長2940nm)、CO2レーザー(波長10600nm)などがある。
現在使用されている歯科用レーザーは、ほぼすべてのエネルギーが組織表面の水分に吸収されるレーザーと、水分による吸収を受けずに組織深部まで透過し、その過程でエネルギーが吸収されるレーザーとに大きく大別される。
外科用機器としてのレーザーの応用には、そのエネルギーが組織表面に限局されることが好ましいため、水分の吸収を受ける波長のレーザー光を発振する、例えばCO2レーザーが出血を伴わないメスの代用的に使用されたり、Nd:YAGレーザーが組織の止血・凝固作用を目的として腫瘍など広範囲の切除に用いられたりしている。このような外科的用途には高出力を要するのでハードレーザー(高出力レーザー)と呼ばれている。これに対して疼痛緩和の目的に用いられるものとしては、水分による吸収を受けない波長のレーザー光を発振する、例えばHe-Neガスレーザーや半導体レーザー、Nd:YAGレーザーが利用される。この場合は生体に熱的損傷を与えないことが要求されるために低出力で使用され、これをソフトレーザー(低出力レーザー)と呼ばれている。
【0007】
ところが近年歯科用レーザーとして、水表面でのエネルギー吸収が高い波長域のEr.Cr:YSGGレーザー
(波長2780nm)やEr:YAGレーザー(波長2940nm)が開発された。これらのレーザーの照射エネルギーは、表面の水蒸気爆発で歯牙を切削するハイドロキネティックといわれる理論に基づくものであり、加えて照射エネルギーの大部分が水表面で一瞬にして吸収され、周囲にほとんど熱影響を残さないために鋼刃メス同様に使用できるのが特徴である。特に最近では注水下で照射可能なレーザーシステムも開発され、より水へのエネルギー吸収効率の高いEr:YAGレーザーの方が軟化象牙質や歯石の除去に有効である。これらのレーザーが歯科領域に登場して以来、このレーザーを硬組織切削に関する応用数々の基礎的研究や臨床応用がなされている。照射法や照射条件により、臨床で使用するに十分な切削効率を得ることも可能とされている。
一方、水分の吸収が低いHe-Neガスレーザーや半導体レーザー、Nd:YAGレーザーは組織透過性が高く、低出力で照射して生体組織、とりわけ歯科領域では歯髄などに透過光を作用させる方法と、墨汁のようなレーザー光を吸収するようなものを照射面に塗布して高出力で照射し、発生する高熱によって歯質を融解させるような方法が非特許文献1に示されている。
【0008】
このような治療法は光力学的治療と呼ばれ、患部組織のみに治療効果を及ぼすという概念のもと、光感受性物質と特定波長のレーザーの関係において成り立つ治療法であり、すでに口腔外科領域では応用されている。例えば、半導体レーザーのレーザー光波長780〜980nmの吸収効率の良い化合物として、現在眼科領域の蛍光眼底造影剤(製品名:オフサグリーン)や、肝・循環機能検査用薬(製品名:ジアグノグリーン)として入手できるインドシアニングリーンが基礎研究・応用臨床において使用されている。特許文献4には、歯科用レーザーのハンドピース先端部に染料放出口を設けた治療装置について公開されており、このときのレーザー光源としては半導体レーザー、染料としてはインドシアニングリーンであることが意図されている。
また、特許文献5や特許文献6にも口腔内へのレーザー照射に併用する光増感剤化合物に関する技術が公開されている。使用するレーザー光発振源はHe-NeガスレーザーやGaAs半導体レーザーが示されており、光増感剤化合物も、アリアノルスチールブルーやトルイジンブルー、クリスタルバイオレットなど、近赤外線に吸収を持つ化合物が示され、組織透過型のレーザー光のエネルギーを所望する患部に集中させることを意図している。同様に特許文献7にも、400〜850nmのレーザー光に対して前述のような光増感剤化合物が有効であることが示されている。
【0009】
このように、レーザー光を増感剤化合物適用の下に照射する技術が知られていても、いずれも可視光から近赤外線領域のレーザー光に対する増感剤化合物であって、2750〜3100nmという長波長のレーザー光に対する増感剤は報告されていない。
また、照射部位を正確に識別する機能を有するものでもなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭51−38428号公報
【特許文献2】特公昭56−48490号公報
【特許文献3】特開2005−263667号公報
【特許文献4】特開2004−242841号公報
【特許文献5】特表平08−503383号公報
【特許文献6】特開2005−343905号公報
【特許文献7】特開2008−507327号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】歯界展望Vol.96(3)p.625-638
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
以上のとおり、可視光線ないし近赤外線領域のレーザー光を用いるレーザー治療の際、用いるレーザー光の波長に応じた光増感作用のある化合物を併用し、レーザー光のエネルギーを照射部位に集中させる技術は多数知られているが、う蝕歯質のような硬組織の切削に適する技術は報告されておらず、う蝕部位の歯質にレーザー光のエネルギーを集中させ、効率よく切削することを目的とする技術は皆無であった。特にレーザー光による歯質除去においては、切削時の術者の手指の感覚(硬さの感覚)が得られないため、う蝕部分あるいは歯石だけを選択的に除去できるようなレーザー光のための切削用組成物が待望されていた。
