説明

がん化学療法誘発脱毛に対する抗脱毛用組成物

【課題】がん化学療法によって生じる脱毛を予防または低減するための組成物(がん化学療法誘発脱毛に対する抗脱毛用組成物)を提供する
【解決手段】本発明の抗脱毛用組成物の有効成分として、次の一般式(1)で示される金属キレート化合物、またはその薬学的に許容される塩若しくは溶媒和を用いる:

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がん化学療法によって誘発される脱毛を予防または低減するために用いられる抗脱毛用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、抗がん剤治療(以下、本発明では「がん化学療法」という)は、その治療法の進歩に伴い、優れた治療実績をあげている。しかし、その反面、がん化学療法には、皮膚、粘膜および頭髪に対して有毒作用があり、色素沈着、超過敏反応や光感受性の亢進、口内炎及び脱毛といった副作用を伴うことも知られている(非特許文献1及び2)。そのなかでも、がん化学療法によって生じる脱毛に関しては、身体機能に及ぼす影響が少ないことや治療後に再び髪が生えてくることなどから、これまで積極的な対策はとられていないのが実情である。しかし、脱毛は、他人の目に明らかに見える副作用であるため、がん患者にとって精神的苦痛は大きく、また患者のQOL(生活の質)を向上させる点から早急に改善すべき問題でもある。
【0003】
従来、がん化学療法によって誘発される脱毛に対して、ビタミンD3を含むいくつかの化合物に改善効果があることが報告されている(非特許文献3及び4)。また、がん化学療法による脱毛を予防または軽減する目的で、頭皮止血帯や頭皮冷却キャップ等の医療用具も用いられている。これは頭皮を冷却することで、頭皮の血管を収縮させて毛包に流れる血液の量を低減させ、抗がん剤による毛包へのダメージを低下しようとするものである。しかし、かかる医療用具によって脱毛が予防できるケースは限られている(非特許文献5)。
【0004】
ところで、本発明が対象とする化合物(1)には、従来よりチロシナーゼ阻害作用、エラスターゼ阻害作用、メラニン産生抑制作用、抗酸化作用、及び5α−リダクターゼ阻害作用に基づいて男性型脱毛症に対して改善効果があることが知られている(特許文献1〜3、非特許文献6参照)。
【0005】
男性型脱毛症は、男性ホルモンであるテストステロンが5α−リダクターゼの作用により、脱毛ホルモンであるジヒドロテストステロンに転換し、これが過剰生成することによって生じるものである。このため、従来より、5α−リダクターゼ阻害作用を有する化合物は、男性型脱毛症の発生を予防または低減するために有効であることが知られている。
【0006】
しかし、がん化学療法によって誘発される脱毛は、5α−リダクターゼ作用とは無関係に、また男女の性別や年齢を問わず生じる副作用である。このため、5α−リダクターゼ阻害作用を有し、男性型脱毛に抗脱毛効果のある化合物であったとしても、必ずしもがん化学療法による脱毛に対して抗脱毛効果があるということはなく(非特許文献7)、異なる観点から新たに探索する必要が求められていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Sausville EA, Longo DL. Principles of cancer treatment. In: Fauci AS, Braunwald E, Kasper DL, Hauser SL, Longo DL, Jameson JL, et al., editors. Harrison's Principles of Internal Medicine. 17th ed. New York: McGraw-Hill; 2008. p. 514-33
【非特許文献2】Viele CS. Managing oral chemotherapy: the healthcare practitioner's role. Am J Health Syst Pharm 2007;64:S25-32
【非特許文献3】Schilli MB, Paus R, Menrad A. Reduction of intrafollicular apoptosis in chemotherapy-induced alopecia by topical calcitriol-analogs. J Invest Dermatol 1998;111:598-604.
【非特許文献4】Davis ST, Benson BG, Bramson HN. Prevention of chemotherapy-induced alopecia in rats by CDK inhibitors. Science 2001;291:134-7.
【非特許文献5】Hesketh PJ, Batchelor D, Golant M, Lyman GH, Rhodes N, Yardley D. Chemotherapy-induced alopecia: psychosocial impact and therapeutic approaches. Support Care Cancer 2004;12:543-9.
【非特許文献6】Kazumi Ogata, Takahiro Sakaue. The new material development of the alpha lipoic acid derivative. Fragrance Journal 2007;35:74-8
【非特許文献7】Rodriguez R, et al., Minoxidil (Mx) as a prophylaxis of doxorubicin-induced alopecia. Ann Oncol. 1994 Oct;5(8):769-70
【非特許文献8】Gregoriou S, Papafragkaki D, Kontochristopoulos G, Rallis E, Kalogeromitros D, Rigopoulos D. Cytokines and other mediators in alopecia areata. Mediators Inflamm 2010;2010:928030.
【非特許文献9】Mills PJ, Ancoli-Israel S, Parker B, Natarajan L, Hong S, Jain S, et al. Predictors of inflammation in response to anthracycline-based chemotherapy for breast cancer. Brain Behav Immun 2008;22:98-104.
【非特許文献10】Abushamaa AM, Sporn TA, Folz RJ. Oxidative stress and inflammation contribute to lung toxicity after a common breast cancer chemotherapy regimen. Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol 2002;283:L336-45.
