説明

がんの検査に使用する遺伝子のスクリーニング方法と遺伝子セット

【課題】従来の方法に比べて高精度にがん患者を検出することが可能ながんの早期診断方法を提供すること。
【解決手段】生存する正常細胞及び生存するがん細胞で発現が確認され、死滅した細胞では発現が確認されない遺伝子群から選抜される遺伝子セットを用いて、便中から回収された細胞における遺伝子発現を分析することによって、正常細胞とのふるいわけをせずにがん細胞を検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、早期がんの検査方法に関する。より詳しくは、サンプル中(血液、便など)の特定遺伝子セットの発現を指標としたがん細胞のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本人のがん死亡の原因で最も多いのは胃がんである。しかし、近年胃がんは減少傾向にあり、それに代って増加傾向の著しいのが大腸がんである。全がん死亡者の中にしめる大腸がんの割合は、1955年から年々確実に増えており、21世紀には死亡者数は胃がんを抜いてトップになるともいわれている。
【0003】
一方で、大腸がんは進行が比較的緩やかであり、進行がんでも治癒切除が完全に行なわれれば予後は比較的良好であり、Dukes A, Dukes B, Dukes Cそれぞれの5年生存率は 95%、80%、50〜60%とされている。しかし、かなり進行するまで自覚症状が少なく確定診断時にすでに転移や浸潤などを起こして切除不可能な場合も少なくない。このため、早期発見が強く求められている(参考:国立がんセンター がんの統計)。
【0004】
現在、大腸がんの検診には主に便潜血反応という方法が用いられている。便潜血検査とは血液中のヘモグロビンを化学的に測定し、肉眼ではそれとは認識できない大腸の内腔表面からの出血を検出する方法である。この方法は非常に鋭敏で、便に血液がごく微量混じっているだけでも検出が可能である。しかしながら、化学的便潜血反応は、感度は良いが、ヒトのヘモグロビンに特異的ではなく、食物として食べた肉や緑色野菜、薬物などとも反応して偽陽性が見られるため、検査前には厳密な食事制限を必要とする。
【0005】
さらに近年、抗体を用いて便中のヒトヘモグロビンを特異的に検出する免疫学的便潜血反応という手法が開発され、この方法が実際の検査に現在用いられている。免疫学的便潜血反応は、便中のヒトヘモグロビンを特異的に検出するが、ヘモグロビンは便中では壊れやすいため、免疫法では壊れたヘモグロビンは測定できないという問題がある。
【0006】
また、この方法における陽性率は進行がんでは90%であるが、早期がんと進行がんをあわせた全ステージでは50%に過ぎない(非特許文献2参照)。すなわち、大腸がん患者の2人に1人は見逃される可能性がある。また、出血を確認する検査方法であるためがん以外の痔でも陽性になり、陽性反応が出た人の中で実際に大腸がんである確率(陽性的中率)は約1〜2%程度でしかない(非特許文献3参照)。さらに、偽陽性率(健常人が陽性になる確率)は5〜10%であり、更なる改善が望まれている。
【0007】
これに対し、腫瘍マーカーによる診断方法も提案されている。大腸がんの腫瘍マーカーとしては、Carcinoembryonic antigen (CEA)、CA19-9、NCC-ST-439、STNなどがあるが、治療効果の判定や再発のモニターとして用いられている(非特許文献1参照)。便中のDNA(K-RAS、P53、APCなど)のmutationをターゲットにする方法も研究されている。しかしながら、便中のDNA(K-RAS、P53、APCなど)のmutationをターゲットにする方法は、実用化へのハードルが高く、まだ研究段階である。
【0008】
腫瘍マーカーによる方法においてすら、病期別腫瘍マーカー陽性率は治癒切除可能なDukes Cにおいても、CEA、CA19-9、NCC-ST-439、STNで各々36%、30%、35%、21%にすぎず、早期大腸がんの発見に関して十分な腫瘍マーカーであるとはいえないものであった(非特許文献1参照)。
【非特許文献1】大倉久直他 大腸がんの腫瘍マーカー、CRC1(4)、42-47、1992
【非特許文献2】Launoy G et al., Int. J. Cancer, 1997, 73: 220-224
【非特許文献3】Jack SM, et al., N. Engl. J. Med., 2000, 343(22):1603-1607
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、従来の方法に比べて高精度にがん患者を検出することが可能ながんの早期診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明者らは検討を重ねた結果、便中から回収した細胞の遺伝子発現を分析することによりがん細胞をスクリーニングする方法、及びその遺伝子セットを見出した。
