説明

きのこの栽培方法

【課題】極めて簡易な方法で効率的且つ安定的にきのこが生産する1−Pentanol及びまたはBenzaldehydeの量を制御することができるきのこの栽培方法を提供する。
【解決手段】栽培中のきのこ1にたいして、光,温度、湿度及び二酸化炭素濃度のいずれか若しくはこれらの組合せからなる環境刺激を付与し、きのこ1が発する生体電位を確知し、この確知した生体電位の傾きが正の傾きの場合には、生体電位の値が予め設定された上限値以上となるまで環境刺激の付与を停止し、生体電位の値が上限値以上となったら前記環境刺激を付与し、また、生体電位の傾きが負の傾きの場合には、生体電位の値が予め設定された下限値以下となるまで環境刺激の付与し続け、生体電位の値が下限値以下となったら環境刺激の付与を停止するきのこの栽培方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、きのこの人工栽培において、その栽培工程中の光,温度,湿度,二酸化炭素濃度等の環境条件を変化させ、この環境条件の変化を環境刺激としてきのこに付与し、きのこが生産する物質の量を制御するきのこの栽培方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、きのこの人工栽培において、きのこが生産する物質の量を制御する方法、例えば、栄養分,色素,香気成分などの含有成分を制御する方法が提案されており、例えば、特開2005−73603号には、貝化石をシイタケのオガ種菌に混合、若しくは貝化石を含む種菌用培地でシイタケ菌を培養することにより調製したシイタケオガ種菌を、原木に接種してシイタケの子実体収量の増加と発生する子実体のカルシウム含有量の増大を図り、より付加価値の高いシイタケを供給可能とするシイタケオガ種菌及びシイタケ原木栽培方法が提案されている。
【0003】
また、特開2000−92982号には、オガクズ、米糠など原木以外の人工培地を通常の方法で、完熟菌床をネギ属植物の抽出物に浸漬したり、前記抽出物を菌床に噴霧したりして、きのこの香り成分を増強させて品質を向上させるきのこ類の栽培方法が提案されている。
【0004】
また更に、「機能性を強化したきのこの成分育種及び栽培技術の開発」、森林総合研究所交付金プロジェクト研究成果集19、第5〜6、60〜65頁、1997年には、子実体発生の一ヶ月前に、培地中にシステインとグルタミン酸の混合液を菌床に塗布または注入処理することで乾シイタケのニオイ成分量を増強したり、システインとグルタミン酸の混合液を原木に注入処理することでコントロールに比して約3倍のレンチニン酸(ニオイ成分の出発物質)を含有する子実体を得ることができる乾シイタケのニオイ成分量を制御する栽培方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−73603号公報
【特許文献2】特開2000−92982号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「機能性を強化したきのこの成分育種及び栽培技術の開発」、森林総合研究所交付金プロジェクト研究成果集19、第5〜6、60〜65頁、1997年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に示す方法で、きのこが生産する物質の量、例えば、香気成分の量を制御する場合は、種菌接種前の培地の段階から添加する物質の種類や量を特定して栽培を行うため、栽培中に培地組成を変更することができず、最終的に得られるきのこの香気成分の量を状況に応じて変更できないから、菌種や栽培条件が合致しない場合は、目的とする香気成分の量に制御することが困難であり、また、特許文献2や非特許文献1に示される方法で、きのこが生産する物質の量を制御する場合は、菌床に噴霧若しくは注入等を行うための余分な作業工程を加える必要があり、工場規模での大量生産を行うことが簡便でなく、加えて、噴霧時の雑菌汚染の危険性も考慮しその対策が必要となるため工程が複雑になり、工数やコストが増加するといった問題がある。
【0008】
そこで、本発明は、きのこの培地に添加物を加え組成を変化させたり、或いはきのこ自体に他の成分を塗布若しくは注入するなどして目的とする有用な成分を外部から吸収させるといった煩雑でコストもかかり、更に制御困難な方法を用いることなく、極めて簡易な方法で効率的且つ安定的にきのこが生産する物質の量を制御することができるきのこの栽培方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
添付図面を参照して本発明の要旨を説明する。
【0010】