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開公報WO 02/076935 A1
【特許文献2】国際公開公報WO 04/024139 A1
【特許文献3】特開2008-174453号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、がん化学療法によって誘発される副作用のうち脱毛について、それを予防または軽減するのに有効な組成物、すなわちがん化学療法誘発脱毛に対する抗脱毛用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねていたところ、下記の一般式(1)で示される化合物の薬学的に許容される塩:
【0011】
【化1】

特に、Mが亜鉛であるN−(6,8−ジメルカプトオクタノイル)ヒスチジンナトリウム・亜鉛キレート化合物に、がん化学療法によって誘発される脱毛を顕著に予防または軽減する作用があることを見出した。また、かかる作用が、上記化合物(1)の5α−リダクターゼ阻害作用によるものでないことを確認し、当該化合物(1)によれば、がん化学療法によって誘発される脱毛を、男女の性別や年齢に関わらず、予防または軽減することができることを確信し、本発明を開発するにいたった。
【0012】
本発明はかかる知見に基づいて完成したものであり、下記の実施態様を包含する。
【0013】
(I)がん化学療法誘発脱毛に対する抗脱毛用組成物
(I-1)下記一般式(1)で示される化合物、またはその薬学的に許容される塩若しくは溶媒和物を有効成分とする、がん化学療法誘発脱毛に対する抗脱毛用組成物:
【0014】
【化2】

【0015】
(I-2)一般式(1)で示される化合物の金属が亜鉛である、(I-1)に記載する抗脱毛用組成物。
(I-3)がん患者に対して、がん化学療法と並行して投与されるものである、(I-1)または(I-2)に記載する抗脱毛用組成物。
(I-4)経皮投与形態または全身投与形態を有するものである、(I-1)乃至(I-3)のいずれかに記載する抗脱毛用組成物。
(I-5)がん化学療法が脱毛を伴うものである、(I-1)乃至(I-4)のいずれかに記載する抗脱毛用組成物。
(I-6)がん化学療法が、DNA合成阻害作用による抗がん剤治療である(I-1)乃至(I-5)のいずれかに記載する抗脱毛用組成物。
【0016】
(II)がん化学療法によって誘発される脱毛の予防または低減方法
(II-1)がん化学療法を受けるがん患者に対して、下記一般式(1)で示される化合物、またはその薬学的に許容される塩若しくは溶媒和物を有効量含有する組成物を投与する工程を有する、当該がん患者のがん化学療法によって誘発される脱毛を予防または低減する方法:
【0017】
【化3】

【0018】
(II-2)一般式(1)で示される化合物の金属が亜鉛である、(II-1)に記載する方法。
(II-3)上記組成物を、がん患者に対してがん化学療法と並行して投与する、(II-1)または(II-2)に記載する方法。
(II-4)がん患者に対して経皮投与または全身投与する、(II-1)乃至(II-3)のいずれかに記載する方法。
(II-5)がん化学療法が脱毛を伴うものである、(II-1)乃至(II-4)のいずれかに記載する方法。
(II-6)がん化学療法が、DNA合成阻害作用による抗がん剤治療である(II-1)乃至(II-5)のいずれかに記載する方法。
【0019】
(III)がん化学療法誘発脱毛に対する抗脱毛用組成物製造のための使用
(III-1)下記一般式(1)で示される化合物、またはその薬学的に許容される塩若しくは溶媒和物の、がん化学療法誘発脱毛に対する抗脱毛用組成物の製造のための使用:
【0020】
【化4】

【0021】
(III-2)一般式(1)で示される化合物の金属が亜鉛である、(III-1)に記載する使用。
(III-3)抗脱毛用組成物が、がん患者に対して、がん化学療法と並行して投与されるものである、(III-1)または(III-2)に記載する使用。
(III-4)抗脱毛用組成物が経皮投与形態または全身投与形態を有するものである、(III-1)乃至(III-3)のいずれかに記載する使用。
(III-5)がん化学療法が脱毛を伴うものである、(III-1)乃至(III-4)のいずれかに記載する使用。
(III-6)がん化学療法が、DNA合成阻害作用による抗がん剤治療である(III-1)乃至(III-5)のいずれかに記載する使用。
【0022】
(IV)がん化学療法誘発脱毛を予防または低減するための化合物(1)
(IV-1)がん化学療法を受けるがん患者に対して、当該がん患者のがん化学療法によって誘発される脱毛を予防または低減するための、下記一般式(1)で示される化合物、またはその薬学的に許容される塩若しくは溶媒和物:
【0023】
【化5】

【0024】
(IV-2)一般式(1)で示される化合物の金属が亜鉛である、(IV-1)に記載する化合物、またはその薬学的に許容される塩若しくは溶媒和物。
(IV-3)がん患者に対してがん化学療法と並行して投与されるものである、(IV-1)または(IV-2)に記載する化合物、またはその薬学的に許容される塩若しくは溶媒和物。
(IV-4)がん患者に対して経皮投与または全身投与されるものである、(IV-1)乃至(IV-3)のいずれかに記載する化合物、またはその薬学的に許容される塩若しくは溶媒和物。