【0011】
本発明に係る便中のがん細胞を検出する方法は、
(i)以下の(1)〜(3)の条件を満たす遺伝子群(但し、SEPP1、RPL27A、ATP1B1、SFN、RPS11、RPL23を除く)を、がん細胞及び正常細胞における発現分析の結果に基づいて選別する工程、
(1)生存する正常細胞で発現が確認される、
(2)生存するがん細胞で発現が確認される、
(3)死滅した細胞では発現が確認されない、
(ii)便中における前記選別された遺伝子群の発現を分析することで、正常細胞とのふるいわけをせずにがん細胞を検出する工程、
を有することを特徴とするがん細胞のスクリーニング方法である。
【0012】
本発明の更なる便中のがん細胞を検出する方法は、
便中の細胞のリボソーム蛋白質遺伝子群(但し、RPL27A、RPS11、RPL23を除く)の一部または全部の発現を検出することで、がん細胞を検出することを特徴とするスクリーニング方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、便中から回収した細胞の遺伝子発現を分析することによりがん細胞、特に大腸がん細胞をスクリーニングする方法、及びその遺伝子セットを提供する。便から回収された細胞について、本発明の方法でスクリーニングされた遺伝子の発現を調べることによって高精度に大腸がんの早期診断が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、便中から回収される細胞において、正常細胞のほとんどは死んでおり、がん細胞のみが生きているという特徴(Matsushita, H. et al. Gastroenterology 129, 1918-1927 (2005))を利用した点に特徴がある。便中のがん細胞を検出するための遺伝子セットは生存する正常細胞及び生存するがん細胞で発現が確認され、死滅した細胞では発現が確認されない遺伝子群から選抜される。このようにして選抜された遺伝子の、便中から回収された細胞における発現を分析することによって、正常細胞とのふるいわけをせずにがん細胞を検出することが可能となる。
【0015】
本発明の便中のがん細胞を検出する方法は、以下の(i)及び(ii)の工程を少なく
とも有する。
(i)以下の(1)〜(3)の条件を満たす遺伝子群を、がん細胞及び正常細胞における発現分析の結果に基づいて選別する工程。
【0016】
(1)生存する正常細胞で発現が確認される、
(2)生存するがん細胞で発現が確認される、
(3)死滅した細胞では発現が確認されない。
(ii)便中における前記選別された遺伝子群の発現を分析することで、正常細胞とのふるいわけをせずにがん細胞を検出する工程。
但し、SEPP1(NM_005410)、RPL27A(NM_000990)、ATP1B1(NM_001677)、SFN(NM_006142)、RPS11(NM_001015)、RPL23(NM_000978)は工程(i)で選別される遺伝子群から除外する(遺伝子名カッコ内にAccession Numberを付す)。
【0017】
(i)の工程での遺伝子の発現分析は、がん細胞あるいは正常細胞から抽出したmRNA(mRNAから調製されたcDNA、cRNAなどの核酸試料を含む)を、発現の有無を検証したい遺伝子を検出するための核酸プローブとハイブリダイゼーションさせることにより行うことができる。検証対象として、ヒトゲノムがコードする全遺伝子を対象とすることができる。また、公共のデータベースから取得した情報に基づいて選別した、上記条件(1)を満たす遺伝子を対象として、上記条件(2)および(3)の条件を満たす遺伝子を選別することで細胞の発現分析を行ってもよい。
【0018】
(i)の工程で用いるがん細胞としては、あらゆる種類のがん化した細胞が対象となるが、(ii)の工程で検出しようとするがん細胞であることが好ましい。
【0019】
(ii)の工程での便中における遺伝子群の発現は、便から直接調製したmRNA、
タンパク質などを試料として分析してもよいが、好ましくは便に含まれる細胞を回収し、回収された細胞から調製したmRNAまたはタンパク質を試料として分析する。細胞の回収には、細胞表面に発現する蛋白質に対する抗体を用いたアフィニティー精製などの慣用技術を用いることができる。
【0020】
(ii)の工程での遺伝子群の発現分析は、(i)の工程で選別された遺伝子の転写物であるmRNA、翻訳物であるポリペプチド、さらに翻訳後の修飾を受けたタンパク質などの発現を検出することにより行うことができる。転写レベルで発現を検出する場合は、選抜された遺伝子群の各遺伝子を増幅可能なプライマーを用いてmRNA(cDNAを含む)をPCRし、予測される鎖長の増幅断片の有無を確認することで遺伝子の発現を検出できる。