きのこ1に環境刺激を付与し、このきのこ1が生産する物質の量を制御することを特徴とするきのこの栽培方法に係るものである。
【0011】
また、請求項1記載のきのこの栽培方法において、前記きのこ1が生産する物質は、香気成分であることを特徴とするきのこの栽培方法に係るものである。
【0012】
また、請求項2記載のきのこの栽培方法において、前記香気成分は、1-Pentanol及び/またはBenzaldehydeであることを特徴とするきのこの栽培方法に係るものである。
【0013】
また、請求項1〜3いずれか1項に記載のきのこの栽培方法において、前記環境刺激を付与した際の前記きのこ1の状態を確認して前記環境刺激の付与を制御することを特徴とするきのこの栽培方法に係るものである。
【0014】
また、請求項1〜3いずれか1項に記載のきのこの栽培方法において、前記環境刺激を付与した際の前記きのこ1が発する生体電位を確知し、この確知した生体電位の変化をもとに前記環境刺激の付与を制御することを特徴とするきのこの栽培方法に係るものである。
【0015】
また、請求項5記載のきのこの栽培方法において、前記確知する生体電位の変化は、所定時間内における前記きのこ1が発する生体電位の傾きであり、この生体電位の傾きが正の場合には、前記きのこ1に前記環境刺激の付与を継続し、前記生体電位の傾きが負の場合には、前記きのこ1に前記環境刺激の付与を停止することを特徴とするきのこの栽培方法に係るものである。
【0016】
また、請求項5記載のきのこの栽培方法において、前記確知する生体電位の変化は、所定時間における前記きのこ1が発する生体電位の傾きであり、この生体電位の傾きが正の傾きの場合には、前記生体電位の値が予め設定された上限値以上となるまで前記環境刺激の付与を停止し、前記生体電位の値が前記上限値以上となったら前記環境刺激を付与し、また、前記生体電位の傾きが負の傾きの場合には、前記生体電位の値が予め設定された下限値以下となるまで前記環境刺激の付与し続け、前記生体電位の値が前記下限値以下となったら前記環境刺激の付与を停止することを特徴とするきのこの栽培方法に係るものである。
【0017】
また、請求項1〜7いずれか1項に記載のきのこの栽培方法において、前記環境刺激は、光刺激,温度刺激,湿度刺激及び二酸化炭素濃度刺激のいずれか若しくはこれらの組合せからなるものであることを特徴とするきのこの栽培方法に係るものである。
【0018】
また、請求項8記載のきのこの栽培方法において、前記光刺激は、波長が420nm〜680nmの範囲の光であることを特徴とするきのこの栽培方法に係るものである。
【0019】
また、請求項8,9いずれか1項に記載のきのこの栽培方法において、前記光刺激は、波長が420nm〜480nmの範囲の青色光及び/または波長が600nm〜680nmの範囲の赤色光であることを特徴とするきのこの栽培方法に係るものである。
【0020】
また、請求項1〜10いずれか1項に記載のきのこの栽培方法において、前記きのこ1はエリンギ1であることを特徴とするきのこの栽培方法に係るものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明は上述のようにしたから、例えば、光,温度,湿度及び二酸化炭素濃度といったごく一般的な環境条件を変化させることを環境刺激としてきのこに付与するだけの極めて簡易な方法できのこが生産する物質、例えば、きのこの主要な商品価値のひとつである香りのもととなる香気成分の量を目的に応じた量に制御することができ、よって、きのこが発する香りをより一層良好な香りにして、きのこの商品価値を向上させることができるなど、極めて実用性に優れた画期的なきのこの栽培方法となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本実施例の栽培室を示す概略説明図である。
【図2】本実施例のエリンギに電極部を装着した状態を示す図である。
【図3】本実施例の生体電位の変化に応じた制御のフローチャートである。
【図4】実験例1の光刺激ON/OFFにおける生体電位波形を示すグラフである。
【図5】実験例1の光刺激ONした際の各種波長における生体電位の変動の大きさと標準偏差を示すグラフである。
【図6】実験例1の光刺激OFFした際の各種波長における生体電位の変動の大きさと標準偏差を示すグラフである。
【図7】実験例2の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
好適と考える本発明の実施形態を、図面に基づいて本発明の作用を示して簡単に説明する。
【0024】
