説明

がんワクチン

【課題】 がんの予防および治療に用いるがんワクチンを提供すること。
【解決手段】 配列番号1(KMHIRSHTL)または配列番号2(RTFSRMSLL)からなるがん免疫を効率的に誘導できるペプチド、そのペプチドを細胞表面に提示した抗原提示細胞、この抗原提示細胞によって誘導されたT細胞、および、これらのペプチド、これらのペプチドを発現する発現ベクター、これらのペプチドを提示した抗原提示細胞、またはその抗原提示細胞によって誘導されたT細胞を含有するがんワクチン、そして、そのがんワクチンを用いたがんの治療・予防方法を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がんの予防および治療に用いるがんワクチンに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、がん免疫学において、免疫細胞によるがん抗原認識機構がかなり解明されてきた。それによると、まず、抗原提示細胞である樹状細胞(dendritic cells または DC)は、細胞内で、がんが発現するタンパク質を分解する際に生じた8〜10個のアミノ酸からなる抗原ペプチドを、主要組織適合性抗原複合体(major histocompatibility complex または MHC;ヒトでは、human leukocyte antigen または HLA)と共に細胞表面に提示する。細胞傷害性T細胞(cytotoxic T lymphocyte または CTL)は、樹状細胞表面のHLAクラスIに結合した抗原ペプチドを認識し、活性化・増殖し、腫瘍内に侵入し、抗原ペプチドが由来するタンパク質を有するがん細胞に対し細胞傷害を生じる(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
この機構を利用して、がんの治療方法としてがんワクチンが開発されてきた。例えば、がん特異的タンパク質由来の抗原ペプチドを細胞表面に提示する樹状細胞をin vitroで作製し、増殖させ、がん患者に投与したり、その樹状細胞によって教育された細胞傷害性T細胞を投与したりすることにより、がん患者の体内でがん免疫を誘導させる。あるいは、がん特異的タンパク質をがん患者に投与し、患者の体内で、がん免疫機構の全過程を誘導させるのである(例えば、非特許文献2〜7参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Arch.Surg.(1990)126:200−205
【非特許文献2】Science(1991)254:1643−1647;
【非特許文献3】J.Exp.Med.(1996)183:1185−1192;
【非特許文献4】J.Immunol.(1999)163:4994−5004;
【非特許文献5】Proc.Natl.Acad.Sci.USA(1995)92:432−436
【非特許文献6】Science(1995)269:1281−1284
【非特許文献7】J.Exp.Med.(1997)186:785−793
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、がん免疫を効率的に誘導することのできるがん特異的タンパク質は、一部のがんにおいて、ほんの少数の例が知られているだけである。
【0006】
そこで、本発明は、がん免疫を効率的に誘導できるペプチド、そのペプチドを含有する組成物、そのペプチドを提示した抗原提示細胞、この抗原提示細胞によって刺激されたT細胞、およびこれらのペプチドや細胞を利用したがんワクチン、及びそれらを用いたがん患者の治療方法を提供することを目的としてなされた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係るペプチドは、KMHIRSHTL(配列番号1)またはRTFSRMSLL(配列番号2)の配列からなる。これらのペプチドを提示した抗原提示細胞、およびこの抗原提示細胞によって誘導され、snail抗原を発現するがん細胞を認識するT細胞も、本発明の技術範囲に属する。このT細胞は、細胞傷害性T細胞であることが好ましい。また、snail抗原を発現するがん細胞は、膵臓癌細胞、メラノーマ細胞、白血病細胞、または大腸癌細胞であることが好ましい。
【0008】