【0021】
本発明での死滅した細胞の判別には、一般的な判定法である、Trypan BlueやErythrosin Bなどの色素を使用する分染法を用いることができ、死滅している細胞では色素が細胞膜を透過するため、染色される細胞を死滅した細胞と判断できる。
【0022】
以下、本発明について詳細に説明するが、いずれの記述も本発明内容を好適に実施するための一例であり、本発明による他の実施形態を制限するものではない。
【0023】
本発明による大腸がんの診断に有用な情報を提供するため、大腸がん患者の便から回収した細胞で高い発現が認められ、健常者の便から回収した細胞では発現がないか極めて低いと判断された遺伝子を各種の発現解析により選び出した。
【0024】
本発明の遺伝子選抜方法は、便中から回収される細胞において、正常細胞のほとんどは死んでおり、がん細胞のみが生きているという特徴を利用している。言い換えると、生存する細胞では高い発現が認められ、死滅した細胞では発現が確認されない遺伝子を選抜することであると言える。
【0025】
市販のマイクロアレイにより、大腸がん患者の便から回収した細胞、健常者の便から回収した細胞、及び末梢血について、約39000遺伝子の発現プロファイルを取得した。これらの結果と公共のデータベースとを用いて77遺伝子を選抜した(表1)。本発明のスクリーニング方法で選別される遺伝子の条件の1つである、生存する正常細胞で発現が確認されるかの検証は、正常細胞で実際に発現を解析してもよいし、公共のデータベースを利用して情報を取得してもよい。正常細胞での発現を検証するために選ばれる「正常細胞」には、がん細胞でない細胞であれば限定なく用い得る。
【0026】
表1の77遺伝子は、大腸がん患者の便から回収した細胞において発現が認められ、健常者の便から回収した細胞においては発現が認められなかった遺伝子群である。
【0027】
更に、表1の遺伝子群の中から末梢血において発現が認められなかった遺伝子を選抜した(表2)。表2に示した遺伝子群は、回収された検体中に血液が含まれていたとしても正しくがん細胞の有無を検出することができることから、大腸がんの検査で問題になっている痔による擬陽性判定を減らすことが可能である。
【0028】
また、上記の方法で選抜された遺伝子(表1に記載の77種)はリボソーマル蛋白質遺伝子を多く含んでいる(表3参照)。具体的には表3に挙げる26種のリボソーマルタンパク質遺伝子である。一般にリボソーマル蛋白質遺伝子の発現は細胞の成長速度に比例している。がん細胞がとりわけ成長速度が速いこと、また便から回収された細胞において正常細胞のほとんどが死んでいるということから、リボソーマル蛋白質遺伝子の発現を分析することによる便を検体とした大腸がんスクリーニングが有用であることが見出された。すなわち、今回選抜された以外のリボソーマル蛋白質遺伝子もスクリーニングに有用であるといえる。よって、公知のリボソーマル蛋白質遺伝子の一部または全部を用いてスクリーニング方法の工程(ii)のがん細胞の検出を行ってもよいし、工程(i)で選別する遺伝子群に含まれるリボソーマル蛋白質遺伝子群を用いて工程(ii)のがん細胞の検出を行ってもよい。
【0029】
本発明によるがん細胞のスクリーニング方法は、工程(i)で選抜される遺伝子群として上記表1、表2、または表3に記載の遺伝子セットを用いて、工程(ii)の大腸がん細胞のスクリーニングを好適に行うことができる。工程(ii)のスクリーニングは遺伝子セットから選択した2種以上の遺伝子の発現の有無もしくは発現量を測定することによって行なう。遺伝子の発現の有無もしくは発現量は、検体サンプル中のmRNAの有無もしくは量を測定しても良いし、該遺伝子産物である蛋白の有無もしくは量を免疫染色やELISAを用いて検出しても良い。
【0030】
便から回収された細胞から抽出される検体RNAは一般に微量(サブマイクログラム)であることが多いため、遺伝子の発現を調べるためには通常増幅工程が必要とされる。増幅方法としては、in vitro transcription反応が一般的に用いられる。増幅処理後、RT-PCR反応等によって表1、表2、表3に記載された遺伝子セットから選択した遺伝子の発現の有無を調べることができる。また、一度に多数の遺伝子発現を調べる方法としては、DNAマイクロアレイが好適に利用可能である。
【0031】
工程(ii)の遺伝子発現分析には、工程(i)で選抜された遺伝子群の各遺伝子の転