本発明は、例えば、きのこ1を人工栽培する際に、このきのこ1の栽培環境である、例えば、光,温度,湿度及び二酸化炭素濃度のいずれか若しくはこれらの組合せからなるものを環境刺激として与えることで、きのこ1が生産する物質、例えば、栄養分,色素,香気成分などのきのこ1の含有成分の量を制御し、目的に合った成分量とすることができるから、例えば、きのこ1の香りのもととなる香気成分を目的に応じた量に制御してきのこ1が発する香りをより一層良好な香りにすることで、きのこ1の商品価値を向上させることができる。
【0025】
また、本発明におけるきのこ1とは、例えば、きのこ栽培工場等、人為的に環境の制御が可能な施設内で栽培される菌床栽培(袋や瓶を容器とするものも含む)や原木栽培のきのこ1であり、子実体、子実体原基又は原木、寒天培地や菌床に蔓延する菌糸の状態のものも含むものである。
【0026】
また、本発明における環境刺激とは、前記きのこ栽培工場等,人為的に環境(例えば、光,温度,湿度及び二酸化炭素濃度のいずれか若しくはこれらの組合せからなるもの)の制御が可能な施設内における人工的に調整可能な環境刺激のことをいい、例えば、光刺激であれば、光を与える・与えない、光の色(波長)を変える、或いは光の強度を変えるなど栽培環境条件を変化させることである。
【実施例】
【0027】
本発明の具体的な実施例について図面に基づいて説明する。
【0028】
本実施例は、エリンギ1(ヒラタケ科ヒラタケ属、学名:Pleurotus eryngii)に環境刺激を付与して、このエリンギ1が生産する香気成分の量を制御するエリンギの栽培方法であり、具体的には、人為的な環境刺激を付与し得る栽培室2内に複数個のエリンギ1を配置し、この複数個のエリンギ1の中の一つを、環境刺激を付与した際の生体電位の変化を確知するための生体センサーとし、この生体センサーとしてのエリンギ1を含む栽培室2内に配置した全てのエリンギ1に環境刺激を付与し、前記生体センサーとしたエリンギ1の生体電位の変化を確知し、この確知した生体電位の変化をもとに栽培室2内すべてのエリンギ1に対して環境刺激の付与を継続するか否かを判断し、環境刺激を付与する、或いは付与しないといった栽培環境条件を変化させながら、エリンギ1が生産する香気成分を目的の量に制御するエリンギの栽培方法である。
【0029】
また、本実施例でいう生体電位とは、エリンギ1に限らず、一般的にはきのこ1全般が有するものであり、きのこ1の細胞膜の内部イオンの濃度差により発生する微小電位(数mV)である生体電位のことである。
【0030】
尚、本実施例では、栽培室2内の複数個のエリンギ1の中のひとつを生体センサーとし、この生体センサーの結果から栽培室2内の全てのエリンギ1に対して同じ環境刺激を付与する構成としているが、例えば、栽培室2内の複数個のエリンギ1全てを生体センサーとして生体電位を計測するとともに、夫々のエリンギ1に独立した環境刺激を付与する構成とし、エリンギ1毎に環境刺激を付与し続けるか若しくは中止するかを決定する構成としても良い。
【0031】
また、本実施例に用いているエリンギ1を含め、きのこ1の一般的な生長過程は、培地への菌糸の蔓延(菌床)、菌床からの子実体原基の形成、子実体原基からの子実体の発生・生長と幾つかの段階に分けることができ、本実施例では、子実体原基からの子実体の発生段階における子実体原基形成から五日経過したエリンギ1菌床に環境刺激を付与しこのエリンギ1が生産する香気成分の量を制御することとしている。
【0032】
以下に本実施例における具体的なエリンギの栽培方法を示す。
【0033】
本実施例におけるエリンギの栽培方法は、先ず、培地の調整を行うことから始める。この培地の調整は、培地基材としてスギ、ヒノキ等のオガコ、栄養剤としてフスマと米糠を主体にトウモロコシヌカやオカラ、豆皮等添加物を加水しながら混合し、適当な水分率(65%程度)に調整し、これを一定量ずつ850mlの栽培瓶に充填する。
【0034】
次いで、この培地の殺菌処理として、充填した培地表面から下方に直径2cm程度の穴を開けて蓋をし、121℃で一定時間、高圧殺菌処理を行う。
【0035】
この殺菌処理の終了後、一昼夜冷却し、培地の温度が20℃以下になってから培地にエリンギ1の種菌を適当量接種する。この種菌は、消毒した室内で殺菌したサジや接種機により培地表面や穴に一栽培瓶当たり約15mlを接種する。
【0036】
次いで、この種菌接種した培地を湿度65〜70%、温度20〜30℃の培養室で培養して菌糸培養を行い、培地に菌糸を蔓延させる。尚、この菌糸培養時は、培養室内の二酸化炭素濃度が0.2%以下になるように換気を行う。
【0037】
培養後、培地に菌糸が蔓延した状態のもの(菌床)を湿度85%〜90%、温度15℃〜17℃の環境条件のもとで、子実体の発芽をそろえるために菌かきを行う。菌かき後、有孔ポリ等をかけて芽出しを行い、子実体原基形成させる。