(IV-5)がん化学療法が脱毛を伴うものである、(IV-1)乃至(IV-4)のいずれかに記載する化合物、またはその薬学的に許容される塩若しくは溶媒和物。
(IV-6)がん化学療法が、DNA合成阻害作用による抗がん剤治療である(IV-1)乃至(IV-5)のいずれかに記載する化合物、またはその薬学的に許容される塩若しくは溶媒和物。
【発明の効果】
【0025】
前述するように、抗がん剤は、様々な悪性腫瘍の治療に有効であり、このため、その使用頻度は年々増加している。その一方で、その副作用の一つである脱毛に対しては、いまだ有効な対策がないのが実情であり、それが化学療法を受けるがん患者の精神的苦痛になっている。
【0026】
本発明の抗脱毛用組成物によれば、がん患者に対する抗がん剤治療(がん化学療法)に伴って生じる脱毛を有意に抑制し低減することができる。このため、本発明の抗脱毛用組成物によれば、化学療法を受けるがん患者の精神的苦痛を和らげ、また生活の質(QOL)を改善することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】実験例1において各被験群(対照群、DHLHZn経皮投与群、DHLHZn腹腔内投与群)のラットを対象として、抗がん剤(AraC)投与による脱毛に対するDHLHZnの抗脱毛作用を評価した肉眼観察結果(体毛密度の被覆率のスコア平均値)を示した図である。図1(a)は、左から順番に 対照群のラット(AraC:-、DHLHZn:0%)、及びDHLHZn経皮投与群のラット(i:AraC+0% DHLHZn [AraC:+、DHLHZn:0%]、ii:AraC+0.5% DHLHZn [AraC:+、DHLHZn:0.5%]、iii:AraC+5% DHLHZn [AraC:+、DHLHZn:0%])のスコア平均値を示す(*:統計処理は、Mann-WhitneyのU検定を行い、P<0.05を有意差ありとした。)。図1(b)は、左から順番に、DHLHZn腹腔内投与群のラット(1:AraC+0.01mg/kg DHLHZn、2:AraC+0.1mg/kg DHLHZn、3:AraC+1mg/kg DHLHZn)のスコア平均値を示す。
【図2】実験例1において、実験開始(AraC投与開始)から12日目に、各被験群(対照群、DHLHZn経皮投与群、DHLHZn腹腔内投与群)のラットを背部から写した写真の画像を示す。図2(a)は、左から経皮投与群(A:AraC+0% DHLHZn、B:AraC+0.5% DHLHZn、C:AraC+5% DHLHZn)及び対照群(図2D)の画像であり、図2(b)は、左から腹腔内投与群(1:AraC+0.01mg/kg DHLHZn、2:AraC+0.1mg/kg DHLHZn、3:AraC+1mg/kg DHLHZn)の画像である。
【図3】実験例1において、実験開始(AraC投与開始)から12日目に、対照群のラット(AraC:-、DHLHZn:0)、及びDHLHZn経皮投与群のラット(i:AraC+0% DHLHZn、iii:AraC+0.5% DHLHZn)の頭皮から採取した皮膚切片をHI染色した頭皮組織標本について、光学顕微鏡により観察した結果を示す。図3AとBは対照群の頭皮組織標本の顕微鏡画像、図3CとDは経皮投与群(i:AraC+0% DHLHZn)の頭皮組織標本の顕微鏡画像、図3EとFは経皮投与群(iii:AraC+0.5% DHLHZn)の頭皮組織標本の顕微鏡画像を示す。
【図4】実験例1において、実験開始(AraC投与開始)から12日目に、対照群のラット(AraC:-、DHLHZn:0)、及びDHLHZn経皮投与群のラット(i:AraC+0% DHLHZn、iii:AraC+0.5% DHLHZn)の頭皮から採取した皮膚切片から調製した頭皮組織標本を走査電子顕微鏡を用いて観察した結果を示す。図4Aは対照群の頭皮組織標本の顕微鏡画像、図4Bは経皮投与群(i:AraC+0% DHLHZn)の頭皮組織標本の顕微鏡画像、図4Cは経皮投与群(iii:AraC+0.5% DHLHZn)の頭皮組織標本の顕微鏡画像を示す。
【図5】実験例2において、フィナステリドとDHLHZnの5α−リダクターゼ阻害活性を測定した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の抗脱毛用組成物は、次の一般式(1)で示される化合物、またはその薬学的に許容される塩若しくはその溶媒和物(以下、これらを総称して「本発明化合物」という)を有効成分とすることを特徴とする:
【0029】
【化6】

【0030】
ここで上記式中、Mで示す「薬学的に許容される金属」とは、生体毒性がなく2つのチオール基と配位結合またはキレート結合し得るものであればよく、例えば亜鉛、コバルトまたはセレン等の2価の金属、鉄等の2価または3価の金属、ゲルマニウムやセレン等の4価の金属を挙げることができる。好ましくは2価の金属であり、より好ましくは亜鉛である。
【0031】
化合物(1)の薬理学的に許容できる塩としては、ナトリウム塩やカリウム塩などのアルカリ金属塩、およびカルシウム塩やマグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩を例示することができる。なお、これら以外の塩であっても薬理学的に許容できる塩であればいずれのものであっても本発明の目的のため適宜に用いることができる。
【0032】