写産物を特異的に増幅するためのプライマー、または遺伝子群の各遺伝子の転写産物に特異的にハイブリダイズするプローブを設計して用いることができる。便中のがん細胞検出用プローブには、遺伝子セットにおける各遺伝子の転写産物であるmRNAまたはそのcRNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズする核酸配列からなるプローブが好適である。ここで、遺伝子の転写産物には、mRNAのほかにmRNAから調製されるcDNA,cRNAの配列が含まれる。本発明は、これらのプライマーまたはプローブを含む、便中のがん細胞検出用キットを包含する。また本キットは、PCRあるいはハイブリダイゼーションに用いる試薬を含む構成とすることができる。
【0032】
本発明で選抜された遺伝子は、便から回収された細胞中の大腸がん細胞の有無に強い相関を有するため、その発現レベルを測定することにより、大腸がん細胞のスクリーニングを行うことが出来る。回収された細胞中に微量でもがん細胞が含まれていれば検出可能であるため、特に大腸がんの早期診断に好適に用いることが可能である。
【0033】
本発明のがん細胞のスクリーニング方法は、標識されたプローブの蛍光強度や放射線強度により、各遺伝子の発現レベルを高感度に測定することができる。測定にあたっては、各遺伝子、検体ごとにしかるべき規格化を行い、各検体間で比較可能な判定を行うことで、より精度の高い判定が可能になる。例えば検体ごとにRNAの回収量に差がある場合には、細胞ごとに一定量の発現が知られているハウスキーピング遺伝子(例えばベータアクチン)などの発現量との比較を行うことで、その回収量の補正を行うことが可能である。
【0034】
大腸がん細胞のスクリーニングは、上記のような遺伝子(mRNA)の解析のほか、表1、表2、及び表3に記載の遺伝子の翻訳産物である蛋白の発現量を解析することによっても実施可能である。遺伝子産物である蛋白の発現量の解析は、当該蛋白に特異的な抗体を用いて、ウェスタンブロット法、ドットブロット法、スロットブロット法、ELISA法、およびRIA法などの周知の方法によって実施できる。よって、本発明には、便中のがん細胞を検出するための抗体であって、遺伝子セットにおける各遺伝子から翻訳されるポリペプチドを用いて誘導され、該ポリペプチドに特異的に結合する抗体が含まれる。
【0035】
本発明は、便中のがん細胞を検出するためのマーカー遺伝子セットであって、がん細胞及び正常細胞における発現分析の結果に基づいて選別される、以下の(1)〜(3)の条件を満たす遺伝子群(但し、SEPP1、RPL27A,ATP1B1、SFN、RPS11、RPL23を除く)のいずれ2種以上の遺伝子もしくはその遺伝子発現産物からなる、便中のがん細胞検出用マーカー遺伝子セットを包含する。
(1)生存する正常細胞で発現が確認される、
(2)生存するがん細胞で発現が確認される、
(3)死滅した細胞では発現が確認されない。
【0036】
本発明のマーカー遺伝子は、便を検体として用いる場合に、がん細胞の存在を示す指標となる遺伝子もしくは遺伝子発現産物である。遺伝子発現産物とは、遺伝子の発現量と相関する物質であって、遺伝子の転写物であるmRNA(mRNAから得られるcDNAを含む)、翻訳物であるポリペプチド、さらに翻訳後の修飾を受けたタンパク質などを含む。遺伝子の発現分析(遺伝子間の発現比較を含む)は、転写レベル(mRNA量)または翻訳レベル(タンパク質量)でのマーカー遺伝子の発現の有無あるいは発現量を測定することにより行うことができる。
【0037】
上記条件(2)のがん細胞とは、あらゆる種類のがん化した細胞を含み得るが、好ましくは、便中から検出しようとする種類のがん細胞である。そのような好ましい態様の一つでは、マーカー遺伝子セットは、健常者とがん患者の便中の細胞の遺伝子の発現を比較することにより選抜された、表1に記載の77種のいずれか2種以上の遺伝子もしくは遺伝子発現産物からなる。マーカー遺伝子セットは、特に大腸がん細胞の検出に好適に用いることができる。また、マーカー遺伝子セットは、末梢血で発現が確認される遺伝子を排除した構成とすることで痔による擬陽性判定を減らすことができ好ましい。そのような好ましい態様の一つでは、マーカー遺伝子セットは、健常者とがん患者の便中の細胞の遺伝子の発現を比較することにより選抜された、表2に記載の48種のいずれか2種以上の遺伝子もしくは遺伝子発現産物からなる。さらに、本発明は、リボソーム蛋白質遺伝子群(但し、RPL27A、RPS11、RPL23を除く)の2種以上の遺伝子もしくは遺伝子発現産物からなる、便中のがん細胞検出用マーカー遺伝子セットを包含する。そのような好ましい態様の一つは、健常者とがん患者の便中の細胞のリボソーム蛋白質遺伝子の発現を比較することにより選抜された、2種以上のリボソーム蛋白質遺伝子もしくはその遺伝子発現産物からなる便中のがん細胞検出用マーカー遺伝子セットである。そのようなマーカー遺伝子セットとして、表3に記載の26種のいずれか2種以上の遺伝子もしくは遺伝子発現産物からなるものが好適である。
【0038】
【表1−1】