本発明に係るがんワクチンは、配列番号1または配列番号2からなるペプチドのいずれかまたは両方のペプチド、配列番号1または2のペプチドを発現する発現ベクター、配列番号1または2の配列からなるペプチドを細胞表面に提示した抗原提示細胞、あるいは、上記T細胞のうち、少なくとも1つを含有することを特徴とする。
【0009】
また、本発明に係る、配列番号1または配列番号2からなるペプチドのいずれかまたは両方のペプチドを含むがんワクチンは、これらのペプチド以外のがん抗原ペプチドを含有していてもよい。
【0010】
さらに、本発明に係るがんワクチンは、snailタンパク質を発現するがん細胞に対するがんワクチンであることが好ましい。
【0011】
本発明に係るがんの治療・予防方法は、ヒトおよびヒト以外の脊椎動物に対し、本発明に係るがんワクチンを用いることを特徴とする。
【0012】
ここで、本明細書で「がん」という用語は、上皮細胞由来の癌、非上皮細胞由来の腫瘍、血液のがんなどの新生物(neoplasm)を意味するものであり、がんの由来は問わない。
【0013】
また、本明細書では、アクセッション番号NM_005985(配列番号3)の遺伝子をヒトsnail遺伝子と称し、動物種の限定なくsnail遺伝子と記載されている場合は、ヒト遺伝子に限らず、他の動物種のホモログやオーソログも含むものとする。そして、アクセッション番号NP_005976(配列番号4)のタンパク質をヒトsnailタンパク質と称し、動物種の限定なくsnailタンパク質と記載されている場合は、ヒトタンパク質に限らず、他の動物種のホモログやオーソログも含むものとする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によって、がん免疫を効率的に誘導できるペプチド、そのペプチドを細胞表面に提示した抗原提示細胞、この抗原提示細胞によって誘導されたT細胞、および、これらのペプチド、これらのペプチドを発現する発現ベクター、これらのペプチドを提示した抗原提示細胞、またはその抗原提示細胞によって誘導されたT細胞を含有するがんワクチン、そして、そのがんワクチンを用いたがんの治療・予防方法を提供することが可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の一実施例において、健常人の正常組織におけるsnail遺伝子の発現(A)、および、大腸癌患者の癌組織と同患者の正常組織におけるsnail遺伝子の発現(B)を示す図である。
【図2】本発明の一実施例において、ヒト膵臓癌細胞株、ヒトメラノーマ細胞株、ヒト白血病細胞株、ヒト大腸癌細胞株におけるsnail遺伝子の発現を示す図である。
【図3】本発明の一実施例において、HLA−A24陽性健常人末梢血単核球をsnail 1、2、3およびHERV−H env、NY−ESO−1の各ペプチドで刺激培養して得られたCTLを、0.1、1、あるいは10μg/mlの各ペプチドの存在下でHLA−A24陽性抗原提示細胞と共培養したときの、CTLによるガンマ・インターフェロン産生量を測定した結果を示すグラフである。
【図4】本発明の一実施例において、HLA−A24陽性健常人末梢血単核球をsnail 3あるいはNY−ESO−1で刺激培養して得られたCTLに、snailを発現する腫瘍細胞を接触させたときの腫瘍特異的傷害率を測定した結果を示すグラフである。
【図5】本発明の一実施例において、HLA−A02陽性健常人末梢血単核球をsnail 1、2、3およびHERV−H env、NY−ESO−1の各ペプチドで刺激培養して得られたCTLを、10μg/mlの各ペプチドの存在下でHLA−A02陽性抗原提示細胞と共培養したときの、CTLによるガンマ・インターフェロン産生量を測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。ただし、本発明は下記実施例に限定されない。
【0017】
実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.等の標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いる場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
【0018】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例等は、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図ならびに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々に修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0019】