【0038】
このように栽培した子実体原基からの子実体の発生段階における子実体原基形成から五日経過したエリンギ1を所定の栽培環境条件に設定した栽培室2に移動し、この栽培室2内でエリンギ1に環境刺激を付与し、この環境刺激を与えた際の生体電位の変化を確知し、この確知した生体電位に基づいて環境刺激の付与を継続するか否かを判断し、環境刺激を付与する、付与しないといった環境刺激を変化させてエリンギ1が生産する香気成分の量を制御しながら栽培していくエリンギの栽培方法である。
【0039】
また、このエリンギ1に付与する環境刺激は、光刺激,温度刺激,湿度刺激及び二酸化炭素濃度刺激のいずれか若しくはこれらの組合せからなるものであり、本実施例では、環境刺激として光刺激を単独で用いた構成としている。
【0040】
この光刺激は、発光ダイオードを採用した光照射部3から人工的に照射される光であり、具体的には、この光照射部3は、超高輝度型赤色発光ダイオード(中心発光波長660nm、放射束密度6W/m)又は青色発光ダイオード(中心発光波長468nm、放射束密度6W/m)を採用し、この発光ダイオードを板材に複数個取り付けた構成とし、本実施例においては、この板状に形成した光照射部3を栽培室2の上部に配置し、エリンギ1の上部に光が照射されるように構成している。
【0041】
また、エリンギ1を栽培する栽培室2は、上述した光刺激以外の栽培環境条件を一定にするため、図1に示すように、この栽培室2内に温度センサー4及び湿度センサー5を設置し、この温度センサー4及び湿度センサー5の出力端子をコンピュータ6及び記録装置7(例えば、ペンレコーダー)に接続し、栽培室2内の温度と湿度とを連続的に記録する構成としている。
【0042】
具体的には、コンピュータ6に予め所定の温度及び湿度を設定しておき、栽培室2内の温度センサー4及び湿度センサー5により測定された温度及び湿度が予め設定した所定の温度及び湿度と異なる場合に、コンピュータ6がペルチェ素子8及び超音波加湿器9を制御してこの栽培室2内の温度と湿度とを略一定の状態に保つように調整自在に設けた構成としている。
【0043】
尚、栽培室2内の湿度制御においては、上記超音波加湿器9以外に、例えば、噴霧式加湿器や蒸気式加湿器を採用しても良い。
【0044】
更に、この栽培室2は、栽培室2内の酸素や二酸化炭素等の気体濃度を制御する気体濃度制御装置10を設けた構成としており、本実施例では、この気体濃度制御装置10としてエアバッファを採用し、栽培室2内の気体濃度組成が等しくなるように栽培室2内外の空気を一旦エアバッファ内に集め、ACファンによりダクトを通して栽培室2内に空気を送り込む構成としている。尚、エアバッファ内の温度,湿度,酸素濃度,二酸化炭素濃度及び気圧については、コンピュータ6にて常時記録する構成としている。
【0045】
このように、栽培室2は光刺激以外の栽培環境条件を一定に保った状態とすることができる構成とし、本実施例においては、栽培室2内の温度を18℃±0.1℃、湿度を90%±1%、二酸化炭素濃度を500ppm〜800ppmとなるように栽培室2内の環境条件を制御している。
【0046】
また、このように構成した栽培室2内に子実体原基形成後五日経過したエリンギ1を夫々ラボジャッキに載置した状態で配置し、これらエリンギ1と光照射部3との間隔を一定(本実施例においては、3cm)に設けた状態で光刺激を付与する構成としている。
【0047】
また、このエリンギ1に光刺激を付与した際に確知する生体電位の確知方法は、生体電位計測装置を用いてエリンギ1の生体電位を計測するものであり、この生体電位計測装置は、生体電位を計測する電極部11と、この電極部11で計測された生体電位を増幅する増幅器12とを具備するものである。
【0048】
また、この生体電位計測装置の電極部11は、正極11a,負極11b及び不関電極11cとからなり、これらの電極をエリンギ1の所定の位置に装着してエリンギ1の生体電位を計測することで、このエリンギ1に所定時間光刺激を付与し続けた際の当該エリンギ1の生体電位の変化を確知することができる。
【0049】
更に具体的に説明すると、正極11a,負極11b及び不関電極11cの夫々の電極は、いずれも表面に塩化銀膜を生成した直径約0.5mmの針状電極であり、夫々の電極をエリンギ1に装着する際は、図2に示すように、正極11aと負極11bとを子実体原基の菌傘部1aに5mm〜10mmの間隔を設けて装着し、この正極11aと負極11bとを装着した子実体原基と菌床との境界付近に不関電極11cを装着し、夫々の電極11a,11b,11cの挿入深さは5mm〜10mm程度とした構成としている。
【0050】