【0039】
【表1−2】

【0040】
【表1−3】

【0041】
【表2−1】

【0042】
【表2−2】

【0043】
【表3−1】

【0044】
【表3−2】

【0045】
表のAccession Numberの欄には、The International Nucleotide Sequence Databases(INSD)における登録番号を記載している。
【実施例】
【0046】
以下、具体的な実施例を示し、本発明をさらに詳細に説明する。
【0047】
(実施例1)遺伝子の選抜方法
<(1)便からの細胞分離>
発現解析に用いるがん細胞を分離するために手術前の大腸がん患者由来便を検体として使用した。便の使用に関しては事前に被験者へ実験内容の説明を行い、同意を得た。
【0048】
便(約5〜80g)が入ったストマッカーバッグに200mlの10%FBS含有Hanks液(ニッスイ)を入れ、シールした後、ストマッカーを用いて(200rpm,1min)便の懸濁液を作成した。
【0049】
フィルタ付きストマッカーバッグを使用した場合はバッグ内のフィルタを用いて懸濁液をろ過した。フィルターがないストマッカーバッグを使用した場合は筒状プラスチック容器にセットした漏斗型フィルタに懸濁液を通してろ過し、ろ液をビーカーに回収した。ろ液はさらに、50mlの遠沈管5本に分注した。
【0050】
遠沈管1本当たり、40μlのBer-EP4抗体結合磁気ビーズ(Dynabeads Epithelial Enrich、 ダイナル社)を加え、ミックスローター(VMR-5、 AS ONE社)を用いて混和し(4℃、60rpm、30分間)、ろ液中の細胞をBer-EP4抗体に結合させた。
【0051】
各遠沈管を磁石スタンド(Dynal MPC-1、ダイナル社)にセットした後、マイルドミキサー(SI-36、TAITEC社)上に横向きに置き、15分間シーソー運動を行い(60往復/1分間)、ろ液を混和し、磁気ビーズを遠沈管側壁へ集めた。
【0052】
ろ液を除去した後、遠沈管をスタンドから外し、一本当たり500μlの10%FBS含有Hanks液を加えて、壁面に集められたビーズを洗浄した。
【0053】
ビーズを含んだ洗浄液をあらかじめ500μlの10%FBS含有Hanks液が入れられたエッペンチューブ(1.5ml用)5本に回収した。軽く懸濁後、磁石スタンド(Dynal MPC-S、ダイナル社)にセットし、エッペンチューブの側壁に磁気ビーズを集めた。
【0054】
洗浄液を除去した後、エッペンチューブをスタンドから外し、1本当たり1mlの10%FBS含有Hanks液を加えて、壁面に集められたビーズを洗浄した。同様に、チューブを磁石スタンドにセットし、エッペンチューブの側壁に磁気ビーズを集めた後、上清を除去して、細胞−ビーズ複合体のペレットを得た。続いて、このペレットからISOGEN(ニッポンジーン)を使用してRNAを抽出した。
【0055】
正常細胞における発現を解析するために健常者の便を検体として、同様の方法によりRNAを抽出した。
<(2)マイクロアレイによる約39000遺伝子の発現プロファイルの取得とマーカー遺伝子の選抜>
(1)で抽出したtotal RNAをターゲットとしてマイクロアレイ(human U133 oligonucleotide probe arrays (Affymetrix社 米国))を用いてゲノム網羅的遺伝子発現解析を行った。実験方法は製造会社の推奨する方法に従った。以下、これについて簡単に記述する。
【0056】
ターゲットとしては大腸がん患者の便から分離した細胞RNA4サンプル、および健常者の便から分離した細胞RNA7サンプル分を混合したもの、計5サンプルについて発現解析を実施した。
【0057】