化合物(1)の薬理学的に許容できる溶媒和としては、好適には化合物(1)の水和物を挙げることができる。
【0033】
化合物(1)は、公知の化合物であり(例えば、特許文献1〜3等参照)、その製造も当該文献に記載する方法に従って行うことができる。具体的には、後述する製造例1に示すように、まずα−リポ酸をクロロホルムまたはアセトニトリルに溶かし、トリエチルアミン存在下、クロル炭酸エチルを用いて混合酸無水物法によりヒスチジンをカップリングさせ、N−α−リポイルヒスチジンを取得し、次いで、これを亜鉛と酢酸(または塩酸)で還元することで製造することができる。さらに、化合物(1)のアルカリ塩(アルカリ金属塩、アルカリ金属土類塩)は、上記方法で得られた遊離酸を水に溶解または懸濁しておき、これを水酸化アルカリ(例えば、水酸化ナトリウム、水酸化マグネシウムなど)で中和して溶かした後、濃縮し、アルコールを加えて析出する結晶を濾取することで調製することができる。
【0034】
本発明の化合物、特にそのナトリウム塩(N−(6,8−ジメルカプトオクタノイル)ヒスチジンナトリウム・亜鉛キレート化合物)のラットでの急性毒性LD50は、経口投与で2000mg/kg以上であり、毒性がない分類に属する安全性の高い化合物である。
【0035】
後述する実験例1で示すように、本発明化合物は抗がん剤投与によって誘発される抜け毛(脱毛)を抑制し低減することができる。本発明化合物の当該機能は明らかではないが、実験例1の実験により、抗がん剤投与によって脱毛した頭皮では毛包に炎症細胞浸潤が生じていること、本発明化合物の投与によって当該毛包の炎症細胞浸潤が顕著に縮小することが判明したことから、本発明化合物は抗がん剤投与(がん化学療法)によって生じる毛包の炎症を、直接的または間接的に抑制または縮小することによって、がん化学療法に起因する脱毛を抑制または低減しているものと考えられる。なお、がん化学療法によって毛包に炎症細胞浸潤が生じているという本発明での知見は、がん化学療法による副作用のいくつかは炎症性メディエーターの産生が増加することによってもたらされるという従来の報告(非特許文献8〜10)とも一致する。
【0036】
本発明化合物は、抗脱毛用組成物として、がん化学療法を受けるがん患者に対して経口的あるいは非経口的〔静脈投与、皮下投与、筋肉内投与、経皮投与、経肺投与、経粘膜投与(点鼻など)、腹腔内投与、直腸投与など〕に投与される。好ましくは、経皮投与(皮膚上投与)、皮下投与、筋肉内投与、静脈内投与または経口投与である。なお、上記がん患者は通常ヒトであるが、例えば実験動物としてヒト以外の哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ヒツジ、サルなど)に用いることもできる。
【0037】
本発明化合物は、上記投与経路に応じて、通常用いられる薬学的に許容される担体(例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、崩壊補助剤、滑沢剤、湿潤剤など)や添加剤(例えば、再吸収促進剤、pH調整剤、界面活性剤、溶解補助剤、保存剤、乳化剤、等張化剤、安定化剤、浸透促進剤、抗酸化剤、香料、殺菌剤、角質溶解剤)などと混合し、顆粒剤、散剤、錠剤(糖衣錠を含む)、丸剤、バッカル剤、カプセル剤、シロップ剤、液剤(ローションを含む)、乳剤、懸濁剤、クリーム剤、軟膏剤、注射剤、点滴剤、点鼻剤、貼付剤、坐剤などの所望の形態に剤型化することにより調製することができる。
【0038】
斯くして調製される抗脱毛用組成物の形態(剤型)としては、好ましくは経皮投与(皮膚上投与)に適した外用組成物の形態であり、具体的には液剤(ローション)、乳剤、懸濁剤、クリーム剤、軟膏剤を挙げることができる。なお、当該外用組成物には、医薬組成物、医薬部外組成物及び化粧組成物が含まれる。かかる外用組成物には、本発明の効果を妨げない限り、通常の皮膚外用剤(毛髪用化粧料を含む)に配合され得る一般的な基剤成分や薬効成分を、具体的な組成物の剤型や形態に応じて、配合することができる。具体的には、水;エタノールやイソプロピルアルコールなどの低級アルコール;グリセリン、プロピレングリコール等の多価アルコール;各種界面活性剤(アニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、ノニオン界面活性剤、両性界面活性剤)、高級アルコール、油分、増粘剤、保湿剤、ビタミン類、アミノ酸類、酸化防止剤、殺菌剤、清涼剤、動植物抽出エキス、香料等を、組成物の目的とする剤型や形態に応じて、配合することができる。また本発明の有効性を高めるために、本発明の効果を妨げない範囲で、浸透促進剤や毛包細胞活性化成分を配合することもできる。浸透促進剤としては、アミンオキシド、ドデシル硫酸ナトリウム、ポリオキシエチレン(40モル)硬化ヒマシ油などが知られている。また毛包細胞活性化成分としては、ヒノキチオール、ニコチン酸アミド、ビタミンB6類、セファランチン、ビオチン、パントテン酸等が知られている。
【0039】
本発明の抗脱毛用組成物は、がん化学療法によって誘発される脱毛を抑制する作用を発揮する有効量の本発明化合物を含有する。本発明の抗脱毛用組成物中に配合される本発明化合物の具体的な含有量は、抗脱毛用組成物の形態や投与経路によっても異なるが、通常1〜100重量%の範囲、好ましくは1〜50重量%の範囲で適宜調整することができる。
【0040】