==がんワクチン==
snailタンパク質の有するアミノ酸配列の一部である配列番号1または2からなるペプチドを抗原提示細胞である樹状細胞に添加したとき、HLAクラスI分子に結合することにより、細胞表面に提示され、細胞傷害性T細胞に認識されることで、snailを認識する細胞傷害性T細胞を誘導できる。また、各ペプチドの刺激により樹立された細胞傷害性T細胞がsnailタンパク質を発現するがん細胞を効率よく認識することから、配列番号1および2の両方又はいずれか一つのペプチド、そのペプチドを細胞表面に提示した抗原提示細胞、および、抗原提示細胞によって誘導され、snail抗原を発現しているがん細胞を認識する細胞傷害性T細胞は、がんワクチンとして、がんの治療・予防に利用することができる。
【0020】
==がんワクチンの投与方法==
現在、がんワクチンとして、腫瘍特異的がん抗原、がん抗原提示抗原提示細胞、または、がん抗原反応性細胞傷害性T細胞をがん患者に投与する方法が開発されている。snailタンパク質の部分ペプチドを用いたがんワクチンの、治療または予防対象となるがんは、snailタンパク質を発現しているがんであれば特に限定されず、神経腫、腎癌、肝癌、膵臓癌、肉腫、大腸癌、メラノーマ、肺癌、食道癌、子宮癌、精巣癌、卵巣癌、白血病、リンパ腫、骨髄腫など、固形がんでも血液のがんでも構わないが、膵臓癌、メラノーマ、白血病、大腸癌であることが好ましい。
【0021】
本発明に係るがんワクチンによるがんの治療・予防の対象は、このようながんに罹患している脊椎動物であれば制限されず、ヒトであってもヒト以外であってもよい。
【0022】
なお、以下に説明するがんワクチンは、それぞれ単独で投与しても、共投与しても、あるいは、ここに記載した以外のがんワクチンと共投与してもよい。
【0023】
[ペプチドを含有するがんワクチン]
本発明のがんワクチンは、配列番号1および2のペプチドの両方またはいずれか一つを含有してもよい。この場合、あらかじめ患者のHLAクラスIのタイプを調べるのが好ましい。ここでは、患者のHLAクラスIタイプがA24である場合に、配列番号1および2のペプチドの両方又はいずれか一つを投与することが好ましい。一方、HLAクラスIタイプがA02である場合には、配列番号1のペプチドを投与することが好ましい。このがんワクチンは、配列番号1および配列番号2のペプチド以外に、治療対象であるがん細胞の発現している他種のがん抗原ペプチドを含有していてもよい。また、投与する際には、免疫誘導能を高めるアジュバンドなどと共にペプチドを投与してもよい。また、投与されるペプチドは、生体内で分解されにくくするような修飾が施されていてもよい。さらには、ペプチドそのものではなく、これらのペプチドをコードするDNAを組み込んだ発現ベクターなどを用い、DNAワクチンとして投与してもよい。
【0024】
投与部位に関しては、皮内投与、皮下投与、静脈内投与、腹腔内投与などが考えられ、特に限定されることはない。
【0025】
ここで、配列番号1および2のペプチドの取得方法は特に制限されず、ペプチドを発現する細胞から単離・精製されたペプチドであっても、遺伝子組み換え技術を用いて製造された組換えペプチドであっても、または周知の方法で化学合成したペプチドであってもよい。
【0026】
[抗原提示細胞を含有するがんワクチン]
配列番号1または2からなるペプチドを提示した抗原提示細胞も、がんワクチンとして使用することができる。ここで、細胞表面に提示されているペプチドは、無修飾であっても、糖やリン酸などで修飾されてもよい。抗原提示細胞としては、樹状細胞、マクロファージ、B細胞、B7や4−1BBLなどのT細胞刺激因子などを遺伝子導入等で強制的に発現させた腫瘍細胞(偽抗原提示細胞)等が例示できるが、抗原提示能の高さなどを考慮すると、樹状細胞が好ましい。以下、樹状細胞の単離方法の例を記載するが、他の細胞も公知の方法で容易に取得できる。
【0027】