尚、電極部11の装着位置に関しては、本実施例では、電極部11の正極11a及び負極11bをエリンギ1の菌傘部1aに装着した構成としているが、エリンギ1の柄部1bに装着した構成としても良く、栽培環境などに応じて適宜変更可能である。
【0051】
また、本実施例では増幅器12に差動型生体電位アンプ(CMRR:120dB以上、S/N比:約80dB)を採用している。
【0052】
また、増幅率の設定値は、エリンギ1の生体電位の変化は最大60mV程度であることから、サチュレーションを起こさないと考えられる50倍に設定し、増幅器12の出力バイアス電圧は±0Vに設定した構成としている。
【0053】
このように設定した増幅器12は、その出力端が簡易環境ブース13の外部に配設されたコンピュータ6と記録装置7に接続される構成とし、本実施例においては、増幅器12により増幅され出力された生体電位の測定値がコンピュータ6及び記録装置7により連続的に記録する構成としている。尚、前記コンピュータ6は、記録した生体電位の変化、即ち、所定時間の生体電位の変化(傾き)を演算して分析する構成としている。
【0054】
また、エリンギ1に光刺激を付与する際、最初は、一定の所定時間、エリンギ1に光刺激を付与し、その後は、このエリンギ1が発する生体電位の変化を確知し、この確知した生体電位の変化に基づいて環境刺激の付与を行うか否かを判断している。即ち、最初に付与する光刺激によってエリンギ1が発する生体電位の変化を確知することで、このエリンギ1が形態形成における最適移行段階にあるかどうかを判断し、最適移行段階に至った状態であると判断された場合は、このまま光刺激を付与し続け、最適移行段階に至っていない状態であると判断された場合は、一旦、光刺激の付与を中止し、エリンギ1が最適移行段階に至った状態となった際に、再度、光刺激を付与することとしている。
【0055】
尚、前記生体電位の変化とは、エリンギ1に光刺激を所定時間(分析区間長)付与した際にエリンギ1が発する生体電位の計測値から算出される回帰直線の傾きのことであり、最適移行段階とは、菌糸(菌体)内に十分に栄養分が貯蔵された状態になった時期をいい、この様な状態のエリンギ1に光刺激を付与した際には、エリンギ1が発する生体電位に有意な上昇が認められことより、エリンギ1に光刺激を付与した際に生体電位の変化が有意な上昇を示す場合をいう。
【0056】
更に具体的に説明すると、図3に示すように、本実施例では、最初に60分間、エリンギ1に光刺激を付与し、この60分間という分析区間長におけるエリンギ1の生体電位を計測し(例えば、サンプリング間隔を1分間としサンプリングする計測値のデータ数を60個とする)、この計測値から回帰直線の傾きを求め、この傾きが正の傾きの場合には、そのままエリンギ1に光刺激を付与し続け、傾きが負の傾きの場合には、エリンギ1に光刺激を付与するのを中止し、エリンギ1の生体電位の変化が正の傾きとなったら、再びエリンギ1に光刺激を付与するようにしており、より具体的には、コンピュータ6に生体電位の変化の正負の閾値(スレッショルドレベル)、即ち、生体電位の変化の上限値及び下限値を入力し、この上限値及び下限値と、エリンギ1から確知された生体電位の変化とを比較して、エリンギ1から確知された生体電位の変化が予め設定された上限値以上となるまでは光刺激を付与せず、上限値以上となったら光刺激を付与し、下限値以下になるまでこの状態を維持し、下限値以下となったら光刺激を付与しないようにし、その後、上限値以上となるまではこの状態を維持するといったことを繰り返し行う。
【0057】
ここで、上限値と下限値は、予め光刺激を付与しない条件下(暗状態の栽培室)に所定時間静置したエリンギ1に内在するごく微小な生体電位の変化をもとに適宜設定するか、若しくは、予め光刺激を付与した条件下(明状態の栽培室)で所定時間静置したエリンギ1の生体電位の変化をもとに適宜設定すると良い。
【0058】
即ち、本実施例においては、ごく微小な生体電位の変化がノイズとなって細かな間隔で光照射部の作動・非作動の切り替えが行われることが予想されたため、予め上限値と下限値とを設定し、これを防止する構成としている。
【0059】
具体的には、上限値を+1.2mV/hとし、下限値を−1.2mV/hに設定しており、これによって微小なノイズの影響がなくなって、細かな間隔での作動・非作動の切り替えが行われることを防止することができる。
【0060】
尚、この上限値及び下限値の設定は、生長度合いや環境刺激の種類により適宜変更を行っても良いものとする。
【0061】
