説明

きのこの液体種菌の製造方法

【課題】きのこの子実体の大規模な商業製造における、安価でかつ効率のよい液体種菌の製造方法、保存方法を提供すること。
【解決手段】きのこの子実体を製造するためのきのこの液体種菌の製造方法であって、きのこ菌糸体を液体深部培養する工程を包含し、機械的な培地のかく拌を伴わず、気泡を用いた培地のかく拌で液体深部培養を行うことを特徴とするきのこの液体種菌の製造方法。また培地中に増粘剤を添加することを特徴とするきのこの液体種菌の製造方法。更に、きのこの液体種菌を実質的に凍結しない10℃以下の温度で保持することを特徴とするきのこの液体種菌の保存方法。本発明により、安価で効率よい液体種菌の製造が可能となり、更に子実体形成能を低下させずに液体種菌の長期保存が可能となることから、製造施設間の輸送も可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、きのこの子実体の製造に用いるためのきのこ液体種菌の製造方法、当該種菌及びその保持方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、きのこの人工的な栽培技術が開発され、種々のきのこの子実体(ホンシメジ、ハタケシメジ、ブナシメジ、エリンギ、シイタケ、エノキタケ等)が提供されるようになってきている。
【0003】
通常、きのこの人工的な栽培は、ほだ木や固形培地にきのこの種菌を接種し、培養、生育等の工程を経て、子実体を収穫することにより行われる。きのこの種菌にはオガクズ等の培地を用いた固体種菌と液体培地を用いた液体種菌が存在する。近年、きのこの人工的な栽培は大型設備の工場システムで実施されるなど機械化が推進されてきているが、商業的に大量かつ安定してきのこの子実体を製造するためには、使用する種菌を大量に培養する必要がある。従来、きのこの種菌には保存性がよく容易に輸送が可能である等の理由から固体種菌が用いられているが、固体種菌のロット差に起因するきのこの子実体製造時のリスクが回避できること、種菌の製造時間の大幅な短縮が可能であること、かつスケールアップが容易なことなどから、液体種菌が有利とされ、その使用が試みられている。液体種菌を大量に培養するための方法として、菌糸体より有用成分を得るための大量培養方法である液体深部培養法が検討され、培養条件等を厳密にコントロールするために培地の機械的なかく拌、通気、温度管理を行うジャーファーメンターによる通気かく拌方法が通用している(例えば、非特許文献1)。しかし、商業的規模でのきのこの子実体を製造するためには大容量のジャーファーメンターを含む高価、大規模な培養設備の設置が必須である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】醗酵協会誌、第24巻、第7号、293−304頁、1966年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の現状にかんがみ、本発明の目的は、きのこの子実体の大規模な商業製造における、安価でかつ効率のよい液体種菌の製造方法、保存方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、大規模な商業製造に用いるためのきのこの液体種菌の大量製造方法及び保存方法を鋭意検討した結果、驚くべきことに、培地の機械的なかく拌を伴わない、かく拌に気泡を用いる液体深部培養(無動力かく拌:エアバブリング)が、意外にもきのこの子実体を製造するための液体種菌製造に有用であることを見出した。また、当該培養において、培地中に低濃度の増粘剤を添加することにより、きのこの子実体形成能を有した状態で菌糸体を効率よく安定的に大量製造することが可能であることを見出した。更に、通常の液体種菌及び本発明の方法により大量製造した液体種菌を凍結しない程度の低温、すなわち氷温で長期保持した場合、復帰処理等を要することなく、十分に液体種菌としての能力を発揮できることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
本発明を概説すれば、本発明の第1の発明は、きのこの子実体を製造するためのきのこの液体種菌の製造方法であって、きのこ菌糸体を液体深部培養する工程を包含し、機械的な培地のかく拌を伴わず、気泡を用いた培地のかく拌で液体深部培養を行うことを特徴とするきのこの液体種菌の製造方法に関する。本発明の第1の発明の態様としては、培地中に増粘剤を添加する製造方法が挙げられる。増粘剤としては、海藻抽出物、果実多糖類、種子多糖類、樹液多糖類、発酵多糖類、貯蔵性多糖類、動物性たんぱく質及びセルロース誘導体が例示される。好適な態様としては、培地中に添加する増粘剤の濃度が0.001〜0.1重量%である製造方法が挙げられる。