そこで、本発明が解決しようとする課題は、波長2750〜3100nmのレーザー光の増感用組成物を提供すること、及び、う蝕治療あるいは歯周治療に伴う歯質又は歯石切削を波長2750〜3100nmのレーザー光を発振する歯科用レーザー照射器(例えばEr:YAGレーザー)を用いて行う際、術者の手指感覚に頼ることなく、歯牙のう蝕部分や歯石を効率よく切削するための切削用組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは鋭意研究の結果、尿素が、波長2750〜3100nmのレーザー光の優れた増感剤であること、また、切削すべきう蝕歯質又は歯石を適切に識別できるう蝕検知液に、波長2750〜3100nmのレーザー光を効率よく吸収する尿素を含有させた組成物を、レーザー光照射前に適用すると、う蝕歯質又は歯石に局在して沈着した尿素がレーザー光を高効率に吸収することで、尿素が沈着した箇所にレーザー光のエネルギーが集中し選択的な歯質切削が可能となることを見出した。当該組成物の粘度を30〜1500mPa・sに設定すれば、組成物中の尿素がう蝕象牙質の多孔質な部分(外層部)のみに浸透し、外層部のみを選択的に切削することができ、色素を配合すれば、視認性が向上し、う蝕検知液としての機能も達成できる。
本発明の切削用組成物は、波長2750〜3100nmのレーザー照射前にう蝕歯質に適用した後、水洗することにより、切削すべき多孔質なう蝕部分又は歯石に尿素が限定して沈着する。沈着した尿素は、波長2750〜3100nmのレーザー光のエネルギーを集中的に吸収するため、高効率に歯質又は歯石切削が可能となる。すなわち、切削すべき多孔質な歯質又は歯石にのみ尿素が沈着して波長2750〜3100nmのレーザー光のエネルギーをより吸収しやすくし、切削すべきでない緻密な歯質との波長2750〜3100nmのレーザー光のエネルギー吸収効率の差を利用して選択的な歯質切削が可能となることを見出し、本発明に至った。
すなわち、本発明は、尿素を光増感剤として含有する、波長2750〜3100nmのレーザー光の増感用組成物、及びう蝕歯質又は歯石切削用組成物であり、組成物には、除去すべき部分を識別するための色素が含有されていてもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明のレーザー光増感用組成物に使用する尿素は無臭であり、低毒性であることから、とくに、口腔内への適用に適し、う蝕歯質切削用又は歯石除去用として有用である。
本発明のう蝕歯質又は歯石切削用組成物は、う蝕部分に塗布ないし滴下すれば、細菌感染している多孔質な部分にのみ尿素が沈着し、残すべき細菌感染のない緻密な部分及び健全象牙質には尿素が沈着されないため、塗布後にレーザー光の照射による歯質切削を行うと、切削すべきう蝕部分又は歯石にレーザー光の照射エネルギーが集中して選択的に除去され、切削すべきでない緻密な部分及び健全象牙質又は歯根面は切削されることがない。そのため、術者の目視や手指感覚に頼らなくても過不足ない適切な歯質切削が可能となり、熟練技術がなくても、いわゆるミニマルインターベンションを達成することができる。
本発明の切削用組成物は、粘度を1〜30mPa・sの低粘度にすることにより、尿素が歯石表面に浸透・沈着し、波長2750〜3100nmのレーザーのエネルギーをより吸収しやすくなるので、選択的な歯石除去が可能となる。また、粘度を30〜1500mPa・sに設定することにより、う蝕象牙質の多孔質な部分のみに浸透し、う蝕検知液としての目的も達成できる。
また、本発明の波長2750〜3100nmのレーザー光増感用組成物は、歯牙に限らず、骨や軟骨等の硬組織の切削にも使用可能であることから、整形外科領域の治療にも利用することもできる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のう蝕歯質又は歯石切削用組成物は、う蝕象牙質又は歯石を識別できる検知液組成物に、波長2750〜3100nmのレーザーの発振光を高効率に吸収できる尿素を配合させることによって調製される。
本発明のう蝕歯質又は歯石切削用組成物は、水又は1個以上のヒドロキシル基を有する水混和性有機溶媒中に、口腔内で安全に使用でき、かつ波長2750〜3100nmのレーザーの発振光を高効率に吸収できる尿素を溶解して含有するものである。
このような水混和性有機溶媒としては、尿素、及び必要に応じ配合する色素を溶解し、水と任意の比率で混和して均一な溶液となり得るものであればいずれでもよく、例えば、水、エタノール、エチレングリコール、n−プロパノール、イソプロパノール、1,2ープロピレングリコール、1,3ープロピレングリコール、1,2ーブタンジオール、1,3−ブタンジオール、1,4−ブタンジオール、イソブチルアルコール、n−アミルアルコール、イソアミルアルコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノアセテート、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノアセテート、トリエチレングリコールモノメチルエーテル、トリエチレングリコールモノエチルエーテル、グリセリン、ヒドロキシエチルメタクリレート、グリセリンメタクリレート等のヒドロキシ化合物、又はヒドロキシ化合物以外の、テトラヒドロフラン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、ジオキサン、アセトン、ジメトキシエタン等、さらには、適宜の重合度を有するポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリブチレングリコール、ポリグリセリン等のヒドロキシ化合物重合物が挙げられる。そのうち、ヒドロキシ化合物重合物は、重合度を適宜選択することにより、単一組成で、う蝕部分に選択的に浸入するのに適した粘度に調整できるため好都合である。中でも、炭素数11以上のヒドロキシ化合物重合物である平均分子量300〜4000のポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールは特に好ましい。またこれらに水、エタノール、エチレングリコール、プロピレングリコールのような低粘度の水混和性有機溶媒を希釈剤として配合し、粘度を調整することもできる。そのときの混合比は選ばれた溶媒の種類によって適宜決定することができる。