また、本実施例では、光刺激の付与をエリンギ1の生体電位の変化を確知しながら判断していたが、例えば、予め生体電位を計測するエリンギ1に環境刺激を付与して栽培し、この際のエリンギ1の生体電位の変化を確知してサンプルデータとして取得しておき、後日、このサンプルデータに基づき、環境刺激の付与のタイミングをプログラミングし、このプログラムに基づいて光刺激を付与することで生体電位の変化の確知を行わずしてエリンギ1を栽培するエリンギの栽培方法としても良い。
【0062】
また、予めエリンギ1の形態形成の最適移行段階における生体電位の変化が最も大となる数値を把握しておき、このエリンギ1の生体電位の変化が最も大となる所定の温度,湿度及び二酸化炭素等の気体濃度となるように、各々ペルチェ素子8,超音波加湿器9及び気体濃度制御装置10を制御すると良い。
【0063】
また、きのこ1が生産する物質の制御を行う場合、きのこ1の種類毎に適した環境刺激があるため、エリンギ1以外のきのこ1についても適宜な環境刺激付与装置による環境刺激を与えて本実施例同様に栽培を行うことができる。
【0064】
尚、本実施例では、光刺激の付与に際しては、エリンギ1の生体電位の変化を指標としているが、生体電位の変化を指標とせず、例えば、栽培者が事前に所定の栽培環境条件で栽培試験を行い、この栽培試験における香気成分のデータを得、このデータをもとにエリンギ1に環境刺激を付与することによって、エリンギ1が生産する香気成分量の制御を行っても良い。
【0065】
本実施例は上述のようにしたから、エリンギ1が生産する香気成分の量を制御するために付与する光刺激を、エリンギ1の最適移行段階の最適なタイミングで付与することができ、よって、用途に応じた目的とする香気成分の量に制御することが容易にできる実用性に優れた画期的なエリンギの栽培方法となる。
【0066】
また、栽培室2内の複数個のエリンギ1の中の一つだけを生体電位を計測する生体センサーとして用いたので、栽培管理が簡便となり容易に作業することが可能となる。
【0067】
また、本実施例は、光照射部3として発光ダイオードを採用したので、例えば従来の豆電球等に比して低電圧・極小電流で省エネルギーに光の照射を行うことができ、従来の豆電球等に比して長寿命であるため光の照射を低コストに行うことができ、光源の配設位置の設定次第でエリンギ1に集中的に光を照射することが可能となり、この点においても省エネルギーとなり、しかも、光の照射の際に発熱を伴わないため栽培室2内の温度が上昇せず栽培室2内の温度管理を容易化できる。
【0068】
また、本実施例は光刺激として発光ダイオードを採用し、この光の強さを6W/mに設定したので、エリンギ1に大きな生体電位の変化を生じさせることができるため、生体電位の変化の確知が確実且つ容易に行うことができる。
【0069】
また、本実施例は、栽培室2内の温度,湿度,二酸化炭素濃度などの栽培環境条件を一定状態としたので、エリンギ1の生体電位の変化の確知をより一層正確に確知することができる。
【0070】
また、本実施例は、エリンギ1から確知した生体電位の変化を、予め設定した上限値と下限値と比較して環境刺激を付与し続けるか否かを決定するようにしたので、上限値と下限値に達しない微小な生体電位の変化が確知されて細かな間隔で発光ダイオードの作動・非作動の切り替えが行われるといったことがなく、環境刺激の付与を効率的に行うことができる。
【0071】
また、最適移行段階にあるエリンギ1に環境刺激を長時間付与し続けると、エリンギ1の生体電位の変化が見られなくなって(飽和してしまい)、光の照射エネルギーが無駄になる場合があるが、本実施例は、環境刺激をエリンギ1の生体電位の変化に応じて付与するか否かを決定するので、光の照射エネルギーの無駄がなく、効率良くエリンギ1を栽培することができる。
【0072】
(実験例1)
実験例1は、本実施例のエリンギ1を生体センサーとして用いた際の光刺激の変化による生体電位の変化を計測した結果である。
【0073】
具体的には、本実施例で示したエリンギの栽培方法に準じて栽培した子実体原基形成後五日経過したエリンギ1に、光刺激として、420nm〜680nmの波長の光を照射して光刺激を付与した際のエリンギ1が発する生体電位の変化と、光刺激の付与を中止した後のエリンギ1が発する生体電位の変化を夫々計測した。
【0074】
尚、光刺激を付与する時間は30分間、付与しない時間も30分間とし、また、光刺激の光強度は6W/mとした。
【0075】
図4は、各種波長の光刺激ON/OFFにおいて測定されたエリンギ1の生体電位波形を示す図であり、光刺激をONした(付与した)際に、生体電位は負の傾きで変化し、光刺激をOFF(付与を中止)すると、その傾きを正の傾きに変えて変化する傾向が見られた。
【0076】
また、特に420nm〜480nmの波長、即ち、青色領域の光を光刺激として付与した際には、この傾きが大きくなる傾向が見られた。