【0008】
本発明の第2の発明は、第1の発明により得られた、きのこの子実体を製造するためのきのこの液体種菌に関する。
【0009】
本発明の第3の発明は、きのこの液体種菌を実質的に凍結しない10℃以下の温度で保持することを特徴とするきのこの液体種菌の保存方法に関する。本発明の第3の発明の1つの態様としては、3〜−1℃の範囲の温度で保持した液体種菌の保存方法が挙げられる。また7日〜35日保持することが挙げられる。
【0010】
本発明の第4の発明は、第3の発明により得られた、きのこの子実体を製造するためのきのこの液体種菌に関する。
【0011】
本発明の第5の発明は、第2の発明又は第4の発明により得られた液体種菌を用いるきのこの子実体の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、きのこの子実体の大規模な商業製造に使用される、きのこの液体種菌の安価な大量製造方法が提供される。また、従来、長期保存ができなかった液体種菌において、菌糸体の活性、特に子実体形成能を低下させることなく長期にわたって安定的に保存する方法が提供され、本発明の第3の発明の保存方法実施下での当該種菌の輸送方法が提供される。更に、当該種菌を用いたきのこの子実体の製造方法も提供される。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に用いることができる「きのこ」には特に限定はなく、ハタケシメジ、ホンシメジ、ブナシメジ、ヒラタケ、シイタケ、エリンギ、アガリクス ブラゼイ ムリル等の食用きのこが挙げられる。これらきのこの菌株としては、市販の菌株でも、野生の子実体からの組織分離株でも、選抜、交配、細胞融合、遺伝子組換え等の方法により育種した株でもよいが、液体種菌として培養が可能でかつ子実体の製造が可能な菌株であればよい。本発明の好ましい一態様としてはハタケシメジが挙げられる。ハタケシメジとしては公知の菌株、例えば、ハタケシメジK−3303株(FERM BP−4347)、ハタケシメジK−3304株(FERM BP−4348)、ハタケシメジK−3305株(FERM BP−4349)、ハタケシメジF−623株(FERM P−13165)、ハタケシメジF−1154株(FERM P−13166)、ハタケシメジF−1488株(FERM P−13167)及び子実体の製造に適したこれらの変異株等が例示される。
【0014】
また、本発明に好適なホンシメジ(Lyophyllum shimeji)の菌株の例としては、Lyophyllum shimeji La 01−27(FERM BP−10960)、Lyophyllum shimeji La01−20(FERM BP−10959)、Lyophyllum shimeji La 01−37(FERM P−17456)、Lyophyllum shimeji La 01−45(FERM P−17457)、Lyophyllum shimeji La 01−46(FERM P−17458)及び子実体の製造に適したこれらの変異株等が例示される。
【0015】
更に、本発明に好適なブナシメジの菌株としては、リオフィラム ウルマリウムとして表示されている菌株、Hypsizygus marmoreusとして表示されている菌株等があり、例えばリオフィラム ウルマリウム M−8171(FERM BP−1415)、リオフィラム ウルマリウム K−0259(FERM P−12981)、リオフィラム ウルマリウム Lu1−172株(FERM BP−8354)、Lu1−173株(FERM BP−8355)、Lu1−174株(FERM BP−8356)、Lu1−181株(FERM BP−8357)及び子実体の製造に適したこれら変異株等が例示される。
【0016】
人工的な栽培が可能な菌株で、本発明を適用できる菌株であれば、上記菌株に何ら制限されるものではない。
【0017】
本発明で用いることができる「きのこの菌糸体」とは、上記きのこの菌糸体であって、液体培地で培養が可能で、かつきのこの子実体を製造するための液体種菌として用いることができれば、特に限定はない。
【0018】