【0016】
歯石除去の目的のためには、前記水混和性有機溶媒及び組合せ溶媒の粘度を1〜30mPa・sの低粘度にすることにより、歯牙表面に付着する歯石面に尿素が浸透・沈着し、波長2750〜3100nmのレーザーのエネルギーをより吸収しやすなるので選択的な歯石除去が可能となる。
他方、う蝕歯質の切削用組成物として適用する場合には、前記水混和性有機溶媒の粘度を30〜1500mPa・s、好ましくは300〜800mPa・sに設定することにより、削除すべきう蝕象牙質の外層部を高精度で識別することができる。さらに、当該硬粘度組成物に色素を配合すれば、削除すべきでないう蝕象牙質の内層部はまったく染色されず、外層部のみが明確に染別されるため、う蝕部分の視認性が向上する。
粘度調整は、上記した炭素数11以上のヒドロキシ化合物重合物の使用によって達成できるが、低粘度の溶媒を用いる場合には、アラビアゴム、グアーガム、カラギーナン、トラガント、ペクチン、デンプン、キサンタンガム、ゼラチン、カゼイン、デキストリン、セルロース等の天然高分子化合物、あるいは、セルロース系高分子(メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、等)、カルボキシメチルデンプン、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸プロピレングリコール、カルボキシビニルポリマー、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリビニルメチルエーテル、ポリアクリル酸ナトリウム等の合成高分子化合物から選ばれる水溶性高分子化合物を増粘剤として添加して粘度を調整してもよい。
【0017】
本発明のう蝕歯質又は歯石切削用組成物には、色素を配合し、歯牙のう蝕部分を染色してその部位の視認性を向上させてもよい。使用する色素は、上記溶媒に溶解し、かつ水洗したときに染色部分が除去されず、歯牙色と識別できる色合いの色素であればいずれでもよく、安全性の面から食用色素が望ましい。例えば、アマランス、エリスロシン、アルラレッドAC、ニューコクシン、フロキシン、ローズベンガル、アシッドレッド、エオシン、酸性フクシン、塩基性フクシン、サフラニン、ローダミンB、タートラジン、サンセットイエロー、ファストグリーン、ブリリアントブルー、インジゴカルミン、クチナシ青色素、ベニバナ黄色素、ウコン色素よりなる群から選ばれた1種又は2種以上の色素を挙げることができる。溶液中の色素の含量は0.1〜2質量%が望ましい。0.1質量%より含量が低い場合は、う蝕部分を短時間で充分に染色することができず、また2質量%以上では染色が削除すべきではない緻密な部分にまで及んで識別が困難になり、また、製造上色素の溶解が非常に困難になることもあり好ましくない。
【0018】
本発明のレーザー光増感用組成物あるいはう蝕歯質又は歯石切削用組成物に配合する尿素の濃度は、より高濃度に配合すればその分レーザー発振光の吸収効率は高まるがその溶解度にも限界がある。う蝕歯質切削のための尿素の量は、粘度が30〜1500mPa・sである前記水混和性有機溶媒100質量部に対し1〜15質量部が現実的であり、とくに2〜10質量部であることが好ましい。
また、波長2750〜3100nmのレーザーの発振光は、水に対してもある程度の吸収を示すため、配合する尿素の濃度が低い場合は、周囲の水分のそれと大きな違いのないものとなり、具体的には1質量部以下では期待される効果が発揮され難い。10質量部を超えると、溶媒への溶解性が悪くなるため適切でない。
また歯石除去のための尿素の量は、粘度が1〜30mPa・sである前記水混和性有機溶媒100質量部に対し10〜130質量部を配合することができ、とくに50〜120質量部であることが好ましい。配合する尿素の濃度が高い場合は、より緩和なレーザー照射出力でも歯石除去が可能となり、歯根面への侵襲が少ないものとなる。
本発明のう蝕歯質又は歯石切削用組成物には、他に、界面活性剤、抗微生物剤、香料、甘味剤等の適宜に配合することができる。
【0019】
本発明のう蝕歯質又は歯石切削用組成物の調製については特に制限はなく、必要量の尿素を溶媒に加え、室温下又は適宜加熱して攪拌溶解させて調製しても、あるいは予め必要量よりも高濃度の尿素を含有する組成物を同様の方法で調製しておき、これを希釈して使用してもよい。任意に配合する色素やその他の任意成分は、調製のどの段階で添加しても構わない。
本発明によって得られる歯牙のう蝕歯質又は歯石切削用組成物を患者の歯牙のう蝕部分又は歯石に適用するには、従来からう蝕又は歯石検知液組成物の適用において実施されているのと同様に、例えば細長いノズルの装着された容器に充填し、ノズル先端部よりこの組成物の少量を直接歯牙のう蝕部分に滴下し、1〜10秒という短時間のうちに滴下した箇所を水洗した後、レーザー光を照射して歯質除去を行う。
また、う蝕歯質又は歯石切削は、本発明の切削用組成物を滴下してレーザー照射単独で行うほか、まず、う蝕又は歯石検知液あるいは色素を含む切削用組成物を塗布してう蝕部分を識別し、歯科用ドリルで主要部分を除去し、最終段階において、レーザー光照射を行う手順で行ってもよい。
【0020】
波長2750〜3100nmのレーザーとしては、Er.Cr;YSGGレーザー (波長2780nm)、Er:YAGレーザー(波長2940nm)等が例示され、照射治療装置としては、Er:YAGレーザー装置(ErwinAdvErl:モリタ製作所製)等が挙げられる。
【実施例】
【0021】
実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、以下に示す実施例に限定されるものではない。