本発明の抗脱毛用組成物を使用する際の投与量は、患者の体重や年齢、投与経路、組成物の剤型、医薬用途とそれ以外の用途の別等によっても異なるが、たとえば、本発明化合物の量に換算して、注射剤の場合は成人1日1回約1mg〜約30mg;錠剤等の経口投与剤の場合は、成人1日数回、1回量約1mg〜約100mg程度;さらにローション、軟膏及びクリーム等の外用剤の場合は、1回量約1mg〜約1000mg程度を投与するのがよい。
【0041】
本発明の抗脱毛用組成物は、がん化学療法(抗がん剤治療)によって誘発される脱毛を抑制または減少するために、専らがん化学療法を受けるがん患者に対して用いられる。がん患者が受けるがん化学療法(抗がん剤治療)が、副作用として抜け毛(脱毛)を誘発し得るものであれば、本発明の抗脱毛用組成物を投与する対象となり得る。このため、この限りにおいて、患者が罹患しているがんの種類、男性と女性の別、またがん患者の年齢も特に制限されない。
【0042】
抗がん剤は、大きくアルキル化薬(例えば、シクロホスファミド、イホスファミド、ブスルファン、カルボコン、メルファラン等のマスタード薬;ニムスチン、ラニムスチン等のニトロウレア類;ダカルバジン、プロカルバジン)、代謝拮抗薬(メトトレキサートなどの葉酸拮抗薬;5−FU、テガフール、ゲムシタビン、カペシタビン等のピリミジン拮抗薬;メルカプトプリン、ペントスタチン、フルダラビン、クラドリビン等のプリン拮抗薬;L−アスパラギナーゼ)、抗生物質(ドキソルビシン、ダウノルビシン、エピルビシン、イダルビシン等のアントラサイクリン系抗生物質;マイトマイシンC,アクチノマイシンD,ブレオマイシン等)、微小管阻害薬(ビンクリスチン、ビンブラスチン、ビンデシン、ビノレルビン等のビンカアルカロイド;パクリタキセル、ドセタキセル等のタキサン)、白金製剤(シスプラチン、カルボプラチン、ネダプラチン)、トポイソメラーゼ阻害薬(イリノテカンやノギテカン等のトポイソメラーゼI阻害薬;ポドフィロトキシン誘導体やアントラサイクロン系抗生物質等のトポイソメラーゼII阻害薬)、生物製剤、分子標的治療薬(トレチノイン、イマチニブ、ゲフィチニブ、リツキシマブ、トラスツズマブ)等に分類することができる。これらの抗がん剤の多くに副作用として脱毛が生じる。
【0043】
本発明の抗脱毛用組成物の投与は、上記がん化学療法(抗がん剤治療)と並行して実施することが好ましい。「並行して」とは、がん化学療法期間と抗脱毛用組成物の投与期間とに重複期間があることを意味する。本発明の抗脱毛用組成物の好ましい投与態様は、がん化学療法(抗がん剤投与)期間中、抗脱毛用組成物も継続して投与しつづける投与態様である。またこの場合、がん化学療法(抗がん剤投与)前から事前に抗脱毛用組成物を投与しておいてもよいし、またがん化学療法(抗がん剤投与)後も抗脱毛用組成物を継続して投与してもよい。
【実施例】
【0044】
次に、製造例、実験例および実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の範囲に限定されない。
【0045】
製造例1 N−(6,8−ジメルカプトオクタノイル)ヒスチジンナトリウム・亜鉛キレート化合物の製造
DL−α−リポ酸4.2g(0.02モル)およびトリエチルアミン2.4g(0.023モル)をアセトニトリル40mlに溶解して撹拌下−5℃に冷却しておき、これにクロル炭酸エチル2.4g(0.022モル)を徐々に滴下した。滴下終了20分後、あらかじめメタノール約50mlに、水酸化ナトリウム1〜2g及びヒスチジン3.4g(約0.023モル)を加えて溶解しておいたものを、速やかに加えて30分間撹拌し、さらに室温に戻して1時間撹拌した。次いで、減圧下、溶媒を留去させ、N−(α−リポイル)ヒスチジンナトリウムを取得する。
【0046】
次に、これに60%酢酸水溶液50ml及び亜鉛末2.5gを加えて50℃で1〜5時間加熱撹拌させた後、未反応の亜鉛を濾別後、濾液を濃縮し、水またはメタノールを加えて析出した結晶を濾取し、水洗した。得られた結晶をアルカリ塩にするため、これを水に懸濁させて、水酸化ナトリウムでpH9〜10にして溶解し、不溶物を濾別した後、濾液を濃縮させて、アルコールを加えて析出した結晶を濾取した。斯くして取得した結晶を含水アルコールで再結晶させることで、白色結晶の掲題化合物5.8gを得た。mp.300℃以上、TLC,Rf=0.39(n−ブタノール:酢酸:水=4:1:2)。
【0047】
[実験例]
以下の実験例では、本発明の化合物(1)として、製造例1で調製した下式のN−(6,8−ジメルカプトオクタノイル)−L−ヒスチジンナトリウム・亜鉛キレート化合物(以下、単に「DHLHZn」という)(分子量540.17)を用いた。
【0048】
【化7】

【0049】
実験例1
抗がん剤(サイトシンアラビノサイド、以下「AraC」という。:アップジョン社)を用いて人為的に脱毛を生じさせたラット(化学療法誘発脱毛モデル動物)に、調製例1で調製したDHLHZnを投与し、化学療法誘発脱毛に対するDHLHZnの抗脱毛作用を評価した。なお、当該実験は、大分大学医学部における動物研究の倫理委員会による承認のもとで実施した。またすべてのプロトコルは国立衛生研究所のガイドラインに従って行った。さらにラットは「Principles of Laboratory Animal Care」の法規に従って人道的配慮をしながら取り扱った。
【0050】