本願明細書において「機械的なかく拌を伴わない気泡を用いる液体深部培養」とは、培養液をスターラー、ファンのような装置により機械的にかく拌することなく、培養槽内に発生させた気泡により培養液の動き(流れ)を生じさせて培地のかく拌を実施する培養方法を指す。前記の培養方法に使用される培養槽にはかく拌や振とうのための機械的な動力を用いる装置を必要とせず、気泡を発生させる装置を備えていればよい。本発明においては、例えば日本応用きのこ学会誌、第8巻、第1号、1−11頁(2000)に記載の気泡塔型培養装置等を用いることができ、底面及び/又は側面から無菌的に気泡を発生できるような装置を付した培養槽を用いることができる。また、気泡が発生できる管等を直接培養槽に入れて行っても良い。培養槽における気泡の通気量としては、0.2〜0.8vvm(volume per volume per minute:単位体積あたりのガス通気量)が好ましく、好適には0.4〜0.6vvm、あるいは10〜50リットル/minでもよく、好適には20〜40リットル/minである。
【0019】
本発明で使用される培養槽は、所望の量の培養液を保持しうる容量を有し、かつ外部からの微生物の混入を防止しうる容器であればよい。好ましくは、保持された培地を加熱加圧殺菌しうる構造の培養槽が使用されるが、培養液を保持する培養槽そのものをオートクレーブ等で殺菌可能であれば、加圧殺菌のための機能は必須ではない。また、無菌とした空気を容器内に導入する機能を有するか、そのための装置を付加できるものが好ましい。通常のジャーファーメンターを使用することもできるが、その場合、培養時に機械的なかく拌機能を使用する必要はない。本発明で使用される培養槽の大きさは、製造する液体種菌の量により適宜調整すればよい。本発明の液体種菌の製造において、連続又は単回培養のどちらで行ってもよく、好適には単回培養、すなわち子実体製造を行う単位毎に使用する液体種菌を培養することが好ましい。培養は単回でもよく、複数回に分けて製造された液体種菌を合わせて使用してもよい。
【0020】
なお、大量培養を行う場合、まず初めにフラスコ等を用いたかく拌又は振とうによる小スケールでの前培養を行い、当該前培養物を用いて本培養(大量培養)を行う。この場合、本培養時に本発明の方法を用いることにより、効率よく安価で大量に液体種菌を製造することができる。
【0021】
本願明細書において「増粘剤」とは、液体に粘性をもたせる物質であれば特に限定はなく、澱粉やゲル化剤などの増粘多糖類、例えば海藻抽出物、果実多糖類、種子多糖類、樹液多糖類、発酵多糖類、貯蔵性多糖類、動物性たんぱく質、セルロース誘導体などが挙げられ、更に詳細には、寒天、カラギーナン、アルギン酸、プロピレングリコール、ペクチン、グアーガム、ローカストビーンガム、タマリンド、サイリウム、大豆多糖類、タラガム、カシアガム、アラビアガム、カラヤガム、トラガントガム、キサンタンガム、ジェランガム、カードラン、プルラン、グルコマンナン、ガラクトマンナン、ゼラチン、カゼイン、セルロース、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース(CMC)等から選択されるものが挙げられる。本発明においては、これら増粘剤の1種類又は数種類を培地に混合して使用してもよい。
【0022】
本願明細書において「低濃度」とは、培地がゲル状(固化した状態)やゾル状(ゼリー状もしくはゼリー状に近い状態)にならない増粘剤の濃度を示す。好適には0.001〜0.1重量%、好ましくは0.005〜0.1重量%、更に好ましくは0.04〜0.1重量%である。
【0023】
本願明細書において「実質的に凍結しない温度」とは、液体培地で培養を行った後の液体種菌を10℃以下の低温に保持した際、当該液体種菌が凍結しない温度であれば、特に限定はないが、−1〜3℃の範囲が好ましく、好適には−1〜1℃の範囲、更に好適には0〜1℃の範囲である。
【0024】
上記、実質的に凍結しない温度を保持する方法は特に限定はなく、温度制御が可能な温保管庫や冷却機能が付いた培養槽等を用いることができる。なお、実質的に凍結しない温度を保持した状態における液体種菌の保存に際しては雑菌の汚染を防ぐ措置をとることが好ましく、通常は密閉された容器内で当該種菌の保存を行う。
【0025】
本発明において、実質的に凍結しない温度を保持する期間には特に限定はない。本発明によれば、きのこの子実体製造に影響を与えない状態で7日間以内でもよく、また7日間を超えて種菌を保存することが可能である。本発明の好適な態様においては、実質的に凍結しない温度の保持期間は2か月以内であり、更に好適には約1か月半以内、例えば35日以内である。本発明により例えば7日〜35日間のきのこ液体種菌の保存物のきのこ子実体栽培への適用が可能になり、安定した商業栽培、すなわちきのこ子実体の計画的な商業製造及び供給が可能になる。