表1、3に本発明の実施例1〜6の配合比を示す。表2、3には比較例1〜5の配合比を示す。比較例1〜3はそれぞれ特許文献1、特許文献2及び特許文献6に示される配合比のものを示す。それぞれ表1〜3に示す配合比にて混合し、実施例1、3、4及び比較例3は60℃に加温しながら、それ以外は室温で攪拌し、各種う蝕歯質又は歯石切削用組成物を調製した。調製した切削用組成物は以下に示す方法でEr:YAGレーザー照射による切削効率を計測した。
【0022】
[Er:YAGレーザー照射による歯質切削効率の計測]
実施例1〜4及び比較例1〜3について以下の実験を行った。
牛前歯の歯根を切断した後、歯冠部象牙質をモデルトリーマーで露出させ、低速打ち抜き装置で5mm×5mm、厚さ1mmの象牙質プレートを取り出した。上面以外の面にネイルバーニッシュを塗布し、0.1mol/L乳酸水溶液中に24時間浸漬して脱灰象牙質モデルを作製した。その後、表1及び2に示した実施例1〜4のう蝕歯質切削用組成物及び比較例1〜3のう蝕検知液を、象牙質プレートのネイルバーニッシュを塗布しなかった面全体に滴下して10秒間保持した後に水洗、エアブロー後、Er:YAGレーザー発振装置(ErwinAdvErl:モリタ製作所製)を用い、照射モードは1.0W、10ppsとして注水下で1秒間照射を行った。照射後の象牙質プレートの表面形状を3D測定レーザー顕微鏡(LEXT OLS4000:オリンパス製)を用いて観察し、除去歯質の体積を数値化した。コントロール群としてう蝕歯質切削用組成物又は検知液を使用せずに水洗のみ行い、エアブローした象牙質プレートを用い、各試験群につき5回の試験結果をもとにして一元配置分散分析とScheffeの検定で統計処理を行った。
【0023】
結果を表1及び表2に示す。
試験の結果、実施例1〜4はいずれもコントロール群と比較して多くの歯質除去量を示した。このときのコントロール群とは、Er:YAGレーザー光を吸収した水分によるものであるが、う蝕歯質切削用組成物の色素に染まらない部分、すなわち健全象牙質を含むとみなすこともできるため、本発明の切削用組成物によって染色して尿素が沈着した歯質は、水に濡れた状態の歯質と比較してEr:YAGレーザー光照射により切削されやすくなっており、つまりは、本発明の切削用組成物によって識別された部分は、Er:YAGレーザー光照射により、除去すべきでない健全象牙質とは異なり選択的な切削ができることが判明した。
比較例1〜4はコントロール群と大差ない歯質切削量であったことから、尿素添加が歯質除去に有効であることが示唆された。また、色素添加の有無及び種類は切削量に反映されなかった。比較例の検知液に染色された患部は、沈着した色素により視認性はあるものの、レーザー照射による歯質切削には術者に伝わってくる手応えがないため、染色部分のみを注意してレーザー光を照射しなければならなくなる。
【0024】
[Er:YAGレーザー照射による歯石切削効率の計測]
実施例5、6及び比較例4、5について以下の実験を行った。
歯石の付着したヒト歯牙を37℃の生理食塩水中に24時間静置した後、表3に示した実施例5、6及び比較例4、5の組成物を滴下して10秒間保持した後に水洗、エアブロー後、Er:YAGレーザー発振装置(ErwinAdvErl:モリタ製作所製)を用い、照射モードは60mJ/パルス、注水下で30秒間照射を行った。この条件はMIに基づく歯石除去目的としてやや弱い条件に設定した。照射後の歯牙の除去状態を肉眼的に観察した。コントロール群として各検知液を使用せずに水洗のみ行い、エアブローしたものを用いた。
結果を表3に示す。
試験の結果、実施例5、6は、弱いレーザー照射条件にも関わらず良好な歯石除去がなされていることを確認した。一方、コントロール群では歯石除去は不完全であったことから、本発明の歯石切削用組成物によって染色して尿素が沈着した歯石はEr:YAGレーザー光照射により切削されやすくなっていることが分かる。
比較例4、5はコントロール群と同様に歯石除去は不完全であった。このように、本発明の歯石切削用組成物を適用することで、より緩和なレーザー照射条件においても歯石除去が可能となり、尿素の沈着の及ばない、つまりは歯石の付着していない健全歯質への侵襲を極力抑えた治療が可能となる。
【0025】
【表1】