5 μg の total RNA からT7RNApolymeraseのプロモーターを有するcDNAを合成後、7-transcription法によってビオチン化cRNAプローブを作製した。次に、化学的に切断した10μg のcRNA をマイクロアレイと45 ℃、16 時間反応させた。アレイは 6xSSPEで 25 ℃で洗浄し、さらに二次洗浄液 (100 mM MES (pH6.7), 0.1 M NaCl, and 0.01% Tween 20) で50 ℃で洗浄した。次に、再会合した分子をstreptavidin phycoerythrin (Molecular Probes)で染色後、6xSSPEで洗浄し、さらにbiotinylated anti-streptavidin IgGを反応させ、streptavidin phycoerythrin で再度染色し、6xSSPEで洗浄した。マイクロアレイ上のシグナルは GeneArray scanner (Affymetrix)を用いて3μmの解像度で読み込み、その強度をコンピュータソフトMicroarray Suite 5.0 (Affymetrix)を用いて解析した。
【0058】
遺伝子発現量の解析はMicrosoft Excelを用い、上記大腸がん症例において発現が確認され、健常者の便に含まれる細胞では発現が検出されない遺伝子を選抜した結果、77種の遺伝子が選ばれた(表1)。これら77遺伝子の全ては、便を検体とした大腸がんスクリーニングのマーカーとして発明者らが考えた条件を満たしている。
【0059】
更に、末梢血で発現が検出されない遺伝子48遺伝子を77遺伝子の中から選び出した(表2)。なお、血液における発現を解析するために、末梢血を検体として用いた。RNAの抽出には末梢血をそのまま用い、ISOGEN(株式会社ニッポンジーン)にて処理を行った。このようにして選抜した48遺伝子は、検体中に血液が混入していたとしてもがん細胞の有無を判定することができ、便を検体とした大腸がんスクリーニングのマーカーとして発明者らが考えた条件を満たしている。
【0060】
上記の方法で選抜された遺伝子はリボソーマル蛋白質遺伝子を多く含んでいる。一般にリボソーマル蛋白質遺伝子の発現は細胞の成長速度に比例している。がん細胞がとりわけ成長速度が速いこと、また便から回収された細胞において正常細胞のほとんどが死んでいるということから、リボソーマル蛋白質遺伝子の発現を分析することによる、便を検体とした大腸がんスクリーニングが有用であることが見出された。すなわち、今回選抜された以外のリボソーマル蛋白質遺伝子もスクリーニングに有用であるといえる。
【0061】
(実施例2)
大腸がん患者便から分離した細胞を用いたRT-PCR解析 実施例1で選抜した77遺伝子のうちランダムに4遺伝子(RPS20、RPS29、RPL38、TXN)を選抜し、それぞれに関して4人の健常人及び4人の大腸がん患者の便から分離した細胞中のRNAを用いてRT-PCRによる発現解析を行った。なお、上記4遺伝子のプライマーは表4に示す。また、実験手順は以下の通りである。
【0062】
【表4】

【0063】
(i)cDNA合成(1回目)
上記で得られたtotal RNAのうち1μgをInvitrogen社製 SUPER SCRIPT Choice Systemを用
いてオリゴ(dT)プライマーによる逆転写反応を行った。total RNA(10μl)に100μMのT7-oligo dT 24 primer を1μl (1 μg)加え、65℃で10分間保温する。その後、氷上にて2分以上置き、急冷させた後、表5に示した試薬を加えて、37℃で2分間保温した。
【0064】
【表5】

【0065】
その後、SuperScriptII RTを1μl加えて、37℃で1時間保温した。こうして、1st strand cDNA溶液約20μlを回収した。
【0066】
続いて、2nd strand cDNA合成を下記に示す方法により行った。1st strand cDNA溶液に、表6に示した通りに試薬を加え、16℃で2時間保温した。
【0067】
【表6】