(1-1)化学療法誘発脱毛モデル動物の作製とDHLHZn投与
Wister rat(雄、8日齢:Kyudou社)を、大きくDHLHZn経皮投与群(背部塗布群)、DHLHZn腹腔内投与群、及び対照群に分け、さらに経皮投与群を3群(1:AraCのみ、2:AraC+0.5% DHLHZn、3:AraC+5% DHLHZn)に、また腹腔内投与群を3群(i:AraCのみ、ii:AraC+0.01mg/kg DHLHZn、iii:AraC+0.1mg/kg DHLHZn)に分けた。
【0051】
経皮投与群及び腹腔内投与群のラットには、14日齢になる(実験開始から6日目)までの7日間、毎日AraCを腹腔内に投与した(1日あたり20mg/kg投与)。またDHLHZn経皮投与群の2と3のラットには、AraC投与と同時に12日間に亘って、毎日白色ワセリン基剤に溶解したDHLHZn(DHLHZn軟膏)(0.5%、5%)を背部に薄く塗布した。経皮投与群の1のラットには、上記DHLHZn軟膏の塗布に代えて白色ワセリン基剤そのものを、AraC投与と同時に12日間に亘って、毎日背部に塗布した。またDHLHZn腹腔内投与群のiiとiiiのラットには、AraC投与と同時に12日間に亘って、毎日生理食塩水に溶解したDHLHZn(DHLHZn水溶液)を腹腔内投与した。腹腔内投与群のiのラットには、上記DHLHZn水溶液の腹腔内投与に代えて生理食塩水そのものを、AraC投与と同時に12日間に亘って、毎日腹腔内投与した。
【0052】
対照群のラットには、14日齢になる(実験開始から6日目)までの7日間、毎日生理食塩水を腹腔内に投与し(1日あたり1.0ml/k投与)、生理食塩水と同時に12日間に亘って、毎日白色ワセリン基剤を背部に塗布した。
【0053】
(1-2)抗脱毛作用の評価(肉眼観察)
実験開始(AraC投与開始)から13日目に、各被験群のラットについて体毛の密度や被覆率を評価した。なお、評価は、被験ラット群の分類を知らせていない3名の観察者によって行った。各被験群のラットは、体毛密度及び体毛被覆率の両面から0〜4段階のスケールでスコア化した(0:完全に脱毛している、4:正常な体毛密度を有し、且つ体毛被覆率100%)。後述するように、生理食塩水で処理した対照群(AraC:-、DHLHZn:0)のラットは体毛が正常に成長(体毛密度、被覆率100%)していることが確認できたため(図2(a)D参照)、対照群のラットの体毛密度及び体毛被覆率をスコア4として、DHLHZn経皮投与群(1,2,3)及びDHLHZn腹腔内投与群(I,ii,iii)の各ラットをスコア化し、平均値を求めた。結果を図1(a)及び(b)に示す。
【0054】
図1(a)は、左から順番に、対照群のラット(AraC:-、DHLHZn:0)、及びDHLHZn経皮投与群のラット(1:AraCのみ、2:AraC+0.5% DHLHZn、3:AraC+5% DHLHZn)のスコア平均値を示す。図1(b)は、左から順番に、DHLHZn腹腔内投与群のラット(i:AraCのみ、ii:AraC+0.01mg/kg DHLHZn、iii:AraC+0.1mg/kg DHLHZn)のスコア平均値を示す。
【0055】
また図2(a)及び(b)に実験開始(AraC投与開始)から12日目に、各被験群のラットを背部から写した写真の画像を示す。具体的には、図2(a)は、左から経皮投与群(A→1:AraCのみ、B→2:AraC+0.5% DHLHZn、C→3:AraC+5% DHLHZn)及び対照群(図2(a)中、D)の画像であり、図2(b)は、右から腹腔内投与群(i:AraCのみ、ii:AraC+0.01mg/kg DHLHZn、iii:AraC+0.1mg/kg DHLHZn)の画像である。
【0056】
これらの結果からわかるように、「1:AraCのみ」で処理されたラット(AraC 投与のみでDHLHZn投与なしのラット)はほぼ完全な脱毛を示した(図1(a)左側から2番目の棒グラフ、図2(a)A)。これに対して、AraC投与と同時に0.5%のDHLHZnを塗布したラット(図1(a)左側から3番目の棒グラフ、及び図2(a)B)、及び5%のDHLHZnを塗布したラット(図1(a)右端の棒グラフ、及び図2(a)C)は、体毛の密度および被覆率とも、DHLHZnの塗布濃度(投与量)に依存して増加を示した。またAraC投与と同時に0.01mg/kgの割合でDHLHZnを腹腔内投与したラット(図1(b)左側から3番目の棒グラフ、及び図2(b)中央)、及び0.1mg/kgの割合でDHLHZnを腹腔内投与したラット(図1(b)右端の棒グラフ、及び図2(b)左端)も、体毛の密度および被覆率ともに、DHLHZnの投与量に依存して増加を示した。
【0057】
(1-3)組織学観察
(i)HI染色
各被験群のラットは、実験開始から12日目にペントバルビタール麻酔して解剖に供した。対照群のラット(AraC:-、DHLHZn:0)、及びDHLHZn経皮投与群のラット(1:AraCのみ、2:AraC+0.5% DHLHZn)の頭皮から採取した皮膚切片を、10%ホルマリン緩衝液に固定化し、ヘマトキシロンおよびエオシンで染色(HI染色)して(頭皮組織標本)、光学顕微鏡により観察した。
【0058】