【0026】
本発明によれば、液体種菌を製造する工程、製造された液体種菌を実質的に凍結しない10℃以下の温度で保持し保存する工程、及び保存された液体種菌を菌床培地に接種する工程、を包含するきのこの菌床栽培方法が提供される。本態様において、液体種菌を実質的に凍結しない10℃以下の温度で保持する期間は、例えば7日以上、8日以上、また14日以上でもよい。なお、保持期間の上限は特にないが、安全性の面から通常、2か月以内、好ましくは約1か月半以内である。本発明により、複数回に分けて製造された液体種菌を1ロットのきのこ栽培に使用することが可能となり、小規模な液体種菌製造設備のままでのきのこの子実体製造のスケールアップが可能となる。また、非凍結状態で液体種菌を保存することが可能であることから、凍結融解による種菌のダメージも回避される。更に凍結融解時の復帰処理等も不要である。
【0027】
また、本発明の保存方法を用いることにより、きのこの液体種菌が実質的に凍結しない温度を保持したまま輸送することが可能であり、当該温度下での液体種菌の輸送方法も本発明に包含される。本発明により、菌糸体の子実体形成能を低減させることなく輸送できることから、大規模な施設ではなく、液体種菌の製造施設ときのこの子実体の製造施設を異なる場所に個別に設けることが可能であり、1か所の液体種菌の製造施設から複数のきのこの子実体の製造施設への効率よく液体種菌の提供が初めて可能となる。
【0028】
本発明による液体種菌の培養は、特に本発明を限定するものではないが、一例として、例えば下記の工程で行うことができる。PGY液体培地(組成:グルコース2.0%、ペプトン0.2%、酵母エキス0.2%、KHPO0.05%、及びMgSO・7HO0.05%、pH6.0)200mLにハタケシメジの菌糸体を接種し、25℃で14日間培養し、前培養物を調製する。次に、別途調製したPGY液体培地160Lに増粘多糖類、例えばジェランガム〔ケルコゲル(登録商標、三栄源エフ・エフ・アイ社製)〕を培地に対して0.001〜0.04%になるように低濃度で加え、本培養用の液体培地を調製する。この液体培地を培養槽に充てんし、118℃で90分間高圧蒸気殺菌を行う。放冷開始直後に無菌エアによる通気を行い、培養槽内を陽圧とする。当該培地を冷却後、上記の前培養物の全量を接種し、培養温度25℃、通気量0.5vvm、内圧0.075MPa、無動力かく拌(エアバブリング)の培養条件で、6〜7日間培養を行い、液体種菌を製造する。
【0029】
上記のように製造した液体種菌は当該培養層内で保存してもよく、また適当な容器、例えばポリプロピレン製の丸型ビンなどへ無菌的に移し、菌床培地へ摂取するまでの間、3〜−1℃の範囲で制御された環境で保持し保管してもよい。
【0030】
以上、本発明の液体種菌の製造方法及び/又は長期保存方法について、ハタケシメジを例として説明したが、本発明の方法はハタケシメジに限定されるものではないのは当然である。
【0031】
本発明の方法で製造した液体種菌、本発明の方法で製造し長期保存したきのこの液体種菌あるいは増粘剤を添加せずに培養し本発明に記載の方法で長期保存したきのこの液体種菌を用いたきのこの子実体の製造方法としては、例えば菌床栽培方法である、ビン栽培、袋栽培、箱栽培などで栽培することが可能である。一例としてビン栽培による本発明の液体種菌を用いたきのこの製造方法について述べると、その方法とは菌床培地調製、ビン詰め、殺菌、種菌の接種、菌床培養、(必要に応じて菌掻き)、芽出し、(必要に応じてさし芽の単離、さし芽の移植)、生育、収穫等の各工程からなる。例えば、ハタケシメジであれば特開平04−211308号公報、シイタケであれば特開平04−075538号公報、ブナシメジであれば特開平05−268942号公報又はホンシメジであれば特開2000−106752号公報記載の菌床栽培を行う際の種菌として、本発明の方法で製造及び/又は長期保存した液体種菌を用いることができる。また、さし芽の単離及びさし芽の移植を行う菌床栽培の場合であれば特開2009−017872号公報記載の菌床栽培を行う際の種菌としても、本発明の方法で製造及び/又は長期保存した液体種菌を用いることが可能である。
【0032】
以上、ビン栽培方法について例を挙げて説明したが、本発明の方法で製造及び/又は長期保存した液体種菌は、上記ビン栽培による菌床栽培での使用に限定されるものではない。
【実施例】
【0033】
以下に、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例の範囲のみに限定されるものではない。
実施例1