まず、脊椎動物個体の末梢血から単核球(以下、PBMCとも称する)を単離し、HLAクラスIタイプを調べてA24またはA02であることを確認する。このPBMCは、治療対象となる個体自身から分離することが好ましいが、他の個体から単離してもよい。また、このPBMCはCD14陽性またはCD11c陽性であることが好ましい。PBMCの単離方法は特に制限されず、単離したいPBMCの種類によって当業者が適宜決定できる。例えば、フィコール遠心分離法等によりPBMC全体(PBMC分画)を単離でき、抗体結合磁気ビーズ分離法等によりCD14陽性PBMCやCD11c陽性PBMCを単離できる。単離したPBMCを、GM−CSFとIL−4を添加した培地で5〜7日間培養することにより、樹状細胞前駆細胞に分化誘導することができる。このようにして分化誘導した樹状細胞前駆細胞のHLAクラスIタイプがA24である場合には、配列番号1または2のペプチドを添加する。一方、HLAクラスIタイプがA02である場合には、配列番号1のペプチドを添加する。こうして得られた樹状細胞は、配列1または2のペプチドを提示した抗原提示細胞であり、これを、がんに罹患する個体に投与する。
【0028】
投与部位は、皮内投与、皮下投与、静脈内投与、リンパ節投与、腹腔内投与などが考えられ、特に限定されない。ただし、生理的な樹状細胞の抗原提示を含む生理的な抗がん免疫反応が、がん組織内並びに樹状細胞投与部位の所属リンパ節近傍で行われることを考慮すると、がん組織内またはリンパ節内への直接投与が好ましい。
【0029】
[T細胞を含有するがんワクチン]
また、配列番号1または2からなるペプチドを提示した抗原提示細胞の刺激によって樹立されたT細胞もまた、がんワクチンとして使用できる。このT細胞は、配列番号1または2からなるペプチドを提示した抗原提示細胞と共に、血清の存在下でナイーブT細胞を共培養し、CD8陽性細胞障害性T細胞(CTL)またはCD4陽性のヘルパーT細胞などへと分化させることによって得られる。このようにして樹立されたT細胞をがんに罹患する個体に投与してもよい。
【0030】
なお、ナイーブT細胞の由来は特に限定されず、例えば、脊椎動物の末梢血由来であってもよい。用いるナイーブT細胞は、PBMC分画から単離されたCD8陽性細胞やCD4陽性細胞であってもよいが、CTLの誘導効率を考慮すると、PBMC分画から単離されておらず、他種の細胞や成分と混在した状態のCD8陽性細胞やCD4陽性細胞であることが好ましい。例えば、PBMC分画の細胞を配列1または2からなるペプチドと血清が添加された培地で培養すると、PBMCが樹状細胞前駆細胞に分化し、樹状細胞前駆細胞はさらにペプチドと結合することで樹状細胞へと分化し、このペプチドを提示する抗原提示細胞になる。この抗原提示細胞がPBMCに含まれるCD8陽性T細胞を刺激し、CTLに分化誘導する。こうして、添加したペプチドを認識するCTLを得ることができる。この際、培養時間はCTLが得られる範囲で当業者が適宜設定できるが、37℃において4〜10日間であることが好ましく、6日間であることがより好ましい。
【0031】
このようにして得られたCTLは、単離した後、そのままがんワクチンとして使用してもよいが、IL−2等のインターロイキン、抗原提示細胞、および配列1または2からなるペプチドの存在下でさらに培養した後にがんワクチンとして使用してもよい。この操作によって、CTLの細胞傷害性を高めることができる。
【0032】
投与部位は、内皮投与、皮下投与、静脈内投与、腫瘍内投与などが例示でき、特に限定されないが、細胞傷害性T細胞の場合、抗原を発現する細胞を直接攻撃できるため、腫瘍内投与が好ましい。
【実施例】
【0033】
[実施例1] snail遺伝子の発現
本実施例では、snail遺伝子が正常組織にほとんど発現していないが、がん細胞株およびがん組織では発現が高いことを示す。
【0034】
==RT−PCRによる遺伝子発現解析法==
RNeasykit(Qiagen 社)を用いて、健常人正常組織、大腸癌患者の癌組織と肉眼的に判定して得られた大腸正常部位、および種々のヒト腫瘍細胞株(膵臓癌、メラノーマ、白血病、大腸癌)(図1、2参照)からRNAを抽出し、AMVで逆転写してcDNAを得た。次に、下記のプライマーを用いてiCycler(Biorad 社)で遺伝子を増幅し、電気泳動にて遺伝子発現を検出した。なお、内部標準として、GAPDH遺伝子の発現を用いた。
Snail用プライマー:
Forward 5'-CAGATGAGGACAGTGGGAAAGG -3'(配列番号5)
Reverse 5'-ACTCTTGGTGCTTGTGGAGCAG -3'(配列番号6)
GAPDH用プライマー:
Forward 5'- GTCAACGGATTTGGTCGTATT -3'(配列番号7)
Reverse 5'- ATCACTGCCACCCAGAAGACT -3'(配列番号8)
【0035】
図1Aに示すように、健常人正常組織においては、胎盤(Placenta)、精巣(Testis)メラニン細胞(Melanocyte)、および大腸(colon)で弱いsnail遺伝子の発現が検出できたが、脳(Brain)、心臓(Heart)、腎臓(Kidney)、脾臓(Spleen)、肝臓(Liver)、膵臓(Pancreas)、胸腺(Thymus)、骨格筋(Muscle)、骨髄(Bone marrow)、末梢血単核球(PBMC)では発現が検出できなかった。
【0036】
また、進行度の異なる大腸癌患者から採取した大腸癌の癌組織(Tu)および、同患者の大腸の正常組織(目視で判断)(N)におけるsnail遺伝子発現を図1Bに示す。世界中で汎用されている「米国対がん合同委員会(AJCC)」で規定されているがん病期診断基準に基づいて分類された、ステージI、ステージIIB、ステージIIIBの全ての進行度の大腸癌組織において、正常組織に比較して高いsnail遺伝子発現が検出された。
【0037】
さらに、図2に示すように、膵臓癌、メラノーマ、白血病、および大腸癌の各細胞株においては、それぞれ正常膵臓組織、メラニン細胞、末梢血単核球、および大腸組織と比較してsnail遺伝子発現が低かった。
【0038】
このように、snail遺伝子はがん組織特異的に発現している。従って、snail遺伝子の発現をがんの診断に利用できるのと同時に、snailをがん抗原として標的とした治療法は、各種臓器に対する副作用が少なく、広範ながん種の患者に対して適用できる。
【0039】
[実施例2] HLA−A24陽性健常人PBMCを用いたCTLの誘導
本実施例では、snail 1及びsnail 3ペプチドを用いることにより、健常人のHLA−A24陽性PBMCから、各ペプチドを認識して活性化するCTLの誘導が可能であることを示す。
【0040】
まず、HLA−A24陽性健常人(A、B)から、以下のようにPBMCを分離した。まず、採取した末梢血に1/10量の4%クエン酸ナトリウムを加え、Ficoll-Paque(Amersham 社)に重層して遠心した(1500rpm、20分、室温)。PBMCが含まれる中間層をPBMC分画として分離した。2.5x10個のPBMCを、20 mlの10%ウシ胎児血清 (FCS)含有RPMI1640培地 (Invitrogen 社製)に浮遊させ、下記snail 1〜3の各ペプチド10μg/mlを加えて、37℃、5%CO環境下で6日間刺激培養した。この刺激培養により、各抗原ペプチドに反応するCTLが分化する。Myltenyi 社の抗体結合MACS磁気ビーズ法によって、そのCTLを分離した。
【0041】
なお、HERV−H envペプチド(配列番号10)およびNY−ESO−1ペプチド(配列番号11)を、陽性対照として用いた。HERV−H envペプチドとNY−ESO−1ペプチドは、HLA−A24陽性抗原提示細胞に提示されてCD8陽性T細胞からCTLを誘導すること、および、そのCTLはHERV−H envペプチド、NY−ESO−1ペプチドを認識してガンマ・インターフェロンを産生することが既に知られている。
snail 1:KMHIRSHTL(配列番号1)
snail 2:KAFSRPWLL(配列番号9)
snail 3:RTFSRMSLL(配列番号2)
HERV−H env:SYLHHTINL(配列番号10)
NY−ESO−1:LLMWITQCF(配列番号11)
【0042】
刺激培養により得られたCTL 1x10個を、IL−2(100U/ml、Peprotech 社)およびCTLの分化誘導に用いたのと同一のペプチド(0.1、1、または10μg/ml)の存在下で、10%FCS含有RPMI1640培地中で抗原提示細胞と共培養することにより、CTLをペプチドで刺激した。抗原提示細胞は、CTLの分化誘導に用いたのと同一の健常人から得たPBMC(全細胞)を、10μg/mlのマイトマイシンCを添加した10mlの10%FCS含有RPMI1640培地で2時間浮遊培養(37℃、5%CO)して不活性化し、RPMI1640培地で洗浄することにより調製した。各ぺプチドを提示した抗原提示細胞がHLA−A24拘束的にCTLを刺激すると、CTLはガンマ・インターフェロンを産生する。培養上清中に含まれるガンマ・インターフェロン値をヒトCytometric Bead Arrayキット(BD Biosciences 社)を用いて測定し、CTLが抗原提示細胞に提示されたペプチドを認識できるかどうか調べた。