結果を図3に示す。図3AとBは対照群の頭皮組織標本の顕微鏡画像、図3CとDは経皮投与群(1:AraCのみ)の頭皮組織標本の顕微鏡画像、図3EとFは経皮投与群(2:AraC+0.5% DHLHZn)の頭皮組織標本の顕微鏡画像を示す。図3CとDの結果から、抗がん剤投与(AraC)により脱毛した頭皮組織は、毛包に炎症細胞浸潤が生じていることが観察された。図3EとFの結果から、かかる組織変化は、DHLHZnで処置することで著しく減少することが確認された。
【0059】
(ii)走査電子顕微鏡観察
また対照群のラット(AraC:-、DHLHZn:0)、及びDHLHZn経皮投与群のラット(1:AraCのみ、2:AraC+0.5% DHLHZn)の頭皮から採取した皮膚切片から、次のようにして組織標本を調製し、走査電子顕微鏡で観察した。
【0060】
まず皮膚切片を、固定剤溶液(4%のパラホルムアルデヒド、1%のCaCl2および7%の蔗糖を含む)に4℃で30分間浸漬して固定化する。次いで得られた固定化標本を、カミソリ刀で小さな切片にカットし、4℃で2時間2%のオスミウムで再度固定する。これを段階的濃度のエタノール水溶液で順次脱水し、次に、Epok 812(Ohken、東京(日本))に埋設する。これを超ミクロトーム(Reichert-Nissei Ultracut S; ライカ)上で、ダイヤモンド・ナイフを用いてカットして 超薄切片(90-95 nm)を作製する。
【0061】
斯くして調製した頭皮組織標本を走査電子顕微鏡(JEM-1200 EX II電子顕微鏡:JEOL、東京(日本))を用いて観察した。
【0062】
結果を図4に示す。図4Aは対照群の頭皮組織標本の走査電子顕微鏡画像、図4Bは経皮投与群(1:AraCのみ)の頭皮組織標本の走査電子顕微鏡画像、図4Cは経皮投与群(2:AraC+0.5% DHLHZn)の頭皮組織標本の走査電子顕微鏡画像を示す。
【0063】
図4Aから、対照群の頭皮組織中には、正常なミトコンドリアを備えた完全な有毛細胞が存在していることが確認された。一方、図4Bから、抗がん剤投与(AraC)により脱毛した頭皮組織は、異常なクリスタ及び小さな綿状の粒子を含んで膨潤したミトコンドリアが観察された。これに対して、図4Cから、DHLHZnで処置した頭皮組織内のミトコンドリアは、正常であるものの、膨潤していることが確認された。
【0064】
また、実験データは示さないが、DHLHZnは、腎機能などの生体臓器に対しても影響を及ぼさず、生体に安全な化合物であることが確認されている。
【0065】
実験例2 5α−リダクターゼ阻害活性と化学療法誘発脱毛に対する抗脱毛作用
上記実験例1により本発明の化合物(1)であるDHLHZnに、がん化学療法誘発脱毛に対して抗脱毛作用があることが判明した。一方、DHLHZnには、5α−リダクターゼ阻害作用があることが知られており、男性型脱毛の治療に用いられることが知られている(特許文献3)。そこで、ここではDHLHZnの上記抗脱毛作用が5α−リダクターゼ阻害活性に依るものか否かについて確認するための実験を行った。
【0066】
(1)5α−リダクターゼ阻害活性
公知の5α−還元酵素II型阻害薬であるフィナステリド(商品名プロペシア:萬有製薬)、及びDHLHZnについて5α−リダクターゼ阻害活性を測定した。
【0067】
具体的には、雄性ラットの肝臓から抽出した5α−リダクターゼ(S9フラクション)を用い、次の反応系における条件で5α−リダクターゼ阻害活性を測定した。すなわち、テストステロン3.0molをプロピレングリコール10滴により溶解し、Tris-HCl緩衝液(pH7.2)5mlを添加する。これに、各種濃度の被験化合物(フィナステリドまたはDHLHZn)を添加し、更にNADPH 5mg及び5α−リダクターゼ1mlを添加し、37℃で30分間反応させる。反応後、CHCl3を添加して反応を停止させ、ガスクロマトグラフィーにより代謝産物を定量した。
【0068】
被験化合物を添加しないで同様に試験を行った対照区の反応率を100%(阻害率:0%)とし、被験化合物(フィナステリドまたはDHLHZn)を添加した場合の反応量と比較して、次式により5α−リダクターゼ阻害率を算出した。
【0069】
【数1】

【0070】
各濃度(0, 50, 250, 500μg/ml)の被験化合物の5α−リダクターゼ阻害率(%)を測定した結果を図5に示す。図5に示すように、DHLHZnに5α−リダクターゼ阻害作用があることが認められたが、その阻害作用は公知の5α−リダクターゼ阻害剤であるフィナステリドよりも極めて低かった。
【0071】
(2)5α−リダクターゼ阻害剤の化学療法誘発脱毛に対する抗脱毛作用
(1)の結果から高い5α−リダクターゼ阻害活性を有することが確認されたフィナステリドを用いて、実験例1と同様の方法で化学療法誘発脱毛に対する抗脱毛作用を評価した。
【0072】
まずWister rat(雄、8日齢:Kyudou社)(n=2)に、14日齢になる(実験開始から6日目)までの7日間、毎日AraCを腹腔内に投与した(1日あたり20mg/kg投与)。またAraC投与と同時に12日間に亘って、毎日フィナステリドを腹腔内投与(400ng/body/day)した。
【0073】
実験開始(AraC投与開始)から13日目に体毛の密度や被覆率を評価した。その結果、AraCの投与によってほぼ完全に体毛が抜け落ち(脱毛)、フィナステリドによる脱毛抑制効果は認められなかった。
【0074】