PGY液体培地(組成:グルコース2.0%、ペプトン0.2%、酵母エキス0.2%、KHPO0.05%、及びMgSO・7HO0.05%、pH6.0)200mLにハタケシメジK−3304(FERM BP−4348)の菌糸体を接種し、25℃で7日間振とう培養(100rpm)後、2mLを200mLの同培地に植え継ぎ7日間振とう培養(100rpm)を行い、前培養物を調製した。
次に、別途調製したPGY液体培地160Lに増粘多糖類であるジェランガム〔ケルコゲル(登録商標、三栄源エフ・エフ・アイ社製)〕を培地に対して0.04%となるように加え、本培養用の液体培地を調製した。培養槽はかく拌能力の無い、非第一種圧力容器を用いた。本培養用の液体培地を入れた培養槽を、118℃で90分間高圧蒸気殺菌を行い、放冷開始直後に無菌エアによる通気を行い、培養槽内を陽圧とした。当該培地を冷却後、上記の前培養物の全量を接種し、培養温度25℃、通気量0.5vvm、内圧0.075MPa、無動力かく拌(エアバブリング)の培養条件で、6〜7日間培養を行い液体種菌を調製した。
【0034】
同時に、PGY液体培地のみによる、無動力かく拌(エアバブリング)培養を行い比較対照とした。その他培養条件は上記と同様とし、菌体の収量比較を行った。その結果を表1に示す。
【0035】
【表1】

【0036】
表1からも明らかなように、本発明の低濃度の増粘剤を添加した培地を用いた機械的なかく拌を伴わない気泡を用いる培養では、添加しない場合と比較して約1.3倍多くの菌体が得られることが明らかとなった。
【0037】
実施例2
本発明の液体種菌の低温における長期低温保持における保存性を検討するため、実施例1で調製した液体種菌をポリプロピレン製の丸型ビンへ無菌的に抜き取り、−1〜1℃の範囲で制御された低温庫に保持した。保持期間は、7日間、14日間、21日間とし、それぞれの日数が経過後、各静置保持状態(菌糸体の培地中での拡散状態:沈殿の有無)の確認を行った。その結果を表2に示す。表中、静置状態にした場合に、丸型ビン内の菌糸体の沈殿が見られず全体的に均一に拡散している状態を100%とし、沈殿している場合はその拡散状態を%として記載する。
【0038】
【表2】

【0039】
表2からも明らかなように、本発明の低濃度の増粘剤を添加した培地を用いた培養で得られた液体種菌は、長期間の低温保持においても菌糸体の沈殿は見られず、拡散効果があり保存性がよいことが明らかとなった。
【0040】
次に、本発明の液体種菌の子実体形成能の確認を行うために、以下のように子実体の栽培を行った。比較対照として低温保持を行わなかった液体種菌(0時間)も同様に栽培を行った。
【0041】
ポリプロピレン製の広口培養ビン(850ml、信越農材(株)製)に、鋸屑(スギ材)100g、米糠86g、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム〔富士化学工業(株)製、商品名ノイシリンFH〕2g、炭酸カルシウム〔ナカライテスク(株)製、試薬一級〕5g、クエン酸一水塩〔ナカライテスク(株)製、試薬一級〕3g、水分含量63%〜65%に設定し、良く混合し湿潤状態にしたものを圧詰した。圧詰物表面の中央に直径1cm程度の接種孔部を開け、打栓後、118℃で90分間高圧蒸気殺菌を行い、20℃まで放冷したものを菌床栽培用培養基(固形培地)として調製した。この固形培地に上記の各保持期間を経た液体種菌を約10〜20mlずつ接種し、暗所にて温度25℃、湿度55%の条件下で約60日間菌糸体を培養し、固形培地全体に菌糸を蔓延させた。その後、キャップを外し、菌床面上部の菌掻きを行い、次に水道水をビン口まで加えた後、だだちに排水し、芽出し工程に供した。
【0042】
芽出し工程は、照度50ルクス、温度16℃、加湿はヒューミアイ100〔(株)鷺宮製作所製〕の表示値として115〜120%の範囲に制御し、炭酸ガス濃度は1000ppm〜1500ppmの範囲に制御した芽出室で行った。また、結露水を避けるため、ビンは倒置し、11日間培養を続け、子実体原基を形成させた。その後、ビンを反転・正置し、前期生育工程へ移行させた。前期生育工程では、照度500ルクス、温度16℃、加湿はヒューミアイ100の表示値として115〜120%の範囲に制御し、炭酸ガス濃度は1000ppm〜2000ppmの範囲に制御した生育室で、6日間培養を行った。次に後期生育工程へ移行させた。後期生育工程では、照度500ルクス、温度16℃、加湿はヒューミアイ100の表示値として95〜105%の範囲に制御し、炭酸ガス濃度は1000ppm〜2000ppmの範囲に制御した生育室で、7日間培養を続けた。こうして得られた成熟子実体を収穫後、各保持期間の液体種菌を用いた場合による子実体の平均収量(g/ボトル)の比較を行った。その結果を表3に示す。