【0068】
さらに、T4 DNA polymerase 2μlを加えて16℃で5分間保温し、2nd strand cDNAの末端を平滑化した。次に、2nd strand cDNAの精製を行った。上記の生成物に対し、表7に示した通りに試薬を加え15,000 rpmで10分間遠心した。
【0069】
【表7】

【0070】
続いて、クロロホルム150μlを加え、15,000 rpmで10分間遠心し、上清のみを採取し、別のチューブへ移した。さらに、表8に示した通りに試薬を加え室温で15分間保持し、15,000 rpmで10分間遠心し、上清のみを採取し、別のチューブへ移した。
【0071】
【表8】

【0072】
そして、70% エタノール500μlを加え15,000 rpmで10分間遠心し(エタノールリンス)し、今度は沈殿のみを残し、溶液を捨てた。残った沈殿に対し、表9に示した通りに試薬を加え室温で15分間保持し、15,000 rpmで10分間遠心し、沈殿のみを残して溶液を捨てた。
【0073】
残った沈殿に対し、70% エタノール500μlを加え15,000 rpmで10分間遠心し、溶液を捨てた。最後に、風乾させ、8μlの水に溶解させた。
【0074】
【表9】

【0075】
(ii) cRNAの合成:in vitro transcription (1回目)
Ambion社製MEGAscriptT7Kitを用いて以下の反応を行った。(i)で作成した、cDNA溶液8μlに対し、表10に示した通りに試薬を加え、37℃で5時間保温した。次に、DNase ( RNase free ) 1μlを加え37℃で15分間保温し、DNAを除去した。
【0076】
【表10】

【0077】
続いて、cRNAの精製を行った。表11に示した通りに試薬を加え15,000 rpmで5分間遠心し、さらに、イソプロパノール300μlを加えて室温で15分間保温し、15,000 rpmで10分間遠心し、上清のみを採取し、別のチューブへ移した。そして、70% エタノール500μlを加え15,000 rpmで5分間遠心し、沈殿のみを残して溶液を捨て、風乾させ、8μlの蒸留水に溶解させた。
【0078】
【表11】

【0079】
(iii) cDNA合成(2回目)
上記で得られたcRNA溶液に対し、ランダムヘキサマープライマーを用いて2回目の逆転写反応を行った。0.5μg/μl ランダムヘキサマーを1μl (1 μg)加え、65℃で10分間保温する。その後氷上にて2分以上置き、急冷させた後、前述の表12に示した通りに試薬を加えて、37℃で2分間保温する。その後、SuperScriptII RTを1μl加えて、37℃で1時間保温する。こうして、1st strand cDNA溶液約20μlを回収した。続いて、RNase H 1μlを加えてRNAの除去を行う。37℃で20分間保温し、RNAとDNAを離すため95℃で2分間保温し、その後氷上にて2分以上置き、急冷させる。
【0080】
次に、2nd strand cDNA合成を下記に示す方法により行った。1st strand cDNA溶液に100μMのT7-oligo dT 24 primer を1μl (1μg)加え、68℃で5分間保温後、42℃で10分間保温する。そして、表12に示した通りに試薬を加え、16℃で2時間保温する。さらに、T4 DNA polymerase 2μlを加えて16℃で5分間保温し、2nd strand cDNAの末端を平滑化する。
次に、2nd strand cDNAの精製を行う。
【0081】
【表12】