【0077】
また、図5,図6は、本実験を11回繰り返して実施した際の各種波長における生体電位の変化の大きさの平均値と標準偏差を示す図であり、これらの図からも、図4と同様に、青色領域(420nm〜480nm)付近では生体電位の変化が大きく、緑・黄色領域(500nm〜580nm)付近では生体電位の変化が徐々に小さくなってきて、赤色領域(600nm〜680nm)付近では生体電位は殆ど変化を示さない結果を得た。
【0078】
即ち、波長を変えた光刺激を付与することでエリンギ1の刺激の受け方が変化し、これによって生体電位の出力が変化すると考え、この刺激の受け方の違いによってエリンギ1の状態が変化することで、エリンギ1が生産する香気成分の量を制御することが可能と考え、後述する実験例2を行うこととした。
【0079】
(実験例2)
実験例2は、実験例1で得た結果をもとに、生体電位の変化が大きい青色領域の波長の光刺激と生体電位の変化の少ない赤色領域の波長の光刺激を付与した際のエリンギ1が生産する香気成分の量を確認したものである。
【0080】
具体的には、赤色発光ダイオードと青色発光ダイオードを板材に取り付けた構成の光照射部3を栽培室2の上部に配置し、栽培室2を赤色発光ダイオードによる光刺激を付与する区画と青色発光ダイオードによる光刺激を付与する区画との二つの区画に分け、夫々の区画に子実体原基形成から五日経過したエリンギ1を配置し、実施例に示した方法で夫々のエリンギ1に光刺激を付与しながら栽培しエリンギ1の子実体を収穫し、この収穫したエリンギ1の子実体の香気成分の量を測定した。
【0081】
また、香気成分の量の測定は、以下のように行った。
【0082】
(a)GC/MS分析サンプルの準備
先ず、各光刺激条件下で収穫した夫々のエリンギ1の子実体100gを容量500mlの洗気瓶に夫々入れ、更に多孔性シリカ吸着剤(Mono Trap DDC18:ジーエルサイエンス社製)を入れて密封し、室温で24時間放置して前記吸着剤に香気成分を吸着させた。この際、対照区として、吸着剤のみを洗気瓶に入れたものも用意した。
【0083】
次いで、香気成分を吸着した吸着剤を有機溶媒であるジエチルエーテル1mlとともに溶媒抽出バイアル(MT Extract Cup with Vial:ジーエルサイエンス社製)のキャップ側に、超純水をバイアル側に入れ、これを超音波洗浄器にて10分間振動させて溶媒中に香気成分を抽出した。
【0084】
以上の手順により得られた溶媒抽出液をGC/MS分析のサンプルとし、以下に示す方法で分析を行った。
【0085】
(b)分析条件
分析機器として、ガスクロマトグラフと質量分析計(GC−2010/QP−2010−Plus:島津製作所製)を用い、カラムには、Inert Cap Pure−WAX(ジーエルサイエンス社製)を用いた。また、このカラムは、内径0.25mm、長さ30m、膜厚0.25μmのものを採用した。
【0086】
また、温度条件は、40℃(5min)−6℃/min−250℃とした。
【0087】
また、キャリアガスはヘリウムとし、流量は1ml/minとした。
【0088】
また、インジェクションではスプリットせず、インジェクション容量は1μlとし、検出条件は、MS Scan(45−600mz−1)とした。
【0089】
図7は、上述のような分析方法で、夫々の香気成分について分析した結果を示したもので、具体的には、横軸はリテンションタイム(min)、縦軸は相対強度を示しており、対照区との比較の結果、エリンギ1の香気成分は図7中に○印で示したA〜E点の五種類に大別でき、このA〜Eは、データベースより、A点は1-Pentanol、B点は3-Octanone、C点は3-Octanol、D点は1-Octen-3-ol、E点はBenzaldehydeと判定された。
【0090】
また、下表1は図7で示したA〜Eの各香気成分について、青色光(波長=468nm)を光刺激として付与したエリンギ1の香気成分と、赤色光(波長=660nm)を光刺激として付与したエリンギ1とにおける各香気成分のピーク値を比較したものである。
【0091】
【表1】

【0092】
この比較結果より、B点の3-Octanoneを除いて青色光よりも赤色光でピーク値が大きくなり、特にA点の1-PentanolとE点のBenzaldehydeでは倍程度の差異が見られた。
【0093】
このように、エリンギ1の生体電位の変化が異なる環境刺激を付与することによって、エリンギ1が生産する香気成分の量を変化させる(制御する)ことが可能であることが確認でき、本実験によって、赤色光による光刺激を付与することで、エリンギ1の香気成分のなかでも特に1-PentanolおよびBenzaldehydeに対して効果的に香気成分量を制御することが可能であることを確認できた。