【0043】
図3に、0.1〜10μg/mlの各濃度のペプチドを添加してCTLと抗原提示細胞とを共培養した場合の、健常人AおよびBのCTLによるガンマ・インターフェロン産生量を示す。なお、健常人Aのグラフにおいて最左点は、いずれのペプチドも添加しない無添加群であり、健常人Bのグラフにおいて最左点は、10μg/mlの陰性対照ペプチド(KSPWFTTL、マウスレトロウイルス抗原 p15e ペプチド、配列番号12)を添加した陰性対照群である。無添加群および陰性対照群では、ガンマ・インターフェロンは100〜500 pg/ml程度しか産生されなかった。一方、snail 1ペプチド、snail 3ペプチド、陽性対照であるHERV−H envペプチドおよびNY−ESO−1ペプチドで刺激した群では、ペプチド濃度の上昇に伴ってガンマ・インターフェロン産生量が有意に増加した(p<0.01、t検定)。
【0044】
図3に示すように、ガンマ・インターフェロンの産生量は、ペプチド濃度が10μg/mlの場合に最高値を示した。健常人AまたはBにおけるガンマ・インターフェロン産生量は、snail 1ペプチドあるいはsnail 3ペプチドを10μg/ml添加した群では、無添加群あるいは陰性対照と比較して有意に高く(p<0.01、t検定)、陽性対照であるHERV−H envペプチドおよびNY−ESO−1ペプチドと比較して同程度、あるいは、より高いことが明らかである。
【0045】
このように、健常人のHLA−A24陽性PMBCを用いてsnail 1ペプチド(配列番号1)またはsnail 3ペプチド(配列番号2)を細胞表面に提示した抗原提示細胞が得られる。また、この抗原提示細胞でCD8陽性T細胞を刺激することで、HLA−A24陽性抗原提示細胞に提示された各ペプチドを認識するCTLが分化誘導される。
【0046】
[実施例3] snail 3認識CTLの腫瘍細胞傷害活性
本実施例では、snail 3ペプチドを用いてPMBCを刺激培養することにより得られたCTLが、HLA依存的にsnail抗原陽性の腫瘍細胞に対する傷害活性を有することを示す。
【0047】
HLA−A24陽性健常人の血液から採取したPBMCをsnail 3ペプチドで刺激培養して調製したCTL(実施例2参照、snail 3認識CTL)と、標的細胞としてのヒト大腸癌細胞株COLO320(HLA−A24陽性、snail陽性、NY−ESO−1陽性)とを、CTL:COLO320=6.25:1、12.5:1、25:1、あるいは50:1の割合で混合し、10%FCS含有RPMI1640培養液中で6時間、37℃、5%CO条件下で培養した。Immunocyto Cytotoxity Detection Kit (MBL 社)を用いて殺傷された腫瘍細胞を検出し、添付プロトコールに準じて腫瘍特異的傷害率を算出した。なお、本実施例では、陽性対照として、snail 3ペプチドの代わりにNY−ESO−1ペプチドを用いてPMBCの刺激培養を行った。
【0048】
図4に示すように、snail 3認識CTLによる腫瘍特異的傷害率は、陽性対照であるNY−ESO−1認識CTLと同程度であった。また、その腫瘍特異的傷害率は、CTLの混合率が増えるに従い増加した。このように、snail 3ペプチドを用いてPMBCを刺激培養することにより得られたCTLは、snailを発現する腫瘍細胞に対して傷害活性を示す(図4A、B、白丸のグラフ参照)。
【0049】
また、snail 3認識CTLによる、腫瘍細胞上のsnail抗原の認識はHLA依存的であることを示すため、抗HLA抗体(HLA中和抗体、BioLegend 社、最終濃度10μg/mlの存在下で、snail 3認識CTLとCOLO320細胞との共培養を行った。
【0050】
図4に示すように、抗HLA抗体非添加の場合(図4A、B、白丸のグラフ参照)に比較し、抗HLA抗体を添加した群では、snail 3認識CTLによる腫瘍特異的傷害率が顕著に低下した(図4A、B、黒丸のグラフ参照)。この結果は、snail 3認識CTLによる腫瘍特異的傷害は、HLA依存的に腫瘍細胞上のsnail抗原を認識していることを示している。
【0051】