このことから、5α−リダクターゼ阻害剤は、抗がん剤治療によって生じる脱毛に対して抑制効果を発揮しないことが判明した。この結果は、非特許文献7に記載されている結果(ミノキシジルは抗がん剤治療によって生じる脱毛に効果がない)と一致した。すなわち、これらの結果は、DHLHZnによる化学療法誘発脱毛に対する抑制効果(抗脱毛効果)は、それが有する5α−リダクターゼ阻害作用によるものではないことを意味する。
【0075】
実験例3 DHLHZnの肝機能保護作用
DHLHZnについて肝機能保護作用を評価した。
【0076】
(1)試験方法
マウスを3群に分け(1群:n=6)、コントロール群、「アセトアミノフェン」投与群、「アセトアミノフェン+DHLHZn」投与群とした。アセトアミノフェン及びDHLHZnは事前に生理食塩水に溶解し、水溶液として調製しておいた。
【0077】
「アセトアミノフェン+DHLHZn」投与群または「アセトアミノフェン」投与群には、アセトアミノフェンを投与する30分前に予め10mg/kgのDHLHZnまたは生理食塩水をそれぞれ皮下投与し、またアセトアミノフェンを投与する1分前に、10mg/kgのDHLHZnまたは生理食塩水をそれぞれ静脈投与した。DHLHZnまたは生理食塩水を投与した後、各群のマウスにアセトアミノフェンを1.2g/kg/日の割合で腹腔内投与した。腹腔内投与から24時間後に採血して、血清中の肝毒性指標酵素であるアラニンアミノトランスフェラーザ(ALT)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)および乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)の活性を測定した。また、DHLHZn及びアセトアミノフェンのいずれも投与しないコントロール群も、同様に採血して、血清ALT、AST及びLDHを測定した。
【0078】
(2)試験結果
DHLHZn投与の結果を表1に示す。なお、表1の結果は各群のマウス(n=6)の平均値である。
【0079】
【表1】

【0080】
この結果からわかるように、アセトアミノフェン投与によって血清中の肝毒性指標酵素(ALT、ASTおよびLDH)量は増加するが(「アセトアミノフェン」投与群の結果参照)、事前にDHLHZnを投与しておくことで、その増加量を有意に抑制することができた。つまり、DHLHZnには、アセトアミノフェン等の薬物誘発の肝毒性に対して保護作用を有すること、言い換えると肝機能障害に対する防御作用(肝臓保護作用)を有すると考えられる。
【0081】
[製剤実施例]
製剤実施例1 内服錠
DHLHZn 30mg
乳糖 80mg
馬鈴薯澱粉 17mg
ボリエチレングリコール6000 3mg
以上の成分を1錠分の材料として常法により成型する。
【0082】
製剤実施例2 注射剤
DHLHZn 5.0g
マニトール 2.0g
注射用蒸留水 残 部
全量 100mL
以上の成分を常法により混合溶解して注射剤とする。
【0083】
製剤実施例3 外用剤(クリーム剤)
DHLHZn 0.5g
ステアリン酸 2.0
ステアリルアルコール 7.0g
スクワラン 5.0g
オクチルデカノール 6.0g
ポリオキシエチレンセチルエーテル 3.0g
グリセリンモノステアレート 2.0g
プロピレングリコール 5.0g
p−オキシ安息香酸メチル 0.2g
p−オキシ安息香酸プロピル 0.1g
滅菌精製水 73.7g
以上の成分を常法により混合してクリーム剤とする。
【0084】
製剤実施例4 外用剤(ローション)
DHLHZn 0.5g
リン酸二水素ナトリウム 0.2g
グリセリン 3.0g
亜硫酸水素ナトリウム 0.1g
p−オキシ安息香酸メチル 0.05g
p−オキシ安息香酸プロピル 0.03g
水酸化ナトリウム 適 量
精製水 全量100ml
以上を常法により混合溶解してローションとする。
【0085】
製剤実施例5 ヘアートニック
DHLHZn 0.3g
β−グリチルレチン酸アンモニウムム 0.1g
パントテニルアルコール 0.2g
ニコチン酸アミド 0.2g
カルボキシビニルポリマーナトリウム 0.1g
プロピレングリコール 3.0g
l−メントール 0.05g
p−オキシ安息香酸メチル 0.02g
p−オキシ安息香酸プロピル 0.01g
精製水 全量100ml
以上を常法により混合溶解してヘアートニックとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で示される化合物、またはその薬学的に許容される塩若しくは溶媒和物を有効成分とする、がん化学療法誘発脱毛に対する抗脱毛用組成物:
【化1】

【請求項2】
一般式(1)で示される化合物の金属が亜鉛である、請求項1に記載する抗脱毛用組成物。
【請求項3】
がん患者に対して、がん化学療法と並行して投与されるものである、請求項1または2に記載する抗脱毛用組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−62283(P2012−62283A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−208621(P2010−208621)
【出願日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【出願人】(304028726)国立大学法人 大分大学 (181)
【出願人】(502384060)有限会社オガ リサーチ (14)
【Fターム(参考)】