【0043】
【表3】

【0044】
表3からも明らかなように、本発明の実質的に凍結しない温度で液体種菌を長期保持し保存した液体種菌は、通常の0時間と同様の収量が得られ、子実体形成を有してしていることが明らかとなった。また、この結果から、ハタケシメジの子実体製造に通常種菌として用いられている固体種菌を使用し、ほぼ同様の条件で栽培して得られる子実体の収量(特開2009−095342号公報等)と遜色はなく、本発明の液体種菌を用いた場合においても、好適なきのこの子実体が製造できることが明らかとなった。
【0045】
実施例3
実施例1と同様に液体種菌を調製した。但し、増粘多糖類であるジェランガムはケルコゲル(登録商標、三栄源エフ・エフ・アイ社製)と易溶性のケルコゲルであるゲルアップ(登録商標)K−S(F)(三栄源エフ・エフ・アイ社製)を用い、それぞれ培地に対して0.04%と0.1%になるように加えて培養を行った。
【0046】
上記培養により得られた液体種菌の菌体の収量比較を行った。その結果を表4に示す。
【0047】
【表4】

【0048】
表4の結果から、本発明の増粘剤を添加した培地を用いた機械的なかく拌を伴わない気泡を用いる培養では、増粘剤の種類や濃度の違い関係なく、実施例1記載の増粘剤を添加しない場合と比較して、多くの菌体が得られることが明らかとなった。
【0049】
実施例4
次に、実施例3で調整した液体種菌の子実体形成能の確認を行うために、実施例2に記載の子実体形成能の確認と同様の方法で子実体の栽培を行った。その結果を表5に示す。
【0050】
【表5】

【0051】
表5から明らかなように、本発明の増粘剤を添加した培地を用いた機械的なかく拌を伴わない気泡を用いる培養により製造された液体種菌は、子実体形成能を保持していることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明により、安価で効率のよいきのこの子実体形成能を有する液体種菌の製造方法が提供される。更に有用な液体種菌の保存方法が提供されたことにより、液体種菌を菌糸の活性、特に子実体形成能を低下させることなく長期保存が可能となる。また、当該保存方法を用いた液体種菌の輸送が可能となることから、きのこの液体種菌の培養施設ときのこの栽培施設を別々にすることが可能となり、大規模な商業栽培において効率よくきのこの子実体の製造が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
きのこの子実体を製造するためのきのこの液体種菌の製造方法であって、きのこ菌糸体を液体深部培養する工程を包含し、機械的な培地のかく拌を伴わず、気泡を用いた培地のかく拌で液体深部培養を行うことを特徴とするきのこの液体種菌の製造方法。
【請求項2】
培地中に増粘剤を添加することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
増粘剤が、海藻抽出物、果実多糖類、種子多糖類、樹液多糖類、発酵多糖類、貯蔵性多糖類、動物性たんぱく質及びセルロース誘導体から選択される請求項2に記載の方法。
【請求項4】
培地への増粘剤の添加濃度が0.001〜0.1重量%である請求項2記載の方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項記載の方法で製造された、きのこの子実体を製造するためのきのこの液体種菌。
【請求項6】
きのこの液体種菌を実質的に凍結しない10℃以下の温度で保持することを特徴とするきのこの液体種菌の保存方法。
【請求項7】
実質的に凍結しない温度が、−1〜3℃の範囲である請求項6記載の保存方法。
【請求項8】
請求項6又は7の方法で保存された、きのこの子実体を製造するためのきのこの液体種菌。
【請求項9】
請求項6又は7の方法で7日〜35日保存された、きのこの子実体を製造するためのきのこの液体種菌。
【請求項10】
請求項5、8又は9のいずれか1項に記載の液体種菌を用いるきのこの子実体の製造方法。

【公開番号】特開2010−200749(P2010−200749A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−24083(P2010−24083)
【出願日】平成22年2月5日(2010.2.5)
【出願人】(302019245)タカラバイオ株式会社 (115)
【Fターム(参考)】