【0082】
上記の生成物に対し、フェノール150μlを加え15,000 rpmで10分間遠心する。続いて、クロロホルム150μlを加え、15,000 rpmで10分間遠心し、上清のみを採取し、別のチューブへ移す。さらに、表15に示した通りに試薬を加え室温で15分間保持し、15,000 rpmで10分間遠心し、上清のみを採取し、別のチューブへ移す。そして、70% エタノール500μlを加え15,000 rpmで10分間遠心し(エタノールリンス)し、今度は沈殿のみを残し、溶液を捨てる。残った沈殿に対し、表16に示した通りに試薬を加え室温で15分間保持し、15,000 rpmで10分間遠心し、沈殿のみを残して溶液を捨てる。残った沈殿に対し、70% エタノール500μlを加え15,000 rpmで10分間遠心し、溶液を捨てる。最後に、風乾させ、22μlの蒸留水に溶解させる。
(iv) cRNAの合成:in vitro transcription (2回目)
(iii)で作成した、cDNA溶液22μlに対し、(ii)で行ったのと同様の方法でcRNAの合成を行った。ただし、最後は10μlの蒸留水に溶解させた(RNA量は5μg〜10μg)。
(v) 逆転写反応(1st strand cDNA合成)
(iv)で作成した、cRNA溶液10μlに対し、0.5μg/μl ランダムヘキサマーを1μl (1 μg)加え、65℃で10分間保温する。その後氷上にて2分以上置き、急冷させた後、表12に示した通りに試薬を加えて、逆転写反応が効率良く起きるように37℃で2分間保温する。
【0083】
その後、SuperScriptII RTを1μl加えて、37℃で1時間保温する。続いて、RNase Hを1μl加えてRNAの除去を行う。37℃で20分間保温し、RNAとDNAを離すため95℃で2分間保温し、その後氷上にて2分以上置き、急冷させる。上記反応液約20μlに20μlの精製水を加え、そのうち1μlを鋳型としてPCRを行った。
(vi)PCR増幅反応
回収された1st strand cDNA溶液をテンプレートとして、選抜した4遺伝子に関し、PCR増幅を行った。プライマーとしては表4に記載のプライマーセットを用いた。
【0084】
PCR反応はインビトロジェン株式会社製PCRキットAccuPrime Taqを用い、表13に示した反応液を調製した。調製された反応液について、市販のサーマルサイクラーを用いて、表14の温度サイクル・プロトコルに従って、PCR増幅反応を行った。PCR終了後の反応液は4℃で保存した。
【0085】
【表13】

【0086】
【表14】

【0087】
(3)実験結果
得られた各PCR産物の10μlを用いて1.5%アガロースゲル電気泳動を行い、EtBr溶液で染色した。4遺伝子による結果として、4人の健常人の便はすべて陰性であったのに対して、4人の大腸がん患者の便では、1以上の遺伝子が陽性であった(表15)。すなわち、これらの遺伝子が大腸がんをスクリーニングするのに適していることが示された。
【0088】
【表15】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
便中のがん細胞を検出する方法であって、
(i)以下の(1)〜(3)の条件を満たす遺伝子群(但し、SEPP1、RPL27A、ATP1B1、SFN、RPS11、RPL23を除く)を、がん細胞及び正常細胞における発現分析の結果に基づいて選別する工程、
(1)生存する正常細胞で発現が確認される、
(2)生存するがん細胞で発現が確認される、
(3)死滅した細胞では発現が確認されない、
(ii)便中における前記選別された遺伝子群の発現を分析することで、正常細胞とのふるいわけをせずにがん細胞を検出する工程、
を有することを特徴とするがん細胞のスクリーニング方法。
【請求項2】
前記がん細胞が、大腸がん細胞である請求項1に記載のがん細胞のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記遺伝子群を選別する工程において、更に末梢血で発現が確認される遺伝子を排除する請求項1または2に記載のがん細胞のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記(i)の工程における遺伝子群の選別が、健常者とがん患者の便中の細胞の遺伝子
の発現を比較することにより行われ、該選別された遺伝子群が、表1に記載の77種の遺伝子から選択される少なくとも2種である、請求項1に記載のスクリーニング方法。
【表1−1】

【表1−2】

【表1−3】

【請求項5】
前記(i)の工程における遺伝子群の選別が、健常者とがん患者の便中の細胞の遺伝子
の発現を比較することにより行われ、該選別された遺伝子群が、表2に記載の48種の遺伝子から選択される少なくとも2種である、請求項3に記載のスクリーニング方法。
【表2−1】

【表2−2】

【請求項6】
前記(i)の工程における遺伝子群の選別が、健常者とがん患者の便中の細胞のリボソ
ーム蛋白質遺伝子の発現を比較することにより行われることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のスクリーニング方法。
【請求項7】
便中のがん細胞を検出する方法であって、
便中の細胞のリボソーム蛋白質遺伝子群(但し、RPL27A、RPS11、RPL23を除く)の一部または全部の発現を検出することで、がん細胞を検出することを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項8】
前記検出の対象となるリボソーム蛋白質遺伝子群が、表3に記載の26種の遺伝子から選択される少なくとも2種である請求項7に記載のスクリーニング方法。
【表3】


【公開番号】特開2008−306976(P2008−306976A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−157478(P2007−157478)
【出願日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成15年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(再)委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【出願人】(590001452)国立がんセンター総長 (80)
【Fターム(参考)】