【0026】
【表2】

【0027】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
尿素を、波長2750〜3100nmのレーザー光の増感剤として含有する、う蝕歯質又は歯石の切削用組成物。

【請求項2】
1個以上のヒドロキシル基を有する水混和性有機溶媒を含有する、請求項1に記載のう蝕歯質又は歯石の切削用組成物。

【請求項3】
粘度が、30〜1500mPa・sである、請求項2に記載のう蝕歯質又は歯石の切削用組成物。

【請求項4】
1個以上のヒドロキシル基を有する水混和性有機溶媒が、グリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールから選ばれる1種又は2種以上である、請求項2又は3に記載のう蝕歯質又は歯石の切削用組成物。

【請求項5】
色素をさらに含有する、請求項1〜4のいずれか1項に記載のう蝕歯質又は歯石の切削用組成物。

【請求項6】
尿素を、光増感剤として含有する、波長2750〜3100nmのレーザー光の増感用組成物。

【公開番号】特開2011−105683(P2011−105683A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−264488(P2009−264488)
【出願日】平成21年11月20日(2009.11.20)
【特許番号】特許第4646267号(P4646267)
【特許公報発行日】平成23年3月9日(2011.3.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第21回日本レーザー歯学会総会・学術大会プログラム・講演抄録集 平成21年11月6日発送 一ツ橋印刷会社
【出願人】(592150354)日本歯科薬品株式会社 (9)
【Fターム(参考)】