これらの結果は、健常人のHLA−A24陽性のPMBCをsnail 3ペプチドを用いて刺激することにより、snail抗原陽性の標的細胞に対する細胞傷害性を有するCTLが誘導されること、さらに、このCTLによる標的細胞のsnail抗原認識はHLA依存的であることを示している。
【0052】
[実施例4] HLA−A02陽性健常人PBMCを用いたCTLの分化誘導
本実施例では、snail 1ペプチドを用いて分化誘導されたCTLは、HLA−A02依存的にsnail 1ペプチドを提示している細胞を認識することができることを示す。
【0053】
まず、実施例2に記載の方法に従って、HLA−A02陽性健常人(D、E)から採血してPBMCを分離し、snail 1ペプチドを用いて一次刺激培養を行った。本実施例では、陽性対照としてHERV−H envペプチドを用い、陰性対照としてNY−ESO−1ペプチドを用いた。なお、HERV−H envペプチドは、HLA−A02陽性抗原提示細胞に提示されてCD8陽性T細胞からCTLを誘導し、そのCTLがHERV−H envペプチドを認識してガンマ・インターフェロンを産生することが既に知られている。また、NY−ESO−1ペプチドはHLA−A02陽性抗原提示細胞に結合せず、CTLの誘導が生じないことが知られている。このようにして得られたCTLを、実施例2と同様に調製したHLA−A02陽性抗原提示細胞およびIL−2の存在下で、各ペプチド(10μg/ml)を含む10%FCS含有RPMI1640培地中で24時間刺激した。ペプチドを提示した抗原提示細胞がHLA−A02拘束的にCTLを刺激すると、CTLはガンマ・インターフェロンを産生する。培養上清に含まれるガンマ・インターフェロン値をヒトCytometric Bead Arrayキット(BD Biosciences 社)を用いて測定し、CTLがペプチドを提示した抗原提示細胞を認識できるかどうか調べた。
【0054】
健常人D、EのPBMCから調製したCTLによるガンマ・インターフェロン産生量を図5に示す。健常人DおよびEにおいて、snail 1ペプチドおよびHERV−H envペプチド(陽性対照)で刺激した群では、陰性対照であるNY−ESO−1ペプチドで刺激した群よりも有意に高いガンマ・インターフェロン産生が見られた(p<0.01、t検定)。一方、snail 2ペプチドあるいはsnail 3ペプチドで刺激した群では、陰性対照よりもガンマ・インターフェロン産生量が低かった。
【0055】
このように、snail 1ペプチド(配列番号1)は、健常人のHLA−A02陽性PBMC由来の抗原提示細胞に提示され、CD8陽性T細胞から、ペプチドを認識するCTLを誘導する。さらに、このCTLは、HLA−A02陽性提示細胞上のsnail 1ペプチドを認識することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1(KMHIRSHTL)または配列番号2(RTFSRMSLL)の配列からなるペプチド。
【請求項2】
配列番号1または2の配列からなるペプチドを細胞表面に提示した抗原提示細胞。
【請求項3】
請求項2に記載の抗原提示細胞によって誘導され、snail抗原を発現しているがん細胞を認識するT細胞。
【請求項4】
細胞傷害性T細胞であることを特徴とする請求項3に記載のT細胞。
【請求項5】
前記がん細胞が、膵臓癌細胞、メラノーマ細胞、白血病細胞、あるいは大腸癌細胞であることを特徴とする、請求項3または4に記載のT細胞。
【請求項6】
配列番号1、2から選択される一つ以上のペプチド、前記ペプチドを発現する発現ベクター、請求項2に記載の抗原提示細胞、または、請求項3〜5のいずれかに記載のT細胞を含有するがんワクチン。
【請求項7】
Snailタンパク質を発現するがん細胞に対するがんワクチンであることを特徴とする請求項6に記載のがんワクチン。
【請求項8】
前記がんが、膵臓癌、メラノーマ、白血病、または大腸癌であることを特徴とする、請求項6または7に記載のがんワクチン。
【請求項9】
ヒト以外の脊椎動物に対する、請求項8に記載のがんワクチンを用いたがんの治療・予防方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−207832(P2011−207832A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−78625(P2010−78625)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】