【0094】
即ち、本実験結果によって、エリンギ1が生産する香気成分の量の制御は、波長の異なる光刺激を生体電位の変化に基づいて付与することで可能であり、例えば、赤色光による光刺激を採用することで香気成分の生産量を大幅に増加させることができ、これによって香りの強いエリンギ1を栽培することができ、或いは、青色光による光刺激を採用することで、香気成分の増加を抑え、香りの控えめなエリンギ1を栽培することができるなど、その目的に応じて香気成分を制御したエリンギ1を栽培することができる極めて画期的なエリンギの栽培方法となる。
【0095】
また、本実験においては、赤色光と青色光の二種類の光刺激を用いた結果を示したが、実験1に示すように、緑・黄色光においても、これらの波長の光刺激を付与したことによって、赤色光や青色光の光刺激とは異なる生体電位の変化を示していることより、上述した赤色光、青色光以外の光刺激を用いても、エリンギ1が生産する香気成分の量を制御することは可能である。
【0096】
尚、本発明は、本実施例に限られるものではなく、各構成要件の具体的構成は適宜設計し得るものである。
【符号の説明】
【0097】
1 きのこ,エリンギ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
きのこに環境刺激を付与し、このきのこが生産する物質の量を制御することを特徴とするきのこの栽培方法。
【請求項2】
請求項1記載のきのこの栽培方法において、前記きのこが生産する物質は、香気成分であることを特徴とするきのこの栽培方法。
【請求項3】
請求項2記載のきのこの栽培方法において、前記香気成分は、1-Pentanol及び/またはBenzaldehydeであることを特徴とするきのこの栽培方法。
【請求項4】
請求項1〜3いずれか1項に記載のきのこの栽培方法において、前記環境刺激を付与した際の前記きのこの状態を確認して前記環境刺激の付与を制御することを特徴とするきのこの栽培方法。
【請求項5】
請求項1〜3いずれか1項に記載のきのこの栽培方法において、前記環境刺激を付与した際の前記きのこが発する生体電位を確知し、この確知した生体電位の変化をもとに前記環境刺激の付与を制御することを特徴とするきのこの栽培方法。
【請求項6】
請求項5記載のきのこの栽培方法において、前記確知する生体電位の変化は、所定時間内における前記きのこが発する生体電位の傾きであり、この生体電位の傾きが正の場合には、前記きのこに前記環境刺激の付与を継続し、前記生体電位の傾きが負の場合には、前記きのこに前記環境刺激の付与を停止することを特徴とするきのこの栽培方法。
【請求項7】
請求項5記載のきのこの栽培方法において、前記確知する生体電位の変化は、所定時間における前記きのこが発する生体電位の傾きであり、この生体電位の傾きが正の傾きの場合には、前記生体電位の値が予め設定された上限値以上となるまで前記環境刺激の付与を停止し、前記生体電位の値が前記上限値以上となったら前記環境刺激を付与し、また、前記生体電位の傾きが負の傾きの場合には、前記生体電位の値が予め設定された下限値以下となるまで前記環境刺激の付与し続け、前記生体電位の値が前記下限値以下となったら前記環境刺激の付与を停止することを特徴とするきのこの栽培方法。
【請求項8】
請求項1〜7いずれか1項に記載のきのこの栽培方法において、前記環境刺激は、光刺激,温度刺激,湿度刺激及び二酸化炭素濃度刺激のいずれか若しくはこれらの組合せからなるものであることを特徴とするきのこの栽培方法。
【請求項9】
請求項8記載のきのこの栽培方法において、前記光刺激は、波長が420nm〜680nmの範囲の光であることを特徴とするきのこの栽培方法。
【請求項10】
請求項8,9いずれか1項に記載のきのこの栽培方法において、前記光刺激は、波長が420nm〜480nmの範囲の青色光及び/または波長が600nm〜680nmの範囲の赤色光であることを特徴とするきのこの栽培方法。
【請求項11】
請求項1〜10いずれか1項に記載のきのこの栽培方法において、前記きのこはエリンギであることを特徴とするきのこの栽培方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−55204(P2012−55204A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−199911(P2010−199911)
【出願日】平成22年9月7日(2010.9.7)
【出願人】(593084915)株式会社雪国まいたけ (30)
【Fターム(参考)】